工作機械業界の現状と課題 - 東レ経営研究所

経済・産業/業界展望
工作機械業界の現状と課題
―受注額は 16 年ぶりの過去最高更新、中長期的課題は何か―
永井 知美(ながい ともみ)
産業経済調査部 産業アナリスト
1986 年山一証券経済研究所入社。外国企業調査部で主に欧米医薬品・化学業
界の調査を担当。その後翻訳業を経て、1999 年 5 月から(株)東レ経営研究
所。日本証券アナリスト協会検定会員。
E-mail : [email protected]
Point
1 2006 年の工作機械受注総額は 1 兆 4,369 億円と、1990 年に記録した過去最高を 16 年ぶり
に更新した。
2 日本の工作機械業界は、産業としては規模が小さいものの、1982 年に米国を抜いて以来、24 年
連続で生産額世界一の座を確保、維持している。
3 景気変動の影響を大きく受ける工作機械受注は振幅が激しいが、2007 年は外需拡大により引き
続き高水準で推移すると予想される。
4 短期的には好調が予想される工作機械業界だが、中長期的には内需の伸び悩み、新興国の追い上げ
などにいかに対応するかという課題もある。大手工作機械メーカーは海外市場開拓等でこうした課
題に立ち向かおうとしている。
はじめに
2006 年の工作機械受注総額は 1 兆 4,369 億円
械は、こうした製品を構成する金属製部品を作
るため、特別に工夫された機械であり、旋盤、
と、バブル期の 1990 年に記録した過去最高を 16
研削盤、マシニングセンタ 2 などさまざまな種
年ぶりに更新した 1。
類がある(図表 1、2)。すべての機械は工作機
工作機械業界はこのまま好調が続くのか、そ
れとも今が需要のピークでこれから下り坂に向か
うのか。24 年連続生産額世界一の座を保ってい
る日本の工作機械業界の課題は何か。各種データ
を踏まえながら考えてみたい。
械 で 作 ら れ る こ と か ら 、「 機 械 を 作 る 機 械 」、
「機械の母(マザーマシン)」などとも呼ばれて
いる。
工作機械業界は産業としては比較的規模が小
さい。経済産業省「生産動態統計」によると、2005
年の業界全体の工作機械生産額は 1 兆 1,103 億円
1. 工作機械業界の概要
(1)工作機械とは
カメラ、時計から自動車、航空機に至るまで
金属を加工して作られるものは数多い。工作機
と、機械工業全体の 1.6 %を占めるに過ぎない。
2005 年度のトヨタ自動車の連結売上高が 21 兆
369 億円だったことに比べると、規模の小ささが
よく分かる。
1 日本工作機械工業会による。
2 マシニングセンタは、中ぐり、フライス削り、穴あけ、ねじ立てなどの加工を 1 回の工作物の取り付けで行えるNC工作機械
で、多数の工具を備えている。
43
2007.3 経営センサー
経済・産業/トピックス
経済・産業/業界展望
図表 1
NC 旋盤とマシニングセンタ
NC 旋盤
マシニングセンタ
出所:オークマ
図表 2
機種別生産額構成(2005 年)
だが、小規模であるにもかかわらず、工作機
総額:1兆1,103億円
その他
19.6%
械業界は我が国産業の中枢の一つに位置付けら
マシニングセンタ
29.9%
れている。工作機械の水準は、その国の工業製
品の水準や生産性に大きな影響を及ぼすため、
歯車機械
2.4%
機械を生み出すマザーマシン業界として、もの
作りの中核・基盤産業と認識されているためで
研削盤
11.2 %
ある。また、工作機械受注は民間設備投資動向
に即応するため、景気の先行指標として注目さ
旋盤
23.9%
専用機
13.0%
れることも多い。
出所:経済産業省「生産動態統計」
図表 3
主要国の切削型工作機械生産高
(百万ドル)
12,000
日本
ドイツ
イタリア
中国
スイス
アメリカ
台湾
韓国
11,000
10,000
9,000
8,000
7,000
6,000
5,000
4,000
3,000
2,000
1,000
0
81
82
83
84
85
86
87
88 89
90
91
92
93
94
95
96
97
98
99
00
01
02
03 04 05 年
注:1.
「ドイツ」の 90 年までは「旧西ドイツ」
。
2.成形型を含まず。
出所:『Metalworking Insiders' Report (2006 年 2 月)
』Gardner Publications, Inc.
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経営センサー 2007.3
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
工作機械業界の現状と課題
(2)24 年連続生産額世界一
発展の原動力となった NC 工作機械 4 でファナッ
産業としては規模が小さいものの、日本の工
作機械業界は 1982 年に米国を抜いて以来、2005
クという優れた NC サプライヤーに恵まれたこと
なども、強みの背景にある。
年時点で 24 年連続生産額世界一の座を獲得して
いる 3(図表 3)。電機や造船等では韓国、中国の
(3) 外需と自動車が支える構図
追い上げが著しいが、高い精度・長期間のサポー
図表 4 からも分かるとおり、工作機械の国内
トが要求される工作機械業界では、日本とドイツ
主要ユーザーは一般機械と自動車であり、この 2
が生産額で世界第 1 位と 2 位を占めている。
部門で受注額の約 4 割を占めている。一般機械
日本の工作機械業界の強みは、①開発力が高
向けの中には自動車部品や金型加工用など自動
く、ユーザーの設計や素材の変更等にきめ細かく
車関係からの需要が少なからず含まれるので、
対応できる、②サポート体制が充実している、③
内需は自動車業界の設備投資動向の影響を大き
製品・サービスを値ごろ感のある価格で提供でき
く受ける。
る、ことなどである。有力ユーザーである自動車
外需比率も 5 割弱と高い。国別で見ると、ア
メーカーに鍛えられたこと、終身雇用制で技能伝
メリカが最大の仕向け先だが、近年、中国等アジ
承がスムーズに行われたこと、日本工作機械業界
アの比率も高まっている(図表 5)。
図表 4
業種別受注実績の推移
(%)
100
90
80
45.7
43.8
21.1
21.5
53.8
52.2
17.0
17.5
外需
46.5
47.9
48.2
48.1
45.6
45.2
19.8
19.5
17.8
18.9
21.4
22.2
一般機械
17.3
20.9
18.7
18.3
19.0
自動車
70
60
50
40
30
13.2
15.3
17.5
20
15.1
13.7
造船・輸送
電気機械
精密機械
金属製品
商社・代理店
その他内需
10
0
内需
1996
1997
1998
1999
2000
2001
2002
2003
2004
2005 (年)
出所:日本工作機械工業会
3 ここでの国際比較は切削型工作機械の数値。日本では、主に金属を削り取って作り上げる機械を工作機械としているが、海外
では広義に解釈しプレス機械や木工機械を工作機械に含めることがある。
4 NC工作機械は従来手動ハンドル操作で行っていた工具送り等をコンピュータ制御で行うもので、品質の向上、加工所要時間
の短縮、省力効果などの利点がある。2005 年の工作機械生産高に占めるNC比率は 88.2 %。
45
2007.3 経営センサー
経済・産業/トピックス
経済・産業/業界展望
図表 5
2002年
韓国
7% 台湾
5%
その他
5%
2005年
総額
3,255億円
その他
5%
韓国
8%
中国
10%
タイ
5%
アメリカ
30%
その他欧州
11%
外需の国・地域別受注額比率
総額
6,165億円
台湾
3%
中国
15%
アメリカ
31%
タイ
5%
その他アジア
8%
ドイツ
イギリス 9%
イタリア
4%
6%
その他アジア
9%
その他欧州
10%
イタリア
4%
ドイツ
イギリス 7%
3%
出所:日本工作機械工業会
図表6 工作機械受注高の推移
億円
%
16,000
60
内需
外需
外需比率
(左目盛)
(左目盛)
(右目盛)
14,000
50
12,000
40
10,000
30
8,000
6,000
20
4,000
10
2,000
0
70
72
74
76
78
80
82
84
86
88
90
92
94
96
98
00
02
04
0
06 年
出所:日本工作機械工業会
2. 受注は高水準
年にピーク(1 兆 4,121 億円)をつけた後、減少
日本工作機械工業会によると、2006 年の工作
傾向をたどった 5。いわゆる「IT 革命」を追い風
機械受注総額は前年比 5.4 %増の 1 兆 4,369 億円
に 1997 年前後に一時盛り返したが、その後その
と、1990 年以来 16 年ぶりに過去最高を更新した。
反動と世界的な景気の冷え込みで 2001 年、2002
国内最大のユーザーである自動車向けが不振で内
年と 2 年連続で受注は 2 ケタの大幅減となった。
需は▲ 1.8 %だったが、欧米を中心に輸出が
1990 年代以降の受注不振の主因は内需の落ち
14.2 %増加した。外需比率も 49.0 %と高まって
込みである。背景には景気低迷、製造業の海外生
いる(図表 6)
。
産シフト、国内での投資意欲の低下など複数の要
だが、工作機械業界はここまで順風満帆だっ
因がある。ちなみに、製造業の設備年齢は、長年
たわけではない。景気変動の影響を大きく受ける
の設備投資抑制により、1980 年の 8.6 年から
工作機械受注は振幅が激しく、1990 年代は 1990
2002 年には 11.7 年に長期化した(図表 7)
。
5 90 年代以降のボトムの 1993 年の受注額は 5,318 億円と 90 年の 4 割弱の水準にまで落ち込んでいる。
46
経営センサー 2007.3
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
工作機械業界の現状と課題
図表 7
注が上向いている。その背景には、①自動車業界
日米の設備年齢の推移
(製造業)
の大型設備投資、②一般機械業界の生産能力増強
12
や老朽設備の更新、③中国等アジア市場の拡大、
11
④欧米市場の回復、等がある。今後の見通しはど
うだろうか。
10
足元の受注動向を見ると、2006 年 12 月の受注
日本
︵
年 9
数
︶
額は前年同月比▲ 1.9 %の 1,261 億円と、単月では
51 カ月ぶりの前年比マイナスとなった(図表 8)
。
8
米国
だが、業界内に悲観的な見方はほとんどない。
7
6
1980
日本工作機械工業会は、2007 年の工作機械受注
額を 06 年比ほぼ横ばいで過去最高水準の 1 兆
82
84
86
88
90
92
94
96
98 2000 02
4,000 億円台と予想している。内需は一般機械や
注:日本の設備の平均年齢は、昭和 45 年時点での平均経過年数をベン
チマークとして、{(前期の平均年齢 +1)*(前期末の資本ストッ
ク−今期の除却額)+今期の設備投資額*0.5}/今期の資本スト
ックにより算出。
また、日米資本ストックの内訳などが異なっているため、直接比較
することができない。
出所:日本の設備年齢は内閣府「民間企業ストック年報」「昭和 45
年国富調査」により作成
米国は米国商務省“Standard Fixed Assets Tables”から作成
電機・精密機器向けの伸び悩みで減少するもの
の、外需はアジア・欧米で自動車、航空機、医療
関連需要が盛り上がり増加すると見られている。
実際、2007 年 1 月の受注額は、内需は前年同月
比マイナスとなったものの、欧州向け輸出の好調
で前年同月比 6.0 %増と再びプラスに転じた。
受注が大幅に減少した 2001 年、2002 年には池
ここで注目されるのは、自動車業界の動向で
貝、新潟鉄工工作機械、日立精機と老舗企業が相
ある。2006 年、国内最大のユーザーである自動
次いで破たんした。中でも、日立精機の破たんは、
車業界向け工作機械受注は低調だった (図表 9)。
80 年代に世界最大の生産額を誇った名門企業だ
不振の背景には、2005 年に高水準の投資をした
っただけに衝撃が大きく、工作機械業界の深刻な
ことの反動、海外生産拡大、リコール問題等で品
不振を印象付けた。
質管理強化が急務となり投資が先送りになったこ
と等の理由が考えられる。2007 年の工作機械内
需は、2006 年に好調だった一般機械や電機等の
3.2007 年も好調が続く見通し
このように、工作機械業界は 1990 年代に長い
伸び悩みが予想されるだけに、自動車業界の動向
不振期を経験したが、2003 年以降、一転して受
図表 8
に大きく左右されることになる。
工作機械受注総額の推移(前年同月比増減率)
%
80
60
40
20
0
−20
−40
−60
00/1
7
01/1
7
02/1
7
03/1
7
04/1
7
05/1
7
06/1
7
07/1
出所:日本工作機械工業会
47
2007.3 経営センサー
経済・産業/トピックス
経済・産業/業界展望
図表 9
日本のメーカーはどのように対処しようとしてい
工作機械需要者別受注額伸び率
るのだろうか。
%
−40
−30
−20
−10
0
10
20
(1) 海外市場の開拓
一般機械
内需が今後高成長を見込めないうえ、自動車、
自動車
電機といった国内有力メーカーの海外生産拡大に対
電機
応する必要もあって、日本の大手工作機械メーカー
製造業計
は海外市場の開拓に注力している。現在、外需の過
外需
半を占めているのは欧米向けだが、成長著しい
BRICs 市場開拓の動きも目立っている(図表 10)
。
受注額合計
注: 2006 年 1 ∼ 11 月の前年同期比伸び率
出所:内閣府「機械受注統計」
精密さが要求される工作機械では、組み立て
後の最後の調整が非常に重要とされており、これ
まで国内生産がメーンだった。海外進出も販売・
減価償却制度の見直しが盛り込まれた 2007 年度
サービス拠点拡充が中心だったが、ここへきて一
の税制改正も、工作機械業界にとってプラスに働
部大手メーカーが、現地の旺盛な需要取り込み、
くと見られている。税制改正により企業が設備投
納期短縮のため海外生産を拡大させている。業界
資額を全額損金計上できるようになる見通しで 、
全体では、当面国内生産中心という状況に変わり
設備投資を促す効果が期待されている。
はないだろうが、その一方で大手メーカーの海外
6
生産拡大の動きも続くと見られる。
4.今後の課題
現状・短期的見通しともに順調そのものの工
(2)競争激化への対応
作機械業界だが、中長期的には課題もある。①今
日本の工作機械は国際的にも高い評価を得て、
後内需は高成長が見込めないこと、②狭い国内市
生産額で 24 年連続世界一の座を保っているが、
場に多数の企業がひしめいており再編が進展して
中国・韓国・台湾といった新興国も生産額を伸ば
いないこと、③韓国、台湾、中国といった新興国
している(図表 3)。日本メーカーは汎用機種か
のメーカーが力をつけつつあること、などである。
ら高級機種まで幅広い分野に強みを持ち、技術水
図表 10
大手工作機械メーカーの海外進出状況
生産拠点
販売・サービス拠点
ヤマザキマザック
アメリカ、イギリス、 アメリカ、カナダ、イギリス、
シンガポール、中国
イタリア、チェコ、ロシア、中国
台湾、タイ、インド等19カ所
森精機製作所
スイス
シンガポール、マレーシア、タイ、
台湾、中国、韓国、インド、アメリカ、
ブラジル、フランス、ドイツ、チェコ、
イタリア等38カ所
オークマ
アメリカ、中国
アメリカ、ブラジル、ドイツ、中国、
オーストラリア等
注:ヤマザキマザック、森精機の販売・サービス拠点はテクニカルセンタの数
出所:各社ホームページ
6 これまで損金に計上できるのは設備投資額の 95 %が限度だったが、全額損金計上することで企業の法人税負担は軽くなる。
48
経営センサー 2007.3
今後の景気の焦点は設備投資の持続力
工作機械業界の現状と課題
図表 11 主要工作機械生産国の国際的位置づけ(イメージ)
米国企業
宇宙
航空機
etc.
工作機械
etc.
ドイツ企業
自動車・家電・電子機器
etc.
一般部品
etc.
日本企業
台湾企業
韓国企業
需要
出所:機械振興協会経済研究所(一部表記修正)
準でアジアメーカーに差をつけているものの(図
工作機械受注の波の大きさは前述の通りで、
表 11)、アジアメーカーが低価格を武器に存在感
今は絶好調でもいつか必ず不況期が来る。好況期
を増しているのも事実である。
の今こそ将来を見据えた対応が求められていると
日本メーカーはあくまでも高付加価値製品で
いえるだろう。
勝負すべきとの議論もあるが、市場規模が大きく
アジアメーカーと競合する汎用機種分野も重要で
ある。ヤマザキマザックや森精機が比較的低価格
の機種を発売するなど、ボリュームゾーンの需要
取込を加速させる動きもでている。
(3) 過当競争という問題
最後に、業界の過当競争体質に触れておきたい。
工作機械業界の年間受注額は 1 兆 4,369 億円
(2006 年)だが、この比較的小さな市場に業界団
体に属するだけで 92 社 7 がひしめき、不況期に
なると激しい価格競争を繰り広げる。業界再編の
必要性はかねてから指摘されていたが、オーナー
企業が多いこともあり、なかなか進展しない。
オークマの傘下 2 子会社との合併(2005 年)、
森精機のディキシー・マシーンズ(スイス)買収
参考文献
1)日本工作機械工業会(2006)『日本の工作機械産業
機械工業の発展を支える産業 2006』
2)経済産業省・厚生労働省・文部科学省編(2006)
『2006 年版 ものづくり白書』
3)水野順子編(2003)
『アジアの金型・工作機械産業』
アジア経済研究所
4)日本経済新聞社(2006)
『日経業界地図 2007』
(06 年)、シチズン時計の中堅工作機械メーカ
5)渡邊吉典(2006)
『好調を持続する工作機械の需給展
ー・ミヤノへの資本参加(07 年)のような動き
望と課題 − 10 年後も日本の工作機械産業が世界
はでているが、大規模な再編は森精機による日立
のトップであるために−』みずほコーポレート銀行
精機買収(02 年)以来見られない。
産業調査部
7 日本工作機械工業会の会員企業数(2006 年 7 月現在)
。
49
2007.3 経営センサー