理想自己と現実自己のズレが自己形成意識及び心理的柔軟性に及ぼす

音楽聴取による気分変動について
A93105 龍本美咲
【はじめに・研究史】
私たちは音楽を聴くことで気分を紛らわしたり、気分を高揚させたりするなど、音楽によって気持ちが変化す
ることがある。菅・野村(2005)によると、Bruner(1990)により、
「癒し」に限らず、音楽を聴いて気分が変化す
ることは多くの人に生じる経験であり、調・和声・リズム・音の高さなど様々な音楽要素の違いによって異なっ
た気分が生じることが明らかにされている。
松本(2002)では、悲しいときに聴く音楽の性質や、聴取前の悲しみの強さと音楽の感情的性格による悲しい気
分への影響について明らかにされている。非常に悲しいときに悲しい音楽を聴いた場合、音楽聴取後の悲しい気
分は低下し、やや悲しい気分のときには変化しないということを示した。悲しい音楽は、悲しみが弱い時には効
果を及ぼさないが、非常に悲しい気分のときに聴くと悲しみを和らげる効果があることを示した。菅・野村(2005)
は、悲しい気分と平静な気分に焦点をあて、悲しい気分のときと平静な気分のときに「癒しの音楽(アレンジされ
た曲)」と「オリジナルの音楽(原曲)」を聴くことが、それぞれの気分調整に効果を示すかどうかを検証した。
「癒
しの音楽」では、平静な気分のときと悲しい気分のときの両方に効果を及ぼしているが、
「オリジナルの音楽」で
は、明らかな差はないことを示した。菅・野村(2005)の研究に対して、使用する音楽を変えた場合や聴取する音
楽を「癒しの音楽」ではなく「アレンジされた音楽」とした場合には、先行研究と同様の気分の変化がみられる
のだろうか、いう疑問をもった。使用する文章と観測する気分はそのままで、使用する音楽を「主よ、人の望み
の喜びよ」(バッハ)のピアノ独奏を原曲の音楽とし、ピアノを用いてジャズ風にアレンジした曲をアレンジされ
た曲の音楽として使用し、先行研究の手順と同様の実験を行うことにした。
【目的】
①悲しい気分のとき、または平静な気分のときに音楽を聴くことで、それぞれの気分変動にどのような効果があ
るのか②原曲の音楽とアレンジされた音楽では気分誘導に違いがあるかを検証することを目的とする。
【方法】
大学生 42 名(年齢 18 歳~24 歳の男女)を対象に、2012 年 10 月 16 日~11 月 9 日の期間に、大学内の心理学実
験室にて個別に実験を行った。
実験では、気分調査票を①実験開始時・文章を読む前(読前)、②読んだ後で音楽聴取前(読後)、③音楽聴取後(課
題後)の 3 回記入してもらった。被験者 42 名に、最初の気分調査票(読前)に記入してもらい、
「悲しい気分に誘導
する文章」を半数の 21 名(S 群)に、
「平静な気分に誘導する文章」を残りの 21 名(N 群)に黙読してもらい、読後
課題を行ってから、最初と同様に気分調査票(読後)に記入してもらった。その後、両群を 7 人ずつの 3 群に分け
て、
「アレンジされた音楽」を聴取する(h 群)、
「原曲の音楽」を聴取する(o 群)、図形課題(単純図形の塗りつぶし)
の課題(c 群)を行った。さらに課題終了後に気分調査票(課題後)に記入後、フェイスシートを記入してもらい終了
である。以上の組み合わせから、Sh 群、So 群、Sc 群、Nh 群、No 群、Nc 群の 6 群に分けて実験を行った。
悲しい気分に誘導する文章には、
『焼き跡―少年より』妹尾河童、平静な気分に誘導する文章には、
『鰊来たか
「蝦夷地」と「近代大阪」の繁栄について』山内景樹を用いた。聴取する音楽は「主よ、人の望みの喜びよ」(バ
ッハ)のピアノ独奏を原曲とし、ピアノを用いてジャズ風にアレンジした曲をアレンジされた曲として使用した。
これは、先行研究で使用されたショパンの「雨だれ」と同様のクラシックであり、ピアノを用いた曲であること、
歌詞をしようしていないことから選曲したものである(古瀬,2006)。
多面的感情状態尺度(MMS) (寺崎,1992)の下位尺度の 12 項目に「悲しい」
、
「せつない」
、
「気分が良い」を加え
た計 15 項目(松本,2002)を使用した。MMS は『悲しさ因子』は「せつない」
「悲しい」
「沈んだ」
「ふさぎこんだ」
「くよくよした」の 5 項目、
『快適性因子』は「活気のある」
「快適な」
「陽気な」
「気分が良い」
「のどかな」
「や
わらいだ」の 6 項目、
『フラストレーション因子』は「むしゃくしゃした」
「むっとした」
「攻撃的な」
「平静な」
の 4 項目の 3 因子 15 項目の 7 件法を用いた。
【結果の予測】
①「アレンジされた音楽」には、悲しい気分のときには悲しさを和らげ、快適さを高め、平静な気分のときに
は快適さを高める効果がある。②「原曲の音楽」には、悲しい気分のときには悲しさを和らげ、快適さを高め
る効果があり、平静な気分のときには気分変動に影響はない③図形課題では、悲しい気分のときも平静な気分
のときにも気分に変化はみられない。
【結果】
「アレンジされた音楽」には、悲しい気分のときには悲しさを和らげ、快適さを高める効果があり、平静な気
分のときには悲しさには影響はなく、快適さだけを高める効果があるということが示された。 (表 1)。
「原曲の音
楽」には、悲しい気分のときには悲しさを和らげ、快適さを高める効果があり、平静な気分のときには悲しさに
は影響がなく、快適さを高める効果があることが示され、平静な気分のときのみ先行研究とは異なる結果となっ
た(表 2)。図形課題には、悲しい気分のときは悲しさを低下させ、快適さには影響がなく、平静な気分のときには、
気分変動に影響はないということが示され、悲しい気分のときにだけ先行研究と異なる結果となった。(表 3)。ま
た、
観測する気分を従属変数、
聴取する音楽を独立変数として分散分析と Tukey 法による多重比較(有意水準0.05)
を行ったところ、アレンジされた曲を聴いた群と図形課題を行った群では、快適さに差が認められたが、アレン
ジ曲と原曲の間では有意な差が認められなかった。よって、アレンジされた曲と原曲を聴いた人では、気分誘導
に差があるといえないことが示された。
6
平 5.5
5
均 4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
表1 アレンジされた曲を聴いた群の比較
Sh群(悲)
Sh群(快)
Nh群(悲)
Nh群(快)
読前
6
平 5.5
5
均 4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
読後
課題後
N=7
表2 原曲の音楽を聴いた群の比較
So群(悲)
So群(快)
No群(悲)
No群(快)
読前
読後
課題後
N=7
Sh(悲/快)
読前
1.63 2.98
読後
3.43 1.07
課題後 1.03 4.12
Nh(悲/快)
読前
0.69 3.36
読後
1.23 1.88
課題後 1.03 3.95
6
5.5
平
5
均 4.5
4
3.5
3
2.5
2
1.5
1
0.5
0
So(悲/快)
0.69 3.14
2.71 0.79
1.29 3.21
No(悲/快)
0.77 3.10
0.69 2.71
0.97 3.57
Sc(悲/快)
1.17 2.98
3.06 1.55
1.09 2.10
Nc(悲/快)
0.37 3.79
0.57 2.67
0.54 3.86
表3 図形課題を行った群の比較
Sc群(悲)
Sc群(快)
Nc群(悲)
Nc群(快)
読前
読後
課題後
N=7
【考察】
「原曲の音楽」に関して、先行研究では『原曲を聴くことで、平静な気分のときには気分変動に影響はない』
という結果だったが、今回の実験では平静な気分のときには悲しさには影響はなく、快適さだけを高めるという
結果となったことから、使用する音楽により気分変動の効果に差が表れるということが考えられる。また、実験
により、音楽聴取という行動そのものには、気分変動に影響を与え、何らかの効果があることが明らかになった
が、今回使用した「アレンジされた音楽」と「原曲の音楽」では、音域やテンポにあまり大きな差がなかったた
め、有意な差が認められなかった。このことから、
「アレンジされた音楽」と「原曲の音楽」の変化が大きい曲を
選んで使用することで、
「アレンジされた音楽」と「原曲の音楽」の間に有意な差が認められると考えられる。
本実験では先行研究と同様にジャズ風のアレンジされた音楽を使用し、気分変動は悲しさ因子と快適性因子の
2 つの変数について調べたが、ほかのアレンジされた音楽で検討したり、異なる気分について検討したりすると、
異なった結果が示されると思われる。
【参考文献】
菅千索・野村仁美 2005 「癒しの音楽」聴取が気分変動に及ぼす影響について 和歌山大学教育学部教育実
践総合センター紀要 No15.
古瀬徳雄 2006 癒しの音楽の特徴について 関西福祉大学研究紀要(9),45-62.
寺崎正治 1994 多面的感情状態尺度の作成と性格研究への応用 磯博行・杉岡幸三 編 情動・学習・脳 二
瓶社,139-150.