トレンドリサーチ 2これからの動物展示のありかた - プレック研究所

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PREC Study REPoRt
JunE/2008 vol.13
● ● ● トレンドリサーチ
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これからの動物展示のありかた
Future of Zoological Gardens
安河内泰男
Yasuo YASUKOUCHI
動植物園設計・研究センター長
当社は1980年代から多くの動物園の設計に携わっている。1990年代のその特徴は「展示において、生息地の環境(森や水辺)・
景観のつくり込みを積極的に展開」したことである。
2000年代は、環境エンリッチメントが定着し、
「動物の行動等の展示に軸足をおきつつ、多様、多彩な展示が出現しだしたこと」
である。
このような多様化する展示が現在の動物園人気を形成する一因であろうが、2010年代では、それぞれの動物園が、独自の特徴
をより明確化し、それぞれが個性的な動物園となっていくことが望まれると考えている。
PREC Institute Inc. has designed many zoological gardens since the 1980s. The characteristic feature of the
zoological gardens in the 1990s was the attention to the environment (such as forest and waterfront) and landscapes of the original habitats of the animals; in the 2000s, the environmental enrichment was introduced widely and the ways of exhibiting animals, in particular exhibiting the behaviors of the animals, diversified.
The current popularity of zoological gardens is undoubtedly supported by this diversification of exhibit methods.
In the 2010s, hopefully, each zoological garden will find its own distinctive characteristics and become a
unique zoological garden.
1.はじめに
最近、動物園人気が堅調であるが、その理由の一つは全
国の動物園で、「動物展示」に多様で個性的な試みがなさ
れており、それらが人々の興味を強く引きつけているもの
と考えている。
この動物園人気は、動物園界にとって単に入園者数増大
る種の保存の観点からのメッセージ発信などがあるが、こ
の動物園人気はマスメディアなどを通しての発信機会の増
大に寄与していると思われる。
当社は 1980年代から多くの動物園の設計に携わってい
るが、この動物園人気を持続していくためにも、ここに
我々がかかわってきた過去から現在にいたる「動物展示」
につながるだけでなく、その周辺地域の活性化への効果な
の特徴を振り返り、今後の魅力ある「展示」のあり方を考
どについても社会的関心が高まっている。さらには地球温
えてみたい。
暖化などが進行しつつある中で、動物園の役割の一つであ
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<動物展示の概念>
これまで当社が設計に携
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マージョン(展示動物の本来の生息環境を出来るだけ創出
する展示方法)とである。
わった「動物展示」の特徴
これらは、動物展示を検討する上で欠くことのできない
や変遷について分析をおこ
重要な条件と考えられている。環境エンリッチメント的要
なった。分析は「動物の生
素は、「動物の生態や行動を見せる軸」であり、ランドス
態的、行動的特性」と「動物
ケープ・イマージョン的要素は、「動物の生息環境を見せ
の 生 息 環 境( 景 観 、地 形 、
る軸」と考える事が出来る。
植生等)の特性」のこの2つ
の評価軸を設定しておこな
った。
図1 1990年代の動物展示
2. 1990年代の展示とは
旧来の動物園に多く見られる「檻を主とした展示」を評
現在、動物園の展示、飼
価すると、動物の本来の生態や行動を見せることも、動物
育環境づくりに関し特に注
の生息環境を出来るだけ再現することにも多くの注意が払
目されている 2つのキーワ
われてこなかった。
ードがある。環境エンリッ
当社が1990年から2000年までのおよそ10年間に設計し
チメント(動物にとって豊
完成した主な動物展示を、この旧来の動物展示と比べてレ
かで質のよい、自然な行動
ビューしてみると、図1の様に評価することが出来る。
を促す事のできる飼育展示
1990年代の動物展示の設計思想は、顕在化した地球環
環境)とランドスケープ・イ
境問題を背景に、動物展示に生息地の環境を取りこむ努力
をしようとするものであった。森に棲む動物は森に、水辺
の動物は水辺に展示して、動物の行動などを引き出そうと
するものであった。
1990年代の初期に完成した多摩動物公園「アジアの山
写真1 多摩動物園・アジアの山岳
岳」で、当社はランドスケープ・イマージョン手法で有名
なアメリカの動物園設計事務所 JonES& JonESと技術提携
し動物展示のノウハウを学びながら設計を行った。
その後、富山ファミリーパーク「バードハウス」、天王
寺動物園「は虫類館」「カバ舎」、ズーラシア「アジアの熱
写真2 富山ファミリーパーク・バードハウス
帯林」などが完成したが、この時代の当社の展示に共通す
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るのは、ランドスケープ・イマージョン手法に基づくアメ
リカの先進展示等を志向していたことであろう。
そのため「動物の生息環境を見せる軸」において、生息
地の環境(森や水辺)・景観のつくり込みへの積極性は当
時なりに大きいものがあった。一方「動物の生態や行動を
見せる軸」では環境エンリッチメントの視点が必要とされ
ているが、当時は動物の行動などの明確な知見などが乏し
かったためか、現時点で振り返ると「動物園の生態や行動
特性を表現する展示」については具体性が薄い観がある。
<天王寺のカバ舎>
写真3 天王寺動物園・カバ舎
天王寺動物園のカバ舎は 1997 年に完成した。カバの生
息地環境を再現した水中展示としては現在も日本最大の規
ジャングルの様相を呈する様になっている。
模を有する。総量450m3 の水を1日36 ターンでろ過し水の
ただアメリカのランドスケープ・イマージョンの先進事
透明度を保った上で、強化ガラスによる半受水展示を行っ
例と比べると、細部への配慮等に見劣りするとの評もあり、
ている。展示プールやビューイングシェルターの修景、意
これを真摯に受け止め我々はその後改善に研鑽を重ねてい
匠は申し分ない。ただこの水中展示は、なぜかカバが観覧
る。また緑が豊かな反面、動物と観覧者との空間にへだた
者にお尻を向けることが多い。この点は当時の設計では予
りを感じる展示も多く、インドライオンなどはやや見づら
測が不可能であったが、観覧者にとっては多少インパクト
い位置に座っている事も多く、工夫の余地を残している。
を削がれる結果となっている。これを克服する工夫(息継
一方インドゾウは放飼場内でのターゲットトレーニング
ぎのための足場を観客側に向けて置くなど)が実現すれば
「旭山動物園のアザラシ館」に並ぶ超人気展示として再デ
ビューできるのではと考えている。
<みどり豊かなズーラシア>
ズーラシアは 1998 年に国内初のランドスケープ・イマ
ージョン型動物園としてオープンし、その年は入園者数も
200万人の大台を突破した。当社は「アジアの熱帯林、亜
寒帯の森の一部」を設計した。開園8 年を経たアジアの熱
帯林を見ると、樹木が成長して、景観的には緑豊かな熱帯
写真4 ズーラシア
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いう意図から、動物を動かす工夫に展示の重点がおかれて
いる。これを特性図で表すならば「動物の生態や行動を見
せる軸」で評価が高く、「動物の生息環境を見せる軸」に
ついてはあまり重点が置かれていないように考えられる。
(図2)
つぎに当社の 2000年代の作品「到津の森公園」のチン
パンジー放飼場、熱帯雨林の樹冠デッキ、「豊橋総合動植
物公園」のオーストラリア園、韓国の「サムソン・エバー
ランド」のフレンドリーモンキーバレーを見てみると、こ
れらの作品は、環境エンリッチメントなどの具体的知見に
基づく工夫がなされ、1990年代の作品よりも「動物の生
態や行動を見せる軸」で高い評価が得られる。
しかし「動物の生息環境を見せる軸」では、景観演出面
で課題が残ると感じている。
図2 2000年代の動物展示
<チンパンジーの高さ15mの遊び櫓>
到津の森公園(2002年完成)では、チンパンジー放飼場
を観覧者に公開することにより人気が高い展示
で環境エンリッチメントを配慮した展示を導入している。
となっている。
自然界においては 70 mを超える樹上に登るチンパンジー
のために、高さ15mの櫓(京都大学霊長類研究所の研究成
3. 2000 年代の多様な展示
2000 年代の大きな特徴は、環境エンリッチ
している。
メントという言葉が定着し、動物の行動等に
鉄骨と角材を用いた櫓の意匠は、熱帯雨林に作られた研
重きを置いた展示や、生息環境の再現とは趣
究用のキャノピータワーのようなイメージがあり、観覧者
の異なる景観演出を行うなどの多様、多彩な
に新鮮なインパクトを与えているが、生息環境の再現をめ
展示が出現しだしたことである。
写真5 到津の森公園・チンパンジーの櫓
果を参考にした)を設置し、その行動特性を積極的に展示
ざした周辺景観との調和の面からは課題が残る。現在この
その最たるものは旭山動物園における 2002
櫓のような展示は他の動物園でも多く出現しているが、園
年のオランウータンから始まる一連のいわゆ
全体が生息地再現型修景を展開する中で、部分的にせよ景
る「行動展示」で、特定の行動を見せようと
観の主題から離れたようにも見える機能本位の形態がこの
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まま定着するのか、あるいはより景観的にこなれた形態と
して変貌すべきなのか、その修景にかかる経費の面も含め
て今後の動物展示の動向に関心が高まっている。
<観覧者が展示空間の中に進入>
到津の森公園のもう一つの試みとして、熱帯雨林の樹冠
のサル類を展示するゾーンでは、地上から樹上まで伸びる
背の高いケージを設け、樹上性サル類の上下方向の運動領
域を広げ環境エンリッチメントの向上を図っている。また
ケージに隣接して高さ 10 m程度の観覧専用のデッキを設
写真6 到津の森公園・デッキ
けている。これは観覧者の視点を上げ樹上性サル類の行動
がよくわかるように、動物と観覧者との空間領域を近接さ
せようとする試みの一つである。また観覧者にとっては驚
きのある樹冠の空間体験の場ともなっている。
<SF・イマージョン>
韓国で最も人気の高いテーマパークで
あるサムソン・エバーランドの一角にあ
同様に豊橋総合動植物公園の「オーストラリア園」
(2006
るフレンドリーモンキーバレー(2007年
年完成)では、カンガルーとエミューの混合飼育の展示で、
完成)では、厳冬期のための全天候型の
半砂漠地帯をテーマとした広々とした放飼場を設け環境エ
大型建築空間をベースとして動物展示を行っている。動物
ンリッチメントに配慮している。しかし大きな放飼場の広
展示と建築景観の融合、建築そのものを景観に取り込むと
がりは、動物と観覧者とを距離的に隔てることになるため、
云う新しい概念の展示様式が出現している。この新しい展
放飼場の中央に観覧者が進入し間近で動物を見ることがで
示の様式は動物展示空間に空想的仮想空間や環境を許容で
きる高床のデッキを掛け渡している。このデッキにより動
きるテーマと展示の
物と観覧者との領域が立体交差しながら、互いの空間距離
ストーリーを描く全
を縮めている。
く新しい展示手法を
このように到津の樹冠デッキや豊橋のデッキの展示は、
写真7 豊橋総合動植物公園・オーストラリア園
もって動物展示を行
観覧者と動物の距離を縮める効果があるが、ランドスケー
う。そのストーリー
プ・イマージョン的側面からは観覧者が動物の展示空間の
は「人間の文明が滅
中に混入し景観的秩序を乱すものと考えられる点でチンパ
びた後の世界」を表
ンジーの櫓同様、今後どのように景観との調和を図るかと
現するもので「廃墟
いう課題を残す。
となった宇宙開発研
写真8 サムソン・エバーランド・フレンドリーモンキーバレー
tREnd RESEARCH–2
究所」がテーマに設定された。
覧者と動物との大接近を図り、動植物の生命のすばらしさ
このテーマは、人類の活動がやがて地球環境を危機に招
安河内 泰男
yasuo yASuKouCHI
1973 年福岡大学工学部建築学科
卒業、同年入社。建築、ランドス
ケープ計画・設計に従事。田貫湖
ふれあい自然塾(環境省)等自然体
験学習施設等を多数設計。一級建
築士、技術士(建設部門:都市及
び地方計画)
、登録ランドスケープ
アーキテクト(RlA)。動植物園設
計・研究センター長
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を体験体感できる空間の創出を目指すものである。
くとのメッセージを観覧者に伝えようとするもので、動物
野生動物の生息地環境を再現しつつ本来の行動を引き出
展示の背景はまさに「SF映画のセット」である。ただし
し、来園者には自然環境の中にいる動物の美しさなども同
環境エンリッチメントの知見に基づく展示の工夫をいたる
時に伝えることができる。
ところに展開している。
この展示は計画段階であるが、「動物の生態や行動を見
霊長目が対象であるためか、動物行動を引き出そうとす
る仕組み・装置がやや複雑になるが、生息地再現のための
せる軸」ならびに「動物の生息環境を見せる軸」が表現さ
れるもので高い評価が得られるものと確信している。
修景にこだわらないでよいため、展示空間は機能本位の自
由な形で考案している。ニホンザルの温泉、ヒトとサル類
4. これからの動物園の計画に向けて
のコミュニケーション(チンパンジーのお絵かき等)を実
地球環境の悪化に伴い人々の関心は益々野生生物に集ま
現する空間などで、観覧者と動物との近さ、動物行動に焦
るであろう。動物園はその野生動物を展示する以上、その
点をおいた展示など非常に興味あるものとなった。この展
展示意図を明確にするべきであり、またその展示が利用者
示は「動物の生息環境を見せる軸」では、生息地環境を見
に理解され、愛され相応の感動と共感を人々に与えられる
せる軸で、全く逆になる対極の評価になると考えられる。
ことが求められている。そして利用者が「動物のこと」をも
<東山動物園・アジアの水辺>
っと知りたいとか、この「動物のすむ環境」のためにもっと
現在当社は、名古屋市・東山動植物園の再生プランに従
何かをしなければならないと思う様になる事こそが望まれ
事している。こ
る。このような展示の意味、意図はそれぞれの動物園で異
の業務はプロポ
なってくる。各動物園はその展示種、歴史、地域ニーズ、経
ーザルの技術提
営形態、財政情況など固有の条件、背景があるからである。
図3 東山動植物園・プロポーザル時の当社の提案イメージ図(アジアの水辺)
案の段階におい
2010年代では、動物展示の多様な試みの傾向は全国的
て「ランドスケ
なものになると思われる。今後それぞれの動物園が、この
ープ・イマージ
多様なニーズから独自の特徴を見出し発展させ、それぞれ
ョン+行動展示」
が個性的な動物園となっていくことが望まれる。
の展示方針を提
プレック研究所は、ここに紹介したように動物展示にお
案した。これは
いて多様な実績、様々な経験と知見を蓄積している。そし
生息地景観を再
て今後も、いかなる特性、条件にも対処できる創造的な動
現しながらも観
物園づくりを目指して行きたい。