(11台)とフード付き実験台 - 九州大学大学院工学研究院応用化学部門(+

九州大学新キャンパスでの実験室環境整備の取り組みについて
松田建児・佐田和己・君塚信夫・林
高史
九州大学大学院工学研究院応用化学部門
〒819-0395 福岡市西区元岡 744
九州大学大学院工学研究院応用化学部門は平成 17 年夏、福岡市西区元岡にあ
る伊都キャンパスに移転した。本稿はこの新キャンパスにおける化学実験室環
境の設計・整備にかかわったワーキンググループの取り組みについて紹介する。
現在、大学等における教育研究活動は、先端的な学術研究の推進、学際領域
における研究分野の拡大、産学連携の強化などを始めとして、より高度で多様
化している。一方、我々を取り巻く環境に与える特定の物質の影響や、エネル
ギー資源の枯渇が論じられるようになり、化学者が担う役割と社会的責任は日
に日に増している。また、平成 16 年 4 月の国立大学法人化に伴って大学が労働
基準監督署の指導の対象となると、労働安全衛生法(安衛法)に準じた快適か
つ安全な教育・研究環境の形成も強く求められている。その中で、ドラフトチ
ャンバー(ドラフト、欧米ではヒュームフードと呼ばれることが多い)を中心
とする実験室環境の換気・空調システムは、化学実験設備の中で中心的な役割
を担うべきものである。しかし、欧米と比べ、わが国の実験室環境は面積、環
境、設備どれをとっても脆弱であるといわざるを得ない。最新の実験装置が整
備される中において、実験室環境の整備の遅れは非常に目立ち、近年整備に力
を入れている台湾をはじめとするアジア各国に遅れを取りつつあり、このまま
放置すると、取り返しがつかなくなる可能性さえ感じられる。
米国の大学を訪問された方はご存知と思うが、米国の大学では一人一台の整
備されたドラフトチャンバーが整然と並んでいて、大学間での差はそれほど大
きくない。これは、米国では組織的な実験室整備の取り組みがなされているか
らである。ドラフトチャンバーの安全基準は ASHRAE(American Society of
Heating, Refrigerating and Air-Conditioning Engineers、米国暖冷房空気調和技術者
協会)の standard 110-1995 [1]や、OSHA(Occupational Safety and Health
Administration、米国労働安全衛生局)の 29CFR 1910.1450 [2]によって、数値基
準が決められており、各大学でも"Chemical Hygiene Plan"と称される安全教育が
徹底されている。また、環境問題も積極的に取り組まれており、ドラフトチャ
ンバーを含む実験室空調設備の省エネルギーを考慮した設置基準は ASHRAE の
standard 90.1-2004 [3]によって数値基準が定められている。また、これら安全、
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省エネルギーを考慮した実験室設計のガイドラインが DOE(Department of
Energy、米国エネルギー省)と EPA(Environmental Protection Agency、米国環境
局)のジョイントプロジェクトである"Labs21"により定められている [4,5]。研
究開発の現場の実情に合わせて頻繁に基準の見直しをしている点、実験室設備
を総合的にとらえ、ドラフトチャンバーや空調など日本では異なる業界とみな
されるメーカーを組織にいれて活動している点、政府が実験室環境整備、生産
性の向上に公式に力を入れている点など、日本が学ぶべき点は非常に多い。
このような状況のもと、当部門は、キャンパス新営による大規模移転および
国立大学法人化の機会に、ドラフトチャンバーを中心とする実験室環境の換
気・空調システムを整備するためのワーキンググループを、著者の一人である
林を中心に3年前に立ち上げた。当時の本学工学部の化学実験室の環境はひど
いもので、ぼろぼろのドラフトは10人に1台程度しかなく、よくこのような
状態で実験が可能なものだと思わざるを得ないような状態であった。そのよう
な状況を打開するべく、安衛法に準拠して、環境負荷の低減を十分に考慮しな
がら安全・快適な環境で最新の教育・研究を遂行するためのシステムの仕様を
策定することが目的であった。このような実験室環境整備のワーキンググルー
プは、国立大学法人化を控えた時期であったこともあり、他大学においても、
キャンパス移転や新棟改築などの際に立ち上がり、さまざまな活動がなされて
いる [6,7]。今回の大規模移転の整備の際に、他大学の取り組みはとても参考に
なった。
従来、研究室の換気・空調システムは、1台のドラフトが1台の排風機(フ
ァン)に1対1でつながれたものが一般的であった。この場合、ドラフトの台
数が多くなると、部屋内部が負圧になる、排風機の台数が多くなる、空調が効
かなくなるなどの問題が発生する。そこで考え出された方式が VAV(Valuable Air
Volume)システムである。これは、1台の排風機に複数台のドラフトチャンバ
ーをつなぎ、さらに、排風機とドラフト間に信号線をつなぎ、サッシを開けて
使用中のドラフトに必要十分な最小の風量を確保するように排風機の風量をイ
ンバータを用いて増減させるシステムである。必要なドラフトの台数が決まっ
たとき、どのようなスペックの VAV システムを導入するかが、仕様策定上の非
常に重要な問題となる。単純に大きいシステムを入れればよいということでは
なく、初期投資、ランニングコスト、メンテナンスを考え、適切な仕様を選ば
なければ、過剰投資になるばかりでなく、ランニングコスト、メンテナンスの
面でも後々の問題を引き起こす可能性がある。以下には、VAV システムのそれ
ぞれの構成要素に対して、どのような基準の下に仕様策定を行ったかを述べて
いく。
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1.ドラフトチャンバー
必要なドラフトチャンバーの台数は研究内容によって異なってくるが、欧米
では、大学院生一人につき一台が基本である。本学ワーキンググループでも当
初一人一台の可能性について検討した。しかし、わが国においては、研究室の
基準床面積は欧米の比較にならないほど狭く、実験室のレイアウト上不可能で
あることがほとんどであった。その打開策として、実験台の上に実験台フード
を導入することを検討した。実験台フードは簡便であり、必要面積もドラフト
に比べると少なくて済むが、流体力学を駆使して設計されたドラフトと比べる
と安全性ははるかに劣る。また、本来の安衛法の対象とみなされない場合も多々
ある。そこで、九州大学では実験台フードを補助的な措置として最小限度導入
することにした。欧米の基準を満たすことのできるように、将来実験室の床面
積が充分確保されることが強く望まれる。
また、検討を始めた段階では、直接外気をドラフト上部から供給するエアカ
ーテンシステムの採用を考えたが、これは外気を直接導入すること、および作
業者に直接風が当たること(労働安全衛生規則 601 条 2 項に抵触する)が問題
との考えから、導入を見送った。従来、ドラフトチャンバーは実験室の壁面や
隅に配置され、部屋の中央には実験台が置かれることが多かったが、今回の設
計ではドラフトチャンバーを実験室の中央にも多く配置することにした(図1)。
図1
実験室中央に配置されたドラフトチャンバー
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2.VAV(Valuable Air Volume)システム
VAV システムの原理についてまず述べる。VAV では1台の排風機に複数台の
ドラフトチャンバーをつなぐ(図2)。サッシを開けて使用を開始するとダンパ
ーコントローラの働きにより VAV ダンパーが自動的に開き、排気を開始する。
使用していないドラフトのダンパーは閉めておくことにより、不必要な排気を
防止する。各ドラフトからの必要排気量の信号をファンコントローラが集計し、
全体のシステムに必要十分な最小限の風量を確保するように、排風機の風量を
インバータを用いて増減させる。そのときの風量は、安衛法の基準である面速
0.5 m/s を確保しなければならない。VAV の導入は 1 対1対応に比べて初期投資
のコストがかかるが、多くのメリットがある。
まず第一に排風機のモーターの回転数を必要最小限に抑えることで、通常使
用時の電力量を削減することができ、ランニングコストを下げることができる。
第二に、排風機につながれている全部のドラフトを同時に使用することは、
学生実験室に設置する場合などを除いてまず無い。そのために、最大排気風量
の仕様を排風機につながれたドラフトの 60%程度を賄う風量に設定することが
できる。このことにより、初期投資の削減が可能である。初期投資、ランニン
グコストともに、1台の排風機につながっている台数が多いほうが効率がよい。
既設の建物内のダクトによる要請が大きかったが、本学では1台の排風機に最
大 27 台のドラフトをつないだシステムを構築した。また、運転できるドラフト
の最高台数の設置台数に対する割合が稼働率で、この稼働率を何%に設定する
かが重要な仕様策定の課題である。本学の場合、稼働率を 60-70%と設定するこ
とにした。有機化学中心、物理化学中心と、行われる研究の性格によってもド
ラフトの必要性が変わりうるが、多くのドラフトをつなぐことによって、平均
化することが可能であった。また、本学における今回の仕様策定の場合、既設
のダクト自体にも最大風量が設定されているために、部屋内に設置するドラフ
トの稼働率がダクトによって決められてしまう場合もあったが、最低でも 60%
を確保できた。
VAV システムには他にもメリットがある。第三のメリットは、不必要な排気
の防止である。VAV エアコンのところで詳しく述べるが、温度、湿度のコント
ロールを考えなければならない給気も最小に抑えることができるため、結果と
してランニングコスト削減につながる。第四は排風機のスペースを抑えること
ができることである。特に高層階の建物の場合、屋上に置かれたファンの占め
る面積を抑えることは重要になる。
VAV には、サッシを開けたときと閉めたときの2つの状態で風量が2段階で
調節できる2段階型と、サッシの開口高さがどの位置においても面速を一定に
保つことの出来る連続型の2種類の VAV がある。連続型の VAV は、初期投資は
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少し多くかかるが、ランニングコストの削減、稼働率の確保の両面から必要と
の判断により、導入した。また、常時面速がドラフト前面に表示されるように
し、手元で安衛法の基準を確かめながら実験できるようにした。稼働率を上回
った状態になるとアラームが作動し、実験者がすぐにわかるようにもした。
使用していない状態でも中に薬品を残しておくことが多いために、少量の排
気は必要である。そのために、不使用時でも VAV ダンパーは完全には閉めず、
サッシも少しあけておく必要がある。しかし、そのサッシの位置をぎりぎりま
で下げ、ダンパーをぎりぎりまで閉めることにより、ランニングコストを削減
することができ、稼働率を上げることができる。今回の設計では、不使用時の
サッシの位置を一般的に用いられている仕様(70-150 mm)よりもさらに下げる
ことにより(45 mm)、ランニングコストの削減、稼働率の向上を実現すること
ができた。
一方で、学生実験室は全体を同時に使用し、ほとんどの時間帯で休止させる
ため、VAV による効率化は有効に働かない。そのために、学生実験室では、VAV
システムと切り離し、学生実験室全体と排風機を1対1対応させるシステムを
構築した。
ダンパーコントローラ
VAVダンパー
排気ダクト
排気ファン
インバータ
サッシセンサー信号線
図2
VAV の原理
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ファン
コントローラ
3.VAV エアコン
1対1対応のドラフトの際に問題となっていていた部屋内部の負圧と空調の
問題を解決するために、ドラフトが多く設置されている部屋内に空調した外気
を導入するものが、VAV エアコンである(図3、4)
。VAV エアコンは先ほどの
VAV システムと連動させて使用する。VAV システムのところで述べた、必要最
小限の排気の制御を行うファンコントローラが、給気に関しても、温度、湿度
をコントロールした外気を必要な量だけ給気するものである。VAV エアコンが
無いと、外気を直接部屋に導入するために、夏は高温多湿で、冬は冷たい生の
外気が大量に部屋に入り込むことになる。すなわち夏には室内の湿気が上がり、
冬には部屋内でコートを着るほど寒いなど、重大な問題を引き起こす。また、
外気の直接導入による外からの塵芥の問題も無視できない。
しかし、最大稼働率の際の排気量を賄うだけの空調処理を施すと、VAV エア
コンの仕様は、初期投資、ランニングコストともに非常に大掛かりなものとな
ってしまう。そのために、VAV エアコンの導入をあきらめた機関もあったと聞
いていた。そこで、本学では、度重なる検討の結果、空調処理能力を使用に困
らないぎりぎりのレベルまで落とし、真夏の冷房能力を、ピーク時に室温 30℃
を確保できる仕様を基準とした。この仕様で真冬の暖房能力は十分に確保でき
る。仕様を落としたことで、処理能力はかなり小さい、小型化した VAV エアコ
ンを導入することになったが、精密装置のある部屋ではなく、合成実験室であ
るから、実際の使用には問題がない。また、少数しかドラフトが設置されない
部屋では既設の一般空調で対応できるとの考えから、ドラフトの開口長さが合
計 6,600 mm 以上の部屋だけに VAV エアコンを導入することとした。
ダンパーコントローラ
VAVダンパー
排気ダクト
VAVエアコン
外気
空調された
外気
排気ファン
インバータ
インバータ
サッシセンサー信号線
図3
VAV エアコンの原理
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ファン
コントローラ
図4
VAV エアコン(左)外気調和機(右上)吹き出し口(右下)室外機
4.スクラバー
環境問題に対応するべく、有害物質を処理し、大気に放出するためのフィル
ターがスクラバーである。スクラバーには、活性炭を用いて主に有機物を除去
する乾式と、アルカリ溶液を用いて主に酸を除去する湿式がある。本学では、
ドラフトから放出される物質の多くが有機物であることから、屋上の排風機の
直後に乾式スクラバーを設置することにした。そのことにより、すべてのドラ
フトに対して、乾式スクラバーの効果を入れることができ、屋上に置くことで
実験室のスペースを有効に活用することが出来ることとなった(図5)。一方で、
湿式スクラバーは、メンテナンスに多くの時間と人材、費用がかかり、大学で
このような負担を抱えることは難しいので、屋上に置くことは必ずしも適切で
はないと判断した。そこで湿式スクラバーは、研究室に1台程度導入し、酸を
主に使用するドラフトの上に設置することにした。また、スクラバーを設置す
ることにより、排気の流路に負荷がかかり圧力損失が発生し、その分大型の排
風機を設置しなければならない。そこで本学では、乾式スクラバーについて、
できるだけ低圧損のフィルターを調査の上、ハニカム構造を持った低圧損活性
炭フィルターを導入した。
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図5
屋上に設置された低圧損乾式スクラバー
5.管理システム
VAV システムでは、一台の排風機に多数のドラフトが連結し、その系統は複
数の研究室にまたがっている場合が多い。そのために、使用電力をドラフト使
用量に応じて案分する必要がある。本学では、サッシを 100 mm 以上開けたとき
を使用時とみなし使用電力量の積算を行い、一ヶ月ごとの使用電力量を研究室
ごとに出力する集中管理システムを導入した。サッシを閉めているときでも
VAV システムでは最低風量での運転をしているので基本料金の積算をすること
にした。また、このシステムは、常時、各ドラフトの使用状況、トラブルの発
生が管理できるため、今回のような大掛かりなシステムにとっては非常に便利
な装置となっている。
以上述べてきたように、のべ8名が参加し、3年間の長きにわたった実験室
環境整備ワーキンググループの活動は、単なるドラフトの仕様策定の域を超え
たものであった。初期投資・ランニングコストをできるだけ削減して、環境に
配慮し、研究の効率を上げ、安全・健康・快適な環境を形成するという目的を
達成するために、実現可能な実験室環境の総合換気・空調システムの仕様とは
いかなるものであるかを追求したものであった。その活動は、全国各大学の見
学、メーカーの工場見学、綿密な市場調査からはじまり、数限りないグループ
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内会議、事務部との交渉を経て、最終的には合計約 100 ページの仕様書にまと
められた。
現在我々が新キャンパスにおいて使用しているシステムはこの仕様に基づき
導入されたものである。研究環境が劇的に改善された状態にあるが、この環境
は決してぜいたく品ではなく、グループが検討した必要十分かつ最小限の研究
環境である。ようやく欧米のレベルに近づいたといえるが、限られた基準床面
積など、未解決の問題も多い。また、米国にあるような大学を超えた組織はま
だまだ不十分である。今回の活動がぜひとも全国各大学の同様の取り組みと呼
応して、化学関連分野の実験室環境の改善に結びつくことを願ってやまない。
最後に、見学、調査にご協力いただいた各大学・メーカーの皆様、度重なる
要望を聞いてくださった工学部事務・移転推進室の方々に深く感謝いたします。
参考文献
1)
2)
3)
4)
5)
6)
7)
ASHRAE Standard 110-1995. Method of Testing Performance of Laboratory
Fume Hoods, ASHRAE: Atlanta, GA, 1995.
29CFR 1910.1450. Occupational exposure to hazardous chemicals in
laboratories, Occupational Safety & Health Administration, U.S. Department of
Labor, 1990
ASHRAE Standard 90.1-2004. Energy Standard for Buildings Except
Low-Rise Residential Buildings, ASHRAE: Atlanta, GA, 2001.
Laboratory Modeling Guidelines using ASHRAE 90.1, Labs for the 21st century,
U.S. Department of Energy & U.S. Environmental Protection Agency, 2004.
Laboratories for the 21st Century: An Introduction to Low-Energy Design, Labs
for the 21st century, U.S. Department of Energy & U.S. Environmental
Protection Agency, 2000.
「これからの大学等研究施設」有馬朗人監修、第 1 編「物質科学編」第 4
章「合成化学実験室」、鈴木啓介編、(社)文教施設協会・科学新聞社,
東京,(2002)
「京都大学における法人化後の労働安全衛生」
、大嶌幸一郎、近畿化学工
業界、2004 年 11 月号 16 ページ
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