卵管性不妊に対する腹腔鏡下手術時に発見された 肝サルコイドーシスの

青森臨産婦誌
症 例
卵管性不妊に対する腹腔鏡下手術時に発見された
肝サルコイドーシスの 1 例
弘前大学医学部産科婦人科学教室
藤 井 俊 策 ・ 福 井 淳 史 ・ 松 倉 大 輔
水 沼 英 樹
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症
は じ め に
例
腹腔鏡下手術の最大の利点は,開腹を回避
患者:30 才 会社員
することにより患者への侵襲を最小限にでき
妊娠分娩歴: 1 妊 1 産 平成 10 年 10 月(27
ることにある。また,美容性に優れ,妊孕性
歳)に結婚,平成 11 年に自然妊娠が成立し,
温存のための癒着防止が期待できることも,
同年 9 月に第 1 子を経腟分娩した。
女性を対象とする婦人科においては非常に重
家族歴・既往歴:特記すべきことなし
要である。しかしもうひとつの忘れてはなら
現病歴:平成 14 年 7 月 2 日(30 歳)に約 2.5
ない利点として,上腹部を含めた腹腔内の観
年間の続発性不妊を主訴に近医を受診し,子
察が容易に行なえることが挙げられる。特に
宮卵管造影で両側卵管膨大部閉塞と診断され
気腹法で行なった場合は,腹部全体をドーム
た。平成 14 年 7 月 11 日に卵管性不妊の精査・
状に膨隆することができるため,横隔膜下面
治療を目的に前医から当科紹介となった。
に至るまで広範に観察することが可能であ
現症:身長 158 cm,体重 45 kg。子宮は後傾後
る。クラミジア感染症が疑われる場合は,肝
屈,正常大で可動性は良好,両側付属器には
周囲炎(Fitz-Hugh-Curtis 症候群)の有無を
異常を認めなかった。
確認するために必須であるが,それ以外の場
検査所見:血算・生化学検査は肝機能も含め
合でも腹腔鏡検査/鏡下手術を施行した際に
すべて正常値だった。子宮腟部細胞診はクラ
は,必ず腹腔内全体を観察してから終了する
スⅠ,血清感染症スクリーニング検査,腟頚
ことが大切である。
管細菌培養検査,血清クラミジアI
gA 抗体
今回われわれは,卵管性不妊が疑われ腹腔
価,および子宮頚管クラミジア DNA 検査と
鏡下手術を施行した際に,偶然発見された肝
もすべて陰性だった。胸部レントゲン写真,
サルコイドーシスの 1 例を経験したので,若
腹部骨盤レントゲン写真にも異常は認められ
干の文献的考察を加え報告する。
なかった。
不妊検査所見:卵胞期初期内分泌検査値,精
液検査,および子宮内膜日付診を含む黄体機
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第 17 巻,2002 年
青森臨産婦誌
右葉
左葉
写真 1 肝表面の観察像
白色∼黄白色の結節性病変をびまん性に認める。
写真 2 肝生検組織像 (HE 染色 )
中央に Langhans 型巨細胞があり、それをマクロファージ由来の類上
皮細胞が取り囲んでいる。
能検査はいずれも正常だった。子宮卵管造影
手術所見:平成 14 年 9 月 13 日,全身麻酔下
で両側卵管とも 5 ml で通過性が確認され腹
に腹腔鏡下手術を施行した。臍窩に 5 mm の
腔への拡散も良好だったが,終末像で両側卵
スコープを挿入し気腹した後,両側腹部に
管采部癒着が疑われた。
5 mm のトロッカーを刺入して手術操作を行
患者夫婦は体外受精・胚移植も考えていた
なった。子宮と両側付属器は正常で,それら
が,主治医と相談した結果,腹腔鏡検査/鏡
の周囲に癒着も認められなかった。仙骨子宮
下手術を受けることになった。
靭帯周囲の腹膜表面に子宮内膜症病変を認め
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第 17 巻,2002 年
青森臨産婦誌
表 1 肝臓の肉芽腫の原因
感染症
細菌
結核菌やその他のマイコバクテリア
ブルセラ症
野兎病
放線菌症
猫ひっかき熱
ヒストプラスマ症
クリプトコッカス症
ブラストミセス症
住血吸虫症
トキソプラスマ症
内臓幼虫移行症
伝染性単核球増加症
サイトメガロウイルス
Q熱
梅毒
真菌
寄生虫
ウイルス
非感染性
リケッチア
その他
サルコイドーシス
原発性肝疾患
原発性胆汁性肝硬変(門脈周囲肉芽腫)
たため,これらをモノポーラーメスにて電気
ステロイド投与は不要と判断され,経過観察
凝固した。通色素試験で両側卵管通過性が良
となった。現在,外来で待期療法中である。
好であることを確認し,腹腔内を洗浄した後
に,上腹部を観察したところ,肝表面の広い
考 察
範囲にわたって白色∼黄白色の結節性病変が
肝臓の肉芽腫の原因は多数ある(表 1)
。感
散在していた(写真 1 )
。当院第 2 外科の肝グ
染症が最も重要であるが,非感染性の原因の
ループ医師に視診を依頼したところ,腺癌の
うち最も重要なものはサルコイドーシスであ
肝転移が疑われるとのことであった。確定診
る。サルコイドーシス患者の 40 ∼ 70 %は潜
断のため肝生検を行なう方針となり,夫の同
在性に肝臓にも罹患していると報告されてい
意を得たうえで,肝左葉辺縁の小豆大の結節
るが,肝病変が主体のサルコイドーシスはま
を超音波メスを用いて切除した。左側腹部の
れである。
トロッカーを 10 mm に変更して切除した組織
サルコイドーシスは 20 ∼ 50 歳代に好発す
を取り出し,手術を終了した(手術時間 1 時
る原因不明の多臓器の肉芽腫性疾患で,日本
間 55 分,出血量少量)
。
人の推定有病率は人口 10 万対 7.5 ∼ 9.3 とさ
組織診断:類上皮細胞性肉芽腫で,多数の
れている。発症率には地域差があり北に多く
Langhans 型多核巨細胞の出現と硝子化した
南に少ない 1)。一般に肉芽腫は,異物に対す
fibrosis を認めた(写真 2 )
。結核型肉芽腫
る生体防御反応として生じるため,その中に
の特徴である乾酪性壊死は明らかではなく,
ある物質がサルコイドーシスの病因と考えら
肝サルコイドーシスと診断された。
れる。抗酸菌,α溶連菌,Propionibacterium
術後経過:悪性病変ではないことが確認さ
acnes などが提唱されているが,一定の見解
れ,術後 6 日目に経過良好にて退院した。そ
は得られていない。
の後,当院第 1 内科にて精査を受けた。血清
罹患部位としては,両側肺門リンパ節,肺,
CRPは陰性,赤沈は20 mm/h と正常上限であり,
眼,皮膚の順で多く,神経,筋,心臓,腎,
血清ACE(angiotensin converting enzyme)
骨,消化器なども罹患する。眼症状,次いで
活性が 41.1 U/L(正常 7 ∼ 25)と軽度高値で
皮疹,咳,全身倦怠等で発見される場合が多
あった。超音波等の画像検査では異常所見は
く,その他,発熱,結節紅斑,関節痛など多
認められなかった。臨床症状を伴っておらず
彩であるが,
約 1 / 3 は発見時無症状である。
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表2 サルコイドーシスの診断基準
(厚生省特定疾患「びまん性肺疾患」調査研究班・昭和 63 年度研究報告書 1989 年)
1 主要事項
(1)臨床症状
呼吸器症状(咳・息切れ),眼症状(霧視),皮膚症状(丘疹)など。
(2)臨床所見・検査所見
① 胸郭内病変
(a) 胸部X線・CT所見(両側肺門リンパ節腫脹BHL,びまん性陰影,血管・胸膜の変化など)
(b) 肺機能所見(%VC・DLco・PaO2 の低下)
(c) 気管支鏡所見(粘膜下血管の network formation,結節など)
(d) 気管支肺胞洗浄液所見 ※1(総細胞数・リンパ球の増加,CD 4/8 上昇)
(e) 胸腔鏡所見(結節,肥厚,胸水など)
② 胸郭外病変
(a) 眼病変 ※2(前部ぶどう膜炎,隈角結節,網膜血管周囲炎など)
(b) 皮膚病変(結節,局面,びまん性浸潤,皮下結節,瘢痕浸潤)
(c) 表在リンパ節病変(無痛性腫脹)
(d) 心病変 ※3(伝導障害,期外収縮,心筋障害など)
(e) 唾液腺病変(耳下腺腫脹,角結膜乾燥,涙腺病変など
(f) 神経系病変(脳神経,中枢神経障害など )
(g) 肝病変(黄疸,肝機能上昇,結節など)
(h) 骨病変(手足短骨の骨梁脱落など)
(i) 脾病変(腫脹など)
(j) 筋病変(腫瘤,筋肉低下,萎縮など)
(k) 腎病変(持続性蛋白尿,高カルシウム血症,結石など)
(l) 胃病変(胃壁肥厚,ポリープなど)
③ 検査所見
(a) ツベルクリン反応 陰性
(b) γ - グロプリン 上昇
(c) 血清 ACE 上昇
(d) 血清リゾチーム 上昇
(e) 67 Ga集積像 陽性(リンパ節,肺など)
(f) 気管支肺胞洗浄液の総細胞数・リンパ球増加,CD 4/8
※1 気管支肺胞洗浄所見については喫煙歴を考慮する。
※2・3 眼・心サルコイドーシスについては別に診断の手引きを参考とする。
(3)病理組織学的所見
類上皮細胞からなる乾酪性壊死を伴わない肉芽腫病変 生検部位(リンパ節,経気管支肺生検TBLB,
気管支壁,皮膚,肝,筋肉,心筋,結膜など)。クベイム反応も参考になる。
2 参考事項
① 無自覚で集団検診により胸部 X 線所見から発見されることが多い。
② 霧視などの眼症状で発見されることが多い。
③ ときに家族発生がみられる。
④ 心病変にて突然死することがある。
⑤ ステロイド治療の適応には慎重を要する。
⑥ 結核菌培養も同時に行うことが肝要である。
3 診断の基準
① 組織診断群(確実):1-(2) のいずれかの臨床・検査所見があり,1-(3) が陽性。
② 臨床診断群(ほぼ確実)
:1-(2) ①,②のいずれかの臨床所見があり,1-(2) ③の (a)(ツベルクリン
反応)又は (c)( 血清ACE ) を含む 3 項目以上陽性。
4 除外規定
① 原因既知あるいは別の病態の疾患,例えば悪性リンパ腫,結核,肺癌,(癌 性リンパ管症),ペリリ
ウム肺,じん肺,過敏症肺炎など。
② 異物,癌などによるサルコイド局所反応。
検査所見としては,血清 ACE 活性上昇と遅
本症例では臨床所見(血清 ACE 上昇)と病理
延型反応(皮膚ツベルクリン反応等)低下が
組織学的所見とが陽性であったため,
「組織学
特徴的で,Gaシンチグラムや種々の画像検
的診断群
(確実)
」
といえる。本症例の場合は,
査も診断に有用とされている。確定診断は,
発熱等の臨床症状を認めなかったので,Ga
厚生省特定疾患「びまん性肺疾患」調査研究
シンチグラム等の精密検査は不要と判断され
。
班による診断基準 2)によってなされる(表 2 )
た。
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青森臨産婦誌
治療は,多くの症例では不要で,臓器障害
臓器の腫瘍が偶然発見されることは稀ではな
のために日常生活が障害される場合や,中枢
いと言われている。主に若年女性を対象とす
神経,心臓,腎病変など将来的に生命予後が
る婦人科領域の腹腔鏡手術で,本症例のよう
危ぶまれる場合に限ってステロイドが投与さ
な事例に遭遇することは稀と思われるが,腹
れる。急性発症例や無症状の両側肺門リンパ
腔鏡検査/鏡下手術を施行する際にはその利
節腫脹を示す症例は自然消退することが多い
点を活用し,腹腔内を直視下に観察する意義
が,潜行性発症例,特に多臓器病変のある症
は非常に大きいと思われる。
例は慢性的に進行することが多く,
約 10 %が
文 献
進行性難治症例となる。肝サルコイドーシス
も進行性の線維化や門脈圧亢進症を発症する
ことがある(サルコイド肝硬変)ため,本症
例も定期的なフォローが必要である。
1.財団法人難病医学研究財団難病情報センター.
サルコイドーシス,2002.[cited 2002 Dec 19];
Available from: URL: http://www.nanbyou.or.
jp/.
本症例では肝臓の結節性病変が偶然に発見
されたが,鏡視下では悪性腫瘍,特に腺癌の
肝転移が疑われた。Oketani ら 3)も,腹腔鏡で
肝臓に多発性の結節性腫瘤を認め,転移性肝
癌を疑ったが,生検組織でサルコイドーシス
と診断された症例を報告している。また,
Kitamura ら4)は無症候性の肝機能障害で画像
診断にて結節性肝病変が疑われた場合,腹腔
鏡下肝生検が結核等との鑑別診断に必須であ
ると報告している。
外科領域では腹腔鏡下胆嚢摘出術の際に他
2.厚生省「びまん性肺疾患」調査研究班.サルコイ
ドーシス.厚生省保健医療局疾病対策課監修.
難病医学研究財団企画委員会編.
「難病の診断と
治療指針(改訂版)」名古屋 : 六法出版社,1989.
3.Oketani M, Tsubouchi H, Hori T, et al.
Sarcoidosis with tumorous hepatic and bone
lesions mimicking disseminated malignancy: a
case report. Gastroenterol Jpn 1992;27(3):
414-417.
4.Kitamura M, Ishizuka T. Sarcoidosis of the
liver and spleen in Japan. Nippon Rinsho
1994;52(6):1595-8.
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