早稲田大学大学院 先進理工学研究科 博士論文審査報告書 論 文 題 目 Quantum-Beam-Induced Phenomena in Chlorinated Resists: Reaction Mechanisms and Applications to Advanced Technologies 塩素系レジストの量子ビーム誘起反応: 反応機構の解明と先端技術への応用 申 請 者 Tomoko Gowa Oyama 大山(五輪) 智子 物理学及応用物理学専攻 2012 年 高品質ビーム科学研究 2月 現代の科学技術と産業を支える半導体等の電子素子は、レジストと呼ばれ る感光性材料に微細な回路パターンを露光・形成して基板に転写するリソグ ラフィ技術で作製されている。光源の短波長化と露光技術の進歩によって加 工 分 解 能 は 年 々 向 上 を 続 け 、 2 0 11 年 現 在 、 A r F エ キ シ マ レ ー ザ ー ( 1 9 3 n m ) を 用 い た 液 浸 露 光 に よ り 3 2 n m の 加 工 分 解 能 が 実 現 さ れ て い る 。し か し な が ら 、 光化学反応を利用した加工は既に限界に達しつつあり、素子のさらなる高度 化 ・ 高 集 積 化 に 向 け 、 電 離 放 射 線 領 域 で あ る 極 端 紫 外 光 (EUV)・ X 線 ・ 電 子 線 (EB)・ イ オ ン ビ ー ム 等 、 各 種 量 子 ビ ー ム の 利 用 へ と 大 き な 転 換 期 を 迎 え て いる。このため線源や加工技術の確立が急がれる一方で、レジスト中に誘起 される放射線化学反応の理解と制御が不可欠となっている。 本 論 文 は 分 解 型 ( ポ ジ 型 ) の 塩 素 系 レ ジ ス ト ZEP (ZEP520A, ZEP7000: 日 本 ゼ オ ン )に 着 目 し て 系 統 的 な 研 究 を 行 っ た 結 果 に つ い て ま と め て い る 。ZEP は α-ク ロ ロ ア ク リ ル 酸 メ チ ル (αClMA)と α-メ チ ル ス チ レ ン (αMeSt)の 共 重 合体で、超高分解能ポジ型レジスト高分子として知られているポリメタクリ ル 酸 メ チ ル (PMMA)と 同 等 の 10 nm 以 下 の 分 解 能 を 有 す る と 同 時 に 、 PMMA に 比 べ 1~2 桁 ほ ど 高 い 感 度 を 持 つ こ と が 知 ら れ て い る 。 高 感 度 ・ 高 分 解 能 を 併せ持つレジストとして広く利用されているにもかかわらず、現在までその 詳細な放射線化学反応は明らかにされていなかった。本論文は各種量子ビー ム に よ っ て 塩 素 系 レ ジ ス ト Z E P 中 に 誘 起 さ れ る 反 応 を 詳 細 に 解 析 し 、さ ら に はその反応を制御することで、広く先端ナノテクノロジーへの応用を検討し た 成 果 を ま と め た も の で あ る 。本 論 文 は 、I n t r o d u c t i o n で 研 究 の 背 景 を 述 べ た の ち 、 反 応 機 構 の 解 明 に つ い て 述 べ て い る Part I と 、 先 端 ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー へ の 応 用 を 検 討 し て い る Part II の 2 部 で 構 成 さ れ て い る 。 Part I: 各 種 量 子 ビ ー ム に よ っ て ZEP 中 に 誘 起 さ れ た 反 応 機 構 の 解 明 C h a p t e r 1 で は 、塩 素 系 レ ジ ス ト Z E P が E B に よ っ て 分 解 す る 過 程 を 詳 細 に 解 析 し た 結 果 に つ い て 述 べ て い る 。 ゲ ル 浸 透 ク ロ マ ト グ ラ フ ィ ー (GPC)と X 線 光 電 子 分 光 分 析 ( X P S ) を 用 い 、照 射 量 に 応 じ た 分 子 量 の 低 下 と 塩 素 原 子 の 脱 離 が 観 測 さ れ て お り 、E B 照 射 後 、強 い 電 子 親 和 力 を 持 つ 塩 素 原 子 が 解 離 型 電 子 付 加 反 応 (DEA)に よ っ て 脱 離 し 、 主 鎖 ラ ジ カ ル 形 成 を 誘 起 し た こ と が 明 ら か と な っ た 。 ま た 、 核 磁 気 共 鳴 分 析 (NMR)の 結 果 か ら は 照 射 量 に 応 じ た 主 鎖 構 造 の 減 少 が 確 認 さ れ 、 さ ら に 二 次 元 NMR に よ る 構 造 特 定 に よ っ て αClMA ユ ニ ッ ト と αMeSt ユ ニ ッ ト 両 方 の 末 端 に C=C 二 重 結 合 が 生 成 し て い る こ と が 示 さ れ た 。さ ら に 、パ ル ス ラ ジ オ リ シ ス に よ っ て 、脱 離 し た 塩 素 イ オ ン と Z E P のフェニルラジカルカチオンの間に電荷移動錯体の形成が確認された。主鎖 切 断 の G 値 ( 100 eV あ た り の 切 断 数 ) は PMMA が 約 1.5~3 程 度 と 報 告 さ れ て い る の に 対 し 、Z E P は 約 8 と 高 い 数 値 を 示 し た 。以 上 の 結 果 か ら D E A に よ って生じたラジカルが β 開裂を引き起こす経路と、電荷移動錯体経由で生成 した主鎖ラジカルが β 開裂を引き起こす経路の2つの主鎖切断過程が推測さ れ 、 ZEP が PMMA に 比 べ 高 い 感 度 を 持 つ 本 質 的 な 理 由 が 示 さ れ た 。 1 Chapter 2 で は 、 ポ ジ 型 の ZEP が 高 線 量 の 量 子 ビ ー ム 照 射 に よ っ て 現 像 液 に 不 溶 ( ネ ガ 型 ) に な る ポ ジ ネ ガ 反 転 現 象 に つ い て 述 べ て い る 。 100 kV の E B に 対 し Z E P 5 2 0 A 及 び Z E P 7 0 0 0 は 共 に 1 0 m C / c m 2 を 境 に 現 像 液 に 不 溶 化( ネ ガ 型 )に 変 化 す る こ と を 見 出 し た 。こ の 原 因 を X P S に よ る 構 成 元 素 の 変 化 に よ り 追 跡 し た と こ ろ 、 照 射 量 に 応 じ DEA に よ っ て 減 少 す る 塩 素 原 子 が 10 m C / c m 2 付 近 で ほ ぼ 全 て 脱 離 す る こ と が 示 さ れ た 。こ の 照 射 量 が ポ ジ ネ ガ 反 転 の閾値と一致した。また、このような高線量領域ではエステル基やメチル基 といった側鎖の脱離が顕著になり、一部ではフェニル基の開裂が起こること が NMR か ら 確 認 さ れ た 。 同 時 に 、 主 鎖 切 断 に よ っ て 生 じ た 末 端 の C=C 二 重 結合が減少した。すなわちポジネガ反転の原因を、塩素原子の減少による切 断収率の低下と側鎖脱離による構造変化による架橋反応であると特定した。 Chapter 3 で は 、 照 射 効 果 の 線 エ ネ ル ギ ー 付 与 (LET)依 存 性 に つ い て 議 論 し て い る 。3 0 k e V お よ び 7 5 k e V の E B と 、6 M e V / u の 高 エ ネ ル ギ ー 重 イ オ ン ( S i 1 4 + , Ar18+, Kr36+, Xe54+)を ZEP に 照 射 し た 結 果 、 高 LET に な る ほ ど ZEP は 高 い 感 度 を 示 し た 。 感 度 に 相 当 す る 必 要 吸 収 線 量 は 、 低 LET の EB で は ほ ぼ 一 致 し た が 、 高 LET の イ オ ン ビ ー ム で は LET に 応 じ て 増 加 す る 傾 向 が 見 ら れ た 。 こ の 結 果 は 、高 L E T 領 域 で Z E P の 感 度 が 低 下 す る こ と を 意 味 し て お り 、イ オ ンビーム照射では高密度(狭い領域)にエネルギーが集中し高分子主鎖の切 断効率が下がることと、場合によってはラジカル同士の再結合によって架橋 が起こるなどの要因によって分解収率(感度)が低下したと推論している。 Chapter 4 で は 、 光 子 の 照 射 に よ る ZEP の 分 解 収 率 の 波 長 依 存 性 を 感 度 曲 線 か ら 評 価 し た 。放 射 光 か ら の 単 色 の EUV/ 軟 X 線 を 照 射 し た と こ ろ 、感 度 は照射波長に依存し大きく変化した。しかし、レジストの元素構成から算出 した吸収係数を用いて照射線量を吸収線量に換算したところ、感度に相当す る 吸 収 線 量 は 照 射 波 長 に 依 ら ず ほ ぼ 一 定 で あ っ た 。さ ら に 、こ の 値 は C h a p t e r 3 で算出した電子線照射時の吸収線量ともおおよそ一致した。この結果は、 イ オ ン 化 を 経 由 し て 主 鎖 切 断 反 応 が 誘 起 さ れ る Z E P レ ジ ス ト が 、現 像 液 に 溶 解 す る 分 子 量 ま で 切 断 さ れ る の に 必 要 な 吸 収 線 量 が 電 子 線・E U V / 軟 X 線 を 含 む 低 LET 放 射 線 に 対 し て 一 定 で あ る こ と を 示 し て い る 。 Part II: 先 端 技 術 へ の 応 用 Chapter 1 で は Part I の Chapter 2 で 明 ら か に な っ た ZEP の ポ ジ ネ ガ 反 転 現 象 の 微 細 加 工 技 術 へ の 応 用 例 が 示 さ れ て い る 。 30 keV の Ga+集 束 イ オ ン ビ ー ム (FIB)は ZEP の 際 表 面 約 50 nm に エ ネ ル ギ ー を 付 与 す る 。 こ の 深 さ 方 向 へ の L E T 変 化 と 平 面 方 向 の イ オ ン ビ ー ム の 密 度 分 布 か ら 、Z E P に 3 次 元 的 に エ ネルギー付与変化を与えることが可能になる。この原理を応用し、局所的に ポジネガ反転を誘起させ、レジスト膜本体から架橋した部分のみを現像液中 で 単 離 し た 。具 体 的 に は 、ビ ー ム の 描 画 軌 跡 に 沿 っ て 得 ら れ る ナ ノ ワ イ ヤ や 、 イオン飛程を反映したナノ薄膜の作製と単離に成功し、今後、光学素子や化 学・バイオセンサー等への応用が期待される。 2 C h a p t e r 2 で は 、次 世 代 E U V / 軟 X 線 リ ソ グ ラ フ ィ に 向 け た 高 感 度 レ ジ ス ト の 評 価 と 選 定 を 行 っ た 結 果 が 述 べ ら れ て い る 。半 導 体 業 界 で は 2 0 1 4 年 ま で に 露 光 波 長 13.5 nm の EUV を 導 入 し た 加 工 分 解 能 22 nm の 大 量 生 産 が 開 始 す る と み ら れ て い る が 、さ ら に 加 工 分 解 能 11 n m 以 下 に 向 け 、波 長 6 . x n m ( 6 . 6 - 6 . 8 nm)の 採 用 が 検 討 さ れ て い る 。 上 で 述 べ た よ う に 、 レ ジ ス ト の 吸 収 係 数 と あ る一つの波長における感度が与えられれば、どの波長での感度も理論的に予 測 で き る 。そ れ に よ り 、6 . x n m 付 近 に 強 い 吸 収 を 持 つ S i や S を 持 つ レ ジ ス ト に つ い て 感 度 予 測 を 行 っ た 。ま た 選 定 し た レ ジ ス ト に 対 し 実 際 に 6 . 7 n m の 照 射実験を行い、予測通りの感度が示された。この感度予測は、今後の高感度 レジストの選択や新規開発に有益な情報を与えるものである。 Chapter 3 で は 、 高 感 度 ・ 高 分 解 能 を 併 せ 持 つ ZEP レ ジ ス ト の 特 性 を 活 か し、特定元素のマッピングを可能にする軟X線顕微鏡への応用を検討した結 果 に つ い て 述 べ て い る 。軟 X 線 顕 微 鏡 は n m オ ー ダ ー の 高 分 解 能 観 察 に 加 え 、 X線の吸収差によって元素特定が可能であることから、顕微法に革新的な進 歩 を も た ら す と 期 待 さ れ て い る 。 し か し 、 既 存 の X 線 検 出 器 の 分 解 能 は μm オ ー ダ ー と 低 い 。 そ こ で 、 10 nm 以 下 の 超 高 分 解 能 を 持 つ ZEP 上 に 試 料 を 置 き X 線 照 射 に よ る 透 過 パ タ ー ン を 記 録 し た 表 面 を 原 子 間 力 顕 微 鏡 (AFM)で 観 察する方法の検討(ナノ粒子撮像)が行われその結果、高分解能X線撮像の 原理実証に成功している。 Concluding remarks と し て 、 こ れ ま で に 得 ら れ た 研 究 結 果 が ま と め ら れ て い る 。 以 上 を ま と め る と 、 本 論 文 Part I で 、 塩 素 系 レ ジ ス ト ZEP が EB に 対 して高い反応性を持つ理由を明らかにし、さらに、各種量子ビームに対する 分解・架橋収率を感度の解析により、エネルギー付与過程は粒子と光子で異 な る も の の 、 ZEP に お い て は 、 切 断 に 要 す る 吸 収 線 量 が 高 LET 線 源 を 除 き 、 各 種 量 子 ビ ー ム に 対 し て 一 致 す る こ と を 示 し た 。 ま た 、 線 量 の 増 加 や 高 LET 照 射 に よ っ て 分 解 型 で あ っ た Z E P が 架 橋 型 へ と 変 化 す る こ と が 示 さ れ 、そ の 結果を用いナノ構造創製のための応用技術開発に資する重要な結果が得られ ている。すなわち申請者は量子ビームによるレジスト反応の詳細について検 討し、その反応過程に関する定量的な議論と反応制御を実現し、さらにはナ ノ 構 造 の 創 製 な ど 先 端 ナ ノ テ ク ノ ロ ジ ー に 貢 献 し て お り 、 本 論 文 は、博 士 (理 学 )の学 位 論 文 としてふさわしいものと認 める。 2012 年 2 月 審 査 員 (主 査 ) 早稲田大学教授 工 学 博 士 (東 大 ) 鷲尾 方一 早稲田大学教授 博 士 (理 学 )(東 大 ) 多辺 由佳 早 稲 田 大 学 名 誉 教 授 理 学 博 士 (早 大 ) 大阪大学特任教授 工 学 博 士 (東 大 ) 3 濱 田川 義昌 精一
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