2003 年 11 月 発行 第 13 巻 運動学習研究会報告集 第13 回 運動学習研究会 編 Annual Report of the Japanese Motor Learning Seminar Vol. 13 (Nov. 2003) 104 運動学習研究会報告集 Vol. 13 (Nov., 2003) 【実験計画】眼球運動に始まる切り返し動作の制御機構 木島 章文(大阪体育大学) 1. 問題設定 移動方向の変更は一歩で急激になされる場合と, 数歩かけて緩徐になされる場合がある.前者は切り 返し(cutting),後者は転回(turning)と呼ばれる. 現在まではそれぞれに関して,下肢を中心とした力 学的機構が明らかにされた.そして共に,上肢の回 転及び視覚・眼球運動情報の寄与についても精力的 に検討され始めている.今回の発表では研究領域を 概観した後,スポーツ場面において重要でありなが ら,蓄積が少ない切り返しの視覚的制御機構を検討 する研究計画を提案する. 1.1 転が生じていること(Andrews, 1977)などがある. 事前計画の必要性に関する実証例としては Lyon & Day (1997) がある.課題は光刺激の呈示位置に従っ て,静止状態から直進,斜め方向のいずれかに一歩 踏みださせるのみである.もしこの一歩の間に遊脚 の制御が行われないとすれば,重心は離地によって 軸足足関節周りに生じる角度モーメントの影響を受 けながら自由落下するはずである. この振る舞いを モデル化し,遊脚のつま先離地から踵接地までの重 心軌跡を予測させたところ予測値は実測値とほぼ完 全に一致した. ここまでで一連の実験が主張することは1歩間の 事前計画を前提とした下肢の切り返し制御機構 重心の制御は事前計画に基づきバリスティックに行わ 方向判断を含む切り返し動作に先鞭をつけた研究と れるということである.このとき強調される眼球運動 して,Patla, Prentice, Robinson, & Neufield (1991) の機能は切り返し方向を予測・判断し,事前計画を早 があげられる.彼らは直進歩行中に方向指示を出し 期に立てることである.その実証としては Hollands, 切り返し動作を行わせた.地面反力をもとに切り返 しの力学的機構を検討した結果,軸足接地前までに, Maple-Horvat, Henkes, & Rowan(1995)がある.彼 らは散在する石を転々と踏みながら前方に移動する 直進方向に対する重心の加速が相殺される必要があ 課題を用い,立脚と遊脚の時系列的パターンと,次 ること,次に軸足接地のインパルスを調整すること の着地石に対する注視行動との関連を検討した.す により,内(外)転方向へ加速させる必要があるこ ると全試行の 68 %において,1つの踏み石に着地 とを明らかにした.さらに通常歩行においてこの条 すると直ちに(平均 51 ms 後)次の踏み石への注視 件を充足するうえで,方向指示は軸足接地の1歩前 が行われ,その後に踏み石から足が離れるというパ に出されなければならないことも確認された.この ターンが頑堅にみられた. ことからブレーキと回転に関する調整を事前に計画 する(pre-planned)ことが出来てはじめて,円滑な 切り返しがなされるとした. 1.2 眼球運動を頂点とした階層機構 移動や姿勢の制御は重力に対して四肢が動的に平衡 Patla et al. はまた,この仕組みが完全に働くため 状態を保つ行為といえる.このとき眼球及び頭部の先 には,直進方向の減速に対して腰部及び足関節ロー 行運動と安定が,体幹の制御に基準座標系(reference テータの出力が充分でなければならないと仮定した. frame)を与えるといった仮説がある(Imai, Moore, Raphan, & Cohen, 2001; Pozzo, Berthoz, & Lefort, Rand & Ohtsuki (2000) は走行中の切り返し方略と して2種類:Open と Crossover を仮定し,それぞれ に対する腰部ローテータを中臀筋と縫工筋,直進方 1990 etc.).この基準座標系は四肢間協応に coherent な空間表象であり,光学的流動(網膜)と重力 向ブレーキングの主導筋を内側広筋,推進力の主導 慣性(耳石)といった 2 種類の入力により構成され 筋をひふく筋としてEMG分析を行った.Patla et る(Berthoz & Pozzo, 1994 ).未だ数こそ多くはな al.(1991) に従い,方向指示は1歩前に出された.そ いが,近年では複雑な姿勢制御や宙返りなどの動作 の結果,内側広筋の出力(ブレーキ力)がより大き を手かがりに実証的な研究が進んでいる.指示方向 かったオープン方略において,切り返しの角度が大き への注視(gaze)を含む切り返し動作の制御に関し かった.さらに軸足接地に先立ち,オープンにおいて ても,このような眼球・頭部を頂点とした階層的機 は中臀筋,クロスにおいては縫工筋の予備緊張が組 構で説明する試みがなされてきている. 織的に見られた.これらの結果は Patla et al(1991) これまでには,特に切り返し方向が不確実な場合 の主張,特に事前計画による制御方略を裏付け,拡 に頭部の先導がみられることが解っている.Patla, 張するものと解釈された.その他にも関連する知見 Adkin, & Ballard(1999)は軸足接地1歩前の刺激 として,直進方向の減速時に予測的な体幹・骨盤の回 提示に対する,頭部回転から切り返し方向への足着 眼球運動と切り返し(木島) 105 地に至る身体各部位の時系列的関連を検討した.切 うる範囲である. この可能性を確認するため,頭部 り返す方向を右に固定した結果,階層制御の仮説に 回転と腰部回転の時系列的配置を筋電図から検討す 反し,体幹のロール(roll:進行方向を回転軸とした る必要があるだろう. 傾き)が頭部のヨー(yaw:鉛直軸周りの回転,左右 次に下肢メカニクスに関する知見も考慮して統合 の向き),体幹のヨー,足の着地より先行して確認さ 的に考える.まず行為者は軸足踏み込みに先立ち矢 れた.この結果を受け Hollands, Sorensen, & Patla 状方向への減速を充分にしなければならない.この (2001)は左右方向に指示を出す状況を設定し,階層 減速は支持脚を軸とした体幹の回転を可能にするた 制御の仮説に沿った結果,つまり頭部のヨー,体幹 めである.ここで Holands, Sorensen, & Patla(2001) のヨー,体幹のロール,内外方向への重心移動,足 によれば,この回転に先立って頭部を先導とした体 着地という順に動作が立ち上がることを示した.こ 幹の回転は開始されている. の結果から,Patla et al.(1999)で体幹のロールが 問題はこの頭部・体幹の回転が事前計画の一部に 先行したのは事前に右への切り返しが予期されたこ すぎないのか,もしくはこれら自体に体幹の回転を とによることが示された. 先導・再定位する効力がどれ程あるのかということで さらに Hollands らは,頭部を固定して方向指示に ある.既存の方法からこの問題を検討することはで 沿って切り返しを行わせた.頭部の切り返し方向へ きない.なぜなら事前計画が可能であるように,方 の回転が体幹以下の制御系に必要な情報をもたらす 向指示のタイミングが支持脚一歩前の接地時点に固 のであれば,頭部への拘束を補償するために体幹の 定されているからである.そこで本研究では支持脚 回転が早期化するはずである.結果は階層的機構の 一歩前のつま先離地(支持脚はすでに接地している) 発現を示すものであり,体幹のヨーの開始は統制条 で方向指示を出すことにより,事前計画が不可能な 件より早期であった. 状況を設定する.また同時に一定量以上の眼球・頭 また切り返しではないが,曲率が高い円弧(半径 部回転を強制する.これらの手続きを用いて,眼球・ 50cm)に沿って転回歩行をさせたとき,眼球回転が 頭部の先導そのものによる現行ステップの制御可能 頭部以下の回転に先行した.彼らは視線を安定に保 性を検証する.現段階での実験計画を以下に示す. つために前庭動眼反射,もしくは前庭上丘反射等の協 応機構が働くためと考えている(Imai, et al, 2001) 1 .また Grasso et al.(1998)は 90 度の転回歩行に おける頭部と眼球定位を測定した.進行方向の把握 に十分な照明のもとでこれを行わせると両者の間に 2. 実験計画(パラメータの詳細は未定) 2.1 運動課題 実験状況を図1に示した.静止状態から右足 (r1 ) を踏みだし,指定の周波数で前方に歩行する.歩行 組織的に関連する運動パターンが見られたが,驚く 周波数に関する条件は通常歩行に近い2 Hz と,こ べきことに消灯条件下でも同じようなパターンが見 れより遅い1 Hz とする.予備実験より1 Hz 条件下 られた.この結果は,視覚情報を取り入れるだけで では r2 を支持脚とした体幹回転に足るだけの減速が なく,眼球運動が頭部以下の動作を直接的に規定し ている可能性を強く示唆する. 1.3 残された問題の所在 眼球運動が体幹の姿勢制御を先導的に規定すると いった議論は,今後切り返し動作の視覚的方略を考 える上で重要である.しかしこの主張を受け容れる には若干の問題が残されている. まず第1点目は,主張の殆どがキネマティクス分 析の結果に基づいていることである.確かに動作(再 定位)のオンセットこそ頭部が体幹に先行している. しかしこれがすなわち運動指令の先行を示している とは限らない.観測された時間的ずれは,頭部と下 肢との間の electromechanical delay(筋電立ち上が りから動作立ち上がりまでの遅延)の差で説明され 1 転回歩行の協応に直接拘束をかけると見られるのは飽くまで 視線の安定であり,前庭動眼反射や前庭上丘反射それ自体ではな い.筆者による表現の問題に関しては後続部分,樋口貴広氏のコ メント及びリプライの部分を参照されたい 確認された.周波数の強制にはメトロノームを用い る.所定の周波数で r1 ,l1 に続いて支持脚 r2 を踏 み込ませる.その直後 l1 のつま先が離地した時点で 180cm の高さに吊した円弧上で左半分か右半分のい ずれか全ての光刺激を点灯させることにより,切り 返しの方向を指示する.ただしこのとき一定量の眼 球・頭部回転を強制するために,ある一定の割合で 中央から 5 番目(中心より 60 °)と 6 番目の刺激が 点灯しない試行を混入し,毎試行後,被験者に対し て当該個所が点灯したか否かを回答させる.被験者 は消灯を見逃すことなく,さらに歩行周波数を崩す ことなく指示方向に切り返さねばならない.課題の 成否に関する情報(後述)を試行終了毎にフィード バックする. 2.2 検討課題 以上のような現行ステップ(on going step)によ る切り返し課題を用いて検討する問題は以下の2点 106 運動学習研究会報告集 Vol. 13 (Nov., 2003) 185cm metronome Timer videotaped picture probe(On||Off) l2 60° l2 r2 l1 Cue Programer l1 Toff (CueOn) VTR r1 l1 Hoff VideoBased EMR r2 Hcon. l1 toe(T) contact l1 heel(H) contact trigger AD Bord l0 l* Hcon,Toff r* Hcon,Toff multi telemeter EMG signals 図 1: 現行ステップによる切り返し課題.l0 から r2 まで直進,その後の一歩の方向は l1 のつま先離地時に呈示される方向指示によって指示される.右への切り返し(クロ スオーバーステップ)時の刺激点灯と足の踏みだしパターンを示した.注視及び頭 部回転のプローブとして,被験者は左右中心から5・6番目の点灯有無を判断せね ばならない. である. 間を計測し,2Hz 条件においては 1000ms(=500ms ブレーキングが充分な事態における,眼球・頭 x 2steps),1Hz 条件においては 2000ms (=1000ms 部回転の先導効果:1 Hz の周波数で歩行させ,方 向指示に対して円滑な切り返しが可能であるのか否 x 2steps) 周りの誤差を算出することによりステップ の円滑性を評価する.これにより事前計画に基づく かを検討する. バリスティック制御の排他性を確認する. 2 眼球および身体セグメントの回転に関するキネマティ 1 ブレーキングの不備に対する,眼球・頭部回転 の先導機能の効力:通常の周波数で歩行させ,眼球・ クス:r2 の位置から上方3 m の高さより垂直に VTR 頭部の先導が充分に機能するか検討する. 撮影した映像,そしてこれに同期させた眼球運動モ なお実験デザインは歩行周波数の 2 条件(2Hz, 1Hz)とプローブ強制(あり,なし)の 2 要因被験者 内計画とする.検討課題の1は歩行周波数1 Hz 条 ニターの映像をもとに,眼球,頭部,肩部,腰部ヨー のオンセットを計測する(60Hz).これより各条件 における眼球及び頭部の先導機構の発現を確認する. 件におけるプローブ強制の単純主効果,検討課題2 EMG:頭部回転に関して左右の胸鎖乳突筋(SCM), は歩行周波数2 Hz 条件におけるプローブ強制の単 腰部に関して軸脚(右)の中臀筋(GLM:内転,左 純主効果から検討できる. 方向へのオープンステップ)と縫工筋(SRT:外転, 右方向へのクロスオーバーステップ)を計測し,オ 2.3 従属変数 ンセットの時系列的関係を検討する.これより elec- 課題の成否:60 °以上の切り返しの成否をカウントす tromechanical delay を差し引いて先導機構の有無を る.さらに l1 つま先離地から l2 つま先離地までの時 確認する. 眼球運動と切り返し(木島) 樋口貴広氏のコメント 木島さんの研究では,眼球運動が locomotion にお けるスムーズな方向転換を実現するための先導的役 割を担っているかどうかが検証されます.個人的に は,眼球運動という比較的ミクロな運動が身体全体 の自由度の拘束に一役買っているという考え方は検 証に値する興味深い仮説だと思います.一方で,こ 1: 107 私の関心は単なる転回ではなく,方向が不確 実な条件下での現象確認です.この試みから,見る ことと切り返すことを統合的にとらえ,環境変化に 適応しうる移動制御の仕組みを把握したいと思いま す.統合的な枠組みとして,Grasso らの視線の安定 を制御変数とした姿勢制御という考えに興味を持ち, 実験を始めました. の現象を明らかにすることがスポーツ場面への応用 2: にどのように寄与するかについては,少し議論が必 定化するために頭部の揺動を相殺する眼球反射です. 要であると感じます.以下に質問事項をまとめます. 1: 先行研究によれば,局率が高い円弧(半径 50 Imai et al.(2001) は眼球が頭部に先じて移動目標に 定位されることを報告しています.前庭動眼反射は cm)に沿った転回歩行で眼球運動が身体運動に先 ここで頭部の遅れをリセットするように働き,視線 行する現象が既に確認されています.木島さんのご の安定に一役買います.なので前庭動眼反射自体に 関心は他の条件での現象確認にありますか.それと 身体の回転を司る機能はないと思われます.私のレ も方法論的な問題点をクリアーした上での新たな現 ジュメにおいて,これに関連する記述が大きくズレ 象確認にありますか. ていました.レジュメを訂正します.申し訳ありま 2: せん,と共にご指摘ありがとうございました.なお, レジュメでは先行研究の紹介として,眼球運 ご指摘のように,前提動眼反射とは視線を安 動が先行することの可能性を前庭動眼反射に関連付 現象として眼球が頭部以下に先行することは確認さ けて説明しています.しかしながら, ご存知の通りこ れているものの,系が優先して安定させるべきは視 の反射は頭部の回転運動を検出し,それと逆向きに 線であり,眼球・頭部から体幹・下肢まではその目的 眼球を回転させることで視線を一定に保つために存 の下に協応すると考えます.ここで先行研究で確認 在します.このような反射の説明は本当に木島さん された時間ズレから眼球・頭部協応の結果が体幹や の想定する現象にフィットするでしょうか. 下肢を支配するといった仮説を想定しましたが,こ 3: 実験では,方向指示のシグナルとして左右の いずれかの光刺激を全て点灯させる方法を採用して います.このような広範囲のシグナルを選択された 理由をお聞かせください.この条件下で頭部回転角 を 60 度にする工夫をされていますが,単に 60 度の 位置の光刺激のみを点灯させることと異なる結果が こで眼球運動それ自体が一方的に頭部以下の回転を 支配するというのは若干行き過ぎた話になるやもし れません.発表タイトル「眼球運動にはじまる」とい う言葉がまずかったと思います.眼球運動までを含 めた移動制御の機構という意味だったのですが,明 らかに曖昧すぎる表現でした. 予測されるでしょうか.また回転角として 60 度を選 3: 択された理由を教えてください. 与を知ることですので,条件間で眼球及び頭部の外 4: 対戦型のスポーツ場面においては,自分の身 旋角度の差を大きくしようとしました.ここで頭部 体の動きに先行して目や頭を同方向に回転させてし 回転が必要なほど外側に一点点灯させると,方向判 まうと, 対戦相手は目や頭の動きを見ているだけで容 断のために左右に首を振ってしまいます.この動作 易に自分の動く方向を予測できてしまいます.熟練 は分析上のアーティファクトとなるばかりか,今回 スポーツ選手は本当にこのようなストラテジーを積 の課題である一歩間の遊脚制御といった動作をしこ 極的に採用するのでしょうか.日常行動における眼 たま困難にさせます.そこで左右の判断に関して首 球運動先行の機能とスポーツ競技場面におけるその を回す必要がなく,それでも一定の点に注視を強制 効果は乖離しているように思うのですが,どのよう できるようにこのデザインを採用しました.次に切 にお考えでしょうか.これらの議論を踏まえて,こ り返しの角度についてですが,先行研究に倣ったと の研究で理想的な結果が得られた場合に,実践的指 いうのが正直なところです.しかし一方でこの角度 導としてどのような示唆を与えることができるか教 は切り返し行為の定義,例えば切り返すまでの頭部 えてください. の進行方向と遊脚の軌道が交差するステップ(cross まず今回の検討課題は眼球及び頭部回転の寄 over:Rand & Ohtsuki, 2000 )と関わります.この条 樋口コメントへのリプライ 浮き足だった私の足を地につけて頂けるようなコ 件を確実に満たすことが 60 度の理由ともいえます. 4: ご指摘の通り,攻め手はこんなにわかられや メント,本当に感謝します.以下,通例に沿って一 すい方略を用いてはいないと思います.ただ1対1 問一答形式で答えていきます. フェイントの中には眼や頭でかけるものもあります. 108 運動学習研究会報告集 Vol. 13 (Nov., 2003) またタックルのときは攻め手の腰を見ろと言われま より何らかの情報を得ているはずだと考えます.単 す.少し筋が跳ぶかもしれませんが,攻め手は眼球 に,切り返し動作における運動の制御の物理的な行 なり頭部なりの先導機構を逆手に取った方略を用い いやすさだけではないような気がします.先行研究 る反面,守り手はこの機構を知っているからフェイ では,この点に関してどのように意味づけをしてい ントに迷うのではないでしょうか?現在でははっき るのでしょうか.特に,Grasso et al.(1998)の研究 り言えませんが,将来は1対1もしくは多対1事態 において,90 度の転回歩行で,歩行と目を向ける運 における,かわす動作,特にそこで攻め手ステップ 動(頭部と眼球定位)との間に組織的な運動パター の制御変数といった問題につなげたいと思います. ンが,消灯条件でも見られたことから,視覚情報を なお現在は被験者が私1名の予備実験を終了しよ 獲得する“ 見るという動作(頭部や眼球運動)”自 うとしているところです.結果がまとまりそうなの 体が自身の身体知覚も含めて行っているのではと考 で,もしお時間を頂けるなら,是非ともまた話を聞 えられます.すなわち,見るという動作に伴う,眼 いてください. 筋や頭,首の筋などの情報により,環境に対する身 体状況が知覚されるということです.このように考 兄井彰氏のコメント 今回の発表で,当然のことですが,歩行時の急激 な方向転換動作である切り返し動作を行うためには, 十分に身体にブレーキをかけ,回転方向への調節を えると,頭部あるいは眼球運動により,どのような 情報が得られているのかは,環境の情報だけでなく 自身の身体状況に関する情報であると思われますが, どうでしょうが. 事前(軸足接地の 1 歩前)に計画していなければな らないことが理解できました.また,切り返し動作 に先行して,切り返し方向への頭部あるいは眼球運 動が,方向を予測できない場合に見られることも理 解でました. 兄井コメントへのリプライ 研究の位置付けを考える上で非常に重要なコメン トを頂きました.ありがとうございます.樋口コメ ントへのリプライに示しましたが,現時点では飽く 以上の前提において,今回の研究では,この頭部 までも現象確認が目的であって機構の説明は今後の あるいは眼球運動が切り返し動作にとって,どのよ 実験目的となります.以下に制御機構に関する,現 うな意味を持つのかを検討することを目的にしてい 状での見通しをごく簡単に示します.が,これが不確 ると理解してよいでしょうか.そうすると以下のよ 実な方向への切り返しに適用できるかは,いつ結論 うなことが思い浮かびました. できるかわからない状況であることをご理解下さい. 1.切り返し動作に先行する頭部あるいは眼球運動 の必然性 切り返し動作で,頭部および眼球運動が 以下私なりに考え,一問一答ではなく,変則的に お答えします. 体幹や下肢の運動より先行(先導)することは,い まず運動制御の「しやすさ」という言葉は力学的 たって当然のことのように思えます.通常の歩行時 効率と考えてよろしいでしょうか?発表時にも力学 の方向転換でも,転換方向に目を向けることは,当 的効率に関係するコメントを頂きました.が,私は たり前に行われていると思いますし,特に,転換方 切り返しの系がいかに環境と折り合いをつけるかを 向が不確かな場合では,転換方向が確定された時点 考えているのであり,単に頭部回転の力学的寄与を で,その方向に目を向けることは運動方略としては, 検討しようというのではありません.環境の要求を 当たり前でしょう.おそらく,これは姿勢や運動を 充足する上で,要求された方向への頭部安定が重要 制御しやすいからだと考えられます.しかし,動き な条件なのではと思うのです(コメント1.に対す 自体が安定するかどうかは,少し疑問ですね.転換 る回答). 方向が予測できる場合は,頭部および眼球運動が先 次にコメント1中の「動作の安定性」と私が書いた 行しないのであれば,運動制御のしやすさと,運動 安定性との間に行き違いがあるように思います.環 の安定性を得るためには,違った方略が使われてい 境−行為のインタラクション(i.e. 指示方向への切り ると考えるほうが妥当かもしれません. 返し行為)の成立でまず注目したいのは,全身協応 2.切り返し動作に先行する頭部あるいは眼球運動 の安定ではなく,あくまで頭部の安定です.Berthoz での情報獲得 この切り返し動作に先行する頭部あ & Pozzo(1994) は重心を軸とした矢状面上での全身 るいは眼球運動において,どのような情報を得てい 回転(後方宙返り),前方面上での回転(beam 上の るのかが気になります.すなわち,何を見ているの 片足立ち)において,頭部を安定させるように制御 かということです.この先行運動によって,切り返 がなされることを確認しています.またその機能は し動作がうまく調整されるのであれば,この動作に 全身協応を成立させるために必要な情報:網膜上の 眼球運動と切り返し(木島) 光流と重力慣性の情報を得ることと仮定しています 109 性の方向と関係していることを明らかにしています. (コメント2.に対する回答).その結果として全身 また Grasso らは頸部を考慮した姿勢制御も検討し 協応が安定したり,力学的効率が高まることもある ているようです(Grasso, Ivanenko, & Lacquianiti, かもしれませんが,取っ掛かりをつかむために,今 1999; Ivanenko, Grasso, & Lacquianiti, 1999 etc. ). 回は切り返しの達成を従属変数としました. 頸部を含めた内容に関しては,私が,まだ消化不良 最後に当たり前と見られる,頭部先導が意味する ところは,四肢に付与される協応パラメータの先行 の点が多いので,この場で紹介するのは控えておき ます.すみません. 定義と考えています.頭部安定は定義に必要な条件 最後にお二人からのコメントに感謝します.説明 です.上記 Berthoz & Pozzo(1994) は単に頭部回転 の至らなさ,話の構成がはっきりと定まっていなかっ の傾向から主張しているのですが,引用した Imai ら たことを痛感しました.来年は実験結果を持参しま の研究,Cohen,Raphan といったグループではさ す(したいです?公約ではありません).お二人同 らに,頭部回転と眼球運動の補償(前庭動眼反射・ 様,皆様にもよろしくご挨拶を差し上げておきます. 前庭上丘反射)による視線(gaze)安定を確認して どうかよろしくお願いします. います.さらに彼等は視線安定が転回による重力慣 編集後記 かなり強引ではありましたが,今年はちょっと早めの配布を目標とした第 13 回運動学習研究会の報告集をお 届けします. 近年,研究会参加者の入れ替わりが激しく,毎年参加される方と翌年には所属変更される方が多くなってき たように思っています.それゆえ,編集委員を引き受けたときに,特に参加者には年度内に作成してお渡しする ほうが良いのではないかな,と思いました.そして,毎年印刷から配布までご尽力くださる山本裕二先生(名 古屋大学)の郵送手配の多大な時間とその費用を勘案したとき,研究会後に多くの会員が集まるスポーツ心理 学会に間に合わせるのが最善な方法と考えました.編集者の勝手なこの判断から,今年度参加された皆様には, 度重なる入稿時期の繰り上げをお願いしました.ここに報告集をお届けできるのは,JMLS 会員の皆さんのご 協力のお陰であると思っています.この場をお借りして感謝申し上げます. 報告集に初めて TEX の原稿(第 9 巻の Special Issue)が挿入されてから,早 5 年が過ぎ,今年は研究会の 貴重な時間を割いて,編集のための TEX の講習会も開かれるといった,新たな試みもありました.昨年の編 集後記にもありましたが,大きくなりつつある研究会の編集をするためには,会員の皆さんのご協力を得なが ら報告集を編集する必要があります.そこで,マルチプラットフォームである TEX が強力な助っ人になって くれます.これは初めて編集者を務め,入稿してくださる皆さんが使う多様な OS とアプリケーションを知っ て痛感したことでした.そして,多くの会員が TEX を使えるようになってきてくれていることは,編集者に とって心強く感じたことでもありました(本編集者への TEX ソースでの入稿 17 名中 15 名,EPS での図の入 稿 15 名中 14 名,MS-WORD & EXCEL での表の入稿 2 名). 最後になりましたが,報告集の編集に欠かすことのできない大きなデータのやり取りにおいて,サーバを提供 してくださいました吉田茂先生(筑波大学),会員の連絡網の根幹である ML サーバの管理をはじめ,研究会の 事務局を担当してくださる山本先生に,僭越ながら会員を代表して感謝申し上げ,編集後記とします.(T.H.) 運動学習研究会報告集 第 13 回 2003 年 11 月 25 日発行 編集発行:運動学習研究会 〒 464-8601 名古屋市千種区不老町 名古屋大学総合保健体育科学センター内 Tel: 052-789-3964 Fax: 052-789-3957 email: [email protected] 印刷・製本:株式会社プリンテック 〒 461-0025 名古屋市東区徳川一丁目 9-30 Tel: 052-932-5768 Fax: 052-932-9666 On Demand Printing & Publishing
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