第6章 - 国立教育政策研究所

第Ⅵ章
韓国における教育調査からの知見
第1節 韓国教育調査の趣旨と日程
1.趣旨 ・目的
未来の学校づくり研究会は、2012 年3月5日(月)から3月7日(水)
、議論の参考に資する比較考
察の目的で韓国の教育について調査を行った。
今回の調査では、日本で課題となる下記の A から D の内容を柱とし、それに応じた調査先を決定し、
訪問聴取した。
A 韓国の不登校・発達障害児に関わる社会教育施設の調査
(ウイセンター(Wee Center)、アイウィルセンター (I Will Center))
B 韓国における才能教育に関する調査
(ソウル大学、高麗大学英才教育院)
C 韓国の教育政策研究に関する最新の研究動向についての調査
(韓国教育開発院(Korean Educational Development Institute, KEDI)
)
D 学校と地域社会との連携に関する調査
(永東初等学校)
参加者は9名であり、その他通訳1名を加え、総勢 10 名であった。
2.参加者
未来の学校づくり研究会委員のうち参加者は次の9名であり、参加者の肩書きは 2012 年3月1日現
在である。
1)神代 浩
国立教育政策研究所教育課程研究センター長・生徒指導研究センター長
2)小牧孝子
学校法人ケイ・インターナショナル・スクール東京副理事長
3)左京泰明
特定非営利活動法人シブヤ大学学長
4)白井智子
NPO 法人トイボックス代表理事・スマイルファクトリー代表・スマイルファクトリー
ハイスクール校長
5)中島 徹
独立行政法人科学技術振興機構理数学習支援部主任調査員
6)藤崎育子
開善塾教育相談研究所相談部長・神奈川県藤沢市教育委員
7)三宅なほみ 東京大学大学発教育支援コンソーシアム推進機構副機構長・東京大学大学院教育学
研究科教授
8)吉田敦也
徳島大学大学院ソシオ・アーツ・アンド・サイエンス研究部教授・地域創生センター長
179
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
(通訳:金 光明)
3.訪問先
訪問先は、多様な放課後活動が展開されている永東初等学校、ソウル大学入試本部、高校段階での
才能教育機関である高麗大学英才教育院、韓国の教育政策研究機関である韓国教育開発院(Korean
Educational Development Institute, KEDI)
、心理的課題を抱える児童生徒を扱うウイセンター(Wee
Center)、インターネット中毒・治療機関であるアイウィルセンター(I Will Center)の6カ所である。
日程と面談者(敬称略)は次のとおり。
2012 年3月5日(月)
・永東初等学校 (Youngdong elementary school) Yeo, Liseong, Principle
〈住所〉ソウル市永登浦区堂山 6 洞
・ソウル大学 (Seoul National University)
〈住所〉1 Gwanak-ro, Gwanak-gu, Seoul 151-742, Korea
Baek, Sun-Geu(白 淳根), Dean, Office of Admission, Professor,
Dept. of Education
2012 年3月6日(火)
・韓国教育開発院(Korean Educational Development Institute, KEDI)
〈住所〉35 Baumeo-ro, 1-gil, Seocho-gu, Seoul (Umyeon-dong), 137-791, Korea
Kim, Tae-Wan( 金 兌完 ), President
Park, Hye-Young, Director, Office of International Cooperation,
Sue, Yewon, National Research Center for Gifted and Talented Education
Planning Division
180
第1節 韓国教育調査の趣旨と日程
9)岩崎久美子 国立教育政策研究所生涯学習政策研究部総括研究官
Kim, Tae-Jun, Research fellow, Future & Higher Education Research Division,
Office of Education for the Future
・Dongbu( 東部 )Wee Center
〈 住 所 〉Seoul Dongbu District Office of Eudcation, 245
Jeonnong-ro, Dongdaemun-gu, Seoul, 130-853, Korea
Hwang, Mun-ju, Secondary Education Division
Supervisor, Seoul Dongbu District
Office of Education
・Korean University(高麗大学英才教育院)
〈住所〉Anam-Dong, Seongbuk-gu, Seoul 136-701, Korea
Uhm, Chang-Sub, Professor, Department
of Anatomy, College of Medicine
Lee, Won-Gyu, Vice President for Student Affairs,
Professor,
Jung, Soon Young( 鄭舜榮 ), Professor, Department of Computer
Computer Science Education
Science Education 2012 年3月7日(水)
・Mongji I WILL Center
〈住所〉134 Gajwa-ro, Seodaemun-gu, Seoul, 120-776, Korea
Kwon, Doo Seung(權 斗承), Vice President,
Myongji College( 明知専門大学 )
Chung, Soon Rye
Cho, Eunsuk
181
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
ソウル市が運営する青少年インターネット中毒予防・治療機関であるアイウィルセンター
が注目されている。このセンターは 2007 年 5 月ソウル市がインターネットに中毒した青
少年を相談して専門病院と連係して治療するために設立された。モバイルとインターネッ
ト技術が発展しながら青少年インターネット中毒者数が毎年増加しているためだ。ソウ
ルには現在銅雀区新大方洞 ( ポラメセンター ) と広津区クァンジャン洞 ( 広津センター )、
道峰区倉洞 ( 倉洞センター )、西大門区弘恩洞 ( 明知センター ) 等 4 ヶ所で運営されている。
センターではインターネット中毒に対する個人・父兄相談はもちろん行動・人性治療も受
けることができる。一部検査費を除いて後は無料で利用できる。昨年にだけ 44 万 9853
人がアイウィルセンターを訪ねてインターネット中毒相談と予防教育を受けた。
(2012 年 3 月 8 日 中央日報(韓国)
25 面 )
第2節 韓国の教育事情について
松本麻人(文部科学省)
1.韓国の教育制度
まず基本的な学校教育制度は、日本と同様に 6 - 3 - 3 制がとられている。6 年間の初等教育は小学校で、
3 年間の前期中等教育は中学校で、3 年間の後期中等教育は高校で行われており、このうち小学校と中学
校の合計 9 年間が義務教育年限となる。高校は、
基本的に普通高校と職業高校に区分することができるが、
普通高校(私立も含む)では入学選抜が実施されず、抽選で進学先が決定する(高校の「平準化」政策)。
ただし、後述する特殊目的高校など、一部のエリート高校では入学選抜が実施されている。
高等教育機関には、4 年制大学と 2 ~ 3 年制の専門大学
(日本の短期大学に相当)
がある。4 年制大学には、
日本でも馴染み深い総合大学のほか、初等教員の養成機関である教育大学や、主に成人を対象とする放送・
通信大学やサイバー大学など、多様な機関がある。一方専門大学は、準学士(Associate Degree)相当
の専門学士を授与する短期高等教育機関であるという点で日本の短期大学に相当する教育機関であるが、
教養教育よりは職業教育に重点を置き、専門職業分野の即戦力人材を育成しているという点では、日本
の専修学校(専門課程)にも類似する教育機関である。
学校系統においては日本とよく似た制度であるが、学事運営はやや異なり、2 学期制を採用している。
182
第1節 韓国教育調査の趣旨と日程 / 第2節 韓国の教育事情について
【コラム:アイウイルセンター】
1 学期は 3 月から 7 月下旬まで、2 学期は 8 月下旬~ 9 月から 2 月末までである。夏休みは日本の学校
とほぼ同様だが、冬休みが長く、12 月下旬から 2 月まで続く。
2.教育の普及状況
教育熱心な国民性で知られるとおり、各級学校における就学・進学率は高い(表 VI −2−1参照)。
義務教育期間の就学・進学率が高いのは当然だが、高校のみならず、高等教育への進学率も高いことが
特徴である。ただこれは、前述のように、短期高等教育機関である専門大学が短期大学と同時に専修学
校(専門課程)の機能をも有している点に注意しなければならない。
表 VI −2−1 学校段階別の就学・進学率(2011 年)
表注:高等教育機関には放送通信大学、サイバー大学なども含む。
(出典)教育科学技術部ウェブサイト(http://www.mest.go.kr)
就学前児童については、幼稚園のほかに、保健福祉部(日本の厚生労働省に当たる)が所管する各種
の保育所があり、5 歳児に限ってみれば、その 90%超が幼稚園か保育所のどちらかに就園している。近
年は幼稚園と保育所に就園する 3 ~ 5 歳児を対象に共通課程の導入が進められているほか、家庭の所得
に関わらずに教育・保育費の無償化が段階的に実施されることになっており、今後は就学前児童の就園
率がさらに高まることが期待されている。
3.近年の教育改革
(1)英語教育の重視
韓国社会における英語学習熱は日本でもよく知られているが、初等教育でも日本より早い時期から英
語教育が行われている。小学校に正式教科として英語教育が導入されたのは 1997 年で、小学校第 3・4
学年は週 1 時間、第 5・6 学年は週 2 時間のカリキュラムでスタートした。その後、英語での意志疎通
能力の向上など、英語教育の重点化方針が示されるようになり、第 3・4 学年は 2010 年度から、第 5・
6 学年は 2011 年度からそれぞれ週 1 時間ずつ英語授業が拡大している。
意志疎通能力の重視という点から、当然ネイティブ・スピーカーの補助教員の需要も高いが、特に都
市部から離れた地方では補助教員の長期定着が困難であるなどの理由で、補助教員の絶対数が不足して
いる。こうした問題の解消のために 2008 年に導入されたのが、
「TaLK プログラム」と呼ばれる事業で
ある。TaLK(Teach and Learn Korea)プログラムは、英語圏の韓国系外国人を招聘し、学校での英
183
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
てもらうことを趣旨としている。
韓国人の英語講師についても、配置が拡大される傾向にある。2009 年から導入されている「英会話専
門講師」は、小学校や中学校、高校に配置される臨時教員(フルタイムあるいはパートタイム)で、英
会話能力に優れた者の中から選抜される。原則的に教員資格を所持する者が候補対象となるが、地方の
判断で資格条件の緩和も可能である。2012 年現在、全国に 6,104 人の英会話専門講師が配置されており
(全国の小学校の 84%、中学・高校の 61%に配置)
、2013 年には 100%の配置率を目指して講師の採用
を進める計画である。
もう一つ、近年の英語教育改革の目玉とされているのが、英語検定試験の一種である国家英語能力評
価試験(NEAT:National English Ability Test)の開発・導入である。教育科学技術部は、2008 年
12 月発表の「英語教育の主要政策推進プラン」で学校英語教育の目標をコミュニケーション能力の向上
と明確に定め、従来のリーディングとリスニング重視の教育にスピーキングとライティングを加えた 4
要素すべての能力の伸長を図る教育への転換方針を明示した。NEAT はこれら 4 要素を測るテストとし
て開発され、2012 年から実施されている。主に成人(大学生を含む)を対象とする 1 級テストと、主に
高校生を対象とする 2・3 級テストから成る。テストの結果は、1 級テストは点数で表示され、2・3 級
テストは A・B・C・F の 4 段階で評価される。2・3 級テストについては、今後大学修学能力試験(日
本の大学入試センター試験に相当)の英語試験の代替とすることも検討されており、社会の関心を集め
ている。
写真 VI −2−1 英語専用教室(ソウル市内公立中学校)
184
第2節 韓国の教育事情について
語授業の補助に当てる一方で、韓国語や韓国文化の学習・体験プログラムを通して自身のルーツを探っ
기러기 아버지(キロギアッパ)の増加
キロギ(雁)のアッパ(お父さん)は、英語習得や多様な教育機会を求めて海外に渡航
した妻子を経済的に支えるため、韓国内に留まり勤労に励む父親のことを指す。父親の経
済的困窮や家族関係の崩壊などの問題が生じていることも指摘されている。小中高の段階
での留学は「早期留学」と呼ばれ、これまで推定で約1万人が留学したといわれる。
ただし、義務教育段階の「留学」は、法的には「無断欠席」となり、学力が認定されな
い。そのため、韓国の学校に戻る場合などには学力検定試験などを受ける必要がある。
(2)放課後学校の実施
「放課後学校」とは、学校の正規課程外で提供されている有料プログラムで、その内容は保育プログラ
ムから学習プログラムまでと幅広い。元々は児童生徒の創造を育む多様な教育機会の提供という理念か
ら構想されたが、近年においては、学習塾や家庭教師など、
「私教育」と呼ばれる学校外学習活動の費用
負担の軽減という文脈で推進されている。受講料は民間の塾の 3 分の 1 程度であり、低所得層向けのバ
ウチャー券制度もある。
放課後学校の各種プログラムは、その内容からおおよそ次の 3 種類に区分される。
○ 「教科プログラム」
各教科に関する水準別学習プログラム。英語や数学、理科などが人気。
○ 「特技・適性プログラム」
芸術やスポーツなど、児童生徒の特技を伸ばすプログラム。
○ 「初等保育プログラム」
低学年(小学校 1 ~ 3 年)を対象とする学童保育。
小学校では特技・適性プログラムが多く実施されているが、中学校・高校では教科プログラムが中心
となる。正規課程の授業内容の補習ではなく、あくまでも独立した内容のプログラムとすることが原則
である。
プログラムの講師は、外部講師のほか、当該校の教員が務める場合もある。教員にとっては正規業務
外の業務であり、講師を務めた場合は通常の俸給とは別に手当を受けることができる。
2011 年現在、放課後学校は全学校(小学校~高校)の 99.9%で運営されており、全児童生徒の
65.2%が何らかのプログラムに参加している(表 VI −2−2参照)
。
185
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
(出典)教育科学技術部保護者支援課作成資料「2011 年放課後学校の運営状況」2011 年。
写真 VI −2−2 科学プログラム
写真 VI −2−3 ベリーダンスのプログラム
(3)全国学力テストの充実
韓国でも全国学力テストが小学生や中学生、高校生を対象に実施されている。1998 年から実施されて
いる同テストは、従来は抽出調査であったが(1998 年を除く)
、2008 年からは悉皆調査に切り替えられ、
2012 年現在、
すべての小学校 6 年生と中学校 3 年生、
高校 2 年生を対象に実施されている
(表 VI −2− 3 参照)
。
表 VI −2−3 全国学力テストの推移(1998 ~ 2012 年)
1998∼1999年度
2000年度
2001∼2007年度
2008∼2009年度
2010年度∼
テストの対象となる教科は、小学校と高校では「韓国語」
「数学」
「英語」の 3 科目、
中学校ではこれに「社
会」「理科」を加えた5科目である。小学校では、
「社会」と「理科」についても抽出調査の形で一部生
徒を対象にテストを行っている。
テスト結果は、教科別に「優秀」「普通」「基礎」
「基礎未達」の 4 段階で判定され、児童生徒に通知さ
れるほか、地域別(広域市・道レベル)の結果も「普通以上」
「基礎」
「基礎未達」の 3 段階評価で発表
される。高校については、学校別の結果も公表される。こうした情報公開を通して、学習成果の向上へ
向けた地域・学校の取組を活性化させることが目指されている。また、学習不振の児童生徒が多い学校
に対しては、国の積極的な支援が行われている。4 段階評価で「基礎未達」レベルの児童生徒が一定数
186
第2節 韓国の教育事情について
表 VI—2−2 学校段階別の放課後学校参加率(2011 年)
以上いる学校は、学力向上重点学校に指定され、学習補助員の重点的な配置を受ける。こうした支援は、
一定の成果(「基礎未達」児童生徒の割合:2008 年 7.2%→ 2010 年 3.7%→ 2011 年 2.6%)をあげて
いると評価されている。
(4)積極的なカリキュラム改革
日本の学習指導要領にあたるナショナル・スタンダードのカリキュラムは、
「教育課程」と呼ばれ、全
国の小学校や中学校、高校に適用されている。教育課程はこれまで 9 回にわたって改訂されており、最
新は 2009 年 12 月に公示された「2009 年改訂教育課程」である。2007 年 12 月公示の「2007 年改訂
教育課程」からわずか 2 年で改訂された「2009 年改訂教育課程」は、2008 年に発足した李明博政権の
教育改革の方向性を強く反映しており、「創造性のある人材」育成を一大目標に掲げている。
表 VI −2−4 「2009 年改訂教育課程」の教科及び授業時数(小学校・中学校)
表注 1:各学年群の授業時数は、年間 34 週を基準として、2 年間(中学校は 3 年間)の基準授業時数である。年間授業時数は、最少授業時数である。
表注 2:1 回の授業時間は、小学校 40 分、中学校 45 分である。
「2009 年改訂教育課程」の主な特徴は、次のように整理できる。
○ 「創造的な体験活動」の導入
これまでも「裁量活動」という名で、日本の「総合的な学習の時間」に相当する教科活動は導入さ
れていた。今回の「創造的な体験活動」は、創造性を育む体験活動を中心に運営される教科として、
職業体験を含む様々な体験学習の活性化を学校に促している。
○ 「学年群」と「教科群」の導入
「学年群」は、例えば小学校の第 1 学年と 2 学年を一つの「群」という概念で捉え、この 2 年間を 1
つの単位にカリキュラムを運営することが可能である。したがって、年間授業時数が少ない教科につ
いて、特定の学期に集中的に履修することもできる。
「教科群」は、例えば「社会」と「道徳」など、
近接する複数の教科を一つの「群」とする概念である。
○ 10 年間の「国民共通基本教育課程」(小 1 ~高1)を 9 年間(小 1 ~中 3)へ短縮
187
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
で 10 年間(小学校~高校第 1 学年)と定められていたが、
「2009 年改訂教育課程」では高校第 1 学
年も選択中心型のカリキュラムとなったため、9 年間(小学校~中学校)に改められた。
表 VI −2−5「2009 年改訂教育課程」の教科及び授業時数(高校)
表注 1:1 単位は 50 分を基準とし、17 回履修する。
表注 2:1 回の授業時間は 50 分である。
表注 3:必修履修単位の教科群及び教科領域の単位数は、最少履修単位数である。
表注 4:必修履修単位数の( )内の数字は、職業高校など、教育課程編成・運営の裁量権が認められた学校が履修することを勧奨する。
(5)教員評価制度の導入
2010 年から導入された「教員能力開発評価」は、全国すべての学校の教員を対象として、共通の評価
枠組みを持つ教員評価制度である。その構想は 10 年以上前からなされていたが、教員組合などの反対で
導入には至らず、李明博政権下でようやく全国的な実施が実現した。
「教員能力開発評価」の主な内容は、次のとおりである。
○ 評価対象
全国の国公私立小学校、中学校、高校及び特別支援学校の本務教員(校長・教頭を含む)
。ただし、
在職 2 か月未満の教員は除く。非常勤講師については、各学校の裁量による。
○ 評価者
校長もしくは教頭 1 人以上を含む 5 人以上の教員で構成された評価チーム(小規模学校の場合は弾
力的な運営を可能とする)。また、児童生徒及びその保護者(在学 2 か月未満の児童生徒及びその保護
者を除く)も、満足度調査という形で評価に参加する。
○ 評価内容
一般教員に対しては 5 領域 18 項目(表 VI −2− 6 参照)
、校長については 4 領域 8 項目、教頭は
3 領域 6 項目(表 VI −2− 7 参照)が定められている。実際の評価に当たっては、地方あるいは学校
の裁量で一部の項目を除外、あるいは新たな項目を追加することができる。
188
第2節 韓国の教育事情について
定められた教科を一定期間、体系的に学ぶことを目的とする「国民共通基本教育課程」は、これま
表 VI −2−6 一般教員対象の評価項目
(出典)教育科学技術部報道資料 2011 年 1 月 8 日付け。
表 VI −2−7 校長・教頭対象の評価項目
(出典)教育科学技術部報道資料 2011 年 1 月 8 日付け。
○ 評価方法
各項目について 5 段階評価(「非常に優秀」
「優秀」
「普通」
「不足」
「非常に不足」
)を行う。実際の
評価作業は、すべてオンライン上で行われる。インターネットへの接続が困難な保護者には、紙媒体
の調査シートも準備される。
○ 評価結果の活用
同僚教員や児童生徒、保護者による評価の結果は、5 点満点で換算され、項目別点数が本人に通知さ
れる。教員は、通知された結果を基に「結果分析及び能力開発計画書」を作成し、提出することが義
務づけられている。
さらに、特に評価が低かった教員は、短期あるいは長期の特別な研修を受けなければならない。そ
の研修内容は、研修を実施する地方教育庁が定める。長期研修は 6 ヶ月間(210 時間)
、短期研修は
60 時間以上の期間と規定されている。一方、評価結果が優秀であった教員の一部に対しては、
「学習
研究年」と呼ばれるサバティルカイヤーのような機会が与えられる場合がある。
そ の ほ か、 学 校 単 位 の 評 価 結 果 が、 全 国 の 学 校 情 報 を 提 供 す る ウ ェ ブ サ イ ト(http://www.
189
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
の向上を図ることが意図されている。
(6)先進的な ICT 活用教育
韓国が「IT 強国」と呼ばれるようになって久しいが、その名にふさわしく、早くからすべての学校に
高速インターネット網が整備されている。各学校におけるパソコンの配置も充実している(コンピュー
タ 1 台当たりの児童生徒数:小学校 5.5 人、中学校、5.0 人、高校 4.1 人)
。
また、教材のデジタル化構想も進められている。2007 年 3 月の「デジタル教科書常用化の推進プラン」
以降、デジタル教科書の開発事業が本格化しており、2011 年現在、全国 132 校(小学校 122 校、中学
校 10 校)の実験校が運営中である。教科は、
「韓国語」
「数学」
「社会」
「科学」
「英語」が中心となっている。
2011 年 6 月に発表した「スマート教育推進戦略」では、2015 年までに初等中等教育段階のすべての教
科について、デジタル教科書を開発するという目標が定められている。なお、
「スマート教育推進戦略」
はそのほか、オンライン授業の活性化や、教材コンテンツのオープン利用の環境整備などに言及している。
しかし、いずれも開発中あるいは構想段階であり、いまだ実用段階にあるものではない。
一方、実際に導入が始まっているのが、「e- 教科書」である。これは既存の教科書の内容を PDF 化し
たものであり、主に家庭学習で利用されることが想定されている。当初は CD に収められて配布されて
いたが、2012 年 9 月からはインターネットで配信されている。加えて、
「メモ」機能や「スクラップ・ノー
ト」機能など、学習支援機能を充実させている(小学校教科書のみ)
。
写真 VI −2−4 IT 授業の様子(ソウル市内小学校)
190
第2節 韓国の教育事情について
schoolinfo.go.kr/)上で公開される。こうした学校のアカウンタビリティの確保を通して、教育の質
(7)インターネットを通じた学校情報の公開
2007 年 5 月に制定された「教育関連機関の情報公開に関する特例法」は、
幼稚園や小学校、
中学校、高校、
大学など、すべての段階の学校情報について、その公開を義務づける法律である。その背景にあるの
は、これまで個別の学校で提供されていた情報が保護者や児童生徒の関心に十分応えていなかったとい
うこと、情報公開を通じて学校のアカウンタビリティを果たすこと、などである。各学校の情報は、当
該校のウェブサイトで公開されるほか、全学校の情報を提供するウェブサイト「学校アラート」
(初等中
等教育機関、http://www.schoolinfo.go.kr/)や「大学アラート」
(高等教育段階機関、http://www.
academyinfo.go.kr/)でも公開される。
例えば、初等中等教育機関については、15 領域 47 項目に及ぶ情報公開が義務づけられている(表 VI
−2− 8 参照)。
表 VI −2−8 初等中等教育機関の情報公開の内容(15 領域 47 項目)
191
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第2節 韓国の教育事情について
表注:表中の「小」は小学校、「中」は中学校、「高」は高校、「特」は特別支援学校、
「各」は各種学校、
「全体」は全学校種を指す。
(8)エリート教育の振興
普通高校の入試をなくし、進学者を学区内の高校(私立も含む)に抽選で振り分ける「平準化」政策
を 1974 年から実施している韓国では、すべての高校で同水準の教育を受けることができる(ことになっ
ている)。しかし、そうした均質的な高校教育は、特定の能力に秀でた生徒のニーズに応えることができ
ないという批判を受けてきた。そのため、1980 年代末以降、才能教育あるいはエリート教育と呼べるよ
うな教育を提供する高校が設置されるようになった。
そうした高校のうち、代表的なのが特殊目的高校と呼ばれる高校群である。特殊目的高校は、科学や
外国語、芸術、体育など、特定の分野に秀でた生徒に適した教育を提供するという理念の下で導入され
た。特殊目的高校は、各学校で入学者を選抜し、分野に応じたカリキュラムを編成することが可能である。
しかし、例えば外国語高校など、学力の選抜を経ることで一定以上の能力の生徒が集まることから進学
校(エリート校)化してしまう学校もあり、本来の設立趣旨から外れてしまっているという批判も少な
くない。
一方、明確にエリートの育成を目的に導入された学校もある。
「英才教育振興法」に基づく、英才学校
である。「英才教育振興法」は、英才の早期発見や能力と素質に合った教育の提供、国家・社会の発展を
目的に、2001 年に制定された。同法は、主に高校段階の生徒が通う英才学校以外にも、小中学生も対象
とする各種の英才教育機関について定めている。こうしたエリート教育の振興により、2010 年現在、表
9 のような教育体制が整っている。
192
表 VI −2−9 エリート教育実施期間の現状(2010 年)
(出典)教育科学技術部『教育統計年報 2010 年』2010 年などから筆者作成。
(9)学校不適応児童生徒に対する支援
上述のようなエリート校が隆盛する理由の一つには、一生を左右するほどの影響力を及ぼす学歴(学
校歴)を身につけるための熾烈な大学入試競争があるが、そうした受験競争のための教育に馴染めない
児童生徒も少なくない。また、学校でのいじめも常に大きな問題であり、いじめを苦に自殺する生徒も
後を絶たない。そのほか、様々な理由から学校に適応できない児童生徒のために、公的な受け皿も徐々
に整備されつつある。
そうした近年の取組の一つが、学校不適応児童生徒のケア事業である「Wee プロジェクト」である。
「Wee プロジェクト」は、学校と地方教育当局が連携して児童生徒のケアに当たる総合支援システムの
呼称で、
「Wee」は「We + Emotion」あるいは「We + Education」の略であるという。学校には「Wee
クラス」、教育支援庁(広域市・道教育庁の出先機関)には「Wee センター」
、
広域市・道教育庁には「Wee
スクール」がそれぞれ設置され、各レベルが児童生徒一人一人に合った相談・支援に連携して取り組む
ことが目指されている。それぞれの機能・役割は次のとおりである。
○ 「Wee クラス」
学習不振や対人関係,いじめ,校内暴力,インターネット中毒,非行などに起因する学校不適応児
童生徒について,その早期発見や予防,学校適応の支援が行われる。2012 年現在、全国に 3,170 か所
設置されている。
○ 「Wee センター」
学校レベルでは対応が困難な児童生徒について,専門家の持続的な支援がワンストップ・サービス
で行われる。2012 年現在、全国に 126 か所設置されている。
○ 「Wee スクール」
学校や Wee センターからの依頼により,深刻な危機状況にあって長期の対応が必要な児童生徒につ
いて,寄宿型施設を利用した長期の教育支援が行われる。2012 年現在、全国に 7 か所設置されている。
193
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
議政府 Wee センターは,京畿道北部地域の初等学校や中学校,
高校の児童生徒を対象に,
韓国の伝統茶の紹介をするプログラムを通して,日常生活で守らなければならない礼節に
関する教育を行っている。茶道と礼節プログラムは,早い速度と刺激的な感覚に慣れた青
少年たちに,心を落ち着けて座らせ,心の葛藤などを吐露させることを可能にしている。
一方、日本に見られるようなフリースクールも伝統的に多く、無認可の「代案学校」
(オルタナティブ・
スクール)は、政府が把握している限りで 141 校(2006 年現在)が設置されているという。ただ、近
年の傾向として、学力認定などを行う認可校としてのオルタナティブ・スクールが増加している。
認可オルタナティブ・スクールは、一般の初等中等教育機関の地位を持つ学校と各種学校に区分され
る(表 VI −2− 10 参照)。一般の初等中等教育機関の地位を持つオルタナティブ・スクールは,
「特性
化学校」と呼ばれ,1998 年に既存の無認可オルタナティブ・スクールが昇格する形で設置された。カリ
キュラム運営などに一定の裁量が与えられている中学校と高校で,自然体験を重視した教育など,ユニー
クな教育を特色としている。また,各種学校に指定されているオルタナティブ・スクールもあり,
「特性
化学校」のように正規の中学校あるいは高校の卒業資格を得ることはできないが,より柔軟な学校運営
が可能である。卒業者は学校の教育水準に応じて小学校や中学校,高校の卒業程度の学力があると見な
され,上級学校への進学が可能である。
表 VI −2− 10 オルタナティブ・スクールの現況(2010 年)
(出典)教育人的資源部『代案教育白書 1997 ~ 2007』2007 年。
194
第2節 韓国の教育事情について
「Wee センター」の活動(議政府市 Wee センターの事例)
【参考文献】
・石川裕之『韓国の才能教育-その構造と機能-』東信堂 , 2011.
・教育科学技術部報道資料各日付版。
・教育科学技術部ウェブサイト(http://www.mest.go.kr/)
。
・教育人的資源部『代案教育白書 1997 ~ 2007』2007.
・文部科学省『諸外国の教育動向』各年度版。
第3節 韓国教育調査からの知見
3−1 韓国調査からの状況分析
三宅 なほみ
2012 年3月5日~7日、国立教育政策研究所神代浩氏を代表とした韓国の教育の現状についての視察
「韓国の教育事情に関する調査団」に参加する機会を得た。
視察の目的は、教育事情の中でも以下の2点。日程は以下の表の通りである。
1)韓国のエリート教育についての小学校、大学の対応;国家機関による理念、実施方法についての考
え方の聴取
2)学校についていけなくなる子どもたち、特にインターネットの普及による「ネット中毒」者への公
的支援
韓国の教育事情に関する調査団日程表
通訳:金光明氏
日程については、当初計画にあった IT を駆使した学校現場の視察が、訪問時期などの都合により中止
になったのは残念ではあった。しかし、国立教育政策研究所岩崎久美子氏のコーディネイションにより、
短期間にこれだけの訪問ができたことは、このような訪問が初めてだった私にとっては大変貴重な体験
195
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
以下、指定項目に従って、報告したい。
1.問題意識
韓国の教育事情の現状調査として、報告者自身の関心の中心にあったのは、ロボットを始めとした IT
活用とその成果だった。ATR、Stanford 大学などの HRI(Human Robot Interaction)研究に携わる
韓国の研究者らの報告によると、小中学校での英語教育などの場に自走対話型のロボットがアシスタン
トとして幅広く導入されており、担当教員の導入の後、ダンスをしながらフレーズを繰り返すなど、ゲー
ム的な活動支援に使われているという。また電子黒板の導入やその使い方について先進的な例があると
も聞いているので、その現場を見たいという思いがあった。しかし、これらの実態は、短時間教室での
実践を見学してわかるものではないとも言える。時期的な理由で訪問は叶わなかったが、韓国の IT 利用
についての現状調査は、もし行うのであれば、まず韓国から幾つか立場の異なる行政指導者、校長、教
員などを対象に、活動方針を決めている基盤となる考え方、活動プログラムの詳細、現場を担当する教
員への事前研修を含む対応、実施状況、これまでの成果とその評価などを調査した上で取りかかるべき
だろう。その意味では、今回教室を訪問することができたとしても、
報告者自身にそれだけの準備がなかっ
たため、訪問の成果を十分生かせなかった可能性もある。
今後このような方向での現状視察が計画されるのであれば、その準備段階から参画したい。
今回、教育政策研究所側が設定した調査目的であるエリート教育に関しては、IT を活用した教育以上
に準備不足であった。そのため、訪問できるところの現状を、とにかくそのまま受けとめるところに問
題意識を置いた。その際、意識したのは以下の2点である。
1)訪問先担当者が、説明として、何を語り、何を語らないか
2)その場で報告者が 「語られなかった」 と感じたポイントについて質問した場合、
返答は 「語られなかっ
た」 内容を含む方向で返ってくるか
結果としてこの方法は、「語られなかったこと」 に報告者が知りたかったことが含まれてくる場合相手
から十分な返答を引き出せず、機能したとは言い難い。今後このような調査に参加する場合の反省点で
ある。
2.韓国の状況と分析
3日間の訪問でとらえ得た 「状況」 はあまりにも部分的なものでしかないが、
訪問先が多様だったので、
それらの中から対比できるところを取り出し、対比から見えてきた状況についてコメントしたい。対比
196
第2節 韓国の教育事情について / 第3節 韓国教育調査からの知見
となった。参加させて頂いたことを感謝したい。
は、「ソウル大学とコリア大学」、「ソウル大学と永東初等学校」「Wee Center と I WILL Center」、「I
WILL Center とソウル大学」の4点について行った。要点を記載すると、次のようになる。
(1)ソウル大学とコリア大学
第一に、官立トップ校対私立トップ校との間には見事な対比が感じられた。私立はトップであっても
この対比がある以上 「トップ」 にはなり得えない。ソウル大学が 「研究者はここへ来れば最高の研究環
境と地位を得られる」 という一種の既成事実の上にトップを保っているのに対し、コリア大学はそのポ
ジションを活かしソウル大学にない多様性を目指した方向性を見出そうとしている。
官立トップ校であるソウル大学がどのような入学者を受け入れ、どのような教育方針で 「エリートを
輩出してゆくのか」 について、担当者の説明は、「トップがトップで有り続ければ、そこには必ずトップ
になり得る人材が集まり、トップを輩出し続けることができる」 という趣旨に終始した。ソウル大学(だ
け)が、国際的に通用する教授陣と研究環境を揃え、高等学校卒業までに最も優秀な成績を収めた生徒
を上から選択的に入学させ、ソウル大学(だけ)が提供できる教育によって彼らがエリートになり得る
チャンスを提供できれば、ソウル大学は将来ともどもトップであり得る。この理念が、ソウル大学の教
授陣のほとんどをソウル大学院で修士を取得しさらに国外に留学して博士号を取得したものに限定する
理由でもあり、またその成果でもある。このモデルが成立する背景には、閉じられた社会組織が想定さ
れているだろう。事実説明担当者からは、韓国の人口と、韓国が海外にもつ韓国人ネットワークの大きさ、
強靭さへの指摘があった。この制約によって、ソウル大学で一旦教授になれば、韓国内では最大の研究
費と研究環境が提供でき、その成果を国際的なネットワーク上で発信できる。この 「閉じられた社会組
織モデル」 が将来どう変容し得るかについては、
質問への答えとしてもほとんど語られることがなかった。
これに対しコリア大学では、医学部の将来に向けてのエリート教育について、主にはその理念を聞く
ことができた。そこには大学から積極的に高等学校に向けてサービスを提供しつつ高校と大学の両者の
現状を変え、将来的に 「今よりも良いものに」 しようとする視点があった。また医学部の国際性の位置
づけについても国際的な共同研究が盛んになるとしたら、それにつれてコリア大学の取組みそのものが
変化する可能性があり、その可能性を受け入れて変革することを見据え、歓迎する視点があった。ソウ
ル大学の 「一点定点型」 とは明らかに異なる「多点変革型」のエリート育成ビジョンであるように受け
取れた。
国際的に多様な視点が入りこみ、国内人口は多いが国際ネットワークに関しては圧倒的に弱い日本か
ら見ると、コリア型ビジョンの方が親近感を感じる。が、ソウル大の安定したビジョンは、現在のその
安定度の高さゆえにもうしばらく安定したままなのだろうとも感じた。将来的にソウル大型とコリア大
型、どちらのエリート・ビジョンが韓国の高等教育政策を牽引してゆくのか、日本では実験できないこ
とだけに興味深く感じた。
197
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第3節 韓国教育調査からの知見
写真 VI −3−1−1 ソウル大学入試本部長 白先生と
(2)ソウル大学と永東初等学校
ソウル大学が既に 「トップであること」 を基盤に定義づける 「エリート」 と、エリート育成施策の中
で永東初等学校が展開する 「エリート育成」 による 「エリート」 との間にはまったく方向が逆とも言え
る違いが存在する。前者が、韓国一、あるいは世界一を基準にした 「一つの物差しで測る」 エリートを
想定しているのに対し、後者は、必然的に、多様な尺度を活かしたエリート像を希求し、地域を活かし
た形で成功している。
ソウル大学が既に 「トップであること」 を基盤に定義づけるエリートは、韓国、あるいは世界で何ら
かの尺度によって測られた<一番>を必ず含まなければならない限定された、それだけに少数の 「エリー
ト」 である。それに対して、永東初等学校では、韓国のエリート育成施策への対応として、放課後プロ
グラムを実施している。そこでは地域の支援を得て(もともとこの学校そのものが地域の有力業者の提
供する敷地内に立地し、その施設や財力を活用している)
、
普通の小学校ではなかなか実施できない「乗馬」
「ゴルフ」などを含む多彩なプログラムを提供し、一方その一部を学年別に教養基礎として全生徒に提供
して成果を上げている。その一部を実際見学したが、3人の子どもがゴルフの練習場で自由に玉を打ち、
それを一人の担当者が 「見守る」 形で練習が進んでいた。子どもは、上手く行かなくなると、自分から
担当者のところに行って何となく話し込んでいる。「好きなことを、好きなやり方で」 とにかく続けるこ
とが重視されている、と感じた。
図書室を見せてもらったが、韓国語の本の他に英語、スペイン語などの絵本がかなり大量に揃っており、
居合わせた司書に伺ったところ、特にプログラムで誘導するということはしていないが、子どもたちが
自発的に英語の絵本を手に取ることは多いという。実際英語の授業外コースも提供されている。こういっ
た環境が小学校生活の可能性を広げる効果は大きいだろう。ここで行われている音楽教育では、ピアノ
198
をベースに高学年では特定の楽器を担当し、年次オーケストラ演奏に持ち込む。社会人による支援も大
きい。その意味で、この放課後プログラムは、通常の授業とも上手く連携されて「大きな成果を上げて
いる」と言える、だろう。
が、このようなプログラムを大学側がどう評価するかはまた別の問題であるようだ。ソウル大で私た
ちに対応した白淳根全学入試本部長は、正式の場ではなく、夕食をはさむインフォーマルな場でだが、
これらのプログラムについて「小学校で、本物のプロにはなり得ない質の経験をさせるだけ」とコメン
トした。ソウルでは、地域に支えられ勉学に励む小学生の 「経験を豊かにする」 だけのプログラムは、
ソウル大学を頂点とした 「エリートによるエリートの輩出」 モデルとはあきらかに異質なものとして、
両方存在する。これが韓国の強みかも知れない。
写真 VI −3−1−2 永東小学校
写真 VI −3−1−3 永東小学校にて校長先生と
(3)Wee Center と I WILL Center
競争的な学校文化への不適応という大変定義し難い多様な 「状況」 を対象に不適応児を一般的に支援
する Wee Center と、ネット中毒といういわば一つの尺度で定義し得る状況への支援を試みる I WILL
Center も対比的な性格を持っている。いずれも取り出し型の支援を実施しているが、Wee Center は
学校に隣接し、学校に戻すことを目指している(ように受け取れた)のに対し、ネット使用度という一
つの尺度で定義しうる不適応を扱う I WILL Center はむしろネット使用から 「離す」 方向での支援に重
点がある(ように受け取れた)。
この対比は、これも十分詳しく聞き出すことができなかったが、両者のこれまで採用してきたプログ
ラムの変遷に垣間見られたように思う。多様な不適応に対応する Wee Center が 「本人に自信を持た
せる」「本人に持たせた自信を基盤に、学校文化への復帰を目指す(学校の物差しが固定的過ぎで不適応
を起こしていたとしても、本人が自分自身に内在する物差しで自分を測れるだけの自信を持っていれば、
固定焦点的な文化にも対応できる)」という、比較的抽象度の高い路線に収斂する形でさまざまなプログ
199
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
(実際このセンターでは、中毒度をネットを利用する時間数、ネットに起因する欠席数などで測っている)
に対応する I WILL Center がこれまで試してきたプログラムはまさに 「多様」 だった。行動主義的な活
動両方から、認知的な課題中心型プログラム、社会構成主義的な他者との関わり合いを中心とした活動
までが、これまでの活動リストに挙がっている様は、このセンター自体その運営と活動方針をまだ模索
中で、しかもその模索が真摯なものであることを感じさせた。
この対比は、ある意味上述したソウル大学とコリア大学とのビジョンの違いを反映しているようにも
感じた。いずれも「測りうる症状への対処療法として、
症状を生んだ場所からは取り出しての対処が可能」
という理念に基づいて開発、運用され、その方向を模索しているとも言えるが、こういう多様性をその
まま併存させるところにも韓国の強さがあるのかもしれない。
(4)I WILL Center とソウル大学
小中高等学校での 「不適応」 は、ソウル大学の想定する 「エリート」 の範疇には全く入らない。しかし、
そこを頂点とした教育システムは、国際情勢に柔軟に対応する大学生、若い社会人を生んでいる ( 左京氏
私信 )。I WILL Center の実態はほとんど聴取できなかったが、I WILL Center が目指す「中毒からの
解放」方針は、今後の方針によって、ソウル大学型のエリート像を今以上に定着させる可能性とそれを
つくりかえる方向で機能する可能性とを両方はらんでいる。
同行した委員である左京氏によれば、韓国で氏の活動に興味を持ち、氏が主宰するシブヤ大学とも通
じる活動を韓国で引き起こそうとしている若者たちは、日本のテレビ番組やアニメを利用して 「使える
日本語」 を習得し、氏の活動に関連した活動をネットを通じて世界的に探し求め、行って相談する価値
のありそうな相手であれば代表を何とかそこに送り込んで、自分たちの活動の基盤をつくろうとしてい
るという。これだけのことができるようになるためには、日本語アニメも中途半端に読んでいたのでは
役に立たないだろうし、ネットを使って訪問先を判断し、実際に訪問する段取りをつけられる程度にネッ
トが使えるためには、I WILL センターの中毒基準に抵触しかねない量の経験が必要かもしれない。そう
であっても、不思議はない。
こういう 「何かに異常に熱中する」 ことそのものは、ソウル大学型 「エリート」 を生む条件でもある。
それが、今日本ではなかなか見出しにくい(と言われている)若者の活気につながっている可能性がある。
このことは、おそらく今回の韓国訪問で改めて報告者が気づかされた対比だったように思う。対比の裏で、
今韓国の次世代と呼ばれる人たちの間に何が起きているのか、その動きと、国が先導し得る政策の間に
どういう関係が気づかれ得るのか、など、日本にいるだけではあまり考える余裕のない視点が得られた、
と思う。
200
第3節 韓国教育調査からの知見
ラムが展開されてきたように受け取れたのに対して、ネット中毒というむしろ定量的にも測り易い症状
3.専門知識に基づく日本との比較考察
2で取り上げてきた対比が成り立つのは、ソウル大学が体現している(あるいはそのように説明が可
能だった)「閉じられた世界に一つの頂点がある」 ことに依拠するエリート・モデルが存在するから、で
あるように思う。今の日本には、そのようなモデルが存在し難い。一部にはまだあるが、その 「権威」
はソウル大が提供し得るものとは比較にならない。
そういう現状の中で、日本の次世代育成モデルは価値の多様性への寛容、多様性を逆手に取る人の潜
在能力の育成など、より複雑なプロセスを経た、定義のし難いエリート教育を志向することになる。こ
れを本格的に試行するには、教室で起きる学びのプロセスの細かいレベルでのデータ化や分析、多様な
「教え方」 を教室で一人一人の教師が一定程度実施できる教育力そのものの定義のし直しと新しい研修方
法の開発、実施、評価など、新しい取組みが必要になる。
4.感想
今回の訪問は報告者にとって、日韓の教育事情を比較する、という今までにない角度から、報告者自
身が抱える 「次の課題」 の意味づけを見直すチャンスになった。3で述べたようなこれからの日本での
「未来の学校」 を構想する取組みに欠かせない視点について、韓国での現状は今回の視察ではまったく視
聴することができなかった。このような方向での日韓の協力には、今考えられている以上に大きな可能
性があるのではないかとも思う。そのためには、また別の視察が必要になるだろう。
3−2 韓国における才能教育の体系化
中島 徹
はじめに
世界の先進国の中では珍しく、日本の公教育に於いては、才能教育のプログラムを公式に位置づけて
こなかった。また、児童・生徒が持つ才能(個性)をどのように定義し、どのように認定し、どのよう
に育てるかという議論もあまり活発には行われてこなかった。
しかしながら、最近ではスーパーサイエンスハイスクール(SSH)事業のように、特定の分野におい
て卓越した個性・能力の伸長を目指す取組みも行われており、
「子どもの個性を重視」して、
「多様な教
育ニーズ」に応じた学習機会を提供することは、社会的にも認められつつあると考えてよいだろう。
昭和 46 年の中央教育審議会答申で「個人の特性に応じた教育方法の改善」の必要性が語られたことを
機に、以降の答申等でも繰り返し述べられており、平成 23 年度より実施されている新学習指導要領でも、
総則に於いて「個性を生かす教育の充実に努めなければならない」と記載されているが、個々の児童・
生徒が持つ才能の違いを認定して、個に応じた教育を行うための具体的な方略は示されていない。
201
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
徒が持つ才能を認定して、個に応じた教育機会を与えるための具体的な方法を研究し、推進している。
日本と韓国の社会的な背景の違いはあるが、
「未来の学校」の目指す、児童・生徒に応じた多様な学び、
個別化・オーダーメイドされた教育を実現するための参考となる事例が得られることを期待して、今回
の韓国調査に参加した。
ここでは、今回の訪問先のうち、主に韓国教育開発院(KEDI) 注 1 内の国立英才教育研究センター
(NRCGTE)注 2 と、高麗大学内に今年新たに開設される英才教育院について取材した内容について報告
する。
Gifted Education”と記された用語は「英才教育」、
なお、取材した話者の発言や資料等で、英語で
Gifted & Talented Education”と記された用語は「才能教育」と区別して訳すこととした。これは、
訪韓前に調査した文献等では、韓国の英才教育に関する施策の英語表記に
Gifted Education”を使用
している例が多く、その内容は才能を天賦のものと捉えたエリート教育的な色彩が強いという印象を得
ていたが、2007 年頃から Gifted & Talented Education”という表記が増え、才能の多様性に留意し
た表現が各所に見られたことから、区別して表記することでそのニュアンスの違いを表現するためであ
る。
1.国立英才教育研究センター(National Research Center for Gifted and Talented
Education NRCGTE)
NRCGTE は、1987 年に KEDI の英才教育を扱
う研究室として数名で活動を開始し、2002 年の英
才教育振興法の施行に伴って国立の機関として独
立した。
2002 年 に「1st Master Plan for Gifted Education」 を 策 定、2007 年 に「2nd Master Plan
for Gifted and Talented Education」 を 策 定。
2009 年 に は、 教 員 研 修 の た め の「National
Teacher Training Institute for Gifted and
写真 VI −3−2−1 KEDI のスタッフと研究会のメンバー
Talented Education」の機能を追加して、現在は第三次基本計画の策定を行っている。
NRCGTE のビジョンは「多様な潜在能力の開発を通じて未来をリードするクリエイティブな人材を
育成する」こととしており、①才能教育におけるポリシーの確立、②才能教育のさまざまな分野への拡
大、③才能教育の受益者の増大、④才能教育の質の向上、⑤国内外の才能教育関係者との連携拠点とし
202
第3節 韓国教育調査からの知見
一方、韓国は 2002 年に英才教育振興法を施行して、国として才能教育を法的に位置づけて、児童・生
ての役割の五つのミッションを掲げて活動を行っている。その主な機能は、(1) 才能教育における基本ポ
リシーの研究開発、(2) 才能教育のための教員研修と教材開発の実施、(3) 英才教育データベース(Gifted
Education Database)の構築と運営、(4) 才能教育を支援するシステムの研究開発の四つの役割があり、
22 人の主要スタッフ(HP 掲載の 2010 年の人数)とプロジェクト毎の協力スタッフで運営されている。
韓国の英才教育振興法では、「英才」を「卓越した才能を持ち、その潜在的な可能性を伸ばすための特別
な教育を必要としている人」と定義して、①全体的な知性、②特定の学術分野の適性、③創造的思考能力、
④芸術的才能、⑤身体能力、⑥その他の特別な才能をその対象としている。
具体的には、
「英才教育データベース(GED)注 3」に「英才学級」と「英才教育センター」に参加した
児童・生徒の履歴が登録されていて、高等学校の段階から、その履歴をもとに才能児として認定して「英
才学校(科学英才高校)」に進学することができる。早い段階から高い潜在的な可能性を持った生徒たち
と共に能力を伸ばすための教育機会を与え、さらに高等教育段階ではより高度な大学院レベルの教育機
会を与えるといったシステムが構築されている。
「英才学級」は、2011 年は全国で 2,238 教室が、小・中・高校の課外活動として任意参加で開講された。
主に数学と科学をテーマとしており、20 人以下の少人数制で、放課後や休日に週に2~4時間程度の活
動が行われている。参加の選考は 12 月から 2 月に実施される。
「英才教育センター」は、2011 年は大学が運営するものが 61、地方教育事務所が運営するものが 357
開講されており、放課後や休日に実施するだけでなく、一部のセンターでは 70 ~ 450 時間が正規の授
業時間中に実施されている。参加の選考は同様に 12 月から 2 月に実施される。
「英才学校(科学英才高校)」は、12 歳(中学 1 年段階)から飛び級で入学することができるフルタイ
ムの正規課程の高等学校である。2011 年は、韓国科学英才高校(KAIST 附属高校)
、ソウル科学高校、
京畿科学高校、大邱科学高校の4校が科学分野を対象とした英才学校として認定されている。入学の選
考は 5 月から 8 月に行われる。
2011 年は、小・中・高合わせて 111,898 人が
才能児として認定されて特別な教育機会を与えら
れており、これは全児童・生徒の 1.59%に当たる。
才能育成の施策の当面の目標としては、今後 5 年
間で 3%に拡大したいということであった。
また、対象となる領域は、科学技術領域(数学、
科学、情報科学、理数)が合計 95,214 人で全体
の 85%を占めている。韓国における英才教育は、
「多様な潜在能力の開発」をビジョンとして謳いな
203
図 VI −3−2−1 韓国の才能児の認定数の推移
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
才能児の認定は、まず担当教員が才能を認定して推薦し、校内推薦委員会による審査を経て、英才教
育センターの選考委員会が選考するというプロセスで行われる。
英才教育センターの選考委員会は、それまでの学習履歴や、個人面接、サイエンスキャンプ(合宿形
式の学習会)の行動観察、英才認定試験(想像力、知力、その分野への傾倒を調べるテスト)や学業適
性試験(数学、科学、情報科学、芸術、発明)の結果を総合的に判断して認定される。
NRCGTE は、これらの才能児認定と能力育成のためのツールとして、英才認定試験(プロジェクト型
の科学的創造的問題解決能力テスト、学業適性テスト、リーダーシップテスト等)や学業適性試験を開
発して英才関連教育機関に提供しており、各機関はそれぞれの事情に応じて適宜活用しているというこ
とであった。
2.高麗大学英才教育院
筆者が、2011 年 8 月にアジアサイエンスキャンプ 2011 注 4 に日本派遣団を引率して韓国を訪問した
際の縁で、この 3 月 24 日から新規開講する高麗大学英才教育院の President である Soon-Young Jung
教授と、企画運営に参加している学務担当副院長の Won-Gyu Lee 教授にお会いして、その取り組みに
ついて詳細な説明を受けることができた。
以下に、その説明の内容を整理して報告しておく。
高麗大学が運営する英才教育院は、ソウル市教
育庁の認可を受けて開講するプログラムである。
運営のための費用は、ソウル市の三つの行政区か
ら支援を受けており、不足分は大学が負担する。
英才教育院を運営することでは大学は一切の利益
を得られないことが定められているので、社会貢
献、地域貢献と位置づけて取り組んでいる。
2012 年は、数学と情報の 2 教科について、それ
ぞれ小学校基礎課程(小学4、5年生対象)
、中学
写真 VI −3−2−2 英才教育院について説明する Lee 教授
校深化課程(中学1、2年生対象)の三つ、合計四つのコースについて、それぞれ 30 名ずつ合計 120
名を募集する。2013 年には、小学校深化過程(小学5、6年生対象)の 2 教科も開講する予定だ。
ソウル市内の学校から 1 校当たり 2 名を上限として推薦を募集したところ、600 名の応募があり、何段
階かの選考を実施して開講までに 120 名に絞り込む。
小中学校の授業がある学期中は週一回、土曜日に授業を行い、夏期休暇中はサイエンスキャンプのよ
204
第3節 韓国教育調査からの知見
がらも、その多様性を追求するための道筋はこれから整備する段階にあるといえるだろう。
うな合宿プログラムを行う計画だ。
英才教育院の運営には、教員養成学部の一般教育科と数学教育科のほぼ全教員が参加している。さらに、
教育研究所の研究者や英才教育のツール開発をテーマとして研究している博士課程の学生等も参加して
指導にあたる。
数学のカリキュラムは、代数、幾何、活動数学(体験を通じて数学的な思考を養う科目)
、情報の4領
域で構成する。また、情報のカリキュラムは、データモデル、アルゴリズム、情報機器とネットワーク、
情報の保護の4領域で構成する。
教科教育研究所と情報教育研究所が協力して、7~8年前から小中学生を対象とした教具や学習方法
の研究を行っており、その研究成果をベースに、単に大学生用のカリキュラムを小中学生向けにアレン
ジするのではなく、直感的に自分で考えて解くような問題を集めて、この英才教育院の児童・生徒のた
めの独自のカリキュラムと教材を構築した。
高麗大学では、このように既に先行して実施している他の英才教育院とは異なるコンセプトで取り組
んでおり、児童・生徒の選考方法も、例えば数学課程では、単に数学の能力を問う問題ではなく、直感
的な観察力や想像力を判定することができるように工夫して選考している。
情報教育の研究によって、指導方法によって教育成果に有意な差が生じることがわかってきた。例えば、
オブジェクト指向の発想法や、JAVA でプログラムをすることを身につけさせるためには、従来の指導
法では上手くいかない。
発想の違った人材、新しい分野を創造する人材を生み出すためには、従来とは異なる新しい教育法が
必要だと考えており、将来的にはこの英才教育院で実践する教育手法やカリキュラムを、英才児だけで
なく一般の児童・生徒を対象として広めていきたいという希望も持っている。
Won-Gyu Lee 教授によると、韓国は資源に乏しい国であり、基本的に人材を開発する以外に国を発
展させる方法はないという認識が国民全体に浸透しており、才能教育を推進して国をリードしていく英
才を育成することについての理解は高いということであった。
3.まとめと感想
今回の調査では、国立英才教育研究センターで韓国の英才教育のこれまでの流れと現状について把握
し、その中で新しいコンセプトで英才教育機関を開講しようとする高麗大学の取り組みについて調査す
ることができた。
韓国では、国が支援して才能児の認定を行い、それぞれの児童に応じた教育機会を与える才能教育が
行われている。才能児の認定率が 1.59%程度という現状では、まだ特定の分野に特化したエリート教育
という色彩が濃いように見えるが、多様な才能のあり方を認めて、思考力や創造性の高い児童・生徒の
205
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
育の手法を、才能教育という場で実践しようとしていることが確認できた。
才能教育の枠組みが十分に広がり、米国のように、多くの全児童・生徒を才能児として認定して特別
なプログラムへの参加を認める注 5 ように拡大すれば、才能教育は特別なものではなく、多くの児童・生
徒の中にある特別な可能性を伸長するためのプログラムとして、位置づけることができるかもしれない。
韓国と比較して、日本の公教育では才能教育が明確に定義されていない。
才能の認定の手段や育成手法の研究についても、小規模な研究開発や実践注 6 が行われているのみと言
えるだろう。
日本に於いては、大学入試の難易度や偏差値による高校、中学の序列化が、試験で測定できる部分の
才能をフィルタリングする擬似的な認定の機能を果たしていることは、複数の才能教育の研究者が指摘
している。
つまり、学校という大規模な集団について、入試を通じて才能に応じた編成が行われているとみなせ
ないこともないということだが、個の特性に応じて、特定の領域の才能を大きく伸ばす機会を適切に提
供することができる仕組みが十分に整備されている状況とは言い難い。
現代の教育ニーズを満たすために、我が国の公教育に於いても、全ての児童・生徒の才能に応じたオー
ダーメイドな教育機会を提供することが必要であり、そのために、才能を認定して適切な規模の能力別
の小集団を編成するための仕組みや、その集団を育成するための教育手法の確立、才能教育の教員養成
等を促進する必要があるということを強く感じさせられた韓国訪問であった。
注:
1. 「韓国教育開発院(KEDI)」 Korean Educational Development Institute
http://eng.kedi.re.kr/
2. 「国立英才教育研究センター(NRCGTE)」 National Research Center for Gifted and Talented Education http://gifted.kedi.re.kr/
3. 「英才教育データベース(GED)」 Gifted Education Database
https://ged.kedi.re.kr/eng/main_eng.jsp
4. 「アジアサイエンスキャンプ 2011」 2007 年から始まったアジア各国から集まった高校生・大学生とノーベル賞学者
や世界のトップレベルの研究者達が交流する合宿プログラム。第 5 回目の 2011 年は 8 月 7 日から 13 日に韓国大田広域
市(テジョン市)にある韓国科学技術院(KAIST)で開催された。 http://rikai.jst.go.jp/sciencecamp/asc/
5. 米国国立教育統計センター(NCES)の教育統計ダイジェスト 2001 年度版によると、1993 〜 94 年の期間に公教育
における才能教育プログラムに参加した児童・生徒は、全児童・生徒の 6.43%とされている。
206
第3節 韓国教育調査からの知見
選考・育成を志向し始めていることが感じられた。また、高麗大学の事例では、次代に必要な新しい教
6. 独立行政法人科学技術振興機構は、「スーパーサイエンスハイスクール支援」、「次世代科学者育成プログラム」、「サイ
エンスキャンプ」、「科学の甲子園」等の事業を通じて、理数分野の才能育成のための学習機会を提供している。
3−3 韓国の ICT 状況
吉田 敦也
1.総括
韓国ソウルにおいて、未来の学校づくりに関連した教育政策や学校教育の事例の視察とヒアリングを
行った。また、移動時間や待ち時間などを活用して、市内の様子、人々の行動様式、表現形を街角ウオッ
チングした。その結果から韓国の成功/独自性を導いている根源的な点を総括する。ただし、あくまで
も外からみた感想/印象に基づくものである。
①記号性の高い社会を基盤としたマネジメント型の教育/学習
韓国のソウルでは、ルールや方策を記号的に明示する社会と生活が日常化されており、教育や学習は、
そうした社会生活慣習を基盤に、マネジメント型の教育が現場実践され、戦略展開されているように感
じられた。
②他者や異なる考え方に目を向け・耳を傾け・受けとめるスタイルの教育/学習
多言語化した社会のなかで、つまり、異文化共生を前提とした社会において、独自の文化の維持/形
成や教育政策を進めている。子どもたちは、異文化を、あえて自国化せず、認識のレベルでそのまま受
け入れており、価値観の多様化を自然に進めている面があった。
③先見的で予防的なプログラム開発による教育/学習
ひきこもりや依存症も、すべては前向きに解決しようとしていた。それを幼年から青年まで支援がリ
ンク可能な形のプログラム開発や組織編成がなされているように見受けられた。
④ ICT の積極的でコンテンツや活用策を伴った導入による教育/学習
教室にも、職員室にも、校長室にもコンピュータが十分あった。同時に、活用しようとする姿勢、コ
ンテンツ的な面での整備の方向性が見受けられた。
⑤日本とほとんど変わらない教育/学習の体制
断片的でごく短い時間の観察に基づくもので確かなことは言えないが、日本の教育/学習とどこが違
うのか、その差異を見いだすことは難しく、ある面では日本の方が進んでいるのではないかと感じられ
ることもあった。異なる点は、教育プログラムの実施を法制化したり、
(実際にはわからないが)一致団
結した感じで実践、連携している点ではないか、という印象を抱いた。
⑥その他
未来の学校づくり、教材開発のヒントも得られた。
207
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
韓国ソウルの教育政策や学校教育など未来の学校づくりに関連するであろう市内の様子や行動様式を
街角ウオッチングした。その結果についてレポートする。
平 成 24 年 3 月 5 日 関 空 か ら ソ ウ ル へ ASIANA
AIRLINES OZ1115 11:10 発 (復路 OZ1145 17:45)
上空からみたソウル近郊。住宅は高層化が進む。一戸建
は少なく緑地も意外に少ない。
金浦空港でチャーターのマイクロバスに乗車。視察期間
中はこれで移動した。
チャーターバス、そして、カーナビが装備されていたに
も関わらず、最初の訪問先「ヨンドン初等学校」への移動
を皮切りに何度も迷った。正確には、どこへも簡単には到
着しなかった。ヨンドンでは持参した iPad のマップ機能
を使って位置確認。個人の問題だと思うが、また、予算的
なこともあろうが、この国の「おおらかさ」を見た。
ヨンドン初等学校では、類似の学校の周りを、入口がわ
からず、ぐるぐる回ること数回。それが目標でないことに
気づくのにも時間がかかった。地域の人にも聞いたがそれ
でもわからない。小学校に関しては、地域のなかでの認識
や名称が不明確な様子である。でもそのことは日本でも、
地域によっては、同じかもしれない。
208
第3節 韓国教育調査からの知見
2.視察旅行~街角ウオッチング
公共サービスの案内、表示のあり方は、教育場面での「わ
かりやすさ」の設計につながる。その点では、ソウルの街
角は利用者中心主義を推測させる「わかりやすさ」があっ
た。
バスの車両自体に先進な印象は無いが、一方で、行き先
を示すサインは、大きく・わかりやすい電光掲示になって
◎一目瞭然型の電光掲示
いることがわかる。遠方からの視認性が高く、
運行側にとっ
ても、乗車する人にとっても、わかりやすく、間違いを少
なくする方式を採用していることが観てとれる。
地下鉄 IC カード(T マネーカード)のチャージャーでは、
操作手順を番号で示し、わかりやすさを重んじる意識が伺
える。
この観察は、帰国直前に、飛行機の出発待ちの時間に行っ
た。
ソウル市内では、道路標識は基本的に2か国語表示に
なっており、多文化共生を基本とする都市を感じさせる。
ハングルと英語の両方が使われていた。しかも、スッキリ、
わかりやすい。地下鉄の構内案内も同じであった。
◎地下鉄車内の現在地点の表示
◎地下鉄のプラットフォーム
209
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第3節 韓国教育調査からの知見
◎宿泊ホテルの前の通り。左端がホテル玄関
宿泊ホテルの窓から見える大通りでは、近代的で、綺麗
な車両が多い。マナー良く並び、走行していた。
ユニフォームな「ファスト文化」の拡大が見られる。あ
ちこちにファミリーマ―トがあった。写真はヨンドン初等
学校近く。
近代化の一方で、古めかしい店鋪やサービスも残ってい
た。しかも、裏通りの雑居街の雰囲気ではなく(そういう
のもあるのだろうが)、表通りにきちんと存在し、建物な
ど「外側」だけでなく、店主の振る舞い、サービスの手順
など「内側」に古さや伝統を残している。すべてを刷新し
ようとする日本とは、社会や生活の保ち方が異なるようで、
教育改革などの面でも共通性があるのか、興味をそそられ
る。
ホテルの隣にあった食堂の店主は男性高齢者だった。
210
公共サービスにも ICT 化が進んでいる。
地下鉄(金浦空港→市内行き)の車内では若者層を中心
にスマートフォンを操作する人が多く認められた。
◎地下鉄 (A’Rex) はタッチ&ゴー
通信環境の充実が進んでいる。
地下鉄乗車中、地下部分でも地上部分でも映像通信など
が楽々行なえた。車内から日本へ向けて、ライブ映像配信
も行なった。
http://twitcasting.tv/atsuya_yoshida/
comment/3935023-81872471
結論的に、ソウルでは、都市が「全体的」に整備されて
いる印象が強く、人の「暮らし」方を中心にした都市デザ
イン、サービス、それらをわかりやすく伝えるメッセージ
の積極的な発信などが各所に認められた。例えば、情報化
の面では、インフラの整備のみならず、機能的で合理的な
「利用」のあり方を意識した ICT 化の促進が進められてい
た。同時に、国や人として、失ってはいけないもの、伝統、
プライドなどを大切にする様子もうかがい知れた。あくま
で一片の観察からの印象ではあるが、これらは日本に無い
「前向きな要素」「思想」と思う。
◎地下鉄の構内には自販機の横にガスマスクを設置した
ロッカーもあった
211
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
(1)永東初等学校(ヨンドン小学校)2012.03.05
放課後学校の見学を目的に訪れた。
韓 国 の 小 学 校 サ イ ト は 末 尾 が .es.kr(elementary school,
Korea)で検索できる。
http://www.youngdong.es.kr/
http://www.youngdong.es.kr/custom/custom.
do?dcpNo=59850
永東(ヨンドン youngdong)初等学校は一般的な公立小学
校とのこと。学校の外観は日本と似ている。門は地域住民に対
して校門は閉じられていた。韓国ではどこへ行っても門の上に
横断幕が張られている。文字は読めないが、学校のサインだろ
うか? 門衛さんがいた。カーボーイハットを被って和やかな応対。
校舎は大きいが、建築形式は日本とほぼ同じ。アパート風な造
り。均一な様相を呈していた。
212
第3節 韓国教育調査からの知見
3.各機関の視察レポート
永東初等学校(ヨンドン小学校)の基礎データ
・南部教育庁に含まれる
・生徒の 3%が片親か貧困かの状態(ヨンドンは江南(カ
ンナム)の旧名)
・教育費は、全国平均値:257,000 ウオン/月とのこと。
(上
記の数値等は聞き取りなので正確でないかもしれない)
政府筋の視察のためだとは思うが、視察を通じて、どこ
でも厚遇を受けた。教員なのか職員なのか区別はつかない
が、飲み物、果物などを愛想良く配ってくださった。甘酒
ジュースみたいな感じ。どこでも果物が必ず出される。
校長室で何より注目したのはプレゼン設備が充実してい
たこと。永東初等学校の校長室は、デフォルトとして、来
客に対して、デジタルなプレゼンを行なうよう作られてい
た。応接セット下手にパソコン画面をミラー出力する大型
液晶テレビがあり、上手の校長席(A)と執務机(B)の
2箇所から遠隔操作できるようになっていた。大型テレビ
は韓国 LG 社製。ブランドは「X Canvas」であった。プ
レゼン操作は教職員がサポートしていたが、そうした補
助者がスムーズに操作や支援活動できるよう設計されてい
た。パワーポイントのスライドショーや DVD の上映がで
きる。学校紹介のシナリオや資料も用意されていた。つま
り、ソウルの小学校の校長室は、プレゼンを想定して整備
されており、教育活動の紹介やミーティングを効果的にで
きるようになっている。
213
◎飲み物は「甘酒カンジュ?」
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
ようだ。
教員のパソコン操作の慣れ具合やリテラシーが操作姿勢
から観てとれる。教員のパソコンはデスクトップ型で、作
業を素早く、スムーズにしていると推察された。
理科の教室(もしくは調理室)にはブラウン管ディスプ
レイがあった。このことからは、早くからパソコンを導入し
ており、特別なソフトウエアや計測器との連動の関係で古
いパソコンを今なお使っているのではないかと推察された。
職員室はこじんまりしている。教育実践以外のマネジメ
ント的なことだけをここで行なうのだろう。やはりデスク
トップパソコンで能率を上げている。
放課後の子どもたちにインタビューしてみた。基本的に
皆、フレンドリーだった。
相手の目を見て話し、小学生だが、きちんと意見を言う。
英語で話す。
積極的な雰囲気で学習に取り組んでいる。
214
第3節 韓国教育調査からの知見
教室の様子。教員は、職員室ではなく教室が執務場所の
放課後学校について
放課後学校は、学校は機会を与え、多様な教育を提供す
るところであるということ、さらに、父兄のニーズもあり
実施されている。
管理チームが担当し、無料コースと実費コースがあり、講
座の選択は生徒が行なう。15 ~ 20 コース、39 プログラム、
103 クラス ( 能力別に分けたりしてる ) ある。
◎読み聞かせ風景
専門の外部講師が担当するものは受講料 3 万ウオン
(2,000 円 / 人 ) かかるものもある。乗馬は 12 万ウオン /
月(約 1 万円)
乗馬、ゴルフ、テニス、ラインダンス、ピアノ、バイオ
リンなどがある。また、生涯学習プログラムもある。
一人の子がいくつも受講している。放課後学校の評判が
◎英語の放課後学校プログラム
◎子ども達の持ち物にスマートフォン
よく、他校から転校するケースもある。
課題として、学費が高いことが挙げられる。講座が人気
になるとその外部講師が儲かる仕組みになっている。
英才教育として3年生から参加可能な講座もある。3名
~7名で、放課後プログラムではなく正規のプログラムの
後に実施している。
◎ピアノのレッスンは全校生徒必須
学校長に権限が与えられており、区出身の市会議員など
と連携し、予算は無料コースや人数少ないクラスに与える。
◎ゴルフ室内練習場がある。全体を効果的に使うスイン
グをしており、きちんとした指導がなされている
215
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第3節 韓国教育調査からの知見
(2)ソウル大学訪問 2012.03.05
http://www.useoul.edu/
1946 年に韓国初の国立大学として創立
全学入試本部長、教育学部教授、韓国教育評価学会長で
ある白淳根教育学部教授とのディスカッションによると、
学生数は学部 25,000 名、院生 20,000 名、全キャンパス
50,000 名。そのうち、外国籍 110 ヶ国語が 2,500 名。先
進国からは医学、歯学、発展途上国からは工学。10%は英
語で授業を実施している。(英語圏からの学生が多い)
メインキャンパスはカナキャンパスで市内は栄養学部、
農学部がある。ソウル五輪近くに倍の広さの新キャンパス
(バイオなど)がある。カナキャンパスには朝鮮時代の王
様の資料などもある。博物館もある。
入試では学部 3,500 名、大学院 5,000 名募集。平準化
学生トップでないと入りにくく、英才教育中心となってい
る。上位 1%がソウル大学に入学
◎ QS World University Rankings 2011 42 位
予算は総額 1 兆 2,000 億ウオン。そのうち約 5,000 億ウ
オンをブレーンコリア 21 事業につぎ込む。
ソウル大学教員の 8 割が外国の学位を持っており、ソウ
ル大学の教員になろうとするとソウル大学出身でないとダ
メ。
グローバルリーダーの育成として、外国で教授して韓国
( ソウル大学 ) に戻る人、産業界の人もソウル大学卒業生
が多い。政治家の 7 割はソウル大学卒業。
白淳根氏による「国際競争力に直接つながる研究に注力
しており、その他のことをやる余裕は無い」とのはっきり
とした発言が印象的であった。
216
(3)KEDI(韓国教育開発院)訪問 2012.03.06
才能教育プログラムの概要と諸点についての聴取が目的 https://www.kedi.re.kr/
顕著な才能を有し、その潜在能力を一層に伸ばすために必
要となる特別教育
科学高校 全国 19 校
2000 年に Gifted Education Promotion Low を制定 全国 16地区が含まれる
才能教育クラス:2,238 クラス
才能教育センター:357 オフィス、61 大学
才能教育校:4 校
才能学生数:小中高校合計 111,898 名(学生全体の 1.59%)
※ 2011 年
◎玄関前に放送局の中継車が止まっていた。車体にある
EBS は「韓国教育放送公社」のマーク
領域は、数学、科学、情報科学、言語、社会人間科学、数
学/科学混合、発明、アート、スポーツその他
才能教育教員数:合計 22,372 名
選抜方法は、先生による推薦、学校の推薦委員会による推
薦、専門委員会による推薦と選考、各種項目をチェックし
たり測定する各種テストも開発されてきた。
◎立派な建物と歓迎を明示するサイン
・英才性と学問性
・科学的態度、科学的創造性、数学的創造性、課題解決力、
発明力、リーダーシップ
◎ KEDI でのミーティング
Kim 院長の挨拶 Kim, Tae-Wan, Ph.D
「昨日は啓蟄、いい日に来られた、歓迎します」
昨年 NIER を訪問、鳩山元首相との話で日中韓の大学生
の交流を推進した。
217
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第3節 韓国教育調査からの知見
(4)wee センター訪問 Wee = We Education
Emotion ♡
ひきこもり等を対象とした学生心理カウンセリング http://wee.sendb.go.kr/
・wee センターは教育庁の直営で運営されている。
・10 名のスタッフ
・受診者の7割は復帰する
・2009 度 100 名
・ソウル市内には 15 校
・対象地区:小学校43 校、中学校29 校をカバー
◎センターはガラス張りで開放的な雰囲気
◎建物全容
◎臨床検査室には箱庭療法の器具があった
◎ここにも横断幕がある。センター名称が外からわかる
よう見やすく明示されていた
◎誰がスタッフかを顔写真付きで壁に明示
218
( 5) 高麗大学を訪問 http://www.korea.ac.kr/
大学は 1905 年に設立、1946 年に総合大学として創設
された。スポーツの名門としても知られる。
2004 年より第二専攻を義務化している。
高麗大学は、日本でいう早稲田の位置づけらしい。学部
等:学部 22 大学院 23 研究センター 124、学生数:学
部 25,399 名 大学院 9,896 名 合計 35,295 名、教職員:
1,587 名
日本語も話せる、医学部解剖学科のウム教授は、ソウル
大学的なあり方が必ずしも全てではないという考え方を持
ち、大学の持ち味を生かした人材育成が並列するので良い
という見識を備えておられることがわかり、たいへん有意
◎立派な建物
義な情報交換、議論となった。ウム教授によると、韓国で
は幼い頃から大卒志向で、歴史的苦難から就職のための学
習、教育意識が高いと聞いた。
コンピュータ科学教育学科教授、学生部副部長(右)の
◎ウム教授
リー教授、同じコンピュータ科学教育学科教授、高麗大学
才能教育センター長(左)のスーン教授が遅れてミーティ
ングに参加した。リー教授は筑波大学に長期留学した経験
があり日本語が日本人並に堪能。日本の教育事情にも詳し
い。才能教育に直接担当し、専門領域のことを含めて、核
心に触れる議論があった。
◎リー教授とスーン教授
高麗大学では 2012/3/24 から英才教育院をスタート
させる。ソウル市教育庁から許可。メリットは社会貢献、
小中学校生徒への英才授業開発。特殊大学院などこうい
う教育方法を一般学生にも適応したい。
219
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
hue休む= >healthyinternetuse
ンター
→ネット依存症予防センター的な役割を検討して
ミョンジ大学(明知専門大学)内にある。
いる。
http://www.iwill.or.kr/jpn/main.jsp
ミョンジ大学副学長 Doo Seung Kwon (Ph.
D.)
青少年教育福祉科教授。ドゥー教授は NIER に
3 回行ったことがある。東大には生涯学習研究で
◎ Cho さんのプレゼン
ミーティングには若い人も大勢参加した。
3 ヶ月客員した。
中毒の定義は、マルチプロフィールで何時間
やったからということではない。DSM-3 のギャ
ンブリング中毒などの鑑別診断基準も参考にして
いる。
インターネット中毒では、ドーパミンなどがド
ラッグ症状と同じになり前頭葉がやられるのかも
しれない、というような見解も示された。
公立学校のすべてを対象にインターネット中
毒(依存症)のスクリーニングを行っている。
7~8歳だと携帯を学校へ持ってくることは問
K-Scale、G-scale を用いる。
題にされない。
韓国では3~4歳の教育にインターネットが必
24:00 ~ 8:00AM の期間は、16 歳以下のゲー
須になっている。
ム利用はサービス停止される。
internethue
中毒対策講義は授業で必須となっている。学校
220
第3節 韓国教育調査からの知見
(6)I WILL Center 訪問 NET中毒対策セ
訪問カウンセラーは 6 時間 / 学校で支援する。
【ミョンジ大学の教室・設備】
大学や学校にもよるのだろうが、ミョンジ大学では、教
室ごとに電子教卓(パソコンが中に入っている教卓)があっ
た。電子黒板がパソコンと連動している模様。教員がどの
ようなマルチメディア教材を使って授業を行っているかを
知りたいところである。
学校の情報化というとき、教育や学習の情報化と、校務
の情報化がある。こうした学校では、どのように教務情報
の処理や共有、連携などを行っているのか、そのあたりも、
次回の視察ではぜひ知りたいと思った。
◎タッチパネル式
教育と学習の情報化については、電子教材の種類や作成、
グループウエア的な教育/学習のための設備、児童、生徒、
学生の対応、反応、操作/技能的な面での教育/学習プロ
グラム等、どのような形で行われているのか、今後にでも
情報が得られたら望ましい。
◎電子黒板
221
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
白井 智子
1.問題意識〜行政からの委託でNPOとして不登校対応をしている観点から
15 年前に、松下政経塾生として韓国の教育調査をして以来のソウルの教育現場の調査だった。当時、
ソウル大学を頂点としたヒエラルキー構造の学歴社会と受験競争の激化、その中で挫折した青少年の自
殺、という問題が大きく取り上げられていたことが印象に残っていた。今回の調査では、次の2点に関
心を持って調査に出かけた。
(1)韓国において不登校児童生徒や発達障がい児の対応を具体的にどうされているのか
(2)15 年前の状況が現在どのように変化し、教育の多様性の確保がどの程度進んでいるのか
2.韓国の不登校対応の状況
不登校対応プログラムは李明博政権下で開始。2000 年代に入り、貧困、両親の離婚、少年犯罪、家出、
家庭内暴力や喫煙などの増加により、不登校がふえ、学校での対応に限界があると言われていたことから、
よりシステム化された支援の必要性が唱えられていた。
表 VI −3−4−1 Wee プロジェクトの構造
222
第3節 韓国教育調査からの知見
3−4 行政委託のNPOによる不登校対応
そこで、2008 年5月、李明博大統領直属のプロジェクトとして「学校安全マネジメントシステムの構
築」が選定され、これを大きな推進力として 2008 年には各地の教育委員会において小中高校生のため
の Wee プロジェクトを開始。
Wee プロジェクトの第一義的な対象は不登校児童生徒とされている一方で、
「普通の生徒」も対象と
記されており、明確に不登校予防という観点が意識されていることが見受けられる。
不登校児童生徒の為のセーフティネットの第一段階が学校内の Wee クラス。第二段階が市内の各地域の
教育部ごとに設置された Wee センター。第三段階が市や地方ごとに設置された Wee スクール。
表 VI −3−4−2 Wee プロジェクトの現状
2008 年から 2010 年にかけて Wee クラス、Wee センター、Wee スクール全てその設置数を大幅に
増やしている。
3.日本の不登校対応の状況との比較考察
3月6日、ソウル市東部 Wee センターを見学した。子どもたちの様子を見ることはできなかったが、
施設見学をさせていただき、センター職員・ソウル市教育庁からの説明を受けることができた。
日本で言う不登校の意味が韓国では少し違う、という説明。確かに、韓国で言う「不登校」は、一般
的に一時的に学校に行けなくなる状況を指しているという印象。不登校になった場合、学校ではなく
Wee センターで対応。約7割の子どもがこの対応で学校に戻る。完全不登校の場合、
青少年相談センター、
do dream center で対応する、とのこと。
また、長期化している場合は、市や地方単位で設置されている Wee スクールで対応。寮で生活し、自
223
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
関で対応する、という意識が強いように感じられた。
日本では不登校の大きな原因になっていると言われる発達障がいについて Wee センターで尋ねると、
「それはここの管轄ではありません」という答え。いじめについても「Wee センターではいじめに対応
することができません。学校の法務セクションが対応します。
」
ただ、全ての学校で3年に一度、子どもが発達障がいなどの因子を持っているか否かの検査をしており、
問題があれば二次検査は Wee センターで行うということであった。実際、
日本でも発達検査の主流となっ
ている WISC 検査の道具は見学した Wee センターにも備品として置かれていた。
そして、このような機関が子どもたちのセーフティネットとして重要な存在意義があるという意識が
日本よりも明確という印象を受けた。見学した Wee センターでも、看板、壁、いたるところに Safenet という字が英語で書かれていた。(写真 VI −3−4−1, VI −3−4−2)
写真 VI −3−4−1
写真 VI −3−4−2
日本では不登校問題はあくまでも学校教育の付随的な問題という印象があり、メインイシューになる
場面はごく限られている。対応する機関も、予算が十分とはいえず、学校内での適応指導教室も空き教
室で使い古しの家具と用具とを使って、というケースが多い。
これに比して我々が見学した Wee センターでは、
設備も新しく、
器具も新品のものを使用している。
(写
真 VI −3−4−3, 写真 VI −3−4−4, 写真 VI −3−5−5)まだまだ不十分と言われているとは
いえ、日本と比較すればこの問題に対する予算がきちんと割り当てられているという印象を受けた。大
統領が中心となったプロジェクト、という側面も大きく影響していると推察される。
224
第3節 韓国教育調査からの知見
然体験などをしながら学校に復帰する機会をうかがう。不登校問題に学校で対応できにくいから専門機
写真 VI −3−4−3
写真 VI −3−4−4
写真 VI −3−4−5
4.感想・コメント
日本では地方分権という名のもとに、こうした不登校など学校を取り巻く問題に関して国家としての
目立った取り組みがみられないことに常々若干の苛立ちを感じてきた。韓国では大統領が中心になって
この問題に国家として取り組んでいることについて、単純に羨ましいという感想を持った。根本的な学
歴社会という問題にはまだメスが入れられている印象はなく、対症療法という面が強いということはあ
るのだが。
ただ、15 年前に韓国の教育調査をしたときに深刻な問題とされていた激しい受験競争に関しては、状
225
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
ることに驚いた。しかし、高麗大学医学部の Uhm 先生などのお話から、その状況に危機感を感じ、今後
教育の多様化を進めることで打開していこうとする動きが少しずつ起きてきていることも感じられた。
今回は時間に限りがあり、不登校対応の機関としては Wee センターの訪問のみとなったが、機会があ
れば、Wee スクールや代案学校(NPOが運営し、国家が財政支援)なども調査対象にしたいという希
望を持った。また、韓国においては、不登校対応と発達障がい対応が区別されていることから(将来的
にはこの状況に変化が起こることは予想されるが)
、発達障がい対応をしている機関についても情報を集
めたい。
最後に、この調査の為に多大なご尽力をいただいた国立教育政策研究所の皆様、またご協力いただい
た調査先の皆様に心から御礼を申し上げます。
【参考文献】
Promotion and Development of Wee Project
Choi, Sang-Keun, Director, Office of Students and Parents Research, KEDI Education
Development Vol.38. No. 2 (Summer 2011)
3−5 ネット中毒への対応
藤崎 育子
新学期が始まった。スタートしてからまだ1カ月も経っていないが、学校に行けなくなってしまった
という相談が来る。親御さんに子どもの生活の様子を尋ねると「起きている時間の大半はゲームをやっ
ています」という返答が少なくない。親が注意すると、子どもは「ゲームがなくなったら、生きる楽し
みが何もない」と言ったりする。取り上げようとするとひどく荒れたりして、お手上げ状態のケースも
ある。
ゲームやネットの問題は、子どもがそれに依存するようになると日常生活に支障をきたすことになる。
朝起きることができない、規則正しく食事ができない、ゲーム以外のことに関心が持てない、ゲームを
やめるとイライラを抑えらず攻撃的になるといった情緒の問題も出てくる。まるで禁煙しているヘビー
スモーカーの大人のようだが、子どもは大人と違って自己管理できるほど成熟していない。また働かな
ければお金が稼げず、食べていけないといった現実に直面することもない。ひきこもっている子どもの
相談に携わっていて感じることは、ゲームやネットに依存している子どものほうが学校や社会復帰が難
しい傾向にあるということだ。
子どものゲーム・ネット依存については、お隣、韓国でも問題になっている。子どものネット依存を
226
第3節 韓国教育調査からの知見
況が変化したという印象は薄く、むしろそれが英才教育の推進、私教育費の増大など、逆に加熱してい
治療するために、国が合宿を行っているほどである。また神奈川県の医師会において、韓国での青少年
のネット依存への治療についての講演が行われ、ソウル市内だけでも4箇所、相談センターがあること
がわかった。ぜひ一度訪れてみたいと思っていたところ、国立教育政策研究所の未来の学校づくり研究
会によって視察が実現した。
1. I WILL Center
私が訪ねたクアンジ I WILL Center は体育施設やプラネタリウムの設備もある青少年センター内に
あった。このセンターでは、月曜から金曜まで青少年のゲーム・ネット中毒についての面談や、中毒か
ら子どもが回復できるよう音楽(バンド活動)美術、料理といった体験活動プログラムを行っている。
このセンターができた背景には、日本より深刻な子どものネット中毒問題があると言われている。ソウ
ルの地下鉄に乗っていると多くの人が携帯を使っている。中・高・大学生と見られる若者が手にしてい
るのはスマートフォンだ。
韓国でも中高年は従来の携帯を使う人が多いようである。この傾向は日本と似ているが、中・高生の
スマホ普及率は日本よりはるかに高いだろう。I T 環境においては整備も進んでいるようで、地下鉄の
中でも日本のように圏外になることはない。
知人によれば幼稚園児でも、携帯メールを使って友達と遊ぶ約束をするほどだという。幼児が文字を
覚えるのにパソコンを活用することが珍しくない韓国では、日本よりもネット利用を始める年齢は低い
ため、それに伴う問題も当然起こりやすくなる。ゲームやネットにはまり、他のことに関心を持てなく
なり、四六時中ゲームやネットをし、日常生活に支障をきたす子どものゲーム・ネット中毒(依存)の
問題である。
事態を重く見た政府は、韓国全土の小4、中1、高1の学年にあたる子ども全員に調査をし、中毒に陥っ
ている度合いを調べている。昨年の調査では、小1が 4.38%、中1が 4.89%、高1が 5.45%、合計2万
人を越える子どもが中毒に陥っている可能性がわかった。さらに予備軍としては6万人を越える子ども
がいるということもわかっている。また、大学受験を終え、入学を果たした後の新入生、大学 1 年時のゲー
ムやネットの依存が高まっていることも懸念されている。
センターの相談員の話によると、300 件の面談予約が来ても、そのうち実際にセンターで面談となる
のが 200 件だという。嫌がる子どもを、親がセンターに連れてくることができないのだという。この点
は日本の不登校の問題に似ていると感じた。1回目の面談ができたとしても、ゲーム・ネット依存克服
までには継続した面談が必要であるが、来談が続くケースの数はさらに減るという。
センターは、日本の都道府県市町村にある相談センターや適応指導教室の雰囲気によく似ている。ま
た、韓国でも子どもの担任の先生と相談員と親の連携がある子どもは依存から早く脱却できるのだとい
227
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
めぐる日本の環境ととてもよく似ている。
では韓国の不登校はどうなっているのか。実はこの統計の把握は難しい。まず不登校という言葉は使
われておらず、代わりに学業中断というのが一般的だ。しかも、その数にはホームスクールや病気や海
外留学組といった理由まで含まれる。I WILL Center に通ってくる子どもたちの中には学校を休んでい
る子どもも、きちんと学校に通っている子もいるという。
依存症を克服するのに効果を上げているのは合宿である。自然豊かな場所で行われるキャンプに参加
した子どもたちは見違えるほど生き生きしてくるという。ボランティアスタッフは大学生だが、兵役を
終えた男子学生の指導には定評があるという。逆に女子学生は母親のように世話を焼きすぎ、指導が上
手くいかないことがあるという。ちなみにキャンプに参加する男女比は8対2で圧倒的に男子が多い。
なぜ、子どもがネット依存に陥るのか。理由は様々だが、一つは両親の関心が子どもの成績には向け
られるが、子ども自身に向けられていないということが挙げられるという。父親の関心が妻子にあまり
なく、子育てを母親一人で背負っている家庭が多い。当然夫婦の信頼関係も希薄で、子どもは成績さえ
よく、問題を起こさなければよい子どもということになる。
I WILL Center のパンフレットには繰り返し「わが子に関心を持ちましょう」と書かれている。成績
とか才能ではなく、子ども自身に対してというところが強調されていた。当たり前なことだが、親が大
切なことを忘れてしまった時、家族の中で一番弱い存在である子どもに問題が起きるのだ。そこには国
の違いはない。
韓国において、今後心配されるのは低所得の子どもの依存問題だという。満足な食事を与えられてい
ない家庭においても、子どもはゲームやネットという手段を持つことができ、中毒に陥っても助けてく
れる大人がそばにいないのである。親は教育の大切さをわかってはいるが、経済的な苦しさも手伝って、
子どもをきちんと育てようという気力を失っている場合が多い。そのため学業中断という危機意識から
の強制力が働かない。
そういった家庭に対し、センターでは家庭訪問も行っているが、その数は少ないという。特に低所得
世帯の地域の家庭訪問に女性の相談員が訪ねる場合は危険もあり、男性職員の付き添いが必要だという。
結局は家庭ではなく近所の食堂等で面談することも多く、子どもを中毒から回復させるまでに至らない
ケースがほとんどだという。
このように問題点はあるが、日本の不登校と比べ、韓国における学業中断は子どもにとって不利益で
あるという考え方は重要だと思う。また、ネットやゲーム中毒という切り口から積極的に子どもにかか
わっていける韓国の相談体制を知れば、日本でもこの問題に悩む多くの親たちがうらやましく思うだろ
う。見習うべき点が大いにあると感じた。
228
第3節 韓国教育調査からの知見
う。これも、担任が熱心であればあるほど、子どもは教室に復帰しやすくなるという不登校の子どもを
2.子どもの生きる力を育てるために
ソウルでの視察を行って、日本も韓国もこれからの時代、子どもをどう育てていくか共通の課題を背
負っていることを痛感した。
医療関係者の結論は、日本でも韓国でも、ネットやゲーム依存の子どもの治療はかなり難しく、いか
に予防できるかにかかってくるという。ネットやゲームで人とつながることの楽しさも否定しないが、
まずは実際に触れ合って、人と人との絆を深めることの素晴らしさを、子どものうちから無意識に数多
く経験させることができるかどうかにかかってくるという。
当たり前にネットやゲームに囲まれた子どもたちが依存や中毒に陥ることなく、上手く利用しながら、
仲間と助け合い、きちんと食べていける大人になるにはどうしたらよいか。それはやはり生きる力、つ
まり生活力をつけてあげることではないか。
I WILL Center では、パンづくりといった活動が子どもたちに人気があった。開善塾でも毎月合宿を
行っているが、料理ができるようになった子どもは、料理以外の場面でも動きがよくなり、自分に自信
が持てるようになる。そして、同じ年ごろの仲間からほめられたり、認められたりする経験が無意識の
うちに積み重なっていくと、学校に戻る勇気も育ってくる。仲間と過ごす楽しさを知った子どもは、ネッ
トの中での架空の世界で遊ぶことだけでは物足りなくなっていくのではなかろうか。
同じ釜の飯を食べるといった、仲間と寝食を共にする活動が、子どもを元気にし、ゲームや依存や不
登校を克服する鍵となると考える。
最後に、余談になるが以前ネットやゲームにはまり、大学を中退し、二十歳から 6 年間ひきこもって
いた若者の話を紹介したい。
「ゲーム産業の人たちには、本当によいゲームを制作してほしい。いいソフトとは、子どもがゲーム
の中で「すごい」と思い、刺激を受け、実際に自分ももっと勉強しなくてはと思える内容のあるものだ。
売れることを第一にしたものは、子どもをただゲームの世界に誘い込む。また、1 時間毎の休憩や身近な
友達も大事だよというような呼びかけをゲームの中で促す工夫も必要ではないか。
」
3 年間毎月合宿に参加し、ネット漬けのひきこもり生活から脱した彼は今、就職活動を行っている。彼
の言葉は教育や治療だけでは限界があり、資本主義社会において企業に求められるものの大切さを教え
てくれる。
教育現場から、企業社会に、子どものネット・ゲーム依存について訴えることが求められている。そ
こにも日韓間の協力が必要だ。
子どものネット・ゲーム中毒問題に対する治療的教育的実践活動の日韓共同研究と交流が進むことを
心から望む。
229
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
た連帯
左京 泰明
「社会で孤立し、疎外・排除された若者たちを文化芸術を通して連帯させ、競争一本の既成社会への代
替的な生活様式を探し出し、これを持続する主体者へと成長させること。
」
2012 年 1 月、シブヤ大学をモデルにした「○○ UNIV」プロジェクトが主催するシンポジウムに参
加するため、初めてソウル市を訪問する機会を得た。
「○○ UNIV」プロジェクトは、ソウル市内の三つ
の地区において活動した。2009 ~ 2011 年、麻浦(マッポ)
、2010 ~ 2011 年、九老(クロ)
、2011
年~、江華島(オンスリ)である。年号は活動年。これらの地区をキャンパスに見立て、
「教育」を媒介
として地域住民同士を交流させ、連帯を促し、究極的には新しい生態系の「主体」へと成長させること
を目的に約3年間実験的に取組んできており、シンポジウムはそれらの総括とこれからのキックオフを
兼ねたステークホルダーへの報告会という位置づけだった。
プロジェクトを推進する主体は、ソウル市に拠点を置き、廃材を再利用した創造的な楽器製作や、そ
れらを使った舞台講演で成果を上げている社会的企業、
「noridan(ノリダン)
」
。2004 年に設立された
「noridan」は元々、ソウル市が延世大学に運営委託する「ソウル特別市青少年オルタナティブ職業体験
センター」(通称「Haja センター」)内でスタートし、後に独立した組織であり、故に、現在もそこで活
躍している若者の多くが、1997 年の経済危機に端を発した若年層の失業率の増加や、既存の学校教育
の枠組みからのドロップアウトといった韓国社会の問題の渦中にいる若者たちである。彼らの言葉を借
りれば「社会で孤立し、疎外・排除された若者たち」が運営の中核を担っていることになる。ちなみに、
文頭の引用文は「○○ UNIV」の主旨の一説で、その語調からは、彼らの現状の韓国社会に対する考え
方がうかがわれる。
2012 年1月 29 日に開催されたシンポジウムの内容は各プロジェクトによる、これまでの成果と今後
の展望の発表。プロジェクトに関心を持つ 20 代、30 代の若者たちで会場は埋まっていた。
シンポジウム参加の1カ月後、
「韓国の教育事情に関する調査」で、再びソウル市を訪問することになっ
た訳だが、一見異なる二つのテーマには密接な関係がある。よって今回の調査の目的は「○○ UNIV」
プロジェクトが生まれた背景、或いはその活動の中心に存在する 「社会で孤立し、疎外・排除された若
者たち」 が生まれる理由について、韓国の教育現場を知ることから考えてみたいということだった。
「放課後学校」の取組みは韓国における近年の教育改革の一つ。これは、放課後の時間を利用した教科
学習や文化活動、スポーツなどの取り組みで、対象はすべての小学生から高校生までとなっている。(全
学校の 99.9%で運営、全児童・生徒の 65.2%が参加(2011 年)
)受講は有料だが、民間の塾の 3 分の
1 程度の額であり、近年韓国社会で問題となっている学校外学習活動費の負担増(一人当たりの塾に係る
230
第3節 韓国教育調査からの知見
3−6 社会からの孤立・疎外・排除された若者たちの文化芸術を通し
費用は月額 257,000 ウォン(2009 年度全国平均)
)に対する解決策としても期待されている。先進事例
として視察に訪れた永東初等学校では、正規の授業と連携しながら組まれた多種多様なカリキュラムが
あり(39 のプログラム、103 のクラス)、生徒の参加率も年々増加している。
(2009 年度 85%、2010
年度 215%、2011 年度 278%(一名が複数クラスを選択)
)又、
「ケア教室」という託児機能もあり、共
稼ぎの家庭を対象に最長夜 9 時まで子どもを預けることができる。呂利成校長曰く、放課後プログラム
はグローバル社会において子どもたちそれぞれの才能を発掘するチャンスをつくると同時に、英才教育
のみならず日頃の学習の意欲を引き出すことにも繋がるという。
写真 VI −3−6−1 ゴルフも永東初等学校の放課後プログラムの一つ。他にもバイオリンや乗馬等、多彩なプログラム構成
ソウル大学は「世界をリードする創造的な知識共同体。クリエイティブなグローバルリーダーを育成
すること」をミッションに掲げる、上位 1%の英才学生が集まる韓国トップの大学。実に国会議員の 7 割、
官僚や大企業の重役の多くが同大学出身者と聞けば、韓国社会におけるその位置づけがわかる。
「グロー
バルリーダーとは、具体的にどの様な人材か?」という質問に対しては、アメリカを中心とした外国で
博士号等の学位を取得した人材であり、現にソウル大学で教鞭を取る約 8 割がそういった人材とのこと。
「博士号を取得した後、そのままその大学に残ってしまうことは?」という質問には、
「ソウル大学の教
231
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
その他、KEDI、WEE Center、I WILL CENTER 等で、それぞれの取り組みについての説明と意見
交換を行う。 現在の厳格な競争システムが、若者を追い込んでいるのでは?”という推測を教育現場の
人々がどの様に考えているかということについては、いずれの機関でもはっきりとした答えは得ること
ができなかった。(今回の様なオフィシャルな意見交換の場では難しいのかもしれないが)
写真 VI −3−6−2 KEDI(韓国教育開発院)にて現在計画中の英語教育に特化した地域づくりの説明を受ける
写真 VI −3−6−3 不登校の子供に対し支援を行う WEE Center
232
第3節 韓国教育調査からの知見
授であることが韓国では最も名誉がある。それは考えにくい。
」との答えであった。
写真 VI −3−6−3 不登校の子供に対し支援を行う WEE Center
余談だが、今回視察に同行した韓国人コーディネーターの方曰く、
「韓国では、子どもはまだ夜が明け
る前に家を出て、星を眺めながら家に帰る。それが普通です。
」
大げさな表現だと最初は受け取っていたが、
それぞれの機関で話を聴く度にそれは決して 大げさな表現”ではないかもしれないと思い直した。
日本にも受験をはじめとした「競争」 は存在するが、韓国はより隅々までそのシステムがしっかりと整
備されており、そこから逃れることは極めて困難な印象を受ける。 激烈な”競争社会。一言で表すと、
これが今回の訪問で感じた韓国の教育事情である。
激烈な競争社会の中、そこから飛び出す韓国の若者。一方、日本においても、現在の日本社会がもた
らす「雇用」や「収入」をはじめとした様々な不安や精神的ストレスに対し、一人一人が既存の価値観
や考え方を改めて見つめ直しながら、働き方や住まい方、人との関係など、自分が真に望む生活を築こ
うとする動きが始まっている。シブヤ大学も、そういった人々に対し、互いに学び合う場や、様々な活
動や人の繋がりが生まれる環境をつくることで、それぞれが一歩を踏み出すきっかけになりたいと考え
ている。
韓国、日本、それぞれが置かれる状況は異なれど、社会の環境やそこに存在する様々な問題は、あら
ゆる組織だけでなく、そこに暮らす一人一人の生活や生き方に影響を及ぼす。現状の社会の在り方や自
らを取り巻く環境に違和感を感じる人々が、自らの力で、あるいはそこに共感し合う人々と力を合わせ、
そこに適応したり、自分たちで新しい環境をつくり出すことにチャレンジする。そんな潮流が今、確か
に始まっている。
233
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
(『地域内の企業と学校の協力体制の構築方案』2007 年の抄訳)
訳:松本麻人
目次
Ⅰ.序論 1.研究の必要性と目的
2.研究内容
3.研究方法
Ⅱ.企業と学校の協力体制の背景と推進成果
1.企業と学校の協力体制の背景
2.社会貢献としての企業と学校の協力体制
3.推進現況及び成果評価
Ⅲ.企業と学校の協力体制の発展モデルと事例 (抄訳)
1.国レベルの発展モデルと事例
2.産業地域の発展モデルと事例
3.都市地域の発展モデルと事例
4.農漁村地域の発展モデルと事例
Ⅳ.企業と学校の相生関係のための今後の課題
参考文献
付録(企業と学校の協力事例資料)
上記のうち、以下は、Ⅲ.企業と学校の協力体制の発展モデルと事例の翻訳である。
234
第3節 韓国教育調査からの知見 / 第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
Ⅲ.企業と学校の協力体制の発展モデルと事例(pp.19-33)
1.国レベルの発展モデルと事例
(1)「1 社 1 校姉妹運動」の拡散のための基本体制
○ 国レベルの発展モデルを通して「1 社 1 校姉妹運動」を拡散するための基本体制
・ 地域社会と連携した学校機能の遂行を目的として、企業と学校の協力体制の構築、中央政府・関連団体・
自治体・教育庁・企業・学校などの役割区分及び連携の拡大を推進する。
○ 交流協定校の多様化、交流協定企業の追加発掘、地域社会ネットワークハブとしての学校の役割の
強化、主要大企業の「1 社 1 校姉妹運動」への参加誘導のためのインセンティブ提示を通した企業傘
下の拡大方向の提示。
235
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
○ 政府の役割
・ 交流協定運動の拡散のためのインセンティブの導入:参加企業を税務上優遇する。
※現在、「1 社 1 校姉妹運動」の場合、参加した 4 企業に対して行政寄付金(限度:所得の 75%)とし
て損費処理している。
・ 法定寄付金の損費処理の割合を拡大するほか、地方税制上の優遇のために自治体の説得、企業財産の
相続時に寄付金額に基づく税務上の優遇、交流協定運動の優秀企業従業員の教育費の優遇など、積極
的なインセンティブを提供する。
・ 企業に対する社会貢献関連の報奨制度を実施する。
※プラン 1:既存の企業報奨制度での報奨基準で社会貢献制度報奨及び反映比率を強化。
※プラン 2:社会貢献報奨制度の実践。
※評価基準:社会貢献評価基準における企業の総所得または総支出のうち社会貢献費の割合、学校支援
金額などを含む。
・ 自治体及び教育庁に対するインセンティブを提供:主要施策として
「1 社 1 校姉妹運動」
の選定を通して、
自治体及び教育庁の関心を誘導する。また、自治体別・教育庁別「1 社 1 校姉妹運動」の実績を比較
及び発表するほか、自治体別・教育庁別の企業と学校の協力制度を比較及び発表する。
・ 企業支援における学校間不平等の解消のため、企業参加の誘導及び学校支援を強化:地域ごとに企業
の支援から外された学校を把握し、企業との直接的な結びつきを政府が主導する。
※農漁村地域、島嶼僻地、教育投資優先地域などの学校も含め、既存の学校支援政策の主要対象となっ
ている学校に優先的に企業支援を連携させる。
※全国の小中高等学校、大学の企業支援実態を把握し、疎外された学校の優先支援策を実践する。
※人文系高校以外の職業高校などにおける「1 社 1 校姉妹運動」を拡大する
○ 自治体及び教育庁の役割
・ 教育共同体建設のため、自治体と教育庁の協力関係を構築:
「1 社 1 校姉妹運動」拡散のための MOU
締結などを通して業務共助を推進する。
・ 長期的な視点で地域レベルにおける人的資源開発のための政策統合を推進:自治体と教育庁で分かれ
236
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
(2)発展モデルの構成主体別の役割遂行
ている地域人的資源開発関連の政策の統合を推進する(学校を地域社会発展のための重要機関として
認識し、学校の人的資源育成と地域産業及び企業との密接な関係を構築)
。
・ 自治体:学校支援企業に対する地方税など税務上の優遇を行い、地域産業特性に基づく学校特性化を
追求する。
※地域産業・企業・人口構造などの特性を考慮して長期発展計画を樹立し、その計画に基づいて学校の
戦略的な特性化を推進する。例えば、製造業中心の都市が今後 20 ~ 50 年の持続可能な発展のために
追求する方向性を環境問題を意識して設定する場合、学校を環境と製造業分野で特性化する計画を策
定する。
・ 教育庁:学校と企業の協力体制の構築コンサルティング・サービスを提供する(学校と企業の連携を
行う仲介者としての役割を遂行)。
※教育庁のコンサルティング機能:学校と企業の特性に基づき協約提携コンテンツの多様化のアイディ
アの提供、学校と企業の協約希望のマッチング、保護者の交流協定運動への参加の誘導及び支援役割
の付与、交流協定運動の結果の調査及びモニタリングを通した交流協定運動の運営の補完、交流協定
運動に関する協議体の構成。
○ 関連団体の役割
・ 言論機関や商工会議所、市民団体、文化団体など多様な地域社会市民団体の参加を誘導する。
・ 言論機関:企業とともに学校との交流協定を推進し、交流協定推進企業および学校に関する記事の提
供を通して国民の認識向上及び「1 社 1 校姉妹運動」を拡散させる。
・ 商工会議所:企業との密接な関係を活用して企業の参加誘導に主導的な役割を果たすほか、自治体及
び教育庁との業務協約を通して行政機関に代わって企業と接触し交渉する。
・ 市民団体及び文化団体:企業以外の交流協定主体の多様化のために市民団体や文化団体と学校との交
流協定を推進する。市民団体及び文化団体と学校の交流協定は、学校の地域社会機能の回復のための
基礎を提供することを意味する(学校の文化公演場化、文化的人材の供給源、地域社会の問題解決の
ための市民団体ネットワークハブ、企業と市民団体の葛藤の調整など)
。
237
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
・交流協定関連の協議に持続的に参加するほか、多様な交流協定コンテンツを開発及び実践する。そのほ
か、学校との持続的なネットワークを形成し、学校の地域社会問題解決機能の向上及び学校教育課程
の現実化を焦点として支援を提供する。
・単純な財政的支援を超えた放課後教育課程の共同運営、企業内の優秀人材資源の学校講師としての活用、
企業の産業領域の特性に応じた学校教育課程の支援(金融企業の場合、金融教育支援など)
、教員に対
する企業現場体験の提供(短期社員制度など)などの多様な学校支援を実践する。
○ 学校の役割
・単純な遂行者としての役割から脱却し、企業が持っている地域社会に対する悩みと葛藤を解消するため
のパートナーとしての役割を負う。
・保護者の参加の拡大を通して、持続的な企業参加を誘導:保護者は企業従業員でありながら学校の主要
構成員であるという点で、学校と企業の連携強化のための最適な特性を持っている。
238
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
○ 企業の役割
2.産業地域の発展モデルと事例
(1)産業地域の発展モデルの基本体制
○ 産業地域の特性を反映した「1 社 1 校姉妹運動」の発展モデル
・産業地域は、一般大都市の消費型地域とは異なり、企業と工場などにより地域の生産と所得が生じてお
り、特定の産業により地域産業の特徴が決定する地域と定義される。例えば、蔚山産業地域、麗川産
業地域などが代表的な産業地域である。
・産業地域の特性上、すでに非公式的に存在する企業と学校の協力体制を公式化させるため、非公式な関
係の把握や企業の参加拡大のための交渉、企業の要望の把握などにおいて商工会議所などの関連商工
団体の役割は重要である。
○ 産業地域発展モデルの構成主体別の役割遂行
239
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
・自治体と教育庁は、商工会議所など関連商工団体と業務協約を締結し、企業と学校の連携のための効率
的な業務推進体制を構築する。
※産業地域で企業の状況を迅速に把握するため、企業と親密度の高い関係を形成することができる商工
会議所及び関連団体が主導的な役割を果たすことが望ましい。ゆえに自治体や教育庁は関連商工団体
の支援を引き受け、企業の積極的な参加を得ることが効果的である。
※蔚山広域市の場合、蔚山教育庁と商工会議所の業務協約を通して企業の積極的な参加を誘導している
点でベンチマーキングの対象となった。2007 年 12 月現在、管内学校の協約への参加率が 100%に達
していることも、企業に対する交渉が積極的に行われたことで可能となったと評価されている。
※蔚山の場合、「企業愛、学校愛運動」を推進:毎年繰り返される労使紛糾による倒産と過激なデモ文化
が、地域住民だけでなく国レベルで企業に対する悪いイメージを深めていると思われる。このような
企業と地域の問題解決策のうちの一つとして、企業と地域を束ねる「企業愛、地域愛」を推進している。
その中で、「学校愛」として具体化された「1 社 1 校姉妹運動」を通して、製造業中心の蔚山地域にお
ける労使紛糾と環境汚染を原因とする反企業的情緒を打破するとともに、企業と学校間で散発的に推
進されるボランティア活動と放課後学習支援活動などを連携させる体系的な結びつきを整備している。
蔚山商工会議所では、業務協約を締結して企業側からの交渉と「1 社 1 校姉妹運動」の効果に対する
理解の拡散を積極的に推進している。
・企業の否定的なイメージ改善のための広報を教育庁が推進する。
※蔚山教育庁では、児童・生徒と教職員、蔚山市民に「1 社 1 校姉妹」企業に対する理解の推進と健全
な企業観の形成のために広報用の動画を作成し、教育庁ホームページやケーブルテレビを通して広報
している。広報物の内容には、管内学校と協約を締結して活動中である企業及びその活動内容が含ま
れており、教育庁ホームページ「郷土企業情報」に掲載してホームページ訪問者に持続的に広報して
いる。
※「企業愛、学校愛運動」の広報大使制度:
「企業活動がよい都市、教育活動がよい蔚山」の実現のため、
教育庁と商工会議所が共同で広報大使を選定及び活用する。
・学校と企業の要望を把握し、相互に連結されうるルートを整備する。
※蔚山教育庁ホームページでは、企業と学校の交流協約を容易に結ぶことができるよう支援するため、
交流協約の希望を受け付ける部署を開設する予定である。
240
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
・産業地域における自治体は、教育庁とともに「1 社 1 校姉妹運動」の推進のための間接的な役割を担う。
・「疎外」学校の把握及び支援の拡大、流通・金融・病院など、支援企業の多様化の推進の役割を担う。
※産業地域内の産業団地、住宅地、緩衝地帯別に企業と学校間の交流協約の回数及び質の差別化を実施(蔚
山広域市の場合、南区石油化学団地で環境問題や地域住民の労働力活用などと関連して大企業の学校
支援の活性化が行われている一方、中区や蔚州西部地域は交流協約を希望する企業がない)
。
○ 商工会議所の役割
・商工会議所は、企業と学校を直接的に連携させ、既存の非公式な協力関係を発掘して公式なものとする
役割や、企業に対する参加の交渉、企業の希望調査及び反映、企業の学校支援の比較など憂慮払拭の
ための努力、地域社会への投資としての学校教育支援に対する認識の拡大などの機能を果たす。
○ 企業の役割
・企業は、多様な交流協定コンテンツを提供し、企業周辺の学校だけでなく産業地域全体の学校に対する
関心を増大させて「疎外」学校支援の拡大、労使紛糾・製品不満・環境問題などに対する戦略的な接
近方法で学校支援の拡大などの機能を果たす。
※蔚山市の場合、劣悪な教育環境にある学校の改善及び教授学習活動を支援するため、奨学金や給食費、
図書購入、学習教材、体育設備など、学校発展基金の支援と家庭状況が困難な社会的弱者の子どもに
対する援助の交流協定を通して支援する。また、企業見学支援を通して企業の肯定的なイメージの形
成や、企業の設備を利用して運動場の整備、
古い体育設備の塗装と学校施設の改修・補修、
専門的人材(ネ
イティブスピーカーなど)を学校に派遣して放課後の児童・生徒の語学指導などで活用する。
○ 学校の役割
・学校は、親企業的なイメージの形成のための教育課程(教職員の研修や経済教育など)を運営する。
※蔚山市の場合、教職員の健全な企業観の形成のために研修機関を通して教職員の職務研修を行うほか、
教育訓練の教養課程などの研修時に企業の職員や広報大使を講師として招聘し、産業現場の経験に基
づく「生きた」知識を習得させるようにする。各学校別の職員集会や経済教育の職員研修を通して、
企業の疑問に積極的に対応することができる体制を構築している。
・企業が必要とする産業人材の育成のための支援:交流協定の企業現場体験活動や産業現場の雰囲気の経
験、職業高校における職業教育の革新のための企業現場及び体験中心の教育プログラムを運営する。
※蔚山市の場合、職業高校における職業教育の革新方案において、地域の企業から要望される人材を育
成及び支援することができるよう学科改編を推進している。職業教育広報館や作品展示館、職業教育
241
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
性に基づく体験の場を運営している。
・地域レベルの普遍的な知識水準の向上、外国人居住者の定着プログラムの開発及び運営などの役割の遂
行:地域住民に対する学習提供を通した基本的な知識水準の向上は、企業経営のための地域環境改善
の一つとして、企業にとっては最も強力な学校からの支援の一つとなる。また、国際結婚などで地域
に新たに入ってきた人の定着プログラムを運営する。
※蔚山市の場合、国際結婚の人を対象とする韓国語教育や韓国文化共有プログラムなどの運営によって、
地域問題の解決及び企業従業員の家庭の安定化などの効果が認められる。
・そのほか、学校資源の開放及び親企業意識の形成のための学校の役割:企業の行事のために学校施設を
開放し、「先生の日」の行事の時には企業の職員を 1 日名誉教員として招聘して教育を行うなど努力し
ている。
3.都市地域の発展モデルと事例
(1)都市地域の発展モデルの基本体制
○ 都市地域の特性を反映した「1 社 1 校姉妹運動」の発展モデル
・都市地域は、産業地域とは異なり多様な産業群に属する企業が混在している地域であり、それだけ学校
242
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
体験館、中学生情報検索競技大会など、小学生や中学生、職業高校生徒すべてが参加する自律と創造
と企業が相互に多様な要望を持っている地域と定義される。例えば、
ソウル市や釜山市、
大邱市、
大田市、
光州市、天安市などが代表的な都市地域に区分される。
・巨大都市を構成する下位地域別の問題解決や企業の基盤拡充、学校の地域社会問題解決機能の強化のた
めには、地域基盤企業の学校支援参加の拡大が必要である。
・学校と企業の相互該当地域及び企業密着型の支援体系の樹立は、交流協定コンテンツの多様化の方向性
に適切である。
(2)都市地域の発展モデルの構成付帯別役割の遂行
○ 自治体と教育庁の役割
・教育庁は学校の要望を把握し、相互に連携するマッチング・プロセスの作動、商工会議所と協議して地
域基盤企業の把握及び交流協定への参加の誘導、学校の地域及び企業密着型プログラムの事例の提供
及び開発の誘導という役割を果たす。
243
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
244
○ 企業の役割
・企業は、財政的な支援以外の企業の特性が反映された人的資源支援(職員の講師活動など)
、物的資源
支援(施設の開放、産業教育支援、サイバー学習支援など)
、無形資源支援(スポーツウェアの共有、
教育プログラムの共有など)を通した地域・企業密着型の学校支援を行う。
※釜山銀行の社会貢献
・釜山広域市、釜山教育庁、釜山商工会議所主管で盤松初等学校と 2007 年 6 月 18 日(月)に交流協定
の締結。
・盤松初等学校の要望に基づいてネイティブ・スピーカーの英語補助教員の支援を実施。
・「1 学校 1 営業店金融教育ネットワーク」事業は、学校カリキュラムと青少年金融経済教育の連携に基
づいて相互支援し、協力するネットワーク。
・金融教育をより体系的・持続的に実施して金融に対する理解力及び健全な経済生活能力を向上させるた
め、営業店間の提携を締結し、需要に応じて金融教育の出張講演を実施する計画である。
○ 学校の役割
・学校は、近隣の地域基盤企業との関係向上、教育庁に積極的な支援の要請、地域・企業密着型の協力プ
ログラム開発への参加、地域住民の参加プログラムの開発及び実行などの役割を担う。
○ 関係団体の役割
・地域商工会議所など関連団体は、教育庁や企業、学校の連携支援及び補完の役割を担う(地域基盤企業
の把握、交流協定のための協議組織の構成支援など)
。
245
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
4.農漁村地域の発展モデルと事例
(1)農漁村地域の発展モデルの基本体制
○ 農漁村地域の特性を反映した「1 社 1 校姉妹運動」の発展モデル
・農漁村地域はその他の地域と異なり、農業と漁業などの伝統的な事業によって地域産業が構成されてお
り、若者世代の構成比が他の地域と比べて著しく低いという特性が見られる。同時に、産業地域や都
市地域と比べて産業基盤が未整備な地域と定義される。例えば、利川や華川が農業地域である。
・農漁村地域は、産業基盤が未整備であるために企業の関心対象から除外される場合が多く、企業の支援
と地域産業との密着が困難な点があり、農漁村産業を振興して既存企業と農漁村地域間の連携を発展
させる方向のモデルが必要である。
・既存の「1 社 1 校姉妹運動」と連携し、企業の関心が高い村の産業と連携する学校と協定を結ぶ「1 社
1 校姉妹運動」モデルが適当である。
(2)農漁村地域の発展モデルの構成主体別の役割遂行
○ 自治体と教育庁の役割
246
・「1 社 1 校姉妹運動」のために教育庁と自治体の共同で支援体制を稼働させる必要がある(
「1 社 1 校姉
妹運動」は、企業と村、自治体中心で運営され、学校の参加を促すための教育庁の役割設定及び関連
部署間のネットワークの重要性が強調される)
。
・行政機関は、企業に村の産業と関連のある専門性を備えた学校を紹介し、学校には交流協定を締結する
ことができる企業を紹介するなど、村と企業、学校を連携させるためのネットワークの構成を促進させ、
学校カリキュラムの弾力的な運営のための支援や、児童・生徒の村の事業への参加に対する行政的支
援の機能を果たす。
※トゴミ村の場合、華川郡及び関連行政機関による農生命科学高校の支援に関する行政的支援を提供す
る。村事業を支援するためのサムスン電機の教育プログラム運営を支援するため、外部の地域開発専
門コンサルティング企業を参加させ、地域の特性に合った支援モデルを描くことができるよう支援す
る(地域開発専門コンサルティング企業は、当該地域の開発のための診断及び措置に基づき、村の開
発や教育、観光事業をはじめとする新産業の開発などに関する方向性と計画を樹立し、実際の教育を
進行するなどのサービスを提供)。
○ 村の役割
・村は、企業に村の生産物の提供や社会貢献の機会の提供、企業従業員の心理的な安定感の向上などの機
能を果たし、学校には村の事業と関連した実習機会の提供や創造的なアイディアの開発及び共有、地
域の学校と地域社会間の結びつきの強化の機能を果たす。
※トゴミ村の場合、企業には社会貢献機会を提供し、水原農生命科学高校には実習の機会を提供するこ
とで、村が単に恩恵を受ける者としての役割を超え、支援を提供する役割を担うことで住民がより積
極的に村の開発に参加することができる風土を整備する。
※地方農漁村の村の特性上、初期の住民の間で葛藤や反対が深刻化する場合、村の指導者による説得や、
企業から実際に提供される利益が住民の目に見えるようにすることで住民の意識を変化させる。
○ 企業の役割
・企業は、村の運営や生産物の管理、製品保護、マーケティングなど経営技法のノウハウの伝達、村の所
得向上のための支援の提供、住民の自尊心の向上などの機能を果たす。学校には実用的な学問と関連
する物的支援の提供、教員及び児童・生徒の自尊心の向上機会を提供する機能を果たす。
※トゴミ村の事例でサムスン電機は企業の経営技法、マーケティング全般のコンサルティングを支援し
ている。実際に、トゴミ村の住民を対象にサムスン電機の経営技法やマーケティング技法、サービス
247
第Ⅵ章 韓国における教育調査からの知見
○ 学校の役割
・学校は、村には戦略産業や製品と関連した専門的な知識と技術の伝達、労働力の提供などの地域問題解
決の機能を果たし、企業には村を支援するための多様な方法の提供、社会貢献で学校支援機会の提供
などの機能を果たす。
※農生命科学高校の場合、短期的には農業機械の修理、交流協定の後援、農村体験への参加などの交流
の拡大、長期的には学校カリキュラムを農業現場と連携させ、農家の所得増大のための商品開発、農
村の専門化・企業化・複合化など新しい概念の村文化創出に寄与する。
248
第4節 韓国教育開発院:企業と学校の協力体制の発展モデルと事例
意識などに対する教育を実施している。