体重管理が不良な患者に対する行動変容プログラムを用いたセルフケア

下呂温泉病院年報
. ∼ .
.
体重管理が不良な透析患者に対する
行動変容プログラムを用いたセルフケア支援の効果
岐阜県下呂温泉病院 人工透析部
今井靖子
Ⅰ
はじめに
方
法
.対象
腎不全患者に対する看護の中心となるものは、
代男性,慢性腎炎(透析導入
患者を慢性病とともに生活する人として、健康状
年目)
態を再構築し、その生活に適応していけるよう
体重増加率が、ほぼ毎回、 日空きで
に、自己管理(セルフマネジメント)を支援する
日空きは
ことである )。
血液検査の結果では、尿素窒素(以下 BUN と
多くの医療者は、腎不全患者が自己管理能力を
略す)は、
%以上、
∼
%以上、
%以上の時もあった。
mg/dl と高値で、リン(以下
獲得するための知識提供や生活指導を、
「患者教
P と略す)は、高 P 血症治療剤(炭酸ランタン水
育」
・
「患者指導」と称し、実施しているのではな
和物チュアブル錠)を
いか。医療者主体の、医療者側からの一方向の意
かわらず、P 値は、 .以上の時もあった。
日最高用量内服中にもか
毎回、透析前の体重測定の際は、申し訳なさそ
味合いの強い患者教育・患者指導になっているの
うに、
「すいません」と謝る様子であった。毎月
ではないかと考える。
疾患や自己管理に関する情報を与えるという知
識提供型の教育だけでは、熱心に指導しても、患
の、血液検査結果を説明する時には、熱心に聞き、
結果を自己分析していた。
者は、看護師の指導が一方的で指示的だと感じる
と、理解も納得もできず、結果患者の行動変容と
.行動変容プログラム行動計画
いう成果は得ることはできない。患者が自分で気
行動変容プログラムは、ステップ・バイ・ス
づき、自分自身の力で実践できるように支援をす
テップ法とセルフ・モニタリング法を活用し、以
ることが重要である。
下の手順で実施した。プログラムの実施期間は、
患者は、自己管理の良否に関わらず、不可逆的
H 年
な疾患を患い、厳しい塩分制限・水分制限と常に
月∼
月。
)ステップ
:医療内容の妥当性を含めたア
)ステップ
:困難事の明確化と解決意義の
セスメント
闘っている。時にセルフケアがうまくいかず、通
院時に医師や看護師に注意され、将来の不安を感
確認
じながらも、病気の管理面で自信や意欲を喪失す
)ステップ
:行動目標の設定と自己効力感
信を回復させるサポートが重要である。患者が、
)ステップ
:技法の選択
安定した予後や日常生活を送るためにセルフケア
)ステップ
:実施
の考え方、行動を改善し、意欲が高まり、それを
)ステップ
:評価・考察
る場面は多い。このような背景を十分に理解した
の確認
うえで、患者個々のセルフケア能力をひきだし自
維持することはできないかと考えた。
Ⅱ
今回、理解力はあり、一家の大黒柱である患者
倫理的配慮
が、体重管理が不良なのは、支援の方法に問題が
対象者に、研究の趣旨、参加の拒否・途中辞退
あるのではないかと考えた。そこで、セルフケア
の権利・個人情報およびプライバシーの保護・結
支援に行動変容プログラム「ステップ・バイ・ス
果の公表方法について口頭で説明し同意を得た。
テップ法」
、
「セルフ・モニタリング法」を活用し
Ⅲ
た。その、セルフケア支援の効果を検証した。
【ステップ
メント
―
―
プログラムの実際
】医療内容の妥当性を含めたアセス
期間:H 年
月∼
患者が行動目標を達成できた時には、積極的に
月
%で、
認めた。達成できなかった場合は、そのことに触
不適切であると判断した。主治医に相談し、 .
れないようにした。少しでもできたことや変化し
kg アップとなった。
たことを認め、そのときの患者に合った接し方
DW(基礎体重)は、CTR(心胸比)が
また、透析方法は、Kt/V(K:ダイアライザー
で、自己効力感が高まるように働きかけた。
患者からは、
「以前は夜に飲んでいた」、
「今は、
の尿素クリアランス,t:透析時間,V:体水分
量)は . 、
BUN 除去率が
.%あり妥当と
飲水量が
∼
ml 位になった」、「飲む量だけ
判断した。しかし、患者の精神状況は、失業中で
では難しいから、食べる量も調節するようになっ
気持ちが落ち込んでいる様子であったこと、不眠
た」、「夜、体重を測り、ちょっと増えすぎたかな
の訴えがあったので、症状が改善するまでプログ
と思う時には、翌
ラムの開始は見合わせた。
前の自分の管理は甘かった」、「もう大丈夫だと思
【ステップ
う」など聞かれた。
】困難事の明確化と解決意義の確認
期間:H 年
月∼
時の間食を我慢している」、
「以
プログラム実施直後より、血液検査の結果に変
月
患者とともに、体重管理について何回かじっく
化がみられたことを、患者に説明すると、
「すご
りと話をした。患者は「食事の量はだいたい変わ
いですね」と、笑顔が見られた。血液検査の結果
らないと思う。
だから、
水分の摂り過ぎだと思う。
」
の P、カ リ ウ ム(以 下 K と 略 す)、BUN を、セ
と述べ、続いて、
「
ルフ・モニタリング項目に加えた。
日、
ml のところを、
ml は飲んでいると思う。」と自らで分析をした。
【ステップ
また、
「体重を測定して、制限したりしなかった
期間:H 年
り、まあ、
】評価・考察
月
時間で引けてしまえばいいと思って
患者に、結果を図に示し、説明を行った。結果
しまって」と自らの行動の問題点も明確にした。
を実感した様子で、「これ貰っていいですか」と、
患者自身が「これでは、駄目だとわかっているん
図を手に取りずっと見ていた。
「こんなに変わる
ですけど」と困難事を解決することの必要性を認
ものなんですね。
」と、成功体験を実感している
識していた。そして、患者とともに、体重管理セ
ようであった。目標のステップアップを勧めた
ルフケアの不適切な状況は、心・血管合併症の原
が、「もう少しこの目標でやります。」、「汗をかか
因となること、体重管理の重要性を再確認した。
なくなったので、ちょっときつくなって来ていま
【ステップ
す。」との患者の意思で目標は変更せず、継続す
】行動目標の設定と自己効力感の確
認
ることにした。
期間:H 年
月
Ⅳ
患者とともに、実践可能な目標を決めた。
行動目標は、体重増加を、 日空きの日は、 .
kg まで、
日
∼でき
します」
、「これくらいならできそう」
、「
%以内、
日空き
ml 減ら
プログラム開始から、
期間:H 年
ヶ月間、ほぼ毎回、行
動目標の体重増加の範囲内であった。
日空き
プログラム実施前
%以内はちょっと難しい」
年間の体重増加率と、実施
%
などの言葉が聞かれた。
【ステップ
果
.体重増加率
日空きの日は、 .kg までとした。
患者からは、
「飲水量を
結
】技法の選択
月
患者に行動変容プログラムの種類を説明した。
患者とともに、
小目標を少しずつ達成していく
「ス
テップ・バイ・ステップ法を選択した。また、患
者が、自分の変化を客観的に理解し、行動変容に
よる効果を自覚できるように、
「セルフ・モニタ
リング法」を組み合わせた。セルフ・モニタリン
*P< .
グの項目は、毎回の体重増加率を設定した。
【ステップ
】実施
期間 H 年
月∼
図
月
プログラム実施前
加率の比較
―
―
年と実施後
カ月の体重増
ヶ月間の体重増加率を比較したところ、実施
ケア支援を行った。結果、患者は水分・食事制限
後 ヶ月間の方が有意に体重増加率が低かった
において行動変容による効果が自覚でき、自己効
(p< . )。(図
力感が高まったと考える。
後
)
ステップ
.血中 P,K,BUN 値
においては、行動変容プログラムを
年間の血液検査結(P、K、
進めるにあたり、患者に行われている医療的対処
BUN)と、実施後 ヶ月間の血液検査結果(P、
の内容をアセスメントし、DW をアップした結
K、BUN)を 比 較 し た。P、BUN の 低 下 を 認 め
果、患者から「食べていて満足感があり、意識的
た。
(図
に制限できるようになった。
」という言葉が聞か
プログラム実施前
、図
)
れた。また、失業中で気持ちが落ち込んでいる様
子を察知し、求職する気持ちになるまで待ったこ
と、不眠の訴えが改善するまで待ったことが、患
者の心理的・身体的な準備状態を良好なものと
し、準備が十分整った状態でプログラムが開始・
実施できたと考える。
ステップ
・
では、患者との体重管理につい
ての会話から、患者自身が療養上の困難事(でき
なくて困っていること)を明らかにし、困難事を
解決する必要性を再認識できた。また、行動目標
図
プログラム実施前1年と実施後
カ月の P 値の
の設定の際にも、患者とともに実践可能で、自己
効力感が維持できそうな具体的な目標の設定がで
平均値の比較
き、目標の達成、自己効力感を高めることに繋げ
ることができたと考える
ステップ
においても、患者とともに技法を選
択したこと、
「セルフ・モニタリング法」を組み
合わせた結果、患者が自分の変化を客観的に理解
し、行動変容による結果をより自覚できたと考え
る。今回、セルフ・モニタリング項目を体重増加
率と血液検査結果を設定したが、これに、
日の
飲水量、食事量、食事内容を加えることで、行動
目標達成の結果が、より成功体験をもたらすもの
になったのではないかと考える。
ステップ
図
プログラム実施前1年と実施後
カ月の BUN
では、毎回の体重測定の結果を患者
自身が認知し、それを看護師が見落とさず、行動
目標が達成できたことを積極的に認めた。また、
値の平均値の比較
非実行時には、そのことには触れず、少しでもで
考
きたことや変化したことを認めるなど、そのとき
察
の患者に合った接し方で自己効力感が高まるよう
安定した透析治療が維持でき、QOL の向上を
働きかけた看護師の姿勢が、良い成果を得た一因
目指すには、透析患者が今まで実践してきた自己
と考える。患者の体重増加に対する行動変容は、
管理を評価し、自己管理行動を主体的にできるよ
血液検査結果(P・BUN)の低下につながった。
う支援することである。また、教育的支援とは、
患者教育では、まず患者の感情や認知に働きか
生活者である透析患者を理解し、その人に合った
け、認知の変化が起きれば、認知の変化とともに
教育方法を提供することである )。
行動の変化が期待できる。そして、行動変容の結
今回、多くの理論・モデル・技法のなかで、最
も基本となる行動変容プログラムの「ステップ・
果、その新しい行動が検査値などに変化をもたら
すと考えられている )。
バイ・ステップ法」と「セルフ・モニタリング法」
を活用し、体重管理が不良な患者に対してセルフ
―
ステップ
においては、目標達成について、結
果を正確に計算・分析し、図で示し説明を行った
―
ことで、より成功体験を実感できたと考える。透
バイ・ステップ法」と「セルフ・モニタリング法」
析患者にとって、 .kg でも体重を抑えることは
を活用し支援を行った。患者は、自己効力感が高
大変なことであり、これは、記録をざっと見ただ
まり、体重管理に関する行動に変化があった。今
けではわからない。正確に変化を評価し示す必要
回のセルフケア支援において、プログラムの活用
)
は有効であった。
がある 。
セルフケア支援において、知識の提供や生活指
文
導だけでは、患者のセルフケアマネジメント能力
献
の向上には限界がある。患者のかかえている療養
)下山節子:腎不全患者への支援についての再
上の困難事を、患者とともに明らかにして、患者
考―「指導」
「教育」のあり方、臨床透析、vol. 、
が中心となり解決目標を決定し、患者が主体的に
no
自己管理や問題に取り組むことができるよう支援
)岡美智代:透析患者の自己効力感を高める行
することが患者の行動変容につながると考える。
動変容プログラムとアクションプラン、看護学
、
―
、
そのツールとして、行動変容プログラムの活用は
雑誌、vol. 、no.、
有効である。
)三上裕子:食事療法・薬物療法・運動療法・
ま
と
―
、
自己管理、透析ケア、vol. 、
め
)下山節子:透析を受けている人の理解と支
体重管理の不良な透析患者に対して、セルフケ
援、臨床透析、vol. 、
ア向上を目標に、
行動変容プログラム
「ステップ・
―
)坂野雄二:認知行動療法、日本評論社、
―