野外観察を効果的に行うためのプログラムの開発 - 理科教育センター

境
智洋
野外観察を効果的に行うためのプログラムの開発
−「バーチャル・リアル野外観察」の授業プラン−
境
智洋
「大地の変化」では,野外観察の効果的な実施が望まれている。ここでは,プレゼンテーション
ソフトを用い,観察させる視点を定めるよう工夫したスライドを用いるとともに,実際の岩石を観
察させる「バーチャル・リアル野外観察」という方法について紹介する。さらに,野外観察を効果
的に実施するために「バーチャル・リアル野外観察」を使った野外学習の事前授業プランを検討する。
[キーワード]中学校理科第2分野
大地の変化
野外観察
事前学習
バーチャル
これらのことから,第2分野(とりわけ地質
はじめに
2003年に北海道立理科教育センターと北海道
分野)の学習が,生徒の科学的な見方,考え方,
教育大学が共同で行った北海道内中学2年生の
自然観を十分に育成しているとは言えない状況
理科に対する意識調査の結果から,道内の中学
となっている。
生徒が科学的に自然を解釈していくためには,
校の約4∼5割の学校で地域に関わる理科の学
習時間を設定していないことがわかった。また,
以下の事が必要である。
授業で地域教材を導入する上での問題点として
①
は,地域に関する知識や情報の不足,カリキュ
うなことがわかるのかを示すこと。さら
ラム上の問題,地域に教材がないことを挙げて
いる
※1)
。大地の変化に限れば,野外観察にお
に,実際に確かめさせてみること。
ける身近な露頭の観察が十分に行われていると
②
は言えない状況である。筆者は当センター研究
紀要第17号
※2)
何に着目し,何をどう調べるとどのよ
ある地学的な事象について,スケッチ
や岩石の名前を調べ記録することに終始
で道内の小学校の実態を示し,
せず,様々な情報から「なぜこうなって
その原因を考察したが,同様に中学校でも次の
いるのか」「なぜここにあるのか」の考
ことが考えられる。
察に重点をおいて,総合的に解釈させる
こと。
教える側の知識や情報の不足,授業の時
③
発展的学習として,解釈したそれぞれ
間的な制約,観察場所までの移動の問題な
の事象を過去から順番にまとめさせてみ
どの理由により身近にある素材を使った野
る。また,地形や地質などの成り立ちを
外観察が行われにくくなっていること。
ダイナミックにイメージ化させること。
このことから,以下の現状も見えてくる。
筆者は,生徒が野外活動において目的意識を
持ち,問題解決的な学習を行うことができる教
野外観察は実施せずに映像を用いたり,
材の開発が必要であると考える。
実施しても教師や外部講師が解説して終わ
ここでは,プレゼンテーションソフトを用い,
るものが多く,生徒が課題を発見し,追究
ズーム機能を利用したスライドを使って野外観
する内容になっていない。
察場所を見せ,生徒の手元には現地の岩石を配
- 78 -
北海道立 理科教育セ ンター
野外観察を 効果的に 行うための プログラム の開発
布し,バーチャルとリアルを用いた「バーチャ
*岩石の鑑定方法は,「岩石の命名から
ル・リアル野外観察」を紹介するとともに,野
始まる石の学習 ※2) 」などを用いる。
外観察の事前学習に用いる方法を紹介する。ま
た,自然の長大な時間の流れや広大な空間を生
このようにバーチャル映像を用い,実際の岩
徒に実感させるために,「バーチャル・リアル
石を観察させる「バーチャル・リアル野外観
野外観察」で行った野外観察の事前学習の授業
察」という方法によって,野外観察の際の観察
プランを検討し,その成果と課題を示す。
する方法の事前実習を行う。また,実際に野外
観察ができない場合の代替実習としての活用も
1
野外の露頭映像の効果的な活用方法
視野に入れる。この実習を行うことによって,
これまで映像を用いたバーチャル野外観察は,
生徒が野外に出て露頭を目の前にしたとき,岩石
動画,静止画で行われてきた。しかし,この方
をどのように観察し,観察することから何がわか
法には以下のような欠点がある。
るのかを体験させることができるだけでなく,自
然の見方,考え方を伝えることができると考える。
(1) 動画,静止画を見せても,見る視点が
生徒によって異なってしまい,何を見せ
2
たいのか,授業者の意図が伝わりにくい。
イドの作成
(2) 映像の露頭や岩石の説明だけに終わり,
観察させる視点を定めるよう工夫したスラ
映像の撮影方法と,画像の提示方法について
生徒が岩石を触って観察するなど実感を
紹介する。
伴った観察をすることができない。
準備
デジタルカメラ,パソコン,プレゼンテーシ
この欠点を改善すべく,次の方法を取り入れた。
ョンソフト(Microsoft Power Point)
方法
(1) 映像は静止画を用いる
(1) 観察させたい露頭の画像をデジタルカメラ
静止画は4枚用い,遠景,近景,部分
で以下の要領で4枚撮影する
の拡大,部分のマクロと徐々に見せたい
①
部分を拡大していく画像を用いる。露頭
観察させたい露頭を見渡せる全体の画像
(図1)
の位置がわかりにくい画像の場合は,1
②
観察させたい地層(図2)
枚ではわかりづらいことから,静止画を
③
地層のクローズアップ(図3)
5,6枚用いる場合もある。
④
地層をつくる岩石のマクロ映像(図4)
(2) プレゼンテーションソフトを用いる
※④と同じ場所の岩石を採取し生徒が観察
スライドショーによって4枚の画像を
しやすいように4cm四方に割る。
順に提示するようにする。その際,ズー
(2) 画像をパソコンに取り込む。
ム機能を用いて,視点を意図的に定める
(3) プレゼンテーションソフトを起動し,図1
ようにする。
∼4の画像を貼り付け,全体の画像(遠景)
(3) マクロ画像が提示された時に,実際の
から順番にスライドショーで画面いっぱいに
現場で採集した岩石を提示する
見えるように調整する。
(4) 岩石を見分けさせる
(4) 「アニメーション設定」「効果の追加」か
岩石が堆積岩か火成岩かどうかを鑑定
ら,「ズーム」を選択し,図2∼4までの画
させるとともに,岩石が生成した環境や,
像に設定し,クリックと同時に画像が1枚1
周辺の環境を推定させる。
枚拡大されるようにする。
研 究紀要
第19号(2007)
- 79 -
境
智洋
図1
遠景(露頭の全体を見渡せる画像)
図3
図2
図4
地層のクローズアップ
図5
観察させたい地層
地層をつくる岩石のマクロ映像
観察プリント
- 80 -
北海道立 理科教育セ ンター
野外観察を 効果的に 行うための プログラム の開発
3
バーチャル野外観察の実施方法
を堆積岩と火成岩に見分け,画像と岩石から得
(1) 図5のような観察プリントを配布する。
た情報から,根室半島と知床半島,武佐岳ので
(2) 観察を次の手順でおこなう。
き方を考えさせ,生徒に太古の根室地方を想像
させることができた。
①
2で作製した映像を提示する。
②
4枚目の画像が示されたとき,採集して
きた岩石を生徒に配布する。
(3) 画像と実際の岩石から堆積岩か火成岩(深
成岩,火山岩)かを判断させ,岩石のできた
当時の環境を推定させる。
(4) 推定した環境を発表させ,クラス全体に当
時の環境を振り返らせる。
(5) 同様に数カ所の映像と岩石を用いて環境を
図7
推定させる。
岩石の鑑定をする生徒
学習後に,中西別中学校の村上玄一郎教諭は,
4
中西別周辺の野外観察を行った。事前の実習に
バーチャル野外観察の実践と成果
より,生徒は,何を調べるとよいのかがわかっ
(1) 別海町立中西別中学校での実践
平成18年9月25日,26日に別海町立中西別中
学校において2時間の授業を行った。1時間目
は,「岩石の命名から始まる石の学習
※2)
」を
ているため,目的意識をもって自主的に観察し,
根室の大地とともに,地域の土地の成り立ちを
まとめていく姿が見られた。
中学生の内容に改善し,火成岩(深成岩,火山
岩)と堆積岩の見方の学習を行った。概要は図
6に示す。
学習の流れ
石を分類してみよう
・いくつかの石を用意し分類
「○○グループ」「○○グループ」に班ごとに根拠をもって分けてみる
2つの石に名前を付けてみよう
・泥岩(堆積岩)・安山岩(火成岩)を用いた
堆積岩は「○○石」 火成岩は「○○石」
2つの石の特徴をまとめよう
図8
火成岩を見分けるキーワードは「キラキラ」と「つぶつぶ」だ!
授業の様子
学習後のアンケートでは,「岩の特徴など,
石を堆積岩と火成岩に分けてみよう
・いくつかの石を用意し分類
「堆積岩」「火成岩」に分けること ができた!!
岩の秘密なども知れて楽しかったです。(中
略)他にも地層があるので,こんど見てみよう
さらに、火成岩を2つに分けてみよう。
(深成岩と火山岩にわけてみよう)
かなと思いました。」,「岩石なんてみようと
根室はどのようしてできたのだろう。
明日は、根室を1時間で回ってみよう
・調べてみよう
思わなかったのに,とってもなっとくしたり,
図6 授業の流れ
2時間目は「バーチャル・リアル野外観察」
大発見!なども見つけられてよかったです。」,
「石をよく見ると堆積岩だったり火成岩だった
で根室管内の大地のつくりの学習を行った。こ
りおもしろかったです。根室半島が昔,海底火
のときの授業の流れを次ページの表1に示す。
山だったということはとてもびっくりしまし
根室半島(納沙布岬,花咲車石周辺,友知),
た」,「ぼくは家のまわりやいろいろなところ
知床半島(羅臼材木岩,川北温泉),クテクン
の石も調べてみたいと思いました。」などの感
ベツ川,武佐岳の映像と岩石を示し,その岩石
想を得ることができた。
研 究紀要
第19号(2007)
- 81 -
境
智洋
表1 バ ー チ ャ ル リ ア ル 野 外 観 察
指導展開例
おもな学習活動
教師のかかわり
岩石を堆積岩,火成岩(深成岩・火山岩)に
分けてみよう
○9種の岩石(泥岩・砂岩・礫岩)(流紋岩・
安山岩・玄武岩・花崗
岩・閃緑岩・斑レイ岩)
9つにセパレートされたケースを提示
を提示し,火成岩と堆
それぞれに岩石を入れて,岩石標本にする。
積岩に分類させる。
○以下の岩石鑑定の視点
を想起させる。
自分で分けた標本
・キラキラ
バーチャル野外観察に出かけよう
・粒の丸さ
奔幌戸
根室半島
川北温泉
知床半島
納沙布岬
友知
根室半島
根室半島
クテクンベツ
武佐林道
根釧北部
根釧北部
記録用紙を配布
手元には堆積岩と火成岩の岩石標本
バーチャル野外観察を行う
昔の根室の環境をグループで考察してみよう
花咲
根室半島
材木岩・羅臼
知床半島
鑑定した岩石を入れる
○バーチャル映像で行うことを伝える。
○観察の視点を伝える。
○岩石の鑑定(堆積岩・火成岩)は,グループ
で判断するように伝える
○鑑定したことから,過去の環境をわかる範囲
で判定するように伝える。
○岩石はケースに入れるように伝える
○岩石が何を語っているのか。観察の視点につ
いて助言し,生徒の鑑定を進める。
根室の昔,昔を発表する
次時予告
学校周辺の野外観察を行おう
○学校周辺の野外観察を行うことで,地域の歴
史が見えてくることを告げる。
- 82 -
北海道立 理科教育セ ンター
野外観察を 効果的に 行うための プログラム の開発
(2) 北海道教育大札幌校での実践
いて 考察を 行ってい るからであ る。つ
平成18年11月に1時間の授業内容を30分に短
まり ,科学 的な考察 を促す学習 を展開
縮して学生に模擬授業を行い,以下の好意的な
できたといえる。
感想を得た。
②
野外観察では,「どんな岩石からで
「隆起や海底火山などがよくわからなくても現
きて いるの か」「ど うやってで きたの
象のイメージはつきやすい。」,「岩を見ると
か」 などに ついて課 題をもち, 実際に
きポイントで見分けることは観察すべき点をし
岩石 を見な がら問題 解決的な学 習が展
っかり抑えているので楽しみながら学ぶことが
開できた。
できる。」,「実際に石を手にしながら特徴を
③
実際に現地や,現地のものを使って
見ることで教科書の石の粒の拡大写真を見るよ
観察 を行う ことで岩 石に対して 生徒の
りもはるかに高い学習効果が得られると感じ
興味関心が高まった。
た。」,「根室めぐりをした気分になれた。楽
しみながら学ぶという面白い指導法だと思
また,以下の課題が見えてきた。
う。」,「臨場感があり,直接さわれる,感じ
取ることができるので良いと思った。」,「映
①
太古の環境を探る情報が少ない。
像の用い方で段階的に石に寄っていく感じが,
②
映像と現地の素材の収集が難しい。
自分がその場にいる雰囲気を出し,臨場感があ
このことから,①については,岩石と露頭の
る。」また,以下の改善点を指摘している学生
情報から太古の環境を探らせたが,さらに深く
もいた。
「もう少し子どもが手を使う場面があっても
環境を探らせるために,以下の方法を考えた。
よい。」,「海底火山のイメージをもつことは
ア
堆積岩では,化石や微化石の情報を入れる。
難しい。」,「環境を考えるには材料が少ない
イ
1箇所の露頭の映像をじっくり観察させる。
気がする。」,「環境まで想像つかない生徒も
その際,上部の層,中部の層,下部の層な
いるのではないか。」などの生徒の活動と映像
ど,採取する位置とともに映像も変え,マ
の時間,考察する時間や,情報量の不足につい
クロの映像や岩石をじっくり観察させる。
て指摘があった。また,「石の収集をしなけれ
ウ
露頭の岩石を屋外で割るなど,体験的要素
ばいけない。集めるのが大変である。」,「実
を組み入れる。
際の写真がないと難しい。自分一人では作るこ
授業の展開では,上記の内容を考慮に入れる
とはできない。」など,岩石や映像の収集の問
ことが必要となってくる。今回の中西別中学校
題は,多くの指摘があった。
では,クテクンベツ川の岩石を実際に割って観
(3) 実践を終えて
察する活動を入れている(図9)。
2つの実践から「バーチャル・リアル野外観察」
を行うことにより以下の教育効果が見えてきた。
①
生徒や 学生が自分自身の中で自然の
見方 ,考 え方が変 わってきた ことに気
づい てい る。これ は,生徒や 学生が露
頭の 映像 や、岩石 から得られ た様々な
情報 から 判断して 「なぜこう なってい
るの か」 「なぜこ こにあるの か」につ
研 究紀要
第19号(2007)
図9
- 83 -
石を割って確かめる生徒
境
智洋
このような実際に活動する場面を取り入れる
ことによってより効果があると考える。
校長先生をはじめ村上玄一郎先生,教職員の皆
様,北海道教育大学の学生の皆様にご協力を頂
②に関して教える側の情報及び素材の入手方
いた。感謝申し上げたい。
法については,以下の方策が考えられる。
ア
なお,当研究における画像,岩石の収集は,
地域の理科教員のネットワークの構築
日産科学振興財団の助成を受けて実施した。
地域の理科教員のネットワークを構築し,
素材,画像を収集し,いつでも使える環境
参考文献
を作る。また,そのために,全道の地学教
1)高橋文明 田中実 境智洋 北海道内中学2年生の理科に
対する意識調査 pp21-28 北海道立理科教育センター研究
紀要 第16号 2004
2)境智洋 岩石の命名から始まる石の学習 pp35-42 北海道
立理科教育センター研究紀要 第17号 2005
材のネットワークを構築する。
イ
理科教育センターホームページの充実
当センター地学研究室では,ホームペー
ジ上に「車で行ける露頭めぐり」http://ww
w.ricen.hokkaido-c.ed.jp/340chigaku/sap
poro/top/index.htm(資料1)を設け,現在,
札幌手稲区や南区周辺,網走市周辺,根室
管内のバーチャル野外観察用のパワーポイ
ントを掲載している。これらの地学素材の
ページを充実させる。
ウ
試料の入手先の公開
岩石の採取場所をホームページ上で公開する
とともに,当センターにも一部保存し,問い合
わせに対応するようにする。
おわりに
平成18年度の理科研修講座でバーチャル野外
観察を紹介し,「野外観察が実施できない時の
1つの方策として大変有効であり,実施した
い。」,「実際に地元の学校で取り組んだ」と
いう感想や報告があった。また,事前に学習す
ることで地学が苦手な教員でも野外観察で何を
調べたらよいのかがわかりやすいとの評価を得
た。
地域の大自然の長大な時間の流れや広大な空
間を生徒に実感させるには,野外観察は不可欠
なものである。今後も野外観察に対する教える
側の知識不足,情報不足をできる限りサポート
し,北海道内の多くの生徒から「石を触るのが
好き,土地の歴史を探るのが好き」という声が
増えてくれることを願っている。
実践に当たって別海町立中西別中学校須郷聡
- 84 -
北海道立 理科教育セ ンター
野外観察を 効果的に 行うための プログラム の開発
図10
研 究紀要
ホームページに掲載している『車で行ける露頭めぐり』と公開したスライド映像
第19号(2007)
- 85 -
境
智洋
- 86 -
北海道立 理科教育セ ンター