アラスカ森林火災の延焼予測シミュレーション に関する研究

修士論文概要(2009 年 2 月 10 日)
SSI-MT79073165
アラスカ森林火災の延焼予測シミュレーション
に関する研究
北海道大学 大学院情報科学研究科 システム情報科学専攻
システム融合情報学講座 システム共創情報学研究室
小川 智也
ごとに延焼する時間を与えてシミュレーションをして
1 はじめに
いく方法で火災の延焼アルゴリズム,延焼方向の決定
近年,北方林における森林火災が頻繁に発生し,国
方法として消防庁の方法を使用している[3].本プログ
際的な問題となっている.北方林の大規模な火災は,
ラムは,まず予測結果の時刻を T とし,未燃セルm1
二酸化炭素や永久凍土の融解によるメタンガスを放出
に隣接する複数の火災セルmjからmi に延焼する時間
し,これら温室効果ガスの増加は地球温暖化を促進す
Tij を求め,その中で最も早いものをmi の延焼時刻 Ti
る主要な要因であるとされている[1].また,植生を破
とし,Ti<T の場合mi を新規火災セルとする.この処
壊し,家屋の焼失や煙害など人々の日常生活にも直接
理を火災セルに隣接している全ての未燃セルに対して
影響をもたらす.これに対処するため,地球観測衛星
行う.次に新しくできた火災セルmjに隣接する未燃
を用いて森林火災を早期発見するシステムや,現地の
セルmkに対して今と同様の手順を繰り返す.この作
様々なパラメータを基に将来の延焼領域を予測するシ
業を全ての予測セルの延焼時刻が T を超える回まで繰
ステムの開発が行われている[2].
り返してシミュレーションを終了としている.
森林火災の延焼に最も関与する要素は現地の風
2.2 延焼速度の算出法
向・風速と考えられている.そのため,より詳細に火
現在延焼速度 V を決める式としての延焼速度式
災延焼予測を行うには,2 次元的に一様にデータが存
在し,高解像度かつ高精度の風況データを使用するこ
・・・・(1)
V(m/分)=0.25k×m(1+5U+3tan2φ)
とが必要となる.しかし,森林火災が多発する地域で
ただし
は一般に詳細な気象データが乏しく,火災延焼予測技
φ:傾斜度(ラジアン)
術の精度向上を阻む原因のひとつとなっている.
k:30 / 相対湿度
U:風速(m/秒)
m:1.0+0.1×植生指数
そこで,本研究では 2004 年に発生したアラスカの
Boundary Fire を対象とし,米ペンシルベニア大学
を使用してシミュレーションを行っている.ただし植
(PSU)と大気科学研究センター(NCAR)により開
生指数にかかる係数であるが,植生が延焼にどのよう
発 さ れ た メ ソ ス ケ ー ル 気 象 モ デ ル MM5 ( Fifth
に影響を与えているのか解明されていないため,消防
generation PSU/NCAR Meso-scale Model)で作成し
庁で採用されている 0.1 を使用している.
この式より算出される速度は延焼速度が最大にな
た森林火災発生時の現地の詳細な気象データを用いた
森林火災延焼シミュレーションを実行することにより,
る方向に対しての速度であり,火災地から全方向に対
従来よりも正確な延焼予測を行うことを目的とする.
して適合するのではない.最大延焼速度方向(主延焼
方向)の決定方法は次式
G
G
G
E = 4.37 S + 21.57W ・・・・・・・・・・・・・・(2)
ただし
2 シミュレーション方法
2.1 シミュレーションアルゴリズム
本シミュレーションで使用している TS (Tme
S :最大傾斜ベクトル
sharing)法とは小鍛治(2004)により開発された,セル
1
E :主延焼ベクトル
相対湿度を算出して使用.
W :風ベクトル
のように決定されている(図1)
.
2.4 シミュレーション対象
本研究で対象とする地域はアメリカ合衆国・アラスカ
G
4.37S
G
E
州である.その中で 2004 年に発生した Boundary fire
と名付けられた火災を対象としている.
Boundary fire はフェアバンクスから北東約12マ
イルの地点に 2004 年 6 月 13 日から発生した火災であ
G
21.57W
る.鎮火するまでにおよそ 2000km2 延焼した.
図1 最大延焼速度方向の決定方法
本研究では Boundary fire 中で MM5 で解析された気
象データが揃っている 7 月 18 日 22 時から7月 19 日
主延焼方向から 180°の方向を裏延焼方向,90°の
12 時までの 14 時間を対象としている.
方向を横延焼方向とすると,それぞれの延焼速度は主
延焼方向の速度 V に対して次のような関係になってい
3 結果
る[3].
3.1 焼け止まり確率,延焼速度減少率の決
定
裏延焼速度 VB=V・10-0.214W・・・・・・・・・・・(3)
横延焼速度 VS=V・10-0.12W・・・・・・・・・・・・(4)
シミュレーションを実行するにあたりいくつかの
ただし
問題点がある.最大の問題点は焼け止まりの確率が決
V:主延焼速度
W:風速(m/秒)
定していないことである.火災が焼け止まる確率は地
また任意の方向に対する延焼速度の算定方法は
⎧⎪
V =⎨
⎪⎩
1
cos ϕ
1
2
/ VE2 + sin 2
ϕ
形,風速,風向,植生などの様々な要因が考えられ,
・・・・(− π2 ≤ ϕ ≤ π2 )
未だ明らかにされていない.
/ VS2
・・(5)
・(−π ≤ ϕ< − π2 、π2 <ϕ ≤ π )
2
本研究では火災は地形,植生などに関わらず一定の
cos 2 ϕ / VB2 + sin 2 ϕ / VS
割合で焼け止まると仮定して焼け止まり確率を決定し
としている(図 2)
.
ている.また,微小地形での速度変化を考慮するため
3
に,延焼速度の減少率を定義した.
V
φ
1
シミュレーションの精度を評価する指標としてコ
2
,オミッションエラー(Oe),適
ミッションエラー(Ce)
3
合率rを考える.コミッションエラーは正確度の指標
であり,コミッションエラーが大きいほどシミュレー
火災点
ションの延焼領域が対象の火災の延焼領域よりも燃え
1. 主延焼方向
2.裏延焼方向
すぎていることを表す.オミッションエラーは検出能
3. 横延焼方向
力の指標であり,オミッションエラーが大きいほどシ
図 2 主延焼方向からφの角度をなす方向の延焼速度
ミュレーションの延焼領域が対象の火災の延焼領域よ
り燃え広がっていないことを表す.
2.3 使用データ
コミッションエラー,オミッションエラー,適合率
本研究では以下のデータをシミュレーションへの
はそれぞれ次のように定義されている.
入力データとしている.
・火災データ:Alaska Fire Service より入手
Arc GIS シェープフェイル(ポリゴン)を 50m
メッシュのラスタデータに変更して使用
また,
A,B,C,D はそれぞれ表 1 のように定義している.
・標高に関するデータ:USGS が編集した Alaska
300m digital elevation model(300m メッシュ)を 50m メ
ッシュに内挿し傾斜方向,傾斜角度を算出して使用
気象データ:MM5 を利用して風向,風速,気温,
2
表.1 A,B,C,D の定義
シミュレーション結果
延焼した
延焼しない
延焼した
A
C
実際の火災
延焼しない
B
D
焼け止まり確率,延焼速度減少率を少しずつ変化さ
せオミッションエラー,コミッションエラー,適合率
の変化をみた.その結果のなかで,適合率が高く,オ
図 5 7 月 18 日 22 時~19 日 12 時までのシミュレー
ミッションエラー,コミッションエラーのバランスが
ション結果(エリア B)
よい焼け止まり確率 0.3,延焼速度減少率 0.12 を本研
究では使用することにした.
図 6 7 月 18 日 22 時~19 日 12 時までのシミュレー
ション結果(エリア C)
図 3 焼け止まり確率が 0.3 の時の延焼速度減少率
に対するシミュレーションの精度評価
4 考察
4.1 1 地点の気象データを用いたシミュレ
3.2 シミュレーション結果
7 月 18 日 22 時~19 日 12 時までのシミュレーション結
ーションとの比較
果を図 3~図 5 に示す.
気象データが 1 地点の場合のシミュレーションを
このシミュレーションの精度評価は
同条件で実行した結果を図 6 から図 8 に示す.
Oe=0.327,Ce= 0.514,適合率= 0.392
このシミュレーションの結果の精度評価値は
であった
Oe=0.084,Ce= 0.949,r= 0.050
でありの結果と比較すると,非常に悪いことが分
かる.
図 4 7 月 18 日 22 時~19 日 12 時までのシミュレー
ション結果(エリア A)
3
図 7 1 地点の気象データを用いた 7 月 18 日 22 時
0.12 と非常に小さい値を示した.この結果は,本研究
~19 日 12 時までのシミュレーション結果(エリア A)
で採用している消防庁の火災延焼速度モデルの延焼速
度よりかなり小さい速度でないと正確な延焼を再現で
きないということを示している.この火災延焼モデル
は実際に発生した日本の森林火災を経験的にモデル化
したものである.
日本の植生,
気候とアラスカの植生,
気候とは異なる点があり,このモデルをアラスカの森
林火災にそのまま適用するのは難しいが延焼速度減少
率 0.12 を設定することによりアラスカ森林火災にも適
用することができる.
5 結論
本研究では,アラスカで 2004 年に発生した
図 8 1 地点の気象データを用いた 7 月 18 日 22 時
Boundary fire を対象として,メソスケール気象モデル
~19 日 12 時までのシミュレーション結果(エリア B)
MM5 で作成した詳細な気象データを用いてシミュレ
ーションを行った.これにより,気象データの観測点
が1地点の場合のシミュレーションよりも高い精度で
の火災予測を行うことができた.
しかし,まだ改善の余地はあり,
・アラスカの気候,植生に適した森林火災延焼モデル
の適用
・地形,植生にあった,焼け止まり確率の設定
・さらに詳細な気象データの作成
・飛び火のアルゴリズムを導入
により,より精度の高い延焼予測シミュレーションを
行うことが期待できる.
図 9 1 地点の気象データを用いた 7 月 18 日 22 時
~19 日 12 時までのシミュレーション結果(エリア C)
参考文献
結果から分かるように延焼範囲が MM5データを利
[1] Intergovernmental Panel on Climate Change(気候変
用したシミュレーションよりも大きくなっている.
, IPCC Fourth Assessment
動に関する政府間パネル)
ポイントデータは実際の延焼地点と南西に約50
Report: Climate Change 2007
km離れたフェアバンクス国際空港で観測しており,
[2] 木村圭司,小鍛治貴介,本間利久,中右浩二,串
延焼地点の気象を正確に表しているとはいえない.ま
田圭司,福田正己,早坂洋史,広域北方林森林火
た 1 点のデータを全ての座標で計算に利用しているた
災の延焼拡大シミュレーション,地理情報システ
め,延焼速度は座標の依存が小さく時間に依存が大き
ム学会講演論文集,Vol. 14,pp. 185-188,2005
い.相対湿度が小さくなる時間帯,風速が大きくなる
[3] 自治省消防庁,
『林野火災拡大危険区域予測調査報
』
,1985
告書(昭和 59 年度)
時間帯は座標に関係なく延焼速度が大きくなり,相対
湿度が大きくなる時間帯,風速が小さくなる時間帯は
座標に関係なく延焼速度が小さくなる傾向がある.
4.2 延焼速度減少率
本研究では微少地形での延焼速度の変化を再現す
るために延焼速度減少率というものを設定した.延焼
速度減少率の適切な値を調べたところ,図 3 によると
4