今週の聖書研究ガイドのポイント No.688 わきやく 総 題 旧約聖書の脇役たち アドベンチスト聴覚しょうがい者友の会教材部 第 5 課 アビガイル 1.はじめに じょうきょう さゆう 状 況 に左右されない 村沢 秀和 2010,10,23~2010,10,29 10月23日(土曜日) かしこ 今週はアビガイルについて学びます。アビガイルは大変 賢 く、また美しい女性でした。しか おろ し夫のナバルは羊三千匹、山羊千匹を持つほどの大金持ちでしたが、性格が悪く愚かな人だっ たようです。そのためアビガイルはとても苦労をしたことだろうと思います。しかし、その愚 はんだんりょく み かな夫のゆえに、かえって彼女は正しい判 断 力 と生きるうえで必要な賢さを身につけていった きょうぐう ようです。これはどんな 境 遇 の中に生きていたとしても、神様のご計画がそこにあり、神の子 として成長していくことができるのだということを教えています。 2.話を聞いてくれる人 10月24日(日曜日) つか けんそん アビガイルの物語は、サウルから逃れてきたダビデがナバルのところへ人を遣わし、謙遜に しょくりょう えんじょ ひつじか あらの ナバルに 食 糧 の援助を求めたことからはじまります。ナバルの羊飼い達が荒野にいたとき、 じゅうしゃ うば ダビデと 従 者 たちはナバルのものを力づくで奪うようなことはせず、かえってナバルのしもべ とりで 達のために、朝も夜も 砦 となり、彼らの持ちものや羊を守ってあげました。しかし、600 人近 かか しゅくえん い兵士を抱え荒野を逃げていたダビデたちは食べ物に困っていました。それでナバルが 祝 宴 を 開いていることを聞いて、ぜひ援助して欲しいと人をやったのでした。 わず しかし、ナバルはダビデの恩を忘れて彼らをけなし、僅かな食料さえ与えることを惜しみま むく した。ダビデはそれを聞いて大変怒りました。ダビデは「ナバルは善意に悪意をもって報いた」 せいえい と言うと、剣を取り、400 人の精鋭たちと共にナバルのもとに下っていこうとしました。400 こうげき じたい 人の精鋭たちに攻撃されれば、ナバルはひとたまりもありません。しかし、そのような事態に つゆ さわ きょう なっていることなど露にも知らないナバルは、お酒を飲んでドンちゃん騒ぎに 興 じていたので した。 こうい 3.行為は言葉より物を言う せっぱく 10月25日(月曜日) じたい さて、この切迫した事態に聞いて立ち上がったのが、妻のアビガイルでした。彼女は、たく だま こう さんの食料を用意し、夫に黙ってすぐにダビデのもとに向かったのでした。このアビガイルの行 どうりょく 動 力 とすばやさ、そして勇気には本当に驚かされます。ダビデもか弱い女性が自分の前に現れ てびっくりしたのではないでしょうか。 以前、講演会があったときのことでした。教会の駐車場が足りなかったので、別の場所に数 な 台分の駐車場を借りたことがありました。ところが慣れない場所だったために、場所を間違え はげ ど な てとめてしまったのです。そのために間違えられた男性が教会に対して激しく怒り、怒鳴り込 あやま んできたのです。わたしはただ、ただ 謝 るしかありませんでした。しかし、いくら謝っても相 わけ 手は許してくれませんでした。しばらくして見かねた家内がやってきて、「本当に申し訳ありま かんべん せんでした。でも、人間誰でも間違うことがあるでしょう。これで勘弁してください」と、お ごういん はくりょく 金を包んで強引に手渡したのです。その家内の 迫 力 にわたしも、その男性もびっくり! 男性 は「もう良いよ」と、やっと許してくれたのでした。想像ですけど、アビガイルにもそんな迫 力があったのではないかなと思います。 かた 4.語るべきとき 10月26日(火曜日) アビガイルはダビデの前にひれ伏しました。そして、彼女には何の罪もありませんでしたが、 わる あやま 「御主人様、わたしが悪うございました」と、夫の罪を自分の罪として 謝 りました。誰かのた めに代わって謝る、あるいは許しをこうというのは、とりなしの祈りの基本と言われています。 あらわ その精神はイエス・キリストの十字架の中によく 現 されています。 な 兄弟けんかをして泣いている小さな弟に、お母さんは頭を撫でながら「~ちゃん、ごめんね。 いた 痛かったね、ごめんね。ゆるしてね。」と謝りました。すると、しばらく泣いていた弟は泣くの をやめ、けんかのこともすっかり忘れてしまいました。 きず カウンセリングを勉強していたとき、良い人間関係を築く方法の一つとして、「誰かの代わり に謝る」という方法を学んだことがあります。人間というのは不思議なもので、関係のない人 から謝られると、申し訳ない気持ちになるからか、少し許せるようになるようです。 しかし、とりなしの祈りの場合はこれ以上です。相手と自分が本当に一体となって、自分の わざ ことのように相手のために祈っていくことです。それはまさに愛の業なのです。 5.アビガイルのしなかったこと 10月27日(水曜日) ほんらい アビガイルはダビデに許しをこいながら、同時にダビデに本来の使命を思い出させました。 「あなたは主の戦いをたたかわれる方です」(サムエル上 25:28)。 じょうじゅ 「また、主が約束なさった幸いをすべて 成 就 し、あなたをイスラエルの指導者としてお立て ふくしゅう になるとき、いわれもなく血を流したり、御自分の手で 復 讐 なさったことなどが、つまずき せ や、お心の責めとなりませんように」(サムエル上 25:30、31)。 ダビデは食べ物も底をつき、疲れもピークに達していたのかもしれません。考えるより早く、 つるぎ 剣 をまとって出てきてしまいました。ダビデは、主により頼むことを忘れていたことを、この たいど いちぞく とき思い出したかもしれません。アビガイルの命がけのとりなしの心と態度が、夫の一族を救 か ふ おか っただけではなく、ダビデが怒りに駆られて剣を振るい、無駄な血を流すような罪を犯すこと からも守ったのです。 6.浮き沈み 10月28日(木曜日) つるぎ おさ よ ダビデは 剣 を納 め、贈り物を受け取って、アビガイルを家に帰します。アビガイルは、酔 っ じょうきげん しだい て上機嫌の夫に、その晩は何も話しませんでした。次の日になって彼女から事の次第を聞いた あや ほろ ときに、ナバルは危うく彼の家が滅ぼされるところだったのを聞いて、倒れるほどのショック を受けます。そして、よほどショックが大きかったのか、ナバルは 10 日ほどして、神に打た れて死んでしまいました。 な ダビデは夫を亡くしたアビガイルを妻として迎え入れました。彼女はすぐに、地にひれ伏し しもべ て礼をし、「わたしは御主人様の 僕 たちの足を洗うはしためになります」(サムエル上 25:41) けんそん たいど と言います。アビガイルのへりくだった謙遜な心を思わされます。彼女は正しい心の態度によ しゅうい って、周囲の人々を救っただけではなく、自分自身の幸せを得ることができました。問題に対 たいしょ しかた あ かた する対処の仕方、心の在り方を学ばされます。
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