第1回委員会議事録 - 国土交通省

第1回
「北海道田園委員会」
議事録
司会(金蔵国土交通省北海道局農林水産課長)
ただいまから「わが村は美しく-北海道」運動、第1回北海道田園委員会を始めさせて
いただきたいと思います。
開会にあたりまして、国土交通省北海道局長林よりご挨拶を申し上げます。
林国土交通省北海道局長
国土交通省北海道局長の林でございます。委員の先生方には、ご多用の中、当田園委員
会にご出席を賜りまして、心から御礼申し上げます。
せっかくの機会でございますので、私の方から簡単にお話をさせて頂きたいと思います。
皆様既にご承知のことと存じますが、年明け早々の1月6日に省庁再編により、旧運輸、
建設、国土そして北海道開発庁が一緒になり、国土交通省が発足致したところでございま
す。そして北海道の行政に携わるセクションとして、私どもの北海道局が設置されました。
北海道局は従前の北海道開発庁が持ってます業務並びに機能をそっくりそのまま継承して
おりますので、今後とも宜しくお願いしたいと思います。
今年、年が開けまして21世紀がスタートしたわけですが、21世紀に向けましては色
々なキーワードがございます。例えば高齢化問題あるいは少子化、国際化、環境問題等ご
ざいます。
いずれも極めて重要な問題でございまして、それぞれみんな真剣に取り組んでいかなけ
ればならないところです。
私どもと致しましても、北海道がわが国にどう責務を果たしていくかという観点から、
これらの問題に対してどのように対応するか真剣に考えていく必要があるのではないかと
思っております。
ご案内の様に、北海道はわが国における食料供給基地としての役割を担っております。
北海道から新鮮でそして安心な食材を全国に供給していくというようなことから言います
と、環境問題等でも大きく貢献する役割もございます。
また、北海道は観光も大きな基幹産業の一つです。観光の受け入れ体制につきましては
色々と課題もありますが、バックグラウンドとなる資源は極めて豊富です。しかも高齢化
時代を迎えるにあたって、癒しの場の提供ということも今後北海道では、非常に重要な役
割になるのではないかと考えております。
本日の「北海道田園委員会」は、40年ほど前に旧西ドイツで起こりました「わが村を
美しく」というような運動を基にしております。色々その地域のアイデンティティの確認
あるいはそれぞれ地域に賦存する資源の最大限の活用による地域振興というようなことで
運動を盛り上げてきているそうです。
従いまして私ども北海道においても、こういうような運動を通していろんな面で貢献し
ていくことが大事ではないのかなと思っております。初めは小さな民意でも段々と輪を広
げることによって大きな民意にして、そして北海道からあらゆる情報の発信をしていきた
いと考えております。
いろんな面におきまして、各諸先生のご意見を参考にしながら、この委員会が大きく飛
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躍することを私どもとしては期待しておりますので、何卒宜しくお願いしたいと思います。
司会(金蔵課長)
どうもありがとうございました。
(資料の確認)
(委員の紹介)
太田原委員、月尾委員、林光繁委員は本日ご欠席です。
(事務局の紹介)
引き続きまして、本「北海道田園委員会」の運営要領をご紹介致します。
(以下、運営要領の説明)
委員長の選出につきましては、事務局の方からご提案をさせていただきたいと思います。
北海道田園委員会委員長には戸田委員にお願いを致したい思っております。
それから美しい景観部会の部会長には梅田委員、地域特産部会の部会長に太田原委員、
人の交流部会の部会長に千賀委員にお願いをさせていただきたいと思っております。いか
がでございましょうか。
各委員
異議なし。
司会(金蔵課長)
どうもありがとうございます。
それでは、委員長よろしくお願い致します。
戸田委員長
ただいまご紹介いただきました戸田でございます。
北海道の中央官庁の形も大きく転換した年でもございます。
また、経済的にも非常に厳しい状況下にございます。
北海道知事におかれては、北海道を自主自律の北海道にしたいということを呼びかけ、
いろんな施策も講じていただいているところでございます。
そういう観点から見ました場合、この度北海道局から「わが村は美しく-北海道」運動
という運動を起こしたいというご提案がございました。
私どもと致しましてもこの目的に向かって改めて北海道を作り直すことが可能になるの
ではと思っております。
これは従来のようにお役所がご指導されてそれで道民がそれに従ってやるという形では
なく、少なくとも道民が皆さんで声を掛け合ってそれぞれの地域でそれぞれのまちづくり
をしていただくことだと思っています。
こういったことを基本におきながら全体的に調和のとれたものにしていくという形で考
えていく問題ではないかと思っております。
既に、ドイツあるいはヨーロッパの先進地域でこのような運動が行われているというこ
とも、後ほどご説明をいただけるようでございます。
-2-
私どもといたしましては、ただドイツがこうである、スイスがこうである、だからその
通りやるという時代ではないと思います。
開拓以来130年経った北海道ですが、今までは、どちらかと言いますと、街並や景観
がこのようにきれいにあって欲しいというところまではとても手は届きませんでしたし、
目も向きませんでした。
これからはそうではなくて、やはり北海道に住み育ったということに喜びを持ち、誇り
を持てるような郷土として、改めて北海道を郷土とするという気構えを持って、この運動
を進めるべきではないかと考えているところでございます。
委員の皆様方と共に全道各地域に参りまして、そして地域の皆さんと共に考え21世紀
の北海道を作っていきたい。このように願っております。
委員の皆様方には是非とも積極的にそして率直なご意見を出していただいて、この委員
会を実りのあるものにしたいと願っておりますのでよろしくお願い致します。
司会(金蔵課長)
それでは、議事に入らせていただきたいと思います。
戸田委員長、よろしくお願いします。
戸田委員長
議事に入らせていただきます。
今までの検討経過、考え方などについて、一括して事務局から説明をお願い致します。
事務局(金蔵課長)
それではご説明を致したいと思います。
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以下事務局説明
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北海道の現況(スライド投影)
2
「わが村は美しく-北海道」運動について
①
「わが村は美しく-北海道」運動の概要
②
「わが村は美しく-北海道」運動検討の経緯
3
「北海道田園委員会」について
4
事例紹介
5
①
ドイツのコンクール「わが村は美しく」運動について
②
北海道の取り組み事例(スライド投影)
今後のスケジュール
戸田委員長
色々と盛りだくさんなご説明でございましたが、先程申し上げましたとおり、北海道を
これからどういう形で私どもの本当の意味での故郷にするのか、北海道局の皆様方も思い
を託されたのではないかと思います。
そういったことを考えた場合、ドイツでおやりになった「わが村は美しく運動」の考え
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方を取り入れたいということがご提案の基本になっていると思います。
ただ、最初私から申し上げましたように北海道の場合にも、先程の北竜町の例のような
一部の運動がございますが、本当にこういう町を、景観を作るんだと意識してやられたか
どうかになりますと、多分に疑問な点がございます。
ご提案のわが町を美しくするということについては皆さんご異存はないと思いますが、
やり方、具体的な進め方、スケジュールについては、それぞれ難しい問題もあるようです。
特に、スケジュールの面では、2年間で地域の皆さん方のやっておられる事を、表彰す
るという形まで進める場合、全体的にいくつの市町村でできるかとなると相当難しい問題
もあるような気もいたします。
しかし、国としてもこういう提案をわざわざして下さる、その熱意は私どもとしても受
けまして、ぜひ道内の色々なところで具体的に取り組んでいただきたいと思います。
ただ、色々今までと違った形でございますので、それなりに問題点も多々あろうかと思
います。
そういった問題点等も含めまして、ご意見を頂戴していきたいと思います。
事務局(金蔵課長)
ご欠席の林委員と大田原委員からコメントをいただいておりましておりますので、配布
致します。
野中委員
質問させていただいてよろしいですか。
私、東京生まれの東京育ちなんですけれど、ご依頼がありまして、学生時代から大好き
な北海道のお役に立てるならと馳せ参じて参りました。
色々説明を伺いましたが、私の頭の中でこのプロジェクトそのものの風呂敷の広げ方の
範囲を確認をさせていただきたいと思いました。
というのは、ドイツの事例を伺っていますと、大変歴史も古いし、かなりのプロセスを
経てここまで来ているのだなという感じがするわけです。
特に、当事者へのアンケートでは、国の政策の協力を得られたことがとても良かったと
か、住む環境で自信が持てたというところでは、郡の担当者から予備審査の段階で、「こ
こをもうちょっと塗り替えたら良いのではないか」といった地域への指導や国の要綱のか
なり詳しいご説明もありました。これ(ドイツの事例)は村落再整備といった形そのもの
ではないかと思います。
わが国では戦後味わって来たことのない形の公共事業のあり方の新しいTax-Pay
でしょう。
先生方が中央から持ってくる公共事業のあり方ではなくて、払ったTaxを自分たちの
コミュニティ作りに、住民がプレゼンテーションをして住民が参加する中でやると言うよ
うな形です。
それがコンテストというインセンティブがあって、それで表彰されることによって好循
環を生んでいこうという仕組みだと思います。
はじめにお話をいただいた時には、一村一品運動に毛の生えたようなコミュニティ作り
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の表彰という、そういう形だけなのかなという印象を受けましたが、今のご説明を受けて
いるとかなり大がかりな形ですね。
ただ、このプロジェクトがそこまで見据えたものなのか、タイトなコミュニティ意識を
持って表彰されることによって観光誘致をしようという、一村一品のちょっとお兄さん型
なのか、それとも例えば郡の人が来て、「ここもう少しこうやるとちょっと良いかもしれ
ないよ」というような、かなりドラスティックな新しい自治体の行政とのコミュニケーシ
ョンを開発局が考えて、且つコミュニティメンバーとの刺激策までを考えるものなのか、
その辺のご説明をお願いしたいと思います。
それと、開発局の全体の単年度の予算とこのプロジェクトの予算ベースを教えていただ
ければ、大体お金で理解出来る部分もあろうかと思います。
以上2点でございます。
事務局(金蔵課長)
準備委員会におきましても種々ご議論いただきまして、一村一品的な地域の特色を出し
たいという、そういう考え方もあった訳でございます。
一つの考え方といたしまして、北海道をスーパーブランドにするということがあります。
これは量の時代を経て質的にも大きく転換する部分がもはや自己資産として出てきている
のではないかということが基盤にあります。
それをブランドとして統一した考え方の中で訴えていくような運動を住民参加を基本と
して取り組むということです。
それで、美しくと言う言葉の中に精神的にも物理的にも文化的な要因も加味しながらや
はり空間として作って行きたいと考えています。
これは、旧来の公共事業でも取り組んできたところでございますが、ハードに偏りがち
であったところをソフト政策と連携する術として、やはり運動論を持ち込む以外にないの
ではないかと、いわゆる計画論的な問題意識から取り組みをまとめさせていただいたとい
うことでございます。
北海道開発局の年間の予算は、道路、河川、港湾、空港、農業など各セクターを合わせ
て、国費で約1兆円を計上しております。事業費では、1兆5千億程度だと思います。
それでこの「わが村は美しく」単独の予算については、調査費的な計上として数千万を
予定しております。これは、13年度から調査検討に使えるように考えさせていただいて
おります。
野中委員
もう一点、コンテストをやるわけですが、開発局は今まではハードだけだったけれども、
景観とか物とか人の交流とかというコンテンツまでを住民から掘り起こしてやっていきた
い、これは良く分かるんです。
でもその時にドイツ型のように 、「ちょっともう少し木を植えようや 」、とか各自治体
の方たちが住民と一緒になって盛り上がってきた時に、開発局の方から、「いいですね参
加のためにそれだけ盛り上がってくれて、じゃあ少し援助しましょう」というような資金
的な支援が行われるようなものなのか。
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それともそういうものではなく、あくまでコンテストを軌道に乗せるのが最初であると
いうことなのか。
そこらあたりはいかがでしょうか。
事務局(金蔵課長)
例えば、特産物を作る場合にも、ハードの施設なりソフトの支援なりを、旧来型の公共、
非公共事業など色々な事業制度を活用することが必要です。
ただ、これら既存の制度は元々、この運動支援のために単独では作られていませんが、
運動推進の観点からみまして、そういう制度や予算を運営上工夫出来る余地は大いにある
と思っております。
野中委員
そういう形の公共事業のあり方、税金の使い方、あるいは開発局と各地域の関係という
のはあまり大きく報道されたりしたことはないと思います。
北海道全体がそういう形で税金の使い道、流れをブレークスルーする事を目論んでます
よというのは、広報活動でのかなり重要なインパクトを持つと思うんです。東京に対して
も中央に対しても。
私個人の考え方ですが、今までの公共事業のあり方とは違って住民がダイレクトに関わ
っていって、コンテストによって非常に風通しが良くなってきているというところが、と
てもインパクトが強いと思ったので、その部分を最初に伺っておきたかったのです。
戸田委員長
今、野中さんがおっしゃったことは、率直なところ、このプロジェクトがどこまでまち
づくりを基本的にやれるのかという基本問題をもっていると思います。
今北海道の町村を歩きますと、住宅は景色と景観にマッチして建っているとは言えませ
んでしょう。
こんな色でいいのだろうか、こんな建て方でいいのだろうか、緑と本当に調和するのだ
ろうか、そういう疑問を常にお持ちだと思います。
そうしますと、道民自体が考えてもらうところまで行かないと本物にならないのですね。
この運動は、住民の皆さんがその気になってもらわないと困る運動です。
最初に、町村長さんから、今の行政組織の中で本当に可能性があるのかご意見を伺わせ
ていただいて、その中から方向性をある程度のところまでまとめていただければと思って
います。
河野委員
こういった委員会を設けていただいた事に感謝をしたいと思っています。
深川市は、米で生きていかなければならないが、空知の農業は、今、他の地域に負けてき
ている。
基盤整備などは進展した訳ですが、人々の意欲はどこにあるかということになってくる
と思います。
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私は最後にはわが町に誇りを持ってくれるかどうかということだろうと思います。
わが町では「花いっぱい運動」というコミュニティ運動をずっと長い間させていただき、
表彰もさせていただきました。
私は個人個人の取り組みではなく、集落でみんなが共々やるんだという熱意、会館の前
に、学校の前に、この「花いっぱい運動」を広げようという意欲が大事だと考えています。
家庭の次は町内会であり地域である。私はいつもそういうことを申し上げております。
地域住民運動がなかったら、地域の活性化を図ってはいけないだろう。いかに行政の私
たちがトップからこういう町づくりを、と言ってもそれは動かないだろうと思ってます。
農村地域には意識の遅れがあります。
今までは生産していれば良かったわけですが、これだけ観光と国際交流が盛んになって
きたら、農業が立ち後れて行くかもしれない。
確かに、北海道では富良野やラベンダーというイメージで来て見て、次は温泉かどこか
に入ろうということになってしまう。これではいけないと思っている。
だからやっぱり体験をさせるか、良い物を実感させることですね。
昨年、環境平和財団の皆さん方の協力で、53カ国の大使に田植え、稲刈りをしていた
だきました。
今でも、バングラデシュ大使、インドネシア大使など各国の大使とうちのホストファミ
リーとは本当に交流をしてくれております。
ちっちゃな田舎の深川と世界との発信ができる。これからはやっぱり地方からですね。
国を挙げてインターネット、ITということをおっしゃっておられるように、情報化を
どのように我々は利用していくか、しなければならないか。
私の町は、市内通話でインターネットが見られます。これは多くの皆さんから感謝され
ています。
私は、地方の時代と言われる今日ですから、農家の大半の作物が米だということで、深
川の町は米の町という里づくりをしていこうと思っています。
このほかにも、道の駅だとか、あるいは芸術の里だとか、育みの里だとか、都市の交流
センターだとかこういった里づくりを中心にして町づくりを進めているところでございま
す。
わが町の一端を述べさせていただきました。
佐野委員
私もこの運動はスケールの大きいコミュニティ運動だというふうに捉えております。
今、北海道の農業は、ここ2,3年の状況、あるいは先行きを見て農業者が自信を失い
つつある、あるいは誇りを失いつつあるのです。
そういう意味では、この運動が北海道農業が将来に向けて自信を回復するための運動た
りうるのではないかと、大いに期待しております。
そういう取り組みに是非この運動を育てて欲しいと思いますし、私も必要であれば、一
役買いたいと思っています。
ところでこの運動の対象区域ですが、市町村長の立場で考えると、はたと困る事があり
ます。
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本州のように、集落があって、山を越えれば、また集落があるということではなくて、
農村地域は端から端までずっとつながっているのです。
別海町で例えれば、一千戸の農家を対象にしますと膨大な6万5千ヘクタールという面
積になりますから、とてもそれが一町でコンクールに参加することにはならないと思うの
です。
そのあたりをどうするか、北海道の市町村長は大いに頭を悩ませるのではないのかと思
っています。
そのことについて、それぞれの部会で大いに議論して、そのあたりの一定の物差しと言
いますか、そういったものを是非出していただければと思います。
加賀谷委員
私は今回のこの北海道田園委員会については大変興味を持っています。
ひとつには、北海道の農業を知っていただく素晴らしい委員会ではないか。
まず、委員の皆さんを見ても農業の専門の方が極めて少ない。ですから農業の悩みとか
今抱えている課題とか色々な事を委員の皆さんに知っていただいて、こういう問題もある
んだと、そういう中で今のような事業をやっていくとすればどうなんだ、ということを知
っていただくことが極めて良いのではないかと思っています。
北海道の農業というのは稲作、畑作、酪農と三つの地域になっておりますが、私の所は
稲作地帯であります。
前にも関係者と北海道の土地改良とか農業をどうするか色々議論したことがあります
が、その時は農業を北海道から変えていこうということが議論された。
私はこの運動は、北海道の農業の姿を変えていくためにも非常に良いのではかと思って
います。
私は、この運動の基本は、コミュニティだと思います。
コミュニティとは何ぞや、ということになりますと、人の心を作ることだと思うのです。
人の心というのは目に見えませんから、その心を作ることが形になって現れるように考
えていかなければならない。
形を表した者をほめていくことは極めて良いことなのです。
そこで、この委員会の課題として私が考えているのは、こういう事業を進めていくため
には、リーダーが必要になってくると思うのです。
いかにリーダーを発掘してそれを育てていくかということが、私どもの立場では大変難
しいことなのです。
次はお金をどうしてやるかという事であります。
ご承知の方もおられると思いますが、実は私のところで「どんと来い一万人祭り」とい
うのをやりました。色々なことをやりまして、俵担ぎ大会では一等賞に50万円賞品つけ
たのですが、経費が一千二百万円くらいかかる訳です。
賞金が大きいからどんと集まってくるのです。人間輓馬などは、網走の方からもたくさ
ん集まってきました。ところが主催者の方は年を重ねて8回で倒れてしまいました。資金
が続いていかなくなってしまうのです。
もちろん、私ども行政でもある程度後押しをしました。若い人もが自分達でリスクを背
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負って色々とやりました。ところが長続きしない。
北海道では横路さんの時に一村一品運動をやったが長続きしなかった。
作ることは簡単でも、売ることが出来なかった。そのことが北海道の一村一品運動の大
きな失敗ではなかったのかと思っています。
そこでこの田園委員会をもっと幅広くやろうとするならば、大変言いにくいけれども、
主催は開発局で良いが、開発局だけで果たしてやれるのかと思います。
でも、今のようにリーダーを作ったり、あるいはまた、先程のドイツの例のように、何
かあったら応援しましょうという資金は単に開発局ばかりではなく、道や各種団体、農業
団体も一緒になってやっていくという形に変えて行かないと、本物ではないし長続きもし
ないだろうと思っています。
そして我々市町村側も後から押し上げて行くことです。行政主導でやったらすぐ出来る
けれども、絶対長続きしない。
やっぱり民意から上がっていったものを行政側は黒子になって静かに押して上げるとい
う体制を取らない限り、ダメだと思います。
そんな中で、若者の心をどうやって育てていくか、その中からこの運動のようなことを
進めてて、よし良くやったなとほめる時はお金も必要だと思うのです。そういうやり方で
やると出来るのではないかと思います。
今のままでただほめるだけ、そしてまたドイツの例のとおりやるのではなく、独自の手
法を作ってやっていただきたいと思いますが、いかがでしょうか。
宮田委員
私ども今ですね、『共生の大地北海道』の構築ということをメインテーマに農村の生産
活動を進めてきていますが、我々農業者はどこの町村でも何か特色を出して行こうという
ことで頭がいっぱいです。
しかし、なかなか形として現れてこないというジレンマがあるのもまた事実でございま
す。
やはり、今回のコンクールは、景観について単に美しいという評価ではなく、生産とい
うことも加えた中での総合的な評価のやり方で行うということですから、一つのきっかけ
と言いますか、我々の色々な試みを助けるという意味からも、非常に良いコンクールだと
思います。
私ども常日頃から、どうしても環境の整備と経済・生産とが両立する中で農村形成をし
ていかなければならないと考えております。
そんなことを考えますと、自らの形としては、都会の方、農業以外の方が、北海道農業
を良く理解をしていただくことと、農業に参加をしていただくということを願いつつ、経
済的な面では農業が産業として北海道の発展に寄与できるように頑張っていこうと考えて
います。
そういうことから、私どもも都会の人に来ていただける環境づくりということで、農産
物に興味を持っていただくことも大切ではありますが、農家の方々をもっと知ってもらお
うと考えています。
それには 、「景色が良いな、農村は広いな」と遠くの方から見てお帰りになって 、「農
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村は良かったな」ということではなく、農家個々の家庭に来てもらって我々と話をしてい
ただく、そういう環境づくりをして行かなければならないと強く感じている訳です。
そのことから、自宅の周囲をきれいにして花を植えていくだけではなく、生活用水の問
題、農村のトイレの問題など、個々では解決できない行政にからむ色々な問題があります。
例えば、酪農地帯ですと広々とした草地で牛が草を食むという光景は憧れと精神的な安
らぎを与えるということで、都会の方に大変人気があるのですが、牛舎の近くに来ると糞
尿にまみれているような状況だとイメージがガクっとダウンしてしまう。
ですから、我々農家の責任問題になっている糞尿処理についても、そういった環境保全
をした上でないと都会の方と結びついていけないという、我々自体の生活に関わる問題で
もある訳ですね。
もう一つは、さっき一村一品の問題が出ましたが、我々も色々な試みをしたけれども、
なかなか先程のスライドのように成功したケースは、はっきりいってあまり多くはありま
せん。
そういった中で地域的な高まりをどうしていくかとか、色々な農村地域の試みについて
消費者にどう理解をしてもらうかなどが、これからの大きな課題になると思っております。
我々も、やはり農村に来られる都会の方が心休まるような地域を提供していきたいと思
っておりますし、また都会の子供が農村に来て農村の子供と車から降りて語らい合う、そ
ういった地域づくりとか、さらに地域が工夫し付加価値を付けた農産物を、どう地域とし
て見出して行くかといった、総合的な取組みをこれからも努力をして行きたいと考えてい
ます。
そういったものを作り出すきっかけとして、このコンクールがあるということは、とて
も意義があると思う訳です。
それからもう一つは、先程もこの運動をどのあたりまでやるかという開発局の問題も出
ましたが、もう少しこれを高めたいという場合、やはり地域の住民としての経済的な限界
があってできないこともある訳です。
そのあたりを関係機関がどうやって支援していくかということも、合わせて具体化して
いくことが必要ではないかと思います。
工藤委員
私、上湧別というオホーツク海の6千人を切った町の生まれで、今もそこの住民なんで
すが、このままで上湧別は良いのかと思いまして、20年も前に東京に出稼ぎに出ました。
上湧別に生まれた子供たちが、上湧別で生涯を送りたいという町に何とか出来ないもの
かと、まだ若かったものですから夢を持ちまして東京に出てきました。
東京に出て、ネットワークを作って良い情報をなるべく早く田舎に持っていき、そのネ
ットワークでまた都会にはない楽しさが地域に生まれていくということが出来ないのかと
思った訳です。
今、一番大事なことは、最終的に日本という国に対して北海道をどう持っていきたいか、
すなわち、北海道をどういう位置付けにするのかということを考えたい。
そのためには、この運動をどう動かしていけばいいのかということを考えたい。
この委員会の委員にさせていただく時に、いくら“美しく”といってもあんなコンクリ
- 10 -
ートだらけの河川を作られては美しいも何もないじゃないですかと、そういうことまで言
っていいのなら私は委員を受けたいと言ったんです。
そういうことも含めて言わせていただかないと、私は忙しい時間をさきたくないなんて、
冗談を言ったことがあります。
まず、そういう事を考えて、建設業者さんにも良い物を作ってもらおう、それから良い
物を国に提案しよう、それから先程出た住宅の問題も、住宅を建てる建設業者さんの意識
を変えてもらおう、もう少し良い物を町に作ってもらうように変えて行こうと思います。
業者さんが自然を大事にするようなことをやっていれば、それを評価してあげるコンク
ールがあってもいいのではないのかなと思います。
アメリカにラーソンという会社がありまして、疑岩、疑木をものすごい技術で作ってい
るのです。そこで何とか河川のコンクリートブロックに替えて、疑岩・疑木で河川を作れ
ないものか、道庁の土木担当者のところに行って話をしたこともありました。
けれども、予算が合う、合わないとか、今までのつき合いがあるとか、ないとかという
ことでなかなか実現しない。
だからそういうこともこの会議から変えていってもらえると非常にうれしいことだと思
います。
やはり私は、公共事業のあり方と、それからこの会議を具体的にどうやって市町村にお
ろしていって、そこからどうやって本当にフィードバックさせるのかということまで、真
剣に詰めていかないと、夢になってしまうのではないかと思う訳です。
道民として、何とかこの委員会によって、もっと日本に役立つ北海道になるように、中
央の予算に頼らないで、北海道が自立していけるように、北海道に行ってみたいと思われ
るように、町づくりが出来たらうれしいことだと思います。
林(美香子)委員
色々な農村地帯に取材に行って、頑張っている町や地域がたくさんあることがわかって
いるので、こういう運動が全道的に広がって行くと本当にいいなと思っています。
ただ、実際にどのあたりでこの運動が進んでいくのか、正直に言ってわかりづらいとこ
ろがありました。
今日は、ドイツでの例をかなり具体的に紹介されたため、ドイツ風でやるのかなと一瞬
思いました。
このあたりは、専門部会でもっと詰めていくのでしょうか。
例えば、得点で金賞銀賞が決まるとすると、果たして3部門でたくさん出てきた時にも
の凄く金賞がたくさん出てしまうとか、あるいは銅賞ばかりになってしまうとか、賞をど
ういう風に出すのかによって、随分とこの運動、この賞の価値というのが違って来ると思
う訳です。
最初は、美しい景観と、地域特産物と、人の交流で頑張っている町を表彰するのかと思
っていたら、総合点でグランプリも表彰する。
そうすると、3つがバランス良くいっている地域もあるとは思いますが、委員会として
実際に、どういう物を表彰したいのかがとても重要になると思う訳です。
例えば、今日は色々な地域の紹介があったのですが、こういうものが良いですよと言う
- 11 -
ニュアンスで選ばれたのでしょうか?どういうものを選んでいくのか採点の基準がわかり
づらくなってしまったところもあったような気がします。
また、2年ががりのコンクールというのはどういうものなんでしょうか。
私は、ホクレン夢大賞の審査員もしていますが、毎年募集をして、その年に実際に応募
してきたものを見て審査しています。
2年がかりというやり方は、景観は段々と良くなって行くかもしれませんが、1年目よ
り2年目はさらにみんなが頑張らなくてはいけないとなると、農家にとっての負担はどう
なのかとか、そのあたりの現実的な面で大丈夫なのかなと思うところもあります。
これは会を重ねて、部会の方でも、もう少し練って行けばイメージが湧くのかなという
ことかなとも思いました。
事務局(金蔵課長)
準備委員会でも「わが村を美しく運動」は一つの部会で構成するということで考えてい
たこともありました。
例えば、美瑛町の前田真三さん(写真家)が発見された丘の景観ですね、これは丘の景
観と指定はされていますが、人の交流の面で観光の方と農業の方の意識は同じレベルにあ
るかどうかというと、ないと思います。
農業者は、こういう条件の悪い丘の中で自分たちの農業地帯として整備してきた。そこ
に作物を植えることによって、パッチワークの景観の妙が生まれた。結果論としてもう年
間百万人を越える方が観光客として入られている訳です。
そういうことで、今北海道の中で、3つのバランスが良いということで応募していただ
いてもそんなに数が出てこないから、それぞれの構成要因である、景観、特産物、あるい
は人の交流をそれぞれで育てていただいて、何年かしましてそういうことが一体化するよ
うな熟度が出てきました時に、また運営のあり方を見直していけばどうかと考えた訳です。
最初はドイツもそうだったのですけれど、窓を花いっぱいに飾ったり、街路樹に色々と
工夫をしたりという、本当に緑だけの運動だったのです。
それが40年間の経過の中で村の経済なり、文化なりという問題に発展してきたという
経過をたどっておりますので、今の段階では分割させていただいたというのが準備委員会
での議論でございました。
ただ、やはり全体としてバランスの取れている地域を認識しておく必要があるというこ
とで、応募地区の中から3つ合わせて活動が充実しているところについては、奨励賞とい
う意味で記録としてきちっと残して置きたいと考えまして、グランプリという部門を設け
させていただいたということです。
戸田委員長
私は、ドイツのまねをする必要はないと思っています。
基本的には自分たちは自分たちの北海道としてのやり方をむしろ自分たちで考えること
が基本だと思うのです。
ひとつのモデルとして色々勉強される事は結構だけれど、作り出す物は自分たちのもの
ですよね。
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林(美香子)委員
たまたま今日は、資料としてたくさんドイツのものがあって、また紹介もあったので、
こういう形でやろうとなさっているように伝わってしまった気がしますが、決してそうで
はない訳ですね。
事務局(金蔵課長)
決してそういうことではございません。
ドイツの事例にこだわって説明させていただくことで、逆に北海道のイメージとして何
か別のものがより具体的にならないものかと、ちょっと詳しすぎるくらいに取材させてい
ただいた訳です。
日浅委員
私、「わが村は美しく-北海道」と言う一つのキャッチコピーというか、運動の名称を
聞いたときに、美しいとは何なのか、美しさの定義というのは物の定義の中でも最も難し
いのではないかと思ったのです。
事の美醜に関わる定義というのは見る方の好みとか色んな要素があるでしょうし、それ
から特に環境という視点に立ったときに別の意見もあるでしょうから、美しさについて、
ここで本当に奥深く定義をして、都会人から見た何となく、ただ単にうわべだけ綺麗な物
ということで終わってしまわないように注意しなくてはいけないと思います。
ドイツの例ですが、緑の運動から出発して長い時間かけて、美しさの定義が人ですとか
ソフトなところに行き着いている。その時間の経緯はもの凄く貴重な財産だと思う訳です。
これから取り組む場合は、そういった事を先例として学んでいるので、いきなりぽんと
ソフトの部分も含めていけるのでしょうけど、その時間をかけなかったことによる意味づ
けの浅さみたいなことがいつかきっと出て来るのではないかと思うのです。
ですから、ドイツの例をならったものにするのではないことは分かったのですが、やは
り、ドイツ流の時間のかけ方で、みんなが全体で美しさの定義を深めて行けるような時間
的な経緯も、大切にしなくてはいけないのではないかと思いました。
それとハード的な美しさよりもソフト面の本当の美しさとは何だろうと常に考えていけ
るような委員会であるべきだと思います。
よく農村景観の美しさといいますが、やはり最も大事なのは、そこで暮らしている人が
最も暮らし良い快適性だと思う訳です。
都会からポっと来た者が、ワアー町が綺麗、家の壁が揃っているというだけで、それを
美しいと言ってはいけない。
一見それは、何もとりとめのないものかも知れないですけど、そこに暮らしている人の
快適性と言うものがあれば、それを美しいと言う風に都会人が思うべきではないか、そう
いう謙虚さが必要じゃないかと思います。
最近、農村の方たちがあまりにも都会の人たちに受けよう、評価されようと目指してい
るようなところがあるのではないかと思っています。
もしそうだとすれば、すごく残念なことです。
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やはり農村は、農村の快適な暮らしをあくまでも貫いていただきたい。その景観に学ぶ
のが都会人ではないかと思いますので、変な形で都会人に迎合なんかしなくても良いので
はないかと思っております。
大江委員
北海道は、自然に大変恵まれておりまして、これ以上破壊はさせたくないなというのが
まず一つでございます。
私どもの留辺蘂町も、農業と観光それから林業と基幹産業が3本柱になっております。
留辺蘂町は、皆さんご存知のように、白花豆が全国一の生産高でございまして、白花美
人というような名前で数年前から売り出しておりまして大変好評なのです。
最近は、その白花豆を使ったコロッケも大変人気になっております。
これからもスープなど色々取組みを行っていきたいと思います。
富良野の例を見ましても、農家の方にとりましては、道路縁にポピーを植えても何も収
益につながらない訳ですけれども、町民全体が観光に取り組むという意識が大事なことだ
と思います。
まだ往々にして、観光と我々とは関係ないとか、農業と観光は関係ないのだという町民
の意識がまだまだ強いのです。
それをどういうふうにして上手く組み合わせていくかということが大事だと思います。
このように表彰されるということになると、やはりみんな一生懸命頑張って、この次は
自分だというようなことで頑張ってやっていけると思います。
それから、町で活性化委員会をやっていますが、小さな町でございますから、人口も少
ないですし、だんだん過疎になってきまして、何か一つイベントするにしても人手不足と
いうことで、大変な思いしております。
そこで、やはり広域的な観光というのが大事だと思います。
温根湯も花では歴史は長いのですけれど、天然記念物のエゾムラサキツツジは、滝上の
芝桜、東藻琴の芝桜にお株を取られたような状況でございます。
けれども、地域が連携してフラワーロード、花街道ということで春は湧別のチューリッ
プに始まって芝桜それからエゾムラサキツツジそれから花菖蒲など、季節と連動して観光
客が切れ間なくおいでいただくような花を各町村で植える活動をやっております。
そういうことも、広域的な観光ということで大事だなと思います。
農業と観光は切って切れないということで、町村から美しくなるための運動がだんだん
と、そして、大きく広まっていって、北海道が美しくなるのではと思っています。
最初から大きな運動ではなく、進めながら出来るだけ大きくしていけばいいのではない
ですか。
また、これをどういうふうにPRするか、こういう制度があるよ、こういうことをやっ
てるんだよという広報活動が大事ではないかと思います。
坂本委員
私どもは、今鉄道会社ですから北海道へお客さんをお迎えして各地域にお送りをしてい
るのですけど、やはり北海道は観光と農業が主体産業だとは思ってます。
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けれども、一番難しいのは、この町づくりをやるためには、農家の人が主体にならなけ
ればいけないのですけれど、必ずしも農家の方々の意識というのが観光と結び付いてない。
観光どころではない。生活するのが精一杯だという、そういう厳しい条件の中にあり、
さっきの話も有りましたけれど、美瑛・富良野のキャンペーンなどを全国に向けて一生懸
命やっているのです。
しかし、たくさんのお客さんが前田真三さんの写真を見て来られるんですけど、農家の
方々はものすごく迷惑がっているのです。
勝手に畑の中に入り込んでくる。
そして何も物を買っていかない、その地域のものを。
ただ、ワーッとバスで来て、すばらしいすばらしいといって畑の中に入って写真を撮っ
て、それで帰っていく。
表面的に美しいとか特産物とか人の交流だけで、本当にそういう運動が出てくるのかな
と思っています。
客観的に見まして、やはり農家の人にまず潤いを与え、自信を持たせてそして人にそれ
を誇りたいというようなところに、また美しい町を作ろうとかいうことが出てくるのです
けど、今のところはその表面だけが先走って、北海道観光のために農家の人達が犠牲にな
っている。
我々もとにかく、北海道の農家の作ったものを食べなければいけない。
北海道のものを北海道から外に送り出して農家を潤さなければいけない。
そして、自信を持ってもらわないとなかなか観光に結び付いて、農家の人達が心から観
光客を迎えることができない。
そうしなければ、きれいな町づくりだとか、人の交流で親切に対応するというところま
でのレベルにいかないのではないかと思っています。
最近は、今日の新聞にも出てまいしたけれど、高等学校の修学旅行で北海道が№1にな
ったのです。京都を抜きまして。
というのは、全部体験学習なのです。
物見遊山でお寺を見るより、そのほとんどの人達がじゃがいも掘りたい、とうもろこし
を採りたい、それから農家で一緒に体験をしたい。
ところが、それを我々が受け入れるために、各農家の方々にお願いするのですけれど、
そんな余裕はないと。
ところが、学校の方は夢、ロマンそれで体験とこう言うんですけど、そのあたりをどう
やって町づくりやこの運動に結びつけていくのか。
これはやっぱり行政が抑えたら駄目です。やっぱりそこにいる青年部だとか、やる気の
ある人達にダーッとやってもらって、その人達を我々がどうやってバックアップしていく
かなのです。
例えば、我々のJRでどうやってたくさんのお客さんを送り込むか、他のところはどう
やってそこの品物を買ってもらえるか、そういうバックアップ体制をとって、農家の方々
を中心に進めて行かないと、これは絵に描いた餅になるのではないかという気がしていま
す。
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野中委員
今、それぞれの委員の抱えていらっしゃるあるいは直面していらっしゃるお話を伺って、
とても勉強になりました。
この委員会は北海道自身がそこに住んでいらっしゃる方が誇りと自覚と自信を持って、
永田町頼みではなくて、本当にここに生まれて良かったと思えるような地域づくりを何か
やって行きたいと、それをまず確認することがすごく大事なのだと思います。
というのは、問題点から挙げていくと、絶対前に動かない。
だからそれを目標にして、この委員会が生まれたことを評価するというお話がありまし
た。
そこからどんどん仕掛けとしてのアイデアを出すお盆というかステージというか、それ
が創出されたということを喜べることがまず第1回目の今日と、それからこれを各自治体
に下ろしていく時の一番大事なことではないかという気が致しました。
それから、農家の方がもう大変だ面倒だよねというのは、結局都会人にとって憧れであ
って、それは都会人というよりも人間にとって一番大事なもので、日本丸が戦後失ってし
まったものが北海道にあることに、お宝に農家の方自身が気が付いてないというだけの話
で、その気が付き方の装置も、この委員会で作ってあげればいいかなという気が致しまし
た。
それは具体的には2つ。
リーダー、人材の育成、それはデータベース化をしたり、それから人材のネットワーク
を作るという、それがこの委員会でコンテストのクライテリア(選定基準)作りをしても
らうというのも手だと思うのです。
先程20世紀日本丸の反省として、行政がいくら旗振ったって、声を挙げたって、下か
らその気にならないと本物じゃないというのを学びましたから私達。
けれど、下から学ぶメンバーが居ないんです。この委員会の中に。
評価委員会の評価基準作り分科会みたいなものを、農業の現場で頑張っているリーダー
の方達、それから農大の学生あるいはゼミ生、それを田園委員会分科会みたいな形にして、
何か学校の授業でクライテリアを作ってもらうとか、こういうドイツ型があるとか何だと
かという情報発信基地を委員会からちょっと落としたところで若手を巻き込んで、それを
ここにもどんどん参加してもらって毎回、こういうクライテリアを作りました、審査の基
準はこういうのはどうですかみたいな、現場の民意をダイレクトに息を吸ってる人達を巻
き込む仕掛けが今日の段階では全然出ていないのですが、一つ作られたらどうかなという
のが提案でございます。
それから、ウェブの時代でございまして、修学旅行もそうですが、もうアジアあるいは
世界を相手にした北海道がデビューできる時代だと思うのです。
こういう委員会があるのだということは、やはりウェブ上で展開していただいて、でき
れば民意が反映されるというのが「俺達の一票が」という民主主義の根幹であります。
評価に加われるという仕掛けを、例えばウェブでの投票で10%ぐらい評価の時に入れ
るというようなことはどうですか。
また、そのウェブでのサイトで意見交換みたいなところの仕掛も是非作っていただけた
らなと思いました。
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第1回目の表彰というのはかなりインパクトがあって、虫眼鏡で探さないと分からない
ような小さな、先程お話があった学校を受け入れている零細のじゃがいも農家とか、昴ま
で行く必要はないかも知れないのですが、世界中を見渡せるような中で大規模にやってら
っしゃる方、それが同時に表彰されるような懐の深い委員会になっていただけたらと思い
ます。
事務局(林局長)
まったく、野中委員のいわれるとおりなのですが、私の方からも一言申し上げたいと思
います。
実は、この委員会の発足にあたって、私が相談を受けてゴーサインを出したその根底に
は、まず、地域づくり、町づくりに対する意識改革ということがあります。というのは、
今、行政も意識改革をしているところです。
同時に、先程、戸田委員長がおっしゃったように、やはり地域の方々はこれまでは中央
依存型です。
何か上から言われたら何かするという体質を何とか脱却する、そのためにはやはり地域
の小さなコミュニティから、自分たちがどういうような町づくりをしたいのか出てこない
とならない。そういうことを盛り上げるための委員会なのです。
実際には、実務に長けている方あるいは実際に携わっている方々とそういうお話の場を
持って意見をどんどん吸い上げること、そして行政の取り組みと自分たちがどうするかと
いうことについて、お互い協力しあって協調できるようにするということが目的ですので、
その辺を皆様に確認させていただきたいと思います。
武井委員
この運動はいったい何ぞやという問題がある。
今日の説明は、 色々あったけど、これは精神作興運動なのか、あるいは産業政策なの
か、よく分からない。
もう一つ、組織的に言うと道庁とどういう関係になっているのか、その点もはっきりし
ていない。
北海道の場合、国土交通省だけでは駄目である。
北海道庁がどう絡むか、ここも一つ具体的にやらないと市も人民も困る。
それから、皆さんが言っていることだが、美しい村づくりというのは正しいと思うが、
日浅さんが言われたように、美しいという定義は非常に幅広いのです。
だから、それは村民にとって何が美しいのか、ソフトの面を出してもいいし、色々な面
があるが、それをもっと幅広くとらえなければならない。
今日は、あまりにもドイツの話が出たものだから、それに引きずられているが、私はそ
んなものは関係ないと思う。第一コンクールというのは後の話である。
一番我々がやりたいのは精神作興運動であり、コンクールは結果である。
コンクールにこだわっていたら、この運動は吹っ飛んでしまう。
それからもう一つ、今第三セクターというのはありとあらゆるものが全部駄目になって
いるが、これについて、別の息吹を見いだそうという運動でしょう。
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その限りにおいて美しいということは、別の意味でいうところの産業政策にも結び付い
てきて、地に付くのだと思う。
深川市でおやりになっている米作りだって、新しい米作りをやって、俺のところの米は
こんなに立派な米だと、こう言えば出来ると思う。
新篠津村には2、3回行ったことがあるが、やればもっと良い物が出来ると思う。
今、北海道は”やっかいどう”と言われているが、北海道が日本に誇るべきものについ
て、アピールしなければならない。
この状況を打開しようという局長の考えでしょうが、それはやってほしい。僕はそれだ
けです。
戸田委員長
今のお話がございましたので、行政としてどうするのか、整理していただく必要があり
ます。
西川委員
私ども北海道は、非常な転換期にあり、自主自律の北海道を目指すということで、様々
な構造改革をやっております。
その面ではこの運動というのは、地域でそれぞれの自主自律を目指すには大変良い運動
だというふうに理解をしております。
ただ、先程からいろいろご議論がございましたように、あまり行政が主導するのはやは
り避けなければいけないと思いますが、地域あるいは農業の振興など様々な政策をやって
おりますので、この運動と連動させながら私達の政策効果も高め、なおかつこの運動もよ
り内容の充実した運動になるように、これから北海道局とよく相談させていただきながら
やって参りたいと考えております。
須賀委員
私は、医師として一人だけ参加させていただいているのですが、実は幼いころ、旭川と
札幌のちょうど中間あたりにある奈井江町で育ちました。
大人の人達が田植えをするのを畦道で遊びながら見て育った農村育ちの者としまして
は、この様な運動、試みを非常に嬉しく思っているわけです。
それで、医師として参加させていただいて何が出来るのかさっきから考えていたのです
が、見た目に美しいということであっても、やはり環境衛生とか予防医学の面からうまく
整っていないと、運動は長続きしない。
先程、コミュニティのお話がありましたが、そういうものも一過性に終わってしまう可
能性もある訳です。
それから、若い人達がそこに根付かないということもあるわけですから、精神衛生面、
あるいは環境衛生、そういう心身両方を合わせた予防医学的な面の充実度といいますか、
そういうものも見させていただきながら、私の考えを反映させていただけるのではないか、
というようなことを考えておりました。
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千賀委員
実は、準備委員会から加わらせていただきまして、ドイツを何だかんだと言う人間の一
人でございますから、ドイツに何が学べるのかということだけは申し上げておきたいと思
います。
ドイツでやっているのは、要するに自己実現の運動なのです。
決して行政に頼るのでもなく行政に言われてやるのでもない。
ただ、ドイツと日本の違いは行政がそれを見事にサポートしているということです。
確かに行政は黒子になって良いのですが、だからといって全く無責任になってはいけな
い。行政がいろんな形で支援しないといけないと思っています。それは下からの支援とい
う形です。
そして住民達あるいは農民の方々の自己実現の喜びが、本当に小さなところから生まれ
た時に、この美しい村づくりというのは成功するのだろうと思ってます。
誇りが生まれて、人に来てもらいたいという気持ちが出てくるのであろうと思います。
私の研究室で今、ある調査をしているのですが、自然によく触れ合いながら遊んでいる
子供とそうでない子供とで、地域に対する意識がどう違うかという調査なのですが、はっ
きりと自然とよく触れ合って遊んでいるという子供ほど自分の市町村が好きだという答え
が出てきています。
これは、5%の危険率といいますか有意の差がはっきりと出ています。
対象は、小学校4、5、6年生なのですが、その親たちにも聞いたのですが、子供の頃
よく自然と触れ合って遊んだ親ほど自分の町の町づくりに興味があると、これにも有意の
差が出ています。
美しさの奥には、私は単なる見かけだけではなくて、自然があり、しかもそれは自然と
触れ合っているという人間との関係があるのだろうと思うのです。
それは決して自然のためだけでもなく、自分たちの町の将来のために大事だというふう
に思いますので、その調査だけちょっとご紹介させていただきました。
小沢委員
農業者にとっては、農村というのは観光資源の前にやはり生活の場であり、生産の場で
あるというのが大前提であるわけです。
そのことから出発をさせていただくということでなければならない。
今のコンクールに参加するより、コンクールに出品する素材を作っていかなければなら
ない。そこを一つ重点的に考えていただきたい。
昭和30年の前半に集団就職で夜行列車で上野に行った。
今は、そんな日本の高度成長を支えてきた人達の子供でなく孫の時代になったが、その
孫達の故郷がないという状態だと思うのです。
そういうような農村出身の人達の孫、子供に参加してもらえるような、国民的な合意の
中で運動が進められるといいのではないか。
農村のこれからの一つの役割として、農業者たちが我々の生活の場だというだけではな
く、国民的に求められている環境にあるのだという自覚を持って農業経営にあたっていく
ことが求められいるのだと思いますが、先程申し上げましたような農業者の生産と生活の
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場ということも全体の中に確立されていかなければならないのではないかと、そのように
思います。
梅田委員
会議の中で数少ない専門家と言われるのだろうと思うのですが、何かアリ地獄にずーっ
と落とされているような感じになっています。
千賀先生のお話にもありましたが、私も25年ぐらい前に農村景観の研究の一番最初に、
北海道内の60ぐらいの農村の景観を学生に見せまして、どれが好みかと聞くような実験
を致しました。
北大農学部では水田の景観、帯広の畜大ではぺんぺん草が生えている草地の景観が良い
と言うのです。
そこで、女子大学の学生50人で実験しました。そうしますと、ただ白い壁で赤い屋根
の家があれば、他はどうでもそれがいいと言うのです。そういう結果が出ました。
もう一つそれと関連してやりましたのは、その学生達が子供の時にお爺さんお婆さんが
田舎にいて、夏休みにそこに遊びに行けたのと、お爺さんお婆さんも都会で遊びに行けな
かったのを分けますと、これは先程千賀先生が言われたのと同じ様な傾向がきちっと出て
るということなのです。
とにかくただ私ども美しいとか景観とかいうのが、定義が曖昧なだけに言葉をみんなが
使うのです。非常に危険だと思うのです。
私もこの美しい何とか部会長と名前が出ていますが、いわゆる美しいというのはただ見
る美しさでなく、知る美しさまで行かなければ、その次に触れる美しさにいかなければ駄
目なのではないかと。
触れるとなると、だいたい浸るところまでいけるのではないかと思うのです。
そうすると癒しとか何とかいうところ、今流行の軟弱な言葉であんまり好きではないの
ですけど、その辺まで行けるんではないかと思うのです。
そんなふうにすると、やはりここで言ってる美しい農村というのは、浸って美しいとい
うのはやはりそこで生活しておられる方が満足するというか、幸福感が持てるようなもの
が美しいというのだろうというふうに、私自身は今日は納得して帰るつもりでおります。
戸田委員長
今日は、色々と皆様方から率直なご意見をいただけたというふうに思います。
今後5、6月を目標に致しまして3つの部会を構成していただくということになってご
ざいます。
ただその中身につきましても、先程来色々出していただきましたご意見などを踏まえて、
もう一度それぞれの部会で目標なり、やり方なりを議論していただくということで進めて
いただいたらいいのではないかと思います。
それが終わりましてから具体的な活動方針に入り、「わが村は美しく-北海道」運動を
展開するというふうに進めて参りたいと思います。
最後になりますけれど、長時間、非常にご熱心なご発言をいただき、ありがとうござい
ました。
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10年ではなかなか難しいと思います。
20年経って30年過ぎて初めて形が整うかも知れません。
そういう意味でこれから具体的な運動に入るように、北海道局としまして、道庁の方と
もよく打合せ願って、それなりのサポートをしていただきたい。
その事をお願い致しまして、今日の議事を終えたいと思います。
司会(金蔵課長)
以上をもって閉会させていただきたいと思います。
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