存 亡 の 孝 養 抑 我 等 無 始 よ り 以 來 生 々 世 々 二 親 骨 肉 の 恩 を

存 亡 の 孝養
抑我等無始より以來 生々世々二親骨肉の恩を受と雖も
或は不孝にして 深重 の恩を報せず 或は孝順を行ずれ
ども 世俗の孝なるが故に眞實の恩を報ぜず 或は佛教
に依てたまたま孝順を行ずれども 自力の諸善に廻する
が故に父母生死をいでず 我も亦誠に恩を酬ひず 茲に
我等人界の生を受て 佛法に結 す
刧
緣 と雖も
緣 迂廻の道
に趣きて 聖道難行の人身とならましかば 順次の往生を
遂げず 眞に父母の恩徳を報ぜざらまし 幸に 今易行
念佛の法味を聞き 頓教の路に入て三業を佛體と轉ぜら
れ 二親も同く轉じて四八の妙果を顯さん 忝ない哉
父母の恩徳に依て無上の法財を得たり 摩達は難行苦行
して 八千歳 師に奉事 を致さゞれども 遂に往生して無
生忍を證る 是れ總て今生の父母の恩にあらずや 然る
に縱ひ父母は謬て泥梨の重苦に沈むとも 攝取不捨の光
は障りなく 山海の道遠しと雖も普現の色身に漏るゝ事
なし 誠に是れ眞實の報恩最上の孝行なり 然れば經に
は 流轉三界中恩愛不能斷棄恩入無爲眞實報恩者といへ
り 我れ此三心を發して佛體と相應し いよいよ知恩の
心を抽でゝ 現在の父母をば冬夏に寒熱を防ぎ 晨昏に
給仕し盡し 兩肩に荷ひ便利を忍び 薪を拾ひ水を汲み
身命を惜まず 財寶を投すてゝ孝養を行ずべし され
ば道記と云へる人は 母に孝するに母を荷ひ 自ら不淨
を除き 永好と云へる人は我が食を分ちて母儀を養へり
是れ即ち佛法 の恩を思ひていよいよ二親の徳を重んず
るなり 今我等何ぞ孝順を行ぜざらんや 先亡爺孃に於
ては血涙を流し 墳に庵を結び 誠を致し日夜念佛誦經
惠等 をなし 朝夕 に追孝の報謝 を抽でて 存亡共に孝行
を致すべし
(五段鈔)