将来交通不満足度推計モデルによる交通施設評価 - 生命工学科

将来交通不満足度推計モデルによる交通施策評価
A policy evaluation based on estimated model for transport dissatisfaction in the future
北海学園大学工学部社会環境工学科 ○学生員 熊谷有里(Yuri Kumagai)
北海学園大学大学院工学研究科
学生員 斉藤優太(Yuta Saitou)
日本データーサービス株式会社
正会員 北川智也(Tomoya Kitagawa)
日本データーサービス株式会社
正会員 東本靖史(Yasushi Higasimoto)
北海学園大学工学部生命工学科
正会員 鈴木聡士(Soushi Suzuki)
必要がある。
1.背景と目的
日本の高齢化率は既に 23.3%(2012 年)であり、さらに半世紀後
そこで本研究は、このような地区別の交通目的や将来人口特
の 2060 年には、39.9%となる 1)。そのため今後の課題の一つと
性等を考慮可能な交通不満足度の将来推計モデルを提案する。
して、高齢者が安心して生活できる地域公共交通サービスの整
このモデルは、住民アンケート結果から地区別・目的別の不満
備・維持が求められている。しかし、少子高齢化や人口減少の
足度を算出し、将来推計人口と掛け合わせることで、将来にお
進行は、交通空白地域の増加をもたらし、さらにバス利用者の
ける交通不満足度の推移を推計することが可能な方法である。
減少や交通事業者の経営難等から、ますます地域交通を取り巻
その上で、室蘭市の白鳥台地区・輪西地区をモデルケースに設
く環境は厳しさを増すと予想される。
定し、将来交通不満足度を地区別・目的別に推計する。その結
ここで、平成 24 年度から地域コミュニティ交通事業の検討を
本格的に開始した室蘭市に着目した場合、図 1-1 に示すように、
果に基づき、今後の地域コミュニティ交通事業を検討する上で
の示唆を得ることを目的とする。
人口が減少傾向にあることに加えて、高齢化率はすでに 30%を
超えている。このことから、交通弱者の増加をふまえたうえで、
地域活性化につながる交通対策が必要とされている。
(千人)
140
120
34.4
117.855
109.766
103.278
100
98.372
25.7
80
40
37.1
地区
37.1
(%)
40
37.3
35
29.3
94.535
21.4
60
37.0
30
87.228
81.205
74.755
25
68.212
表 1 室蘭市の交通特性
61.959
16.8
20
特徴
・人口は減少傾向
・産業の推定が懸念される
・高齢化率が30%を超えている
室蘭市全体
・市内の路線バス(道南バス)利用者は減少傾向
・地区ごとに買い物拠点が立地
・急こう配の坂道や幅の狭い道路
・特に高台側の住宅地の道幅が狭く、急勾配
輪西地区
・地形により路線バスの乗り入れが困難
(大沢町・みゆき町)
・特に大沢町では高齢化率が40%を超える
・スクールバスの運行あり
白鳥台地区
(陣屋町・石川町) ・民間送迎バス(室蘭太平洋病院)の運行あり
15
13.2
10
20
5
0
0
1990年 1995年 2000年 2005年 2010年 2015年 2020年 2025年 2030年 2035年
総人口(人)
高齢者割合(%)
図 1-1 室蘭市の総人口及び高齢化率 2)
また、表 1 および図 1-2 に示すように、輪西地区の公共交通特
性として、急勾配の坂道や幅が狭い道などがあり、路線バス運
行が困難な交通不便地区が存在している。さらに、通院におけ
る送迎バスの有無、あるいは市内各地区で商店街などの買い物
拠点が立地している等、地区単位で特徴が大きく異なっている。
このように、地区によってそれぞれ交通環境に特徴があり、
高齢化の進展状況が異なり、かつ目的ごとに交通に求める要望
図 1-2 室蘭市地図
が異なっている状況にある。このような状況下にあっては、全
市一律的な交通対策ではなく、地区・目的・将来人口などの状
況を考慮した上で、地区別に効果的な方策を立案し、実施する
2.調査概要
平成 24 年 6 月に、室蘭市は輪西地区(約 1140 世帯:大沢町約
620 世帯、みゆき町約 520 世帯)、白鳥台地区(約 530 世帯:陣屋
70歳以上自家用車非運転(N=60)
町約 390 世帯、石川町約 140 世帯)を対象に地域交通に関する住
70歳以上自家用車運転(N=50)
民アンケートをおこなった。世帯回収数は 1698 であり、有効サ
60-69歳自家用車非運転(N=22)
ンプル数は 1409 であった。本研究では、室蘭市から当該データ
の提供を受け、分析に活用する。
60-69歳自家用車運転(N=51)
50-59歳(N=43)
40-49歳(N=12)
調査項目は目的別移動手段、目的地、移動時間帯、外出回数、
30-39歳(N=9)
20-29歳(N=2)
買い物時・通院時における交通不満足(表 2)などである。
0.0
表 2 交通不満足項目一覧
目的
買い物
通院
項目
荷物を持って帰るのが大変
バス停が近くにない
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
タクシー代がかかる
その他
病院まで遠くて歩くのが大変
バス停が近くにない
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
タクシー代がかかる
その他
病院まで遠くて歩くのが大変
0.5
1.0
1.5
2.0
バス停が近くにない
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
タクシー代がかかる
その他
2.5
3.0
2.5
3.0
図 3-1 白鳥台地区通院時不満足度
70歳以上自家用車非運転(N=67)
70歳以上自家用車運転(N=58)
60-69歳自家用車非運転(N=28)
60-69歳自家用車運転(N=76)
50-59歳(N=78)
40-49歳(N=55)
30-39歳(N=37)
20-29歳(N=10)
荷物を持って帰るのが大変
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
バス停が近くにない
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
タクシー代がかかる
その他
図 3-2 白鳥台地区買い物時不満足度
3.地区・目的・年齢別交通不満足度分析
2 章で示した調査に基づき、買い物時・通院時における交通不
満足内容(表 2)について、地区別、および年齢・交通属性(20-29
歳、30-39 歳、40-49 歳、50-59 歳、自家用車運転 60-69 歳、自家
用車非運転 60-69 歳、自家用車運転 70 歳以上、自家用車非運転
70 歳以上)別に区分して集計し、特に自家用車非運転の高齢者属
性に着目して、その特性を分析する。
3.2 輪西地区不満足度分析
輪西地区について通院、買い物における不満足度を(1)式に基
づき算出した結果を、それぞれ図 3-3、図 3-4 に示す。
70歳以上自家用車非運転(N=208)
70歳以上自家用車運転(N=76)
ここで、
表 2 に示す
「通院時に困っていることはありますか?」
、
「買い物に行くときに困っていることはありますか?」の設問
を用いて、(1)式により不満足度を算出する。
60-69歳自家用車非運転(N=59)
60-69歳自家用車運転(N=74)
50-59歳(N=47)
40-49歳(N=23)
30-39歳(N=18)
𝐶𝐶𝑖 =
𝑁𝑁𝑁𝑖
𝑛𝑖
20-29歳(N=8)
0.0
(1)
ここで、𝐶𝐶𝑖 は年齢・交通属性 i (20-29 歳、30-39 歳、40-49 歳、
50-59 歳、自家用車運転 60-69 歳、自家用車非運転 60-69 歳、自
0.5
1.0
1.5
2.0
2.5
病院まで遠くて歩くのが大変
バス停が近くにない
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
タクシー代がかかる
その他
3.0
図 3-3 輪西地区通院時不満足度
家用車運転 70 歳以上、自家用車非運転 70 歳以上)の不満足度、
𝑁𝑁𝑁𝑖 は年齢・交通属性 i が表 2 の項目を選択した件数(複数回答
可)、𝑛𝑖 は年齢・交通属性 i の被験者数、である。
3.1 白鳥台地区不満足度分析
白鳥台地区について、通院、買い物における不満足度を(1)式
に基づき算出した結果を、それぞれ図 3-1、図 3-2 に示す。
図 3-1、図 3-2 より、自家用車非運転 60-69 歳、自家用車非運転
70歳以上自家用車非運転(N=254)
70歳以上自家用車運転(N=82)
60-69歳自家用車非運転(N=80)
60-69歳自家用車運転(N=99)
50-59歳(N=50)
40-49歳(N=59)
30-39歳(N=41)
20-29歳(N=28)
0.0
0.5
1.0
1.5
2.0
70 歳以上の不満度が大きくなっていることがわかる。また、輪
荷物を持って帰るのが大変
バス停が近くにない
西地区(後述の図 3-3、図 3-4 参照)と比べて、
「バス停が近くにな
バスなどを待つ時間の待合スペースがない
利用したい時間にバスがない
い」
、
「利用したい時間にバスがない」を選ぶ回答者が多く、バ
タクシー代がかかる
その他
スについての不満足度が高いことがわかった。
2.5
図 3-4 輪西地区買い物 全世代困難具体例
3.0
図 3-3、図 3-4 より、20-29 歳、自家用車非運転 60-69 歳、およ
図 4-1、図 4-2 より、白鳥台地区・輪西地区ともに将来人口は
び自家用車非運転 70 歳以上の不満足度が大きいことがわかる。
大きく減っていることがわかる。
逆に 70 歳以上の占める割合が、
また、買い物時において、特に「荷物を持って帰るのが大変」
、
H32 頃をピークに大きくなっていることがわかる。
「タクシー代がかかる」を選ぶ回答者が多いことがわかった。
5.将来交通不満足度推計モデルによる室蘭市地区別評価
3.3 買い物時・通院時不満度比較分析
5.1 将来交通不満足度推計モデルの提案
図 3-1~図 3-4 より、買い物時と通院時を比べると、買い物に
本研究では、将来における交通不満足度を地区別に分析する
ついての不満足度が高い傾向であると考えられる。これは、急
ことが可能な将来交通不満足度推計モデルを(2)式に示すとおり
こう配の坂が多く、幅の狭い道路が多いことから、買い物時に
提案する。
買った品物を自宅まで運ぶことが、どの年代においても負担に
感じていることが原因であると推察される。
𝑭𝑭𝑭𝑭𝒊𝒊 = � 𝑷𝑷𝒊𝒊 ・𝑪𝑪𝒊
𝒊
4.コーホート要因法における地域別人口推計
コーホート要因法とは、同年(または同期間)に出生した集団ご
との時間変化(出生、死亡、移動)に基づき、人口変化を予測する
方法である。
本研究ではコーホート要因法 2)を用いて、H17 年の人口を基準
に、地区ごと(白鳥台地区、白鳥台地区)の将来人口を推計した結
(2)
ここで、i は年齢・交通属性、t は年度、𝐹𝐹𝐹𝐹𝑖𝑖 は年度 t にお
ける年齢属性 i の将来交通不満度、𝑃𝑃𝑖𝑖 は年度tにおける年齢・
交通属性 i の人口割合、𝐶𝐶𝑖 は年齢・交通属性 i の不満足度、で
ある。
この際、𝐶𝐶𝑖 は 3 章で示した結果を用いる。また、𝑃𝑃𝑖𝑖 は 4 章
で示した将来世代別人口推計値を割合化したものを用いる。
果を図 4-1、4-2 に示す。
1200
5.2 将来交通不満足度分析
(人)
1000
(2)式に基づき、将来交通不満度の分析結果を図 5-1 に示す。
244
800
172
222
228
600
251
232
400
196
157
121
131
136
121
121
107
66
78
91
66
78
91
112
106
71
78
54
H17
H22
H27
H32
H37
H42
40-49歳
50-59歳
60-69歳
107
0
219
20-29歳
30-39歳
114
107
73
66
102
112
70歳以上
2500
1.649
1.635
1.531
1.449
1.400
1.200
1.000
0.800
0.600
図 4-1 白鳥台地区 将来世代別人口推計
1.637
1.585
1.600
165
137
200
1.800
200
0.587
0.816
0.806
0.754
0.634
0.845
0.632
0.962
0.937
0.826
0.586
0.827
0.756
0.570
0.792
0.697
0.827
0.553
0.400
H17
白鳥台通院
(人)
H27
H22
白鳥台買い物
H32
H37
H42
輪西通院
輪西買い物
2000
図 5-1 将来交通不満足度分析結果
467
473
1500
440
498
447
1000
500
0
381
360
441
318
226
243
248
195
179
137
172
161
132
H32
H37
H42
50-59歳
60-69歳
267
272
251
240
245
245
261
251
195
195
172
179
172
157
H17
H22
H27
40-49歳
30-39歳
246
253
290
20-29歳
図 5-1 より、輪西地区の通院時・買い物時の不満足度は年々高
320
図 4-2 輪西地区 将来世代別人口推計
70歳以上
まり、H32 年にピークを迎えることがわかる。特に、買い物で
高い不満度を示しており、H17 年の 1.585 と H32 年の 1.649 と比
較すれば、約 4 %増加していることがわかる。
また、白鳥台地区の通院時・買い物時の不満足度は H22 年に
ピークを迎え、その後同程度の不満足度が H27 においても継続
していることがわかる。
改善度が大きくなった。
5.3.交通施策実施による将来交通不満足度の改善効果分析
5.2 節で示した将来交通不満足度に基づき、
「タクシーチケッ
図 5-5 より、輪西地区は、どの年度・目的でも TC の不満改善
ト配布(TC)」と「デマンドバス導入(DB)」の 2 種類の施策を行
度が大きくなった。特に、買い物時の不満改善度がかなり大き
う場合を想定する。この際、それぞれの施策を実施した場合、
いことがわかった。
表 5 に示すように、それぞれに関連した不満足項目の評価が 0
に改善すると仮定する。
1.400
表 5 施策実施対象・具体例
施策
タクシーチケット配布
(TC)
対象年齢
60-69歳自家用車運転
60-69歳自家用車非運転
70歳以上自家用車運転
70歳以上自家用車非運転
デマンドバス導入
(DB)
1.200
不満足項目
・荷物を持って帰るのが大変
・病院まで遠くて歩くのが大変
・タクシー代がかかる
・バス停が近くにない
・バスなどを待つ時間の
待合スペースがない
・利用したい時間にバスがない
全世代
1.000
0.800
0.533
0.517
0.458
0.458
0.451
0.428
0.401
0.389
0.358
0.345
0.334
0.334
0.371
0.404
0.201 0.358 0.197 0.346 0.184 0.353
0.195 0.416 0.203
0.192
0.600
0.400
0.200
0.000
タクシーチケット配布(TC)
この場合の将来交通不満足度の変化を、図 5-2(白鳥台地区)、
デマンドバス導入(DB)
図 5-4 白鳥台地区将来交通不満改善度
および図 5-3(輪西地区)に示す。
図 5-2 より、白鳥台地区はすべての年度・目的で、TC より DB
の交通不満度が低くなっている。一方、図 5-3 より、輪西地区で
1.400
はすべての年度・目的で、DB より TC の交通不満度が低くなっ
1.200
ている。
1.000
0.928
0.970
1.011
0.989
0.932
0.872
0.800
0.600
1.400
0.411
0.400
1.200
0.315
0.200
1.000
0.454
0.443
0.441
0.401
0.374
0.359
0.396
0.401
0.327
0.336 0.405 0.344
0.364
0.342
0.403
0.309
0.000
0.800
0.600
0.400
0.200
0.547
0.533
0.474
0.446
0.429
0.469
0.419
0.373
0.368
0.369
0.429
0.376
0.385
0.388 0.233
0.236 0.364 0.219
0.229
0.240
0.243
0.395
0.474 0.439
タクシーチケット配布(TC)
デマンドバス導入(DB)
図 5-5 輪西地区将来交通不満改善度
0.000
6.結論
タクシーチケット配布(TC)
デマンドバス導入(DB)
本研究の結果から、室蘭市の白鳥台地区・輪西地区の将来交
図 5-2 施策実施後 白鳥台地区将来交通不満足度
通施策を考えた場合、白鳥台地区はデマンドバスの導入(DB)が
効果的であり、
輪西地区はタクシーチケット導入(TC)が効果的で
1.400
あることが示唆された。ただし、これはコストの視点を考察す
1.248
1.234
1.232
1.188
1.200
1.157
1.091
1.000
る。
0.800
0.600
0.400
る必要があるから、一つの参考結果として位置付ける必要があ
0.667
0.656
0.439
0.343
0.471
0.365
0.647
0.472
0.373
0.638
0.483
0.372
0.599
0.429
0.353
0.577
0.387
0.333
0.200
今後は、各方策のコスト面について検討し、費用対効果を分
析したうえで、総合的に評価する必要がある。
謝辞:本研究では、室蘭市からデータ提供を受けた。ここに記
0.000
して謝意を表します。
タクシーチケット配布(TC)
デマンドバス導入(DB)
図 5-3 施策実施後 輪西地区将来交通不満足度
参考文献
1) 内閣府:平成 24 年版 高齢社会白書
(URL: http://www8.cao.go.jp/kourei/whitepaper/index-w.html)
また、図 5-1 の交通不満足度から、図 5-2 と図 5-3 の施策実施
後の交通不満足度の差を不満改善度と定義する。その値を図
5-4(白鳥台地区)および図 5-5(輪西地区)にそれぞれ示す。
図 5-4 より、白鳥台地区は、どの年度・目的でも DB の不満
2) 社会保障人口問題研究所: 将来推計人口・世帯数
(URL: http://www.ipss.go.jp/syoushika/tohkei/Mainmenu.asp)