Paradise™ Reagent Systemホルマリン固定パラフィン包埋切片からの

i nnovation
Paradise Reagent System
TM
ホルマリン固定パラフィン包埋切片からの
マイクロダイセクションと RNA の回収・精製・増幅
これまで、ホルマリン固定パラフィン包埋組織からマイクロ
ここでは、ParadiseTM Reagent System を使用する際のポイン
ダイセクション法によって採取した目的の細胞群から、高品
トを含めて(1)および(2)について解説します。また、ホルマ
質の RNA を得ることは困難であると考えられてきました。
リン固定パラフィン包埋切片から回収した RNA を用いて、
それは、ホルマリン固定(共有結合固定)により、RNAが他の
リアルタイムRT-PCR を行った例もご紹介します。
成分と結合することで回収率が極端に悪くなるためや、パラ
フィン包埋からスライド薄切までの複雑で長い工程により、
(1)サンプル調製・染色
RNA の劣化が避けられないという理由からでした。
ホルマリン固定パラフィン包埋切片の調製方法のポイントは、
今回、ホルマリン固定からはじまるパラフィン包埋工程と薄
すべての作業において、RNase による RNA の分解に注意を
切工程の時間と温度を厳密に管理し、Paradise Reagent
払うことです。
System を使用することで、ホルマリン固定パラフィン包埋
1)ホルマリン固定
TM
組織からの RNA の回収量が著しく向上することがわかりま
した。さらにキットに含まれるRNA 増幅システムは、非常に
効率よくRNAを増やすことができるため、少量の細胞(RNA)
サンプルからでもマイクロアレイ解析に十分な量の RNAを
得ることができます。
マイクロダイセクション用サンプルに限らず、RNA のソースと
する組織サンプルは、いずれも生体から摘出した後は、すば
やく所定の処理をする必要があります。摘出組織は、十分量
(組織容積の約 10 倍程度)の 10%中性ホルマリン緩衝液にす
ばやく浸漬します。この際、組織が大きすぎると、組織内へ
なお、製造元の Arcturus 社では、
10 年以上前の組織ブロッ
クからマイクロアレイ解析に十分な量の RNAを回収した実
績があり、古い組織ブロックに対しても ParadiseTM Reagent
System が有効であることを確認しています。
■ ParadiseTM Reagent System について
本システムには、
(1)サンプル調製・染色、
(2)RNA 抽出・精
製、
(3)RNA 増幅の各工程に必要な試薬が含まれています
(BIO VIEW 45 号、46 ページ参照)
。
(1)のサンプル調製では、初発サンプル中のRNAの品質がすべ
てを左右しますので、その点に留意することが特に重要です。
(2)は従来のPicoPureTM RNA Isolation Kit とよく似たプロト
コールですので、シンプルでなじみやすく、はじめての方にも、
スムーズにRNA 精製を行えます。本キットには、RNA 抽出の
キーになる酵素や、ゲノム DNA を除去するための DNaseも
含まれています。
(3)の増幅工程には、1.5 ラウンド用と 2 ラウンド用の 2 種類
のホルマリンの浸透に時間がかかりすぎ、RNA の分解が進行
する恐れがあります。組織の厚みは、5 mm程度に抑え、幅や
長さも10 mm 以内がよいでしょう。それ以上の場合は、細断
して固定します。
血流量の多い組織を摘出する場合は、直前に全血を採取し
てから摘出に入る方法をお勧めします。
図 1 は、ホルマリン固定時間を変えた 2 種類の組織(脳、肝
臓)
を所定の方法でパラフィン包埋し、薄切したスライド切片
から抽出したtotal RNA の品質をアジレント2100 バイオアナ
ライザで分析した結果です。この実験では、ホルマリン固定
時間が 24 時間、48 時間、72 時間のいずれでもよく似た分析
パターンが得られ、この時間内では total RNA の著しい分解
はないことが示されました。なお、製造元が推奨する固定時
間の上限は 48 時間です。ホルマリン固定サンプルの調製法
については、図 1 の説明文をご参照ください。
2)包埋工程(標準的な工程で対応可能)
の増幅キットがあります。1.5 ラウンド用は、2 回目増幅の際
ホルマリン固定液は、流水中で15 分洗浄することで除去し
に行う IVT(in vitro transcription)反応に市販の標識キット
ます。理想的にはヌクレアーゼフリー水で浸漬洗浄しますが、
を組み合わせることで蛍光標識アンチセンス RNA(aRNA)
を
今回の検討実験では流水を使用しています。その後の包埋
調製し、精製するシステムです。これは、例えば GeneChip®
は、表 1 に示す手順に従っています。アルコール(エタノー
®
Probe Arrays(Affymetrix 社)のようなオリゴヌクレオチドア
ル)
、キシレン、パラフィンなどの試薬は、通常の市販品を使
レイによる分析に供する蛍光標識 aRNAを調製する時に使用
用します(なお、今回の検討実験では、未開封の新品を使用
します。2 ラウンド用は、RNA 増幅を2 回行うキットで、最終
しています)
。包埋後のブロックは− 70℃で保管します。なお、
調製されたaRNA は市販の標識キットを用いて蛍光標識した
この包埋工程と次の薄切工程は、
(株)ケーエーシーのご協力
後、cDNA マイクロアレイ解析に供することができます。
をいただきました。
BIO VIEW No.46 ●
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(A)脳:24 時間固定
(B)脳:48 時間固定
(C)脳:72 時間固定
(D)肝臓:24 時間固定
(E)肝臓:48 時間固定
(F)肝臓:72 時間固定
図1 ホルマリン固定時間と RNA の品質
ホルマリン固定サンプルの調製方法:同一日誕生の 10 週齢の BALB/c マウスを 3 個体準備し、1 日ごとに 1 個体から脳と肝臓を摘出し、ホルマリン固定を行った。
摘出サイズは、5 mm 立方程度にそろえた。所定の固定時間の後、ただちにパラフィン包埋工程に移行した。なお、同一個体からの組織の残り半分は、本来のRNA
の状態を見るために、新鮮凍結ブロックとして− 80℃で保管した。RNA の分析はアジレント2100 バイオアナライザとRNA6000 Nano LabChip® キットを用いて行った。
表1 パラフィン包埋の手順
液槽
薬液
1
3)薄切工程(RNA 専用工程)
RNase の混入を防ぐために、マスクと手袋を着用することが
一般組織
時間
圧力
温度
ポイントです。
80%アルコール
1 時間 30分
陰圧
常温
① 薄切サイズ
2
90%アルコール
1 時間 30分
陰圧
常温
厚み7∼8 µmで薄切し、ブロックごとに刃の交換を行います。
3
95%アルコール
2 時間
陰圧
常温
この厚さは、パラフィン切片としては厚めですが、RNA の収
4
95%アルコール
2 時間
陰圧
常温
量をよくするためには適当と思われます。
5
100%アルコール
2 時間
陰圧
常温
6
100%アルコール
2 時間
陰圧
常温
7
100%アルコール
2 時間
陰圧
常温
8
キシレン I
1 時間
陰圧
常温
9
キシレン II
1 時間
陰圧
常温
10
キシレン III
1 時間
陰圧
常温
③ 使用スライドガラス(PixCellTM システムを使用する場合)
11
パラフィン I
1 時間
常圧
60℃
無処理スライドガラスに貼り付けます。剥離がはげしい組織
12
パラフィン II
1 時間
常圧
60℃
は、弱い陽電荷のチャージガラスを使用するとよいでしょう。
13
パラフィン III
1 時間
陰圧
60℃
④ 貼り付け後の伸展操作
14
パラフィン IV
1 時間
陰圧
60℃
② 伸展のための湯浴
30℃以下の温度で、RNaseフリー水もしくは注射用水を用い
て行います。湯浴に浸漬する時間は、1 枚あたり 2 分以内と
します。
ホットプレートは使用せず、室温で乾燥させ、30 分以内にス
ライドボックスに入れて− 70℃で保存します。
上記工程を経たパラフィンスライドは、調製の翌日に脱パラ
フィン・染色・脱水処理を行い、マイクロダイセクションと
RNA の調製を行うのが理想的です。− 70℃での保存は 2 週
間が限度です。
18
●
BIO VIEW No.46
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4)脱パラフィン・染色・脱水工程
(A)脱水直後のパラフィン切片から回収した total RNA の分析
この工程の手順を表 2 に示します。
表2 脱パラフィン・染色・脱水の手順
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
工程
処理
時間
凍結から取り出し
脱パラフィン
脱パラフィン
脱パラフィン
脱パラフィン
脱パラフィン
脱パラフィン
脱パラフィン
染色
脱水
脱水
脱水
脱水
乾燥
− 70℃
50∼60℃加温
キシレン I *
キシレン II*
100%エタノール*
95%エタノール*
75%エタノール*
Nuclease Free 水*
Staining Solution*
75%エタノール*
95%エタノール*
100%エタノール*
キシレン III*
ドラフト内
2分
2分
2分
2分
1分
1分
30 秒
45 秒
30 秒
30 秒
1分
5分
5分
(B)脱水後、一晩室温放置のパラフィン切片から回収した total
RNA の分析
*の試薬は、本システムに含まれている。
5)LCM(マイクロダイセクション)工程
スライドを1 枚ずつ脱水し、その都度、2 時間以内にマイクロ
図2 脱水処理後の total RNA の安定性
ダイセクションの工程を終了することを推奨します。凍結切
マウス肝臓のパラフィン包埋切片をサンプルとして使用した。RNA の分析は
アジレント2100 バイオアナライザと RNA6000 Nano LabChip® キットを用いて
行った。
片の場合に比べれば、脱水後のサンプル中の RNA の劣化の
スピードが緩やかなので、余裕をもってマイクロダイセクショ
(2)RNA 抽出・精製
ンを行うことができます。
脱水後のスライドを 1 晩室温(20 ∼ 25 ℃)に放置した後に
抽出と精製の方法は非常にシンプルです。キット添付の Pro
RNA を回収・精製した場合と、脱水直後に回収・精製した
K Mix を加えて、50℃で16 時間抽出操作を行うことで、Pro
場合のRNA の品質を比較した実験の結果を図 2 に示します。
K Mix が効果的に働き、ホルマリン固定された組織内の遊離
脱水直後のサンプルと比べて、収量と品質が少し落ちる傾向
しにくいRNA が効率よく回収されます。また、混入してくる
にありますが、分単位で分解していく凍結切片中のRNA に比
ゲノム由来 DNA は、添付のDNase Mix で処理することによ
べれば、パラフィン切片中のRNA はかなり安定といえます。
り除去されます。抽出・精製工程の手順を表 3 に示します。
表3 抽出・精製工程の手順
工程
0
1
2
3
4
5
6
7
8
9
10
11
12
13
14
15
LCM 直後処理
サンプル抽出
カラム*準備
カラム準備
サンプル抽出
カラムアプライ
カラムアプライ
カラム洗浄
DNase 処理
カラム洗浄
カラム洗浄
カラム洗浄
RNA 溶出
RNA 溶出
RNA 溶出
RNA 保存
処 理
時間
温度
Pro K Mix による抽出
800 × g 遠心
カラムプレコンディショニング
16,000 × g 遠心
(35 µl)
・EtOH*
(65 µl)の混合
1 の抽出液(10 µl)
・BB*
4 のサンプルをカラムに結合・100 × g 遠心
16,000 × g 遠心
100 µl のW 1*
(洗浄液 1)添加・8,000 × g 遠心
(DNase Mix* 2 µl + DNB* 18 µl )カラム添加
40 µl の W 1(洗浄液 1)添加・8,000 × g 遠心
(洗浄液 2)添加・8,000 × g 遠心
100 µl のW 2*
100 µl のW 2(洗浄液 2)添加・16,000 × g 遠心
(溶出液)をカラムに添加
12 µl の EB*
1,000 × g 遠心
16,000 × g 遠心
凍結保存
16 時間
2分
5分
1分
充分混合
2分
1分
1分
20 分
1分
1分
2分
1 分放置
1分
1分
− 70℃以下
50 ℃
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
室温
*
*のカラムおよび試薬は、本システムに含まれている。
BIO VIEW No.46 ●
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PixCellTM IIeシステムを使用して、マウス肝臓パラフィン包埋
切片から約2000 細胞を捕捉し、表 3 の工程に従ってRNAを
(A)oligo dT primer 使用
調製し、RNA の品質を調べた結果を図 3 に示します。キャッ
脳(凍結切片)
プで捕捉した細胞の状態は、もとの組織の状態を反映して
脳(パラフィン切片)
いることがわかります。このようなRNA の品質の検定を行っ
てから次の RNA 増幅工程に進むことをお勧めします。
(A)マイクロダイセクションで捕捉した細胞の total RNA
の分析
(B)random 6mer 使用
脳(凍結切片)
(B)マイクロダイセクションを行っていない組織領域の
total RNA の分析
脳(パラフィン切片)
図3 マイクロダイセクション後の RNA の品質
CapSureTM(LCM 用キャップ)から回収・精製した捕捉細胞の total RNA をアジ
レント2100 バイオアナライザとRNA6000 Pico LabChip® キットで分析した結果
を(A)に示す。同時に回収・精製した組織全体のかきとりサンプルを50 倍希釈
して分析した結果を(B)に示す。
図4 増幅曲線と融解曲線
表4 GAPDH 遺伝子をターゲットとしたリアルタイムRT-PCR の結果
■パラフィン包埋切片から抽出精製した RNAサンプルの
リアルタイムRT-PCR
RNA サンプル
RT プライマー
Ct
Tm
脳(パラフィン切片)
random 6mer
20.86
85.91
マウスの脳および肝臓のパラフィン包埋切片(24 時間ホルマ
脳(パラフィン切片)
oligo dT primer
26.68
85.92
リン固定)から本システムのRNA 抽出・精製用試薬を用いて
脳(凍結切片)
random 6mer
20.46
85.92
抽出精製した total RNA サンプルについて、ハウスキーピン
脳(凍結切片)
oligo dT primer
21.98
85.92
グ遺伝子の 1 つである GAPDH(glyceraldehyde-3-phosphate
肝臓(パラフィン切片) random 6mer
20.29
85.80
dehydrogenase)遺伝子の発現をリアルタイムRT-PCRで確
肝臓(パラフィン切片) oligo dT primer
25.27
85.99
認しました。増幅曲線および融解曲線の一部を図 4 に、結
肝臓(凍結切片)
random 6mer
20.90
85.93
果のまとめを表 4 に示します。また比較として、同一組織か
肝臓(凍結切片)
oligo dT primer
22.88
85.80
ら作製した凍結切片から PicoPureTM RNA Isolation Kit で抽
出精製した total RNA についても同様な分析を行いました
(表 4)
。
20
●
BIO VIEW No.46
増幅領域:NM_008084 の 308-406。
Smart Cycler® II System および SYBR® Premix Ex TaqTM(Perfect Real Time)を
使用。
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パラフィン包埋切片から抽出精製した total RNA の品質は、
■関連製品
図 1 に示したアジレント検定の結果が示すように、18S rRNA
・ParadiseTM Reagent System(1.5 Rounds of
のピークは確認できますが 28S rRNA のピークの確認は難し
*1
Amplification)
いレベルのものでした。しかし、リアルタイムRT-PCRでの増
Code AL401
48 回用
¥1,440,000
幅曲線や融解曲線からは十分に RT-PCR 解析に利用できる
Code AL411
12 回用
¥480,000
total RNA が得られていることがわかります。
TM
・Paradise Reagent System(2 Rounds of
なお、逆転写用プライマーとしてrandom 6mer を用いた場合
*1
Amplification)
とoligo dT primerを用いた場合で、凍結切片からのサンプル
Code AL402
48 回用
¥1,500,000
ではCt 値にあまり差が見られなかったのに対し、パラフィン
Code AL412
12 回用
¥500,000
包埋切片からのサンプルではoligo dT primer の系で Ct 値に
・アジレント2100 バイオアナライザ電気泳動ノートシス
有意な遅れが見られました。
テム*2
この結果もアジレント検定の結果と同様、パラフィン包埋切
Code AG3141
片から抽出精製したtotal RNA はある程度分解が起こってい
Code AG4476
1 キット
¥44,000
・RNA6000 Pico LabChip® キット*2
発現解析を行う際には、ターゲットの増幅領域の設定に応じ
て逆転写プライマーを選択する必要があると考えられます。
¥3,151,000
・RNA6000 Nano LabChip® キット*2
ることを示しています。パラフィン包埋切片から抽出精製し
た total RNA を用いてRT-PCR /リアルタイムRT-PCR による
一式
Code AG4473
1 キット
¥57,000
*1:Arcturus 社の製品です。
*2:Agilent Technologies 社の製品です。
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FAX. 077-543-1977
BIO VIEW No.46 ●
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