核 酸 - シーエムシー出版

核 酸
DNA,RNA,Nucleic Acid
ら期待される素材のひとつである。また核酸医薬
1.概 要
の原料でもあるため,今後の医薬品開発にも注目
核酸は,高等動植物から細菌,ウイルスまで,
が集まる。また,DNA や RNA の塩基であるア
生命あるところに必ず存在し,リン酸を含有する
デノシンも注目の素材である。アデノシンは遺伝
酸性高分子有機化合物である。生物の自己増殖に
情報をコードするとともに,ATP(アデノシン 3
はなくてはならない物質で,2 本の鎖がねじれ
リン酸)および ADP(アデノシン 2 リン酸)の
合った二重らせん構造をもつ遺伝子の本体である
一部として,エネルギー輸送に関わっている。ま
(表 1)。
た,AMP(アデノシン 1 リン酸)として,生体
核酸は,化学構造上,DNA(deoxyribonucleic
acid) と RNA(ribonucleic acid) の 2 種 類 に 大
別される。DNA,RNA の単位であるヌクレオチ
ドは,塩基,糖(D-デオキシリボース),リン酸
でできており,塩基には,アデニン(A),グアニ
内のシグナル伝達にも重要な役割を果たす。
2.製 法
核酸を工業的に生産する方法(主にイノシン
酸,グアニル酸)は以下のようなものがある。
ン(G),シトシン(C),チミン(T),ウラシル(U)
①酵素分解法(ヤマサ,日本製紙ケミカル)
などがあり,これらが遺伝情報を規定している。
酵母などの DNA,RNA をカビまたは放線菌
核酸は現在,主にうま味成分としての需要が大
酵素で分解する。
部分を占めているが,様々な作用を示すことが分
②発酵・合成折衷法
かってきており,健康食品や化粧品などの業界か
発酵法でイノシン,グアノシンを生産し,化学
表 1 主に利用されている核酸素材
イノシン酸
グアニル酸
キサンチル酸
アデノシン
分子式
C10H13N4O8P
C10H14N5O8P
C10H13N4O9P
C10H13N5O4
分子量
348.21
363.22
364.21
267.24
CAS
131-99-7
85-32-5
523-98-8
58-61-7
性状
無色油状
無色固体
溶解性
水に易溶
水に易溶
調味料
調味料
調味料
化粧品等
構造式
用途
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的に IMP,GMP を合成する。
③直接発酵法(味の素,キリン協和フーズ)
系うま味調味料の生産を 2 万 2,000 トンに拡大す
るものと見込んでいる。
直接微生物に生産させる方法。キリン協和フー
武田キリン食品は 2007 年「キリンフードテッ
ズでは Corynebacterium 属の菌を用いてイノシ
ク」に社名を変更した。さらに 2009 年 4 月に合
ン酸,グアニル酸を生産させ,菌体外に排出され
併新会社「キリン協和フーズ」を設立,2010 年
たものを回収,精製している。
末にはキリンホールディングスの完全子会社と
④酵素法
なった。現在のキリン協和フーズは,2006 年に
酵素を用いてヌクレオシドをリン酸化し,5-イ
韓国の大象社と核酸系うま味調味料の生産合弁会
ノシン酸および 5-グアニル酸を生産する方法で,
社「キリンミオンフーズ」を設立,世界トップク
味の素は 2003 年夏に工業化した。
ラスの生産性を誇る。2010 年の生産能力は年間
⑤抽出法
6,000 トンと見込まれ,世界的に安定した生産向
サケの白子を破砕しトリプシンまたはプロテ
上を図っている。
アーゼ消化を行った後,さらに精製することに
よって DNA の純度を高めることができる。
また,ヤマサ醤油,三井化学,日生バイオの 3
社が,オリゴ DNA や RNAi の原料であるヌクレ
オチドの市場を占有していたが,近年,協和発酵
3.生産動向
バイオも糖ヌクレオチドの試薬を工業生産してい
調味料用核酸の生産は,現在,国内ではほとん
ど行われておらず,国内メーカーが海外に拠点を
置き製造を行っている(表 2)。
味の素は,2003 年にタイに核酸系調味料の新
る。また,北海道システム・サイエンスは,2005
年に GMP 準拠の RNA 大量合成設備を建設した。
4.需要動向
工場を稼働させ,グローバルな生産・供給を行っ
機能性素材としての核酸は近年,市場が安定的
ている。タイ工場の生産能力は,当初年産約 3,000
に推移しており,市場規模は 300 億円を超えるも
トンであったが,2008 年には年産 6,600 トンに増
のと推定される。核酸は,さまざまな生理活性や
産,拡大する中国市場をねらい 2010 年には核酸
機能性を有しているため,医薬品,化粧品原料,
調味料,食品添加物,医薬品製造原料,研究用試
表 2 呈味性核酸調味料の製造企業と生産量(2009 年)
(単位:トン)
企 業
生産量
備 考
  6,600
タイ工場が 2003 年から稼
働中。IMP 単体は国内生
産(1,000~2,000)。
キリンミオン
フーズ
  6,000
工場はインドネシア。キ
リン協和フーズ,大象(デ
サン)の合弁会社。
CJ
  6,000
味の素
星湖(セイコ)   3,000
ヤマサ醤油
合 計
70
薬などの用途があり,その他にも電子材料,光材
料,DNA 有害物質除去素材としての研究開発も
行われている。現在のところ,需要のほとんどは
核酸調味料のイノシン酸とグアニル酸で,中国,
東南アジア市場を中心に年率 8~9 %ずつ拡大し
ている。
グルタミン酸ナトリウム(GMP)などのアミノ
酸系のうま味調味料と併用すると呈味性が増すた
め,国内ではうま味調味料成分に 8 %程度の核酸
主にインドネシアで生産。
中国に新工場を建設中。
素材が含まれており,それに伴い国内需要も GMP
中国
る。一方全世界の需要をみると,GMP が 200 万
が約 10 万トン,核酸は約 5,000 トンとなってい
少量生産
トンに対して核酸はおよそ 2 万トンである。これ
約 21,000
らより,国内需要は飽和状態にあるものの,アミ
(シーエムシー出版推定)
ノ酸系の素材との併用を進めることで海外向けの
BIO INDUSTRY
需要は今後も継続的に伸びていくと予想される。
遺伝子レベルで防ぐ医薬である。2006 年のノー
一方,バイオテクノロジーや化学合成技術の発
ベル医学生理学賞の RNAi をベースとした siR-
達に伴って核酸関連物質による製品が多種開発さ
NA 医薬試験は,ファイザーが米国で行われてお
れ,特に食品関係と医薬品関係において成長して
り,すでに欧米の製薬で開発に取り組んでいる。
いる。医薬品グレードの siRNA 原料リボ核酸は,
核酸の用途は,化粧品原料,アンチエイジング
核酸調味料に比較してまだ市場規模は小さいもの
素材まで広がりを見せている。マルハニチロ食品
のすでに医薬品関連での有用性は多数報告があ
は,良質の天然サケ白子から精製した「DNA-
り,新陳代謝促進,抗酸化,免疫増強,アンチエ
Na」(原料名)を化粧品素材として提供,クリー
イジング,脂質代謝改善用などの分野で今後に期
ムなどに配合する機能性素材である。日本製紙ケ
待が寄せられている。
ミカルは,木材糖分を培養した酵母から抽出した
核酸医薬で特に注目されているのが,加齢に伴
リボ核酸を製造している。スキンケア用途として
う目の疾患治療薬「ペガプタニブナトリウム」
(商
「RNA-FN」
(原料名),
「RNA-FPD」
(原料名)に
品名:マクジェン)である。2008 年 7 月にファ
は,保水効果,紫外線吸収,美白効果がある。核
イザーが製造販売承認を得ている。これは日本初
酸を原料とする機能性アンチエイジング素材の人
の核酸医薬である。siRNA 医薬は眼球のみなら
気が高まりつつある。とくに,北京オリンピック
ず多様な用途が期待されており,高齢化が進む日
で,中国選手たちは核酸商品が指定されていた。
本においても今後多岐にわたる応用が見込まれて
その影響もあって,中国,台湾,韓国などから引
いる。核酸医薬は作用のメカニズムによって種々
き合いが増加しているという。
のタイプがあり,ペガプタニブはアプタマー医薬
に分類される。
ジーンデザインは,Alnylam 社(米国)とラ
イ セ ン ス 契 約 を 結 び, 研 究 開 発 を 目 的 と す る
siRNA の合成,配列デザインを行っている。ま
た,CJ グループは,リジン,核酸において世界
ア デ ノ シ ン は, ヤ マ サ か ら「サ イ ク リ ッ ク
AMP」(原料名)として製品化されている。肌の
活力を高める生理機能を持つため,化粧品原料へ
の利用が広がっている。
5.価 格
的技術力を持っており,とくに中国市場では主導
調味料用:3,000~4,000 円/kg
的な位置を狙っている。近年は,従来的医薬のア
化 粧 品 用:2 万 5,000~4 万 円/kg(K 塩,Na
プタマー医薬に対して,siRNA 医薬が現在の主
塩)。
流になってきている。これはタンパク質の発現を
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