R.T. ルーチンワークと工夫 スポーツ損傷に対する画像診断の実際 −肩関節疾患のストラテジー− 関東労災病院 放射線科 近藤 誠,萩生田 洋,小坂 充,橘 亨 はじめに モダリティ別のストラテジー スポーツに伴う疾患は,スポーツ外傷とスポーツ障害に 大別される.また,その対象となる範囲を一般整形外科と 比較すると,スポーツ整形外科は学童体育や一般市民が趣 味として行うレクリエーションスポーツからトップアスリ ートレベルのものまでにおよび,特に近年は多様性と特殊 性に富んでいることが相違点として挙げられる1). 一方,スポーツ整形外科の領域でも他科同様に,診断 から治療までの過程で画像診断の存在は不可欠であるこ とは言うまでもない.加えて,スポーツ予防医学の観点 からも,メディカルチェックを行ううえで画像診断は必 要とされている. 前述したようにスポーツを取り巻く社会的環境がめま ぐるしい中で,画像診断に携わる診療放射線技師はその 特性を理解し,Evidence-based Medicine(EBM) に基づい た無駄のない効果的な検査が求められる.そこで今回, スポーツ整形外科領域で代表とされる肩関節疾患の特徴 的所見を示し,その撮像ポイントを中心に画像診断のス トラテジーについて概説する. 肩関節のスポーツ損傷は,受傷機転によって 3 つに大 別される. ①over-head sportsによる受傷.これは,軽度に反復して 起こる外力によるもので,関節唇損傷,腱板炎,little league shoulderなどが挙げられる. ②強力な外力により受傷するもの.コンタクトスポーツ に代表され,骨折,外傷性肩関節 (亜) 脱臼,腱板断裂な どが挙げられる. ③,①と②の中間的なもので,中等度の外力 (時として強 い外力) が加わり,受傷するもの.反復性肩関節亜脱臼, 関節唇損傷,腱板損傷などが挙げられる. 解 剖 関節唇 関節窩の全周を取り囲む線維軟骨組織で,浅く形成さ れる関節窩を深くするために必要とされ,静的スタビラ イザーである.また,上腕骨頭の動きに伴って常に変形 している. 関節包 上腕骨頭と関節唇を連結している.数カ所において関 節包そのものが肥厚することで補強作用を有している. これを関節上腕靱帯といい,上 (SGHL) ,中 (MGHL) ,下 (AIGHL & PIGHL) に分けられる. 腱板 棘上筋,棘下筋,小円筋,肩甲下筋から構成される.関 節包の外周に位置しており,肩甲骨から生じた腱板が上腕 骨頭を覆うように付着しているため,上腕骨頭を関節窩へ 引き寄せることができ,上腕肩甲関節の動的・静的協調性 をつかさどるスタビライザーの役割を果たしている. モダリティ別のストラテジー 図 1 肩関節軸位像 関節窩後方に骨棘が認められる (→) .ベネット病変である. 34 単純X線写真 肩関節周囲に責任病変が疑われる場合のルーチン撮影 としては,肩関節正面像とScapular-Y像が行われる.関節 窩周囲に病変を疑う場合は軸位撮影を追加する (図 1) .さ らに,肩関節脱臼に伴うHill-Sachs lesionの観察には 45˚cranio-caudal viewが有用とされている.また,動揺肩 (loose shoulder) に対しては,5kg程度の加重をかけた下方 ストレス撮影を左右の肩関節に対して行い,関節の弛緩 程度を比較して証明する (図 2) . 図 2 両肩下方ストレス単純X線像 両肩に 5kgの下方ストレス撮影により,患側 (左肩) のinferior instabilityを証明することができる. ▼ 図 3 Bony Bankart lesionの単純X線像とCT像 単純X線像上,わずかに不明瞭な骨片 (→) が認められる.一方,CTでは骨片の大きさや関節内の磨耗程度がより明瞭に描出されている ( ) . CT MRIの普及に伴いCTの適応は少なくなってきている.し かしHill-Sachs lesion,Bony Bankart lesion,関節内遊離体 など,単純X線写真では不明瞭であった骨病変の確認に対 しては,MRIに比べCTの方が有用とされている (図 3) .な お,これらの病変を評価するためにCT検査を行う場合, 上腕骨頭,関節窩の上縁・下縁がスライスされていなけ ればならない. MRI 肩関節に対する画像診断法として,単純X線写真に次ぐ second choiceとしてMRIが選択される場合が多い.肩の 関節疾患 (外傷,炎症,変性など) ,骨軟部腫瘍,骨髄性 疾患など,適応となる対象疾患は広く,またその有用性 は高いとされている.肩関節におけるMRI撮影は,横断 像,斜冠状断像および斜矢状断像の 3 方向が用いられ る.また,MR arthrography (以下,MRA) は関節唇の断裂 や腱板の微小な断裂の評価に対し非常に有用である.こ れは,ガドリニウム造影剤を生理食塩水で100∼250倍に 希釈したものを関節腔に注入するものである.これによ り,単純MRIでは同定が困難な関節上腕靱帯も良好に描 35 R.T. ルーチンワークと工夫 図 4 little league shoulderの単純X線像 健側 (左肩) と比較し,患側 (右肩) は骨端軟骨線に著明な離開が認められる. 出される. なお,ポジショニングを行う場合は被検者の苦痛軽減 を第一に考慮するべきであるが,可能な限り上腕を中間 位∼外旋位とした方が有効であるとされている.これ は,内旋位で撮影を行った場合,棘上筋腱の最前方部に 微小な腱板断裂が生じていたときに断裂部と腱板疎部が 重なり合うため,診断が困難となるためである.さら に,棘上筋腱が不連続に観察されることからも不適であ るといえる. また,MRIのピットフォールとして,magic angle phenomenonを常に考慮しておく必要がある.この現象は, TEが短いシーケンス (T1WI・PDWI・T2*) で撮影する場 合に,棘上筋腱や小円筋腱などが静磁場に対して55˚で走 行すると,high signalとして描出されるというものであ る.この現象が起こった場合には,損傷や炎症と紛らわ しい所見を呈するので,TEが長いシーケンスを併用して 鑑別する必要がある. 疾患別のストラテジー little league shoulder 上腕骨近位骨端線離開といわれ,発育期 (特に 8∼15歳 まで) の年齢層で野球歴があり,外傷なく肩の疼痛を主訴 とした場合は,まず本症を疑う.本症の治療としては保 存療法が適用される. 単純X線写真:little league shoulderの画像診断では,必 ず単純X線写真を患側,健側ともに撮影し,左右の肩関節 を比較しなければならない.肩関節正面像で所見を呈し, 骨端軟骨線に離開が認められれば,本症の診断は確定する (図 4) .そのため,他の検査は必要とされない.骨端線の 開大,分断化,骨硬化像が認められることもある. 36 SLAP lesion SLAP lesionは上腕二頭筋長頭腱の付着部となる上方関 節唇の損傷である.症状は,軽い痛みで気づかないケー スが多い.また,有痛性の場合でも,その痛みが臨床所 見からSLAPによるものと同定することが困難な場合も多 く,画像診断ではSLAP lesionを証明することに加えて, 関節包内のガングリオンや,壊死などの他の疾患を除外 することも必要とされる.以上のことからも,MRIが重 要な役割を果たす (図 5) . MRI:関節唇はT1WI,T2WI,プロトン密度強調画像 で低信号である.周囲組織は比較的高信号を呈するた め,関節唇は描出されやすい.T2*では断裂が関節唇の内 部,基部の高信号として見られるが,正常でも同様に高 信号を呈することがあり,読影が困難な場合もある. MRAでは造影剤と関節唇とのコントラストにより, SLAPがより鮮明に描出される. 腱板断裂 腱板断裂は,完全断裂 (腱板全層に及ぶ断裂) と不全断 裂 (滑液包面,腱内,関節面の断裂) に分類される.棘上 筋腱の前縁,大結節付着部分は腱板断裂の好発部位であ る.ここは変性や断裂が生じやすく,critical portionと呼 ばれる脆弱な箇所として知られている. 単純X線写真:単純X線写真では腱板断裂そのものを反 映することはできず,特記するような異常像を認めること は少ないとされている.しかし,インピンジメント症候群 が契機となり,腱板損傷を合併する場合があることも知ら れており,単純X線写真は不可欠な検査であることには変 わりはない2).単純X線写真上で呈する所見としては,肩峰 下骨棘 (subacromial spur) ,肩鎖関節の過形成などの骨変 化,肩峰骨頭間距離 (AHI) に狭小化 (7mm以下) ,大結節の 図 5 SLAPのMRI像 (T2*WI) 右側肩関節の上部関節唇基部の断裂部が,T2*WIで高信号強度を示して いる. ∇ 図 6 腱板損傷の単純X線像とMRI像 (T2WI) 単純X線像では肩峰下に骨棘が確認できる (→) .一方,MRIでは肩鎖関節の過形成が認められ,棘上筋腱を圧排している ( ) . また,その遠位側はT2WIで高信号を呈しており,棘上筋腱の損傷が確認できる. 強い磨耗を認めた場合は陳旧性の断裂を疑う (図 6) . MRI:腱板断裂はcritical portionに好発することから, 小さな断裂を見逃さないためにも,この領域は注意して 観察する必要がある (図 7) .通常,T2*で高信号の所見を 呈すが,小さな断裂の評価には脂肪抑制T2WIを併用する と,断裂部のみを高信号として描出できるため有用であ る.腱板断裂の多くは棘上筋腱に見られ,棘下筋腱や肩 甲下筋が単独で損傷することは少なく,棘上筋腱の損傷 を合併していることが多い.なお,小円筋腱の断裂は極 めてまれである.一方,腱板疎部(rotator cuff interval) は,関節液がたまりやすい構造をしており,腱板断裂と 紛らわしい所見を呈することがある.この場合は,斜矢 状断を追加し,棘上筋腱と肩甲下筋,上腕二頭筋長頭腱 の位置関係から腱板疎部であることを証明して,除外診 断する必要がある.また,不全断裂は,腱板内の境界不 明瞭な異常信号として所見を呈することがあり,腱板内 の変性や炎症との鑑別診断が必要となる. 反復性肩関節 (亜) 脱臼 強力な外力により初回の脱臼が起こり,その後脱臼を 繰り返すものである.その大部分が前方脱臼であり,初 37 R.T. ルーチンワークと工夫 ∇ 図 7 腱板損傷のMRI a:T2WI. 棘上筋腱に高信号を呈する所見が認められる. a b:MRA. critical portionに一致し,棘上筋腱の関節面にわずかな造影剤の流入が確認できる.部分断裂を示唆する所見である ( ) . b ∇ 図 8 Bony Bankart lesionとHill-Sachs lesionの単純X線像 Bony Bankart lesionに一致して骨片が認められ (→) ,同時に上腕骨頭後外側の圧迫骨折であるHill-Sachs lesionも確認できる ( ) . 回の脱臼により肩関節前方の支持組織の破綻が重要視さ れている. 脱臼に対する画像診断でポイントとなるのは,①関節 包が損傷しているか,②関節唇が損傷しているか,③骨 欠損があるかの 3 点である. 単純X線写真:単純X線写真では,肩関節正面像と Scapular-Y像に加え,45˚cranio-caudal viewを撮影する. 正面像はBony Bankart lesionを,45˚cranio-caudal viewで 38 はHill-Sachs lesionを観察する (図 8) . CT:CTでは微細な骨損傷の描出に優れており,HillSachs lesionの大きさやBony Bankart lesionを呈する場合 の損傷による骨片の大きさや関節の磨耗程度を正確に評 価するために有用であるとされている (図 9) . MRI:反復性肩関節 (亜) 脱臼に対するMRIで観察され る所見は,関節包の断裂や剥離,関節窩前部の骨折 (Bony Bankart lesion) ,Bankart lesion,Hill-Sachs lesionであ 図 9 CTアルトロ CTアルトロの造影剤により,前方関節唇の欠損が明瞭に確認でき る (→) . 図10 Hill-Sachs lesionのMRI像 (T2WI) Hill-Sachs lesion(右側上腕骨頭後外側の圧迫骨折) に一致して, T2WIで高信号を呈する (→) . る.横断像でBankart lesion,Hill-Sachs lesionを評価す る (図10) .ただし,関節唇の断裂や剥離はT2*WIで関節 唇に高信号を呈するが,これは健康者のほぼ半数にも認 められるものであり,これのみで関節唇の断裂や剥離と 診断すべきではない.斜冠状断像では上方関節唇の剥離 の有無,関節包の厚みや広がりの評価を,斜矢状断像で は腱板疎部の状態,関節包や関節窩の状態を評価する. MRAでは関節唇の形態を把握し,断裂を確定づけるた めに有用とされ,また,索状となった関節上腕靱帯か, 断裂により,変位した関節唇かの同定にも優れている3) (図11) . 総 括 以上,スポーツ整形外科で代表とされる肩関節の疾患 について,画像診断の進め方とポイントについて述べて きた.little league shoulderでは,単純撮影のみで確定診 断が可能である.腱板断裂に対しては,MRIが有用であ る.また,インピンジメント症候群を契機として腱板断 裂が起こる可能性もあるので,X線単純写真も重要な役割 を果たしている.SLAPを疑う場合はSLAP lesionだけを 証明するのではなく,他の疾患の除外診断を目的として MRIが選択される.反復性脱臼ではBankart lesion,HillSachs lesionの有無の診断を行う.以上のように,われわ れ,診療放射線技師は,それぞれのモダリティ画像の特 図11 MRA 前方関節唇の断裂部に造影剤の流入が確認できる.これにより関節 唇断裂を確定することができる (→) . 徴を正しく理解し,その長所を有効に活用して画像を提 供することを求められており,その結果,効果的な治療 方針の決定に結びつくであろうと考えている. 参考文献 1) Iwaso H, Uchiyama E, Hiranuma K,Takeda Y,Nakajima H: Changes in sports injury patterns in out-patient sports clinic −20year retrospective study. JSCSM, Vol. 3, No. 3, 2005 2) Uri DS: MR imaging of shoulder impingement and rotator cuff disease.Radiol Clin North Am 35: 77-96, 1997 3) Palmer WE, Brown JH, Rosenthal DI: Labrali ligamentous complex of the shoulder: Evaluation with MR arthrography. Radiology 190: 645-651, 1994 39
© Copyright 2025 ExpyDoc