聴解教育における研究の動向 一入力データの分析一

聴解教育における研究の動向
一入力データの分析一
等庭 久美子
【キーワード】聴解教育、入カデータ、言語的側面
1.はじめに
聴解について考える際、大きく2つに分けることができる。一つはどんな
データを耳に入力しようとしているかということ、つまり「入カデータ」
の状況である。もう一つは「データ処理」である。これは入力されたデー
タがどう処理されるかということである。
晶晶データ
データ処理何て言ってたの?
あるテキスト
1覚えられない!(記憶容量)
ユ音声
2語
3構造
鱒零雨
2手がかりは?(語彙リスト配
布・背景知識・挿絵)
3ストラテジー
4話題等
図1入力データとデータ処理
「入力データ」の状況というのは、音声、語、構造、話題等がどうなって
いるかということである。これらは入力の量や質を調整することができる。
例えば、個々の音声が聞こえなければ繰り返せばよいし、同じ話題でも語
や構造(文法)を修正することによって聞きやすくなる。また、馴染みの
話題(自己紹介・買い物等)を選択して聞くことも可能である。さらに物
理的な問題として発話速度、ポーズの有無、雑音等も考慮できる。
一方、 「データ処理」は、脳内でどのような処理がされているかという
一113一
人間の認知的な問題が絡む。例えば、聞いた内容をどのぐらい覚えておく
ことができるかという記憶作動容量の問題や、絵や語彙などの事前情報の
提示の有無が聞き取りにどう関係するかというスキーマの問題等である。
また、ストラテジーの使用の有無も聞き取りに影響を与える。さらに学習
者の持つ動機の高さ、経験値、母語の影響等の個人的要因も関係する。
聴解研究において、 「入力データ」と「データ処理」を切り離して考える
ことはもちろん困難である。入力されたデータが、わかったかどうかの判
断は脳の「データ処理」に委ねられているからである。聴解研究は「入カ
データ」を変数にして見るものと、 「入力データ」を一定にして、いろい
ろな「データ処理」の方法を見るものの二つの研究が考えられるが、後者
の研究が多いようである。後者についての研究はサ(2002)、福田(2004)、
横山(2004)等によるスキーマやストラテジー研究を中心とした展望論文に
譲ることにして、本研究では、従来の研究で、 「入力データ」についてど
んなことが言われ、どんなことがわかっているか、音声、語、構造、話題
等の言語的側面についての研究を紹介することにする。
2.聴解教育における言語的側面の分析
2−1音声
音声については、石田(1988)、土岐(1988)等が聞き取りについての一
般的な難しさを指摘している。①母音の長短の聞き分け ②母音の無声化
③清濁の聞き分け ④促音の有無 ⑤連続する母音 ⑥息継ぎの位置 ⑦
イントネーション等である。
これらについては、川口(1984)やスワン(1989)によって上級学習者
に対する観察からその難しさが裏付けられている。この他に、川口は、「母
音の直前の[N]」や「語頭の[d(ラ行音)」 「[η](ガ行音)を含む音節の
前後」 (注1)の難しさも指摘している。また、スワンは、 「アクセント
が高低に移行する低い部分」や「他の子音への置き換え」等の問題につい
ても述べている。さらに、中込(1998)はディクテーションの結果から、
中国系は「有声・無声」が誤答全体の半分を占めるが、漢字は表記でき、
意味は理解しているという結果を報告している。早川(1993)では、各レ
ベルの学習者が短音をどのように知覚しているかについて実験を試みた。
一114一
その結果、音の知覚は母語干渉の有無は問わないという結果であったが、
テストした語が既知語であったかどうかは見ていない。
これらの研究から、日本語学習者が共通して聞きにくいと感じる音声が
何かという点についてはわかったが、それが初級、中級、上級へと引き続
く習得上の問題点なのか、既知語では解決し未知語だけに起こる現象なの
かは不明である。レベル別の調査、単語(句)単位での調査、文中におけ
る単語(句)の調査が必要である。
2−2語彙
語彙の聞き取りでは、木村(1982)、石田(1988)が次のように述べて
いる。
木村は、聴解の語彙の指導として、単語を単語として識別する能力、話の
中の語句の意味を理解する能力が必要だとしている。さらに、同音語の判
断には①使用分野・意味領域、②品詞、③慣用的な語法、④アクセント、
⑤文脈が手がかりとなると述べている。
.石田は、まずは語彙の知識があることが重要であり、その他、外来語、
固有名詞、同音異義語、方言、遊び言葉(え一、あのう、まあ)等の知識
が必要だとしている。
両者ともに、同音語(同音異義語)が難しいとしているが、北條(1989)
は、その例として「公害・郊外」「重態・渋滞」「視点・時点(音の類似)」
等をあげている。一方、石田の示した外来語、固有名詞については、金庭
(2001)がニュースの聞き取り調査の際、それらが困難であったことを示
しているが、報告の例は少ないようである。
木村は「話の中の語句の意味を理解する能力」が必要であると述べている
が、一語ではなく、もう少し長い単位、連語や句についての理解も問題で
ある。これについては、以下のような研究がその難しさを指摘している。
平田(1991)は、ニュース文を途中まで聞き、続きを予測するテストを行っ
ているが、学習者は日本語母語話者に比べ類型表現に習熟していないため、
予測ができなかったことを報告している。新屋(1993)は、ディクテーショ
ンの結果から、ある文節の誤答率の高い箇所は、その前後の誤答率も高く、
その箇所は複合語などの複雑な構成の単位が多く、また、単純語より複合
一115一
語や派生語の要素である場合の方が誤答率が高いと述べている。吉岡
(1993)もディクテーションの結果から、非理解語がキーワードかキーワード
に近接した位置にある場合、影響が大きいと述べた。また川口(2001)は、
上級学習者に対し、語彙不足、慣用句・ことわざが弱い、音連続の解釈の
難しさ等を指摘している。さらに、金庭(2001、2002)では、ニュース視聴後
に文を再生させた結果、ニュース文にない組み合わせの表現(×容疑で捕
まる、×手当をもらう等)が多く見られたことを観察している。これら一
連の研究において単なる語の問題だけでなく、語の連続によって理解に支
障を来すことは判明したが、語のどんな組み合わせの場合に困難になるの
か今後の研究を待つところである。
2−3文法
聴解における文法で指導すべき点として、どのようなものがあるだろう
か。
表1聴解において指導すべき項目
主語と述語に関するもの(主語と
q語の呼応・主語の省略等)
助詞
助動詞
活用語の変化
呼応表現
間接話法
文 挿入
倒置文
木村
佐藤
石田
北條
三牧
金子
梅村
i1982)
i1983)
i1988)
i1989)
i1998)
i2003)
○
○
○
O
i1996)
○
O
○
O
○
O
O
O
不整文(言いよどみ)
文体(敬語・待遇表現・終助詞)
O
O
全体の構成(論理展開)
談話
展開の予測(接続詞・談話標識)
O
O
テキストの長さ
O
一116一
O
O
○
○
○
○
○
○
o
大意聞き取り(要約・キーワード)
語用論的知識(発話意図)
○
O
○
O
O
○
中断文(言いさし)
縮約形
文末の予測
従属節の長いもの
o
O
O
○
O
○
O
O
O
O
木村(1982)、佐藤(1983)、石田(1988)、北條(1989)、三二(1996)、金
子(1998)、梅村(2003)等の研究で述べられていることを、表1にまと
めた。 表中の○印は、各研究者が指摘している点である。
表1の項目は指導すべき点であるが、なぜそのような指導が必要なのだろ
うか、いくつか実例による報告を見る。
「主語や述語に関するもの」、「助詞」、「活用語の変化」、「文末の予
測」、 「従属節の長いもの」等について、宮城(2002)は、部分書き取り
の課題から、連体修南山の修飾関係や文節の格関係が弱い点、活用語の使
用法と助詞に誤りがある点、文末表現を軽視または文末表現に理解を示し
ていない点があること等について実例(注2)を挙げている。 「助動詞」
については、フォード(1992)がディクテーション課題から、文法項目が
組み合わさったものに誤答が多いこと、ムードを表す部分の表現が弱かっ
たこと等を報告している。 「縮約形」については、川口(1984)がディクテー
ションの結果、縮約形についての誤答が多かったことからその知識の必要
性を挙げている。
表1では「間接話法」や「従属節の長いもの」の指導の必要性を挙げてい
るが、これらの聴解での報告はまだない。英語教育では、遠隔他(1989a)
が、聴解の際、文法構造の種類によって得点が影響されるという結果を述
べている。特に主部、述部、補部のような文法要素の長さは、文の長さ以
上に聞き取りの難易度に影響を与えると述べている。
「文体」については、近年の聴解教育ではフォーマルな会話とくだけた
会話を無作為に聞かせる練習をしている。しかしながら、文体の差が聞き
分けにどのような影響を灰ぼすかについての研究はまだない。英語教育で’
は、Shohamy and Inbar(1991)が「ニュース放送形式」の方が「講義形式」や
「協議対話形式」より聞き取りが困難だと報告している。
さらに、「展開の予測(接続詞、談話標識)」についての指摘はあるが、
実際にどのような問題があるのか、それについての報告は日本語教育では
まだない。英語教育では、Chaudron and Richards(1986)が、通常の講義が最
も難しく、次に接続詞に相当する言葉が挿入された講義が難しく、講義の
主題を意識させ全体のポイントをとらえやすくするようなフレーズが挿入
された講義が一番易しかったと報告している。
こうしてみると、教師は表1に示す通り、経験的に学習者が困難な項目
一117一
について認識しているが、どんな場合が難しく、どんな場合に聞こえるの
か、項目毎の詳細な調査が不十分なように思われる。今後、研究が必要な
分野であろう。
ところで、聴解と文法を組み合わせたテストもある。小林他(1992)では、
ある一文の文法項目(助詞、活用部分など)の1文字を空欄にして、その
文を聞かせ、1文字の書き取りテストを行った。その結果、知っている文
法項目は聞き取れるが、知らない項目は聞き取れないことを導き出した。
これによって、文法項目の難易度がある程度判明し、学習者の総合的能力
を見るために、SPOT(S㎞ple Perfb㎜ance−Oriented Test)というテストが開
発された。このテストは、習熟の度合いを総合的評価として測るものであ
り、聴解そのもののテストではないが、聴解がこのように利用できる点は
興味深い。
一方、聴解は、1文単位ではなく、テキスト全体がわかるかどうかが問
題である。そこで、テキスト全体の構造を修正するかどうかについての研
究が行われている。英語教育ではCervantes and Gainer(1992)は、文構造の簡
略化は理解を助けるという結果を導いている。一方、Kelch(1985)、 Blau(1990)
は助けないという結果になっている。これについて、日本語教育では中庄
(1995,1997)が修正を加えた方が聞きやすいことと、学習レベルと修正の効果
について述べた。これらは大変興味深い結果であるが、学習者の持つ語彙
の知識については考慮しておらず、また、一つあるいは二、三の話題に対
してのみ行われているので、対立する結果になったのではないかと推察さ
れる。
また、語彙と構造の関係も重要である。中込(1998)は、ディクテーショ
ンによる調査で内容語と機能語について調べた。その結果、内容語(単語)
と、機能語(構造を支える語)の難易度に差はなかったということ報告し
ている。つまり、内容語と機能語の両方の知識が大切であるということで
ある。 山本(1994)は、漢語系知識よりも音声、文法、基本的和語、背景の
順で、有力な知識であると述べている。漢語系語彙の知識以上に聴解に必
要な知識があるというわけである。また、山本(1995)は、漢語系知識が高く
聴解力の低い学習者と漢語系知識が低く聴解力の高い学習者を対象に、デ
ィクテーションによる聞き取りを行った。その結果、漢語系知識より音声、
文法、基本的和語のほうが有力な言語知識となっていることを報告してい
一118一
る。一般に、 「聴解に必要なのは語彙知識だ」とよく言われているが、中
込、山本の研究は語彙が重要であるという従来の見解と異なる。たしかに
聴解は総合的な技能を必要とするものであるかもしれない。しかしながら、
両者の研究には不明な点がある。例えば中込は学習者の語彙の知識につい
て測っておらず、山本も学習者の持つ語彙は視覚によって確かめられたも
ので、聴覚によって確かめられたものではない。ある語について学習者が
聞いてわかるかどうかを確かめる必要がある。また、中込、山本共に、デ
ィクテーションによるものであるが、ディクテーションで正確な理解が測
れるのかどうかという疑問が残る。
2−4話題
聴解の各レベルにおいて、どのような内容のテキストを与えるべきかに
ついては、いくつかの枠組みが挙げられている。
まず、日本語教育では、川瀬(1986)が言語の他の技能を含めた枠組み
を提案している(表2)。また、金庭(2005)はACTFLによる枠組みに基づき、
日本語教育における聴解の内容について示した(表3)。さらに、市販教材に
よる聴解の枠組みとしては『毎日の聞き取り50日』シリーズ(1990∼2000)
(注3)がレベル別の内容を示している。その他、CEF(注4)やILR(注
5)において外国語の聴解の能力を測るための枠組みが示されている。
この枠組みにはいくつかの問題点がある。一つは、学習内容の多くは教
師の経験に基づき決められたもので、実証されたわけではないということ
である。次に、各枠組みのレベルの認識に差があり、それぞれのレベルで
扱う学習内容に微妙なズレがあるということである。例えば、「説明」を
聞くことについて、川瀬(表2)では初級としているが、ACTFL(表3)
では中級となっている。
一119一
表2学習レベルと言語行動
A到達目
標
入門期
学習に必要
初級
中級
な基礎的・
日常生活に
必要な会話
準備的能力
能力の獲
一般的な会
話能力の獲
得、平易な
表現による
文章の理解
の獲得
得、文章理
解のために
必要な基礎
能力の獲得
能力の獲得
上級
社会生活上
必要な会話
能力の獲i
得、一般的
な文章の理
解能力の獲
専門分野
専門領域の
学習に必要
な言語能力
の獲得
得
B言語要
省略
素
C言語技
能(聞く)
教師の発話
する短い語
句が聞き取
・短い文を
・まとまり
・テレビ、
・専門領域
用い簡単な
応答ができ
る
ラジオを聴
取し、その
内容につい
て話し合え
に関し、必
要な言語活
れる
示説明が理
のある談話
の内容が理
解でき、眼
前にいない
相手との対
解できる
話ができる
・簡単な指
動ができる
る
・複数の相
手との討論
に参加でき
る
D言語行
動内容例
(聞く)
教室内での
簡単な応
買い物
道を尋ねる
答、
案内’
自己紹介、
説明
伝言
注文
日常の挨拶
相談
電話
旅行
報告
VTR
テレビ
ラジオ
討論
スピーチ
交渉
講義
講演
レポート
実験
研究室
ゼミ
川瀬生郎(1986)(『日本語教授法』おうふう1989より)聴解に関係するもののみ抜粋。
一120一
表3学習レベルと聞かせるべき内容
レベル
初級前半向け
初級後半向け
中級前半向け
中級後半向け
判定
基準
初級一中
中級一下
中級一中
上級
・基本的な個人に
・基本的なもので
・基本的、個人的な情
・インタビュー
ついての話題
・ごく身近な状況
に関する話題
・よく使われる指
かつ個人的な背景
報と必要なことがら
・馴染みのある話
や必要な状況
・社会的なしきた
・社会的なしきたり
題についての短い
・個人的関心事や活動
講演
りや日常的なタス
・多種多様の指示や説
三文
ク
明
報を扱ったニュー
・挨拶などの決ま
・よく使う電話の会話
スや報道
り文句
・テレビやラジオの簡
(ACTFL)
・主として事実情
単なニュースや報道
内容
(金庭案)
自己紹介
一日の生活
誕生日のプレゼ
ント
旅行の感想
私の部屋
夏休みのこと
郵便局で切手を
買う
天気にっいて
教室内の指示
あいさっを含む
会話
私の趣味
家族の紹介
飲食店での注文
デパートでの買
趣味の編み物の説
ペットの世話の仕
自分の専門の講
い物
方
義
病院での指示
会議の目時場所
友達を誘う
誘いを断る
忘れ物の描写
本棚の配列
引越の家具の配置
好きな俳優の動
明
ドラマのあらすじ
昔と今の風景の違
インタビュー
ドラマのストー
リー
向
新商品の紹介
要人移動のニュ
贈り物を受け取
い
一ス
る
道順
天気予報
事故のニュース
景気の推移
スポーツ情報
世論調査の結果
選挙結果
休暇の許可を得
る
全米外国語協会(1986)『ACTFL Proficiency Gu三delines』アルク、及び金庭久美子(2004)より
さらに、同じ話題でも授業のやり方やテキストの処理の仕方によっては低
いレベルの学習者からも取り組めることもある。「ニュース」については、
川瀬では上級、ACTFLでは中級・上級となっているが、現実には、岡崎(1993)
が「初級からニュースを」において実践したように初級から行うことも可
能である。また、先に述べた中窪(1995)では、 「自己紹介」 「未来の英
語」 「病気」を話題としたテキストに修正を加えた結果、低いレベルでも
聞き取れたという結果を見いだしている。
この点について、英語教育では、竹蓋(1989b)が、発話をその機能や話題
内容で分類した結果、得点に差が出たとしている。例えば、政治的、社会
的話題、抽象的話題、第三者にっいての話題は難しく、日常的会話、具体
的話題、第一、二人称の話題は易しかったということである。しかしなが
一121一
ら、詳細な差についてはまだ不明である。
以上のようなことから、これらの学習内容は教育の指針となるものであ
るが、各レベルにおいてどのようなものが必要か実証的な研究から見いだ
すことが必要であり、同じ話題によってテキストの修正や授業方法によっ
て聞き取りにどのような差が見られるのか確認する必要がある。
3.物理的な問題
聞き取りの際に考えられるものとして、雑音、発話速度、ポーズの問題
がある。英語教育では、Black(1964)、 M㎜o(1998)、高橋他(1988)は第二言
語学習者がノイズに弱いことを指摘している。また、Zhao(1997)は発話速度
が理解に関係すると述べている。ポーズについては、河野(1985)、
Suzuki(1991)がポーズを入れた方が聞き取りに効果があるとしている。
ポーズについて、日本語では、杉藤(1999)がポーズの時間がスピード感を
左右するとしている。杉藤の結果は一般的な日本人の感覚に基づく結果で
あるが、学習者に通ずるところもあろう。
4.これからの聴解教育研究
本研究では、聴解教育における言語的側面(音声、語彙、文法、話題)
と、物理的な問題について見てきた。これらの研究の問題点とは何であろ
うか。
まず、第一の問題は、研究方法がディクテーションによるものであった
ことである。2−1音声でも、2−2語彙でも、2−3文法でも、その研究方法の多
くは、教師の肉声、またはテープによるディクテーションであった。ディ
クテーションは聞き取りの能力を見るのに最適の方法なのだろうか。
ディクテーションの有効性について、三國他(2005)が次のような報告をし
ている。聴解における既知語率を調べるために、音声が正確に聞き取れて
いるか否か(ディクテーション課題)、目本語の単語を見て母語に訳する
ことが可能か否か(翻訳課題)の両方の結果から求めようとしたが、いず
れの課題も聴解における語彙知識の量的側面を測っていないという結果と
なり、聞いた語から想起される意味内容を母語で書くという語彙課題で行
ったという。したがって、ディクテーションでは、理解そのものについて
一122一
は十分に測れないということになる。今後の研究では、ディクテーション
以外の方法で、理解度について見ていかなければならない。
それでは、ディクテーション以外の方法とは何か。一つは理解度につい
て見るためには、質問の質という点で考えてみたい。島田(2003、2006)は、
聴解テストの選択肢について、選択肢の提示の仕方(文字・三等)によっ
て学習者は異なった反応をすることを報告している。理解度を測るために
選択条件も検討を要するのである。また、英語教育では二心(1990)が、
テストの質問の違いについて、 「場所や状況」の推定、概略の推定、文字
通りにとらえて正確に詳細に聞き取る課題よりも、発話の含意や話者の意
図、要旨を聞き取る課題の方が困難だったとしている。質問の違いによっ
て反応が異なることから、理解の判定には同種の質問ではなくいくつかの
異なるタイプの質問を用意し、様々な角度から知る必要があろう。この質
問は聴解だけでなく読解教育においても同様である。読解の発問内容につ
いては、池野修(2000)が①事実を問うもの、②推論を促すもの、③応用
としての評価読みを促すものに大別できるとしているが、聴解教育におい
ても同様の発問方法で理解の深さを確認することができるのではないかと
考えられる。
もう一つは、いわゆるテストではなく、学習者とのやりとりを観察するこ
とによって聴解力を見る方法である。聴解のストラテジー研究を行った田
中・姉歯・河東(1986)、横須賀(2000)、横山(2005)は、対面聴解という方
法で、聞き取りに対してどんな反応を示したか、発話内容(発話機能・表
現形式)を調べ、聴解におけるストラテジーを分類し示した。従来聞き取
りの理解度の判定として、この方法は用いられていないが、会話の返事の
仕方によって、理解度を測ることも可能である。
従来の研究における第二の問題は、どの研究においても学習者の語彙知
識を考慮していなかったということであろう。例えば、2−3文法の研究で、
構造の難しさを見る場合、未知語が多ければ、各構造の難しさの差は見え
てこないと思われる。
近年、語彙を事前に測り、調査を行う研究が報告された。三國他(2005)
は、句ごとに聞き取った語を母語で意味を書く方法によって学習者の持つ
語彙を測り、既知語率がどの程度のテキストが聴解テストで理解できるか
を求めている。このような研究によって、語彙と聴解の関係はさらに明ら
一123一
かになっていくものと思われる。
従来の研究における第三の問題は、テキストの内容と調査の回数である。
まず、テキストの内容の面では、従来のどの研究においても、1つのテキ
ストに対する聴解能力か、異なる話題の2つないし3つのテキストに対す
る聴解能力について調査し、聞き取りの問題点について考察したものだっ
た。2つ、3つのテキストを聞かせる場合は、話題の異なるものにするの
だが、語数、文数、1文の長さはなるべく一定に保とうとした。つまりテ
キストを固定し、学習者の聴解処理能力を知ろうとする研究である。もし、
このテキストを変数にすると、どのような違いが見られるのであろうか。
例えば、同じ話題で、語数や文数の多い場合と少ない場合、1文の長さが
長い場合と短い場合ではどんな違いがあるのか等、テキストを操作するこ
とで、聴解が困難であることの本当の原因を見いださなければならない。
特に、2−3で紹介した、語彙が聴解を助けるかどうかという点(中込1998、
山本1994,1995)と、テキストに修正を加えることがよいかどうかという点
(中窪1995,1997)については、効果あり、効果なしの対立した結果となっ
ていたが、このような研究においては、テキストを変数にした調査を行い
確認することが必要なのではないかと思われる。
また、テストの回数にも問題がある。これまでの研究では、1回の調査で
終わっており、長期的にみた場合の習得研究は行われていない。最初のテ
ストと数ヶ,月後のテストでどのように変化するのか、または、教材として
同種のものを継続的に聞かせることでどのように変化していくのか、興味
のあるところである。
以上の3つの点を考慮し、今後聴解研究を行いたいと考えている。
注
1 川口は「かがり火が」が学習者は「カガリビンガ」「カガリリガ」等、
「お急ぎで」が学習者は「オイソイデ」等になったと述べている。
2 宮城(2002)は以下のような例を挙げている。連体修飾等の修飾関係
や文節の格関係の弱さ(携帯電話の使用を控える→諺静編を瑚を控
坐る)、活用語の使用法と助詞(その原因の一つとされます→その姻
の1っをさカまナ)、文末表現の軽視・無理解(どこまで必要か→どこ
一124一
までひつよう0)等。
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『中級日本語聴解練習毎日の聞き取り50日(上・下)』「(1990)
『中上級日本語聴解練習 毎日の聞き取りプラス40日(上・下)』(2000)
4 CEF (Commoll European Framework Of Refbrences fbr Languages)
ヨーロッパ共通言語枠による言語運用基準
http://wwwsoc.nii.acjp石gg石ggla/library/cef:_verzeic㎞is.htm1
5 1LR(lnteragency Language Ro㎜dtable) 官公庁間言語円卓会議によ
る言語蓮用基準 http://www.govti1L org/
一125一
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研究社出版
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