循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005 − 2008 年度合同研究班報告) 【ダイジェスト版】 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン Guidelines for management of peripheral arterial occlusive diseases(JCS 2009) 合同研究班参加学会:日本循環器学会,日本血管外科学会,日本血管内治療学会,日本血栓止血学会, 日本心臓血管外科学会,日本心臓病学会,日本糖尿病学会,日本脈管学会,日本老年医学会 班長 重 松 宏 東京医科大学外科学第二講座(血管外科) 班員 池 田 康 夫 早稲田大学理工学術院先進理工学部 石 丸 新 戸田中央総合病院血管内治療センター 岩 井 武 尚 つくば血管センター 大 内 尉 義 東京大学大学院医学系研究科加齢医学講座 太 田 敬 愛知医科大学医学研究科外科学 門 脇 孝 東京大学大学院医学系研究科糖尿病 生命医科学科 ・ 代謝内科 栗 林 幸 夫 慶應義塾大学放射線診断科 小 室 一 成 大阪大学大学院医学系研究科循環器内科学 古 森 公 浩 名古屋大学大学院医学系研究科血管外科 笹 嶋 唯 博 旭川医科大学第一外科 島 田 和 幸 自治医科大学循環器内科 協力員 新 本 春 夫 榊原記念病院末梢血管外科 市 来 正 隆 JR 仙台病院血管外科 井 上 芳 徳 東京医科歯科大学血管外科 協力員 北 川 剛 東京通信病院外科 佐 藤 成 東北大学先進外科学 佐 藤 紀 埼玉医科大学総合医療センター血管外科 重 松 邦 広 東京大学医学部附属病院血管外科 根 岸 七 雄 日本大学心臓血管外科 平 井 正 文 東海病院下肢静脈瘤・リンパ浮腫・ 布 川 雅 雄 杏林大学心臓血管外科 古 屋 隆 俊 国保旭中央病院血管外科 保 坂 晃 弘 青梅市立病院外科 正 木 久 男 川崎医科大学心臓血管外科 松 尾 汎 松尾循環器科クリニック 宮 田 哲 郎 東京大学大学院医学系研究科血管外科 森 下 竜 一 大阪大学大学院医学系研究科臨床遺 渡 部 芳 子 東京医科大学外科学第二講座(血管外科) 血管センター 伝子治療学 岡 留 健一郎 共済会福岡総合病院外科 外部評価委員 安 藤 太 三 藤田保健衛生大学心臓血管外科 松 原 純 一 博愛会病院 種 本 和 雄 川崎医科大学胸部心臓血管外科 安 田 慶 秀 北海道中央労災病院せき損センター 永 井 良 三 東京大学大学院医学系研究科循環器内科 (構成員の所属は 2009 年 10 月現在) Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1571 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 目 次 Ⅰ.閉塞性動脈病変の分類・症状・徴候………………… 1573 1.急性動脈閉塞症 …………………………………… 2.慢性動脈閉塞症 …………………………………… Ⅱ.動脈疾患の診断〈方法論・目的・適応・意義〉…… 1.身体所見 …………………………………………… 2.無侵襲診断 ………………………………………… 3.画像診断 …………………………………………… Ⅲ.動脈疾患の病態生理と血行動態……………………… 1.急性肢虚血 ………………………………………… 2.間歇性跛行 ………………………………………… 3.重症虚血肢 ………………………………………… Ⅳ.血管形成異常…………………………………………… 1.分類 ………………………………………………… 2.主たる形態,解剖学的異常 ……………………… 3.診断と治療・予後 ………………………………… Ⅴ.血管損傷………………………………………………… 1.血管損傷の発症機序 ……………………………… 2.病態 ………………………………………………… 3.治療方針 …………………………………………… 4.治療手技 …………………………………………… Ⅵ.急性動脈閉塞(TASC Ⅱを考慮) …………………… 1.疾患概念 …………………………………………… 2.病因,頻度 ………………………………………… 3.病態生理 …………………………………………… 4.臨床症状,診断,検査 …………………………… 5.治療方針 …………………………………………… 6.予後 ………………………………………………… Ⅶ.閉塞性動脈硬化症(TASC Ⅱを考慮)……………… 1.疫学 ………………………………………………… 2.治療方針の選択(手術適応・血管内治療の適応)… 3.薬物療法およびその他の治療法 ………………… Ⅷ.頸動脈,椎骨動脈……………………………………… Ⅸ.腹部内臓動脈…………………………………………… 1.急性腸間膜動脈閉塞症 …………………………… 2.慢性腸間膜動脈閉塞症 …………………………… 3.腹腔動脈起始部圧迫症候群 ……………………… 4.腸間膜血行不全症(非閉塞性腸間膜虚血症) … Ⅹ.腎動脈…………………………………………………… 1.原因 ………………………………………………… 2.頻度 ………………………………………………… 3.治療方針 …………………………………………… 4.治療手技 …………………………………………… 5.予後 ………………………………………………… Ⅺ.高安動脈炎……………………………………………… 1.疾患の概要 ………………………………………… 2.病因と病態 ………………………………………… 3.症候と診断 ………………………………………… 4.治療と予後 ………………………………………… 5.結語 ………………………………………………… 1572 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1573 1573 1575 1575 1575 1575 1576 1576 1576 1576 1577 1577 1577 1577 1578 1578 1578 1578 1578 1579 1579 1579 1579 1579 1580 1581 1581 1581 1581 1584 1586 1587 1587 1588 1588 1589 1589 1589 1589 1589 1590 1591 1591 1591 1591 1591 1592 1594 Ⅻ.Behçet 病 ……………………………………………… 1594 1.疫学 ………………………………………………… 1594 2.動脈病変 …………………………………………… 1594 3.動脈病変に対する治療 …………………………… 1594 ⅩⅢ.Buerger 病……………………………………………… 1594 1.病因 ………………………………………………… 1594 2.疫学 ………………………………………………… 1594 3.臨床症状 …………………………………………… 1595 4.検査所見 …………………………………………… 1595 5.診断 ………………………………………………… 1595 6.治療 ………………………………………………… 1595 7.予後 ………………………………………………… 1595 ⅩⅣ.膠原病 ………………………………………………… 1596 1.結節性多発動脈炎(PN) ………………………… 1596 2.アレルギー性肉芽腫性血管炎(AGA) ………… 1597 3.Wegener 肉芽腫症(WG)………………………… 1597 4.SLE ………………………………………………… 1597 5.関節リウマチ(RA),特に悪性関節リウマチ(MRA)… 1598 ⅩⅤ.糖尿病性足疾患 ……………………………………… 1598 1.糖尿病性足疾患の分類 …………………………… 1598 2.疫学 ………………………………………………… 1598 3.診断 ………………………………………………… 1598 4.治療 ………………………………………………… 1598 ⅩⅥ.動脈の機能性疾患 …………………………………… 1599 1.肢端紅痛症(erythromelalgia)…………………… 1599 2.Raynaud 現象 ……………………………………… 1599 3.カウザルギー ……………………………………… 1599 ⅩⅦ.胸郭出口症候群・鎖骨下動脈盗血症候群 ………… 1600 1.胸郭出口症候群 …………………………………… 1600 2.鎖骨下動脈盗血症候群(Subclavian steal syndrome)… 1600 ⅩⅧ.膝窩動脈外膜嚢腫 …………………………………… 1601 1.膝窩動脈外膜嚢腫とは …………………………… 1601 2.診断 ………………………………………………… 1601 3.治療方針の選択 …………………………………… 1601 4.治療手技 …………………………………………… 1601 ⅩⅨ.膝窩動脈捕捉症候群 ………………………………… 1601 1.膝窩動脈捕捉症候群とは ………………………… 1601 2.臨床像 ……………………………………………… 1602 3.診断手順 …………………………………………… 1602 4.治療 ………………………………………………… 1602 ⅩⅩ.Blue toe syndrome …………………………………… 1602 1.病態 ………………………………………………… 1602 2.症状と診断 ………………………………………… 1602 3.治療 ………………………………………………… 1602 ⅩⅪ.遺残坐骨動脈 ………………………………………… 1603 1.病態 ………………………………………………… 1603 2.頻度と分類 ………………………………………… 1603 3.診断 ………………………………………………… 1603 4.治療 ………………………………………………… 1603 (無断転載を禁ずる) 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 本ガイドラインにおいてはエビデンスレベルは他のガイ ドラインと同様の基準とし,クラス分類は広く用いられ ている基準に準拠した. エビデンスレベル レベル A 症状・徴候 ①四肢動脈 “5 つの P”(6P) 複数の無作為介入臨床試験またはメタ解 疼痛(pain) 析で実証されたもの 脈拍消失(pulselessness) 単一の無作為介入臨床試験または大規模 蒼白(pallor/paleness) な無作為ではない臨床試験で実証された 知覚鈍麻(paresthesia) もの 運動麻痺(paralysis/paresis) レベル B レベル C 専門家および / または小規模臨床試験で 意見が一致したもの クラス分類 [虚脱(prostration)] ②腹部内臓動脈 急激な腹痛や下痢・下血で発症し,その後腹膜炎を併 クラスⅠ 手技・治療が有効,有用であるというエ 発すると腹膜刺激症状が出現する. ビデンスがあるか,あるいは意見が広く 鑑別診断:非閉塞性腸管虚血症,上腸間膜静脈血栓症 一致している 等 クラスⅡ 手技・治療の有効性,有用性に関するエ ビデンスあるいは見解が一致していない Ⅱ a ③腎動脈 エビデンス,見解から有用,有効である 塞栓症では急速な側腹部痛,血尿の出現.血栓症では 可能性が高い 症状や腎機能への影響が軽度なことがある. エビデンス,見解から見て有用性,有効 動脈解離は腎動脈硬化症や線維筋性異形成を伴う患者 性がそれ程確立されていない での発症が多い. Ⅱ b クラスⅢ 手技,治療が有効,有用ではなく時には 有害であるとのエビデンスがあるか,あ Ⅰ 2 ④頸動脈,椎骨動脈 るいはそのような否定的見解が広く一致 閉塞原因および側副路の形成状況によって,無症候性 している から一過性脳虚血発作,脳梗塞まで様々である. 閉塞性動脈病変の分類・ 症状・徴候 2 慢性動脈閉塞症 1 下肢動脈 症状:Fontaine 分類 1 急性動脈閉塞症 Ⅰ度:無症状(冷感,しびれ感) Ⅱ度:間歇性跛行 Ⅲ度:安静時の疼痛 1 原因 動脈塞栓症:心原性が多い(心房細動,僧帽弁・大動脈 弁疾患,急性心筋梗塞,人工弁,奇異性脳塞栓症等). 動脈血栓症:高齢男性に好発.狭窄病変による症状が先 Ⅳ度:潰瘍,壊死 ①閉塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliterans: ASO) 疫学:50 歳以上の高齢男性に好発 行. 動脈硬化の危険因子を有しているものが多い. 急性動脈解離 主幹動脈,特に腸骨,大腿動脈が侵されやすいが, 外傷性動脈閉塞 糖尿病患者や透析患者では下腿病変を合併しやす その他:凝固異常症等. い. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1573 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005−2008 年度合同研究班報告) 症状:間歇性跛行:脊柱管狭窄症や腰椎疾患等による神 経性跛行と鑑別 潰瘍,壊死:静脈うっ滞性潰瘍や糖尿病性潰瘍と 鑑別 症候:罹患肢の皮膚温の低下,「やせ」,蒼白からチアノ ②上腕動脈や橈骨動脈の拍動が減弱し血圧に左右 差が見られる場合 1)高安動脈炎 2)動脈硬化による鎖骨下動脈閉塞症 ーゼ,勃起不全 鎖骨下動脈盗血症候群(subclavian steal syndrome):患 末梢動脈拍動の減弱,消失,thrill 触知,血管雑 側上肢の運動に際して脳虚血症状(頭痛,眼前暗黒感, 音聴取 めまい)と上肢の虚血症状(運動時の脱力,しびれ,疼 ② Buerger 病〔閉塞性血栓血管炎,ビュルガー(氏)病, バージャー (氏)病,thromboangiitis obliterans: TAO〕 疫学:50 歳以下の喫煙歴のある男性に好発 指趾末端の潰瘍の発生率が高い 症状:上肢の虚血症状 痛) 3)Buerger 病 等 大動脈 3 1)アテローム硬化 2)高安動脈炎(大動脈炎症候群,高安病,脈なし病) 男女比は 1:9 と女性に多く,20 ∼ 40 歳代に好発する 足底の跛行 全身症状(発熱,易疲労感,全身倦怠) 遊走性静脈炎 Ⅰ型(弓分枝閉塞型):脳および上肢の血行不全による ③その他 視力障害や脈なし症状,上肢血圧の左右差 Ⅱ型(胸腹部閉塞型):異型大動脈縮窄を来たし,高血 1)膝窩動脈捕捉症候群 圧が主症状 若年者,特に運動選手 Ⅲ型(広範囲閉塞型):Ⅰ型とⅡ型の混合症状 膝伸展・足関節背屈位での末梢動脈拍動の消失 Ⅳ型(動脈瘤形成型):動脈瘤の形成,大動脈弁閉鎖不 2)膝窩動脈外膜嚢腫 全を伴うこともある 若年から中年男性 膝関節伸展時には認められる末梢の動脈拍動が,関節を 強く屈曲すると消失する 腹部内臓 4 1)原因 3)遺残坐骨動脈 (1)動脈硬化 閉塞性病変による下肢虚血 (2)線維筋性異形成 瘤を形成し下肢への塞栓源となる (3)血管炎 大腿動脈拍動が減弱または消失しているにもかかわら (4)壁外性圧迫(腹腔動脈起始部圧迫症候群) ず,膝窩動脈や足部動脈の拍動を触知する 4)膠原病関連の血管病変 2)症状 (1)腹部アンギーナ(食後の腹痛) (1)Raynaud 現象 (2)体重減少 (2)潰瘍,壊死 (3)消化機能障害(下痢,便秘) 2 上肢動脈 ①閉塞病変が上肢のみに見られ,Raynaud 現象を 伴う場合 5 原因:アテローム性動脈硬化(高齢者),線維筋性異形 成(若年者),高安動脈炎,大動脈解離等 症候:腎血管性高血圧症(30 歳以前の高血圧の発症あ るいは 55 歳以降の重症高血圧の発症で疑う) 1)膠原病 2)胸郭出口症候群 3)振動病 4)Buerger 病等 腎動脈 6 頸動脈,椎骨動脈 原因:アテローム硬化性狭窄,高安動脈炎 症候:一過性脳虚血発作(病変対側の四肢麻痺,構語障 害,黒内障,めまい,意識消失発作) 1574 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 足趾収縮期血圧 / 上肢収縮期血圧 Ⅱ 動脈疾患の診断 〈方法論・目的・適応・意義〉 動脈の石灰化により ABI が正確に測定できない症例に も有用 正常値:0.7 ∼ 1.0 2 1 身体所見 近赤外線分光法(near infrared spectroscopy: NIRS) トレッドミル歩行による間歇性跛行の重症度評価あるい は治療効果の判定 1 脈拍の触知 大腿動脈,膝窩動脈,後脛骨動脈,足背動脈(足背動脈 3 経 皮 的 酸 素 分 圧(transctaneous oxygen tension; tcPO2) は先天的に欠損している場合や通常の位置より異なった 重症虚血肢の評価 走行をする場合があるため注意) 潰瘍治癒の可能性や緊急性,および治療効果の判定 2 血管雑音 特に腹部,鼠径部でよく聴取される. 3 局所所見 (1)チアノーゼ,冷感,蒼白,下肢の萎縮,爪の変形, 脱毛,潰瘍,壊死等 (2)挙上試験:両下肢を挙上して 30 ∼ 60 秒間足趾を屈 伸させると虚血肢では蒼白になる (3)下垂試験:狭窄・閉塞があると色調の回復が 1 分以 上遅れる 2 1 無侵襲診断 四肢血圧 ①超音波ドプラ法 4 重症虚血肢の評価 5 冷水負荷試験:Raynaud 現象の診断 6 1.3 以上:慢性腎不全や糖尿病等,動脈の石灰化が著 明な患者 トレッドミル歩行による ABI の回復時間:間歇性跛 3 1 足趾上腕血圧比(Toe brachial pressure index: TBI): Digital subtraction angiography (DSA) 内の評価に優れる.流れを経時的に観察できる. 欠点:外部情報は得られない.不十分な呼吸停止や腸管 運動はアーチファクトとなる. 2 MR angiography(MRA) 利点:被曝がない.撮影範囲が広い. 欠点:空間分解能では DSA や CT に劣る.造影剤(ガド リニウム)による合併症.MRI 非対応ステント を挿入した場合には,留置後は内腔の評価が困難. ②オシロメトリック法 脈波伝播速度も測定できる 画像診断 利点:少ない造影剤で鮮明な画像が得られる.ステント 行の重症度評価にも有用 40mmHg 以下は測定できない. 指尖容積脈波 手指および足趾の虚血の診断 正常値:1.0 ∼ 1.3 0.9 以下:何らかの虚血がある.0.4 以下は重症 サーモグラフィー 薬物療法の効果 足 関 節 上 腕 血 圧 比(Ankle brachial pressure index: ABI):足関節収縮期血圧 / 上肢収縮期血圧 皮膚還流圧(skin perfusion pressure: SPP) 3 CT 利点:動脈の壁の性状を見るのに適している.周辺情報 が得られる. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1575 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 欠点:造影剤の量が多い.被曝. 1 急性 ある.(→Ⅰ閉塞性動脈病変の分類・症状・症候 ◯ Multidetector-row CT angiography(MDCTA):下肢全体 閉塞性疾患) および腹部を含めて高速撮像が可能.動脈石灰部 位では内腔の評価に技術が必要. 超音波検査 4 利点:安全で何度も行うことが可能. 欠点:時間がかかる.検者の技量に左右されやすい.下 3 重症度および救肢の可能性と危機の 判別 →Ⅵ.急性動脈閉塞 表 3 2 間歇性跛行 腿動脈の詳細な全体像は把握困難. 〈推奨事項〉 動脈疾患の病態生理と 血行動態 Ⅲ クラスⅠ 間歇性跛行をを有する患者では,血行再建術の前に, 症状の改善が見込まれるような有意な機能障害はない か,跛行が改善されても同等の運動を制限するような他 の疾患(例:狭心症,心不全,慢性呼吸器疾患,または 1 急性肢虚血 整形外科的な制限)がないかについて留意する(エビデ ンスレベル C). 間歇性跛行を有する患者で安静時の ABI が正常の場 〈推奨事項〉 クラスⅠ 合には,運動後に ABI を計測するのが有用である(エ ビデンスレベル B). 急性動脈閉塞で救肢が可能な患者には,閉塞の解剖学 的なレベルを決定し,早急な血管内または外科的血行再 しばらく歩くと下肢のだるさや痛み等から歩けなくな 建術に導く評価を行う(エビデンスレベル B). り,しばらく休むと再び歩けるようになる症状が間歇性 跛行である.速足や階段,坂道の歩行では平地歩行より 肢のみならず生命も脅かすことがある. 1 原因 ①塞栓症 心房細動,僧房弁狭窄症,腫瘍塞栓(心内腫瘍等), も症状が出やすくなる.腸骨・大腿動脈の病変では腓腹 部,内腸骨動脈への血流障害では臀部(臀筋跛行),下 腿以下の病変では下腿末梢や足底部に出やすい. 同じ ABI でも歩ける距離に個人差があるが,これは 血行動態の代償機能に違いがあるからである.虚血肢で 動脈瘤の壁在血栓による塞栓等.微小塞栓の場合には は歩行負荷にて ABI が低下する.ABI の回復時間が代償 足指に青色斑点様の皮膚の色調変化を生じる(Blue 機能を反映している. toe syndrome). 間歇性跛行の重症度評価や治療効果判定には歩行負荷 ②血栓症 動脈硬化や血管炎による狭窄部や人工血管吻合部等に おける血栓形成. ③大動脈解離 ④外傷 ABI 測定や近赤外線分光法等の客観的な機能的検査が必 要であるが,トレッドミルを使っての最大歩行距離測定 (主観的)で代用されているのが現状である. 3 重症虚血肢 ⑤その他 2 1576 病態と症状 重篤な血流障害により引き起こされる安静時の下肢の 疼痛や,趾肢の喪失が切迫した状態と定義される.慢性 突然の強い疼痛や脱力感で発症し,神経障害(知覚, 閉塞性動脈疾患の虚血が進行して安静時疼痛,皮膚潰瘍, 運動障害)から水疱形成,皮膚および筋肉壊死へと進行 壊死を呈した病態を指す. し,全身衰弱から死に至る.重症度はその経過や閉塞部 ABI は 0.4 未満,足関節血圧は 50 ~ 70mmHg 以下,足 位と範囲,側副血行による代償,血栓形成の進行速度等 趾血圧は 30mmHg 以下のことが多い.多くは多発性病 により影響を受ける.早期症状には「5 つの P 徴候」が 変による広範な領域での血流障害によって起こり,膝窩 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 動脈以下の閉塞が加わると重症化しやすい.糖尿病患者 で末梢神経障害も併発していると,急速に無症候性に進 3 拡張 行することがある.このようなマクロ的な灌流圧の低下 血栓症,塞栓症を起こさない限り,拡張病変のみでは に加えて,細動脈攣縮,微小血栓,組織浮腫,血小板と 血行障害を生じない. 白血球の活性化等による微小循環障害や局所感染の併発 は,虚血を増悪させる. 一般に重症虚血肢ほど心臓,脳,腎臓等の重要臓器に も動脈硬化が進行している. 4 走行・分岐・数の異常 ①膝窩動脈捕捉症候群 静 脈 も 圧 迫 さ れ る こ と も あ る(popliteal vascular Ⅳ 血管形成異常 entrapment syndrome). ②ナットクラッカー症候群 左側の腎静脈が上腸間膜動脈と大動脈との間で圧迫さ 1 分類 形成の過程において,遺伝的因子や薬物,感染症,放 れ,血尿,腰痛等を来たす.左腎静脈捕捉症候群とも呼 ばれる. 5 射線被曝等の外的因子が原因で様々な異常が生ずる. 1 Hamburg 分類(1988 年) 6 遺残(遺残坐骨動脈) 異形成(線維筋性異形成, (fibromuscular dysplasia:FMD) (1)動脈系の形成異常 血管壁の筋組織,線維組織の異常により血管壁が拡張, (2)静脈系の形成異常 狭窄を起こす.腎動脈に好発し,腎血管性高血圧症の原 (3)動脈と静脈の異常短絡を主とする異常 因になるが,頸動脈や四肢の動脈にも見られる.しばし (4)複合型のリンパ系の異常 ば左右対称的に生ずる.塞栓症の原因にもなる.血管造 2 Diehm らの分類 (1)無形成・低形成 (2)狭窄・閉塞 影で,特異的な数珠様陰影が見られる.血行再建術やカ テーテル治療が行われる. 7 動静脈瘻(複合型の形成異常) (3)拡張 動脈と静脈の間に生じた非生理学的な短絡で,外傷等 (4)屈曲・蛇行 による後天性もある.潰瘍,壊死を来たすこともある. (5)遺残 (6)動静脈瘻 3 診断と治療・予後 (7)異形成等 閉塞性病変,血行障害を引き起こす形成異常は,無形 血管腫や静脈拡張等体表に徴候が観察されれば,診断 成・低形成,狭窄・閉塞,動静脈瘻が主たるものである. は比較的容易である.動脈血行障害の症状では,血管形 2 主たる形態,解剖学的異常 成異常の存在を念頭に診断を進める.無徴候,無症状の 症例では,他疾患精査中に偶然に発見されることが珍し くない. 1 無形成・低形成 2 狭窄,閉塞 大動脈縮窄症,線維筋性異形成,走行異常,分岐異常 血管形成異常では根治が難しく,対症療法のみとなる 症例も少なくない.カテーテル治療やレーザー治療の発 達,手術手技や人工血管の改良等により治療適応となる 症例が増加している.治療は専門医への受診が薦められ る. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1577 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) ABI,CT,血管造影等がある. Ⅴ 血管損傷 2 手術適応 多発骨折や多臓器損傷合併例は,重症度に応じて治療 順序を決定する.急性循環不全は 4 ~ 6 時間が“golden 我が国では銃創等の鋭的外傷は少ないが交通事故,労 period”とされる.上肢は虚血に強く,下腿は損傷動脈 働災害,スポーツによる鈍的外傷が多く,血管内治療に が 1 本で足部循環が良好なら経過観察できることが多い 伴う医原性損傷も増加している.日本血管外科学会アン が,膝窩動脈閉塞は側副路が期待できない.カテーテル ケート報告によると血管外傷中の医原性損傷は 2005 年 穿刺後の拍動性血腫は適切な圧迫で治癒しうるが,圧迫 61.7%(234/379),2006 年 57.7%(226/392)であった. 止血が不可能であった際や,筋膜下血腫による神経麻痺 1 血管損傷の発症機序 1 急性血管損傷 2 慢性血管外傷 仮 性 動 脈 瘤( 仮 性 瘤 ), 動 静 脈 瘻(arteriovenous fistula:AVF)等.反復鈍的損傷では内膜肥厚,瘤様拡張, や仮性瘤等を合併した場合等は,手術適応となる. 4 治療手技 感染制御と循環動態の安定をはかり,血行再建後の再 灌流障害(myonephropathic metabolic syndrome:MNMS) やコンパートメント症候群に注意する. 1 止血 末梢塞栓を起こすことがある(胸郭出口症候群,膝窩動 出血部の盲目的鉗子操作はなるべく回避する.四肢の 脈捕捉症候群) . 出血は,駆血帯や Fogarty カテーテルでコントロールす 3 医原性血管損傷 ることもできる. 鋭的損傷やカテーテル穿刺部出血等は,連続ないし結 動脈造影や血管内治療等で,仮性瘤や AVF を生じる 節縫合で閉鎖できることが多い.血管壁の挫滅がある際 ことがある.多くは圧迫しにくい深部の動脈や動脈の側 は,切除して端々吻合ないしグラフト移植を要すること 壁寄りに穿孔部がある.カテーテル,ガイドワイヤー, が多い. ステントグラフト,バルーン拡張等では,穿孔,解離, 内膜損傷,粥腫塞栓が起こりうる. 2 病態 2 血栓除去 血行再建前に Fogarty カテーテルで血栓除去を行う. 3 血行再建 出血,血腫,血流低下,ショック等の多彩な症状を呈 骨折を合併する場合,骨折治療と血行再建のどちらを す.感染や多発骨折,頭部・胸腹部・骨盤部の多発外傷 先行させるかを検討する.膝窩動脈損傷では腓骨神経麻 を伴うことが多い.上肢では上腕動脈が多く,側副路が 痺や切断率が高いと言われ,血行再建を優先するのが良 良好で神経損傷がなければ予後は良い.下肢では浅大腿 いとの意見がある. 動脈が最も多い.膝関節脱臼では膝窩動脈閉塞が起きや 病変部が短い損傷では,病変部切除・端々吻合が可能 すく,迅速に再建しないと切断リスクが高い. である.鈍的損傷では,内膜損傷部を残すと血栓閉塞の 3 治療方針 原因となりうるので,病変部の切除,十分な血栓除去, 血管移植等で対処する.開放創では感染の恐れから,可 能であれば自家静脈グラフトを使用する. 以下の多くはエビデンスレベル C である. 1 診断法 骨折,脱臼,筋挫滅の疼痛や神経損傷による麻痺と鑑 別 を 要 す る. 確 定 診 断 は 超 音 波 検 査,duplex scan, 1578 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 4 血管内治療 到達しにくい部位の出血や仮性瘤に対して,塞栓術や ステントグラフト治療も選択肢となりうる. 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン Ⅵ 急性動脈閉塞 (TASC Ⅱを考慮) 4 臨床症状,診断,検査 1 症状 “5 つの P”(6P)(→Ⅰ.閉塞性動脈病変の分類・症状・ 1 疾患概念 2 急性閉塞性疾患) 症候 ◯ 塞栓症は突然に発症するのに比べ,血栓症は側副血行 が存在する場合が多くやや緩慢に発生する. 急性動脈閉塞症は,迅速な診断と適切な治療を行わな ければ肢壊死や虚血再灌流障害(myonephropathic meta- 2 診断 bolic syndrome: MNMS)を併発し,多臓器障害により 既往歴,現病歴の聴取(表 2) 死に至る可能性のある重篤な疾患である.多くの症例で 理学的所見:皮膚の色,冷感,斑紋状チアノーゼ,浮 は全身疾患が潜み,特に,心血管,脳血管疾患を併存す 腫,知覚障害,筋肉硬直,水疱形成,壊死,動脈の拍動 る頻度が高い. 2 病因,頻度 3 検査 〈推奨事項〉 急性下肢虚血が疑われる患者はすべて,症状発現後速や 1 塞栓症 かに末梢の脈拍を Doppler で評価するべきである(エビ デンスレベル C). 90 %前後が心原性.粥腫等大動脈壁の血栓による塞 クラスⅠ 栓症が 10%.発症部位は Haimovici の 320 例の検討では, 急性動脈閉塞で救肢が可能な患者には,閉塞の解剖学 上肢 16.0 %,大動脈 9.1 %,腸骨動脈領域 16.6 %,大腿 的なレベルを決定し,早急な血管内または外科的血行再 動脈 34 %,浅大腿動脈 4.5 %,膝窩動脈 14.2 %,3 分岐 建術に導く評価を行う(エビデンスレベル B). 以下 5.6%であった. 2 血栓症 閉塞性動脈硬化症,Buerger 病等の血管炎等により障 害された動脈壁が血栓性閉塞を来たす.バイパス手術後 のグラフト閉塞も増加傾向にある(表 1). 3 病態生理 虚血部位から乳酸,ピルビン酸が産生され,次第にカ リウム,ミオグロビン,CPK,GOT,GPT,LDH が細 胞外に流出する.ミオグロビンによる腎尿細管の障害, さらに代謝性アシドーシス,全身的代謝障害となり MNMS へと進行し腎不全,呼吸不全等の重篤な多臓器 障害を引き起こしやすい.虚血肢の神経は 4 ~ 6 時間, 筋肉は 6 ~ 8 時間,皮膚は 8 ~ 12 時間で不可逆的変化を 生ずると言われており,塞栓症や外傷は 6 ~ 8 時間が救 肢の目安である. 血液検査:生化学検査,凝固系検査,血液ガス分析 表 1 急性動脈閉塞症の原因 塞栓症 血栓症 頻度の高い 心原性 血管性 原因 心房細動,不整脈 閉塞性動脈硬化症 僧帽弁膜症 バージャー病 心筋梗塞後壁在血栓 大動脈解離 左室瘤 膝窩動脈瘤 心筋症 グラフト閉塞 人工弁置換術後 血管性 大動脈瘤,末梢動脈瘤 shaggy aorta syndrome まれな原因 心原性 血管性 心臓腫瘍(左房粘液腫) 膝窩動脈外膜嚢腫 卵円孔開存 膝窩動脈捕捉症候群 血管性 外傷 動静脈瘻 医原性 その他 その他 空気,腫瘍 多血症 カテーテル検査 血小板増多症 悪性腫瘍 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1579 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 表 2 病歴聴取のポイント 現病歴 発症は突発的か漸次的か 発症から来院までの時間 知覚障害の有無 運動麻痺の状況 間歇性跛行の有無 心筋梗塞の有無 心不全(弁膜症)の有無 不整脈の有無 出血性素因の有無 閉塞性動脈硬化症の有無 Buerger 病の有無 血管検査・手術の有無 既往歴 5 治療方針 〈推奨事項〉 すべての急性下肢虚血患者において,即時の非経口抗 凝固療法が適応となる(エビデンスレベル C). 急性動脈閉塞症の診断が確定した時点で,二次血栓予 防目的のため heparin 投与を行う.TASC 区分Ⅰ,Ⅱ a は, 経カテーテル直接血栓溶解療法(catheter directed throm- bolysis:CDT)も可能である.区分Ⅱ b では,血栓塞栓 除去術等の外科的血行再建の適応となる.区分Ⅲは不可 心電図 逆性であり,壊死部の切断となる. 胸部 X-P 塞栓症では,発症 6 時間(golden time)以内であれば, Doppler を用いた血流音聴取 血栓塞栓除去術の良い適応である.血栓症では,可逆的 画像検査:血管造影,MDCT,MRA 等 な早期であれば CDT の良い適応であると考えられてい 塞栓症:逆 U 字型の閉塞,側副血行路の発達がない. る.ただし CDT だけでは不十分な場合も少なくなく, 血栓症:側副血行路の発達が著しい.閉塞性動脈硬 この場合は適切な時期に外科的血行再建術を追加する. 化症では石灰化や虫食い像等の動脈硬化性変化が見ら れる. 4 鑑別診断 慢性動脈閉塞症の急性増悪は,一般的には急性虚血と は言わない. 5 重症度 1 血栓溶解療法(catheter directed thrombolysis: CDT) 2 外科治療 3 術後管理 区分Ⅱ以上の血栓除去例では MNMS を考慮する.コ TASC Ⅱによる分類(表 3) . ンパートメント症候群に対しては減張切開術を行う. 全 身 状 態 の 把 握:SIRS(systemic inflammatory re- 塞栓症の再発予防としては,心房細動例では抗凝固療 sponse syndrome)の有無,患肢血カリウム値と全身血 法を行う.経食道超音波検査等で原因検索を行う.血栓 カリウム値の差(1.5mEq/l 以上),MNMS の有無. 症例で血栓除去術が不成功な場合は,血行再建を考慮す る. 表 3 急性下肢虚血の臨床的分類(SIS/ISVS 分類を修正) 1580 区分 説明 / 予後 Ⅰ.Viable(下肢循環が維持され ている状態) Ⅱ.Threatened viability (下肢生命が脅かされる状態) a.Marginally (境界型) b.Immediately (緊急型) Ⅲ.Irreversible (不可逆的な状態) ただちに下肢生命が脅 かされることはない 所見 知覚消失 早急な治療により救肢 軽度(足趾)または が可能 なし ただちに血行再建する 足趾以外にも,安静 ことにより救肢が可能 時痛を伴う 組 織 大 量 喪 失 ま た は, 重度 恒久的な神経障害が避 知覚消失 けられない Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 筋力低下 なし Doppler 信号 動脈 静脈 聞こえる 聞こえる なし (しばしば) 聞き取れない 軽度~中等度 聞き取れない 重度 聞き取れない 麻痺(筋硬直) 聞き取れる 聞き取れる 聞き取れない 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 6 予後 ①間歇性跛行(intermittent claudication: IC) 無症状ならば,原則的には血行再建の適応はない.跛 急性動脈閉塞症の死亡率は 15 ∼ 20%にのぼる. 行距離の長短よりも,患者にとって跛行が障害になって いるか否かが重要な決定因子である(表 4,5). Ⅶ 1 閉塞性動脈硬化症 (TASC Ⅱを考慮) 疫学 我が国での閉塞性動脈硬化症(arteriosclerosis obliter- ans: ASO)の発生頻度を人口比から検討したものは見ら れないが,いくつかの地域調査や糖尿病患の疫学から算 出すると,症候性の ASO 患者数は 40 万人前後と考えら れる.無症候性のものを含めると 50 ∼ 80 万人前後の患 者群がいると推測される. 2 治療方針の選択(手術適応・ 血管内治療の適応) ASO の診療について,American College of Cardiology ( ACC) /American Heart Association ( AHA) Practice Guidelines 2005, お よ び Transatrantic intersociety consensus(TASC)Ⅱ 2006 をもとに検討した.ただし,治 療の適応・選択には医療保険や医療経済の国際的相違が 影響するため,この問題を踏まえた上で,血行再建術の 適応,選択基準,手技,治療成績等を解説する. 1 血行再建術の基本原則 大動脈 - 大腿動脈バイパスや浅大腿動脈閉塞に対する 大腿 - 膝上膝窩動脈バイパスでは人工血管が使用され る.末梢の下腿∼足部動脈へのバイパスでは自家静脈グ ラフトが使用される. 経 皮 的 血 管 形 成 術 percutaneous transluminal balloon angioplasty(PTA)/ ステント成功の条件は,inflow(腸 骨動脈病変)再建では,浅大腿動脈と大腿深動脈の両方 が開存している例(run-off の良好)である. 2 虚血重症度による血行再建術の適応 血行再建の意義は,QOL の改善や健康寿命の延長効 果等の側面から考える必要がある. 表 4 間歇性跛行に対する血行再建の適応 (ACC/AHA Practice Guidelines より) 1)患者が困っていること 2)薬物治療が無効であったこと 3)他に重大な合併疾患がないこと 4)病変が形態病理学的に治療できること 5)risk / benefit ratio が低いこと 表 5 間歇性跛行に対する血管内治療 (ACC/AHA Practice Guidelines より) クラスⅠ: 1)腸骨動脈閉塞症に対して:間歇性跛行により仕事や日 常生活が障害される場合で,血管内治療により症状が 改善する見通しがあり,かつ a)運動療法や薬物療法 では満足できる改善がなかった場合,and/or b)十分 な risk/benefit ratio が期待される(エビデンスレベル A) 2)血管内治療が薦められる腸骨動脈,大腿∼膝窩動脈病 変は TASC type A である(エビデンスレベル B) 3)造影で 50 ∼ 75%の狭窄病変は拡張術前に有意性を診 断するため圧較差を評価すべきである(エビデンスレ ベル C) 4)救急ステント留置:手技的失敗や不十分な PTA で,圧 較差がある場合,50%以上の狭窄の遺残,血流を障害 する解離等がある場合は,救済措置としてステント留 置が適応となる(エビデンスレベル B) 5)総腸骨動脈狭窄・閉塞病変の PTA/ ステント:第一選択 の治療として有効である(エビデンスレベル B) 6)外腸骨動脈の狭窄・閉塞病変に対するステント:第一 選択治療として有効である(エビデンスレベル C) クラスⅡ a: 1)大腿,膝窩,脛骨動脈への PTA 失敗に対するステント および他の補助的手技:手技的失敗や不十分な PTA で, 圧較差がある場合,50%以上の狭窄の遺残,血流を障 害する解離等がある場合は,救済措置として大腿,膝窩, 脛 骨 動 脈 へ ス テ ン ト 留 置 や LASER,cutting balloon, atherectomy,thermal device 等は有効となりうる(エビ デンスレベル C) クラスⅡ b: 1)大 腿 ∼ 膝 窩 動 脈 領 域 に お い て stent,LASER,cutting balloon,atherectomy,thermal device 等 は そ の 有 効 性 が確立されていない(エビデンスレベル A) 2)膝下領域において uncovered/uncoated stents,LASER, cutting balloon,atherectomy,thermal device 等 は そ の 有効性が確立されていない(エビデンスレベル C) クラスⅢ: 1)血管内治療は圧較差がない場合は適応とならない(エ ビデンスレベル C) 2)大腿,膝窩,脛骨動脈領域の一期的ステント留置は薦 められない(エビデンスレベル C) 3)血管内治療は無症状の患者における予防的治療として は適応すべきでない(エビデンスレベル C) Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1581 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 〈推奨事項〉 血行再建の非適応(表 5) クラスⅢ 1)CLI への進行を防止するための予防的血行再建術は 適応として妥当でない(エビデンスレベル B). 2)若年者 IC 例(< 50 歳)に対する外科的血行再建の 有用性は不明確である(エビデンスレベル B). ②重症虚血肢(CLI) 閉塞型からみた血行再建術の適応 ①大動脈 - 腸骨動脈病変の血行再建 びまん性病変に対する血管内治療成績は大動脈 - 両側 大腿動脈バイパスに比べて劣っているが(表 8,9),死 亡率や合併症の発生率,日常生活への復帰の点では有意 に優れている.血管内治療と外科的血行再建術の選択は, 患者の全身状態や病変の解剖学的所見によって決められ CLI は通常,多発閉塞型をする.一般に血行再建の適 る(表 10). 応条件は,危険因子が手術侵襲に耐えられる範囲にあり, 1)血管内治療(表 10-A,表 11) 1 年以上の生存が期待できることである. 血 管 拡 張 術, ス テ ン ト,atherectomy,laser,cutting 1)CLI に対する血管内治療(表 6) balloons,thermal angioplasty,fibrinolysis(thrombolysis) Inflow(腸骨動脈)病変再建により改善が得られない が含まれる. 場合には outflow 再建が必要となるが,その適応は感染, 治療成績は,長い狭窄や閉塞病変,びまん性病変,末 潰瘍,壊疽等が存続して治癒せず,通常は ABI < 0.8 で 梢 run-off 不 良, 糖 尿 病, 腎 不 全( 維 持 透 析 ), 喫 煙, ある. 2)CLI に対する外科的血行再建(表 7) 生命予後が不良な合併疾患の存在,肢関節拘縮,広範 な足壊疽,全身状態不良等の制限がなければ適応される. ただし広範囲な壊疽に対し,必ずしも一期的切断が第一 選択とは言えない. 表 6 重症虚血肢に対する血管内治療 (ACC/AHA Practice Guidelines より) クラスⅠ: 1)inflow および outflow 動脈に有意病変を有する多発閉塞 重症虚血肢ではまず inflow 病変を治療する(エビデン スレベル C) 2)多発閉塞例の inflow 病変に対する血行再建で重症虚血 症状や感染が改善しない場合には outflow 病変にも血行 再建を加える(エビデンスレベル B) 3)inflow 狭窄病変の血行力学的有意性が明らかでない場 合は,血管拡張薬投与下に圧較差を測定する(エビデ ンスレベル C) 表 7 重症虚血肢に対する外科的血行再建 (ACC/AHA Practice Guidelines より) クラスⅠ: 1)inflow および outflow 動脈に有意病変を有する多発閉塞 重症虚血肢ではまず inflow 病変を治療する(エビデン スレベル B) 2)inflow および outflow 動脈に有意病変を有する多発閉塞 重症虚血肢で inflow 病変に対する血行再建後に重症虚 血症状や感染が続く例には outflow 病変の血行再建を行 うべきである(エビデンスレベル B) 3)足底体重加重域の壊疽,修復不能な関節拘縮,肢不全 麻痺,高度の安静時疼痛,敗血症,合併疾患による生 命予後不良等では一期的切断を考慮すべきである(エ ビデンスレベル C) クラスⅢ: 重症虚血症状がなくてかつ下肢血行が高度に障害されてい る例(ABI < 0.4)は外科的血行再建および血管内治療の適 応がない(エビデンスレベル C) 1582 3 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 表 8 大動脈腸骨動脈閉塞病変に対する腸骨動脈拡張術の成績 (TASC Ⅱより) 間歇性跛行例 技術的成功率 76% (81-94) 96% (90-99) 一次開存率 1年 3年 5年 86% 82% 71% (81-94) (72-90) (64-75) 表 9 大動脈腸骨動脈閉塞病変に対する大動脈 - 両側大腿動脈 バイパス術成績 間歇性跛行(例数) (肢数) 重症虚血肢(例数) (肢数) 5年 85%(85-89) 91%(90-94) 80%(72-82) 87%(80-88) 10 年 79%(70-85) 86%(85-92) 72%(61-76) 81%(78-83) 表 10-A 大動脈 - 腸骨動脈病変の血行再建:推奨事項 (TASC Ⅱより) TASC A 病変: 血管内治療,D 病変はバイパスが第一選択の 治療である(エビデンスレベル C) TASC B 病変: 血管内治療,C 病変は手術治療が推奨される が,患者のリスク,手術成績等を考慮し選択 されるべきである(エビデンスレベル C) 表 10-B Inflow(大動脈腸骨動脈)病変に対する外科的血行再建 (ACC/AHA Practice Guidelines より) クラスⅠ: 1)再建が必要な大動脈 - 両側腸骨動脈病変には大動脈両側 大腿動脈バイパスが推奨される(エビデンスレベル A) 2)一側腸骨動脈病変では腸骨動脈の内膜摘除術,パッチ 形成術,大動脈腸骨動脈バイパス,腸骨大腿動脈バイ パス等が選択されるべきで,また大動脈両側大腿動脈 バイパスが適さない両側腸骨動脈病変例では,上記と 大腿大腿動脈バイパスの併用による再建が選択される べきである(エビデンスレベル B) 3)腋窩大腿大腿動脈バイパスは広範な大動脈腸骨動脈病 変の重症虚血肢で他の治療法が適さない場合に選択さ れるべきである(エビデンスレベル B) 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン CLI 等で低下する.PTA/ ステント治療後の血栓閉塞防 止 と し て, 術 中 は heparin, 長 期 的 に は aspirin や clopidogrel の生涯投与が推奨されている. パスが行われる(表 12). ②大腿 - 膝窩動脈病変の血行再建(表 13,表 14) 1)血管内治療(表 14,表 15) 2)外科的血行再建(表 10-B) 術式には,バイパス術と血栓内膜摘除術がある.びま バイパス術との臨床比較試験では,浅大腿動脈狭窄・ ん性閉塞に対しては,大動脈 - 両側大腿動脈バイパスが 閉塞で病変が長い例では,バイパスが明らかに優ってい 第一選択術式である. た(82%対 43%). 非解剖学的アプローチは全身リスクの高い症例で選択 2)外科的血行再建術(表 14-B) され,腋窩 - 大腿動脈バイパスや大腿 - 大腿動脈交差バイ 膝上,膝下とも自家静脈グラフトが最良の開存率を示 表 11 大動脈腸骨動脈病変の TASC 分類(TASC Ⅱより) A 型病変 CIA の片側あるいは両側狭窄 EIA の片側あるいは両側の短 い(≦ 3cm)単独狭窄 B 型病変 腎動脈下部大動脈の短い(≦ 3cm)狭窄 片側 CIA 閉塞 CFA には及んでいない EIA で の 3 ∼ 10cm の単独あるいは 多発性狭窄 内腸骨動脈または CFA 起始 部を含まない片側 EIA 閉塞 C 型病変 両側 CIA 閉塞 CFA に は 及 ん で い な い 3 ∼ 10cm の両側 EIA 狭窄 CFA に及ぶ片側 EIA 狭窄 内腸骨動脈および/または CFA 起始部の片側 EIA 閉塞 内腸骨動脈および/または CFA 起 始 部 あ る い は 起 始 部 でない,重度の石灰化片側 EIA 閉塞 D 型病変 腎動脈下部大動脈腸骨動脈 閉塞 治療を要する大動脈および 腸骨動脈のびまん性病変 片 側 CIA,EIA お よ び CFA を 含むびまん性多発性狭窄 CIA および EIA 両方の片側閉 塞 EIA の両側閉塞 治療を要するがステントグ ラフト内挿術では改善が見 られない AAA 患者,あるい は大動脈または腸骨動脈外 科手術を要する他の病変を 持つ患者の腸骨動脈狭窄 スには人工血管が使用される場合が多い. ③膝下膝窩動脈以遠の血行再建 CLI に対する救肢が目的となる.自家静脈グラフトに よるバイパスが第一選択の治療であるが,時には PTA の併用が有効な例がある. 表 13 大腿膝窩動脈病変の TASC 分類(TASC Ⅱより) A 型病変 単独狭窄≦ 10cm 長さ 単独狭窄≦ 5cm 長さ B 型病変 多発性病変(狭窄または閉塞), 各≦ 5cm 膝下膝窩動脈を含まない≦ 15cm の単独狭窄または閉塞 末梢バイパスの流入を改善する ための脛骨動脈に連続性を持た ない単独または多発性病変 重度の石灰化閉塞≦ 5cm 長さ 単独膝窩動脈狭窄 C 型病変 重度の石灰化があるかあるいは ない,全長> 15cm の多発性狭 窄または閉塞 2 回の血管内インターベンショ ン後に,治療を要する再発狭窄 または閉塞 D 型病変 CFA ま た は SFA( > 20cm, 膝 窩動脈を含む)の慢性完全閉塞 膝窩動脈および近位三分枝血管 の慢性完全閉塞 CFA;総大腿動脈,SFA;浅大腿動脈 CIA;総腸骨動脈,EIA;外腸骨動脈,CFA;総大腿動脈, AAA;腹部大動脈瘤 表 12 非解剖学的バイパス術の 5 年開存率 腋窩 - 片側大腿動脈バイパス 腋窩 - 両側大腿動脈バイパス 大腿 - 大腿動脈バイパス すが(エビデンスレベル A),膝上膝窩動脈へのバイパ 5 年開存率 51%(44-79) 71%(50-76) 75%(55-92) 表 14-A 大腿 - 膝窩動脈病変に対する血行再建: 推奨事項(TASC Ⅱより) TASC の適応推奨は,inflow 再建と同様である: TASC A 病変は血管内治療,D 病変は手術 (バイパス)が第一選択の治療である(エビデンスレベル C) TASC B病変は血管内治療が望ましく,C 病変はリスクが高 くなければ手術治療が推奨されるが,患者のリスク,手術成 績等を考慮し選択されるべきである Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1583 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 表 14-B Outflow(鼠径以下)の病変に対する外科的血行再建 (ACC/AHA Practice Guidelines) クラスⅠ: 1)膝上膝窩動脈バイパスは可能ならば自家大伏在静脈を 使用すべきである(エビデンスレベル A) 2)膝下膝窩動脈バイパスは可能ならば自家大伏在静脈を 使用すべきである(エビデンスレベル A) 3)バイパスの中枢吻合部は上流に 20%以上の狭窄のない 最遠位部に設定するべきである(エビデンスレベル B) 4)末梢バイパス吻合部は足部動脈に連続する血行路を有 する脛骨動脈か腓骨動脈に設定すべきである(エビデ ンスレベル B) 5)大腿脛骨動脈バイパスは同側大伏在静脈を用いるべき で,それが使用できない場合には下肢および上肢静脈 を使用する(エビデンスレベル B) 6)大腿 - 膝窩 - 脛骨動脈 sequential bypass および足部動脈 への側副血行を有する isolated popliteal segment へのバ イパスはいずれも有用な血行再建法であり,他に有効 な自家静脈によるバイパス法がない場合には考慮すべ きである(エビデンスレベル B) 7)切断に瀕している例で,自家静脈が使用できない場合, 人工血管による大腿 - 脛骨動脈バイパスおよび動静脈瘻 増設や静脈グラフトとのコンポジットグラフト,静脈 カフ等の補助的手段を用いるべきである(エビデンス レベル B) クラスⅡ a: 自家静脈が使用できない場合,大腿膝下膝窩動脈バイパス に対する人工血管の使用は有効に使用しうる(エビデンス レベル B) 法である.重症虚血肢には,可能な限り血行再建術を行 う.全身の心血管リスクを低減させるべく,二次予防や 基礎疾患の管理も求められる. 1 運動療法 〈推奨事項〉 クラスⅠ 1.すべての間歇性跛行患者に対する初期治療の一環と して,監視下運動療法を推奨する(エビデンスレベル A). 2.最も効果的な運動法として,トレッドミルまたはト ラック歩行が推奨される.跛行を生じるに十分な強度 で歩行し,疼痛が中等度になれば安静にすることを繰 り返し,1 回 30 ~ 60 分間行う.基本的に週 3 回 3 か月 間行う(エビデンスレベル A). クラスⅡ a 1.監視下運動療法を行うのが難しい場合に,内服薬併 用在宅運動療法が間歇性跛行治療の第一選択になりう る(エビデンスレベル C). TASC Ⅱで推奨される運動処方がある(本文参照). 患者は(1)心血管リスクファクターの評価,(2)筋骨 1)バイパス術 格系の制限・神経学的障害等による機能障害,(3)ASO バイパス先は,病変のない足部へ連続する流出路を有 重症度評価 を行った後,監視下運動療法に参加する. する動脈が選択される.手術死亡率は 1 ~ 6%である. 効果の継続には運動の継続が必要である. 2)血管内治療 成功の条件として閉塞分節が短く,標的血管数が少な いこと等が挙げられる.PTA を行うにあたっては,失敗 2 薬物療法 〈推奨事項〉 後の救肢的バイパス術が困難とならないように,末梢吻 クラスⅠ 合部や outflow 血管を温存する等,適応範囲に関して綿 1.間歇性跛行患者の歩行距離改善のため,心不全がな 密な検討を行う.末梢型広範病変(多発分節狭窄・閉塞) においては,一般に PTA の成功率は低い. 3 薬物療法およびその他の治療法 い場合,第一選択薬物療法として cilostazol を投与す る(エビデンスレベル A). 2.血行再建・血管内治療後の開存性向上のために,低 用量 aspirin を投与する(エビデンスレベル A). 3.全身の血管イベント抑制のために,他の心血管疾患 TASC Ⅱに沿いながら,ただし薬物療法に関しては日 の病歴の有無にかかわらず,低用量 aspirin を長期処 本で使用可能な薬品で,日本での臨床試験の結果を踏ま 方する(エビデンスレベル A). えながら指針を示した. クラスⅡ a 間歇性跛行に対する治療の基本は,薬物療法と運動療 1.間歇性跛行患者の歩行距離改善のため,cilostazol 投 表 15 大腿膝窩動脈拡張術の成績(TASC Ⅱより) PTA 単独 PTA+ ステント 1584 1 年開存率 3 年開存率 5 年開存率 狭窄 閉塞 狭窄 閉塞 狭窄 閉塞 77%(78-80) 65%(55-71) 61%(55-68) 48%(40-55) 55%(52-62) 42%(33-51) 75%(73-79) 73%(69-75) 66%(64-70) 64%(59-67) − − Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 与が不可能な患者には,他の血管拡張作用を有する抗 5)prostaglandin(プロスタグランジン) 血小板薬を投与する(エビデンスレベル C). 血管拡張作用および抗血小板作用を有す.Prostaglan- クラスⅢ din E1(PGE1)として,limaprost alfadex(リマプロス 1.間歇性跛行患者の治療としての vitamin E 投与は推奨 トアルファデクス),alprostadil alfadex(アルプロスタ されない(エビデンスレベル C). ジルアルファデクス),lipo PGE1 である alprostadil alfa- 2.Vitamin B 群や葉酸の補充によるホモシステイン高値 dex(アルプロスタジル)がある.PGI2 誘導体として の是正では,心血管イベントの予防効果は実証されて beraprost(ベラプロスト)がある.間歇性跛行,安静時 おらず,推奨されない(エビデンスレベル B). 疼痛および潰瘍治癒に対し有用性とされる. ①薬物療法の目的 6)eicosapentaenoic acid(EPA:イコサペンタ酸エチ ル) 1)症状および虚血の改善 日本人の高コレステロール血症患者を対象とし statin 間歇性跛行の改善に対しては,血管拡張作用を有する と併用した長期投与で,冠動脈イベント抑制と脳卒中の 経口抗血小板薬を基本とする.安静時疼痛や虚血性潰瘍 再発抑制が認められた. に対しては血行再建術を基本とし,補助療法として薬物 7)argatroban(アルガトロバン) 療法を併用する. 抗トロンビン薬であり,潰瘍,疼痛,冷感の改善効果 2)血行再建・血管内治療による開存率の向上 が示されている. TASC Ⅱでは,血行再建後は禁忌がない限り抗血小板 8)脂質低下薬 薬を長期にわたり継続すべきであるとされている. statin は,アテローム性動脈硬化症における血管内皮 3)全身の血管イベント抑制 および代謝異常を改善する. 無症候性患者を含め,ASO 患者は複数のアテローム 9)その他の医薬品 性動脈硬化症疾患のハイリスク集団である. 跛行治療における vitamin E 投与,ホモシステイン降 ②各種薬剤の特徴 1)cilostazol(シロスタゾール) 抗血小板作用,血管収縮抑制作用,心拍数増加作用が ある.跛行に対して有用とのエビデンスを有する.鼠径 下療法は,効果が立証されていない. 3 重症虚血肢に対する補助療法 ①血液浄化療法 靱帯以下のバイパス術後のグラフト開存性に関しする有 ASO で次のいずれにも該当するものが適応である(1 効性,および潰瘍縮小効果が報告された.現在日本では, クールにつき 3 か月間に限り 10 回を限度). 心不全患者には禁忌とされている. 1. Fontaine 分類Ⅱ度以上の症状を呈する. 2)aspirin(アスピリン) 2. 薬物療法で血中総コレステロール値 220mg/dL ま 心血管イベント抑制効果が確実であるが,症状に対す る改善効果は認められていない.鼠径部以下の動脈グラ フト開存性の維持に有効とされる. 3)ticlopidine(チクロピジン)および clopidogrel(ク ロビドグレル) 強力な抗血小板作用,アテローム性動脈硬化の進行抑 制効果を有し,血行再建術後のグラフト開存への有効性 を示した(エビデンスレベル A).副作用を軽減した薬 たは,LDL コレステロール値 140mg/dL 以下に下が らない高コレステロール血症. 3. 外科的治療が困難で,かつ従来の薬物療法では十 分な効果を得られない. 適切な頻度や回数および有効性に関するエビデンスは 得られていない. ②潰瘍ケア 品 clopidogrel は,我が国では末梢動脈疾患への適応認可 可能な限り安静・免荷とする.靴は足に合うものを選 がない. び,胼胝も足を傷つけぬよう注意して手入れする.(→ 4)sarpogrelate(サルポグレラート) 4 ⅩⅤ.糖尿病性足疾患 ⃝ 抗血小板作用と血管収縮抑制作用がある.血圧や心拍 数に影響を与えず,作用時間が短いため比較的安全に使 2 )足病変に対する治療) ③感染制御 用できる.冷感,間歇性跛行,安静時疼痛,潰瘍の改善 菌に感受性のある抗生薬を投与し,ドレナージとデブ 効果が報告されている. リドマンを行う.虚血を改善しないと感染も改善しない Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1585 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 場合が多い.全身状態等によっては患部切断も考慮する. ④交感神経ブロック・切除 跛行の改善効果はない.切断端や潰瘍の治癒を補助す る手段として用いられる. 1 頸動脈狭窄症に対する頸動脈内膜摘 除術の治療基準 ① 70 ~ 99%の有症状頸動脈狭窄 〈推奨事項〉 ⑤温熱療法 クラスⅠ 炭酸泉足浴等.安全性で容易であるが,効果の持続性 有症状頸動脈狭窄については手術リスクが 6%以下の は高くないと考えられている. 患者で,最近 6 か月以内に一過性脳虚血発作,あるいは ⑥高気圧酸素療法 中等度以下(Rankin Score 2 以下)の脳梗塞を伴う 70% 以上の有症状頸動脈狭窄が手術(周術期合併症,死亡が 効果の検証が不足していること,費用が高いことが問 6%以下の外科医による)の最も良い適応である(エビ 題である. デンスレベル A). ⑦血管新生療法 症状発症から 1 年以内が最も脳梗塞の発症頻度が高 虚血性難治性潰瘍に対する先端医療として,HGF, く,3 年以上経つと年間 5 %以下となることから,症状 VEGF,FGF といった遺伝子治療や自己骨髄単核球細胞 発現後ある程度以上時間が経つと手術の有用性は低下す 移植,末梢血単核球細胞移植が行われているが,現段階 る. では研究的医療である.HGF 遺伝子治療と自己骨髄単 核球細胞移植に関しては,我が国での臨床試験で有効性 が報告された. 4 心血管リスクファクターの管理 (無症候性患者を含む) ② 50 ~ 69%の有症状頸動脈狭窄 〈推奨事項〉 クラスⅠ 手術リスクが 3%以下で少なくとも 5 年以上の生存が 見込まれる患者においては最近 6 か月以内に一過性脳虚 血発作,あるいは中等度以下の脳梗塞を伴う 50 ~ 69% 〈推奨事項〉 クラス 1 の有症状頸動脈狭窄に対しても年齢,性別,並存疾患, 1.低用量 aspirin を投与する(エビデンスレベル A). 最初の症状の重症度によっては手術の適応となる(エビ 2.β遮断薬は PAD にとって禁忌ではない(レベル A). デンスレベル A). 3.無症候性下肢虚血を有する患者には,禁煙,減量, クラスⅡ a および高脂血症,糖尿病,高血圧の現行の国の治療ガ 手術適応の場合は症状出現後,2 週間以内の手術が有 イドラインに従った治療が勧められる(エビデンスレ 効である(エビデンスレベル B). ベル B). 具体的には 75 歳以上,男性,高度な狭窄,一過性脳 β遮断薬は,冠動脈疾患を合併する ASO 患者には心 虚血発作よりは脳梗塞,黒内障よりは大脳半球に関連す 保護作用による利益も望め,高血圧治療に使用してもよ る症状を有する症例で手術がより有効と考えられた. い.喫煙は疾患の重症度,切断リスクの増大,死亡率お よび血行再建術後のグラフト閉塞に悪影響を与える. 〈推奨事項〉 Ⅷ 頸動脈,椎骨動脈 ここでは NASCET で用いられた狭窄率を基準とする. NASCET で用いられた狭窄率:(1- 狭窄部の最小内腔 径 / 内頸動脈が平行になった部位での内腔径)× 100 1586 ③ 50%以下の有症状頸動脈狭窄 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 クラスⅢ 狭窄度が 50 %以下の場合は手術の適応はない(エビ デンスレベル A). ④有症状頸動脈閉塞 〈推奨事項〉 クラスⅢ 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 有症状頸動脈閉塞に対して頭蓋外 / 頭蓋内バイパス手 術は常には勧められない(エビデンスレベル A). ⑤無症候性頸動脈狭窄に対する治療適応 〈推奨事項〉 5 頭蓋外椎骨動脈狭窄 〈推奨事項〉 クラスⅡ b 抗血栓薬,脂質低下薬,その他の危険因子の治療薬等 クラスⅠ の内科的治療にもかかわらず症状が治まらない有症状頭 手術リスクが 3%以下で少なくとも 5 年以上の生存が 蓋外椎骨動脈狭窄に対して血管内治療が適応となりうる 見込まれる患者においては,60 %以上の無症候性頸動 (エビデンスレベル C). 脈狭窄が頸動脈内膜摘除術の適応と考えられる(エビデ ンスレベル A). 2 頸動脈内膜摘除術のハイリスク群 Ⅸ 腹部内臓動脈 病変が第 2 頸椎より高位まで存在する場合,頸動脈内 膜摘除術後の再狭窄,頸部廓清手術の後,頸部放射線療 法のあと,重篤な心不全,呼吸不全,心筋梗塞を起こし 1 急性腸間膜動脈閉塞症 て 6 か月以内の患者,冠動脈バイパスとの同時手術等. 3 合併症がある場合の治療適応 重症の腎,肝,呼吸,心不全,コントロール不良な糖 尿病,高血圧,5 年以上の生存が期待できない悪性腫瘍 等が併存する場合,脳塞栓を起こす心原性等の他の原因 主な原因は塞栓症,動脈血栓症,易血栓形成状態,急 性動脈解離等である. 1 診断 〈推奨事項〉 が認められる場合,頸動脈分岐部と同等以上の末梢病変 クラスⅠ が存在する場合は内科的治療が選択される. 1.腹部の理学所見がなくても,心血管疾患の既往のあ 4 頸動脈ステント留置術の適応 る患者の急性腹痛では急性腸管虚血の可能性がある (エビデンスレベル B). 〈推奨事項〉 2.内臓血管周囲や中枢血管の血管内治療を行った症例, クラスⅡ b 心房細動等の不整脈や心筋梗塞直後の症例での急性腹 70 %以上の有症状頸動脈狭窄で狭窄が手術で到達す 痛では,急性腸管虚血の可能性がある(エビデンスレ るには難しい場合,手術リスクを大きく増大させる健康 ベル C). 状態が存在する場合,あるいは放射線治療後の頸動脈狭 クラスⅢ 窄,頸動脈内膜摘除術後再狭窄等の特殊な条件下では頸 1.慢性腸管虚血とは異なり,急性腸管虚血では腹部超 動脈ステント留置術は手術に対して成績は劣らず適応が 音波検査は診断に有用性が低い(エビデンスレベル 検討される(エビデンスレベル B). C). クラスⅡ a 頸動脈ステント留置術は周術期合併症率,死亡率が 4 高齢の男性に多い.初めは腹膜刺激所見がない.特異 ∼ 6%の術者によりなされるべきである(エビデンスレ 的な検査結果やレントゲン所見はない.腸管虚血を示す ベル B). CT 所見は,腸管血管の動脈硬化所見,動脈内血栓,小 有症状高度狭窄に対する distal protection device を用 門脈ガス像は発症後期での所見である.造影 CT が有用 いた頸動脈ステント留置術が認可され,我が国でもハイ なことが多い. リスク有症状高度狭窄に限り頸動脈ステント留置術が認 腸管梗塞が疑われる場合には,外科的治療の適応があ 可された. る.血管造影は確定診断が可能であり,引き続き血管内 腸拡張,腸管壁肥厚,腹水貯留,等である.腸管気腫, 治療を行える点でも有用である. 発症が緩やかであり,非閉塞性腸管虚血症(nonocclu- sive mesenteric ischemia: NOMI)が疑われる場合には初 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1587 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005−2008 年度合同研究班報告) めに血管造影を行う適応がある. 2 外科治療 〈推奨事項〉 2 血管内治療 〈推奨事項〉 クラスⅠ クラスⅠ 急性腸管虚血の外科治療には血行再建,壊死腸管切除, 慢性腸間膜動脈閉塞性疾患には血管内治療の適応があ 必要なら血行再建術後 24 ∼ 48 時間後での second look る(エビデンスレベル B). operation を行う(エビデンスレベル B). 血栓除去やバイパス術による血行再建術,血行再建後 3 外科治療 〈推奨事項〉 の腸管虚血の評価等が含まれる.温存可能な腸管と切除 クラスⅠ が 必 要 な 腸 管 切 除 を 見 定 め る た め に は,second look 慢性腸管虚血には手術治療の適応がある(エビデンス operation も有用である. レベル B). 3 血管内治療 〈推奨事項〉 クラスⅡ b 大動脈や腎動脈の動脈硬化性疾患の治療歴がある場 合,無症状の腸間膜動脈閉塞性病変に対して血行再建術 クラスⅡ b を考慮してもよい(エビデンスレベル B). 経皮的治療(血栓溶解療法,バルーン拡張術,ステン クラスⅢ ト留置術)は適応患者を選択的に行えば適切である.治 大動脈や腎動脈の動脈硬化性疾患の治療歴がない無症 療後にも開腹術を必要とする可能性は残る(エビデンス 状例においては,血行再建術の適応ではない(エビデン レベル C). スレベル B). 血栓溶解療法等薬物療法は無効なことも多く,主に外 外科的治療としては血栓内膜摘除術やバイパス術があ 科的治療が行われる. る. 2 慢性腸間膜動脈閉塞症 3 腹腔動脈起始部圧迫症候群 やや女性に多く 40 ∼ 60 歳に好発し,典型的症状は, 腹腔動脈が横隔膜正中弓状靭帯によって圧迫されるこ 食事により誘発される腹痛,体重減少,便通異常である. とで血流障害が生じ,腹痛等の内臓虚血症状を引き起こ 1 診断 〈推奨事項〉 す疾患群である. 1 診断 クラスⅠ 体位により変化する食後の腹痛(37%),嘔気,嘔吐, 1.原因不明の腹痛,体重減少患者で特に心血管系疾患 下痢(65%),体重減少(61%). を有する患者では,慢性腸管虚血の可能性がある(エ 側面,斜位での血管造影で腹腔動脈が圧迫され,特に ビデンスレベル B). 深呼吸時に狭窄が高度となる. 2.診断のためにただちに行う検査として,超音波,CT angiography(CTA),MRA 検査は有用である(エビ デンスレベル B). 2 治療 通常は腹腔動脈根部の露出と正中弓状靭帯の切開が第 3. 確 定 診 断 に は 血 管 造 影 で の 側 面 像 ま た は 3D-CT 一選択であるが,十分な血流改善が得られない場合には angiography が有用で,腸間膜動脈の狭窄または閉塞 バイパス術も考慮する.腹腔鏡下での正中弓状靭帯の切 と,側副血行を認める(エビデンスレベル B). 開も可能である. 特異的な血液検査所見はない.病変は大動脈からの起 始部に形成されることが多く,超音波検査による描出も 1588 可能である. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 4 腸間膜血行不全症 (非閉塞性腸間膜虚血症) Ⅹ 腎動脈 非閉塞性腸管虚血症(NOMI: nonocclusive mesenteric ischemia)は器質的な血管閉塞は存在せず,主幹動脈が 開存しているにもかかわらず,腸管の虚血を来たし腸管 1 原因 壊死にも至る予後不良な疾患である. 1 診断 〈推奨事項〉 腎動脈狭窄(renal artery stenosis: RAS)の約 90 %は 動脈硬化が原因である.次いで線維筋性異形成(fibro- muscular dysplesia: FMD)が多く,その他の原因に高安 クラスⅠ 動脈炎,腎動脈瘤,塞栓症,Williams 症候群,神経線維 1.非閉塞性腸管虚血は,心拍出量減少や心原性ショッ 腫症,腎動脈解離,動静脈奇形,外傷等がある. ク患者での腹痛時に疑われる(エビデンスレベル B). 2.基礎疾患の治療にもかかわらず速やかに改善が見ら 2 頻度 れない NOMI 疑い症例では,血管造影の適応がある (エビデンスレベル B). 心臓カテーテル検査の際,我が国では 7%,欧米では 30%に RAS が見られたという報告がある.欧米では 65 特異的な理学所見や検査所見はない.血管造影では特 徴的な血管のスパズムが描出できる. 2 治療 〈推奨事項〉 クラスⅠ 1.ショック状態離脱の治療が最優先である(エビデン スレベル C). 2.治療抵抗性の NOMI では開腹術と壊死腸管の切除の 適応である(エビデンスレベル B). クラスⅡ a 歳以上において 6.8%との推計がある. 3 治療方針 ACC/AHA ガイドラインで「腎動脈」についての指針 が述べられている. 1 薬物療法 〈推奨事項〉 クラスⅠ 1.アンジオテンシン変換酵素阻害薬は片側性 RAS に伴 経カテーテル的血管拡張薬の使用は全身的治療が無効 う高血圧治療に有効である(エビデンスレベル A). な場合,またはコカインやエルゴットによる腸管虚血の 2.アンジオテンシン受容体拮抗薬は片側性 RAS に伴う 患者に対して適応である(エビデンスレベル B). 高血圧治療に有効である(エビデンスレベル B). 3.カルシウム拮抗薬は片側性 RAS に伴う高血圧治療に 腹膜刺激症状や発症後 12 時間以上経過した症例では 腸管壊死の可能性が高く,内科的治療にもかかわらず腹 部症状が持続する時は,すみやかに開腹術や腸管切除を 有効である(エビデンスレベル A). 4.β遮断薬は RAS に伴う高血圧治療に有効である(エ ビデンスレベル A). 考慮する. レニン - アンジオテンシン系抑制薬により,両側性 RAS 患者では腎機能の急速な悪化が見られる場合があ る.動脈硬化患者ではあわせて禁煙,糖尿病や脂質異常 の管理,抗血小板薬投与等が行われる. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1589 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 2 血行動態的に有意な腎動脈狭窄患者 に対する血行再建術の適応 ①無症候性狭窄 〈推奨事項〉 クラスⅡ b 1.RAS に対する経皮的血行再建術は,血行動態的に有 B). クラスⅡ b 1.RAS に対する経皮的血行再建術は,片側性 RAS を伴 う慢性腎不全患者に対し考慮してもよい治療法である (エビデンスレベル C). ④うっ血性心不全と不安定狭心症 〈推奨事項〉 意な RAS を有する無症候性の両側腎,または機能を クラスⅠ 営む可能性のある単腎(腎の長径が 7cm 超)の治療 1.RAS に対する経皮的血行再建術は,血行動態的に有 として考慮してもよい(エビデンスレベル C). 2.機能を営む可能性のある腎(腎の長径が 7cm 超)に おいて,無症候性の血行動態的に有意な片側 RAS に 意な RAS を有し,繰り返す原因不明のうっ血性心不 全患者,または突然発症した原因不明の肺水腫患者に 対して適応がある(エビデンスレベル B). 対する経皮的血行再建術の有用性は十分に確立されて クラスⅡ a おらず,現在では臨床的に証明されていない(エビデ 1.RAS に対する経皮的血行再建術は,血行動態的に有 ンスレベル C). 意な RAS を有する不安定狭心症患者に妥当な治療法 である(エビデンスレベル B). 血行動態的に有意な RAS とは以下の場合を言う.血 行動態的に有意であっても無症候性の RAS が多く存在 ただし,この推奨事項は腎外因子の検索を行った上で する. 適応される. (1)直径で 50 %以上 70 %までの狭窄で,圧格差が収縮 期で 20mmHg 以上,または平均で 10mmHg 以上(5-Fr 4 治療手技 1 RAS に対するカテーテルインター ベンション 以下のカテーテルまたは圧測定ワイヤーによる) (2)直径で 70%以上の狭窄 (3)血管内超音波で直径 70%以上の狭窄 ②高血圧 〈推奨事項〉 クラスⅡ a クラスⅠ 1.腎動脈ステント留置術は,インターベンションの臨 RAS に対する経皮的血行再建術は,血行動態的に有 床適応基準に合致する入口部の動脈硬化性 RAS に対 意な RAS を有し,増悪する高血圧,治療抵抗性高血圧, し適応がある(エビデンスレベル B). 悪性高血圧,原因不明の片側萎縮腎を伴う高血圧,薬剤 2.バルーン血管形成術(必要時はステント留置術を行 不耐性高血圧患者に対し妥当な治療法である(エビデン う)は,FMD 病変の治療に勧められる(エビデンス スレベル B). レベル B). 治療抵抗性高血圧とは,利尿薬を含む 3 種類の降圧薬 を十分量使用しても目標の降圧を得られないものを言 う. ③腎機能保護 2 RAS に対する外科手術 〈推奨事項〉 クラスⅠ 外科的血行再建術は以下の患者に適応がある. 1.インターベンションの臨床適応基準(カテーテル治 〈推奨事項〉 療と同じ)に合致する FMD による RAS 病変の患者, クラスⅡ a 特に区域動脈に及ぶ複雑病変,動脈瘤を有する場合(エ 1.RAS に対する経皮的血行再建術は,両側の RAS また 1590 〈推奨事項〉 ビデンスレベル B). は機能している単腎の RAS を伴う進行性慢性腎疾患 2.インターベンションの臨床適応基準に合致する動脈 患者に対し妥当な治療法である(エビデンスレベル 硬化性 RAS 病変の患者,特に複数の小口径腎動脈の Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン RAS,あるいは早期に枝分かれする一次分枝に及ぶ RAS(エビデンスレベル B). 3.動脈硬化性 RAS 患者で傍腎動脈血行再建術(大動脈 瘤,または重症大動脈腸骨動脈閉塞症の手術)が行わ れる場合(エビデンスレベル C). 5 予後 2 動脈硬化との対比 動脈壁の炎症や,治療薬(副腎皮質ステロイド薬)の 影響が考えられる. 3 病理学的特徴 ①マクロ所見(表 16) 経皮的血行再建術と内科療法を受けた患者の間で生命 狭窄性病変が主体であるが,15 ~ 30 %に拡張性病変 予後の差は明らかでない.一般に腎機能低下例および他 や大動脈弁不全が見られる. の心血管疾患合併例で,血行再建後の生命予後と臨床経 過が劣るとされている. ②組織学的所見 炎症期には肉芽腫性炎,びまん性増殖炎を呈し,巨細 Ⅺ 1 高安動脈炎 胞が出現する.治癒期には血管内腔の狭窄や閉塞,石灰 化が出現する.中膜や外膜の破壊が高度な例は,動脈瘤 や大動脈弁閉鎖不全の発生につながる. 3 症候と診断 1 初期症状 疾患の概要 高安動脈炎とは,大動脈およびその主要分枝,冠状動 脈,肺動脈に生ずる非特異性炎症による諸症状を総括し 発熱,食欲不振,全身倦怠感,体重減少,関節痛,胸 たも.アジア,南米に多い. 膜痛,易疲労感等. 我が国では現在 5,000 人余の患者が登録されているが, 3 年ごとの新規登録症例は 200 ~ 400 例で減少傾向にあ る.男女比は 1:9 で,初発年齢は 20 歳にピークがある. 2 病因と病態 2 臓器虚血症状:進行期の症状 臨床的には以下の 4 型に分けることが多い.この他, 肺動脈病変は約 15%に,冠動脈病変が 8%に認められる. Ⅰ型:大動脈弓部分枝の閉塞型(頭部上肢の虚血症状) 頭部虚血では,視力障害,めまい,頭痛,失神発作と 1 血管障害の機序 ①免疫学的要因 いった脳虚血症状が出現する.頸動脈洞反射冗進例では 顔を上に向けた時に視力低下,失神発作が生じる. 上肢の虚血では脈の欠損,血圧左右差,シビレ,脱力 感,冷感が生じる. T 細胞が主体となった動脈壁の障害が推定されてい る. ②感染の要因 ウイルス感染等のストレスが原因となっていることが 推測される. ③遺伝的要因 HLA-B52,HLA-B39.2,MICA 遺 伝 子 と の 関 連 が 示 唆されている. 表 16 高安動脈炎血管造影分類 タイプⅠ :大動脈弓分枝血管の病変を有するもの タイプⅡa :上行大動脈,大動脈弓ならびにその分枝血管に 病変を有するもの タイプⅡb :上行大動脈,大動脈弓ならびにその分枝血管, 胸部下行大動脈に病変を有するもの タイプⅢ :胸部下行大動脈,腹部大動脈,腎動脈に病変を 有するもの タイプⅣ :腹部大動脈かつ / または腎動脈病変を有するも の タイプⅤ :上行大動脈,大動脈弓ならびにその分枝血管, 胸部下行大動脈に加え,腹部大動脈かつ / また は腎動脈病変を有するもの さらに冠動脈に病変を持つもの(C)ならびに肺動脈病変を有 . するもの(P) Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1591 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) Ⅱ型:異型大動脈縮窄症,腎動脈狭窄型(高血圧の症状) クロスポリン),mycophenolate mofetil(ミコフェノー 頭 痛, 心 悸 亢 進 を 訴 え る. わ ず か の 運 動 で も 200 ル酸モフェチル),TNF- α阻害療法,rituximab(リツキ mmHg を超える高血圧が見られる.高血圧が長期間続く シマブ)等が検討される. と心不全につながる. Ⅲ型:Ⅰ型とⅡ型の合併した複雑な病態である. 2 外科的治療・手術適応 Ⅳ型:動脈瘤型 内科的治療が原則であるが,狭窄や拡張性病変等の動 胸部大動脈とその分枝に発生することが多い.大動脈 脈病変が完成した場合には外科的治療が必要になる.外 の弁輪が拡大して大動脈弁閉鎖不全となり心不全で発症 科治療は炎症の非活動期に行うことが望ましいが,症状 することが多い. により急ぐ場合は,ステロイド治療で炎症の鎮静化を行 3 診断(表 17) いつつ手術をせざるを得ない場合がある.遠隔期に吻合 部動脈瘤を合併する頻度が高くなることが考えられ,定 確定診断は病理組織所見によるが,血管撮影像が診断 期的な検査が望ましい. に最も役立つ.病変のある頸動脈病変は高度の内膜肥厚 閉塞性病変に対しては,バイパス術が標準術式となる. が認められ,超音波検査で「マカロニサイン」と呼ばれ 血管内治療は動脈硬化病変に比較して成績不良とする報 る.FDG-PET を用いて大動脈の炎症を画像化する試み 告が多く,第一選択の治療手段とはならない. もある.眼底所見には宇山の分類がある(Ⅰ度:血管の 拡張,Ⅱ度:小動脈瘤形成,Ⅲ度:動静脈吻合の形成, Ⅳ度:進行した複合病変). 4 治療と予後 ①心・肺動脈病変による病態 大動脈弁閉鎖不全症は,放置すると心不全につながる ため最近では積極的に手術が行われている.逆流が 3/4 以上の場合に弁置換術の適応となる.通常機械弁を用い るが,高齢者や妊娠を希望する若い女性等の場合は生体 1 内科的治療 ①副腎ステロイド治療 合は,Bentall 手術が一般的である.高安動脈炎では大 動脈弁の変性が見られる症例が多く,自己弁温存術式は 施行しない方が良い.成績向上のためには炎症のコント 活動性の血管炎の存在を示唆する自覚症状,炎症所見 ロールが大切である. が見られた場合はステロイド治療を検討する.Predoni- 冠動脈起始部狭窄を生じ臨床症状を伴う場合は,高安 solone 20 ~ 30mg/ 日が一般的投与量である.継続期間 動脈炎固有の問題点に注意しながら冠血行再建を考慮す は症状や検査所見の改善が 2 週間以上観察される時点ま る. でとされ,漸減する.HLA-B52 陽性患者はステロイド 肺動脈狭窄性病変により肺高血圧症を呈する場合の手 抵抗性を示すとの報告がある. 術は,心膜を用いた狭窄部の形成術あるいは人工血管置 ②臓器不全に対する治療 特に心不全と脳梗塞が患者予後の規定因子となってい 換術が一般的である. ②大動脈弓部分枝閉塞を主病変とする病態 る.虚血性心疾患と脳梗塞の予防には aspirin が投与さ めまい失神発作のみの症例は,社会生活に著しく障害 れる. を来たす場合を除いては経過観察とするが,視力障害が 大動脈弁不全に対しては内科的治療がなされる.高血 出現している場合は,早期に血行再建術を行うことが多 圧症は異型大動脈縮窄症や腎動脈狭窄が原因となってい い.高度虚血の場合両側の頸動脈再建を行うと,急激な る場合が 3/4 を占め,外科治療が適応となることが多い. 血管内圧の上昇が脳内出血等の重篤な合併症を引き起こ ③難治例に対する治療 ステロイド抵抗性(我が国では 48.7%)や,ステロイ ド治療で合併症が発生する症例では,cyclophosphamide (シクロフォスファミド),methotrexate(メトトレキサ ート),azathioprine(アザチオプリン),cyclosporin(シ 1592 弁を用いる.大動脈基部拡大で閉鎖不全が生じている場 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 す可能性がある.脳血行再建は宇山の分類でⅡ度からⅢ 度の始まりが最も良い適応と考える. 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 表 17 高安動脈炎の診断基準 1 疾患概念と特徴 大動脈とその主要分枝および肺動脈,冠動脈に狭窄,閉塞または拡張病変を来たす原因不明の非特異性炎症性疾患.狭窄ないし 閉塞を来たした動脈の支配臓器に特有の虚血障害,あるいは逆に拡張病変による動脈瘤がその臨床病態の中心をなす.病変の生 じた血管領域により臨床症状が異なるため多彩な臨床症状を呈する.若い女性に好発する. 2 症状 (1)頭部虚血症状:めまい,頭痛,失神発作,片麻痺等 (2)上肢虚血症状:脈拍欠損,上肢易疲労感,指のしびれ感,冷感,上肢痛 (3)心症状:息切れ,動悸,胸部圧迫感,狭心症状,不整脈 (4)呼吸器症状:呼吸困難,血痰 (5)高血圧 (6)眼症状:一過性または持続性の視力障害,失明 (7)下肢症状:間欠跛行,脱力,下肢易疲労感 (8)疼痛:頸部痛,背部痛,腰痛 (9)全身症状:発熱,全身倦怠感,易疲労感,リンパ節腫脹(頸部) (10)皮膚症状:結節性紅斑 (11)消化器合併症:非特異的炎症性腸炎 3 診断上重要な身体所見 (1)上肢の脈拍ならびに血圧異常(橈骨動脈の脈拍減弱,消失,著明な血圧左右差) (2)下肢の脈拍ならびに血圧異常(大動脈の拍動亢進あるいは減弱,血圧低下,上下肢血圧差) (3)頸部,背部,腹部での血管雑音 (4)心雑音(大動脈弁閉鎖不全症が主) (5)若年者の高血圧 (6)眼底変化(低血圧眼底,高血圧眼底,視力低下) (7)顔面萎縮,鼻中隔穿孔(特に重症例) (8)炎症所見:微熱,頸部痛,全身倦怠感 4 診断上参考となる検査所見 (1)炎症反応:赤沈亢進,CRP 促進,白血球増加,γグロブリン増加 (2)貧血 (3)免疫異常:免疫グロブリン増加(IgG,IgA) ,補体増加(C3,C4) (4)凝固線溶系:凝固亢進(線溶異常) ,血小板活性化亢進 (5)HLA:HLA-B52,B39 5 画像診断による特徴 (1)大動脈石灰化像:胸部単純写真,CT (2)胸部大動脈壁肥厚:胸部単純写真,CT,MRA (3)動脈閉塞,狭窄病変:DSA,CT,MRA 弓部大動脈分枝:限局性狭窄からびまん性狭窄まで 下行大動脈:びまん性狭窄(異型大動脈縮窄) 腹部大動脈:びまん性狭窄(異型大動脈縮窄)しばしば下行大動脈,上腹部大動脈狭窄は連続 腹部大動脈分枝:起始部狭窄 (4)拡張病変:DSA,超音波検査,CT,MRA 上行大動脈:びまん性拡張,大動脈弁閉鎖不全の合併 腕頭動脈:びまん性拡張から限局拡張まで 下行大動脈:粗大な凹凸を示すびまん性拡張,拡張の中に狭窄を伴う念珠状拡張から限局性拡張まで (5)肺動脈病変:肺シンチ,DSA,CT,MRA (6)冠動脈病変:冠動脈造影 (7)多発病変:DSA 6 診断 (1)確定診断は画像診断(DSA,CT,MRA)によって行う. (2)若年者で血管造影によって大動脈とその第一次分枝に閉塞性あるいは拡張性病変を多発性に認めた場合は,炎症反応が陰性 でも高安動脈炎(大動脈炎症候群)を第一に疑う. (3)これに炎症反応が陽性ならば,高安動脈炎(大動脈炎症候群)と診断する. (4)上記の自覚症状,検査所見を有し,下記の鑑別疾患を否定できるもの. 7 鑑別疾患 ①動脈硬化症 ②炎症性腹部大動脈瘤 ③血管型ベーチェット病 ④梅毒性中膜炎 ⑤巨細胞性動脈炎 ⑥先天性血管異常 ⑦細菌性動脈瘤 ③胸腹部大動脈およびその主要分枝の閉塞を主病 変としている病態 因となり,降圧薬での治療が期待できない場合は血行再 建術を行う. ことに腎動脈狭窄の合併が手術成績や長期予後に影響 を与える.高血圧病変を放置すると心不全や脳出血の原 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1593 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) ④Ⅰ型とⅡ型が合併し複雑な病状を呈する病態 じる.動脈瘤と動脈閉塞の両者を合併する症例も多い. 動脈病変合併患者の予後は,非合併患者に比べ不良であ 脳血行障害と高血圧の合併するタイプである.脳血行 る. 障害が高度の時は高血圧治療との同時手術を行う等,脳 動脈瘤は胸部・腹部大動脈に多く見られ,動脈閉塞は が直接高圧系に曝されないように対処する.一般に脳血 上下肢の動脈,腸間膜動脈,冠動脈等中小動脈に発症す 行障害が軽度の時は,まず高血圧を治療し,脳の血行は ることが多い. 経過を観察する.脳血行障害が出現するならば二次的に 血行再建を行う. ⑤拡張性病変,動脈瘤を主とする病態 3 動脈病変に対する治療 未だ確立したものはない.保存的治療としては,ステ 手術適応を明らかにしたデータはないが,動脈硬化性 ロイド,抗血小板薬の有効性が示唆されている.深部静 瘤に準じて外科治療を行うことが多い. 脈血栓症等の静脈病変の合併例では,抗凝固療法が併用 5 結語 される.動脈瘤病変に対するステントグラフト治療の報 告は散見されるが,長期的成績は不明である.動脈閉塞 に対するインターベンション治療は,ほとんど報告され 高安動脈炎症例は罹患年齢が若く再燃を繰り返すこと ていない. があるが,本疾患の生命予後は以前考えられていたより 重度の虚血症状はまれであるが,その場合は外科的な も比較的良好である.長期にわたってきめ細かく患者を 血行再建術が必要になる.しかし,術後半年から 2 年程 追跡することが望ましい. 度の比較的早期に吻合部仮性動脈瘤が形成されることが しばしばある.吻合部動脈瘤の予防には,ステロイドや Ⅻ Behçet 病 免疫抑制薬の有効性が示唆されている.グラフト閉塞も 比較的高頻度に見られる.術後合併症が致命的となるこ ともあるため,手術適応については慎重な判断が必要で ある. 1 疫学 Behçet(ベーチェット)病は,口腔粘膜のアフタ性潰 ⅩⅢ Buerger 病 瘍,外陰部潰瘍,眼症状,皮膚症状を主症状とする慢性 再発性の炎症性疾患である.関節症状,心血管症状,消 化管症状,呼吸器症状,神経症状等,多彩な病態を呈す 1 病因 る.日本や韓国を中心とした東アジア,および中近東に 多く見られる.我が国では北海道,東北地方に多く,現 今なお不明である.タバコに対するアレルギー,慢性 在約 18,000 人の報告がある.20 ~ 40 歳で発症すること の反復外傷,血液凝固系の異常,血管の攣縮,ホルモン が多く,30 代前半にピークを示す.男女比はほぼ 1:1 異常,自己免疫応答による血管炎等が指摘されてきた. である.病理学的所見としては,全身の動静脈,毛細血 また劣悪な環境に起因する感染症の関与が強く疑われて 管を侵す血管炎が主体である. きた.歯周病菌(Treponema denticola)の関与(エビデ Behçet 病の動脈病変の出現率は 2.2 ~ 18%と報告され ンスレベル C)も指摘されてきている. ており,圧倒的に男性に多い.静脈病変を合併する症例 も多い.Behçet 病の発症から平均して 5 ~ 9 年程度で現 2 疫学 れる. 2 動脈病変 1970 年代から我が国における初発患者数減少の傾向 は著しく,現在はおよそ 10,000 ~ 12,000 人程度と推定 される.30 ~ 40 歳代が 70%を占め,男性が圧倒的に多く, 真性動脈瘤や仮性動脈瘤,動脈解離,閉塞性病変が生 1594 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 ほぼすべてが喫煙者である.アジア,中近東,地中海地 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 域といった亜熱帯,温帯地方に多く明らかな地域性があ ること,社会の低階層に患者が好発していることから, 5 診断 我が国における本疾患の減少は衛生環境向上と関わりが あるのかもしれない. 塩野谷の臨床診断基準 (1)50 歳未満の若年発症 3 (2)喫煙者 臨床症状 (3)下腿動脈閉塞 (4)上肢動脈閉塞,または遊走性静脈炎の存在または 既往 厚生省特定疾患難治性血管炎調査研究班による Buerger 病の診断基準に見られる臨床症状の多くは慢性 (5)喫煙以外の閉塞性動脈硬化症の危険因子がない 動脈閉塞症に共通のものであるが,上肢の罹患,足底の さらに鑑別すべき疾患が否定された時に本疾患の診断 跛行,虚血性紅潮,遊走性静脈炎等は本疾患の診断に役 が確定する.しかし,上肢動脈閉塞や遊走性静脈炎のな 立つ症状と考えてよい.潰瘍・壊死病変は上肢,下肢と いこともあり,上記 5 項目をすべて満たすものは約 30% もに約 50%の患者に見られる. 程度である. 4 6 検査所見 血管造影所見で,(1)下肢では膝関節より末梢,上肢 治療 〈推奨事項〉 では肘関節より末梢に必ず病変がある,(2)その中枢側 クラスⅠ の動脈壁に不整はなく平滑である.(3)動脈閉塞様式は 禁煙指導は本疾患治療の根幹をなす(エビデンスレベ 途絶(abrupt occlusion)型,先細り(tapering)型が多く, ル A). コ ル ク の 栓 抜 き 状(cork screw), 樹 根 状(tree root), 血行再建術の適応のない患者には交感神経切除術が考 橋状(bridge)となった側副血行路の発達が特徴的であ 慮される(エビデンスレベル A). る. 蛇 腹 様 所 見(accordion-like appearance) は, 本 症 クラスⅡ b に特有な所見である(図 1). 血管作動性薬の非経口投与は重症虚血肢の虚血性疼痛 血管造影所見上鑑別を要するのは膠原病で,造影所見 改善,潰瘍治癒に役立つ(エビデンスレベル A). だけから両者を鑑別することは実際には難しい. クラスⅢ 交感神経切除術は足関節血圧が 60mmHg 未満では効 果は少ない(エビデンスレベル C). 図 1 Buerger 病の動脈閉塞様式 Abrupt Occlusion Irregurality 血行再建術は虚血徴候の改善をもたらすが(エビデン Tree root Collaterals スレベル C),適応となる患者は少ない.下腿や足部動 脈への再建術は,厳格な患者管理を行えば比較的良好な 開存率が得られる(エビデンスレベル C).適応は重症 虚血肢であり,間歇性跛行例にまで拡大する必要はない. Localized Stenosis Moth-eaten Stenosis Bridging Collaterals 交感神経切除術は間歇性跛行には適応とならない. Dilatation 血管新生療法は,今後の研究結果が待たれる. 7 Coakscrew Collaterals Early venous filling 予後 症状の再発再燃により四肢切断を繰り返す患者は 20 %程度である(エビデンスレベル C).しかし,60 歳を Buerger 病の動脈閉塞様式は途絶(abrupt occlusion)型,先細り (tapering)型が多く,蛇腹様所見(accordion-like appearance) は本症に特有な所見である.側副血行路はコルクの栓抜き状 ,橋状(bridge)に発達する. (cork screw),樹根状(tree root) 超えれば潰瘍・壊死の発生による肢切断例はまれである. また,生命予後は良好で,一般の日本人の生命予後と差 はない(エビデンスレベル B). Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1595 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) ⅩⅣ 1 膠原病 結節性多発動脈炎(PN) より細小な血管が罹患し pANCA 陽性の顕微鏡的多発 血管炎(MPA)が分離独立した. 膠原病関連の血管病変は比較的小径の動脈に罹患する ことが多く,四肢末梢の潰瘍や壊死の形で直面すること 1 症状・検査所見 も多い(図2).全身性の血管炎の初期症状の場合もある. 組織学的にⅠ~Ⅳ期(変性期,急性炎症期,肉芽期, 血管炎には,血管炎そのものを基盤とする様々な臨床 瘢痕期)の病期に分けられる.Ⅱ期からⅢ期に中動脈の 病態の疾患群(原発性血管炎)と,SLE や悪性関節リウ 障害が見られる.四肢では皮膚潰瘍や壊死を生じ,冠動 マチ等の膠原病をはじめ他疾患に血管炎を伴う病態(続 脈炎や心筋梗塞,脳梗塞や脳出血,臓器梗塞を生じる. 発性血管炎)が含まれる. 多発性単神経炎は最も高頻度に見られる臓器症状であ 原発性血管炎症候群は Jennette らに提唱される Chapel Hill 分類に従い,罹患血管サイズに基づき 10 疾患の血 管炎が,大型血管の血管炎(巨細胞性動脈炎,高安動脈 炎)と中型血管の血管炎(結節性多発動脈炎:PN,川 崎病),小型血管の血管炎 Wegener(ウェゲナー)肉芽 腫症:WG,アレルギー性肉芽腫性血管炎:AGA,顕微 鏡的多発血管炎:MPA,Henoch-Schölein 紫斑病:HSP と他 2 疾患,都合 6 疾患)に分類される.中でも WG と MPA,AGA は抗好中球細胞質抗体(anti-neutrophil cytoplasmic antibody: ANCA) の 陽 性 所 見 と 対 応 抗 原 が cytoplasmic(cANCA) 型 プ ロ テ イ ナ ー ゼ 3(PR3) か perinuclear(pANCA)型ミエロペルオキシダーゼ(MPO) かにより分類される. 罹患血管サイズと罹患臓器による症状を(表 18)に 示す. 診断(図 3) . PN,MPA,AGA,WG,悪性関節リウマチ,抗リン 表 18 虚血や出血による局所の臓器症状 Ⅰ.小血管の障害による症状 皮膚 :網状皮斑,皮下結節,紫斑,皮膚潰瘍,肢端壊死 末梢神経 :多発性単神経炎 筋肉 :筋痛 関節 :関節痛 腎臓 :壊死性(半月体形成性)糸球体腎炎 消化管 :消化管潰瘍,消化管出血 心臓 :心筋炎,不整脈 肺 :肺胞出血 漿膜 :心膜炎,胸膜炎 眼 :網膜出血,強膜炎 Ⅱ.大型~中型の血管の障害による症状 総頚動脈 :めまい,頭痛,失神発作 顎動脈 :咬筋跛行 眼動脈 :失明 鎖骨下動脈:上肢の痺れ,冷感,易疲労性,上肢血圧左右差, 脈なし 腎動脈 :高血圧,腎機能障害 腸間膜動脈 :虚血性腸炎 冠動脈 :狭心症,心筋梗塞 肺動脈 :咳,血痰,呼吸困難,肺梗塞 脂質抗体症候群については,厚生省難治性血管炎分科会 図 3 血管炎症候群の診断のアプローチ (1998)からの診断基準を含んだ診療マニュアルが出さ 血管炎の症候,炎症所見:あり れている. 感染症・膠原病・悪性腫瘍などを除外 図 2 原因不明の血管炎:右環指末節の壊死 指動脈末梢に限局した動脈閉塞が見られる 罹患血管のサイズ 大型 中型 小型∼毛細血管 血管造影 免疫複合体 − MPOANCA 生検 1. 1596 2. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 + PR3IGA ANCA IC クリオグ ロブリン 組織生検 高安 側頭 川崎病 PAN NPA AGA WG HSP クリオグロ 動脈炎 動脈炎 ブリン血症 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン る.腎動脈や腹部動脈の血管造影で,小動脈瘤,血管壁 中枢神経症状も見られる.肺症状として膿性・血性痰, の不整や狭窄・閉塞が見られる. 結節性陰影,空洞形成等がある.腎症状として半月体形 経過・治療・予後 2 成性腎炎となり,血尿・蛋白尿,高血圧,腎機能低下を 来たす.壊死性血管炎による紫斑・皮膚潰瘍,多発性単 急性期に治療管理が奏功すればⅡ期からⅢ期での死亡 神経炎,関節炎,脳梗塞等も見られる.症状は上気道に を抑えられ,その後の経過は比較的良好である.ステロ 始まり,肺,腎へと進行する. イド薬と免疫抑制薬を併用する.主要な死因は呼吸不全, 心不全,腎不全,消化管出血,臓器梗塞による合併症で 2 経過・治療・予後 ある. 免疫抑制薬とステロイド薬の併用療法を行い,重症例 肉芽期・瘢痕期では動脈閉塞症状に対する治療が主体 ではステロイドパルス療法や血漿交換療法を考慮する. となり,血栓溶解療法や抗凝固療法,さらには血管拡張 細菌感染症対策を十分に行う.早期の治療中止は再発の 薬や抗血小板薬投与が行われる. 頻度が高く長期間の観察が必要である.死因は敗血症や 2 アレルギー性肉芽腫性血管炎 (AGA) 肺感染症が多い.早期に治療開始により予後は改善して きている.難治例に対し抗 TNF 療法(infliximab;イン フリキシマブ)や抗 CD20 抗体(rituximab;リツキシマ ブ)等の治療報告がある. 別名 Churg-Strauss 症候群.アレルギー性疾患特に気 管支喘息を先行症状として数年間有し,好酸球の増多と 4 SLE 気管支喘息発作とともに血管炎症状を呈する.壊死性血 管炎と肉芽腫を認めるが肉芽腫は必ずしも血管炎と関連 ほぼすべての臓器が障害され臨床像が極めて多彩な自 しない.臨床症状は血管炎・肉芽腫による. 己免疫性疾患である. 1 症状 心血管関連の症状としては,四肢の血管炎に起因する 爪周囲や指尖の梗塞,網状青色皮斑(livedo reticularis), 気管支喘息,紫斑,多発性単神経炎,消化管出血,心 Raynaud 現象が見られる.脳出血や脳梗塞は,SLE 自体 筋梗塞,脳梗塞等.ANCA のうち抗 MPO 抗体が認めら の精神神経症状との鑑別を要する.腸間膜動脈血栓症か れる. ら虚血性腸炎を来たし穿孔に至る場合がある.僧帽弁や 2 経過・治療・予後 ステロイド薬によく反応し,予後は比較的良好である 大動脈弁に疣贅を形成する Libman-Sacks 型心内膜炎や 心筋梗塞,肺血栓塞栓症は抗リン脂質抗体陽性例に多く 見られる. が,再燃を来たしやすい.難治例や急速進行例ではステ ロイドパルス療法や免疫抑制療法,血漿交換も考慮する. 【付】抗 リ ン 脂 質 抗 体 症 候 群(Antiphospholipid Syn- 多発性単神経炎は治療抵抗性の場合もあり,免疫グロブ drome:APS) リン多量静注療法も報告されている.心筋梗塞や心タン APS は SLE 患者に最も多く見られ,自己免疫疾患に ポナーデ,脳出血,脳梗塞,消化管出血で死亡すること 伴う二次性のものと明らかな誘因を持たない原発性があ もある. る.動・静脈血栓症,血小板減少症,習慣性流産,若年 3 Wegener 肉芽腫症(WG) 発症の心筋梗塞・脳梗塞に一定の頻度で見られる.抗カ ルジオリピン抗体,ループスアンチコアグラントが陽性 で,対応抗原としてβ 2 グリコプロテインⅠが見られる. 上気道(副鼻腔等)と下気道(肺)の壊死性肉芽腫, 腎の壊死性半月体形成性腎炎,全身性の壊死性肉芽腫性 血管炎を見る.ANCA のうち抗 PR3 抗体が認められる. 1 症状 1 症状 多くは下肢を中心とした静脈血栓症で再発が多い.劇 症型抗リン脂質抗体症候群(catastrophic APS)が注目 されている.その特徴は,腎障害を含む 3 つ以上の多臓 上気道の症状として,壊疽性鼻汁(膿性鼻汁),副鼻 器障害があり,高血圧の頻度が高く中枢神経症状が主症 腔炎,中耳炎,眼症状,鼻中隔穿孔や鞍鼻が見られる. 状で,複数の大小血管の閉塞が見られることである. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1597 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 2 図 4 神経障害性および虚血性足病変の比較 治療 動・静脈血栓症の急性期には血栓溶解療法,抗凝固療 法を行い,慢性期には warfarin による経口抗凝固療法と 少量の aspirin の投与を行う. 5 関節リウマチ(RA) ,特に悪 性関節リウマチ(MRA) 血管炎症状の強い一群が悪性関節リウマチと呼ばれて いる.MRA の血管炎は全身性動脈炎型(Bevans 型)と 左:糖尿病における神経障害性足部潰瘍.足趾の変形と中足骨 頭にあたる部位の潰瘍が見られる.感染を伴い足部は温かい. 右:虚血による壊死.足部は冷たく,足趾のミイラ化を認める. 末梢動脈炎型(bywaters 型)に大別される. 1 症状 2 疫学 RA としての罹患期間が長く関節症状の進んだ stage Ⅲ,Ⅳの例が多い.全身性動脈炎型では全身症状に加え 糖尿病患者では末梢閉塞性動脈疾患 PAD のリスクは 3 皮下結節,紫斑,筋痛,筋力低下,胸膜炎,心膜炎,多 ~ 4 倍となる.平均発症年齢は約 10 歳若年に変移し, 発性神経炎,消化管出血,上強膜炎等の症状が急速に出 肢切断に陥る可能性も増加する. 現する.末梢動脈炎型では皮膚の梗塞,潰瘍,指趾の壊 糖尿病患者の PAD は下腿の動脈を侵す頻度が高い(di- 死等を主症状とする. abetic atherosclerosis).動脈には石灰化が見られること 2 治療・予後 抗リウマチ薬を中心とした RA の治療を継続する. MRA の治療はステロイド薬,免疫抑制薬,抗凝固薬, が多く,腎症による末期腎不全患者では特に著しいこと が多い. 3 診断 血漿交換療法も組み合わせて行われる.生命予後は全身 性動脈炎型では不良である. 足背動脈および後脛骨動脈の拍動を触診し,ドプラ聴 診器で動脈音を聴取する.定量的に頻用されるのは足関 ⅩⅤ 糖尿病性足疾患 節上腕血圧比(Ankle brachial pressure index: ABI)であ る.下腿動脈石灰化がある場合には足趾血圧(toe pres- sure)の測定が望ましい.潰瘍が阻血の有無を判定する ためには,経皮酸素分圧(tcPO2)や皮膚灌流圧(SPP) 1 糖尿病性足疾患の分類 の測定が有用とされる. 4 治療 1 基礎疾患に対する治療 糖尿病患者における潰瘍,壊死等の足疾患は神経障害 性, 末 梢 閉 塞 性 動 脈 疾 患(peripheral arterial disease: PAD)を合併する虚血性,および両者の混在する神経虚 血性の 3 つに大別される.最も多いものは神経障害性で 糖尿病に対する治療は,日本糖尿病学会が示した「糖 あり,典型例では足部は温かく,足部の固有筋の萎縮に 尿病治療ガイド」に準ずる. よる変形を見ることが多い.これに対し,虚血によるも のは足趾の先端や踵に見られ,足部は冷たい(図 4). 検査により血流障害の有無を診断する. 2 足病変に対する治療 毎日足部を観察し,傷や白癬,感染がないことを確認 する.足部に異常が発見された場合には,専門病院を受 診する.知覚が低下している足の熱傷を避けるため,温 熱機器の使用には注意し,入浴の際は手で温度を調べる 1598 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン のが良い.靴のサイズは家族等の介助者に確認してもら うのが良く,中に異物がないことを確認する. ①薬物療法 薬剤で有効性が明らかになったものはない. 症状 疾患 攣縮 皮膚蒼白・チアノーゼ・冷感 Raynaud 症候群 拡張 発赤・灼熱感・浮腫・疼痛 肢端紅痛症,カウザルギー 1 ②血管内治療(interventional radiology: IVR) 肢端紅痛症 (erythromelalgia) TASC Ⅱでは糖尿病患者に多い末梢病変についても, うっ血を伴った発赤した四肢と灼熱感を特徴とし,未 大腿動脈領域での IVR は 15cm 以下の狭窄にまで適応が 治療の場合疼痛を来たす肢端紫藍症を呈したり壊死を来 広げられている.ただ,開存率は自家静脈を用いた膝下 たしたりすることもある. 大腿膝窩動脈バイパス術に劣る.膝窩動脈以下の IVR 足背動脈,後脛骨動脈,橈骨動脈,尺骨動脈等の主幹 についてのデータはほとんどない. 動脈の開存は保たれ,拍動は良好に触知する.真性多血 ③血行再建術 症症例に認められるとの報告がある.内膜肥厚や指趾動 脈等の細動脈の血栓閉塞が引き起こされ,肢端紫藍症に 外科的な血行再建術は,現在のところ最も確実な 至ったり,指趾壊死を来たしたりすることもある.治療 PAD の治療法である.末梢吻合部は足部動脈に連続す は,低容量 aspirin 内服(100mg/day)に代表される抗血 る病変の少ない部位を選択するのが良い.術後抗血小板 小板療法が有効とされており,無効な場合には交感神経 薬を使用することが開存性の向上につながる. 節切除やブロック等を考慮する.肢端紫藍症に至ってし まった場合には,有効な治療法は少ないが,aspirin に血 ④切断 管拡張作用のある抗血小板薬も加える.無効な場合には 虚血性で血行再建が不可能な症例,大部分の足部が既 交感神経節切除を考慮するが,その効果に定まった評価 に壊死に陥っている症例,感染により生命が危険にさら はない. されている症例等では,切断断が行われる(一次切断術). 血行再建を先行した場合,創治癒が不良な部分に対し二 2 Raynaud 現象 次切断が行われる. 寒冷時に発作として指趾に蒼白,続いてチアノーゼの ⑤再生医療 色調変化を認め,元に復する一連の症状.上肢に認めら 自己単核球移植,VEGF,FGF や HGF 遺伝子の導入 等が試見られているが,現時点では研究的医療である. ⑥集学的創傷管理 組織欠損を伴う症例は,血行再建のみで治療は終了し れることが多い. 動脈の器質的病変 なし(=潰瘍・壊死は低 Raynaud 病 頻度) あり(膠原病,胸郭出口 Raynaud 症候群 症候群等) 寒冷刺激の回避, 禁煙 原疾患に対する 治療 ない.感染を伴う切断端は開放にとどめ,創傷処置を行 抗血小板薬,プロスタグランジン製剤投与に加えて, う.Vacuum-assisted closure の有効性が確立してきてい 内科的治療が無効な場合には交感神経節ブロックないし る.さらに植皮,遊離皮弁移植等の方策を活用し組織治 交感神経節切除を考慮する.Raynaud 症候群のうち,活 癒に努める. 動性の SLE にはアフェレーシスが保険適用とされてい る. ⅩⅥ 動脈の機能性疾患 3 カウザルギー 外傷後疼痛症候群(Post-traumatic Pain Syndrome)ま 四肢主幹動脈から指趾末梢動脈に器質的な閉塞性病変 たは反射性交感神経性萎縮症(Reflex Sympathetic Dys- を認めないが,血管攣縮や拡張のために四肢の末端で trophy Syndrome)等とも呼ばれる.治療法は確立され 様々な臨床症状を生じる疾患である. ていない. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1599 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) Drucker らの分類 症状 治療 第 1 期: 患趾の温かさ,灼熱感, 交感神経節ブロック,自 acute 浮腫,多汗症等 然寛解 第 2 期: 冷感,チアノーゼ,持 交感神経節ブロック dystrophic 続痛,骨粗鬆症等 疼痛が受傷範囲を越え 神経節ブロック有効例に 第 3 期: て持続 は交感神経節切除(内科 atrophic 皮 膚 萎 縮, 骨 の 脱 灰, 的治療に反応しない症例 関節硬直等 に限る) 4 治療 ◦神経性:消炎鎮痛薬や筋緊張緩和薬,頸部運動療法, 姿勢の矯正,呼吸訓練等.保存的治療で改善が見られ ない場合,周囲からの圧迫に強く関与している第 1 肋 骨切除と前および中斜角筋切除. ◦静脈性:急性期には経カテーテル的血栓溶解療法また は外科的血栓摘除と第 1 肋骨切除.静脈に狭窄部が残 存した場合,バルーン血管形成術やパッチ血管形成術 を併施.腫脹が軽度であれば,抗凝固療法等の保存療 胸郭出口症候群・ 鎖骨下動脈盗血症候群 ⅩⅦ 法のみでよい. ◦動脈性:頸肋切除と斜角筋切除に加え,病変部動脈を 切除してグラフト置換術を行うことが多い.末梢に塞 栓症を合併する場合には,塞栓除去. 1 胸郭出口症候群 1 解剖と病因 上肢の神経(腕神経叢)・動静脈(鎖骨下動静脈)は, 2 1 鎖骨下動脈盗血症候群 (Subclavian steal syndrome) 病態 (1)斜角筋間三角,(2)肋骨鎖骨間隙,(3)小胸筋背側の 鎖骨下動脈(多くは左側)の椎骨動脈分岐より近位部 3 か所で圧迫を受けやすく,特に,(1)や(2)での障害が に高度狭窄または閉塞があって,患側上肢の運動に際し 多いとされている.胸郭出口症候群は,もともと頸肋, て,逆行性に椎骨動脈から上肢へ血流が流れるために脳 第一肋骨形成不全,前および中斜角筋走行異常等の解剖 底動脈循環不全症状が生ずる場合を鎖骨下動脈盗血症候 学的変異のある例が,交通事故,労災,スポーツ等の外 群と言う.内胸動脈を用いた左冠状動脈バイパス術後に, 傷をきっかけに発症することが多いと言われている. 鎖骨下動脈への steal 現象が生じて心筋虚血を来たす冠 2 状動脈-鎖骨下動脈盗血症候群の報告も見られる(図 症状 5).原因は,ほとんど動脈硬化である. 共通の症状は,上肢の痛みである. 頻度 症状 手のしびれ・脱力,後頭部・頸部・ 神経性 97% 肩・腋窩・前胸部の痛み 静脈性 2% 上肢のうっ血(腫脹, チアノーゼ) 少数(多くは頸肋 上肢の虚血症状(冷感,しびれ, 動脈性 か第 1 肋骨の形成 Raynaud 現 象, 労 作 時 痛, 手 指 異常を伴う) の壊疽) 3 2 症状 上肢運動時の脳虚血症状(頭痛,眼前暗黒感,めまい) 図 5 冠状動脈−鎖骨下動脈盗血症候群の血行動態 診断 椎骨動脈 ◦鎖骨上前斜角筋部の圧痛が陽性 ◦上肢の 90°外転外旋で上肢の痛みが増強・橈骨動脈拍 動の減弱 ◦単純 X 線検査で頸肋,第 1 肋骨の形成異常,鎖骨や肋 骨の仮骨形成 ◦静脈造影で鎖骨下静脈の閉塞,上肢の外転外旋位で鎖 骨下静脈の狭窄 ◦動脈造影で斜角筋間三角部の狭窄・閉塞や狭窄後拡張 1600 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 鎖骨下動脈起始部の 狭窄または閉塞 内胸動脈バイパス 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン と上肢虚血症状(運動時の痛み,しびれ,脱力).冠状 図 6 膝窩動脈外膜嚢腫 動脈からの steal の場合は胸痛が生ずる. 3 治療 軽度の上肢虚血症状のみであれば,抗血小板薬投与等 の保存的治療.脳虚血症状,血管造影上 steal 現象が証 明される場合,上肢の虚血が強い場合等には,上肢の血 行再建術を考慮.非解剖学的バイパス術が行われること が多い.限局性病変に対するバルーン拡張術やステント 留置術の報告も増えている.血管内治療にあたっては, 脳梗塞の発生に注意が必要である. ⅩⅧ 1 膝窩動脈外膜嚢腫 膝窩動脈外膜嚢腫とは 外膜嚢腫は動脈外膜の粘液変性により外膜と中膜間に コロイド様物質が貯留して動脈内腔の狭窄もしくは閉塞 右:血管造影では左膝窩動脈に有意な狭窄像はなく,造影剤が 薄くなるだけの所見であった. 左:造影 CT では,膝窩動脈に嚢腫性病変が認められた. 4 治療手技 1 エコーや CT ガイド下での穿刺吸引術 報告が散見されるが,中期成績は不良である. 2 経皮的血管形成術(percutaneous transluminal angioplasty: PTA) を来たし,下肢の虚血症状を呈する病態であり,膝窩動 早期に再狭窄を来たし,満足すべき結果が得られてい 脈に好発する. ない. 間歇性跛行を主訴とし,症状の消長を認める. 2 診断 3 嚢腫開放術 動脈が血栓閉塞していない場合に適応となる.嚢腫壁 を全周性に切開し完全に開放することにより再発を回避 ◦間歇性跛行を主訴として受診した若年者では本症を念 頭に置く. ◦石川のサイン(膝関節の屈曲で下肢末梢動脈の拍動が 消失). できるとの報告がいくつかある. 4 動脈切除+自家静脈置換術 完全閉塞症例で適応となる.遠隔成績は良好である. ◦血管造影:砂時計様狭窄,三日月様の緩やかな狭窄. 動脈硬化性病変を認めない.狭窄が軽度の場合には造 影剤が薄くなるのみ(図 6:右).膝関節の過屈曲位 において膝窩動脈が M 字に屈曲する. ⅩⅨ 膝窩動脈捕捉症候群 ◦ CT:膝窩動脈またはその近傍に嚢腫性病変(図 6:左). ◦エコー:血管カラードプラ法にて多房性低エコー像. 同部に血流を認めない. 1 膝窩動脈捕捉症候群とは ◦ MRI:嚢腫内容の性状把握が可能.膝窩動脈捕捉症 候群との鑑別も可能. 3 治療方針の選択 腓腹筋の付着異常や異常筋・線維束により,膝窩動脈 が捕捉あるいは圧迫される.捕捉の繰り返しによって膝 窩動脈の内皮障害を生じ,最終的に閉塞,下肢の虚血性 障害を引き起こす(図 7). 狭窄性病変の場合:穿刺吸引,嚢腫切除,開放術等 閉塞性病変の場合:自家静脈でのバイパス術 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1601 循環器病の診断と治療に関するガイドライン(2005-2008 年度合同研究班報告) 図 7 膝窩動脈捕捉症候群の分類 4 治療 積極的に手術を勧めるとの意見が多い. ◦膝窩動脈が開存しており狭窄や狭窄後拡張なし:腓腹 Ⅰ型 Ⅱ型 筋内側頭あるいは異常筋腹,線維束の切除. ◦狭窄後拡張,動脈瘤:動脈瘤切除 + 端々吻合か自家静 脈置換術. ◦狭窄,閉塞例:自家静脈による置換術.閉塞が広範囲 の場合にはバイパス術が必要となることもある. Ⅲ型 Ⅳ型 Ⅰ型:膝窩動脈は腓腹筋内側頭のさらに内側を走行し同筋より 深部を通過する. Ⅱ型:Ⅰ型と同様の走行異常であるが,腓腹筋内側頭がやや中 央寄りに付着するため,膝窩動脈の走行はⅠ型より中央寄り となる. Ⅲ型:膝窩動脈の走行はⅡ型と同様であるが,腓腹筋内側頭か ら分離した副腓腹筋(いわゆる腓腹筋第 3 頭)により圧迫さ れる. Ⅳ型:膝窩動脈は通常よりやや内側を走行し,膝窩筋または異 常線維束により圧迫される. Ⅴ型:Ⅰ - Ⅳ型に膝窩静脈圧迫を伴う. 2 臨床像 経皮経管的血管拡張術は,極めて早期に再閉塞を来た すことが多い. ⅩⅩ 1 Blue toe syndrome 病態 足部の脈が触れるにもかかわらず,足趾に突然微小塞 栓症が生じたもの.塞栓源は動脈壁由来のコレステリン 結晶である.特発性の他,カテーテル操作,心臓血管手 若年男性に発症した間歇性跛行(腓腹部痛または足部 術,抗凝固薬,線維素溶解薬,鈍的外傷等が誘因となる. 痛)の場合には本症を疑う. 内臓にも微小塞栓症を併発することがあり,コレステリ 身体所見:足関節部の脈拍欠如,低下.約 15 %の症例 ン塞栓症と総称される.また,大動脈壁のびまん性の毛 では正常に触知するが,足関節の他動的背屈,能動的底 羽立ち状の粥腫は塞栓源となりやすい(shaggy aorta 症 屈により消失する.2/3 の症例が両側性. 候群). 3 診断手順 2 症状と診断 ドプラ法:足背動脈か後脛骨動脈において,足関節の 足趾および足部に突然,疼痛や冷感を伴う播種状・多 他動的背屈および能動的底屈でドプラ音が減弱するか消 発性のチアノーゼ斑,皮膚の網状斑(リベド)等を認め, 失する. 足背動脈と後脛骨動脈の拍動は触知可能である.全身症 エコー:膝窩動脈の偏位や,膝窩静脈との間に存在す 状を伴う場合は,臓器塞栓症の併発を考える. る筋腹の有無を評価する.足関節の他動的背屈および能 血液生化学検査では特異的な所見はない.臓器塞栓症 動的底屈で,膝窩動脈が圧迫され狭窄所見を認める. では,肝・腎機能障害,アミラーゼ上昇等を認める.胸 造影 CT:膝窩動脈の内側への偏位と,動静脈の間に 部大動脈から末梢主幹動脈の造影 CT や超音波画像診断 腓腹筋内側頭または異常筋腹を認める.進行すると動脈 を行い,塞栓源と他臓器塞栓症を検索する.皮膚や筋組 拡張や動脈瘤,限局性閉塞が認められる.筋腹の起始部 織の生検で血管内コレステリン結晶を確認すれば,確定 を確認することにより病型を決定する. 診断となる. 血管造影:特にⅠ型,Ⅲ型の限局性閉塞例では,閉塞 の中枢側と末梢側の膝窩動脈の中心軸にずれが認められ 3 治療 る. 鑑別疾患:膠原病,塞栓症,膝窩動脈瘤,外膜嚢腫. 1602 Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 虚血となった足趾に対しては,プロスタグランディン 末梢閉塞性動脈疾患の治療ガイドライン 製剤,抗血小板薬,ステロイド,LDL アフェレーシス等. なくない.遺残状態は症例により異なる. 潰瘍・壊死が難治の際には交感神経節切除術も考慮する. • Bower らの分類 多臓器塞栓症の予後は不良である. 完全型:PSA が膝窩動脈と連続していて下腿への主 塞栓源が明らかで,かつ保存的治療による制御が困難 な血行路となっているもの. な症例に対しては,手術が考慮される(人工血管置換術, 不全型:PSA が膝窩動脈と連続しないで細い分枝とし 塞栓源末梢側の結紮とバイパス術,血栓内膜摘除術等). て遺残し,浅大腿動脈が膝窩動脈と連続しているもの. 近年ではステントによる血管形成術やステントグラフト 内挿術の報告もある(レベル B).いずれも手術合併症 3 診断 として新たな臓器塞栓症を生じうる. 予防として,粥腫の安定化にはスタチン製剤の有用性 症状:多くの場合は無症状. が考えられている.カテーテルをはじめ動脈の操作は, 動脈瘤:臀部の拍動性腫瘤,坐骨神経痛. 事前に大動脈壁の性状を確認し,愛護的な操作を行う. PSA の閉塞性病変:下肢虚血. ヘパリン,ワルファリン等の抗凝固薬,および線維素溶 身体所見:大腿動脈拍動が減弱または消失しているにも 解薬は,コレステリン結晶や粥腫の遊離を促進する恐れ かかわらず,膝窩動脈や足部動脈拍動を触知する. があり,使用は回避する(レベル B). 血管撮影:内腸骨動脈から膝窩動脈へ連続して走行する 異常な血管像. ⅩⅪ 遺残坐骨動脈 CTA・MRA:PSA が走行する骨盤内での位置関係が明 らかになる. 4 1 病態 治療 完全型では瘤形成することが多く,下肢への塞栓源と なったり,血栓性閉塞を来たしたり,破裂することも少 胎生期に本来退化すべき坐骨動脈が,残存したもの. なくない.瘤の存在部位や拡張範囲により術式は異なる. 遺残坐骨動脈(PSA: persistent sciatic artery). • PSA を再建した場合には遠隔期の瘤発生に注意が必要. 2 頻度と分類 • PSA を切除・空置した場合には,大腿膝窩動脈バイパ スが必要.術中の坐骨神経損傷に注意. PSA の閉塞性病変の場合には,大腿膝窩動脈バイパ 頻度は 0.025 ~ 0.05%程度.両側に見られることも少 スを行うことが多い. Circulation Journal Vol. 73, Suppl. III, 2009 1603
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