新世代の持効型溶解インスリン製剤の誕生 - 埼玉医科大学

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第 420 号 2013 年
(平成 25 年)3 月 5 日発行(毎月 1 回 5 日発行)1977 年(昭和 52 年)4 月 1 日創刊 ISSN 0913-3380
従来のベーサルインスリンの問題点
インスリン製剤の
変遷をたどる
新世代の持効型溶解インスリン製剤の誕生
アシル化の改良とGLP-1アナログ製剤の誕生
第10回
●粟田 卓也(埼玉医科大学内分泌・糖尿病内科)
従来のベーサルインスリンの問題点
ノルディスク社はインスリン デテミル発売
で高分子量の構造(マルチヘキサマー)の
収される。これらのメカニズムにより安
後に糖尿病新薬の開発に成功していた。
形成が持続効果をもたらしていることが
定した持続効果を発揮することになる
新世代の持効型溶解インスリン製剤
生理的なインスリン基礎分泌を補うベー
GLP-1アナログであるリラグルチド(商品
わかり、アシル化に用いる側鎖の検討が
が、インスリン デテミルと同様にアルブミ
サルインスリンとして従来使用されていた
名ビクトーザ ®)である。現在ではインスリ
さらに進められた。その結果、脂肪酸
ンとの結合も持続効果に少し寄与してい
製剤は十分なものではなかった。中間型
アシル化の改良とGLP-1アナログ製剤の誕生
ンと並んで糖尿病治療における重要な役
の末端をカルボキシル基とした脂肪二酸
る。血中のアルブミン結合によるバッファ
製剤であるNPHインスリンでは作用時間
割を確立している GLP-1 であるが、製剤
で炭素数が 16 以上である側鎖では高分
インスリン
デグルデクの特徴と作用機序
リング効果と上述のユニークな作用持続
が短く作用にピークがあるため、1 日に
化には苦労がつきまとった。きわめて繊
子量のマルチヘキサマーが形成される
効果によってインスリン効果の個体内変
2 回の投与でも血糖コントロールは困難
維化しやすく、豊富に存在する DPP- 4と
ことが判明し、最終的に炭素数 16 のヘ
動が減少するものと考えられている。
新世代の持効型溶解インスリン製剤
であり、眠前の注射ではソモジー効果に
いう分解酵素のために血中半減期は静注
キサデカン二酸を結合させたインスリン
よる夜間低血糖と早朝からの高血糖を
で 1.5 分、皮下注で 1.5 時間と短い。その
アナログが選択され開発が進められた
きたしやすいことが大きな問題点であっ
ため、ノボ ノルディスク社はインスリン デ
(図 2)
。なお、B 鎖 30 位のトレオニンを
白人糖尿病患者において、インスリン
た(2012 年 DITN 11 月号)
。さらに、イン
テミルで用いられたリジンのεアミノ基に
除き(des)、グルタミン酸(glu)をスペー
デグルデクは血中半減期が約 25 時間であ
スリン効果の個体内変動に基づく予測不
脂肪酸を付加する技術(アシル基 R-CO-を
サーとして、ヘキサデカン二酸を付加し
り、24
時間を通してほぼ平坦な血糖降
超速効型インスリン製剤の
可能な血糖の不安定性も患者を苦しめ
供給する反応であることから一般的には
ことから、イン
てある(hexadecandioyl)
アシル化の改良とGLP-1アナログ製剤の誕生
下作用を示し、
作用持続時間は 42 時間を
ラインナップ
ていた。持効型溶解インスリン製剤とし
アシル化と呼ばれる)を応用することに
スリン デグルデクと命名された。臨床開
超えていた。また、個体内変動も24 時
て登場した、
インスリン グラルギン(2012
インスリン デグルデクの臨床的有用性と期待
なった。その際に、グルタミン酸の「ス
発は 2006 年から始まり、2012 年 9 月に
間を通して一貫して少なく、平均すると
年 DITN 11月号)およびインスリン デテミ
ペーサー」を介在させた方がアルブミンと
世界に先駆けて日本で商品名トレシー
インスリン グラルギンの約 4 分の 1 であっ
ル(2013 年 DITN 1 月号)では格段の改
の結合力が増強することが判明し、最終
新世代の持効型溶解インスリン製剤
として製造販売承認を受け、2013 年
バ
た(図 6)
。また、海外の第 3 相臨床試験
善が認められた。しかし、1 日 1 回の注
的に図 1 に示す GLP-1 アナログ化合物が
3 月に発売された(図 3)
。欧州でも 2013
において(1 型糖尿病患者および 2 型糖尿
製剤化され、国内では 2010 年 1 月に認
年 1 月に承認された。
病患者における長期投与)
、従来の持効
インスリン デグルデクの特徴と作用機序
超速効型インスリン製剤の
射では
24 時間安定した効果が得られな
ラインナップ
従来のベーサルインスリンの問題点
い症例も多く、インスリン作用のピーク
従来のベーサルインスリンの問題点
可された。なお、ヒト GLP-1 にはアシル
インスリン デグルデクの臨床的有用性と期待
従来のベーサルインスリンの問題点
®
型溶解インスリンに対する HbA1c でみた
インスリン デグルデクの特徴と作用機序
や個体内変動も無視できるものではな
化されるリジン残基は 26 位と 34 位に 2 つ
かった。
あるが、34 位のリジンはアルギニンに置
2 個の亜鉛イオンを含むインスリン6 量
の有意な減少が認められた。日本人でも
換され 26 位のみがアシル化され炭素数 16
アシル化の改良とGLP-1アナログ製剤の誕生
体(ヘキサマー)は、通常は亜鉛イオンを
同様の成績が報告されている。平坦で日
の飽和脂肪酸であるパルミチン酸が付加
両極ともに露出する緊張
(tense)形態で
インスリン デグルデクの臨床的有用性と期待
間の変動が少ない血糖降下作用を反映し
している。
あるT6 立体配置にあるが、塩素イオンと
ているものと考えられる。また、インス
フェノールを加えることにより、両極が閉
リン デグルデクに対する抗体産生の増加
じた弛緩(relaxed)形態である R6 立体配
も認められていない。
アシル化の改良とGLP-1アナログ製剤の誕生
さらなるブレークスルーはインスリン デ
テミルに用いられた技術を改良することに
新世代の持効型溶解インスリン製剤
よ
りもたらされることになった。実は、ノボ
新世代の持効型溶解インスリン製剤
超速効型インスリン製剤の
置あるいはその中間の
T3R3 立体配置に
ラインナップ
変化する(図 4)
。通常のフェノールが高
ロトコールであったことから、実臨床
当初は代表的な胆汁酸であるコール酸の
インスリン
デグルデクの特徴と作用機序
濃度なインスリン製剤(ヒトインスリンやイ
(いわゆるリアルワールド)では血糖コン
誘導体でアシル化したインスリン
(NN344)
ンスリン デテミルなど)では R6 立体配置
トロールの改善ももたらされるものと
の持続効果が発見され臨床応用も期待さ
の 6 量体になるが、インスリン デグルデク
思われ、インスリン治療に革新をもたらす
れたが、その後開発は中止された。しか
では T3R3 が安定した構造であるために
理想に近いベーサルインスリン製剤とし
インスリン
し、
NN344デグルデクの臨床的有用性と期待
では 6 量体が会合した可溶性
T3R3 立体配置の 6 量体が側鎖を介して 2
て期待されている。さらに、インスリン
つ結合したダイヘキサマーを製剤中で形
デグルデクが製剤中では非常に安定した
成している。皮下注射後は速やかにフェ
ダイヘキサマーを形成することで、長らく
ノールが外れることで T 6 立体配置の 6
待ち望まれていた可溶性の混合型インス
量体に変化し、さらに側鎖のヘキサデカ
リン製剤がその後実現することになった。
インスリンについても、グルタミン酸を
図1 リラグルチドの1次構造
スペーサーとするアシル化が検討された。
7位
His Ala Glu Gly Thr Phe Thr Ser Asp Val Ser Ser Tyr Leu
Glu
インスリン34位デグルデクの特徴と作用機序
Gly
26位
Gly Arg Gly Arg Val Leu Trp Ala Ⅰle Phe Glu Lys Ala Ala
H
N
H 3C
O H
パルミチン酸
Gln
O
CO2H
L-γ-グルタミン酸
インスリン デグルデクの臨床的有用性と期待
図2 インスリン デグルデクの1次構造
S
A1
S
A21
Gly Ⅰle Val Glu Gln Cys Cys Thr Ser Ⅰle Cys Ser Leu Tyr Gln Leu Glu Asn Tyr Cys Asn
超速効型インスリン製剤の
S
ラインナップ
S
B29
超速効型インスリン製剤の
S
B1
ラインナップ
Phe Val Asn Gln His Leu Cys Gly Ser His Leu Val Glu Ala Leu Tyr Leu Val Cys Gly Glu Arg Gly Phe Phe Tyr Thr Pro Lys
S
血糖コントロールの非劣性と夜間低血糖
O
ヘキサデカン二酸
H
ン二酸と露出した亜鉛イオンとの結合が
数珠つなぎに作られることにより数百以
H
N
HO2C
臨床試験では同様の血糖値を目指すプ
O
CO2H
L-γ-グルタミン酸
参考文献
1)Knudsen LB, et al. J Med Chem 2000; 43: 1664-1669.
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上もの 6 量体がつながったマルチヘキサ
マーが皮下に形成される(図 5)
。マルチ
ヘキサマーから徐々に亜鉛イオンが遊離
図3 新世代の持効型溶解インスリン製剤
するとともに個々の 6 量体がはずれ、さ
らに 2 量体から単量体となり血液中に吸
図4 インスリン-亜鉛6量体(ヘキサマー)立体配置の模式図 図5 インスリン デグルデクの持続化機序の模式図
インスリン-亜鉛6量体
(%)
220
亜鉛イオン
フェノール
上面
デグルデク ダイヘキサマー
(T3R3立体配置)
デグルデク マルチヘキサマー
(T6立体配置)
180
160
皮下
亜鉛イオン
遊離
2量体
単量体
T3R3立体配置
T6立体配置
フェノール
Pharm Res 2012; 29:2104-2114.
140
120
100
80
60
40
0
0-2
吸収
亜鉛イオン
R6立体配置
日
間
の
個
体
内
変
動
20
デグルデク 2量体
塩素イオン
下面
インスリン デグルデク
インスリン グラルギン
200
製剤
フェノール
遊離
側面
図6 インスリン デグルデクとインスリン グラルギンの
24時間にわたる日間の個体内変動(CV%)の比較
デグルデク 単量体
Pharm Res 2012; 29:2104-2114.
2-4
4-6
6-8
8-10 10-12 12-14 14-16 16-18 18-20 20-22 22-24(時)
時間間隔
個体内変動としてはインスリン効果(ブドウ糖注入率)の曲線下面積の変
動係数(CV%)
を用いた。インスリン デグルデクの個体内変動は、24時間
を通し、一貫して低値であった。
Diabetes Obes Metab 2012; 14:859-864.