[論文 No.5] 礫層を主体とした地すべり地における集水井施工時の変状と

[論 文 No.5]
礫層を主体とした地すべり地における集水井施工時の変状と対策
明治コンサルタント株式会社
○植松
聡、英
弘、菊田
北海道小樽建設管理部
吉田
寛
耕輔
1.事例の概要
路線の安全確保を目的に地すべり対策工である集水井の施工中に、予期せぬ気象条件
(気温の上昇)により集水井の孔壁から湧水が発生し、集水井の一部が変状した。
本報告は、この事象に対し早急な対応で地質リスクを最小限に回避したことにより、問
題なく工事が行われた事例である。
当該路線は、主要道道で観光道路としても有名な路線となっている。
路線沿いには、地すべり地が多く分布し現道の安全を確保するための地すべり調査・解
析設計および対策工が随時実施されてきた。
これまでの地すべり調査により、地下水位の上昇と地すべり活動が密接に関係している
ことが判明したため、地下水排除工を主体とした対策工法が施工されてきた。
対策工の効果に伴い、地下水位も低下し地すべり活動も沈静化にむかっていった。
対策工は、リスク回避の面から基本的に低水期に実施してきた。
しかしながら予期せぬ気象条件により低水期に実施したにもかかわらず、施工中に集水
井の一部が変形してしまった。
上記事象に対し、極力地質リスクを低減し対策工を施工していく必要があった。
図1
現道と地すべりの関係
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2.事例分析のシナリオ
地質リスクを低減し安全に対策工を施工していくにあたり、以下の事項について検討を
行った。
【検討事項】
(1)変 状 状 況 の 把 握
地すべり土塊は、ボーリング調査結果から基盤岩の泥岩、凝灰角礫岩を覆う玉石を多く
含む礫混じり土であることが判明していた。
計 画 さ れ て い た 集 水 井 は 、 φ 3500mm で 全 長 23.5m で あ る 。
施工掘削当初の地質状況は、玉石、礫混じり粘土~砂であった。
地山は自立し、大きな崩壊につながるような兆候も無く、作業は行われた。
し か し な が ら 、GL-14.0m 付 近 掘 削 段 階 で 、GL-7.0m 付 近 か ら 湧 水 が 出 現 し 、孔 壁 の 土 砂
が流出し集水井に変状がみられた。
また、土砂流出により地上部まで影響がおよび、地表部でも陥没等の変状がみられた。
(2)変 状 区 間 の 予 測
集水井の掘削を進めるにあたって、近傍の土質柱状図等を参考に今後の土砂流出箇所の
予測を試みた。この結果、土質は近傍のボーリング柱状図を参考にすると「礫混じりシル
ト ~ 砂 」に 相 当 し 、変 状 箇 所 は 、マ ト リ ッ ク ス を 比 較 的 多 く 含 ん で い る 。標 準 貫 入 試 験 値 を
見 る と 礫 障 害 に よ り N 値 =50 以 上 を 示 す 箇 所 と N 値 =10~ 30 位 の 低 い 値 を 示 す 箇 所 が 交 互
に現れ、大きな差異はない。
集水井の変状は、地下水の流入により、礫間のマトリックスが流出したことが原因と考
えた。
以上のことから土質状況と地下水状況を加味した場合、マトリックス部分の多い深度
6.5m か ら 深 度 17.0m 区 間 が 緩
近傍のボーリング柱状図
み範囲と判断した。
(3)現 況 の 集 水 井 の 構 造 検 討
集水井の変状状況を把握し、
構造上・機能上に問題がある
か検討する必要があった。
7.0m か ら の 湧 水
偏芯量の測定およびライナ
ープレートの歪・欠損等につ
いて調査した結果、偏芯量に
関 し て は 、規 格 値 内 で あ っ た 。
また集水井の折れ曲がり等局
施 工 深 度 14.5m
所的な変形はないことからラ
イナープレートの断面欠損も
ないことが判明した。
以上のことから現在施工さ
れている集水井は使用可能と
判断した。
マトリックスを含む礫層
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− 26 −図 2
玉石を主体とした礫層
集水井とボーリング柱状図対比図
(4)対 策 工 の 検 討
地盤状況から判断すると、集水井をこのまま掘削することは困難と考えられ、何らかの
補助工法が必要と判断した。
対策工選定にあたる条件
①湧水によりライナープレート周辺の地盤は緩んでいる。
②現在施工されている集水井は使用可能である。
③施工は融雪期前に完了させること。
3.データ収集分析
本事例では、突発的な湧水が発生し、施工中に集水井の一部が変状した。
変状したエリアを特定し早急な対応により、施工中の集水井をうまく有効利用すること
ができた。
本事例において、問題なく集水井が施工可能となったポイントは以下のように考える。
(1)集 水 井 変 状 後 の 早 急 な 対 応
集 水 井 の 変 状 が み ら れ た の は 12 月 の 渇 水 期 で 、 変 状 原 因 は 予 見 で き な か っ た 気 温 上 昇
に伴う湧水によるものであった。
3~ 4 月 以 降 の 融 雪 期 ま で に 施 工 を 完 了 さ せ る た め 、集 水 井 の 変 状 が 進 行 し て い る か 否 か
の判断として、偏芯量の測定およびライナープレートの歪・欠損状況の確認を一定期間行
っ た 。ま た 、発 注 者・施 工 者・設 計 者 に よ る 三 者 検 討 会 を 密 に 実 施 し た こ と に よ り 安 全 面 、
補修工の可否の判断等を早期にすることができた。
(2)的 確 な 対 策 工 の 選 定
変状した集水井に対する補助工法として、対
策工検討で示した条件を考慮するとともに、今
回のような予見できない事態にも対応できる工
法を選定することができた。
選定した工法は、薬液注入工法である。
本工法は、薬液「水ガラス系無機溶液型」を
集水井
地山の空隙に充填し地山の改良を図る工法で、
注入後の硬化時間が自由に調整できるため注入
材が目的範囲外へ漏出することは少ない。
また、一定期間後は硬化した薬液注入材は分
解するため集水井の集水効果を阻害することは
ない。
図3
-3-
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薬液注入工法イメージ図
4.マネジメント効果
本事例に対するマネジメント効果は、以下のとおりである。
マネジメント効果費
リスクを回避しない場合の施工費-(当初施工費+追加対策工費)
リスクを回避しなかった場合
方針
集水井工のやり直し
リスクを最小限に回避した場合
補修対策の実施
集水井施工位置の再選定
必要な調査項目
調査ボーリング
補修対策工検討
集水井工設計
対策工事
費用
調査費+施工費
集水井工
補修工:薬液注入工
145,084 千 円
137,084 千 円
マネジメント効果費
8,000 千 円
今回実施した補修対策(薬液注入工)に関し、実際に要した本体対策工費、補修対策工
費 を あ わ せ た 総 額 は 、 137,084 千 円 で あ っ た 。 リ ス ク を 回 避 し な か っ た 場 合 、 や り 直 し に
必 要 な 調 査 費 お よ び 本 体 対 策 工 事 費 を あ わ せ た 総 額 は 、 145,084 千 円 と 想 定 さ れ る 。
以 上 の こ と か ら マ ネ ジ メ ン ト 効 果 費 と し て は 約 8,000 千 円 と 算 出 さ れ る 。
効果費の他、施工期間の遅れも考慮すれば、リスクを回避しなかった場合の道路利用者
に対する影響も大きいと考える。
5.データ様式の提案
検討結果について次頁の C 表に示した。
本事例は、早急な対応で地質リスクを最小限に回避したことにより、工事も問題なく終
了した事例紹介である。
「マネジメント効果」で、リスク発現事象、対応方法、施工費用項目の他、定量的に表
現しにくいが“安全面(安全管理手法の提案)”について項目を追加することも地質リス
クマネジメントとして重要であると考える。
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C.発 現 した地 質 リスクを最 小 限 に回 避 した事 例
大項目
発注者
工事名
工種
工事概要
①当 初 工 事 費
当初工期
リスク発 現 時 期
トラブルの内 容
トラブルの原 因
工 事 への影 響
追 加 調 査 の内 容
修正設計内容
対策工事
追加工事
追加費用 追加調査
修正設計
対策工
追加工事
②合 計
延長工期
間 接 的 な影 響 項 目
負担者
予 測 されたリスク発 現 時 期
予 測 されたトラブル
回 避 した事 象
工 事 への影 響
判 断 した時 期
判 断 した者
判 断 の内 容
回
判 断 に必 要 な情 報
発
に
対象工事
小項目
リスク発 現 事 象
現
追 加 工 事 の内 容
し
た
リ
ス
ク
最
リスク回 避 事 象
小
限
リスク管理の実際
避
リスク対応の実際
し
た
リ
ス
回 避 しなかった場 合
ク
リスクマネジメントの効 果
内容
追加調査
修正設計
対策工
費用
追加調査
修正設計
対策工
③合 計
工 事 変 更 の内 容
④変 更 後 工 事 費
変更後工期
間 接 的 な影 響 項 目
受益者
費 用 ④-(①+②+③)
工期
その他
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データ
北海道小樽建設管理部
小樽定山渓線交付金改築工事
地 すべり対 策 工
集 水 井 工 3 基 、集 水 ボーリング工
126,084 千 円
平 成 22 年 9 月 ~平 成 23 年 3 月
集 水 井 施 工 中 12 月 の冬 季
集 水 井 の孔 壁 の土 砂 流 出
予 期 せぬ気 象 条 件 による湧 水
調 査 ・対 策 のため工 事 一 次 中 止
------------------------工事再開後
集 水 井 の陥 没 ・閉 塞
工 事 の長 期 中 断 、集 水 井 の変 状
工 事 の一 時 中 断
工事中断後
発 注 者 、コンサルタント技 術 者
集 水 井 の補 修
集 水 井 の現 況 状 況
既往調査報告書
現地集水井状況確認
薬液注入工法
薬液注入
0 千円
0 千円
約 11,000 千 円
約 11,000 千 円
集 水 井 のやり直 し
約 145,084 千 円
1 年遅れ
対策事業完了遅れ
管 理 者 、利 用 者
約 8,000 千 円
1 年程度