COPT通信54 市民オンブズパーソン栃木 2009 年 12 月 4 日発行 Citizen OnbudzPersons 号 Tochigi 第 16 回全国市民オンブズマン岡山大会 自治体の道路予算調査から見えてきたもの パーソン栃木事務局長 秋 道路整備費財源特例法が 09 年 5 月 13 日衆議 院で再可決されました。 第3条 「政府は、平成 20 年度以降 10 箇年間は、毎 年度、次に掲げる額の合計額に相当する金額を 道路整備費の財源に充てなければならない。た だし、その金額が当該年度の道路整備費の予算 額を超えるときは、当該超える金額について は、この限りではない。 」 元 照 夫 総支出 (7604 億円 ) に占める道路支出 (1078 億 円 ) の 割 合 は 14.2 % で あ っ た。42 都 道 府 県 の 20 年 度 に つ い て は、 道 路 関 係 償 還 費 41.2%、維持補修費 8.9%(この 2 つを合わせ て義務的経費という) 、建設費 35.4%、国直轄 事業負担金 11.2%であった。 全国的に見ても地方債償還費と建設費 で 87.8 % を 占 め て い る が、 栃 木 県 は 全 体 の 90.2%を占め全国平均を上回っていることが判 明しました。 この条文から「道路特定財源の一般財源化」 といわれていますが、21 年度の栃木県の道路 予算に変化があったかその調査結果を報告しま す。 なお、42 都道府県のデーターは、全国市民 オンブズマン連絡会議のHPをご覧下さい。 http://www.ombudsman.jp/taikai/ 2)その財源は何か 20 年度収入 ①国の道路特定財源からの交付金 211 億円 (19.6%) ②道路関係県債発行の金額 293 億円(27.1%) ③県の道路特定財源 317 億円(29.4%) ④一般財源 231 億円(21.4%) ⑤その他 27 億円(2.5%) ⑥道路関係収入合計(国と県の道路特定財源+ 一般財源等) 1079 億円(100%) 1. 予算額 20 年度 ①歳入予算総額 7604 億円 ②歳出予算総額 7604 億円 21 年度 ①歳入予算総額 7669 億円 ②歳出予算総額 7669 億円 42 都道府県の 20 年度については、国庫補 助 金 19.3 %、 地 方 債 29.8 %、 地 方 道 路 財 源 28.5%、地方一般財源 18.6%であった。 栃木県は一般財源からの繰入が全国平均を上 回っていることが判明しました。 1)道路の何に使われているのか 20 年度支出 ①道路関係県債分の返済費 460億円(42.7%) ②道路維持・補修費 106億円(9.8%) ③道路建設費(直轄負担金を除く) 471億円(43.7%) ④国の直轄工事のうち県負担金41億円 (3.8%) ⑤道路支出合計 1078億円 (100%) 3)分析その 1 地方債償還費 460 億円が県の道路特定財源 317 億円を 143 億円上回っており、県の道路特 定財源だけでは返済不能です。 1 4)分析その 2 県の道路特定財源 317 億円に一般財源 231 億 円を加えて 548 億円にすると地方債償還費 460 億円の支払いが可能となり、88 億円が余剰とな ります。 265 億円を 150 億円上回っており、県の道路特 定財源だけでは返済不能です。 4)分析その 2 県の道路特定財源 265 億円に一般財源 223 億 円を加えて 488 億円にすると地方債償還費 415 億円の支払いが可能となり、73 億円が余剰とな ります。 5)分析その 3 しかし、道路維持・補修費 106 億円を賄うに は 18 億円不足します。 5)分析その 3 しかし、道路維持・補修費 105 億円を賄うに は 32 億円不足します。 6)分析その 4 新規道路建設をしなくても、義務的経費 566 億円を道路特定財源と一般財源 548 億円では賄 うことができず 18 億円不足のうえ、新規道路建 設 (直轄負担金含む) 512 億円を支出しています。 その財源は、国からの補助金 211 億円と県債 発行 293 億円その他 27 億円合計 531 億円で賄っ ているのです。 6)分析その 4 新規道路建設をしなくても、義務的経費 520 億円を道路特定財源と一般財源 488 億円では賄 うことができず 32 億円不足のうえ、新規道路建 設(直轄負担金含む)461 億円の支出を予定し ているのです。 その財源は、国から借入金 20 億円と補助金 201 億円と県債発行 252 億円その他 20 億円合計 493 億円で賄おうとしているのです。 2. 21 年度の収入支出に変化はあったか 1)道路の何に使われているのか 21 年度支出 ①道路関係県債分の返済費 415 億円(42.3% ) ②道路維持・補修費 105 億円 (10.7% ) ③道路建設費(直轄負担金を除く) 424 億円 (43.2% ) ④国の直轄工事のうち県負担金 37 億円(3.8%) ⑤道路支出合計 981 億円 (100%) 総支出 (7669 億円 ) に占める道路支出 (981 億 円 ) の割合は、12.8%であった。 3.ま と め 20 年度 21 年度 道路収入に占める国庫 19.6% 20.5% 補助金の割合 県道路特定財源-借入 ▲143億円 ▲150億円 金返済 県道路特定財源+一般 88億円 73億円 財源-借入金返済 県道路特定財源+一般 財源-借入金返済+維 ▲18億円 ▲32億円 持補修費 2)その財源は何か 21 年度収入 ①地方道路整備臨時貸付金 20 億円(2%) ②国の道路特定財源以外の交付金 201 億円 (20.5%) ③道路関係県債発行の金額 252 億円(25.7%) ④県の道路特定財源 265 億円(27.0%) ⑤一般財源 223 億円(22.7%) ⑥その他 20 億円(2%) ⑦道路関係収入合計(国と県の道路特定財源+ 一般財源等) 981 億円(100%) 国の道路特定財源の一 般財源化による変化 211億円 201億円 ( 変化額 ▲ 10 億円 ) 以上のように、栃木県の 21 年度の道路に関す る予算をみれば昨年と全く同様な予算編成がな れています。 国からの補助金は新規建設費のためのもので あり、県債償還のためのものではありません。 すなわち、国の補助金を貰うためには、道路を 作り続けなければならず、県債も発行し続けな ければならないという構造があったのです。 そして、道路事業のさまざま自己負担の大半 3)分析その 1 地方債償還費 415 億円が県の道路特定財源 2 を借金で賄うことを続けてきたことが、自治体 の多くが財政危機に直面して大きな理由になっ ているのです。 これから脱却するには、補助金と道路建設の 関係を廃止し、真の意味で道路財源を一般財源 化して地方が自由に使えるようにすると同時に 私たちも道路優先の県政をもっと監視していく 必要があるでしょう。 また、鳩山政権は道路特定財源のうちの暫定 税率分の廃止を選挙公約としました。今後の財 源問題には注目していく必要があるでしょう。 八ッ場ダム建設事業中止に! 大 木 一 トダムで、2003年11月の変更計画案によ れば、事業費総額は4600億円(これに水特 事業費約997億円及び基金事業費が加わる) で、このうち栃木県は治水分として約10億円 を負担することになっています。完成予定は 2015年度に延期されています。 俊 1 訴訟の経緯 パーソン栃木が、2004年11月9日に、 栃木県を相手に提起した思川開発事業の治水及 び利水負担金、湯西川ダムの治水負担金、及び 八ッ場ダムの治水負担金の支出差止等を求め た住民訴訟(以下「3ダム訴訟」といいます) は、4年近くに及ぶ主張のやりとりを終え、よ うやく本年9月10日から証人調べに入りまし た。9月10日に水問題研究家の嶋津暉之氏の 証人尋問、10月15日にはWWFJの花輪伸 一氏の証人尋問と3人の原告本人(広田義一さ ん、高橋比呂志さん、伊藤武晴さん)尋問が行 われ、次回には福田昭夫元知事の証人尋問の採 否が決まる予定です。 このように3ダム訴訟の審理は山場を迎えて いますが、大規模公共事業の見直しをマニフェ ストに掲げた民主党が政権を取ったことで、前 原国土交通大臣が八ッ場ダム建設事業について は中止を明言し、思川開発事業及び湯西川ダム 建設事業についても見直しの対象としているこ とから、マスコミで3つのダム事業が取り上げ られる機会が多くなっています。しかし、深く 問題点を掘り下げた記事はそう多くはありませ んので、実情を知っていただきたく、再びこれ らのダム事業の概要と問題点を報告することに します。今回は八ッ場ダム問題です。 3 八ッ場ダム建設事業は無駄な事業であること ア 治水について 八斗島の基本高水流量2万2000㎥/秒 は過大~利根川の治水は200年確率の洪水 に対応するものとされ、治水基準点である八 斗島の基本高水流量(200年の一度の洪水の ときにダム等による洪水調節がない場合の洪水 流量)は2万2000㎥/秒と設定されていま すが、1980年改訂以前の計画における基本 高水流量は1万6000㎥/秒で、その前提と なったのは、1947年のカスリン台風に際 して、同地点で1万7000㎥/秒の洪水流 量があったという推定です(八斗島の観測所 は、1947年の洪水時には量水標が流失した ので、数値は同地点より上流の3地点の流量か らの推定値に過ぎません。また、推定値の中に は1万5000㎥/秒説もあります) 。そして、 上流で氾濫があったので、これを考慮すると 2万2000㎥/秒が洪水流量であるとされて います。 し か し、 同 基 準 点 の 洪 水 流 量 は、 そ の 後 50数年間にわたり、2万2000㎥/秒や 1万6000㎥/秒はおろか、1949(昭和 24)年のキティ台風の1万0500㎥/秒を 除けば、1万0000㎥/秒に届いたこともあ りません。なお、八斗島の流量の連続観測が行 われるようになった1951(昭和26)年以 降における最大流量は、1998(平成10) 年の9220㎥/秒です。 2 八ッ場ダム建設事業の概要 八ッ場ダムは、国を事業主体として、利根川 水系吾妻川に建設される多目的ダムで、洪水調 節、流水の正常な機能の維持、水道用水、及び 工業用水の4つが目的とされています。 八 ッ 場 ダ ム は、 堤 高 1 3 1 m、 総 貯 水 容 量 1億0750万0000㎥の重力式コンクリー また、上流で5000㎥/秒もの氾濫があっ 3 たという点については根拠がなく、東京訴訟で 証人となった大熊孝元新潟大学教授はこれを否 定していますし、現在は河川改修がなされてい るので、この分が河道に流入して来るというの も、弁護団が実施した利根川上流域域堤防調査 の結果、カスリーン台風後に堤防整備等が行わ れた形跡はないことが判明しています。 八ッ場ダムは、基準点における洪水流量調整 には、全く寄与しません~カスリン台風と同様 の降雨が利根川流域にあった場合のシミュレー ションとして国土交通省が発表している資料に よれば、八ッ場ダム地点の最大洪水流量は、わ ずか1240㎥/秒で、しかも、その出現時刻 は基準点八斗島の洪水流量がピークに達する時 点よりも12時間も早いのです。八ッ場ダム地 点から八斗島地点までの洪水の流下時間は、5 ~6時間程度ですので、八ッ場ダム地点で最大 洪水をカットしても、八斗島地点の最大洪水流 量に対する低減効果はゼロに近くなります。 そもそも利根川は栃木県を流れておらず、利 根川の治水上の利益を受けません~栃木県境と 利根川は最も近いところでさえ数㎞離れていま すので、利根川氾濫の被害を受けることはあり ません。栃木県が治水負担金を負担する根拠と なった国から示されたという氾濫想定区域図で は、足利市・佐野市の一部と藤岡町の一部が氾 濫想定区域とされています。訴訟上、この点ど う検証したのか県に釈明を求めましたが、県は 回答しないと開き直っています。嶋津氏による とこの図は、HWL(High Water Level)より 等高線上低い土地を全て氾濫区域とする乱暴な もののようです。これでは10億円もの負担金 を支出する根拠足り得ません。 その後、国土交通省は、2005年3月に浸 水想定区域図を公表しましたが、それでは足利 市・佐野市は浸水区域には含まれず、藤岡町の ごく一部が含まれているに過ぎません。しかし、 原告の伊藤武晴さんの調査では、「カスリーン台 風の際に藤岡町では確かに浸水が起きたが、そ れは利根川の氾濫によるものではなく、渡良瀬 遊水地の堤防が決壊したことによるもの。」との ことです。したがって、八ッ場ダムによっては この浸水を防ぐことができないので、栃木県は 河川法63条1項の治水上著しい利益を受ける 場合に該当しませんので、10億円もの治水負 担金を負担する根拠はないのです。 イ 利水について 流域都県はすべて水余りで、八ッ場ダムから 取水する必要はありません~栃木県は八ッ場ダ ムに利水者として参画していませんが、群馬県、 埼玉県、東京都、千葉県及び茨城県は八ッ場ダ ムに利水者として参画しています。これらの都 県が利水者として参画することになったのは、 湯西川利水訴訟での宇都宮市上下水道局と同様 の問題、すなわち、水需要予測が過大であった ことや地下水源を重要視していないという問題 があります。1990年代以降水使用が頭打ち から減少に転じており、その要因としては節水 機器の普及等があり、今後その普及が益々進展 すると考えられることや、人口は確実に減少し ていくことを考えれば、水需要が減少すること は確実です。しかし、いずれの都県の水需要予 測も、まだしばらくの間は増加するとの予測を しているのです。これを現実に則して合理的な 予測をすると、いずれの都県でも、今後の一日 最大給水量は、現在保有している水源で十分賄 える範囲内に収まるのです。例えば、 東京都では、 都が認める保有水源は623万㎥/日ですが、 合理的な予測をした一日最大給水量は2015 年度で528~536万㎥/日(2005年度 は約500万㎥/日なので増加を見込んでいる) ですので、64~72万㎥/日もの余剰がある ことになります。なお、上記623万㎥/日の 保有水源には、多摩地域の地下水のうち認可水 源39万㎥/日が含まれていないので、これを 含めると保有水源はさらに余裕あるものとなり ます。 暫定水利権は長年の取水実績があり、支障を 来したことがありません~八ッ場ダムにも、ダ ムができることを前提に許可された暫定水利権 があります。ダム中止反対の理由として、八ッ 場ダムが中止となった場合にはこれが認められ なくなることが上げられます。暫定水利権のほ とんどを占めるのが埼玉県や群馬県などの農業 用水転用水利権の冬期の取水です。農業用水を 転用した水利権なので、冬期は権利がないとさ れますが、これは長年にわたり夏期も冬期も取 水してきた実績があり、その間冬期の取水に支 障をきたしたことはありません。利根川の冬期 の流量は夏期よりも少なくなりますが、農業用 水の取水量が減少するので、冬期の水道用水の 取水に問題は生じないのです。また、徳島県の 4 細川内ダムや新潟県の清津川ダムのように、中 止後も暫定水利権が認められている例もあり ます。ですから、八ッ場ダムが中止となっても、 取水できなくなるということはないのです。 ので、中止した方が1620億円もの公費を節 約できるのです。 なお、国交省は中止した場合には、都県に 約1460億円の利水負担金の返還をしなけ ればならないとしていますが、これには国庫 補助金も含まれていますので、これを除くと約 890億円に過ぎません。この返還分も含め ても、中止した場合は770億円+890億 円の1660億円の支出で済みますので、約 730億円節約できることになります。 したがっ て、利水負担金の返還分も含めても、中止した 方が公費を節約できることになるのです。 ウ その他の問題点 以前にも報告しましたように、八ッ場ダムに ついては、思川開発事業及び湯西川ダム建設事 業と同様に、環境アセスメント義務が尽くされ ていないという問題点がある外、ダムサイトの 地盤は透水性が高く脆弱な上、断層があるといっ た危険性を有していることや、ダム湖周辺は地 滑り危険性があるという重大な問題点を有して いるのです。 5 最後に 八ッ場ダム建設事業については、政権を獲得 した民主等がその中止を公約とし、前原国土交 通大臣が中止を明言し、これを受けて本体工事 の入札も取りやめとなったこと等から、中止と なることは確実と思われます。 しかし、多くの地元住民や流域1都5県の知 事が中止に反対し、また一部マスコミがこれを 支援するような論調の記事を掲載している昨今 の情勢を見ますと、中止までの道筋には紆余曲 折があるものと思われます。 しかし、上記のとおり、八ッ場建設事業には 多くの問題点があり、その中止は、逼迫した国 の財政にとって有用なだけでなく、豊かな自然 環境や美しい吾妻渓谷の景観を子孫に残すこと にもなるのですから、是非とも、実現されなけ ればなりません。 八ッ場ダム建設事業の中止実現に向けて、皆 で声を上げていきましょう。 4 財政問題について 八ッ場ダムは中止した方が1620億円も の公金支出を減らすことができます~八ッ場 ダムについては、事業費4600億円(水源 地域対策特別措置法事業と水源地域対策基金事 業費を含めると約5900億円)のうち、既に 約3110億円を支出しているのだから、中止 するよりもダムを完成させた方が良いという主 張があります。しかし、八ッ場ダムは、まだ本 体工事は未着工で、今後事業を継続した場合に は東京電力への発電量の減少分に対する補償費 や地滑り対策費等1000億円程の増額は必至 です。したがって、続行の場合には残事業費 1390億円+1000億円の2390億円の 費用が必要となるのに対し、中止した場合には、 生活関連事業費の770億円の支出で済みます 地方議会による賠償請求権放棄 パーソン栃木代表 高 橋 信 正 1 問題の所在 自治体の首長らが公金の違法支出などで自治 体に損害を与えた場合、住民が自治体を被告と して住民訴訟を提起し、住民の請求が認められ ると、裁判所は自治体に対して首長らに賠償請 求するよう命じる判決をします。ところが、住 民勝訴の判決後に、議会が首長らの責任を帳消 しにするため、首長らに対する損害賠償請求権 を放棄する議決をするという事態が全国で相次 いでいます。 旧氏家町(現さくら市)の浄水場用地購入を めぐる訴訟でも、08年12月に宇都宮地裁が 住民側勝訴の判決を下し、市に対して前市長に 1億2000万円の賠償請求をするよう命じま したが、市側が控訴した後、市議会が前市長に 対する損害賠償請求権を放棄する議決をしてい 5 ます。 もし、このようなことで首長らの賠償責任が 帳消しにされるのであれば、行政の責任を認め た司法の判断は骨抜きにされ、住民訴訟制度は 根底から否定されてしまいます。 すなわち、自治体が持っている損害賠償請求権 は、法149条6号により自治体の執行機関が 管理すべき債権であって、その債務免除は、法 240条3項により執行機関の債務者に対する 意思表示によってなされることが基本なのです。 では、権利放棄を議会の議決事項と定めた法 96条10号はどのような意味があるのでしょ うか。それは、本来、権利放棄は執行機関だけ でできるはずのところ、権利放棄という事の重 大性にかんがみ、執行機関の専断を排除して権 利放棄の適正を確保するため、議会の議決を要 件としたものです。しかし、議会は議決機関で あって執行機関ではありませんから、議会が対 外的に権利放棄の意思表示ができるわけではあ りません。すなわち、権利放棄は、執行機関が、 議会の議決を踏まえて放棄の意思表示をするこ とにより、 初めて効力を生ずるのです。したがっ て、議会の議決のみによって請求権放棄の効力 が生ずるというのは地方自治法の解釈を誤るも のです。このことを理由に、議会による賠償請 求権放棄の議決の効力を否定し、住民側を勝訴 させた08年の大阪高裁判決もあります(大阪 府茨木市事件) 。 2 問題発生の契機 このような問題が起こるようになった契機は、 02年の地方自治法の改正にあると思われます。 法改正前は、自治体の首長らが自治体に違法に 損害を与えた場合、住民が首長ら(賠償責任者) を直接被告として訴え、損害賠償金を自治体へ 支払うよう求めることができました。ところが、 法改正の結果、この住民訴訟の構造が大きく変 更されてしまいました。改正法では、住民が首 長らを直接訴えることはできなくなり、住民は 自治体を被告として訴え、自治体から首長ら に賠償請求するよう求める制度に変わりました。 この住民訴訟制度の変更は、「首長らが訴訟当事 者になると負担が大きすぎる」との自治体関係 者らの意向を受けたものでしたが、当時から反 対論が根強くありました。この住民訴訟制度の 変更後、議会が賠償請求権の放棄を議決すると いう事態が相次いで起こるようになりました。 4 賠償請求権放棄の実体的要件 3 請求権放棄をめぐる地方自治法の解釈 議会が賠償請求権放棄の議決をし、執行機関 議会が、賠償請求権放棄の議決をすることに が放棄の意思表示をすれば、どのような場合で よって首長らの責任を帳消しにしようとする根 も賠償請求権は消滅するのでしょうか。この点 拠は、地方自治法96条10号です。 について、阿部康隆教授は、 「地方議会による賠 法96条は、議会の議決事項を定めています 償請求権放棄の効力」という論文のなかで要旨 が、その10号に「法律若しくはこれに基づく 以下のとおり述べています(判例時報1955 政令又は条例に特別の定めがある場合を除くほ 号3頁~) 。 か、権利を放棄すること」とあります。議会側は、 自治体の執行機関は、自治体の事務を「自ら この規定を根拠に、自治体の権利放棄は議会の の判断と責任において、誠実に管理し及び執行 権限であるから権利放棄の議決により損害賠償 する義務を負い」 (法138条2項) 、 「事務を管 請求権は消滅したと主張するのです。これまで 理し及びこれを執行する」 (法148条)と定め の事件でも、このことを理由に議会の請求権放 られている。すなわち、自治体の首長は善管注 棄の議決を有効とし、住民側を敗訴させた判例 意義務(善良な管理者の注意義務) 、誠実処理義 が少なくありません(東京高裁判決、大阪高裁 務を負っており、自治体の利益を阻害するよう 判決等) 。 な行動をすることは許されていない。賠償請求 しかし、地方自治法は、自治体の「財産を取 権の放棄(債務免除)についても、特に積極的 得し、管理し、及び処分すること」は普通地方 に免除が公益に資する合理的な理由がなければ 公共団体の長の担任事務であると定めています 違法である。賠償請求権の放棄が、住民訴訟を (法149条6号) 。また、普通地方公共団体の 妨害する目的のものであるなら、放棄の公益性 長は、債権について、政令の定めるところによ がなく、善管注意義務に違反する。 り・・・当該債権に係る債務の免除をすること 以上によれば、賠償請求権の放棄には、放棄 ができる」と定めています(法240条3項)。 が公益に資するというような合理的理由が必要 6 であり、この実体的要件を欠く放棄は違法かつ 無効ということになります。 市議会の議決を 「 議決権の乱用で無効 」 とする 判断を示し、市側に対し、約55億円を市長ら に請求するよう命じたとのことです。 議会による請求権放棄の議決を無効とする司 法判断は初めてであり、この大阪高裁の判決は 画期的なものといえます。 5 神戸市事件の大阪高裁判決(09.11.27) 本稿を書いているとき、本稿の問題点が争点 となっていた大阪高裁判決(09年11月27 日言渡)の新聞記事が目に入りました。 事件は、神戸市が外郭団体に派遣した職員の 人件費に補助金を支出したことが違法であると して住民が起こした住民訴訟です。一審の神戸 地裁は、補助金の一部約45億円を違法支出と し、市長と外郭団体に返還させるよう市に命じ ました。ところが市議会は、その後、別の住民 訴訟で違法支出とされた補助金を含む約48億 円の返還請求権を放棄する条例を賛成多数で議 決しました。そこで、議会による請求権放棄の 議決の有効性が争点となりました。 控訴審である大阪高裁は、請求権放棄に伴う 市財政への影響の大きさや、市が市長らの資力 を検討していない点などをあげて、「議決に合 理的な理由はない」と指摘し、議決を「市長の 違法行為を放置し、是正の機会を放棄するに等 しく、住民訴訟制度を根底から否定するもの」 と厳しく批判しました。そのうえで大阪高裁は、 雑 6 まとめ 自治体の有する賠償請求権の放棄が無条件で 安易に認められるようでは、住民訴訟制度は根 底から否定されてしまいます。その意味で、賠 償請求権の放棄には合理的理由が必要とした今 回の大阪高裁判決は大変重要な意義があります。 しかし、賠償請求権の放棄を無条件で認める判 例は少なくありません。神戸市側は上告する方 針とのことであり、この問題は最高裁で決着が つけられることになると思われます。 なお、相次ぐ議会による請求権放棄の議決に ついて、内閣の諮問機関である地方制度調査会 は、本年6月、 「住民訴訟制度の趣旨を損ないか ねない」として、訴訟係属中の請求権放棄を制 限する措置を講じるよう答申し、総務省は法改 正などを検討中であるとのことです。 感 浅 野 政 5 年程前から地方自治体の行政の事業予算の計 画評価に適用してきたものだそうです。行政の 事業計画、事業予算についての評価作業は当然 実施されなければならないプロセスなのに従来 は機能していなかった、あるいは密室でなあな あで行われていたからでこれが公開された効果 は大きいと思います。この計画評価・管理の手 法で思い出したのは軍用機を調達する側の米国 国防省が巨額な開発費増大を抑えるために開発 メーカーに課した管理手法「エンジニアリング マネージメント」 (MIL-STD-499A)です。これ は数十年前から運用されているものですが巨額 の公共事業の評価と管理にもこの考え方は応用 できるのではないだろうか。 航空機の場合、軍用機、旅客機を問わずその 開発生産には巨額な費用が掛る上に、一旦事故 が起こると悲惨で致命的な結末を迎えることが 多く、事故の再発防止の重要性から調査、解析 の組織的システムは他の業界に比べて遥かに進 歩しています。防衛庁航空医学実験隊長として 一 来年度予算要求の無駄を洗い出す行政刷新会 議の「事業仕分け」作業について連日新聞で報 道され、また、インターネットで会議の状況が 生中継され公開されました。これで浮き彫りに されたのは甘い需要予測や無駄な事業、肥大増 殖した行政法人などに巣食う天下り官僚たちの 実態です。これを見てイギリスの歴史・政治学 者パーキンソンが官僚組織の肥大化について皮 肉たっぷりに述べた「パーキンソンの法則」 “実 際にこなさなければならない仕事量に関係な く、官僚の数はどんどん増え続けていく” (成長 の法則) 、 “官僚が増えれば、その仕事は実際に 必要でない仕事を創造することで賄う、即ち無 駄な仕事が増えていく”(凡俗の法則)の通りだ なと感じました。この「事業仕分け」という手 法は 1997 年に設立された「構想日本」 (www. kosonippon.org/) と い う 民 間 シ ン ク タ ン ク が 7 長年、航空事故の研究を行ってきた航空医学者 の黒田勳(1927/8/31 - 2009/2/17)が当時の菅直 人厚生大臣から薬害エイズの原因究明に当たる 研究会座長として指名され、チームを組織して 行ったエイズ薬害再発防止対策の研究と提言は 「薬害等再発防止システムに関する研究」 (www. nira.or.jp/past/pubj/output/dat /3401.html)として 1998 年 7 月に提出されましたがその画期的な内 容で高く評価されています。最近漸く病院での 医療過誤事故の発生実態が明らかにされるよう になって病院でのヒューマンエラー防止や再発 防止策の意識が高まってきました。 ヒューマンエラーに関係して有名な「マー フィーの法則」“失敗する可能性のあるものは失 敗する”はご存知の方も多いと思いますがこれ も発端は米空軍の実験でした。私がこの「マー フィーの法則」を知ったのは日本で関連書籍が 出て一般にも広く知られるようになった 1990 年代始めより 30 年程前、1964 年 11 月に新開 発機の件で D 社航空機技術者との話し合いの中 でした。これは第 2 次大戦後 1949 年に米空軍 がエドワード空軍基地内で人体がどのくらいの 衝撃に耐えるかの実験を行った時、実験がうま く行かなかったので、これを調査したマーフィー 大尉は自分が開発した計測装置の取り付けを誰 かが間違えていたのを見つけ、“なにか間違う 方法があるとすれば、あいつはそれをやってし まう”と言った台詞を上司が会議で“Murphy の法則”と名付けて紹介しました。これが空軍、 航空機業界にまず広まり更に多くの派生法則が でき、一般にも知られるようになったものです。 また面白いのはこの「マーフィーの法則」に 関係して 1996 年にアストン大学のロバート・ マシューズ講師が発表した論文「トーストの転 落 マーフィーの法則と基本的定数」 の中でトー ストはたいていバターを塗った面を下にして落 ちることを実証したことに対してイグ・ノーベ ル賞(物理学賞)が、また 2003 年には 1949 年 に共同で「マーフィーの法則」を考案したこと に対して、故エドワード・A・マーフィー・ジュ ニア、故ジョン・ポール・スタップ(マーフィー の上司、実験担当) 、ジョージ・ニコルス(マー フィーの法則命名者、 航空機技術者) がイグ・ノー ベル賞(工学賞)を受賞しています。イグ・ノー ベ ル 賞(www.ja.wikipedia.org/wiki/ イ グ ノ ー ベル賞)とは、「人々を笑わせ、そして考えさ せてくれる研究」に対して与えられるノーベル 賞のパロディ的な賞で、1991 年に創設され毎年 10 月にハーバード大学のサンダーズ・シアター で授賞式が行われているものです。10 月の新聞 に日本人受賞者の記事が出ていて私も初めてこ れを知りました。 (カラオケの発明者、井上大佑 氏も「カラオケを発明し、人々に互いに寛容に なる新しい手段を提供した」業績に対して 2004 年に平和賞を貰っています) 欧米には先の「パーキンソンの法則」「マー フィーの法則」のような人名の付いたユーモア 溢れる「…の法則」が数多くあり、 またこのイグ・ ノーベル賞のように笑いと時には皮肉を込めて 日常生活、あるいは良くない事態、状況でも遊 び心というか心に余裕を持って対処する風土が ありますが、行政の無駄を中止させるために長 期戦を遂行するオンブズ活動にもこれは必要か なと思いました。もっとも自治体の情報公開の 通信簿はその一つですね。 編集後記 政治情勢が変わりました。訴訟もいずれも大詰めになっています。裁判所も変わるのか注目されます(わ) 【訴訟情報】道路署名訴訟(那須烏山) 2009年12月3日(木)午後1時10分宇都宮地裁で判決。請求棄却。 湯西川ダム訴訟(宇都宮市関係)控訴審 2009年12月22日(火)午後1時10分東京高裁 第2回期日 県議費用弁償訴訟 2009年12月24日(木)午後1時10分宇都宮地裁 判決 行政委員報酬訴訟 2010年1月21日(木)午前11時00分宇都宮地裁 弁論 3ダム訴訟(栃木県関係)2010年2月18日(木)午前11時00分宇都宮地裁 進行協議 道路署名訴訟(県・高根沢)2010年2月24日(水)午後1時20分宇都宮地裁 判決 COPT通信 54号 2009年12月4日発行 発行 市民オンブズパーソン栃木 事務局 〒321-0139 栃木県宇都宮市若松原3-14-2 秋元照夫税理士事務所内 (TEL) 028-655-6611 (FAX) 028-655-4333 (URL) http://www.t-person.net/ (Email) [email protected] 8
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