平成 19 年度 社会工学類都市計画主専攻 卒業研究中間発表会 2007 年12 月 05 日 時空間計量経済モデルを用いたつくばエクスプレス沿線地域のマンション賃料分析 発表者:高野哲司 指導教員:堤盛人 1.背景と目的 (1)つくばエクスプレス開通による不動産価格への影響 2005年8月24日、つくばエクスプレス(以下TX)開通 した。このような社会資本整備は不動産価格に大きな影 響を与える。そのため、TX沿線の不動産価格の動向は、 さまざまなメディアのニュースや動向調査などで報告さ れている。その中では、TX開通の影響で沿線の不動産 価格は下げ止まりとも上昇とも述べられ、情報が錯綜し ている。 これらの報告は、公示地価や自社物件の価格について、 限定した地域で価格の高い物件が出現したことを示すこ とによって、価格上昇の傾向があることを説明している に過ぎない。統計的な手法を用いて明示している報告は なく、計量的に把握することが必要である。 (2)不動産価格分析 統計的な手法を用いる既存の不動産価格分析では、不 動産価格として公示地価が用いられることが多い。 その最も大きな理由として、情報の入手しやすさが挙 げられる。公示地価は国土交通省が1年に1回、鑑定を 行った結果を一般に公表されている1)ため、入手が容易 である。 しかし、公示地価は鑑定された”正常な価格”であり、 実際にされる取引価格とは乖離があることは指摘されて いる2)。 また、公示地価は1年に1回公表されるのみであり、 当然、公示地価を分析することは1年ごとの変化をみる ことである。さらに1年より詳細な4半期や月ごとの変 化をとらえるためには実際の取引価格を用いるか、何ら かの仮定を置いて詳細な変化を推定するか、どちらかで あるが、単純に取引価格を用いることが最も精度の高い 分析になることは明らかである。 これらことから不動産価格分析では、公示地価ではな く取引価格を用いる方が推定精度の面から望ましい。望 ましいことに関わらず、多くの研究が取引価格を用いな かった背景として、取引価格は一般的に得られる情報が 限定されていることが挙げられる3)。インターネットや フリーペーパーで掲載されている情報は掲載時点で、あ る程度限定される可能性がある不完全な情報であり、分 析するには過去にさかのぼった情報や完全な情報が必要 である。 (3)本研究の目的 背景での述べたとおり、TX開通による不動産価格へ の影響は明らかにされておらず、これを明示することに より不動産価格変動のメカニズムを明らかにすることに 寄与することを目的とする。 また、不動産価格として、従来多くの研究が用いた公 示地価ではなく、取引価格を用いて分析する。 3.概要 取引価格を分析する際に従来の分析手法が適用できる か否かについて、その問題点の整理と、それを解決する モデルについて説明する。そのモデルを取引データに適 用し、従来の手法による結果との比較から不動産価格変 動を分析することに最も適したモデルに改良を試みる。 最終的に改良したモデルによる結果から不動産価格変動 を示し、不動産価格変動のメカニズムについて考察する。 目的 :TX沿線地域を対象とし、実際の取引価格を 用いて不動産価格変動を明らかにする。 取引データへ既存手法を適用する問題点の整理と 本研究で用いるモデル 時空間自己回帰モデルによる実証分析 モデルの改良点、改良したモデルによる分析 結果の考察 図−1 研究のフロー 4.取引データの概要 a)対象:株式会社アットホーム提供のマンション賃料 b)実施期間:2001年3月∼2007年5月 c)対象地域: 図2で示したTXが通っている市町村 (純粋にTX開通による変動をみるため東京を除く) 図−2 対象地域 d)基本統計とヒストグラム、賃料単価の分布 表−1 面積当たり賃料の基本等計量 平均 最小 2001年 2002年 2003年 2004年 2005年 2006年 2007年 1688 1522 1625 1535 1568 1435 2354 最大 標準偏差 903 983 843 846 847 995 988 3010 2758 3515 2827 3878 2617 2997 2 100 80 頻度 頻度 120 60 40 20 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0 110 1 30 1 50 1 70 1 90 210 2 30 250 2 70 の級 次 2 2 面積当たり賃料(円/m )の分布(2004年) 120 140 100 120 80 100 60 80 60 頻度 頻度 面積当たり賃料(円/m )の分布(2003年) 40 40 20 20 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0 110 1 30 1 50 1 70 1 90 210 2 30 250 2 70 の級 次 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0 110 1 30 1 50 1 70 1 90 210 2 30 250 2 70 の級 次 2 2 面積当たり賃料(円/m )の分布(2005年) 面積当たり賃料(円/m )の分布(2006年) 頻度 90 80 70 60 50 40 30 20 10 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 級 0 9 0 110 1 30 1 50 170 190 2 10 230 2 50 2 70 の 次 40 35 30 25 20 15 10 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 級 0 9 0 110 1 30 1 50 170 190 2 10 230 2 50 2 70 の 次 2 面積当たり賃料(円/m )の分布(2007年) 35 30 25 頻度 278 464 639 578 385 115 161 面積当たり賃料(円/m )の分布(2002年) 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0 110 1 30 1 50 170 190 2 10 230 2 50 2 70 の級 次 頻度 476 296 557 377 402 313 518 2 面積当たり賃料(円/m )の分布(2001年) 80 70 60 50 40 30 20 10 0 標本数 e)基本情報からの考察 表1と図3からは、2007年の面積当たり賃料単価の急 上昇が見られる。2001年、2003年にも賃料単価が高い物 件がみられるが、2007年以外の変動は一見しただけでは 明らかにできない。 図4では観測点の地理的な分布の偏りが見られる。具 体的には、三郷、八潮、柏市に観測点が集中し、つくば 市では観測点やや見られるが、万博記念公園駅からみら い平駅周辺の地域ではほぼ見られない。 また、賃料単価の地理的な偏りは図4からは明らかに 示すことはできなかった。若干ではあるが、つくば市は 平均的に賃料単価が高い傾向は見られる。 20 15 10 5 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 0 9 0 110 1 30 150 1 70 1 90 210 2 30 250 2 70 の級 次 図−3 面積当たり賃料のヒストグラム(2001∼2007 年) 5.取引データへの既存手法適用の問題点 (1)回帰分析による方法 既存の不動産価格を分析する方法として、実務では回 帰分析による方法がしばしば用いられる。ここで、時間 的・空間的な変動をみる方法としては、ある年や地域に ダミーを入れることが挙げられる。 しかし、不動産価格は、時間的・空間的に近接してい る点から影響を受けて変動する4)。この手法ではその点 を考慮していない。 (2)パネル分析 回帰分析が時間・空間の影響を考慮していないことに 対し、パネルデータを用いた分析手法が提案されている (たとえばAnselin(1999)5))。ここで、この手法が取引 データに適用することができない問題点が2つ存在する。 1つ目は、取引データはパネルデータとして成立して いない。現実的には、同地点で毎年、取引されるは限ら ない。 2つ目は、時間の区切り方をどのように設定するかと いうことである。毎年、定点で観測されているパネルデ ータであるなら1年前、2年前…の物件が今期の物件の 価格に影響を与えているとすることはできる。しかし、 これでは目的とする詳細な変動を示すことはできない。 また、取引データでは、不定期に物件が成立されるため 適さない。1年の区切りを月毎とすると、その分だけ精 度は上がるものの、計算に費やす労力がかかってしまう。 1つ目の問題点の解決方法として、欠損しているデー タを内挿して補間する方法がある。安藤・森川(2001)4) では公示地価をこの方法を用いて時間・空間の影響につ いて分析している。ここで、取引データにおいては同地 点であってもその説明変数となりうる属性に違いがある ことが新たな問題となる。公示地価は更地を鑑定するも のであるが、取引価格は同地点の建物でも階数、部屋の タイプによって変わる。そのため、内挿して補完するこ とによって取引データを適用する問題点は解決できない。 6.用いるモデル 前述した2つの問題点に対応するため、本研究では、 Pace et al(2000)6)によって提案された時空間自己回帰 モデルを用いる。そのモデルは(1)のように与えられる。 Y Xβ u u Wu ε 図−4 賃料単価の分布(左:2004 年 右:2005 年) (1) Yは被説明変数(賃料)のNxN行列、Xは説明変数のN ×k(変数の数)行列、uは局所的な影響、εは誤差、β はパラメータをあらわしている。これはもともと空間的 なモデルとして表されており、Wは従来空間の重み行列 であるが、拡張して時間と空間の影響を考慮する重み行 列となっている。そのWは(2)のようにあらわされる。 W s S t T st ST TS (2) ts ここでSは空間の影響を表すN×N行列、Tは時間の影響 を表すN×N行列、ST、TSは空間と時間の影響として直接 示されない部分を表す行列となっている。STとTSでは値 と意味が変わるため、両方用いる必要がある。STは、時 間的に影響があり、かつ、距離的に近いことによる影響 が大きいことを示す。TSは、ある地点が影響を受けた点 がさらに過去の点から影響していることを考慮する。 (2)式を(1)式に与えることで一般形として(3)式が表 される。 Y Xβ1 TXβ2 s SY t SXβ3 STXβ4 TSXβ5 TY st STY ts TSY ε (3) 時空間自己モデルの大きな特徴としては、時間的・空 間的影響を過去の近隣地点から受けるとしていることで ある。パネル分析では、時間的影響を同地点の過去の物 件から、時間的影響を同時点の近隣物件から、受けるこ とによって時間的・空間的影響を考慮していた。パネル データとして成り立たない取引データでは、時空間自己 回帰モデルを用いることによって欠損があることが許容 される。 もう1つの特徴として、影響の度合いを時間と距離を 基にするのではなく、時間と距離の近さの順位付けを行 ってその順位が上位である物件から影響を受けるとして いることである。 ここで、事例として、次のような3時点・4地点の観 測点a∼dを仮定する。aはt月の地点s+1、bはt+1月の地 点s+2、c,dはそれぞれ時点t+2月の地点sとs+3とする。 地点は一方向にsからs+3に並んでいるとする。それぞれ の価格を行列y=[12(a) 16(b) 10(c) 14(d)]-1とする。時 間と距離の影響は一番近い観測点から受けるとすると、 行列T、Sと、T、S、ST、TSを左からyに掛け合 わせた結果は(4)のようにあらわされる。 T TY 0 1 0 0 L 0 L 1 1 0 0 12 ( a) 0 L L 0 S 1 0 1 0 L 0 L 0 0 0 16 (b) 10 (c ) 14 ( d ) 0 1 0 0 0 12 16 16 12 12 16 0 12 12 SY TSY Y STY (4) 0 0 12 行列の上三角は、過去からのみ影響を受けるとしてい るため0となり、計算に費やす労力がかからない構造と なっている。 また、実務の価格決定において過去の近隣地点の値を 参考に決定することは現実的に明らかであり、過去の近 隣地点から影響を受けると仮定することは矛盾しない。 以上に述べたように、時空間分析手法を取引価格に適 用する問題点を解決できることと、現実性・計算の労力 の面から本研究では時空間自己回帰モデルを適用する。 7.分析の概要 分析を行うモデルとして、実務で用いられる時間ダミ ーを用いた回帰分析と、時空間自己回帰モデルを用いて 分析を行う。 (1)採用した変数 駅からの時間距離、築年数、占有面積、部屋数、 建物構造ダミー(pc,src,鉄筋)部屋タイプダミー(1r oom,1k,DK)を用いた。また、回帰分析では時間ダミーと して2001∼2006年ダミーを用いた。 (2)モデルでの時間的・空間的な重み 時空間自己回帰モデルを用いる際に、どの順位まで時 間・空間の影響があるのかについて定めなければいけな い。これは実務において、時間をどの程度さかのぼって 参考にするか、空間をどの程度近い物件を参考にしてい るか、ということを考慮することである。 今回の分析においては、時間的に影響を与えられてい ると考える、時間的に近い数を100(2ヶ月以上∼1年未 満)、10(2ヶ月未満)、空間的に影響を与えられると 考える数を距離が近い数を15(約100メートル∼7キロ 未満)、5(最長5キロ未満)と設定した。この値の妥 当性については実証の結果から、議論する余地がある。 8.分析 (1)時間ダミーを用いた回帰分析の結果 表−2 回帰分析による分析結果 切片 駅からの時間距離 築年数 占有面積 部屋数 Pc Src 鉄筋 1 ルーム 1k Dk 2001 2002 2003 2004 2005 2006 係数 1.012×102 -0.001 -0.001 -0.003 0.011 -0.060 -0.043 -0.012 0.102 0.092 0.034 -0.315 -0.272 -0.225 -0.180 -0.137 -0.092 決定係数 T値 1.537 -1.486 -18.435 -13.176 15.082 -29.283 -6.381 -2.298 19.751 20.462 12.462 -1.617 -1.666 -1.723 -1.845 -2.113 -2.836 0.768 表2の回帰分析では空間的な自己相関を考慮していな いため、空間的な波及はみることはできない。時間的な 変動を示すパラメータとして2001∼2006年のダミーのパ ラメータを見ると、時間が経過するに従って負ではある ものの0に近い値となっている。しかし、2001年から200 4年はt値が有意でないことから、不動産価格の変動の動 向を明確に説明することはできない。 (2)時空間自己回帰モデルの分析結果 表−3 時空間自己回帰モデルの分析結果 (左段:時間的近接=10、空間的近接=5 右段:時間的近接=100、空間的近接=5) 係数 切片 駅からの 時間距離 t値 係数 8.277 1.905 切片 0.001 駅からの 1.459 時間距離 t値 31.026 2.093 0.001 1.836 築年数 0.001 8.484 築年数 0.001 7.835 占有面積 0.005 21.668 占有面積 0.005 24.484 部屋数 0.009 15.105 部屋数 0.009 15.062 24.971 0.035 4.396 0.051 Src 0.032 鉄筋 0.007 0.005 0.893 1R 0.096 18.245 1R 0.096 18.192 1k 0.082 19.002 1k 0.085 19.583 Dk 0.027 9.816 dk 0.025 8.873 Ty 0.357 7.635 Ty 0.082 0.412 Sy 0.679 32.321 Sy 0.690 33.502 TSy 0.304 6.473 TSy 0.171 1.085 Sty 0.202 2.710 STy 0.530 2.265 決定係数 25.311 Pc 0.051 Pc 3.889 Src 1.117 鉄筋 決定係数 0.870 0.867 表−4 時空間自己回帰モデルの分析結果 (左段:時間的近接=10、空間的近接=15 右段:時間的近接=100、空間的近接=15) 係数 t値 係数 切片 2.253 0.467 切片 駅からの 時間距離 0.001 2.161 駅からの時間 距離 t値 45.018 2.727 0.001 2.577 築年数 0.001 8.544 築年数 0.001 9.683 占有面積 0.003 15.092 占有面積 0.004 17.300 部屋数 0.008 Pc 0.053 Src 0.042 鉄筋 0.004 13.685 部屋数 0.009 14.131 0.053 26.959 6.114 Src 0.045 6.544 0.804 鉄筋 0.006 1.013 27.521 Pc 1R 0.100 19.302 1R 0.095 18.405 1k 0.081 19.519 1k 0.078 18.902 Dk 0.022 8.029 dk 0.018 6.352 Ty 0.293 6.259 Ty 0.202 1.005 Sy 0.755 28.118 Sy 0.733 28.134 TSy 0.280 5.026 TSy 0.369 2.346 Sty 0.346 3.140 STy 0.547 1.646 0.860 決定係数 0.856 決定係数 表3と表4を表2と比較すると、決定係数は0.85∼0. 87と良好な結果となった。時間・空間の影響を表す説明 変数以外のパラメータも両方の結果で大きな違いは見ら れない。 しかしここで、時間的・空間的近接の数別に結果を見 ると、時間的近接の数を10から100に変えることによっ て、時間的な影響を示すTy、TSy、Styのパラメータが大 きく変わることが見てとれる。空間的近接も同様に5か ら15に変えることによって、パラメータの変化を見るこ とができる。 9.今後の取り組み (1)時間・空間の近接順位 ここまでの分析では、時空間自己回帰の時間・空間の 近接を考慮する数についてそれぞれ2パターン定めたが、 前述したとおり定めた数によって大きく左右されるパラ メータが見られた。そのため、近接を考慮する数の妥当 性を検証するために、厳密に定める数と時間・空間の関 係を明らかにする必要がある。その結果から、改めて近 接を考慮する数を定めて推定する。 (2)Wの重み付け Wの行列において、影響のあると考えられる近接した ものに1、そうでないものに0、として重みを与えてい た。しかし、本来は時間がたてばたつほど、距離が遠く なればなるほど価格に及ぼす影響は逓減すると考えるこ とが自然である。この点がモデルの改良点として、挙げ られる。 参考文献 1)国土交通省ホームページ、土地総合情報ライブラリー http://tochi.mlit.go.jp/ 2)西村清彦・清水千弘(2002)「地価情報の歪み: 取引事例と鑑定価格の誤差」西村清彦編『不動産 市場の経済分析』日本経済新聞社,pp.19-66 3)国土交通省広報誌「国土交通」平成16年11月号 pp.12-35 4)安藤朝夫・森川謙(2001)東京都市圏における地価の時 空間自己相関分析、応用地域学研究,第6号,No.6,89-98 5)Luc Anselin(1999) SPATIAL ECONOMETRICS 6)Pace,R.Kelley,barry,Ronald,Gilley,Otis W.Sirmans, C.F.(2000) A method for spatial-temporal forecasti ng with an application to real estate prices International Journal of Forecasting,16,pp.229-246
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