ご注意! 学校で危惧される新しい皮膚病 (トリコフィトン・トンズランス感染

広島市医師会だより (第555号 付録)
平成24年₇月15日発行
ご注意! 学校で危惧される新しい皮膚病
(トリコフィトン・トンズランス感染症)
広島皮膚科医会
篠田 勧、山本 匡
はじめに
2001 年、高校生や中学生の格闘技競技者(柔道部やレスリング部)にトリコフィトン・
トンズランス(以下トンズランス)菌の集団感染が報告されました。トンズランス菌とは、
1960 年代にキューバからアメリカに持ち込まれ、日本では 2001 年に確認された新種の輸
入白癬菌です。接触により感染するので、柔道やレスリングなど国際試合で欧米の選手から
感染した日本の選手たちが国内の試合や練習を行うことによって、本症が徐々に拡大しまし
た。そして今日では、格闘技をしていない人への感染も報告されています。
本年度から中学 1 年生と 2 年生で武道が必修化されましたが、柔道場に通う選手から一
般生徒への感染が起これば、学校で集団発生に至る可能性も想定されます。また、皮膚科以
外に学校医など多くの医療機関に受診される可能性がありますので、
後述の皮疹に留意頂く
ことが大切と考えられます。
症状
トンズランス感染症は足には感染しにくく、格闘技の選手が肌を
触れ合う頭、顔、頸、上半身などに症状が出やすいこと、また、一
般の白癬菌に比べ感染力が強いことが特徴とされています。皮膚に
感染した場合、薄い鱗屑を伴う直径 1~2cm の淡い紅斑が単発ある
いは複数みられます(参考資料
1 から)
。頭部の場合には毛実質に感染する
感染例:頭皮の病変
ため、不完全な脱毛を来したり、膿が出たりすることがあります。
一見すると、軽い湿疹や不完全な脱毛あるいは頭皮のニキビに見え
平成
る症状を呈するため注意が必要となります。特に頭皮の病変につい
ては、ステロイド外用剤により悪化するのは当然ですが、抗真菌剤
感染例:白癬(柔道による感染)
経過によっては瘢痕性脱毛(生涯にわたる脱毛)を来す可能性があ
*写真提供はいずれも岡野
皮ふ科クリニック様から
るので十分な留意が必要となります。
診断
他の白癬と同様、採取した鱗屑あるいは毛を KOH 法で直接鏡検すれば、鱗屑では菌糸型
菌要素が、毛では毛内寄生性胞子が確認されます。確定診断にはサブローブドウ糖寒天培地
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年 月
の外用によっても病変が刺激され悪化することがあります。さらに
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平成24年₇月15日発行
広島市医師会だより (第555号 付録)
などによる真菌培養にて原因菌の分離培養が必要となります。また道場などでの保菌者のス
クリーニングにはブラシ法(参考資料 1 から)が有用とされています。
治療と予防
感染初期の皮膚の感染には抗真菌剤外用が有効です。一方、頭部の毛実質内への感染には
抗真菌剤(イトラコナゾールあるいは塩酸テルビナフィン)の内服治療の適応となります。
頭皮の感染で菌量が少ない場合には抗真菌剤入りのミコナゾールシャンプーを用いるとの
報告があります(参考資料 2 から)。また、肌の接触により感染するため、罹患した生徒は完治する
まで部活動を控えることも必要です。具体的な予防法としては、全日本柔道連盟サイト
(http://www.judo.or.jp/data/data-shinkin.php)に掲載されている下記の内容をご参考に
してください。
①練習直後にシャワーや入浴をし、できるだけ早く頭や身体を石鹸で洗いましょう。他の白癬菌に比べ
ても、トンズランス菌の体内への侵入速度は速く、傷口からだと、通常の約2倍の速さで侵入します。
②シャワー施設のない場合は、水道の蛇口を利用して頭を洗浄し、濡れたタオルで身体を清潔にして
下さい。
③柔道着はよく洗濯しましょう。柔道着には菌が付着してしまいます。
④練習前後には道場をよく掃除しましょう。菌は抜け毛やアカのなかで半年間生存します。電気掃除機
の使用を勧めます。自分の部屋も清潔にしましょう。
⑤部員同士で帽子やシャツ、タオルなどの貸し借り(共用)は、やめましょう。
⑥部員内、家族内に症状のある人がいたら、早めに治療するように勧めましょう。
⑦練習前後に友人同士でボディチェックをし、皮疹のある者は休ませましょう。
最後に
トンズランス感染症は決して怖い病気ではありませんので、必要以上に恐れるものではあ
りません。しかし、全く症状がない無症候性キャリアが多いとの報告もあり潜在的に蔓延す
る可能性があります。また、試合が近い等の理由で治療を怠ると感染が拡大し、集団発生に
至る可能性も考えられます。一方、皮膚科医であっても新種の感染症であること、診断が難
しい疾患であることから、治療に難渋する例も少なからずあるようです。中学での武道必修
化に伴い、本症の動向を注意深く観察することが重要と考えております。(なお、学校現場
における本症の周知については、広島市医師会学校医部会を通して広島市教育委員会に要望
書を提出しています。)
参考資料
1)学校医の手引き: 学校医における専門校医の役割 皮膚科領域 P105-109, 広島県医師会 学校医部会, 2009
2)トンズランス感染症 ブラシ検査・治療・予防のガイドライン, 株式会社 春恒社, 2008
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