■映画レヴュー 占領時代を舞台にしたハリウッド映画 う 元 ア メ リ カ 軍 人 が 出 て 来 る。「 東 京 ジョー」のほとんどはハリウッドで撮影 され た が、「 東 京 フ ァ イ ル 2 1 2」 は 戦 後 の ア メ リ カ 映 画 で は じ め て、 全 篇 を にした映画がハリウッドでさかんに公開 一九五〇年代に占領時代の日本を舞台 拐する。バレットは娘を救い、木村を倒 制的に密航させるため、トリナの娘を誘 う。拒否するバレットに対し、木村は強 の戦争犯罪者の密入国を頼まれてしま 元 士 族 の 木 村( 早川雪洲) に、 共 産 主義 ひ ら い たこ と を 強 調 して い る。 一 方で、 この映画の撮影史を取り上げ、「東京ファ 新オ リ エ ン タ リ ズ ム 」( 二 〇 〇 九 年) は、 が漂っている。北村洋の「ハリウッドの 映画にもまして、占領時代の東京の情感 興業の共作であった。それゆえ、ほかの デューサーであるブレークストンと東日 アレックス・ベイツ された。以下にこれらの映画の簡単な説 すが、重傷を負って亡くなる。 共同製作でありながら、日本の共産主義 日 本 で ロ ケ ー シ ョ ン し た。 製 作 は プ ロ 明や参考文献を紹介する。 チックな日本の味を醸し出すため、占領 の「 東 京 ジ ョ ー」 (Tokyo Joe , 1949)で 「 東 京 ジ ョー」 の ほと んど は ハリ ウ ッ ド の ス タ ジ オ で 撮 影 さ れ た が、 エ キ ゾ ある。ボガート演じるジョー・バレット 最初の映画はハンフリー・ボガート主演 下の東京の映像も含まれている。初期の ル 2 1 2」 は、「 急 速 に 進 行す る 冷 戦 下 を 悪 役 に 仕 立て るこ とで、「 東 京 フ ァ イ においてアメリカの恩恵を強調するため 第二次世界大戦後、日本を舞台にした は、 戦 前 の 東 京 で バ ー を 経 営 し て い た 日本を舞台にした戦後ハリウッド映画は なる。戦後、バーのその後を知るために このような筋が普通である。日本を舞台 イル212」が日米合作の可能性を切り が、戦争のためアメリカに帰って軍人に 日本に戻り、そこで戦前のパートナー( 島 に日本の資源を利用した」と指摘されて 日本でロケーションしたアクション映 いる。 にしたというだけでも、アメリカの観客 は エ キ ゾ チ シ ズ ム を 感 じ る こ と が で き、 田テル)に再会して、戦死したと 思って い た 元 妻 ト リ ナ( フ ロ レ ン ス・ マ ー リ ー) 興奮したのである。 画 や ス パ イ 映 画 は ほ か に も あ る が、 す が生きていることを知る。しかし、トリ ナはすでにアメリカの外交官と再婚して 一 九 五 一 年 の「 東 京 フ ァ イ ル 2 1 2」 べて の映画で 日本人が悪役で あるわけ で は な い。「 東 京 フ ァ イ ル 2 1 2」 の プ いた。バレットは東京に残り、航空会社 (Tokyo File 212 )に も、「 東 京 ジ ョ ー」 に 似 た テ ー マ で、 日 本 の 共 産 主 義 と 戦 を始めるが、反アメリカ運動を計画する 114 『フェンスレス』オンライン版 創刊号(2013/03/20発行) 占領開拓期文化研究会 senryokaitakuki.com ロ デ ュ ー サ ー・ ブ レ ー ク ス ト ン の「 オ リエンタル・イーブル」 いうかたちで表現された。そして、アメ と述べている。 (Oriental Evil , リカ国内の社会問題は、民族関係を含ん だ 多 く の 映 像の、 主 題や 傾 向と な っ た 」 1951で ) は 悪 役 が 元 イ ギ リ ス 軍 人 で、 同 様にフッラー監督の「ハウス・オブ・バ 壊すように命令する。壊された後、村での 醸造や販売の成功を聞いた米連邦議員が訪 れることを知ったパーディー中佐は、がっ かりして退職の心配をしはじめる。しかし、 「戦 争中には 受け 入れ られて いた悪魔 的 がこ の 時代 の ハリウ ッド 映 画を 分 析 し、 スの相手になる。カーラ・レー・フラー が、五〇年代後半になるとそれがロマン このような日本共産主義者が悪役だった 出て来る日本人の姿も変わった。最初は 義の亡霊へと変わり、ハリウッド映画に 中の帝国主義日本の亡霊が、戦後共産主 いるという。ソビエト連邦や共産中国に ムがあって、それは冷戦構造に関係して 年代のアメリカ大衆文化にはアジアブー ことになる。そして、村の商業として泡盛 に合わせて、学校ではなく、茶屋をつくる る。しかし、その村に行くと、住民の希望 をつくり、民主主義を教える仕事を任され と一緒に、沖縄の小さな村に行って、学校 ニ( 日本人の仮装をしたマーロン・ブランド) ズビー( グレン・フォード)が通訳者のサキ である。 が著名であり、 「国内の社会問 Moon , 1956) 題」をアジアの舞台で展開させるという 。 洋人」の虚言を 〔……〕再構成している」 らかに愛国的なものとして、伝統的な「東 側諸国の利害が作用しているときに、明 ているのである。このエンディングは、「西 うな、嘘つきのアジア人として表象され 戦中のハリウッド映画によく見られるよ キニははじめから道化役で、結局戦前/ フラーの分析が明らかにするように、サ 軍を嘲笑しているのだが、カーラ・レー・ ヨナラ」 (Sayonara , 1957)が代表的な作品 ある面では「八月十五夜の茶屋」は米 と、ジェームズ・ミッチェナー原作の「サ スが あ る のだ が、 メ イン の 筋で は な い。 を醸造し、軍人に販売するようになる。こ 「 八 月 十 五 夜の 茶 屋 」 にも 米 日 ロ マン 重要な役割を果たしたからである。戦争 「八月十五夜の茶屋」では無能な軍人フィ 対する政策として、アジア、特に日本が うした状況に気づいた、上官のパーディー ロ マ ン スな ら、 ブラ ン ド の「 サ ヨナ ラ 」 なる。 屋は組み立て直されて、ハッピーエンドに ンブー」 House of Bamboo , 1955ではア 滑 稽 な 日 本 人 の 描写 と い え ば、 サキニを含め村の人々は、本当には醸造所 「八月 ( ) メリカの元軍人暴力団が登場する。クリ 十 五 夜 の 茶 屋 」 (Teahouse of the August を壊していなかったし、茶屋もただ分解し な歪みは、戦後になって突然、潜在的に 中佐( ポール・フォード)は、村の堕落や共 を見る必要がある。 ただけであった。米連邦議員が来る前に茶 侮 辱 的 な 素 材 に な っ た。 特 に 日 本 人 に 産主義的な傾向を糾弾し、茶屋や醸造所を スチーナ・クラインによると、一九五〇 とって、戦後の歪みは嘲笑とロマンスと 『フェンスレス』オンライン版 創刊号(2013/03/20発行) 占領開拓期文化研究会 senryokaitakuki.com 115 ヨナラ」は、米軍の男性が日本人と恋を 朝鮮戦争時代の日本を舞台にした「サ を受け、心中する。その心中を発見した 的にケッリーは軍司令部からひどい弾圧 イプの日本人女性として描写されている ナオギは、保守的で素直な、ステレオタ げたのである。一九五二年のキング・ヴィ が登場し、異人種間結婚の問題を取り上 に も 出 て く る が、 占 領 時 代 の 日 米 関 係 公民権運動時代のアメリカにこの映画 容 さを 学 ぶこ と は い くら か 皮 肉で あ る。 女性を支配することで、人種に対する寛 マーチェッティによると「グルーバーが 妻 カツ ミは 女 中 の よう に 扱わ れて い る。 のだという。たしかにハナオギは男装姿 ろが独特なのである。いわば「サヨナラ」 ダ ー 監 督 の 山 口 淑 子 と ド ン・ テ イ ラ ー 女性は自身の独立を彼の啓蒙のために犠 グルーバーは自分の恋を否定できない気 は占領時代の「蝶々夫人」 なのである。「サ 共 演 の「 日 本 人 戦 争 花 嫁 」 /「 東 は 東 」 するロマンスである。もちろん、このよ ヨナラ」では、空軍のケッリー( レッド・ 牲にしているのだ」。 (Japanese War Bride / East is East )に はこのテーマがすでに取り上げられてい ここでは、戦後アメリカのアジアブー から着物に着替え、グルーバーの恋人に バト ン ズ)が、 差 別を 受け な が ら も 日 本 ムのなかで生み出されたハリウッド映画 持ちで空軍の生活に「サヨナラ」を言っ 人 の 恋 人 カ ツ ミ( ナ ン シ ー・ 梅 木) と 結 たが、「 サ ヨナ ラ 」 の ほう は それ 以 上 に の日本描写を紹介してきた。国際的暴力 うな話は明治時代のピエール・ロティの 婚する。最初は反発していたケッリーの 有名になった。アフリカ系アメリカ人の 団や共産主義者と戦う勇士のアクション なると自立性がなくなる。特にケリーの 上官のロイド・グルーバー少佐( マーロン・ 間であれば政治的に反発を受けそうだと 映画は、やがてコメディやロマンスに変 て、ハナオギと結婚する。 ブラ ンド)も、ケ ッリ ーと カツ ミ の 関 係 考えた製作会社が、日本を舞台にレーシ わ って い っ た。 当 時 の 文 脈 の な かで は、 「お菊さん」やプッチーニの「蝶々夫人」 を見て、自分の人種主義を反省し、二人 ズム問題に取り組んだのである。しかし、 どれほどレーシズムや差別を批判してい の元婚約者のエリーン・ウエブスター( パ 会い、恋する。それと同時にグルーバー 歌劇団の男役ハナオ ギ( 高美以子)に出 るが、ジーナ・マーチェッティの分析は ダーの観点からいくらか挑発的ともいえ オギが男装して登場したことは、ジェン も、いくつかの問題はある。最初、ハナ らない。 はまだまだ多く残っていたといわねばな なジェンダーや民族的なステレオタイプ ヨナラ」のような映画のように、保守的 るといっても、「八月十五夜の茶屋」 や「サ ) の も と で 展 開す ると こ power dynamics の関係を認めるようになる。カツミの紹 レーシズムの面で は進歩的と 言われて トリシア・オエンズ)が歌舞伎女形のナカ この可能性をすぐさま否定している。ハ ( 介でグルーバー少佐は宝塚のような少女 ムラとプラトニックな関係を築く。最終 116 『フェンスレス』オンライン版 創刊号(2013/03/20発行) 占領開拓期文化研究会 senryokaitakuki.com [参考文献] Kauffman, M. 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(1993) Romance and the 主演: Byron Michie, Martha Hyer “yellow peril” : race, sex, and 「日本人戦争花嫁」/「東は東」 discursive strategies in Hollywood (Japanese War Bride / East is East 1952) fiction . University of California 監督: King Vidor 『フェンスレス』オンライン版 創刊号(2013/03/20発行) 占領開拓期文化研究会 senryokaitakuki.com 117
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