耐磨耗鋼板HARDOXの加工性確認実験

研究開発
耐磨耗鋼板HARDOXの加工性確認実験
Evaluation of processing Performance with HARDOX
村
上
浩
司*
MURAKAMI Koji
大
久
保
裕* *
村
OHKUBO Hiroshi
正***
田
MURATA Tadashi
当社が提携しているドイツのAU+T社(ANLAGENBAN UMWELT + TECHNIC CHEMNITZ GMBH)より導入し
た破砕分別設備を用いて,家庭用電化製品をはじめとする廃棄物のリサイクルが行われている。
その設備のうちクロスフローシュレッダーは廃棄物をはく離・破砕する主要設備である。その内
部では内壁が磨耗する問題がある。そこで,シュレッダー本体に耐磨耗鋼板を採用するため,耐磨
耗鋼板の加工(切断,曲げ,溶接,機械加工)について確認実験を行った。
本稿では,主に切断,溶接についてその結果を報告する。
1.はじめに
表1
これまで,クロスフローシュレッダー(以下,CFSと
いう)はSS400で設計・製作されていた。しかし,長期
硬度(HB)
間の運転で様々な廃棄物を処理していくとCFSの内壁が
引張強さ
(N/mm2 )
降伏点
(N/mm2 )
衝撃値(J)
(-40℃)
炭素当量
CEV(%)*
磨耗するという問題が生じた。そこで,耐磨耗性に優れ,
かつ市場性のある鋼材といわれるスウェーデンスチー
ル社の耐磨耗鋼板HARDOXについて,加工性の確認実験を
行うことにした。
2.耐磨耗鋼板HARDOX
HARDOXの機械的特性
HARDOX400
HARDOX450
HARDOX500
370-430
425-475
470-540
1250
1400
1550
1000
1200
1300
45
35
30
0.37
0.47
0.60
*:国際溶接学会による算出式
HARDOXは焼き入れ・焼き戻し耐摩耗用鋼板であり,機
械的特性を表1に示す。高強度・高硬度・高靱性であり,
建設機械・建設車両など様々な分野で利用されている。
表2
C
Si
0.12
0.51
実験で使用する鋼板の化学成分
P
S
Mo
Mn
Cr
Ni
1.39
×10
×10
0.12
0.02
0.04
0.05
B
×10
×10
0.12
0.02
今回確認実験した鋼板は,実際に使用することを想定
したHARDOX400,16tで,その化学成分および炭素当量,
表3
硬度を表2,表3に示す。
3.切断性の確認
実験で使用する鋼板の炭素当量と硬度
CEV(%)*
Ceq(%)
PCM (%)
HB
0.37
0.39
0.22
394
*:国際溶接学会による算出式
3.1 実験概要
切断時に留意しなければならない点は,切断熱による
3.2 実験結果
硬度低下である。レーザー切断,プラズマ切断,ガス切
(1) 切断の可否:すべての方法で切断可能
断の各々に対して,切断性,硬度の確認を行った。
(2) 切断面粗さ:ガス切断が最も良好でプラズマ切断,
レーザー切断の順で粗くなるが,いずれも100μR
y以下である。
*製造技術グループ主任
**品質保証グループ長
***製造部長
佐藤鉄工技報 Vol.18
(3) 硬度:切断後,常温に冷めた状態で鋼材表面の硬
(5) 硬度低下およびその範囲を小さくするためには
度を確認した結果を図1に示す。図1より以下の
水中切断などの検討が必要である。特に厚板や小
ことを確認した。
部材切断する場合に検討が必要である。
①
②
硬度低下はガス切断がもっとも大きく,プラズ
(6) 今回の実験で確認していないが,16tを超える厚
マ切断,レーザー切断の順で度合いが小さくな
板切断を行う場合は,切断エッジクラック(一種
り,切断熱の大きさに比例している。
の遅れ割れ)が生じる可能性があり,予熱を行う
切断 熱の影響を受 け硬度が低下 する範囲は 切
か切断速度を遅くして予熱の代わりにするなど
断線から15mm以下であり,硬度がもっとも低下
の処置が必要であると考えられる。
しているガス切断においても同様である。
4.溶接性の確認
460
硬度[HB]
420
カタログスペック:370~430HB
HARDOXは高強度・高硬度でありながら,炭素当量,溶
380
接割れ感受性組成が低く溶接性が良い材料である。しか
340
し,冷間割れなどに留意しなければならず,板厚が厚く
300
なるほどその危険性が高くなる。
溶接性が良いと一言で表現されても,溶接条件や予
260
220
プラズマ
熱・後熱など留意すべき点が多くあるため,実際の条件
180
レーザ
ガス
を把握すべく確認実験を行うこととした。
140
3
6
9
15
20
30
40
50
100
150
切断線からの離れ[mm]
図1
切断方法による硬度変化
4.1 溶接継手
CFSはSS400の強度で設計されているため,溶接継手強
度はそれ以上であれば良い。一方,HARDOXは高強度であ
るため母材と同等の強度を持つ溶接材料を用いる場合
は,溶接割れなどに留意し厳しい施工管理をしなければ
ならない。そこで,施工性を優先した方法として母材強
度よりも低い溶接材料を用いた軟質溶接継手1 )2 ) につ
いて検討することにした。
ただし,耐磨耗性も求められるため最終層には硬化肉
盛を用いる場合も検討することとした。
溶接継手の要求品質は,以下のとおりである。
(1) 溶接継手強度:400N/mm2 以上
写真1
プラズマ切断状況
(2) 衝撃値
:27J以上(0℃)・・・SM400B相当
(3) 表面硬度
:370-430HB(母材と同等)
3.3 切断実験のまとめ
(1) 16tでは特別な配慮を必要とせず普通鋼材と同様
に切断することができた。
(2) 硬度低下を最小限にするためには低入熱切断で
あることが望ましく,レーザー切断,プラズマ切
断,ガス切断の順で選定することが望ましい。
(3) 切断線から15mmの範囲に硬度低下が生じるため,
硬度低下を考慮した設計が必要である。
(4) (3)項より,小部材切断は,部材全体が熱せられ
硬度低下が生じる恐れがあると推察される。
4.2 実験概要
(1) 鋼
材: HARDOX400 16t
(2) 溶接方法:MAG溶接 CO2 100%
(3) 溶接材料:
軟質
YGW11(ソリッド)
1.2φ
硬化肉盛
TF3B-C-450(FCW)
1.2φ
(4) 供 試 体:図2に詳細示す。
(5) 積層方法
図3に示すように,軟質継手と表面に硬化肉盛を付
佐藤鉄工技報 Vol.18
4.4 溶接実験結果
加した2種類の積層とする。
機械試験結果を表5,表面硬度の変化を図4に示す。
16t
700
実験結果から,以下のことを確認した。
(1) 継手強度は,要求品質に対して引張強さで1.8~2.
1倍,衝撃値で3.3~4.6倍であり,十分満足して
2mm
200
いる。
60°
(2) 曲げ試験を行った結果,軟質継手では割れが発生
0mm
200
し,硬化肉盛を付加した継手では破断した。原因
図2
は,曲げによる伸びが溶着金属部に集中したこと,
供試体形状
硬化肉盛の溶着金属に伸びがないこと,が主であ
軟質継手
り,溶着金属の延性が低いことがわかる。
軟質継手+硬化肉盛
(3) 供試体の表面硬度の変化を確認した結果,軟質継
手および硬化肉盛で,溶接止端部(0mm)から15mm
程度の範囲で硬度低下が見られる。ただし,硬化
図3
肉盛 では溶着 金属部の 硬度は要 求を満た すこと
積層方法
ができた。軟質継手では要求を満足できないので
溶接 部表面の 硬度を確 保するに は硬化肉 盛が必
(6) 施工条件
要であることがわかる。
母材の硬度低下抑制と溶接部の冷間割れなどに留
意し,表4に示す条件で施工を行うこととした。
表5
表4
TP2
溶接継手
軟質継手
軟質継手+硬化肉盛
溶接材料
YGW11
YGW11+TF3B-C-450
予熱/後熱
なし/なし
なし/300℃+徐冷
パス間温度
150-175℃以上
150℃以上
衝撃値[J]
[N/mm2 ]
判定基準
溶着金
属部
熱影響
部
>400
180°
>27
>27
軟質継手
748.1
割れ
91
125
軟質継手+
硬化肉盛
847.9
破断
107
117
判定
合格
-
合格
合格
1.6kJ/mm2以下
入熱量
曲げ
引張強度
施工条件
TP1
供試体
破壊試験結果
溶接部の硬度
4.3 溶接割れ
440
溶接完了後,翌日にTP2の硬化肉盛したビードで1箇
所横割れが発生した。横割れ状況を写真2に示す。
360
した。再試験した結果,割れの発生を防止することがで
きた。
硬度[HB]
割れは,低温割れで水素による遅れ割れと推測される。
対策として,後熱300℃で30分保持し空冷することに
カタログスペック:370~430HB
400
軟質継手
硬化肉盛付加
320
280
測定位置
240
CL 0
50
200
160
測定位置[mm]
図4
写真2
硬化肉盛ビードの横割れ
表面硬度の変化
50
40
35
30
25
20
15
12
9
6
3
0
CL
120
佐藤鉄工技報 Vol.18
② 切削条件:表6に示す。
③ 結
果:良好
表6
写真3
機械加工条件
回転数 S
送り F
[rpm]
[mm/min]
フライス
370
400
エンドミル
370
50
孔明け
224
10
タップ
71~120
5~10
機械試験後の全景
4.5 溶接実験のまとめ
(1) 軟質継手+硬化肉盛溶接することで,要求品質を
ほぼ満足することを確認した。
(2) 溶接施工方法を確立することができた。
(3) 熱影響部における硬度低下は避けられないため,
磨耗する面に溶接線を配置しない。溶接が避けら
れない場合は,磨耗する方向に対して直角となる
ように溶接線を配置する設計が望ましい。
写真5
5.その他の加工性確認
その他,曲げ加工,機械加工,歪矯正などの加工性の
機械加工確認状況
(3) 歪矯正
問題なく施工可能であった。
確認を行い加工条件を確立した。
(1) 曲げ加工
加工条件:φ1500×16t ロール加工
結
6.まとめ
果:良好
耐磨耗鋼板HARDOXに関する加工性を確認したことに
より,実施工で問題なく施工することができた。また,
本鋼材を使用し稼動中の設備においては現時点まで磨
耗に関する問題は発生しておらず,本鋼材の使用が有効
であったと考える。
今後は,16tを超える厚板における検討を行い,より
良い製品を提供していきたいと考える。
最後に,本実験にたいして協力いただいたスウェーデ
写真4
曲げ加工確認状況
ンスチール㈱および㈱神戸製鋼所の関係者の方々に謝
意を表します。
(2) 機械加工
参考文献
① 使用工具
フライス
:φ150-6枚刃
エンドミル:φ16
ハイス
ハイスラフィング
ドリル
:φ10.4
ハイスドリル
タップ
:M12 ハイスタップドリル
1)日本溶接協会:軟質溶接継手の力学的挙動と強度
に関する研究,1975 年
2)佐藤邦彦:溶接強度ハンドブック,PP.4-1~4-35,
1988 年