技術社会影響評価(テクノロジー・アセス メント:TA)とその制度化 城山英明 東京大学大学院法学政治学研究科 1 はじめに • 科学技術の発展には便益だけではなく、様々 なリスクや社会的問題が伴う。 • 課題の広がりに応じて、関心を持つアクター =ステークホルダーの範囲も広がってきた。 • 各アクターは、便益、リスク、問題の探知子 (detector)としての役割を担う。 2 例示 • 原子力エネルギー技術-エネルギー安全保 障;安全、安全保障(不拡散問題) • 生命科学・遺伝子組換技術 (1)遺伝子組換食品-食糧安全保障;安全(食 品、環境)、倫理 (2)遺伝子治療(人間に対する遺伝子操作)- 健康;安全、倫理 • 認識要因:認識されることによる現実性 「風評被害」は経済的には現実の問題 3 TAの定義 • テクノロジーアセスメント(TA)とは、その 技術発展の早い段階で将来の様々な社 会的影響(多様な便益、リスク、社会的 問題)を予期することで、技術や社会の あり方についての問題提起や意思決定 を支援する制度や活動を指す。 4 TA:定義と起源 -議会TA機関の機能 • 米国OTA法(1972) 1. 技術および技術開発プログラムのもたらす 現在及び将来の影響を明らかにする 2. 可能な限り、「因果関係」を明らかにする 3. 目的を達成する代替技術、手段を提示 4. 代替技術・手段による影響を比較 5. 分析結果を議会に提示 6. 更なる調査・研究が必要な分野を提示し、 必要に応じて自らも実施 5 ジレンマ ー 予測不能性、経路依存性、政治性 • コリングリッジ (Collingrdige 1980) – 技術の影響はそれが広く発展・普及するまで十分に予測できない (情報の問題) – だが、発展した技術は社会に定着しているので制御が難しい (力の問題) • ファン・アイントホーフェン (van Eijntohoven 1997) – TAは単なる科学的活動ではなく、「客観的」「中立的」情報を提供しない(cf. 科学 と政治の境界作業、科学と社会の共生産) – TAは意思決定者が望ましいと思う選択であれば利用される → TAはその活動と利用の二重の意味で政治的 6 TA活動の変遷 • 1970年代:事前評価(事前警告) – 特定技術の社会への影響を(導入以前に)評価 – 悪影響の排除または最小化に重点 • 1980年代:構築的技術評価 – 技術導入以前の開発段階から同時進行で評価 – 技術開発のもたらす利益の最大化に重点 • 1990年代;参加型技術評価 – 技術評価に非専門家の意見を導入 – 技術と社会の関係を広く捉える 7 TA活動の整理 専門家 問題像提示 意思決定支援 ステークホルダー 市民参加 8 米国OTAの廃止とそれ以降(1) • 行政府に対する議会の技術評価、政策支援 として、重要な役割を果たす。 – 報告書のみならず、スタッフ間のコミュニケーショ ンによる情報共有・支援活動が重要 • 政党中立性を制度で担保:民主党主導であっ たが、理事会(TAB)は党・院のバランスが公 平になるように構成 – しかし、SDI構想に関する報告書に代表されるよ うな党派間対立も顕在化 9 米国OTAの廃止とそれ以降(2) • TA活動は定着化しており、多種の機関で継続され ている。 – 全米科学アカデミー(NAS)、議会調査局(CRS), 議会政 府評価局(GAO)など多数の政府機関 – 大学、シンクタンク、NGOも多数存在 • しかし、活動が断片化・多様化し、包括的TAが減少。 独立性、中立性も担保できない状況 • ナノテクノロジー研究開発法でELSI研究を義務付け – 個別事例で制度化を担保 • TA専門機関がないため、人材育成が難しい 10 欧州における議会TA • 70年代:国際レベルの議論の影響(OTAの設立,OECD会 議)により,一部で議論が開始.しかし,米国とは社会法制度 (特に,行政と議会の関係)のあり方が異なることや,OTAの 目的や手法が不透明であったことに対する批判等により, policy transferは生じず,欧州でのTA活動は低調だった • 1980年代:科学技術による社会や環境への影響が強まり, 特に経済停滞・低雇用を脱する方策としての技術(のポジ ティブな側面)への期待から,欧州版TAの議論が開始→欧 州・各国レベルで議会TA機関の設立が相次ぐ,EPTAのネッ トワークも形成される 11 TA機関の一覧(まとめ) UK POST STOA ラテナウ viWTA 設立 年 1989年,01年から常設機 関に 1987年 1986年にNOTAとして設 立.92年に改名 2000年に設立 設置 場所 初期の段階は,議会外.そ の後,96年に議会内に設 置される 現在域内政策総局(DG Internal Policy)のDGA(経 済・科学政策) 王立科学アカデミー (KNAW)内 議会内に設置.独立機 関 組織 議会のボード(下院10名, 上院4名の計14名)がPOST の監督 ①政治的意思決定は, 「STOAパネル」15名の議 員から構成.パネルの運営 は「STOA bureau」.実務運 営を行うのは,STOAチー ム 現在のボード:7名 (KNAW),Advisory Council of Government Policy,文部科学省が 任命.①コミュニケー ション部局, ②TA部局, ③科学システム部局, ④事務局 ボード(議員8名と,科 学者8名)は,議会の総 会で決定される.職員 は,ディレクター,科学 スタッフ(scientific staff)6名と事務 (administration)1人 職員 9名(研究員6名) 5-8名 目的 議会の委員会に科学技術 に関する助言を行う. ①議会の委員会に独立で 質の高い科学的に中立な 研究と情報,選択肢の提供. ②議論の場の企画 現在約45名 ①政治家への情報提供 ②社会の意見形成への 働きかけ,主要な二つ の任務①TAと,② Science System Assessment(SciSA) 8名 議会に対して科学技術 に関する助言を行う. ディレクターは,議会に 対して発言権を持ち, 関連する文書を議会の 職員から入手出来る 12 欧州TA機関に関する考察 • OTAに比べて小規模(予算・スタッフ)だが、ネットワークを活 用して効果的な活動を実施 • 意思決定の直接的な支援よりも,問題認識やアジェンダセッ ティングに比重がある • TA機関によっては,市民など幅広い関係者とのコミュニケー ションやネットワークを重視する新たなタイプも出現 • 時限的なプロジェクトとして開始→生き残りのために,OTAタ イプの導入ではなく各国の状況に適応したTAが発展.この ため,欧州TA機関は各国の社会的文化的制度的要因を繁 栄した多様なバリエーションが存在する 13 日本の「TA的」活動の特徴 • 活動・手法 – システム工学的アプローチにとらわれた手法の偏重 – 「代替案評価」「多様なステークホルダーの関与」が欠如 – 一方、技術フォーサイト手法はパイオニア的存在となった • 制度・機関 – 縦割り型行政は予測・評価活動を好み、手法的発展も手 伝って予測・評価の制度化が進む – 議会では国家的技術開発プロジェクトや国際技術戦略と してTAに関心を抱くが、官僚の抵抗が強く議会TA機関の 設立は叶わず – 産業界も高い関心を示したが、TA専門機関の設置には いたらなかった – 独立性・中立性を担保する制度はない(技術開発機関が 14 実施することが多かった) TAが必要となっている背景 • 第三期科学技術基本計画 – 第4章1「科学技術が及ぼす倫理的・法的・社会的課題への責任ある 取組」 – でも現実には具体的取り組みが進んでいない。 • 政治主導 – 国家技術戦略:海洋、宇宙など科学技術に関連する基本計画への貢 献 – 二大政党制・ねじれ国会にあって政党としての科学技術戦略 • 最近の問題 – 医療:従来的TA制度と問題点 – 食品:安全性以外の経済・社会・倫理・文化的な側面に対する評価の 不在 – エネルギー:地球温暖化、太陽光発電、バイオマス燃料、コンビニ営業 など – ナノテク:多層カーボンナノチューブ(MWCNT)のリスク 15 例1:医療 • 従来のTA的制度と問題点 ①診療報酬制度における経済評価 -費用対効果の議論に終始。医療資源の配分決定の争いの場で あり、倫理的、社会的妥当性の評価が十分か。 ②審議会(先端技術に関する法的倫理社会的検討) -省庁横断的議論の不在 -議題の設定方法の適切さ「総合科学技術会議生命倫理部会は 何年経っても胚」との批判 ③立法府としての国会:臓器移植法(1994) -議員立法の脆弱さ(社会情勢に左右、法制局頼みの立法技術) -議論の継続性「15歳以下の臓器移植の議論は立法後実質的 には放置」 16 例2:食品 • 食品分野における科学技術の役割は増している – 農薬・食品添加物・動物用医薬品・食品照射 – GM食品、健康食品,ナノテクノロジー応用食品,クローン牛 • 食品の社会的影響も大きいが,これまで十分に包括的な評価がなされて きただろうか. – 遺伝子組換え食品の社会的・倫理的議論、便益の評価の欠如 – 健康食品が個々人の食生活バランス・ライフスタイル,日本の食行動・食習 慣・食文化,食産業等に及ぼす影響の評価は? – 持続可能な水産業、エネルギーと農業の関係などの評価? • 食品安全委員会による科学的安全性の評価(毒性評価・安全性評価)は なされているが、包括的社会影響評価は行われていない – 安全性に関しては食品安全委員会の専門家により十分な評価 – 経済的(企業の経済活動上のコストの問題など),社会的(食料自給率の問題, 食育や食べ方),倫理的(動物福祉),文化的な要素といった広範な考慮事項 の評価はなされていない. 17 例3:エネルギー • 定量的技術シナリオの乱立: – 地球温暖化対策のための計画、戦略、ビジョン、ロードマップ – 数字上の辻褄はあっているが、社会面も含めた総合的評価は考慮されてい ない • 太陽光発電(新エネルギー)政策 – アクターの見解の相違は大きく、RPS制度や分散型電力供給システムのあり 方を巡って将来の深刻な対立を招きかねない – 衝突が顕在しておらず、TA的活動も不在であるため早い段階から事態に対 処することができていない • バイオマス燃料の促進政策 – バイオマス燃料のもたらす社会、経済、環境に与える影響評価が不十分なま ま目標設定 • 省エネルギー政策 – HEMS(ホームエネルギーマネジメントシステム)の導入とそのもたらす影響 – コンビニの24時間営業中止:地球温暖化への貢献はどれほどか?地方の小 売店、地域雇用、深夜犯罪、社会人の生活スタイルへの影響 18 日本におけるTA機関のあり方 議会機関型 (POST、OPECST) 議論喚起型 (ラテナウ、DBT) 企業連携型 断片的TA 統合型 クライアント 議会委員会 政府(+議会) 従業者・消費者 政府 スポンサー 議会 文科省 (+経産省) 多業種・多数の企 業 公的機関・大学・ 企業 運営主体 (理事会) 議員 +外部有識者 有識者・業界関係者 企業経営者 +外部有識者 各機関代表者 設置場所 国会図書館 (or議院調査局) 独立行政法人 (or学術会議) 経済団体 政府 (or公的機関) 実施主体 スタッフ +外部研究者 スタッフ スタッフ +外部研究者 各機関 特長 議員への啓蒙、 政策課題発見 参加型、 社会的インパクト 意思決定への近 さ、集合的CSR 低コスト・低リスク で実現可能 課題 成果の質、 立ち上げ方 権限の分散、 政策的インパクト 負のインパクトへ の配慮 権威、信頼性、 制度的安定性 19
© Copyright 2024 ExpyDoc