君にはできない子どもの気持ちはわからない - 富山県総合教育センター

富山市教育センターだより
第 26 号
平成 25 年 12 月9日
富山市八人町 5-17
TEL 076-431-4404
http://www.tym.ed.jp/c10
●学校教育課発
●教育センター発
●新任教職員紹介
●学校・園紹介
(題字「道」明瀬 正則)
君にはできない子どもの気持ちはわからない
富山市教育委員会 教育次長 宮口 克志
小学校のころからマット運動や鉄棒、跳び箱
とはいうものの、教員になってからも「でき
などの器械運動が好きだった。部活動に所属し
ない子どもの気持ちはわからない」という言葉
ていたわけではないが、今から思うと補助や安
がいつも頭の片隅から離れず、できない・わか
全対策が十分とはいえない環境で、多少危険と
らない子どもの心に寄り添うよう、つねに心が
思われる技にも挑戦していた。そして、中学校
けてきたつもりである。
では、下校時にグラウンドに設置してあった高
5年前だったと思う。研究のためにサンパウ
鉄棒で「大車輪」の練習をして帰宅することが
ロ大学に留学していた、小学校時代に担任させ
日常となっていた。
てもらった子が訪ねてきた。両親が年老いて、
大学に入り、体育科の教員免許取得のため、
彼女が住んでいる東京に家族で引っ越すことに
鉄棒の授業を履修した。体育科専攻の学生諸氏
なったので挨拶に来たとのことであった。久し
は、鉄棒運動の経験が乏しいために、
「けあがり」
ぶりに小学校の思い出話をしていたところ、彼
に悪戦苦闘していた。そんな様子を尻目に、私
女が「先生はよく体育の授業でマット運動を
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は、たわむ鉄棒と昔取った杵柄で、「けあがり」
やっていたけれど、本当のことを言うと私はい
から「巴」(ともえ:後方浮き支持回転)、そし
やだったんだ。でも、サンパウロに行って、現
て「大車輪」へと連続技を展開して楽しんでい
地のダンスをする機会があったときに、マット
た。
運動の経験が役に立ってよかったって思ったん
だけどね」と打ち明けてくれた。マット運動に
ある日、授業の様子を見ていた用務員さんが
ひたむ
私に近づいてきて「君にはできない子どもの気
直向きに取り組み、腕立て前方転回をはじめ、
持ちはわからないよ」と一言。得意になってい
いくつもの技ができるようになっていた彼女の
た私にとって、大きな衝撃であったが、同時に
口から、このような言葉が聞かれるとは‥‥。
ひどく腹が立った。「私だって、小学校4年生
今から思えば、「苦労している仲間のことは
のときに、中学生が『けあがり』をするのを見
一切かまわず、自分だけが鉄棒を楽しんでいる
て魅了されて以来、手のひらの皮が破れて血が
ようでは、人の心を慮ることはできないよ」と
にじんでも、痛みに耐えてがんばって練習した
いう用務員さんの、厳しくも温かいメッセージ
からできるようになったんだ。できるようにな
だったのかとようやく気づき、自責の念に駆ら
るために人一倍辛い体験をしているし、できな
れた。
い人の気持ちがわからないわけがない。あなた
「君にはできない子どもの気持ちはわからな
こそ私の気持ちがわからないんだ。そんなあな
い」という一言は、教員人生を歩む者として、
たに、とやかく言われる筋合いはない!」と。
生涯忘れられない大切な教訓となっている。
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