アクティブ能力と運用制約 アクティブ能力と運用制約 - 三井住友信託銀行

論文
アクティブ能力と運用制約
横浜国立大学 経営学部
教 授 浅野 幸弘
住友信託銀行 総合運用部
主任調査役 袖山 則宏
住友信託銀行 年金研究センター
研究員 矢 野 学
目 次
1. 台頭するエンハンスト・インデックス運用
2. ポートフォリオ構築上の制約
3. 分析のフレームワーク
4. 分析結果
5. 結論と今後の課題
補論
参考文献
昨今、アクティブ・リスク度(TE: Tracking Error)を抑えて情報比(IR: Information Ratio)
を高めたエンハンスト・インデックス(EI: Enhanced Index) ファンドが幾つかの運用機関から提
供されている。リスク・バジェッティングのフレームワークに従えば、IR の高いマネージャーに多く
のリスク量が配分される。したがって、こうした IR の高いプロダクトには多くの資産配分がなされ
ることになる。
運用マネージャーの運用能力を示すとされる IR がアクティブ・リスク水準によらず一定である
とすれば、資産配分を増やす代わりにアクティブ・リスクを大きくしてもよいはずである。しかし、実
際に提供されている運用プロダクトのアクティブ・リスク水準は必ずしも高いものではない。この原
因として、現実にはポートフォリオ構築上の制約条件の影響で、アクティブ・リスクを大きくすること
によって IR が低下する可能性のあることなどが、Grinold and Kahn (2000) などによって指摘
されている。すなわち IR を高く維持するために EI 運用戦略がとられているとも考えられる。
本稿では、ポートフォリオ構築上の組入れ銘柄数制約や空売り禁止制約、保有銘柄ウェイト
の上下限制約などの各種の制約条件が運用効率に与える影響をシミュレーションによって測定す
ることを試みた。その結果、運用効率を高めるためには、EI ファンドのように多くの銘柄を保有す
ることが効果的であり、上下限制約などの保有ウェイトに関する制約は IR を低めるよりもむしろ、
極端なリターン予測がパフォーマンスに与える悪影響を緩和する面から、運用効率を改善する可
能性のあることが示された。さらに、既存のアクティブ・ファンドのように、組入れ銘柄数を制限す
る場合には、アクティブ・リスクを大きくしなければ高い運用効率が維持できない可能性があること
が明らかになった。
1
1. 台頭するエンハンスト・インデックス運用
マネージャー・ストラクチャーを検討する際には、運用哲学や投資スタイルなどの定
性的な評価項目に加えて、定量的な過去のパフォーマンス実績や将来の期待値なども重視
される。主には、ベンチマーク対比でのアクティブ・リターンとアクティブ・リスクの比、
すなわち情報比 (IR) が用いられるのであるが、近年ではこの IR を高く維持するために、
多くの銘柄に投資することによってアクティブ・リスクを抑制した EI 運用を取り入れると
ころも出てきている。
IR は運用マネージャーの運用能力を示すとされている。もし TE 水準に拠らず運用能
力が一定なのであれば、TE を増大するに応じてアクティブ・リターンも大きくなるため、
IR は一定のままのはずである。ところが現実には、TE を高めようとすれば、様々な制約
やコストの影響を受けてしまい IR は低下する。そのためマネージャーは IR を維持するた
めに、大きなリスクテイクを避ける傾向がある。こうしたポートフォリオ構築上における
制約条件が IR に及ぼす影響について検証するのが本稿の目的である。
既存のアクティブ運用手法では、ポートフォリオ構築過程において、「銘柄を空売り
しない」という非負制約を設けて各銘柄の投資ウェイトを決定するのが一般的であろう。
こうしたポートフォリオ構築上の非負制約によって既存のアクティブ運用の効率性が逸失
されてしまうことは、Grinold and Kahn (2000) などで指摘されている。一方、Frost and
Savarino (1988) や Jagannathan and Ma (2002) では、ポートフォリオ構築上における個
別銘柄の組み入れ上限制約などのウェイト制約は、極端なリターンの推定によって投資ウ
ェイトが大きく偏ることがパフォーマンスへ及ぼす悪影響を緩和し、むしろ運用効率が向
上するプラスの効果がある可能性を指摘している。
本稿では、Grinold and Kahn (2000) では考慮されていない事前と事後のリターンの
概念を取り入れることによって、事前の推定を用いて構築したポートフォリオの事後的な
パフォーマンスを測定することとし、さらにベンチマーク構成銘柄すべてを投資対象とす
るのではなく、ポートフォリオへの組入れ銘柄数が制限される場合についても検証を行っ
た。また、Frost and Savarino (1988) や Jagannathan and Ma (2002) が指摘した問題に
ついても、シミュレーションによって効果の測定を試みた。その結果、保有銘柄を限定す
る制約が運用効率に与える影響は極めて大きく、組入れ銘柄数が制限される場合には、ア
クティブ・リスクを大きくすればむしろ高い運用効率が達成される可能性があることがわ
かった。また、上下限制約などのウェイト制約についても、運用効率を改善する可能性が
あることが示された。
本稿は以下のように構成される。まず次節においては、ポートフォリオ構築上の制約
について、グリノルド, カーン (1999) や Clarke, de Silva and Thorley (2002) によるモ
デルの考え方を説明し、実務的な制約の影響についてモデルを用いて考察する。第 3 節で
は制約の影響を試算するためのシミュレーションのフレームワークについて説明し、第 4
節ではそれらの結果を示す。最後に、第 5 節では結論を述べるとともに、シミュレーショ
ンでは取り扱えなかった問題点と可能性について言及する。
2
2. ポートフォリオ構築上の制約
2. 1. サーベイ
特定のベンチマークに対する株式のアクティブ運用を想定した場合、ポートフォリオ
構築プロセスとしては、①アクティブなポジションをとる銘柄の選択、②アクティブな銘
柄の投資ウェイトの決定、に大別される。もちろん実際にはこれらのプロセスを同時進行
的に行うこともあろう。
EI 運用は一般に、投資ウェイトをベンチマークからあまり変えないことによってアク
ティブ・リスクを抑制した運用とされている。すなわち「賭けの幅」は小さくする代わり
に、「賭けの回数」を多くすることで、リスクは抑制して効率的なリターンを追及すると
いう運用戦略であると理解される。
グリノルド, カーン (1999) は、こうした投資銘柄数と運用能力 IR には次のような関
係があることを示した。
IR = IC × N
(1)
ここで、IC (Information Coefficient) は「実現した(ex post の)」アクティブ・リターン1と
「事前に予測していた(ex ante の)」アクティブ・リターン(アルファ)2の相関、N は(1 年
あたりの)独立なアルファの予測回数、すなわち(のべ)銘柄数である。つまり、IR は(事前
の予測が事後的にどの程度実現したのかという)アルファの精度と、銘柄数の平方根に比
例して上昇する。
さらに、Clarke, de Silva and Thorley (2002) は、アクティブ・リターンの共分散構造
を考慮しなければ、
IR = TC × IC × N
(2)
という関係があることを示した。ここで、TC (Transfer Coefficient) はポートフォリオに
おける各銘柄のアクティブ・ウェイトとアルファの相関である。一般に、マネージャーは
ある程度の精度でアルファの予測ができたとしても、その予測どおりにポートフォリオが
組めるとは限らない。運用上の制約などのため、予測を十分活用できなかったりする。こ
の結果、運用能力は(1)式で表現されるように、単に銘柄数とアルファの予測精度だけでな
く、それらをポートフォリオとして組成する能力にも依存するのである。
仮に、EI 運用において用いられる各銘柄のアルファ(やアクティブ・リスク構造)が、
既存のアクティブ・ファンドと同一のものである(すなわち IC が同じである)ならば、こ
れらのファンド間における IR の違いは、(2)式における銘柄数 N とポートフォリオ構築能
力 TC に起因することになる3。
通常のアクティブ・ファンドでは一般に、空売りは行わないという条件(Long only
1
以下では、特に断らない限り、実現アクティブ・リターンの意味で、単にアクティブ・リターンと記す。
以下では、実現アクティブ・リターンと明確に区別するため、アルファと記すことにする。
3 どの程度の銘柄数を保有すべきかという問題は、ポートフォリオ構築上の制約のほか、アルファの精度
を高めるために要するリサーチ・コストや、実際の売買に伴う取引コストなどにも依存して決まってくる
ことになる。これらを考慮した分析を行うことは本稿での議論を非常に複雑にするため、ここでは取り扱
わないこととし、5 節において議論する。
2
3
constraint)の下で、少数のアルファの大きな銘柄に集中して投資されるが、これは(2)式の
N を小さくするだけでなく、アルファの小さな(マイナスの)銘柄をショートしない一方、
多くの銘柄を保有しないことによってアルファの大小に関係なくベンチマーク比でマイナ
スのウェイトにすることになるなど、TC を小さくしてしまう。EI 運用はいわば多数の銘
柄に薄く広く投資することによって N を大きくするとともに、TC を下げないようにして
IR を高めるのである。最近ではこのほか、空売りの制約を外すことによって TC を高める
というロング・ショート(LS: Long Short)運用も登場している。
Grinold and Kahn (2000) は、こうした保有ウェイトに関する制約の非効率性はパフ
ォーマンス上において無視し得ない影響があることをシミュレーションによって示した。
一方、こうした指摘とは逆に、Frost and Savarino (1988) は、ポートフォリオ構築上にお
ける非負制約や個別銘柄の組み入れ上限制約によって、リスク構造の推定誤差による影響
が相殺される可能性を指摘している。同様に Jagannathan and Ma (2002) でも非負制約
や個別銘柄の組み入れ上限制約によってトータル・リターンの分散共分散構造が退化し、
その影響はリスク構造の推定誤差による影響と相殺されるプラスの効果があることを理論
的な観点から示している。
本稿ではこれらの指摘を踏まえて、シミュレーションによって数値解析的にこうした
制約の影響を試算するものである。さらに、Grinold and Kahn (2000) らでは、組入れ銘
柄数について想定した全銘柄を組入れることを前提としているものの、実際のアクティブ
運用ではベンチマーク構成銘柄すべてを組入れることは殆どない。そこで本稿では、同様
のシミュレーションによって、ベンチマーク構成銘柄の一部しか組入れないような銘柄数
の制約が運用効率に及ぼす影響を確認するとともに、併せて保有ウェイト制約に Frost and
Savarino (1988) や Jagannathan and Ma (2002) らが指摘するようなプラスの効果があ
るかどうかを分析する。
2. 2. 非負制約の影響
通常の国内株式アクティブ・ファンドで保有されている銘柄数は、おおよそ 100 銘柄
前後であるが、ベンチマークである TOPIX の採用銘柄数は約 1,500 銘柄4にものぼる。し
たがって、通常のアクティブ・ファンドでは、大半の銘柄をそのベンチマーク・ウェイト
分だけ常にアンダー・ウェイトにしていることになる。しかし、通常はそうした銘柄すべ
てにベンチマーク比で弱気な見方(負のアルファを付与)をしているわけではないと考え
られる。一方、それほど強気の見方(正のアルファを付与)をしていないものの、TE をあ
る程度抑制する目的で、ベンチマーク・ウェイトと個別銘柄リスクの大きな銘柄を保有せ
ざるを得ないことを考慮すると、既存のアクティブ・ファンドの多くのポートフォリオ構
築能力 TC は、Clarke, de Silva and Thorley (2002) で指摘されているように、かなり低い
ものとなっている可能性がある。
さらに、市場は常にダイナミックに変動しており、仮にある特定期間に小型株のリタ
ーンが高い傾向が見出される相場環境(小型株効果)を予測していたとすれば、大型株を
アンダー・ウェイト、小型株をオーバー・ウェイトにすれば TC を高めることができる。こ
4
本稿執筆時点。
4
の場合は非負制約下であっても、大型株はそのベンチマーク・ウェイトまでかなり大きな
アンダー・ウェイトにすることができる一方で、小型株のオーバー・ウェイト幅には上限
がないため、(マーケット・インパクトを無視すれば)TC を高めることは比較的容易であ
る。逆に、大型株のリターンが高い傾向が見出される相場環境(大型株効果)を予測して
いた場合には、大型株をオーバー・ウェイト、小型株をアンダー・ウェイトにしなければ
TC を高めることはできない。しかし、非負制約下では小型株はごく小さなベンチマーク・
ウェイトまでしかアンダー・ウェイトにできず、そのため大型株のオーバー・ウェイトも
あまり大きくできないため、小型株相場の場合に比べて TC を高めることはそれほど容易な
ことではなくなってしまうのである(図 1 参照)5。
こうした制約の影響は、Flood and Ramachandran (2000) で実証分析がなされている。
これによると、米国株式市場において大型株を中心に相場が上昇した 1990 年代後半には多
くのアクティブ・ファンドがベンチマークに劣後したものの、逆に 1990 年代前半にはベン
チマークを上回るアクティブ・ファンドが多かったことが実証的にも示されている。
図 1 非負制約下でとり得るアクティブ・ウェイトの概念図
アクティブ・ウェイト
ベンチマーク・ウェイト
オーバーウェイトの上限はない
0%
銘柄サイズ
アンダーウェイトの下限は
ベンチマーク・ウェイト分まで
仮にこれらの相場環境の変化に応じて TC に変化がないとすれば、それは大型株ほどパフォーマンスに
与える影響が大きいことから、より多くのリサーチ・コストを費やし、その結果大型株ほどアルファ(や
リスク構造)の推定値に対する精度が高くなるためである、と考えたほうが良いかもしれない。いいかえ
れば、実際の IC は全銘柄に共通しているものではなく、大型株ほど高く、小型株になるほど小さくなるか
もしれない。現実には、小型株に比べて大型株のアルファの精度が比較的高いことによるプラスの効果と
ポートフォリオ構築における非負制約によるマイナスの効果は相殺しあいながらも、より強いどちらかの
影響が現出してくることになるだろう。
5
5
2. 3. モデルによる考察
いま、時価総額加重平均型の株価指数をベンチマークとして想定し、そのベンチマー
クを構成する銘柄数を N、実現アクティブ・リターンはベクトル r ∈ RN 、クロスセクシ
ョン分散は ω 2r 、マネージャーが推定するアルファの期待値はベクトル α ∈ R N 、クロス
セクション分散が ω2α で表され、 i 番目の銘柄のアクティブ・リターンとアルファはそれ
ぞれ ri 、 α i ( i = 1,K, N )で表すこととする。また、このマネージャーが推定するアル
ファの分散共分散行列は Ω ∈ R N ×N で表されるとしよう。簡単化のために、このマネージ
ャーの IC はベンチマークを構成する全銘柄に共通して同じであると仮定する。したがって、
クロスセクションでの r と α の相関が IC であり、
IC =
Cov [ r, α ]
ωr ωα
を仮定する。
あるマネージャーのポートフォリオへの組み入れ銘柄数を n とし、ポートフォリオに
おける各銘柄のアクティブ・ウェイトをベクトル x ∈ R N 、 i 銘柄のアクティブ・ウェイト
は x i とする。 x のクロスセクション分散を σ2x とすると、このマネージャーの TC は、
α と x のクロスセクションでの相関、
TC =
Cov [ α, x ]
ωα σx
と表される。個々の銘柄のベンチマーク・ウェイトはベクトル b ∈ R N 、 i 銘柄のベンチマ
ーク・ウェイトは bi で表す。
いま、投資家が要求するベンチマーク対比での投資超過収益率のある期待値 t を達成
するために、マネージャーはアクティブ・リスクを最小にするポートフォリオを組成する
ものとする。したがって、ポートフォリオ構築上の制約が全くないケースでのアクティブ・
ウェイトは次式、
を満たす x となる(ここで、
T
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t.
(3)
は行列の転置を表す)。実際には資金の過不足が生じな
いように、アクティブ・ウェイトの合計が 0 となるような資金制約が課されるため、この
問題は次の制約条件が付いた分散最小化問題
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t ,
(4)
e T x = 0.
(ここで、 eT = [ 1 K 1 ] ∈ R N である)となる。
より現実的には、既存のアクティブ運用手法では、ベンチマークを構成する全 N 銘柄
の中から投資対象とする n 銘柄を選択して、その他の銘柄は非保有とするような制約を設
6
けた分散最小化問題6、
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t ,
(5)
eT x = 0,
diag [− ( h − 1
)]
x = − diag [− ( h − 1
)]
b.
(ここで、 h ∈ R N は保有する銘柄を 1、保有しない銘柄を 0 とした保有銘柄を示すベクト
ルで、演算子 diag [ ・ ]は、ベクトルを対角行列化する演算を表す)や、さらに非負制約
条件や投資対象となる個々の銘柄へ上限制約条件を設けた次式7、
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t ,
(6)
eT x = 0,
diag [− ( h − 1
ub ≥ diag [ h
]
)]
x = − diag [− ( h − 1
x ≥ − diag [ h
] b.
)]
b,
(ここで、 ub ∈ R N は各銘柄に対するアクティブ・ウェイトの上限値を示すベクトルであ
る)の分散最小化問題を扱うことになる8。
(3)式に加えてこうした制約を課していくことによって、アルファ α と アクティブ・
ウェイト x の相関であるポートフォリオ構築能力 TC は、大きな制約を受けることになる。
(5)式や(6)式に則していうのならば、①ポートフォリオへの組み入れ銘柄数 n、②非負やア
クティブ・ウェイト上限値 ub などのウェイト制約条件、③要求期待アクティブ・リター
ン、④ベンチマーク構成ウェイトの分布(偏りの程度)などに依存してくることになる。
①および②について、非組入れ銘柄はすべてベンチマーク・ウェイト分をアンダー・
ウェイトしていることになり、また組入れ銘柄についても非負制約のためベンチマーク・
ウェイト以下にはアンダー・ウェイトにできない。さらに上限制約が付加されれば、オー
バー・ウェイト幅にも制限ができる。こうしたことから σx の自由度が抑制されてしまい、
一般には組入れ銘柄数 n を小さくすることによって、また上限値を小さくすることによっ
て、TC は低下することになると考えられる。
③について、期待アクティブ・リターンを高めれば、大きなアクティブ・ウェイトを
とらなければならなくなる。しかし、アクティブ・ウェイトに上限値や下限値の制約があ
るため、期待値を高めることによって、そうした制約に抵触する銘柄が増加することにな
る。したがって、期待アクティブ・リターンを高めれば、TC は低下することになると考え
られる。
④についても、図 1 から明らかなように、ベンチマーク構成ウェイトの偏りが大きけ
れば、非負制約によってアンダー・ウェイト幅の制約をより強く受けるようになることか
ら、TC は低下することになると考えられる。
6
いわゆるロング・ショート戦略がこれにあたるといえよう。
通常のアクティブ戦略にあたる。
8 さらに現実的には、業種ウェイトの制約やファクター・エクスポージャーの制約なども設けるのが通常
であるが、ここでは議論の簡単化のためこれらの問題は割愛する。
7
7
以下では、シミュレーションによってこれらの効果を数値によって確認する。
3. 分析のフレームワーク
この節では、前節まで議論した保有銘柄数や非負制約、アクティブ・ウェイトの上限
制約がパフォーマンスに与える影響を、以下のシミュレーション9によって試算してみる。
① まず最初に、N 個の銘柄について正規乱数を用いて実現アクティブ・リターンを
生成する。
② その実現アクティブ・リターンに対して、事前の予測精度が IC だったとして、コ
レスキー分解によって推定 α を生成する。
③ この推定 α を前提にして、ポートフォリオを構築する。このとき、(5)式や(6)式
に則して以下のような制約を設ける。
① 保有銘柄数の制約
② 非負制約
③ アクティブ・ウェイト上限制約
④ ポートフォリオの実現アクティブ・リターンとアクティブ・リスクを測定する。
以上の①∼④を制約の各ケースについて 1,000 回ずつ繰り返し、ポートフォリオの実
現アクティブ・リターンとアクティブ・リスクより IR を求める。
なお、ベンチマークを構成する銘柄数は、計算の都合上、便宜的に 500 銘柄とした。
また、アルファの作成やポートフォリオ構築に係るコストは一切考慮していない。
4. 分析結果
4. 1. 保有ウェイト制約の影響
まず、非負制約や上下限制約という保有ウェイト制約の影響を見るために n = 500 、
すなわちベンチマーク構成全 500 銘柄での(4)式、(6)式の結果を比較してみる。各式では推
定アクティブ・リターン系列を用いた目的関数最小化を行っているが、ここではその結果
算出されるポートフォリオの推定アクティブ・リターン(表 1 および図 2)と、3. 4.節で説
明した実現アクティブ・リターン系列を用いた事後的なポートフォリオのパフォーマンス
(表 2 および図 3)を示した。また比較のため、アクティブ・ウェイトの上下限をアクティ
ブ・ウェイト10で 1%、0.75%、0.5%とした結果も併せて示してある。
まず、保有ウェイト制約がポートフォリオ構築に与える影響を事前の推定アクティ
ブ・リターンによって評価する。表 1 は、全くウェイト制約を課さない場合、アクティブ・
ウェイト上下限制約(1.0%、0.75%、0.5%)を課した場合、非負制約を課した場合に、シ
ミュレーション各回の最適化で得られたポートフォリオの推定アクティブ・リターン、TE、
9
シミュレーション分析の詳細については補論を参照のこと。
上下限制約はベンチマーク・ウェイトに対する相対的な割合で課されるケースもあるが、ここではアク
ティブ・ウェイトの絶対水準での制約を想定している。
10
8
推定 IR の平均値である。これによると、全くウェイト制約を課さない場合には、目標アク
ティブ・リターン t を高めれば TE も上昇し、それらには線型の関係11がある。したがっ
て、推定 IR は目標アクティブ・リターン水準によらず一定となる。しかし、上下限制約や
非負制約を課した場合には、目標アクティブ・リターン水準を高めれば IR が低下する傾向
のあることがわかる。図 2 はこれらの推定 IR と TE の関係を図示した。定性的にもある程
度想定される通り、非負制約における推定 IR は TE が上昇するに従ってかなり急激に低下
し、ポートフォリオ構築上極めて大きな制約となっていることがわかる。また上下限制約
は、とり得るアクティブ・ウェイトの幅が狭くなるに従ってポートフォリオ構築上の制約
要因となる12が、その影響は非負制約と比較してそれ程大きなものではないことがわかる。
次に、これらのポートフォリオが事後的にどのようなパフォーマンスを示すのかを確
認する。表 2 および図 3 は、これらを事後的に計測した場合の結果である。
全くウェイト制約を課さない場合の事後的な実現アクティブ・リターンと TE は、事前
の関係と同様に、目標アクティブ・リターン t を高めれば TE も上昇し、それらは線型関
係にある。このシミュレーションでは、各銘柄の事前のアクティブ・リターンが事後的に
どの程度実現するのかという IC を 0.05 としているため、推定 IR に比べて水準自体は大き
く異なるものの、実現 IR も目標アクティブ・リターン水準によらず一定となる。ここで、
(2)式の関係を前提にすれば、この場合の TC は、
TC =
=
IR
IC ×
N
1.027
0.05 ×
500
= 0.919
と試算される。
一方、事前の推定 IR では極めて大きな制約となっていた非負制約は、事後的にも大き
な影響を及ぼしている。目標アクティブ・リターンを高めるに従い、その影響は顕著とな
り、 t = 5.0% の場合の TC を(2)式によって算定すれば 0.800 と全く制約のない場合に比べ
てポートフォリオ構築能力は約 13% も低下してしまうことになる。しかし、実現アクティ
ブ・リターンの水準は全く制約のない場合に比べてむしろ上回っており、TC が低下したの
はアクティブ・リスクが大きくなったせいである。これは、非負制約のためプラスのαを
もたらす銘柄に集中して投資せざるを得なくなって、リスク分散効果およびその推定精度
が低下したためと考えられる。この影響はハイリスク・ハイリターンほど大きくなる。
11
今回のシミュレーションでは、各銘柄のアクティブ・リターンの共分散を考慮していないため。
なお、このシミュレーションにおいて、各銘柄のベンチマーク・ウェイトは最大でも 2%程度、最小で
は 0.01%程度である。
12
9
表 1 ウェイト制約の影響 (1) [500 銘柄、推定アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
ウェイト制約なし
上下限1%制約
上下限 制約
上下限0.75%制約
制約
上下限
上下限0.5%制約
制約
上下限
非負制約
α
TE
IR
α
TE
IR
α
TE
IR
α
TE
IR
α
TE
IR
1%
2%
3%
4%
5%
1.000%
(0.211%)
4.748
1.000%
(0.211%)
4.748
1.000%
(0.211%)
4.748
1.000%
(0.211%)
4.748
1.000%
(0.261%)
3.837
2.000%
(0.422%)
4.748
2.000%
(0.422%)
4.748
2.000%
(0.422%)
4.747
2.000%
(0.422%)
4.740
2.000%
(0.558%)
3.597
3.000%
(0.633%)
4.748
3.000%
(0.633%)
4.746
3.000%
(0.634%)
4.740
3.000%
(0.636%)
4.720
3.000%
(0.880%)
3.422
4.000%
(0.844%)
4.748
4.000%
(0.845%)
4.740
4.000%
(0.847%)
4.727
4.000%
(0.854%)
4.689
4.000%
(1.226%)
3.275
5.000%
(1.054%)
4.748
5.000%
(1.058%)
4.731
5.000%
(1.063%)
4.711
5.000%
(1.079%)
4.642
5.000%
(1.600%)
3.139
(注)ここで、αは組成したポートフォリオの推定アクティブ・リターン、TE はアクティブ・
リスク、IR はα / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を示してある。
図 2 ウェイト制約が IR に与える影響 (1) [500 銘柄、推定アクティブ・リターン]
5.00
推定IR
4.50
4.00
3.50
3.00
0.0%
TE
0.5%
ウェイト制約なし
1.0%
上下限1% 制約
上下限0.5% 制約
非負制約
1.5%
2.0%
0.75%
上下限
制約
(注)ここで、TE はアクティブ・リスク、推定 IR はα / TE を表している。
10
表 2 ウェイト制約の影響 (2) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
ウェイト制約なし
上下限1%制約
上下限 制約
上下限0.75%制約
制約
上下限
上下限0.5%制約
制約
上下限
非負制約
r
TE
IR
r
TE
IR
r
TE
IR
r
TE
IR
r
TE
IR
1%
2%
3%
4%
5%
0.216%
(0.212%)
1.027
0.216%
(0.212%)
1.027
0.216%
(0.212%)
1.027
0.216%
(0.212%)
1.027
0.269%
(0.270%)
1.029
0.433%
(0.423%)
1.027
0.433%
(0.423%)
1.027
0.433%
(0.423%)
1.028
0.436%
(0.423%)
1.032
0.548%
(0.577%)
0.984
0.649%
(0.635%)
1.027
0.651%
(0.635%)
1.029
0.653%
(0.635%)
1.032
0.661%
(0.639%)
1.039
0.835%
(0.910%)
0.951
0.866%
(0.846%)
1.027
0.871%
(0.846%)
1.032
0.877%
(0.850%)
1.036
0.892%
(0.858%)
1.045
1.131%
(1.268%)
0.924
1.082%
(1.058%)
1.027
1.095%
(1.061%)
1.035
1.107%
(1.068%)
1.042
1.130%
(1.084%)
1.048
1.426%
(1.655%)
0.894
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアクティブ・
リスク、IR はα / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を示してある。
図 3 ウェイト制約が IR に与える影響 (2) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
1.05
実現IR
1.00
0.95
0.90
0.85
0.0%
TE
0.5%
ウェイト制約なし
1.0%
上下限1% 制約
上下限0.5% 制約
非負制約
1.5%
2.0%
0.75%
上下限
制約
(注)ここで、TE はアクティブ・リスク、実現 IR は r / TE を表している。
11
さらに、事前の推定 IR ではポートフォリオ構築上比較的軽微な制約要因となっていた
上下限制約の事後的な影響においては、非常に興味深い結果が得られている。とり得るア
クティブ・ウェイトの幅が狭くなるにつれて、また目標アクティブ・リターン水準が高く
なるにつれて、実現 IR が上昇しているのである。アクティブ・ウェイト上下限が 0.5%の
ケースでは、 t = 5.0% の場合の TC を(2)式によって算定すれば 0.937 と全く制約のない場
合に比べてポートフォリオ構築能力は約 2% も改善している。こうした現象は次のように
解釈することができる。すなわち、上下限制約を設けない場合には、極端に絶対値の大き
なアクティブ・リターンが推定された銘柄には、最適化の過程で極端に大きなアクティブ・
ウェイトがついてしまうが、推定された高いアクティブ・リターンが実現しない場合には
パフォーマンスには大きなマイナスの影響を与える。しかし、上下限制約を設ける場合に
は、そうした極端なウェイト付けが避けられるため、パフォーマンスに与えるマイナスの
影響を緩和し、運用効率が向上する可能性がある、というものである。したがって、こう
した上下限制約には僅かながらも Frost and Savarino (1988)、Jagannathan and Ma
(2002) らが指摘した効果が認められたわけである。
このような上下限制約のパフォーマンスに与えるプラスの影響は、アルファ精度(IC)
と推定するアクティブ・リターンのクロスセクション分布の分散(補論の(7)式における ω 2α
にあたる)に依存していることが想定される。IC が高ければこうした効果は小さく、逆に
IC が低ければ大きくなると考えられる。またクロスセクション分散が大きくなれば効果は
強まり、逆に分散が小さくなれば低下することも想定される。そこで、表 3 および図 4 で
は IC の違いによる影響、表 4 および図 5 ではクロスセクション分散の違いによる影響を分
析した結果を示した。なお、ここでの上下限ウェイト制約は共通して 0.5%としている。
まず、IC の違いによるウェイト制約のポートフォリオ構築への影響から詳しく見てい
くことにしよう。IC が高くなれば、もちろん事後的な実現 IR 水準は高まり、IC を 0.01、
0.05、0.10 と高くするに従って、実現 IR の水準は大きく異なってくる。しかし、TC はむ
しろ IC が低いほど高い傾向が明白である。IC が 0.01 のケースにおいて、目標アクティブ・
リターン t が 3%の水準までは TC は上昇しているが、4%、5%となるに従って TC は低下
している。これは t が高まるに従い、それまではアクティブ・リターンの推定誤差の影響
が結果的にプラスに働いていたものの、上下限制約によるポートフォリオ構築上のマイナ
スの影響がそれを上回るようになってくるためと考えられる。
次に、推定アクティブ・リターンのクロスセクション分散 ω2α の違いによるウェイト
制約のポートフォリオ構築への影響を見てみる。ここでは、 ωα が変化する場合の影響は、
目標アクティブ・リターン t の水準に大きく左右されることがわかった。ωα を小さくすれ
ば、上下限ウェイト制約がポートフォリオ構築上に与えるマイナスの影響は逓減できると
考えられたが、一方で同じ t を達成しようにも ωα が高いケースに比べて極端なポジショ
ンを取らなければならなくなり、こうした影響でむしろポートフォリオ構築能力 TC は低下
してしまう。 ωα が 2.5%のケースで t が 3%を境として低下していくのはそうした要因が
作用しているものと考えられる。逆に ωα が 10%のケースでは、t による制約が相対的に
緩慢なものとなり、TC の改善度合いが比較的低いままになっているのではないかと想定さ
れる。
12
表 3 ウェイト制約の影響 (3) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
IC=0.10
上下限0.5%制約
制約
上下限
IC=0.05
上下限0.5%制約
制約
上下限
IC=0.01
上下限0.5%制約
制約
上下限
1%
2%
3%
4%
5%
0.430%
(0.210%)
2.040
0.912
0.216%
(0.212%)
1.027
0.918
0.046%
(0.212%)
0.217
0.971
0.866%
(0.420%)
2.050
0.917
0.436%
(0.423%)
1.032
0.923
0.092%
(0.424%)
0.217
0.972
1.315%
(0.634%)
2.066
0.924
0.661%
(0.639%)
1.039
0.929
0.139%
(0.641%)
0.218
0.976
1.778%
(0.851%)
2.081
0.931
0.892%
(0.858%)
1.045
0.935
0.186%
(0.861%)
0.217
0.972
2.258%
(1.076%)
2.094
0.936
1.130%
(1.084%)
1.048
0.938
0.229%
(1.087%)
0.213
0.951
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアクティブ・
リスク、IR は r / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を示してある。なお、
TC は(2)式により算出した。
図 4 ウェイト制約が IR に与える影響 (3) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
2.50
TC
実現IR
1.00
2.00
0.98
1.50
0.96
1.00
0.94
0.50
0.92
0.00
0.0%
0.5%
IC=0.10
1.0%
IC=0.05
TC(IC=0.10)
TC(IC=0.05)
1.5%
IC=0.01
0.90
2.0% TE
TC(IC=0.01)
(注)ここで、TE はアクティブ・リスク、実現 IR は r / TE を表している。TC は(2)式により
算出した。
13
表 4 ウェイト制約の影響 (4) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
omega=2.5%
上下限0.5%制約
制約
上下限
omega=5%
上下限0.5%制約
制約
上下限
omega=10%
上下限0.5%制約
制約
上下限
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
1%
2%
3%
4%
5%
0.436%
(0.423%)
1.032
0.923
0.216%
(0.212%)
1.027
0.918
0.108%
(0.106%)
1.027
0.918
0.892%
(0.858%)
1.045
0.935
0.436%
(0.423%)
1.032
0.923
0.216%
(0.212%)
1.027
0.918
1.377%
(1.318%)
1.049
0.938
0.661%
(0.639%)
1.039
0.929
0.325%
(0.317%)
1.029
0.920
1.925%
(1.861%)
1.039
0.930
0.892%
(0.858%)
1.045
0.935
0.436%
(0.423%)
1.032
0.923
1.130%
(1.084%)
1.048
0.938
0.547%
(0.530%)
1.035
0.926
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアクティブ・
リスク、IR はα / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を示してある。また、
omega は推定アクティブ・リターンのクロスセクション分布の標準偏差である。なお、TC は
(2)式により算出した。
図 5 ウェイト制約が IR に与える影響 (4) [500 銘柄、実現アクティブ・リターン]
1.10
TC
実現IR
1.00
1.05
0.98
1.00
0.96
0.95
0.94
0.90
0.92
0.85
0.0%
0.5%
omega=2.5%
1.0%
omega=5%
TC(omega=2.5%)
TC(omega=5%)
1.5%
omega=10%
0.90
2.0% TE
TC(omega=10%)
(注)ここで、TE はアクティブ・リスク、実現 IR は r / TE を表している。TC は(2)式により
算出した。
14
図 4 および図 5 からもわかるように、これらには TC の改善度合いを最も高める何ら
かの関係があるものと考えられるが、こうした問題は次節でより詳しく検討していくこと
としよう。
4. 2. ポートフォリオへの組み入れ銘柄数の違いによる影響
次に、ポートフォリオへの組入れ銘柄数の違いがアクティブ能力に与える影響を見て
みる。表 5 および図 6 では組入れウェイト制約がないケースとして、(5)式において投資対
象銘柄数 n を変化させた場合の実現アクティブ・リターンとアクティブ・リスクの関係を
見たものである。また、表 6 および図 7 では組入れウェイト制約として、非負制約および
上限 5%制約を課した (6)式における同様の結果を示した。さらにここでは、非保有銘柄に
よる影響を比較するために、非保有とする銘柄をベンチマーク・ウェイトで保有し、それ
以外の銘柄をアクティブに保有するケースについても併せて分析している。すなわち、ア
クティブに保有する銘柄数は n とし、それ以外の銘柄はベンチマーク・ウェイトどおりに
保有した場合に、次の制約条件付き分散最小化問題
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t ,
(5’)
eT x = 0,
diag [− ( h − 1
)]
x = − diag [− ( h − 1
)]
O.
(ここで、 O ∈ R N はすべての要素が 0 であるベクトルである)、およびアクティブ保有銘
柄に上限ウェイト制約のある次式、
Min.
1 T
x Ω x,
2
s. t.
α Tx = t ,
(6’)
eT x = 0,
diag [− ( h − 1
ub ≥ diag [ h
]
)]
x = − diag [− ( h − 1
x ≥ − diag [ h
] b.
)]
O,
を解くことによって、アクティブ・ウェイトを求めたケースにおける結果を併せて示して
ある。
まず、ウェイト制約を課さないケース(表 5 および図 6)における組入れ銘柄数の違い
による影響を見ていくこととする。以降の図表において、All_50、All_100、All_200、All_500
としているのは、その銘柄数だけに投資したケースを、Act_50、Act_100、Act_200、Act_400
と示したものは、全銘柄を組入れ、それぞれ 50、100、200、400 銘柄をアクティブに保有
し、それ以外はベンチマーク・ウェイト通りに保有するケースを表している。ポートフォ
リオへの組入れ銘柄数が 500 銘柄のケースは、
前節でのウェイト制約がないものと同じで、
目標アクティブ・リターン t や TE に拠らず実現 IR は一定である。また、一部をアクティ
ブ・ウェイトで保有し、残りはベンチマーク・ウェイトで保有するケースについても、実
現 IR の水準自体は低下するものの、t や TE に拠らず一定となる。もちろんアクティブに
15
保有する銘柄が少ないほど、それはタイトな制約となるため、実現 IR 水準は低いものとな
る。
しかしながら、ベンチマーク構成銘柄すべてを組入れないケースでは傾向が全く異な
り、t や TE を高めるほど、実現 IR が高まる結果が得られた。こうした現象の解釈として、
組入れ銘柄数を限定する場合には、非保有とする銘柄はベンチマーク・ウェイトに対して
アクティブなアンダー・ウェイトとなっており、非保有とすること自体でアクティブ・リ
ターンやアクティブ・リスクが発生する要因になっている。そうした非保有の制約は、目
標アクティブ・リターン t が低い場合にはアクティブ要因の大半を占めることになってし
まうが、t が高くなるに従ってこの影響度合いは相対的に弱まってくることになるため、t
や TE が高いほど実現 IR が高くなる、という一見奇妙にも思える結果となったのではない
かと考えられる。そして、組入れる銘柄数が少ないほど非保有制約の影響は大きくなって
くるため、実現 IR 水準は低下することになるが、実現アクティブ・リターンの水準で見れ
ば、逆に組入れ銘柄数が少ない方が高くなる傾向がある。したがって、非保有銘柄が存在
することによるポートフォリオ構築上への影響は、アクティブ・リスクが上手く分散され
ないということによってアクティブ能力を低下させる作用があるのではないかと考えられ
る。
続いて、非負制約および上限 5%制約を課したケースにおける結果(表 6 および図 7)
を見てみよう。組入れ銘柄数が 500 銘柄のケースにおいて、目標アクティブ・リターン t を
高くすれば実現 IR が低下するという結果は、前節での分析と同様である。さらに、500 銘
柄のうち、一部をアクティブ・ウェイトで保有するケースでも、非負制約や上限制約の影
響で、
t が高くなれば実現 IR は低下していくことになる。
しかしながら、
All_200 と Act_200
のケースを比較すると、All_200 の方が低リスクで高い IR を実現している。これは、All_200
のケースでは、非保有銘柄のせいでリスクを小さくできないことが作用して、ハイリスク
にせざるを得ず、かつ効率が落ちてしまったためである。逆にいうと、アクティブな判断
をしない銘柄についてはベンチマーク・ウェイトで保有することによって、リスクを小さ
くし、IR を高く保つことができるのである。こうした結果はリスクの小さな EI 運用がな
ぜ採られるかを説明するものである。なお、Act_50 や Act_100、Act_200 では t の水準に
よっては目標となるポートフォリオが実現不可能となるため、そうした部分は表中で空欄
としている。
次に、ベンチマーク構成銘柄すべてを組入れないケースでは、ウェイト制約を課さな
いケースと同様に、t や TE を高めるほど、実現 IR が高まる結果が得られた。ウェイト制
約のないケースと同様の解釈が可能と考えられるが、ウェイト制約を課す場合には非保有
制約に加えてより大きな制約となってしまうことから、t を高めても実現 IR の改善度合い
はウェイト制約のないケースと比較して緩慢なものとなっている。また、銘柄数を少なく
するに従って制約を満たす実現可能なポートフォリオは限定されるため、All_50、All_100
のケースで実現不可能なものは表中を空欄としている。実際のアクティブ運用では組入れ
銘柄数をかなり限定し、かつ非負制約やさらにはアクティブ・ウェイトの上下限を設ける
場合が多いが、そうしたケースでは TE をかなり高めなければ運用効率を十分に高めること
ができない可能性が示されたといえよう。
16
表 5 組み入れ銘柄数による影響 (1) [ウェイト制約なし、実現アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
組入れ銘柄数
All_50
All_100
All_200
All_400
All_500
Act_50
Act_100
Act_200
Act_400
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
1%
2%
3%
4%
5%
0.785%
(4.044%)
0.201
0.570
0.662%
(2.978%)
0.221
0.442
0.563%
(2.268%)
0.254
0.359
0.387%
(1.160%)
0.329
0.329
0.216%
(0.212%)
1.027
0.918
0.209%
(0.684%)
0.306
0.274
0.205%
(0.462%)
0.425
0.380
0.199%
(0.331%)
0.589
0.527
0.210%
(0.233%)
0.892
0.798
0.994%
(4.209%)
0.245
0.694
0.867%
(3.090%)
0.279
0.558
0.762%
(2.334%)
0.332
0.470
0.597%
(1.220%)
0.481
0.481
0.433%
(0.423%)
1.027
0.918
0.418%
(1.367%)
0.306
0.274
0.409%
(0.925%)
0.425
0.380
0.398%
(0.663%)
0.589
0.527
0.421%
(0.467%)
0.892
0.798
1.203%
(4.473%)
0.279
0.789
1.071%
(3.263%)
0.326
0.652
0.961%
(2.443%)
0.398
0.563
0.808%
(1.320%)
0.597
0.597
0.649%
(0.635%)
1.027
0.918
0.627%
(2.051%)
0.306
0.274
0.614%
(1.387%)
0.425
0.380
0.596%
(0.994%)
0.589
0.527
0.631%
(0.700%)
0.892
0.798
1.412%
(4.821%)
0.303
0.857
1.276%
(3.490%)
0.363
0.725
1.160%
(2.591%)
0.451
0.637
1.018%
(1.450%)
0.683
0.683
0.866%
(0.846%)
1.027
0.918
0.836%
(2.734%)
0.306
0.274
0.818%
(1.849%)
0.425
0.380
0.795%
(1.326%)
0.589
0.527
0.842%
(0.933%)
0.892
0.798
1.621%
(5.235%)
0.319
0.903
1.480%
(3.760%)
0.389
0.779
1.358%
(2.770%)
0.492
0.695
1.229%
(1.604%)
0.744
0.744
1.082%
(1.058%)
1.027
0.918
1.045%
(3.418%)
0.306
0.274
1.023%
(2.312%)
0.425
0.380
0.994%
(1.657%)
0.589
0.527
1.052%
(1.167%)
0.892
0.798
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアク
ティブ・リスク、IR は r / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を
示してある。組入れ銘柄数の All_50、All_100、All_200、All_400、All_500 は、そ
の銘柄数だけに投資したケース、Act_50、Act_100、Act_200、Act_400 は全銘柄を
組入れ、それぞれ 50 銘柄、100 銘柄、200 銘柄、400 銘柄をアクティブに保有し、そ
れ以外はベンチマーク・ウェイト通りに保有するケースを示す。なお、TC は(2)式に
より算出した。
17
表 6 組み入れ銘柄数による影響 (1) [ウェイト制約あり、実現アクティブ・リターン]
要求期待アクティブ・リターン t
組入れ銘柄数
All_50
All_100
All_200
All_400
All_500
Act_50
Act_100
Act_200
Act_400
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
r
TE
IR
TC
1%
2%
3%
4%
5%
0.796%
(4.066%)
0.204
0.576
0.662%
(2.977%)
0.221
0.442
0.564%
(2.266%)
0.254
0.359
0.398%
(1.161%)
0.339
0.339
0.269%
(0.270%)
1.029
0.920
0.873%
(3.095%)
0.281
0.561
0.768%
(2.333%)
0.334
0.473
0.649%
(1.239%)
0.514
0.514
0.548%
(0.577%)
0.984
0.880
1.093%
(3.288%)
0.330
0.661
0.978%
(2.461%)
0.402
0.568
0.915%
(1.404%)
0.639
0.639
0.835%
(0.910%)
0.951
0.850
1.320%
(3.552%)
0.366
0.732
1.205%
(2.665%)
0.456
0.645
1.195%
(1.657%)
0.714
0.714
1.130%
(1.268%)
0.924
0.826
1.451%
(2.948%)
0.494
0.699
1.483%
(1.977%)
0.750
0.750
1.426%
(1.655%)
0.894
0.799
0.254%
(0.461%)
0.560
0.501
0.265%
(0.306%)
0.890
0.796
0.537%
(1.044%)
0.528
0.472
0.541%
(0.658%)
0.846
0.757
0.831%
(1.047%)
0.818
0.732
1.123%
(1.476%)
0.786
0.703
1.419%
(1.957%)
0.751
0.672
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアク
ティブ・リスク、IR は r / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を
示してある。組入れ銘柄数の All_50、All_100、All_200、All_400、All_500 は、そ
の銘柄数だけに投資したケース、Act_50、Act_100、Act_200、Act_400 は全銘柄を
組入れ、それぞれ 50 銘柄、100 銘柄、200 銘柄、400 銘柄をアクティブに保有し、そ
れ以外はベンチマーク・ウェイト通りに保有するケースを示す。なお、TC は(2)式に
より算出した。
18
図 6 組入れ制約が IR に与える影響 (1) [ウェイト制約なし、実現アクティブ・リターン]
1.20
実現IR
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
0.00%
1.00%
2.00%
All_50
All_100
Act_50
Act_100
TE
3.00%
All_200
Act_200
4.00%
5.00%
All_400
Act_400
6.00%
All_500
(注)ここで、All_50、All_100、All_200、All_400、All_500 は、その銘柄数だけに
投資したケース、Act_50、Act_100、Act_200、Act_400 は全銘柄を組入れ、それぞ
れ 50 銘柄、100 銘柄、200 銘柄、400 銘柄をアクティブに保有し、それ以外はベンチ
マーク・ウェイト通りに保有するケースを示す。TE はアクティブ・リスク、実現 IR
は r / TE を表している。
図 7 組入れ制約が IR に与える影響 (2) [ウェイト制約あり、実現アクティブ・リターン]
実現IR
1.20
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
TE
0.00
0.00%
1.00%
2.00%
All_50
All_100
Act_50
Act_100
3.00%
All_200
Act_200
4.00%
5.00%
All_400
Act_400
6.00%
All_500
(注)ここで、All_50、All_100、All_200、All_400、All_500 は、その銘柄数だけに
投資したケース、Act_50、Act_100、Act_200、Act_400 は全銘柄を組入れ、それぞ
れ 50 銘柄、100 銘柄、200 銘柄、400 銘柄をアクティブに保有し、それ以外はベンチ
マーク・ウェイト通りに保有するケースを示す。TE はアクティブ・リスク、実現 IR
は r / TE を表している。
19
4. 3. サイズファクター効果による影響
最後に、非負制約による影響をより詳しく観察するために、(銘柄の)サイズファクター
によってアクティブ・リターンがある程度説明されるような相場局面を想定して、サイズ
ファクター効果が存在する場合の非負制約の影響を分析してみる。表 7 では組入れ銘柄数
を 200 銘柄としたケース、さらに組入れは 500 銘柄であるが、アクティブに保有する銘柄
数を 200 銘柄、500 銘柄とした各ケースにおいて非負制約を課した際の結果を比較してあ
る。なお、ここでは、それぞれのケースにおける 1,000 回のシミュレーションのうちで銘
柄サイズが小さい(小型株)ほどアクティブ・リターンが低かった 300 回(小型株効果−、細
点線)、小型株ほどアクティブ・リターンが高かった 300 回(小型株効果+、太実線)、
それ以外の 400 回(小型株効果±、細実線)に分けて示してある。また図 8 では、これら
の結果、(2)式から算出される TC と TE の関係を図示した。
シミュレーションの結果、すべてのケースにおいて小型株効果が大きいほど実現 IR が
高まり、かつポートフォリオ構築能力 TC も高まっていることが確認できる。すなわち、小
型株のアクティブ・リターンが小さい(大きな負の値)場合には、大型株は制約上限まではオ
ーバー・ウェイトにできる一方、小型株は非負制約によって大きくアンダー・ウェイトに
することができず、TC が低下してしまうのである。逆に小型株効果が強い場合には、小型
株は制約上限まではオーバー・ウェイトにでき、また大型株は比較的大きなそのベンチマ
ーク・ウェイトまではアンダー・ウェイトにすることができるため、TC は大きく低下する
ことはないのである。したがって、非負制約は(大型株もしくは小型株が上昇するような)
相場局面に応じて、非対称な影響を及ぼすことになるのである。
図 8 非負制約のサイズ効果による影響 [実現アクティブ・リターン]
1.20
TC
1.00
0.80
0.60
0.40
0.20
0.00
0.0%
TE
0.5%
1.0%
All_500 -
All_200 -
Act_200 -
1.5%
2.0%
All_500 ±
All_200 ±
Act_200 ±
2.5%
3.0%
All_500 +
All_200 +
Act_200 +
3.5%
(注)ここで、All_200、All_500 は、その銘柄数だけに投資したケース、Act_200 は全銘柄を
組入れ、200 銘柄をアクティブに保有し、それ以外はベンチマーク・ウェイト通りに保有する
ケースを示す。TE はアクティブ・リスク、TC は(2)式により算出した値を表している。
20
表 7 非負制約のサイズ効果による影響 [実現アクティブ・リターン]
size効果
効果
All_200 小型株効果-
All_200 -
銘柄数
小型株効果中立
All_200 ±
小型株効果+
All_200 +
Act_200 小型株効果-
Act_200 -
小型株効果中立
Act_200 ±
小型株効果+
Act_200 +
All_500 小型株効果-
All_500 -
小型株効果中立
All_500 ±
小型株効果+
All_500 +
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
Return
Risk
IR
TC
1%
2%
3%
4%
5%
0.053%
(2.161%)
0.021
0.030
0.587%
(2.254%)
0.268
0.379
1.043%
(2.284%)
0.468
0.662
0.217%
(0.459%)
0.475
0.425
0.239%
(0.465%)
0.531
0.475
0.310%
(0.452%)
0.683
0.611
0.219%
(0.279%)
0.839
0.750
0.263%
(0.257%)
1.008
0.902
0.325%
(0.269%)
1.247
1.115
0.258%
(2.236%)
0.111
0.157
0.785%
(2.329%)
0.345
0.488
1.254%
(2.334%)
0.543
0.768
0.456%
(1.019%)
0.447
0.400
0.505%
(1.043%)
0.499
0.447
0.661%
(1.061%)
0.647
0.579
0.438%
(0.592%)
0.787
0.704
0.542%
(0.547%)
0.973
0.870
0.666%
(0.578%)
1.196
1.070
0.470%
(2.386%)
0.193
0.272
0.987%
(2.462%)
0.409
0.578
1.475%
(2.437%)
0.602
0.851
0.704%
(2.592%)
0.266
0.377
1.196%
(2.680%)
0.456
0.645
1.717%
(2.629%)
0.645
0.912
0.943%
(2.852%)
0.322
0.455
1.421%
(2.980%)
0.488
0.690
2.000%
(2.914%)
0.675
0.954
0.654%
(0.935%)
0.746
0.668
0.831%
(0.855%)
0.948
0.848
1.019%
(0.921%)
1.159
1.036
0.881%
(1.293%)
0.721
0.645
1.131%
(1.193%)
0.926
0.828
1.379%
(1.296%)
1.124
1.006
1.108%
(1.677%)
0.695
0.622
1.439%
(1.565%)
0.903
0.808
1.727%
(1.696%)
1.079
0.965
(注)ここで、r は組成したポートフォリオの実現アクティブ・リターン、TE はアクティブ・リスク、
IR は r / TE を表し、それぞれシミュレーション全体での平均値を示してある。組入れ銘柄数の All_200、
All_500 は、その銘柄数だけに投資したケース、Act_200 は全銘柄を組入れ、200 銘柄をアクティブに
保有し、それ以外はベンチマーク・ウェイト通りに保有するケースを示す。なお、TC は(2)式により算
出した。
21
5. 結論と今後の課題
本稿では、アクティブ運用における運用能力を示す IR について、ポートフォリオ構築
上における様々な制約が及ぼす影響をシミュレーションによって測定することを試みた。
同様の研究として Grinold and Kahn (2000) が挙げられるが、本稿ではまず、事前と事後
のリターンの相関を IC で関連付けている点、想定するベンチマークを構成する銘柄の中で
ポートフォリオに組入れない非保有銘柄の存在を考慮している点、long-only 制約だけでな
く上下限などのウェイト制約の影響を考慮している点から、新たに以下のような知見を得
ることができた。
まず、非負制約はポートフォリオ構築能力 TC を大きく低下させる可能性があることが
示された。一方、上下限制約は、ポートフォリオ構築に用いる事前のフロンティア上では
効率性を低下させるものの、事後的に実現するフロンティア上では僅かながらも効率性が
向上する効果が確認できた。上下限制約を設けない場合には、極端に絶対値の大きなアク
ティブ・リターンが推定されることによって最適化の過程で極端に大きなアクティブ・ウ
ェイトがついたりするが、実現リターンが必ずしも大きな値でなかったりすることから、
パフォーマンスにはマイナスの影響を与えることになってしまう。一方で、Frost and
Savarino (1988) や Jagannathan and Ma (2002) が指摘したように、上下限制約を設ける
場合には、そうした極端なウェイト付けを避けることができるため、パフォーマンスに与
える影響を緩和し、運用効率が改善する可能性があると解釈できる。このような影響は、
アルファ精度(IC)に依存しており、IC が小さいほど上下限制約による運用効率改善の効
果が顕著であることも確認できた。また、アクティブ・リターンのクロスセクション分布
の分散が大きいほど、この効果が大きいものと想定されたが、シミュレーションの結果か
らはポートフォリオの目標アクティブ・リターンの水準に大きく左右されることがわかっ
た。分散が小さい場合、上下限ウェイト制約がポートフォリオ構築上に与えるマイナスの
影響は小さくなるが、一方で同じ 目標リターン t を達成しようにも分散が大きいケースに
比べて極端なポジションを取らなければならなくなり、こうした影響でむしろポートフォ
リオ構築能力 TC は低下してしまうことになってしまうと考えられる。
次に、ベンチマーク構成銘柄すべてを組入れないケースでは、目標アクティブ・リタ
ーンやアクティブ・リスクを高めるほど、実現 IR が高まることになる。これは、一部の銘
柄を非保有とする制約が、目標アクティブ・リターンが低い場合には逆に大きな制約要因
となってしまうが、これが高くなるに従ってこの影響度合いは相対的に弱まってくること
になるためと考えられる。さらに、組入れ銘柄数が少ないほど非保有制約の影響は大きく
なるため、実現 IR 水準は低下するが、一方で実現アクティブ・リターンの水準は高くなる
傾向が認められた。したがって、非保有銘柄が存在することによるポートフォリオ構築上
への影響は、アクティブ・リスクが十分に分散されないことによってアクティブ能力を低
下させる作用があると解釈できるのである。このことは逆に、アクティブ銘柄以外の銘柄
もベンチマーク・ウェイトで保有することによってリスクを低下させ、効率性の低下を防
ぐことができることを意味し、EI 運用の根拠を提供している。
最後に、サイズファクター効果が存在する場合の非負制約の影響についても分析を行
22
った。シミュレーションの結果、小型株効果が大きいほどポートフォリオ構築能力 TC が高
まり、運用効率が高まる傾向があることが確認できた。これは、大型株相場では、大型株
は制約上限まではオーバー・ウェイトにできるものの、小型株は非負制約によって大きく
アンダー・ウェイトにすることができないために TC が低下してしまい、逆に小型株効果が
強い局面では、小型株は制約上限まではオーバー・ウェイトにでき、かつ大型株は大きな
ベンチマーク・ウェイト分まではアンダー・ウェイトにすることができるため、TC の低下
余地は小さいためである。したがって、非負制約は大型株相場や小型株相場などの局面に
応じて、非対称な影響を及ぼすことが示された。
本稿でのシミュレーションの結果を総括すれば、まず、ポートフォリオ構築上で運用
効率に最も深刻な影響を与える制約は、組入れ銘柄数制約であることが指摘できる。ベン
チマークを構成する銘柄群に対して組入れ銘柄数を限定してしまう影響は、ポートフォリ
オにおいてアクティブ・リスクを十分に分散することができなくなってしまうということ
を通じて運用効率を低下させる。こうした影響はアクティブ・リスク水準を高めることに
よってある程度は改善が可能であるが、あまりにも保有銘柄数を少なくすると、目標とす
るアクティブ・リターン水準を達成することさえできなくなってしまう可能性がある。し
たがって、運用効率を改善させるためにはむやみに銘柄を非保有とすることは避け、そう
した銘柄は少なくともベンチマーク・ウェイトで保有することが有効であるとの結論が得
られる。さらに、通常のアクティブ運用では銘柄を空売りしないという非負制約を課して
いるが、この暗黙の制約も運用効率を阻害する大きな要因となっていることが指摘できる。
実際には契約上の問題などから空売りが制約されている場合もあるが、そうしたケースで
は、ベンチマークを構成する極力多くの銘柄に投資13し、かつアクティブ・リスク水準を低
くすることによって、高い運用効率が実現できる。こうした運用は、多くの銘柄に分散投
資を行い、リスクを抑制した EI 運用としてもすでに実践されており、実証的に EI 運用手
法の合理性が示されたといえよう。また、通常のアクティブ運用では現実に取り入れられ
ているアクティブ・ウェイトの上下限制約の影響は、事前の効率性は低下するものの、ア
ルファの予測誤差がパフォーマンスに与える悪影響を緩和し、事後的には効率を改善する
効果のあることが指摘できる。上下限制約による影響は目標とするアクティブ・リターン
水準、IC やアルファの分散などにも依存する。こうした関係を仔細に分析すれば、IC に応
じた適切な上下限の水準や、その際にアルファにどの程度の分散を与えるべきかなどが、
解析的にも求められる可能性があろう。
以上の結果はあくまでシミュレーションで仮定した範囲内で得られた結論であり、本
稿では取り扱うことができなかった様々な問題を考慮すれば、異なった結論となるかもし
れないことを指摘しておきたい。まず、今回の分析ではコストについては一切考慮してい
ない。また、具体的な運用ファンドの規模も想定しておらず、特に運用規模が大きな場合
には、マーケット・インパクトとして大きなコストを負担しなければならなくなる可能性
がある。その場合には、今回のサイズファクター効果による影響が異なってくる、すなわ
ち、小型株相場での TC が大型株相場での TC を上回る現象は見られなくなる可能性が想定
13
アクティブ・ウェイトの可否が判断できない銘柄については、ベンチマーク・ウェイトで保有すること
が有効である。
23
される。さらに、アルファを作成するためのリサーチ・コストをも考慮すれば、マーケッ
ト・インパクトの大きな流動性の乏しい小型銘柄のアルファを他の銘柄と同等の精度で推
定することは、むしろ非効率な作業となる可能性もある。また、組入れ銘柄数制約による
影響では、銘柄数を多くすることによって、リバランスに伴うコストも無視できなくなっ
てしまう。この場合には、むやみに銘柄数を多く保つことはむしろ運用効率を低下させる
要因にもなりかねなくなる可能性が想定される。こうした影響を考慮した分析を行うこと
は論旨を煩雑にするため本稿では避けたが、かかる問題を取り扱うことは今後の課題とし
たい。
最後に、本稿におけるシミュレーションでは、いくつかの有用な可能性が示されたが、
それはあくまで既存の運用として利用していたアルファやリスクの推定値を用いる場合の
議論である。こうした運用効率改善の努力を行うことはもちろんであるが、調査対象銘柄
の拡大やアルファの精度向上によって運用効率を向上させることこそが、運用にとって最
も大切なことは申すまでもない。
補論
ここでは、3 節で説明した分析のフレームワークをより詳細に説明する。本稿では、2
節で議論した保有銘柄数や非負制約、アクティブ・ウェイトの上限制約がパフォーマンス
に与える影響を、以下のシミュレーションによって試算した。シミュレーションは、以下、
1. 個別銘柄ウェイトおよびリターンの生成
2. ポートフォリオ組み入れ銘柄の選択
3. ポートフォリオの構築
4. パフォーマンスの測定
の 4 つのプロセスによって行った。
なお、シミュレーションでは、各マネージャーがベンチマークとして各銘柄を時価総
額加重平均した株価指数との相対パフォーマンスの効率性(IR)を高めることを目的に運
用を行うこととしている。ベンチマークを構成する銘柄数は、計算の都合上、便宜的に 500
銘柄とし、通常の 1 期間モデルを想定したシミュレーションを各ケースにおいて 1,000 回
ずつ行った。アルファの作成やポートフォリオ構築に係るコストは一切考慮していない。
補 1. 個別銘柄ウェイト、およびリターンの生成
1. 1. 個別銘柄ウェイト
現実のベンチマーク・ウェイトを近似する目的から、i 銘柄のベンチマーク・ウェイト
bi の対数値が正規分布するように、500 個の正規乱数によって b ∈ R500 を作成した。
1. 2. 実現絶対リターンの生成
y 期のクロスセクションでの分布 I.y ∈ R500 を N ( 0,1 ) 、 i 銘柄の時系列での分布
Ii. ∈ R1,000 も N ( 0,1 ) とする各期・各銘柄に独立な多変量標準正規系列 I ∈ R500×1,000 を
正規乱数を用いて生成する(ここで、 N ( µ, ν ) は平均 µ 、標準偏差 ν の正規分布を表す)。
次に、実現絶対リターン間には相関がないものとして、 i 銘柄の時系列での分散 σ 2i が
24
σ i ∼ N (0.25, 0.05) となるように、各銘柄の時系列での分散対角行列 σ 2 ∈ R 500×500 を正規
乱数によって生成し、これに標準実現絶対リターン系列 I を乗じることによって、ランダ
ムな実現絶対リターン系列 r0 ∈ R500×1,000 を作成する。すなわち、
r0 = σ I
によって実現絶対リターン系列を生成した。
1. 3. ファクター・リターンの付加
この実現絶対リターン系列に、銘柄サイズ(ベンチマーク・ウェイト) bi の対数値と
線形関係を持つような、銘柄サイズをファクターとするランダムなリターン系列をシミュ
レーション各期毎に付加し、実現絶対リターン系列 ra ∈ R500×1,000 とした。
1. 4. アクティブ・リターンへの変換
シミュレーション各期について、実現ベンチマーク・リターン B ∈ R1,000 を
B = raT b
によって算出し、ベンチマーク・リターンの実現アクティブ・リターンが 0 となるように、
各期の全銘柄の実現絶対リターンよりベンチマーク・リターンを控除し、各期の全銘柄の
平均リターンを控除したものを、実現アクティブ・リターン系列 r ∈ R500×1,000 とした。
1. 5. アクティブ・リスクの生成
さらに、この実現アクティブ・リターン系列の分散対角行列 Ω ∈ R500×500 を算出して、
ポートフォリオ構築の際に用いることとした(本稿では共分散の影響を考慮していない)。
1. 6. 推定アクティブ・リターンの生成
実現アクティブ・リターン系列を各期毎に基準化した系列 z r ∈ R500×1,000 を作成し、
さらに y 期のクロスセクションでの分布 I.2y ∈ R500 を N ( 0,1 ) 、 i 銘柄の時系列での分布
I2i. ∈ R1,000 も N ( 0,1 ) とする各期・各銘柄に独立な多変量標準正規系列 I2 ∈ R500×1,000 を
新たに生成する。さらに、シミュレーション各期において、実現アクティブ・リターンと
クロスセクション相関 IC を持つようなランダムなリターン系列をコレスキー分解
α = ωα  IC z r + 1 − IC2 I2 


(7)
によって生成し、推定アクティブ・リターン系列 α ∈ R500×1,000 とした。なお、IC は、本
文中で特に断らない限り、全銘柄に共通して 0.05 とした。
補 2. ポートフォリオ組み入れ銘柄の選択
ポートフォリオの保有銘柄数の選択や個別銘柄の選択には様々な手法が想定されるが、
ここではポートフォリオへの組み入れ銘柄数 n をあらかじめ、50、100、200、400、500
とし、シミュレーションの各期毎に、全くランダムに銘柄を選択するものとした。
補 3. ポートフォリオの構築
ポートフォリオの構築は、2. 3 節で検討したポートフォリオの分散最小化問題 (4)式 、
(5)式 および (6)式 の解として、シミュレーションの各期毎に、各銘柄のアクティブ・ウェ
イト x y ∈ R500 を求めた(いわゆる最適化法)。なお、(6)式における保有ウェイトの上限
値は、本文中で特に断らない限り、アクティブ・ウェイトで 5%とした。
25
ここで用いる数値は、実現アクティブ・リターン系列 r ではなく、推定アクティブ・
リターン系列 α 、アクティブ・リターン系列の分散行列としてのアクティブ・リスクの推
定値 Ω である。また、要求期待アクティブ・リターン水準 t は、1%、2%、3%、4%、
5%の 5 通りでシミュレーションを行った。
補 4. パフォーマンスの測定
パフォーマンスの測定
シミュレーションの各期毎に、補. 3 節で決定した y 期の個々の銘柄のアクティブ・ウ
T
ェイト x y と、補. 1 節で生成した y 期の実現アクティブ・リターン系列 r.y の積和 r.y x y
を y 期のポートフォリオの実現アクティブ・リターンとした。また構築したポートフォリ
1
T
2
オのアクティブ・リスクを  x y Ω x y  によって算出し、y 期の IR は実現アクティブ・


リターンをアクティブ・リスクで除した r
.y T y
x
 x y T Ω x y 


−
1
2
としてシミュレーション各
期毎に集計した。
参考文献
Clarke, R., H. de Silva and S. Thorley (2002), “Portfolio Constraints and the
Fundamental Law of Active Management,” Financial Analysts Journal, September /
October.
Flood, E. and N. Ramachandran (2000), “Integrating Active and Passive
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26