コイル塞栓術を行った犬の動脈管開存症の 1 例 症例 - 広島県獣医師会

症例報告
コイル塞栓術を行った犬の動脈管開存症の 1 例
園田 康広1) 横山 貴之 1) 長澤 裕2) 長澤 晶子2)
(受付:平成 22 年 10 月 27 日)
A case of treatment with coil embolization for canine patent ductus arteriosus
YASUHIRO SONODA1), TAKAYUKI YOKOYAMA1), HIROSHI NAGASAWA2) and MASAKO NAGASAWA2)
1) Sonoda Animal Hospital, 2-19-50, Yagi, Asaminami-ku, Hirosima 731-0101
2) Aki Pet Clinic,1-21-29, Yahata, Saeki-ku, Hirosima 731-5116
SUMMARY
We encountered a dog in which a diagnosis of patent ductus arteriosus (PDA) was
made during inoculation with the rabies vaccine, and conducted coil embolization for the
disease. Loss of the murmur was confirmed on auscultation immediately after placing
a coil, and loss of the shunt blood vessel was confirmed on cardioangiography. Coil
migration or displacement has not occurred for five years without recanalization, and the
clinical course is benign.
要 約
狂犬病ワクチン接種の際に動脈管開存症(PDA)と診断した犬に遭遇し,コイル塞栓術を
試みた.コイル留置直後の聴診では雑音の消失,心血管造影では短絡血管の消失が確認され
た.翌日から食欲元気もあり,抗生剤の投与のみとした.現在もコイルの脱落変位もなく,
5 年が経過しているが,再疎通もなく経過良好に推移している.
序 文
断した犬に遭遇し,コイル塞栓術を試み,長期間経過
を観察することが出来たので,その概要を報告する.
猫 PDA は,よく遭遇する先天性心疾患の一つで,
その外科的治療法は開胸下で行う結紮法と非開胸下で
行われる心臓インターベンショナルがある 1).近年の
獣医療においても数多くの心臓インターベンショナル
報告例があり,従来のものと比較して手術侵襲なども
極めて低く,多くの利点を有していることで発展して
いる 2,3).今回,狂犬病ワクチン接種の際に PDA と診
症 例
犬 コーギー,雌,8 カ月齢,体重 6.1kg,心拍数
140.狂犬病ワクチン接種時にオーナーが運動不耐性
を訴えた.左前胸部より連続性心雑音を聴取.口腔粘
膜色・CRT は正常であった.
1)そのだ動物病院 (〒 731-0101 広島市安佐南区八木 2-19-50)
2)安芸ペットクリニック(〒 731-5116 広島市佐伯区八幡 1-21-29)
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広島県獣医学会雑誌 № 26(2011)
各種検査
1.血液検査
血液検査では一般血液検査,生化学検査とも,特に
問題は認められなかった.
(表 1)
表 1 治療前後の心機能評価の推移
PCV
RBC
Hb
TP
II
WBC
Band
Seg
Lym
Eo
Mon
Bas
PLT
52.5
%
744 ×104/dl
17.2
g/dl
7.0
g/dl
2
13,600
/μl
136
/μl
9,656
/μl
2,856
/μl
816
/μl
136
/μl
0
/μl
20.2 ×104/dl
AST
ALT
BUN
Cre
Ca
Glu
CPK
Cho
Na
K
Cl
22
36
20.4
0.8
10.5
106
131
260
147
5.1
111
写真3 心エコー検査
FS(左心室内径収縮率) 連続波にて収縮期最大逆流速 4.58m/s
45.45%
拡張期最大逆流速
3.79m/s
圧較差が左右57〜84mmHgの
PDAと診断
IU/l
IU/l
mg/dl
mg/dl
mg/dl
mg/dl
IU/l
IU/l
mmol/l
mmol/l
mmol/l
2.胸部 X 線検査
胸部 X 線検査では左心系の拡大・肺血管紋理の明
瞭化が認められた.(写真 1)
写真 4 心エコー検査
測定動脈管直径 肺動脈側 3.0mm 大動脈側 3.3mm
描出された動脈管タイプは,コイル塞栓術が可能な
ロングコーンタイプであると推測された.1)4)(図 1)
コイル塞栓術 可
ラテラル像
VD像
写真1 胸部X線検査
心胸郭比65% VHS10.5
3.心電図検査
P 波 0.4mv,R 波 1.8mv,平均電気軸 65 であった .
(写真 2)
ロングコーンタイプ
動脈瘤タイプ
メガホンタイプ
コイル塞栓術 不可
写真2 心電図検査
4.心エコー検査
左心室内径収縮率(FS)は 45.45%と若干上昇し
ており,左室への容量負荷が考えられた.
(写真 3)
また,別の左側横臥位肺動脈流出路短軸像では,測
定動脈管直径が肺動脈側 3.0mm 大動脈側 3.3mm と
計測された.(写真 4)
図1 動脈管タイプ分類
以上,各種検査より心臓インターベンショナルに対
応した動脈管と診断し,コイル塞栓術を行うことと
なった.
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広島県獣医学会雑誌 № 26(2011)
に置き,マンドリンを少しずつ引きながらコイル先を
肺動脈内にコイルが 1 〜 1.5 巻かかる様に送り出す.
コイルが肺動脈側に固定されたことを確認後,マンド
リンとカテーテルを引きながら残りのコイルを動脈管
内に押し出しループを形成させる.コイル固定が確認
された後,デリバリワイヤーを左回転させコイルを引
手術と経過
麻酔は,アトロピン・ブブレノルフィン,ジアゼパ
ムにて前処置後,ケタミンで導入・挿管し,イソフル
ランの吸入麻酔にて維持した.また術中の呼吸管理
は,ミオブロックの間欠的投与にて IPPV(間欠的陽
き離した.
(写真 7)
圧換気)を行った.
手術は,右大腿動脈を露出し,5Fr カテーテルを挿
入しカテーテル先を大動脈弓部に固定した上で,造影
剤を注入した.大動脈側から肺動脈への短絡血管が認
められた.(写真 5)
①
③
②
カテーテルを動脈管 カテーテルを肺動脈 コイルを肺動脈に出
内に進める.
内に進める.
す.
④
⑥
⑤
マンドリンを少しづつ 肺 動 脈 内 に 1 〜 1.5 動脈管内でループを
引きコイルを丸める. 巻引っかける様に留置 形成する.
写真7 コイル留置方法
写真 5 心臓カテーテル検査(心血管造影検査)
大動脈から動脈管を通じ肺動脈が造影されているのが確認される.
造影動脈管直径 ☆大動脈側 3.5mm ○肺動脈側 3.0mm
造影動脈管タイプ ロングコーンタイプ
コイル留置後,聴診では雑音の消失,心血管造影で
は短絡血管の消失が確認された.術後の胸部 X 線検
査でも動脈管内に留置されているコイルが確認され
た.
(写真 8)
続いて右大腿動脈から挿入したカテーテルを,動脈
管内へ慎重に侵入させる.ここで,デタッチャブルコ
イル(コイル径 8㎜・5 巻)をデリバリワイヤーに伸
展させた状態で装着準備し,カテーテル内へ挿入させ
る.このデタッチャブルコイルの特徴は,完全にコイ
ルを切り離さなければ何度でも再留置が出来る事であ
る.(写真 6)
写真8 術後胸部X線検査
動脈管内に留置されているコイルが確認される.
術後 1 日目はエコーでは短絡血管は認められなく,
FS も 23.93%と術前の 45.45%と比較し低下してい
た.
(写真 9)
写真 6 使用器具
COOK 社製デタチャブルコイル&フリッパー TM PDA 閉鎖
用デリバリーシステム
(上)デタッチャブルコイルはらせん形状を保つ性質がある.
(中)デ タッチャブルコイルが入った透明な筒にデリバリワイ
ヤーのマンドリルを挿入.
(下)右回転連結後,透明筒から抜去したところ.
写真9 術後心エコー図検査(術後1日目エコー検査)
左:短絡血管は認められない.
右:FS 23.93%(術前FS 45.45%と比較し低下)
続いて,カテーテルの先端を動脈管を通過した部位
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術後翌日までは徐脈頻脈を繰り返していたが,安定
していた. 翌日から食欲元気もあり,抗生剤の投与
のみとした. 術後から現在までのエコー検査で,FS
は 25 〜 30%前後を維持している.現在もコイルの脱
落変位もなく,5 年が経過しているが,再疎通もなく
経過良好に推移している.
考 察
コイル塞栓術の適応判定には,1. 動物の体格,2.
カテーテル挿入部位の血管径のサイズ,3. 動脈管径
1)
のサイズとその形態かポイントとなる.
1. において
1)
は 1.5kg のパピヨンで報告があり ,今回の症例では
体重 6.1kgBCS3 と申し分なかった.2. においては最
低カテーテル径が 4Fr(外形 1.35mm)以上であれば
対応可との報告 1) があり,今回の症例では,5Fr を
使用した.また,3. においては動脈管径(肺動脈側
3mm 大動脈側 3.5mm)のロングコーンタイプより選
択コイルは動脈管最少径の 2 倍以上のコイルとなっ
ている 1) ことから,8mm 5 巻を使用した.また,
心エコー検査による測定動脈管形態と,造影動脈管形
態とが完全一致と至らかなったが,コイル塞栓術を術
前に考慮する際,心エコー検査は充分参考になるもの
と考えられた.術前には FS が 45.45%であったが術
後から低値を示した.これは動脈管を遮断することで
左心室の容量負荷が増したことによるものと推測して
いる.本症例では実施しなかったが,肺動脈や大動脈
内の血管内圧や血液ガスを測定し,更なる経験を重
ね,より安全に手術を進める必要があると思われた.
文 献
1)山根義久:小動物 最新外科学大系 4 循環器系
1,90-97, インターズー(2004)
2)田中 綾ほか:デタッチャブルコイルを用いた犬の
動 脈 管 開 存 症 の 試 験 例,動 物 臨 床 医 学,18
(1)
,
29-34(1999)
3)Rashkind, W.J. and Cuaso, C.C.:Transcattheter
closure of patentductus arterisus successful use
in a 3.5kg infant, Pediatric. Cardiology, 1, 3-7
(1979)
4)Krichenko, A., et al.:Angiographic classification
of the isolated, persistently patent ductus
arteriosus and implications for parcutaneous
catheter occlusion, Am. Jour. Cardio., 3, 877-880
(1989)
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