確率的フロンティアとパネルデータを用いた わが国の水道事業の費用効率性と規模の経済性の計測 名古屋市立大学 中山徳良 1.はじめに これまでにわが国の水道事業について生産構造や費用構造の計量的な研究が積み重ねられてきている.それら の研究では,密度の経済性,規模の経済性,非効率性の計測に主たる目的が置かれている.規模の経済性を計測 することによって,水道事業の費用構造について重要な情報を得ることができるし,場合によっては水道事業が 自然独占であるということを確認することができるのである.また,非効率性を計測し,その大きさを知ること によって,水道事業の経営の効率化が求められる現在において参考となる数値を得ることができるし,さらに水 道事業へのインセンティブ規制の導入についての議論に資することができる.このように水道事業において規模 の経済性や非効率性を計測することは,それぞれ重要なテーマであると考えられる. わが国の水道事業における規模の経済性は,研究によりまちまちであるような印象を受ける. (桑原[3],高田・ 茂野[8],Mizutani and Urakami[4],中山[5],中山[6],浦上[9],浦上[10])しかし,よく見ると費用関数にネッ トワーク変数が含まれていると密度の経済性が存在し,規模の経済性が存在せず,ネットワーク変数が含まれて いないと規模の経済性が存在するという傾向がある.また,非効率性を計測したもので.費用効率性を推定して いるものは少ないし,分析方法として確率的フロンティアを用いているものも少ない. (中山[6])さらにパネル データを用いた研究もあるが,プール推計が行われているだけであり,パネル推定を行うにはいたっていない. (高田・茂野[8],中山[5],浦上[10]) そこで本研究では,先行研究ではほとんど行われていないパネルデータを用いた確率的費用フロンティアを推 定する.そして,その結果を用いて費用効率性の大きさを計測し,あわせて規模の経済性の大きさも計測するこ とにする. 2.分析方法とデータ 本研究では,確率的費用フロンティア・アプローチを用いて分析を行う.確率的費用フロンティア・モデルは 次のように定式化される. ln C it = ln C (Qit , Wit , Z it ) + v it + u it i = 1, L, N t = 1, L, T (1) 添え字の i は企業を表し,添え字の t は時間を表している. Cit は総費用, Qit は産出量,Wit は生産要素価格の ベクトル, Z it は産出の特性を表す変数のベクトルを表している. ln C (⋅) の部分は以下では費用関数と呼ぶこと ( ) にする.そして v it は統計的ノイズを表す通常の誤差項であり,v it ~ N 0, σ v2 であると仮定する.また u it は非効 ( ) 率性を表す項であり, u it ~ N + 0, σ u2 であると仮定する.ここで N + は半正規分布を示している. 以下では(1)式をパネルデータにより推定することになるが,そのためには費用関数の部分の関数型を特定化す る必要がある.ここではコブ・ダグラス型に特定化することにした.その際,水道事業者は生産要素として労働, 資本,労働と資本以外の投入財(以下ではその他投入財)の 3 つを用いて生産を行うと想定する.また,産出の 特性を表す変数等も推定式に取り入れる.推定する費用関数は,企業と時間を表す添え字を省略して, C ln WO W W = α + β 1 ln Q + β 2 ln L + β 3 ln K W W O O + β 4 LF + β 5 ln CD + β 6 ln S + β 7 YEAR (2) となる.ここで C は総費用, Q は産出量,W L は労働価格,W K は資本価格,WO はその他投入財価格, LF は 負荷率, CD は需要者密度, S は事業者規模を表している.YEAR はトレンド変数であり,技術進歩を表してい る.またα と β k ( k = 1, L ,7 )は推定するパラメーターである.(2)式では生産要素価格の 1 次同次性の制約を 課している. 費用関数の条件として,産出量の係数である β1 は非負,生産要素価格の係数である β 2 と β 3 も非負とならね ばならない. 産出の特性を表す変数の 1 つである負荷率は, 一日平均給水量/一日最大給水量により計算される. これはネットワークの使用効率をあらわしているが,需要に左右されるものであり,水道事業者が制御すること は難しい.負荷率が高くなるほどネットワークの使用効率は高くなるので, β 4 は負と予想される.産出の特性 を表す 2 つめの変数である需要者密度は,給水人口/導送配水管延長により計算される.需要者密度の高い地域 は維持費用を減少させることができるであろう.したがって,需要者密度が高くなるほど費用は低下すると予想 される.そのため β 5 は負であると考えられる.事業者規模も産出の特性を表すものである.ここでは計画給水 人口を代理変数として用いることにする.これは計画給水人口が大きいほど事業規模が大きくなるためである. 事業規模が大きくなれば事業費用は大きくなるであろう.よって β 6 は正であると予想される.トレンド変数の 係数である β 7 は,正であれば費用関数は年々上昇していることを示し,負であれば年々下降していることを示 している. (2)式を推定することになるが,3 つのモデルにそれぞれ 2 つのタイプを想定し,計 6 本の式を推定する.モデ ル 1 はサンプルをプールして推定を行うものである.このモデルは 2 つのタイプに分かれ,変数YEAR を含めな いものをモデル 1-1,含めるものをモデル 1-2 とする.モデル 2 は,非効率性が時間に関して不変であると仮定 し,パネル分析を用いて推定するものである.これは Pitt and Lee[3]によって提案された方法である.つまり, (1)式において u it = u i (3) とするものである.このモデルも 2 つのタイプがあり,変数YEAR を含めないものをモデル 2-1,含めるものを モデル 2-2 とする.モデル 3 は,非効率性が時間とともに変化することを許し,パネル分析を用いて推定を行う ものである.モデル 3 については,非効率性を表す誤差項について Battese and Coelli[1]では次のように想定さ れる. u it = f (t )u i (4) そして,非効率性の時間の変化は次のように想定される. f (t ) = exp[η (t − T )] (5) モデル 3 も 2 タイプあり,変数YEAR を含めないものをモデル 3-1,含めるものをモデル 3-2 とする. 費用効率性は CE = [C (Q, W , Z ) exp(v + u )] [C (Q, W , Z ) exp(v )] = exp(u ) (6) と表すことができる.したがって,1 が費用効率的であり,1 を上回れば上回るほど費用非効率的になる. 規模の経済性は, SE = 1 − ∂ ln C ∂ ln Q (7) で表される. SE > 0 であれば規模の経済性が存在し, SE < 0 であれば規模の経済性は存在しない. 3.データ 本研究では,1991 年から 2003 年までの滋賀県,京都府,大阪府の市営の水道事業者のデータを用いて費用関 数の推定を行うことにする.本研究で必要とするデータは,総費用,産出量,労働価格,資本価格,その他投入 財価格,負荷率,需要者密度,事業者規模である. 総費用は労働費用,資本費用,その他投入財費用の 3 つの合計である.産出量は年間総配水量を用いた.労働 価格は労働費用を職員数で割って求めた.資本価格は資本費用を導送配水管延長で割って求めた.労働費用,資 本費用,その他投入財費用,年間総配水量,職員数,導送配水管延長は,総務省自治財務局「地方公営企業年鑑」 より得ている.その他投入財価格は,日本銀行調査統計局「物価指数月報」の国内企業物価指数を用いている. 負荷率は,一日最大給水量/一日平均給水量により計算されるが, 「地方公営企業年鑑」から計算された数値を得 ることができる.需要者密度は,給水人口を導送配水管延長で割って求めており,給水人口と導送配水管延長は 「地方公営企業年鑑」から得ている.事業者規模は計画給水人口を代理変数としており,計画給水人口は「地方 公営企業年鑑」から得ることができる. 4.分析結果 推定には Coelli[2]が作成した FRONTIER Ver.4.1 を用いたので,最尤法により推定が行われている.6 本の費 用関数の推定結果は表 1 に示されている.どのモデルもσ 2 とγ は有意である.モデル 1 については,すべての 変数が有意であり,符号も予想されたものと一致している.一方,パネルデータということを考慮しているモデ ル 2 とモデル 3 においては,産出量,生産要素価格,需要者密度は有意であり,符合も予想されたものと一定し ている.しかし,負荷率の係数の符合は予想と一致しているが,有意でないことがわかる.事業者規模は,トレ ンド変数を含めない場合には正で有意であるが,トレンド変数を含めると有意でない.トレンド変数はいずれの モデルについても有意である.さらに,非効率性の時間の係数であるη はモデル 3-1 もモデル 3-2 も負で有意で ある. 表 1 費用関数の推定結果 モデル 1-1 定数項 Ln Q Ln WL/WO Ln WK/WO LF ln CD ln SIZE 2.3159 a (0.2296) 0.7780 a (0.0219) 0.4448 a (0.0215) 0.5073 a (0.0150) -0.1855 a (0.0825) -0.3401 a (0.0172) 0.1628 a (0.0227) モデル 1-2 1.9582 モデル 2-1 3.6529 a モデル 2-2 2.7506 a σ γ 対数尤度 3.5081 (0.0025) 0.5832 a 3.1413 a (0.2405) (0.2903) 0.7971 0.8597 0.8758 0.8534 0.8578 a a a a a (0.0251) (0.0295) (0.0329) (0.0208) (0.0217) 0.3534 0.4186 0.3336 0.3607 0.3343 a a a a a (0.0312) (0.0193) (0.0242) (0.0219) (0.0233) 0.4692 0.5573 0.4945 0.5206 0.4995 a a a a a (0.0183) (0.0125) (0.0163) (0.0144) (0.0161) -0.3127 0.0027 -0.0767 -0.0269 -0.0581 (0.0997) (0.0542) (0.0538) (0.0548) (0.0525) -0.2675 -0.4277 -0.3019 -0.3983 -0.3421 a a a a a a (0.0246) (0.0349) (0.0410) (0.0321) (0.0398) 0.1438 0.0320 0.0213 0.0275 0.0230 (0.0144) (0.0142) a (0.0263) a (0.0143) 0.0064 a 0.0144 a b (0.0011) 0.0477 a 0.0401 a (0.0140) 0.0037 a a (0.0015) -0.0162 0.0134 モデル 3-2 (0.4693) (0.0016) a a (0.3845) η 2 モデル 3-1 (0.2491) 0.0074 YEAR a a -0.0101 a (0.0031) (0.0038) 0.0734 0.0604 a a (0.0026) (0.0161) (0.0144) (0.0189) (0.0175) 0.6789 0.9679 0.9634 0.9807 0.9765 a a a a a (0.1675) (0.1391) (0.0117) (0.0150) (0.0053) (0.0073) 632.33 375.69 631.16 1085.07 1084.86 893.58 括弧の中は標準誤差を示している.また,両側検定でa は 5%,b は 10%の有意水準で有意であることを示している. σ 2 = σ v2 + σ u2 , γ = σ u2 σ v2 + σ u2 費用効率性の数値は表 2 に示されている.これを見ると,モデル 2 とモデル 3 は費用効率性の平均がほぼ同じ であり,モデル 1 の費用効率性の平均よりも大きいことがわかる.また,モデル 2 とモデル 3 はモデル 1 と比較 して最大値と最小値の幅が大きいことが分かる.費用効率性の大きさは,中山[6]のクロスセクションデータを用 いた分析と平均で見れば,ほぼ同じ結果が得られている. 表 2 効率性の記述統計 平均 標準偏差 最大値 最小値 モデル 1-1 1.0747 0.0352 1.2840 1.0226 モデル 1-2 1.0843 0.0451 1.3091 1.0202 モデル 2-1 1.2166 0.1184 1.4354 1.0048 モデル 2-2 1.1959 0.1077 1.4042 1.0040 モデル 3-1 1.2523 0.1337 1.6111 1.0055 モデル 3-2 1.2338 0.1249 1.5458 1.0047 単純平均である. 表 3 には,各モデルの費用効率性の相関係数を示している.モデル 1 とモデル 3 では,個別事業者について毎 年,費用効率性が得られるが,モデル 2 では費用効率性が年毎に変化しないと仮定しているため個別事業者の費 用効率性しか得られない.そこで,表 3 の相関係数の計算に当たっては,モデル 1 とモデル 3 については個別事 業者ごとに平均を取ったものを用いている.この表を見ると,各モデルの 2 つのタイプの間の相関係数は高いこ とが分かる.また,モデル 2 とモデル 3 の間の相関係数は 0.95 前後であり,高くなっている.しかし,モデル 1 とモデル 3 との相関は 0.7 前後となっており,モデル間の相関係数の中では最も低くなっている. 表 3 効率性の相関係数 モデル 1-1 モデル 1-2 モデル 2-1 モデル 2-2 モデル 3-1 モデル 3-2 モデル 1-1 1.0000 モデル 1-2 0.9872 1.0000 モデル 2-1 0.8028 0.7753 1.0000 モデル 2-2 0.8704 0.8695 0.9738 1.0000 モデル 3-1 0.7019 0.6820 0.9829 0.9423 1.0000 モデル 3-2 0.7406 0.7300 0.9857 0.9667 0.9949 1.0000 表 4 規模の経済性 SE モデル 1-1 モデル 1-2 モデル 2-1 モデル 2-2 モデル 3-1 モデル 3-2 0.2200 0.2029 0.1403 0.1242 0.1466 0.1422 表 4 には,規模の経済性の数値を示している.どのモデルにおいても規模の経済性が存在していることを示し ている.これは桑原[3],高田・茂野[8],浦上[9],浦上[10]の研究と同様の結果を示している.Mizutani and Urakami[4],中山[5]の第 5 章,中山[6]のような密度の経済性が存在し,規模の経済性が存在しないという結果 とは異なったものとなった.これはネットワーク変数を考慮していないことからこのような結果になったのかも しれない.ただし,ネットワーク変数の導入の是非について考慮する必要があるだろう. 5.結論 本研究では,わが国の水道事業のパネルデータを用いて,確率的費用フロンティアを推定することによって, 費用効率性と規模の経済性を計測した.その際には,パネルデータをプーリングデータとして用いた場合のモデ ル(モデル 1) ,非効率性の時間的変化を許さず,パネル分析を用いた場合のモデル(モデル 2) ,非効率性の時 間的変化を許し,パネル分析を用いた場合のモデル(モデル 3)というように 3 つのモデルを想定し,それらの モデルの比較も行った. その結果,費用効率性の大きさは,プーリング推定では平均で 1.1 程度であり,パネル推定では平均で 1.2 前 後であること,費用効率性の相関は,モデル 2 とモデル 3 では 0.95 前後であるが,モデル 1 とモデル 3 では 0.7 前後となっていること,規模の経済性については,モデルのいかんにかかわらず存在しているが,プーリング推 定の結果はパネル推定のものよりも大きな値を示していることがわかった. 主な参考文献 [1] Battese, G. E., and Coelli, T. J., “Frontier production functions, technical efficiency and panel data: With application to Paddy farmers in India,” Journal of Productivity Analysis, Vol.3, No.1/2, June 1992, pp.153-169. [2] Coelli, T. J., “A guide to FRONTIER version 4.1: A computer program for stochastic frontier production and cost function estimation,” CEPA Working Papers, No.7/96, Department of Econometrics, University of New England, 1996. [3] 桑原秀史「水道事業の産業組織:規模の経済性と効率性の計測」 『公益事業研究』第 50 巻第 1 号, 1998 年 10 月, pp.37-44. [4] Mizutani, F., and Urakami, T., “Identifying network density and scale economies for Japanese water supply organizations” Papers in Regional Science, Vol.50, No.2, April 2001, pp.211-230. [5] 中山徳良『日本の水道事業の効率性分析』多賀出版, 2003 年 11 月. [6] 中山徳良「確率的フロンティアを用いた水道事業の効率性分析」 『経済政策ジャーナル』第 1 巻第 1・2 号, 2003 年 12 月, pp.102-110. [7] Pitt, M. M., and Lee, F., “The measurement and sources of technical inefficiency in the Indonesian weaving industry,” Journal of Development Economics, Vol.9, No.1, August 1981, pp.43-64. [8] 高田しのぶ・茂野隆一「水道事業における規模の経済性と密度の経済性」 『公益事業研究』第 50 巻第 1 号, 1998 年 10 月, pp.37-44. [9] 浦上拓也「水道事業における補助金の費用構造に与える影響に関する分析」 『商経学叢』第 50 巻第 3 号, 2004 年 3 月, pp.553-562. [10] 浦上拓也「日本の水道用水事業におけるヘドニック費用関数の推定」 『地域学研究』第 36 巻第 3 号, 2006 年 12 月, pp.623-635.
© Copyright 2024 ExpyDoc