博物館における PDA を用いた協調学習支援システム

博物館における PDA を用いた協調学習支援システム
矢谷
浩司
杉本
雅則
楠
房子
東京大学大学院 新領域創成科学研究科 基盤情報学専攻
多摩美術大学 美術学部 情報デザイン学科
{yatani, sugi}@itl.t.u-tokyo.ac.jp
[email protected]
概要
PDA を始めとするハンドヘルドデバイスを学習支
援に活用する研究が、世界的に試みられるように
なってきている。一方、日本では、学習指導要領
の改訂により「総合学習」に対応した教育システ
ムやカリキュラムの構築が求められている。そこ
で、我々は「総合学習」の場として注目を集めて
い る 博 物 館 で の 学 習 を 支 援 す る た め に 、 PDA
(Personal Digital Assistant)を用いた Musex と
呼ばれるシステムを構築した。Musex では、各学
習者がオリエンテーリングの要領で展示物を訪
問し、展示物ならびに他の学習者との相互作用を
通して行う学習を支援する。Musex を東京都内の
博物館にて運用し、観察された子供達の行動から
システムに対する評価、考察を行った。
キーワード ハンドヘルドデバイス、博物館、
協調学習支援
れている1。その展示物がインタラクティブであり、
自分の操作に対する何らかの明確なフィードバ
ックがあるかどうかが、が子供達の注意を引きつ
ける重要な要素になっている。そのため、学習素
材として非常に価値のあるにもかかわらず、イン
タラクティブ性の低い展示物が、十分に生かされ
ないという場合が生じる。
そこで我々は、(1)博物館を学校教育以外での学
習機会の場として活用する(2)学習リソースとし
て有用な展示物にインタラクティブ性を持たせ
る(3)来館者が自分のペース、興味で自由に探索
できるという、博物館の特徴を生かす、の点を考
慮し、PDA を用いた博物館での協調学習支援シス
テム Musex を構築した[1][2][3]。本稿では,Musex
のシステム構成ならびに Musex を用いて博物館に
て行った評価実験について、以下に述べる。
Musex の構成
はじめに
近年の携帯端末の普及に伴い、ハンドヘルドデ
バイスを個人情報の管理ツールとしてだけでな
く、学校教育等での生徒の学習支援に活用する試
みが世界的に始められている[1]。一方、日本で
は、新たなカリキュラムである「総合的な学習の
時間(総合学習)」への対応が、各学校で独自に進
められている。このカリキュラムでは、子供達が
各教科等の学習で得た個々の知識を結び付け、総
合的に働かせることができるようにすることを
目指している。したがって、どちらかと言えば学
習者が受動的な立場に置かれる従来の授業形式
とは異なる、新しい授業ならびに学習スタイルの
模索が教師、学校においてもなされている。
このような社会的な背景の中で、学校教育の枠に
とらわれることなく学習機会を提供する場とし
ての博物館に、近年注目が集まっている。博物館
は、分野横断的かつ最先端の科学的な知識を来館
者に体験してもらう機会を提供できる点で、極め
て魅力的な学習の場であると言える。しかし、一
つ一つの展示物が持つ学習リソースの有用性が
必ずしも十分に生かされていないことも指摘さ
図 1 システム構成
図 1 に Musex の構成を示す。Musex は 2 人 1 組
で利用する。各ユーザには PDA とトランシーバが
与えられる。各展示物には、RFID タグが取り付け
られており PDA を持ったユーザが近付くと、その
展示物に関する問題が、自動的に表示される。ユ
ーザは展示物(ならびにそれに関する説明)を見
ながら出題された問題に答えていく。Musex のユ
1
博物館スタッフからのインタビューによる。
ーザインターフェイスを図 2 に示す。この画面は
初期状態では、12 個の白い正方形で埋められてい
る。ユーザは問題に正解をすると、その問題の番
号の正方形が取り除かれる。逆に、問題に不正解
の場合、その問題の番号の正方形が白色から灰色
に変化する。これらの正方形の下には、ある展示
物の写真が隠されており、これが最終問題のヒン
トになっている。より多くのヒントを得るために
は、ユーザは展示物を十分に観察しつつ、解答し
なければならない仕掛けになっている。
え合いながら、互いに分担して解答していた。
• 自分が解答しようとしている問題がよくわか
らない時に、トランシーバで相手に手助けを求め
ていた。
• PDA の写真の状態が変化するのを見て、自分
だけでなく相手がいくつ問題を解いたかを確認
していた。このようにして、トランシーバだけで
なく、PDA を通して相手とのコミュニケーション
を図っていた
図 3 実験時のユーザの様子
図 2 PDA の画面
また、この画面の状態は 1 組になったユーザ同士
で共有されている。つまり、一方のユーザが正解
をすれば、他方のユーザの画面においても写真の
一部が表示されるようになる。逆に、ユーザが不
正解の場合は、他方のユーザの画面でも対応する
箇所の正方形が灰色に変化する。これにより、ユ
ーザ間での視覚的な awareness を高めることが可
能となり、ユーザ間でのコミュニケーションを活
性化する効果が期待できる。また、ヒントとなる
写真や、画面上の 1 から 12 まで正方形の番号の
配置がお互いに違うものになっている。このため
に、ユーザ同士はトランシーバを用いてお互いに
コミュニケーションを取り合いながら、協同して
問題に取り組んでいくことが求められる。
評価実験
Musex を日本科学未来館にて 2002 年 11 月 2∼4
日の 3 日間運用し、評価実験を行った。1 日当た
りの実験時間は約 2 時間であった。合計で、25 組
50 人が Musex を利用した。利用中の様子をデジタ
ルビデオカメラにて撮影した。また、実験終了後
にユーザにアンケートに回答してもらった。実験
時のユーザの様子を図 3 に示す。
アンケートならびにビデオ分析の結果、ユーザは
展示物を十分に観察し、展示物の解説を注意深く
読みながら解答していることが分かった。またそ
れ以外にも、以下のような行動が観察できた。
•
自分が解いた問題の番号をトランシーバで伝
以上のように、Musex を用いることで、ユーザ同
士が協同してクイズに取り組む姿勢が見られた。
また、インタラクティブでない展示物への興味を
喚起させるという点については、ユーザが問題に
解答するため繰り返し展示物の説明に目を向け
ていたことが観察されたため、その効果があった
と考える。
今後の課題
今後は、より長期的かつ大規模な評価実験を行
うことで、Musex の評価を進めたいと考えている。
来館者同士だけでなく、博物館のスタッフとのコ
ラボレーションを通した学習支援の手法につい
ても検討する予定である。また、博物館で得た学
習のきっかけを基にして、更なる学習を勧めて行
く際の支援の枠組みについても考えたい。
謝辞
本システムの開発に協力していただいた、日本
科学未来館の方に心より感謝致します。
参考文献
[1] E. Soloway, C. Norris, P. Blumenfeld, B. Fishman, J.
Krajcik, and R. Marx, "Handheld Devices are
Ready-at-Hand," Communications of the ACM, vol. 44,
pp. 15?20, 2001.
[2] 矢谷 浩司, 大沼 真弓, 服部 亜珠沙, 杉本 雅
則, 楠 房子, "Musex: 博物館における PDA を用いた
学習支援システム," 情報処理学会 ヒューマンイン
ターフェース研究会, 2002-HI-101-2, pp. 9-16,
2002.
[3] 矢谷 浩司, 大沼 真弓, 杉本 雅則, 楠 房子,
"Musex: 博物館における PDA を用いた学習支援シス
テム," 電子情報通信学会論文誌 DI (2003, 採録決
定).