医療計画の見直しは精神科医療改革に寄与しうるか? - 日本精神神経学会

精 神 経 誌(2013)
SS192
第 108 回日本精神神経学会学術総会
シ ン ポ ジ ウ ム
医療計画の見直しは精神科医療改革に寄与しうるか?
―利用者の立場から―
山 本 深 雪
(NPO 大阪精神医療人権センター)
私は自身の体験からの学びを土台とし,大阪精神医療人権センターの事務局スタッフとしての活動
の中で入院中の人の言葉に耳を傾けることを大切にしてきた.大阪精神医療人権センターは,
「精神病
院に風穴を」をスローガンに,精神科病院に入院中の方からの電話相談などを行ってきた.特に大和
川病院の入院患者暴行事件の解明に深くかかわり,精神科病院がはらむ問題の改善を求めて大阪府精
神保健福祉審議会へ参加した.その審議会の議論で,第三者が精神科病棟を訪問する権利擁護活動の
必要性が認められ,現在の大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会事業につながっている.そして
当センターでは,この事業の中に位置付けられた病棟訪問を行っている.この活動において,精神科
病院の病棟ではいまだに多くの問題があることがうかがえる.しかし「安心して入院治療できる精神
科医療の環境」作りには,こちらが問題だと受け止めたことを病院に対して一方的に伝えるのではな
く,じっくりと時間をかけて病院と話し合うことが必要であると考える.そしてこのような個別的な
取り組みを重ねると同時に,国連の障害者権利条約などによって示されたグローバルスタンダードな
基準も取り入れながら,日々の活動を行っている.これらの実践を通して考える医療計画に求めるこ
とは,次の通りである.まず,医療法精神科特例を廃止して精神科病院の医師数を適正化すること,
入院患者ごとに権利擁護者をつけること,社会的入院解消のために病床を削減するとともに地域精神
保健福祉体制を構築すること,身体疾患のある高齢患者を他科病床に受け入れられるようにするため
にも「精神病者は,精神病室でない病室に入院させないこと」という医療法施行規則を削除すること,
個別治療計画の策定の徹底と十分なインフォームド・コンセントが行われ退院へのプロセスが示さ
れ,患者の願いを中心とした退院支援が行われる体制を整備すること,である.
<索引用語:利用者の声,権利擁護,他の者と同質の医療とケア>
はじめに
ても高く感じていた.精神症状を抱えていること
「精神科の疾患にかかることがある」
ということ
を“負い目”とする意識があり,なかなか自分を
を自分のこととして考えたことのないまま,うつ
受け止めきれなかった.
病になった.友人に連れられて初めて精神科に
その頃,ちょうど新宿西口バス放火事件があっ
行った時は嫌でたまらなかった.その場から逃げ
た.私はその頃,新聞やテレビは見ていなかった.
出したかった思いは今も忘れていない.
“精神病
また私の住んでいる地域において,未明頃ボヤ騒
は他人事”として距離をとっている私がいて,そ
ぎが続いていたことなども後日知った.当時は
の葛藤のために 6 年間近く精神科受診から逃げて
「病状の波なのか,怠け者なのか」などと考え自分
いた.
「いつ退院できるのか,どうされるかわから
の内面と向き合って悶々と暮らしていた.三軒長
ない」という不安と怖さから,精神科の敷居はと
屋の一室に集まり通院中の知人たちと夕食会をす
シ ンポ ジウ ム :医療計画の見直しは精神科医療改革に寄与しうるか?
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ることで,やっと会話のできる関係を築きはじめ
問活動を今日まで続けてきた.
たところであった.
そして 1993(平成 5)年 2 月,大和川病院(旧
そういう中,ある日突然,町内会副会長となる
安田病院)における患者が暴行を受けた死亡事実
方の訪問があり「三軒長屋の方々,全員立ち退い
に直面し,遺族や弁護団,元職員や元患者たちと
てもらうよう町内会で決まったのでお知らせしま
共に実情を行政に訴え続けた.背景として職員不
す」と口頭で通告を受けた.ショックだった.何
足によるサービスの無視放置が虐待事件を生み出
を言われているのかわからないまま,不動産屋を
していたことが明らかとなり,1997(平成 9)年
訪ねた.そこで,不動産屋に「何で今のところを
10 月に廃院となった.この頃,「閉鎖病棟の中に
出ていかなあかんの」と尋ねた.その時初めて,
地域から入れる関係があれば,こんな虐待は生み
「町内会決議」という言葉に動かされて,引っ越し
出されていなかった」とつくづく感じたものであ
理由に納得のいかない自分がいることに気がつい
る.それで,1998(平成 10)年夏,大阪精神科病
た.そして 3 人で町内会副会長に理由を尋ねに
院協会に閉鎖病棟への訪問活動の申し入れを行っ
行った.
た.結果,
「任意で個別病院が判断すること」と
精神科通院中であるという理由だけで,人とし
なった.2000(平成 12)年 5 月,大阪府精神保健
て安心して暮らすことを踏みにじられ,理由なく
福祉審議会で
「外部の第 3 者による病棟訪問活動」
退去を求められたのである.
「火の後始末が心配
が権利擁護の一環として位置付けが確認された1).
だ」と事件報道をきっかけに町内会で決められた
ことが信じらなかった.本人たちへの質問や聞き
Ⅱ.閉鎖病棟の患者の声を聞く訪問活動
取りを抜きにそうしたやりとりが起こり得る事実
1998(平成 10)年の春より大阪府精神保健福祉
を突きつけられ,世間と精神病を抱えて暮らす者
審議会に患者団体委員として私も参加した.そし
の溝の深さを実感した.じくじくとした後ろ姿を
て<社会的入院は人権侵害である>との答申を府
感じ取ったのか,ある日息子から「お母さんらし
知事に提出し社会的入院解消事業が始まった2).ま
く生きているか?」とつきつけられた.さまざま
た入院中の精神障害者の権利を守り適正な医療を
な経験の反芻の中,逃げようとするのではなく,
提供していくために病院訪問活動が始まった1).
ありのままの私を,弱さも病状も含めて受け入れ
この病院訪問活動は,現在も精神科医療機関療
て生きようとするのに 10 年近くかかった.病気の
養環境検討協議会※として運営されている.
先輩たちの生き様から学ぶことがたくさんあった.
私はそうした体験を通して「精神科の薬を飲ん
Ⅲ.療養環境検討協議会で検討してきた課題
でいるからとの理由で,その人の言葉を聴こうと
2007(平成 19)年度の検討項目として,隔離
しないのは,よくない,その人の人権を蔑ろにし
室,任意入院者の閉鎖処遇について,プライバ
ていく第一歩だ」と学んだ.そして 30 歳後半で,大
シーの保護(カーテンの設置,公衆電話,診察室
阪精神医療人権センターと出会い,入院中の人の
他)
,服薬内容の説明,金銭管理など,意見箱の活
言葉を聴くことを大切にする取り組みに参加した.
用,職員の言葉遣い,社会資源の情報,合併症治
療)などが検討協議会の議題にあがった.
Ⅰ.大阪での精神科病院訪問
私たちの団体は,1985(昭和 60)年 11 月より
具体的には,隔離室に関してどのような検討が
あったかについて報告する.
「精神病院に風穴をあけよう」を合い言葉に,精神
科病棟での面会や相談活動を続けてきた民間団体
1.隔離室のトイレの囲い,目隠しがない
である.私は,1992(平成 4)年より事務局スタッ
隔離室の奥の壁面にはほぼ全面に木製の縦格子
フとなり,入院中の方の電話を聞き面会や病院訪
がはめ込まれ,その格子の向こうには職員の通路
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⑤大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会
(事務局:大阪府こころの健康総合センター)
⑦意見など
⑥報告
②訪問
医療機関
③報告
④意見など
①委嘱
提言・ 調査依頼
協議会委員・臨時委員
療養環境サポーター
・大阪府・大阪市・堺市
・保健所
・精神医療審査会など
入院患者
審査・指導
図 療養環境サポーター制度
(大阪府精神科医療機関療養環境検討協議会事業)
があり,トイレはその格子のすぐ内側に設置され
4.隔離室
ていた.トイレと格子の間には目隠しになるもの
隔離室の鉄格子越しに見える窓際の廊下は物置
がないため,職員の通路から丸見えであった.
(職員の荷物など)
になっており雑然としていて,
落ち着けない.
2.孤独感を和らげる配慮を
隔離室は狭くて暗かった.床から天井にかけて
入院中の患者から,次のような声が聞かれた.
設置されている鉄格子は塗装がとれ,サビが出て
「時間も日付もわからず,いつまでここにいない
いた.ナースコールはなく,看護師を呼ぶために
といけないのかわからず不安になった」
「排泄後,
は「声を出せば,詰所に聞こえる」と看護師は言
流すために看護師さんを呼ばないといけないが何
う.入口に段差があるため転倒の危険性があった.
度も何度も大声を出しても来てくれなかった.臭
こうした現状の課題について「安心して入院治
いし,辛かった」集音マイクがあり隔離室内の声
療できる精神科医療の環境」作りを目指し,精神
は詰所で聞こえるということだったが,患者が
科病院の訪問活動を契機に,改善へのやり取りを
「何度も大声を出しても来てくれなかった」
続けている.入院患者からは,すぐに,耐え難い
療養環境をなくしてほしいとの声が届いている.
3.トイレ周りのアンモニア臭
変わっていく病院と変わらない病院があり,時間
便器の周りはきれいにそうじされていたが,長
をかけても変化の少ない療養環境の実情に悩むこ
年の使用でしみついたと思われるアンモニア臭が
とがある.
した.これについて病院側からは「床の周りの張
替え工事を予定します」との返事だった.
Ⅳ.障害者権利条約を踏まえて
そのような中,2008(平成 20)年 5 月 3 日,障
※この検討協議会の構成団体は,大阪精神科病院協会,大阪精神科診療所協会,日本精神科看護技術協会大阪府支部,
大阪精神保健福祉士協会,大阪弁護士会 高齢者・障害者総合支援センター,NPO 大阪精神医療人権センター,大阪精神
障害者連絡会,大阪府精神障害者家族会連合会,学識経験者,大阪後見支援センター,大阪府保健所長会,大阪府(健
康福祉部保健医療室地域保健感染症課および大阪府こころの健康総合センター),堺市(健康部精神保健福祉課および堺
市こころの健康センター),事務局:大阪府こころの健康総合センターとなっている.
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害者の人権の確立が国際法として効力を発し,
られる医療機能の具体的な把握」をすることが大
やっと実行段階に入った.そこには 25 条 d「他の
事であると痛感している.現状のような地域福祉
者と同質の医療とケアを保障する」と謳われてい
予算の低いままでは,地域に暮らすサポート支援
る.その内容の実現に向け,まずは批准できる環
の維持が困難と福祉現場から言われている.それ
境作りに,日本の障害者施策の課題の整理が行わ
を変えないままでは,退院して自分らしい生活を
れた.
営めるようサポートする社会資源が増えず,それ
そして 2011 年(平成 23)8 月,障がい者制度改
どころか減っていく傾向すらみられる.
3)
革推進会議 総合福祉部会が骨格提言を提出した .
これまでの入院医療に重点を置く精神障がい者
これらの内容を絵に描いた餅にしないために,
施策から,地域福祉に予算を使うよう,見直して
各人が各分野で自分の住む場における検証作業が
いくことが問われている.
問われている.その一環として,5 疾病 5 事業化
も議論されている.
Ⅵ.どう見直すのか
精神科に関する医療計画を立てるにあたり,日
Ⅴ.医療法の医療計画に,精神科医療が
本では民間の医療機関が 9 割の病床を占めてお
記載される意味
り,そこで非自発的入院や行動制限が行われてい
医療計画に精神科医療があがったことは,精神
る現実は見過ごせない.また身体拘束や隔離とい
科医療が国民的議論のテーブルにつくことになっ
う個人の人身の自由を奪う入院形態が,過半数の
たということであり,それは議論の第一歩として
病床を超える現状は,由々しき事態である.
評価される.精神科医療の状況「現状の踏襲」に
こういう現実の中で,少なくとも以下の点を優
終わらせないためには,まず,病院職員の配置基
先して検討し,解決をしていただきたい.
準の適正化まできちんと見直しをする必要がある.
①入院中の患者の権利を擁護するシステムを(医
1 日も早く,医療法特例の医師等の配置基準の見
療の安全の確保のため)日常的な仕組みとして
直しにより,他科並みの人員配置が実現するよ
構築すること.最低限,アメリカの PAIMI の
う,計画が作られることを願ってやまない.
ような権利擁護者
(アドヴォケイト)
の導入を,
2012 年 3 月 30 日付厚生労働省医政局指導課長
大阪での取り組みをベースに常態化を図ること.
名の通知で,各都道府県は医療提供体制を確保す
②社会的入院を解消するための地域における連携
るにあたり,①求められる医療機能を具体的に把
役として精神保健福祉士の役割を明確化し,そ
握し,②地域の医療機関がどのような役割を担う
の仕事に専念できる人員を確保すること.少な
か,③医療連携体制を推進していく医療計画を定
くとも人口万対の比率で世界水準並みの病床比
める,とされている.
率とすること.
昭和 30 年代の医療法特例の精神科差別,つまり
③入院患者の高齢化に対応できるよう,
「精神病
医師,看護師,薬剤師が少なくても良いとされて
者は,精神病室でない病室に入院させないこ
いる.これが解消しなければ,他科並みの医療の
と」という医療法施行規則を削除し,内科や外
質は実現しないと思われる.そしてその課題を解
科病床においても受け入れられるように医師の
決していくビジョンが必要であることを繰り返し
研修を積み,合併症治療の体制の整備を図ること.
確認したい.国際人権委員会からも「必要でない
④精神科病院における医師の常勤,非常勤の比率
入院に医療保険の予算を投入し,世界的にも飛び
の適正化をはかり,主治医の診察が行える体制
ぬけて多い病床を維持している現状は解決するべ
とすること.
きである」と指摘されている.そのためには,5
⑤治療計画の説明を,急性期か慢性期かにかかわ
疾病 5 事業化の医療計画を定めるにあたり,
「求め
らず,患者本人にとって,どういう治療を行う
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のか,治療期間はどれほどかの目処を本人と一
ば,精神科医療の改革に有効な計画にはなり得な
緒に,治療計画を立てること.その治療計画に
いのではないかと危惧している.大阪での精神科
は退院にいたるプロセスも含まれること.ま
訪問活動に取り組んできた 20 年間の実践をご検
た,主治医の役割の 1 つとして,入院治療につ
討いただき,将来の医療ビジョンを含む内容へと
いては治療計画が患者に理解できるよう提示す
改革していただきますよう,よろしくお願いします.
ることを明確にしていただきたい.
⑥「住み慣れた身近な地域」とはどこかを患者の希
望を軸にして考え,それに応じて退院支援体制
が取れるようにすること.そのための職種連携
や地域連携を行うこと.
⑦また,これまで退院促進事業でピアサポーター
としてかかわってきた自立支援員(当事者)の
活動を継続できるよう,長期入院者が夢や希望
を取り戻す身近な存在として重要な支援者であ
ることを位置付けること.
文 献
1)大阪府精神保健福祉審議会:精神病院内における
人権尊重を基本とした適正な医療の提供と処遇の向上につ
いて(意見具申).精神病院内における人権尊重を基本とし
た適正な医療の提供と処遇の向上について(意見具申)平
成 12 年 5 月(http://www.pref.osaka.jp/attach/13304/
00000000/ikengusin.pdf)
2)大阪府障害保健福祉圏域における精神障害者の生
活支援施策の方向とシステムづくりについて(http://
www.pref.osaka.jp/attach/13304/00000000/toushin.pdf)
3)障がい者制度改革推進会議総合福祉部会:障害者
む す び
医療計画を策定するまでの期間が限られてお
り,利用者側の意見を聞かずに行政と医療提供者
側のみで各都道府県において計画が作られるなら
総合福祉法の骨格に関する総合福祉部会の提言­新法の制
定を目指して(平成 23 年 8 月)
(http://www.mhlw.go.jp/
bunya/shougaihoken/sougoufukusi/dl/0916­1a.pdf)