ホルマリン固定パラフィン包埋サンプルからの DNA マイクロアレイ解析の

株式会社バイオマトリックス研究所
ホルマリン固定パラフィン包埋サンプルからの DNA マイクロアレイ解析の評価
ホルマリン固定パラフィン包埋サンプルからの DNA マイクロアレイ解析の評価
株式会社バイオマトリックス研究所
BMR 技術開発センター
[ 要約 ]
DNA マイクロアレイを利用して ホルマリン固定パラフィン包埋 (FFPE : Formalin-Fixed Paraffin embedded) 組織の遺伝子発現情報を
解析し、病理所見や予後との関連を調べることは非常に有益であると考えられる。しかし、FFPE 組織サンプルは RNA が架橋されて酵素
反応が妨げられること、包埋の行程で高温での加熱により RNA の分解が生じることなどによって、十分な品質の RNA を得ることは難しい。
我々は、同一組織に由来する FFPE 組織と凍結組織からそれぞれ RNA を取得し、NuGEN 社増幅キットを使用して Affymetrix
GeneChip® 解析を行い、FFPE 組織から精度の高い DNA マイクロアレイ解析が可能かどうかの評価を行った。その結果、各プローブの
Flag Call の判定は 凍結切片と FFPE 切片で高い相関性を示し、FFPE 切片における Flag Call は、80% 以上の高い確率で凍結切片
の Flag Call と一致した。また、大脳と膵臓の発現シグナル比の FFPE 組織切片と凍結組織切片における Scatter Plot からも、FFPE 組
織切片において観察された発現変動が、凍結組織切片の発現変動と高い相関性を有することが示され、FFPE 組織切片から高い精度で遺
伝子発現解析が可能なことが示唆された。
[ 結果 ]
(1) FFPE 組織切片と凍結組織切片の比較
28S rRNA の明確なピークを検出することができ、RNA の分解度を示
ホルマリン固定パラフィン包埋(FFPE)組織を出発とする DNA マイ
す RIN (RNA Integrity Number) も高い値を示し、品質が非常に高い
クロアレイ解析のパフォーマンスについて評価を行うために、同一組
ことが示された。しかしながら FFPE 切片から抽出された RNA は分解
織 試 料 に 由 来 す る FFPE 組 織 と 凍 結 組 織 の Affymetrix 社
が進んでおり、28S rRNA のピークは消失し、断片化された RNA も多
®
GeneChip を用いた発現プロファイルの比較解析を行った。
く検出された。
3 匹のマウスから大脳および膵臓を摘出した後、各組織を二つに
膵臓の凍結切片より抽出を行った RNA は、18S rRNA と 28S
切断し、切断された一方のブロックをホルマリン固定後にパラフィンで
rRNA のピークは検出されているものの、個体によって RNA の品質
包埋し、他方のブロックは OCT コンパウンドで包埋後、液体窒素によ
が多少ばらつく結果となった。また、FFPE 切片から抽出された RNA
り瞬間凍結を行った。それぞれの組織ブロックは切片にカットした後、
は、rRNA のピークが検出できず、大部分が分解された短い RNA と
RNA の抽出を行った。大脳の凍結組織切片および FFPE 組織切片
なった。大脳由来の RNA と比較して、膵臓由来の RNA の品質が低
から抽出した RNA の Bioanalyzer による電気泳動結果は図 1a、膵
下している理由は、膵臓が非常に高レベルの内在性 RNase を含む
臓の組織切片から抽出した RNA の電気泳動結果は図 1b のようにな
組織であるためと考えられる。
った。
大脳の凍結切片より抽出を行った RNA は、いずれも 18S rRNA と
Frozen
Cerebrum 1
Cerebrum 2
RIN=9.3
Frozen
Cerebrum 3
RIN=9.2
Pancreas 1
RIN=9.3
Pancreas 2
RIN=9.3
FFPE
Cerebrum 1
Cerebrum 2
RIN=2.7
図 1a
Pancreas 3
RIN=6.2
RIN=8.8
FFPE
Cerebrum 3
RIN=2.7
Pancreas 1
RIN=2.6
Pancreas 2
RIN=1.8
大脳組織切片から抽出された total RNA
図 1b
-1-
Pancreas 3
RIN=2.0
膵臓組織切片から抽出された total RNA
RIN=2.0
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ホルマリン固定パラフィン包埋サンプルからの DNA マイクロアレイ解析の評価
表1
®
GeneChip Mouse Genome 430 2.0 Array 解析レポート
Signal average
3’/5’ ratio, β-actin
3’/5’ ratio, GAPDH
Number Present
Percent Present
368
0.92
2.12
30423
67.5%
Frozen, Cerebrum
FFPE, Cerebrum
114
0.67
4.73
26273
58.2%
Frozen, Pancreas
189
0.94
4.89
25697
57.0%
FFPE, Pancreas
87
0.80
5.49
22327
49.5%
次に、抽出された FFPE 組織切片由来の total RNA の 50 ng を出
値はさらに 1/2 程低下しており、Present と判定されるプローブ数も、
発量として、NuGEN 社増幅キット A を用いて cDNA 合成を試みた。
大脳と同様に 10%近く減少していることが示された。
また、コントロールである凍結組織切片の total RNA も同様に 50 ng
を出発として、NuGEN 社増幅キット B を用いて cDNA 合成を試みた。
各プローブの Flag call (Present or Absent) について、FFPE 組織
cDNA 合成の結果、いずれもハイブリダイゼーションに必要な cDNA
切片と凍結組織切片の一致数を調べたところ、大脳組織において 3
量が得られた。さらに cDNA の長さの分布を確認したところ、大脳と
個体の試料全てで Present と判定された遺伝子数は、凍結組織切片
膵臓いずれにおいても FFPE 組織切片と凍結組織切片の間で cDNA
では 28181 遺伝子、FFPE 組織切片では 23584 遺伝子であった(図
2a)。これらのうち、22182 遺伝子が FFPE 組織切片と凍結組織切片
長に大きな差は観察されなかった。
®
続いて、合成された cDNA を用いて Affymetrix GeneChip Mouse
のいずれの試料においても Present と判定されており、これは FFPE
Genome 430 2.0 Array による遺伝子発現解析を行った。表1に解析
組織切片で Present と判定された遺伝子の 94%、凍結組織切片で
レポートの集計を示した。各試料につき 3 匹のマウス個体から調製を
Present と判定された遺伝子の 79%であった。
®
行った cDNA と GeneChip Mouse Genome 430 2.0 Array とのハイ
膵臓脳組織において 3 個体の試料全てで Present と判定された遺
伝子数は、凍結組織切片では 21149 遺伝子、FFPE 組織切片では
ブリダイゼーションを行っているため、3 枚の平均値を表している。
大脳における FFPE 組織切片と凍結組織切片のハイブリダイゼー
18555 遺伝子であり、14812 遺伝子が FFPE 組織切片と凍結組織切
ションの結果は、全プローブのシグナル平均値が FFPE 組織切片で
片のいずれの試料においても Present と判定された(図 2b)。この割
は約 1/3 に低下しており、また Present と判定されたプローブ数も
合は、FFPE 組織切片で Present と判定された遺伝子の 80%、凍結
10%近く少ない結果となった。膵臓では、FFPE 組織切片のシグナル
組織切片で Present と判定された遺伝子の 70%であった。
図 2a
図 3a
大脳試料における Flag Call の一致数
図 2b
大脳と比較して膵臓で 2 倍以上発現量が高い遺伝子
図 3b
膵臓試料における Flag Call の一致数
大脳と比較して膵臓で 2 倍以上発現量が低い遺伝子
発現量が低い遺伝子は、FFPE 組織切片で該当した遺伝子の 46%、
続いて、大脳における遺伝子発現プロファイルと膵臓における遺伝
子発現プロファイルの間で発現量に顕著な差のある遺伝子リストを、
凍結組織切片で該当した遺伝子の 50%が、いずれの凍結切片にお
FFPE 組織切片と凍結組織切片のそれぞれにおいて作成した。遺伝
いても発現差が確認された(図 3b)。
子リストの重複について調べた結果、大脳と比較して膵臓で 2 倍以上
また、大脳と膵臓の発現シグナル比を FFPE 組織切片と凍結組織
発現量が高い遺伝子は、FFPE 組織切片で該当した遺伝子の 49%、
切片のそれぞれにおいて算出し、Scatter Plot を作成した。この結果、
凍結組織切片で該当した遺伝子の 60%が、いずれの凍結切片にお
高い相関が得られていることが示された(図 4)。
いても発現差が確認された(図 3a)。大脳と比較して膵臓で 2 倍以上
-2-
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抽出を行った。いずれの RNA も著しく分解が進んでいたが、total
RNA の 50 ng を出発量として、NuGEN 社増幅キットを用いて cDNA
合成を行い、ハイブリダイゼーションに必要な cDNA 量を得ることに
®
成功した。合成された cDNA を用いて Affymetrix GeneChip Mouse
Genome 430 2.0 Array による遺伝子発現解析を行い、糖尿病モデ
ルマウスと正常マウスのシグナル分布を求めた(図 5)。
図4
FFPE 切片と凍結切片の Scatter Plot
(2) 糖尿病モデルマウスと正常マウスの FFPE 膵臓発現プロファ
イルの比較
(1) において同一組織に由来する FFPE 組織と凍結組織の発現プ
ロファイルの相関が高いことが示されたので、モデル実験としてホル
図5
マリン固定パラフィン包埋された糖尿病モデルマウスと正常マウスの
糖尿病モデルマウスと正常マウスの Scatter Plot
®
膵臓から RNA を取得し、Affymetrix 社 GeneChip を用いた発現
プロファイルの比較解析を試みた。
糖尿病モデルマウスには、Leptin-receptor gene (Lepr) に変異の
次に各 3 枚の糖尿病モデルマウス、正常マウスのいずれにおいて
ある (db/db) マウスを用いた。病因遺伝子である diabetes gene は
も Present と判定された遺伝子を抽出し、糖尿病モデルマウスと正常
レプチン受容体をコードしており、レプチン受容体が機能しないために
マウスの発現比を算出した。糖尿病モデルマウスにおいて発現の上
過食や肥満が観察される。これらのマウスの症状として、3-4 週齢よ
昇が高い上位 20 遺伝子を表 2 に示す。
り肥満症状を呈し、血漿インスリンは 10-14 日齢で、血糖値は 4-8 週
発現差が最も大きい islet amyloid polypeptide は 2 型糖尿病のラ
齢で急増する。また、多食、多飲、多尿を呈し、血糖値の高度上昇、
ンゲルハンス島に沈着しているアミロイドの主要構成成分であり、
natriuretic peptide receptor や procollagen も糖尿病に関与するとさ
ランゲルハンス島のインスリン分泌 β 細胞の重度消耗が観察される。
れている。また、caveolin や lipoprotein lipase はインスリンの分泌や
db
我々の実験では、糖尿病モデルマウスである BKS.Cg- Lepr + /
は、正常マウスである BKS.Cg- Lepr + / +m に比べて 6 週
合成を活性化させる。このように、正常マウスに比べて糖尿病モデル
齢において多食、多飲や、体重の増加や観察された。各 3 匹のマウ
マウスで発現量が高い遺伝子の中には、ヒト糖尿病に関与すること
スから膵臓を摘出した後、ホルマリン固定後にパラフィンで包埋した。
が知られている遺伝子や、インスリンの分泌に関与する遺伝子が多
半年以上経過した FFPE 組織ブロックは切片にカットした後、RNA の
数含まれた。
db
+Lepr
db
表2
糖尿病モデルマウスにおいて発現の上昇が観察された上位 20 遺伝子
Genbank
Gene Symbol
BB434117
BM569571
BG066982
BB452990
AK009847
AB029929
U25633
BF227507
BI794771
BM248471
BC022961
BI111620
NM_013655
AV019984
BC003305
NM_009605
BI220012
BC009165
AV016515
AV162270
Iapp
Iapp
Npr3
Scn7a
Prss23
Cav1
Emp1
Col1a2
Col1a1
Itsn1
Egln3
Timp3
Cxcl12
Dbi
Lpl
Adipoq
Serpinh1
Thrsp
Cryab
Dpysl3
Description
islet amyloid polypeptide
islet amyloid polypeptide
natriuretic peptide receptor 3
sodium channel, voltage-gated, type VII, alpha
protease, serine, 23
caveolin, caveolae protein 1
epithelial membrane protein 1
procollagen, type I, alpha 2
procollagen, type I, alpha 1
intersectin 1 (SH3 domain protein 1A)
EGL nine homolog 3 (C. elegans)
tissue inhibitor of metalloproteinase 3
chemokine (C-X-C motif) ligand 12
diazepam binding inhibitor
lipoprotein lipase
adiponectin, C1Q and collagen domain containing
serine (or cysteine) peptidase inhibitor, clade H, member 1
thyroid hormone responsive SPOT14 homolog (Rattus)
crystallin, alpha B
dihydropyrimidinase-like 3
-3-
ratio
16.01
10.98
9.72
6.81
6.10
4.42
4.21
3.96
3.92
3.86
3.86
3.83
3.83
3.76
3.75
3.74
3.73
3.72
3.63
3.57
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[ 考察 ]
マウスから摘出した大脳および膵臓からそれぞれ FFPE 組織切片
試料において異なるマウス 3 個体の平均値を用いていることや、
と凍結組織切片を作製し、total RNA の抽出を行ったところ FFPE 組
凍結組織切片の RNA の分解レベルに比べて FFPE 組織切片で
織切片から抽出された RNA は著しい分解が観察された。RNA の分
の RNA 分解レベルが大きく異なる大脳と膵臓の 2 者間での発現
解が生じる原因として、ホルマリンで固定することで RNA が架橋され
比を算出して、凍結組織切片と FFPE 組織切片を比較しているこ
ることや、パラフィンによる包埋の行程で高温での加熱を繰り返すこと
とを考慮すれば、50%で遺伝子リストが一致したという結果は評
が挙げられる。また、FFPE 組織からの RNA 抽出の過程には、脱パ
価すべき相関性であると考える。さらに、大脳と膵臓の発現シグナ
ラフィン、脱架橋やタンパク質分解の反応が含まれ、特に脱架橋反応
ル比の FFPE 組織切片と凍結組織切片における Scatter Plot か
と Proteinase によるタンパク質分解反応は高温で長時間加熱するこ
らも、FFPE 組織切片において観察された発現変動が、凍結組織
とから、これらの反応中に RNA の分解がさらに進行することが考えら
切片の発現変動と高い相関性を有することが示された。
れる。特に膵臓は非常に高レベルの内在性 RNase が含まれる組織
以上のように、FFPE 組織切片から抽出を行った RNA を用いた
であり、RNA 抽出工程において RNA の更なる分解が引き起こされ
GeneChip Array 解析は、同一組織に由来する凍結組織切片の
る。
発現解析結果と高い相関性を持つことが明らかになり、FFPE 組
®
®
Affymetrix GeneChip Mouse Genome 430 2.0 Array による遺
織切片から高い精度で遺伝子発現解析が可能なことが示唆され
伝子発現解析結果は、凍結組織切片と比較して FFPE 組織切片は
た。
大脳と膵臓ともに全体のシグナルレベルが 1/2~1/3 低く、Present と
判定された遺伝子数が全体の 10%近く減少していた。各 cDNA 合成
次に FFPE 組織サンプルからの DNA マイクロアレイ解析の実
反応において RNA 試料に加えた Spike-in control のシグナル値は、
例を示すために、糖尿病モデルマウスを用いて、糖尿病の症状を
組織の種類にかかわらず凍結組織切片と FFPE 組織切片でほぼ同
示すマウスの膵臓から作成した FFPE 組織切片からの DNA マイ
等の値を示したことから、Present call の遺伝子数の違いは組織切片
クロアレイ解析を試みた。正常マウスと発現プロファイルの比較を
の total RNA の品質の違いが強く影響していることが明らかである。
行ったところ、糖尿病モデルマウスとの間に著しい発現差はないも
しかしながら大脳の FFPE 組織切片で Present と判定された遺伝
のの、2 倍という基準で発現差のある遺伝子群を調べた結果、ヒト
子は凍結組織切片においても 94%という高い確率で Present と判定
糖尿病に関与する遺伝子が多数含まれ、RNA の分解が激しい
されていた。膵臓はコントロールとなる凍結切片でも RNA の分解が
FFPE 組織切片からも有意性の高い遺伝子発現解析を行うことが
生じており、また個体間における RNA の品質のばらつきも見られたこ
可能であることが示された。
とから、FFPE 組織切片の極めて激しい RNA の分解も影響して大脳
本実験による成果は、現存する多数の生検由来の FFPE 組織
に比べると低くなっているが、それでも 80%の確率で一致しているこ
サンプルからの網羅的かつ高精度な遺伝子発現解析が可能であ
®
とから、GeneChip Array で検出できた遺伝子についてはほぼ正確
ることを示唆するものであり、さらに本手法を使用することにより
な発現情報を有しているといえる。
FFPE 組織切片を材料としてレーザーマイクロダイセクション法に
異なる試料間の発現変動を正確に捉えることができるかという点に
よる特異的部位の採取を行い、DNA マイクロアレイを利用した遺
ついては、発現量比 2 倍という基準で評価した場合に、FFPE 組織切
伝子発現情報の取得が実現することが期待できる。
片と凍結組織切片の間で約 50%の確率で発現量差の一致を確認す
ることができた。50%という数字は一見少ないように思われるが、各
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〒270-0101 千葉県流山市東深井 105 BMR 技術開発センター
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