全 国 で 激 減 す る ア キ ア カ ネ - 日本自然保護協会

シリーズ
新・生命の輪
半数以上の府県で1000 分の1 に減少
▲◀写真1・2 アキアカネは
1000m以上の高地で夏を過ご
し(上)、秋になると再び平地
に戻ってくる(左)。
!?
文・写真
平地と高地を移動するアキアカネ
水田がつくった秋の風景
いるのです。
教授
めると冬前に卵から幼虫がかえってし
ことと関係しています。早く産卵を始
まで繁殖を始めないのは卵で越冬する
に降りてきて繁殖活動を行います。秋
ります。そして、秋になると再び平地
倍から3倍に増加し、体の色も赤くな
動した後は盛んに餌を食べ、体重が2
と ん ど あ り ま せ ん( 図 1)。 高 地 へ 移
うため、私たちの目に触れる機会はほ
に1000m 級の高地へ移動してしま
水田などから羽化します。その後すぐ
赤とんぼと言えば秋を連想します
が、実は、アキアカネは梅雨のころに
キアカネはその代表的な種です。
されるような数の多いトンボになった
果、「 空 が 真 っ 赤 に な る ほ ど 」 と 形 容
が生き残るようになりました。その結
がる危険性は小さく、卵や幼虫の多く
ために水を管理するので、途中で干上
なりました。水田は人間が稲の栽培の
つくり、アキアカネも利用するように
かし、そのような場所に人間が水田を
浅い水たまりを利用していました。し
干上がってしまう危険性があるような
す。もともとアキアカネは、短期間で
まう不安定な環境にすむ生物の特徴で
まれた卵や幼虫のほとんどが死んでし
アキアカネは1回に1000個ほど
の卵を産みます。一生に何度も産みま
ます。いわゆる「赤とんぼ」です。ア
まい、冬を越すことができなくなりま
のです。
すからずいぶん多産です。多産は、産
す。そのため繁殖を秋まで遅らせ、そ
20
SEP. / OCT. 2012 No.529 自然保護 36
うえ だ てつゆき
上田哲行
石川県立大学生物資源環境学部
日本にはナツアカネやノシメトンボ
など 種ほどのアカネ属のトンボがい
れまでの長く暑い夏を高地で過ごして
古くから日本人が親しんだ 「赤とんぼ」 が群れ飛ぶ秋の風景。 多く
の人 が、 自 分の原 風 景 と 重ね合わせる 懐 かしい景 色ですが、 近 年、
全国的にアキアカネの数が激減。 秋の風景が失われつつあります。
全国で激減するアキアカネ
38
夏
15
10
▲図1 アキアカネの生活史
冬
30
25
5
産卵
40
パダン
使用しなかった場合と同程度
(カルタップ)
羽化
という印象を持っている人が多いこと
2000年頃から急激に減少し始めた
立った減少が2000年ごろから始ま
が指摘されましたが、アキアカネの目
全国に訪れた「沈黙の秋」
しかし今、その赤とんぼが飛び交う
光景が各地から消えつつあります。レ
り、極めて急激であること、そして減
が分かりました。原因として、水田の
ーチェル・カーソンの「沈黙の春」な
と、そのような理由では説明できませ
年
少程度に地域差があることを考える
乾田化や中干し、耕作方法の変化など
らぬ「沈黙の秋」がやってきたのです。
ん。そこで浮上してきた原因が、
す。いつから減り始めたのかを示す詳
ぶん少なくなっていることが分かりま
宮字寛さ
共同研究者の宮城大学の神
んは、ライシメータという水田に模し
箱に用いられる殺虫剤です。
代後半から普及しはじめた、稲の育苗
の いち
々市市の水田でアキ
図2は石川県野
ア カ ネ の 羽 化 数 を 調 べ た 結 果 で す が、
細なデータはありません。ただ、福井
た装置で、育苗箱用殺虫剤のアキアカ
の
1989年に比べて、ここ数年はずい
県、石川県などにまたがる白山山系で
ネ幼虫への影響を調べました。その結
合はまったく羽化が見られませんでし
果、プリンスという殺虫剤を用いた場
じんぐう じ ひろし
年
では大きな差はなく、それが2007
なっていました。また、日本各地のト
た。ネオニコチノイド系の殺虫剤(ア
なかった場合の %ほどの羽化にとど
ドマイヤーとスタークル)も、使用し
09
ン ボ 研 究 者 へ の ア ン ケ ー ト 結 果 で は、
から
年になると100分の1以下に
丸で示したように、1989年と
夏に調べた結果を見ると、図3に赤い
90
府県で、1990年の1000分の1
まり、2009年時点では半数以上の
で2000年ごろから急激に減少が始
かを計算してみました。すると、各地
どのようにアキアカネの数が減少する
この結果と各殺虫剤の都道府県別流
通量をもとに、殺虫剤の影響によって
かりました(表1)。
がなく、ほとんど影響がないことが分
いるパダンは使用しなかった場合と差
まりました。一方、古くから使われて
30
使用しなかった場合の 30%程度
10
99
▲写真 3 田植えの際に、育苗箱に用いられた殺虫
剤は稲と一緒に水田に埋め込まれる。 粒剤の成分の
一部が水に溶け、さらにその一部が光分解や微生物
の作用によってアキアカネの幼虫に対して強い毒性
を持つ代謝物に変化してしまう。
スタークル (ジノテフラン)
アドマイヤー (イミダクロプリド)
15
まったく羽化が見られない
(フィプロニル)
プリンス
実験に使用した殺虫剤(主な成分) 羽化率
20
個体数︵登山道に沿った100m 当たり︶
37 自然保護 SEP. / OCT. 2012 No.529
2010
2005
2000
1995
1990
梅雨
羽化個体数
▲図3 白山山系におけるアキアカネの観察結
果(赤丸)と、育苗箱用の箱殺虫剤の流通量
から推定した石川県でのアキアカネの減少曲線
(白丸と曲線)
▲表 1 育苗用の殺虫剤によるアキアカネの羽化率の変化
育苗箱はハウスで種もみから育てた稲の苗が入った箱のこと。田植え前にこの箱に
用いられる農薬の多くは、イモチ病予防の殺菌剤に殺虫剤を加えたもので、粒剤
の形で散布される。 粉剤や液剤に比べて扱いが簡単で周囲に飛散しないという利
点があり全国的に普及した。 古くから使われていたパダンでは変化がないが、プリ
ンスでは羽化がまったく見られなかった。
0
胚発生
推定値
観察値
35
2009
2007
2008
調査年
1989
0
連結飛行
秋
春
5
平野部への
移動
山への移動
▼ 図2 石 川 県 野々市
市の水田のアキアカネ羽
化 数 の 変 化( 水 田 1 枚
当たり、調査1回当たり
の平均羽化個体数)
20
▲
▲野良仕事をする老婆のまわりを群れ飛ぶ赤とんぼ。(絵:神宮字香子)
を市民にどう浸透させたら良いか悩ん
でも何だかピンと来ない「生物多様性」
がありました。平沢さんは当時、自分
沢浩一郎さんから会ってほしいと連絡
事実を知った勝山市生活環境課長の平
山市ではまだ普通に見られます。その
ったのです。調査結果は、2012年
生きものへの関心も急速に高まってい
ました。赤とんぼだけでなく、ほかの
赤とんぼ調査を行った小学校の子ど
もたちや先生には、大きな変化が表れ
かめた最初の事例となりました。
会場に居合わせた多くの人に感銘を与
つ や ま 会 議 」 で 子 ど も た ち が 発 表 し、
えました。プロジェクト2年目の今年
5月に開催された「環境自治体会議か
普通に見られるという事実はとても心
は、100人以上の一般市民も調査に
でいたそうです。そんな中、各地で減
に響いたとのこと。そして2011年、
少している赤とんぼが、勝山ではまだ
勝山市の「赤とんぼと共に生きるプロ
参加する活動に広がっています。平沢
ました。図3の白丸と曲線で示した推
以下に減少しているという結果になり
当
ターの前園泰徳さんが現場で指導して
す。勝山市環境保全推進コーディネー
し、その多さを実感することが目的で
市全体で発生する赤とんぼの数を計算
を考えてきましたが、それは「生物多
ンボと人、生きものと人とのかかわり
からです。アキアカネに導かれて、ト
の原風景を重ねていることに気づいた
あると考えています。三木露風作詞の
童謡「赤とんぼ」に、多くの人が自分
き ろ ふう
定値は、石川県の計算結果です。赤丸
くれました。調査の結果、水田1
み
日本人にとってアキアカネは単なる
「 虫 」 で は な く、 ひ と つ の「 風 景 」 で
さんの狙いが的中したのです。
ジェクト」がスタートしました。
プロジェクトの中心は、市内の小学
生 に よ る 赤 と ん ぼ の 羽 化 数 調 査 で す。
毎朝学校の周りの田んぼで羽化する赤
で示した、白山山系でのアキアカネの
とんぼの数を調べ、それをもとに勝山
観察値と、かなりよく一致します。ま
▲写真6 勝山市のトンボの羽化数調査は、一般市民も巻き込んだ
活動に広がっている。(写真:前園泰徳)
ました。これらのことから、最近のア
めた推定個体数の地域差もよく一致し
察個体数の地域差と農薬流通量から求
た、新潟を含めた北陸4県で調べた観
1200m の報恩寺山山頂で再発見さ
た。 す る と、 マ ー ク 個 体 が 標 高 差
マークをつけて放す試みも行いまし
前園さんの発案で、赤とんぼの移動
ルートを解明するために、成虫の翅に
6000万匹という試算になります。
勝山市全体では3000万から
カ ネ が 羽 化 し た こ と が 分 か り ま し た。
たり平均2万4000匹程度のアキア
の気持ちから始まるように思います。
は同じです。生物多様性の保全は、そ
ぼが群れ飛ぶ風景を貴重に思う気持ち
ります。両市は好対照ですが、赤とん
られる今のうちだからこそ、と力が入
けています。勝山市では当たり前に見
市では、いなくなった赤とんぼを取り
露風の生まれ故郷である兵庫県たつの
いかけであるとも思っています。三木
様性」にかかわる問題への根源的な問
赤とんぼのいる風景を取り戻す
全国的に激減したアキアカネです
が、主にパダンを使っている福井県勝
戻そうと、市民が涙ぐましい努力を続
キアカネの急激な減少は、一部の育苗
れたのです。水田で羽化したアキアカ
箱用の殺虫剤によるものと言えます。
ネが高地へ移動することを直接的に確
ha
▲ 写真4・5 赤とんぼにマー
クをつけて移動を追う調査では、
市内の小学生が2536 匹にマー
キング。そのうち1 匹が標高差
1200 m の 山 の 上で発 見され、
日本で初めて直接的にアキアカ
ネの移動が確認された。 右はマ
ーク付きの個体を発見した東邦
大学の学生、菅原みわさん。
(写真:前園泰徳)
SEP. / OCT. 2012 No.529 自然保護 38