東北医誌 118: 109 -116,2006 原 著 運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における 発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 安崎 文子 ,出江 紳一 ,中野 雅昭 ,武田 泰明 高草木宏之 ,古場 群巳 社会保険中央 合病院リハビリテーション部 : 〒 169 -0073 東京都新宿区百人町 3-22-1 東北大学大学院医学系研究科肢体不自由学 野 社会保険中央 合病院歯科 社会保険中央 合病院脳神経外科 社会保険中央 合病院 康管理センター Effectiveness of Palatal Lift Prosthesis and Palatal Augmentation Prosthesis in a Speech Therapy for Patients with Dysarthria Fumiko Anzaki , Shin-ichi Izumi , M asaaki Nakano , Yasuaki Takeda , Hiroyuki Takakusaki and Tomomi Koba Department of Rehabilitation, Social Insurance Chuo General Hospital Department of Physical Medicine and Rehabilitation, Tohoku University Graduate School of Medicine Department of Dentistry, Social Insurance Chuo General Hospital Department of Brain-Neuro-Surgery, Social Insurance Chuo General Hospital Health Support Center, Social Insurance Chuo General Hospital 内容要旨 : 運動障害性構音障害 2 症例に対し,それぞ れ Palatal Lift Prosthesis(以下 PLP)と Palatal Augmentation Prosthesis(以下 PAP)を用いて構音 訓練を行った.PLP を用いた症例は鼻咽腔閉鎖不全に よる開鼻声が著明であったが,構音訓練にも積極的で あり,PLP を用いることによって PLP 装着時発語明 瞭度が 27% から約 1 年後に 96% へ改 善 し た.一 方 PAP を用いた症例は,前舌の挙上が不十 で構音に歪 がみられた.認知症により訓練への積極性は乏しかっ たものの,PAP 装着により,約 2 か月後には発語明瞭 度は 80% から 96% へ改善した.PLP は開鼻声のみに 対して効果的で,長期間の訓練を要した.一方今回の 症例においては,PAP 単独の装着では,発語明瞭度の 改善は緩やかだが短い訓練期間で効果が得られ,認知 症中度の症例でも適応可能であった.各症例の特性に 応じて歯科補綴装置の適応を考えるべきだと思われ た. Abstract : We reported two cases with dysarthria ; the first case was treated for speech therapy with Palatal Lift Prosthesis (PLP). The patient was a 52-year-old right-handed man. His speech disturbance was mainly due to hypernasality with velopharyngeal insufficiency that resulted from an acquired brain injury. His motivation and awareness for recovery was clear. By the treatment with PLP for one year,the speech sound intelligibility of the patient improved from 27% to 96%. The second case was treated for speech therapy with Palatal Augmentation Prosthesis (PAP). This case was a 77-year-old right-handed woman. Her speech disturbance was mainly due to front tongue sound distortion that resulted from a cerebral infarction. Since she suffered from dementia, her motivation for recovery was poor. However, by the treatment with PAP for two months, the speech sound intelligibility of the patient improved from 80% to 96%. 110 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 For the first patient,the speech therapy with PLP highly improved his hypernasality; however, this therapy took a long period. On the other hand,the speech therapy with PAP for the second patient resulted in a poor recovery from dysarthria ; however, this therapy took a relatively short period of 上を促す装置である. 一方,舌接触補助床 Palatal Augmentation Prosthesis(以下 PAP)は,舌の欠損等により,再 術後に おいても充 な舌と 口蓋部の接触が得られない場合 に,舌の接触を補助し摂食や構音の改善をはかること を目的とした補綴物 である. 現存している歯に留め consider on which application for prosthesis is suitable for a different type of patients with dysarthria. ておき,子音の産生や嚥下に効果的なよう,舌が十 触れる程度に義歯床の 口蓋部の厚みが付与された形 態をしている.Cantor ら が 10 名の舌切除症例に対 し PAP を 用し構音が著明に改善したことを報告し Key words: Dysarthria, Palatal Lift Prosthesis (PLP), Palatal Augmentation Prosthesis (PAP) て以来,口腔癌術後の舌欠損症例や舌の動きに障害の ある症例などに対し嚥下障害や器質的構音障害を改善 させる手段として数多く用いられてきた.Esposito therapy. Importantly, PAP was adaptable for a patient with moderate dementia. It is important to I. は じ め に ら は,舌切除症例ではなく,初めて筋萎縮性側索 化 症(以下 ALS)による運動障害性構音障害症例に対し PLP と PAP とを組み合わせた装置を用いて効果をあ 運動障害性構音障害は構音習得後に生じる後天性の 構音障害で,脳血管障害などによって発声発語器官に げた.同様に Light ら は,脳卒中後の運動障害性構音 障害症例のリハビリテーション(以下リハ)に,PLP 麻痺などの運動障害がある場合の障害である.それに 対して,器質的構音障害は舌癌などによって舌や口の 一部を切除した場合や,口唇口蓋裂,舌の形態異常な どによって生じる構音障害と定義される. と PAP の組み合わせを用いて PLP 単独よりも効果 をあげたこと,Ono ら も,同様に PLP と PAP の組 み合わせの効果を報告している. これらは,舌切除症例を除くと,いずれも,PLP の 軟口蓋挙上装置 Palatal Lift Prosthesis (以下 PLP) は鼻咽腔閉鎖機能障害による言語障害を改善させる鼻 みと,PLP と PAP の組み合わせについての報告であ り,PAP 単独で,脳損傷後の運動障害性構音障害症例 咽腔部補綴装置 として広く知られている.PLP は 口蓋部と,軟口蓋を挙上するための挙上子を連結した 軟口蓋部とから構成されている.軟口蓋挙上不全の症 にどの程度の有効性があるのか,発語明瞭度の面から の具体的な報告は見当たらない.今回我々は,タイプ の異なる運動障害性構音障害の 2 症例に対し,それぞ 例に対し,挙上子を少しずつ高く調整し,軟口蓋の挙 れ PLP と PAP を単独で用いた訓練を行ったので,そ 図 1. 頭部画像所見 左図は症例 1 の頭部 CT 画像(平成 12 年 10 月 3 日撮像),右図は症例 2 の頭部 MRI 画像(平成 15 年 6 月 13 日撮像)である. 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 れぞれの有用性と特徴について報告する. 111 後の平成 13 年 1 月 12 日外来で発声発語訓練を開始し た. 症例 1(PLP 装着症例) 例 : 症例は発症時 52 歳,右利き男性である. 画像所見 : 頭部 CT 所見(図 1 左)で,右側頭葉・後 頭葉の広範な低吸収域のほか,前頭葉基底部・頭頂葉 の内側面に低吸収域が認められた. 外来初 診 時 所 見 : 神 経 学 的 に は 左 片 麻 痺 の Brunn- 診断名 : 脳挫傷(急性 膜下血腫) 現病歴 : 平成 12 年 7 月 1 日 通事故により受傷,急性 膜下血腫にて同日血腫除去術が施行された.リハは 理学療法のみ施行,介助歩行可能になった.リハ目的 strom stage は下肢 VI,上肢 V,手指 V に改善してい たが,脳神経症状は残存していた.神経心理学的には 着席しての課題対応が可能になり,構成障害,記憶障 害,注意障害,左半側空間無視も中∼軽度に軽減して にて同年 8 月 25 日から 10 月 31 日まで当院にて入院 加療した.当院入院初診時,神経学的には,左片麻痺 の Brunnstrom stage は下肢 VI,上肢 IV,手指 IV で, いた. 言語障害の経過 : 発症 1 か月後の当院入院時 (平成 12 年 8 月) には軟口蓋が挙上せず鼻咽腔閉鎖機能不 右動眼神経麻痺,鼻咽腔閉鎖機能不全,運動障害性構 音障害,嚥下障害,複視が認められた.神経心理学的 には構成障害,記憶障害,注意障害,左半側空間無視 全は著明だった.5 段階評価尺度の会話明瞭度 (1 は よくわかる,2 は時々わからない,3 は推測すればわか る,4 は時々わかる語がある,5 は全く了解不能)は 4 が重度に認められた.高次脳機能障害,特に注意集中 力の障害の為,着席での課題対応は 10∼15 程度しか と著しく低下し推測も困難だった.他院を経て,発症 6 か月後の当院外来初診時 (平成 13 年 1 月) は,鼻咽 続かなかった.他院での入院加療を経て,発症 6 か月 腔閉鎖機能不全は改善せず,母音と通鼻音以外は全て II. 症 ① 症 例 図 2. 軟口蓋挙上装置 Palatal Lift Prosthesis (PLP) (平成 17 年 6 月 9 日撮影)矢印は,挙上子を示す.左図は下から撮影,右図は右から撮影した. 図 3. Palatal Lift Prosthesis (PLP) 装着による発語明瞭度の改善経過 PLP 装着訓練を開始してからの発語明瞭度の改善経過を示した.訓練開始時は発症より 7 か月後であ る.したがって訓練開始 2 か月後,4 か月後,6 か月後,1 年後は,それぞれ,発症から 9 か月後,11 か 月後,13 か月後,19 か月後となる.PLP 非装着時でも明瞭度が改善した. 112 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 表 1. 症例 1 発声発語・その他の改善点 PLP 装着訓練 PLP 装着訓練 開始時 (H13.2.8) 終了時 (H14.3.7) 発語明瞭度 会話明瞭度 発声持続 (開鼻) 造影セファロ所見 V-P gap Blowing 比 (開鼻/閉鼻) PLP 装着時 27% 96% PLP 非装着時 21% 59% PLP 装着時 3∼4 1∼2 PLP 非装着時 3∼4 2∼3 PLP 装着時 15 sec. 28 sec. PLP 非装着時 13 sec. 19 sec. 5 mm 1 mm 20 mm 9 mm PLP 装着時 0.11 0.96 PLP 非装着時 0.03 0.07 挙上不能 7 回/5 sec. 18/30 24/30 PLP 装着時 PLP 非装着時 舌の挙上下降繰り返し 認知機能 (M MSE 得点) 鼻音に置換していた.仮名文字表記した日本語 101 モーラ (109 モーラから鼻濁音を除いた) を音読して PLP 装着時 5 mm から 1 mm となり,また非装着時で も改善が見られた. もらい,正しく聞き取れたモーラ数の割合(発語明瞭 度 )が 21%,会話明瞭度が 3∼4 だった.そこで発症 平 成 13 年 7 月 17 日 の 食 道 透 視 に て PLP 非 装 着 時,とろみなし水 を少量嚥下可能であることが確認 7 か月後 (平成 13 年 2 月 8 日),PLP を作製し,装着 訓練を開始した.当院歯科で作製した PLP を装着し たところ, 装着時圧迫感が強かったので 1 日 10 ずつ された.また,平成 13 年 8 月頃より,PLP 日中装着が 可能になった.だが PLP 装着時には嚥下障害は残存 し, 摂食しにくいとのことで食事時間は外していた.そ 装着するよう指導した. 図 2 は平成 17 年 6 月 5 日撮影 の現在装着中の最終完成 PLP である.徐々に慣れる ようになると,挙上子の厚みを増し,同時に blowing 等の発声発語の訓練も進めていった.最終的に挙上子 の厚みを増したのは平成 14 年 11 月 14 日,定期的な訓 こで途中多少明瞭度は低下するが,挙上子に可動性が あり摂食可能な藤島タ イ プ の モ バ イ ル リ フ ト 付 き PLP(片桐ら )を作製装着した.だが本症例の妻が, 明瞭度を上げようと可動性のある挙上子を常に持ち上 げようと動かしたため,挙上子部 が折れ,結局元の 練は平成 14 年 12 月 19 日まで行った. PLP 装着訓練の結果 : 図 3 に PLP 装着による発語明 瞭度の改善を示した.PLP 装着訓練開始 1 年後(平成 には,PLP 非装着時においても,鼻音 14 年 3 月 7 日) ハードリフトに戻った.その後平成 14 年 2 月 19 日の 食道透視にて,最終的に PLP 装着時においても,とろ みなし水 嚥下可能が確認された.一般的には,PLP 装着時でも,嚥下障害がない場合は水 摂取可能であ 化は減少し,明瞭度の改善が見られた.訓練は前述の とおり,平成 14 年 12 月まで行ったが,図 3 に示した 1 年を過ぎてからはほぼプラトーに達し著明な改善は みられなかった.表 1 に明瞭度以外の項目も含めて発 声発語機能改善の結果を示した.Soft blowing 時間で る.だが,嚥下障害が確認された場合には,PLP 非装 着時での改善が認められても,PLP 装着時には嚥下障 害は依然残存し,食事が摂取しにくいという問題が残 された. 認知面 : Mini-Mental State Examination (M MSE) は,鼻孔閉鎖時(閉鼻)に対する,鼻孔開放時(開鼻) の比は,PLP 装着時 0.11 から 0.96 に著しく改善した. 軟口蓋造影側方頭部 X 線規格写真(以下造影セファ ロ)の所見では,/i:/発音時口蓋咽頭間距離(軟口蓋鼻 腔側と咽頭後壁との最短距離,以下 V-P gap)は では,書字・図形模写・計算に誤りが見られたものの, 自然経過として記憶認知面での改善がみられた.自身 の言語障害を克服しようという意欲も明らかに改善さ れた. 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 ② 113 症例 2(PAP 装着症例) 例 : 症例は発症時 77 歳,右利き女性である. 前回の脳出血後,介護ヘルパーの支援により独居をし ていたが,ADL は今回の脳梗塞後も大きな低下はな 診断名 : 脳梗塞 現病歴 : 16 年前に左被殻出血により右片麻痺を残し たが ADL は自立していた.平成 15 年 5 月 31 日呂律 障害出現したが改善せず,6 月 2 日嘔吐が出現したた かった.入院初期は嚥下障害が疑われたが退院時には 改善していた. 神経心理学的には前回の脳出血から,記 憶障害,学習能力の低下,軽度の失語症がみられ,平 成 15 年 6 月 18 日実施の MM SE は 18 点で認知症 中 め当院に緊急入院,脳梗塞と診断された.加療後 6 月 25 日自宅へ退院した.言語治療は 6 月 3 日入院時より 開始,外来にて訓練を続けた.外来訓練は,初期は週 1 回を目標としたが,なかなか来られず月に 3 回程度 度と思われた.全体的な発動性の低下が見られ,訓練 に積極性は見られなかった. 言語障害の経過 : PAP 装着までの言語障害に関連し た身体所見として,入院初期は軟口蓋の挙上,舌の挙 から徐々に回数は減少していった. 画像所見 : 頭部 M RI T2 強調画像 (図 1 右) より,左 被殻出血跡の陳旧性変化のほか,橋上部右側の前後中 上も不十 ,軽度の開鼻声に嗄声も見られ,発語明瞭 度は 40%,会話明瞭度は 3∼4 と,推測しても からな いことが多かった.発症 1 か月後には,開鼻声や嗄声 間付近,右大脳白質の多発性脳梗塞,左側に優位な脳 室の拡大,右前大脳動脈と中大脳動脈との境界灌流域 (中前頭回)の陳旧性脳梗塞などの所見がみられた. は観察されなくなり,発語明瞭度も 76% になったが, 舌の挙上不全による/k/の浮動性や,舌音の歪は残存 していた.約 4 か月半後(平成 15 年 10 月 9 日) ,舌音 入院時初診時所見 : 神経学的には右片麻痺は上肢下肢 ともに Brunnstrom stage は IV,手指は V で,歩行は の歪は改善せず,また訓練も休みがちでもあることか ら,PAP を作製,装着しての発声発語訓練を開始した. T 字杖で屋内自立レベル,ADL はほぼ自立していた. なお,PAP は摂食に支障をきたすことは少ないた 症 図 4. 舌接触補助床 Palatal Augmentation Prosthesis (PAP) (平成 15 年 11 月 13 日撮影)左図は PAP 作成途中,中空の状態で撮影,右図は完成した PAP を撮影した. 図 5. Palatal Augmentation Prosthesis (PAP)装着による発語明瞭度の改善経過 PAP 非装着時の発語明瞭度の改善過程(PAP を装着する以前の発症 1 週間後から訓練終了時まで)と,発症 約 4 か月半後に PAP 装着訓練を開始してからの発語明瞭度の改善経過とを比較して示した. 114 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 表 2 症例 2 発声発語・その他の改善点 PAP 非装着時(義歯なし) PAP 装着訓練前 (H15.6.23) PAP 装着訓練後 (H16.3.24) 発語明瞭度 76% 87% PAP 装着時 PAP 装着訓練 PAP 装着訓練 開始時 (H15.10.16) 終了時 (H15.12.10) 発語明瞭度 80% 96% 会話明瞭度 2 1∼2 発声持続 3 sec. 13 sec. SLTA 呼称 10/20 12/20 認知機能(MM SE 得点) 13/30 16/30 め,歯科領域においては,患者が有床義歯を PAP 作製 以前から 用していた場合,その有床義歯を利用し PAP を作製することが多い.症例 2 においても同様に III. 考 察 新たに PAP を作製することはしなかった.図 4 に平 成 15 年 11 月 13 日に撮影した PAP の写真を示した. PAP は口蓋に相当する部 が厚くなっているためそ の重さを軽減するために中空になっている./s/が/ / ① PLP の特 徴 に つ い て : 今 回 の PLP 装 着 症 例 (症例 1) では,開鼻声に対して PLP が著明な効果を示 した.山下ら の顕著改善症例でも発語明瞭度 80%を 超えていない.この違いは,症例 1 が口唇・舌運動の 麻痺がかなり軽度であったためと思われる.また本症 に置換しやすい傾向が見られたため,訓練と並行して 舌尖が接触する部 の厚さの調整も行った.訓練は平 例は blowing 比の改善も大きかったことから, PLP 装 着により高い口腔内圧が得られたことが明瞭度の改善 成 16 年 3 月 24 日まで行った. PAP 装着訓練の結果 : 図 5 に装着による明瞭度の改 善の経過を示した.また表 2 に発声発語とそれに関連 に寄与したと思われた. 症例 1 では,非装着時においても,V-P gap と発語 明瞭度に改善がみられた.PLP 非装着時の効果の持続 する項目の改善点を示した.急性期,発症 1 週間後の 義歯無しの発語明瞭度は 40% だが,1 か月後には 76% と急速に改善した.だが義歯無しの場合,発症 9 か月 後には発語明瞭度 87% とその後の改善は緩やかに なった.発症 4 か月半後の PAP 装着開始時の発語明 は山下 の症例でも同様の結果が報告さ れ て お り, PLP 装着 6 か月以上の期間との関連があるのではな いかと考察されている.しかし我々の症例 1 では,装 着訓練開始 2 か月で PLP 非装着時での V-P gap は 2 cm から 1 cm へと減少がみられたが,約 1 年後の値 瞭度は 80%,発症 6 か月後(PAP 装着開始時より約 2 か月後) には 96% に改善しており,発語明瞭度は義歯 なしに比べ良好であった.PAP 装着時の発声発語は, 口唇の動きが改善され,流涎が軽減,発声持続は 3 秒 (0.9 cm) とは大きな差はなかった.PLP が軟口蓋を持 続的に挙上し続けるために鼻咽腔閉鎖機能を賦活した 可能性が考えられ,V-Pgap 改善に要する期間につい ては,疾病や症例により異なるのではないかと考えら から 13 秒に改善,会話明瞭度も,1∼( 2 時々わからな いことがあるレベル)に改善した.しかし訓練終了時 に/s/が/ /に置換される症状は残存,発語明瞭度は 100% には至らなかった. 以上のように,PAP は比較的短期間の装着訓練で, れる. 症例 1 では,開鼻声が著明であったが,PLP 装着に より明瞭度が上がり聞き返されることも少なくなった ため,満足度が高く,訓練期間後も PLP を撤去せず, 平成 17 年 6 月脳外科受診時でも装着を続けていた. 明瞭度の改善が得られた.しかし PAP 装着に当たっ ては,正しい音が得られるよう数回調整が必要であっ た. 症例 1 は,一方で,PLP 装着中は摂食が難しく終日 装着は困難だった.本来モバイル型 PLP は軽度の鼻 漏出と摂食に対して有効なものであり,本症例のよう な著明な鼻漏出にはやはり効果が低かった.構音の改 善に対しての患者自身のニーズが高く,著明な鼻漏出 安崎ら−運動障害性構音障害症例に対する構音訓練における発音補助装置 PLP 及び PAP の有用性 115 の改善に対しては,挙上子連結部の い PLP が有効 と考えられ,前述の通り本症例の満足度も高かった. み合わせの場合,PLP の挙上子部 が,異物感や飲み 込みにくさをどの程度感じさせたか疑問は残る. 今後は,どの程度の鼻漏出の場合にモバイルリフト 付き PLP が有効なのかを検討するとともに,嚥下・発 語の両方に効果的な補助装置の作製が望まれる. ② PAP の特徴について : PAP 装着症例(症例 2) 今回の PAP 症例では,PLP 症例ほどの著明な改善 ではないが,装着開始より 2 か月で比較的良好な結果 が得られた.Esposito ,Light ,Ono らのいずれの症 例でも,PLP を含んだ装置の場合,装着及び訓練に比 では,発語明瞭度の改善は装着開始時と比較し 16% と 急激な改善はなかった. 改善が少なかった理由として, 今回の症例 2 の場合,舌の挙上障害に加え全体的に舌 や口唇の運動制限も見られ,PAP のみでは補いきれな 較的長期間かかっている.少しずつ挙上子を上げてい く必要性から装着訓練 期 間 に 比 較 的 長 期 を 要 す る PLP と比べ,訓練が短期間で済むことは PAP の利点 である. かったと考えられる. これ以上の構音の改善を期待するのであれば,舌と 口蓋の接触について,人工口蓋を装着したパラトグラ PLP 装着にあたっては,訓練意欲があり認知に問題 のない症例でも圧迫感や不快感の訴えがしばしばみら れる .PAP 装着の場合,違和感の少なさも利点とし フを用いた評価・訓練を行うことが望ましいが,舌や 口唇の運動制限に加え,本症例の改善に対する動機付 けの乏しさを考えると,評価訓練を追加することは現 て考えられる.今回の PAP 症例は,認知症中度で,学 習能力面での問題があり訓練意欲の乏しい症例であっ た.こうした問題のある症例の場合,違和感や長期の 実的には困難であった.PLP 同様,PAP の作製におい て,各症例の麻痺の状態を十 に評価して適応の決定 訓練には困難を伴い,また訓練内容を学習し定着する ことも難しいことが多い.先行研究 の改善例でも や厚みの調整などを行なう必要があると思われた. 今回の症例 2 では,PAP を以前用いていた有床義歯 から作製したため,PAP ではない有床義歯との構音の 比較ができなかった.一般的には,適合状態の良い義 明らかなように,運動障害性構音障害の改善には,知 的に保たれ自己の発話を feedback できる能力が大切 である.認知症が障害になり長期の訓練に協力が得ら れない場合には PAP は比較的適応があると思われ 歯の場合,構音は義歯を装着していない状態よりも良 好だと言われる. 木 は,全部床義歯装着により,歯 た. 以上,今回示された PLP および PAP の利点や限界 音・歯茎音,特に/s, /の構音障害が急激に減少する こと,一方 /r/は装着時でも障害は残存し,非装着時 との差は大きくなかった事を報告している.症例 2 の を含めた特性を踏まえたうえで,各症例の言語症状・ ニーズに応じた処方を行うことが重要であると思われ た. 場合,義歯なしで最終的に /s,r,k/の歪が残存した.通 常の全部床義歯を装着した場合,可能性として, /s/ が改善されることが期待される.けれども実際には PAP の装着により /s/のみの歪になった.このことか ら /r,k/の歪の消失は PAP の効果によるもの,つま 本報告の一部は,第 42 回日本リハビリテーション医 学会学術集会 (平成 17 年 6 月) で発表した. り口蓋の厚みにより後方部への接触がより得られやす くなったためと思われた.一方,/s/歯音が / / 口蓋 音に置換された点については,麻痺による舌尖の挙上 運動制限,巧緻性の低下に加え,PAP の形態自体が歯 音の改善には効果が少ないことが推察される. 一方脳卒中患者の摂食・嚥下障害に関して Light ら は,嚥下造影の結果,誤嚥・食物残渣の有無につい てともに,PAP と PLP とを組み合わせた補綴装置は PLP より効果的だったと報告し,その理由として, PAP が口蓋と舌との接触を改善させるために構音や 嚥下に効果がみられたのではないかと考察している. これに加え PAP の口蓋部 の厚みにより口腔内の容 積が小さくなり,舌圧や口腔内圧が高まり,嚥下圧が かかりやすくなった可能性が考えられる.こうした組 文 献 一 (2004) 第 4 章 9 項 口腔外 1) 鈴木規子,道 科治療学 論 リハビリテーション 言語障害の 治療.最新口腔外科学 論 第 4 版 (塩田重利,富 田善内監修),医歯薬出版,東京,pp.426-430. 2) Cantor, R., Curtis, T.A., Ship, L. et al. 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