県内で初確認された 群及び 群ロタウイルスによる牛ロタウイルス - 新潟県

県内で初確認された
B 群及び C 群ロタウイルスによる牛ロタウイルス病
中央家畜保健衛生所
村山和範
会田恒彦
田中健 介
福留 静
樋口良平
中田
はじめに
ロタウイルスは、レオウイルス科ロタウイ
ルス属に分類され、主に幼若なヒトや動物で
篠川有理
稔
食欲低下が認められた。その後、数頭ずつ徐
々に下痢を発症し、約2週間でほぼ全頭に下痢
が認められた。
下痢を起こす代表的なウイルスである。ロタ
材料及び方法
ウイルスはウイルス粒子を構成する内殻タン
パク質であるVP6の群抗原性によりA群からG群
ウイルス学的検査は、材料として糞便3戸20
の7群に分類されており、ウシではA群、B群及
頭分を用いた。下痢症関連ウイルス特異遺伝
び C群 ロ タ ウ イ ル ス ( GAR、 GBR、 GCR) が 検 出
子 検 出 は 、 E-MEM( 日 水 製 薬 , 日 本 ) で 10%糞
さ れ て い る (1)。 GARは 子 牛 の 下 痢 の 原 因 ウ イ
便乳剤を作製し、その遠心上清からHigh Pure
ルスとして重要なことが知られていたが、近
Viral RNA kit(ロ シ ュ , 日本 ) を 用 いて ウ
年 、 GBR及 び GCRが 搾 乳 牛 の 伝 染 性 下 痢 の 原 因
イルス核酸を抽出し、PrimeScript One Step
ウイルスとなることが報告され、国内でも数
RT-PCR kit ver.2(タカラ,日本)を用いてR
例の発生が報告されている[1,2,5,6]。
T -PCR法 に よ り 牛 コ ロ ナ ウ イ ル ス ( BCV )、 牛
今 回 、 平 成 23年 か ら 平 成 24年 に か け て 県 内
ト ロ ウ イル ス ( BoTV )、 GAR、 GBR、 GCR及び 牛
の酪農場3戸で発生した伝染性下痢について病
ウ イ ル ス 性 下 痢 ウ イ ル ス ( BVDV) に つ い て 行
性鑑定を行った結果、県内で初めてGBR及びGC
った[4,9]。ロタウイルス特異遺伝子が検出さ
Rによる牛ロタウイルス病と診断されたことか
れた材料については、ロタウイルスの群抗原
ら、その概要について報告する。
性 に 関 わ る VP6及 び 中 和 抗 原 性 に 関 わ る VP7の
遺伝子解析を動物衛生研究所に依頼して行っ
発生概要
た。ウイルス分離は、ロタウイルスを標的と
中央家畜保健衛生所(家保)管内の農場1で
してMA104細胞を、その他ウイルスを標的とし
は 、 平 成 23年 12月 17日 に 下 痢 が 認 め ら れ 、 数
てMDBK-SY細胞及びHRT-18/Aichi細胞を用いて
日の経過で搾乳牛に下痢がまん延した。群全
行った[3,7]。
体の発症率は68%(50/73頭)であった。便性
ウイルス抗体検査は、ペア血清3戸20頭分を
状は泥状下痢が主体で、水様性下痢を示す個
用 い て 行 っ た 。 GAR及 び GCRは 間 接 蛍 光 抗 体 法
体はごく一部であった。また、発症個体には
( 島 根 株 及 び 新 得 株 )、 BVDV1型 、 BVDV2型 及
食欲低下が認められた。
びBoTVは中和試験(Nose株、KZ-91-cp株及びA
上越家保管内の農場2では、平成24年5月9日
ichi/2004株 )、 BCVは HI試 験 ( 掛 川 株 ) に よ
に搾乳牛、育成牛及び子牛で軟便から水様性
り行った。また、GBRは動物衛生研究所に依頼
下 痢 を 呈 す る 個 体 が 認 め ら れ 、 14日 ま で に 牛
してELISA法により行った[8]。
群内で急速に下痢がまん延した。下痢は約2週
細 菌 学 的 検 査 は 、 羊 血 液 寒 天 培 地 、 MLCB培
間 で 回 復 し 、 発 症 率 は 約 70% ( 54頭 飼 養 ) で
地及びDHL培地を用いて37℃24時間、好気培養
あ っ た 。 発 症 個 体 で は 、 食 欲 低 下 や 39℃ 前 後
を行った。寄生虫卵検査は、ショ糖遠心浮遊
の発熱を伴うもの認められた。
法により行った。
中央家保管内の農場3では、平成24年10月30
新潟県内の伝染性下痢症の発生状況調査と
日に搾乳牛、育成牛及び子牛で水様性下痢と
し て 、 BoTV、GBR及 び GCRの 検 査 を 開 始 し た 平
成19年4月から平成24年12月までの期間を対象
に、搾乳牛で発生した下痢症のうち病性鑑定
課で実施した検査成績について、検出された
病原体別に集計を行った。
表1
農場
No.
1
検査成績
(1)ウイルス抗原検索
農場1でGCR特異遺伝子が6頭中5頭、農場2と
2
農場3でGBR特異遺伝子が7頭中6頭または7頭中
5頭 で 検 出 さ れ た ( 表 1 )。 そ の 他 下 痢 症 関 連
ウイルスの特異遺伝子は検出されなかった。
また、ウイルス分離は検査を行ったすべての
3
検体で陰性であった。
(2)ウイルス抗体検査
GCR特 異 遺 伝 子 が 検 出 さ れ た 農 場 1で は 、 発
症時点で既に6頭中5頭がGCR抗体を保有してい
個体
No.
1
2
3
4
5
6
1
2
3
4
5
6
7
1
2
3
4
5
6
7
た 。 ま た 、 2週 間 後 に 採 材 し た 後 血 清 で は 6頭
ウイルス抗原検索成績
GAR
GBR
GCR
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
+
+
+
+
-
+
+
-
+
+
+
+
+
-
+
+
+
+
-
+
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
BCV BoTV BVDV
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
-
NT
NT:検査未実施
全頭でGCR抗体の有意な上昇が認められた。GB
R 特 異 遺 伝 子 が 検 出 さ れ た 農 場 2 及 び 農 場 3で
表2
は 、 14頭 中 7頭 が 発 症 時 点 で GBR抗 体 を 保 有 し
ていた。また、後血清では9頭中6頭でELISA抗
体の陽転もしくはELISA値の上昇が認められた
( 表 2 )。 な お 、 そ の 他 の 下 痢 症 関 連 ウ イ ル ス
抗体については、抗体価の有意な上昇は認め
られなかった。
(3)遺伝子解析
農 場 1で 検 出 さ れ た GCRの 塩 基 配 列 を 元 に し
た相同性解析の結果、今回検出されたGCRは、
過去の牛由来国内株である新得株、山形株、
富 山株 と比 較し て VP6で 95%以 上 、 VP7で 93%以
上の高い一致率を示した。また、分子系統樹
解 析か らVP6は I3型 、 VP7は G3型 の 遺 伝 子 型 に
分類され、いずれも過去の牛由来国内株と同
一の遺伝子型に分類された(図1 )。
農場2および農場3で検出されたGBRについて
ウイルス抗体検査成績
農場
No.
1
個体
GBR(ELISA)
GCR(IFA)
No.
Pre
Post
Pre
Post
1
NT
NT
<20
1280
2
NT
NT
80
≧2560
3
NT
NT
20
320
4
NT
NT
40
1280
5
NT
NT
40
320
6
NT
NT
80
640
2
1
0.002
0.613
NT
NT
2
0.006
0.601
NT
NT
3
0.006
0.784
NT
NT
4
0.549
0.136
NT
NT
5
0.566
・
NT
NT
6
0.819
0.580
NT
NT
7
0.003
・
NT
NT
3
1
0.768
0.642
NT
NT
2
0.157
0.753
NT
NT
3
0.036
0.000
NT
NT
4
0.829
NT
NT
NT
5
0.799
NT
NT
NT
6
NT
NT
NT
NT
7
0.341
0.693
NT
NT
・:検体なし NT:検査未実施 GBR-ELISA:0.2以上を陽性
は、相同性解析の結果、今回検出されたGBRは
農場2と農場3の塩基配列が一致せず 、VP6で91.
5%、 VP7で 93.4%で あ っ た 。 一 方 、 過 去 の 牛 由
来国内株である根室株との比較では、2株とも
VP6で 93%以 上 、 VP7で 94%以 上 の高 い 一 致率 を
示した 。また 、分子系統樹解析からVP6はI2型 、
VP7はG3型の遺伝子型に分類され、牛由来国内
株と同一の遺伝子型に分類された(図2 )。
(4)細菌学的検査及び寄生虫卵検査
細菌学的検査では、検査を行った全ての検
体でサルモネラ等の有意菌は分離されなかっ
た。また、寄生虫卵検査でも、検査を行った
全ての検体で虫卵は認められなかった。
100
99
100
100
I2
Human GCRs
100
93
Porcine GCR_Cowden
Bovine GCR_Niigata1
Bovine GCR_Shintoku
100
Human GBRs
I3
BovineGCR_Toyama
79
I1
Rat GBR_IDIR
Bovine GCR_Yamagata
0.02
0.05
GCR VP6系統樹
GBR VP6 系統樹
94
100
Human GCRs
84
G11-16,
G18-20
Porcine GBRs
G4
100
Porcine GCR_134/04-18
Porcine GCR_Cowden
Porcine GCR_34/04-2
Porcine GCR_HF
Bovine GCR_Toyama
100
Bovine GCR_Shintoku
94
100
100
98
100
G2
100
Bovine GCR_Niigata1
0.05
GCR VP7系統樹
100
0.1
図1
平成19年4月から平成24年12月末までに実施
し た 伝 染 性 下 痢 の 病 性 鑑 定 事 例 は 35例 あ り 、
今回GBR及びGCRが検出された3例が伝染性下痢
症 全 体 に 占 め る 割 合 は 8.7%で あ っ た 。 ま た 、
最 も 検 出 頻 度 が 高 い も の は BCVで 22例 ( 62.2
% )、次いでBoTVで5例(14.3%)であった。
Porcine GBRs
Bovine GBR_DB180
Bovine GBR_DB101
Bovine GBR_DB176
Bovine GBR_WD653
Bovine GBR_Niigata3
100
Bovine GBR_Nemuro
Bovine GBR Cow-wt/MN10-1/2010/G3PX
Bovine GBR_Niigata2
Bovine GBR_Mebus
Bovine GBR_ATI
Human group B rotavirus
G8
G5
G3
G2
GBR VP7 系統樹
図2
GCR分子系統樹
(5)搾乳牛における伝染性下痢症の発生状況
G4,6,7,9
Porcine GBRs
G5
G1
G6
G3
Bovine GCR_Yamagata
77
I2
Bovine GBR_Niigata3
Bovine GBR_Niigata2
Bovine GBR_Nemuro
I1
Bovine GCR_WD534tc
100
Bovine GBR_RUBV282
Bovine GBR_RUBV226
Bovine GBR_DB176
GBR分子系統樹
点で既に抗体を保有する個体が認められた。
こ の こ と か ら 、 GBR及 び GCRは 今 回 の 発 生 以 前
に当該農場に浸潤していたと考えられた。
遺伝子解析の結果、農場2と農場3のGBRは塩
基配列が一致しなかった。今回GBRによる牛ロ
タウイルス病が発生した2農場については発生
時期が異なることや、地理的に遠く疫学関連
がないこと等から、それぞれ異なる伝播経路
まとめ及び考察
今回、搾乳牛の伝染性下痢症の病性鑑定を
行 っ た 結 果 、 GBR及 び GCRに よ る 搾 乳 牛 の 牛 ロ
タウイルス病が県内で初めて確認された。病
性 鑑 定 成 績 か ら 、 今 回 の 3事 例 は い ず れ も GBR
もしくはGCR単独による下痢症と判断された。
平 成 25年 1月 末 時 点 で 、 3農 場 と も 牛 ロ タ ウ イ
ルス病の再発生は認められていない 。しかし 、
GBRについては同一株により数年おきに流行を
繰り返した事例が報告されていることから
[2]、発生農場では今後も注意が必要と考えら
れた。
抗 体 検 査 の 結 果 、 GBRお よ び GCRと も 発 症 時
によりウイルスが農場に侵入したと考えられ
た。
GBRお よ び GCRに よ る 下 痢 症 で は 、 搾 乳 牛 が
主に発症し、育成牛や子牛などの若い個体で
発症が認められなかった事例が報告されてい
る [1,8]。 今 回 の 事 例 で は GCRが 検 出 さ れ た 農
場1の子牛で発症が認められなかったものの、
GBRが検出された農場2および3では子牛と育成
牛でも発症が認められた。便性状は、全ての
事例で泥状から水様性下痢と様々であった。G
BR及びGCRによる下痢症で血便を認めた報告は
なく、本県の事例においても血便は認められ
な か っ た 。 乳 量 低 下 は 、 全 体 で 10~ 20% 低 下
したとする報告が多く[1,4,7,8]、今回の事例
で も 10~ 15% の 低 下 が 認 め ら れ た 。 ま た 、 農
衛生研究所ウイルス・疫学研究領域の鈴木亨
場2では発症直後から最大40%乳量が低下した
主任研究員を始め、研究室の皆様に深謝致し
個体も認められた。
ます。
一方、これまでの国内発生例では報告の無
い症状として、農場2で複数の発症個体に39℃
参考文献
前後の発熱が認められた。今回の事例では発
(1)
熱の有無と食欲低下や乳量低下の有無に関連
研究会編,第1刷,150-154,緑書房,東京(20
性は見出されなかったが、ヒトのロタウイル
09)
ス感染症では、一般に発熱と下痢が伴って認
(2)
められることから(2)、今回認められた発熱は
9版,427-434,医学書院,東京(2006)
GBRが関与している可能性が示唆された。
[1]
鑑別診断が必要となるBCVと比較した場合、
恒光裕:子牛の科学,日本家畜臨床感染
中込治:標準微生物学,平松啓一編,第
葛城粛仁,恒光裕:日獣会誌,59,254-
258(2009)
血便や呼吸器症状がないなど症状は軽度な傾
[2]
向がみられた。しかし、BCVでも症状の程度は
畜保健衛生業績発表会集録,27-31(2005)
様々であることから、臨床症状のみでは他の
[3]
ウイルス性下痢症との鑑別は困難と考えられ
57(3), 423-431(2012)
た 。 平 成 19年 以 降 に 行 っ た 搾 乳 牛 の 伝 染 性 下
[4]
痢症の病性鑑定35例のうち、8.8%からGBRもし
157(6), 1063-1069(2012)
く は GCRが 検 出 さ れ 、 BCV以 外 の 下 痢 症 関 連 ウ
[5]
イルスは全体の約1/4例で検出されている。搾
332(2001)
乳牛の下痢症は乳量低下を伴う場合が多く、
[6]
経済的被害も大きいことから、伝染性下痢の
Sci, 66(7), 887-890(2004)
原 因 ウ イ ル ス と し て GBR及 び GCRの 監 視 を 今 後
[7]
も継続し、病態をより明らかにしていく必要
iol, 29, 2609-2613(1991)
があると考えられた。
[8]
林みち子,長井誠:平成17年度石川県家
Aita T, Tsunemitsu
H:Arch Virol, 1
Fukuda M, Tsunemitsu H:Arch Virol,
Hayashi M, Nagai M:Vet Rec, 15, 31Mawatari T, Tsunemitsu H:J Vet Med
Tsunemitsu H, Saif LJ:J Clin Microb
Tsunemitsu H, Kamiyama M:J Gen Viro
l, 86, 2569-2575(2005)
謝
辞
各種検査を行って頂いた独立行政法人動物
[9]
994)
Vilcek S:Arch Virol, 136, 309-323(1