福岡医療福祉大学紀要第11号 - 第一福祉大学

福岡医療福祉大学紀要 第11号
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巻 頭 言
最終号の発刊に思うこと
福岡医療福祉大学人間社会福祉学部
学部長 酒 井 誠
筆者は、一昨年の夏に米国の首都ワシントン DC の近郊に行く機会があり、ついでにニュージャー
ジー州にあるヴァインランド・トレーニング・スクールを訪ねた。読者の多くは、この施設について
ある程度の知識を持っておられるかと思うが、
「カリカク家」の研究が行われたところとして、また
ノーベル文学賞受賞作家パール・バックの娘キャロルがほとんど一生涯を過した所として広く知られ
ている。創立は1888年、知的障害者を入所させ、家庭的な環境の下で生活力の育成をはかるだけでな
く、その心理・教育学的研究をも行った私立の施設である。本邦からは滝野川学園(石井亮一)や藤
倉学園(川田貞治郎)の創設者が視察・留学をし、この種の施設の形態や運営について多くのことを
学んだ施設である。
この施設がとくに注目されたのは、心理学研究所を設け、気鋭の心理学者・教育学者を招いて、知
的障害の特徴や原因についての研究を奨励した点である。ここでの研究の中には、ビネー知能テスト
の米国版の開発や、知的障害の遺伝研究などがある。また、今でも世界中で使われているヴァインラ
ンド社会成熟度尺度や、知的な発達診断などに使われるセガン・ゴッダード「型はめ」テストなどの
研究もある。それらの研究成果の多くは、当施設が発刊した「ザ・トレーニング・スクール・ブレティ
ン(紀要)」に発表されている。この紀要は、特に20世紀前半においては実践的研究を載せる専門誌が
なかったこともあって、この分野の専門誌として高い評価を得ていた。しかしその後は、公民権運動
に端を発した人権意識の高まりの中で連邦政府が動き出し、知的障害児者を施設から地域社会に移す
動きが活発になっていったことは周知の通りである。こうした状況の中では、当然のことながら、施
設に対するさまざまの公的・私的援助が減少していくことになる。そして、ついにはヴァインランド・
トレーニング・スクールも運営困難に陥り、経営がペンシルバニア州にある施設エルウインに変わり、
名称もエルウイン・ニュージャージーとなった。それとともに研究所も廃止され、取り壊され、紀要
も廃刊(1966年)となった。現在では、入所していた知的障害者の多くは地域に移り、必要なサービ
スを利用しながら、グループホームで生活している。
心理学を学んだ筆者は、研究所の設備などがそのままの形でまだ保存されているのではないかと期
待して訪れたのであるが、研究所も含めすでにスクールのほとんどの建物が取り壊されており、見る
ことが出来たのは額に入った外観のスケッチだけであった。そこにあった多くの実験道具や書類は管
理棟(マクサム・コテージ、1899年建設)の2階に保管してあるということで案内されたが、目にし
たのは、未整理のまま雑然と置かれている古い書籍、書類、実験道具の一部であった。「整理できない
のですか」 と秘書に尋ねたところ、
「したいのはやまやまだけど、そこに廻すお金がないんです」との
ことであった。「何とかならないものか…」と思いながら1階におりると、廊下の壁を背にしてガラス
扉の付いた立派な木製の書架が目に入った。なんと、そこには施設草創期の 「紀要」 や 「年報」 が誇
らしげに陳列されていたのである。
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福岡医療福祉大学紀要 第11号
ヴァインランド・トレーニング・スクールを引き継いだエルウイン・ニュージャージーの母体エル
ウインは、知的障害者施設を運営する事業体で、その設立はヴァインランド・トレーニング・スクー
ルより36 年も古い。ヴァインランド・トレーニング・スクールは、エルウィンを手本にして作られた
と言われているが、両施設は州を異にするものの僅か70km ほどしか離れておらず、互いに協力し合う
先輩・後輩の間柄であった。
「紀要」や「年報」の持つ歴史的な価値について十分に理解しているから
こそであろう。またヴァインランド・トレーニング・スクールを引き継いだものとして、後輩同業者
の世界的に知られている業績を後世に伝えていく責任を感じているからであろう。資金難の中でもな
んとかその保存に努めようとしている姿を知って嬉しく思った次第である。
さて本紀要は、残念ながらこの号が最終号となる。理由は今年度をもって大学を閉校するからであ
る。第1号の発刊が開学2年目であるので、開学以来11年間にわたって本学の教員に研究成果の発表
の場を提供したことになる。掲載論文数は資料なども含めて196編、1号あたり平均18編となる。ここ
数年は発表数が20編前後になっており、教員が教育のみならず、研究にもますます熱心に取り組んで
きている様子が、数字の上からも読み取れる。大学の教育・研究が軌道に乗ってきたこの時期に最終
号とは、なんとも悔しい限りであるが、経営困難ということであれば仕方がない。
上述のヴァインランド・トレーニング・スクールの紀要論文が、一施設を越えてグローバルに知的
障害者の処遇改善に大きく貢献し、いまや歴史的遺産として認識されるようになったと同じように、
短い期間ではあったが、これまで本学紀要に発表された論文や資料の多くが、さまざまな形で21世紀
の我が国の福祉の充実・向上に役立ったと評価される日が来ることを願ってやまない。
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目 次
巻 頭 言 ………………………………… 福岡医療福祉大学人間社会福祉学部学部長 酒井 誠
最終号に寄せて:幻の初代学長・都築脩三先生の思い出 …… 福岡医療福祉大学学長 吉武 毅人 ……
1
最終号に寄せて …………………………………………………………………… 教学部長 増水 紀勝 ……
3
最終号に寄せて …………………………………………………………………… 図書館長 徳永 幹雄 ……
5
総 説
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題 …………………………………… 阿部 啓子 ……
9
今後の社会福祉士養成教育のあり方について …………………………………………… 木村 匡登 …… 21
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
~変革の時代に求められる保育士とは~ ……………………………………………… 川村 俶子 …… 27
原著論文
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察 …………………… 三浦 直樹 …… 33
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
―サービス付き高齢者向け住宅の利用限度と今後の課題― ………………………… 井上 伸明 …… 41
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
―小地域ネットワークを担う T 市民生委員の意識から― …………………………… 弓 洋平 …… 51
いじめ問題に関する一考察―ガイダンス・カウンセラーの視点から― ……………… 出利葉 豊 …… 59
研究報告
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析―退院支援の体系化に向けた取り組み―
………………………………………………… 大垣 京子・村上須賀子・加藤 由美 …… 67
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
~脳性麻痺 A 児に対する事例を中心として~ ………………………… 松﨑 優・木村 匡登 …… 75
精神障害者社会復帰訓練事業~保健所デイケアの発展的終了;活動の振り返り~
………………………………………………………………………………… 廣田 悦子 …… 83
国際社会のなかで社会福祉士の業務・役割と意義について考える
―認定社会福祉士制度の開始から考える― …………………………………………… 郡嶋かおる …… 91
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』―村上春樹の翻訳についての考察― …… 重松 恵子 …… 97
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
………………………………………………………………… 徳永 幹雄・平川 優太 …… 103
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
―EUC を考慮した汎用ログインシステムの構築における一手法について― …… 井上 伸明 …… 111
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福岡医療福祉大学紀要 第10号
高齢者の美術学習について(7)―色々な見方や背景(2)― ………………………… 俵 国昭 …… 119
終末期のケアに求められるもの―ホスピタリティー(もてなしの心)を育むために―
………………………………………………………………………………… 井上久美子 …… 129
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開 ……………………… 石田尾博夫・石田尾和奈 …… 137
人生の挫折をバネとした横井小楠思想の形成 …………………………………………… 楢原 孝俊 …… 145
平成24年度 研究業績 ……………………………………………………………………………………………… 149
平成24-25年度 学術フォーラム報告 …………………………………………………………………………… 151
平成24-25年度 公開講座報告 …………………………………………………………………………………… 155
福岡医療福祉大学紀要総目次(創刊号~第11号) ……………………………………………………………… 157
福岡医療福祉大学紀要投稿規定および紀要委員会規程 ………………………………………………………… 173
編集後記
1
最終号に寄せて:幻の初代学長・都築脩三先生の思い出
福岡医療福祉大学 学長 吉 武 毅 人
福岡医療福祉大学での思い出は、入学式・卒業式、授業・実
習・ゼミ、学園祭等、多々ありますが、振り返ると本学就任の
縁を持って下さった、初代学長予定者の都築脩三先生(写真1)
のことを思い出してしまいます。個人的な思い出なので、内容
が相応しいかは判りませんが、本学の開学にご苦労された都
築先生を偲び、その思い出に触れてみたいと思います。
都築脩三先生は、学園創立者の都築頼助・貞枝先生の三男と
して、昭和16年10月16日に誕生され、昭和35年に福岡県立筑
紫ヶ丘高校を卒業し、新設された第一薬科大学第1回生として
学び、昭和39年に卒業されました。その後、昭和42年に熊本大
学大学院薬学研究科修士課程を、昭和46年に九州大学大学院薬
学研究科博士課程を修了され、昭和47年まで米国ニューヨーク
州立バッファロー大学薬学部 levy 研究所へ留学し、昭和49年に
薬学博士を修得されました。そして昭和52年に第一
(写真1;第一福祉大学パンフレットより)
薬科大学薬剤学教室の助教授、昭和57年に教授とな
られ、昭和62年に同大学・副学長に就任されました。
母方の親戚であり、子供ができるのも遅かったた
め、幼い頃から大変かわいがっていただき、よく二
人でキャッチボールをしたり、先生の車に乗せても
らって食事やボーリング等に連れて行ってもらった
ことを思い出します(写真2)
。九州大学医学部の学
生時代には、健在であった都築貞枝先生の御自宅で
ご一緒させていただいたり、第一薬科大学の研究室
に連れて行っていただいたりしていました。
(写真2;中央:筆者、右端:都築脩三先生)
昭和62年10月20日に都築貞枝先生が亡くなられて
からは、あまりお会いする機会がなくなってしまいましたが、平成12年秋に、急に会いたいと連絡が
ありました。私の自宅でお会いすると、まず驚いたのが、都築先生が非常にお疲れになっており、と
てもやつれておられる様子だったことでした。思わず「体調、大丈夫ですか」と問いかけましたが、
「大丈夫、大学の立ち上げで疲れているだけだから」と言っておられました。その後、平成14年度開学
予定の「第一福祉大学」への就任要請がありました。臨床医としてのキャリアを中断して、福祉系大
学の教員になることに躊躇していると、
「自分の傍で支えて欲しい」と強く要請されました。幼少時か
らかわいがっていただいた都築先生の下でなら働いてもいいかと思い決心がつきました。
その後に、何度か都築先生のご自宅に訪問しましたが、先生はご多忙で、奥様としかお会いするこ
とはできませんでしたが、奥様からも「夫を支えて欲しい」と言われました。ところが開学を目前と
した平成14年1月14日、突然、先生の訃報に接しました。60歳の若さでのことでした。あれから10年
以上が経過し、私も都築先生と同じような立場に立ち、先生のご苦労に少しは思いを馳せることがで
きるようになりました。先生がご苦労されて開学された大学を、募集停止にすることになったことを
2
大変申し訳なく思っております。最後に開学時のパンフレットに記載されている都築脩三学長として
の熱い思いがこもった開学の言葉を引用したいと思います。
「福祉ニーズの複雑化・多様化・高度化により福祉の量的拡大・質的向上が要請されるなか、従来
の社会福祉の概念にとらわれず人間性を一層重視し、人権感覚・愛・価値観・使命感に満ちた『心あ
る福祉』の展開が強く求められています。また、全人的な観点から人間の生活や自立を支援し、
『共に
生きる社会』を支える人材、高い専門性と愛に満ちた専門職が必要となるでしょう。さまざまな分野
で、このような福祉社会を支えることができる福祉専門職の総合的な育成を目的として、人間社会福
祉学部を設置し、5学科を設けます。
」
卒業生の皆様が、本学で学んだことを忘れず、各々の立場で都築先生の言葉にある『高い専門性と
愛に満ちた専門職』となり、ご活躍下さる様に祈念いたしまして、私の文章を終わりにしたいと思い
ます。
3
最終号に寄せて
教学部長 増 水 紀 勝
本学が「個性の伸展」を建学の精神として謳い上げ、華やかに開学して以来、早や12年が過ぎ去り
最後の卒業生を送り出すこととなりました。誠に感慨深いものがあります。
思い起こせば、平成14年4月、
「第一福祉大学」として開学した当初は、100名を越す素晴らしい先
生方との出会いが在り、それに若き情熱と向学心に燃えた学生との出会いが、新しい大学の出発と地
域に根ざした教育・文化の創造さらには介護・福祉社会に大きな貢献ができるとの希望と期待とを抱
かせての出発でありました。
しかし、今後益々の少子高齢化社会への進展が明確になっている現実に相反して、社会のニーズに
応えきれないまま「募集停止」が決定され、さらには閉校への道を辿って歩を進めて行かなければな
らない心境の複雑さには計り知れないものがあります。
この12年間には、学内外、国内外において様々な出来事があり、その変化の様相は目まぐるしく激
動とも激変とも言えるべき変動の連続でありました。
本学もまたその一片に煽られながらも、着実な歩みと堅実な時間の積み重ねで一つ一つの歴史を刻
んでまいりました。学生の弛まぬ努力の積み重ねも然る事ながら教職員の緻密な努力と指導も忘れる
ことの出来ない積み重ねであったと思います。
本学は、本学なりに、
「研究と教育」の場としての大学の使命と「地域や社会」に共存・協調してい
くために多くの努力が払われてきたことは大きな誇りに思っています。
先生方は、学生諸君に、本学で学んだ事の意義と本学で培った実績・足跡は、時間の経過、時代の
変遷に関わらず大きな個々の財産として残されるものであることを認識させて教育されて参られまし
た。そして、
「自分には必ずできる」という自信を持たせた教育が、これからの社会の荒波を乗り切っ
て行くのには不可欠であることを最後まで教えて下さいました。感謝の言葉以外のなにものでもあり
ません。
今や日本は、世界の最先端を走る超高齢化時代を迎え、これからの対応が国内はもとより世界の中
でも大きな注目を集める国となりました。
2011年3月に発生しました「東日本大震災」や「原子力発電所事故」により、世界中からの支援と
恩恵に預かった一方、懸念すべき大きな課題を多く残すことにもなりました。
しかし、日本が立ち直り、この先一歩でも二歩でも先に進んで行くためには、この少子高齢化の時
代に何を考え、何を成すべきかを明確に感知すると共に、それぞれの分野での方向性をグローバル的
に明示すべきことが重要だと思います。
明るいニュースも飛び込んで参りました。
2013年9月8日早朝、アルゼンチンのブエノスアイレスで「2020年の東京オリンピック・パラリン
ピックの開催」が決定されました。国を挙げての歓喜の輪が拡がりました。
開催前のプレゼンテーションから開催決定の瞬間までは、首相はじめ各代表のアスリート達が一丸
となった取り組みと連携を見せて、まさに日本全体が感動を呼び寄せて一体となった瞬間でした。
このことによって、次なる目標設定ができ、希望と期待と躍動とを仰ぎながら、協調と協和を図り、
新しい斬新な発想でもって新しい歴史と新しい都市創造とを道開くことになります。これらのインパ
クトは、日本のあらゆる業界のみならず世代を越えた老若男女に新しい息吹を感じさせる活気と様々
なビジネスアイディアの機会を提供してくれるでしょう。もちろん、医療・福祉・介護の分野にも計
4
り知れない波及効果を期待できます。
私どもは、医療・福祉・介護の世界を主たる領域と考えて参りましたが、この領域の魅力は、今後、
国内外に向けて、大きく飛躍して事業展開できる魅力ある領域であると考えています。それだけに、
このまま本学が終えることは誠に残念でなりません。
おそらく、福祉・介護を中心とした「産業ビジネス・福祉ビジネス」の世界は、どの業界(教育業界、
建築業界、食品業界、医療業界、製薬業界、通信業界、ゲーム業界 など)でも大きな注目と関心を示
しており、今までの IT 産業を遥かに超える大事業になると同時に巨大マーケットを形成し、国内外に
大きな販路を開いて事業展開することを期待することが出来る分野と考えています。それは、国の最優
先施策事項に加えて、
「ニッチ(すき間)戦略」と絡ませて、多くのビジネスアイディアとビジネスチャ
ンスを生み出すことが出来るからです。特に、日本の「保健制度・医療機器・介護サービス」のクオリ
ティは、他国をリードした素晴らしさを有しており、これに付加価値を付けてブランド化を進めること
によって海外輸出としても大きな期待ができます。 それゆえ、大学・教育業界もマネージメント的要素
を含めて、それに準じたエキスパート育成の備えと対応の必要性を迫られることになると思います。
また注目すべきは、このビジネスチャンスを生かすために、医療・介護・福祉の現場を全く知らな
い若者たちが、それぞれのアイディアでもって「ニッチ戦略」に入り込んで来て、特徴ある起業・創
業を興そうとしています。それらの若者の数が、一段と増えて来ていることは頼もしくもあり嬉しい
ことかも知れません。
若者と学習し、若者と歩み、若者と考えたこの教育の場に居られたことは幸せでした。
時を越え、時代を越え、幾つかの歴史を歩めたことも良き想い出であり、価値観は異なっても、多
くの人との繋がりを築けたことは懐かしく嬉しい想い出となりました。
人を育てる難しさは、今の時代の方が大変なのかも知れないと思う時がありますが、このような時
こそ、教育の道でのプロであることの認識を自覚することが重要であると思います。
教育界、大学界も人や組織を統廃合する時代を迎えたことは、反面、已む無きことかも知れません。
ただ、何が重要で、何が必要で、どのような存在価値を見出してゆくかを、3年後、5年後、10年後
をしっかりと見据えて舵取りすることが望まれます。
大学や研究室や企業の中に埋もれている宝の山を掘り起こし、地域や時代や年代層に応じた対応・対
処の仕方を考え、グローバルな視点で捉えて、イノベーションの促進を図ることを願いたいものです。
また、これから後に続こうとする若者や青年に、身を持って経験・修得した貴重な技術やノウハウ
をしっかりと伝授・伝達して、いつの日か、世界の先端を走る「メイド・イン・ジャパン」を数多く
作り上げて戴き、その名を広く示して欲しいものです。そのための説得ある方向性や仕組みを作り上
げる必要があると思います。
現在の安倍首相の言う「今必要なのは、世界に勝てる若者だ」を実現するためには、一歩も二歩も
踏み込んだ「人材育成」や「教育改革」を強力に推し進めることと魅力ある仕組みを築き上げて、そ
の成果を世に問えることが、今後の大学の唯一の生き残る道だと思います。
本学も、この11年間に、第10号までの「研究紀要」が発刊され、さらに今回、
「最終号」を発刊出来
ましたことは、先生方の日頃の絶え間なき研究成果の積み重ねが実を結んで成し遂げた賜物だと感極
まるものがあります。これからは、本学での研究発表する機会はなくなりましたが、何れの地、如何
なる場所におかれましても、心からの御活躍と御発展を祈念申し上げます。そして、最後の最後まで、
大学としての使命と教育者としての使命を貫かれて来られましたことに、心からの敬意を表しますと
共に、心から感謝と御礼を申し上げます。今日まで、御協力・御支援を本当に有難うございました。
5
最終号に寄せて
図書館長 徳 永 幹 雄
本学の図書館は平成14年に開学以来、社会福祉、医療福祉、こども福祉、介護福祉および福祉心理学
に関する図書を多く集めてきた。学生の図書館離れや読書離れが指摘される中で、少ない予算を補いな
がら今日まで努力してきた。また、図書館長は「紀要委員会」の委員長を兼任し、
「福岡医療福祉大学
紀要」を発刊してきた。紀要は教員の研究活動を示す一端でもあり、重要な研究発表の場として位置づ
けてきた。第9号では開学10周年記念特集号としたばかりである。しかし、平成25年度末をもって、敢
え無く、閉校の憂き目をみることになった。第11号をもって最終号となる。
1.教員の研究成果の公表-これまでの論文掲載数-
平成16(2004)年の創刊号から、これまでの掲載内容は別表のとおりである。創刊号当時は15-20編
の投稿であったが、途中11-14編と減少し、近年では20編以上が投稿されている。総頁は版型が A5版
から A4版に変更されたが、大幅に増加し、教員の論文投稿数が増加した。研究の成果が社会に還元さ
れることを期待したい。
また、平成21年度からは本学の学術フォーラム、公開講座、FD 研究発表などの概要も紹介してい
る。紀要発刊の全業務は、
「紀要委員会」がその任にあたり、完成された紀要は、教職員に配布し、図
書館に保管すると同時に、他大学の図書館や国会図書館などに配本している。さらに、国立情報学研
究所に送付して、CiNii で閲覧できるようにしている。平成22年度からは福岡医療福祉大学ホームペー
ジから、「本学の概要」
「管理・運営」
「教育研究」をクリックして閲覧できるようになった。
近年、教員数も予算も減少するなかで、教員の教育・研究成果を最後まで公表することができたのは、
嬉しい限りである。最後まで残られた20数名の教員の教育と研究への努力の賜物である。しかし、紀要
は研究成果の即効性にあり、論文の査読制度、論文としての質などに、問題が残るのは残念である。
本校は本年度末をもって閉校するが、奇しくも筆者も教員生活に幕を閉じることになる。思えば、
昭和36年に22歳で九州大学教養部に赴任して以来、六本松地区の教養部時代を17年間、筑紫地区の健
康科学センターに21年間、そして九州大学大学院人間環境学研究科に併任後の3年間にわたって勤務
してきた。この41年間に学術論文、学位論文、著書などの多くの執筆や指導をしてきた。そして平成
14年に第一福祉大学に勤務し、改名して福岡医療福祉大学に12年間勤務し、紀要には9編の論文を投
稿してきた。53年間の永きにわたって大学の教員として生きてきたことになる。
「論文も書かず、学会
発表もしない人は、大学教員にあらず」と、若手研究者にハッパをかけてきた昔が懐かしい。
本学紀要の発刊号(年)、論文数、総頁数
号(発行年)
創刊号(2004)
第2号(2005)
第3号(2006)
第4号(2007)
第5号(2008)
第6号(2009)
第7号(2010)
第8号(2011)
第9号(2012)
第10号(2013)
第11号(2014)
論文数
18編:論文10、研究ノート5、その他3
18編:論文14、翻訳3、報告1
21編:論文19、翻訳2
13編:論文13
11編:論文11
12編:論文12
22編:原著論文15、研究ノート5、研究報告2
22編:総説2、原著論文14、研究報告6
33編:10周年特集12、原著論文16、研究報告5
19編:原著論文14、研究報告5
18編:総説3、原著論文4、研究報告11
総頁数
A5判207頁
A5判246頁
A5判276頁
A5判194頁
A5判142頁
A5判169頁
A4判164頁
A4判180頁
A4判204頁
A4判162頁
A4判174頁
6
2.選書ツアーの実施-近年の図書館のできごと-
平成23(2011)年度から、学生の図書館の利用を促進し、学生の要望を反映させるため、学生の図
書委員を設けた。同時に前期1回、後期1回の選書ツアーを実施している。そして、選んだ図書の紹
介として「ブックレビュー」を発行し、新たな読者を開拓している。以下は、司書の関 智恵子氏と
学生図書委員のそれぞれの思い出である。
1)小さな図書館の幸せ 司書 関 智恵子
図書館から見える宝満山は修験道でも知られる山だが、歴史ある太宰府を見守る山神のような、と
ても優しい佇まいだ。図書館に入ると宝満山を仰ぐことから私の一日は始まる。
開学から司書として福岡医療福祉大学図書館に勤務して12年目を迎える。大学図書館とはいっても
小規模図書館で、満足なサービスは提供できないまま幕を閉じようとしている。利用対象者数が多い
時期は、開館維持するだけでも精一杯だったが、この2年間は学生アルバイトにも助けられ楽しい
日々を過ごしている。
皮肉なことだが、利用対象者が少なくなると顔の見えるサービスがしたくなる。図書館は調べや学
習する場所ではあるが、出会いの場でもある。それは本だけに限らず、人と人を結ぶこともある。自
然と足が向くような図書館、好きな場所にするにはどうすればいいのか。最近は学生アルバイトがカ
ウンターに入ったことにより雰囲気も変わり、自然と学生情報も入り教員との語らいも加わった。人
は人に影響されるもの、触発され本へと向かう。選書ツアーもいい影響をもたらしてくれたと感謝し
ている。小さな図書館だからこそできる出会いに立ち会うことに、私は幸せを感じている。
読むことは知識・教養を学ぶとともに、それを知恵に変えることができる。読む力が考える力に変
わる。司書として、図書館で過ごした時間を大切に「読むこと」を続けてほしいと願っています。
2)選書ツアーに参加して(学生図書委員)
(1)本と私 10P-5102 荒巻 千恵
私にとって本とは、つまる所「人の意見の集合・集約」です。自分の半生をかけて得たノウハウだっ
たり、哲学だったり、伝記だったり、技術情報だったり、学習内容だったり、あるいは創作上でも自
分が考えたストーリーに沿って登場人物を動かして人の思考や哲学の根幹にせまったり、あるいは暇
つぶしの為のエンターテイメントを描き出したりと様々なものだと思います。
図書館を利用している人の中でも、講義で課題を出されたから初めて来た人や、物語系の本を借り
たいから来るなど理由は様々でした。そのため、本は読むタイミングや読む人の立場によって、本の
価値は変わると思っています。
(2)図書館と私 10P-5129 上村 梨奈
私が図書館でのアルバイトをするようになって大きく変わったことは、読む本の数と、本を読む
ペースでした。これまでは数ヶ月に1冊、文庫本を1ヶ月ほどかけて読んでいました。しかし図書館
にいると、本の返却に来た人から感想を聞くことでその本や作家が気になるようになりました。そう
すると読みたい本が多くなり、早くたくさんの本に出会いたいという気持ちが増え、自然と本を読む
数やペースが速くなっていきました。学校の図書館ということで顔見知りの人が利用することが多
く、来館した際のちょっとした会話が新しい本との出会いにつながります。学校の図書館は書店や学
外の図書館にはない、本との出会いができる場所だと感じます。
(3)選書ツアーに参加して 10P-5133 京牟禮 未峰
図書室にはたくさんの本があるが、自分が読みたい本がすべて揃っているわけではない。自分で購
入するという方法もあるが、経済的には難しい。選書ツアーでは、自分の読みたい本や他の人に読ん
でもらいたい本を選ぶことができる。また、自分が選んだ本だけではなく、他の参加者のお薦めの本
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を知ることで、普段読まない本を手に取る機会にも繋がる。
選書ツアーに参加した後は、すごく本が読みたくなる。実際に参加してから読む本の量が増え、今
まで知らなかった作家にも興味がわき、同じ作家の本を探して読むこともある。面白い本に出会うと、
読書がとても楽しいものに感じることができる。そして、他の人にもいろいろな本を読んでほしいと
感じるようになった。選書ツアーに参加できたことは、とてもいい経験になった。
(4)選書ツアーについて 10P-5215 豊田 紗彩
私は、選書ツアーに三度参加しています。普段、本屋さんに行っても、いろんな分野の本に触れる
ことがありませんでした。しかし選書ツアーに参加し、小説だけでなく、ノンフィクションのお話や
絵本、新書、お料理本などさまざまな本に触れることができ、とても楽しく、本の面白さを実感しま
した。
また、自分の興味のある本だけでなく、友人のお勧めしている本を読むことができるので、興味の
分野が広がります。自分の読んだ本は、書評(ブックレビュー)を書き、選書ツアーに行かなかった
学生にも紹介しています。最近は、図書館に来る学生さんの数が減少してきているので、ブックレ
ビューを読んでもらったり、
「こんな面白い本が図書館にあるよ」というような口コミで広げたりする
ことで、図書館の利用率も上がるのではないかなと思います。
(5)本と私 10W-4120 永田 亜沙美
私は本が好きだ。本が好きな人にとっては、図書館はいろいろな知識が詰まった宝箱のようだと思
う。図書館に一歩、足を踏み入れてしまうと時間が経つのも忘れてしまう。
大学で初めて選書ツアーに参加して、他学科の人と交流することができてよかった。
本は、私にとって言葉は悪いが脳内麻薬のようなものだ。走る事が好きな人は、つねにうずうずし
て落ち着かなくなり、長時間走り続けることで体が疲労を感じ始める事で、脳内のエンドルフィンが
増え、痛みを和らげてくれる。そして「快感」を得られると、
「ランニングハイ」とよばれる陶酔状態
に陥る。これに似たことが、本を読むことで起こり、
「読書」という習慣に繋がっていると考える。絵
本、漫画、文庫、単行本等、本の種類は違っても、本を通して人と人が出会う機会を作ってくれたこ
とに感謝の気持ちでいっぱいだ。
(6)選書ツアーと締め切りと私 10P-5231 溝浦 寿子
図書委員になり約3年間、締め切りとの戦いだった。このように書くと図書委員は大変そうに聞こ
えるがそうでもない。締め切りは日々あるのではなく、年に2回だけだからだ。その2回に私は追わ
れていた。
図書委員は選書ツアーに参加し好きな本を選ぶ。本が図書館に入ったら早速本を読み紹介文を書く
のだが、私は締め切りを提示されたのをきっかけに読書と紹介文の作成に取り掛かっていた。ようや
く紹介文を提出し、1冊のブックレヴューが出来上がると次の選書ツアーがやって来る。これの繰り
返しだった。
締め切りに追われての読書や紹介文作成は大変だったがその作業は楽しく充実していた。今後読書
は私のライフワークになるだろう。
8
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
9
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
阿 部 啓 子*
はじめに
ることを抜きに考えることはできない。このこと
を、ここで、再確認して筆を進めたいと思う。
平成14年度に、華々しく開学した本学もいよいよ
今年度(平成25年度)末を区切りとして、最後の卒
業生を送り出すこととなる。筆者は、開学2年目に
社会福祉学科の専任講師として着任し、5年目には
問題と目的
1.大学生における心理発達の今日的様相
心理学科の専任教員となり、平成22度からは学科の
青年の今日的な状況として、大学への進学率は
まとめ役としての任務もお引き受けすることとな
50%を超え、大学は大衆化からユニバーサル化への
り、今日に至っている。この間、約11年に渡って本
移行が進んでいる。それにともなって、さまざまな
学の教員として在籍したこととなる。かつて創刊第
生活状況を抱えた青年が大学生となっている。入学
1号の紀要編集委員となり、他の編集委員の先生方
前の経歴も、全日制高校、通信制高校、定時制高校
と一緒に、表紙のレイアウトについて検討したこと
などの他に、高卒認定試験を経て入学資格を得た学
が懐かしく思い出される。奇しくも本学紀要の発行
生など、多岐にわたっている。また、本人の意思と
年数と筆者の在職年数が一致することを喜びつつ、
は無関係に、発達障害的な傾向を抱えている学生
またこのような執筆の機会を与えて下さった諸先生
や、摂食障害、パニック障害などに悩む学生、入学
方のご厚意に感謝の意を表したい。
前に不登校傾向にあった学生の入学も増えており、
これらの傾向は、多くの大学に共通している(比山,
前述したように、本学科は当初、
「心理学科」とし
2009)。
てスタートした。その教育目標は、心理学の知識と
ただ、彼(彼女)らのほとんどが、20歳前後の青
技術を持った人材を養成すること、特に、人間社会
年期にある若者たちである点は変わらない。心理学
福祉学部における心理学科としては、人間の福祉に
的には、親への依存という子どもの在り方から離脱
関わる心理学的な科目を多数学ぶことで、これから
し、その完成がめざされる年代である。青年期では、
の成熟した福祉社会におけるニーズにかなった人材
社会人として自立する成人期に向けて、職業や性役
の育成をめざすことであった。後に、カリキュラム
割などの社会的役割を身につけ、自分なりの価値観
再編があって、
「臨床福祉心理学科」と名称が変わ
を確立し、アイデンティティを確立することがテー
り、教育目標も福祉専門職の人材育成と特化された
マとなる。アイデンティティとは、一言で言えば、
けれども、基本となる精神は変わらず受け継がれて
「自分が自分であるという意識・感覚を持つこと」
いると思う。
「今までの経験をもとに、現在このような考え方、感
成熟した福祉社会のニーズを考える時、
「人間」を
じ方、価値観を持ち、そして今後とも他者との交流
抜きに考えることは出来ず、またその「福祉」が、
の中で、この自分で生きていくんだ」という実感を
まず重要な問題として取り上げられねばならないこ
もてるようになること(斉藤,2003)である。
とは言うまでもない。そして「人間の福祉」は、そ
入学前の生活状況と心理的な発達の状況について
の担い手と受け手双方の社会的・心理的基盤、言い
の関係の有無について、ここでは特に問題として取
換えれば、
「人間としてのあり方」によって立ってい
り上げないが、彼(彼女)らの心理発達の今日的様
*臨床福祉心理学科
10
福岡医療福祉大学紀要 第11号
相について、近年、一貫して唱えられているのはそ
りと感じ取り、イメージ化し、主張する力がないこ
の遅れであり、その結果としての青年期の遷延化で
と、自発性、主体性、何かにしっかりとコミットす
ある。
る能力、自律性、創造性がないことなどと関連する。
高度産業社会であるがゆえに、アイデンティティ
の確立を短期間に達成することは容易ではなく、青
つまり、葛藤を抱えるまでに自己が育っていないと
いうことを示している。
年期の延長が生じ、成人期への移行が困難となって
この背景にある要因として、鍋田は、歪んだ母子
いる。青年たちは「大人になること」が難しくなっ
関係とともに、特に「社会図式(対人関係図式)」に
ている(下山,1998)といった心優しい見方をはじ
おける同胞や地域の子ども集団、青年期における仲
めとして、近年では、アイデンティティ形成以前の
間集団の欠落を指摘している。つまり、現代の青年
パーソナリティの問題にまで踏み込んだ見解も少な
は、父親(あるいは社会)を含んだ3者関係に至る
からずある。
ことなく、1者関係から2者関係の中に棲息してい
青年期の心理臨床に携わる臨床家が青年期延長の
るというのである。これらの内的モデルは、かつて、
問題について語るようになって久しいが、この10年
居住地域を中心としたコミュニティ(群れ社会)に
あまり、大学の教育職員として、青年期にある人た
よって子どもの心の中に形成されたものであるが、
ちに日常的に接してきた筆者としても、後者のパー
都市化、少子化、核家族化が進み、対人関係が希薄
ソナリティの発達に関わる問題を抱えた青年の増加
化した現代においては、望むべくもないことであ
に思いを致さざるを得ない。
る。
牛島(2012)は、
「現代の青年かたぎ」として、大
このような「社会図式」の貧困さと併行して、
「生
人が集団形成に手を貸すことでかろうじてまとまり
きていく機能」すなわち「自我機能」は衰退化し、
を保つことができる中学生の集団形成のいびつさ
現代の若者たちは「延長する幼児期」を生きざるを
や、不健康な誇大的自己ないしは、自己愛を支えて
得ないと言う。
もらう経験の乏しさからくる無力さについて指摘し
ている。そのなかで、同年輩集団(ギャング集団)
2.心理教育とは
を避けて多世代の混じる集団での社会活動を通し
心理教育とは、元来、精神医学の分野において用
て、社会参加への第一歩を踏み出した事例や、ある
いられる用語である。大島(1993)によれば、心理
いは、20代半ばにして「真の仲間体験をした」と述
教育とは「精神障害者およびその家族に対して、病
べたごく普通の大学院生の事例を特徴的なものとし
気の性質や治療法・対処方法など、療養生活に必要
て、現代の青年期発達はずっと遅れ、青年期はさら
な正しい知識や情報を提供することが、効果的な治
に延びたと述べている。
療やリハビリテーションを進める上で必要不可欠で
また、鍋田(2007)も、現代の若者の特徴として、
あるとの認識のもとに行われる、心理療法的な配慮
自分そのものがわからない(生き方がわからない)
を加えた教育的援助アプローチの総称」であり、
「心
ために、自己の体験を意味ある物語として語る力が
理療法に比して、知識や情報の伝達による認知レベ
落ちていると指摘している。自分がわからないと
ルへの働きかけを重視し、主体的な疾病の受容や良
は、
「自分は何を感じているのか」「自分はどうした
好な治療関係の形成、対処技術の向上などを促す」
いのか」
「人とどうかかわればよいのか」「どのよう
ものである。このアプローチは、統合失調症者の家
に問題解決すればよいのか」
「問題は何なのかわか
族の支援法として知られており、家族支援プログラ
らない」状態であるという。
ムの一般名称として用いられることもあるが、精神
そして、そのような若者を理解するためには、フ
障害当事者、さらにはエイズ患者や癌患者など、心
ロイトの「葛藤モデル」では不十分で、バリントの
理面の援助が必要な患者に対しても同様のアプロー
「欠損モデル」やマスターソンの「自己の障害」モデ
チがなされているという。
ルが役立つと言う。「自己の障害」とは、自分のここ
一方、学校における心理教育のルーツは、1950年
ろの中のイメージが物語れないこと、自己評価が柔
代初期から非行などの攻撃的行動をもつ子どもへの
軟に調節できないこと、自分の願望や感情をはっき
ヒューマニスティック・アプローチとして開発さ
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
11
れ、発展してきたもので、精神分析家 Fritz Redl の
における心理教育の検討がはじまり、心理教育や心
Pioneer House における宿泊集団治療に始まったと
理教育的アプローチに関する著書及び論文が多くみ
される。特に、感情爆発などの混乱と危機にある子
られるようになった(芳川,2007)。
どもには、心理療法やカウンセリングといった支援
さらに、そのような施策の流れの中で、学校にお
では不十分であり、大人(家庭・学校・地域社会)
けるカウンセリング機能の充実を図ることを目的と
が直接その場で、子どもの行動パターン、価値観、
して、臨床心理士を中心とするスクールカウンセ
出来事の解釈の仕方、人生観などの変化をもたらす
ラー派遣事業が開始された。初年度である平成7
必要があるとするものである。このアプローチは、
(1995)年のカウンセラー配置は、公立中学校を中心
その後、非行のみでなく、行為障害、情緒障害、い
とした154校であったが、その専門性・有用性が高
じめなど葛藤や不安を攻撃や問題行動で表現する子
く評価され、平成24年度では、中学校のみでなく、
どもや虐待を受けた子どもたちへの支援法として展
小学校・高等学校への配置も含めて、約18,000校の
開し、多くの心理教育の基本となったとされる(平
公立学校に全国的に配置され、本年度をふくめると
木,2007)
。この定義からすれば、教育領域における
18年間にわたる国家的な事業として、推進されてい
心理教育とは、葛藤や不安を抱える器としての「心」
るものである(白間,2013)。カウンセラーの具体的
が育っていない子どもたちを対象として、その心を
な職務内容は、児童・生徒へのカウンセリング、教
育てる支援を特別に行うものであると理解できる。
職員及び保護者に対する助言・援助、児童・生徒の
また、近年では、子どもたちの心の状況に対応し
カウンセリングなどに関する情報収集・提供などと
て、予防的・開発的アプローチとして実施されてい
されているが、そのヴァリエーションのひとつとし
ることも特徴的である。
て、近年では、教職員に対する研修や教員と協働し
て授業を行うなどの形で、カウンセラーによる心理
3.学校における心理教育
教育基本法(2006)によると、教育の目的は「人
教育(川原,2013)が盛んに行われるようになって
きている。
格の完成をめざし、平和で民主的な国家及び社会の
形成者として必要な資質を備えた心身ともに健康な
国民の育成を期して」行うことである。しかしなが
4.大学における心の教育
大学を中心とする高等教育のあり方についても、
ら、不登校や中途退学の問題、さらに中学生のいじ
文科省は、新しい提言を行っている。いわゆる廣中
め、自殺問題、虐待問題など青少年にまつわる諸問
レポート(2000)と呼ばれる報告書には、今日の「大
題は深刻である。このような現状を改善するために
学を巡る状況」をふまえた上での「今後の大学のあ
文部科学省は初等・中等教育の対象者である幼児・
り方」として、
「学生に豊かな知識を教授するのみな
児 童・ 生 徒 に 対 し て、
「 生 き る 力 の 教 育(1998)」
らず、教職員が学生との人間的なふれあいを通じ、
「キャリア教育(2004)」の推進を提言し、その具体
切磋琢磨しながら、道徳観、責任感などの高い倫理
的な方法として、教育現場では、さまざまな心理教
性とともに忍耐力、意思伝達力、折衝力、決断力、
育的アプローチが行われるようになった。
適応力、行動力、協調性など、複雑化し価値観が多
「生きる力」の育成とは、「学校を子どもの豊かな
様化した社会で生き抜くための基本的な能力の涵養
人格を形成する場」であると考え、人間社会の中で
に努めていくことが求められる」ことなど、やはり、
人間らしく生きようとする力を育てようとするもの
「心の教育」についての重要性が明記されている。
であり、人格を育てることを目的とするものであ
ところで、小・中・高校生などを対象とした心理
る。また、
「キャリア教育」では、人間関係形成能
教 育 に つ い て の 実 践 展 望 は 散 見 さ れ る( 市 橋,
力、情報活用能力、将来設計能力、意志決定能力な
2000;安達,2012)が、大学生を対象とした心理教
どのキャリア発達を支える能力を育てることが意図
育についての研究展望は少ない。今日の大学生の心
されている。このような目的のもとに、小・中・高
理発達的状況を考えた時に、未発達な心を育て、さ
等学校の現場では、これまでにさまざまな実践や研
まざまな不適応を予防するためにも、心理教育は欠
究がなされてきている。特に、1990年代以降、学校
かせないものと思われる。そこで、本稿では、文献
12
福岡医療福祉大学紀要 第11号
展望を通して、大学生を対象とした心理教育(的ア
因子分析の結果、「人間同士の理解・共感の可能性
プローチ)の現状について把握し、今後の可能性や
の自覚(LSO-U)」因子は第一因子として再現され、
課題について検討することを目的としたい。
学年があがるとともに尺度得点が増加したが、「個
別性の自覚(LSO-E)」因子は「独立性の自覚(LSOE1)」因子と「独自性の自覚(LSO-E2)」因子の2
方 法
つに分離したことを明らかにしている。また、カウ
2013年7月末までに学術雑誌に掲載された日本の
ンセリングセンター主催の WS の前後に LSO を実施
論文を展望の対象とした。なお、文献検索において
した結果、LSO-U ではすべての WS で平均得点が増
は、
「大学生 心理教育」をキーワードとして CINII
加したこと、および、人格形成に肯定的な意味をも
を用いて実施した。
つ孤独感を持つ人が WS 後に増加したことを報告し
ている。
また、同時に、緒賀(1998)は、学生相談室カウ
結果と考察
ンセラーの立場として、特に悩みや課題をもたない
実践報告を含む研究論文は23編であった。以下、
論文内容を概説する。
が心理学に関心を持つ学生のための教育サービスと
してどのような WS が適切であるか全学生に対して
アンケート調査を行っている。回収率は全学生の
1.1990年代(2編)
70%と比較的高く、在学生の約1/3が WS に関心
まず、先駆的ともいえる取り組みとして、馬場・
を持っていることが明らかになっている。その中で
袰岩(1998)らの基礎的調査研究とワークショップ
も特に高い関心を示す学生55名について WS リスト
(以下 WS)に関する報告がある。研究の目的は、明
を示して選択させたところ、医学生であったため
るく健康的で、表面的な対人関係を形成していく技
か、カウンセリング・スキル・トレーニング WS に
能は持っているものの、困難に直面すると自己主張
対する関心が有意に高かったことを報告している。
が上手くできない、自己決定ができないなどの心理
自分の内面や課題に直面していこうとする WS に比
的な未成熟さを訴える学生の背景にある心理的な特
べて、トレーニング WS の希望者が多かったという
性を把握し、その心理教育的なニーズを明らかに
ことは、必ずしも学生の健康度の高さを示すもので
し、それに対応するための心理教育プログラムを開
はないが、ピア・カウンセラーの育成につながる可
発することにあった。ここでは、その特性の1つと
能性が残されているとしている。
しての孤独感についての調査報告がなされている。
1990年代の後期になって2つの調査報告が認めら
調査には「孤独感の類型判別尺度(LSO)」が用いら
れるが、いずれも、特別な心理的問題を訴える学生
れ、全学生の1/4に郵送で行われているが、その
ではなく、全学生を対象としており、一般的な学生
うちの約半数の652名分の回収があったものである。
の心理的な成熟や成長を目的としたものである。特
(馬場・袰岩,1998)
WS実施
共感性↑
共感共感性せい
性/肯定的孤独
肯定的孤独感↑
感の高まり
(緒賀,1998)
WSへの関心
調査
全学生の全学生の1/3の関
・
全学生の1/3の関心
心
カウンセリング・スキ
・
カウンセリング・スキル・
ル・トレーニングへの関
心
トレーニングへの関心↑
図1 カウンセラー発信の心理教育的アプローチ(~1999)
主催:カウンセラー
対象:一般学生
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
13
にカウンセリング WS の可能性を視野に入れた学生
されているが「心理学的な話を聞くことができた」
相談室やカウンセリングセンターなどのカウンセ
などの専門教育への動機が高まったり、「新しい友
ラーが発信している調査である点で特徴的である
人ができた」などの友達づくりができたことに対す
(図1)
。
る評価は高かったが、抑うつ状態について大きな変
化は認められていない。
2.2000年から2004年まで(3編)
高橋ら(2002)は、ストレス・マネジメント教育
2000年代に入ってからは、カウンセラー発信のも
を心理教育的介入として、1回の厳密な介入実験を
のが1編と、教員が自主的に企画したプログラム実
行っている。効果については、さまざまな測度を実
施に関する報告が2編ある。
験の前後、2週間後に実施し検討を行っている。対
喜田・高木(2002)は、学生相談室カウンセラー
象者は、大学生416名に実施された STAI の状態不安
として、来談学生の問題として「心の健康」問題に
高得点者のうち実験承諾者26名であり、無作為に個
ついで「進路」相談件数が多い事実に着目し、「進
別介入群、グループ介入群、無介入群にわけられた
路」相談事例について事例検討を行っている。その
ものである。測度としては POMS、ストレス理解度
結果、心理的にはごく健康で一般的な学生が多く、
チェック、STAI、SSRS、CES-D が用いられている。
カウンセリング室で自分を語り、自分と向きあうこ
プログラムは、前半30分、後半に30分にわけて1回
とで、情緒的な安定感を回復し、自己決定が促進さ
のみ実施されている。前半は、ストレスに関する知
れることを指摘しており、そのカウンセリング過程
識の提供と被験者各自のストレスの高さについての
を心理教育と位置づけている。さらに、全学生623名
フィードバック、ストレスへの対処法についての知
(回収率68.8%)を対象に、進路に対する意識調査を
識の提供からなるストレス教育セッションで、後半
行い、3年次での漠然とした就職意識の高まりに合
は、漸進性筋弛緩法の練習によるリラクゼーション
わせて、
「進路についての自己吟味」に関するキャリ
スキルの修得にあてられている。介入直後の効果で
ア・エデュケーションが必要であることを示唆して
は、POMS の TMD について有意な得点減少が認め
いる。この報告は相談室発信のものではあるが、健
られ、介入形態に関わりなく、気分の改善に大きな
康度の高い学生のキャリア教育的ニーズが心理教育
効果があったことが報告されているが、これが漸進
的アプローチにあることを示したものであると考え
的弛緩法の効果である可能性も示唆されている。ま
られる。
た、2週間後にはストレス緩和効果がなかったこと
坂本・西河(2002)は、認知療法的な立場から、
も報告されている。
抑うつ的でない自己受容的な自己注目に着目し、心
この時期に初めて心理学教員が企画した心理教育
理学専攻の新入生を対象とした抑うつ予防を中心と
プログラムが出現するが自主ゼミとしての枠組みで
するプログラムの実施を試みている。プログラム
行われたり、1回のみの介入実験におわるなどパイ
は、希望者による自主ゼミとして実施され、具体的
ロット・スタディ的な実践がほとんどである(図2)
。
な目的は、1)自己への注目を自己成長につなげる、
2)認知と感情の関係について心理学的に理解す
3.2005年から2013年7月まで(18編)
る、3)グループワークで友人関係を作ることで
2005年以降では、心理教育的アプローチのさまざ
あった。プログラムの前半(~6回目)は「自分に
まな形態での展開を見ることができる。特に教員が
ついて知ること」「仲間づくり」に、後半(~12回
企画・立案したものとしては、授業のカリキュラム
目)はロールプレイやエンプティ・チェアなどの技
に組み込まれたプログラムが実施されている点が特
法を用いて認知傾向の歪みを変え気分をコントロー
徴的である。また、学生相談活動の一貫としてカウ
ルするスキルを身につけることが目的とされ、入念
ンセラー主催の WS 形式の報告もある。また、心理教
に構成されたものである。また、プログラムの中期
育的なアセスメントを行うための心理テストの開発
頃 よ り、 自 分 を 客 観 視 す る た め の ホ ー ム ワ ー ク
を目的とした基礎的な調査研究も報告されている。
(ABC 記録表)なども実施されている。プログラム
の評価は参加者に対する事後アンケートによってな
基 礎 的 な 調 査 研 究 と し て は、 大 久 保 ら(2005,
2006)によるものがある。彼らは、心の健康状態を
14
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(喜田・高木,2002)
進路相談
3年次でのキャリ
ア教育的心理教
育の必要性の提
案
全学的
進路意識調査
(坂本・西河,2002)
認知療法的
・心理学への興味 ↑
抑うつ予防
・友達作り ↑
プログラムの実施
(副次的効果)
(高橋,2002)
ストレスマネジメント実験
・個別介入群
介入群のみに
・グループ介入群
直後の気分改善
・無介入群
主催:教員
対象:一般学生
図2 パイロット・スタディ的な心理教育的アプローチ(~2004)
把握するための心理テストの開発を目的として、う
の促進にあった。前半では、心理テストの実施・分
つ病チェックリスト学生用短縮版(KDCL27)を心理
析、背景となる心理学理論の学習、結果のシェアリ
学受講学生578名に実施し、分析・検討している。そ
ングを通して受講生の自己理解・他者理解の促進を
の結果、KDCL 短縮版は「半健康」などの概念設定
ねらい、質問・感想シートで毎回の受講生の反応を
が可能で、精神的な問題が生じる以前の過渡的な判
確認し応答することで、心理的安全感を保証してい
別が可能である点で、心理教育的なアセスメントテ
る。また、心理テストの実施・提出についても受講
ストとしてある程度有用であるとしている。さら
生の意思に任せ、主体感を尊重している。後半では、
に、その他のストレス関連行動との関連を調べるた
受講生を13のスモールグループに分け、各グループ
めに、ソーシャルサポート尺度、ソーシャルスキル
にはコ・ファシリテーター(あらかじめ打ち合わせ
尺度、ストレスイベント尺度、タイプ A 傾向判別表、
をした志願者)が入って、アサーショントレーニン
アパシー尺度を同時に実施し、その結果を分析して
グのロールプレイを実施しコミュニケーション能力
いる。その結果、ストレスイベントやストレス反応
の促進を図っている。評価は、課題レポートの内容
(KDCL27)においては性差が有意であったことか
について3名の心理臨床家による合議で3段階に評
ら、女子学生がストレスに対して敏感であることを
定されたが、いずれも有意に高い評価を得た学生が
指摘している。
多かったことから、受講生の自己理解が深まり、他
また、この時期では、心理教育プログラムを授業の
者に対して共感的になったり、対人関係に興味を持
カリキュラムとして実施し、その効果について検討
ち始めた学生が出現していることが報告されてい
した実践研究がいくつか見られるが、多くの実践に
る。これらのことから、学生のコミュニティ感覚を
。
おいて効果があったことが報告されている(図3)
養成して、仲間づくりやピア・サポートのための予
太田(2005)は、パーソン・センタード・アプ
防的な心理教育的アプローチを行うことの可能性に
ローチ(PCA)の立場から、一般教養科目の心理学
も言及している。さらに太田(2006)は、教職課程
の半期授業(受講生116名)において、自己理解と他
科目「教育相談の研究」の効果的な学習のための心
者理解のためのワークやアサーショントレーニング
理教育プログラムの開発を目的として、過去4年間
からなる授業カリキュラムを構成し、心理教育的ア
に行ったカリキュラムや授業の工夫などについて振
プローチとしての授業を実施している。授業の目的
り返り再吟味を行っている。授業は、基本的に講義
は、受講生の心理的成長とコミュニケーション能力
と事例研究、ロールプレイイング(以下 RP)により
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
心理教育授業
PCA 的心理教育授業 太田
(2005,2008)
心理学
15
心理教育的グループ
太田(2006)
森平(2007)
教育相談の研究
調整的音楽療法
森田療法的心理教育授業
水野ら(2011,2013)
中島(2007)
ナラティブ・アプ
ローチ
心理療法論
認知行動療法的心理教育授業
及川・坂本
(2007,2008)
基礎的調査
心理学関連授業
介入授業
ストレスマネジメント授業
比嘉ら(2006)
心理学関連授業
介入授業
大久保
(2005,2006)
中村(2010)
チェックリストの分析
主催:カウンセラー
対象:ASD 疑学生
こころの健康
医学的心理教育授業
比山(2009)
重橋(2009a,b)
教員への
心理学関連授業の
一部
アンケート
主催:カウンセラー
対象:教員
図3 さまざまな心理教育的アプローチ(2005~)
構成されている。授業の目的は、一貫して受講生の
いて述べている者が多いことからそれなりの効果が
心理的成長におかれている。評価は、同様に、課題
あったことが報告されている。さらに、授業を通し
レポートの心理臨床家の合議による評定によってい
た学生の自己成長支援のあり方として、受講生の心
るが、授業により自己の体験を内省して深めていく
理的安全感を第一に考えること、自主的な自己決定
作業が行われていることが確認されている。受講生
を促し参加意欲を高めること、学生同士のシェアリ
は、自らの希望をもとに「いじめ」
「不登校」などの
ングを促進し、相互理解を深めること、心理的安全
テーマ別に小グループを編成し、グループごとに諸
感に配慮した質問・感想シートの応答などが重要で
問題の理論や実態について発表し、事例研究を行
あるとまとめている。
い、RP を行った。年度を追って、取り扱うテーマが
中島(2007)は、森田療法理論およびコフートの
増え、また、RP は学生の企画によるものとなり、学
自己心理学の立場から心理教育プログラムを作成
生主体で授業が進められるようになった。このこと
し、学生の健康的な自己愛の発達を促すことを目的
は、学習の動機づけを高め、自主的・主体的に自己
に、集中授業(心理療法論、10回)を実施している。
の過去の体験を振り返る機会となり、RP は過去の
プログラムの内容は、森田理論についての学習を中
再体験を促進し、整理し、乗り越えることに役立ち、
心としたものであったが、随時、TV 放映された身
学生の心理的成長促進に効果があったと結論づけて
近な教育ビデオ映像や理想モデルとしてのイメージ
いる。また、太田(2008)は、過去4年間の「心理
を喚起する映画鑑賞を活用するなどの工夫がなされ
学」の授業において、教員と受講生だけでなく、学
た も の で あ っ た。 プ ロ グ ラ ム の 評 価 は、 前 後 の
生同士の信頼関係や相互作用を促進するために行っ
チェックリストや自由記述によって行われたが、不
てきたコラージュと描画授業の効果について検討し
健康な自己愛・とらわれ得点の有意な減少があり、
ている。学生の感想から他者や集団への気づきにつ
また過半数の受講生において自己受容得点の改善が
16
福岡医療福祉大学紀要 第11号
みられたなどの効果を報告している。
ように、学内ネットワークの掲示板を用いて各自
及川・坂本(2007,2008)らは、認知行動療法の
(任意のニックネーム)の意見をリアルタイムで共
理論にもとづいて、プログラムを作成し、女子大学
有した。2)ストレスが多く対処が下手な架空の人
生を対象とした心理学関連の講義時間に7回の介入
物を設定し、その人物へのアドバイスを全員で考え
授業を行っている。プログラムの目標は抑うつに関
る形式とした。3)各回の授業開始時に、イメージ
する思考や行動をコントロールするための知識やス
法を用いたリラクゼーションを実施した。プログラ
キルについて学ぶものであり、講義・グループディ
ムの評価は、授業の初期・中期・後期にチェックリ
スカッション・ホームワークなどから構成されてい
ストを用いて行われたが、ストレス対処の自信と知
た。プログラムの効果について、抑うつ対処自己効
覚されたサポートが有意に上昇した。このことか
力感尺度、ATQ、SRS などの複数の適応指標からな
ら、教養授業を用いた教養授業を用いた心理面の健
る質問紙を実施した結果、特に、自己効力感尺度に
康授業の有効性を示唆している。安藤(2011)は、
おいて、介入群は統制群比べて、プログラム実施後
心理教育プログラム「サクセスフル・セルフ大学生
に有意に効力感が増加していることが報告されてい
版2」を半期授業への介入授業として実施してい
る。さらに、男子学生に対する効果を調べるために同
る。プログラムのねらいは、大学生における情緒
じプログラムを用いた調査研究を行ったが、女子に
的・行動的問題を予防し、心の健康を保持・増進さ
は肯定的変化が見られるのに対し、男子においては
せることである。具体的目標は、自己理解や他者理
有意な変化は見られなかったことを報告している。
解を深め、自己コントロール、日常生活における適
また、ストレス・マネジメントをキーワードとす
応力、円滑な友人関係、自己効力感を向上すること
る報告も多く、以下、4編について概説する。比嘉
にあるとされている。プログラムは、各回ごとに
ら(2006)は、心理学関連授業受講学生 118名に対
レッスン目標とその達成方法について呈示され、受
して、ストレス・マネジメント・プログラムとして
講生はワークシートを用いて、個別活動・グループ
5回の介入授業を実施している。介入授業は、スト
活動を行い、最後に全体での共有がなされる形で実
レスについての講義とリラクセーション技法の練習
施された。介入前後にチェックリストを用いた調査
から構成されていたが、授業では、特にリラクゼー
が行われたが、介入群においては有意な変化はな
ション技法を身につけストレス反応への自己コント
く、統制群においてのみ「不安・緊張」
「ネット上の
ロール力を高めることを目標とされていた。効果に
いじめ被害」
「親密な他者への暴力」の有意な増加が
ついて検討するために、10名を対象として、リラク
報告されている。鎌田ら(2006)の実践研究では、
セ ー シ ョ ン ト レ ー ニ ン グ 前 後 に 唾 液 採 取 行 い、
実施の枠組みが明らかにされていないが、作成した
POMS、GHQ28の前後の得点について検討してい
心理教育的プログラムを実施、事後の参加者に対す
る。その結果、GHQ28得点は有意に減少し、POMS
る半構造化面接によって効果の検討を行っている。
においても「抑うつ」「疲労」「混乱」の3スケール
結果として、概ね良好な評価が得られたとの報告が
に有意な減少が、
「活気」で有意な増加が認められた
なされている。
こと、また、唾液中のストレスホルモンが有意に減
また、学生自身の心理的な健康増進や心理的成長
少したことなどから、リラクセーション実習の効果
促 進 と は 異 な る 観 点 に た っ た 報 告 と し て、 重 橋
があったことを報告している。また、中村(2010)
(2009a,2009b)の報告がある。彼女は、精神障害者
は、一般教養授業(こころの健康)受講生41名を対
の地域生活支援の一貫として、将来的に地域生活を
象に、心理面の健康教育を実施することを目的とし
担う受け皿となる学生に対する啓発教育として、プ
て、15回の健康教育を行っている。授業の内容は、
ログラムを実施している。全15回授業のうち、精神
ストレスやストレスコントロールについての理解を
障害者の理解に関する心理教育プログラムは90分 ×
高め、うつ症状や対処資源活用の重要性に対する理
4回実施され、そのうち、精神障害の症状経過や治
解を促し、認知的な対処を中心とした対処技法を習
療のあり方、病気との付き合い方などの実際的な知
得するものであった。授業では次のような工夫を
識の提供が行われた3回目と、4回目のロールプレ
行っている 1)受講生が活発な意見交換ができる
イを用いたグループワークの効果を調べるためにそ
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
17
の前後に、接触経験・意識・イメージについての質
の高い男子大学生の2事例を報告している。彼ら
問紙調査を行っている。イメージについて、SCT の
は、プログラム終了後、
「小さなことにこだわらなく
カテゴリー分析を行った結果、量的に有意な変化が
なった」「作業効率が上がった」「勉強に集中できる
おきたカテゴリーがあり、その内容から精神障害者
ようになり成績が上がった」などの良い変化がみら
に対する否定的イメージが低減し、肯定的イメージ
れたと述べ、また、前後で実施した STAI と GHQ60
が増すこと、自我関与がともなった表現が出現する
でも特性不安が低下し、神経症的傾向が減少して健
などの効果を示唆している。さらに、授業前後でほ
康的になったことが示されている。このことから、
とんどの項目において否定的意識や接触に対する不
一般の学生を対象とした健康増進のための心理教育
安が有意に低減したとの報告がある。
的グループとして RMT が有効に機能する可能性に
以上が、教員が主体として行った心理教育につい
ついて述べている。
ての報告であるが、学生相談・支援活動の一貫とし
水野・西村(2011,2013)は、学生支援センター
て学生支援センターや学生相談室のカウンセラーな
において、社会的コミュニケーションに困難さを持
どが主体となって行った WS の報告も4編ある。以
つ発達障害学生(未診断を含む)を対象に、コミュ
下、簡単に概説する。
ニケーション支援を目的として、ナラティブ・アプ
比山(2009)は、学校心理士としての立場から、
ローチの立場から「ランチ憩ラボ」と呼ばれる小グ
学生支援についての教員のニーズを把握するため
ループによる心理教育的援助を行っている。構成メ
に、教員(専任31名、非常勤54名)に対してアンケー
ンバーは、5名前後の参加者とほぼ同数の支援者
ト調査を行っている。その結果、90%以上の教員が
(ファシリテーター)で、定例会(週1回90分)とし
心理教育的支援を必要としていると回答しているこ
て、会食をまじえて行われる。ラボトークでは、予
とを明らかにしている。また、自由記述の分析から、
めテーマ(話題)カードが準備されており、参加者
以下のニーズがあることを報告している;学生への
はそれについて思うことをシートにメモした後、順
支援では「ただ、学生の話を聞いて欲しい」
「学ぶ意
番に話をし、感想をシェアしあう。テーマを変えた
義を認識させて欲しい」
「礼儀やマナーなど社会人
トークを数回行った後に、シートをみながら全員で
としての常識を身につけさせて欲しい」
、教員への
振り返り、メタ・ナラティブをシェアする。最後に、
支援では「学生との人間関係の持ち方に対するアド
個別にメタ・ナラティブを作成して終了する。この
バイス」
「学生についての情報開示」、親への支援で
ようなラボ活動を通して、参加者は、安全感のある
は「親と教員との仲立ち」である。このことから、
グループの中で、支援者の態度や行動をモデルとし
担任制をとっていない大学では、学生の問題をでき
たり、主体的に自身のナラティブを語り、グループ
るだけ早期に把握することができる学生と教員との
のメタ・ナラティブとの関連性を見つけていくこと
つなぎ手としての心理教育的援助ができるカウンセ
でコミュニケーション能力を高めていくことができ
ラーが必要であるとしている。
るとしている。
森平(2007)は、学生相談活動の一環として、調
この時期の流れをみると、初期では、カウンセ
整的音楽療法(RMT)グループを行っている。RMT
ラー発信による WS に軸足をおいたアプローチで
では、毎回、クラシック音楽を聞くが、その際、音
あったものが、心理教育プログラムとして授業のカ
楽、身体、思考・感情・気分の3つの知覚領域間で
リキュラムに組み込まれ、心理系教員によって実施
注意を振り子様に動かす作業が求められる。RMT
される形態に変化している様子が伺える。また、心
では、その訓練を通じてものごとにとらわれない
理教育的な関わりのためのアセスメントをめざした
「あるがまま」の心的態度や過緊張を調整する能力
調査研究なども実施されており、本格的な取り組み
を身につけること出来るようになり、神経症の治療
の基盤づくりが始められている印象も受ける。さら
の他、一般的な健康法としても効果が確認されてい
に、近年の特徴として、カウンセラー発信の心理教
るものである。プログラムは、約20回で、聴取する
育的アプローチについては、ナラティブ・アプロー
曲の種類、ねらいなどによって5期に分かれてい
チや調整的音楽療法などのより専門性の高いアプ
る。森平は、RMT グループに参加した比較的健康度
ローチが行われていることもわかる。また、共生的
18
福岡医療福祉大学紀要 第11号
な視点から、心理学専攻の学生に対して精神障害者
どもたちであった。心理教育ではそのような子ども
に対する理解を促すことを目的とした医学的な心理
たちが、葛藤をこころの内に抱えることが出来るよ
教育が、心理系教員によって行われていることも目
うにこころの器を育ててやることが目的とされてい
新しい。
た)。しかし、さしたる問題行動を起こすこともな
く、ごく普通に適応的(?)に大学生活を送ってい
る学生に、
「さまざまな葛藤を抱えるこころの器」が
総合的考察
育っているか、あるいはそれ以前の「もっと自分を
以上、これまでに、大学において、心理教育ある
感じ取る力」が育っているかというと、そのように
いは心理教育的アプローチとして報告された実践研
考えにくい状況があるということはさきに指摘した
究について概観してきた。実践報告は、1980年代以
とおりである。その意味において大学生に対する心
前には認められず、1990年代の後期に2編、2004年
理教育的アプローチは、発達促進的・開発的なアプ
までが3編、2005年以降になって18編と急激に増加
ローチとして欠かせないものであると考えることが
している。このことから、大学生に対しても、心理
できる。
教育(的アプローチ)は近年、積極的に行われるよ
うになってきていることがわかる。
さらに、後期においては、学生自身の成長だけで
なく、精神障害者に対する理解を促し、その地域生
また、これまでの実施形態の流れをみると、カウン
活の支援者として必要な素養を学ぶことに焦点があ
セリング室のカウンセラー発信の心理教育グループ
てられた、いわゆる医学的な心理教育が、大学にお
から、自主ゼミを経て、授業のカリキュラムの一部、
いて行われているのも特徴的である。
あるいは全部として教員によって行われる心理教育
また、心理教育(的アプローチ)は、さまざまな
授業へと、その裾野が拡がっている様子が伺える。さ
専門的な理論的立場にもとづくものであり、実施者
らに、授業科目にしても、単に教養科目の「心理学」
がどの立場に依拠するかによって、目的が微妙に異
授業にとどまらず、
「教育相談」
「心理療法論」などの
なってくる。パーソン・センタード・アプローチ
専門教育科目において受講生の心理的成長を目的と
(PCA)の立場では、学生は自己の内面に深く触れ、
して心理教育授業が実施されていることがわかる。
それと向きあって、心理的に成長することが目的と
また、カウンセラー発信の WS については、高度
されることから、参加学生の心理的安全感や、学生
の専門的理論背景を持ったアプローチがなされてい
の自主性・主体的参加感が重視される。内面に深く
るものが出現していることが特徴的である。
触れる点では、森田療法的アプローチも然りであ
初期のカウンセラー発信の PCA 的アプローチに
る。さらに、PCA 的アプローチの特徴としては、心
ついて、WS は参加希望者(応募者)対象に行われ
理的成長促進の土壌としての良質な人間関係づく
たものであって、必ずしもカウンセリングルームの
り、コミュニティ・アプローチが推進される。学生
クライエントをターゲットとしたものではなかっ
は共感的・相互支援的な質の良い友人関係のネット
た。2005年以降に多く見られる心理教育授業はもと
ワーク(ピア・グループ)づくりを期待されるが、
より、後期の調整的音楽療法を用いた心理教育的グ
それらが操作的に行われることはない。主体的関わ
*
ループにしても事情は同じである 。このようなこ
りが最も重視されるアプローチであるからである。
とからすると、心理教育の対象が、特別な問題を抱
そのようにして自然で、良質な人間関係のなかに身
えている、あるいはそのような問題を抱えてカウン
を置くことが出来れば、内的な「社会図式」(鍋田,
セリング室を訪れる学生ではなく、ごく普通にキャ
2007)も学生のこころのなかに形成され、学生の自
ンパス・ライフを送っている一般学生とされている
我発達が促進されるものと思われる。その意味にお
ことがわかる。この点は、学校教育における心理教
いて、学生の良質な人間関係作りを促進し、
「対人関
育の原点からすると少し枠を外れるところである
係図式」発達のためのピア・カウンセリング・シス
(Redl が対象としていたのは、カウンセリングや心
テムの導入を図っていくことも今後の課題となる。
理療法の枠組みにはまりきれないような、感情爆発
認知行動療法的、ストレス・マネジメント的アプ
の問題などを抱えている特別な問題を持っている子
ローチでは、抑うつ予防、心理的健康増進などが目
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題
的とされる。抑うつ対処の自己効力感や注意集中力
の高まり、リラクゼーションスキルの修得による情
緒の安定などが効果として報告されている。総じ
て、若者が活発で元気であることは良いことであ
る。自己の内面に触れようと身構えると、抑うつ感
情が強く働いてしまう学生やシャイな学生にはこの
ような認知的アプローチが向いているのでないだろ
うか。
どの学生に対しても有効な万能的なアプローチは
存在しない。それぞれの個性に応じてアプローチの
適否についてきちんとアセスメントし、最適なアプ
ローチがなされることが重要であると思われる。そ
のための心理教育的チェックリストの作成・実施・
活用法なども今後の課題となるだろう。また、教育
効果の評価についても課題は残る。多くの実践研究
においては、直後の直接的効果について問題として
いるが、その持続性の問題、間接的効果などにつて
も検討していくことが必要である。
また、本研究で得られた知見は、限られたデータ
ベースに基づくものであるので、今後は文献の範囲
を広げて確認作業を行っていくことも必要かと思わ
れる。
注
* 心理教育的グループについては、未診断の発達障害
(ASD 疑)学生に対してナラティブ・アプローチにもとづ
く報告があるが、これについては発達障害学生の問題とし
て紙面をあらためて論じたいと思う。
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今後の社会福祉士養成教育のあり方について
21
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
今後の社会福祉士養成教育のあり方について
木 村 匡 登*
Ⅰ.はじめに
ワーカーの国家資格を制度化するものであった。
社会福祉士制度創設以来、2013年3月時点におい
社会福祉士は1987年に「社会福祉士及び介護福祉
て社会福祉士登録者数157,654人おり、資格取得に
士法」として制度化されて以来、25年が経過した。
は、12種の取得ルートから国家試験に臨み、合格し
国際的に見て日本におけるソーシャルワーカーの国
た者が社会福祉士を取得している。 1)そのうち社会
家資格であり、今日の社会福祉実践の専門職であ
福祉士養成校協会に所属している四年制福祉系大学
る。
が全国に198校あり、養成施設全体の7割に相当す
多様化・複雑化する現代社会の福祉ニーズに対応
するソーシャルワーカー(社会福祉士)の役割は、
る社会福祉実践の担い手を教育、養成している。 2)
そして、社会福祉士及び介護福祉士法制定20年に
極めて重要であり、常に高度な知識と技術が要求さ
して、2007年12月には「社会福祉士および介護福祉
れてきた。
士法などの一部を改正する法律」が公布された。そ
最近の福祉問題を列挙するだけでも、元来の福祉
の目的は現代の福祉ニーズの多様化に伴う複雑で高
三領域「高齢」
「児童」「障害」の領域にみる福祉問
度な課題に対応する福祉人材の確保とその資質の向
題のみならず、教育現場における学校ソーシャル
上であった。そのため、社会福祉士は社会福祉士及
ワークをはじめ司法領域においてもソーシャルワー
び介護福祉士法において「専門的知識及び技術を
クの必要性から多領域において職域の拡大・強化さ
もって、身体上若しくは精神上の障害があること又
れてきている。社会福祉はその人の幸福を追求する
は環境上の理由により日常生活を営むのに支障があ
ことを目的としてその生活にかかわる問題を対象と
るものの福祉に関する相談に応じ、助言、指導、福
して実践している。その時代的変遷によって捉える
祉サービスを提供するもの又は意志そのほかの保健
問題が複雑、多様化するなか、それらの問題に対応
医療サービスを提供する者その他の関係者との連絡
できる実践者、つまり社会福祉士をいかに養成しう
及び調整その他の援助を行うことを業とする者」と
るかが社会福祉士養成校・施設の使命である。
された。又、この法律ではこれまでの社会福祉士養
本稿では、2007年に「社会福祉及び介護福祉士
成教育内容も見直され、新カリキュラムがスタート
法」改正に伴う社会福祉士養成カリキュラムの改編
した。2007年の法改正において、社会福祉士養成課
に着目をして、今後の福祉人材確保に向けた福祉専
程のカリキュラムは、表1のとおりである。
門職のスペシャリスト養成教育のあり方について、
この新カリキュラムにおいては、従来の種別別に
その一方向性を四年制福祉系大学養成校の立場から
構成されていた科目に比べ、大きく5つの柱「人・
論及する。
社会・生活と福祉の理解に関する知識と方法」「総
合的かつ包括的な相談援助の理念と方法に関する知
Ⅱ.社会福祉士養成の現況
1987年に制定された社会福祉士及び介護福祉士法
識と技術」「地域福祉の基盤整備と開発に関する知
識と技術」「サービスに関する知識」「実習・演習」
を設定し、多様化する福祉ニーズに対応する知識及
は、社会福祉の増進に寄与することを目的として日
3)
び技術を包括的に修得できるように構成された。
本における社会福祉専門職、すなわちソーシャル
このカリキュラムを各養成校はコア・カリキュラム
*総合福祉学科社会福祉コース
22
福岡医療福祉大学紀要 第11号
としてソーシャルワーク教育の根幹にしている。こ
ることには疑問を持たざるを得ない。
の新カリキュラムでは、これまでの養成教育時間よ
社会福祉士養成カリキュラムは、白澤(2008) 5)の
り150時間増の1200時間となっており、特に実践力
いうソーシャルワーカー養成の中核部分を構成する
のある社会福祉士養成の観点から援助技術系の理
ものであるなら、その中核を前提にそれぞれ専門特
論・演習・実習に強化が図られた。
化(スペシフィック)した領域のソーシャルワー
本学における養成カリキュラムにおいてもこの5
カー養成には1200時間ではカバーできず、社会福祉
つの柱を念頭に従来の科目名称であるが、厚生労働
士養成カリキュラムを前提に各養成校で独自性のあ
省より提示されている科目名称の読み替えの範囲に
るカリキュラム構築が期待されることとなる。
注1)
日本学術会議社会学委員会社会福祉学分科会
おいてカリキュラムを構成し、教育を行ってきた。
しかしながら、社会福祉は実践の学問でありなが
(2008)の「提言 近未来の社会福祉教育のあり方に
ら、また実践力涵養のためには実習の強化は必要不
ついて」において、ソーシャルワーカーの社会的必
可欠であるが、厚生労働省提示の新カリキュラムに
要性において、ソーシャルワーカーの重要性を再認
4)
おいても実習教育の実体は、中村ら(2006) が指摘
識させるための具体的に6つ挙げられる。 6)
しているように、実習内容の未整理や短期間(180時
①人々に対する尊厳の保持が求められていること
間)の実習時間では、即戦力となる実践力を涵養す
②措置から契約への転換により福祉サービスを契
表1 社会福祉士養成カリキュラム(新カリキュラム)(厚生労働省ホームページより抜粋筆者加筆)
科目名(指定科目)
本学開講科目
時間
人・社会・生活と福祉の理解に関する知識と方法(180時間)
人体の構造と機能及び疾病
医学一般Ⅰ
30
心理学理論と心理的支援
心理学
30
社会理論と社会システム
社会学
30
社会保障
社会保障論
60
社会調査の基礎
社会調査の基礎
30
総合的かつ包括的な相談援助の理念と方法に関する知識と技術(180時間)
相談援助の基盤と専門職
社会福祉援助技術論Ⅰ
相談援助の理論と方法
社会福祉援助技術論Ⅱ・Ⅲ
60
120
地域福祉の基盤整備と開発に関する知識と技術(135時間)
地域福祉の理論と方法
地域福祉論
60
福祉行財政と福祉計画
福祉行財政と福祉計画
60
福祉サービスの組織と経営
社会福祉運営管理論
15
サービスに関する知識(285時間)
現代社会と福祉
社会福祉概論
60
高齢者に対する支援と介護保険制度
高齢者福祉論
60
障害者に対する支援と障害者自立支援制度
障害者福祉論
30
児童や家庭に対する支援と児童・家庭福祉制度
児童福祉論
30
低所得者に対する支援と生活保護制度
公的扶助論
30
保健医療サービス
保健医療サービス
30
就労支援サービス
就労支援サービス
15
権利擁護と成年後見制度
権利擁護と成年後見制度
15
更生保護制度
更生保護制度
15
実習・演習(420時間)
合計
相談援助演習
社会福祉援助技術演習Ⅰ . Ⅱ . Ⅲ
150
相談援助実習指導
社会福祉援助技術現場実習指導
90
相談援助実習
社会福祉援助技術現場実習指導
180
1200
今後の社会福祉士養成教育のあり方について
23
約し、適切に利用できるよう支援していくた
体の福祉サービスの提供の形態は、自らの意志を表
め、利用者の権利擁護を特徴とする支援が必要
明することが困難なケースに対しても利用者主体の
不可欠であること
サービス利用がなされなければならず、そのための
③自立支援にむけての専門性の確保
対応ケースにおいては、
「権利擁護」のための働きか
④サ ービス提供組織の多元化によるソーシャル
けが重要となる。この「権利擁護」のための働きか
ワーカーの必要性
⑤地方分権化による包括的生活支援システムの構
築の必要性
けを社会福祉士には強く求められている。 8)その働
きかけにおいて、社会福祉士は一人ひとりの利用者
に対する援助に創意工夫を凝らす必要がある。
⑥生活上の困難に直面してサービス利用を求めて
ソーシャルワーク実践を担う専門職は、高い専門
いる人々に対する権利保障システムとしての
性を持つことはいうまでもないが、社会福祉士が拠
ソーシャルワーカーの必要性
り所とする専門性を考えるとき、秋山(2007) 9)は広
上記の指摘は、現代社会の多様化する福祉ニーズ
く対人援助専門職のもつ専門性について整理してい
にソーシャルワーク機能が多面的に機能することを
る。また、専門性はそれぞれ専門職性を基盤とする
期待されていることでもある。
としている。そして、具体的に福祉専門職が専門性
当提言では、社会福祉教育の体系を価値、支援技
術、政策の構成を提起しており、価値の重要性を挙
7)
は3つの柱がある。①専門的知識、②専門的方法・
技術、③専門職としての価値・倫理である。
げている。 ここでいう価値とは、対人援助における
社会福祉士の専門性とは、人々の生活を取り巻く
「生活」そのものを軸にした支援のあり方について
諸課題に対し、具体的且つ課題解決に向けた取り組
の理念である。この理念である価値をいかに涵養す
み が 実 践 の 中 で 行 わ な け れ ば な ら な い。 川 村
るかが、実践力のあるソーシャルワーカーの資質を
(2011) 10)は実践の根底に価値・倫理を置いている。
据えた社会福祉士養成教育の鍵になるのではないだ
その根底とすべき価値・倫理は社会福祉士会の倫理
ろうか。
綱領としてその実践の指針として示され、実践の拠
社会福祉士は「日常生活を営むのに支障があるも
り所とされている。この倫理綱領も単にマニュアル
の」への支援であり、
「福祉サービスを提供するもの
的に暗記して行動できるものではなく、実践に活か
または医師そのほかの保健医療サービスを提供する
されなければ意味がない。この価値・倫理をいかに
もの」との連携の中で展開されることを期待されて
学生に伝え、学生自身の専門職像を築く礎にするか
おり、その領域は更に拡大されている。言い換えれ
が養成校として重要となる。その礎に社会福祉士養
ば、当たり前の日常生活全てが対象となるのであ
成のコア・カリキュラムに加え、各養成校独自のカ
る。社会福祉士は、その日常生活に人および環境に
リキュラムが設定されることが望まれる。
関わる専門職である。その社会福祉士の使命は、社
「権利擁護」を利用者一人ひとりにあてた創意工
会福祉基礎構造改革以降、これまでの「措置」によ
夫された支援の方法は、援助者である社会福祉士が
るサービスの提供から利用者主体による「契約」に
利用者一人ひとりの状況から利用者の姿を想像し、
基づくサービスが中心となった。利用者主体による
彼らがこれからの人生を有意義に過ごしていくこと
サービス提供の枠組みを考えなければならないので
が可能となるように援助の方法を創造していくこと
ある。そのため福祉専門職の専門性が問われるので
にある。
ある。
この創造的援助が対人援助に必要な援助観であ
り、価値観であると考えられる。社会福祉士が権利
Ⅲ.社会福祉士の専門性
擁護においてその専門性を発揮するにいたっては、
専門的技術、専門的知識は必要不可欠である。しか
社会福祉基礎構造改革以降、日本の社会福祉は
し、それらの技術や知識が利用者の最善の利益を離
「措置」から「契約」へと社会福祉の方向性が大きく
れ、援助者の偏った価値観のもとに実践されたとし
転換してきたことは、利用者主体の積極的自立生活
たら、権利擁護どころか利用者に対する不利益を被
を支援するためのものである。このような利用者主
らせることに繋がる。創造的に利用者にかかわり、
24
福岡医療福祉大学紀要 第11号
彼らの最善の利益を求める権利擁護は、社会福祉士
して、その連続性の重要性を示している。 14)又、野
は常にその最善の利益を体言化することの意味を自
口(2013) 15) は社会福祉士資格取得後のキャリア
らに問い、実践する必要がある。
アップ教育の仕組みを受け、
「認定社会福祉士」及び
11)
太田(1992) は、人と環境の接点において、生
「認定上級社会福祉士」資格制度における大学院教
活を主体化し、人間の生活の本質に援助しようとす
育の連携を強調している。事実、専門職大学院によ
るソーシャルワーカーは、常に適切な援助が提供で
るキャリアアップ教育を展開している大学も存在す
きるよう技法のみならず、姿勢を強調している。そ
16) 17)
る。
の価値教育に大学教育の担う重責を示唆している。
このことは臨床で社会福祉実践の担い手である社
会福祉士の資質向上にも繋がり専門職養成のキャリ
アアップはもとより研究者養成にもつながり、実践
Ⅳ.社会福祉教育の今後の展望
と理論を一体的に捉えた研究、実践を可能とする。
これまでソーシャルワークとりわけ法改正に伴う
その上位志向型教育を土台的に支える教育を再考
社会福祉士の社会的役割の再認識とその重要性につ
するとき、学部教育を終えた多くの福祉専門職従事
いてみてきたが、その専門性を発揮するためには、
者が、教育研究機関である大学に戻りフォローアッ
養成校をはじめ福祉人材を社会に輩出する教育機関
プ教育を展開することが可能なシステムを構築する
の責務は改めて大きいと考える。法改正に伴う教育
ことの意味は大きい。
カリキュラムを前章において概観したが、この教育
図1は、教育機関である大学、大学院と実践現場
カリキュラムを根幹としつつ養成校独自の特色ある
である社会福祉実践のフィールドを三位一体的に捉
人材養成教育プログラム(カリキュラム)の構成に
えた図である。四年制大学における社会福祉士養成
ついても多くの大学が創意工夫のもと、取り組んで
教育をジェネラリストソーシャルワーカーの養成と
12)
いる状況をみた。芝野(2012) は、社会福祉士養
して実践現場に出るためのジェネリックな実践力の
成教育を考える前提として、社会福祉系大学におけ
涵養をはかることに力点を置くことになる。社会福
る教育の質について言及しており、学生の教育を
祉の対象となる人、モノは多領域に亘り、その内容
「実践力」
「学士力」
「専門職としての倫理観」として
については、それぞれの立場によって違いはあるも
いる。
のの、社会福祉専門職である価値や倫理は共通基盤
その教育機関の重責を踏まえたうえで、今後の社
として涵養されるべきである。そのため対人援助観
会福祉専門職養成において、改めてその教育の柱に
教育をいかに学びえるかが現場に出てからの実践力
添えるべき教育体系を考えると、一つ目に福祉マイ
に大きく影響されることになる。
ンド教育を含む広く社会福祉教育全般である。大学
また、多領域の実践現場では、常に実践に誠実で
教育における学士力養成にも着目する必要があり、
あるか、また向上心をもって実践することは福祉専
専門職らしい思考力の育成、価値観形成について人
門職の使命であり、利用者に対する倫理責任であ
間教育を改めて考える。と同時に広く地域社会に居
18)
は、福祉現場に求められる専門
る。中島(2006)
住している市民を対象とした市民大学の位置づけの
性の観点から、
「生活支援」をキーワードにその専門
ような福祉教育の実践である。二つ目にその学士力
性の向上を大学教育特に実習教育と卒後教育の一体
養成の上に学問体系としての社会福祉学の修学であ
的な取り組みに触れている。その実践現場の資質向
る。資格取得留まらない学問としての素養を身につ
上に大学教育機関がその一翼を担うことで学部を卒
けること。そして三つ目に社会福祉専門職である社
業した社会福祉士もまた、実践現場から大学教育機
13)
会福祉士養成教育である。白澤(2012) は社会福
関にそのサービスの質を向上するべく卒後教育を含
祉士制度以前の「社会福祉主事」について、その制
めた実践力向上の研究、教育が可能となり、大学と
度の整理の必要性について触れ、ソーシャルワー
現場が一体化することで常に最先端の福祉サービス
カー教育を学部教育においてジェネリックなソー
を検証、提供が可能となる。そしてより高次の支援
シャルワーカーの養成教育と位置づけ、大学院教育
システムの構築を大学院教育において研究、実践力
をスペシフィックなソーシャルワーカー養成教育と
向上を目指す仕組みを三位一体的にとらえること
今後の社会福祉士養成教育のあり方について
で、その大学、大学院、実践フィールドの地域で、
25
おわりに
市民を含めた教育機能が構築できるのではないだろ
社会福祉制度が整う前、先駆者は自身の掲げる理
うか。
念を持って目の前にいる弱き立場にある人の支援を
誰のための大学であるかということを考えると、
地域に密着した大学であるならば、学生のための大
試行錯誤で取り組んできた。歴史的にみても博愛主
学のみならず、その地域における社会福祉実践の場
義、友愛思想に基づく慈善事業は理念なき実践者で
である人のための大学であり、市民のための大学で
なく、熱き気持ちを持った専門職による実践であっ
あるはずである。養成機関である大学の役割は、産
た。今日、社会福祉実践に関わる専門的知識・技術
学連携の中の現場とタイアップした資質向上、実践
は、先人の歩んできた積み重ねの末、体系化されて
力向上、そして地域住民の福祉教育を担うことにあ
きた。その洗練された専門的知識・技術を修得でき
る。 そ の シ ス テ ム を 三 位 一 体 で 捉 え、 お 互 い の
たとしても、人の尊厳や専門職として人を支援する
フィードバック作用を強化することでその地域の福
ことの重要性や価値を分かっていなければ 19)、援助
祉向上に貢献することが可能となる。ただ、その三
は援助でなくただのかかわりでしかない。対人援助
位一体において、それぞれの役割認識においても、
観、価値を根底においた実践者の養成を改めて強調
様々な課題が残されているのも事実であり、その課
したい。
本論の視点は、四年制大学養成校の側からみた社
題に対応できるよう整備することも必要となる。
会福祉士養成教育の展望をみてきたが、社会福祉士
養成施設は大学、大学院のみならず、短大、専門学
市民社会
大学院教育
学部教育
学
士
教
育
ワ
ー
カ
ー
(
社
会
福
祉
士
)
養
成
ジ
ェ
ネ
ラ
リ
ス
ト
ソ
ー
シ
ャ
ル
博士前期・後期
スペシフィック教育
(認定社会福祉士)
専門職大学院
実践現場
図1 社会福祉教育三位一体イメージ図(筆者作)
26
福岡医療福祉大学紀要 第11号
校も含めた多様なルートは前述のとおりである。そ
のため、今後は各地域における養成施設の連携を一
層密にした福祉専門職養成(社会福祉士)の展望が
期待される。
13)白澤政和「社会福祉士制度を活かすために」
,
『月刊福
祉』
,全国社会福祉協議会,pp39-43,2012
14)前掲書5)
,pp22-25
15)野口定久,「認定社会福祉士制度と社会福祉系大学院教
育」,『学校連盟通信』,第66号,日本社会福祉教育学校連
盟,pp10-11,2013
引用文献および参考文献
1)厚生労働省報道発表「第25回社会福祉士国家試験合格発
表」平成25年3月15日
2)http://www.jascsw.jp/members_list.html,「社会福祉士養
成校協会会員一覧」,社会福祉士養成校協会
3)厚生労働省:社会福祉士及び介護福祉士法などの一部を
改正する法律案について,2007年3月
4)中村敏秀,相澤哲「わが国におけるソーシャルワーク教
育とその課題」,『長崎国際大学論叢』第6巻,pp179~
184,2006年1月
5)白澤政和「社会福祉士養成教育の課題と展望」,
『月刊福
祉』,全国社会福祉協議会,pp22-25,2008
6)日本学術会議社会学委員会社会福祉学分科会,「提言 近未来の社会福祉教育のあり方について-ソーシャル
ワーク専門職資格の再編成に向けて-」,日本学術会議,
pp2-3,2008年7月
7)同掲書,pp2-3
8)髙山直樹「社会福祉士と権利擁護の視点」,日本社会福
祉 士 会 編,
『 新 社 会 福 祉 援 助 の 共 通 基 盤 上 第 2 版 』,
pp70-80,中央法規出版,2009
9)秋山智久『社会福祉実践論』,pp206-222,ミネルヴァ書
房,2002
10)川村隆彦『支援者が成長するための50の原則』,pp37-90,
中央法規出版,2011
11)太田義弘『ソーシャルワーク実践とエコシステム』
,
p15,誠信書房,1992
12)芝野松次郎「社会福祉系大学における人材養成の意義と
課題」,『社会福祉研究』,pp21-29,2012
16)秋貞由美子,「ソーシャルワーカーとして従事しながら
学ぶ大学院生のキャリアアップに向けて~大学院授業科
目における認定社会福祉士研修認証の取り組み~」
,
『学校
連盟通信』第66号,日本社会福祉教育学校連盟,pp7-9,
2013
17)湯浅典人,「ソーシャルワーク(社会福祉)大学院教育
の現状と展望」,『文京学院大学人間学部研究紀要』Vol.8,
No.1,pp53-66,2006
18)中島健一,武居敏,
「福祉現場における専門性とは何か」,
『月刊福祉』
,全国社会福祉協議会,pp40-47,2006
19)前掲書12)
,pp21-29,2012
注1
本学は、社会福祉士養成教育をベースに各学科コースの
特色に応じたカリキュラムを構成している。そのため、社
会福祉領域関連国家資格に保育士、介護福祉士、精神保健
福祉士をまた教員免許状「福祉」、認定心理士、障害者ス
ポーツ指導員の資格、免許状を取得できるカリキュラムを
編成している。カリキュラム編成においては、常に懸念さ
れる多資格取得問題によるカリキュラム編成の困難事例
を深く検討し、資格取得だけに留まらない教育体制を実施
すべく、教育カリキュラムは学科コース横断の教授科目を
編成した。社会福祉士養成教育にあっては、介護福祉士養
成カリキュラムの一部科目を介護福祉コースのみの開講
ではなく、全ての学科で取得できるようにしたことや保育
士養成カリキュラムの選択科目を柔軟に捉え、社会福祉士
養成教育に方法論の強化を目的にソーシャルワーク系の
科目を設置し、すべての学科で履修できるようにした。
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
27
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
~変革の時代に求められる保育士とは~
川 村 俶 子*
Ⅰ こども福祉コースのあゆみ
1 保育士養成コース設置の理由
2)
る。さらに、保育所の役割として「子育て支援」
では、
「保育所は、入所する子どもを保育するとと
もに、家庭や地域の様々な社会資源との連携を図
本学は、平成14(2002)年に福祉の大学として開
りながら、入所する子どもの保護者に対する支援
学した。当初4年間は、保育士養成課程のコースは
及び地域の子育て家庭に対する支援等を行う役割
なかったが、平成18(2006)年度より社会福祉学科
を担うものである」ということがあげられてい
保育コースが開設された。
る。専門職として、子育て支援に関わることの重
福祉の総合大学である本学には、児童福祉分野に
関心を持つ学生もおり、児童福祉関連施設の求人に
要性を理解させる。
⑶ 保育実習
は「保育士資格」を採用要件とし、また、社会福祉
保育資格を取得するために必要な科目に保育実
施設も「保育士資格」で採用されることが分かった。
習が義務づけられている。保育実習Ⅰ(保育所)、
そこで、在学生からの希望が高まったこともあり、
保育実習Ⅰ(施設)、保育実習Ⅱ(保育所の2回
社会福祉士の国家試験受験資格と同時に、国家資格
目)又は保育実習Ⅲ(施設の2回目)を履修する
としての「保育士資格」が取得できるように保育士
必要がある。保育士は、国が決めた教授内容を学
コースを設置することを決定した。これにより、児
び、身につけたものに与えられる資格である。以
童福祉分野のスペシャリストとして、さらに高い専
下に、厚生労働省授業内容について記す。
門性と実践力を身につけるための支援体制が整えら
保育実習Ⅰ
れることになった。その後、平成21年度の学部改組
<目標>
により総合福祉学科(4コース)に廃統合され、こ
①保育所、児童福祉施設等の役割や機能を具体的に
ども福祉コースとなった。
理解する。
②観察や子どもとのかかわりを通して、子どもへの
2 授業内容のとりくみ
理解を深める。
⑴ 今までの社会福祉関連科目に加え、保育所関連
1)
課目では、
「保育所保育指針」 に基づき、児童福
祉法に基づく児童福祉施設としての「保育所の役
割」
「保育の原理」「保育所の社会的責任」等を踏
まえ、子どもの発達の特性とその道筋を十分に理
③既習の教科の内容を踏まえ、子どもの保育及び保
護者への支援について総合的に学ぶ。
④保育の計画観察、記録及び自己評価等について具
体的に理解する。
⑤保育上の業務内容や職業倫理について具体的に学
解し、一人一人の発達過程に応じて見通しをもっ
ぶ。
て保育を行う能力を養成する。
保育実習Ⅱについては、保育実習Ⅰの経験を踏ま
⑵ 現在の社会のしくみの大きな変化の流れの中
え、子どもの保育及び保護者支援について総合的に
で、核家族化、少子化が進み、家庭や地域の子育
学ぶことを目標とする。
て力の低下が指摘される。従って、保育所では質
<実習の内容>
の高い「養護と教育」の機能が強く求められてい
①保育所の役割と機能
*総合福祉学科こども福祉コース
28
福岡医療福祉大学紀要 第11号
・保育所の一日の流れや保育所保育指針の理解と
保育の展開
て保育を試みる
③実習巡回
②子ども理解
・実習期間中に教員が実習指導を行う。
・子どもの観察とその記録による理解、発達過程
④事後指導
の理解、援助や関わり等
・実習園でのふり返り(反省会)
③保育内容・保育環境
・実習事後指導(実習評価、自己評価、日誌、反
・保育の計画に基づく保育内容、発達過程に応じ
た保育内容
省文)
・実習で気づいたことについて専門科目の学び直
・子どもの生活や遊びと保育環境、子どもの健康
し。
と安全
④保育の計画、観察、記録
こども福祉コースでは、必修専門科目の中でも、
・保育課程と指導計画の理解と活用及び記録に基
づく省察・自己評価
演習授業でピアノの練習や折り紙、絵本の読み聞か
せ、乳児保育の沐浴やミルクの調乳、離乳食作り、
⑤専門職としての保育士の役割と職業倫理
おむつ替え等々に取り組んだ。実習と直結するこれ
・保育士の業務内容、職員間の役割分担や連携、
らの授業に学生達は、意欲的に取り組み、元気でに
保育士の役割と職業倫理
ぎやかな授業風景となった。
保育実習Ⅱについては、保育所実習Ⅰの内容に加
え、養護と教育が一体となって行われる保育を展開
し、保育所の社会的役割と責任について理解する。
3)
<実習のしくみ>
3 保育士養成課程、こども福祉コースの卒業生の
進路状況
平成18(2006)年入学の保育士コースの第1期生
すべての実習は、事前学習、実習、事後学習から
は、これまでの社会福祉施設(児童養護施設・障害
成り立っている。科目としては、
「保育実習指導」と
者支援施設・知的障害児施設・知的障害者厚生施
「保育実習」がある。
設)等が主な就職先であったが、新たに「保育士資
①事前学習
格」を取得することにより、保育所(保育園)が加
・専門科目の総合的な復習
わることになった。
・実習事前授業(実習の目的、内容、日誌の書き
方、指導案作成、課題等)
第1期生が平成22年に卒業した時の就職状況は、
保育所5名、施設2名、その他1名となった。実習
・実習園のオリエンテーション
に行き、子どもとの関わりが楽しくなり、保育士の
②実習
資格が取得できたことにより地元での就職に結びつ
・見学実習…日課、子どもの様子、保育士の動き、
いたようだ。次年度卒業生からの保育所と福祉施
環境構成
設、一般企業と進路状況は別表のとおりである。今
・参加実習…保育所での一日の流れの把握、子ど
もとの関わり、保育士の補助
年度最後の卒業生も自分の希望するところに就職で
きるように支援したい。
・部分実習(設定保育)…一定の時間保育者とし
表1 年度別卒業生進路状況
単位:人
入学年度
卒業年度
保育所
施 設
平成18年度
平成21年度
5
2
一般企業
進学、その他
1
19年度
22年度
9
9
6
2
20年度
23年度
7
16
4
2
21年度
24年度
5
12
4
3
22年度
25年度
3
5
0
0
※但し、25年度は12月2日までの人数である。
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
29
15.7.30 少子化社会対策基本法制定
Ⅱ 保育士養成課程の変遷
16.12.24 子ども・子育て応援プラン策定
1 保育士養成課程見直しの経緯
4)
⑴ 概要
保育士養成課程は、昭和23年児発第105号児童家庭
局通知「保母養成施設の設置及び運営に関する研」
に示されたものに始まり、平成13年厚生告示第198号
によるまで、その間5回の改定がなされてきた。
⑵ 保育士養成課程の改定及び関連する保育関係事項
年・月・日
保育関係事項
昭和22.12.12 児童福祉法制定
23.3.31 児童福祉法施行令・児童福祉法施行規則制定
23.4.8 厚生省児童局長通知第105号
「保母養成施設の設置及び運営に関する件」
児童福祉施設最低基準制定
27.3.1 厚生省告示第33号による改定
単位制を導入…総履修単位93単位以上
37.9.26 厚生省告示第328号による改定
幼稚園教員養成課程との整合性を図るた
めに総履修単位数を93単位から73単位以
上に削減
39.4.1 幼稚園教育要項の制定・施行
40.8.6 保育所保育指針の制定・施行
45.9.30 厚生省告示第352号による改定
幼稚園教員との同時養成を容易にするため
に総履修単位を73単位から69単位以上に削減
平成1.4.1 幼稚園教育要項の改訂・施行
平成2.4.1 保育所保育指針の改訂・施行
2.11.2 中央児童福祉審議会保育対策部会に保母養
成検討小委員会設置
以後5回にわたり保母養成課程及び保母
養成の在り方について検討を行う
3.7.5 厚生省告示第121号による改定
(施行は H4.4.1)
6.5.16 児童の権利に関する条約の批准
10.4.1 改正児童福祉法施行
措置による保育所入所を情報提供に基づ
く選択に変更等
11.4.1 児童福祉法改正に伴い「保母」から「保育
士」に名称変更
11.4.1 幼稚園教育要項の改訂・施行
12.4.1 保育所保育指針の改訂・施行
12.5.24 児童虐待の防止等に関する法律制定
12.9.8 保育士養成課程等検討委員会設置
以後 H13まで6回にわたり保育指針改定
に伴う保育士養成課程を検討
13.5.23 厚生労働省告示第198号による改定(施行は
H14.4.1)
家族援助論の新設、障害児保育の必修等、
保育指針改定の内容に対応
13.11.30 児童福祉法の改正に伴い保育士資格の法定
化(施行は H15.11.29)
15.7.16 次世代育成支援対策推進法制定
18.12.22 教育基本法改正
20.2.27 新待機児童ゼロ作戦
平成20.3.28 保育所保育指針の改訂(告示化)
幼稚園教育要項の改訂
21.2.24 少子化特別部会第一次報告
21.2.27 雇児発第0227005通知「指定保育士養成施設指
定及び運営の基準について」
(改定保育士指
針の内容を考慮し、教授内容の一部を変更)
21.4.1 改定保育所指針施行
改定幼稚園教育要領施行
21.11.16 保育士養成課程等検討委員会設置
22.4.1 厚生労働省保育士養成課程等の改正
⑶ 保育所保育指針の改定経緯
昭和48年に保育所保育のガイドラインとして制定
された保育所保育指針は、平成2年、平成12年の改
定を経て、平成20年に3度目の改定が行われた。こ
の改定により、これまで局長通知から厚生労働大臣
による告示となり、保育所の役割と機能が広く社会
的に重要なものとして認められるようになった。
「保育所における保育は、養護と教育を一体的に行
うことをその特性とし、その内容については厚生労
働大臣がこれを定める」とあり、保育所保育指針の
告示化となる。(平成21年4月より施行)
全国の保育所においては、この保育所保育指針に
基づき、子どもの健康及び安全を確保しつつ、子ど
もの一日の生活や発達過程を見通し、保育の内容を
組織的・計画的に構成し、保育を実施することにな
る。つまり、保育所保育指針は、保育環境の基準(児
童福祉施設最低基準)や保育に従事する者の基準
(保育士資格)と相まって、保育所保育の質を担保す
る仕組みである。
30
福岡医療福祉大学紀要 第11号
2 変革の時代に求められる保育士
成立を受け、今後養成校に課せられる内容がさらに
⑴ 保育士とは
多様化することは明らかである。その中で、今行政
児童福祉法
の中で進められている内容をあげてみたい。
第18条の4
この法律で、保育士とは、第18条の18第1項の登録を受け、
保育士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもつて、児
童の保育及び児童の保護者に対する保育に関する指導を行
うことを業とする者をいう。
第18条の21 保育士は、保育士の信用を傷つけるような行為をしてはな
らない。
第18条の22 保育士は、正当な理由がなく、その業務に関
して知り得た人の秘密を漏らしてはならない。保育士でな
くなった後においても、同様とする。
第18条の23 保育士でない者は、保育士又はこれに紛らわ
しい名称を使用してはならない。
保育所保育指針(平成21年4月1日改定)では、
保育所における保育士は、児童福祉法第十八条の四
の規定を踏まえ、保育所の役割及び機能が適切に発
揮されるように、倫理観に裏付けられた専門的知
識、技術及び判断をもって、子どもを保育するとと
もに、子どもの保護者に対する保育に関する指導を
行うものである。このように、保育士は、子どもの
保育のみでなく、保護者の指導も行わなければなら
なくなった。保育所における保護者への支援は、保
育士等の業務であり、その専門性を生かした子育て
支援の役割は特に重要である。また、地域の子育て
家庭への支援についても積極的に取り組むことが求
められる。
⑵ 地域における子育て支援
保育所は、地域の実情や当該保育所の体制等を踏
まえ、次のような地域の保護者に対する子育て支援
を積極的に行うよう努めることが求められている。
①地域の子育て拠点としての機能
(ア)子育て家庭への保育所の開放(施設及び設
備の開放、体験保育等)
(イ)子育て等に関する相談や援助の実施
(ウ)子育て家庭の交流の場の提供及び交流の促進
(エ)地域の子育て支援に関する情報の提供
(オ)一時保育
3 変革の時代のこれからの保育養成
いま「保育」は、大きな変革の時代の中にある。
保育所保育指針の改正および保育士養成課程の改
正、さらに平成24年8月の「子ども・子育て支援法」
⑴ 待機児童解消加速化プラン 5)
①保育所待機児童の解消について
・平成24年4月1日現在の待機児童数は2万4825
人
・低年齢児(0~2歳)の待機児童は、全体の約
81.4%(2万207人)
・待 機児童がいる市町村数は、357自治体(全自
治体の20.5%)
・その中で都市部の待機児童が全体の約79.3%
②待機児童解消加速化プラン
・
「緊急集中取組期間」(平成25・26年度)
・
「取組加速期間」(平成27~29年度)で更に整備
を進める。
③緊急プロジェクト
④待機児童解消加速化プランの支援パッケージ
⑤加速化プラン事業の具体的内容
潜在保育士の復帰、保育士の処遇改善、保育士の
就業継続支援 等、保育の量拡大を支える保育士確
保施策が急がれる。
⑵ 子ども・子育て関連3法(平成24年8月成立)
趣旨と主なポイント
①3法の趣旨
保護者が子育てについて第一義的責任を有すると
いう基本的認識の下に、幼児期の学校教育・保育、
地域の子ども・子育て支援を総合的に推進
②主なポイント
・認定こども園、幼稚園、保育所を通じた共通の
給付「施設型給付」
・認定こども園制度の改善(幼保連携型認定こど
も園の改善策)
・地域の実情に応じた子ども・子育て支援(利用
者支援、地域子育て支援拠点、放課後児童クラ
ブなどの「地域子ども・子育て支援事業」)の充
実
③幼稚園教諭免許状を有する者の保育士資格取得特
例について
・認定こども園法の改正により「学校及び児童福
祉施設としての法的位置づけを持つ単一の施
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
31
設」として、新たな「幼保連携型認定こども園」
更して、保育士資格の法定化がなされた。これらの
が創設された。
半世紀以上に渡る保育士と保育士養成課程のあゆみ
・新たな「幼保連携型認定こども園」は、学校教
育と保育を一体的に提供する施設であるため、
をまとめてみた。
本学の保育士養成期間は、わずかな年数ではある
その職員である「保育教諭」については「幼稚
が、
「保育士」の資格を取得した卒業生は、現在、児
園免許状」と「保育士資格」の両方の免許、資
童福祉施設で多数活躍している。これからも保育者
格を有していることを原則としている。
として、保育現場での使命を果たして欲しいと願
・改定認定こども園法では、施行後5年間は、
「幼
う。
稚園免許状」または「保育士資格」のいずれか
を有していれば、
「保育教諭」となることができ
るとする経過措置を設けている。
引用文献
1)
「保育所保育指針」
平成20年告示
2)「保育所保育指針」解説書 厚生労働省編 平成20年5月
3)吉田眞理編(2012)
「保育実習」p16
Ⅲ おわりに
昭和22年児童福祉法が制定され、保育士養成課程
の改定経過の中で、
「保母」から「保育士」に名称変
4)第1回保育士養成課程等検討会(平成21年11月)資料4
5)平成25年度全国保育士養成協議会「総会」 平成25年6
月8日行政説明資料
32
福岡医療福祉大学紀要 第11号
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察
33
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
エンカウンター ・ グループにおける
エクササイズに関する一考察
三 浦 直 樹*
A study of the exercises on Encounter Groups
Naoki MIURA*
Abstract
The purpose of this study was consideration to the exercises on Encounter Groups. First, two exercises were
proposed. A “Docchi talk” was the exercise as which the participants chose out of two choices and discussed by
what made the same selection. Similarly, they picked from three choices in a “Santaku talk”. Secondly, these
exercises were considered, and it was suggested that these exercises were useful for understanding each other and
having a safe feeling.
Key words: the exercises on Encounter Groups, Docchi talk, Santaku talk, a safe feeling
エクササイズ/どっちトーク/サンタクトーク/心理的安全感
(Bulletin of Fukuoka University of Health and Social Welfare, 11: 33-39, 2014)
問 題
エンカウンター・グループ(Encounter Group;以
下、EG と略記)は、パーソン・センタード・アプ
うな内容)は、参加者(メンバー)同士の流れに任
せる「ベーシック・エンカウンター・グループ」と
呼ばれるタイプ(以下、非構成的 EG と略記)に、
区分されてきた。
ローチ(Person Centered Approach;以下、PCA と略
ところが、最近では、その両方のタイプを統合し
記)を基盤とした、個人の成長促進や人間関係形成
た「 半 構 成 方 式 」( 森 園・ 野 島、2006) や、 村 山
のためのグループ体験のことであり、近年では、お
(2006)を中心として、構成・非構成という二分法に
もに小・中・高等学校や専門学校、大学等の教育領
よらない「PCA グループ」の提案がなされてきてい
域において実施されてきている(e.g. 伊藤・工藤、
る。なお、PCA グループを実践する際に大切にして
2012;鎌田、2001;白井、2011)。従来から、EG は
いる視点として、村山(2008)は、①はじめに個人
その実施形態によって、大きく2つに分けられてお
ありき、②所属感の尊重:その人なりの「繋がり方」
り、一つは、エクササイズという内容でプログラム
「参加の仕方」を大切にする、③「バラバラで一緒」
をあらかじめ構成した「構成的エンカウンター・グ
「一人ひとりで一緒」、④心理的安全感の醸成:一人
ループ」
(野島、2000)または「構成的グループ・エ
ひとりの心理的スペースの確保、⑤ワークショップ
ンカウンター」
(國分、1981)と呼ばれるタイプ(以
全体期間と場をコミュニティと認識する、⑥ありの
下、構成的 EG と略記)であり、もう一つは、時間・
ままでいられる自分の強調、⑦メンバー企画セッ
場所・参加者については予め決めておくが、それ以
ション(お任せセッション)の組み入れ、という7
外の内容(例えば、グループで何をするかというよ
つを挙げている。
*臨床福祉心理学科
34
福岡医療福祉大学紀要 第11号
さらに、PCA グループでは、それぞれのニーズに
充実感を体験できる非構成的 EG を実施していた
応じたプログラム構成とし、状況に応じて臨機応変
が、看護学校の必修授業で非構成的 EG は「難しい
に対応することが提案されている。鎌田ら(2004)
といわざるを得ない」と感じて、その内容を構成的
によれば、
「PCA には『心理的安全感・自己主体
EG へ切り替えた。しかし、それは「不全感が残る
性・対等性』などのキーコンセプトは含まれるが、
もの」で、
「構成的 EG がどうしても作為的で表面的
そこには非構成法やコミュニティ・ミーティングと
な変化を教育しているだけに過ぎないのではないか
いった形式的な技法の発想はない。つまり、EG に
と思わざるを得なかった」として、学生に合致した
おいては、実施背景や目的、またはプロセスに応じ
独自のエクササイズを開発し、その詳細を説明して
てその場その場で何をすべきかを常に考えていくこ
いる。このように、EG の実施者が、既存のエクサ
とが重要であり、実際には、場面や状況に応じて上
サイズを使用しながらも、それぞれの参加者にあっ
述したようなキーコンセプトをどのように活かすこ
た形にアレンジをしたり、時にはオリジナルで開発
とができるかが大切である」と述べている。つまり、
したりするなど、エクササイズの検討を重ねていく
最初から、構成的 EG と非構成的 EG のどちらかを
ことが、今後の EG 発展のためにも必要であると考
決めるのではなく、求められるニーズや参加者の状
えられる。
況に応じて、グループを実施するというものであ
そこで、本稿では、筆者が実施したエクササイズ
る。このことは、PCA グループの実施者は、状況に
を2つ提示した後、この EG における参加者のアン
応じて構成・非構成を柔軟に適用するために、構成
ケートをもとに、エクササイズに関して考察するこ
的 EG で実施されるようなプログラム内容について
とを目的とする。
も、準備しておく必要があることを意味するだろ
う。
一方、國分(1996)を中心に「構成的グループ・
方 法
エンカウンター」の「エクササイズ」は、いろいろ
参加者数:Z 看護専門学校1年次生42名(男性10
と提案されている。エクササイズとは、EG の「ね
名、女性32名)、2年次生36名(男性6名、女性30
らいを達成するために用意された課題のこと」(岡
名)である。
田、1996)であり、1)自己理解・2)他者理解・
3)自己受容・4)自己主張・5)信頼体験・6)
感受性の促進、という6種類の「ねらい」
(目的)に
実施時期:20XY 年4月(1年次生)および11月
(2年次生)。
講義概要:Z 看護専門学校における「人間関係論」
応じて選択されるものであると言われている。構成
の授業で、筆者がファシリテーター(講師)を担当
的 EG においては、これらのエクササイズは、あら
した。この授業は、1年次・2年次に、それぞれ3
かじめ準備され、その組み合わせによってプログラ
日間の日程で開講される集中講義であり、学校から
ムが作られている。つまり、エクササイズやその組
EG の実施を依頼されている。
み合わせによるプログラム構成の出来が、EG の効
1年次の授業は、入学直後の4月に実施され、人
果を左右するともいえ、エクササイズ自体の検討が
間関係の形成を図り、学校生活が円滑にスタートで
必要となることが伺える。このことについては、野
きるようになることを目的としている。2年次の授
島(2000)が、構成的 EG における「エクササイズ・
業は、実習終了直後の11月に実施され、実習期間中
プログラム研究では、どのようなエクササイズ・プ
の体験を整理するとともに、試験に向けた雰囲気づ
ログラムが、どのような状態の、どのような人に、
くりを目的としており、鎌田ら(2004)に挙げられ
どのような点で、最も有効であるかを明らかにして
ている事例(12月実施)に類似した背景を持ってい
いく必要がある」と指摘している。
るといえる。
この方向性での研究の一例としては、窪内(2009)
なお、筆者のほかにコ・ファシリテーターとし
が、看護学生を対象とした11年間にわたる研修型
て、4月(1年次生)実施時は2名、11月(2年次
EG の取り組みを総括したものが挙げられる。自身
生)実施時は4名のスタッフが参加した。
の EG 体験から、当初3年間は自己理解の深まりと
分析対象:基本的に、1セッション90分の時間単
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察
35
位で、各日3セッション(午前1セッション、午後
ルールを設定したことである。まず日頃の人間関係
2セッション)の構成であったが、今回は、以下に
では、他者の意見に「でも」で始まるような否定を
提示するエクササイズを実施したセッションのみを
したり、冗談のようにして茶化したりけなしたりす
分析対象とし、各セッション後に参加者に記入して
ることが多いことを指摘した上で、今回のエクササ
もらったアンケートの記述内容をもとに検討する。
イズでは、
「同じ選択肢を選んだ“仲間”ということ
を念頭において、他者の発言には『そうだよね~』
実施概要(結果と考察)
と頷いて聴く」ことが必要であり、エクササイズの
主旨であることを、丁寧に説明した。また、3択の
本稿では、筆者が実施した「どっちトーク」と「サ
選択肢の「どれでもない」場合や、エクササイズに
ンタクトーク」というエクササイズを取り上げる。
参加したくない場合には、席に座ったままでも良
このエクササイズは、「ねえ、どっちがいい」(二者
い、ということも伝えている。
択一)
(國分、1999)というエクササイズがベースに
以下、「どっちトーク」および「サンタクトーク」
なっているとも言えるが、今回は、選択した後の話
の参加者のアンケートの記述をもとに、今回のエク
し合い(トーク)を重視したため、エクササイズ名
ササイズの特徴を述べる(以下、
「どっち」は、どっ
に「トーク」を入れており、その前に、2択はどち
ちトーク、「サンタク」は、サンタクトークのアン
らかを選ぶという意味で「どっち」、3択はそのまま
ケート記述である)。
「サンタク」をつけて命名した。前述の通り、Z 看護
専門学校生は1年次と2年次に、2回 EG を体験す
1.スモールグループでの話し合いの良さ
ることになるため、構成に変化をもたせる意味もあ
参加者が選択した後、1グループに3~4名のス
り、1年次に「どっちトーク」を、2年次に「サン
モールグループに分かれての話し合いとなるが、こ
タクトーク」を実施することにした。
の時、できるだけ「話したことがない人」と組むよ
「どっちトーク」では、ある「お題」と「A か B
うに指示している。これまで実施してきた経験上、
か?」の2択による選択肢が提示される。参加者は
5名以上になると、緊張したり時間的に話せなく
それらの選択肢のうち、より自分の好みや気持ちに
なったりすることが多く、また、顔見知りでは新し
あてはまる方をどちらか一つ(心の中で)選び、
「さ
い発見や交流が薄くなると考えられるからである。
あ、どっち?」というファシリテーターの合図とと
感想にも、
「全員の前だと緊張してしまうけど、小
もに、部屋の左右(例えば、A は左側、B は右側)
さいグループになって意見を言い合うと、思い思い
に移動する。そして、同じ回答(選択肢)の参加者
の意見が出たと思います」(どっち)というものや、
同士で、3~4人のスモールグループを作り、1人
「最初は『仲の良い友達と一緒のところへ行こう』と
あたりの持ち時間(約2~3分)を決めて、各自が
思っていましたが、だんだんとセッションをしてい
自身の選択理由を話す。持ち時間が余ったときに
くうちに、『まだ話したことが無い人のところへ行
は、他のメンバーが質問をする。スモールグループ
こう』と思うようになっていて、とても楽しめまし
での話し合いが終わったら、ファシリテーターがマ
た」(どっち)、
「この人と話したい、と、いつも思っ
イクを各メンバーに向けながら、フロア全体(参加
ていたものの、なかなか勇気が出ない部分がありま
者全員)で、出された意見を共有していく。
した。今回、バラバラのグループを作るというルー
「サンタクトーク」は、前述した「どっちトーク」
ルがあることで、自然と他の人と話すことができま
の3択バージョンである。選択肢が3つになること
した。ルールがあることで、新たに一歩、進むこと
で、より自分の好みや気持ちに近いものを吟味して
ができました」(どっち)等のように、スモールグ
選択できるようになると思われる。なお、
「どっち
ループでの話し合いを評価したものが多い。
トーク」の実施経験をもとに、実習終了直後の2年
次の11月に実施される EG におけるエクササイズと
2.選択肢があることによる「気づき」
いう事情を考慮し、いくつかの「配慮」を行ってい
ある「お題」に対して、選択肢が用意されている
る。その一つが、
「否定しない、けなさない」という
が、これを「選ばなければならない」立場に置かれ
36
福岡医療福祉大学紀要 第11号
た際に、改めて、自分自身の好みや気持ちを知ると
が不快に感じない。また、あいづち、返答だけで、
いうことが起こる。これについては、
「どちらかと言
こんなに気持ちが変わるんだと知った。否定され
われると選べるんですけど、理由を聞かれると、な
ず、ほっと安心する気持ちだった」、
「自分の意見は、
かなかわからなくて、自分のことを理解していない
おかしいかなと思っていたけれど、メンバーがうな
なと感じた」
(どっち)という感想が見られた。
ずいてくれたり、共感してくれたりしたので、意見
また、
「意外な人が一緒のものを選択していたり、
理由を言っているのを聞き、知らない面がまだま
だ、たくさんあると思った」
(サンタク)というよう
をしっかり言えることができた」
(サンタク)といっ
たものがある。
また、このルールを設定したことによる「気づき」
に、選択肢があることで、自分の持っていた他者イ
もあった。例えば、
「今回のトークをする際に、規則
メージとのギャップによる気づきも起こってくる。
として『否定してはいけない』を守らなければなら
さらに話をすることで、
「今までに持っていた印象
なかったので話しづらく、普段、どれだけ自分が他
が、がらりと変わった人が、何人もいて、とてもい
人を否定しているのかに気づくことができた」(サ
い時間を過ごしました」
(どっち)という感想にも表
ンタク)や、
「相手の意見を聞き、受け入れることが
れているように、他者の意外な一面を知ることにも
できた。否定しないという事が、すごく良いなと思
つながっていく。
えた。他人の意見を受け入れる事が、こんなに落ち
着いてできるものなのだと感じた。初めて会ったと
3.同じ選択肢を選んだ“仲間”という「安心感」
きは、お互いに正・負の感情なく、つきあえていた
エクササイズを始める前に教示しているが、同じ
のに、長い時間を過ごすうちにグループができ、受
選択肢を選んだ“仲間”という共通性や類似性によ
け入れることができなくなっていた。心が知らずに
る安心感が生じることも特徴の一つである。例え
悲鳴をあげていたのだと気づいた。受け入れるだけ
ば、
「同じ意見の人と話し合えて、共感できた時、少
で、こんなに楽になるのなら、これからも続けてい
しの安心感が生まれたように思いました」(どっち)
けるような気がする」(サンタク)、「自分が臆病に
や、
「自分と同じ考えの人がいると思うと安心でき
なっていることを感じた。グループ内で、つっこみ
た」
(サンタク)という感想に表れている。
や批判をしないという前提だったので、安心して
また、
「何度もどっちトークを繰り返すことで、似
トークができた。チームで自分を受け入れてもらう
たような顔ぶれになり、すごく気が合いそうだ、と
ことは、とても心が弾んでくることが実感できた。
感じた」や、
「クラスメイトと一緒にいて安心した。
このクラスの人と、もっとゆっくり話をしてみたい
学校で密な関係になり、好きな所も嫌いな所もある
と思った」
(サンタク)というように、日頃の人間関
が、全部含めて皆が好きだと感じた」
(サンタク)と
係につながるような感想が見られた。
いうように、今回のエクササイズを経験したこと
で、今後の日常における人間関係の捉え方にも変化
5.(自分と異なる)他者の意見を尊重できる「受
が生じることをうかがわせるような感想も見られ
容」や「気づき」
た。
上記のような、自分が他者から受け入れられると
いう安心感をもとにして、自分とは異なる他者の意
4.
「否定しない、けなさない」ルールによる「安心
見も尊重し、受容できるようになってくると考えら
感」
(心理的安全感)
れる。前々項の同じ選択肢を選んだという共通性や
今回は「サンタクトーク」の際に「否定しない、
類似性とは“逆”になるものの、
「同意見のグループ
けなさない」ことをルールとして教示したが、これ
の中でも理由が違うことに驚いた。真剣に話を聞
により、傷つき体験を防止して、発言の安全を保障
き、相手の考えを理解しようとしていた」(どっち)
することになるため、安心感、つまりは、心理的安
や「3択問題で、理由を聞いて、そんな考え方もあ
全感に繋がったと思われる。感想を挙げると、
「サン
るんだ、と新たな発見になった。皆、ちがっていて
タクトークでは、相手の意見について否定せず『そ
楽しいと感じた。自分と考えが違う友人の意見をワ
うだよねー』と共感的態度で接することで、お互い
クワクして聞いた」
(サンタク)といった感想があっ
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察
37
た。このことは、
「それぞれの意見を聞いて『なるほ
もおもしろかったです。二択って極端ですが、人間
ど』と思ったりして、みんなのことが、なんとなく
性をちゃんと出せるトークの時間に、とても楽しさ
だけど、わかってきたような気がする」
(どっち)と
や、いい意味でのドキドキを味わえました」(どっ
いうように、自分と異なる意見を尊重することで、
ち)というように、話し合うことで、それぞれの価
他者理解につながることがうかがえた。
値観、表現の類似性や違いに気づくことができる。
さらに、
「自分と違う意見を楽しんでいた。皆、そ
れぞれ見方、感じ方が違うのだから、何かをする時
そして、それは他者理解につながり、ひいては、自
己理解につながっていくと考えられる。
に意見が合わないのは当然だと感じた」(サンタク)
さて、エクササイズ体験が参加者にとって「良
や、
「選んだ理由をみんなに聞いてみると、
『ふーん、
かった」ことがわかるのは、
「またしたい」や「もっ
そうか、そんな理由もあるよね』と素直に聞けてい
としたい」という感想であろう。
「初めての人とも話
た。今日みたいに、まずは、相手の意見を、頭を真っ
せて、とてもいい『どっちトーク』だった。同じ意
白にして、何も考えず聴いてみようと思った。みん
見での考え方とか違って、とてもおもしろかったで
な考えが違ってよい。みんな一緒だったら、おもし
す! この『どっちトーク』は、また、したいなと思
ろくないし、何より新しい発見もできないじゃない
いました」や「もう少しサンタクトークをして、い
だろうかとも思った」
(サンタク)という気づきも見
ろいろなメンバーと関わりたかった。このような機
られた。
会があって、普段話さない方とも話もできて、
『もっ
と話したい』と思ったので、これをきっかけに、
6.自己主張も必要という「気づき」
他者理解し尊重できるようになると、自分の意見
色々な方と話したい」というように、話すことへの
意欲が生じたと思われる感想も見られた。
も尊重できるようになると思われる。例えば、
「相手
一方で、
「いろいろな意見が出るものの、まだお互
を思うのも大事だけど、自分の意見も伝えることが
いに気を使い合っている、なんともいえない雰囲気
大事だと分かった」
(どっち)という感想をはじめと
もあり、少し疲れました。セッション内容はおもし
し、
「少し、周りの意見に流されやすいので、自分の
ろかったのですが、まだまだ表面的に合わせあって
意見を持って、相手に伝えないといけないな、と思
いる感じがします」
(サンタク)と冷静に見ている参
いました」
(どっち)や「相手を否定せず、皆がどん
加者もいた。この参加者は2年生であり、前述した
どん自分の意見を言って、色をつけていけるように
ように、長い時間を共に過ごす中で、さまざまな関
なったら素敵だなと思う」
(サンタク)というよう
係性をすでに持っている。わずか3日間の集中講義
に、他者を尊重しながら自己主張できるようにな
による EG のエクササイズくらいでは、構築された
る、つまり、他者も自分も大切にできるようになっ
関係性を変化させることに限界があることは否めな
てくると考えられる。
いだろう。しかし、日頃の関係性では他者に受容さ
このエクササイズを体験したことにより、
「なか
れるという経験も少ないことが想像される現状にお
なか自分の意見を言うのは苦手でしたが、すらすら
いては、表面的であれ、他者と共にいて安心を感じ
と自分が思っていることを言えたことに、びっくり
たり、他者や自己を受容できたりという体験をする
しました」
(どっち)といったように、新たな自分の
ことは、掛け替えのない経験になると思われる。
一面にも気づけたという感想も見られた。このこと
なお、今回の「サンタクトーク」では、さまざま
から、安心感がある中では自己主張できるようにな
な「お題」の中で、“変り種”として、「もしも、あ
ることがうかがえた。
なたが信号機になったとしたら、青・黄・赤のどれ
になりたいですか?」という設問を取り入れた。深
7.話し合うこと(トーク)の大切さ
今回提示した2つのエクササイズには、どちらも
刻な内容ではなく、誰もがイメージしやすいテーマ
を取り上げることで、拒否感も薄らぐと思われるか
「トーク」という言葉を名称に入れている。それは、
らである。これについては、「信号機の黄色の人が
話し合うことの大切さを考慮してのことである。例
『センターですよ! 見てください』と発表したと
えば、
「いろんな価値観や表現の仕方があって、とて
き、おもしろいなぁと思った。自然に笑えて、楽し
38
福岡医療福祉大学紀要 第11号
いと感じた」
(サンタク)というように、ある参加者
が、アイドルグループの中央に立つ主役(センター)
と掛けて発表したことで、その場が盛り上がったこ
①
選 択 肢 $
そうだ
第 2 象限
第 1 象限
③
とへの好意的な反応が見られた。さらには、
「普段は
何も考えず見ている信号機だけど、それになりきっ
たことにより、少し、ありがたさを感じた。人の気
持ちになることで、相手のことを少し感じ取ること
ができると思った」
(サンタク)というように、今回
の「お題」で擬人化して考える体験を通して、あり
⑤
選 択 肢 %
0
ちがう
そうだ
(どちらでもない)
がたさや相手の立場から共感的に理解するというこ
②
とに思慮が及んだような感想も見られた。つまり、
今回のエクササイズ体験を通して、さまざまな「気
づき」や、自己や他者の理解が生じたといえるだろ
う。
総合考察
④
第 3 象限
第 4 象限
ちがう
図1 「どっちトーク」における選択時の葛藤イメージ図
本稿の目的は、筆者が実施した EG のエクササイ
という二重の接近-回避型の葛藤状態(⑤)も同様
ズに関して、参加者のアンケート記述をもとに検討
である。つまり、第2象限と第4象限に入る場合に
することであった。ここでは、
「どっちトーク」を主
は葛藤が生じにくいが、第1象限と第3象限の場合
として、さらなる考察を加えたい。
で、特に斜点線に近いほど葛藤状態になると考えら
これまで述べてきたように、今回取り上げたどち
れる。このとき、参加者は「どちらでもない」や「わ
らのエクササイズも、スモールグループでの話し合
からない」という反応で、エクササイズへの抵抗感
いを重視し、さらに、傷つき体験を防止するように
が生じてくる場合があると思われる。実際、今回の
配慮している。そのため、安心感が生じ、自己受
EG において、数名は、そのような反応をし、どち
容・他者受容、そして、自己理解・他者理解につな
らかに分かれずに席に座ったままということがあっ
がるような体験ができたものと思われる。このこと
た。もちろん、体調不良や何らかの理由で参加意欲
は、心理的安全感の醸成や、所属感の尊重(その人
に乏しい可能性も考えられるが、今回の EG では、
なりの「繋がり方」
「参加の仕方」を大切にする)、
コ・ファシリテーター(スタッフ)が個別に確認す
バラバラで一緒、という村山(2008)による PCA グ
ると、葛藤状態で選択できない様子であった。そこ
ループの視点とも重複するところがあるだろう。
で、「どっちトーク」の場合には、「A か、B か」と
しかし、提示された選択肢を「選ぶ」という行為
いう2択の選択肢を提示するものの、どうしても選
は、場合によっては葛藤を生じさせると考えられ
べない場合は、
「どちらでもない」を加えた実質3択
る。
「どっちトーク」における選択時の葛藤イメージ
に、「サンタクトーク」の場合も同様に、「どれでも
を図1に示す。
ない」を加えた実質4択にする必要があるかもしれ
参加者にとって、選択肢 A と選択肢 B のどちらか
ない。そうすることで、より抵抗感なく、エクササ
一方を「そうだ」と思い、他方を「ちがう」と感じ
イズに参加することが可能となり、心理的安全感の
ている場合には、葛藤は生じず、比較的簡単に、選
醸成(村山、2008)にも繋がると考えられる。
択することができるだろう(図中の①および②)。し
なお、今回は、選択肢のある話し合い(トーク)
かし、A も B も、どちらも同程度に「そうだ」と思
のエクササイズに焦点を当てて考察したが、エクサ
う場合(③)や、どちらも「ちがう」という場合
サイズは多様であり、他のエクササイズについて
(④)には、接近-接近型の葛藤や、回避-回避型の
も、特徴と効果を検討していく必要がある。しかし
葛藤状態となるだろう。さらに、「どちらでもない」
ながら、ここで重要なのは、村山(2006)も指摘す
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察
るように、
「何のためにグループやエクササイズを
実施するのか」という目的を常に問い続けることで
あろう。そのことが念頭になければ、単なるエクサ
サイズの技法論に終始しかねないだろう。
また、今回のアンケートに見られたように、参加
者はエクササイズによって新たな「気づき」を得て
いる。増田(2010)が、EG 体験によって「その個
人の“内的枠組みの柔軟化・拡大化”をもたらす」
ことを、EG に秘められた可能性として挙げている
39
変化・対人不安の軽減・共感の増大― 人間性心理学研
究,19(2)
,82-92.
鎌田道彦(2007)
.
「PCA Group 基本的視点」に基づく看護学
校のニーズに応じたエンカウンター・グループの展開,
―クラスへの適応と臨床心理学的態度の促進― 人間性
心理学研究,25(2)
,87-100(165-178)
.
鎌田道彦・本山智敬・村山正治(2004)
.学校現場における
PCA Group 基本的視点の提案 非構成法・構成法にとら
われないアプローチ,心理臨床学研究,22
(4)
,429-440.
國分康孝(1981)
.エンカウンター―心とこころのふれあい,
誠信書房.
ように、エクササイズや EG 体験によって何がもた
國分康孝(1996).エンカウンターで学級が変わる 小学校
らされたか、についても考慮することが必要と思わ
編 グループ体験を生かした楽しい学級づくり,図書文
れる。もちろん、エクササイズは、それ単独ではな
く、全体のプログラムの構成の位置づけも関係して
おり、教示の仕方によって、参加者にとっての意味
づけや効果に違いが生じることが予想される。その
ため、エクササイズのみならず、EG におけるさま
ざまな体験についても、さらなる検討が必要と言え
るだろう。
化社.
國分康孝(1999)
.エンカウンターで学級が変わる ショート
エクササイズ集,図書文化社.
窪 内 節 子(2009). 看 護 学 生 の た め の 研 修 型 エ ン カ ウ ン
ター・グループの試み:学生の状態により適応的なグ
ループ・プログラムを提供するために,山梨英和大学紀
要,7,1-14.
増田 實(2010)
.エンカウンター・グループ実践の立場か
ら,人間性心理学研究,28(1)
,3-9.
村山正治(2006)
.エンカウンター・グループにおける「非
謝辞
本稿を執筆するにあたり、本稿で筆者がグループ
を実施した当時の Z 看護専門学校の「人間関係論」
受講生の皆様には、心より御礼申し上げます。また、
筆者と同行したスタッフには、グループ実施前の長
時間に及ぶエクササイズの検討を含め、多大なる支
援をいただいたことに、感謝いたします。
引用文献
伊藤嘉奈子・工藤吉猛(2012).高等学校の新入生オリエン
テーションにおける構成的グループ・エンカウンター
の実践的研究,鎌倉女子大学紀要,19,61-69.
鎌田道彦(2001).入学初期に必修授業として実施したエン
カウンター・グループの効果の検討,―自己像の肯定的
構成・構成」を統合した「PCA -グループ」の展開 ―
その仮説と理論の明確化のこころみ―,人間性心理学研
究,24(1)
,1-9.
村山正治(2008)
.PCA グループの試みと実践を中心に,人
間性心理学研究,26(1)
,9-16.
森園絵里奈・野島一彦(2006)
.
「半構成方式」による研修型
エンカウンター・グループの試み,心理臨床学研究,24
(3)
,257-268.
岡田 弘(1996)
.新しい指導法の提案 構成的グループ・エ
ンカウンターの特徴と必要性,國分康孝(監修)
,エンカ
ウンターで学級が変わる 小学校編 グループ体験を生
かした楽しい学級づくり,図書文化社,pp.16-17.
白井祐浩(2011):適応モデルとは異なる視点の集団形成の
可能性 ―PCA グループの実践による多様性の視点から
見た集団形成―,人間性心理学研究,29(1)
,25-35.
40
福岡医療福祉大学紀要 第11号
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
41
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
―サービス付き高齢者向け住宅の利用限度と今後の課題―
井 上 伸 明*
The Future Issues caused by the Aging of the Residence
Environment Maintenance (Vol.4)
―The Future Issues and a Limit of the use of the Old-Person Residence with the Supportive Services―
Nobuaki INOUE*
Abstract
The registration system of “the old-parson residence with the supportive services” was carried out, and about
one year and a half passed. This system was founded by the cooperation of “the Ministry of Land, Infrastructure,
Transport and Tourism” and “the Ministry of Health, Labor and Welfare”. After that, the number of registration
was 114,315 houses at June, 2013. But, the system of “the old-parson residence with the supportive services” was
established recently. There are some users who don’t understand contents of use fully for such a reason.
This paper is a report about the future issues and a limit of the use of the old-person residence with the
supportive services. And, a subject in the future plan for the promotion was examined, too.
Key words: ‌the old-person residence with the supportive services, the old-person household, the accidents inside the
residence of the old-person
(Bulletin of Fukuoka University of Health and Social Welfare, 11: 41-50, 2014)
入所待機者が約42万人という状況の中、高齢者世帯
Ⅰ.はじめに
における在宅生活の限界を高める効果を期待したも
2011年4月「高齢者住まい法」の一部改正により
のである。また位置づけは、
「高齢者単身・夫婦世帯
創設されたサービス付き高齢者向け住宅の登録制度
が安心して居住できる賃貸住宅 2)」である。しかし、
が開始され一年半が過ぎた。国は、2020年までに60
義務付けられているサービスは、状況把握(安否確
万戸を整備する計画である。登録戸数は、2011年10
認)サービスと入居者への生活相談サービスだけで
月 の 施 行 よ り 順 調 に 伸 び、2013年 6 月 末 時 点 で
ある。基本は「住宅」の扱いのため、要介護状態に
1)
114,315戸に達している 。この背景には、供給促進
なった場合は、介護保険制度による介護サービスを
を目的に民間事業者に対して、建設費や税制面さら
利用することになる。介護度が低い場合は、介護
に融資条件の緩和など、多くの支援策を講じた福祉
サービスとの併用である程度自立した生活が可能で
事業への参入の促しがある。
あるが、介護度が高くなればサービス付き高齢者向
サービス付き高齢者向け住宅の創設の目的は、高
け住宅のサービス内容によっては、介護施設への転
齢者のみ世帯の急速な増加や特別養護老人ホームの
居を余儀なくされることが予想される。だが、前述
*総合福祉学科社会福祉コース
42
福岡医療福祉大学紀要 第11号
1.登録戸数の推移
したように現状においても特別養護老人ホームへの
入所は難しい状況にある。サービス付き高齢者向け
「高齢者住まい法」の一部改正案が2011年4月に
住宅の運用は制度化されて間もないため、住居の内
成立し、高齢者向け住宅施策として、サービス付き
容や身体機能低下による将来的なサービスなど、詳
高齢者向け住宅の登録制度が創設された。この省令
細な把握ができていないまま入居している例も少な
は、2011年10月20日から施行され、サービス付き高
くない。高齢者世帯の今後の生活拠点として期待さ
齢者向け住宅の登録が開始された。開始された2011
れているサービス付き高齢者向け住宅を選択する際
年末の登録合計は、わずか3,448戸であった。しか
には、特に将来の身体機能特性を十分考慮すること
し、2012年上半期の登録合計は47,937戸と急速な伸
が重要である。
びを示した。そして下半期の合計は41,185戸で、上
本稿は、今後の新たな住宅系サービスとして創設
半期比の85.9%とやや下回るが、年間の登録合計は
されたサービス付き高齢者向け住宅の利用限度を、
順調に伸びている。これは、前述したように行政の
身体機能と住環境の面より明らかにし、今後の整備
補助金や融資制度による支援・税制面での優遇措置
促進における課題について検討するものである。
等が後押しになっていると思われる。さらに2013年
6月末時点では登録累計が114,315戸に達している。
登録が開始されて一年半の状況をみれば、今後10年
Ⅱ.サービス付き高齢者向け住宅の現状
間で60万戸の供給を目指している国の計画は思惑通
サービス付き高齢者向け住宅は、都道府県・政令
りに進んでいるように思われる。しかし、2013年に
市・中核市の長に登録する制度である。登録情報
入り上半期の登録合計は、25,193戸にとどまり、前
は、
「サービス付き高齢者向け住宅登録情報提供シ
年の下半期比61.2%に減少している。また、2013年
ステム」で一括管理されている。今回の統計データ
の登録状況をみてみると、第一四半期の登録合計は
については、上記システムの2013年6月末時点の最
20,117戸で第二四半期は5,076戸と、第一四半期の
新データを使用した。
25.2%にとどまっている。
(図1)サービス付き高齢
(棟)
棟数
4,000
上半期
47,937戸
3,500
下半期
41,185戸
上半期比
(85.9%)
3,000
(戸)
上半期
25,193戸
下半期比
(61.2%)
戸数
120,000
100,000
80,000
2,500
5,076戸
四半期比
(25.2%)
2,000
20,117戸
1,500
60,000
40,000
1,000
20,000
500
-
11
(2011)
12
1
(2012)
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
1
(2013)
2
3
4
5
6
サービス付き高齢者向け住宅情報提供システム 2013年6月末時点の統計より作成
図1 サービス付高齢者向け住宅の登録状況
(月)
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
者向け住宅の登録制度は始まったばかりであるが、
2012年の急速な伸びに比べ、2年目を迎えた2013年
43
③住宅の規模(専用部分の床面積 n=109,175)
住宅戸数(2013年3月末時点の物件数 n=3,391)
の減少傾向には、企業等が期待している福祉ビジネ
では、
「10戸以上20戸未満(23.2%)」
「20戸以上30戸
スへの懸念が表れているようにも思われる。だが、
未満(22.9%)」
「30戸以上40戸未満(19.2%)」が多
今までの高齢者向け住宅と異なる点は、国土交通省
く、50戸未満の割合が全体の約80%を占めている。
と厚生労働省の共管による制度であり、今後各自治
また、80戸以上の大規模住宅の割合は、約3.5%に留
体で本格的に取り組んでいく地域包括ケアシステム
まっている。サービス付き高齢者向け住宅は、入居
の柱としての位置づけをなしている。
者数に対する人員基準はないが、サービス基準とし
て絶対条件である状況把握・生活相談サービスにお
2.運営母体と住宅の規模
ける最小限の人員は必要である。大規模住宅の場合
①運営法人等種別(n=3,142)
は、多様なニーズを抱えた利用者が想定されるた
運営法人等の種別については、全国の登録合計
め、支援スタッフの専門性や人員の問題等により中
3,142件のうち、株式会社が1,749件で全体の55.7%
規模以下での運営が大部分を占めていると思われ
を占めている。有限会社は437件で全体の13.9%であ
る。次に住宅の専用部分の床面積については、18㎡
り、株式会社と有限会社の企業系で全体の約70%を
以上25㎡未満が80,010戸で全体の73.2%で、40㎡未
占めている。また、医療法人が14.6%、社会福祉法
満の累計は104,375戸で全体の約95%を占めている
人が7.5%となっており、運営母体は企業系と医療・
(図2)。すまいづくりまちづくり連合会「サービス
福祉系法人で全体の約92%の割合となっている。
1)
付き高齢者向け住宅」登録事務局 の統計結果によ
(図2)NPO 法人・個人・その他については、従来
ると、2013年3月末時点で登録されている全住宅の
の高齢者向け住宅であった「高齢者円滑入居賃貸住
専用部分の平均床面積は22.5㎡となっている。この
宅」
、
「高齢者専用賃貸住宅」、「高齢者向け優良賃貸
面積は、約13.6畳の広さに相当する。サービス付き
住宅」および「有料老人ホーム」からの参入が含ま
高齢者向け住宅の一戸あたりの床面積は原則25㎡
れている。企業系の参入は、2012年になって急速に
(単身者の最低居住面積水準)以上であるが、食堂や
伸びており、これは高齢者等居住安定化推進事業の
浴室を共同空間に設ける場合は18㎡以上の面積基準
予算(建設・改修費の補助金)を、2011年度は325億
となっている。この結果をみると、現状は“集合住
円、2012年度は355億円と、民間企業からの供給促
宅”というより“高齢者を対象にした個室付きの下
進策を明確に打ち出し新たな福祉ビジネスへの参入
宿”のような要素を前面に出している物件が多いよ
を促したのも大きな要因になっていると思われる。
うに思われる。
②運営業種別(n=3,069)
3.サービス提供と併設施設
運営業種別では、介護系事業者が1,951件で全体の
①サービス内容(n=3,391)
63.9%を占めている。医療系事業者は495件で16.1%
サービス内容については、状況把握(安否確認)・
となっており、介護・医療系事業者が全体の約80%
生活相談サービスの基本サービス以外は次の結果と
を占めている。不動産・建設業・ハウスメーカーの
なっている。食事の提供サービスは、3,218件で全体
建設系事業者は、全体の約12%の割合となってい
の94.9%とほぼ全物件で提供されている。また、健
る。
(図2)建設系事業者の参入が比較的少ないの
康維持サービス(60.8%)、調理等の家事サービス
は、医療・福祉関係の運営ノウハウに乏しいことも
(52.5%)、入浴等の介護サービス(50.1%)と、日々
要因の一つと考えられる。しかし、最近では大手ハ
の生活支援については概ね半数の物件で提供されて
ウスメーカーの参入も目立ち始めていることから、
いる。(図2)
サービス付き高齢者向け住宅をシニア層における今
後の新たな経営戦略とする動きが見え始めている。
②常駐する者(n=4,623〔複数回答〕 割合は物件数
3,391を母数に算出)
サービス付き高齢者向け住宅は、基本サービスを
44
福岡医療福祉大学紀要 第11号
③併設施設の割合(n=5,145〔複数回答〕 割合は物
提供するために有資格者等の常駐が義務付けられて
いる。しかし、夜間については、常駐しない時間帯
件数3,391を母数に算出)
は緊急通報システムを設置することで対応が可能で
併設施設については、全体(n=3,391)の約80%の
ある。常駐時間帯(n=3,402)については、24時間常
物件において何らかの施設を併設している。1施設
駐が2,536件(74.5%)、緊急通報システムで夜間対応
のみが1,028件(30.3%)、2施設が700件(20.6%)、
が866件(25.5%)と、約4分の1の物件は夜間の常
3施設が489件(14.4%)、そして4施設以上の併設
駐者はいない状況である。また、常駐する者につい
が422件(12.4%)という結果になっている。種類別
ては、ホームヘルパー2級以上の資格を有する者が
にみてみると、通所介護事業所が1,577件(46.5%)、
全体の74.8%で最も多く、次いで居宅介護サービス
訪問介護事業所が1,325件(39.1%)、居宅介護支援事
事業者の職員が41.0%となっている。(図2)
業所が936件(27.6%)と、併設施設の多くを占めて
いる。また、小規模多機能型居宅介護事業所の併設
が266件(8.6%)あり、多くのサービス付き高齢者
運営法人等種別 (n=3,142)
割合
実数(物件)
株式会社
1,749
55.7%
医療法人
459
14.6%
有限会社
437
13.9%
社会福祉法人
236
7.5%
NPO法人
119
3.8%
個人
73
2.3%
その他
55
1.8%
各種組合
14
0.4%
運営業種別 (n=3,069)
実数(物件)
介護系事業者
1,951
医療系事業者
495
不動産業者
267
建設業者
83
ハウスメーカー
7
その他
266
割合
63.6%
16.1%
8.7%
2.7%
0.2%
8.7%
専用部分の床面積 (n=109,175)
実数(戸)
割合
18㎡以上25㎡未満
80,010
73.2%
25㎡以上40㎡未満
24,365
22.3%
40㎡以上
4,800
4.4%
13㎡以上18㎡未満※
55
0.1%
※ 高齢者居住安定確保計画の基づき登録基準を緩和
したもの。
3,000
2,500
2,000
1,500
1,000
500
-
A:ホームヘルパー2級以上の資格を有する者
B:居宅介護サービス事業者の職員
C:自らの設置する住宅を管理する医療法人の職員
D:社会福祉法人の職員
E:委託を受けてサービスを提供する社会医療法人の職員
50.0%
45.0%
40.0%
35.0%
30.0%
25.0%
20.0%
15.0%
10.0%
5.0%
0.0%
併設施設の割合
(n=5,145〔複数回答〕 母数〔対象物件数〕n=3,391)
46.5%
39.1%
27.6%
8.6% 7.8%
訪
問
看
護
事
業
所
食
事
サ
ビ
ス
施
設
診
療
所
短
期
入
所
生
活
介
護
事
業
所
グ
ル
プ
ホ
ム
通
所
リ
ハ
ビ
リ
テ
訪
問
リ
ハ
ビ
リ
テ
シ
ョ
ン
事
業
所
シ
ョ
ン
事
業
所
ー
小
規
模
多
機
能
型
居
宅
介
護
事
業
所
ー
居
宅
介
護
支
援
事
業
所
ー
訪
問
介
護
事
業
所
ー
通
所
介
護
事
業
所
6.5% 5.1%
3.9% 3.1%
2.7%
0.7% 0.3%
ー
提供されるサービス (n=3,391)
実数(物件)
割合
状況把握・生活相談
3,391
100.0%
食事の提供
3,218
94.9%
健康維持増進サービス
2,063
60.8%
調理等の家事サービス
1,781
52.5%
入浴等の介護サービス
1,700
50.1%
常駐する者
(n=4,623〔複数回答〕 母数〔対象物件数〕n=3,391) 80.0%
74.8%
70.0%
60.0%
50.0%
41.0%
40.0%
30.0%
20.0%
12.4%
7.7%
10.0%
0.4%
0.0%
A
B
C
D
E
短
期
入
所
療
養
介
護
事
業
所
サービス付高齢者向け住宅 情報提供システム 2013年3月末時点の統計より作成
図2 サービス付高齢者向け住宅の現状
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
45
向け住宅では、ケアマネジメントから通所、訪問、
状況をみてみる。厚生労働省・平成23年度介護保険
宿泊等の生活支援サービスを建物内で提供できる体
事業状況報告によると、第1号被保険者のいる世帯
制が整備されつつあると思われる。(図2)
数は、平成23年度末現在(平成24年3月末)で2,132
万世帯となっている。この数値は、前年度末と比較
すると約49万世帯(2.4%)の増となる。第1号被保
Ⅲ.高齢者世帯における介護保険サービス受
給者の状況
険者の要介護(要支援)認定者(以下「認定者」と
いう)数は約515万人で、認定者の内訳は次のように
1.単独・夫婦のみ世帯の推移
なっている。(図4)
国立社会保障・人口問題研究所の推計によると、
・要支援 1、2…136.6万人(前期高齢者:19.4万
65歳以上の高齢者の単独および夫婦のみ世帯は今後
人、後期高齢者:117.2万人)
も徐々に増加し、2023年以降は後期高齢者(75歳以
・要介護 1、2…185.4万人(前期高齢者:23.7万
上)のみの世帯が急増すると予測している。同研究
人、後期高齢者:161.7万人)
所の2013年1月推計のデータによると、2015年まで
・要介護 3~5…192.9万人(前期高齢者:22.2
は前期高齢者(65歳~74歳未満)のみ世帯および後
万人、後期高齢者:170.8万人)
期高齢者のみ世帯とも徐々に増加するが、2016年に
また、認定者(要介護1~5)のうち施設サービ
は後期高齢者のみ世帯が前期高齢者のみ世帯を上回
ス受給者数は、介護老人福祉施設:45万人、介護老
ると予想している。その後、前期高齢者のみ世帯は
人保健施設:33万人、介護療養型医療施設:8万人
2016年をピーク(621.3万世帯)に、ほぼ横ばい状態
で、総数86万人となっている(1ヶ月平均で算出)。
が続くが、後期高齢者のみ世帯は増加の一途をたど
この数値から居宅サービス利用者の状況を推測する
る。そして、その状況は2020年を境に急激な変化を
と、認定者(要介護1~5)のうち居宅サービスを
みせる。2023年から団塊の世代が75歳となり、2025
利用している者は292.3万人となる。また、高齢者の
年には団塊の世代が全員75歳になることもあり、
いる世帯における高齢者の総数は2,219.5万人であ
2023年からの3年間で約100万世帯という後期高齢
り、そのうち居宅サービス受給者は、要支援の介護
者のみ世帯の急激な増加が予想される。(図3)
サービス受給者(136.6万人)を合わせると428.9万人
(国立社会保障・人口問題研究所「世帯の家族類型
2.高齢者世帯における介護保険サービスの受給状況
別」の推計と、2011年度の介護保険事業状況報告書
次に、高齢者のみ世帯で介護保険を利用している
の 統 計 よ り 算 出 ) と な り、 高 齢 者 の い る 世 帯 の
(1,000世帯)
65~74歳
8,500
75歳以上
8,177
8,000
7,500
7,033
7,000
6,500
6,000
5,500
5,000
4,500
4,000
6,200
5,800
6,157
6,017
5,436
5,629
5,281
4,946
2010
2011
2012
2013
2014
2015
2016
2017
2025 (年)
国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計(全国推計)』(2013年1月推
計) 世帯の家族類型別,世帯主の男女5歳階級別一般世帯数および割合より作成
図3 高齢者のみ世帯の推計
2018
2019
2020
46
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(単位:1,000人)
要介護(要介護)認定者数
高齢者(65歳以上)のいる世帯数と人数
家族類型 世帯数(1,000世帯) 人数(1,000人)
単独
5,094
5,094
夫婦のみ
5,452
10,904
夫婦と子
2,421
4,842
ひとり親と子
1,355
1,355
194 (14.2%)
前期高齢者
1,366
要支援 1,2
1,172 (85.8%)
後期高齢者
237 (12.8%)
前期高齢者
要介護 1,2
1,854
1,617 (87.2%)
後期高齢者
222 (11.5%)
前期高齢者
要介護 3~5
1,929
1,708 (88.5%)
後期高齢者
厚生労働省・2011年度 介護保険事業状況報告(年報)より作成
割合(%)
23.0
49.1
21.8
6.1
国立社会保障・人口問題研究所「日本の世帯数の将来推計」
(2013年1月推計)の2011年度より作成
1)上記要介護認定者のうち、施設サービス受給者は86万人(月平均より算定)
2)要介護認定者の居宅サービス(地域密着型サービスは含まず)受給者は292.3万人
3)要支援認定者の居宅サービス受給者は136.6万人
1)単独・夫婦のみ世帯が高齢者のいる世帯全体の72.1%を占める
2)介護保険の居宅サービス受給者数(人数の割合より算定)
・要支援の居宅サービス受給者数・・・98.5万人
・要介護の居宅サービス受給者数・・・210.7万人
図4 介護認定者と高齢者のいる世帯の状況(2011年度)
19.3%の者が居宅サービス(地域密着型サービスは
が35%で、女性の事故が男性の約2倍近くとなって
含まない)を利用していることになる。そのうち、
いる。また、年齢別では、65歳以上75歳未満が45%、
高齢者のみ世帯の居宅サービス受給者数は、要支援
75歳以上が55%で、高齢になるほど事故の件数が多
の居宅サービス受給者数:98.5万人、要介護の居宅
くなっている。危害の程度については、「中等症 4)」
サービス受給者数:210.7万人となる(家族類型ごと
以上が20%と全体の5分の1を占めている。危害内
の高齢者の占める人数の割合で算出した)。(図4)
容については、「打撲傷・挫傷」が46%と最も多く、
次いで「刺傷」が16%、「骨折」が15%となってい
Ⅳ.身体機能特性からみたサービス付き高齢
者向け住宅の安全性
サービス付き高齢者向け住宅の登録・運営にあ
る。そして、危害部位については、
「頭部」が最も多
く、全体の4分の1を占めているが、危害程度は
「軽症」がほとんどである。また、危害部位の「大
腿」については、8%と事故件数はさほど多くない
たっては、従来の高齢者向け住宅とは異なり、
「登録
が、危害程度は「重症」や「重篤症」の場合が多い。
基準」
、
「登録業者の義務」
、
「行政による指導監督」
事故発生場所をみると、
「居室」が全体の4分の1と
といった条件が設定された。特に、直接入居者に関
最も多く、次いで「階段」、「台所」の順で、3か所
係する「登録基準」については、①入居者、②規模・
の事故発生場所で全体の半分を占めている。その他
設備等、③サービス、④契約関連のそれぞれの基準
の発生場所は、トイレ、廊下、洗面所の順となって
を満たす必要がある。
いる。問題となるのは事故時の行動であるが、
「歩い
これらの項目の中で入居者の日常生活に関係する
ていた」が3割近くを占め最も多い結果となってい
「規模・設備等」の基準と高齢者の身体特性や家庭
る。また、家庭内事故死については、厚生労働省「人
内事故等を照らし合わせ、高齢者の住まいとしての
口動態統計」および警察庁「交通局交通企画課」が
安全性について考察する。そのためにまず、高齢者
定期的に調査結果を公表している。2010年および
の住宅内(日常生活)での事故の状況を分析し、
2012年の調査結果によると、家庭内での不慮の事故
サービス付き高齢者向け住宅の設置基準における問
死の原因としては、
「溺死・溺水」が最も多く、次い
題点を明確にする。
で「転倒」、「転落」の順となっている。特に浴室で
の割合が多く、家庭内事故死全体の3分の1を占め
1.高齢者の住宅内で発生している事故の状況
国民生活センターがまとめた2003年から5年間の
3)
ている。浴室での死因については、「浴槽内での溺
死・溺水」、および「浴槽への転落による溺死・溺
「危害状況からみた高齢者の家庭内事故」 の集計結
水」がほとんどである。また、転倒・転落による死
果によると、全国20の危害情報収集協力病院から寄
因については、
「同一平面上の転倒」が最も多く、次
せられた65歳以上の事故は6,569件である。事故の発
いで「階段等からの転落・転倒」となっている。こ
生場所は、
「住宅内(敷地を含む)」が6割強となっ
のような調査結果をみても、高齢者の家庭内での事
ている。性別での割合は、「女性」が65%、「男性」
故は、居間や階段など住宅内を普通に歩いて(移動
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
動作)いるときや、調理中、入浴中といった通常の
日常生活の中で発生しているということがわる。ま
た、死亡につながる家庭内事故においても同様に、
47
2R≦65
(7) 手すり:便所、浴室及び住戸内の階段に手す
りを設置すること。
入浴動作時や入浴中、住宅内を移動している時、あ
(8) エレベータ:3階建以上の共同住宅は、建物
るいは階段の昇降中といった日常生活の中で発生し
出入口のある階に停止するエレベータを設置す
ている。
ること。
(9) その他
2.サービス付き高齢者向け住宅の設置基準と日常
‌ 高齢者の居住の安定確保に関する法律施行規
生活上の検討事項
則第34条第1項第9号の国土交通大臣の定める
サービス付き高齢者向け住宅の登録基準の中で、
基準(平成13年国土交通省告示第1296号)を満
特に高齢者の ADL(日常生活活動)に関係する項目
足する必要がある。
である、設備基準と加齢対応等(バリアフリー)の
(10) 前項の基準をそのまま適用することが適当で
基準について、日常生活上の問題点と検討事項につ
ないと認められる既存建物の改良等の場合
いて述べる。
・前項の(1)(5)(6)(7)を満たすこと。
・国土交通省・厚生労働省関係「高齢者の居住
①設備基準(規模)
1戸あたりの床面積は原則25㎡以上(居間、食堂、
の安定確保に関する法律施行規則第10条第5
号の国土交通大臣及び厚生労働大臣の定める
台所等、高齢者が共同して利用するために十分な面
基準(平成23年国土交通省・厚生労働省告示
積を有する共用の設備がある場合は18㎡以上とする
第2号)」を満たすこと。
ことができる。なお、各居住部分の床面積を25㎡以
これらの設置基準から特に検討が必要な事項とし
下とする場合にあっては、食堂、台所等の共同利用
ては、既存建物を改修しサービス付き高齢者向け住
部分の面積の合計が、各専用部分の床面積と25㎡の
宅として登録する場合である。従来の高齢者向け住
差の合計を上回ることが基本)とする。
宅であった、既存の「高齢者円滑入居賃貸住宅」、
「高齢者専用賃貸住宅」、「高齢者向け優良賃貸住宅」
②設備基準(設備)
および「有料老人ホーム」なども基準を満たせばこ
原則、各戸に台所、水洗便所、収納設備、洗面設
の制度に登録が可能である。その場合、設備基準に
備及び浴室(共用部分に共同して利用するため適切
ついては、規模・設備とも①および②の項目を満た
な台所、収納設備又は浴室を備えた場合は、各戸が
す必要がある。しかし、加齢対応等の基準において
水洗便所と洗面設備を備えていれば可となる場合あ
は、原則的には③の(1)、(5)、(6)、(7)の項
り)を設置すること。
目を満たせばよい。利用者の中には車いすの使用
や、また近い将来車いすの使用が考えられる場合も
③加齢対応等(バリアフリー)の基準
ある。高齢者が安全に暮らせる住まいのコンセプト
(1)
床:段差がないこと。
の中に、車いすでの生活は考慮すべきである。新設
(2)
廊下幅:78cm(柱の存する部分は75cm)以上
建物の設置基準は、車いすでの生活をある程度考慮
とする。
(3)
出入口の幅:居室75cm 以上、浴室60cm 以上
とする。
したものとなっているが、あくまで“介助用車いす”
で住居内を移動できる最低限の廊下幅および居室の
出入り口の開口幅となっている。また、浴室につい
(4)
浴室の規格:短辺120cm、面積1.8㎡以上(1
ては面積的にみても車いすからのアプローチは難し
戸建の場合、短辺130cm、面積2㎡以上)
く、特に車いす使用の単独高齢者は入浴の自立が非
(5)
住戸内の階段の寸法:T≧19.5、R/T≦22/21、
常に難しいと思われる。このように、新設建物の設
55≦T+2R≦65 ※ T:踏面の寸法(cm)
、R:け
置基準においても車いす使用者の対応については検
あげの寸法(cm)
討事項であると思われるが、既設の建物について
(6)
主たる共用の階段の寸法:T≧24、55≦T+
は、③の(2)、(3)、(4)の項目については基準
48
福岡医療福祉大学紀要 第11号
が緩和されている。既存の建物については、付則と
ペースである。もちろん車いすの利用は難しい。加
して、国土交通省・厚生労働省告示第2号「国土交
齢対応等の基準では前述したように、介助用車いす
通省・厚生労働省関係高齢者の居住の安定確保に関
での利用についてはある程度の考慮は伺えるが、既
する法律施行規則第10条第5号の国土交通大臣及び
存の建物を改修して登録された物件については、
厚生労働大臣の定める基準」を満たす必要がある
「廊下幅・出入口の幅・浴室の規格」が緩和される
が、告示の内容は「段差」、「階段」、「手すり」に関
ため、車いす利用の高齢者にとっては利用の難しい
する基準であり、車いすの使用を考慮した事項は設
物件もあると考えられる。また、家庭内事故死が最
定されていない。
も多い浴室(浴槽の形状等)については、手すりの
設置と浴室の規格はあるが、あくまで元気な高齢者
Ⅴ.身体機能特性からみたサービス付き高齢
者向け住宅の利用限度と今後の課題
(自立した生活が可能)を想定したものといえる。次
に事故死の多い室内階段についても、階段の形状に
関する基準は無く、手すりと階段の寸法(屈曲部分
サービス付き高齢者向け住宅の安全性における検
を含む)・勾配であり、対象は前者と同様である。こ
討 課 題 に つ い て は、 著 者 の 前 報 告〔 井 上 2013,
のような状況からみると、身体機能が低下した高齢
pp.7-9〕で述べた。ここでは、高齢者の住宅内での
者や疾病等による障がいをもった高齢者または、車
日常生活における安全性の問題と、身体機能低下に
いす使用の場合は、利用できる限度がかなり制限さ
伴う介護支援を含めた視点から、サービス付き高齢
れるため、身体機能特性を十分考慮して選択すべき
者向け住宅の利用限度について検討する。
である。特に従来の高齢者向け住宅から参入した物
件については、利用できない場合が考えられる。
1.設置基準(設備・加齢対応等の基準)からみた
利用限度についての検討
前述の(Ⅳ.-1.)で述べたように、高齢者の家
庭内事故は、普通の日常生活の中で起こっている。
2.サービス提供と併設施設からみた利用限度につ
いての検討
サービス内容については、食事の提供(95.9%)、
その中で危害の程度が「中等症」以上の件数が5分
健康維持サービス(60.8%)、調理等の家事サービス
の1を占めているという状況からみても、家庭内事
(52.5%)、入浴等の介護サービス(50.1%)などの付
故により入院という事態になることが多いというこ
帯サービスを実施している物件が多い。また、約
とがわかる。危害内容については、
「打撲傷・挫傷」、
80%の物件で、通所介護、訪問介護、居宅介護事業
「刺傷」
、
「骨折」の合計が全体の4分の3を占めてい
る。さらに、家庭内での不慮の事故死については、
所を併設しており、生活支援サービスを建物内で提
供できる体制を整えている物件が多くみられる。し
「溺死・溺水」が最も多く、次いで転倒・転落の順と
かし、高齢者世帯の介護保険受給サービスの状況か
なっている。この状況からみると、住宅内で特に検
ら察すると、比較的介護度の軽い要支援から要介護
討すべき場所として、居間、階段、台所、浴室が挙
2までの高齢者(約322万人)については、上記と介
げられる。まず規模から検討すると、1戸あたりの
護保険サービスの併用で自立が可能であると思われ
床面積は原則25㎡以上であるが、緩和規定の適応を
るが、要介護3以上の重度の高齢者については、前
受ければ18㎡以上でよい。前述の(Ⅱ.-2.-③)
述の設置基準からみても入居は困難ではないかと思
で述べたように、現登録件数の73.2%が床面積18㎡
われる。また、要介護1、2の高齢者についても介
以上25㎡未満(緩和規定適用物件)である。この基
護度が高くなった場合は同様な状況となってくる。
準では、居室の床面積は規定されていないが、身体
認知症の高齢者については、程度や障がい等による
機能の低下した高齢者は、居室(居間を含む)で過
が、特に単独世帯の場合は、付帯サービスを利用で
ごす時間が多くなると考えられる。仮に床面積が18
きても1人の時間帯に対応できるサービスが提供で
㎡で水洗便所と洗面設備のスペースを除くと、最小
きない限り難しい。以上の状況からサービス付き高
の物件で居室は約8帖程度となる。これは、ベッド
齢者向け住宅の利用限度を考えると、①車いす使用
を置いた場合、夫婦2人で居住できる最低限のス
になった場合、②要介護度が高くなった場合(3~
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
5)
、③疾病等により障がいを持った場合あるいは、
④単独世帯で認知症を発症した場合が、程度にもよ
るが利用限度の1つの目安と考えるべきではないか
と思われる。そして、今後急激な増加が予想される
49
害情報からみた高齢者の家庭内事故」をまとめて発表した
が、2008年に改めて2003年以降5年間の情報を集計し、高
齢者の家庭内事故について分析を行った。その結果による
と、20歳以上の事故が21,860件寄せられ、そのうち65歳以
上の事故は6,569件であった。
高齢者世帯における在宅生活の限界をさらに高める
4)病院危害情報における危害の程度の定義は、
“軽症”
:入
ためには、車いす対応を含めた設置基準(空間も含
院を要さない傷病、
“中等症”
:生命に危険はないが入院を
めた居住環境)の検討と、終の棲家としてのサービ
ス提供も考慮する必要があると考えられる。
Ⅵ.おわりに
2013年4月16日、総務省は2012年10月1日現在の
人口推計を発表した。それによると、わが国の総人
口は1億2,751万5千人で前年と比較し、28万4千
人(0.22%)の減少となっている。この数値は、比
較できる統計のある1950年以降、減少数、減少率と
もに過去最大となった。そして、65歳以上の高齢者
は3,079万3千人となり、高齢化率は世界でも例のな
い24.15%に達した。このような社会状況の中、高齢
者の介護支援は地域包括支援システムに向かって本
格的に動き出した。国は、その基盤となる「住居の
保障」と「生活サービス」を、国土交通省と厚生労
働省の共管で「サービス付き高齢者向け住宅の登録
制度」として制度化した。本稿では、この制度を利
用する高齢者世帯に対して、要介護期の高齢者の暮
らしをどこまで支えられるかを検討した。2025年は
団塊世代が全員75歳に達する。これは12年後の現実
である。
注)
要する状態、
“重症”
:生命に危険が及ぶ可能性が高い状
態、“重篤症”:生命に危機が迫っている状態、“死亡”と
なっている。
参考・引用文献
・すまいづくりまちづくり連合会 サービス付き高齢者向け
住宅登録状況(平成25年6月末時点)
<http://www.satsuki-jutaku.jp/doc/system_registration_01.
pdf>(2013.7.23)
・すまいづくりまちづくり連合会 サービス付き高齢者向け
住宅の現状と分析(平成25年3月末時点)
<http://www.satsuki-jutaku.jp/doc/system_registration_02.
pdf>(2013.7.23)
・国立社会保障・人口問題研究所『日本の世帯数の将来推計
(全国推計)
』
(2013年1月推計)
.世帯の家族類型別,世帯
主の男女5歳階級別一般世帯数および割合
<http://www.ipss.go.jp/pp-ajsetai/j/HPRJ2013/t-page.asp>
(2013.7.5)
・厚生労働省・平成23年度.介護保険事業状況報告(年報)
<http://www.mhlw.go.jp/topics/kaigo/osirase/jigyo/11/
index.html>(2013.7.1)
・独立行政法人 国民生活センター(2008.9.4)
.
「病院危害情
報からみた高齢者の家庭内事故」
<http://www.kokusen.go.jp/pdf/>(2013.6.25)
・内閣府(2013)
.
「高齢社会白書」
.
・井上伸明(2013).高齢化に伴う住環境整備のあり方と課
題 Vol.3(家庭内事故の状況からみたサービス付高齢者向
け住宅の安全性に関する一考察),福岡医療福祉大学紀要 10号,pp.1-10.
1)サービス付き高齢者向け住宅における制度の詳細、登録
・井上伸明(2012).高齢化に伴う住環境整備のあり方と課
窓口の案内、登録住宅に関する情報は、一般社団法人すま
題 Vol.2(高齢者向け住宅施策に関する一考察)
,福岡医療
いづくりまちづくり連合会「サービス付き高齢者向け住
福祉大学紀要9号,pp.75-83.
宅」登録事務局が一括管理する、「サービス付き高齢者向
・山梨恵子(2012).「サービス付き高齢者向け住宅」(高齢
け住宅登録情報提供システム」によって閲覧できる。2013
者の豊かな暮らしを支えていくために),ニッセイ基礎研
年6月末時点における全国の登録数の累計は、114,315戸
となっている。
2)厚生労働省(2011)「国民生活基本調査」の報告による
と、65歳以上の者のいる世帯は2011年現在、1,944万世帯
で、全世帯に占める割合は41.6%に達している。そのうち
単身世帯は、469万7千世帯(24.2%)、夫婦のみ世帯は、
究所 基礎研レポート
・井上由起子(2012).良質なサービス付き高齢者向け住宅
の適正な整備に向けた課題,季刊・社会保障研究 Vol.47
No.4
・警視庁交通局交通企画課(2012)
.
「高齢者(65歳以上)死
者数の推移」
581万7千世帯(30.0%)となっている。2011年からの推移
・井上伸明(2011).高齢化に伴う住環境整備のあり方と課
をみると、おだやかながらも高齢者のいる世帯は確実に増
題(介護保険制度を利用した住宅改修における問題点と今
加している〔井上 2013, P4〕。
3)独立法人 国民生活センターでは、2003年5月に、全国
20か所に設置した危害情報収集協力病院のデータから「危
後の課題)
,福岡医療福祉大学紀要8号,pp.77-86.
・厚生労働省(2010)
.
「家庭内における主な不慮の事故の種
類別に見た年齢別死亡数」
50
福岡医療福祉大学紀要 第11号
・井上伸明(2009)
.高齢者・障害者のための福祉住環境 ㈱メディカジャパン開発部
・国土交通省・厚生労働省告示第2号(平成23年10月7日)
.
「国土交通省・厚生労働省関係高齢者の居住の安定確保に
関する法律施行規則第10条第5号の国土交通大臣及び厚
生労働大臣の定める基準」
・国土交通省告示第1296号(平成13)
.
「高齢者の居住の安定
確保に関する法律施行規則第34条第1項第9号」
・高齢者の居住の安定確保に関する法律(平成十三年四月六
日法律第二十六号)
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
51
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
―小地域ネットワークを担う T 市民生委員の意識から―
弓 洋 平*
A Study on the way of community welfare of future
― Based on Consciousness of local welfare commissioner (Minsei-iin) of
The T city for local network with a role ―
Youhei YUMI*
Abstract
The purpose of research is to ascertain the role of new local welfare commissioner (Minsei-iin) and how to
solve the problems. Therefore the research focuses on a person with an important local role.
As a result, the local welfare commissioner (minsei-iin) who works hard will have positive thoughts but also
dilemmas and it’s difficult to deal with these. The welfare system depends on public administration; it is hard to
carry on the activity to the next step. The welfare system we have now is still underdeveloped. Therefore, we
should support the local community in various ways to make residents independent.
key words: the local community, local welfare commissioner (Minsei-iin), local network
(Bulletin of Fukuoka University of Health and Social Welfare, 11: 51-58, 2014)
Ⅰ.はじめに
1.問題の所在
周知のとおり、わが国では、人口高齢化や少子化、
ど、地域社会において見守りや声かけなどの活動の
必要性が認められながらも、それらの諸活動は広が
りや維持ができていない現状がある。また、他方で、
行政が担う事務も限界があることに加え、地方自治
価値観や生活様式の多様化などによって、地域住民
体の財政状況が悪化するなど、地方を取り巻く環境
のニーズが複雑多岐化し、公的サービスに求められ
は一層厳しくなっている。
る分野が拡大している。そのようななか、住民同士
現代社会に求められる新しい地域福祉の成否は、
の人間関係の希薄化が指摘されながらも、ごく個人
その担い手、その人にかかっていると言って過言で
的な活動として、地域の除草作業や敬老会、体育大
はない。そこで地域福祉活動に対する意識について
会などの地域行事、ゴミ出しの協力など僅かながら
区分すると、したいしたくないという意識を縦軸
も行われている。さらに、防災や防犯、子どもの安
に、できるかできないかという状況を横軸に図1の
全対策など、それぞれの地域社会の課題解決に向
ように整理できる。さらにその意識について、情報
け、地域の実情に応じた取り組みが進められてい
との関係性において、活動が積極的か消極的かを縦
る。しかし、それは地域社会のなかで点在的にある
軸に、情報を収集できているか否かを横軸に図2の
だけで絶対量としても不足している現状があるな
ように整理できる。
*総合福祉学科介護福祉コース
52
福岡医療福祉大学紀要 第11号
援である。
したい
そこで主題設定にかかわり地域福祉とは何かとい
うこと、加え民生委員 1)の職務内容からみて、地域
第1象限
福祉の第一義的な担い手であること、さらに他の地
域福祉を担う組織を支援する中間支援的な担い手と
できない
して期待されることを鑑みると必然的に大切な社会
できる
資源(ソーシャルキャピタル)であることは明らか
である。
第3象限
その民生委員制度は、1世紀近くの歴史を刻み、
民生委員はわが国の地域福祉活動に欠かせない存在
したくない
として根付いている。全国で民生委員定数230,339人
図1 地域福祉活動に対する意識
のうち、平成22年度末の民生委員(児童委員を兼ね
る)の数は225,247人 2)で、内訳は、男性が90,039人
積極的
第2象限
第1象限
で、女性は135,208人の委員が活動している。これか
らの新しい地域福祉を見据えたときに、その中核を
担うのは民生委員である。その民生委員は2013(平
成25)年12月1日に、3年に一度の一斉改選が計画
されている。
知らない
知っている
第3象限
消極的
図2 地域福祉活動に対する意識と情報
2.T 市における民生委員の活動状況
2012(平成24)年現在、地域における担い手不足
や住民自治にて組織の機能低下が見られる中、地域
住民が主体となる新しい住民自治組織(住民自治組
織とは、一定の地域を基盤とした自治組織で、町内
会や自治会のほか、地域内の住民や NPO などの諸
団体で構成された地縁による組織のことをいう)が
積極的な意識や行動規範を持つ市民(図1での第
設置され始めている。新しい住民自治組織は、地方
1象限に位置し、かつ図2での第1象限に位置する
自治法や合併特例法に基づく地域協議会という形態
市民)に対しては、より一層の意識の向上や維持の
の場合もあるが、その多くは、地域の実情に合わせ、
ための方策、あるいは実際の活動における具体的な
市町村や地域住民により独自に設置される組織であ
支援が必要であるが、意欲や行動が伴っている市民
る。具体的には、公民館やコミュニティセンターを
に対してはある種の課題はあるにせよ問題はない。
拠点に、地域住民の代表者や NPO 等の関係者が事
解決すべき問題や取り組むべき課題があるのは、消
務局となり、地域住民が地域課題に対する解決策を
極的な意識を持つ市民(図1での第3象限に位置
自ら企画立案し、実践する「地域自治組織」と称さ
し、かつ図2での第3象限に位置する市民)や中間
れるものである。
的な意識を持つ市民(図1での第1象限に位置し、
T 市においても、2010(平成22)年より新たな住
かつ図2での第2象限に位置する市民)である。し
民自治組織の構築を目指して、大きな動きがみら
かし、消極的な意識を持つ市民に対しては、従来か
れ、2013(平成25)年4月よりコミュニティセン
ら周知や啓発といった対策が講じられ、ある一定の
ターとして新たな組織が再編され、機能し始めた。
成果をあげてきた。つまり、より改善の余地がある
この地域自治組織では、自治会や PTA などが協力
ことは問題視できるが、より難しい問題や課題を抱
し、子どもや老人の見守りネットワークを形成する
えるのは、意識や行動に対する二極論的な視点では
取り組み等が行われている。
なくその中間的な意識を持つ市民に対する方策や支
T 市は高齢化率18.7%(平成23年12月時点)の地
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
53
表1 T 市、佐賀県、全国の活動状況の比較
項 目
T 市
佐賀県
全 国
活動延べ件数
活動件数
活動日数
22,715件
23,695日
161.0件/年
168.0日/年
183,378件
307,200日
86.6件/年
145.0日/年
活動延べ件数
24,518,355件
28,866,287日
一人あたりの活動件数
108.8件/年
128.1日/年
一人あたりの活動件数
活動延べ件数
一人あたりの活動件数
注:‌全国データが平成23年度行政報告例(平成22年度分統計)のため、最新データとして平成24年
度のデータもあるが、佐賀県データおよび T 市データも平成23年度データ(平成22年度分報告)
から作成した。
方都市である。今後、少子高齢化の伸展が予想され
抱える課題や問題点を踏まえ、地域福祉新時代の地
るなかで、民生委員は7つの小学校区ごとに配置さ
域に根ざした福祉の相談員として、地域から信頼さ
れている。その総数は141人(うち主任児童委員は14
れ、地域に必置が期待される委員として克服すべき
人)で、各地区の委員は174~259の世帯を担当し、
課題は何か、その課題解決のための実践可能な方策
その活動は、表1が示すとおり全国的にみると活動
を検討することを目的としている。
回数、活動日数の多いことが特徴となっていて、活
動状況でいえば T 市は民生委員活動が活発な地域と
位置づけられる。
Ⅱ.研究の方法
2012(平成24)年10月1日現在の委員定数充足率
活動内容を見る限り、T 市平均の一人あたりの活
を全国ベースでみれば、民生委員97.8%、主任児童
動件数と訪問日数について、地域差をみることがで
委員98.6%となっているが、T 市においては100%で
きない。一方で、予想以上に、全国や県と比較して
ある。また、活動内容をみると、相談・支援件数、
も民生委員の活動件数、訪問日数ともに高いことが
地域福祉活動・自主活動件数、訪問・連絡活動回
みえてきた。ただし、全国データは東日本大震災の
数、活動日数の多いことが特徴となっていて、年間
影響で例年よりも大幅に民生委員数、活動件数、活
活動は一人あたりの活動件数で、全国ベースの1.48
動日数のいずれも少なくなっているため、精確な比
倍、県ベースにおいても1.86倍の活動量があり、回
較はできないことも踏まえ、T 市において、活動の
数でいえば T 市は民生委員活動が活発な地域と位置
件数および日数が多いことは、社会福祉サービスが
づけられる。さらに知識や技術の獲得、専門性の向
不十分なのか、近隣住民の相互扶助精神が乏しく十
上を目的に全委員が福祉3部会(高齢者福祉部会、
分に機能していないのか、また多くの高齢者が在宅
児童福祉部会、障害者福祉部会)に所属し、それぞ
生活をしているのか、いじめや虐待の児童問題が多
れ部会ごとに研修、会議を実施している。このよう
いのか、といった実態調査をしなければならないこ
に委員定数を満たし、活動が活発で、部会制にて研
とを前提に次の調査を行う。
鑽を積むことを実現している T 市での問題点を把握
すること、役割や課題を分析することで民生委員活
動の活性化、合理化、そして発展に寄与できる。
1.調査の概要とその方法
(1)調査の概要
そこで本研究は、数値上の活動からは民生委員活
本研究では、T 市における民生委員の活動実態を
動として理想的な活動実績を誇る T 市において新し
把握するため、できる限り多くの民生委員を対象と
い地域福祉にマッチした住民自治組織の一翼を担う
して実施し、実態を鮮明にすることをねらいとし
役割と同時に、住民自治組織を構成する各種組織を
た。T 市の民生委員および主任児童委員に対する全
中間支援する役割をもつ民生委員の意欲と活動に着
数調査を実施し、単純集計による実態把握と分析を
目して、実態等について把握し、現任の民生委員が
行なった。
54
福岡医療福祉大学紀要 第11号
調査実施にあたっては、T 市民生委員連絡協議会
を書面で得ることである。
事務局(T 市役所民生部社会福祉課地域福祉係)の
また、研究等によって生ずる個人への不利益並び
協力のもと、地区民生委員連絡協議会会長会でアン
に危険性と貢献の予測としては、委員間に活動する
ケート調査実施の意図説明をし、理解協力をもら
うえで亀裂なとの支障を来たす可能性があるため、
い、調査票を市内全民生委員および主任児童委員に
不利益並びに危険性を予防・回避するための方法と
対して、地区民生委員連絡協議会(平成24年8月定
して、委員個人が特定されることはないよう最大限
例会)にて配布し、8月定例会を欠席している全民
の注意を払うこととした。
生委員および主任児童委員には地区民生委員連絡協
議会会長に別途配布してもらった。調査票の回収
は、地区民生委員連絡協議会(平成24年9月定例会)
2.調査研究の方法について
(1)収集データの解析方法
にて回収した。9月定例会を欠席している全民生委
分析は、それぞれの回答結果の単純集計と、基本
員および主任児童委員は、各自事務局へ提出しても
情報と質問項目のクロス集計を行なった。質問項目
らい、回収した調査票を担当 T 市職員から筆者へ随
ごとにクロス表を作成し、期待度数を算出した後、
時渡してもらった。
χ 2検定を用い、p 値を得た。有意水準5%および
1%で検定した。さらに、p 値が p<.05または p<.01
(2)調査の対象および時期:
の有意水準の場合、調整済み標準化残差を実施し
2012(平成24)年9月現在で、各地区定例会に参
た。その数値が1.96より大きい、もしくは-1.96より
加した民生委員139名(定員141名うち2名調査期間
小さい場合は5%で有意差があり、2.58よりも大き
内に入院加療中のために対象外とした)に2012(平
い、もしくは-2.58よりも小さい場合は1%で有意
成24)年7月〜10月の期間で調査を依頼した。
差があると判断した。統計的分析には SPSS(ver.12)
for Windows 解析ソフトを使用した。
(3)アンケート調査の項目:
最後に、アンケート調査結果をもとに、T 市民児
①民生委員の委嘱期間および活動の難易、②委嘱
協の民生委員活動に関するアンケートの集計結果も
を受けた背景と動機、③活動と考えや気持ち、④活
参考にしながら、地域住民が主体となった地域づく
動上の困りごと、悩み、困難点、⑤民児協に求める
りを行い、地域が持続的に発展する新しい住民自治
もの、⑥関係機関との連携、⑦民生委員の存在意義、
組織のあり方について検討し、その結果を記述して
⑧活動に関する自己評価、⑨その他である。
いる。
(4)倫理的配慮
本研究は、調査実施にともない、倫理的配慮とし
て、下記の通りおこなった。
研究等の対象とする個人の人権擁護は、①研究の
Ⅲ.研究の結果および分析
アンケート調査の設問ごとの集計結果について
は、次のとおりである。
参加は個人の自由意志で、調査途中であってもいつ
基本属性として、女性が6割。平均年齢63.8歳。平
でもやめられることの保障、②面接を拒否あるいは
均経験期間5.8年(69.6ヶ月)。委員の76.9%が30年以
途中でやめても不利益を被ることないことの保障、
上活動地域に在住し、64.6%が就業はしていない。
③プライバシー(個人情報)保護の確約、④調査内
そのような基本属性を背景に、委嘱を受けた背景
容は、分析し調査結果がまとまった時点で廃棄する
や活動を通しての意識の変化等については、委員の
確約、⑤研究結果の公表とその際の匿名性の保障、
63.1%が委嘱を受けることに消極的であったが、
⑥得られたデータを研究目的以外に使うことがない
76.9%が活動後考えや気持ちが良い方向へ変化して
ことの確約である。
いる。また、委員のうち58.4%が活動の内容が自身
さらに研究等の対象となる者に理解を求め同意を
得る方法は、調査対象者に対して、上記の①~⑥を
含む研究の趣旨内容を文書で説明し、同意のサイン
の考えや気持ちと合っていない、77.6%が委嘱辞退
をしにくいと考えている。
活動については、62.3%の委員が増加傾向にある
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
55
と考えている。また、個人としても組織としても活
明らかになった。このことは、男性が女性よりも
動しやすいと考える委員が多いものの活動費用や相
「どちらとも言えない」、女性が男性よりも「やや不
談助言指導体制は十分とも十分とも言えないが多
い。95.6%の委員が、女性委員においてはすべての
足している」と回答した者が少なかった。
性別と委員の存在において、男性は、「必要ない」
委員が民生委員の存在を必要と考えているものの過
が有意に多く、女性は、
「必要」が有意に多くなって
半数が委員何らかの改善をあることを認めている。
いる。つまり、性別と委員の存在では、男性委員の
大半の委員は、地縁支縁組織にかかわらず地域に
ほうは民生委員の必要性を感じていない人が有意に
ある社会資源の情報を把握しており、47.7%がそれ
多いという結果が明らかになった。このことは、男
らの組織に所属している。
性が女性よりも「民生委員は必要」、女性が男性より
性別と自分自身の考えや気持ちとの整合性におい
て、男性は、
「合っていない」が有意に多く、女性
も「民生委員は必要ない」と回答した者が少なかっ
た。
は、
「わからない」が有意に多くなっている。つま
さらに、性別、委嘱を受ける意欲(積極的か消極
り、性別と活動内容との自分自身の考えや気持ちと
的か)は、活動に対する意識に大いに関係がある。
の整合性では、男性のほうが民生委員の活動が合っ
簡単に見ていくと、男性は、活動内容が合っていな
ていないと思っている人が有意に多いという結果が
いと感じる人が有意に多い、活動費用はやや不足が
明らかになった。このことは、男性が女性よりも
有意に多い、委員の存在は必要なしが有意に多い、
「わからない」
、女性が男性よりも「合っていない」
委員としての目標(使命)は防災・防犯、住民意識
と回答した者が少なかった。
の高揚にあるという人が有意に多い、活動の成果を
性別と活動費用において、男性は、
「やや不足して
いる」が有意に多く、女性は、
「わからない」が有意
得るための課題は資金源の確保が有意に多い。
つまり、男性委員は民生委員というよりも必要な
に多くなっている。つまり、性別と活動費用では、
のは地域の安全を守る役割を重要視しており、それ
男性委員のほうが活動するうえでの費用はやや不足
に民生委員の活動の実態はあっていない、しかも費
していると思っている人が有意に多いという結果が
用も足りない、であれば、民生委員の存在は必要な
表2 クロス集計の一覧
基本情報
職業
受託辞退
の 難 易
.855
.511
.001**
.149
.030*
.406
.708
.014*
.612
.067
.270
.239
.720
.446
.007**
.438
.434
-
.080
.307
.120
.584
.046*
.325
.884
.015*
.454
.475
.001**
.268
.762
.074
.233
委 員 の 存 在
.006**
.774
.064
.228
.530
.599
.314
.883
活
向
.102
.093
.180
.111
.673
.062
.012*
.720
他 組 織 の 存在
.598
.265
.004**
.168
.255
.712
.824
.966
他組織への所属
.061
.503
.883
.109
.233
.002**
.286
.848
委員としての使命
.286
.027*
.598
.460
.153
.862
.079
.135
委員としての課題
.010**
.063
.577
.009**
.212
.768
.815
.104
委員としての成果
.044*
.040*
.081
.009**
.377
.025*
.006**
.098
性別
年齢
任期
受 託 の 背 景
.247
.269
.858
-
.732
活 動 後 の 変化
.185
.047*
.496
.030*
内容との整合性
.001**
.515
.087
受託辞退の難易
.394
.586
個人活動の難易
.825
活
質問項目
動
動
費
傾
*p<.05 **p<.01
用
受託の背景 活動地域 就業の有無
56
福岡医療福祉大学紀要 第11号
いと考える傾向がある。
単独で活動することは困難である。この基本的な
また、女性は、活動内容が合っているかどうかわ
ネットワークが確立できた民生委員は次なるネット
からないと感じる人が有意に多い、活動費用は足り
ワークを作ることになる。地区民児協会長は、所属
ているとも不足しているとも言えないが有意に多
の民生委員へこのような活動が可能な民生委員に育
い、委員の存在は必要が有意に多い、委員としての
てる使命があり、地区民児協での研修を「形式的」
目標(使命)を持つという人が有意に少ない、委員
ではなく「実践」につながる研修を組み立てる義務
としての成果は知識や経験の上積みにあるという人
を負うという自覚をもつ必要がある。
が有意に多い、活動の成果を得るための課題は資金
源の確保が有意に少ない。
つまり、女性は民生委員は必要なものであるが、
また、今後残された最優先課題を1つ挙げるなら
ば、地域福祉の担い手である関係機関や関係者と民
生委員とのネットワークづくりである。インターミ
その活動については自身と合っているか否か、費用
ディアリー(intermediary)としての中間支援機能を
は十分であるか否かの判断はしづらいものの、活動
想定すれば、主に町内会、行政区等の地縁組織への
をとおして自身の知識や経験の上積みができると考
各種連絡、情報提供等のかかわりを持っている。当
える傾向がある。
然、民生委員以外にも複数の支援機能が各自治体に
存在することになる。これらは、活動分野・団体な
Ⅳ.考察
1.これからの民生委員の新たな意識と役割
本研究の目的は民生委員の活動環境上の諸課題を
解決するための方策を検討することである。民生委
どその支援対象が異なる上、関係する行政組織も当
然異なってくる。それぞれの地域課題やニーズに応
じた支援が行われている一方で、地域の担い手を縦
割りに分断し相互の交流や連携を阻む要因とも捉え
ることができる。
員法に内在する問題や現任の民生委員・児童委員が
さらに、民生委員制度には内在する未解決の問題
抱える問題点や課題を踏まえ、新しい地域福祉時代
が多々あり、民生委員が活動する地域社会の変化や
の地域に根ざした福祉の相談員として、地域社会や
民生委員の意識の問題であったりするうえに、他の
住民から信頼され、活躍が期待される委員としての
社会資源と民生委員との連携・協働のあり方等の問
達成すべき課題はなにか。その課題解決のための実
題もある。委員自らが地域福祉の中核的な担い手で
践可能な方策を検討・究明することである。また、
あることを確認、自覚するとともに、民生委員に求
歴史的に、社会の変化、特に社会福祉行政の仕組み
められる課題を明確に理解し実践することが必要で
の変化にあわせて民生委員法の変遷がみられたが、
ある。
その時代、時代によって民生委員の位置づけがどう
これからの民生委員・児童委員活動の在り方を検
変遷してきたかを検討することで、90有余年の歴史
討していく第1の視点は民生委員法の理念の理解で
のなかで、官寄りの位置づけから、より民への位置
あり、第2の視点は理念具現化への方策が必要であ
づけに置かれたことが、地位や質の低下につながっ
り、第3の視点は現代の社会的要請に即応していく
た、とみるのか、住民の立場にたった、住民目線で
ための共通理解事項である。
の福祉の相談員として受け入れられることが期待さ
れるのか、を考察したい。
従来、中間支援組織をめぐっては、設置・運営主
体の組み合わせによる類型(公設公営、公設民営、
民生委員の地域福祉活動は、住民の最も短な位地
民説民営)をもとにした分析がみられてきた。特に
で担う立場上、即効性や効率性を期待することも、
パートナーシップ型となる官設民営の施設について
特段不思議なことではないにも関わらず、複数の担
は、運営主体のノウハウや展開過程によって様々な
当地区を抱える民生委員の中には、隣接する自治会
課題や可能性があることが指摘されてきている。福
長の名前も顔も知らないか、知っていても人間関係
祉、教育、環境、安全、地域産業等々、地域のくら
が確立されていないという実態がある。近年、守秘
しを支える多様な機能を地域自らの力でコーディ
義務やプライバシー問題で活動しにくくなっている
ネートしたり、創造したりすることが住民主体の地
現状にあって、民生委員が限られた情報をたよりに
域づくりの前提であるものの、現実には行政ガバナ
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
57
ンスによって、無意識に私たちのくらしが支えられ
員が兼ねることとされた。これは戦後、財政状況等
てきたことを指摘できる。これに対して近年は、住
の厳しい特殊事情下にあって定められた「兼務」で
民自治組織やコミュニティ・ガバナンスの醸成を意
ある。この職務内容は紛れもなく保健師や教育関係
図して、住民が主体となって地域コミュニティの機
者等の専門職の携わる領域であり、今後の法改正に
能を統合しようとする動きが少なからず現われてき
おいで、
「児竜委員」を例えば、保健所における必置
ている。これらの動きは現実的な課題を解決するた
の専門職とし、地域担当者が責任をもって巡回・訪
めの方策として生まれてきたものだが、そのなかで
問指導を実施するなどの措置を識ずる等、関係当局
民生委員が、法に則った地域福祉活動にどう関わっ
の議論のテーブルに敬せることを期待するところで
ていけばよいか、そのためには、現任の民生委員の
ある。このことにより、民生委員の位置づけがより
実像を考察し、公私協働の、
(産)官学のより良いあ
一層明確に焦点化されることになり、職務の情通が
り方を検討していくことが肝要である。
図られるのではないかと考えられる。
2.本研究の限界
本研究がもつ限界の第1は、今回調査に協力を得
Ⅴ.おわりに
ることのできた人々が、きわめて偏った部分に位置
民生委員活動の実態をみていくなかで、現任の民
する人々であり、またその数も多いとはいえないと
生委員活動の調査を行った結果から民生委員の役割
いうことである。つまり、今回の調査は、一地方都
と課題として、①ボランティアの性格と他組織との
市で活動する民生委員を対象としたものであり、こ
協働、②民生委員の職務上におけるボランティア
の結果が全国の民生委員を代表する結果や資料とな
性、③組織の特徴からみた民児協の役割と課題、④
るとは言い難い。しかしながら、本研究で T 市の民
民生委員の責任と専門性が示唆された。
生委員が有益な活動であると実感していることが明
具体的には、民生委員は、しなくてはならない内
らかになった。その点においては、これからに民生
容(職務)、活動上の留意点(規制)が法的に定めら
委員に期待される役割について、T 市の民生委員の
れているので、活動は自発性から離れて職務として
役割や課題に対する理解や考え方を分析し、現代社
の行為であるためにボランティア活動をしていると
会の新しい地域福祉を推進するための意識や活動の
いう意識は少ない。そのボランティア性を検討する
ための素材になったのではないかと考える。
目安の一つは、その職務内容の特質をみることにな
また、本研究で民生委員のみを研究対象としたこ
る。その活動状況は、
「相談・支援」件数が徐々に減
とで、車の両輪としての成立ができないことであ
少し、
「その他の活動」が増加している。このように
る。つまり、サービス提供先、相談や支援の対象で
その他の活動の内容が増加へ向かうとすれば、民生
ある住民の意識やニーズ、あるいは協働相手となる
委員本来の職務である日常的な相談・支援・声かけ
種々の組織の意識やニーズを把握できていないこと
が疎かになる可能性は高い。そのなかで、民生委員
が本研究の限界である。
は、深刻化する地域の課題に対応するために、地縁
第2に、本研究は T 市という委員活動が活発な地
の外部との連携に加え、専門性や機動力のある組織
域を対象としており、そうであるからこそ得られた
との連携に活路を見出そうとする。他方、志縁組織
知見は多いものの、それらがその地域においてどこ
にとっても、地縁組織の中にある多様な課題をその
まで適用できるかは未知であるという限界をもつ。
専門性やネットワーク性を活かしながら解決するこ
さらに、民生委員(民生員法上の委員)は、児童
とで、NPO は自らの存在意義と新たな活躍の場(市
委員(児童福祉法上の委員)を兼ねており、また、
場)を得ることが可能となる。
主任児童委買は、児童委員の中から選任指名される
また、中間支援組織としての役割をもつ民生委員
が、本論においては、児童委員に特化した課題と主
は、その長い歴史と違い、行政頼りの部分も多く、
任児童委員については特に言及していない。しか
活動が引き継がれていく仕組みや能力開発体制の不
し、児童委員は、戦後間もない1948(昭和23)年の
備が認められた。これらが個人や組織の発展を遅ら
児童福祉法制定時に定められた委員であり、民生委
せている。したがって、民児協と連携先であるその
58
福岡医療福祉大学紀要 第11号
他の組織は相互の存在意義を認識し、相互にもてる
資源を出し合い、対等の立場で、共通する地域的目
的の実現に向け、社会サービスの供給等の活動をす
ることが求められる。
このことから、民生委員の職責を果たそうとすれ
ばそれなりの専門性が必要となること、現任の民生
委員が抱える悩みや活動上の困難点、また、これか
らの民生委員に求められる資質「民生委員力(民生
委員自らが必要と考える民生委員としての力量)」
などの意見を集約することができた。
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1973
注
1)一般に「民生委員」について記述される場合、①民生委
員、②民生委員・児童委員、③民生委員児童委員、④民生
児童委員、の記述の仕方があり、②の記述例は「新任 民
生委員・児童委員の活動の手引き」、③の記述例は「T 市
民生委員児童委員連絡協議会」などがある。本稿において
は、特段の場合を除き、民生委員または委員のいずれかを
用いている。
2)厚生労働省 HP 平成23年度社会福祉行政報告例
http://www.mhlw.go.jp/toukei/youran/indexyk_3_4.html
2013.7.10
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動ハンドブック.社会福祉法人全国社会福祉協議会.
1981
金井敏.制度創設90周年を迎えた民生委員の機能を問う―期
待と実態のはざまで―.社会福祉研究.第101号.財団
法人鉄道弘済会.2008
いじめ問題に関する一考察
59
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
いじめ問題に関する一考察
―ガイダンス・カウンセラーの視点から―
出利葉 豊*
One consideration about bullying cases
― through a view point by a guidance counselor ―
Yutaka IDERIHA
Abstract
October 23, 2010, ‘The Yomiuri’reported the following great shocking news to us; that a sixth grade girl
committed suicide by hanging herself in Kiryuu-City, Gunma Prefecture.
The newspaper says that her family appealed to us the cause of her killing herself came from the bullying in
her elementary school.
The tragic accidents like this are reported afterwards actually.
In this thesis, l took up the case in Gunma Pref., and considered how to prevent the worst situation. On that
occasion, I didn’t look back whether the correspondence of the school was right or not, in order to prevent the
suicide, but I considered how we could correspondence through a view point by a guidance counselor.
Key words: bullying cases, how to prevent, a view point by a guidance counselor
(Bulletin of Fukuoka University of Health and Social Welfare, 11: 59-65, 2014)
1.はじめに
文部科学省は、いじめについて「当該児童生徒が、
で、調査内容は、いじめの認知件数や具体的事案の
状況についてである。
小学校を対象にした調査結果によれば、いじめの
一定の人間関係のある者から、心理的、物理的な攻
認 知 件 数 及 び 現 在 の 状 況 は88,132件 で、 そ の 内、
撃を受けたことにより、精神的な苦痛を感じている
71,055件は解消している。いじめの認知件数のうち、
もの」と定義し「いじめか否かの判断は、いじめら
学校として、児童生徒の生命又は身体の安全がおび
れた子どもの立場に立って行うよう徹底させる」と
やかされるような重大な事態に至るおそれがあると
している。文部科学省初等中等教育局児童生徒課
考える件数は62件である。いじめの態様について
(2012)は、2012年11月、「いじめ問題に関する児童
は、各区分における認知件数に対する割合を示す構
生徒の実態把握並びに教育委員会及び学校の取組状
成比の大きな順に、
「冷やかしやからかい、悪口や脅
況に係る緊急調査」結果を公表した。調査は、平成
し文句、嫌なことを言われる」57,778件(65.6%)、
24年8月1日から9月22日にかけて行われた。調査
「仲間はずれ、集団による無視をされる」24,443件
対象は、国立、公立、私立の小学校、中学校、高等
(27.7%)、
「軽くぶつかられたり、遊ぶふりをして叩
学校(通信制除く)
、中等教育学校、特別支援学校
かれたり、蹴られたりする」24,258件(27.5%)、
「ひ
*総合福祉学科社会福祉コース
60
福岡医療福祉大学紀要 第11号
どくぶつかられたり、遊ぶふりをして叩かれたり、
蹴られたりする」11,693件(13.3%)、
「嫌なことや恥
3.小学生と学校教育について
ずかしいこと、危険なことをされたり、させられた
加藤(2007)は、ルソーの『学問・芸術論』につ
りする」10,704件(12.1%)、
「金品を隠されたり、盗
いて、人間の本性はもともと善良であり、社会に
まれたり、壊されたり、捨てられたりする」10,419
よって邪悪になると記されていると指摘している。
件(11.8%)である。本稿は、小学校を対象にした
ルソーが『エミール』の中で提案している教育論に
調査において、いじめの態様の構成比が大きかった
ついては、第一部から第五部まで構成されており、
「冷やかし・悪口・仲間はずれ・集団による無視」
第一部は幼児、第二部は歩くことと話すことを覚え
などが主な原因で自殺したと思われる小学生の事例
た子供時代の10歳まで、第三部は10歳から12歳ま
を取り上げ、自殺という最悪の事態を防ぐ方法を考
で、第四部は15歳を対象にし、年齢別に教育方法が
察する。
異なる。第一部から第二部までは消極的教育を行う
平成22年10月23日、読売新聞に群馬県桐生市の小
べきであるが、第三部からは積極的教育へ転換し、
学校6年生の女子児童が首吊り自殺をしたという衝
抽象的なことは扱わずに、具体例でもって学ばせる
撃的なニュースが配信された。記事によると、家族
ことが望ましく、第四部においては、自我意識が芽
は自殺の原因を学校でのいじめであると訴えてい
生え、善悪といった道徳性を理解する段階に達する
る。こうした痛ましい事件が、その後も繰り返し起
ので、それを正しく導かなければならないとしてい
こっているのが現状である。本研究では、群馬での
る。今回のいじめ事例の被害者・加害者は、10歳か
個別事例を取り上げ、最悪の事態を防ぐ方法を考え
ら12歳の小学校5・6年であり、ルソーの教育論に
る。その際、学校等の対応が適切であったかどうか
よれば、積極的教育への転換が望ましく、抽象的な
を振り返るのではなく、自殺を防ぐために、どうい
ことは扱わずに、具体例でもって学ばせることが望
う対応を取ることができたのかを、最近の小学校に
ましいと言える。
おける学級運営や生徒指導の在り方の議論をふまえ
て、ガイダンスカウンセラーの視点から多面的に考
察する。
4.報道の概要
小学校6年生の女子児童が首吊り自殺に至る経緯
2.ガイダンスカウンセラーの視点について
については、主に毎日新聞(2010)で報道された内
容を基に概要をまとめる。記事によると、自殺した
スクールカウンセリング推進協議会=編著のガイ
上村明子さんは、4年生の2008年10月に名古屋市内
ダンスカウンセラー入門(2011)によれば、ガイダン
の小学校から転校して来た。父親の竜二さんによる
スカウンセラーとはガイダンスカリキュラムの専門
と、5年生になると一部の同級生に「臭い、あっち
家のことである。職務範囲は、1つは子供の発達課
行け」と言われたり、無視されるようになった。い
題(学業、進路、人格形成・社会性、健康)
、もう1
じめのきっかけは、フィリピン人である母親が5年
つは子供の環境(授業・友達などの学校組織、教師、
生の時に授業参観に訪れた際、同級生から母親の容
保護者・地域)である。そして、その職務を遂行す
姿について悪口を言われたことである述べている。
るために4つの能力、すなわちアセスメント、個別
その時は、両親が担任に相談し、いじめは一旦収
対応、グループ対応、コーディネーション(関係機
まったが、6年生になると再び無視されるように
関との調整役)が要求される。本稿では、子供の発
なった。竜二さんは、
「6年生になってから学校側に
達課題・子供の環境とガイダンスカウンセラーとし
10回以上相談したが、具体的な解決策は示されな
ての職務を遂行するための4つの能力を組み合わせ
かった」と話している。父親としては、中学進学を
た多面的な視点から、最悪の事態を防ぐために、ど
機に引っ越す計画を立てていた。会見した校長は
ういう対応を取ることができたのかを考察する。
「(一部の同級生との関係が)良くない状態にあった
のは間違いないが、いじめという認識はなかった。
明子さんに嫌なことはないか話しを聞くこともあっ
いじめ問題に関する一考察
たが『特にない』と答えていた」と話した。
61
いて記述している。日ごろの指導・認識における問
捜査関係者と学校関係者によると、担任への聴取
題点については、第一に普段の生活の中での問題行
は明子さんの学校生活や、自殺までの経緯について
動につながりかねない行動に対する指導が、集団の
説明を求めるために行われた。担任は聴取の中で、
画一的、一般的なものにとどまっており、個々の児
同級生が明子さんを無視したり給食時に明子さんを
童生徒の内面・心情に即した指導まで至っていな
避けて座るなどのいじめがあったと説明している。
い。第二に児童生徒の問題行動について、その行動
明子さんが給食で孤立するまでの具体的な経緯は、
の意味や背後にある児童生徒の抱える問題に関する
同市教委への取材でわかっている。明子さんが一人
認識が乏しいため、適切な指導が行われないまま時
で給食を食べるようになったのは、9月28日の席替
間が経過しているなど事態の程度についての的確な
えの後である。同校としては、29日、全児童542人を
認識・把握ができていない。第三に自分が担任する
対象にいじめに関するアンケート調査を実施し、隠
学級には問題行動を起こす児童生徒がいるはずがな
れたいじめがないか掘り起こしを図っている。
い、あるいは児童生徒の起こした行為を問題行動だ
市教委によると明子さんが在籍していたクラスで
と認めることは自らの指導力のなさを認めることに
は、9月18日の運動会後、児童たちの落ち着きがな
なり容認できないなどといった意識がある。また、
くなってきた。担任は、このため児童同士の席の間
仮に児童生徒が問題行動を起こしたとしても、それ
隔を広げる必要があると考え、同28日、縦に8列
は自分の指導方法で解決できるという思い込みがあ
あった席を6列に減らし、減らした分は列の後方に
ると指摘している。
移動させた。一方、給食を食べる1組5人程度の班
問題行動発生時の学校の対応における問題点につ
のメンバーは従来通りとした。しかし、この席替え
いては、第一に問題行動に関して個々の教職員がば
をきっかけに、児童たちは給食時に指定された班で
らばらの対応をしており、学校としての組織的な対
はなく、勝手に席を移動して食べるようになり、結
応がなされていない。第二に学校の指導組織全体を
果として明子さんは一人になることが多くなった。
通じて役割分担とその達成方法を含む責任遂行体制
担任は、班で食べるように指導したが効果がなく、
が確立されておらず、問題行動が起こった時への備
再度10月14日に席替えを実施し給食の班も変えた。
えが十分にできていない。また、仮に体制が整備さ
明子さんは、14・15の両日、新しい班のメンバーと
れていたとしても、形骸化しており、必要なときに
給食を食べたが、週明け後の18日に再び孤立した。
機能していない。第三に問題行動が起きた際に、保
その後、19日は病気を理由に、20日は家の用事を理
護者等に対し、事実関係や学校の対応等についての
由に欠席した。21日の郊外学習は学校側の説得で参
説明が十分でないため、混乱を招いていると論じて
加したが、クラスメートに「こんな時だけ参加する
いる。
のか」などと悪口を言われた。担任は悪口を言った
報告書は、以上のような問題点を踏まえ『学校の
児童を注意したが、翌22日、明子さんは学校に連絡
抱え込みから開かれた連携』への取組が必要である
せず再び欠席した。竜二さんは、22日は「学校に行
とまとめている。第一に指導体制を充実するため
くのを嫌がったため休ませた」と述べている。明子
に、児童生徒の規範意識を啓発する活動の実施、学
さんが自殺したのは、翌23日であった。
校全体にわたって児童生徒や保護者からの相談に応
じる体制の強化、学校として何が問題行動なのか、
5. 最近の児童生徒の問題行動への対応に
関する議論
⑴ 児童生徒の問題行動等に関する調査協力者会議
あるいは何が将来問題行動につながるかを見極める
ため個々の教職員が入手した情報を生徒指導主事・
学年主任・保健主事等が一元的に掌握しておくこと
が必要である。第二に学校は、日ごろの行動が将来
報告書(1998)
的な問題行動につながる恐れがあると思われる児童
文部科学省は、平成10年、児童生徒の問題行動等
生徒について、全教職員間で情報を共有し学校全体
に関する調査協力者会議報告書をまとめた。報告書
として共通理解をもって指導にあたること、また、
は、これまでの学校による取組の現状と問題点につ
必要に応じ、その児童生徒の保護者に十分な説明を
62
福岡医療福祉大学紀要 第11号
行うことによって理解を得るように努め、学校・家
今日求められる学校と関係機関との連携の在り方、
庭が一体となって対応していくことが重要であると
連携の事例や関係機関等の詳細な情報についてまと
論じている。
めた。
関係機関との連携の在り方については、日常の教
⑵ 少年の問題行動等に関する調査研究協力者会議
育活動の中で講師を派遣したり、児童生徒に関する
報告書(2001)
情報交換を行ったりするなど、健全育成やネット
文部科学省は、平成13年、少年の問題行動等に関
ワーク構築等のために行う「日々の連携」と、学校
する調査研究協力者会議報告書をまとめた。報告書
だけでは解決が困難な問題行動が発生した場合など
は、それまでの行動、態度からは周囲が非行を予見
の対応を行う「緊急時の連携」について、その目的
し難いような子供が重大な問題行動を起こす状況へ
と 具 体 例 に つ い て 述 べ て い る。 そ し て、 学 校 が
の対応を述べている。小学校においては、学級担任
「日々の連携」を丁寧に行えば、問題行動の減少、学
のみに問題解決をゆだねるのではなく、他の教職員
校や家庭、地域の教育力の向上が期待できる。また、
と協力し合って育てていくという姿勢が必要であ
日ごろから関係機関等との交流があれば問題行動等
る。学校としても、そうした考えに基づき生徒指導
が発生したときに相談しやすく円滑で適切な「緊急
の方針を定め組織的・計画的に取り組むことが必要
時の連携」につながる。こうした点を踏まえ、連携
であり、心のサインを見逃さず情報連携から行動連
を考える際には「日々の連携」と「緊急時の連携」
携を図ることが重要であると論じている。
の二つの視点を意識することが大切であると指摘し
ている。
⑶ 「学校運営等の在り方についての調査研究」報
学校段階別に見た今日の課題の中で、小学校につ
告書(2005)
いては、これまであまり緊急時の対応は必要とされ
国立教育政策研究所指導教育センターは、平成17
てこなかったが、近年、取組の重要性が高まってい
年3月、小学校における学級運営や生徒指導に関し
る。小学校においても、専門性をもつ関係機関がど
てのそれまでの種々の報告書を参考にしつつ、これ
こにあるのか、また、どのようにして連携を図って
からの小学校における学級運営と生徒指導の在り方
いけばよいのかなど、学校の実態に応じ必要な連携
を多面的に検討し提言している。
体制を確立していくことが大切であるとして、連携
提言は、学級運営と生徒指導の充実改善の5つの
の事例や関係機関の詳細な情報をまとめている。
基本的方向を論じている。第一に学級担任だけでな
く、学年や学校全体の教職員、保護者や他の児童、
地域の人々など多様な視点を通して児童理解の深化
が必要である。第二に学級・学校内の豊かな人間関
係の構築、自己指導力を高める取組が大切である。
6.ガイダンスカウンセラーの視点からの考察
⑴ 被害者への対応
いじめられる側は、問題解決に対する大人への不
第三に児童の実態等を踏まえ、各学校や地域等の特
信、保護者への気遣い、いじめられていることの恥
質に応じた生徒指導体制を確立すべきである。第四
ずかしさ、事態悪化への恐れなどから、真相を話せ
に子どもの成長・発達について、学校・家庭・関係
ず自分で何とかしよう隠そうとする場合が多い。今
機関・地域の人々が共に考え共に実践していくネッ
回のケースでも、校長が明子さんに嫌なことはない
トワーク化の推進が必要である。第五に学校評価等
か話しを聞く場面があったが、被害者は『特にない』
の活用と教育委員会のサポートが大切であると指摘
と答えている。いじめに直面している被害者の心情
している。
を把握するには、多角的な情報の入手が必要である。
家庭における食事・睡眠・身体的不調などの日常
⑷ 「学校と関係機関等との連携-学校を支える
生活の状態の把握、学校における担任・全教科の担
日々の連携-」(2011)
当教員・養護教諭による生徒の状態・変化の見守り
国立教育政策研究所指導教育センターは、平成23
情報、クラス内の児童からの情報など多面的な情報
年3月、教育委員会や学校からの意見を踏まえて、
入手が必要である。また、児童の生命又は身体の安
いじめ問題に関する一考察
63
全がおびやかされるような重大な事態に至ることを
人ひとりに自己存在感を与えるようなクラス作りを
防ぐには、日々変化する被害者の内面心情を把握す
心掛けるべきである。
るために、本人に対する簡単な心情把握のためのア
ンケート調査を定期的・継続的に行うことは有効で
⑷ 学校組織の対応
ある。調査の結果、悩み・不安・うつ・ストレス等
記事によれば、明子さんは、4年生の10月に名古
が深刻であれば、養護教諭や保護者と連携して医療
屋市内の小学校から転校、5年生なると一部の同級
機関を受診することも考慮すべきである。
生から「臭い、あっち行け」と言われたり、無視さ
れるようになった。最初は、担任の対応で収まるが、
⑵ 加害者及び傍観者への対応
いじめを許さないクラス作りをするためには、前
6年生になると再び無視され、秋からは給食を孤立
して食べるようになり、欠席しがちになった。そし
述の文部科学省が2012年に行ったいじめの問題に関
てこの間、父親は学校に10回以上相談に行っている。
する児童生徒の緊急調査で明らかになったいじめに
最悪の事態を防ぐには、被害者が今回の事例のよ
関する6つの具体的事案について、常日頃から考え
うに長期に渡っていじめによるストレスを受けない
る授業を設けることが有効である。どういうケース
ようにしなければならない。そのため、担任は自身
がいじめになるのか、自分がいじめを受けた場合ど
による問題解決がうまく処理できないようになった
う感じるのかなど、今回のケースに類似した事態に
時点で、一人で解決しようとせず、できるだけ早い
ついて、具体的に考えさせるのである。その上で、
段階で学校組織を活用すべきである。相談を受けた
過去いじめをやったことがないか自ら振り返らせ気
学校は、その事案が最悪の事態にならないかを慎重
づかせるのである。そうすれば、加害者を減らすこ
に見極める必要がある。事態の程度やストレスによ
とが出来るし、傍観するのではなく、いじめを許さ
る影響についての的確な認識・把握のために教職員
ず、いじめをとめられる児童が一人でも多くなり、
全員により複眼的に児童を理解し、必要に応じ教職
いじめを許さないクラス作りができる。但し、こう
員が連携して対応について協議したり、児童や保護
した授業設定は、問題発生前に行うべきであり、問
者の悩みの相談を学校全体で検討する必要がある。
題発生後に行うのであれば、被害者の負担や事態悪
いじめの問題の中には、学校だけでは対応できない
化にならないように、実施のタイミングや教育内
場合が生じる。その際は、学校内で何とか解決しよ
容・方法は慎重に検討しなければならない。
うとする抱え込み意識をすて、学校・保護者・地域
の人々が一緒になって問題解決を考え実践していく
⑶ 担任教師の対応
小学校のクラス担任は、受け持つ教科が多く児童
と共に、校外の専門機関との連携をはかることが重
要である。
と接触する時間が長いため、生徒指導における子供
に対する理解や判断・指導が大きくゆだねられ、学
級内の出来事を一人で抱えこみがちとなる。しか
⑸ 家庭教育力及び地域教育力の活用
いじめの問題は、場合によっては学校だけで対応
し、クラス内でいじめのような事案が起きた場合、
しようとせず、学校と家庭、地域社会が情報を共有
担任のみで問題解決を図ることは困難なケースが生
し、意思の疎通を図り、それぞれがその立場に応じ
じる。その際は、問題解決を一人で抱え込まず、生
てその役割をネットワークとして一体的に対応する
徒指導部を中心とする学校組織を活用すべきであ
ことが大切である。
る。また、常日頃から高橋(2002)の言う開発的生
第一は、家庭教育力の活用である。人間が最初に
徒指導を心掛けることが大切である。学級集団にお
所属する集団は家庭であり、そこで社会の行動様式
いて、児童が互いに相手を尊重し望ましい人間関係
や生活習慣などを学び、人格形成に大きな影響を受
を確立し、児童一人ひとりの個性の伸長を図り、自
ける。人への思いやりや言動の善悪と言った社会生
己指導力を育成するクラス運営を心がけ実践すべき
活を営む上での基礎的・基本的なことについて最初
である。学級の仲間をお互いに一人の人間として尊
に学ぶのであり、いじめをしない・させない・許さ
重する共感的人間関係の育成を図ると共に、児童一
ない児童を育てる上で家庭の果たす役割は大きい。
64
福岡医療福祉大学紀要 第11号
高橋(2002)によれば、エリクソンは生活年齢と対
第二は、地域教育力の活用である。家庭と学校教育
応した8段階の人生周期を設定し、各段階ごとに獲
について、親と教師が意見交換し、連携を図る場とし
得すべき発達課題、心理的社会的危機、発達課題獲
て PTA がある。今回の場合、問題行動発生後に給食
得の主な支援者を明らかにしている。エリクソンに
時に孤立して食べることを本人がどう感じるかなど
よれば、人間は小学校に上がる前の乳児期、早期児
具体的にクラスで話し合うことは、被害者の心情を
童期、遊戯期の発達段階で、信頼対不信、自立性対
考えると実践するのが困難である。そこで、PTA の場
恥・疑惑、積極性対罪悪感という心理的社会的危機
において、今回のケースの対応を教師と共に検討し、
に直面する。心理的社会的危機とは、発達段階にお
教師と連携協力して実践することは有意義である。
いて社会環境から要請される心理学的課題であり、
協力が得られ給食時の巡回指導等の活動を行えば、
次の発達段階に進むために乗り越えなければならな
有効な対応策として機能する可能性がある。
い場面で感じる葛藤や緊張状態、態度、資質である。
そして、もしある時期に克服すべき課題を達成でき
ない場合は、その段階での適応も容易ではないし、
次の発達段階での適応にも支障を及ぼしかねないと
7.おわりに
三つ子の魂100までということわざがある。幼い
している。発達課題獲得の主な支援者については、
頃の性格や気性は、年をとっても変わらないという
乳児期が母親的人物、早期児童期が親的な人物(複
意味であり、小学校に入学する前の幼児教育の役割
数)
、遊戯期が基本的家族としている。
の大切さを意味している。エリクソンが指摘してい
稲垣(2005)は、パーソナリティの形成について、
るように、パーソナリティの形成において幼児期に
遺伝的要因と環境的要因両者の相互作用によって形
克服すべき課題を達成できない場合は、次の発達段
成され発達する。パーソナリティの形成に影響を及
階での適応にも支障を及ぼしかねない。入学後の学
ぼす環境的要因には、さまざまなものが考えられる
校教育を効果的にするために、幼児教育にもっと力
が、その中でも、どの子供にも持続的で強い影響力
を入れるべきである。いじめを防止する観点から
を与えるのは親の養育態度及び母子関係と述べてい
は、命の尊さ、他人を思いやる心、困った人を助け
る。親の養育態度と子供の性格との関係について、
る心、ルールを守る心を持つ幼児を育てるしつけを
過保護に親に育てられると子供は依存的になり、甘
家庭においてすべきである。現在の家庭を取り巻く
やかしすぎると子供はわがままになったり、反抗的
厳しい環境から全ての幼児にそうした教育を期待す
になったりすると述べている。
ることは困難であるかもしれない。しかし、大多数
一方、最近の家庭教育力の低下は明らかである。
の児童にそうした教育をしておけば、いじめをしな
核家族化、離婚等による母子家庭・父子家庭の増
い、させない、許さないクラスの素地が入学前にで
加、単身赴任や母親就労の増加、インターネット等
きていることになる。
による有害情報の増加といった家庭環境の変化は、
人の個性は多様であり、100人いれば100通りの個
児童に様々な悪影響を与え、人への思いやりの未
性がある。小学生がいじめを受けた場合、心の問題
熟・協調性の欠如・情緒不安定といった状態を生み
のため、内面心情を的確に認識・把握することは困
やすくしている。そのことが、いじめを引き起こす
難であり、受けるストレスは個性により個人差があ
要因の1つとなっている。しかし、エリクソンや稲
り、どう受け止めるかは千差万別である。同じスト
垣らの指摘を考慮すれば、そうした厳しい家庭環境
レスを受けても、その反応は一人一人異なり、因果
を克服し小学校に上がる前に、各段階ごとに獲得す
関係を予測したり、ストレスの影響を判断すること
べき発達課題を克服しつつ、小学校という公共の場
は困難である。そこで、いじめを重大事案に発展さ
で必要なマナーについても家庭でしつけておくこと
せないようにするためには、常に最悪のケースを想
が大切である。家庭教育の重要性について、もっと
定して対応することが必要である。最悪のケースを
家族全員が認識するようそうした教育内容を義務教
回避するために、家庭・学校・地域など多くの人の
育期間中の学校の学習指導要領の重要項目とし、発
視点をネットワークとして機能させ複眼的にチェッ
達段階に応じて徹底して習得させるべきである。
クすると共に、被害者、その保護者、担任、クラス
いじめ問題に関する一考察
の生徒がひとりで悩まず気軽に相談できるガイダン
スカウンセラーやスクールカウンセアーなどの相談
窓口が必要である。また、事案が起きたとき一体と
なって対応するため、常日頃から、学校・家庭・地
域が定期的に話し合いの場を持ち、情報を開示し、
なんでも話し合える良好な人間関係を常日頃から醸
成しておくことも大切である。
【参考文献等】
(1)文部科学省初等中等教育局児童生徒課 「いじめ問題に
関する児童生徒の実態把握並びに教育委員会及び学校の
取組状況に係る緊急調査」結果について 2012年11月22日
(2)スクールカウンセリング推進協議会=編著 文化図書 2011年
(3)加藤彰彦 ジャン=ジャック・ルソーの『エミールま
たは教育について』のジャック・デリダ的読解 四天王寺
国際仏教大学紀要 第44号 2007年3月
65
(4)毎日新聞「自殺:小6女児、首つり 父「学校でのい
じめ原因」
2010年11月
(5)毎日新聞「桐生の小6女児自殺:9月の席替え後、孤
立 担任から聴取 ― 市教委」
2010年11月
(6)毎日新聞「桐生の小6女児自殺:同級生が母の悪口 小5参観日、いじめのきっかけか」
2010年11月
(7)文部科学省 「児童生徒の問題行動等に関する調査協力
者会議報告書」
1998年3月
(8)文部科学省 「少年の問題行動等に関する調査研究協力
者会議報告書」
2001年3月
(9)国立教育政策研究所指導教育センター 「学校運営等の
在り方についての調査研究」報告書 2005年3月
(10)国立教育政策研究所指導教育センター「学校と関係機関
等との連携 -学校を支える日々の連携-」
2011年3月
(11)高橋超・石井眞治・熊谷信順編著 生徒指導・進路指
導 ミネルヴァ書房 2002年
(12)稲垣應顕・犬塚文雄編著 わかりやすい生徒指導論改
定版 文化書房博文社 2005年
66
福岡医療福祉大学紀要 第11号
67
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析
―退院支援の体系化に向けた取り組み―
大 垣 京 子* 村 上 須賀子** 加 藤 由 美***
はじめに
化は、退院支援の専門性を明確化し、退院支援従事
者の育成や研修に反映させることができる。このこ
現在、医療は機能分化し地域完結型に移行しつつ
とは、退院支援の質の向上につながり、さらに、退
ある。患者はひとつの医療機関において治療を受け
院支援の質の向上は、患者の不安軽減や満足度の向
続けることが難しく、病状に応じて次の医療機関に
上、および医療福祉連携の促進に貢献すると報告し
移ることになる。医療機関にとっても、機能分化に
た。筆者は、今回の調査結果の一部データに基づ
よって医療のどの機能を担うのかを選択し、その結
き、退院支援従事者の属性によって、退院支援の評
果、あらゆるシステムを変えざるを得なくなってい
価に相違がみられるか否かを明らかにする。
i
る。地域連携室の存在はそのひとつである。救急を
主体とした機能を選んだ病院は、在院日数の短縮が
重要になり、早い退院を円滑に進めるための地域連
方 法
携室を立ち上げていった。急性期の患者を受け入れ
1、対象:福岡「連携室の連携」の会 会員110名
る回復期リハビリテーションや亜急性期の機能を選
2、調査機関:平成24年1月~2月
んだ病院は、患者を受け入れるための部署として、
3、データベース
ii
また受け入れた患者の退院支援をおこなうために地
日本医療ソーシャルワーク学会が構築して会員に
域連携室を立ち上げた。もともと医療ソーシャル
公開している退院支援データベース ver1(以下 DB)
ワーカー(以下 MSW)がおこなっていた退院援助
を用いる。当該データには平成24年に実施された第
は、現在、地域連携室に配属されている社会福祉士、
一次実態調査で得られた退院支援従事者110名の
MSW(以下 SW 系)や認定看護師や看護師など(以
データが蓄積されている。DB は6つの枠組みで構
下看護系)の専門家によっておこなわれるように
成されている。以下に枠組みを述べる。
なった。現在、地域連携室の働きは医療機関が円滑
1)病院および退院支援従事者の属性
に運営できるかどうかを左右するといっても過言で
病院:⑴開設主体、⑵ DPC、⑶退院支援従事者
はない状況になっている。このように地域連携室は
数、⑷平均在院日数、⑸病床稼働率、⑹退院調整加
医療機関の重要な位置にあるのだが、退院支援を多
算の届け出・請求、
従事者属性:⑴保有資格、⑵性・年齢、⑶退院支
様な側面から体系的に捉えた検討はまだなされてい
ない。
日本医療ソーシャルワーク学会は MSW を中心と
した学会である。今回、
「福岡連携室の連携」の会の
協力を得て、医療機関で退院支援に従事するソー
シャルワーカー系と看護系の従事者を対象に退院支
援業務の経験年数・関与度、⑷担当病床の種類・規
模
2)退院支援プロセスの構成要素
プロセスを8領域22項目に分類した。
⑴ 事前評価と患者ニーズの把握 援に関する第一次実態調査を実施した。学会長の村
① 患者側の意向確認、② 医学的アセスメン
上は、今回の調査の意義について、退院支援の体系
ト、③ 身体的アセスメント、④ 心理・社会的
*福岡医療福祉大学総合福祉学科医療福祉コース
**兵庫大学
***東北文化学園大学大学院
68
福岡医療福祉大学紀要 第11号
アセスメント、⑤ 経済的アセスメント、⑥ 患
の5項目
者ニーズの明確化
5)退院支援の評価
⑵ 院内の調整
⑦ 患者側と院内関係者間の調整,⑧ 院内関
係者との協議・検討
⑶ 地域の調整
⑨ 患者側と地域関係者間の調整、⑩ 地域関
係者との協議・検討、⑪ 社会資源の活用に伴
う調整
⑷ 患者や家族への援助
⑫ 社会資源の紹介、⑬ 社会資源の活用伴う
援助、⑭ 退院に伴う心理的問題に対する援
助、⑮ 療養生活に関する指導
⑸ 文書や記録の作成・管理
⑯ 必要書類の作成、⑰ 記録の作成・管理
⑹ 事後評価
⑱ 退院後のモニタリング、⑲ 退院支援の評価
⑺ 退院支援の体制づくり
⑳ 院内関係者との定期的な情報交換、㉑ 地
域関係者との定期的な情報交換
⑻ その他
㉒ その他
3)退院支援における基本姿勢
従事者がどのよう亜点に心がけて退院支援をおこ
なっているか、患者中心の視点、医療マネジメント
の視点など3領域12項目に分類した。
⑴ 患者中心の視点 ① 患者や家族が退院を納得できること、② 患
者や家族の不安を和らげること、③ 患者や家族
と信頼関係を築くこと、④ 患者や家族が療養の
場を主体的に選べること、⑤ エンパワーメン
ト、⑥ アドボカシー
⑵ 医療マネジメントの視点
⑦ 平均在院日数をクリアして病院経営に貢献
退院支援の評価視点を患者の立場、医療マネジメ
ント、多職種連携などの4領域8項目に分類、項目
ごと従事者の重視度、最重要項目
⑴ 患者の観点に基づく評価視点
① 患者や家族の納得、② 患者や家族の不安
軽減、③ 患者や家族の満足
⑵ 医療マネジメントの視点に基づく評価視点
④ 設定された期間内での退院、⑤ 病状に見
合った療養の場に移ること
⑶ 多職種連携の視点に基づく評価視点
⑥ 院内関係者の満足、⑦ 地域関係者の満足
⑷ その他
⑧ その他
6)従事者の教育・研修
退院支援教育を受けた経験(業務上、業務外など)
の有無、教育を患者対応、退院支援計画、連携、医
療ケア医療マネジメント、社会資源の7領域22項目
に分類、各項目の必要度、重視項目
⑴ 患者対応
① 患者中心の視点、② アセスメント、③ 患
者ニーズの把握、④ 面接技術・コミュニケー
ションスキル、⑤ エンパワーメント ⑥ ア
ドボカシー
⑵ 退院支援計画
⑦ 退院支援目標の設定、⑧ 退院計画の策定
⑶ 連携
⑨ 院内の多職種との連携、⑩ 地域の多職種
との連携
⑷ 医療ケア
⑪ 疾病に関する医学知識、⑫ リハビリテー
ションに関する知識、⑬ 看護・介護に関する
知識、⑭ 自院で扱う主な傷病に関する、検査、
すること、⑧ 自院の医療サービスの質の向上
治療、予後、医療費など、患者の状況理解やア
に貢献すること、⑨ 医療チームの一員として
セスメントに必要な知識
自分の専門性を発揮すること、⑩ 患者が病状
に見合った医療を切れ目なく受けられること、
⑪ 地域での療養生活を見据えた退院支援
⑶ その他
⑫ その他
4)退院支援における MSW と看護師の協働
協働の有無、協働状況とその要因、協働促進要因
⑸ 医療マネジメント
⑮ 医療機能の分か・連携、⑯ 自院の医療機
能、⑰ 診療報酬における退院支援
⑹ 社会資源
⑱ 制度(医療、介護、障害など)の知識、⑲ 制
度(医療、介護、障害など)の活用、⑳ 地域の
社会資源の知識、㉑ 地域の社会資源の活用
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析
⑺その他
㉒ その他
4、今回の評価視点のデータ設定
DB の中から以下のデータを評価視点とした。
⑴ 患者の観点に基づく評価視点
⑵ 医療マネジメントの観点に基づく評価視点
⑶ 他職種連携の観点に基づく評価視点
⑷ これらの評価視点について、退院支援従事者
の属性(保有資格に基づく専門性、退院支援業
務への関与度、退院支援業務の経験年数など)
とそれぞれクロス集計をおこなった。
図2 平均在院日数
結 果
1、 病床総数は20床から1,116床の範囲で分布して
おり、中央値199,0であった。(図1)
2、 平均在院に数は10,4日から248日で分布してお
り、中央値17,1であった。(図2)
3、DPC 適用病院の回答者は4割強を占めた。
(図
3)
4、 所 属 病 院 は79,8 % が 私 的 病 院、 公 的 病 院 は
20,2%であった。(図4)
図3 DPC 適用病院ですか(N=100)
5、経験年数
1年未満が15,5%。(図5)
6、資格
社会福祉士が最も多く、次いで複数の資格を有す
るケースや看護師が多く見られた。SW 系では多く
の資格を保有していた。(図6)
図4 所属病院(N=109)
図1 病床総数
8
図5 経験年数(N=100)
69
70
福岡医療福祉大学紀要 第11号
7、保有資格の専門性
とその他の業務が半々が38,9%であった(図9)。図
SW 系と看護系の2群に分類した。SW 系は84.8%、
10に、SW 系回答者の退院支援業務への関与度を示
看護系は15.2%だった。
(図7)
す。「他の業務と半々」が最も多く46.0%、次いで
8、 回答者は女性が7割弱を占め、男性は3割強
「主に退院支援」35.6%、
「他の業務が多い」16.1%、
だった(図8)
「専従」2.3%の順となった。図11に、看護系回答者
9、業務の関与度
の退院支援業務への関与度を示す。「主に退院支援」
専従が4,6%、退院支援が主業務38,0%、退院支援
が最も多く50.0%、次いで「他の業務が多い」31.3%、
38
SW系
15
看護系
14
12
9
4
3
1
4
3
1
1
4
図6 回答者の資格(N=109)
看護系
15.2%
SW系
84.8%
図7 回答者(退院支援従事者)の専門性(N=105)
男
32.4%
女
67.6%
図8 回答者(退院支援従事者)の性別(N=108)
図9 業務関与度(N=108)
退院支援以外
の業務が多い
16.1%
退院支援専従
2.3%
主に退院支援
だが、その他の
業務も有
35.6%
退院支援とそ
の他の業務が
半々
46.0%
図10 SW系回答者の退院支援業務関与度(N=89)
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析
退院支援以外
の業務が多い
31.3%
71
退院支援専従
18.8%
主に退院支援だ
が、その他の業
務も有
50.0%
図11 看護系の回答者の退院支援業務関与度(N=16)
「専従」18.8%の順となった。退院支援業務への関与
度を専門性別にみると、専従を含めて退院支援を主
たる業務としている割合が、看護系では7割近くを
占めたのに対し、SW 系では4割弱にとどまった。
これら群間の差については1%の有意水準で有意差
が認められた(P<0.01)。
10、専門性別の経験年数
図13 退院支援経験1年以上の看護系の経験年数
図12は SW 系の退院支援経験年数である。SW 系
では業務経験が1年から37年の範囲で分布してお
囲で分布しており、中央値3.0だった。
り、中央値7.0だった。図13は看護系の退院支援経験
退院支援業務の経験年数について回答者を専門性
年数である。看護系では業務経験1年から7年の範
別にみると、SW 系は看護系に比べて経験年数が長
い傾向が示された。(図12、図13)
11、患者側の意向確認(図14)
「出来ている」と「ある程度出来ている」を合わせ
た割合は、SW 系87.5%、看護系85.7%で、患者側の
意向確認の達成度は専門性を問わず高かった。
図表14 患者側の意向確認
SW系(N=88)
出来ている
看護系(N=14)
27.3
28.6
60.2
ある程度出来ている
あまり出来ていない
57.1
12.5
14.3
ほとんど出来ていない
図12 退院支援経験1年以上の SW 系の経験年数
図14 患者側の意向確認
72
福岡医療福祉大学紀要 第11号
12、設定された期間内での退院を重視する従事者割
合(図15, 表1)
14、地域関係者の満足を重要と思うか
1)専門性はソーシャルワーカー系 75,6%、看護
1) 専門性については、ソーシャルワーカー系
74,4%、看護系53,3%であった。
系 86,7%(図18)
2)業務関与度では、専従が80%、退院支援が主
2)経験年数については、1年未満64,3%、1年
以上71,1%で1年以上が多数を占めた。
業務は77,5%、他の業務と半々は82,5%、他の業
務が多いは64,7%であった。(図19)
3)業務関与度の高い群ほど重視する傾向が見ら
れた。
(p<0.05)
3) 経験年数について1年未満 80%、1年以上
76,4%であった。
13、多職種連携の観点に基づく評価視点院内関係者
の満足
1) 院内関係者の満足について、ソーシャルワー
カー系が75,3%、看護系が80%であった。
(図16)
2)業務関与度については、専従が80%、退院支
援が主業務が77,5%、他の業務と半々が82,5%、
他の業務が多いが52,9%であった。(図17)
3)経験年数では、1年未満が85,7%、1年以上
が74,4%であった。
図16 「院内関係者の満足」を重要と思いますか
図15 「設定された期間内での退院」は重要と思いますか
図17 「院内関係者の満足」を重要と思いますか
表1 退院支援への関与度と設定された期間内での退院のクロス表
設定された期間内での退院
重要
合計
度数
退院支援への関与度の%
0
0
.0%
5
100.0%
5
100.0%
主として退院支援だが、そ 度数
の他の業務も有
退院支援への関与度の%
8
20.0%
32
80.0%
40
100.0%
退院支援とその他の業務が 度数
半々
退院支援への関与度の%
12
30.0%
28
70.0%
40
100.0%
退院支援以外の業務が多い 度数
退院支援への関与度の%
10
58.8%
7
41.2%
17
100.0%
合計
30
29.4%
72
70.6%
102
100.0%
退院支援への関与度 退院支援専従
度数
退院支援への関与度の%
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析
73
退院を重視する傾向がみられた。このことは、SW
系がもともと退院支援にかかわってきたことと無関
係ではないだろう。また、院内、専門性、他業務が
多い群を除けば、業務関与度とも重要視する傾向で
あったが、これは、組織からの期待度をあらわして
いえよう。限られた期間内での退院を重視する傾向
が高いにもかかわらず、患者中心の援助をおこなっ
ているのは、組織の期待と患者の期待を実現してい
ることになるが、実感として、患者中心の退院支援
図18 「地域関係者の満足」を重要と思いますか
が行われているようには思われない。限られた選択
肢の中から転院先を決めざるを得ないことが多くあ
るからである。支援者側の自覚が患者側の意向とど
の程度整合性があるのか今後検討が必要である。
課題は、従事者から見た退院支援の評価視点の不
十分さである。今回の分析で取り上げた属性以外に
も、退院支援教育を受けた経験、担当病床の種類・
規模・地域性などの属性の関与が考えられる。ま
た、地域や院内の満足度だけでなく、患者中心の視
点である患者が望む療養機関の選択、患者の納得、
不安軽減、満足など、重要な項目の統計を追加分析
し、重ねて研究成果の精緻化を図ることがもとめら
れる。これらのことが、退院支援の質の向上、患者
図19 「地域関係者の満足」を重要と思いますか
の不安軽減や満足度の向上、および医療福祉連携の
促進に貢献することにつながると考えている。
考察と課題
初めに述べたように、医療機関の機能分化によっ
なお、この報告は、第50回日本医療・病院管理学
会において報告したものを訂正加筆したものであ
る。
て在院日数の短縮化や期限内での退院は、医療機関
の運営にとって重要なものになった。しかも、退院
支援は患者や家族のこれからの人生を決める重要な
業務である。結果では、SW 系、経験年数が1年以
上、業務関与度の高い群ほど設定された期間内での
注
ⅰ 村上須賀子 第50回日本医療・病院管理学会 「退院支
援データーベースの設計・構築・運用」2012
ⅱ 同上
74
福岡医療福祉大学紀要 第11号
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
75
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
~脳性麻痺 A 児に対する事例を中心として~
松 﨑 優* 木 村 匡 登**
キーワード:脳 性麻痺、臨床ソーシャルワーク、
クのユニークなパースペクティブ(perspective)を
発達援助プログラム、
もたらしながら、ソーシャルアクションのような
感覚運動調整療法
ソーシャルワークのほかの実践様式に、他のソー
2)
という定
シャルワーカーたちと共に、参加する。
」
Ⅰ はじめに
義を用いている。この定義でも強調されていること
であるが、筆者らの臨床研究では臨床ソーシャル
これまで筆者は小関らの研究グループにおいて発
ワークの視点から得られた知識と専門職としての固
達に障害を有する児童の発達支援にかかわってきた。
有性から生まれたプログラムを用い、彼らの人生の
特に乳幼児期の最も成長・発達の盛んな時期に様々
展望を拓いていくことを目的としている。特に本稿
な障害から他者(特に母親)とのコミュニケーション
では障害児童に対する発達支援過程について事例を
が不全状態に陥ったり、運動機能障害から成長・発
用い報告する。
達に資する環境との接点が奪われたりすることで、
本来乳幼児期に獲得すべき成長・発達が阻害されて
いる子どもたちと多くかかわりをもっている。
先行研究でも強調してきたことであるがこれらの
Ⅱ 研究方法
1.対象児
障害児童の発達支援においては「人間個人としての
A 児、来所時6歳5か月、両親と妹3人の6人家
児童が持つ問題の解決を志向するだけではなく問題
族。出生時の体重は2180g、在胎週37週、異常分娩で
解決の過程それ自体が児童の社会的機能化につなが
の出産であった。生後6か月の時に B 市の乳幼児健
る。つまり、問題解決というよりは児童個人の全体
診において運動発達の遅れを指摘され、7か月から
的発達が強調されるべきなのである」
(松﨑・木村・
療育センターに通園、1歳3か月の時に脳性麻痺
1)
前川,2009) 。
また、本研究において重要な要素となっているの
が臨床ソーシャルワークの視点である。西尾(2005)
らはその著書の中で臨床ソーシャルワークの固有性
に触れ「臨床ソーシャルワークは、第一に、個人、家
族、グループと共に、彼らのために、専門的に訓練
(両下肢麻痺及び左上肢麻痺)と診断を受ける。その
他来院時までの発達状況は以下の通りである。
栄養:母乳 15ヵ月(人工乳は生まれてから2か
月まで与える)まで与えていた。
離乳終了11か月(乳も飲むが主に食事を摂
る)
されたソーシャルワーカーたちによる実践を意味す
運動:頸の座り 7か月 座位 8か月 つかま
る。臨床ソーシャルワーカーたちは、心理的社会的
り立ち(立位、歩行は現在に至るまで無
変化をもたらすために、そして、社会的資源への接
し)。
近を増やすために、クライエントと共に働く、彼ら
はクライエントの経験への直接的接触から得られる
知識をもち、そこから得られた臨床ソーシャルワー
*総合福祉学科こども福祉コース
**総合福祉学科社会福祉コース
コミュニケーション:ことばの発語(ママ、パパ
など有意語)1歳8か月
環境:2歳10か月から保育園に入園、その後7歳
76
福岡医療福祉大学紀要 第11号
で小学校に入学
る写真は個人が特定されることを防ぐ目的で編集を
A 児来所時の状況
加えている。
移動は車イス及び腰を上げてのずりばい。
知的障害はない
コミュニケーションを積極的にとり保育園や家
Ⅲ 結 果
発達支援プログラムの経過を目標に応じて図1、
族のことをよく話す。
歩きたいという気持ちが強い
2、3に示している。ただしこれらの発達支援プログ
※筆者らの研究グループでは来所以前にこれまで
ラムは共通する部分も多く支援期間全体にわたって
の生育歴について発達チェック表を送付し記入
繰り返し提供されるプログラムもある。また A 児の身
してもらっている。上記内容は発達チェック表
体的な成長や発達に応じて変化をもたせている。
からの抜粋である。
1.現在の状況と課題の把握『初期プログラムの提
2.課題の設定と発達支援プログラムの内容
供』(図1)
前述したように筆者らの研究グループにおいて
当初、来所した障害児童に対して共通して提供さ
は、臨床ソーシャルワークの視点から障害児童各個
れるのが初期プログラムである。この初期プログラ
人が歩んできた発育歴及び生活歴から課題を抽出し
ムの目的は障害児童に共通する課題としてこれまで
①直接的に障害児童の発達促進に資する発達支援プ
の臨床研究から見出してきた①運動機能の障害(下
ログラムを提供する。②障害児童とその家族が将来
肢の動きのぎこちなさ、目と手、目と足の協同運動
の見通しを立て人生を拓き歩んでいくことを支援す
の発達の遅れ、アンバランスなど)、②対人接触障害
ることを目的としている。特に発達促進に資する発
(手を握られることを嫌がる)、③コミュニケーショ
達支援プログラムとして小関(1995)らが研究・開
ン障害(目が合わない)、④知的障害(模倣がみられ
3)
発している感覚運動調整療法 を用いている。本稿
ない、導入に対する理解がみられない)の状態を観
では A 児が来所した X 年 Y 月から1年半にわたる事
察するものである。
例について報告する。
図1に示したプログラムの目的は①目標(段差、
今回取り挙げる事例の期間中に集中的(3泊4
幅)に対して A 児が自らの身体をどのように用いよ
日:1日約4時間、計約12時間)に発達支援プログ
うとするのか、また麻痺の状態がどこまで影響して
ラムを提供する集中型を計3回、短期的(1泊2
いるのかを観察する。②治療用はしごを用いたプロ
日:計約4時間)に発達支援プログラムを提供する
グラムでは足を上げ、伸ばすことがどこまで出来る
短期型を計4回実施している。また発達支援プログ
のか観察することである。
ラムを実施するにあたっては A 児の発育、初期プロ
前述したように A 児は脳性麻痺と診断されてお
グラムにより明らかになったニーズ、これまでの研
り、来所した時にはずりばいでの移動が可能な状態
究によって明らかになっている障害児童が示す共通
であった。そこで支援者2名が A 児の両手を持ち初
課題をもとに発達支援プログラムの目標を設定し、
期プログラムへの導入を図った。A 児はこれまで立
発達支援プログラムの開発と提供を実施した。記録
位の経験がほとんど無いばかりか目標(段差や幅)
として保護者の同意を得てビデオカメラによる録画
に対して目的的に身体をコントロールする経験がほ
記録と記述による支援記録にまとめた。また保護
とんど無かったことから当初はほんの1、2cm 前
者、学校関係者からの生活状況の報告も同時に記録
進することが精一杯で段差を上がることや治療用は
している。これら記録を報告の資料とした。
しごの枠から枠へ移動することは困難であった。ま
た脳性麻痺による硬直ばかりではなくこれまでほと
3.その他(倫理上の配慮)
んど使用してこなかったことによる下肢の硬さが際
事例を検討するにあたり、両親に主旨を説明し同
立っていた。さらにこれまでの歩行経験の少なさか
意を得ている。また、本人及び家族のプライバシー
ら持久力にも課題があり1つのプログラムをこなす
保護のため匿名を保持している。さらに掲載してい
までに相当の時間を費やす必要があった。
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
77
図1『初期プログラムの提供』
支援の型(回数)
短期型(1 回目) 6 歳 5 か月
支援の目標・課題
現在の状況と課題の把握
実際のプログラム内容
初期プログラム
―写真1―
2.下肢の働きの促進(下肢の上げ、伸ばし、リズ
が取れない、④身体全体のアンバランスが上げられ
ム、バランス)(図2)
た。また本人は歩きたいという強い希望を抱いてい
初期プログラムにより A 児の課題は①脳性麻痺に
た。彼の歩きたいという希望は単に平たんな場所を
付随してこれまで目的を持った歩行の経験が極端に
歩くことではなく、達成感を感じることが出来る歩
すくなかったことによる下肢の硬さ、②手と目、手
行を意味しており、筆者らが提供するプログラムに
と足、足と目の協働運動のアンバランス、③リズム
彼は積極的に取り組んでいた。
78
福岡医療福祉大学紀要 第11号
初期プログラムから見出された A 児の課題に対し
いく段階となる。すなわち、手と目、手と足、足と
図2に示すプログラムの提供をおこなった。課題の
目の協働運動や全体的なバランス、足を上げる、伸
一つでもある身体、特に下肢の硬さについてはこれ
ばすという動作すべてが含まれたプログラムが提供
までの極端な歩行経験の少なさが原因であることか
されることになる。また、プログラムの最後にゲー
ら、歩行を中心とした発達支援プログラムを開発し
ム要素を取り入れ数字の計算や学習を促す課題など
提供している。
の認知プログラムを提供した。
2-1(治療用はしごを用いたプログラムの発展)
3-1 総合的プログラム
治療用はしごを用い高さを変化させることで負荷
このプログラムにおいて重要な点は A 地点から B
をかけている。A 児は両手を補助されながら下肢を
地点までの間、鉄の棒を支えに自らの手で自分の体
上げ、前に伸ばすことを繰り返しながら前進する。
重を支えながら移動することである。これまでのプ
前述したようにこれまで目的的に下肢を用いる機会
ログラム経験から得た能力(協応運動、バランス)
が少なかったため当初は痛みを伴っていたが家族や
を活用して取り組むことになる。初めての経験の時
支援者の励ましを支えに自分の意志でプログラムに
には A 児は半分まで進むのがやっとであったが、こ
参加する態度がみられた。繰り返し行うことで最終
れまでのプログラム同様、何度も挑戦するうちに最
的にはスムーズに足を出すことができるようになっ
初から最後まで自らの力で進むことが出来るように
ている。
なった。また、一度達成してからはいくつかの負荷
2-2(方向性を意識したプログラム)
を加えプログラムのバリエーションも増えていった
このプログラムは巧技台を裏返し、はしごと同様
(3-2)
に移動するプログラムである。その際、左右にジグ
A 児はこのプログラムに取り組むまでに約1年間
ザグに置き巧技台に対して意識的に身体を用いるこ
かかっている。ここに至るまでにこれまで紹介した
とが必要なプログラムとしている。A 児は目で巧技
プログラムを含む多数のプログラムを提供してき
台の位置を確認し、目標に向かってバランスを取り
た。また生活面において立位保持、つかまり立ち、
ながら右へ左へと足を移動させ前進していた。
書字能力の向上、構音・発声能力の向上、保育園、
2-3、2-4(2-1、2-2の発展型プログラム)
小学校などへの社会適応がみられるようになってい
基本的な下肢のプログラムを発展させたプログラ
ムである。単に身体を移動させていた(粗大運動を
た。
3-3 認知プログラム
中心とした)プログラムから手先や足先を使った
認知プログラムでは総合的プログラムの最後に計
り、バランスを取ったりするなど細かな運動が必要
算や書字による記録などを含めた課題を提供してい
となるプログラムを提供している。A 児は当初手先
る。この認知プログラムは単に認知プログラムのみ
を使ってはしごの次の枠や巧技台にボールを移しな
で提供されるものではなく、必ず総合的プログラ
がら移動するプログラムに取り組み、その後足で同
ム、基礎プログラムと併せて提供される。なぜなら
じ作業を行うプログラムを行った。この細かな運動
ば、認知プログラムは児童の達成感や社会適応を目
においては下肢の構えや目と手の協応運動や目と足
指すものであるが、その基本は粗大運動、微細運動
の協応運動を伴ったプログラムとなっている。脳性
であるという考えに基づいているからである。
麻痺の児童にとっては目で確認できても麻痺のある
3-3に示しているプログラムは B 地点から巧技
手足を使うことに大きな課題がある。支援者や家族
台に向けて自分でバランスを取りながらボールを投
の支援を受けながら、繰り返し実施することで徐々
げ入れる。目標となる巧技台には点数が設定されて
に支援を受けながらもプログラムに取り組むことが
おり、児童はその点数を足したり、他の児童と合計
出来るようになっていた。
を競い合ったり、グループを組み合計を足したりし
ている。
3.総合的プログラム、認知プログラム
総合的プログラムではこれまでのプログラムを基
礎としながら新たな取り組みをプログラムに加えて
A 児は当初、ボールを投げる際にバランスを崩し
ていたので背中全体を支える必要があった。また、
足で身体を支えることが困難であったので足も支え
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
図2『下肢の働きの促進』
支援の型(回数)
集中型(1 回目) 短期型(2・3 回目)
支援の目標・課題
麻痺している下肢の働き(上げる、伸ばす、バランス、リズム)の
促進
実際のプログラム内容
2 -1
2-2
2-3
2-4
―写真2―
79
80
福岡医療福祉大学紀要 第11号
図3『総合的プログラム、認知プログラム』
支援の型(回数)
集中型(2・3 回目) 短期型(4 回目)
支援の目標・課題
基礎プログラムで獲得した能力を総合的に用いる
数の計算など学習の要素を含めた認知プログラムに取り組む
実際のプログラム内容
3-1(総合プログラム)
A B
3-2(総合プログラム)
A B
3-3(認知プログラム)
A B
る必要があり、二人の支援員が支援を行わなければ
だったり、表を作ったり、点数に応じて獲得した資
ボールを投げることができなかった。しかし、何度
料をもとに学習を進めるなど様々な活動を取り入れ
も挑戦していく中で身体を保持することができるよ
ることでルールを理解し自発的に活動するように
うになり、最終的には腰の部分を一人の支援員が支
なった。
えるだけでボールを投げる活動ができるようになっ
ていった。
またもう一つの目的である認知活動では足し算
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
Ⅳ 考 察
今回の本研究においては脳性麻痺を有する児童の
81
童の支援においては児童期特有の視点が必要であ
る。発達が著しい児童期においては障害を単に医学
モデル、社会モデルといった別々の視点で捉えるの
発達支援プログラムについて具体的なプログラム内
ではなく、両方の視点を持ちかかわっていくこと。
容と A 児の発達支援の過程を抜粋しながら報告し
すなわち医学モデルと社会モデルの融合を目指し目
た。今回の報告では1年半にわたる支援の内容を取
標を達成していく必要がある。
り上げているが、その中でも A 児は様々な発達の過
また、ソーシャルワーカーは発達に寄与する為の
程をみせている。現在もなお彼の発達促進に向けた
具体的な方法を持ち、児童とその家族を支援しなが
取り組みは続いている。また、本稿では児童に対す
ら社会環境にもかかわり個人及び家族と社会環境を
る支援のみを取り上げているが支援の中には家族へ
つなげていく支援が求められる。これらの視点に立
の支援や保育園、小学校など社会環境に対する支援
つことこそが臨床ソーシャルワークの視点である。
も実施してきた。
またその視点を持つことで障害を有する児童の人生
本稿の一つの課題である臨床ソーシャルワークの
の展望を拓くことが可能となると考えている。
視点について考察を加えてみると、この報告におい
今後、より一層発達に資するための支援プログラ
て実践していることがソーシャルワークの方法と
ムの構築が求められる。更に社会資源の活用や家族
いってよいのかという課題が生じる。なぜならば、
への対応、そして何よりも発達支援に関する評価の
この臨床研究で実践されていることは医学モデルに
構築が急務となっていることから今後の研究課題と
基づくものであり、現在のソーシャルワークの主流
したい。
となっている「社会モデル」
「生活モデル」とは明ら
かに異なるからだ。この考えに基づくのであれば、
支援すべき又は改善すべきは社会環境であるという
ことになる。具体的に言い換えればそれは政治的活
付記
本稿執筆にあたり、ご協力いただいた A 児及び両
親には心から感謝いたします。
動や制度・政策、建物などのハード面から利用者を
支援する支援者の育成といったソフト面への働きか
けということになる。
本当にそれだけで良いのだろうか、確かに社会環
境が変化すれば障害は生じなくて済む可能性が高
い。しかし、発達に障害を有する児童とその家族は
別の願いを持っている。それは障害を克服したいと
いう願いである。例えば、本稿で取り上げた A 児は
「歩きたい」
「縄跳びがしたい」という願いを持ち、
それを求めている。もし、社会モデルや生活モデル
のみを強調してしまうのであれば、段差を無くし、
建物に手すりをつけ、支援者を育て、制度を整える
ことに盲目的に取り組むことになる。また機能的な
部分についてはリハビリテーションや医学に任せる
べきだと考えるだろう。しかし、A 児にとってはそ
れらの社会環境以上に今を生きる中で自らの意志で
障害に立ち向かいたい(歩きたい、縄跳びがしたい)
と考えているのである。その A 児に寄り添い、発達
” を提供するこ
を促進する為の “プログラム(遊び)
引用・参考文献
1)松﨑優・木村匡登・前川健(2009)
.発達障害児に対す
る発達援助過程,日本保育学会第62回大会発表論文集
2)上纘宏道・森本美絵(2005)
.西尾祐吾・橘高通泰・熊谷
忠和編著,ソーシャルワークの固有性を問う,晃洋書房,
p.183.
3)小関康之(1995)
.発達障害・学習障害児へのヒューマ
ンアプローチ,中央法規出版,pp.178-193.
※感覚運動調整療法
小関らが開発した感覚運動調整療法は、発達障害児・脳
性麻痺児・学習障害児のために開発されたハビリテーショ
ンの方法の一方法である。長年にわたる臨床研究から、障
害児童の抱える共通課題を見出し、そこから彼らには発達
感覚受容器(視覚、聴覚、触覚など)から取り入れた
(input)外界の刺激ないし情報を調整する脳幹(brain stem)
の処理機能に不全が存在するという仮説を導き出してい
る。さらに障害児童に対して発達的な刺激・情報を効果的
に入力し、発達的行動として表現(出力)することが可能
となるような感覚運動の調整・統御の操作法が確立される
ならば、障害児は発達課題を学習し、次の発達へと進むこ
とができるとし、発達課題を含んだ具体的プログラムの開
発研究をおこない、障害児童に提供している。
とで社会適応を図ることはソーシャルワークの仕事
4)厚生労働省大臣官房統計情報部編(2010).国際生活機
の一部であると考える。特に、発達障害を有する児
能分類―小児・青少年に特有の心身機能・構造,活動等を
82
福岡医療福祉大学紀要 第11号
包含―,財団法人厚生統計協会.
5)小関康之(1999).小関康之・西尾祐吾編著,臨床ソー
シャルワーク論,中央法規,pp.18-32.
. THE NATURE OF SOCIAL WORK,
6)Zofia T. Butrym
(1976)
THE Macmillan Press.(川田誉音訳(2000)
.ソーシャルワー
クとは何か その本質と機能,川島書店)
.
精神障害者社会復帰訓練事業
83
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
精神障害者社会復帰訓練事業
~保健所デイケアの発展的終了;活動の振り返り~
廣 田 悦 子*
Ⅰ はじめに
そのような世界の精神保健福祉情勢の中、日本は
世界の経済先進国から追い立てられるように精神障
1 国の指針 精神障害者社会復帰訓練事業の沿革
害者の社会的入院の問題に取り組まねばならなかっ
日本における【精神障害者社会復帰訓練事業】す
た。厚生省(現厚生労働省)が試みたことの一つは
なわち、“精神障害者のための保健所デイケア”(以
精神科デイケアである。当時の国立精神衛生研究所
下、保健所デイケア)は1976年(昭和51年)に厚生
では、所長加藤正明博士の指導によって精神科デイ
省の指導の下に始まった。当時、日本の精神科にお
ケアが始まっていた。
ける法律は精神衛生法(1950年施行)であり、精神
厚生省は各都道府県の精神衛生センターの精神科
病院入院患者は保護義務者の承諾なしには病院から
ソーシャルワーカーや臨床心理士に精神科デイケア
外出も外泊も出来なかった時代である。精神科病院
の研修を実施し、保健所での精神科デイケアをゆっ
は “社会的入院” や “回転ドア式入退院” という、他
くりと開始した。全国一斉にとはいかず、試みに全
の科ではありえない現象が当たり前のように罷り
国8ヶ所の保健所に精神科デイケアの開設を指定
通っていた時代である。ところでどの国にでもこの
し、管内にある精神科病院等の協力や地域住民の理
様な現象がみられたのだろうか。
解を求めながら定着を図っていった。喜ぶべきこと
いや、違っていた。このことは他の経済先進国か
に、指定された8保健所の中に筆者が勤務する病院
ら日本が相当に遅れをとっているテーマ(精神障害
を管轄する福岡市南保健所(現福岡市南保健福祉セ
者の人権問題や社会的入院…等)であり、恥ずべき
ンター)も入っていた。そのお陰で保健所デイケア
ことだった。
と筆者の縁が出来たと考える。
既に、カナダ、アメリカ、イギリス、デンマーク
その当時の保健所における精神科デイケアの大き
など北欧諸国…等々は、その国ならではの地域精神
な目的の一つは、社会的入院者の退院と社会復帰、
保健に取り組み、実践が始まっていた。
二つ目は在宅精神障害者の再発防止・再入院防止で
ベルギーのギールという町は約500年続く “精神
障害者の里親” として知られ、その様子は “ほほえみ
あった。3つ目は保健所管内の精神科病院にデイケ
アを紹介・広報することであった。
の町ギール(ゲール)から” とのタイトルで、ビデ
オで見ることが出来る。 2 経過 事業終了に至った理由と問題
さらに特記すべきこととして、日本がようやく保
精神衛生法時代に始まった【精神障害者社会復帰
健所における精神科デイケアに取り組み始めた時期
事業~保健所デイケア~】は精神保健法(1988年施
(1973年)
、イタリアはすでに1961年から精神科医バ
行)を経て精神保健福祉法時代(1995年施行)へと
ザーリア博士の勇気と決断によって、トリエステ県
移り変わった。その中で、国は精神障害者の社会資
の精神科病院(サンジョバンニ病院)等の廃止に取
源の開拓、地域福祉や通院医療を目標とし地域の中
り掛かかり、1981年には完全に精神科病院を閉じ
に精神保健福祉法に基づく施設の設置が始まった。
た。
(現在のイタリアの入院治療状況について今回
その後、知的・身体・精神の三障害の一本化による
は報告せず、次回のテーマとしたい。)
福祉サービスの平等をうたった<障害者自立支援法
*臨床福祉心理学科
84
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(2006年施行)
>による施設設置への補助金が予算化
いうことで、元デイケア利用者の訪問も見られる。
された。それに伴い【精神障害者社会復帰事業~保
保健所デイケアのプログラムをそのまま利用したこ
健所デイケア~】は終了の運びとなった。概ね、保
とにより、活動は当事者中心の内容であるため、ボ
健所デイケア利用者は障害者自立支援法に基づく施
ランティアが四苦八苦することは無い。当事者の
設の利用をすることになったが次の点が問題点とし
方々の話を聴き、プログラムを楽しんでいる。もち
て考えられた。①新規退院者にとって施設利用を理
ろん当事者の方々が精神変調を来すことはあっても
解できぬまま、
『家にじっと居ては再発になってし
入院をすることは無い。皆、自分の症状や障害と上
まうから施設を利用した方が良い』と主治医や PSW
手く付き合っている。
から一方的に勧められ困惑した気持ち、②『国の方
ボランティアが何か特別に配慮しているわけでは
針でデイケアは終了です』と言われた現利用者の宙
ない。筆者が欠席することがあっても休会すること
に浮いたままの心のケアが必要と思えた。
はなく〔サークルあすなろ会〕は開かれている。欠
席すると互いに電話を掛けあう。これが現状である。
3 筆者の私見と試み
保健所側はデイケア利用者に対して、保健所デイ
ケアが終了する1年前から、デイケア終了後の社会
Ⅱ 保健所デイケアの初期の実態
資源利用について丁寧に個別的に検討を始めた。筆
前述したように、筆者は入院患者5人と一緒に保
者も面接に携わった。その結果はⅧに表記した通り
健所デイケアに参加することとなり、以後32年間に
である。
亘って保健所デイケア(精神障害者社会復帰訓練事
筆者は面接の際、声を大にして訴えた MM さんの
業)に携わったのである。
声が心に残った。彼女の気持ちを現実化する手伝い
保健所デイケアの愛称は “あすなろ会” という。デ
をしたいと思った。
『出来るだろうか?一年くらい
イケアに初めて病院から参加した利用者が命名し
試みて無理ならば止めれば良い』と思い、MM さん
た。“いつか必ず退院し、家に帰れる”、“仕事をした
に呼びかけを勧めた。その結果、参加メンバーは5
い”、“結婚したい”…等々の願いをこめて命名され
人、精神保健福祉ボランティアが3人(うち1人は
た。32年前、“あすなろ!” という言葉が社会で流
筆者)というメンバーで何度も話し合いを行なっ
行っていた。
た。その結果、具体的には『保健所以外の場所で、
デイケアが始まった当初、デイケアでは “退院し
曜日と時間を固定して保健所デイケアの続きを行
たら一人で食事を作り、掃除、洗濯” ができる事が
う。プログラムは保健所デイケアと同じ内容を利用
目標だった。1980年代(昭和50年代後半)の日本は
する。
』
、場所は南区の地域活動支援センター、グ
コンビニエンスストアー、電子レンジや冷凍食品も
ループの名称は【サークルあすなろ会】、活動曜日と
充分に出回っていなかった。保健所の調理室は中
時間帯は保健所デイケアと同じ木曜日とした。この
学・高校を思い出させるような懐かしい配置だっ
様な約束事(契約)を明確化し、早速、セルフヘル
た。精神病者に『“包丁や火” を持たせるな』といわ
プグループ【サークルあすなろ会】は、保健所デイ
れた時代であったが、デイケア参加者もスタッフも
ケアが終了した2008年(平成20年)4月から開始し
皆で一緒に美味しい物を作って食べた。「もう入院
た。
したくない。ずーっとデイケアに通いたい」と合言
葉のように会話をした。
4 可能性の模索 現状の紹介も含めて
長期入院のために買い物に言ったことが無かった
上記の様に【サークルあすなろ会】を2008年4月
人、運転手さんしかいないバスに驚いた人、スー
から試みた。その結果、不思議なことに2013年現在
パーマーケットに仰天した人…等々だった。そのよ
5年を経過した。もう試みではない。現在もセルフ
うな方々に目を白黒した筆者を始めとするスタッフ
ヘルプグループとして活動は継続している。また、
一同は、精神障害者への理解や回復過程に無知であ
保健所デイケアの OB 会としての色彩もある。常連
ることへの気づきが始まり勉強会を重ねることと
メンバー以外にも『此処に来れば誰かと会える』と
なった。
精神障害者社会復帰訓練事業
Ⅲ 保健所デイケアプログラムの主な特徴
厚生省や保健所はデイケアプログラムに “料理”
を導入することを奨励した。利用者のニーズでも
85
で出来ることは自分で行う体験は、一市民として自
分らしい当たり前の生活者として生きていく者に
とって必要な条件であることを確認する作業だっ
た。
あった。料理というプログラムでは、スタッフが調
第三の目標は、“障害受容” と “仲間(ピア)同士
理をした物を食べる時間であると勘違いしている当
の支え合い” である。同病相哀れむことではない。
事者も少なくなかった。また、自分は何が食べたい
家族の方々との許し・許され合うことも意味してい
かさえもわからない当事者が多かった。長い間の入
る。
院(社会的入院)の弊害である。“三食昼寝つき” と
いう言葉があるが、それは家庭の主婦を表現するの
ではなく、筆者は精神科病院入院中の患者さんを表
Ⅳ 保健所デイケア利用者
現した言葉であるとも思えた。これは当事者の方が
保健所デイケアの当初の参加者は、Ⅱでも少し触
好むと好まざるとに関わらず、上から与えられるこ
れたように、当時、筆者が勤務する精神科病院に入
とに抵抗することなく、黙って従わねばならない生
院していた5人(退院準備中)も含まれている。ま
活環境だったことの現れである。
た他に、当時、精神衛生相談員(現精神保健福祉相
保健所デイケアプログラムの料理はミーティング
をすることから始まった。
スタッフはまず、
「皆さん、何を食べたいですか?」
を繰り返し問い続けた。すると、じっと下を向くか
『何でも良いです』との返答だった。
談員)が巡回訪問をしていた在宅者や、筆者が勤務
する以外の病院で退院の準備をしている入院患者で
あった。
私は幸運なことに南保健所の精神科デイケアに
PSW として参加するように病院長から業務命令を
次に、買い物、調理、配膳、片付け…等々の役割
もらい、さらに嬉しかったことは、退院準備中の5
分担を決めるにも時間がかかった。自己決定ができ
~6人の入院中の患者さんも一緒に参加できること
ない。主体的に動くことができない。指示命令を
だった。その方々と一緒に手をたたいて飛び上がっ
待っている状態だった。料理の費用を福岡市に全額
て喜んだことを昨日のように覚えている。病院から
負担させ食べさせてもらうのではなく、食する者が
週に一度確実に外出し、外の空気を吸い社会参加が
負担することを励行した。“自分の食事は自分が食
出来る。主治医の方から指示・支持(リハビリテー
材を買って調理して食べる” という体験である。
ションとして)された院外治療である。
第二の目標は社会に慣れること、社会参加の練習
精神衛生法の時代に病院から保健所デイケアに通
だった。だから “所外活動” と称して一ヶ月に一度、
所することは考えられない出来事だった。医療関係
保健所から何処かに外出した。
者の多くは、事故や離院を心配した。しかし、主治
多くは四季折々の風光明媚な所へ出かけた。最初
医の勇気ある決断により、入院中であるにも拘わら
は初めての場所に行くのではなく、行ったことのあ
ず保健所デイケア通所する方々は、決して周囲に心
る場所、即ち、小中学校の遠足や家族で出かけたこ
配かけることはなかった。むしろ保健所デイケアの
とのある所…等を設定した。例えば、福岡市動植物
基礎作りをスタッフと一緒に行った功労者である。
園、花見といえば舞鶴公園や西公園、大宰府天満宮、
その後、保健所デイケアの参加者は毎年20名前後
山笠見学、映画鑑賞、デパートやスーパーマーケッ
を保ちながら2007年(平成19年)に終了するまでデ
ト、コンビニ巡り、スーパー銭湯…等である。しか
イケアは維持されていった。
も、保健所のバスに乗って出かけるのではなく、自
分のお金で切符を買って(券売機の使用体験)公共
の乗り物に乗って出かけることを続けた。一年に2
~3回、ホテルのランチバイキングに行くために貯
金もした。
保護される病者ではなく、病気をしていても自分
Ⅴ その当時の筆者の立場
筆者は当時、精神科ソーシャルワーカー(PSW)
として、福岡市南区にある民間の精神科病院に勤務
していた。日本は1919年の精神病院法に基づいて国
86
福岡医療福祉大学紀要 第11号
公立病院の設立を始めたが、なかなか設立がうまく
にポジティブな影響をもたらしたことは言うまでも
出来なかったことから、政府は民間病院を代替病院
ない。精神障害当事者の社会参加はもちろんのこ
として認めた。筆者の勤務した精神科病院は福岡県
と、その家族の方々は精神病(特に統合失調症)に
立太宰府病院(現福岡県精神医療センター大宰府病
ついての正しい知識と理解を得るきっかけとなっ
院)と同じくらいに歴史のある病院だった。因みに、
た。診断名や服薬している薬の作用・副作用、回復
福岡県では当時、筆者の他、精神科病院の PSW は
のプロセス、予後…などを学びあった。
福岡県精神衛生センター(現福岡県精神保健福祉セ
当事者や家族にだけ効果が波及したのだろうか。
ンター)と、大宰府病院に配属されているだけだっ
もしかしたら精神科領域で働くスタッフ一同が一番
た。Ⅳに記述したように、PSW が雇用された精神科
理解できていない人物だったのかもし知れないと思
病院以外の場所に赴き仕事を行なうことは、当時考
う。家族に「理解してください」という資格は無
えられない出来事だった。
かったように思う。筆者は保健所デイケアを体験・
共有することによって、精神障害当事者の理解を始
Ⅵ その当時の日本の精神科状況
めることになった。
また、地域住民の方々の理解を得られるように
今日話題になっている社会的入院者(社会的入院
なった。精神保健福祉ボランティアの養成講座を開
「7万人」解消宣言先送りするな:平成25年4月、西
くようになったとき20名の定員を大幅に超えており
日本新聞提論明日へ2013年 “平成25年5月26日” 参
先着順で受け付けたと聞いている。現在の【サーク
照)が多数在院し、厚生省はようやくその方々の社
ルあすなろ会】でボランティアをしている方々はそ
会復帰に着手し始めた頃であった。
の講座の受講者である。今も毎年講座は開かれ、社
1950年に制定された精神衛生法は前法の私宅監置
会福祉協議会と連携して需要に応じてボランティア
法を廃止し、病院での治療を勧めるものであった
が実践されている。この実践報告を記述できないの
が、病院は開院当初より施設化していたといわれて
は大変残念であるが次回にしたい。
いる。日本の精神科医療は収容主義であり患者の人
権を尊重していない(人権無視)ことが、世界の経
済先進国や国連からの指導を受け始めたのは精神科
デイケアが始まった頃からといえる。また、イタリ
アにおいては一人の精神科医の提唱・尽力で北部に
位置するトリエステ県の精神科病院が廃止(1987
年)された。その後、彼の名をとって【バザーリア
法】と命名された180号法はイタリア全土に波及し、
Ⅷ 保健所デイケア終了時の利用者の声
~あすなろ会の思い出~(南保健所の例)
以下の文章は保健所デイケア終了時に、聴き取り
面接よる利用者の気持ちである。
拒否された方もいたものの、20人の方々が快く協
力してくれた。〈表1〉参照
今日ではイタリアは “精神科病院を捨てた国” と表
現されている。
(参照:大熊一夫著、精神科病院を捨
てた国捨てない国、岩波文庫)
その様な動きからしても日本が精神障害者の社会
Ⅸ デイケア終了時の面接に協力して下さっ
た元利用者のその後…
復帰に取り組み始め、まず精神科デイケアを実施す
筆者は、
〈表1〉の方々に「今、どのようにお過ご
るに至ったことは、世界の精神保健状況からすれ
しになってますか?何してる?」という問いかけの
ば、遅いとはいえ日本の精神医療の前進に繋がった
面接を実施した。
といえる。
20人全員からの回答は得られなかったが、地域活
動支援センターⅠ型で活動を続ける数人を中心に、
Ⅶ 保健所デイケアプログラムの体験がもた
らしたこと
保健所デイケアプログラムは多くの当事者や家族
ポジティブな活動の事実が得られた。ポジティブと
いう意味は保健所デイケア終了後、入院することな
く地域生活をその人なりに継続していることであ
る。
精神障害者社会復帰訓練事業
87
〈表1〉デイケア終了時の利用者一覧表
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
長い間、色々とお世話になりました。
これからも明るく元気に暮らしていきましょうね。
デイケアの皆様、長い間仲良くしていただいて有り難うございました。またどこかでお会いする日もある
かと思いますが、その時は宜しくお願い致します。
長い間お世話になりました。ここで経験したことを糧に、これからの社会で力強く生きていきたいと思い
ます。本当に長い間ありがとうございました。
料理がとてもおいしくできてよかったです。病気を経てから、いろいろな当番をこなすことが出来るのか
と思いながら、何かと皆様の協力のもとできました。今はずいぶんと楽になりましたが、きつい時期にも
よくつきあってくださってありがとうございました。これからも、あすなろクラブとしてよろしくお願い
します。
時々ですが参加したいと思います。
デイケア(あすなろ会)に入ったのは1983年10月31日確か月曜日だったと思います。あれから24年がたち
ましたが、色々な思い出があって、忘れられないことが多くありました。その思い出を心の糧にしてこれ
からも生活していきたいと思います。
デイケア、たいへん楽しかったです。19年3月の終わりで残念です(注:平成19年)どこか楽しいところ
を教えてください。よろしくお願いします。どうしてデイケアを止めることになったのですか。国は勝手
に止めないで欲しいです。私たちの意見も聞いて欲しかった。
デイケアに参加させてもらってうれしかったです。
皆様からよくしてもらったことや、いろいろあったことを思い出して元気を出してやっていきたいと思
います。
長いことデイケアに楽しく参加させて頂いて有難うございました。料理など役に立つ事や色々覚えさせ
て頂きました。もう木曜日になっても来れなくなります。思い出してみるとなつかしいことばかりです。
手芸も色々な物を作ったり眼に浮かんでまいります。今後も時々集まってお話会をすると賜っておりま
すので、それを楽しみに待っております。
デイケアに通ってとてもうれしかったです。スタッフや色々な人に助けてもらえてうれしかったです。今
後は、病気を治して、社会へとはばたいていけたらいいと思っています。でも治癒には時間が必要で色々
な視点から見て自分で決断しなければならないと思います。今まで本当に有難うございました。
初めて行く所が多く色んな所に行くことができたのが楽しかったです。
A・I
T・Y
T・H
T・N
女
30代
A・I
男
50
M・M
女
57
T子
女
50代
H・W
女
83
Y・T
男
50代
A・K
男
20代
長い間南保健所デイケアに来させていただいて感謝の一言です。約20年ほどになりますが、春は花見、夏
は2回ほどでしたが海水浴にも行き、秋は “もーもーランド” や友泉亭公園などに行きました。梅雨時に
○○○
11 はボーリングやビデオ鑑賞などもしました。
月1回の料理など、とても有意義に過ごさせていただきました。入院しないで社会の中で生きていくこと
が出来ました。
南保健所のデイケア(あすなろ会)に参加するようになって約20年色々な事がありました。自分の家にい
たら、とうてい経験することがなかったと思うことがたくさんあります。その “あすなろ会” も3月で終
12
わりになり、寂しさを感じています。スタッフの皆様、ボランティアの皆様、研修生の皆様も私たちのこ
とを時々は思い出してくださるとうれしいです。4月からはサークルで会いましょう。
初めて行く所が多く色んな所に行くことができたのが楽しかったです。
13
南保健所のデイケア(あすなろ会)に参加するようになって約20年色々な事がありました。自分の家にい
たら、とうてい経験することがなかったと思うことがたくさんあります。その “あすなろ会” も3月で終
14
わりになり、寂しさを感じています。スタッフの皆様、ボランティアの皆様、研修生の皆様も私たちのこ
とを時々は思い出してくださるとうれしいです。
短い参加でしたが、いろんな所にいけてとても楽しかったです。
15
男
30
男
30代
男
40代
女
60代
T・K
女
65
A・K
男
25
T・K
女
50代
T・O
男
19
男
30代
デイケア、途中で来なくなってすみませんでした。
I・K
男のけじめで、最後の日は来ました。
いろいろなプログラムを通して、皆さんと交流の場を長年にわたって持たせてもらい、たくさんのことを
男
Dr, S
17 学ばせていただき、こちらの方こそ感謝しております。
65
和やかな雰囲気につれられて、私にとってもオアシスのような場でした。
毎回楽しく参加させていただきました。
ボラン
女
18 ありがとうございました。(一同)
ティア 60代
竹の子 6名
いつまでも一緒にデイケアに通いたかったです。寂しいですね。
女
19 今は、“心の春・希望、みらい” でサークルを作って、デイケアの時のように皆さんと楽しい木曜日を過ご 筆者
57
しています。みんな来てね。
これからも困った時は保健所に相談に来て下さい。
保健所
女
20
時々、同窓会などを企画しますので参加して下さいね。
一同
40代
16
88
福岡医療福祉大学紀要 第11号
地域活動支援センターのサークル活動として登録
した【あすなろ会】は保健所デイケア終了を機会に
保健福祉ボランティアの役割である。今では筆者も
ボランティアの一人である。
誕生したセルフヘルプグループである。国や福岡市
今回はこのグループの活動を充分に紹介すること
からこのようなセルフグループを作り活動するよう
は出来なかったが、いずれまた他の機会で紹介を考
に指示されたわけではない。
【Ⅷのデイケア終了時
えている。
の利用者の声】の6番 MM さんの発想と呼びかけか
また、大熊和夫氏が記述された「精神病院を捨て
ら始まった。彼女は、デイケアの終了を強く拒否し
たイタリア、捨てない日本」を読めば読むほど、日
た一人である。存続を願った。筆者はその声を支持
本の精神保健福祉状況に対して残念に思うことが多
し、
「他の方々に呼びかけよう!」と背中を押した。
い。日本は、いつになったら “隔離” 的治療が終わる
その結果、不定期ではあるが、元デイケア利用者や
のだろうか、WHO が推奨するイタリアの精神保健
ボランティアサークル “たけの子”、の方々と筆者は
政策に近づくことが出来るのだろうかと思う。筆者
【地域活動支援センター希望の春】に毎週木曜日、集
は保健所デイケアを精神障害者と一緒に体験し共有
合することとなった。この集合時間帯は、参加者の
してきた中で、精神障害者に対する日本の歪を感じ
希望により保健所デイケアの時間帯と同じである。
ざるを得ない。
保健所デイケアが終了して5年余りになったが、
サークル【あすなろ会】は今も続いている。
しかし、この日本の中にも北海道浦河町に【べて
るの家】があり、また、日高・帯広地方での精神保
健福祉活動は目を見張るものがある。イタリア・ト
Ⅹ 考察
リエステのようなことが “日本ででも出来る!” と
いう思いや希望を感じさせてくれる活動である。
国が1976年(昭和51年)に始め、2008年(平成20
年)に幕を引いた精神障害者社会復帰訓練事業(保
健所デイケア)は社会的入院者の退院と地域生活の
定着、精神保健福祉サービスの提供を行うために必
要な計画と実践だったと思う。
そこで、保健所デイケアの成果として考えられる
ことを以下の3点にまとめてみた。
Ⅺ 終わりに
筆者は保健所デイケアが始まった当時25歳であ
り、精神科デイケアの経験は無く、学ぶ場所も無い
時代だった。私どもスタッフは利用者の方々と一緒
に手探り状態でデイケアプログラムに取り組んだ。
保健所デイケアを利用した方々の多くは、①精神
保健所デイケアが終了するまでの32年間、利用者の
保健福祉法に基づいて設立された地域の共同作業所
方々から統合失調症、家族の気持ち、関わり方、向
のコアメンバーとなった。また、②現行の障害者自
精神薬と副作用…等々を学んだ。いわゆる、精神障
立支援法による施設(就労支援 A 型・B 型、地域活
害当事者の方々から育てられたと言っても過言では
動支援センターⅠ型・Ⅱ型・Ⅲ型、多機能型施設、
ない。
就労移行支援事業所…等)の中心的利用者となっ
この報告を終わるにあたって、まず保健所デイケ
た。③ほんの僅かではあるが、学生復帰をして通信
アで出会った多くの利用者の方々(精神障害者)に
教育を受講、福祉三国家資格(介護福祉士・社会福
心からお礼を申し上げたい。あなた方と出会えてよ
祉士・精神保健福祉士)やホームヘルパーの資格を
かった!
取得した。そして②施設のピアスタッフとして活躍
している方々もいる。
この報告書は、本学紀要委員会の先生方の励まし
がなければ出来上がらなかった。精神保健福祉援助
Ⅸで記述したように、いわゆる、セルフヘルプグ
実習の巡回指導の時期と重なったため、提出の気持
ループとしたものではないにしろ、当事者同士が支
ちが怯んでいた折り、優しい励ましの言葉を頂い
え合えるような場と繋がりが発生したように思える。
た。ここで謝意を表したいと思う。
サークル【あすなろ会】、この活動こそが保健所デ
筆者は精神衛生法時代に、入院中の精神障害当事
イケアの発展的終了であり、新規に発生した当事者
者と一緒に国の事業である保健所デイケアへ参加し
活動と思える。この活動をサポートする行為が精神
た。以来、不思議なことに32年間継続できた。最初、
精神障害者社会復帰訓練事業
この参加を業務として勧めてくれた精神科病院の当
時の院長、故今任準一博士にこの報告書を捧げ稿を
終える。
(参考文献)
①
「こころの病と向きあう心たち」1997年 89
福岡精神保健共同作業所を支援する会編集(筆者共著)
②
「宮崎県保健所デイケア事業評価」2008年 宮崎県精神保
健福祉センター
③
「精神病院を捨てたイタリア、捨てない日本」2009年 大
熊和夫著 岩波書店
④
「統合失調症を持つ人への援助論…人とのつながりを取り
戻すために…」2009年 向谷地生良著 金剛出版
90
福岡医療福祉大学紀要 第11号
国際社会のなかで社会福祉士の 業務・役割と意義について考える
91
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
国際社会のなかで社会福祉士の
業務・役割と意義について考える
―認定社会福祉士制度の開始から考える―
郡 嶋 かおる*
キーワード:社会福祉士、ソーシャルワーカー、
ての社会福祉士の使命、社会福祉士とは何か、ソー
社会福祉士及び介護福祉士法、
シャルワーカーとしての社会福祉士は何をする人で
日本社会福祉士会、認定社会福祉士制度、
あり、何ができなければならないか、という原点に
国際ソーシャルワーカー連盟の定義、
ついて、国際ソーシャルワーカー連盟の定義、社会
日本社会福祉士設立宣言
福祉士および介護福祉士法における定義、義務そし
て社会福祉士設立宣言から考察していく。
はじめに
まず初めに、本稿を書くことになった動機から述
べる。2012(平成24)年から認定社会福祉士制度が
開始された。この制度は、研修の認定と認定社会福
Ⅰ 社会福祉士及び社会福祉士会の誕生
(1)社会福祉士誕生の経緯
まず、日本で社会福祉の専門職の国家資格「社会
祉士等の認定を行う機関として「認定社会福祉士 福祉士」が誕生することになった歴史的経緯につい
認証・認定機構」が2011(平成23)年10月30日に社
て述べる。今日は、社会福祉界においても「資格」
団法人日本社会福祉士会等によって設立されたもの
の時代である。しかし、社会福祉会において、資格
である。認定社会福祉と認定上級社会福祉士という
化に激しい反対があった時代(2)があったのも事実
2段階の認定を行い、社会福祉士の上級資格に位置
である。1987(昭和62)年5月第108回国会におい
づけている。筆者自身、社会福祉士会の会員である
て、社会福祉専門職の国家資格を定めた日本初の法
が、今回の認定社会福祉士制度について、疑問を感
律「社会福祉士及び介護福祉士法」
(法律第30号)が
じている一人である。
制定され、社会福祉士資格が誕生した。これにより、
今、日本は社会的格差の広がり、孤独、孤立、児
社会福祉士は、「専門的知識と技術をもって福祉に
童虐待(虐待死)等は社会問題となっている。また、
関する相談援助の業務」に携わることが規定され
少子高齢、核家族化による家族構成員の小規模化、
た。資格不要論が根強くあった日本に、社会福祉の
(1)
人口の減少
などは多様な福祉課題を生んでいる。
専門性を高めるために社会福祉士の専門職が誕生す
そして東日本大震災では津波、原子力発電事故に
ることになった。誕生の背景には、1970(昭和45)
よって甚大な被害を受け、いまだに復興とは程遠い
年前後から、高齢化率が7%を超え、急速な高齢化
状況にある。憲法で保障されている「最低限度の生
が進行し、高齢者の単独世帯、夫婦のみの世帯が増
活」を営むことができず、人間としての尊厳が犯さ
加、介護問題が深刻化した。このように、高齢者人
れ、自殺、精神疾患、DV 等のさまざまな諸課題が
口の増加が社会問題化したことで、新たな福祉ニー
引き起こされている。このような現在、世界の普遍
ズへの対応の必要性が高まった。一方では、1986
的なソーシャルワーカーとしての社会福祉士の存在
(昭和61)年に東京で第23回「国際社会福祉会議」が
は不可欠であるといえる。ソーシャルワーカーとし
開催されたことが契機となって、社会福祉専門職の
*通信教育部人間社会福祉学科
92
福岡医療福祉大学紀要 第11号
養成が日本においても急務であることが認識される
そして、(注)において次のように明記している。
ことになった。資格化にあたって、特に国際ソー
「21世紀のソーシャルワークは動的で発展的で、し
シャルワーカー連盟の強い後押しがあったことは忘
たがってどんな定義によっても余すところなくすべ
れてはならない。
てを言い尽くすことはできない」と。しかし、社会
福祉士が今後めざすべき方向性、何をしなければい
(2)社団法人日本社会福祉士会
社団法人日本社会福祉士会は、1993(平成5)年
けないのか、あるいは何ができなければならないの
かということを明確にしている。
に設立された福祉の国家資格である社会福祉士の専
まず、ソーシャルワーク、ソーシャルワーク専門
門職団体である。
「社会福祉士の倫理を確立し、専門
職は、
「人間の福利(ウェルビーイング)の増進」を
的技能を研鑽し、社会福祉士の資質と社会的地位向
目指すことを目的にしているということである。
上に努めるとともに、社会福祉の援助を必要とする
①ソーシャルワーカーは、人間の福利(ウェル
人々の生活と権利の擁護及び社会福祉の増進に寄与
ビーイング)の増進を目指す、②ソーシャルワー
することを目的」に設立された。2013(平成25)年
カーは、社会の変革を進める、③ソーシャルワー
3月現在、35,140人の会員を擁している。会の主な
カーは、人間関係における問題解決を図り、人々の
活動は、会員への研修・交流、福祉政策への提言、
エンパワメントと開放を促す、④ソーシャルワー
成年後見等の相談事業等などの幅広い活動を行なっ
カーは、人間の行動と社会システムに関する理論を
ている。また、国際的には、国際ソーシャルワー
利用して、人々がその環境と相互に影響しあう接点
カー連盟に日本代表ソーシャルワーカー団体として
に介入する、⑤ソーシャルワーカーは、人権と社会
加盟している。
正義の原理を基盤とする。
ソーシャルワーカーは、人間の福利の増進、社会
Ⅱ ソーシャルワーカーと社会福祉士
1 国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW)のソー
変革、人間性解放、人権、社会正義という価値と倫
理に支えられていることがわかる。実践現場やある
いは国や時代によって異なるが、ミクロ・メゾ・マ
シャルワークの定義
クロレベルに働きかけていくのがソーシャルワーク
ソーシャルワークの定義は2000年7月27日のモン
でありソーシャルワーカーであるという。
(3)
トリオールでの国際ソーシャルワーカー連盟(IFSW
次に、社会福祉士の根拠法である社会福祉士及び
(International Federation of Social Workers:IFSW)と
介護福祉士法では、どのように規定されているかに
国 際 ソ ー シ ャ ル ワ ー ク 学 校 連 盟(International of
ついて確認する。
Social Work:IASSW)の総会で採択され、翌2001年
に公式にソーシャルワーカーの定義として承認され
た定義である。
「ソーシャルワーク専門職は、人間の福利(ウェル
2 社会福祉士及び介護福祉士法が規定している社
会福祉士の3つの義務
2007(平成19)年3月14日、第166回通常国会で
ビーイング)の増進を目指して、社会の変革を進め、
「社会福祉士及び介護福祉士法の一部を改正する法
人間関係における問題解決を図り、人びとのエンパ
律案」が提出され、同年11月28日、第168回臨時国会
ワメントと開放を促していく。ソーシャルワーク
で成立、同年12月5日に「社会福祉士及び介護福祉
は、人間の行動と社会システムに関する理論を利用
士法等の一部を改正する法律(平成19年法律第125
して、人びとがその環境と相互に影響しあう接点に
号)」が公布された。
介入する。人権と社会正義の原理は、ソーシャル
ワークが拠り所とする基盤である」
(下線は郡嶋に
(1) 改正の内容
① 社会福祉士の職務に関する定義規定(第2条)
よる。日本語訳は日本ソーシャルワーカー協会、日
の改正
本社会福祉士会、日本医療社会事業協会で構成する
社会福祉士及び介護福祉士法第2条1項において
IFSW 日本国調整団体が2001年1月26日に決定した
「社会福祉士」とは「第28条の登録を受け、社会福祉
定訳である)
。
士の名称を用いて、専門的知識及び技術をもって、
国際社会のなかで社会福祉士の 業務・役割と意義について考える
身体上若しくは精神上の障害があること又は環境上
93
④ 社会福祉士の専門的「援助」機能
の理由により日常生活を営むのに支障がある者の福
「相談援助」とは、①助言、②指導、③連絡、④調
祉に関する相談に応じ、助言、指導、福祉サービス
整、⑤連携、⑥その他の援助、が社会福祉士の専門
を提供する者又は医師その他の保健医療サービスを
的相談援助業務ということになる。(古川、2008)。
提供する者その他の関係者との連絡調整その他の援
助を行うこと(第7条及び47条の2において「相談
援助」という。
)を業とする者をいう」と改正され
3 全国調査からみえるソーシャルワーカーの業務(4)
ソーシャルワーカーの向かうべき業務内容につい
た。下線部が改正された部分である。
ての全国調査では、次のような結果となっている。
② 社会福祉士の義務規定の追加
社会福祉従事者全体と社会福祉士との比較をしたも
従来の「信用失墜行為の禁止」
(第45条)と「秘密
保持義務」
(第46条)に加え、
「誠実義務」
(第44条の
2)と「資質向上の責務」(第47条の2)が追加さ
のである(5)。
まず、社会福祉従事者全体では、次のような結果
となっている。
れ、
「連携」
(第47条)が改正された。「誠実義務」と
「コーディーネーター」が61.0%と最も多い。次い
して、
「その担当する者が個人の尊厳を保持し、自立
で、「全人的なサービス提供」が48.8%、「心理相談
した日常生活を営むことができるよう、常にその者
の専門家」が39.0%、
「高度な指導員」が25.7%、
「行
の立場に立って、誠実にその業務を行わなければな
政計画のプランナー」が19.0%、「アドボケイター」
らない」と規定された。「資質向上」の責務について
が18.1%、
「政策提言の役目」が13.5%となっている。
は「社会福祉を取り巻く環境の変化による業務の内
では、社会福祉士はどうであろうか。社会福祉士で
容の変化に適応するため、相談援助に関する知識及
も「コーディネーター」が76.2%で最も多いのは同
び技術の向上に務めなければならない」と規定さ
じであるが、その率は15%以上も高い。第2位は
れ、自己研鑽について規定されている。
「連携」
(第47条)については、従来は、
「医師その
他の医療関係者との連携を保たなければならない」
とされていたが、
「社会福祉士は、その業務を行うに
当たっては、その担当する者に、福祉サービス及び
「全人的なサービス提供者」が49.9%、「心理相談の
専門家」が31.9%、
「アドボケイター」が30.5%、
「政
策提言の役目」が14.9%の結果となっている。
日本では、ミクロな視点、対人援助職であるとい
う意識が社会福祉士自身に強く意識されている
これに関連する保健医療サービスその他のサービス
が総合的かつ適切に提供されるよう、地域に即した
創意と工夫を行いつつ、福祉サービス関係者等との
連携を保たなければならない」と規定された。
このように、社会福祉士に対する法的義務等とし
Ⅲ 社会福祉士をとりまく動向
(1) 社会的援護を要する人々に対する福祉のあり
方に関する検討会報告書
て、個人の尊厳を保持し、誠実に業務を行わなけれ
「社会的な援護を要する人々に対する社会福祉の
ばならないとする誠実義務、サービスの総合的提供
あり方に関する検討会」報告書が2000(平成12)年
をするための地域福祉の増進への働きかけを視野に
に厚生労働省より出された。報告書は、近年の社会
入れた連携義務、自己研鑽義務という3つの義務が
問題と社会福祉のあり方について検討を行ってい
新たに加えられた。
る。現代の新たな「援護を要する人々」を明らかに
③ 「連絡及び調整」義務の追加
し、従来の貧困対策だけでなく、これまで社会福祉
社会福祉士の定義に、
「福祉サービスを提供する
が対象とすることがなかった社会福祉問題を提起
者又は医師その他の保健医療サービスを提供する者
し、日本におけるソーシャルワークの新たな展開を
その他の関係者との連絡及び調整」という文言が追
示唆している。
加された。これまで「医師その他の医療関係者との
新たに対象となる問題として、「心身の障害・不
連携」を求めてきた連携条項が上記に記したように
安」(社会的ストレス問題、アルコール依存症、等)、
全面的に改正されている。このことは、社会福祉士
に期待される新たな役割を明確化したといえる。
「社会的排除や摩擦」(路上死、中国残留孤児、外国
人の排除や摩擦、等)、
「社会的孤立」(自殺、家庭内
94
福岡医療福祉大学紀要 第11号
の虐待、暴力、等)、といった問題に直面する人々に
士制度における指定施設及び職種に準ずる業務等
ついて例を挙げて指摘している。
に従事していること
多様化、複雑化する社会福祉問題に対して、社会
福祉の専門職として社会福祉士の存在はますます不
可欠となる。
④ (略)
⑤ 認められた機関での研修(スーパービジョン実
績を含む)を受講していること。
認定上級社会福祉士は、上記の要件のほかに、認
(2)
社会福祉士制度をとりまく動向
1 認定社会福祉士制度
(5)
日本社会福祉士会のホームページによると、2008
(平成20)年度より研究委員会を設置し、認定制度に
定社会福祉士の認定をされていること、基準を満た
した論文発表または認められた学会における学会発
表をしていること。
試験に合格すること、の3つが加わっている。認
ついての検討を行ってきた。2011(平成23)年5月、
定上級社会福祉士の取得申請は2015年度からの開始
専門職団体、教育関係団体、経営者団体、有識者か
予定となっている。(下線は郡嶋による)
らなる認定機関の設立準備会を設置し、同年10月認
明らかに、社会福祉士よりも上位に位置づけてい
定を行う第三者機関として「認定社会福祉士認証・
ることがわかる。
認定機構」を設立し、現在、機構事務局を日本社会
4 認定社会福祉士制度の今後
福祉士会が受託している、と説明している。
まだ制度が開始されたばかりで、今後どのように
2 定義
なっていくのかは、不透明といわざるを得ない。社
①認定社会福祉士とは、社会福祉士及び介護福祉
会福祉の専門職として社会福祉士が誕生して四半世
士法の定義に定める相談援助を行う者であっ
紀が経つ。しかし、国家資格の社会福祉士という名
て、所属組織を中心にした分野における福祉課
称は、未だに社会的に十分に認知され、評価されて
題に対し、倫理綱領に基づき高度な専門知識と
いるとは言いがたい現実がある。日本社会福祉士会
熟練した技術を用いて個別支援、他職種連携及
をはじめ、各地域の社会福祉士会は社会福祉士の社
び地域福祉の増進を行うことができる能力を有
会的評価、認知を高めていく取組みが求められる。
することを認められた者をいう。
社会福祉=介護という理解の仕方が社会に浸透して
②認定上級社会福祉士とは、社会福祉士及び介護
いる現実がある。どれだけ、社会的評価、認知され
福祉士法の定義に定める相談援助を行う者で
るかが今後の課題ともいえるが、社会福祉士の地位
あって、福祉についての高度な知識と卓越した
の向上、社会的評価に向けて努力をしていく必要が
技術を用いて倫理綱領に基づく高い倫理観を
ある。このことの方がより重要な課題ではないだろ
もって個別支援、連携・調整及び地域福祉の増
うか。
進等に関しての質の高い実務を実践するととも
に、人材育成において他の社会福祉士に対する
指導的役割を果たし、かつ実践の科学化を行う
ことができる能力を有することを認められた者
をいう。
3 認定社会福祉士、認定上級社会福祉士を取得す
るには
① 社会福祉士及び介護福祉士法に定める社会福祉
士資格を有していること
おわりに
日本のソーシャルワーカーとしての社会福祉士の
使命とは何だろうか?
ふりかえってみれば、社会保障・社会福祉基礎構
造改革の口火を切ったのは、介護保険制度の導入で
あった。介護の社会化、措置から契約へ(選択でき
ない福祉から選択できる福祉へ)、自己選択・自己
② 日本におけるソーシャルワークの職能団体で倫
責任、普遍主義、社会的包摂(ソーシャル・インク
理綱領と懲戒の権能を持っている団体の正会員で
ルージョン)等心地よいコトバが氾濫し、その下で
あること。
推し進められてきたのが、規制緩和、市場化、公共
③ 相談援助実務経験が社会福祉士を取得してから
責任の縮小、自助・共助の強化、そして自己選択自
5年以上あり、且つこの間、原則として社会福祉
己責任という言葉のもと、社会福祉の専門職力は弱
国際社会のなかで社会福祉士の 業務・役割と意義について考える
95
体化していくことになる。1979年に誕生したイギリ
我々「社会福祉士」は、次のように願う。
スの元首相マーガレット・サッチャー保守党政権が
我々は闘う、全ての人々のより良き生活のために。
推し進めた政策は、
「与える福祉から自立・自助す
我々は憎む、非人間的な社会を。
(6)
る福祉であった
。
その政策に勝るとも劣らない状況にあるのが、今
我々は愛する、全てのかけがえのない人々を。
我々は援助する、謙虚な心と精一杯の努力をもって。
日の日本といえる。
ソーシャルワーカーとは何か、社会福祉士とは何
そのために我々は、明るい、さわやかな実力を
をする人で、何をしなければならないのかという、
持った、柔軟で民主的な専門職集団を結成したいと
その答えは、社会福祉士の原点である「日本社会福
心より願う。
祉士会設立宣言」の精神にあるのではないだろう
か。
日本社会福祉士設立宣言で誓ったように、「人々
の要求に応えることのできる社会福祉専門職団体と
ここに、我々「社会福祉士」は、自ら負わされた
課題と役割の重大さを深く認識し、先に述べた願い
を果たすため決意をもって、
「日本社会福祉士会」の
設立を宣言する。
しての専門性と実力の向上」に努め、
「明るい、さわ
やかな、実力をもった、柔軟で民主的な専門職集団」
1993年1月15日
めざしていくことが、認定社会福祉士制度よりも重
日本社会福祉士会
要なことではないだろうか。
果たして、認定社会福祉士制度は、社会福祉士会
日本社会福祉士会 設立宣言は次のように高らか
に謳っている。
新しい時代は、新しい人を必要とする。
今日わが国は、新しい価値基準を求めて流動化し
ている国際社会の中で、国民がかつて経験したこと
設立宣言の精神、社会福祉士誕生の原点に叶うもの
なのだろうか。今後注視していく必要がある。
この報告書は東北亜福祉経済 FORUM2013福祉ビ
ジネスの国際連推会議(2013、8月31日)において
発表した内容を一部修正、加筆したものである。
のない不確実な時代と社会に突入し、次のあるべき
社会の姿を模索している。(略)
「社会福祉士」は、我が国の社会福祉にとって不可
欠な存在として育ちつつある。
この資格の重要な意義は、
「援助を必要とする
人々の生活と人権を擁護すること、そのために社会
的発言力を強化すること」にある。またわれわれは、
専門ソーシャルワーカーのサービスを高度で公平な
ものと保証するためにも、公的資格を有効なものと
して生かさなければならない。 従って、この資格を持つソーシャルワーカーの組
注・引用文献
(1)日本の人口は26万人減少し、1億2639万人。出生数が
死亡数を下回る「自然減」が6年連続で拡大している。総
務省が2013年3月待つ時点住民台帳に基づく人口動態調
査 ‘13年8月28日西日本新聞朝刊
(2)中央社会福祉審議会に職員問題専門部会が設置され
1971(昭和46)年「社会福祉士法制定試案」
(俗に「サムラ
イ法案」
)が出された。この法案に社会福祉会内部から多く
の反対が寄せられ、1976年に白紙撤回された。秋山智久
『社会福祉専門職の研究』ミネルヴァ書房 2007年 28頁 (3)この定義は10年ごとに見直すことになっており、現在
改定にむけて試案が出され論議されている。
織である日本社会福祉士会の目的は、
「ひとびとの
(4)秋山智久『社会福祉専門職の研究』ミネルヴァ書房 要求にこたえることのできる社会福祉専門職団体と
2007 208頁、秋山智久編『世界のソーシャルワーカー養
しての専門性と実力の向上」にある。また、全ての
ソーシャルワーカーが安定して実践を行うことがで
きるためにも、その社会的地位の向上を図り、保
険・医療・教育等の関連分野の専門職と連携しつ
つ、社会福祉専門職の中核として社会福祉士が団結
することが、急務となってきている。
成・資格・実践』
(5)2007年に改正社会福祉士法及び介護福祉士法が成立時
に、衆参両議院の附帯決議として設けられた。
「公益法人 日本医療社会福祉協会(旧日本医療社会事
業協会)
」
(1953(昭和28)年設立)
、
「NPO 法人 日本ソー
シャルワーカー協会」
(1960(昭和35)年設立)
、2004(平
成16)年に国家資格者の職能団体となった「社団法人 日
96
福岡医療福祉大学紀要 第11号
本精神保健福祉士協会」の4団体で「社会福祉専門職団体
シャルワークの復権 新自由主義への挑戦と社会正義の確
協議会」を調整団体としている。
立』クリエイツかもがわ 2012
(6)サッチャーリズムといわれ、アメリカや日本にも大き
な影響を及ぼした。
新版 社会福祉士講座8社会福祉援助技術論Ⅰ中央法規
2004
仲村優一 監修 日本ソーシャルワーカー協会 編『ソー
主な参考文献
秋山智久編 『世界のソーシャルワーカー 養成・資格・実
践』筒井書房 2012
イアン・ファガスン 著 石倉康次/市井吉興 監訳 『ソー
シャルワークの可能性』相川書房 2005
相談援助演習教員テキスト 塩谷有二執筆 社会福祉士論 中央法規 2009
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』
97
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』
―村上春樹の翻訳についての考察―
重 松 恵 子*
はじめに
版の村上春樹訳を比較しながら、村上春樹の翻訳の
特徴と意義について、考察していきたい。
文学の授業では最初に、シェル・シルヴァスタイ
ンの絵本『おおきな木』を読むのが最近の慣例と
なっている。小説を読む習慣のない学生たちに、ま
1、物語の内容とその解釈について
ずは文学に親しんでもらいたいと思い、選んでいる
登場人物は一本のりんごの木と、一人の男の子の
作品である。ジャンルとしては児童文学の範疇に入
二人だけである。物語の前半は、
「少年」が毎日のよ
るので、文章は平易であり、ストーリーも単純であ
うに「木」の所へやってきて、無邪気に遊ぶ姿が描
る。従って導入の作品としては適切であると考え選
かれる。二人の幸せな関係、満たされた時間が流れ
択している。
ていく。しかし後半になり「少年」が成長すると、
しかし、本作品の内容を解釈するのは一筋縄では
二人の関係は変化していく。
「木」と過ごす時間が減
いかない。単純な内容に比して、私たち読者に深い
り、
「少年」はお金や家など「モノ」が欲しい時だけ
思索を強いる作品なのである。絵本だと高を括って
やってくるようになる。しかし「木」は、
「少年」の
いた学生たちの読後の表情は、一様に戸惑ったよう
求めるままに自分が持っているもの全てを与え続け
な複雑な面持ちをしている。本作品が、人が生きる
る。その後、「木」から全てを奪い尽くした「少年」
ことの意味や、幸せとは何かというような哲学的な
は、人生に疲れ果て老いさらばえて、幹だけになっ
問いを含んでいるからである。
てしまった「木」の元へ戻ってくるところで物語は
文学作品を読むということは、そこから得られた
終わる。
新しい生き方や価値観と、今までの自分のそれとが
本作品は発表された当初から様々に解釈されてき
対峙する場であり、かつ、対決を迫られる場でもあ
た。まずは宗教的な解釈である。自分を省みず無償
る。
『おおきな木』はそのような対決にふさわしい作
の愛を注ぐ「木」を、イエス・キリストの象徴と考
品であると考え、授業で取り上げている次第であ
え、崇高な自己犠牲の物語と読む。
る。
『おおきな木』は1964年、アメリカで出版され
1)
また、「木」を自然、「少年」を人類に例え、環境
破壊をテーマにしている物語だとする解釈もある。
た 。発表された当時の評判は芳しくなかったが、
自分の欲のため木から全てを奪い尽くしてしまう姿
やがて口コミで評判となり、現在では世界各国で翻
は、豊かな生活のために自然破壊を続けてきた人間
訳され、ベストセラーとなっている。
の有様を象徴していると読むことも可能であろう。
日本で『おおきな木』が出版されたのは1976年で
最も支持されているのは、この「木」に母性を重
ある。まだ日本にその評価が伝わる以前の出版で
ねる読み方である。子どものために自分を犠牲に
あったことを考えると、早くに本作品に触れること
し、子どもの幸せが自分の幸せと考える母親の無償
ができたのは篠崎書林の優れた慧眼のおかげである
の愛を描いた作品だという解釈である。この読み方
といえよう。
は現在でも一番多く受け入れられている。
小論では、この1976年の本田錦一郎訳と2010年出
*総合福祉学科こども福祉コース
また、解釈について様々な論議をよんだだけでな
98
福岡医療福祉大学紀要 第11号
く、子どもの作品としては結末が曖昧であることや
(原文)
悲しい結末であることも批判を受けた。しかし、作
But time went by.
者シェル・シルヴァスタインは、
「これはただ、あた
And the boy grew older.
2)
える者ともらう者という二人の関係です」 と述べ
And the tree was often alone.
るのみで、彼はこれ以上一切コメントすることはな
Then one day the boy came to the tree
かった。対象が子どもであっても、物語を読んで
And the tree said, “Come, Boy, come and climb
じっくり考えてほしいという思いがあったのであろ
up my trunk and swing from my branches
う。また現実世界は、単純な絵本の物語世界とは違
and eat apples and play in my shade
い、一義的に解釈できるようなものではなく、いつ
and be happy.” もハッピーエンドであるはずがない。作者は子ども
であってもそのような現実の実相の一端を感じてほ
しいと考えたのであろう。
(本田錦一郎訳)
けれども、時間は流れてゆく。
ちびっ子は、少しおとなになり、
木は、たいていひとりぼっち。
2、題名について
ところが、ある日、その子がひょっこり来たので、
原題は “The Giving Tree” である。本来は「与える
木」と訳されるべきであろうが、村上春樹自身は改
訳にあたり、本田錦一郎訳が「長く読み続けられた
3)
木は言った。
「さあ、ぼうや。わたしのみきにお登りよ。わたし
のえだにぶら下がり、
本なので、混乱を避けるために」 元の題名を踏襲し
りんごをお食べ。木かげで遊び、楽しくすごして
たと述べている。
おゆきよ、ぼうや。」
本田が「おおきな木」と訳した理由は定かではな
い。しかし原題の「与える木」ではあまりにも内容
(村上春樹訳)
そのままであり、そっけない。確かに題名とは物語
でも、じかんがながれます。
の最小の要約ではあるが、
「与える木」では直截的過
少年はだんだんおおきくなっていきます。
ぎるし、また「木」にだけに焦点が当たってしまい、
木がひとりぼっちになることがおおくなります。
作品のテーマを狭めてしまう。
そしてある日、少年が木の下にやってきました。
確かにりんごの木は大きい。りんごの木の絵は、
一枚の画面に全体像が描かれることはない。人間の
木はいいました。
「いらっしゃい、ぼうや。わたしに
手のように見える枝と葉、そして幹だけが描かれ
おのぼりなさい。えだにぶらさがって、
る。全て描かないことで一枚のページに収まりきれ
りんごをおたべなさい。わたしのこかげであそんで、
ないその大きさを示しているのである。しかし、
「お
しあわせにおなりなさい。」
おきな木」というのはそのような木の物理的な大き
さを指すばかりではないはずである。見返りを求め
まず、両訳の大きな相違点は文体である。本田訳
ない愛を持つ「木」の精神的な大きさ、内面性の豊
が「である体」であるのに対し、村上訳は「です・
かさを意味していると捉えられる。従って村上が題
ます体」を使用している。
名を変えなかったのは、そのほうが作品内容にふさ
わしい題名だと考えたからではないか。
日本語の大きな特徴の一つに、この「である体」
と「です・ます体」という二つの文体があることが
あげられる。一部のアジアの国を除き、常体と丁寧
3、本田訳と村上訳の比較
1)文体とその表現効果
以下に物語の前半の一部を抜粋し、原文と両者の
訳を比較してみたい。
体を持つ言語は非常に珍しい。日本語で翻訳をする
場合、どちらの文体を採るかによって、作品内容に
も大きな影響を与える。読者の受ける印象が大きく
変わるからである。
また、本田訳は一文が長く、「かわいいちびっこ
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』
99
と、なかよし。
」
、「遊び疲れて木かげでお昼ね。」な
などの階層によって使い分けられる。従って日本語
ど、引用箇所以外でも体言止めの多用が目立つ。そ
に訳す場合、年齢と共に変化する本田訳のほうが、
れに比べ村上訳は一文が短い。and で繋がれた複文
日本人には受け入れられやすい。しかし、村上春樹
をそれぞれ独立の一文として訳しているからであ
があえて原文に忠実に訳したのは、理由があると考
る。特に前半では、ページごとに文が完結するよう
えられる。
になっている。さらに村上訳はひらがなが多用され
ているのも相違点の一つである。 「少年」は結局、物語の最後まで < 少年 > であっ
たからではないか。
「木」から全てを奪い尽くしたあ
また「木」は、原文の地の文では「she」となって
げく、結局何も得ることができずに「木」の元に
いるので女性だとわかるが、日本語では性別はわか
戻ってきた「少年」は、欲望の果てしなさ、求め続
らない。しかし会話文をみると、両訳ともに女性で
けることの虚しさに気づいたのであろうか。奪うば
あることがわかるようになっている。両訳の違い
かりで、与えることを知らない「少年」は、年齢は
は、村上訳が「木」の会話文も「です・ます体」を
重ねたが、大人になったといえるのだろうか。村上
使っている点であろう。それゆえその語り口は丁寧
の訳は、それに対する回答の結果だったのではない
で優しい。
「木」は他者を無条件で受け入れ、包み込
だろうか。
んでくれる存在である。テーマを母親の無償の愛と
いずれにせよ、村上が本田訳を踏襲せず、最後ま
解釈するならば、女性性を強調した、この文体のほ
で「少年」と訳したことの意味は大きい。この点に
うが効果的だといえよう。
ついての詳細は後述する。
以上の点から、両訳を比較すると、村上訳が「木」
の会話部分も含め、「です・ます体」を採ったこと、
3)「happy」の訳について
ひらがなを多用したことにより、平易で、優しい文
作品の重要なキーワードである「happy」につい
章になっていることがわかる。何よりも「です・ま
て、本田は「うれしかった」、あるいは「楽しく」と
す体」は語りの文体であるため、絵本の文章として
訳している。一方村上は「しあわせでした」
「しあわ
はよりふさわしいと思われる。
せにおなりなさい」と訳す。日本語では「うれしい」
あるいは「楽しい」と、
「しあわせ」では全く意味が
2)人称代名詞について
人称代名詞も両者では訳し方が異なる。これは
テーマにも関わる重要な点である。
本田訳では「少年」は年齢を重ねるにつれて、人
異なる。心情や行為の結果が、私は「うれしい」で
あり、「楽しい」である。しかし、「しあわせ」とな
ると、抽象的、あるいは哲学的な内容までを含み、
意味は拡大する。
称代名詞が、
「ちびっこ」から「その子」、
「男」、
「よ
本田は「愛とは第一に与えることであって、受け
ぼよぼのその男」と変化する。また第一人称代名詞
ることではない」というエーリッヒ・フロムの『愛
も「ぼく」から「わし」へと変わる。一方、村上訳
するということ』を引用し、
「これこそ、この物語に
は一貫して「少年」であり、第一人称も「ぼく」で
貫流する中心的な思想」だと述べている。
「『与える』
ある。
ことは人間の能力の最高の表現なのであり、(中略)
この相違は何を意味するのであろうか。もちろん
『与える』ことは、あふれるような生命の充実を意味
原文が「boy」となっているので、村上は単に忠実に
している」 とも言う。そうであるならば、少年の望
訳 し た と も い え よ う。 し か し、 英 語 に お い て も
むままに、りんごを与え、枝を与える「木」につい
「boy」は、厳密には14歳まで、一般的にも20歳まで
て、「And the tree was happy.」の訳は、「木は、それ
である。作者が老人になってもあえて「boy」と書き
でうれしかった。」よりも、「木はしあわせでした」
続けたことに、村上は作者の、ある意図に気づいた
と訳すほうが適切ではなかっただろうか。与えるこ
のではなかろうか。
とが愛であり、見返りを求めない愛こそ真の愛であ
4)
日本語の人称代名詞は英語や欧州語などとはかな
り、またそのように誰かを愛することができること
り異なる性格を持つ。また種類も多い。男女によっ
こそ、人の幸せではないか。本田が、愛をテーマだ
て、あるいは年齢や職業、社会的地位、生活レベル
と考えるのであれば、
「うれしかった」では物足らな
100
福岡医療福祉大学紀要 第11号
い。人生観まで示唆する「しあわせ」と訳すべきで
義のないはずの自分の所へ「少年」が戻ってきてく
あったと考える。
れたのである。与え尽くした後の不幸せな木の喪失
感を、少年が戻ってくることで埋めることができた
4)
「but not really.」について
のである。「木」の喜びの大きさ、幸せはいかばかり
「少年」の求めるままに自分が与えられるものを
のものであったろうか。それが「but not really.」の
与え尽くし、それでもなお幸せだという「木」では
一文があることによって増幅されるという効果をも
あるが、最後に幹まで与えてしまった時には、
「And
たらしているのである。
the tree was happy …but not really.」と書かれている。
そのようにみてくると、両者の訳の相違は微妙で
木にとって一番重要な、この世に存在するための根
はあるとはいえ、最後の場面の展開に劇的に繋ぐに
幹である幹を与えてしまっては、さすがにいつもの
は、村上訳のようにやや強い否定のほうが効果的で
ように「しあわせでした」とは言えないであろう。
あるといえよう。
ここでいつもの繰り返しが描かれるとしたら、物語
は逆に平板で奥行きの無いものになってしまう。た
とえ、
「少年」の幸せを願う「木」であっても無条件
4、
「少年」が象徴するもの
に幸せとは言えないはずである。その「木」の葛藤、
「少年」は私たち普通の人間の姿を象徴する存在
悲しみが、この「but not really.」に表現されている
といえよう。無邪気だった幼い頃の「少年」は、一
のである。
緒に遊んでくれる「木」が傍にいるだけで幸せで
ではこの重要な一文に対して両者はどのように訳
しているのだろうか。
本田は「木は、それでうれしかった……。だけど、
あった。大好きな「木」と共に在ることが幸せだっ
たのである。しかし成長するにつれ、つまり、社会
性を身につけていくにつれ、モノを求めるようにな
それはほんとうかな。」と訳している。一方、村上は
る。お金が必要になり、家庭を築くためには家も必
「それで木はしあわせに…なんてなれませんよね。」
要になる。やがてそれでは飽き足らなくなり、さら
とある。どちらも原文の意味するものを踏まえてい
に大きな世界を求めて旅をするために船が欲しいと
るので、大きな違いはないように思える。本田訳は
言うのである。「少年」の欲望は尽きない。
より原文に忠実ではあるが、疑問の形をとることで
私たちがこの世界で生きるためにはモノが必要で
「happy」の否定が柔らかくなっている。村上訳のほ
ある。また、物質的な欲望だけでなく、夢や生きる
うはより明快に幸せにはなれないと言い切ってお
意義も人は求め続ける。結局のところ、生きるとは、
り、また、
「なんてなれませんよね。」と読者への問
何かを求め続けることである。そして、その欲望に
いかけの形を採っている。微妙な差ではあるが、村
は限りがない。私たちは果てしなく何かを求め続け
上訳のほうがやや明快な否定となっている。
る存在である。しかしながら、私たちがいくら求め
どちらにせよ、この一文を書くことによって、シ
続けても確かな何かを得られることはない。
「木」か
ルヴァスタインは無償の愛を捧げるという行為を、
ら様々なものを求め続ける「少年」の姿は、そのよ
単純なもの、安易なものとして語ることを巧みに避
うな人間の姿そのものを象徴しているのである。
けているのである。「少年」の幸せが「木」にとって
ところで、大人になるということは、求め続ける
の幸せであっても、また与えるものを自分が持って
ことの愚かさと虚しさに気づくことでもある。求め
いることが幸せであっても、幹を失えばもうりんご
るものは得られないのだと、それを受け入れて生き
の実をつけることもできない。自分の存在そのもの
ることが大人になることだといってもよい。「少年」
が失われてしまうのである。簡単に幸せとは言えな
はそのことを悟ったのであろうか。
いのは当然であろう。
この一文の効果はそればかりではない。何も与え
るものがなくなってしまった「木」にとって、最後
5、結末の意味するもの
に「少年」が戻ってきたことの意味は大きい。与え
「少年」は最後に戻ってきたときに、
「ぼくはもう、
ることが愛だと思っている「木」にとって、存在意
とくになにもひつようとはしない」と言っている。
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』
101
この言葉をみる限り、求めることの愚かさに気がつ
重要なのは、
「boy」と「happy」の訳である。本田訳
いたようにも思える。あるいは年を取りすぎたため、
とは全く異なり、
「少年」や「しあわせ」と訳したこ
もう求めても得ることはできないからであろうか。
とが作品のテーマを導く重要な役割を果たしていた
「こしをおろしてやすめる、しずかなばしょがあ
ことが検証できた。
ればそれでいいんだ。ずいぶんつかれてしまった」
『おおきな木』を考察していくにあたり、村上春樹
と「少年」は言う。何かを求め続けて疲れ果ててし
の翻訳はテーマへの深い理解に支えられていたこと
まった彼が戻る場所は「木」の元しかない。いつで
は当然のことながら、日本語の特質を熟知していた
も受け入れてくれる人が居るという幸せに、彼はど
上での訳語の選択であったことに改めて痛感した次
のくらい自覚的だったのだろうか。
第である。
「少年」という呼称が最後まで使われたというこ
但し、本田訳と村上訳では35年ほどの時間が流れ
とは、このことに対しての作者の回答ではなかった
ている。翻訳方法も時代と共に変化しており、両訳
か。そして村上もまたその意図を踏まえて「少年」
を比較して村上訳が優れていると指摘しているわけ
としたのであろう。
ではないことをお断りしておく。比較することで村
しかしたとえ「少年」が大人になりきれなかった
としても、この物語の読者である私たちには、その
上春樹の訳の特徴を明らかにするのが目的に過ぎな
い。
メッセージは届く。欲望の果てしなさと、それを求
本論では触れなかったが、他にも村上春樹がこだ
め続けることの虚しさと、あるいは、求めても得ら
わったと思われる箇所がある。細部ではありなが
れないものがあるということを、私たちは受け止め
ら、登場人物の「奥行きのある感情」や「救いのな
る。
い悲しみ」を表現した訳を行っているのである。ま
「少年」はかつて愛した「木」の下で、疲れた身体
た、絵本である以上、絵についての分析も行うべき
と心を癒していくのであろう。
「おおきな木」の懐に
であったが、今回の本論の主旨ではないので、割愛
抱かれながら。そして「木」の「しあわせ」は、そ
した。そのような点も含め、本格的な作品分析は稿
の時完結する。
を改めて考察したい。
私たちはそこに、幸せとは何か、ということの一
つの答えを見出すであろう。
【注】
おわりに
(2)マイケル・G・ボーガン(水谷阿紀子訳)『シェル・シ
(1)Shel Silverstein, “The Giving Tree” Harper Collins Publishers,
1964
村上春樹の訳は、語りの文体を採用したことや、
また優しく温かい「木」にふさわしい文体で会話が
訳されていることで、絵本にふさわしい物語性豊か
な文章になった。さらに原文と本田訳を比較してみ
ると、村上が原文に忠実であるのは、作者の意図や
テーマを把握した結果であることが判明した。特に
ルヴァスタイン』文渓堂、2010
シルヴァスタインの言葉は「ニューヨーク・タイムズ・
ブック・レビュー」誌のインタビューに応じたときのもの
である。上記の文中から引用したことをお断りしておく。
(3)村上春樹『おおきな木』
(あとがき)あすなろ書房、2010
(4)本田錦一郎『おおきな木』
(あとがき)篠崎書林、1976
102
福岡医療福祉大学紀要 第11号
103
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と
心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
徳 永 幹 雄* 平 川 優 太**
キーワード:‌中学生、男子運動部、生活習慣、心理的
問題、心理的競技能力
著であることを報告している。宍戸・高妻(2004、
11)、12)
は中学生選抜バスケットボールチームに
2005)
おける心理的サポートで、日常的に継続して実施す
ることの必要性を報告している。さらに小倉・高妻
緒 言
(2007) 13)は中学校の野球チームを対象に、非実施群
最近、学校の運動部やスポーツクラブでの指導を
巡って、暴力、体罰、セクシャルハラスメントなど
の問題が注目されている。これまでも、スポーツ界
と比較してメンタルトレーニングが心理面にポジ
ティブな影響を与えることを指摘している。
以上のように、中学生の運動部活動が学校生活の
に対して勝利中心主義(優勝劣敗主義)、根性主義、
満足度、運動部活動の精神的健康、運動部活動によ
体罰主義、技術中心主義、体力中心主義、保守主義
るいじめやストレス、運動部への適応観、そして、
などと批判が多くされてきた。 中学生へのメンタルトレーニングによる心理的サ
1)
「勝利重
徳永(2005) は競技スポーツにおいて、
視」型から「実力発揮・目標達成」型目標へ、「集
ポートや心理的競技能力の分析などが行われてい
る。
団」型から「個人」型練習へ、
「体罰・命令」型から
筆者らは、これらの研究を踏まえ、本研究では中
「納得・合意(認知)」型練習へ、
「猛烈」型から「効
学生の男子運動部を対象にして、生活習慣や部活動
率」型練習へ、
「不安・あがり」型から「楽しみ・思
の心理的諸問題を明らかにし、また、これらの問題
いきり」型競技参加へ、と5つの提案をしてきた。
と心理的競技能力の関係を分析し、メンタル面の課
これまで中学校の運動部活動に関する研究で、心
題を明らかにしたい。
理的問題を扱った研究は比較的少ない。例えば、山
2)
は中学生の学校生活満足度と運
本・徳永(2001)
動、北島・橋本(2002) 3)は中学生における運動やス
ポ ー ツ 活 動 と 精 神 的 健 康 の 関 係、 村 石・ 清 水
4)
(2011) は中学生の部活動適応感尺度の作成、石
5)
黒・高見(2011) は中学生における運動部活動とい
方 法
1.調査期日
平成25年6月28日(金)および29日(土)に調査
を実施した。
6)
じめの態様、松田・山本・織田(2006) は中学生の
運動部活動所属者のメンタルヘルス、加藤・石井
7)
(2003) は中学生サッカー選手の日常的な心理的ス
2.調査対象
大分県日田市立 M 中学校の男子運動部所属者。各
8)
トレス反応、高橋(2010) はソフトテニス全日本 U-
学年30名、合計90名。所属運動部別では、野球20名、
14男子チーム強化合宿における生活力の向上などの
サッカー15名、バスケットボール13名、テニス11名、
研究がある。
柔道7名、卓球6名、バドミントン6名、水泳5名、
9)
、10)
また、山内(2010、2012)
は中学生の心理的
競技能力得点の競技種目や運動技能による比較およ
び 競 技 形 態( 対 人、 集 団、 個 人 ) や 学 年 差 が 顕
*総合福祉学科医療福祉コース
**総合福祉学科社会福祉コース4年生
剣道4名、陸上競技3名であった。
104
福岡医療福祉大学紀要 第11号
3.調査内容
アンケートによる「部活動におけるメンタルの重
要性についての調査」と心理的競技能力診断検査
(DIPCA. 3. 中学生~成人用)を実施した。アンケー
結 果
1.生活習慣、心理的問題などの全体的傾向、学年差
1)生活習慣について
トの内容は生活習慣(健康度、朝食の摂取、睡眠時
学年ごとに回答肢の頻数とパーセントを算出し
間、テレビなどの視聴時間、食事のバランス、練習
た。学年差は統計パッケージの SPSS 9.0でχ2 検定
の疲れ、部活動の勉強への支障)、技術・体力・メン
を行った。結果は、次のとおりである。
タルの自己評価、部活動でのメンタルな問題(練
健康度は「健康」と答えた人は88.9%で多く、
「あ
習・試合の好き嫌い、試合前夜の睡眠、ピンチやミ
まり健康でない」は11.1%であった。朝食の摂取は、
スへの対応、実力発揮度、部活動の継続、自分や
「毎日食べる」が92.1%で多く、
「時々食べる」7.9%
チームの目標達成、個人練習、ノートに反省など)
であった。部活動で練習の疲れが「残っている」は
およびイップスの知識や経験などであった。心理的
15.6%、「少し残っている」70.0%、「残ってない」
競 技 能 力 診 断 検 査(DIPCA. 3) は 徳 永・ 橋 本
14.4%であった。部活動の勉強への支障では、
「きた
(2000) が作成した52項目から構成されるスポー
す」と答えた人が5.6%、
「少しきたす」31.1%、
「き
ツ選手の精神力を診断する尺度である。本検査に
たさない」63.3%であった。テレビ、ゲーム、携帯
よって12尺度(忍耐力、闘争心、勝利意欲、自己実
電話、パソコンなどに費やす時間は、「1時間未満」
現意欲、自己コントロール能力、集中力、リラック
が33.3%、「1時間~3時間未満」51.1%、「8時間
ス能力、決断力、自信、判断力、予測力、協調性)
以上」5.6%であった。以上の内容は、いずれも学年
および5因子(競技意欲、精神の安定・集中、自信、
間に有意差がみられなかった。
14)
作戦能力、協調性)が診断できる。
睡眠時間は「6時間未満」が5.6%、「6時間~8
時間」84.3%、8時間以上10.1%であった。3年生
4.調査方法
以下の手順で、平川君が調査を依頼し、調査結果
を回収した。
1)平成25年5月13日(月)。大分県日田市M中学
は「6時間未満」が10.0%、2年生は6.7%、1年生
は皆無であった。高学年になるにしたがって睡眠時
間が短くなり、学年差がみられた(P<.01)。また、
1日の食事(朝、昼、夜)の栄養のバランスは、
「と
校に同中学校野球部出身の平川君が卒業論文の調査
れている」が73.3%で多く、「あまりとれてない」
依頼で野球部部長の先生に電話した。野球部の先生
26.7%、
「とれてない」はみられなかった。2年生に
はおられず、校長先生が出られた。詳しい事は、5
バランスがとれている人が少なく、1年生にバラン
月20日(月)に会って説明することになった。 2)
ス が と れ て い る 人 が 多 く、 学 年 差 が み ら れ た
平成25年5月20日(月)。校長先生に調査依頼の説
(P<.05)。
明。指導教官の「卒業論文に関する調査のお願い」
に目的、内容、方法を書いたものを持参して説明。
2)技術・体力・精神力の自己評価
その結果、7月上旬に実施して貰えることとなっ
部活動で他の人と比べて技術は上手と「思う」は
た。 3)平成25年6月24日(月)。校長先生に調査
11.4%、「少し思う」35.2%、「思わない」53.4%で
票を持参。対象数や調査の方法を資料として持参し
あった。また、体力(筋力、持久力)があると「思
て打ち合わせた。 4)平成25年6月28日(金)お
う」人は7.8%、「少し思う」47.8%、「思わない」
よび29日(土)
。同中学校の担当教員が、運動部員を
44.4%であった。精神力の評価の学年差は図1のと
一堂に集合させて、アンケート及び心理的競技能力
おりである。精神力があると「思う」人は15.6%、
診断検査を実施した。 5)平成25年7月2日(火)。
「少しある」52.2%、「ない」32.2%であった。ある
調査終了後にアンケートおよび心理的競技能力診断
と思う者は1年生が26.7%で最も多く、3年生は
検査を受け取った。
16.7%、2年生はあると思うものが3.3%で少な
かった。しかし、いずれも学年間に有意差はみられ
なかった。
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
3年生
ある
少しある
ない
17%
57%
27%
できる
3年生
2年生 3%
1年生
63%
27%
33%
37%
2
χ= 7.981
37%
2年生
(1)練習や試合の好き嫌い
部活動の練習が「大好き」な人は56.7%で多く、
52%
38%
2
χ= 6.376
図1 精神力の自己評価の学年比較
できない
7%
21%
66%
14%
1年生
105
67%
27%
P<.09
3)心理的な問題
少しできる
10%
P<.17
図2 実力発揮度の学年比較
(3)目標の達成
自分の目標をつくって、それに向かって練習を
「している」は79.8%、
「あまりしていない」16.9%、
「好き」42.2%、
「どちらかといえば嫌い」1.1%で
「していない」3.4%であった。チームの目標に向
あった。1年生は73.3%が好きで最も多く、2年生
かって練習を「している」人は86.7%、
「あまりして
は43.3%で最も少ない傾向がみられた。試合が「大
いない」11.1%、「していない」2.2%であった。1
好き」な人は47.2%、「好き」44.9%、「どちらかと
年生および3年生は「している」人が90.0%で多く、
いえば嫌い」7.9% であった。1年生が62.1%で最
2年生は80.0%でやや少ない傾向がみられた。個人
も多く、2年生および3年生は40.0% で少ない傾向
的に練習(自宅で体力トレーニング、ランニング、
があった。しかし、いずれも学年間に有意差は認め
素振りなど)を「している」人は47.8%、
「少しして
られなかった。
いる」40.0%、
「していない」12.2%であった。ノー
(2)試合に関して
トなどに反省文を「書いている」人は16.7%、
「時々
試合でピンチの時に、落着いてプレーが、「でき
書いている」17.8%、
「全く書いていない」65.6%で
る」人は18.0%、
「少しできる」62.9%、
「できない」
あった。以上の内容は、いずれも学年間に有意差は
19.1%であった。試合中に「ミスしたらどうしょう」
なかった。
という気持ちが「ある」人は52.8%、「少しある」
(4)イップスについて
39.3%、
「ない」7.9% であった。試合で実力発揮が
「イップス」という言葉を知っているかについて
「できる」人は、図2のとおり、26.1%、「少しでき
みた。「知っている」人は21.3%、
「少し知っている」
る」61.4%、
「できない」12.5%であった。以上はい
が4.5%、「知らない」74.2%であった。3年生は
ずれも学年間に有意差はなかった。
33.3%が知っており、2年生は13.3%、1年生は
しかし、試合前夜に「眠れる」人は80.0%、
「あま
10.3 % で 高 学 年 ほ ど 知 っ て い る 傾 向 が み ら れ た
り眠れない」18.9%、
「全く眠れない」1.1% で、2
(P<.01)。イップス(精神的理由で普段のプレーが
年生に「あまり眠れない」が36.7%おり、学年間に
継続的にできなくなる)になった経験が「ある」人
有意差が認められた(P<.05)。
は21.3%、「ない」78.7% で、学年間に有意差はな
部活動を続けて良かったと、
「非常に思う」人は
81.8 %、
「 や や 思 う 」18.2 %、「 あ ま り 思 わな い 」
かった。
イップスの内容は、1年生では「送球がそれたり
「まったく思わない」は皆無であった。その内容を自
したフリースローなどが突然入らなくなった」「緊
由記述で求めると、学年にほぼ共通して、
「体力の向
張 し す ぎ て、 何 も で き な か っ た 」、 2 年 生 で は
上」
「技術の向上」「精神面の強化」「友達が増えた」
「ボールが思うような所にいかなくなった」「試合中
「大会で優勝」などであった。
に何をしているかわからなくなった」、3年生では
106
福岡医療福祉大学紀要 第11号
「卓球で腕がふれなくなったり、体がきれなくなっ
も有意差がみられた。いずれも「レギュラー」群が
た」
「ピンチの時に失敗してそれが続いた」などがあ
優れていた。また、
「準レギュラー」群では「レギュ
げられた。しかし、その内容はイップスとの関係は
ラーではない」群より劣っていた。
不確かなものである。
経験年数別では精神の安定・集中因子(P<.01)
で、闘争心尺度、競技意欲因子、総合得点(P<.05)
2.心理的競技能力の全体的傾向
で、経験年数が長い人ほど高得点を示した。
M 中学校の心理的競技能力診断検査の学年別
県大会参加回数別に、
「なし」
「1~2回」
「3~4
平均値、全体の平均値、標準偏差および学年間の
回」「5回以上」の4群に分け、分散分析を行った。
分 散 分 析 は 表 1 の と お り で あ る。 山 内(2010、
自信・決断力尺度、競技意欲・自信因子および総合
9)、10)
の研究によれば、長崎市の F 中学校男子
得点(P<.01)に、そのほか、闘争心・予測力尺度
運動部1~3年生の総合得点は165.6点で、M 中学
(P<.05)で有意差が認められ、参加回数が多い人ほ
2012)
校の165.4とほぼ同様であった。同校の平均値、標準
偏差を用いて各尺度、各因子を t 検定した結果、M
中学校は勝利意欲(P<.05)が優れ、作戦能力因子
(P<.05)で劣る傾向を示した。
ど優れていた。
メンタルトレーニングの経験別に、「いつもする、
N=12名」「ときどきする、N=28名」「したことはな
い、N=42名」の3群に分けた。忍耐力・闘争心・自
学年差では自己実現意欲・自信・予測力尺度、競
己実現意欲・自信・決断力・判断力・協調性尺度、
技 意 欲・ 自 信・ 作 戦 能 力 因 子 お よ び 総 合 得 点
競技意欲・自信因子および総合得点(P<.01)に、作
(P<.01)に、また、忍耐力・闘争心・決断力・判断
戦能力因子(P<.05)で有意差が認められ、メンタ
力・協調性尺度(P<.05)で学年間に有意差が認め
ルトレーニングの経験のある人が優れていた。
られ、いずれも3年生が優れていた。2年生は忍耐
力・闘争心・自信、決断力・予測力尺度、競技意
欲・自信・作戦能力因子および総合得点で最も劣っ
ていた。
3.‌部活動の生活習慣、心理的問題と心理的競技能
力の関係
生活習慣および心理的問題の回答ごとに心理的競
レギュラーか否かについては、闘争心・自己実現
技能力の得点を算出し、分散分析を行い比較した。
意欲・自信・決断力・予測力・協調性尺度、競技意
欲・自信・作戦能力因子および総合得点(P<.01)
で、また、忍耐力・集中力・判断力尺度(P<.05)で
1)生活習慣と心理的競技能力の関係
健康度が高い人ほど忍耐力尺度(P<.01)で、自
表1 M 中学校男子運動部の心理的競技能力(DIPCA. 3)
尺度・因子
学年
1.忍耐力
2.闘争心
3.自己実現意欲
4.勝利意欲
5.自己コントロール
6.リラックス能力
7.集中力
8.自信
9.決断力
10.予測力
11.判断力
12.協調性
1.競技意欲
2.精神の安定・集中
3.自信
4.作戦能力
5.協調性
総合得点
1年生
N=30
2年生
N=30
3年生
N=30
15.1
15.4
14.2
15.4
14.9
12.7
13.5
11.3
12.4
11.0
11.0
15.3
59.3
41.1
23.7
22.0
15.3
162.6
13.9
14.3
15.8
14.6
14.7
11.1
14.5
10.6
10.9
10.5
11.2
15.2
58.8
40.0
21.5
21.7
15.2
157.0
16.1
16.9
17.1
16.5
13.6
11.1
14.6
13.7
13.5
13.2
13.1
17.1
66.6
37.8
27.2
26.3
17.1
176.6
合計(偏差)
N=90
15.0 (3.14)
15.6 (3.92)
15.9 (3.08)
15.5 (3.15)
14.4 (2.85)
11.6 (3.92)
14.2 (3.27)
11.9 (3.95)
12.3 (3.90)
11.6 (3.47)
11.8 (3.69)
15.9 (3.07)
61.6(10.81)
39.6 (9.32)
24.1 (7.46)
23.4 (6.64)
15.9 (3.07)
165.4(26.43)
分散分析
(学年差)
3.936 *
3.284 *
7.719**
2.881 △
1.927 -
1.585 -
0.976 -
5.308**
3.652 *
5.741**
3.203 *
3.954 *
5.404**
0.973 -
4.758**
4.955**
3.954 *
4.705**
** P<.01 * P<.05 △ P<.10
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
信・決断力尺度および自信因子(P<.05)で優れて
いた。テレビ、ゲーム、携帯電話、パソコンなどに
費やす時間は、
「1時間未満」の人ほど闘争心・決断
107
3)心理的な問題と心理的競技能力の関係
(1)練習や試合の好き嫌い
部活動の練習が「大好き」な人ほど自己実現・勝
力尺度(P<.05)
、自信因子(P<.05)で優れていた。
利意欲尺度および競技意欲因子(P<.05)で優れて
1日の食事(朝、昼、夜)の栄養のバランスでは、
いた。試合が「大好き」な人ほど、闘争心・勝利意
「とれている」人ほど、自信尺度、自信因子、総合得
欲・自信・決断力・判断力・協調性尺度、競技意
点(P<.01)に、また、忍耐力・闘争心・決断力・判
欲・自信・作戦能力因子および総合得点(P<.01)
断力尺度(P<.05)で優れていた。部活動の練習で
で、また予測力尺度(P<.05)で優れていた。
の疲れは、
「残っていない」人ほど、決断力尺度
(2)試合に関して
(P<.01)
、予測力尺度(P<.05)で優れていた。部活
試合前夜に「あまり眠れない」人ほど、予測力・
動の勉強への支障では、
「きたさない」人は、精神の
判断力尺度および作戦能力因子(P<.05)に優れて
安定・集中因子(P<.05)で優れていた。
いた。試合で落着いてプレーが「できる」人ほど、
自信・決断力・判断力尺度、自信・作戦能力因子お
2)‌技術・体力・精神力の評価と心理的競技能力の
関係
よび総合得点(P<.01)に、また、リラックス能力
尺度(P<.05)でも優れていた。試合中に「ミスし
他の人とくらべて技術が上手と「思う」人ほど、
たらどうしょう」という気持ちが「ある」人ほど、
勝利意欲・自信・決断力・予測力・判断力尺度、自
リラックス能力・自信・判断力尺度、精神の安定・
信・作戦能力因子および総合得点(P<.01)に、ま
集中・作戦能力因子および総合得点(P<.01)に、ま
た、闘争心・自己実現・リラックス能力尺度および
た、 忍 耐 力・ 決 断 力・ 予 測 力 尺 度、 自 信 因 子
競技意欲因子(P<.05)で優れていた。
(P<.05)でも劣っていた。試合で実力発揮が「でき
体力(筋力、持久力)があると「思う」人ほど、
る」人は、結果は図4のとおり、忍耐力・闘争心・
忍耐力・自信・決断力・判断力・協調性尺度、競技
勝利意欲・自信・決断力・予測力・協調性尺度、競
意欲・自信・作戦戦力因子および総合得点(P<.01)
技 意 欲・ 自 信・ 作 戦 能 力 因 子 お よ び 総 合 得 点
で、また、闘争力・自己実現意欲・勝利意欲尺度、
(P<.01)に、そのほか自己実現意欲尺度(P<.05)で
作戦因子(P<.05)で優れていた。
も優れていた。部活動を続けて良かったと「非常に
精神力があると「思う」人は、結果は図3のとお
思う」人ほど、忍耐力・闘争心・自己実現意欲能
り、忍耐力・闘争心・自己コントロール能力・自
力・勝利意欲・自信尺度、競技意欲因子(P<.01)
信・決断力・判断力・協調性尺度、競技意欲・自
で、また、協調性尺度、自信因子(P<.05)で優れ
信・作戦能力因子および総合得点(P<.01)に、ま
ていた。
た、リラックス能力尺度(P<.05)でも優れていた。
(3)目標の達成
自分の目標に向かって練習を「している」人ほど、
20
18
16
14
12
10
8
6
4
2
0
**
**
**
**
*
**
**
**
** P<.01
* P<.05
ある
少しある
ない
図3 精神力の自己評価と心理的競技能力の関係
108
18
16
福岡医療福祉大学紀要 第11号
**
**
*
**
**
**
14
**
**
12
10
** P<.01
* P<.05
できる
8
少しできる
6
できない
4
2
0
図4 実力発揮度と心理的競技能力の関係
自己実現意欲・自信・協調性尺度および総合得点
(P<.01)に、また、集中力尺度、競技意欲・自信因
1年生があると思う人が多く、次に3年生で、2年
生は最も少なかった。
子(P<.05)で優れていた。個人的に自宅などで練
心理的な問題について、練習や試合の好き嫌い
習を「している」人ほど、忍耐力・闘争心・自信・
は、練習が大好きは6割、好きを合わせると99%で
決断力・予測力・協調性尺度、自信因子および総合
あった。試合では大好きが5割、好きを合わせると
得点(P<.01)に、また、競技意欲・作戦能力因子
92%とやや減少したが、大半が好きと答えている。
(P<.05)で優れていた。反省文を「書いている」人
試合に関しては、試合前夜に「あまり眠れない」や
ほど、総合得点がやや高かったが、統計的にはいず
「落ち着いてプレーができない」が2割、「ミスへの
れの尺度にも有意差はみられなかった。
(4)イップスについて
「イップス」という言葉を「知っている」人ほど、
不安」がある人が5割、少しある人4割、合わせて
9割であった。実力発揮は「できる」が3割、
「少し
できる」が6割で多かった。部活動の継続はほぼ全
集 中 力・ 自 信 尺 度、 自 信 因 子 お よ び 総 合 得 点
員が良かったと思っている。試合前夜の睡眠では、
(P<.05)で、また、判断力尺度(P<.01)で優れて
学年差が認められ、2年生に「あまり眠れない」人
いた。イップスの経験の有無とは、心理的競技能力
が多かった。目標の達成については、自分の目標を
には有意差はみられなかった。
つくっての練習が8割と多かった。チームの目標に
向かって練習は9割で、2年生は8割で低かった。
考 察
1.生活習慣、心理的問題などの全体的傾向、学年差
生活習慣について、健康度を高く評価した人や朝
自宅などで個人練習は「している」が5割、
「少しし
ている」が4割で、9割が個人練習をしていること
が分った。反省ノートの活用は2割に過ぎなかっ
た。 食をいつも食べている人は9割、栄養のバランスが
以上のように、全体的には朝食の摂取などの生活
とれている人は7割、睡眠時間は6~8時間が8
習慣、技術・体力・精神力の自己評価、試合前夜の
割、テレビなどの視聴時間は「1時間~3時間未満」
睡眠、試合中の不安、実力発揮度、個人目標の設定、
が5割で多かった。部活動の疲れが残っている人は
反省ノートの活用などの心理的問題などで2~3割
少しも含めると9割、勉強の支障になるは4割で
は問題がある。また、学年差では2年生が栄養のバ
あった。栄養のバランスがとれているのは1年生が
ランス、試合前夜の睡眠および心理的競技能力など
多く、2年生は少なく学年差がみられた。また、睡
で劣り問題である。今後、生活習慣や心理的問題、
眠時間は高学年ほど少なく、学年差が認められた。
心理的競技能力について指導すべき課題であろう。
技術、体力、精神力とも優れていると評価する人
は1割で、少しあると評価する人は3~4割であっ
た。また、精神力には学年差は認められなかったが、
2.心理的競技能力の全体的傾向
長崎市の F 中学校と今回対象校の M 中学校の平均
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
値を比較すると、ほぼ同様であった。
109
現意欲・勝利意欲、自信、協調性で優れていた。目
M 中学校は勝利意欲が優れ、作戦能力因子で劣る
標の達成については、自分の目標に向かって練習
傾向を示した。学年差ではいずれも3年生が優れ、
「している」人は、自己実現意欲、集中力、自信、協
2年生が最も劣っていた。
「レギュラー」群が優れ
調性および総合得点で優れていた。個人的練習を
て、
「準レギュラー」群は「レギュラーではない」群
「している」人は、忍耐力、闘争心、自信、決断力、
より劣っていた。経験年数が長い人や県大会への参
予測力、協調性および総合得点で優れていた。
加回数が多い人ほど優れていた。また、メンタルト
一方、試合に関して試合前夜に「あまり眠れない」
レーニングの経験がある人は、忍耐力・闘争心・自
人は、予測力・判断力で、試合中に不安が「ある」
己実現意欲・自信・決断力・判断力・協調性尺度、
人は、忍耐力、リラックス能力、決断力、自信、予
競技意欲・自信・作戦能力因子および総合得点で有
測力、判断力および総合得点で劣っていた。
意に優れていた。
以上のように、部活動の生活習慣、技術・体力・
以上のように、中学生においても学年差、レギュ
精神力の自己評価および心理的問題と心理的競技能
ラーか否か、経験年数、県大会への参加回数および
力の関係には顕著な関係がみられた。即ち、生活習
メンタルトレーニングの経験と心理的競技能力に顕
慣、技術・体力・精神力の評価、心理的問題に良好
著な関係があることが認められた。これらは高校生
と答えている人は心理的競技能力が優れていること
15)
や一般社会人を対象とした徳永(2001) とほぼ同
が認められた。これらは部活動の経験を通して養成
様の結果であった。
されたものと推測することができる。一方、高校生
や大学生を対象にメンタルトレーニングが実施され
3.部活動の生活習慣、心理的問題と心理的競技能
ているように、中学生に対しても宍戸・高妻(2004、
力の関係
13)
が実施しているよ
2005)11)、12)、小倉・高妻(2007)
健康度が高い人ほど忍耐力、自信、決断力で、テ
うに心理面の指導をすることによって高まるものと
レビなどの視聴時間では少ない人ほど闘争心、決断
思われる。徳永(2009)16)、17)や多くの研究者が報告
力で、食事のバランスでは「とれている」人ほど、
しているように、メンタルトレーニングを通して心
自信、忍耐力、闘争心、決断力、判断力、総合得点
理面の意識を高めることができるものと考えられ
で優れていた。部活動の練習での疲れは「残ってい
る。これらの指導も今後の重要な課題である。
ない」人ほど、決断力、予測力で優れ、部活動の勉
強への支障では「きたさない」と答えた人は、精神
の安定・集中因子で優れていた。
結 論
技術・体力・メンタルの評価と心理的競技能力の
平成25年6月28日(金)および29日(土)に大分
関係は、技術、体力、精神力のいずれも高く自己評
県日田市立 M 中学校の男子運動部各学年30名、合計
価している人ほど、ほとんどの尺度や因子で心理的
90名を対象にして、アンケートによる調査および心
競技能力が優れていた。
理的競技能力診断検査(DIPCA. 3)を実施した。次
心理的な問題と心理的競技能力の関係は、練習が
「大好き」と答えた人ほど自己実現、勝利意欲が高
のような結論を得た。
1.朝食の摂取などの生活習慣、技術・体力・精神
く、試合が「大好き」と答えた人ほど、闘争心、勝
力の自己評価、試合前夜の睡眠、試合中の不安、
利意欲、自信、決断力、判断力、予測力、協調性お
実力発揮度、個人目標の設定、反省ノートの活用
よび総合得点で優れていた。試合中に落着いてプ
などの心理的問題などについて2~3割の生徒に
レーが「できる」人ほど、リラックス能力、自信、
問題がある。また、学年差では2年生が栄養のバ
決断力、判断力および総合得点で、試合で実力発揮
ランス、試合前夜の睡眠および心理的競技能力な
が「できる」人ほど、忍耐力、闘争心、自己実現意
どで劣ることが認められた。
欲、勝利意欲、自信、決断力、予測力 協調性およ
2.中学生においても学年差、レギュラーか否か、
び総合得点で優れていた。部活動を続けて良かった
経験年数、県大会への参加回数およびメンタルト
と「非常に思う」人ほどは忍耐力、闘争心、自己実
レーニングの経験と心理的競技能力に顕著な関係
110
福岡医療福祉大学紀要 第11号
があることが認められた。
3.部活動の生活習慣、技術・体力・精神力の自己
評価および心理的問題と心理的競技能力の関係に
は顕著な関係がみられた。即ち、生活習慣、技術・
体力・精神力の評価、心理的問題に良好と答えて
いる人は心理的競技能力が優れていることが認め
られた。
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.T. T 式メンタルトレーニングの進め
方,トーヨーフィジカル発行.
付記
本論文は、平成25年度福岡医療福祉大学総合福祉学科の平
川優太君の卒業論文を指導教官の徳永幹雄が加筆・修正し
たものである。
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
111
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
―EUC を考慮した汎用ログインシステムの構築における一手法について―
井 上 伸 明*
キーワード:‌DBMS(Data Base Management System)、
RDB(Relational Data Base)、EUC(End
User Computing)、administrator
Ⅰ.目的
DBMS を使用した業務支援アプリケーションを作
成する際に、システム操作の入り口であるログイン
はじめに
部分のプログラミングを汎用化することによって、
エンドユーザーによるデータベース構築の効率化を
近年、データベース管理システム(以下「DBMS
図る。また、システム管理者の業務を明確にし、一
(Data Base Management System)」という)を使用し
般ユーザーと切り離した管理システムを構築するこ
た様々なビジネスソフトが構築されている。その中
とによって、ID やパスワード管理、さらにシステム
でも現在最も広く普及しているのがリレーショナル
への不正侵入等のチェック機能を持たせ、小規模
型(RDBMS)で、大規模なシステムでは Oracle 社
DBMS としての質の向上も図る。
の Oracle が、 小 規 模 シ ス テ ム で は Microsoft 社 の
Access が、それぞれ市場の多くを占めている。筆者
も一人のエンドユーザーとして、教育現場等におい
Ⅱ.方法
て各業務に応じた支援システムを構築してきた。 1)
作成する汎用ログインシステムは、①ユーザーの
その中で、各ユーザーのシステムへのログインや、
ログイン管理、②システム管理者による ID および
システム管理者が使用する管理プログラムについて
パスワード管理、③システム利用履歴(不正侵入含
は、どのシステムにおいても必須である。しかし、
む)のチェックの3つの機能を持たせる。ログイン
エンドユーザーがシステム構築をする必要性は業務
動作は、一般ユーザーに対してはログイン後のダ
環境等によって異なるにしても、さほど頻繁ではな
ミーフォームを準備し、任意に変更可能とする。ま
いため、構築業務が発生した場合は各動作における
た、システム管理者のログイン後の動作について
全てのシステム設計を行うのが一般的である。その
は、①システムの停止(強制ロック)、②全ユーザー
際、特にログイン動作やシステム管理者の業務プロ
の ID およびパスワードの登録と管理、③システム
グラミングにおけるアルゴリズムについては、セ
利用履歴(不正侵入含む)、の3機能チェックフォー
キュリティ等の対策も含め相当な労力と時間を要す
ムを準備し、その他必要な機能は随時追加可能とす
る。EUC(End User Computing)を考慮したシステ
る。
ム開発の中でプログラミングの効率や質を考える
構築するデータベースとそれぞれの機能について
と、一般ユーザーやシステム管理者のログイン部分
は下記に示す仕様とする。また、今回のシステム構
については、パッケージ化された汎用システムの供
築で使用した DBMS は、Microsoft 社の Access2003
給は、それらの担保に大いに貢献できるものと思わ
で、動作についてはマクロは使用せず、全ての動作
れる。
を VBA(Visual Basic for Applications)でプログラミ
ングした。
*総合福祉学科社会福祉コース
112
福岡医療福祉大学紀要 第11号
① DBMS_Login.mdb
ログイン用メインシステムとし、システム利用者
4)T_Logout:システムのログアウト(終了)を
した日時
として下記の三者を想定し、それぞれ利用アプリ
ケーションへの分岐機能を持たせる。
1)administrator(システムアドミニストレーター)
Ⅲ.データベース間の運用
システム管理者として全ユーザーのログイン ID
今回の汎用ログインシステムは、エンドユーザー
およびパスワードを管理する。また、システム利用
が構築する小規模 DBMS として想定したものであ
履歴も管理し、システムへの不正アクセス等を定期
る。しかし、小規模とはいっても管理データのセ
的にチェックする。
キュリティについては十分考慮する必要がある。セ
2)client(クライアント)
キュリティ管理の一手法として、「システム利用履
一般ユーザーとして登録する。ログイン ID およ
歴」と「ログイン ID・パスワード管理」をそれぞれ
びパスワードは、必要に応じてシステム管理者が事
別のデータベースで管理している。そして、実際の
前に与え、発行後は各ユーザーがパスワードの変更
運用の際には、これらのファイル(あるいはフォル
を行う(ログイン ID の変更は不可)。
ダで管理)にパーミッションを設定することによっ
3)guest(ゲスト)
てファイルへの不正侵入を防ぐようにする。
一般ユーザー以外の一時的にシステムの利用を許
されたユーザーで、そのつどシステム管理者が臨時
Ⅲ-1.ログイン情報のチェック
ログイン ID とパスワード(変更可)を発行し、利
データベース間の運用アルゴリズム概要を、図1
用後はシステム利用履歴を確認し、利用者の登録を
に示す。図の中で、「ログインフォーム」が DBMS
削除する。
の オ ー プ ニ ン グ 画 面 で あ る。 こ の フ ォ ー ム は、
「DBMS_Login.mdb」で管理され、ユーザーの登録設
② ID_Passsword.mdb
定を確認後、それぞれの権限に応じたオープニング
利用ユーザーのログイン ID およびパスワードを
フォームに移動する。このときに、ログイン ID と
新規登録および管理するシステム管理者用データ
パ ス ワ ー ド の 設 定 を チ ェ ッ ク さ せ る た め、
「ID_
ベースとする。システム管理者は、新ユーザーや一
Password.mdb」に接続する必要がある。接続につい
時的な利用ユーザーに対してログイン ID とパス
て は、Access2003以 降 で の 開 発 を 考 慮 し、
「ADO
ワードを発行する。また、必要に応じて利用ユー
(ActiveX Data Object)
」を用いた。チェックの手法と
ザーの削除やパスワードの強制変更を行う。
しては、まず「ID_Password.mdb」データベースに
接続し、必要なデータをテーブルごとレコードセッ
③ history.mdb
トに格納する。次に、格納されたレコードセットの
全ユーザーのシステム利用履歴を管理するシステ
データと入力されたログイン ID を先頭レコードか
ム管理者用データベースとする。ログイン ID の情
ら 検 索 し、 見 つ か っ た レ コ ー ド の パ ス ワ ー ド を
報は全て利用履歴に保存する(Null および空白値で
チェックするという方法をとった。そして、登録さ
の侵入含む)
。発行されたログイン ID 以外でシステ
れているユーザーが確認できたら、ログインおよび
ムへ侵入した履歴についても同様とする。また、履
パスワード変更が可能となる。
歴情報はシステム利用履歴の種類に応じて、それぞ
れ下記のテーブルへ保存する。
下記に、今回使用した任意データベースへの接続
プログラムの例を示す。
1)T_Login:システムへログイン(利用・侵入)
した日時
2)T_Cancel:ログイン ID やパスワードをキャ
ンセルした日時
3)
T_Change:パスワードを変更しようとした
日時
Ⅲ-2.システム利用履歴の管理について
ユーザーのシステム利用履歴の管理は、図1に示
す「history.mdb」にリアルタイムに保存される仕組
みをとっている。このアルゴリズムも前述と同様
に、ログインイベントが発生するたびに「history.
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
Dim cnn As New ADODB.Connection
‘Connection オブジェクトの宣言
Dim rst As New ADODB.Recordset
‘レコードセットの格納準備
113
‘データベースへの接続処理(データベース名:str_Db)
cnn.Open “Provider=Microsoft. Jet.OLEDB.4.0;” & “Data Source=” & str_Db
‘レコードセットのオープン(テーブル名:str_Tb)
rst.Open str_Tb, cnn, adOpenKeyset, adLockOptimistic
※ここからは、レコードセット「rst」を使用してログイン ID とパスワードをチェックする。
mdb」データベースに接続し、レコードセットに利
ケージ化を想定したものである。よって、ログイン
用履歴を追加する。システム利用履歴は、利用規模
後の作業についてはそれぞれのオープニングフォー
によっては短期間で膨大なデータ数になることが予
ムを必要に応じて編集することになる。このシステ
想されるため、必要履歴はプリントアウトし、定期
ム構築についてはマクロを使用せず、全ての動作を
的に履歴の削除が行えるよう考慮している。
VBA で記述している。そうすることにより、動作内
容の編集等が生じた場合、マクロによって隠された
Ⅲ-3.システム管理者の任意データベースへの操作
部分がないためプログラミングのエラー防止等につ
システム管理者は、メインデータベースである
ながると思われる。次に、システム利用履歴のデー
「DBMS_Login.mdb」より“システム利用履歴”や“ロ
タは、主キーを“オートナンバー型”に設定してい
グイン ID・パスワード”の新規登録および管理を行
るが、蓄積データの量によっては定期的にクリアし
う必要がある。設定・管理ウインドウについては、
“データベースの最適化”でオートナンバーをイニ
それぞれのデータベースシステムの中にフォームと
シャライズする必要がある。また、システム利用者
して作成している。カレントデータベースから他の
の登録については、運用条件によって追加が可能で
データベースへの起動にはいくつかの方法がある
あるが、ログインチェックを必ず受けるようにプロ
が、今回は特定のフォーム(オープニングフォーム)
シージャに組み込む必要があるために注意を要す。
の表示にとどまるため、
“Shell 関数”でもう一つ
Access アプリケーションを起動し、
「history.mdb」や
「ID_Password.mdb」を開くという方法をとった。下記
に「history.mdb」を開くプログラミング例を示す。
Ⅴ.汎用ログインシステムの運用結果
以下に汎用ログインシステムにダミーデータを使
用した運用結果を示す。
Ⅳ.汎用ログインパッケージの利用範囲
① システムログイン
今回構築した汎用ログインシステムは、様々な業
図2に示す「-システムログイン-」がメインの
務をデータベースで行うための入り口までのパッ
オープニングフォームである。このフォームからロ
Private Sub btn_history_Click ( )
‘システム利用履歴(history.mdb)データベースの呼び出し
Dim Ret As Long
Ret = Shell(SysCmd(acSysCmdAccessDir)& “msaccess.exe データベース格納の
フルパス¥history.mdb”, vbNormalFocus)
Application.Quit
End Sub
114
福岡医療福祉大学紀要 第11号
利用履歴の印刷
[ history.mdb ]
システム利用履歴
・ログインフォームの起動
[ DBMS_Login.mdb ]
・ログイン履歴の保存
・システム管理者による管理フォームの起動
ログインフォーム
設定ユーザー
のチェック OK
システム管理者用
オープニングフォーム
一般ユーザー用
オープニングフォーム
一時利用ユーザー用
オープニングフォーム
・設定ユーザーのチェック
・システムロックの設定状況
・ログインフォームの起動
[ ID_Password.mdb ]
・ログイン ID およびパスワードの発行・編集
・システムロック(強制停止)の設定
・システム管理者による管理フォームの起動
ログイン ID
パスワード管理
図1 データベース間のシステム管理概要
クライアント
システム管理者
ゲスト
⇒システムの強制停止
⇒ID・パスワード管理
⇒システム利用履歴
図2 システムログイン
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
115
グインすることによって、
「-システム管理者用メ
理者専用のオープニングフォームである。ここでは
ニュー-」
、
「- Client_Form -」
、
「- Guest_Form
新規ユーザーの登録や削除等の編集を行うことがで
-」へユーザー分岐が行われる。さらにシステム管
きる。作業終了後は、Logout(アプリケーションの
理者は、①システムの強制停止、② ID・パスワード
終了)と、システムへ戻る(図2のオープニング
管理、③システム利用履歴の作業へ分岐できる。ク
フォームへ戻る)を選択することができる。
ライアントおよびゲストに関しては、それぞれの汎
③ システム利用履歴管理(システム管理者)
用フォームまでの分岐としている。
図4の「-システム利用履歴-」がシステム管理
② ID・パスワード管理(システム管理者)
図3の「- ID・パスワード管理-」がシステム管
者専用のオープニングフォームである。ここでは全
てのシステム利用履歴をチェックすることができ
システムログインへ戻る
ID・パスワード・システムロックの設定・編集
図3 ID・パスワード管理(システム管理者)
システムログインへ戻る
システム利用履歴の管理・印刷
図4 システム利用履歴管理(システム管理者)
116
福岡医療福祉大学紀要 第11号
る。一つの画面に全てのログイン情報を表示させ、
署ごとに氾濫しているという状況も生じている。特
ユーザーがログインするまでの履歴を追跡できるよ
に小規模な企業等においては、高額な運用システム
う考慮している。作業終了後は、Logout(アプリ
の導入は難しく、各個人が業務データを管理してい
ケーションの終了)と、システムへ戻る(図2の
るのが現状である。そのため、
「マスタ(基本)デー
オープニングフォームへ戻る)を選択することがで
タの管理」という概念が薄く、どこの部署で管理し
きる。
ているデータがマスタデータなのかが明確でない場
合が見受けられる。最近では、そのような蓄積デー
Ⅵ.運用に関する課題と問題点
今回構築した汎用ログインシステムの評価を検討
2)
タをデータベースで一元管理したいという話をずい
ぶん耳にするようになってきた。DBMS の構築に今
回使用した Access を利用しているユーザーも多い。
するため、筆者が以前構築 (Access2003を使用)し
これはプログラムの初心者であってもマクロ機能を
たシステムに組み込み運用を試みた。まず、Access
利用することによってある程度のシステム構築が可
利 用 者 は バ ー ジ ョ ン に よ り、Access2002、2003、
能になったためである。ただ、マクロ機能だけでは
2007および2010等(97~2000)を使用していると思
今回のように任意データベースへのアクセスを含む
わ れ る。 今 回 は そ の 中 で、Access2003お よ び
細かいデータ処理等を行うことは難しい。そのため
Access2010から起動した状態でプログラミングの不
どうしてもデータベースを操作するプログラミング
具合等の確認を行った。結果としては、バージョン
が必要になってくる。しかし、一般のエンドユー
によりフォームビューの表現が多少異なっている
ザーが VBA のみでデータベースシステムを構築す
が、動作についてはバージョンによる不具合等は生
るには、相当のプログラミングスキルと構築経験等
じなかった。また、今回の構築でマクロを使用しな
が必要である。そのような現状を考慮すると、エン
かったもう一つの理由は、Access のバージョンに
ドユーザー向けの“公開されたソース”での汎用シ
よってマクロ作成画面がかなり異なっているのと、
ステムの提供は、小規模なシステム構築の効率化等
一部旧バージョンで作成されたマクロ表現ができな
においても多いに貢献できるものと考えられる。
い等の不具合が生じているためである。マクロを使
用せず VBA のみでプログラミングすることによっ
て、Access のバージョンを意識することなくパッ
ケージを移植することが可能である。ただ、問題点
として今の時点で考えられることは、新バージョン
(Access2010) で 作 成 さ れ た も の を 旧 バ ー ジ ョ ン
(Access2003)で起動することができないため、汎用
的に利用できるようにするためには、使用している
Access のバージョンを考慮して構築する必要があ
る。
参考・引用文献
1)筆者(一部共作)の構築したシステムを以下に示す。
※下 記システムの使用言語:N88BASIC コンパイラ,Quick
Basic
. 顧客管理システム,㈱清水緑化建設.
・井上伸明(1989)
・井上伸明(1990). 造園施工管理システム,㈱清水緑化建
設.
. 時間割作成プログラム,九州電子技術専
・井上伸明(1990)
門学校.
. 時間割作成プログラム,九州整備技術専
・井上伸明(1991)
門学校.
・井上伸明(1993). 二級自動車整備士試験用 OCR 採点プロ
おわりに
近年は、操作性の良いアプリケーション開発ソフ
トの供給に伴い、専門家レベルでなくともある程度
の業務ソフトが構築できるようになってきた。ま
た、業務データの処理においても、「表計算ソフト」
や「文書作成・編集ソフト」などは実務的なスキル
として必須となっている。そのため、現在では、こ
のようなソフトを使用して蓄積されたデータが、部
グラム,九州整備技術専門学校.
※下 記システムの使用ソフトおよび言語:Access2002~
2010,Access VBA
. 教務システム,渕上医療福祉専門学校 .
・井上伸明(2003)
・井上伸明(2003). 養成科入試システム,渕上医療福祉専門
学校.
・井上伸明(2004). 学園管理システム,渕上医療福祉専門学
校.
・井上伸明(2004). 教務管理システム,渕上医療福祉専門学
校.
・井上伸明(2005). 施設管理プログラム,社会福祉法人 た
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
かとり福祉会.
・井上伸明(2006). 教員業務支援システム,第一福祉大学.
・井上伸明(2009). 就職支援システム,渕上医療福祉専門学
校.
FD 支援 _ 授業参観記録システム,福岡
・井上伸明(2011).
医療福祉大学.
・井上伸明(2011). 学生指導支援システム(学生指導記録シ
ステム),福岡医療福祉大学.
・井上伸明(2011). 学生指導支援システム(教科担当連絡シ
ステム),福岡医療福祉大学.
・増水紀勝、井上伸明、木村匡(2011). 教務管理システム,
福岡医療福祉大学.
・井上伸明(2013). 学生指導支援システム(学生指導記録シ
ステム改訂),福岡医療福祉大学.
・井上伸明(2013). 学生指導支援システム(教科担当連絡シ
117
7号 pp.55-61.
4)増水紀勝、井上伸明、木村匡(2012). リレーショナル
データベースを用いた教学管理システムの一手法―時間
割作成業務における効率化の試み― 福岡医療福祉大学
紀要 9号 pp.33-40. . 教務管理システム
5)増水紀勝、井上伸明、木村匡(2011)
(使用説明書・プログラム仕様書)
,福岡医療福祉大学 教
学部編.
. Access システム開発,㈱秀和システム
6)高羽実(2002)
. Access VBA 実用プログラミング,
7)谷尻かおり(2005)
㈱技術評論社
. Access VBA 辞典 プログラミング実
8)高柳靖子(2009)
践編,㈱秀和システム
※今回構築した汎用ログインシステムの閲覧を希望する方
は、筆者(井上伸明)までご連絡ください。
ステム改訂),福岡医療福祉大学.
・井上伸明(2013). FD 支援 _ 授業評価集計システム,福岡
医療福祉大学.
2)井上伸明(2012). 養成科入試システム改訂,渕上医療
福祉専門学校.
. 福祉系大学におけるデータベース活用
3)井上伸明(2010)
による業務支援に関する一考察 福岡医療福祉大学紀要 商標
・Microsoft Access は、米国 Microsoft Corporation の米国およ
びその他の国における登録商標です。
・Oracle は、米国 Oracle Corporation の米国およびその他の
国における登録商標です。
118
福岡医療福祉大学紀要 第11号
119
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
高齢者の美術学習について(7)
高齢者の美術学習について(7)
―色々な見方や背景(2)―
俵 国 昭*
キーワード:高齢者の美術学習、二極化の学習活動、
する人はなく見に来る人も少数であった。今は、老
理想と現実
人ホームなどでの活動は十分とは言えないが、音楽
やその他の領域も加わり行われるようになった。こ
のことは喜ばしいことではあるが、一般家庭内の学
1 はじめに
習活動や住環境などは、西欧諸国に比べてもまだま
「高齢者の美術学習」は、今日では一般化され認識
だ改善しなければならないところも多かろう。つま
されているが、この美術学習の背景をみると、いく
り、現実的な問題点である。この私の研究活動も最
つかの課題や問題点が残されていよう。本稿はその
終章に近いところがあるが、本稿は、本学で発表し
あたりの問題点をあげた。私は「高齢者の美術学習
た「学内フォーラム」の研究発表の一部を土台とし、
を研究テーマにすえ20数年」になるが、地域の老人
26年間の研究内容や印象も併せ、一部であるが、以
ホームなどで研究の場を設定し関連学会などで発表
下に、私の考え方を述べてみる。
をしてきた。しかしながら、当時は共に研究し発表
2 高齢者の学習方法の領域・課題・問題点など
(1)年齢・領域など
年齢 学習 健康 経済
生涯学習
地域社会
高齢前期
中期
後期
都市部~過疎
地
新しい情報社会
二極化
医療福祉
核家族
老人ホーム・家庭・病院
原風景
図1 高齢者の美術学習の年齢・課題・領域など
*前総合福祉学科こども福祉コース
終末ケアー
120
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(2)美術学習の見方・課題・学習方法…関連した見
とって、園外や社会的トピックスなどをとおした社
会への関わりが大切と思ったからである。私が行っ
方や背景
た「塗り絵活動や領域」は、現在では一般化され他
世代の層にも普及しており、手軽に美術に親しむ方
法として良い方法であったと私は思っている。特
に、塗り絵を描くことは、
「心の解放やリハビリ」に
も繋がる。作品は、時として、家族や介護をする人
にとって、「高齢者の心を知るきっかけ」にもなる。
いずれの高齢者達も、それぞれ別れが来る。当時の
高齢者達も亡くなった方も多いが、私はよくその
方々の顔を思い出す。この高齢者一般の学習活動
は、「人生の最終期を幸せに暮らすため」にも、「生
きがいや生活の質を高めるため」にも、学習活動は
大切と言えよう。そのような基本的な一面がある
が、上記の図1においては、一般の学習活動ととも
に、その学習活動の広がりや二極化の状況などをあ
げてみた。また、上記の図2では、図1と関連した
ところもあるが、具体的な内容や課題を加えあげて
いる。
図2 関連した見方や背景
(4)高齢者の美術学習の広がりや内容やあり方
特に、この高齢者の美術学習などは、「老人ホー
ム・一般家庭・病院」などをみてゆけば、様々な違
(3)高齢者の美術学習の研究活動の出発点
いが出てこよう。この高齢者の美術学習を分かりや
上記の図1・2では、高齢者の美術学習の年齢・
すく言えば、「色や形をとおし高齢者の活動や高齢
領域などをとおしいくつかの見方をあげた。はじめ
者自身元気づけること」である。しかしながら、今
にあげているように、私が「高齢者の美術学習」を
日の社会状況をみれば、そのような一般論ではかた
研究し始めて26年の歳月が流れた。桃山学院短期大
づけられない課題が多くある。例えば、図1の「生
学時代に市のデッサン教室を担当していたが、その
涯学習の状況」「今日の核家族との関係」。さらに
延長線上のつもりで、その後、老人ホームなどで
「原風景の喪失など」がそれである。私の研究活動
「研究教室」を設定した。その時は介護に忙しい職員
は、そのような見方や背景を提示するところに意味
が大半で、学習活動に目をやる職員は少なかった。
があると思っている。特に、本稿では、それらを「二
この辺りの課題や状況は、基本的に今日の老人ホー
極化の学習状況」
「原風景の喪失」
「共生意識」
「新し
ムなどで変わりないところがあろう。また、当時の
い情報社会」(この情報領域は、紙面の都合上本稿では説
参加者などは、クレパスや筆を握ったことのないお
明していない)などをあげた。またこの高齢者の美術
年寄りが大半であった。また、好意的に学習活動を
学習は、
「個々の作品主義的な見方では限界」がある
手伝ってくれる職員は、他の職員から、
『介護に忙し
と私は思っている。特にこれらの試みが間接的に今
いのに、なぜ手伝うの』と言った陰口を言われたこ
日における我が国の生活や文化の活性化に繋がって
ともあった。私は、老人ホームにおいて研究を行っ
おり、大きく言えば、我が国の国民的な課題に繋
ていくうち、老人ホームの状況などを加味し、
「塗り
がっていよう。また、この生涯学習は高齢期に始め
絵領域や学習」に辿りついた。当時は、
「皇太子のご
るのでなく、子供のころから長い将来にむけて行う
成婚やオリンピックなどの塗り絵などをテーマ」と
ものであり、それに沿った社会体制を築くべきであ
した。特に、老人ホーム内で生活している高齢者に
ろう。
高齢者の美術学習について(7)
(5)一般的見方とその限界
121
で高齢化が進み、
「高齢者問題も様々な課題」を伴っ
「高齢者の美術学習」は、上記したように、個人か
て進んでいる。現実は、欧米社会のような「個の時
ら協同学習まで様々な内容が考えられる。特に今日
代」を迎えている。また、今日では、急激に高齢者の
の高齢者達は、美術や絵画などを専門にする層から、
生活構造が変わりつつあるが、高齢者自身の意識や
初めて絵筆を握る高齢者まで様々である。私が主に
生活感は、従来よりあまり変わっていないところが
取り上げてきた美術学習の活動は、自ら学習する高
あろう。それらは、今日の社会状況におけるいくつか
齢者は少なく、
「学習することで生きがいや身体機能
のギャップである。特にこれらは、ある面での都会型
の訓練になる高齢者層」を中心にしてきた。特に、
や過疎地型などの高齢者問題でもある。これらも今
「心に余裕をもつこと」も高齢者にとって大切であろ
日、団塊の世代を前後して、高齢者問題も新しい展
う。しかしながら、今後の「高齢化や高齢者問題」を
開をみせるようになってきている。一方で、若者世
考えるとき、娯楽や趣味と言った個人的かつ生涯学
代とのヨコの関係が入り込んでいるが、それも不明
習的な内容以上に、広く経済・生活・福祉的状況も
瞭でハッキリしない。また我が国の場合、フランス
含めた在り方が大切となってこよう。一言で言えば、
などの一般社会の休暇制度なども確かでない。また、
住環境や学習環境などの大切さである。特に、私の
我が国の精神文化としてみてゆけば、西洋のキリス
研究内容では、そのような残された課題を提示して
ト教文化にある一貫性や精神性の強さが認められな
きた。また一方、今日では「生活・経済的要素・家
い。それらが、我が国の大切な課題であり、一方に
族環境」などを考えることが、より大切になってこ
おける共生意識などに繋がっているのである。特に、
よう。今日では、高齢者の生き方や考え方など、多
この高齢者の美術学習の領域も、
「他世代や子供や孫
く紹介した本なども出版されている。一方ではテレ
たちと学習や生活」をする社会体制の仕組みや課題
ビや一般情報において、旅番組・講演会・研究会・
が必要であり、これらは、高齢者の美術学習以前の
衣食住に関わる番組なども出回っている。ある面で、
問題点でもあろう。
新しい学習活動が紹介されつつある。しかしながら、
一方においては「福祉や医療などの問題点」もあろ
う。これからの高齢者は「年金の切り下げ問題など」
(6) 今日における二極化の背景と、高齢者の美術
学習との関係
が出始め、高齢者の立場や学習に格差などが出るこ
とは好ましくない。特に、
「等しく学習を続けられる
為の制度の確立」も大切となってこよう。また、医
療も含め、
「予算の在り方や見直し」なども大切と
なってくる。今日におけるこの高齢者の自立も、時
に、
「働き盛りの層が、高齢者と生活することにより
代償(犠牲?)になる」など言った現実やあり方の
例も見られる。今日では、核家族があげられて久し
いが、その核家族も今日では珍しいことではない。
その結果、高齢者の生活状況の見直しや自立意識な
どがあげられる。さらに、高齢者中後期の医療や痴
呆などの課題もある。まさに「学習活動以前の問題
点」である。本稿ではその辺りを提示しているので
ある。特に、この高齢者の自立や積極性をあげる前
に、高齢者の孤立感やその解除なども大切と言えよ
う。一方で、我が国は、
「戦後しばらくは高齢者は家
庭内で面倒をみる」と言った一般的認識があった。
その点では、
「高齢者の自立意識」はあまり問題視さ
れてこなかった。しかしながら、今日では急激な形
図3 学習活動の二極化の状況
122
福岡医療福祉大学紀要 第11号
上記の今日における高齢者の美術学習の二極化の
今日に至る我が国は、主に経済活動を中心として
状況こそ、今日の生涯学習時代においては集約され
経済国家に向けて進んできた。特に、地域や町など
た課題とも言えよう。この高齢者の美術学習は大切
の見直しや再開発から、新しい時代の到来を目指し
であるが、高齢前期、すなわち65歳になって、生きる
た。しかしながら、一方で、
「旧来からある社会性・
ことや生活などにおいて精いっぱいと言う層もある
伝統・絆などの切り捨てや喪失」などもあった。こ
ことは事実である。また、この「高齢者の美術学習」
の場であげる「新しい経済や連帯感の実現」はプラ
の言葉は、従来からあげられてきたが、我が国では、
スや好意的な見方もあろうが、物事はそのように明
趣味や娯楽などの個人主義的に軽い意味で安易に使
るい一面ばかりではない。例えば、今日問題視され
われすぎるように思われる。具体的に言えば、この
ている、
「限界集落」
「老人漂流社会」
、さらに今日の
「美術学習は、今日における高齢者の生活や学習意識
高齢者の中にある、
『人生の最後の終末を自宅で迎え
をとおした美術や文化学習などの広がりを意味」し
たい』と言う気持ちなどは、今後の我が国の医療や
よう。特に、一方における社会状況などの広がりに、
福祉的課題や国民的な課題の一つでもあろう。この
本来の高齢者の美術学習の課題があろう。それらを
根底に「高齢者の本来の美術学習の在り方や課題」
みてゆけば次のような問いかけも考えられる。…ま
が出ている。上述したように、今日の高齢者たちは
ず、今日の高齢者の美術学習は、カルチャーセンター
様々な生活や活動を行っている。現実的課題として
的な学習活動とは別に、
『一般家庭内で認識され普及
「経済や地域の見直し」などもある。このような在り
しているのか?』
。さらに、
「高齢者の学習活動と生活
方は賛否両論あり、簡単にはかたづけられない一面
や年金生活との関係」
。または、
「過疎地の高齢者や終
もあろうが、今日や今後の在り方において、特に大
末ケアーとの関係?」など、あげれば多く出てくる。
切なものを失いつつあることを示していよう。それ
これらの終結点であり一方の出発点として、
「高齢者
らを、ここでは「原風景の喪失」と言う形で述べた。
の美術学習の二極化の状況」があると私は見ている。
それ故にこそ、日本の伝統文化や建物の見直しこそ
その点でも、高齢者の美術学習の領域は簡単にはい
大切とも言えよう。これは、言葉のみの問題でなく、
かないことが多かろう。特に高齢者の場合、
「高齢者
ヨーロッパなどの街の文化・宗教・公共施設など
自身の趣味や、娯楽・友達づくりなどが前提」となる
に、一つの在り方が示されている。特に、西洋の場
が、それとともに今日において原風景的な大切さが
合、建物の飾りや装飾性の良さなどもある。そのよ
出てこよう。これらももう一つの見方や背景である。
うな伝統や原風景の重視は、今日の高齢者の生活や
文化や敬老精神につながっている。そのような原風
(7)学習環境と今日における原風景的在り方など
景重視なくして、我が国の高齢者文化も意味をなさ
ないと私は思っている。言いかえれば、
「古い街並
み・過去の歴史」と、
「今日の高齢者の生活や文化重
視」との関係である。確かに今日は観光地的一面が
あるが、一方の「人々の心」と言った側面が明確で
ない。また、
「古さを大切にすることは、敬老精神」
にもつながっている。しかも、古き制度や人間関係
にも繋がっている。そのようにみてゆけば、一つの
例として、欧米の観光事業などは、町の経済化や力
にもつながっている。結局、旧き原風景を大切にす
ることが、間接的に、人々の精神や生活につながっ
ているのである。それらは、結果的に国や人々の連
帯性につながっている。近年のカルチャーセンター
などの絵画教室では、日本の古いものや観光地の風
図4 原風景の意味や背景
景。例えば水車小屋などが描かれている。しかしな
がら、欧米と違って、その水車小屋も、我が国では
高齢者の美術学習について(7)
123
日常生活の中に佇んでいるわけではない。今日の我
今日では、高齢者の領域を中心として生涯学習は
が国は、
「寺院や建造物など」を重視しているところ
盛んであり、様々なジャンルで試みられている。一
もあるが、一方で金銭的なテーマパークのような一
見多彩にみえるこの学習内容も、個々の好みや意識
面もある。特に我が国の場合、一部を除き休暇制度
を中心としている。しかしながら、これらの延長線
もハッキリしていない。これらが今後の学習環境や
上に「共生と言う言葉」があろう。むしろ、その辺
活動に関わっているのである。逆に言えば、個人的な
りの広がりに留意する必要がある。あげているよう
趣味や娯楽などと言った個々の活動や作品主義的に
に、今日の若者や壮年期世代から高齢者の学習活動
ならざるを得ないところがあろう。そのあたりの「個
を見れば、若者や壮年期とは違った学習活動とも映
の学習」に、我が国の美術学習の一面が示されてい
る。これには、十分な休暇制度がなく、一方におい
る。そこで、極端に言えば、
「恵まれた経済や家庭状
て様々な職業や学習観の違いとも関連している。こ
況の高齢者」と「それに対峙する高齢者の場合」など
のことは、世代間の学習活動の隔離などにも言え
をみてゆけば、それらの在り方が示されていよう。あ
る。本来そのあたりの共生意識こそ重視すべきであ
る面でここでは極端な形をあげているが、これらを、
る。我が国の生涯学習活動は、そのような連帯や共
他世代(若者・働き盛りの高齢者など)との関係と照
生意識が欠けている。言いかえれば、
「今日の生涯学
らし合わせても、今日の学習活動や環境や活動の背
習は何の為に行われているか」と言えば、本来は個
景には、内面的な課題が多く隠されていよう。特に、
の学習のみでなく、この共生意識のためにあるので
高齢者の美術学習は、
「生きがい・心の豊かさ・健康
ある。極端に言えば「人種・地域・職業・性別・国
と言った側面」もあるが、これらは、特に本稿であ
籍などを超えた活動」もその基本として入れるべき
げる「二極化の状況」にも繋がっているのである。以
であろう。言い換えれば、ボランティア活動もこれ
下、関連して、
「共生意識との関係」をあげてみる。
に近い一面がある。このような広がりこそ大切な部
分と言える。ある面で、この場であげる高齢者世代
(8)共生意識や課題と広がり
も「孤立した学習ではない在り方」こそ大切と言え
よう。特に、これらは、広く我が国の生涯学習の課
共生意識や学習の大切さ
題にも言える大きな課題や要素でもある。
(9)核家族化の課題など
今日の我が国において核家族が言われて久しい
が、この核家族は、我が国の社会構造の一部として
くみ込まれている。しかしながら、この「核家族な
どの関係」は、今日において見落とされがちな部分
である。また、本稿でとりあげているように、
「核家
族と都会地や過疎地など」もその一つである。1章
の図1でもあげている、高齢後期にある「終末ケ
アーなどの課題」も一方にはある。また、今日の高
齢者の美術学習は、一般家庭内での活動が理想であ
るが、老人ホームなども含め、様々な学習活動が行
われるのが望ましい。しかしながら、現実的には簡
単に行かないことが多くあろう。これらの学習活動
の場合、高齢者に接する職員や一般家庭内の方々は、
高齢者に対応する時間が少ない。それは学習時間や
活動のズレであり、最終的には高齢者自身が自ら行
う主体的な活動が基本と言える。しかしながら、現
図5 共生学習の課題と広がり
実的な活動を老人ホームなどでみてゆくと、
「自らや
124
福岡医療福祉大学紀要 第11号
る学習でなくやらされる学習と言う側面」が、認め
ホームの職員にも間接的な形で影響している。また
られる。このあたりも私は気になっている。また、今
そのような一面から、自由表現と課題や認識表現の
日に盛んに行われつつあるカルチャーセンター的活
在り方や違いも認められる。特に我が国の場合、自
動も、一部の学習活動をみれば、基本的には高齢者
由表現重視の教育があり、一方の共産圏(ロシアな
自身の活動より、講師主導の学習活動と言う側面も
ど)の認識方法とは異なっている。この辺りは、
「我
ある。また、今後の高齢者の美術学習は、自主的活
が国の美術教育の歴史として言い換える」こともで
動や意識などがより大切な部分とも言えよう。この
きる。特に、この自由や創造志向と課題教育との比
辺りに、
「受身であり、従来からある日本人的な課
較は、我が国の学校教育のあり方にも言える部分で
題」もある。その点で欧米の高齢者の気質や意識と
ある。この「自由と認識教育の差」を絵画教育や方
は異なっている。それは、広く高齢者の自立や積極
法に言いかえれば、今日の美術教育の学科は受験主
性に繋がっているのである。上記しているように、
義教育などの影響もあり、このバランスのかけた美
我が国と外国では異なる文化・高齢者・学習認識も
術教育が、一方の美術教育に対する苦手意識を生む
ある。その辺りこそ見返すことも大切と言えよう。
結果にもなっている。平たく言えば、
「目の前のリン
ゴが、幼児期のときのようにリンゴらしい表現がで
3 具体的な美術教育の在り方と生涯学習と
の関係
(1)バランスのとれた美術教育の在り方
きなく、嫌いになる可能性」がある。良い例が、高
等学校になれば、美術や音楽は芸術関連教科にな
り、学校教育から芸術関連領域がなくなってくる。
このあたりは、知育重視の我が国の学校教育の課題
や背景であり、これらの見方は、意外と従来からの
学校教育の課題として見過ごしていく部分でもあろ
う。極端に言えば、我が国は、明治以来読み書きの
知育重視の実利教育を中心として展開してきた。こ
の学校美術教育の問題点は、美術教育などからみれ
ば奥が深いのである。例えば、それを、障害児や福
祉問題を一例として言いかえれば、違った色合いを
見せてくる。今日の「社会教育士の資格問題の課題」
でも、教科に文化や美術・芸術・音楽は入っていな
い。また、美術活動などが苦手な福祉職員も多いの
である。その老人ホーム内での芸術環境は、欧米に
比べ芳しくない。この今日に至る学校美術教育のあ
り方は、一方においては、老人ホームなどにある職
員の意識や行動と間接的にかかわっているのであ
、今日における一般社会
る。その一つの課題として、本章で言う「バランス
のとれた美術教育や学習」がある。特にこの「バラ
図6 バランスのとれた美術教育や学習
ンスのとれた学校教育の認識」は、我が国の文化や
住環境にも繋がっている。今日における学校美術教
上記の図6であげているが、
「バランスのとれた
育は、一つの教科であるが、我が国の美術や文化的
美術教育」は、今日に至る我が国の学校教育などに
環境の在り方で言えば、単に美術教育と言う教科の
おいて、あまり触れてこなかった一面である、しか
レベルでない一面に大きな意味あいがあろう。更
しながら、間接的な形で、我が国の学校教育におい
に、これは、高齢者・壮年期・若者世代などにも繋
て大切な意味あいがあろう。そのような学校教育の
がっているのである。このあたりの背景に高齢者の
在り方は、我が国の教育的立場などに関わる大切な
美術学習のもう一つの課題や問題点があると私は
ところである。また、これらは、一般社会や老人
思っている。
高齢者の美術学習について(7)
(2)宗教的精神などについて
125
「原風景に対する考え方」であり、これらは、本稿で
あげている一方の「都市化や過疎地の問題」にも繋
がっていよう。この、本章であげた「宗教的精神の
大切さや欠如」は、間接的な形で他世代に繋がって
おり、本稿の高齢者の美術学習の在り方にもつな
がっていよう。例えば、高齢者が素晴らしい絵画や
作品を造り上げたとする。しかしながら、
「今日にお
ける家庭内の高齢者の立場や孤独感」・「敬精神の欠
如」・「若者世代の無理解」、さらに「原風景の喪失」
などをみるとき個人的見方や作品主義では限界があ
ろう。特に、本章であげる、わが国の精神文化の在
り方で言えば、欧米の中にある個々の強さが認めら
れない。それらが今日の「終末ケアーなどの課題」
にもつながる要素である、特に、この終末ケアーは、
医療・福祉などの領域も含め多様の分野であるが、
図7 宗教的側面
これには美術・文化・芸術領域も含め、今後関わり
が出てくる大切な一面が含まれていよう。
本稿であげるこの高齢者の美術学習の中で、「宗
教的側面」はかけ離れた内容として受け取られよう
(3)はじめの頃の研究活動などと高齢者たち(一部紹介)
が、その根底には、幾つかの意味合いが含まれてよ
う。我が国の高齢者の美術学習の活動は、図6など
でもあげているように、間接的な背景や課題もあ
る。一方の我が国の精神文化などの課題も同様であ
る。我が国の戦後の学校教育は、新しい課題や教育
認識をとおし新国家の建設を目指した。そのような
立場から経済成長を目指し物質の豊かさを追求し
た。結果的に、昔から続いていた我が国の「人情・
助け合い・年長者への敬いや愛国心」などが失われ
てきた。かわりに民主主義的な自由主義などが理解
されたが、それも、上記の心の優しさや奥行や東洋
1)老人ホームの高齢者達 Kホームにて
的な一面も不明瞭なところがあろう。今日の学校教
育においては、
「教育と宗教の分離政策」によって、
心の課題や慈愛と言った一面は重視してこなかっ
た。一方の、自由や平等と言った、アメリカ的な明
るい民主主義を中心としたが、躾・責任・義務観な
どが失われてきた。このあたりが、今日の若者意識
によく出ている。その結果、敬老精神などが失われ
ていった。この今日における高齢者の美術学習の活
動や作品は、
「心の問題・地域の繋がり・連帯性な
ど」としてみれば、その力強さに欠けよう。今日に
おける生涯学習の時代も、多彩さはあるが、その奥
にある、
「共生意識や人間性・幸福感の基盤が弱い」
ようにみえる。その一つは、前章でもあげているが、
2)吾が子 油彩 F8 号
126
福岡医療福祉大学紀要 第11号
の顔をみると色々なことを思い出す。時にはよいお
思い出を残してくれ『ありがとう』と言いたい。そ
のような中、私は幾つか印象深い高齢者の活動や作
品がある。その一つは、事例写真ではあげていない
が、高齢者が描いた「七五三のぬり絵」である。こ
れを、老人ホームにきていた、お孫さんや子供など
にみせた時、懐かしさや驚きで作品をみていた。ま
さに「回想法であり対話学習」である。これらは高
齢者だけしか描けないものであろう。私は、このよ
うな世代や対話学習などに意味があると思ってい
る。一方において、2)の事例写真であげているよ
図8 身体造形とそれらの考え方
うに、それは「高齢者のお子さんの油絵」で、夫婦
の寝室に掛けていた作品である。聞いてみると、そ
の高齢者の長女は「不幸にも病後した」と言うこと
1・2章では、私の最初の項の高齢者の美術学習
である。その絵は、
「心の中にいる娘さんを描く」ま
の研究活動の一部をあげたが、本章の事例写真1)
さに回想画である。作者は高齢者の中でも、若いこ
(事例写真1・2)は、私の研究発表において重複している
ろから油絵に親しんでおり、まさに生涯学習的であ
部分もあります)は、大阪府河内長野市の老人ホーム
る。現在は90歳を迎えておられるが絵を描いてい
で、学習活動を設定したとき、ホームのロビーでと
る。今は耳が遠くなり電話で話すことが出来なく
もに写した写真である。当時は、高齢者の美術学習
なったが、交流は続いている。一方、一般的な高齢
もあまり活発ではなかった。当時の老人ホームは、
者の美術学習の研究発表は、様々な発表内容がある
今で言う養老院の名残もあった。高齢者達や職員も
が、「高齢者の気持ちや言葉を伝える一面こそ大切」
今日のような老人ホームの認識ではなかった。その
であろう。また、高齢者の学習活動を見てゆく時、
ような中、私は高齢者の美術学習を研究し始めたの
幅広い見方があるが、本稿では、一部であるが図8
である。当時の老人ホームの方々は、私の学習活動
では「身体造形的見方」をあげ、紙面の都合上その
を珍しく、時にいぶかしく見ていた部分もあった。
一部を以下に説明している。この「身体造形」は、
なぜならば、介護中心の老人ホームにとって、美術
あげているように、「色や形の助成や訓練などをと
や音楽や文化領域は、大切とは思っても、学習の場
おし、高齢者の意識や身体を活性化」することも大
や担当する職員は少なかった。その学習の場におい
切であろう。老人ホームなどでの高齢者の場合、
「編
て私はこのような経験をしたことがある。
『先生、今
み物・折り紙・塗り絵など」のように、それらの方
日は学習活動は中止してください。なぜって言え
法は多くある。それを老人ホームなどの現場に見直
ば、急に高齢者が亡くなり、学習を行っている畳の
してゆけば、次のような一面も考えられる。老人
部屋が、葬式の場に変えなければなりませんから』
ホームなどの多彩な学習活動は大切であるが、教材
との理由であった。このことからわかるように、老
や助成したりする職員が少ない。言い換えれば、高
人ホームなどは、文化一般や個々の学習と言うよ
齢者の文化や美術学習は必要な部分であるが、それ
り、介護・介助・ケアーへの課題と言う現実があ
を実行する段階になると、現実的に日常的課題が出
る。当時の参加者は比較的元気で、美術学習に興味
てくる。それらの課題は、「学習活動の助成・人数」
のある高齢者を中心に参加していた。中には、
「初め
などである。私の研究活動も、このような現実的な
てクレパス・絵の具・筆に触る」高齢者もいた。き
背景や課題からはじめたのである。言い換えれば、
いてみると、
『子供を育てるのに精いっぱいで美術
「理想は簡単にあげられるが、その応用としての現
学習まで行かなかった』と言うことである。このこ
実的問題」があるのである。このことは「終末ケ
とは、今日のカルチャーセンターにおける学習活動
アーの一面」にも言えよう。言い換えれば、
「必要と
とは異なろう。この場の写真に写っている高齢者達
思っても、介護や介助の時間や場所の少なさなどの
高齢者の美術学習について(7)
127
多くの問題」が出てくる。このような「理想と現実」
のような立場も含め、本稿では「基本と応用」
「理想
と言った課題も高齢者の美術学習の背景である。以
と現実」と言う立場で述べた。高齢者の美術学習の
上、本稿では、一部であるが、高齢者の美術学習の
場合、
「理想を言うのはある面で簡単」である。しか
課題・状況・問題点などをあげた。
しながら、一方では「介護を必要とする高齢者」や
「家族を離れた孤独な高齢者など」、多くの現実的課
題が浮かび上がってくる。本稿は、その辺りの間接
4 おわりに
的かつ現実的な課題を意識しあげた。特に、これら
本稿1~3章においては、前半では、
「今日の二極
は一般学習の活動や領域に限定するのでなく、この
化の状況」や「原風景の在り方」などをあげ、後半
ような多角的な在り方や見方も大切と言えよう。今
では「バランス取れた美術教育」や、
「私の始めた頃
後の高齢者の美術学習は、その点でも、
「現実的な課
の高齢者の活動状況」などをあげた。
題や背景を見直しゆく時代」になってきていよう。
以下、一部をあげれば、
「高齢者の美術学習は、単
に作品主義的に見るのでなく、高齢者の生活・学
そのような見直しなくして「この高齢者の課題や達
成」は実現されにくいと私は思っている。
習・住環境などをとおして見てゆく必要」があろ
う。今後は、
「高齢前期でなく、高齢中後期の一般家
庭内や医療的側面」も大切となろう。特に我が国の
場合、その背景や奥行きが希薄なところがあり、残
参考・注・引用文献
1)本稿では、紙面の都合上一部の内容であり、
「参考文献・
注・引用」を省略いることお詫びします。
された課題が多くある。その辺りの意識や確立なく
2)私の関連した研究活動や発表は、「桃山学院大学教育研
して、高齢者の生活の充実はなかろう。また、これ
究所紀要・現福岡医療福祉大学紀要の発表」や「関連学会
らの課題は、高齢者の美術学習のみに限定して見て
ゆくのでなく、広く今後の国民的課題として見直す
課題でもあろう。今日の高齢者の美術学習は、多彩
な一面もあるが、その問題点の一つとして、私は、
など」で活動を行った。この高齢者の美術学習は、
「理想
と現実」「生きがいと学習」などのように、いくつかの背
景を重視し継続的に見守ってゆく必要がある。
3)『高齢者の美術学習』かんと出版の私の拙著は、2004年
度に韓国語で翻訳されている。
「美術学習の二極化の状況を象徴させて」あげた。そ
The Study of Art by the Elderly
(7)
Various Viewpoints and Background(2)
Kuniteru TAWARA
Reserch Purpose:
It has been some 20 years since I decided upon the research topic of The Study of Art by the Elerly. At the beginning
there weren’t many people to do the research or even who would attend presentations about it.That being said,in recent
years topics of The Study of Art by the Elderily as well as the fieId of music, etc. fave grown more popular and done well
notwithstanding. Nonetheless,average Japanese learning and studying atyle and living /learning environments compared to
that in European countries still have many points in which they must improve. I am nearing towards finishing my research
study and I hope to be able to put many of these ideas into practice in my own art, as l consider even myself now as one of the
elerly community. Furthermore, at the University in which this papar was published was also conducted a university-wide
forum from which one fundamental portion of the research was based, combining the research subject matter and impressions
of 26 years of research together. The main topics I discuss in this paper in clued: “topics of influence by recent problem of the
social clsss bap and its influence on the elederly ‘ability to study art, understanding the process and learning of art with many
defferent perple together”, “the actuarl begininng of my research” and “looking at the concrete details of the actual a study of
art”. Especially, l have framed the elderly a study of art in the light of contrasting the ideal and reality in art.
128
福岡医療福祉大学紀要 第11号
終末期のケアに求められるもの
129
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
終末期のケアに求められるもの
―ホスピタリティー(もてなしの心)を育むために―
井 上 久美子*
キーワード:死、ホスピス、ホスピタリティー、
終末期ケア、死生観、緩和ケア病棟
魂のケアの存在しない終末期のケアは成り立たない
とさえ感じる。
医療従事者として、ケアの知識、技術を学ぶこと
はじめに
終末期医療が、昨今、注目をあびるようになって
きた。大変喜ばしい事である。
も必須であるが、最も大切な、魂のケアの出来うる
医療従事者であることが望まれる。
その為にやはり教育の中で、果たすべき役割があ
るのではないかと考えた。以前の医学教育の中に連
数十年前までは、ホスピスは死を早める場所、死
綿と浸透していた「死は敗北」という通念とは、終末
に場所というとらえ方をする人も多かったと思う
期のケアは対局である。しかし、人の意識を変えるこ
が、今や日本全国にホスピスや緩和ケア病棟、独立
とは至難の業であろう。30回の授業を通して、学生の
型ホスピスが造られている。しかしまだ都道府県に
「死」に対する意識を変化させ、より身近に私の事と
ホスピスが一つもない所もあり、数としてはまだま
して感得させる。そうすることがひいてはホスピタ
だ不十分であるが、終末期の医療、ケアに専門家も
リティーを育むことに繋がると考えたのである。
そうでない者も目を向けるようになってきたという
しかし、教育にまたなくても、若くとも自分の体
ことであろう。それは、前述した「死を早める場所」
験等で既に「死生観」を持ち「死」と向き合える素地
と言った誤解から、大きく解き放たれて、人が最期
を持つ学生も存在すると思われた。今回はその点も
の時をその人らしく、全うする場所と、認識が変化
ふまえ授業内容と得られたアンケート結果について
した証ととらえたい。
以下報告する。
筆者自身のがん体験から、1990年頃よりホスピス
運動にかかわってきた。
それは、とりもなおさず「こんな殺伐とした病院
Ⅱ.方 法
では死ねない」「日本にもホスピスが増えてほし
年間30コマの授業の中で、まず1コマ目にアン
い」
、
「痛みなく、人としての尊厳を保って最期まで
ケート(後述Ⅲ.に示す)を取り、授業終了の30コ
充実して生ききれる場所が欲しい」という切なる願
マ目に同じ質問をした。以下は当初大学へ提出した
いであった。
授業計画(
[前期シラバス]
、
[後期シラバス]
)であっ
たが、授業展開後12週目より学生の実態に即し、若
Ⅰ.研究目的
干変更(
[後期シラバス(修正)
]
)を試み、前期後半
に扱う内容を後期に回した。また、初め授業予定で
死を前にした患者が、
「死」と向き合えない医療従
はなかったが AIDS についての授業を後期前半に扱
事者に介護してもらう程、淋しく辛いものはない。
うこととした。新たに AIDS の授業を挿入した理由
その人なりの「死生観」を持ち得る介護者にケアを
としては、がんと AIDS の緩和ケアに関しては、現
してもらう場合、そこにはスピリチュアルな(魂の)
在保険診療が認められているという点と、予想以上
痛みに対するケアが必ずなされると期待できる。
に AIDS に関する知識が、学生に不足していると判
*非常勤講師
130
福岡医療福祉大学紀要 第11号
[前期シラバス]
第1週
第2週
第3週
第4週
第5週
第6週
第7週
第8週
第9週
第10週
第11週
第12週
第13週
第14週
第15週
講義のガイダンス 悲嘆を乗り越える為に悲嘆教育の必要性と悲嘆のプロセス
超高齢社会の現状 事例検討①(人間らしい終末とは)
事例検討②(ターミナルケアが注目されるようになった時代背景と、現状)
グループワーク:ターミナルケアの歴史(イギリスで始まったホスピス運動の歴史と内容)
グループワーク:ターミナルケアの歴史(上記の発表)
グループワーク:ターミナルケアの歴史(アメリカのホスピス運動の歴史と内容) グループワーク:ターミナルケアの歴史(上記の発表)
WHO に於ける緩和ケアの定義(前回の定義との比較)他
日本のホスピス緩和ケアへの歴史(理念、基本方針)
日本のホスピス緩和ケアの現状、課題
「私の死」について緩和ケアの理念 基本方針 形態を述べる事が出来る
キュプラーロスの死へのプロセス五段階説これからの日本のホスピスの展望(在宅ホスピスへ)をふま
え、緩和ケアの現段階で問題点を整理し理解する。がん対策基本法を知る
前期試験およびまとめ
まとめ
[後期シラバス]
第16週
第17週
第18週
第19週
第20週
第21週
第22週
第23週
第24週
第25週
第26週
第27週
第28週
第29週
第30週
事例検討 A(がん末期患者への望ましいケアの在り方)
事例検討 B(がん末期患者への望ましいケアの在り方)
身体的痛みへのケア(モルヒネ等について)
精神的、心理的痛みへのケア(コミュニケーションを主として)
演習①(QOL につなげるケアのあり方)
演習②(同上)
スピリチュアルケアについて
介護家族へのケア、レスパイトケア
終末期のリハビリの理論、方法
終末期のリハビリの理論、方法
がん告知とインフォームドコンセント 高齢者に安全な居住空間
在宅ホスピスの事例から、今後の体制作りの課題など
後期試験およびまとめ
まとめ
[後期シラバス(修正)]
第16週
第17週
第18週
第19週
第20週
第21週
第22週
第23週
第24週
第25週
第26週
第27週
第28週
第29週
第30週
・ホスピスの入院対象患者 エイズについて その原因 症状 予後 予防等を知り、自分の生活を見直
すことが出来る
(エイズってどんな病気? どんな症状? なおるの? 私もかかる可能性あるの?)
キュプラーロスの死へのプロセス(五段階)説を知り臨死患者の心理過程五段階説との一致点を見出す 「もし自分ががんかエイズにかかり死まであと半年としたら…」どんな心理状態となり又どのような行動
をとると思うか?本時間にこのテーマでレポートを書く
(課題)キュプラーロスの死へのプロセス 五段階説の心理過程との一致点を見出し 終末期ケアは患者
の末期の心理過程にいかに寄りそえるかにかかっている事を知る
ターミナルの胃がんおよび認知症の患者 A さん(老年期)の全体像を捉え、その身体的、社会的、心理
的、霊的痛みなどに対処する望ましいターミナルケアについて述べる事が出来る 全人的痛みへのケア
とは(シシリーソンダースの功績)全人的は身体的、精神的、社会的、霊的の4つと言われているが、そ
の4つの痛みとは?身体的痛みへの対処、疼痛緩和、殊にモルヒネについて知りその効果について発表出
来る スピリチュアルケアについて調べる
スピリチュアルケア(霊的ケア)について、その意義を理解する その部分へのアプローチこそホスピス
ケア(緩和ケア)で最も重要 患者さんとの関わりに於いて取り入れる方法を考え発表する ユーモアの
効用 QOL,DOL につなげる援助を考え、ロールプレイする事が出来る 例:音楽療法、読書療法、芸術療法、
笑い療法など(班で練習)
前週の続き⇒ QOL,DOL につなげる援助を考え、ロールプレイする事が出来る 例:音楽療法、読書療
法、芸術療法、笑い療法など(発表)
介護家族へのケア、レスパイトケアの内容、方法について知り、実践方法を述べることが出来る 1.安
楽死と尊厳死 2.脳死と臓器移植
本人家族へのがん告知とインフォームドコンセント その方法、意義 是非について述べる事が出来る リヴィングウィルについて もし、あなたが告知するとしたら
在宅ホスピスの事例から、今後の体制作りの課題などを理解し発表することが出来る(在宅ホスピスから
見えてくる居住空間の問題 また家族に出来るリハの方法など)
高齢者に安全な居住空間を、我が家との比較に於いて発表出来る 終末期のリハビリの意味、内容について知り、出来ることを修得し実習する 呼吸訓練 嚥下訓練 清
拭、体位変換、ADL など
後期試験およびまとめ
まとめ
終末期のケアに求められるもの
断された為である。
131
ラー・ロスである。彼女の著書「死ぬ瞬間」の中に
前期授業では、まずは人間らしい終末期のあり方
ある「死へのプロセス五段階説」を臨死患者の心理
を問う為、
「かつての病院での死の事例(かつてと
過程を知る参考とさせた。全人的痛み(身体的、心
いっても今に通じる事例)」を提示した。又、特にイ
理的、社会的、霊的)に対するケア、殊に霊的痛み、
ギリスを中心としたターミナルケアの歴史を1世紀
つまり魂の痛みに対するケアについてどうとらえる
のホスピスの原点といわれるファビオラから見て
か、どんなケアが実践可能なのか学習していった。
いった。近代に入ってからは、近代ホスピスの母と
言われたアイルランドのメアリー・エイケンヘッド
の働き、現代ホスピスの創始者シシリー・ソンダー
Ⅲ.結 果
以下の内容のアンケートを、計19名(2クラス分)
スがセントクリストファーホスピスを建てるに到っ
た経緯など歴史から学ぶこととした。又、QOL に繋
に対し、授業期間の開始時(1コマ目)と終了時(30
がる終末期のケアのあり方を具体的に模索する為、
コマ目)に、全て記述形式にて行った。但し質問5
もう一人の人物の紹介をした。それは、E・キュブ
は、授業終了時のみ行った。
[アンケート質問内容]
1.「終末期」に対し、どのようなイメージを持っていますか?
2.「ホスピス」とは、どんな場と認識していますか?
3.「死」に対して、どのようなイメージを持っていますか?
4.あなたは自分の死を、どのようにとらえていますか?
5.この授業から、あなたが最も興味を持った事はなんですか?
1.
「終末期」に対し、どのようなイメージを持っていますか?
[授業前]
恐怖、不安の中で死を待つ場
3人
死が近い状態
2人
想像つかなかった 2人
患者は絶望の中にいる 2人
死を間近にしている人の心身のケアを行うところ 1人
がん患者のケアの場
1人
死が近い人の世話をする場
1人
病院で最期を看取るイメージ
1人
医療的なことしかしない
1人
死に行く人の身体を楽にしてあげる場 1人
無回答
4人
[授業後]
患者がどの心理過程段階にいるのか見極めがいるという事が解った。
3人
終末期をそうすごすかは、その人にとって重要課題
2人
良い人生だったと思って頂く大切な事と知った
2人
残りの人生を最期まで楽しく生きていくことをサポートする
2人
患者の心の声に耳を傾け、心の痛みにきちんと寄り添うことが大切
1人
終末期をどう過ごすかで、その方の人生の幸福感が変わるのだと思った
1人
医療者側の対応の仕方がとても重要
1人
家族のケアも含む
1人
介護士も専門的関わりが出来ると心構えが変わる
1人
その方の思い出となるケアが必要 1人
痛みの緩和ケアがある
1人
在宅の体制もできつつある
1人
ホスピスケアの心で接する 1人
自分の死と向き合う
1人
穏やかな最期も迎えられる
1人
人として全うさせてあげる必要のある場
1人
132
福岡医療福祉大学紀要 第11号
2.
「ホスピス」とは、どんな場と認識していますか?
[授業前]
解らなかった(無回答も含む)
利用者の死までの生活を見守る
ただ死を待つ処 最期を看取る場 痛みを和らげ最期を看取る場 身体のケアをする場
患者が最期を迎える暗く冷たい場
[授業後]
利用者の心の叫びや思いがとても感じられる場なので、患者の少しの変化も見逃すことなく思いをくみ
取りその思いに応えていくのに必要な場
その人らしい最期となるようサポートする場
残りの人生を少しでも楽しく、良いものにしていくことの出来る場
患者を暖かくもてなす場
人を心身共に支える場 安らかに穏やかに過ごせる場 亡くなるまでのケアを行うところ
何の差別もない「愛」ある場
人生の余韻が感じられる場
家族の支援も大切となる場
一人でなく皆に見守られ死ねる場 10人
2人
2人
1人
1人
1人
1人
4人
4人
3人
3人
2人
2人
1人
1人
1人
1人
1人
3.
「死」に対して、どのようなイメージを持っていますか?
[授業前]
恐怖 畏れ 恐い
何も感じない 実感がない
暗い
誰にでも起り得ること 苦しみ 痛み 別れ
祈りながらその時を待つしかない まだ先の事 受け入れられないもの 死んだ後、何処に行くのかと気になる
出来るだけ目を反らすべきもの
新たな旅立ち 再生 [授業後]
皆必ず死を迎える 身近にある
死の受容には段階がある
介護士の関わり方一つで、その人の死が良いものにも悪いものにもなる
決してこわいものではない、考え方一つである
新たな旅立ち その人の生きた証が残せる プラスイメージ
周囲の人のサポートにより幸福感が得られる
その方の人生のまとめの時期
死を認識することで、命の輝きを感じるようになった 生と死には意味があり、死を受け入れていき、次の人生を生きていかなければいけないと思えるように
変った
自分の人生に訪れる最終テストみたいなもの
自分を全うした上で辿りつくべき終着点 様々な死生観がある 10人
2人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
3人
2人
2人
2人
2人
2人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
4.あなたは自分の死を、どのようにとらえていますか?
[授業前]
恐怖(がん体験者を含む)
いつ死ぬかわからぬ恐怖 病気か寿命がきたら死ぬ
自分のことになると想像もつかない 受け止める自信がない
まだまだ先のこと
[授業後]
悔いのないように生きたい
死ぬ時良い人生と思いたい
自分自身の死の恐怖を理解し、寄り添ってくれる人がいた 5人
2人
1人
1人
1人
4人
2人
1人
終末期のケアに求められるもの
自分の死が近づいたらどうするか考え、家族とも話しておく
ただ漫然と生きるではダメだと思った
自分らしく死ぬ
いつ訪れるかわからないので、自分が出来る事を精一杯やる
周りが自分の死をどう受け止めるか気になる
やり残したことがあるのでまだ死にたくない もう少し年齢を積めば寿命だと諦めつくかも
自身の死を思うと親の事を考える、孝行できることは何かと
死は通過点なので、次の世界の事を考える
死を身近に感じて周りの人の大切さを感じた
自分の死は、なってみないとわからない
自分の死は、自身を全うした上で到る場所
133
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
1人
5.この授業から、あなたが最も興味を持った事はなんですか?
[授業後]
終末期の人への関わり方
魂のケア
ホスピスの現場 傾聴するという事
人の人生をより良いものにしたいと思えるようになった
ホスピスマインドを忘れず患者さんに接したい
患者と家族と真に向き合うことの重要性 平穏には死ねない現実がある
ホスピスの歴史 ホスピスの進化
「人種、心情、性別に関係なくあらゆる人はホスピスに到る」という言葉に愛を感じ興味を持った Ⅳ.考 察
「1.終末期に対してどんなイメージを持ってい
6人
3人
2人
2人
2人
1人
1人
1人
1人
1人
かった。患者の心理過程に、心の声に耳を傾け寄り
添う事の大切さが強調された。
「2.ホスピスとはどんな場と認識していますか」
ますか」という質問に対し授業開始前時点での回答
という質問項目は、ホスピスという存在そのものを
の中には、
「死が近い」
「不安」
「絶望」といったマイ
知っているのか、ひと昔前までは「死を早める場所」
ナスイメージの言葉が半数あまりあった。これは
といった偏見の目で見られていたこともあるので、
「死」に対する自分自身の漠然とした畏れ、出来れば
避けたい、あるいは一日でも遠ざけたいという率直
な心の表れではないかと考える。
学生の認識を問いたかった。
授業開始前時点は存在そのものを知らなかった学
生が18名中10名。「最期を迎える暗く冷たい場」「た
「死」そのものを先人は、哲学者は、宗教家はどう
だ死を待つ処」という偏見とも捉えられる回答が3
とらえていたか、筆者自身はどのようにとらえてい
名あった。残り5名は「生活を見守る場」、「看取る
るか等を、傾聴することで死の意味、死の理解も加
場」、
「身体のケアをする場」、といったホスピスでな
え、少しずつ「死」に対するイメージがその様相を
くても行われる看護、介護の内容を記した回答がな
変えていったのではないかと思われる。又、
「私は死
されていた。しかし授業終了後には「患者を暖かく
をどうとらえているか?」というこれ迄、考えるこ
もてなす場」「心身共に支える場」「穏やかに過ごせ
と、意識にのぼらせることすら避けてきた質問を自
る場」「家族の支援も大切となる場」「差別のない愛
分自身に問いなおす機会をくり返し与えた。授業終
ある場」と変化していった。
了後の同じ質問の回答の中にはプラスイメージの言
「3.あなたは「死」に対して、どのようなイメー
葉「自分の死と向き合う」
「穏やかな最期が迎えられ
ジを持っていますか?」では授業開始前時点の回答
る」
「人として人生を全う出来る」等が目を引いた。
では、客観的なあくまで自分ではない「死」に対し
自分の人生を全うする、その人らしく生ききる、
ては14名の学生が、恐怖、畏れ、暗い、苦しみ、痛
私の人生は良いものであった、痛みなく最期の時ま
み、別れといった負のイメージでとらえていた。別
で穏やかに過ごせたという思いを抱き死んでいける
の表現としては「死」は受け入れられないもの、出
「終末期」にするには、その周りの介護者の支えが、
来るだけ目をそらすべきもの(2名)としている。
如何に重要かという視点で言及している回答が多
又、
「死」を誰にでも起り得ることと、受け入れなが
134
福岡医療福祉大学紀要 第11号
らも、しかしそれはまだまだ先の事と(2名)意識
あえて二つ続けて問うたのは、あなたにも必ず訪れ
的か無意識的か、
「死」を遠ざけようとするような回
る「死」を見つめ問いなおして欲しいと考えたから
答もあった。また何も感じない、実感がないは、や
である。
はり忌避と繋がりかねない回答である。学生の中に
「アンケート5.」のこの授業で最も興味を持った
は特定の宗教を持つ者もいるとみられ、死は新たな
ことは何かという問いかけには、終末期の人への関
旅立ちであり、再生でもある(1名)とする者もい
わり方、魂のケア、傾聴など(11名)また、専門的
た。スピリチュアルな痛みともいえる、我々は死ん
ケアの実践方法(2名)、死を前にした人の心理(1
だ後どうなるのか、何処に行くのか(1名)と訴え
名)等があった。
る者もいた。
これらのイメージがどのように変化していった
終末期のケアに求められるもの、それは終末期に
ある方の ADL を支え、ひいては QOL の向上につな
か?「死」は必ずやって来る。しかし遠い存在だっ
がるケアの力(含む知識、技術)であると思うが、
たものが、皆必ず迎えそれは身近にある(3名)と
その根底にはケアする側に、ホスピタリティーがな
変化していった。死を別の言い方で新な旅立ち、生
くてはならないと考える。ホスピタリティーとはホ
きた証が残せる、人生のまとめの時期、人生に訪れ
スピスからくる。ホスピスとは語源がラテン語のホ
る最終テスト、自らを全うした上で辿りつく終着
スピティウムに由来し、元来、中世ヨーロッパでは
点、考え方一つで決して恐いものではないと語り、
巡礼者や、病人達を休ませる宿泊施設を指した。多
ただひたすら、わからないもの、つかめないものか
くは各地の修道院がその役割を果たした。それら怪
らくる畏れの対象とは違う捉え方になってきた。
我や病気で運び込まれた人達を手厚く介抱し休養さ
介護福祉士としての働きを意識した回答として
せたのがホスピスや病院の原型と言われている。中
は、介護士の関わり方一つでその人の死が良いもの
世初期、ヨーロッパの主な都市や町のホスピスで
にも悪いものにもなる(2名)とし、死の受容には
は、多くの人を暖かく迎え入れ、人種、階級などに
段階があり(2名)様々な死生観があり(1名)周
関係なくあらゆる人に解放され、健康を回復させる
りの人のサポートにより幸福感が得られる(1名)
為の憩いのひと時が提供された。中世のキリスト教
と感じている。
世界には聖書の中にホスピタリティーの原点があり
次に、
「アンケート4.
」は自分の死をどのようにと
キリスト者の当然の義務であったということであ
らえているかであった。
「アンケート3.
」で一般的な
る。ホスピタリティーとは「もてなしの心」という
死というもののイメージを問い、
「アンケート4.
」
意味である。
で、私の死を問うた。重ねて問う事で、学生に「あな
ここ日本、現代に於いてもこの中世ヨーロッパの
たの死」と「私の死」の違いを、殊に後者を意識させ
時を越え、キリスト教でなくとも仏教であっても、
たかった。
「アンケート3.
」と「アンケート4.
」の
無宗教であっても「死」の時を前にする者のケアに
明らかな違い又、共通点を回答の中から見出した。授
この「もてなしの心」は同じく生かされなければな
業前あなたは自分の死をどうとらえているかの質問
らないと考える。その根底には「愛」が、
「慈悲」が
に、恐怖と答えた者が7名、自分のこととなると想像
なければ成り立たない。その「もてなしの心」が魂
がつかないが1名いた。授業後は死までの自分の生
のケアに通じるはずである。
き方を考えている回答、悔いのないように、良い人生
その愛、或いは慈悲の心は、教育現場で育ち得る
にする、漠然と生きてはダメ、出来る事を精一杯やる
かというテーマを持った。これは一つの試みであっ
などの答えが目についた。又、家族や周りの者が自分
たが、先に示したような内容で授業を行うことで、
の死をどのように受け止めるか、又周りの者の大切
学生の感性を揺さぶり少しく意識が変えられたので
さに気付くなどの回答が印象に残った。
はないかと感じている。
「アンケート3.」の回答段階で、一般的「死」で
なく、
「私の死」を意識して回答した者も既にいたと
考える。
「アンケート4.」であらためて、では自分
の死についてと聞かれ戸惑った者もいたと思うが、
おわりに
これ迄、突きつけられることもなく、又、自ら
終末期のケアに求められるもの
「死」と向き合うことが少ない日常、「死」はいつか
訪れるとは解っているが、なるだけ遠ざけようとし
た。その彼らに、
「私の死」について考え、その意味
を問い又先人たちの筆者の死生観を語り聞かせた。
「死」はそれがやって来ないとその時の心情すらわ
からない、確かにそうである。しかし、我々は想像
力がある。思いを馳せる智慧がある。何故そうする
か?終末期にある人の心、身体、魂の痛みをどんな
に語り、頭で仮に理解出来たとしても、私の死に対
峙出来ない者には真の意味で、魂のケアは出来ない
と思うからである。
「私の死」を問い続けた。それは終末期のケアをホ
スピタリティーをもってより良いものにする為であ
り、また学生自身が、私らしくより良く「生きる」
ためにはどうするか…の問いかけでもあった。
参考文献
1)米沢慧(2002).ホスピスという力―死のケアとはなに
か,株式会社日本医療企画.
135
2)アルフォンス・デーケン(2006)
.生と死の教育,岩波
書店.
3)E・キュブラー・ロス(1991)
.新・死ぬ瞬間,読売新聞
社.
4)E・キュブラー・ロス(2004)
.死後の真実,日本教文社.
5)山崎章郎(1993)
.病院で死ぬということ,株式会社主
婦の友社.
6)アルフォンス・デーケン(1996)
.ユーモアは老いと死
の妙薬,株式会社講談社.
7)野坂礼子(2002)
.笑顔セラピー カタチからつくるハッ
ピー・ライフ,株式会社ベストセラーズ.
8)亀山正邦 監修(1997)
.高齢者の介護とターミナルケ
ア,医師薬出版.
9)浅賀薫(2005)
.高齢者の生死と福祉,創言社.
10)柏木哲夫(2008)
.いのちに寄り添う。ホスピス緩和ケ
アの実際.
11)柏木哲夫(2005).ベッドサイドのユーモア学―いのち
を癒すもうひとつのクスリ―,Hon de ナースビーンズ・
シリーズ.
12)柏木哲夫(1987).生と死を支える―ホスピスケアの実
践,朝日選書.
13)日野原重明(1996)
.音楽の癒しのちから.
136
福岡医療福祉大学紀要 第11号
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開
137
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開
石田尾 博 夫* 石田尾 和 奈**
キーワード:日中国交断絶期、日本語学習者、
日本語教師、法律日本語教材の開発、
NSS4、複合型教育モデル
するもっとも詳細な資料の1つである。
冊子によると、北京大学は1920年代から既に日本
語教育を行っていた。コースとして初めて設置した
のは1946年で、正式な名称は「北京大学東方語言文学
はじめに
系日本語言文学専業」であった。後に「東方学系日
本語言文化専業」と改めた。1999年に外国語学院の
いま、中国の日本語教育は学習者の数においても、
創設に伴い、
「専業」
(コース)から「系」
(学科)へ
教師の数やレベルにおいても世界一と言われており、
と昇格し、現在の「外国語学院日本語言文化系」と
その規模は英語教育に次いで第二位となっている。
なった。しかし、冊子には1949年建国当初の名称につ
このような規模に発展するにはどのような歴史的基
いては同大学の『校史』と同様に明記されていない。
盤があったのだろうか。本稿のねらいは、とりわけ日
では、新中国の成立に伴い再出発した北京大学の
中国交断絶期において日本語習得者の日本語習得の
日本語教育機関はどのような名称で、どのようなレ
機会はどのような実態であったのか、現代中国にお
ベルのものであったのであろうか。この基本的な
ける日本語教育の歴史的基盤を明らかにしようとい
データを確認するため、同大学の例年の大学『入試
う試みである。そこで今回は、1950年代中国における
案内』に着目し検討を加える。現段階で見つけた最
日本語教育機関の事情を把握するため、建国初期の
初の案内書は、1952年に政府が出した『昇学指導』
北京大学外国語学院日本語言文系(日語系)
、また、
である。中には「全国高等学校1952年暑期招生系科
中国上海・華東政法大学における新設学科(日本語
分類表」があり、冒頭で「全国の高等教育機関は学
学科)創設という新旧2つの事例研究を対比させな
部学科を調整中であり、学科及びコースの設置は未
がら、日本語教育機関のかかる諸課題を抽出する。
だ定まっておらず、現有の資料を基にこの表を編集
し、受験生の志願選択に供する。表中に列挙した学
1.事例研究1:北京大学の日本語教育機関
(1)機関の名称の変遷
北京大学の日本語教育機関は、1949年中華人民共
和国の成立に伴い再出発した新中国最初の日本語教
育機関であり、現在の名称は「北京大学外国語学院
日本語言文化系(日語系と略称)」である。
校と学科コースの分類は学部学科の調整過程で変動
する可能性がある」と記されている。 1)
同表によると、北京大学日本語教育機関の名称は
「日文専業」であり、他のアジア言語と並んでアジア
言語学科に属していた。1953年の『昇学指導』では、
「東方語言学系」の「日本語専業」となり、また、1954
年の『昇学指導』にも「東方語言系日本語専業」と
同系が2006年、つまり北京大学日本語教育機関設
記されている。この表記は1961年度まで同様であっ
置60周年という節目にこれまでの歩みを総括する
た。1962年度からは「東方語言文学系日本語言文学
『北京大学外国語学院日本語言文化系1946-2006』と
専業」と改め、1965年度まで続いた。つまり上述した
いう冊子を出版した。冊子は、これまで北京大学が
冊子と『昇学指導』を合わせて考察すると、北京大
出版した校史関係資料の中で、日本語教育機関に関
学日本語機関の名称の変遷過程は次のようである。
*前総合福祉学科社会福祉コース
**中国上海・(前)華東政法大学外国語学部日本語学科
138
福岡医療福祉大学紀要 第11号
〈表1〉北京大学日本語機関の名称変遷過程
( 1 )
( 7 )
( 9 )
(10)は日本語コースの学生用教科書
東方語言文学系日本語言文学専業(1946- ? 年度)…東方
で、( 1 )は最も古く未出版物である。( 5 )は一般教
語言学系日本語専業(1952-1961年度)→東方語言文学系
日本語言文学専業(1962-1965年度、1966年から1976年ま
で文化大革命 )…東方学系日本語言文化専業( ?-1998年
度)→外国語学院日本語言文化系(1999- 現在)
科書である。この著作は教員魏敷訓と1954年に入学
養用の教科書で、新中国で出版した最初の日本語教
し1958年に卒業した李宗恵と、1955年入学1059年卒
業の徐昌華の3人が編集したものである。( 2 )
( 3 )
は日本語コースの学生用参考書で、( 4 )
( 6 )
(11)
(2)教育の内容および学生の事情
教育の目的は「翻訳の幹部、教師および研究者を
養成する、当面は主に翻訳の幹部を養成する」こと
である。
(12)は当時の日本語コースの若手教員の中心人物で
あった陳信徳の編著書で、( 8 )は北京外国語学校の
ために編集した教科書である。
また、李宋恵の回想によれば、上列の教材が出筆
履修科目について、1953年のカリキュラムでは主
される以前の1957年に日本人教師岡崎兼吉は私費を
に中国史、アジア史、帝国主義時代国際関係史、基
投じて日本から20冊『明解国語辞典』
(改訂版、昭和
本東洋言語、中国語作文実習、言語学概論、日本概
32年)を購入し、李らクラス全員に一冊ずつ贈呈し
況などを学び、1955年ではマルクス・レーニン主義
ている。彼ら日語修得学生にとってこれは最初の日
基礎、中国革命史、政治経済学、弁証唯物論及び歴
2)
本語の教材である。
史唯物論、中国史、近代国際関係史、日本の歴史、
学生の修業年限について、1956年度までは4年制
日本の地理、日本文学史、日本語、翻訳などを履修
であった。1958年度からは5年制に変更された。ま
することとなっていた。
た、1955年度と1956年度の入学制は入学時では4年
北京大学日本語コースの教員が編集した日本語教
材は多数あった。それらを列挙する。
〈表2〉日本語教材研究の流れ(北京大学日本語コース)
( 1 )‌北京大学東語系編『日本語二年級課本1957-1958第一学
期・第二学期』北京大学東語系、1958年、ガリ版。
( 2 )‌北京大学東語系日本語専業編『日語常用句型成語』北
京大学東語系日本語専業、1958年、ガリ版。
( 3 )‌北京大学東語系日本語教研室編『“八大”一次会議文献
詞彙訳法参考資料』北京大学東語系日語教研室、1958
年、ガリ版。
( 4 )‌陳信徳編著『現代日本語実用語法』
(上・下冊)時代出
版社、1958-59年
( 5 )‌北京大学編『大学一年級日本語課本』
(北京)商務印書
館、1959年
( 6 )‌陳信徳編著『科技日語自修読本』(北京)商務印書館、
1960年
( 7 )‌北京大学日語教研室編『日語』第一冊、
(北京)商務印
書館、1963年
( 8 )‌北京大学東方語言系主編『日語』第一冊試教本、北京
外国語学校、1964年
( 9 )‌北京大学日語教研室編『日語』第二冊、
(北京)商務印
書館、1964年
(10)‌北京大学日語教研室編『日語』第三冊、
(北京)商務印
書館、1964年
(11)‌陳信徳編著『新編科技日語自修読本』
(北京)商務印書
館、1964年
(12)‌陳信徳編著注『訳注科技日語自修読本』
(北京)商務印
書館、1964年
制であったが、途中5年制に変更されている。
入学生数については年々変動があり、1949年度は
7名で、1950年度は1名のみであった。1951年度は
春と秋の2期に募集し、春期は13名、秋期は22名で
あった。1952年度は24名、1953年度は19名、1954年
度は20名、1955年度は35名、1956年度は27名であっ
た。1957年度はどのような事情からか学生を募集し
なかった。1958年度は12名、1959年度は11名、1960
年度は21名、1961年度は15名、1962年度はまた学生
を募集しなかった。1963年度は15名、1964年度は33
名、1965年度は14名であった。以降文化大革命で学
生の募集が停止され、再び募集が始まったのは1970
年度であった。また、1955年度に入学した顧海根の
証言によると、1955年度の学生数は多くて2つのク
ラスに編成されている。
この時期の入学経緯については、基本的に個人の
志願より国家の選抜が主流であった。卒業後の進路
も個人の志望ではなく国が決める、いわゆる「統一
分配」であった。また、1960年卒の陳生保や顧海根
ら3人は同大学大学院に進学し、中国初の日本語専
攻大学院生となっている。4年後の1964年に陳生保
と顧海根が課程を修了したが、1名は中退している。
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開
(3)建国初期「北京大学日本語コース」教師の状況
139
<劉振瀛>:講師.遼寧省瀋陽生まれ、東京高等
1954年4月に同日本語コースの助手になった孫宗
師範学校卒。帰国後は北京師範大学の教員となり、
光の回顧によると、建国初期,すなわち1954年まで
解放後は北京大学の教員となった。「語音」(発音)、
の教師陣は9名で、日本人教師今西春秋と岡崎兼吉
「汎読」、
「日本文学史」を担当。単著『日語中謂語的
のほか、徐祖正、魏敷訓、陳信徳、劉振瀛、黄啓助、
負荷成分与漢訳』
(北京・商務印書館、1984年)など
孫興凡、張京先らが在職している。主要な経歴を列
数点がある。
挙して参考に処す。
<今西春秋>:日本人教師.京都大学文学部卒、
<黄啓助>:(1922.1.10-2002.11.26)講師.神戸で
生まれた華僑で、関西学院大学で経済学を学んだ。
専攻は東洋史である。満蒙史を研究するため、終戦
帰国後は華北革命大学を経て北京大学の教員となっ
後も北京に留まった。北京大学で日本語の教授をし
た。1958年に北京中医学院に転勤し、当校の日本語
ながら満蒙史の研究を継続していたが、1951年にス
教材を編集した。夫人は日本人の李智美(1923.
パイ容疑で逮捕された。3年余りにわたる獄囚生活
11.13-2004.9.20)で、後に同コースの教員となった。
の後、1954年釈放・帰国し、天理大学満蒙研究所に
<孫興凡>:講師.遼寧省瀋陽市で生まれ、南満
迎えられている。
<徐祖正>:教授.江蘇省に生まれ、東京高等師
中学堂を卒業後に日本に留学した。1,2年生の「精
読」、「公外日語」(一般教養の日本語)を担当した。
範学校で英語を専攻した。帰国後、北京女子師範大
1953年に北京にある商務印書館に転任し、後に対外
学や北京師範大学の教授となり、英文学を教えなが
貿易学院の日本語教師となった。
ら日本文学講座をも兼任した。1930年代は北京大学
<張京先>:講師.劉振凜と同年の生まれ。奈良
の教授となり、建国後は一時的に中国人民解放軍に
女子高等師範学校卒、日本人の母を持ち、夫陳涛は
属する外国語教育機関の教員となったが、1952年頃
北京対外貿易学院で日本語を教えていた。解放後、
北京大学の教授に戻った。
夫の関係にて一時的に北京対外貿易学院で一般教養
<魏敷訓>:副教授.山東省に生まれ、1930年代
後半の北京大学日本語コースを卒業し、京都大学に
留学、修士課程を修了した。建国後は北京大学の教
の日本語を教えていたが、間もなく北京大学の教員
となり、1,2年生の授業を担当した。
<岡崎兼吉>:(1909.9.5-1999.8.31)日本人教師.
師になった。また、元時代の詩歌である「元曲」の
1929-1932年に早稲田大学文学部で学んだ。1942年
研究で知られる。担当科目は3,4年生の「日訳中」
(日
から満州映画協会に勤めた。戦後は炭鉱や病院や鉄
本語を中国語に訳す)と「文語語法」である。文革
道の日本人小・中学校で教鞭をとった。1953年5月
期間に退職し、四川省の娘の家で晩年を過ごした。
に鉄道部や全国総工会の推薦で北京大学の外国人教
<陳信徳>:
(1905-1970年)
、講師.台湾で生ま
師となった。文化大革命中の1969年12月に帰国させ
れ、同志社中学、旧制第三高等学校を経て京都大学
られたが、1973年4月に北京大学の要請で再び同校
文学部に進学した。専攻は中国文学で、卒業後は大
で教鞭をとり、1983年まで勤めた。最期は北京で病
学院生として残り、文学部助手となった。在学中に
死した。
倉石武四郎の指導を受け、また、傳芸子のもとに毎
以上が、建国初期北京大学日本語コースの教師の
週中国語(北京語)の個人教授を受けに通った。
状況である。その後の1956年には鈴木重歳と児玉綾
1937年に日本人女性(平林美鶴)と結婚し、6月に
子夫妻、文化大革命後は李智美が日本人教師として
北京に留学した。日中戦争で大学生活を中断され、
招聘された。また、1955年から1966年まで翁祖雄ら
1938年から終戦まで北京中央放送局に勤めた。今西
多くの教員を採用した。特に卒業生からの採用が多
の紹介で1950年9月から北京大学の教員となり、主
かった。1951年に入学した彭家声や張光佩や卞立
に文法を教えた。文化大革命中に非業の死を遂げ
強、1952年に入学した鄭敬堂や陳耐軒、1054年に入
た。新中国最初の日本語文法書『現代日本語実用語
学した徐昌華や李宋恵、1955年に入学した顧海根や
法』
(上、下冊、時代出版社、1958-1959年)の執筆
李孫華や龐春蘭や崔榮林、1956年に入学した潘金生
者であり、
『科技日語自修読本』(商務印書館、1960
や史美芳はそれである。
年)など多数の作品を残した。
140
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(4)調査結果
る。その数はすでに385校(短大を入れると2,286校)
北京大学の日本語教育機関は60周年を迎えた2006
超である。しかし、その中には2000年以降に設立さ
年、漸く『北京大学日語学科簡介』を作り、過去か
れたものが235校と全体の61%を占め、日本語教育
ら現在まですべての教師名を公表した。これらの資
カリキュラムが未整備の大学も多く見受けられる。
料やヒアリングから得た情報を解読すれば、主につ
このような状況では、どのように自分の学科の日本
ぎの特徴が読みとれる。
語教育に特色をつけ、多くの日本語学科の中で一席
①
「教師陣」については主に3つの特徴が指摘で
を保っていくかは、各大学日本語学科が直面する共
きる。第1は、ほぼ全員が日本で教育を受けた
3)
通の大きな課題である。
ことがある点である。北京大学の徐祖正、魏敷
一方、日中両国の政界・経済界における交流が盛
訓、陳信徳、孫興凡、張京先、劉振凜、黄啓助
んになるにつれて、日本語の解かる法律人材の需要
らはその中核的存在である。第2に植民地で生
が急激に増えてきた。中国の社会経済発展の需要に
まれ、日本語を身につけた者が多い。陳信徳、
応え、法律の世界でも活躍できる日本語人材の育成
孫興凡らがそれに該当する。第3に中国に残留
を目指して、華東政法大学(1952年創立)では2005
していた日本人が少なくない(今西春秋ら)点
年に日本語学科の設立に踏み出した。華東政法大学
である。
は法学教育において長い歴史を持ち、さまざまな法
②次は「学生」についてである。同じく学習者の
の分野における専門家や法学者を数多く輩出してい
特徴として取り上げられるのは次の3点であ
ることを利用して、日本語学科の学生に日本語教育
る。1点目は、新入生の採用は成績より「家庭
を行うと同時に、法律の教育も行うという試みを始
出身」が重視されたことである。2点目は、学
めた。日本語学科設立より10年近く経った現在、華
生自ら進んで日本語教育機関への進学を選んだ
東政法大学の日本語教育はどのような成果をあげ、
訳ではなく、国から与えられた「任務」として
また、どのような問題にぶつかってきたのか、第2
日本語の学習を始めたことである。3点目は、
節の事例研究では、その成長過程を振り返り、日本
卒業後の進路は自ら選ぶのではなく決められた
語教育機関による人材育成課程の発展とその基本を
職場に赴いたことである。
考察する。
③第3の要点は「教材」についてである。第1は
(表1で示したが)、1950年代には出版された教
(2)日本語学科の教育の特色
材が極めて少なく、主にガリ版で刷った教材を
華東政法大学の日本語学科は、2005年に中国国家
用いたことである。2点目は、学生が自ら教材
教育部の認可を受け,2005年に上海市を主として、
を編修し、または教材の編修に参加したことで
全国に向けて初めての学生募集を展開した。2010年
ある。3点目は、日本語専攻より一般教養の日
の学科在学生数は約250名であり、2009年度に初め
本語教科書が先に出版された点である。
ての卒業生を世に送った。
日本語学科は現在、専任教員13名(そのうち、教
2.事例研究2:新設大学による日本語教育
(1)中国上海・華東政法大学日本語学科の試み
筆者 ** は、北京大学外国語学院日語系に留学後、
授2名、准教授1名、講師10名、)、そのほか、日本
国籍の教員2名を有している。13名の専任教員のう
ち、1年以上の日本研修や留学の経験をもつ者は6
名、日本の各国立大学で修士以上の学位を取得した
華東政法大学で日本語教育の教鞭をとった経験を
者は2名、中国国内で法律の教育を受けた者は1名
持っている。赴任間もない2007年当時の中国におけ
である。
る日本語学習者数は684,366人で、そのうち大学機関
華東政法大学は、
「応用型、複合式、開放性のある
における日本語学習者数は407,603人にも達してい
人間、敢然と実践し、大胆に新機軸を出す人材を育
る(日本国際交流基金北京事務所の統計、2007年10
てる」ことを教育研究の基本目標としている。2005
月末)
。その大きな要因の一つは、日本語学科が設け
年創設の日本語学科では、この華東政法大学の基本
られている大学の数が年々増え続けている点にあ
理念に基づいて、
「日本語+法律」の複合型教育、す
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開
141
なわち日本語教育を中心に、法律の教育を並行さ
二専攻の学習は学生の法律に関する知識を広めるの
せ、両方の基礎がともに固められていくような教育
に有効な手段であると考え、学生が積極的にこれら
を進めてきた。その目的はいわゆる外国語系大学と
の科目を履修することを奨励している。
は異なる人材の養成を目指すことである。
この教育目標は中国の社会経済発展の需要の上に
3.‌日本語学科の教育課程と教育の成果―日
本語試験 NSS4 合格率
立って設定されたもので、研究型の人材を育てるよ
り、卒業して即座に国家の経済発展に一役買えるよ
各大学の日本語教育の成果を評価する材料には、
うな人材の養成を目指している。華東政法大学のよ
うな法科系大学で日本語学科を設定する意義はここ
毎年6月に中国全土で国家教育部大学機関外国語指
にあると考えられる。華東政法大学は中国華東地区
導委員会による日本語専攻四級試験(以下 NSS4 と
唯一の「日本語+法律」という複合型の教育を行う
称する)が挙げられる。この試験は中国国内で最も
大学で法律の勉強を日本語教育の中に浸透させ、日
権威ある日本語試験の一つで、学習者の日本語能力
本語と法律の融合を目指す。
を全面的かつ客観的に評価するものである。この試
また、日本語学科は研究グループを設置し、日常
験に合格できることは日本語を専攻とする学生への
の教育活動における問題点について定期的に議論を
最低限の要求であって、二年次が終わる頃に全員こ
行い、
「日本語+法律」の複合型の教育モデルづくり
の試験に無条件で参加し、合格できた者にしか二年
を熟慮・推進してきた結果、
「法律日本語」のような
後に学位が授与されないシステムである。つまり、
複合型科目以外に、法学関係の日本語の文章を他の
これは学生の日本語の実力をはかるだけのものでは
科目、例えば、
「基礎日本語」、「読解」、「上級日本
なく、その学位の授与にも関わる重要な試験であ
語」
、
「新聞選読」、「翻訳演習」などにも少しずつ入
る。華東政法大学の日本語学科一期生32名が2007年
れ込む試みを既に始めている。これは、学生が普段
6月に NSS4 に参加し、全員合格するという快挙を
から法学関係の文章に使われている特別な日本語に
成し遂げた。(表3)に示されたように、その合格率
触れさせることで、将来日本語で書かれた法律文や
は100%で、平均点は82.84点、全国の合格率の63.40
法律に関する文章を読みこなし、解釈し、日本語で
%、平均点の68.95点をはるかに上回る結果を出して
表現できるようにするためである。
いる。
さらに、法律を第二専攻として学習することを奨
一方、2007年12月に行われた日本語能力試験一級
励する点である。華東政法大学は法学教育において
では、一期生32名のうち27名が合格し、84.38%の合
長い歴史を持ち、数多くの優れた法律人材を社会に
格率を生み出している。これらはいずれも、華東政
送り出すことで中国国内にその名が知られている。
法大学の日本語教育が大きな成果をあげたことを示
日本語学科では2年次から中国の「民法」、「刑法」、
している。
「訴訟法」
、
「経済法」、
「契約法」、
「保険法」、
「国際貿
易法」
、
「国際投資法」など多くの法律に関する選択
4.今後の課題と展望
科目が設置されており、さらに特定の分野の法学に
以上述べてきたように、中国・華東政法大学にお
興味を持つ学生には第二専攻として、その法律につ
いて体系的に学習することが可能である。そして、
ける「日本語+法律」の複合型の教育の試みは、そ
法律に関する卒業論文を提出することで第二学位が
の成果とともに改善が迫られている問題点もいくつ
授与される。日本語学科では、選択科目の学習と第
か挙げられる。
〈表3〉華東政法大学日本語学科一期生の NSS4 試験の結果(全国平均との結果)
華東政法大学
全 国
受験者数
合格者数
合格率
優秀者数
優秀率
平均点
32人
32人
100.00 %
9人
28%
82.84
63.40%
68.95
資料)華東政法大学資料(2007.6)
142
福岡医療福祉大学紀要 第11号
(1)効率よい日本語習得の課題
(3)法科系大学における日本語専任講師の養成
語学の勉強は積み重ねである。日本語の「聞く・
特色ある「日本語+法律」の人材が社会に強く求
話す・読む・書く・訳す」の5技能を養うためには
められていることから、その将来性が大いに期待で
それなりの学習時間数の保証が必要である。日本語
きる。それゆえ、社会の需要に応えていけるような
教育の基本目標については、国家教育部によって制
人材を育てるためには、それ相当の教育力を持つ教
定された『大学機関における日本語専攻教育ガイド
師の養成が急務である。華東政法大学は中国華東地
ブック』に定められており、その目標に達するよう
区の法律人材や法学者の養成基地で、優れた法学者
に教育を行うことを各大学の日本語学科に義務付け
をたくさん集めているという優位性を有する。大学
ている。これによると、日本語を専門とする学生の
の資源、コア・コンピタンスをうまく利用すれば、
場合、一年次では最低限週14時間(基礎日本語のほ
法学日本語教師の養成は十分可能であろう。そのた
か、聴解、会話などを含む)の日本語履修時間が必
めには次のような措置が考えられる。
要であると規定されている。しかし、華東政法大学
①集中講座などの形をとって、日本語教師に自国
の日本語学科は法律科目の教育も同時に行っている
ため、日本語そのものに割く時間が10時間(基礎日
の法律の知識を知ってもらう。
②環境が整えば、法律に興味ある日本語教師を日
本語6時間、日本語聴解2時間、日本語会話2時間)
本の大学へ派遣し、法律の知識を学んできても
と、一般の日本語学科に比べて限られている。今後、
らう。
短い時間でどのように効率よく日本語教育を為すか
③法律に関心があり、日本語のできる卒業生を日
について工夫を凝らしていくことが課題となる。
本の法学関係の大学院に進学できるよう指導
例えば、学生の実践的能力の開発を重んじて、
『基
し、数年後に法学の知識を持つ日本語教師とし
礎日本語』の教材を文法の解説に詳しい『新編日本
て採用する。
語』から実用性を目指した他の教材に切り替えると
以上見てきたように、華東政法大学は中国華東地
か、流暢な日本語の会話、文法的な間違いがない完
区唯一の「日本語+法律」という複合型の教育を行
璧な日本語会話能力を追求するより、法律の専門性
う大学である。この試みは斬新的なもので、全国的
を生かして仕事を熟していけるだけの日本語能力を
に見ても例がない。今後は、そのため大学の法学資
目指すなど、といったことに重点を置くことが課題
源をいかに有効活用し、日本語教育に適応した新し
となる。
い分野を創り上げていくかである。今後のたゆまぬ
努力と自己検証を強く期待したい。
(2)法律日本語教材の開発
『法律日本語』は華東政法大学の特色科目として
開講されて10年目の節目を迎える。しかし、いまだ
に教材無しでプリントを使って授業を進めている現
状である。このような現状の中その教材作りが急務
となっている。試案として『法律英語』の教材を参
考にして日本の憲法、民法、婚姻家庭法、経済法、
契約法、会社法、手形法、知的財産法、独占禁止法、
青少年犯罪法と10の章を定め、各章にそれぞれ、そ
の法律に関する紹介文を一つ、関連する訴訟事件を
二つ、さらに解説と練習問題を付け加えるような形
が考えられる。今後この試案を、
『法律日本語』教材
のモデルとして改善すべき点についてさらに検討を
深め、教材開発に取り組んでいくべきであると考え
る。
謝辞
本稿は、
(1)経志江『中日国交断絶期の日本語習得者に関
する研究』
(2013)及び(2)周英『華東政法大学における
新設学科による自己査定報告書』
(2008)を整理し、加筆・
修正しなおしたものである。両氏に改めてお礼申し上げる
次第である。
注)
1 ) 全国高等学校招生委員会編(1952)
『昇学指導』全国高
等学校招生委員会編印、p51. p22.
2 ) 経志江のヒアリングによる証言(2009.8/16および8
/19)
3 ) 中華民国の成立に伴い、高等教育機関の接収や再編が行
われた。こうした再編の中、1952年の210か所であった高
等教育機関は1954年になると188か所となった。そのうち、
総合大学14か所、工業系40か所,師範系37か所、医学系28
か所、農林系28か所、財政系5か所、政法系4か所、外国
語系8か所、芸術系14か所、体育系6か所、少数民族系3
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開
か所、気象系1か所であった。しかし、当時日本語教育機
関は北京大学の日本語コースと北京対外貿易専科学校の
143
3 ) 中華人民共和国高等教育部編訂『高等学校招生専業介
紹』
(1961-64年版)人民教育出版社
4 )
石田尾和奈「中国における日本語興隆期の比較:中華民
日本語コースの2つしかなかった。
国初期と日中国交正常化以降を対象に」第一工業大学紀要
第22号、
(2010.3)
【参考文献】
1 ) 全国高等学校招生委員会編『暑期高等学校招生昇学指
導』(1952-54年版)商務印書館他
2 )
中華人民共和国高等教育部編訂『暑期高等学校招生昇学
5 )
石田尾和奈「中国法科大学における日本語学科の教育と
教育の成果:華東政法大学日本語学科の教育課程の発展」
第一工業大学紀要23号、
(2011.3)
指導』(1955-60年版)高等教育出版社
Trends and Diversity Issues in the Historical Basis and
Development of Japanese Language Education in China
Hiroo ISHIDAO* Kazuna ISHIDAO**
In this paper, a study is made on the Japanese language studying individuals within China. Particularly, under the present
tense relations between two countries, how do the researchers cope with the present status-quo. Also supplement with the
historical background to clarify the Japanese language studies in China. Moreover, a comparative study on the recent
development of the new department of Japanese studies at East China University of Politics and Law of Shanghai, to the
formerly established Japanese language institutions within China.
(Bulletin of Fukuoka University of Health and Social Welfare 11: , 2014)
144
福岡医療福祉大学紀要 第11号
人生の挫折をバネとした横井小楠思想の形成
145
福岡医療福祉大学紀要
第11号,2014年1月
人生の挫折をバネとした横井小楠思想の形成
楢 原 孝 俊*
況ヲ……悪ク之ヲ評スレバ、縄走尺歩覆ミ……
はじめに
唯我藩アルヲ知テ他アルヲ知ラズ……学校ハ唯文
幕末維新の政治思想を代表する政治思想家として
義ノ講究章句ノ穿鑿ニ止ルカ如キ景況アリ、故ニ
横井小楠(1809~1869)は、近年になって注目され
俊傑奇抜ノ士ハ、或ハ入ルヲ屑トセス…。
始めている。20世紀の終わり頃から21世紀の初めに
ここにみられる特徴は、その学風の伝統が墨守さ
かけて台頭してきた「公共思想」の幕末維新におけ
れているところにあった。それは他藩のことを知ら
る創始者として、俄かに注目を受け始めている。小
ず、自藩のみに関心を示す狭い割拠の見識だった。
楠は、単に幕末維新を代表するだけではなく、現在
学問は文章の意味を一字一句忽せにせず、解釈する
の問題を思想的に解決するのに不可欠なるキーパー
ところに本質がおかれていた。この頃の藩校の様相
ソンの一人として再生し始めているのである。多士
3
などの句が巷
について、「大全に白髪語類に死す」
済々の幕末維新の人材といえども大半は博物館入り
に流れていた。これは『四書集註大全』や『朱子語
し、現代に生きていなる思想家は見当たらない。
類』等々、朱子学の基本文献にについて字句の解釈
本稿はこうした現在の問題を解くのではなく、こ
にこだわる藩校の学風を風刺したものだった。徂徠
の基礎にあたる小楠思惟の形成過程に焦点を当てた。
学の影響を受けていた初代教授秋山玉山(1732~
そうして、小楠が独自の思想を形成していく過程に
1763)によって刻みつけられた学風は、二代目より
焦点を絞った。本稿はこうした小楠の思惟方法の新
朱子学へと学統が転換していた 4。にもかかわらず、
しさ、創造の契機を明らかにしていきたいと思う。
藩校が廃止されるまでその学風は、継承されてい
た。秋玉によって植えつけられた学風を基礎に藩政
主流派の政治思想と、朱子学は形成されたといえよ
1、苦節5年
う。この政治思想は、名君細川重賢の「宝暦の治」、
天保期細川藩の矛盾を社会経済的に限定して略述
すれば、それは強大な藩連力と商業資本の未熟さに
この熊本藩における宝暦改革の理念の伝統を墨守す
ることだった。
よって、階層分解が政策的に抑え込まれたことに規
この藩政主流派との間に芽生えはじめた対立のな
定されていた。階層分解が遅れていたために幕末財
かで小楠は、天保10年(1839)4月藩命での江戸へ
政の困窮は、それだけ下級武士及び庶民らの窮乏に
の遊学へ出発した。ところで、小楠が志した遊学は
1
拍車をかけた 。かかる社会経済的背景として熊本
「商也ノ文』ではなく、「観風聊カ呉児ノ志ヲ抱ク」
藩では、天保期ごろから藩政をめぐって党派の対立
(山崎正蕫『横井小楠』下巻、遺稿篇、昭和13年版、
が発生してくる。封建家臣団が豪農商層を抱き込
明治書院、855頁、以下同書引きは、頁数の数字のみ
み、分裂を開始したのである。
に略す。例えば、ここでは855と記す)にあった 5。そ
小楠らが対峙した時習館の支配的学風を、この藩
の江戸でのかれの志は、儒学の理論研究におかれて
校で学び維新以降の敬神党の中枢で活躍した木村弦
いなかった。それは「観国の志」、つまり天下に名声
2
雄が、その名著『血史』の中でこの一端を活写して
が高かった水戸藩政改革の立役者藤田東湖を中心に
いる。
幕府や列藩の志士たちとの横行を通じて、天下国家
当時(文政天保以後…木村註)ノ士風、学生の景
*前通信教育部人間社会福祉学科
に関する現実の政治について激論を交わすことに
146
福岡医療福祉大学紀要 第11号
あった。この政治の現場を調査、研究し、この結論
とはまったく違って、これを一身に引き受け未曾有
を小楠は東湖邸で行われた、その年の忘年会の席上
の苦悶に堪えることだった。その極限で内発的反省
で訴えた。
「究境天下ニ名君少ナク、是ヲ以テ乱日史
心が現前し、ついに強靭だった硬直化していた外面
冊ヲ満ツ」
(864)と……。これが江戸遊学における
的自尊心(俗心)が、ずたずたに破壊されていくの
「観国の志」を通じて獲得した結論だったといえよ
である。ここに政治壮年は内面の地平がはじめて切
う。小楠は江戸遊学の横議、横行によって次第に外
り拓かれて、自己の非を認めてこれを積極的に求め
の世界に危機意識を持ち始めていくのであった。こ
る、朋友講学の士へ一転していくのだった。外面的
れを決定的ならしめたのが、東湖邸での忘年会後の
自尊心は相対化されて、そこに俗心を超えた内面=
酒失であった。
道心が芽生えて来るのである。人生の大挫折を契機
同年12月25日藤田邸での忘年会で小楠は、酔つぶ
れてしまい幕府の志士とのトラブルを引き起こし
ストレス
に、小楠の意識は外面から内面へとこの方向が大き
く旋回していったと思われる。
た。藩主流派遊学生片山喜三郎及び沢村宮門と江戸
蘆花徳富健次郎が生き生きと活写するところによ
詰め首脳との謀議によって、この度を過ぎた深酒は
れば、小楠は最初の人生の逆境に挫けることなく、
事件となった。このため処罰が加えられて、遊学は
破れ畳の六畳のボロボロの部屋で一心不乱に学問と
不名誉にも1年で打ち切られて帰藩が命じられたの
思索に励むと共に、この実践も怠ることがなかっ
であった。前途洋洋たる小楠の人生は一瞬にして暗
た。小楠は逆境をばねにして一から学問と人生のし
雲が、立て篭もることとなった。その後の歴史過程
直しをはじめたのである。この学問修養理念は、程
で明らかなように、約束された藩政での将来は完全
明道の「道就於用不是」であった。この意味は真理
に失われてしまったといえよう。
人生に大挫折すれば並みの人は通常、未曾有のス
トレスに堪えられず、異性や酒、風俗、ギャンブル
(道)が第一義、都合で妥協してはならない、という
ものだった。この句をかれは行燈や襖などに書い
て、苦学三年もの間考えぬいたと言われる 6。
などに現を抜かしあるいは鬱となって、一生を棒に
この切磋琢磨の試行錯誤は陽明学から開始され
振る場合が多い。最悪の場合には将来を絶望して生
た。陽明学に依拠した期間は、長くはなかった。し
きる希望を失い、命までも省みない人が稀ではな
かし、ここでの内面の追求は徹底していて、生涯を
い。並みの人の人生は、殆どここで終わる。人生の
貫く思惟方法であった心法への地平を切り拓いて
将来が断たれることによって自尊心がずたずたに破
いった。酒失による人生最大の挫折を契機に政事壮
壊されれば、人は実に弱いからである。
年小楠は、思惟方向を外面から内面へ一転させて
ところが、並みの人とはまったく違って小楠は、
いった。ところで、陽明学によって内面的主体的思
ここから人生が始まった。酒失による処罰が下され
惟方法は確立するが、それは主観に止まり客観面ま
た同年2月からしばらく経てからであろう、若き同
で至らない問題点を持つ。小楠が志した政事が客観
志荻昌国は熊本から、朱王折衷の儒教の本場大陸か
面であったことから、小楠は陽明学では決っして満
ら輸入されたばかりの『湯文正公遺稿』(696~697)
足できなかったであろう。そこで、天保13(1842)
を送り届けた。さすがに同志荻が選んだ書だけあっ
年から14年(1843)にかけて監物、小楠を中心とし
て、これは苦悶する内面を問うのに、正しく適切な
て結成された実学党は、熊本実学の祖といわれる大
書だったと言えよう。それゆえ、朱王の学に忠実な
塚退野学(1677~1750)と劇的に邂逅した。
おこない
この書の跋に小楠は、今 行 を破って酒失の責めを
一身に受け、この過ちを改めてこうこれを実行し、
湯文正公の教えに従うことを、誓っている。
そして、その後この処罰が主流派の寮友と江戸詰
2、小楠思想の成立
門を閉じ苦節五年小楠の切磋琢磨は、宋明(退野)
め首脳の陰謀の結果であることを知っても、小楠は
学への回心として実を結んだ。弘化2年(1845)4
あくまでもこの猛省を堅持し、かれらに一切責任を
月に小楠は 「感懐十首」 として、思想の目覚めを諸
転嫁しなかった。 友に披露している(山崎正董『横井小楠』上巻、伝
小楠が選んだ人生は酒失という大挫折を並みの人
記偏、昭和13年度版、87~90頁、以下同書引きは、
人生の挫折をバネとした横井小楠思想の形成
147
頁数の数字とその偏名の伝に略す。例えばここでは
を「為学の工夫」の根源に据えることによって、陽
『伝』87~90と記す)。人生において最初に回心した
明学の主体的内面性を心法として朱子学の工夫の中
学統は、藩校時習館の学風と対峙し、節操を貫いた
心に据えて、客体的「万殊の理」を内側から窮理で
大塚退野(1667~1750)を介しての陽明学を通過し
きるようになったのである。こうして成立した小楠
た朱子学、いわゆる新朱子学だった。
思想は、学問方法の形式が朱子学であり、その実質
この六首目に
的方法は陽明学であった。だから、井上哲次郎は横
「吾は慕う退翁学 学脈淵源深し 万殊の理に洞
井小楠を陽明学者として位置付けている 8。かかる
通し 一本この仁に会す …」。
形式と実質内容をもつ小楠思想は、弘化2年(1845)
退翁学こそ、一から出直した学問と、その実践の
に成立した。彼は思想的に横井小楠になったのだっ
スタートだった。すでに述べたように陽明学に転じ
た。こうして、生涯の土台となった小楠思想は成立
た政事壮年小楠は、徂徠学的外面的思惟からかかる
したのである。
内面的思惟へ一大転換していった。退野学はある種
の宗教体験を経て、立志が獲得される。退野学では
学問を開始するにあたって立志の方向が「為己」か
「為人」かいずれにあるか、厳重に注意された 7。退
野学の「為学の工夫」は「致知格物」に先立ち、こ
の根底に「為人」から 「為己」 への回輈がおかれた。
つまり、
「致知格物」には、「為人」 である世俗的世
界観から回心した「為己」
、即ち内面的理念(世界
観)がこの工夫の根底に据えられるのだった。
「此の仁」こそ、「万殊の理」に代表される客体的
理の体系を内側へ最終的に帰一させる内発的理念
だったといえよう。「為己」、即ち「此の仁」こそ、
陽明学の主体面である良知、良心を発展させて客体
的理の体系を最終的に内側から根拠づける内心だっ
た。退野学を介して成立した小楠朱子学は「為己」
注
1 森田誠一「幕末・維新期における肥後熊本藩―特に明治
維新への参加をめぐって―」(同偏『明治維新と九州』平
凡社、1973年)
、216~217頁。
2 木村弦雄『血史』
(熊本教育会、1986年)
、71~72頁。
3 熊本県教育会編『熊本県教育史』上巻(臨川書店、1931
年)
、105頁。
4 時習館の二代目以下の教授の学風については、同上書93
~106頁参照。
5 小楠が江戸遊学で目指したことは、学問研究にあったの
ではない。これは幕府や列藩などの、政治の現場を観察
し、調査・研究することにおかれていた。
6 徳富健次郎『竹崎順子』
(福永書店、1924年)
、57~59頁。
7 平石直昭「大塚退野学派の朱子学思想」
(
『横井小楠1809
~1869-「公共」の先駆者』
、別冊『環』⑰)
、51頁
8 井上哲次郎『日本の陽明学派の哲学』(有朋堂富山房、
1938年)
、352~356頁。
148
福岡医療福祉大学紀要 第11号
149
平成24年度 研究業績
1.論文
1)First author
安德弥生・中村京子:介護福祉士の医療的ケアに関
俵国昭:高齢者の美術学習について(6)― 基本
的見方とその必要性―,福岡医療福祉大学紀要
10,11-20,2013
弓洋平:介護保険制度下における独立型介護支援
する一考察― F 大学介護学生の実習施設での実
専 門 員 に 関 す る 一 考 察, 日 本 経 大 論 集,41,
施経験に関する調査より―,福岡医療福祉大学
137-149,2012
紀要10,45-52,2013
弓洋平:地域におけるネットワーク構築を担う諸
出利葉豊:福祉分野への就業を目指す社会福祉系大
活動とその影響―まちづくりを目的とした中間
学生の就職活動支援上の課題に関する一考察―
支援組織に着目して―,福岡医療福祉大学紀要
キャリア・カウンセラーの視点から―,福岡医
10,33-38,2013
療福祉大学紀要10,39-44,2013
井上伸明:高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題
(Vol.3)―家庭内事故の状況からみたサービス
2)Co-author
安德弥生・中村京子:介護福祉士の医療的ケアに関
付き高齢者向け住宅の安全性に関する一考察―,
する一考察― F 大学介護学生の実習施設での実
福岡医療福祉大学紀要10,1-10,2013
施経験に関する調査より―,福岡医療福祉大学
岩坪泰代:ソーシャルワークの視点から見た排泄環
境整備―福祉用具活用に関する一考察―,福岡
医療福祉大学紀要10,69-75,2013
勝井陽子:地域で生活する強度行動障害者とその家
族の支援ニーズと供給の齟齬,福岡医療福祉大
学紀要10,93-104,2013
川﨑竜太:日独における被保護者への就労支援に関
紀要10,45-52,2013
加知ひろ子・尾関友佳子:女子短期大学生の自尊感
情およびセルフ・エフィカシーと生活習慣―
『夜ご飯』の使用の実態も含めて―,九州女子大
学紀要49,147-159,2013
篠原裕希・小武家優子・岩下淳二・大光正男・森田
桂子・吉武毅人:在宅ケアにおける他職種の薬
する一考察,福岡医療福祉大学紀要10,61-68,
剤管理の現状と薬剤師との連携認識,福岡医療
2013
福祉大学紀要10,85-92,2013
木戸矢主子:福岡医療福祉大学の保健室利用状況の
実態調査と課題―平成23年度の利用状況記録よ
り―,福岡医療福祉大学紀要10,53-60,2013
森悦子:
「保育所保育指針」に沿った保育士養成
校教育―授業内容のさらなる充実を目指して―,
福岡医療福祉大学紀要10,21-31,2013
村上博志:母子福祉施設での心理士の働き方につい
ての一考察,福岡医療福祉大学紀要10,111-116,
2013
尾関友 佳子・加知ひろ子:自尊感情,セルフ・エ
フィカシーと短期大学新入生の生活習慣との関
連,福岡医療福祉大学紀要10,105-110,2013
坂本一恵:認知症の人を介護する「家族会」入会に
よる介護負担感軽減作用,福岡医療福祉大学紀
要10,77-84,2013
2.学会・研究発表
1)First author
松﨑 優・木村匡登:発達支援に関する具体的アプ
ローチの考察2,日本保育学会第66回大会,福
岡,2013
尾関友佳子・加知ひろ子:生活習慣と自尊感情およ
びセルフ・エフィカシー,日本健康心理学会第
25回大会,東京,35,2012
尾関友佳子・加知ひろ子:短期大学新入生の入学時
の生活習慣と学業成績,九州心理学会第73回大
会,鹿児島,37,2012
俵国昭:作品1F50号,福岡県美術協会展(会員
の部),2013
150
2)Co-author
増水紀勝・井上伸明:地域におけるまちづくりと地
大学紀要10,121-128,2013
徳永幹 雄:スポーツ選手に対する「心理的競技能
域 大 学 と の 連 携, 東 北 亜 福 祉 経 済 共 同 体
力 」 の 診 断 法, 福 岡 医 療 福 祉 大 学 紀 要10,
FORUM,韓国・釜山,2012(7月16日)
143-150,2013
木村匡登・松﨑 優:発達支援に関する具体的アプ
ローチの考察,日本保育学会第66回大会,福岡,
吉満英男:ダウン症児の個別的言語発達指導,福岡
医療福祉大学紀要10,129-134,2013
2013
3.資料・報告書
4.その他
群嶋かおる:刑務所における再犯防止等司法領域に
1)First author
おける社会福祉士 篤志面接委員活動の可能
郡嶋かおる:満期出所女性への社会復帰の現状と課
性,福岡医療福祉大学学術フォーラム,2012
題―社会福祉士 篤志面接委員の立場から―,
福岡医療福祉大学紀要10,117-120,2013
空閑ゆき子:脳性まひ児のさまざまな座位姿勢を困
難 に す る 要 因, 福 岡 医 療 福 祉 大 学 紀 要10,
135-142,2013
三浦直樹:講義形式授業における「自由記述形式感
想用紙(コメントカード)」活用の試み―必修科
目「福祉心理学」の事例から―,福岡医療福祉
増水紀勝:地域におけるまちづくりと地域大学との
連携,福岡医療福祉大学学術フォーラム,2012
森悦子:生物リズムと時間栄養学,福岡医療福祉
大学学術フォーラム,2012
山下雅弘:成年後見制度における身上監護の意義と
限界―医療同意権を中心とした考察―,福岡医
療福祉大学学術フォーラム,2012
151
平成24-25年度 学術フォーラム報告
平成24年度
第3回学術フォーラム
2.発達障害児の個別的言語発達指導
総合福祉学科社会福祉コース 吉 満 英 男
期 日:平成25年3月6日(水)
発 表 者:俵 国昭、吉満英男
知的障害や自閉傾向を示す発達障害児に、個別的
な言語発達指導を実施した。
場 所:160教室
時 間:14:20~16:20
指導内容は、動作課題、言語課題、認知課題を発
達状態に即して提示した。
発表要旨:
動作課題では親子訓練を併行し、月1回約45分の
個別指導を幼児期から実施することで、発語能力を
1.高齢者の美術学習について―色々な見方と背景―
総合福祉学科こども福祉コース 俵 国 昭
俵は、2013年3月6日(水)に、
「学術フォーラ
高めることが示され、言語獲得は、障害の程度を軽
減することが明らかになった。また、言語獲得は、
パニック、常同運動、恐れなどの問題行動を解消す
ることも分かった。
ム」において上記のテーマで発表した。研究報告の
内容は、
「高齢者の美術学習の理論や背景」を中心と
して、
「資料および事例や実技内容」に分け行った。
この「高齢者の美術学習」の領域は広く、これから
平成25年度
第1回学術フォーラム
の分野であろう。私は、その背景や課題として、
「学
期 日:平成25年10月28日(月)
習年齢・健康状況」や「核家族化・学習意識・終末
発 表 者:廣田悦子、出利葉豊
ケアー」などあげた。また、本発表において、その
場 所:160教室
結びつきを、
「高齢者の生活や二極化の状況など」を
時 間:14:30~16:00
主なテーマとし発表した。発表では、事例作品や関
発表要旨:
連資料などをとおし述べたが、上記しているよう
に、
「二極化の状況を主な課題や問題点」として述べ
1.セクシュアルハラスメント防止に対する実習前
教育の振り返り
た。また、本報告では、具体的な高齢者の学習内容
や事例作品をあげ、参加者それぞれ理解がなされた
…精神保健福祉援助実習生との試み…
と私は思っている。また、この「高齢者の美術学習」
臨床福祉心理学科 廣 田 悦 子
は大切な分野であり、今後とも継続的に見直してゆ
く領域とも言えよう。また、
「高齢者の美術学習」
本学は平成20年度より【ハラスメント委員会】
(以
は、作品主義的に狭い意味で受け取られている一面
下、委員会)が設置された。筆者は当初より、その
があるが、むしろ、高齢者の生活や学習や医療など
委員の一人であり、また、ハラスメント相談員(以
との関係を踏まえ、継続的に見直してゆく領域とも
下、相談員)を務めてきた。
言える。一方で、高齢者の世代ばかりでなく、多世
委員会が設置された平成20年度、社会福祉現場実
代とともに共生意識をとおして見直してゆくことも
習の一人の女子学生が実習先(児童養護施設)でセ
大切と言える。
クシュアルハラスメントの被害を受けるという出来
以上、本報告の一面や一部の内容をあげた。なお、
「本年度の研究紀要」において関連した形で発表し
ている。
事が起きた。
筆者は学生当事者(以下、K 学生:K 事例)との
面接、両親との面談、実習先関係機関や某児童相談
所との調整を実施した。
152
実習依頼をする教育・要請側が実習機関に要求す
い人材が福祉分野に進出することが喫緊の課題であ
るばかりでなく、未然防止をするためには教育・養
る。社会福祉系大学は、福祉分野への若い人的資源
成側に必要な課題を提示した事例でもあった。
の質的・量的確保という課題に大きな役割を担って
この A 事例の経験を踏まえてその後の実習生への
いる。一方、学生の福祉分野への就業には、就職活
事前教育に反映してこととなった。福祉三国家資格
動が影響する。そこで、今回の報告の目的は、募集・
をはじめ、保育士や高等学校教職資格の現場実習事
応募・採用における福祉の職場独特の特徴が、福祉
前教育の際に【セクシュアルハラスメント防止】の指
の職場への就業を目指す学生の就職活動に具体的に
導を実施した。今回は特に、精神保健福祉士援助実習
どのように影響しているかを狙いに、本学学生に対
において実施した内容と結果について報告する。
するアンケート調査及び福岡市周辺の福祉施設責任
学生に実施した事前学習のレジュメは以下である。
者に対するインタビューを行い、その考察を通して
得られた就職活動支援のための参考資料を発表する
<リスクマネージメント:セクシュアルハラスメン
ことである。
トへの対応>
これから皆さんが、有意義な実習を行うために
「してはいけないこと」、
「注意すること」、
「自分の身
を守るために必要なこと」などを学習したいと思い
平成25年度
第2回学術ファーラム
期 日:平成25年11月18日(月)
ます。
“セクハラってどういう意味?”…一般に「セクハ
発 表 者:木村匡登、原田弘行
ラ」という言葉は「セクシュアルハラスメント(英
場 所:160教室
Sexual harassment、性的嫌がらせ)」の略語として、
時 間:14:30~16:00
「意に反する不快な性的言動」といった意味で広く
発表要旨:
使われていますが、使う人によってそのニュアンス
は様々です。
これから提示するいくつかの疑問について討論し
ましょう!
2.社会福祉系単科大学生の就職活動に関する意識
調査と考察―アンケート調査を通して―
総合福祉学科社会福祉コース 出利葉 豊
1.臨床ソーシャルワーク実践に基づく発達支援に
関する考察
総合福祉学科社会福祉コース 木 村 匡 登
本研究では、これまで臨床児童ソーシャルワーク
が担う発達ニーズに対応する実践を行ってきた。幼
児期からの子どもに対する課題も加齢と共により社
会的に自立した生活が送れるよう支援する課題が中
総務省統計局の平成22年度国勢調査による総人口
心となる。この臨床ソーシャルワークの実践目的は
に占める65歳以上人口割合の推移をみると、1950年
社会的機能化(socialization)である。人間として存
以前は5%前後で推移していたが、その後上昇が続
在するためには、社会的存在としての個、個として
き、1985年には10%、2005年には20%を超え、2010
の社会的存在は必要不可欠であり、いかに人間的存
年には23%となっている。わが国は、先進国の中で
在にするかが重要となる社会的機能化に焦点をあ
高い水準にあるイタリアやドイツと比較してもその
て、人間存在としての支援のあり方について考察す
数値を上回っている。今後、1947~49年ごろの第1
るものである。
次ベビーブームに生まれた団塊の世代が65歳以上に
社会的機能化を可能にする身体的言語を基本とす
なることを考慮すれば、高齢化がさらに進むと思わ
るコミュニケーションの方法は、身体的接触を伴う
れる。
方法で、対人関係を促進し、小集団活動を意識した
こうした世界に類を見ない急速な高齢化に対応す
課題を設定することで、自らの役割を認識し、他者
るには、制度やサービスの整備・改善とともに、福
を意識できる関係を作ることができるのではないか
祉に関する専門的知識・スキルを持った意欲ある若
という仮説を立て発達援助を試みた。小集団「グ
ルーピング」は、各個人の生育歴、発達段階に応じ
2.福祉施設利用者の権利擁護について
て構成され、集団としての個を、個々による分析を
行うことにある。
発達援助に参加した児童の中で、社会的機能化が
153
~とくに生活施設利用者の権利擁護について~
総合福祉学科介護福祉コース 原 田 弘 行
可能となるプログラムに至るまでには、個々の状態
ノーマライゼーション思想等もあり、日本でも
にもよるが、それぞれ3つのゾーンから段階的に発
1980年代より施設福祉から在宅福祉への転換が図ら
達ニーズを充足させてきた児童による顕著な結果が
れてきた。理想的には、福祉サービスを必要とする
表された。
人が、従来の生活の場(自宅)での生活が保障され
身体接触が全くできない子どもに対して、あらゆ
ることであろう。しかし、家族機能の低下や、要支
る考えられる援助を試みたが、最も身近な存在であ
援者の急速な拡大を考えれば、その方策が現実的で
る親に対しても、手と手の接触を避けることが見ら
はないことは明らかである。
れたが、根気強く関わり始めると改善が見られた。
以前より、福祉施設、とりわけ生活施設における
手と手の接触と身体的言語による関わりで、人間関
利用者の権利侵害が報告されていた。生活施設を取
係が取れるようになった児童の次の課題は、人と人
り巻く状況等が重なり合って虐待行為等が生じてい
との交流が可能になるかである。身近な存在である
たものと考えられる。
親子で関わるコミュニケーションを土台とした子ど
1990年代社会福祉基礎構造改革以降、生活施設に
も同士の交流も可能にするプログラムの提供で、自
おける権利侵害要因に対しては、苦情解決制度など
らの役割を認識し他者とを意識し、小集団の中にわ
制度的な取り組みがなされてきたものと評価でき
れわれ感情をもつことができた。
る。しかし、権利擁護の実現については、多くの克
服すべき点が残っている。たとえば、生活福祉施設
の経営主体の問題である。公益組織でありながら同
族による施設の私的運営が存在し、利用者の権利擁
護に多大な影響を及ぼしていると考えられる。ま
た、利用者の自治会活動の低調さである。
154
155
平成24-25年度公開講座報告
平成24年度第5回公開講座
平成25年度第1回公開講座
テーマ:なぜゆとりのある入院生活がおくれないの
テーマ:
「にんじん嫌い」から始まった
か?~病院の機能分化と医療ソーシャル
私の研究履歴
ワーカー~
場 所:160教室
場 所:160教室
日 時:平成24年12月15日(土)10:00~11:30
日 時:平成25年10月26日(土)10:00~11:30
演者名:総合福祉学科 医療福祉コース 大垣京子
演者名:総合福祉学科 こども福祉コース 森 悦子
内 容:
内 容:
平成24年度、公開講座にて「なぜゆとりのある入
団塊世代の申し子の一人である私は、幼い頃の人
院生活がおくれないのか?~病院の機能分化と医療
参の独特の臭いのせいか?食卓に上る人参の煮物が
ソーシャルワーカー~」というテーマで講演をおこ
苦手であった。食べ残さないように注意する母親に
なった。以下、その概略を報告する。
その理由を尋ねたところ「栄養があるから」との返
日本の医療は、今、量から質へ、質から連携へと
移っている。これは、
「いつでも、どこでも、だれで
答。栄養って何?好奇心旺盛だった私に食べ物や栄
養への興味が芽生えた。
も」というフリーアクセスであった医療が、病状に
約40年間の研究生活の研究テーマは、その折々の
よって適切な医療を提供し、さらに、病院で治療を
事情に合わせて変遷した。食品中の酵素の研究から
し続けるのではなく、住み慣れた地域で、自宅で、
始めて、医学部での血液凝固薬の開発、短期大学で
治療を受け続けるという仕組みに変わっていったこ
の栄養学や調理学的研究、福祉大学での介護福祉士
とを意味する。戸惑う患者や家族がこの仕組みをよ
養成での生活支援のための家政学、保育士課程での
り良く活用するためにも、患者や家族の生活の再構
子どもの栄養と…、所属先や担当科目・家庭の事情
築を支えるためにも医療ソーシャルワーカー(以下
等で研究の場が変わるごとに その時の状況に合わ
MSW)が欠かせない。
せて研究テーマを変えてきた。
人は生まれて死ぬ。ほとんどの人は病院で亡くな
今振り返ってみれば、そのことが自分の研究視野
る。
「終わりよければすべて良し」という言葉がある
や守備範囲を大きく広げ、
「栄養学」を広範囲かつ多
が、今の病院で最後を「良かった」と言って迎える
面的に捉えることに繋がり、学ぶということには無
人がどのくらいいるだろうか。まだ、この病院にい
駄が無いことを、身をもって知った。
たい。住み慣れた家で、地域で最後を迎えたい、と
今日まで恩師や幅広い分野の先輩や後輩から多く
いう思い。そうしたいけれど、ひとりではとうてい
の指導を受けてきた。それらの経験を踏まえて、学
看取ることはできない。施設に入所してほしいけ
生には地道にかつ逞しく学ぶことが生きる楽しさに
ど、お金がない。このような悩みは特別ことではな
繋がることを伝えたいと思いつつ 30数年間教壇に
い。ここに MSW が病院にいることの意味がある。
立って来た。 学生と一緒に勉強して、「人間味ある
MSW は、患者や家族と一緒に「どのように生きて
教師」と学生に慕ってもらえるような教師像を目指
いきたいのか」「最後をどのように迎えたいのか」
してきたつもりではあるが…、未熟で至らない点が
「何を大切に考えていけばよいのか」などの気持ち
を整理し、家族の力を引出し、望む生活の実現に向
かって一歩でも近づけるように支援する。医療は今
までと大きく変わってきている。医療ソーシャル
ワーカーを活用しよりよく生きていただきたい。
多く 反省することも多い 今日この頃である。
156
平成25年度第2回公開講座
したところが、何ゆえに短い期間に大きく成長し、
半世紀以上にわたって注目される施設であり続けた
テーマ:パールバックが娘キャロルのために選んだ
のか」ということに重点をおいて語るのが、本学の
知的障害者施設 ヴァインランド・トレー
事情を考えたとき、もっとも相応しいように思いま
ニング・スクール
す。
場 所:160教室
ヴァインランド・トレーニング・スクールが良
日 時:平成25年11月30日(土)10:00~11:30
かった点は、①私立だったこと、②施設長が1人ひ
演者名:臨床福祉心理学科 酒井 誠
とりの子どもに目が届く以上には入所者数を増やさ
内 容:
なかったこと、③参与制度を作って、関心をもつ部
最後の公開講座になりました。企画委員会から、
外の様々の職種の人の意見を定期的に聞く会を開
この講座は学部長の話で締めてほしいと言われ、逃
き、地域社会のニーズを掌握していたこと、④入所
げるわけにもいかず引き受けることにいたしまし
児童に家庭にいると同じような環境を与えるように
た。幕引きの話として何が適当か、いろいろと考え
配慮したこと、⑤志を同じくする職員で職場のコ
た結果出てきたのが今回の演題です。実は、私は本
ミュニケーションがうまくいっていたこと、⑥施設
学に勤めることに決まったとき、心に決めたことが
長のジョンストンが知的障害者の教師経験を積んだ
一つあります。それは、ここでは学生の教育に力を
人物で、障害児の教育に科学的な知識を積極的に取
入れるということです。海外に出る機会があるとき
り入れようとしたこと、そして、その知識を、広報
には、訪れる所の近くに私が担当する授業の中に出
活動を通じて広くこの分野の発展に役立てようとし
てくる重要な研究が行われた大学や研究施設があれ
たこと、また、人柄がよく組織をまとめる能力に長
ば、そこを見学してその印象を学生に語って聞かせ
けていたこと、障害児を心から愛せる根っからの子
よう、そして好奇心を駆り立ててやろうと考えたの
ども好きの人であったこと、それに社交的で豊かな
です。今回のヴァインランド・トレーニング・ス
人脈を持ち、寄付金集めがうまかったこと、などで
クールもそうした目的で行ったところであります。
ありましょう。逡巡するパール・バックをして、娘
このスクールは20世紀の前半において、心理学研
のキャロルの入所を決心させたのも、ジョンストン
究所を持った知的障害者施設として、世界的に知ら
の熱意と施設のこうした特徴にあったといわれてい
れたところであります。この施設のことを語るとき
ます。わが国からも多くの専門家が訪れています。
様々な切り口があろうかと思いますが、ここでは、
学ぶことが多くあったからでしょう。わが大学もこ
「この私立の小さな知的障害者施設としてスタート
の歴史に学ぶところが多くあったように思います。
〈福岡医療福祉大学紀要 総目次〉
157
第一福祉大学紀要 創刊号(2004)
論 文
大学生の精神的健康パターンについて …………………… 岩崎 健一・徳永 幹雄・山崎 先也 …… 1
ザルツマン著『蟹の書』の扉絵考 ………………………………………………………… 岡本 英明 …… 13
Havelok the Dane の Thou と You に関して ………………………………………………… 佐藤 哲三 …… 21
高齢者の美術学習に対する見方(1)……………………………………………………… 俵 国昭 …… 45
学生の運動及び修学状況と健康度・生活習慣に関する研究
………………………………………………… 徳永 幹雄・岩崎 健一・山崎 先也 …… 59
介護福祉におけるリスクマネージメントの研究(第一報)―介護老人保健施設の実態調査をもとに―
………………………………………………………………………………… 橋本 久子 …… 75
A Study on the Japanese Common Peoples’ Ethical Ideas …………………………… Kiyoshi Fukawa …… 87
人工衛星データを用いた大気エアゾルの検出と拡散の解析 …………………………… 増水 紀勝 …… 99
介護業務の実施頻度と腰痛との関連性 …………………………………………………… 村田 伸 …… 115
精神保健福祉士の役割に関する一考察 …………………………………………………… 山田 州宏 …… 123
研究ノート
臨床心理学研究ノート ―実践性と実証性の統合に向けて― ………………………… 阿部 啓子 …… 133
グループホームにおけるターミナルケアの可能性についての一考察
―利用者を中心とした身体的・心理社会的ケア― …………………… 稲谷ふみ枝・坂井 明弘 …… 139
心理学と「複雑系」 ………………………………………………………… 宮原 英種・宮原 和子 …… 145
介護福祉士養成と家政学―明るい展望を語れる介護福祉士養成を目指して ………… 森 悦子 …… 157
老年期痴呆の予防:久山町研究を中心にして …………………………………………… 吉武 毅人 …… 165
その他(教材研究等)
セクシュアルハラスメントの顕在化とジェンダー問題―現状分析と理論的アプローチ
………………………………………………………………………………… 石田尾博夫 …… 171
第一福祉大学心理学実験室創設記 ………………………… 宮原 英種・加知ひろ子・武藤 幸穂 …… 183
日本における「福祉心理学の構築」へ向けて …………………………… 宮原 和子・宮原 英種 …… 189
158
第一福祉大学紀要 第2号(2005)
論 文
ドイツ教育学とナチスの関係に関する考察―ドイツ教育学界の論争に寄せて ……… 岡本 英明 …… 1
在韓華僑青少年の生活世界 ………………………………………………………………… 綛谷 智雄 …… 15
Havelok the Dane の三人称代名詞(女性・主格・単数)SHE に関して ……………… 佐藤 哲三 …… 27
高齢者の美術学習(2)その背景と事例作品からみた見方 …………………………… 俵 国昭 …… 47
心理的競技能力の変化からみたスポーツ継続の心理的効果 …………………………… 徳永 幹雄 …… 65
福祉と IT(情報通信技術)について……………………………………………………… 中山 正之 …… 79
小林授産場の研究 …………………………………………………………………………… 西尾 祐吾 …… 85
介護福祉におけるリスクマネージメントに関する研究(第2報)
―ISO9001規格の認証資格で管理運営するケアセンターの調査 …………………… 橋本 久子 …… 101
On Japanese ethics in the near future …………………………………………………… Kiyoshi Fukawa …… 113
発達現象と「複雑系」モデル ……………………………………………… 宮原 英種・宮原 和子 …… 127
高齢者に対する要介護認定の問題点 ……………………… 村田 伸・津村 彰・早瀬 名月 …… 139
ヨーグルト摂取が女子学生の排便状況に及ぼす影響
森 悦子・尾形 壽子・八丁 雄子・澤村 恭子・青柳 征子・坂本美代子・山本嘉一郎 …… 151
フランス及びドイツにおける健康保養地の概要:健康保養地制度創建のための現地調査より
………………………………………………………………………………… 吉武 毅人 …… 165
福祉産業におけるコンピテンシーに基づく人材重視の経営 …………………………… 渡辺 孝雄 …… 175
翻 訳
カルペ・デイエムの変奏あるいは狂想 …………………………………………………… 上村 和也 …… 185
ハワイ州政府による一ケア・マネジメント・プログラム廃止がもたらした影響(2)
―ケース・スタディに見るアメリカ合衆国における社会福祉の現状― …………… 川﨑 和治 …… 203
古代における傷病兵(患者)移送、看護、医療の歴史 ………………………………… 田中 晴人 …… 223
報 告
第一福祉大学訪問介護員養成研修(2級課程)事業への取り組み
末廣貴生子・村田 伸・廣田 悦子・床島 正志・弓 洋平・郡嶋かおる・冨田川智志 …… 229
159
第一福祉大学紀要 第3号(2006)
論 文
「国境を越えた民族の社会学」に向けて
―在韓華僑・在韓日本人妻・延辺朝鮮族を概観して― ……………………………… 綛谷 智雄 …… 1
文化的少数者の為の介護支援の課題―福岡県在住の中国帰国者を対象とした実態調査に基づく考察
………………………………………………………………………………… 名和田澄子 …… 15
高齢者の美術学習(3)―いくつかの背景と事例作品― ……………………………… 俵 国昭 …… 27
認知症ケアの実践と教育に活かす パーソン・センタード・ケアの視点
………………………………… 稲谷ふみ枝・山岡喜美子・村田 伸・津田 彰 …… 47
福祉とロボットについて …………………………………… 中山 正之・森 悦子・緒方 由美 …… 55
移動・移乗技術に伴う腰痛発症の危険性の検証及び変革への課題 …………………… 中山 幸代 …… 67
長期間の「健康運動」講習会における健康度・生活習慣の変化 ……… 徳永 幹雄・長田 信吉 …… 81
The Japanese Economic Growth in Post War and Ethical Ideas regarding Labor …… Kiyoshi Fukawa …… 97
言語獲得と「複雑系」 ……………………………………………………… 宮原 英種・宮原 和子 …… 115
福祉・医療サービスにおけるバランス・スコアカード導入・活用上の課題 ………… 渡辺 孝雄 …… 127
2004年改正 障害者教育法 ………………………………………………………………… 石井 武士 …… 141
福祉系大学生の喫煙の現状と今後の対策 第一福祉大学における喫煙・飲酒に対する調査結果より
………………………………………………………………………………… 吉武 毅人 …… 151
JAPANESE WORKERS’ RETIREMENT PENSION SYSTEM AND THE 2004 REFORM:
CRITICAL INTRODUCTION ……………………………………………… Masahiro Ken Kuwahara …… 159
東洋的自我について―内観と森田療法の根底にあるもの ……………………………… 内村 英幸 …… 177
初期ボルノウにおける教育学と政治の関係とその問題点 ……………………………… 岡本 英明 …… 187
「おむつ体験」学習の検討 ………………………………………………… 松尾 壽子・八田 勘司 …… 199
共感的プレインストーミングを用いた小グループによる体験学習授業の試み ……… 阿部 啓子 …… 207
Havelok the Dane の一人称代名詞(主格・単数)I に関して …………………………… 佐藤 哲三 …… 215
韓国社会福祉の歴史 ………………………………………………………………………… 竹並 正宏 …… 241
翻 訳
ブライアントの詩二題 ……………………………………………………………………… 上村 和也 …… 251
ロバート・ヘリックのカルペ・デイエム ………………………………………………… 上村 和也 …… 259
160
第一福祉大学紀要 第4号(2007)
論 文
「第三帝国」時代のボルノウに及ぼしたナチス思想の影響について
―1933-1945年の書簡・論文・書評を中心に― ……………………………………… 岡本 英明 …… 1
「心理学実験評価シート」の導入に対する学生アンケート …………… 尾関友佳子・加知ひろ子 …… 13
「心理学実験評価シート」の効果について ……………………………… 加知ひろ子・尾関友佳子 …… 23
現代の学生相談ニーズ調査報告 …………………………………………………………… 黒木 利作 …… 33
人間福祉学の構想 その一 人生福祉学の基本前提 …………………………………… 杉本 一義 …… 45
韓国介護保険制度(テスト事業実施)から見えた問題点 ……………………………… 竹並 正宏 …… 73
福祉領域における美術や文化の背景―高齢者の生涯学習と今日の文化状況からみれば―
………………………………………………………………………………… 俵 国昭 …… 87
不登校の要因についての一考察―母子関係からの視点から―
………………………………… 土永 典明・上續 宏道・吉弘 淳一・向井 通郎 …… 103
スポーツ選手に対するメンタル指導の実践―大会1か月前からの高校弓道部員を対象にして―
………………………………………………… 徳永 幹雄・織田 憲嗣・安達 淳一 …… 113
言語的コミュニケーションに困難性のある重症心身障害者への看護師のケアリング行動に関する研究
………………………………………………………………… 床島 正志・多久島 寛 …… 133
¯ Tanaka’s Political Ethical Ideas …………………… Kiyoshi Fukawa …… 145
On a Japanese Statesman, Sho¯zo
新生児と「複雑系」モデル ………………………………………………… 宮原 英種・宮原 和子 …… 161
生活支援のための家政学 …………………………………………………… 森 悦子・柴田 周二 …… 175
161
第一福祉大学紀要 第5号(2008)
論 文
これからの社会福祉系専門職教育に求められるスピリチュアリティを土台にした「死生観」の涵養
~第一福祉大学学生へのアンケートを通して考える~ ……………… 浅賀 薫・木戸矢主子 …… 1
「文化交流」と日韓共同体構想 …………………………………………………………… 綛谷 智雄 …… 15
「褥瘡」理解から “思い” に繋げるための利用者体験―形態別介護技術演習Ⅰでの取り組みから―
………………………………………………………………… 片山 敏克・安德 弥生 …… 27
謝罪広告に関するクリティカル・ディスコース・アナリシス―食品業界の謝罪広告分析―
………………………………………………………………………………… 新藤 照夫 …… 35
発達心理学と認知神経科学との間のギャップ …………………………………………… 竹下 研三 …… 53
障害者ソーシャルワークの研究 …………………………………………………………… 竹並 正宏 …… 61
高齢者の美術学習について―事例作品からみた見方とその背景― …………………… 俵 国昭 …… 79
保健体育講義「健康科学」による健康度・生活習慣の改善 …………… 徳永 幹雄・山崎 先也 …… 97
D 大学および D 短期大学の学生の食生活および生活習慣と自覚症状との関連について
………………………………………………… 藤田 倫子・木村 匡登・松﨑 優 …… 109
車椅子バスケットボール選手の心理的競技能力~レギュラー選手と非レギュラー選手の比較~
… 山崎 先也・篠木 賢一・柳井 義裕・竹藤 八恵・松原 秀治・徳永 幹雄 …… 123
介護付き有料老人ホーム経営に関する一考察 …………………………………………… 吉武 毅人 …… 127
162
第一福祉大学紀要 第6号(2009)
論 文
メンタルトレーニングの日常練習への導入と競技成績への影響―高校弓道部員を対象にして―
………………………………… 徳永 幹雄・織田 憲嗣・山崎 将幸・安達 淳一 …… 1
高齢者の美術学習(4)―事例作品と関連した見方や背景― ………………………… 俵 国昭 …… 13
地域課題解決型まちづくりと地域づくり活動団体の系譜
―鹿児島県「南のふるさとづくり構想」による主体的な取組 ……………………… 石田尾博夫 …… 37
パラリンピック2008北京大会出場選手による大会評価と競技力向上に関する課題
~陸上競技選手について~ ……………………………… 小手川郁人・山崎 先也・徳永 幹雄 …… 63
外国人市民の参政権に関する考察 ………………………………………………………… 綛谷 智雄 …… 77
高等学校における生徒指導および進路指導の在り方について
―いじめ・不登校・中途退学の問題行動に対する生徒指導の在り方
および個性を生かした進路指導の在り方について― ……………………………… 出利葉 豊 …… 89
新入生歓迎オリエンテーリングの効果について~学生と教職員との関係作りの観点から~
… 阿部 啓子・木戸矢主子・山崎 先也・上野 真二・木村 匡登・松原 秀治 …… 103
これからの高齢者像を取り巻く問題点と対応に関する一考察(介護保険の視点から)
………………………………………………………………………………… 弓 洋平 …… 115
Contrastive Analysis between Australian and Japanese Recall Advertisement:
Some Contrasts between Information-centered and Apology-centered Strategies
リコール広告の日豪対照分析―謝罪中心と情報中心の対象―
……………………………………………………………………………… Teruo Shindo …… 121
韓国における地域福祉の展開と福祉教育 ………………………………………………… 竹並 正宏 …… 131
介護福祉士の帰属意識および満足度 ……………………………………………………… 中村 京子 …… 149
初年次教育の可能性(1)―教育実践と学習効果に関する中間報告―
………………………………………………… 尾関友佳子・加知ひろ子・新藤 照夫 …… 159
福岡医療福祉大学紀要 第7号(2010)
﨑
163
164
福岡医療福祉大学紀要 第8号(2011)
165
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福岡医療福祉大学紀要 第9号(2012)
167
168
﨑
b
福岡医療福祉大学紀要 第10号
169
福岡医療福祉大学紀要 第10号
(2013)
目 次
巻 頭 言 ………………………………… 福岡医療福祉大学人間社会福祉学部学部長 酒井 誠
原著論文
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.3)
―家庭内事故の状況からみたサービス付き高齢者向け住宅の安全性に関する一考察―
………………………………………………………………………………… 井上 伸明 ……
1
高齢者の美術学習について(6)― 基本的見方とその必要性 ― …………………… 俵 国昭 …… 11
「保育所保育指針」に沿った保育士養成校教育~授業内容のさらなる充実を目指して~
………………………………………………………………………………… 森 悦子 …… 21
地域におけるネットワーク構築を担う諸活動とその影響
~まちづくりを目的とした中間支援組織に着目して~ ……………………………… 弓 洋平 …… 33
福祉分野への就業を目指す社会福祉系大学生の就職活動支援上の課題に関する一考察
―キャリア・カウンセラーの視点から― ……………………………………………… 出利葉 豊 …… 39
介護福祉士の医療的ケアに関する一考察
―F大学介護学生の実習施設での実施経験に関する調査より― …… 安德 弥生・中村 京子 …… 45
福岡医療福祉大学の保健室利用状況の実態調査と課題―平成23年度の利用状況記録より―
………………………………………………………………………………… 木戸矢主子 …… 53
日独における被保護者への就労支援に関する一考察 …………………………………… 川﨑 竜太 …… 61
ソーシャルワークの視点から見た排泄環境整備~福祉用具活用に関する一考察~
………………………………………………………………………………… 岩坪 泰代 …… 69
認知症の人を介護する「家族会」入会による介護負担感軽減作用 …………………… 坂本 一恵 …… 77
在宅ケアにおける他職種の薬剤管理の現状と薬剤師との連携認識
… 篠原 裕希・小武家優子・岩下 淳二・大光 正男・森田 桂子・吉武 毅人 …… 85
地域で生活する強度行動障害者とその家族の支援ニーズと供給の齟齬 ……………… 勝井 陽子 …… 93
自尊感情,セルフ・エフィカシーと短期大学新入生の生活習慣との関連
………………………………………………………………… 尾関友佳子・加知ひろ子 …… 105
母子福祉施設での心理士の働き方についての一考察 …………………………………… 村上 博志 …… 111
研究報告
満期出所女性への社会復帰の現状と課題-社会福祉士 篤志面接委員の立場から-
………………………………………………………………………………… 郡嶋かおる …… 117
講義形式授業における「自由記述形式感想用紙(コメントカード)」活用の試み
―必修科目「福祉心理学」の事例から― ……………………………………………… 三浦 直樹 …… 121
170
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
c
ダウン症児の個別的言語発達指導 ………………………………………………………… 吉満 英男 …… 129
脳性まひ児のさまざまな座位姿勢を困難にする要因 …………………………………… 空閑ゆき子 …… 135
スポーツ選手に対する「心理的競技能力」の診断法 …………………………………… 徳永 幹雄 …… 143
平成23年度 研究業績 ……………………………………………………………………………………………… 151
平成23-24年度 学術フォーラム報告 …………………………………………………………………………… 153
平成24年度 公開講座報告 ………………………………………………………………………………………… 157
福岡医療福祉大学紀要投稿規定および紀要委員会規定 ………………………………………………………… 161
編集後記
■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■■
171c
福岡医療福祉大学紀要 第11号
目 次
(2014)
巻 頭 言 ………………………………… 福岡医療福祉大学人間社会福祉学部学部長 酒井 誠
最終号に寄せて:幻の初代学長・都築脩三先生の思い出 …… 福岡医療福祉大学学長 吉武 毅人 ……
1
最終号に寄せて …………………………………………………………………… 教学部長 増水 紀勝 ……
3
最終号に寄せて …………………………………………………………………… 図書館長 徳永 幹雄 ……
5
総 説
大学生に対する心理教育的アプローチの現状と課題 …………………………………… 阿部 啓子 ……
9
今後の社会福祉士養成教育のあり方について …………………………………………… 木村 匡登 …… 21
こども福祉コースのあゆみと保育士養成課程の変遷
~変革の時代に求められる保育士とは~ ……………………………………………… 川村 俶子 …… 27
原著論文
エンカウンター ・ グループにおけるエクササイズに関する一考察 …………………… 三浦 直樹 …… 33
高齢化に伴う住環境整備のあり方と課題(Vol.4)
―サービス付き高齢者向け住宅の利用限度と今後の課題― ………………………… 井上 伸明 …… 41
これからの地域福祉のあり方に関する一考察
―小地域ネットワークを担う T 市民生委員の意識から― …………………………… 弓 洋平 …… 51
いじめ問題に関する一考察―ガイダンス・カウンセラーの視点から― ……………… 出利葉 豊 …… 59
研究報告
退院支援の評価視点と従事者属性との関連分析―退院支援の体系化に向けた取り組み―
………………………………………………… 大垣 京子・村上須賀子・加藤 由美 …… 67
発達障害児に対する発達支援の方法に関する一考察
~脳性麻痺 A 児に対する事例を中心として~ ………………………… 松﨑 優・木村 匡登 …… 75
精神障害者社会復帰訓練事業~保健所デイケアの発展的終了;活動の振り返り~
………………………………………………………………………………… 廣田 悦子 …… 83
国際社会のなかで社会福祉士の業務・役割と意義について考える
―認定社会福祉士制度の開始から考える― …………………………………………… 郡嶋かおる …… 91
シェル・シルヴァスタイン『おおきな木』―村上春樹の翻訳についての考察― …… 重松 恵子 …… 97
中学校における男子運動部の生活習慣および心理的問題と心理的競技能力(DIPCA. 3)の関係
………………………………………………………………… 徳永 幹雄・平川 優太 …… 103
DBMS を使用したシステム開発の効率化に関する試み
―EUC を考慮した汎用ログインシステムの構築における一手法について― …… 井上 伸明 …… 111
d
172
福岡医療福祉大学紀要 第10号
高齢者の美術学習について(7)―色々な見方や背景(2)― ………………………… 俵 国昭 …… 119
終末期のケアに求められるもの―ホスピタリティー(もてなしの心)を育むために―
………………………………………………………………………………… 井上久美子 …… 129
現代中国における日本語教育の歴史的基盤と展開 ……………………… 石田尾博夫・石田尾和奈 …… 137
人生の挫折をバネとした横井小楠思想の形成 …………………………………………… 楢原 孝俊 …… 145
平成24年度 研究業績 ……………………………………………………………………………………………… 149
平成24-25年度 学術フォーラム報告 …………………………………………………………………………… 151
平成24-25年度 公開講座報告 …………………………………………………………………………………… 155
福岡医療福祉大学紀要総目次(創刊号~第11号) ……………………………………………………………… 157
福岡医療福祉大学紀要投稿規定および紀要委員会規程 ………………………………………………………… 173
編集後記
173
福岡医療福祉大学紀要投稿規定
英文要旨など、全てを含めて刷り上り8頁(1
1.投稿資格
枚40字×25行 で16枚、400字 原 稿 用 紙 で40枚 )
投稿者は本学専任教員に限る。但し、紀要委員
以内とする。特別な事情による場合でも最大で
会の判断で非常勤教員等の投稿も認める。また、
10頁(1枚40字×25行で20枚、400字原稿用紙
投稿原稿は他の研究誌などに未掲載のもので、一
で50枚)以内とする。
人一編とする。
2.原稿の様式と種類
5)図表は表1…、図1…、Fig 1.…、Table 1.…
とする。図表は本文と別に、1枚ごとに貼り付
け、本文の欄外に挿入する箇所を朱書きで指定
原稿の様式は和文、英文のいずれでもよい。原
する。なお、原図はそのまま製版可能なものと
稿の種類は総説、原著論文、研究報告、資料、そ
する。特殊な印刷・経費を必要とするものにつ
の他であり、その内容は以下のとおりである。
いては著者負担とする。
1)総 説…特定のテーマについて多面的に内
6)文献の書き方
外の知識を集め、また、文献的に
⑴ 文中の引用…安田・海野(1977)によれば
レビューして、総合的に学問的状
…。Spitzberg & Cupach(1984)は、…。…で
況を概説した内容。
あ る( 安 田・ 海 野, 1977)。 …(Spitzberg &
2)原著論文…研究そのものに独創性があり、新
しい知見が論理的に示されている
内容。
3)研究報告…原著論文には及ばないが、研究結
Cupach, 1984)。…である(安田・海野, 1977;
竹内, 1982)。
⑵ 参考文献の表記…和文文献と欧文文献を分
けず、原則としてアルファベット順とする。
果の意義が大きく、学術的に示唆
① 単行本の場合
に富む事例や調査研究、研究ノー
・柴田 武(1978). 社会言語学の課題, 三省
トなどの内容。
4)資 料…調査、統計、文献検索、実験など
の結果の報告で、研究資料として
役に立つ内容。
5)そ の 他…紀要委員会が認めた学術的価値の
高い内容。
3.原稿の執筆要項
1)原稿はパソコンもしくはワードプロセッサー
などで作成すること。
2) 和文の場合は A4 判用紙の縦置きで横書き
(40字 ×25行)
。英文の場合は A4 判用紙に(1
枚80ストローク ×25行)。
3)原著論文には和文の場合は、英語タイトル、
英語著者名、英文要旨(300語以内の Abstract)
堂, pp.44-79.
・安田三郎・海野道朗(1977). 社会統計学,
改訂2版, 丸善, pp.44-79.
. 講座社会言語科学2
・橋元良明(編)
(2005)
メディア, ひつじ書房, p.44.
・S pitzberg, Brian H., & Cupach, William
R.(1984). Interpersonal Communication
competence. Beverly Hills, CA: Sage.
・Dorian, Nancy C.(Ed.)
(1989). Investigating
obsolescence. Cambridge University Press.
② 編著書中の論文の場合
. 受容過程の研究 , 竹内郁
・竹内郁郎(1982)
郎・児島和人(編), 現代マスコミュニケー
ション論, 有斐閣, pp.44-79.
・Atlas, Jay D.(2004). Presupposition. In Horn,
及びキーワード(3~5語の Key words)をつ
Laurence R., & Ward, Gregory(Eds.), The
ける。英文の場合は和語タイトル、和語著者名、
handbook of pragmatics. pp.29-52. Malden,
800字以内の和文要旨及びキーワード(3~5
MA: Blackwell.
語)をつける。
4)原稿枚数はタイトル、本文、図表、参考文献、
. Models of the interaction
・Hymes, Dell
(1972)
of language and social life. In Gumperz, &
174
H y m e s , D e l l ( E d s . ), D i r e c t i o n s i n
『論文の書き方』
『社会言語科学10(2)』や The
sociolinguistics. pp.35-71. New York: Holt,
MLA Style Sheet(日本語版『MLA 英語論文の手
Rinehart & Winston.
引き』,北星堂書店)最新版等に従うことが望ま
③ 逐次刊行物の場合
しい。
・芳賀 純(1963). 日本人学生の学習した英
語名詞の意味構造の比較研究, 教育心理学
研究, 11, 33-42.
4.倫理的配慮
人及び動物が対象である研究について、特に倫
・渋谷勝己(2000). 徳川学の流れ―方言学か
理的な配慮が必要な場合には、その旨を本文中に
ら社会言語学へ―, 社会言語科学, 2(2),
明記すること。また、人に関わる研究については、
2-10.
対象者に対して事前にその研究の意義、目的、方
・Z ajonc, Robert B.(1980). Feeling and
法、予測される結果等について、十分な説明を
thinking: Preferences need no inferences.
行った上で、自由意志に基づく文書による同意
American Psychologist, 35, 151-175.
(インフォムドコンセント)を受けること。
・S acks. Har vey, Schegloff. Emanuel, &
Jefferson. Gail(1974). A simplest systematic
5.提出方法
for the organization of turn-taking for
本学の大型封筒の表紙に、原稿の種類、タイト
conversation. Language, 50(4), 696-735.
ル、著者名、原稿枚数、図表の枚数を記入し、完
④ 学会などでの発表の場合
全原稿二部と、テキストファイル(テキスト+改
・山田 寛(2007). 顔面表情認知における情
行形式)で保存された3.5インチフロッピーディス
報処理過程, 社会言語科学学会第19回大会
クまたは USB フラッシュメモリなどを入れて、
発表論文集, 346-349.
紀要委員会に提出する。
⑤ 翻訳書の場合
・L ave, Jean, & Wenger, Etienne(1991).
6.校正と別刷り
Situated learning: Legitimate peripheral
初校と第二校の校正は著者が行い、第三校は紀
participation. Cambridge: Cambridge
要委員会が行う。原稿の別刷りは30部を無料とす
University Press.(佐伯胖訳(1993)
. 状況に
る。それ以上が必要な場合は著者負担とする。
.
埋め込まれた学習, 産業図書)
7)その他
平成16年3月31日制定
書式の細部については、日本社会福祉学会編
平成21年12月2日改正
紀要委員会規定
1.本委員会は、各学科・コースの紀要委員及び図
書館長で構成する。
2.本紀要は1年1号とし、年に1回発行する。
3.本委員会は紀要発行のために、以下の業務を行
う。
1)紀要委員会を開催し、紀要発行の企画、予算
などを検討し、紀要原稿の提出締切日を設定
応じて論文の査読を行う。
3)紀要の編集方針や構成・目次などを検討し、
印刷所を決定する。
4)校正は初校、第二校は著者が行い、第三校は
紀要委員会が行う。
5)年度内に紀要を完成し、著者など必要な箇所
に配布する。
し、原稿を集める。
2)提出された原稿の原稿枚数、形式、内容など
平成16年3月31日制定
をチェックして、修正を求める。また、必要に
平成21年12月2日改正
編 集 後 記
「福岡医療福祉大学紀要」第11号をお届けします。これは最終号です。
第11号は18編(総説3、原著論文4、研究報告11)の論稿からなります。山積する福祉の諸問題
に、独自の視点からアプローチする論文集となったものと思われます。ややもすれば自分の専門領
域に偏向しがちな興味と関心を、「福祉の世界」へと導いてくれるものとなりましょう。それは心の
窓となり、来る超超高齢社会を照射します。高齢者が日本の中心をになうようになるのは確実でしょ
うから。福岡医療福祉大学閉校とともにその役目を終える本紀要は、福岡の地名を冠した福祉大学
として、10年にわたる学問と教育の歩みを総括するとともに、また新たな一歩を模索する試みに満
ちていたと思います。最後に、本紀要において創出された「福祉」は、2,473人を数える卒業生、こ
れらの若い人たちとの協働作業として結実してゆくことでしょう。
(Y.H.)
平成25年度紀要委員会委員
委員長:徳永 幹雄(総合福祉学科医療福祉コース)
委 員:井上 伸明(総合福祉学科社会福祉コース)
:重松 恵子(総合福祉学科こども福祉コース)
:弓 洋平(総合福祉学科介護福祉コース)
:原口友佳子(臨床福祉心理学科)
福岡医療福祉大学紀要 第11号
平成26年1月8日印刷 平成26年1月8日発行 編集兼発行 福岡医療福祉大学紀要委員会
発 行 者 福岡医療福祉大学
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