ネットの未来と<友だちの輪>

ブロードバンド環境における動画・ネットワーク コンテンツの活用
ネットの未来と<友だちの輪>
歌 田
概
要
明 弘
ている。そのように主観的な意見は授業であまり聞いた
ウェブは,ばらばらの情報の寄せ集めではなく,有機
ことがないということなのではないかと思う。大学がマ
的なまとまりを持ったデータベースとしての性格をます
ンモス化しているということは四半世紀前の私の学生時
ます強めていく。そして,地理的な隔たりはもちろん,
代以前から指摘されていることだが,インターネットの
時間の壁や言葉の壁をも超えた情報空間になろうとして
ような双方向的な技術が導入されても状況は変わらず,
いる。しかし,ネットの未来は,技術にあるばかりでな
コミュニティが成立しにくいのだろう。大学に限らず,
く,双方向性を活かす人々の使い方にかかっているとこ
いずれの学校でも生徒たちは,たわいのない会話は交わ
ろも大きい。そうした時代に人間が必要とする能力はど
すだろうし,授業では「答え」も言うだろうが,お互い
のようなものだろうか。教育についても基本的な考え方
の個人的な主張を聞き,それについてリアクションする
を変えることが必要だろう。
ということは案外少ないのではあるまいか。インターネ
<キーワード>
ット環境,とりわけブロードバンドの環境が今の日本の
ソーシャル・ネットワーキング,インターネット・アー
学校にもっとも寄与できるとしたら,そうした欠落して
カイヴ,セマンティック・ウェブ,フレンド・オヴ・ア・
いる部分を補うことにあるはずだ。
フレンド(FOAF),アマゾン・コム
2
1「正解」が求められる教育とインターネット
匿名性の強い日本のインターネット
日本のインターネットを見ると,匿名性が強いように
昨年の春から,非常勤で1コマ大学で教え始めた。20
思われる。メディア・サイトの記事などほかのホームペ
数年ぶりに通うようになった大学は,情報科学センター
ージの記述にリンクを張って自分の意見を書きつづるウ
のような立派な施設ができ,学生はみなインターネット
ェブログは,マスメディアに拮抗するジャーナリスティ
にアクセスして,ホームページを作ったりもできるらし
ックな機能を果たすのではないかなどといわれている。
い。そうした環境はあるが,インターネットの特性であ
しかし,日本では差し当たり「2チャンネル」などの掲
る双方向的な授業が行われているかといえば,かならず
示板サイトのほうが注目されているようだ。実名を出す
しもそうではないようだ。
かどうかはともかく,ウェブログではアイデンティファ
きっこう
私が受け持ったのは大教室の授業で学生一人ひとりと
イできる一人の人間が自分の責任において情報を発信し
コミュニケーションをとるのが難しく,授業の終わりに,
ている。一方,掲示板は非人称・匿名の集合的な空間で
毎回,授業内容について感想や意見を書いてもらってい
ある。この2種類のウェブのスタイルが日米でそれぞれ
る。前回の授業を思い出してもらう意味もあって,次の
人気を呼ぶのは,それなりの理由があるように思われる。
授業はそのいくつかを読むことから始めているが,驚く
自分の意見を積極的に言うことを求められるアメリカな
ことには,「机を並べているほかの学生の意見を初めて
どの教育と,せいぜい「正解」を口にすることしか求め
聞いた」と感想を書いてくる学生が多いのだ。演習など
られない日本の教育の違い。それが,ウェブという同一
のもっと少人数の授業では学生の発表を中心に進められ
のメディアを前にしたときの若者たちの行動の違いとな
たりもしているはずだが,意見や感想というより「答え」
を言う性格の授業が多いのだろう。私の担当しているマ
って表れているのではないか。
文章を見ると,バランスのとれたしっかりした意見を
スコミ論の授業では,現在のマスメディアやインターネ
書いてくる学生も多いが,驚くことに,「AとB,どちら
ットの発展についてどう思うかなど個人的な考えを求め
の意見を支持しますか」などと聞いて,大教室で学生に
UTADA
Akihiro:専修大学文学部(神奈川県川崎市多摩区東三田2-1-1)
- 25 歌田明弘:ネットの未来と<友だちの輪>
手を挙げさせようとすると反応がない。反応がないから
なのは技術ではなく,人々の使い方であるとさえいえる。
興味がないのかと思えば,文章では,ちゃんと立派な意
見を書いてくる。よくいえば,シャイなわけである。
その反応を目にするまではすっかり忘れていたが,自
3
「友だちの輪」とインターネット
分の学生のときもそんなものだった。だから学生たちが
構成員が多くなればなるほどコミュニティのつながり
そういう反応をする心情は理解できるが,教壇に立つ側
が希薄になっていくというのはいずれの集団についても
になってみると,はたしてこれでいいのかと思わざるを
いえることだが,学校というコミュニティでは,それは
得ない。
決定的なデメリットになり得る。コンピュータ・ネット
マスコミ論を教えているわけだが,マスコミがモノを
言うことと同じぐらい重要なのは,一般の人々がモノを
ワークはそうした欠点を補う装置として使うことができ
るはずだ。
言うことである。一般の人々が黙して語らないのにマス
インターネットを使って人と人をつなぐ新たな方法を
コミだけが騒いでいるというのでは民主主義は成り立た
提示しているソーシャル・ネットワーキングと呼ばれる
ない。もちろんときには匿名で発言することがあっても
サイトがこのところ注目されている。ネット上の知人を
いいし,匿名で発言する権利は守られるべきだと思うが,
増やしていくことを目的としたサイトで,サイトに登録
基本は,自分の名前と顔を出して意見を言うことだろう。
しているメンバーを趣味や関心などによって検索し,興
この国は,民主主義に必要なそうした基本的な教育をせ
味のもてる人を見つけたらメールなどで連絡をとりあっ
ずにきてしまったのではないか。学力の衰えについては
てネット上の知り合いを増やしていく。いわゆる「出会
盛んに語られるが,そんなことを心配する前に民主主義
い系サイト」と同じ仕組みで,実際そうした目的のサイ
国を支える人々が育つ教育になっているのかをまず心配
トも多いが,ビジネス上有益な知り合いをつくっていく
すべきなのかもしれない。
ものなど多様なサイトがつくられ,注目度を高めている。
あらためてこうしたことを考え始めると暗い気持ちに
ネット上で知り合うばかりでなく,共通の興味や関心
なってくるが,「文章ならばきちんと書いてくる」という
を持つ人と実際に会うことを目的にしたソーシャル・ネ
のは救いである。つまり,自分の考えはあるのだ。だと
ットワーキング・サイトも生まれている。今年のアメリ
したら,書いたものを人の前に出してリアクションし,
カの大統領選挙では,民主党の候補者などを中心に,多
コミュニケーションに育てていくということは可能なよ
くの陣営が「meetup」というサイトの活動に着目し,ホ
うに思われる。しかし,自分の意見を人前で発表する直
ームページの目立つところにこのサイトへのリンクを張
接的なコミュニケーションをいきなりやろうとしてもお
った。
「meetup」では,ハリー・ポッター,SF,アニメ,
そらく難しく,テクノロジーによるワンクッションが有
ゲーム,チワワなどのペットまで 4200 あまりにわたるト
効なのではないか。文章でなくても,人のいないところ
ピックスが一般からの提案をまじえて設定され,「毎月
でビデオ・カメラに向かってなら意見を述べるような気
これこれの日に何々の集まりをします」などとアナウン
もする。失われたコミュニケーション復活の糸口のひと
スしている。関心のあるトピックスを選び,メール・ア
つは,インターネット,とりわけブロードバンドの利用
ドレスや自分のいる街を登録しておけば,次回の集会を
にもあるのだろう。
教えてくれる。現在 116 万人がこのサイトに登録し,東
しかしながら,学校教育では,コンピュータやインタ
京も含めて世界 51 カ国 612 都市で集会が開かれていると
ーネットをコミュニケーションのための教育装置として
いう。大統領選挙についてもこのサイトを使って草の根
使うことはどれぐらい意識されているのだろうか。コン
の支持者たちが集会を持っている。
ピュータ機器が入り,コンピュータを使うための教育は
なされたとしても,それをどういうメディアとして使う
かということについてはまだあまり考えられていないの
ではないか。
私に与えられた課題は「ネットの未来」とのことだが,
ネットの未来は,技術にあるばかりでなく,このメディア
をどう使うかということにもかかっている。インターネ
ットがごく少数の人が使うメディアだったときはいざ知
らず,これだけ普及した現在では,技術よりも,人々が
どう使うかによって技術発展の方向は変わってくるはず
だ。そういう意味で,
「ネットの未来」にとってより重要
- 26 学習情報研究 2004.5
図1
「meetup」(http://www.meetup.com/)
「meetup」のように実際に会うことを目的にしているわ
という次世代のウェブの開発を進めている。彼らがつく
けではないソーシャル・ネットワーキング・サイトでは,
ろうとしているのは「機械が読めるウェブ」である。H
「紹介」の機能を重視しているところが多い。すでに登
TMLで書かれた今のウェブはひとが見れば理解できる。
録している知り合いからの紹介がないとサイトに登録で
しかし,コンピュータがウェブ・ページに書かれている
きず,またメールを送るのも知り合いからの紹介が必要
情報を読みとって自動処理したり,情報を再編集するこ
な設定にできるといった具合だ。知り合いの知り合いと
とはできない。なぜ機械が読めないのかといえば,それ
いうふうに3段階ぐらい先の知り合いまでに連絡できる
は,ウェブ・ページに書かれているのがどういう情報で
ようになっていたりして,知り合いのネットワークをつ
あるか,コンピュータにわかるように書かれていないか
くっていく仕掛けがいろいろ工夫されている。こうした
らだ。現在のウェブ・ページを記述している html でも
形のコミュニティは,学校で「友だちの輪」を広げてい
使われているタグの種類を増やすことで,「新宿区南元
くのと似ている。友だちが友だちを紹介して友人関係を
町‥‥」は住所だとか「学習情報研究」は雑誌名などと
増やしていくというやり方のネット版である。
ウェブのひとつひとつの記述について何を意味している
こうしたサイトが生まれた背景には,インターネット
のかを明確に定義し,コンピュータでも読みとれるよう
が広がり過ぎて,もはや安心してネットワークをつくっ
にすることが考えられている。そうやってウェブ・ペー
ていくのが難しくなったということもあるだろう。知り
ジの情報を定義しておけば,各サイトの情報を検索し引
合いのネットワークをたどることでより信頼できるコミ
っ張ってきて自動処理することができる。これがセマン
ュニティをつくろうとしているわけだ。技術があって生
ティック・ウェブの基本的な考え方で,実際にこうした
まれたというよりも,需要があって生まれた仕組みとい
技術が使われ始めている。
う側面が強い。
コンピュータ・ネットワークの普及以前には,地理的
な近さや所属している組織にしたがって人とのつながり
ができたが,インターネットはそうした制約を取り払っ
た。ソーシャル・ネットワーキングのような仕組みは,
趣味や関心にもとづくコミュニティをつくる可能性をこ
れまで以上に押し広げようとしている。
こうしたネットワーキングの学校への応用がただちに
できるかどうかはわからないが,面白い示唆を含んでい
るように思われる。学校でもこれまではクラスやクラブ
などの所属によって学校内の集団が形成されてきた。し
かし,高校や大学ではとくに,取った授業しだいで学生
が離合集散するためにコミュニティが形成されにくい。
ソーシャル・ネットワーキングの技術を学校に応用すれ
ば,クラスや所属クラブの壁を超えて,より柔軟で多様
図3
「Friend of A Friend(FOAF)」プロジェクトのメイ
ン・ページ(http://www.foaf-project.org/)
な関心にもとづくコミュニティを形成することもできる
人に関する情報についても,「Friend of A Friend(F
だろう。学生数が減っていくことでもあるし,生徒や学
OAF)」と名付けたセマンティック・ウェブのプロジェ
生たちが人とふれあうチャンスを増やすためにも,所属
クトが立ち上がっている。名前やメール・アドレス,自
クラスなどの壁を超えてネットワークをつくることを考
分のホームページや写真のあるページ,勤め先や学校の
えるべきなのではなかろうか。ブロードバンドのネット
ホームページ,自分の友だちの名前やメール・アドレス,
ワークはそのための役にも立つだろう。
もしその友だちが同じようにFOAFを使ったプロフィ
ール・ページを持っていたらそのURL,自分の趣味や
4
ウェブ・コミュニティの進化
関心,これらの記述にタグをつけ,コンピュータにわか
るようにしてウェブ上で公開すれば,自分に関係する情
「友だちのネットワーク」を,ソーシャル・ネットワ
報があちこちのサイトに散らばっていたとしても名前と
ーキングのための独自サイトではなく,ウェブ全体を使
メール・アドレスで同一人物と判断し,情報をまとめて
ってできるようにしようという動きもある。
表示するなどといったことができる。友だちについても,
ウェブの国際標準化団体「ワールドワイドウェブ・コ
名前とメール・アドレスを使って情報を呼び出せる。誰
ンソーシアム(W3C)」は「セマンティック・ウェブ」
の友だちにはどういう人がいて,そのまた友だちが誰で
- 27 歌田明弘:ネットの未来と<友だちの輪>
といった情報がたどれ,その友だちはどういうことをし
ていて,どんな趣味があるのかといったことまでわかる。
また,同じ趣味の人たちをリストアップすることもでき
る。つまり,タコツボ型のソーシャル・ネットワーキン
グ・サイトとちがい,FOAFでは,ウェブ全体を使っ
て友だちの友だち(の友だちの友だち……)のネットワ
ークをつくることができる。
セマンティック・ウェブの仕組みは,もちろんこうし
た「友だちのネットワーク」をつくるためだけにあるわ
けではない。「友だちのネットワーク」はセマンティッ
図4「インターネット・アーカイヴ」
ク・ウェブの一バリエーションにすぎない。
(http://www.archive.org/)
たとえば,半径三キロ以内のこれこれの診療をしてい
また,ウェブ翻訳は,ウェブのデータベース化を言葉
る病院で,評判のいい医者を選べといったことをコンピ
の壁を超えて押し進める。たとえば,米グーグルなどの
ュータに命じウェブ・サイトを検索して情報を拾い集め
検索結果ページでは,ヒットした外国語サイトをウェブ
ることもできるようになる,とW3Cの中心人物でウェ
翻訳して表示する。このようにウェブは言葉の壁を少し
ブの発明者でもあるバーナーズ・リーは説明している。
ずつ超えようとしている。
基本的にはタグをつけて定義し,コンピュータで読みと
さらに,ウェブはこれまでウェブの外にあった情報も
れるようにすればいいという発想なので,さまざまな電
取りこもうとしている。米アマゾンのサイトでは,昨年
化製品などもウェブのネットワークに組みこんで自動処
秋から,本の全文横断検索ができるようになった。検索
理することまで考えられている。次世代のウェブは,雑
ボックスにキーワードを入れて検索すれば,該当ページ
多な情報を飲みこみ,それを独自の方法で編み,新たな
の前後それぞれ2ページにわたって本のレイアウトその
情報として提供し,そのうえ自動化したアクションもこ
まま読める。すべての本というわけではないが,大手の
なす構造物になることを目指している。
出版社のものも含めてかなりの数の本が検索・表示でき
こうした情報の構造物は,もちろん知的作業にも利用
るようになっている。米グーグルのサイトでも,まだ実
される。たとえば,セマンティック・ウェブのごく初歩
験段階だが,本の横断検索を始めているし,本の世界も
の技術を使って,登録したサイトの更新情報について見
いよいよ本格的にウェブと融合し始めた。
出しや要約,それぞれのページへのリンクなどを集めて
至る所にコンピュータを埋めこんで連携させて仕事を
表示するソフトができ,普及し始めている。こうしたソ
させる「ユビキュタス・コンピュータ」という言葉が人
フトを使えば,メディアや個人のサイトの新しい情報を
口に広まっているが,ウェブは時空間や言葉の壁を超え
簡単に集められる。
現実空間まで「リンク」のなかに組みこもうとしており,
「ユビキュタス・ウェブ」とでも名付けられるような世
5
有機的な関係性を深めていくウェブ
界がいずれ生まれるだろう。そうしたとき人間は,かつ
てなく巨大なデータベースになったウェブの部品になっ
この技術が意味していることは,ウェブがばらばらの
てしまうのではないかと恐怖を感じる人もいるかもしれ
情報の寄せ集めではなくて,より緊密な情報の有機体に
ない。確かにその危険がないとはいえない。しかし,そ
なろうとしているということだろう。広い意味の検索機
の一方,ウェブは,埋もれがちな個人の情報発信を拾い
能によってサイトに散らばっている情報をサイトの壁を
上げ,これまでにはない広がりをもって伝える機能も果
超えて利用する。各サイトはそれぞれの思いでつくられ
たす。個人がウェブの網目に埋もれてしまうかどうかは,
たものだが,それを合わせてひとつのデータベースのよ
結局のところ,一人一人がどれだけ自分の意見を説得力
うにして利用する技術が開発されつつあるわけだ。
を持って発信しうるかにかかっているのではないか。説
ウェブは,空間を超えたデータベースであるばかりで
得力のある情報を発信すれば,その情報はこれまでにな
なく,時間をも超えたデータベースになろうとしている。
い力を持って広がっていく。日本の教育が,どれだけそ
「インターネット・アーカイヴ」というサイトは,世界
うした時代にふさわしいものになっているかが問われる
中のウェブ・ページを時間を追って保存し,縦横に検索
ことになるだろう。
する技術を公開している。こうした試みは,過去のペー
ジまで含めた時間横断型のデータベースにウェブをして
いく。
- 28 学習情報研究 2004.5
〔参考文献〕
歌田明弘『本の未来はどうなるか』(中公新書)、
『「ネットの未来」探検ガイド』(岩波アクティブ新書)
- 29 歌田明弘:ネットの未来と<友だちの輪>