Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の総合的対応

Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の総合的対応シミュレーション
とその活用手法の開発
研究代表者
1. 研究の目的
近い将来必ず発生する東海・東南海・南海地震と津
波を対象として、西日本太平洋沿岸諸都市の被害軽
減を実現するために、各種の外力の評価、ライフライン
の被害、津波被害などのシミュレーション手法を開発す
るとともに、防災・減災のための対応シミュレータを開発
して、実践性の高い対策手法を開発しました。
2. 主要な成果
本研究は、5 つのコア研究と 6 つのサブ研究、2つの
シミュレータの開発、さらに研究成果普及事業(平成 16
年度開始)から構成されています。わかりやすく説明す
れば、これらの研究を通して、総合的対応シミュレーシ
ョンという『次世代の新車』を完成して、活用方法という
安全、快適に走らせるための『運転技術』を伝授すると
いう総合プロジェクトです。すばらしいエンジンさえあれ
ば画期的な車になるわけではありません。それに見合
った運転技術が伴ってこそ、名車になるのです。
わが国の伝統的な防災対策は、極めてバランスの悪
いものでした。車がエンジンと車体構造などのパーツの
寄せ集めだけでなく、たとえそれに情報ツールとしての
カーナビゲーションが加わっても、所詮はハードという
装置に過ぎません。その機能に見合ったテクニックも開
発されてバランスの取れた車といえるのです。その場合、
テクニックとは、より安全に、経済的に、環境に適合する
ように車を運転する技術という意味であって、カーレー
スで優勝するような技術でないのは当然です。
プロジェクトで対象にした東海・東南海・南海地震・
津波災害については、現在から 30 年以内の発生確率
はこれらの順で 87、60 および 50%です。そして、今世紀
半ばまでの発生確率は前二者が 90%以上、後者が 80%
以上ですから、いずれ必ず起こことは間違いありません。
必ず近いうちにおこることが内陸活断層地震と違うとこ
ろです。しかも、2003 年十勝沖地震が同じく 60%で発生
していますので、東海、東南海地震はいつ起きてもお
かしくありません。さらに、2004 年スマトラ沖地震の教訓
は、これらの地震が同時に起こる確率も無視できないと
いうものです。その上、南海トラフ上の想定震源域の西
方、琉球列島にまで破壊が進む恐れがあります。スー
パー巨大災害になる危険性を秘めているのです。つぎ
にそれぞれの研究成果を列挙すれば、次のようになりま
す。
149
河田恵昭 (京都大学)
2.1 巨大地震の強震動シミュレーションとその活用手
法の開発(強震動シミュレーション)
最大の成果は、活断層地震と違って、プレート境界
型のやや長周期の地震波を含む地震動がシミュレート
できるようになったことです。そのほかに、つぎのような
成果が得られました。1)地震モーメントと断層面積との
関係は巨大地震では変化することを見出し、その関係
式を提示しました、2)短周期地震動に適用できる震源
スケーリング則見直しのための動的破壊モデル解析が
可能となりました、3)震源近傍で過大な評価を与えてき
た周波数領域の距離減衰の見直しを行い、表示式を
誘導しました、4)減衰定数の最適値の推定方法を確立
しました、5)表層の地盤応答解析によって継続時間が
液状化に与える影響の評価が重要であり、これを考慮
した判別式を誘導しました。これらの成果を用いて、や
や長周期地震波の発生・伝播・変形による長大構造物
やタンクなどの時空間的な被害発生過程をシミュレート
できるようになり、それらによる被害像とその対策の基本
を示すことが可能になりました。
2.2 大規模ライフライン網の地震災害評価シミュレー
ション手法と耐震性向上技術の開発(大規模ライフライ
ン網)
注目すべき成果は、広域のネットワークを構成する水
道管や都市ガス管などのネットワークの地震時における
障害発生箇所数や修理に必要な日数を、簡易式で求
めることができるようになったことです。これによって東
海・東南海・南海地震が同時に起こるようなスーパー広
域災害時のライフラインの復旧戦略が具体的に提示で
きるようになりました。そのほかに、つぎのような成果が挙
げられます。1)大規模ライフライン網の機能障害評価シ
ミュレーション技術を確立しました、 2)大規模ライフライ
ン網の補強支援シミュレーション技術を確立しました、3)
ライフライン施設の地震時挙動シミュレーション技術を
開発しました、4)ライフライン網の損傷把握技術を開発
し、実用化できました、5)ライフライン施設の脆弱性評価
手法を開発し、耐震性技術を示すことができました。こ
のような要素技術がほぼ開発されたので、地盤変動とラ
イフラインの信頼性解析を連動させる総合モデルの開
発し、その適用事例を紹介して、今後この方面の解析
が格段に進歩することを示すことができました。
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
向上(危機管理能力)
新公共経済の政策展開の中で危機管理を進めるに
当り、つぎの重要な5つのテーマに関して大きな成果を
得ることができました。すなわち、1)震災エスノグラフィー
では、災害における自分誌という新しい研究ジャンルを
創設し、災害対応における個人の問題を一般的に扱え
る手法が確立しました、2)災害対応支援 GIS システム
では、新潟県中越地震に際し小千谷市の利さお証明
の発行業務の電子化に成功し、全国に展開できること
を示しました、3) ICS を標準とした危機対応体制では、
巨大災害時の災害対応の円滑化に必須なシステムを
提案できました、4)災害対応シミュレーションゲームで
は、各種のゲーミング手法を開発でき、自治体職員な
どの人材育成に寄与できることがわかりました、5)ステー
クフォルダー参加型戦略計画策定手法では、自主防
災組織の活性化を目指すようなワークショップの運営モ
デルを確立できました。
なお、これらの研究成果を生かした巨大連担都市圏
での災害対応シミュレーション・プラットフォームの開発
が行われ、人材育成に寄与できるレベルのものができ
ました。
2.3 巨大地震津波による広域被害想定と防災戦略の
開発(巨大地震津波)
東海・東南海・南海地震津波のような近地津波はもと
より、2004 年のインド洋大津波のような遠地津波の伝播
特性も数値計算で精度よく再現できようになりました。こ
れを前提にして、具体的に津波防災・減災に寄与でき
るツールとして、TRUST を開発しました。これは地震時
に発生した津波情報を光ファイバーの高速通信網によ
って自治体等に配信するシステムであり、これによって
津波対策の実効性が飛躍的に向上できるものでありま
す。さらに、水門や鉄扉の開閉状況による市街地への
氾濫流量の変化を評価できるようになりました。また、津
波ハザードマップとして、防災地理情報システム上で条
件付与による『動くハザードマップ』を開発しました。こ
れによると、津波避難勧告が発令された後、何分後に
避難を開始するかによって住民が助かるかどうかが画
面上でわかるようになりました。さらに、津波防潮林の効
果も可視化できるようになりました。これは、インド洋大
津波が来襲したような途上国では重要な防災施設であ
り、今後の活用が期待できます。
なお、この津波研究に関係して、つぎのような2つの
サブ研究が実施され、所要の成果が得られました。す
なわち、「津波総合支援対策」「防災用人的シミュレーシ
ョンシステムの研究開発」であり、前者は地震も含めた
巨大地震・津波による被害シミュレーション・プラットフォ
ームの開発であり、災害情報の提供に貢献できるツー
ルが完成しました。後者は船舶による支援ネットワーク
を構築し、船舶避難の方法を提示しました。
2.6 サブ研究「災害対策本部要員の応急対応訓練用
ゲームの製作」、「防災担当者の能力向上を目的とした
図上訓練シミュレータの開発」、「スーパー広域震災時
の大都市間連携情報の高度化」、「地域社会の防災力
の向上を目指した自治体の防災プログラムの開発と普
及」
まず、最初の『応急対応訓練用ゲーム』では、首都
直下地震も考慮した発災直後からの災害対策本部要
員による業務内容の時間的変化に対応できるようなソ
フトの開発と評価方法の提案が行われ、動員できる災
害対策本部要員の数の変化に対応した体制の対処可
能性が明示できるようになりました。つぎに、『図上訓練
シミュレータ』では、図上訓練による自治体職員の人材
育成訓練の手順と内容がシミュレータの援用によって
具体的に提示できました。さらに『情報の高度化』では、
自治体間の広域連携を進める上での問題点と解決策
を新潟県中越地震などを参照して明示することができ
ました。
これらの成果は 3 年間を要して、近畿地方の府県、
政令市レベルで活用するための、定期的に阪神・淡路
大震災記念 人と防災阪神・淡路大震災記念 人と防
災未来センターの集まり、ワークショップによる課題の構
造化や課題の共有を図り、広域連携の基礎となる情報
の共有化が実現し、自治体の関係者間のコミュニケー
ションの確立に貢献できることになりました。
なお、地震と津波に関するシミュレーション結果は、
毎月 28 万部販売される「ニュートン」2007 年 3 月号に
14 頁にわたって特集が組まれ、紹介されました。
2.4 統合地震シミュレータに基づく災害対応戦略に関
する参加型意思決定方法(参加型意思決定方法)
大都市からコミュニティに至るサイズの関係者の合意
形成における適応的マネジメント手法を開発しました。
そこでは、建物被害、社会基盤被害が経済被害に及ぼ
す影響を定量的に明らかにしました。具体的には、つぎ
のような成果が示されました。1) 時空間スケールに応じ
た地震災害リスクマネジメント課題の整理及び参加型ア
プローチによる評価方法の適応的構成手法の提示が
できました、2)広域都市基盤を対象とした災害対策代
替案の設計・評価技法とその社会的適応方策に関する
研究の推進策を提示できました、 3) コミュニティーレ
ベル被害予測手法の開発についてその具体例を示す
ことができました。そして、今後必要なことは、全体として
この参加型意思決定方式による最大の長所と災害対
応戦略をどのように結びつけるかということと、この方式
の採用に向けて他の方法との比較からその有利な点を
提示する必要があることを指摘しました。
2.5 新公共経営(New Public Management)の枠組みにも
とづく地震災害対応シミュレーターによる災害対応力の
150
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
1.巨大地震の強震動シミュレーションとその活用手法の開発
災害対応戦略の策定のためには、地震の揺れの分
布を精密に予測する必要があります。本研究では、予
測結果がどのような活用のされかたをするのかを念頭
においた上で、海溝型巨大地震のシミュレーション手
法の開発を行いました。開発した予測手法を用いて、
今世紀前半にも発生が予想される東海地震・東南海
地震・南海地震に対して、現実性のより高い広域強震
動予測を実施しました。さらに、防災担当者や建築物・
土木構造物の設計者が強震動予測が実施する際に、
容易に地盤構造データや地震観測データにアクセスで
きるデータベースシステムの開発を実施しました。
1.1 強震動シミュレーション手法の高精度化
1.1.1 震源のモデル化
(1) 動力学的震源モデルによるシミュレーション
海溝型巨大地震による地震動記録は極めて少ない
ため、震源のモデル化を行う際には、中小地震の震源
モデルを外挿する方法で行ってきました。しかしながら、
ほんとうにそのようなモデル化で良いのかどうかを確か
める必要があります。その一つの方法が、動力学に基
づく断層破壊シミュレーション解析です。
このシミュレーション手法は比較的新しい方法ですの
で、現実的なモデルパラメータを設定するのが大変難
しいのです。そこで本研究では、まず地震観測記録か
ら動力学震源パラメータを逆算するインバージョン手法
を開発しました。このような震源インバージョン解析は、
膨大な計算を必要とするのですが、定式化を見直して
逆算するパラメータを絞り込むことで、計算量の少ない
アルゴリズムを採用して、計算量を劇的に減らしました。
図 1 には、インバージョン解析によって得られた知見
に基づいて断層破壊シミュレーションを実施した結果
求められた断層面上のすべり量分布を示しています。
図 1 3次元動力学破壊モデルによる最終すべり分布
50
0
10
20
30
40
50
-50
(a)
TKCH07(NS)
40
0
10
20
30
40
50
-40
(2) 海溝型巨大地震のための強震動予測レシピ
海溝型巨大地震の地震動記録は、最近の強震動観
測網の整備により、2003 年十勝沖地震や 2005 年宮城
県沖地震など日本周辺で発生した地震をはじめとして、
メキシコやペルーなどの海外でも、少しづつ得られるよ
うになってきました。本研究はこれらの強震動記録の解
析を実施し、さらに動力学震源モデルによって得られ
た知見などを総括し、巨大地震が発生したときに生成
される強 震 動 を高 精 度 で予 測するための方 法 論 を、
「海溝型巨大地震のための強震動予測レシピ」としてと
りまとめました。
(b)
HDKH07(EW)
50
0
20
30
40
50
60
-50
(c)
KSRH02(EW)
図 2 2003 年十勝沖地震のシミュレーション波形(黒)と
観測記録(赤)の比較
151
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総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
本レシピの有効性は、海溝域に起こった 2003 年十
勝沖地震について、合成波形と観測記録の比較により
検証されています。図 2 は 2003 年十勝沖地震の合成
波 形 と 観 測 記 録 の 比 較 を 示 し た も の で 、 TKCH07 、
HDKH07、KSRH02 各 観測点(Kik ネット)における速度
波形について、観測記録が赤線で、合成記録が黒線
で示されています。
10.00
0.10
0.20
1.00 0.50
1.00
0.10
2.00
3.00
5.00
10.00
ωa/VS
0.01
1.1.2 統計的グリーン関数法の修正
広域の地震動予測などに用いられる統計的グリーン
関数法を修正して、より高精度な予測が出来るようにし
ました。
まず、震源近傍で予測地震動が観測記録に比べて
過大になる現象に関して、震源近傍の距離減衰特性
の周波数依存性を理論的に調べました。図 3 に結果を
示しますが、短周期になるほど震源近傍の地震動の大
きさが頭打ちになることを示しています。この特性を統
計的グリーン関数法に取り込むことで、前述の現象を
緩和しました。
次に、堆積盆地上で予測地震動が観測記録に比べ
て小さくなることに関して、グリーン関数を形成するエン
ベロープ関数のパラメータに、周期依存性と地盤固有
周期依存性を取り入れました。図 4 には、エンベロープ
関数の振幅を表現するパラメータ a と、震動継続時間を
制御するパラメータ c について、観測記録から求めた値
の周 期 依存 性(左 列 と右 列)、地 盤 固 有 周 期依 存 性
(色で表示、暖色系になるほど長い)を示しています。こ
れらの効果をモデル化することにより、エンベロープ関
数の定義に反映しました。
0.01
1.00
100.00
normalized distance (r0/a)
図 3 震源近傍の周波数依存減衰特性
2~4s
周期
振
幅
a
長
大
10 0
9~
8~
7~
6~
5~
4~
3~
2~
1~
~
10 -2
10 -4
短
100
9
8
7
6
5
4
3
2
1
10 0
c
9~
8~
7~
6~
5~
4~
3~
2~
1~
~
10 -2
小
10 -4
100
1000
震央距離
継
続
時
間
4~8Hz
9
8
7
6
5
4
3
2
1
1000
震央距離
1
1
短
0.1
0.1
9~
8~
7~
6~
5~
4~
3~
2~
1~
~
0.01
100
9
8
7
6
5
4
3
2
1
1000
0.01
長
100
9~
8~
7~
6~
5~
4~
3~
2~
1~
~
9
8
7
6
5
4
3
2
1
1000
図 4 エンベロープ関数の周期依存性
1.1.3 波動解析における精度向上
観測記録とシミュレーション波形を比較することにより、
地盤モデルをさらに高精度なものにし、さらに最適な解
析パラメータ求めることにより、波動解析における精度
を向上させました。
図 5 に、2004 年紀伊半島南東沖地震における 3 次
元差分法による地震動シミュレーション結果と観測記録
の比較を、大阪平野から見て地震波の到来方向に位
置する盆地外の比較的硬質な地盤上の HSD 観測点で
行ったものを示します。観測波形の再現性は両成分と
も十分なものとは言えませんが、既往の研究成果に比
べて高精度な地下構造モデルを用いたため、S 波以後
の後続波の再現性が改善されています。
この他、大阪平野や濃尾平野などの堆積盆地上で
シミュレーション波形と観測波形の比較を行い、堆積盆
地の地下構造モデル高精度化と、最適なモデルパラメ
ータの設定を行いました。
図 5 2004 年紀伊半島南東沖地震の観測波形(赤)と
シミュレーション波形(青)の比較(HSD 観測点)
152
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
1.1.4 表層地盤の非線形応答解析法の改良
地震時の地盤の挙動を精度よく評価することは、
地中および地表に作られた構造物の被害を適切に
評価するために重要です。
本研究では特に減衰特性に注目し、有効応力地震
応答解析において、周波数に依存する減衰を自由に
設定できる手法を開発しました。
地震応答解析の精度がよくなっても、被害想定な
どでは経験式、実験式などがよく用いられます。液
状化判定はその代表的なものです。本研究では、巨
大海溝型地震の特性を考慮した上で、有効応力地震
応答解析結果と整合する地盤液状化の簡易判定式
を修正し、地震応答解析では液状化するのに簡易式
では液状化しないと判定してしまう危険率を、従来
式の 46.9%から 2.08%に大幅に改善しました。
図 6
東海・東南海・南海地震同時発生の場合の西日本
の予測震度分布
1.2 東海・東南海・南海地震の強震動予測の実施
1.2.1 広域の震度分布予測
まず、実用的な広域強震動予測を行うために、主に
屈折法地震探査結果、微動アレイ探査結果、深層ボ
ーリング調査結果を用いて、3 次元地下構造モデルを
構築しました。また、近年発生した地震の観測記録を
用いて、観測波の S 波後続部分の卓越周期と地下構
造モデルから計算される地盤の固有周期とを比較して
地下構造モデルの妥当性を検証しました。
構築された地下構造モデルを用いて、修正された統
計的グリーン関数法(1.1.2)によって、東海・東南海・南
海地震が同時発生した場合の西日本一帯の震度分布
を予測した結果を図 6 に示します。震源断層に近い紀
伊半島南部や四国南部の太平洋岸における予測震度
が従来の予測より小さくなっています。また、濃尾平野
や大阪平野における震度が、従来の予測結果よりかな
り大きくなっています。これらの結果は昭和東南海地震
や昭和南海地震での被害状況と良く整合しています。
図 7 南海地震時の大阪平野上における周期6秒の速
度応答分布
1.2.2 大阪・濃尾平野における長周期地震動予測
大阪平野や濃尾平野における想定東南海地震や想
定南海地震時の強震動を予測しました。プレート構造
を考慮した地下構造モデルを用いた理論的長周期地
震動と修正された統計的グリーン関数法による短周期
地震動を合体させたハイブリッド法によって、短周期成
分も含む広帯域地震動を予測しています。図 7 に南海
地震時の大阪平野における周期6秒の速度応答分布
と、図 8 に東南海地震時の濃尾平野における周期10
秒の速度応答分布を示します。平野内でも場所によっ
て地震動特性が複雑に変化していることがわかります。
特に大阪平野では周期6秒の地震動が、伊勢湾岸の
西側で周期10秒の地震動が卓越することがわかりまし
た。
図 8 東南海地震時の濃尾平野上の周期10秒の速度
応答分布
153
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総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
1.3 技術者向け地盤・建物・強震データベースシステ
ムの構築
1.3.1 ウェブ GIS による深部地盤構造データベース
大規模堆積平野における精度の高い強震動予測の
ためには、高度な予測手法の開発と同時に、適切なモ
デル化のために平野全体にわたる深部地盤構造や表
層地盤のデータを蓄積し、整理することが必要になりま
す。さらに構造物の地震時挙動や被害の検討に結び
つけるためには、構造物の強震観測結果も重要です。
このような地盤・建物に関する高密度・高精度の情報を
効率的に収集・蓄積し、技術者が耐震設計や地震防
災に利用できるようにするためには、大量のデータの全
体像を理解して活用できるシステムが必須になります。
そこで、ウェブ GIS(ネットワークを介してウェブブラウ
ザで利用できる地理情報システム)により、大規模堆積
平野の深部地盤データベースを開発しました。図 9 に
ウェブ画面での動作イメージを示します。左側のメイン
画面では平面地図と任意の東西・南北断面を表示して
おり、深部地盤から表層地盤までスケールを変えてシ
ームレスに表示できます。地図上の調査位置等のクリッ
クにより、詳細な調査結果や常時微動結果ともリンクし
ています。深部地盤構造は図 10 のように 3 次元表示も
でき、マウスで視点を変えて全体像を把握できます。
図 9 ウェブ GIS による深部地盤構造 DB の画面操作例
濃尾 平野付 近の
地 震 基 盤 形状 を
南東方向から望
む。奥に養老断
層の 基 盤段 差が
確認できる。
↓
伊勢平
濃尾平
伊勢湾
↑東側上空から対象地域を望む。
地震基盤以浅の主要な層境界を
表示
養老断
図 10 深部地盤構造の 3 次元可視化
1.3.2 強震記録や建物応答観測記録のデータベース
東海地域の自治体や企業、研究機関などによる強
震観測記録は、大都市圏強震動総合観測ネットワーク
を構築して 2000 年から継続して蓄積しています(図 11)。
また建物の応答については、多数の強震観測・常時微
動計測等の結果を、建物の図面や地盤調査結果など
とともにウェブデータベース化しています(図 12)。これ
らの情報は、いずれもウェブインターフェイスで統一さ
れているので、深部地盤から建物までの構造と観測記
録を一元的に扱うことができ、技術者が調査結果を十
分理解し適切に活用するための基盤を提供できます。
加速度
最大値、震度、SI な
速度
変位
最大加速度分
応答スペクト
図 11 東海地域の強震記録ウェブ DB の画面例
1.3.3 地盤・建物の観測データの分析と観測法の提案
濃尾平野をはじめとして、伊勢、豊橋、三河の各平
野について地盤データ整備が終了しました。多点の地
盤強震記録から平野規模の地震動伝播特性について
明らかにしています。さらに高精度の地盤モデルを用
いた観測点間の地震動特性の補間手法を提示し、そ
のために必要な観測点配置密度も提案しています。
さらに、高層や免震などの長周期建物、建設中の高
層建物、耐震改修前後などの観測例を蓄積しています。
また地盤・建物系の高密度観測も進行中です。このよう
な対象建物を建設中も含めて観測することにより、多様
な条件下の振動特性を効率的に把握する「戦略的強
震観測・常時微動計測」を提案しました。
観測概
伝達関数など
加速度波形
図 12
154
建物強震観測ウェブ DB の画面例
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総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
2.大規模ライフライン網の地震災害評価シミュレーション手法と耐震性向上技術の開発
電気、ガス、水道、通信などのライフライン網は、大都市に
必要なエネルギー、水、情報機能を司るものです。これらの
施設がひとたび被害を受けると、大都市全体の機能がマヒす
る恐れがあります。ところが、既往の大震災被害想定は、震度、
液状化、建築物被害、人的被害などに限定されており、ライフ
ライン網被害については、被害評価が行われていませんでし
た。この点を解決することを目的として、「大都市大震災軽減
化特別プロジェクト」では、大規模ライフライン網の地震災害
評価シミュレーション手法と耐震性向上技術の開発に本格的
に取り組むこととしました。
ライフライン網システムには、建物や橋などの一般の構造
物とは異なる2つの特徴があります。一つは、広域に広がる網
状の構造を有しており、その連結性が機能維持の鍵を握って
いるという点です。他の一つは、地中に埋設された管路など
により構成されることが多いため、液状化,断層変位などの地
盤変動の影響を受けやすいという点です。本研究では、これ
らの特徴を踏まえて、図1に従って、組織的に研究を進めまし
た。
2.1 大規模ライフライン網の広域被害推定
大規模ライフライン網の広域被害推定では、まず、以下の
ような概略的な被害評価を行いました。この概略評価では、東
海・東南海・南海地震が同時発生する際の震度と液状化の発
生状況を予測し、それを基に、管路の種類や配管密度を考慮
して、既往の地震被害事例に基づく経験式を用いて被害評価
を行いました。上水道に関する被害想定の結果は、図2に示
すとおりです。これによると、総被害件数は 76007 件にのぼり
ます。さらに、その内容を詳細に検討してみると、図3に示す
とおり、多くの被害が大都市圏に集中しており、1995 年の阪
神大震災の被害復旧から想定される推定復旧所用日数は、
640 日もの長期間に及ぶ恐れがあることがわかりました。阪神
大震災のようにある程度限定された地域の被害であれば、被
害を受けていない近隣地域から復旧のための応援技術チー
ムや必要物資を運び込むことができますが、東海・東南海・南
海地震の同時発生の際に想定されるように広域で同時に被
害が発生する際には、その復旧にも多大な困難が伴うことが
予想されます。このような問題を少しでも解決するために、遺
伝子アルゴリズム(GA)と呼ばれる最適化の手法を用いて、計
画的な復旧を実施する場合の復旧日数を算定しました。この
結果、計画的な復旧を実施すれば、その日数は 331 日にまで
短縮できることがわかりました。もちろん、これらの復旧日数は、
阪神大震災における復旧技術チームの体制や復旧物資の状
況を基に算定していますので、実際の復旧日数は、各自治体
などで、大規模地震対策に備えて事前の復旧体制を増強す
ることにより、さらに短縮することも可能です。本研究では、こ
のように、ライフライン施設の地震防災体制の強化が極めて重
要であることが改めて明らかにされました。
155
①
大規模ライフライン網の機能障害評価
シミュレーション技術の開発
③
ライフライン網の
損傷把握技術の開発
H15年度~H17年度
H17年度,H18年度
ライフライン網の
事前信頼性評価シミュレーション
技術の開発
ライフライン網の信頼性評価に基
づく改修・補強優先順位評価シミュ
レーション技術の開発
-事前対策用,事後対応用-
H14年度
ライフライン網のGIS
デジタルデータの
データベース化
④
z ライフライン網の地震時被害分析
z 地震時における供給重要性分析
z 地震時外力の定義と耐震性評価
手法の開発
z GIS検討・作成
ライフライン施設の地震時挙動
シミュレーション技術の開発
⑤
ガスパイプライン、上水道ネット
ワークを対象としたケーススタ
ディーによるシミュレーション手法
の実用性の検証
ライフライン施設の脆弱性評価と
耐震性評価技術の開発
図1 研究のフロー
総被害件数76007件
東海・東南海・南海地震被害想定
図2 東海・東南海・南海地震同時発生時の上水道の被害
想定結果
水道配水本支管被害件数分布図の一部(近畿+東海)
3次メッシュ(約1㎞×1㎞)で表示
復旧日
数(日)
GAによる最
終結果
331
阪神大震災
640
の被害(総
(総被
件数4640
害件数
件)復旧から 76007
推定した日
件)
数
図3 東海・東南海・南海地震同時発生時の上水道の被害
想定結果(詳細被害分布)
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
2.2 大規模ライフライン網のネットワーク機能障害シミュレー
ションとネットワーク補強戦略の構築
管路の配管密度などを基に概略の被害推定よりも予測精度
を挙げるためには、ライフライン網の網状の構造を基に、その
連結性に対する解析を行う必要があります。また、直下型地
震のように、あらかじめ明らかにされている活断層のうち、ど
の部分が滑って地震を発生させるかについて不確定性があ
る地震の場合には、その不確定性を考慮した被害想定を行う
必要があります。
このような不確定性を有するネットワーク解析問題では、従
来は、モンテカルロシミュレーションなどにより、ネットワークを
構成する個々の要素の破壊確率をランダムに与え、その結果
与えられるネットワーク全体の機能障害を評価するという方法
が取られてきました。しかし、大都市のライフライン網のように
広域かつ大規模なネットワークの場合には、このような従来型
の解析法では、膨大な計算時間を有するものとなり、実際上、
解析不能問題(NP 問題)とされてきました。本研究では、この
点を解決するため、「影響圏の概念」という画期的な手法を編
み出し、これを用いて地震時における大規模ライフライン網の
結合信頼性を効率よく計算することに成功しました。大阪平野
のガスネットワークを対象として、上町断層帯上の直下地震に
対する提案手法の解析結果を図4に示します。この解析手法
は、「ライフラインの地震時信頼性解析プログラム」として公開
しました。
また、この解析法の応用として、大規模ライフライン網の補
強支援シミュレーションプログラムを開発しました。これは、大
規模ライフライン網を構成する個々の要素のうち、どの部分を
補強すると、全体のライフライン網のネットワーク機能障害を
軽減するために特に効果があるかを明らかにする解析プログ
ラムです。ライフライン網の補強戦略の一環として、地震防災
対策の実務にも効果を発揮することが期待されています。
Source : 10
Sink : 362
Without Liquefaction
With Liquefaction Flow
図4 大阪平野のガスネットワークを対象とした
上町断層上の地震に対する脆弱性解析
Failure modes of different crossing angle
( D =2m, t =0.02m, Δ =7m)
Analytical Model
2.3 断層変位に対するライフライン施設の構造脆弱性解析
以上に示した解析においては、広域に広がる水平地盤に地
震のゆれが伝播する一般的な場合を想定しており、地表に地
震断層のずれが現れる場合は、想定していません。しかし、
近年の研究により、大都市の大規模ライフライン網の耐震性
評価においては、地震断層を横切る管路の脆弱性評価が極
めて重要な位置を占めることがわかってきました。
本研究プロジェクトで開発したシミュレーション手法により断
層変位に対するライフライン施設の構造脆弱性解析の結果を
図5、6に示します。解析モデルは、シェル要素で管路の詳細
構造をモデル化し、その前後の一般管路部ははりバネ系で
モデル化するものです。詳細構造部分は、図5右に示すとお
り、座屈の状況を含め破壊の究極挙動まで再現可能です。こ
の手法を用いて、断層を横切る管路の方向性に関する検討を
行った結果が図6です。同図に示すとおり、管路にとって最も
厳しい条件となるのは、断層方向と鋭角に交差する場合で、
その際には、継手の抜出しなど、軸方向のひずみが大きく影
響することが明らかになりました。断層方向と直角に近い形で
交差する場合の方が、被害は発生しにくくなるのです。
図5 シェル要素を用いた管路の3次元解析と断層変位
に対する座屈解析
断層変位
個別要素モデル
120
φ100 K-1
φ100 K-2
φ100 K-3
φ150 K-1
φ150 K-2
φ150 K-3
許容断層変位(cm)
100
80
60
継手
40
管路
継手抜けだし
継手回転破壊
20
0
継手圧縮破壊
15
30
45
60
75 90 105 120 135 150 165
断層交差角度(deg)
管体曲げ破壊
断層交差角とPVC管路破損断層変位
図6 断層を横切る管路の方向性に関する脆弱性評価
156
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
2.4 ライフライン網の損傷モニタリング技術の開発
ライフライン網シミュレーションによる脆弱性評価と並んで
重要な耐震技術として損傷モニタリング技術があります。これ
は、ライフライン網を構成する管路に、直接、センサーを取り
付けて、その箇所での損傷程度をモニタリングするものです。
本研究プロジェクトでは、AE および光ファイバーの2つのモ
ニタリングシステムについて、以下のような技術開発を行いま
した。
AE 法のライフライン監視システムでは、AE センサと呼ばれ
る音響測定器を設置し、その大きさや振動数などを解析して、
漏水の発生の有無やその程度を即座に、ライフライン網管理
者などに通報します。図7左はそのシステム全体の概念図と
実際の設置状況を、また、同図右側には、交通振動などの雑
音の多い実際の現場で、その有効性を確認した結果を示して
います。本研究では、さらに、液状化地盤での挙動、構造コン
クリート損傷度評価、室内実験の実施などを踏まえ、AE 法の
ライフライン監視システムとしての実用性を備えたシステムを
開発することに成功しました。
光ファイバーによるモニタリングシステムは、光ファイバー
を管路に沿って、図8のように取り付け、周辺地盤の変形に伴
って発生する管路のひずみを計測するものです。室内実験
や、実地盤での実験などを通じて検討を重ね、総合モニタリ
ング技術としての技術開発を行いました。
これらのモニタリングシステムは、大地震においてライフライ
ン網の早期復旧のために必要となる被害箇所の特定のため
に重要な役割を果たすものと期待されます。
AE計測システム
100
平均周波数(kHz)
漏水部
AEセンサ
アンプ
水流
車両走行データ
80
60
40
20
0
0
管路
100
200
300
RA値(mmsec/V)
0.14
既設マンホール
AE発生確率関数 f(P)
0.12
漏水部
通常部
0.10
0.08
0.06
0.04
0.02
0.00
1.00
0.97
0.94
0.91
0.89
0.86
内水圧比 P/Pmax
図7 AE センサによる漏水モニタリングシステム
融着
部
30cm沈下時の管路変形状況
)
-500
光センサー管頂
ひずみゲージ管頂
光センサー管底
ひずみゲージ管底
-6
500
ひずみ(×10
1000
光ファイ
バー
0
PE管(高密
室内実験
度PE)
沈下部
No.1管路
-1000
-150
-100
-50
0
50
100
150
段差境界からの距離(cm)
図8 光ファイバーによる被害モニタリングシステム
2.5 地盤条件急変部および地盤の液状化におけるライフライ
ン施設の地震時挙動シミュレーション技術の開発
ライフライン施設の地震時脆弱性診断においては、先に示
した広域を対象とするシミュレーションにおいて、ネットワーク
としての全体的な挙動を把握した上で、さらに詳細な解析が
必要となるポイントがあります。そのポイントとは、図9に示すよ
うに、一般の水平成層地盤とは異なる複雑な地盤構造を有す
る地点を埋設管路が横切る場合、および、液状化する地盤に
埋設管路が設置されている場合です。
複雑な地盤構造の代表的なものは、図 10 に示すような盆
地構造をもつ条件の場合です。このような地盤を不整形地盤
とよびます。このような地盤構造では、一般の水平地盤に比
べ、地盤条件が急変する硬い地盤と軟弱な地盤の隣接部付
近で特にひずみが集中し、地盤のゆれが特に大きくなり、地
震動の継続時間も長くなる恐れがあり、これらの結果、ライフ
ライン網を構成する埋設管路に被害が発生しやすい恐れが
あるので、それを定量的に評価することが重要となります。本
研究では、京都大学防災研究所に設置された遠心力載荷装
置とよばれる実験装置を用いて、重力の 20 倍の遠心力場に
おいて、縮尺 20 分の1の模型を用いた振動実験を実施すると
ともに、多重せん断機構に基づく砂の力学モデルを用いて、
不整形地盤におけるひずみの集中などを検討しました。その
結果は図 11 に示すとおりで、実際に、不整形地盤での硬軟
地盤の境界部においてひずみが集中し、継続時間が長くな
ることが確認されました。
図9 1995 年兵庫県南部地震における水際線での被害
長大埋設構造物
小振幅
ひずみの集中
大振幅
地表面
表層地盤
硬質地盤
入射波
図 10 不整形地盤におけるひずみの集中(概念図)
157
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
地盤に液状化が発生する際にも、ライフライン網を構成す
る管路には、被害が発生する恐れが大きくなります。特に、図
9のように水際線に近い部分では、陸地から海側へ向かって、
護岸とともに地盤が広範囲にわたって動き出す現象が起きる
恐れがあります。本研究プロジェクトでは、このような液状化に
伴う3次元的な地盤の動きを、単純化した静的解析アルゴリズ
ムで解析する方法を用いて解析し、阪神大震災で発生した地
盤の実際の動きと比較してみました。その結果は、図 12 に示
すとおりとなり、このようなアルゴリズムにより、液状化に伴って
発生する地盤の動きを効率的に解析できることが確認されま
した。
地盤の液状化に伴って発生する地盤の動きが重要となるの
は、このような水際線付近とともに、大都市が拡大し展開され
てきている丘陵地や、2004 年新潟県中越地震で著しい被害
を受けた山間部などもあります。これらの地点では、液状化に
よって地盤が傾斜面を流れ落ちる現象も発生する恐れがあり
ます。そこで、本研究プロジェクトでは、流体力学に基づいた
解析手法を開発しました。この手法を用いて解析を行ったとこ
ろ、図 13 に示すとおり、緑色で示した液状化地盤が谷筋を流
れ落ちていく様子が時々刻々再現されることがわかりました。
本プロジェクトでは、さらに、これを基に、液状化地盤と地中構
造物の相互作用を予測できるプログラムにも展開しました。こ
のプログラムのプリ・ポストを整備して、homepage 上で公開し
ています(http://www.cive.gifu-u.ac.jp/lab/gm3/index.html)。
以上のとおり、地盤条件急変部や地盤の液状化においては、
ライフライン施設の地震時挙動シミュレーションのために、特
に詳細な解析を実施して、ライフライン網全体の中で、特に脆
弱性を有する恐れがある箇所を特定していくことにより、その
情報を地震前の補強対策や地震後の早期復旧戦略に反映
することができ、これによりライフライン網全体の地震時信頼
性が高まることが期待されます。
2.6 まとめ
本プロジェクトでの主な成果は以下のとおりです。
(1)東海・東南海・南海地震が同時に発生する際のライフライン
網の広域被害想定結果を示しました。上水道に関する被害
想定では、総被害件数は 76007 件に、推定復旧所用日数
は 640 日にのぼることが分かりました。
(2)大規模ライフライン網のネットワーク機能障害シミュレーショ
ンの方法として、「影響圏の概念」に基づく画期的な解析方
法を開発しました。
(3)断層変位に対するライフライン施設の構造脆弱性解析法を
開発し、これにより、断層方向と鋭角に交差する場合が、管
路にとって最も厳しい条件となることを明らかにしました。
(4)ライフライン網の損傷モニタリングシステムとして、AE 法に
よる漏水監視システムおよび光ファイバーシステムを開発
しました。
(5)地盤条件急変部や地盤の液状化のように、ライフラ
イン施設にとって特に厳しい条件となる際に必要とな
る詳細解析技術群を開発しました。
図 11 不整形地盤におけるひずみの集中の実験と解析
(-23)
B
210
105
160
186
180
(-41)
249
(-33)
188
(-77) (-69)
216
(-139)
SSW
AY
NO
A
.5
NIS
HIN
OM
IYA
162
171
KOSHIEN-HAMA
(-127)
(under construction)
131
(-68) (-68)
(-25)
(-18)
A
KOSHIEN-HAMA
B
BRID
GE
69
(-39)
197
D
201
(-5)
(-4)
(+29)
(-22)
202
E
38
A(-10)
(-22)
(-28)
(-62)
192
F
-16)
(-8) 75
(-97)
(-35)
88
95 (-50)
39
130
78
147
162
300
m
169
129
解析モデル
62
90
64
(-62)
77
(+2)
62
76
(-21
103
82
67
(-79)
79
(-39)
(-61)
(-4)
(-13)
(+24)
(-33) (-3)
(-98)
(-96)
157
(-3
(-37)
(+4) 58
(-41)
31
(-71)
193
139 (-87)
102
(+10)
75
(-66)
191
B
67
46
89
62
(-69)
(-94)
(-26)
27
(-13)
88
(-12) (+19)
90
(-34)
(+12)
(-44)
(-23)
(-104)
(-73) (-74) 53
125
(-38)
85
124
48
165
(-23)
(-23)
C
(-36) (-41)(-79)
113
(-13)
(-18)
( 74)
ケーソン護岸の変位分布の解析結果
図 12 水際線での地盤流動の3次元解析と実測値の比較
10s
初期
30s
20s
60s
図 13 山間部の谷状地形における液状化にともなう地盤
流動シミュレーション
158
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
3.ライフラインの広域復旧戦略シミュレータの開発
大規模地震の発生時に予想される上水道施設の広域被害
を効率的に復旧することは、2 次被害の発生を抑止・低減する
ほか、市民生活の復旧・復興に多大な貢献をすることが明ら
かになっています。このため、本サブテーマでは上水道施設
の防災対策担当者の緊急対応能力の訓練・高度化を目的とし
て、定量的な復旧評価手法を取り入れた上水道ネットワーク
の広域復旧戦略シミュレータの詳細版と簡易版の開発に取り
組みました。
3.1 復旧戦略シミュレータ(詳細版)の概要
復旧戦略シミュレータ(詳細版)は、図 1 に示す詳細な配水
管路網の地震被害予測をもとに、過去の被害地震で蓄積され
た復旧経験 1)-3)と広域ネットワークの解析技術(経路探索技
術)を応用することにより、全ての応急復旧が完了するまでの
応急復旧の時間経過評価とそれに基づく最適な応急復旧計
画の策定を支援することを目的としています。
詳細版の特徴を整理すると以下のようになります。
(1) 配水管路網の地震被害予測機能
防災科学技術研究所などから公開されている震源断層を
特定した地震動予測地図や確率論的地震動予測地図の地震
動分布(地域基準メッシュ形式)4)を取り込むことにより、配水
管路網の被害予測(被害率・被害箇所数)を行うことができま
す。地震被害予測手法は日本水道協会の方法 3)を使用して
います。
(2) 応急復旧戦略に基づく配水管路網の復旧期間評価
地震被害予測結果を用いて応急復旧戦略ごとの復旧期間
の検討を行います。応急復旧戦略として、給水量の増分が最
大となるような被害箇所を選択して復旧する戦略、被害箇所
数が最小の配水管路を選択して復旧する戦略、配水拠点に
近接する被害箇所から順次復旧する戦略など 7 種類が用意さ
れています。これに加えて、配水管の管径の大きさや重要防
災拠点(病院、避難所等々の施設)に応じて復旧優先度を個
別に指定することができます。
(3) 検討結果
検討結果として、図 2 に示す配水地域全体の復旧戦略ごと
の応急復旧曲線、図 3 に示す町丁目ごとの応急復旧終了時
期、さらに経過時期ごとの応急復旧作業の推奨箇所など最適
な応急復旧戦略を検討するための情報を提供することができ
ます。
図 1 復旧戦略シミュレータで対象とする配水管路網データの例
図 2 復旧戦略別の応急復旧曲線の比較結果
3.2 復旧戦略シミュレータ(簡易版)の開発
復旧戦略シミュレータ(簡易版)は、配水管路網データを用
いずに、地域基準メッシュでモデル化された配水管路網全体
の地震被害予測を行い、応急復旧日数の平均値や標準偏差
などの統計量の推定、および応急復旧曲線の推定が可能な
システムです。
図 3 管路別、防災重要拠点別の優先度を指定した場合の町丁目ご
との応急復旧日数の評価結果
159
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
1998.
4)防災科学技術研究所:地震ハザードステーション J-SHIS、
http://www.j-shis.bosai.go.jp/.
5)社団法人日本水道協会:平成16年度水道統計 施設・業
務編,第87-1号,2006.
(1) 簡易版の概要
復旧戦略シミュレータ(簡易版)は、地震リスク評価の考えを
取り入れたシステムとなっています。まず、地域基準メッシュ
単位に整備された給水人口、地盤種、地震動などのデータベ
ースと(社)日本水道協会の水道統計 5)に基づいてメッシュ単
位に人口比率で分配した配水管データを用いて、ひとつの想
定地震に対してメッシュ単位の平均被害率、平均被害箇所数
および配水地域全体の被害箇所数を求めます。この被害発
生がポアソン分布に従うものと仮定して、復旧歩掛り、復旧人
員などの情報を入力として、モンテカルロシミュレーション法
を用いて配水地域全体や任意の地点(任意のメッシュ)の応
急復旧日数の平均値、標準偏差等の統計量を評価します。
簡易版では、配水地域に影響を与える全ての想定地震 4)に
対して上記の被害および応急復旧日数評価を行っているた
め、配水地域にとってそれぞれ想定地震が与える影響度の
検討も可能になっています。
なお、被害箇所数や応急復旧日数などの評価結果は、ファ
イルに出力して市販表計算ソフトによる図表作成や任意の追
加検討が可能となっています。また、地域基準メッシュ単位に
て各種のデータを扱うため、特に地理情報システム(GIS)を必
要としないことも大きな特徴のひとつです。
(2) 簡易版による評価例
復旧戦略シミュレータ(簡易版)の評価結果のうち、図 4 は
配水池などの配水拠点を応急復旧の開始地点とした場合の
各地域基準メッシュの応急復旧終了時期を示しており、図 5
は 1 日あたりの最大投入復旧班数を 100 班とした場合の配水
地域全体の応急復旧曲線を示しています。また、図 6 は 1 日
あたりの平均投入復旧班数を 70 班とした場合の 50 年発生確
率地震に関する配水地域全体の応急復旧日数のリスクカー
ブを示したものです。
図 4 簡易版による東南海-南海連動地震動に対する復旧過程の例
(丸印は応急復旧開始地点)
3.4 参考文献
1) 財団法人水道技術研究センター:地震による水道被害の
予測及び探査に関する技術開発報告書(厚生科学研究
費補助による共同研究),第 1 巻,2000.
2) 財団法人水道技術研究センター:平成13 年度厚生科学研
究費による震災時水道施設復旧支援システム開発研究報
告書,2002.
3) 社団法人日本水道協会:地震による水道管路の被害予測,
160
図 5 簡易版による東南海-南海連動地震動に対する応急復旧曲線
0.9
50年発生確率
リスクカーブ
0.8
0.7
0.6
超過確率
3.3 まとめ
復旧戦略シミュレータ(詳細版)は、配水管路網を対象とし
て、経過時間、場所(地区)、管路ごとの復旧優先箇所、応急
復旧日数および復旧戦略の評価が可能なシステムであります。
また、復旧戦略シミュレータ(簡易版)は、水道管路網データ
を保有していない場合でも、概略的に配水管路網の全体的な
応急復旧日数および復旧戦略の評価が可能なシステムとな
っています。評価対象地域のデータの整備状況や目的とする
評価精度に応じてシステムを適切に活用し、配水管路網のハ
ード的弱点箇所の事前抽出に加え、地震発生後のソフト的な
対応能力を向上させることにより、上水道の防災力の向上に
寄与するものと考えています。
0.5
0.4
0.3
0.2
0.1
0
0
10
20
30
40
50
60
70
応急復旧日数
図 6 配水管路網の応急復旧日数のリスクカーブの例
(50 年発生確率地震)
80
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
4.巨大地震津波による広域被害想定と防災戦略の開発
今世紀前半の発生が確実視されている南海・東南海地震
津波は、戦後はじめて高度利用化された沿岸都市部を広域
にわたって襲います。特に、次の南海トラフ上で発生する
地震では、1707 年の宝永地震のように東海・東南海・南海
のイベントが同時に起こる可能性があることがわかって
きており、連動して発生する地震動による被害に加え、津
波の被害も我が国太平洋岸全域におよび、従来の被害想定
を大きく上回る超広域複合津波災害となる可能性が明ら
かになりました。
今後、沿岸部自治体が津波防災対策の方針決定をおこな
う上では、津波の被害様相を地域でとらえるだけではなく
広域的な視野をもって把握し、関連機関が協力しながら一
貫した対策を行う必要があるという問題意識のもと、本研
究は高精度津波解析技術を駆使して津波災害の時空間を
明らかにすること、ハザードと地域の脆弱性に着目して津
波外力と被害の関係を構築すること、被害を最小化するた
めの具体的課題解決を提案することの三点を骨子として
研究を進めてきました。図1に研究の全体像を示します。
4.1 数値シミュレーションに基づく太平洋岸全域の最大
広域津波災害とその発生パターンの解明
本研究は、東海・東南海・南海地震を独立なイベントと
して捉えるのではなく、南海トラフ上で発生するきわめて
大きな地震群であると考えます。図2に示す南海トラフの
断層セグメント配置に基づき、東海・南海・東南海地震に
おけるイベントの連動のタイミング、発生時間差やアスペ
リティの分布を考慮しながら様々な発生パターンを設定
して津波の数値シミュレーションを実施し、我が国太平洋
沿岸の各地点に到達する津波が最も危険になる地震発生
パターンについて考察を行いました。その結果、九州沿岸、
四国の瀬戸内海沿岸から豊後水道・土佐湾沿岸にかけては
四国沖のセグメントによる津波高が最も大きくなり、大阪
湾沿岸・紀伊半島の潮岬までは、紀伊水道沖と四国沖のセ
グメントによる津波高が最も大きくなることが分かりま
した。また、紀伊半島東岸から遠州灘にかけては遠州灘沖
のセグメント、駿河湾沿岸では駿河湾沖のセグメントによ
る津波高が最も大きくなることが分かりました。
短時間で連続して発生した場合の、沿岸の地点に到達し
得る最大の津波高は、同時発生時の場合より大きく、四国
の豊後水道、紀伊水道沿岸で変化の割合が大きくなります。
東から順に地震が発生する場合の最悪のシナリオが明ら
かになりました。
結果、津波高は同時発生時の津波高をはるかに超えると
ころもあり、南海トラフの巨大地震は、同時発生よりも時
間差をもって連動して発生するほうが、地域へのインパク
トとしては大きくなることが明らかになりました。
次に、地震調査研究推進本部の評価結果に基づき、南海
地震で想定される断層面の西側、中央、東側のアスペリテ
161
図1本研究の全体像
図2 時間差発生を考慮した断層セグメント配置
図3東南海・南海地震震源域のアスペリティ分布
ィを仮定し(図3)
、それぞれのアスペリティでの規模を
考慮しながら、アスペリティが沿岸部の津波高さに及ぼす
影響の評価を行いました。評価結果に基づき、地域の津波
防災を考える上で考慮するべきシナリオ(アスペリティ規
模と分布特性)を考察した結果、例えば、西側のアスペリ
ティの規模が大きくなるシナリオを想定外力として考慮
すべき領域は、九州の大分県佐伯市以北、本州の広島県福
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
山市以西、及び四国の愛媛県今治市から半時計回りに足摺
岬にかけてであることが分かりました。同様に中央、東側
のアスペリティの規模が大きくなるシナリオを考慮すべ
き領域は、それぞれ、本州の広島県福山市以東及び四国の
室戸岬から半時計回りに愛媛県今治市にかけてと、本州の
潮岬以東であることが分かりました。
4.2 津波による船舶被害の評価手法
津波は大阪湾臨海工業地域を襲い、航行中或いは停泊中
の船舶が被害を受け、さらに港湾域で甚大な二次災害を引
き起こす危険性があります。そこで、船舶・港湾・津波の
条件に基づいた大型船舶被害の評価手法を提案し、さらに
本評価手法に基づきモデル港での大型船舶の被災危険度
の評価を行いました。被災可能性が高いと推定される座
礁・岸壁への乗り上げ・係留索切断の3つの被害モードに
ついて、外力を最大津波高・最大引き波高・最大流速とし
て各被害モードの発生限界を船舶・港湾・津波の条件から
判定する被害評価手法を開発しました。
座礁については水深、船舶の満載喫水値を用い、外力を
津波引き波高とし、船底と海底との余裕水深以上の引き波
が来襲すれば被害が起こるとしました。乗り上げについて
は岸壁高さ、軽荷喫水値を用い外力を津波高とし、船底が
岸壁の高さを越えれば被害が起こると仮定しました。係留
索切断についてはまず船舶の係留方法をモデル化し、流れ
によって係留索が切断されるケース、水位の上昇によって
係留索が切断されるケースにわけて評価を行った。外力は、
本研究グループが実施した、東海・東南海・南海地震が同
時発生した場合の大阪湾での津波伝播計算により得られ
た各地点の最大津波高・最大引き波高・最大流速を利用し
ました。 例として、座礁の被害予測を図4に示します。
座礁についての評価式から、現在入港している船舶は余
裕水深が少なく、津波引き波高がそれほど大きくなくても
被害が生じることが判明しました。一方で、岸壁への乗り
上げの評価式からは、大型船舶は喫水が大きく、かなりの
津波高にならないと被害が生じないことが分かりました。
流れによる係留索切断及び水位上昇による係留索切断
の評価手法より、全ての索が切断され船舶が漂流する可能
性が生じる限界流速と限界津波高がわかりました。堺泉北
港に入港した 1000t以上の船舶の被害予測を行ったとこ
ろ、乗り上げ被害は津波高 3.5m、係留索切断被害は流速が
3.9m/s または津波高が 7.0m を超えると生じる可能性があ
り、堺泉北港では最大津波高が 3.0m、岸壁付近の最大流速
が 2.0m/s と計算され、このような被害は起こりにくいこと
が明らかになりました。年間総入港隻数のうち、津波来襲
時入港していた場合に座礁の危険がある隻数の割合を座
礁率とすると.座礁率は船とタンカーは干潮時で 95%以上、
満潮時でも 50%以上であり、甚大な被害につながる危険性
を孕んでいることが明らかになりました。
図4 堺市を対象とした船舶の津波被害評価結果
図5 防災対策の実施による津波減災効果の評価例
の強化による被害軽減効果を総合的に考慮して地域に応
じた対策を講じる必要があります。
現在、計画津波高の想定は既往の研究成果に基づき行わ
れていますが、その他の項目に関しては、地震・津波被害
の複合性や、各対策の複雑な因果関係などにより効果の不
確定性が大きく、対策を講じることによる減災効果を総合
的に評価できる手法はありません。本研究では、この不確
定性を確率事象としてとらえ、地域の津波災害に対する脆
弱性を確率分布で評価すること、その確率を政策変数とし
て扱い、津波対策強化による減災効果の評価を行うモデル
を開発しました。具体的には、ハード対策である防災施設
とソフト対策である防災体制の不確定性に着目し、対象地
域の津波災害に対する脆弱性と減災効果の評価を行うこ
ととします。
津波浸水による被害を軽減する対策のうち、ハードとソ
フトの連携が重要となる水門と陸閘の閉鎖に関する問題
を取り上げます。ここでは、津波来襲時の脆弱性と対策の
実施による減災効果を評価するために、地震による揺れや
液状化に伴う地盤変動などによって生ずる、門扉の構造的
な障害に関する不確実性と、門扉の閉鎖に必要な要員確保
や水防活動の実現性に関する不確実性を考慮します。
津波の来襲による地域の脆弱性を評価するための指標
として、防潮施設を越流して背後地に侵入する津波の流入
量を考慮し、津波の到達前に閉鎖しなければならないすべ
ての門扉 ai (i=1, 2, 3, …)に対し、地震動、液状化の発生、
閉鎖体制の不備により各門扉が閉まらないという機能損
4.3 防災対策の不確実性を考慮した津波減災効果の評価
失事象 E が生起する確率 Pai(E)を次式で定義して評価しま
津波対策計画の策定過程においては、計画津波高の評価、 した。
Pai ( E ) = Pai ( Eh) Pai ( Es ) + Pai ( Eh) Pai ( Es ) + Pai ( Eh) Pai ( Es )
防災施設整備やまちづくりによる被害抑止効果、防災体制
162
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
ここで、Pai(Eh)は液状化発生による施設機能損失確率で、
施設の耐震化や液状化対策などのハード対策に関連づけ
て評価できます。本研究では、震源からの距離減衰式と国
土数値情報による微地形分類に基づいて決定される液状
化危険度階に応じて機能損失確率を与えました。
Pai(Es)は門扉の閉鎖体制の不備による閉鎖不可能確率で、
現況の門扉閉鎖体制や水防訓練等の分析を通じて計算す
ることでソフト対策と関連づけて評価できます。これらの
確率を政策変数として定義し、防災体制の強化による減災
効果を評価することとします。各門扉からの背後地への津
波流入量は、津波数値解析を実施し、本間の越流公式によ
りあらかじめ求めておきます。各門扉の Pai(E)から、乱数
により多数の開閉パターンを疑似的に発生させることで、
対象地域への総流入量の確率分布を求めることが出来ま
す。
南海・東南海地震津波の発生を想定し、大阪市を対象と
して現況の施設と門扉の閉鎖体制に基づく脆弱性と減災
効果の評価を行い、大阪市の震度特性に基づく施設機能損
失確率と門扉の閉鎖不可能確率を段階的に変化させた場
合の脆弱性曲線(背後地への津波流入量の確率密度分布)
を求めることができました。想定で震度 5 強から 6 弱の揺
れに見舞われる大阪市では、門扉の閉鎖体制の強化により、
震度5強の場合に 150×103m3 以上の津波の流入が発生す
る確率を 86%、震度6弱の場合に 250×103m3 以上の津波
の流入が発生する確率を 18%軽減できることが分かりま
した。
図5は、大阪市の現状の門扉閉鎖体制による閉鎖不可能
確率 Pai(Es)を 0.5 とした場合の減災曲線(CASE-D, 許容流
入量を越えない確率)を、市内の流入量が大きい 10 基の
門扉の液状化対策の有無の違いで求めた場合(Option-A)と、
閉鎖体制を改善することにより Pai(Es)を 0.3 にできた場合
(Option-B)の減災曲線です。本評価手法により、地域に許
容できる津波の総流入量に対して、防潮施設整備と門扉の
閉鎖体制強化双方の対策の効果を評価できることが分か
ります。
4.4 氾濫流による家屋被害関数の構築
今日の津波防災において、臨海都市域での津波浸水に対
するまちづくりを含めた被害軽減対策立案のため、今後発
生すると想定される津波に関する物理的および経済的な
被害予測(家屋被害関数)が必要となってきます。しかし、
低頻度巨大災害である津波災害の家屋被害データは少な
く、家屋被害関数を作成するためには、洪水氾濫と津波氾
濫の相違を考慮しつつ、洪水被害データを援用していくこ
とが重要になります。
ここでは、水害被災地における家屋被害の迅速な把握お
よび津波災害における家屋被害の予測という視点に立脚
し、数値シミュレーションや緊急被害調査において得られ
る浸水深の分布から地域の被害程度を把握できる家屋被
害関数を構築することをその目的とします。そのために、
平成 16 年7月 13 日に発生した新潟豪雨水害において、家
屋被害の多かった中之島町を対象として被害調査を実施
163
し、浸水家屋の被害判定結果と浸水深から家屋被害関数の
構築を試みました。
図6 2004 年新潟豪雨災害(刈谷田川波堤地点付近)による家屋
被害
図7 氾濫流による家屋の被害関数(新潟豪雨災害)
被害調査は、災害発生の 10 日後にあたる7月 23 日、24
日に実施しました。調査の対象地域は、多くの家屋の構造
に被害が発生した、中之島町の刈谷田川左岸の破堤点から
半径約 300m の範囲です。図6に調査結果を示します。調
査内容は、
(1)家屋壁面に残された浸水痕跡による浸水
深の測定、
(2)流失・倒壊を免れた家屋の外観写真の撮
影と外観目視による被害程度の判定を主としました。浸水
深は、家屋の外壁に残された浸水痕跡高 94 地点、および
家屋の内壁に残された浸水痕跡高4点を測量し、それぞれ
周辺地盤からの高さとして補正しました。家屋の外観写真
は、
調査時既に流失した家屋以外の173棟において合計607
枚撮影し、被害程度を判定する資料とし、流失した家屋の
同定は、災害前後の衛星写真および航空写真の比較、住民
の目撃証言に基づいて行いました。
得られた被害情報から、以下の手順に従って、家屋被害
関数を構築することとします。
まず、被害調査から得られたデータセット(浸水深と家
屋被害程度)に対して浸水深を任意の区間(浸水レベル)
に区切って家屋をグループに分類し、そのグループ内での
家屋被害数を求めます。
次に、浸水レベルに応じた家屋被害率 RD の算定のため
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
津波に備え、沿岸部自治体が津波防災対策の方針決定をお
こなう上では、津波の被害様相を地域でとらえるだけでは
なく広域的な視野をもって把握し、関連機関が協力しなが
RD = (a + 0.5b) /(a + b + c) ×100 (%)
ら一貫した対策を行う必要があります。
本研究チームでは、高精度津波解析技術を駆使して津波
災害の時空間を明らかにすること、ハザードと地域の脆弱
ここで、a はランク1に分類される家屋数、b はランク2
性に着目して津波外力と被害の関係を構築すること、被害
に分類される家屋数、c はランク3および4に分類される
を最小化するための具体的課題解決を提案することの三
家屋数です。
点を重要な研究の軸としました。それぞれの成果を有機的
この被害関数により、市街地における氾濫流(津波も含
む)の外力と被害の関係を明らかにすることが出来ました。 に組み合わせることにより、来るべく南海・東南海地震津
波災害への自治体の防災対策の実質的な強化に貢献し、沿
このような知見を積み重ねることにより、地域毎の津波に
岸部自治体が津波被害の発生時空間に応じて防災対策の
よる被害を定量化することが可能となります。
立案を行うための方針の意思決定を支援できる知見を提
4.5 広域津波情報システムの開発
供することを最終的な目標として研究を推進しました。
その 5 年間の研究成果は膨大であり、今後様々な局面で
津波防災対策の第一義的責務を負う地方公共団体は、中
活用され続けることを確信しています。実際に、津波外力
央防災会議発表の被害想定資料や、独自に調査した想定結
と被害評価の技術については、広域津波情報システムとし
果に基づき、計画の立案および対策の推進を実施する必要
て人と防災未来センターにおいて稼働しています。
があります。しかしながら、中央防災会議の被害想定資料
以上のように、我々の研究成果はすでに地域社会の津波
は主として広域な防災対策を検討するためのマクロな被
防災対策の重要なツールとして大いに活用されています。
害把握を行ったものであり、個別の地域における防災対策
同時に、この点において我々の研究成果は、単なる科学研
を検討する場合には情報量が不足していました。地方公共
究にとどまることのない実践的な防災研究を推進するこ
団体は,計画対象津波を設定した上で、防潮堤や水門等の
とを第一義的な目標としてきた大大特プロジェクトにと
整備等の計画的な実施、予警報・避難勧告/指示等の情報伝
っての大いなる財産であることを自負しています。
達体制の強化、避難地・避難路の確保、ハザードマップの
最後に、三重県尾鷲市市長および同市危機管理室、大阪
整備,公報・津波防災のための諸活動を実施していきます。
しかし、中央防災会議が発表した資料では情報不足であり、 府危機管理室をはじめとする地方自治体の防災担当者の
方々の熱心なご支援無しには、ここまでの成果を得ること
計画対象地域に来襲する津波の具体的なイメージを持つ
ことは容易ではありません。この問題を解決するために, は出来ませんでした。ここに記して謝意を表します。
下の参考文献で引用した成果は、本研究の遂行によるも
専門的な知識を有さなくとも地域に来襲する津波の特性
ののごく一部を列挙したものです。全成果は「大都市大震
を調べることができる津波シミュレーションの実行環境
災軽減化特別プロジェクト年次報告書」を参照下さい。
を開発しました。それが広域津波情報システム(TRUST シ
ステム)です。
4.7 参考文献
TRUST システムは、防災研究機関,災害対応の第一義
1)河田惠昭ほか(2003)
:東海・東南海・南海地震の発生
的責任を負う地方公共団体,民間防災情報機関との協働に
特性による広域津波の変化, 海岸工学論文集第 50 巻,
より作り上げていくものとして位置づけられています。津
土木学会, 326-330.
波発生時には、各地の地形データや潮位観測情報を元に、
2)河田惠昭ほか(2003)
:アスペリティに起因する南海地
沿岸部に到達する津波の高さや流速・浸水規模などをリア
震津波の波源不均一性に関する研究, 海岸工学論文集
ルタイムで予測し、インターネットを利用した情報配信を
第 50 巻,土木学会,306-310.
行います。現在、東南海・南海地震津波の発生に備え,大
阪府7港湾の潮位計、国土交通省などが室戸岬沖に展開す
3)河田惠昭ほか(2004)
: 防災対策の不確定性を考慮し
る GPS 津波計からリアルタイム観測情報の提供を受けて
た津波減災効果の評価手法, 海岸工学論文集第 51 巻,土
います。
木学会,1311-1315.
当システムの津波予測解像度は最小 50m で、大型計算機
4)河田惠昭ほか(2005)
:大阪湾臨海都市域の津波脆弱性
(PC クラスタ)を用いてリアルタイムでシミュレーショ
と防災対策効果の評価, 海岸工学論文集第 52 巻,土木学
ンを実施します。市町村や港湾などの狭い範囲での予測が
会,1276-1280.
可能となるため,津波来襲後の被害状況の予測や被害調査, 5)鈴木進吾ほか(2005)
: 2004 年 7 月新潟豪雨水害の災
救助・医療チーム派遣などを実施するための参考情報を提
害調査による家屋被害関数の構築, 水工学論文集,第 49
供できるというメリットがあり、我々の研究成果の集大成
巻, 土木学会, 439-444.
として、現在試験的に運用を行っています。
6)越村俊一ほか(2004)
:東南海・南海地震津波対策に向
けての広域連携情報ネットワークの提案, 地域安全学
4.6 おわりに
会論文集,第 6 巻, 139-148.
今世紀前半の発生が確実視されている東南海・南海地震
に、次式を用いて、調査対象家屋棟数に占める、大きな被
害を受けた家屋棟数の割合として求めました(図7)
。
164
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
5.津波総合支援対策
5.1 津波対策検討支援と津波デジタル・ライブラリーの開発
本研究では、地域の防災担当者の津波対策検討を、情報
資料の保存・管理・公開の側面から支援することを目的に、津
波関連資料のデジタル・ライブラリーを構築しました。デジタ
ル・ライブラリーは、文書や画像のみならず音声や動画まで、
情報の保存形式に依存せずデジタル・データに統一して保
存・管理できること、検索性に優れることから情報利用者の利
用方法にあわせて検索機能を備えることが可能であること、や
Web ページへの公開など他のシステムとの連動が可能であ
ること、など、津波他防災対策の検討や住民への防災教育に
おいて、効果的な情報利用が期待できます。
-XML 文書によるテキスト検索、新聞記事画像検索
図 1、2 に津波デジタル・ライブラリーの実行例を示します。
5.1.1 津波デジタル・ライブラリーの構築
平成 14 年度から 18 年度にかけて収集された津波関連資
料をすべてデジタル化し、順次津波デジタル・ライブラリーに
収録し、現時点での津波デジタル・ライブラリー1)の完成形を
構築しました。収録データは、日本大学首藤監修の下で選定
し、津波関連文献(論文、報告書、記録誌、記念誌、体験談な
ど)約 90 件、津波被害新聞記事(昭和東南海、昭和南海、チリ
など)約 10 誌、ビデオ映像 8 件、CG 再現アニメーション 12
件、地震津波災害対策資料 2 件、津波災害想定地域の現地
撮影画像データ(三重、和歌山、徳島、高知他)8 県にのぼり
ます。すべてのデータが Web ブラウザを通して検索・閲覧す
ることができます。津波関連文献、津波被害新聞記事のテキ
ストデータは XML を用いて構造化し、データベースや GUI
を構築することで、キーワードを用いて手軽に検索できるよう
な設計としました。また、2004 年 12 月 26 日に発生したスマト
ラ沖地震の大規模な津波災害により、海外からのアクセスに
も対応できるよう、日本大学首藤が文献や映像を選定し、本文、
映像の解説などの英語ページも閲覧できるようにしてありま
す。
5.1.2 津波デジタル・ライブラリー収録データ
本研究において津波デジタル・ライブラリーには現在以下
のようなコンテンツを収録し、Web を通して公開しています。
・津波映像
-実写映像(8 件)
-津波シミュレーション(12 件)
・津波災害対策
-「津波と被害」「津波に強いまちづくり」(首藤作成)
-津波防災文献(文献2)3))、津波防災教育ページ
・地図検索
-石碑調査データ、現地調査データ
・文献検索
-津波文献、津波の記録、古文書(約 100 件収録)
-地名変遷表
・新聞記事検索
図1:津波ディジタルライブラリィトップページ
http://tsunami.dbms.cs.gunma-u.ac.jp
図 2:「新聞記事検索(Web 版)検索結果
5.1.3 参考文献
1)津波ディジタル・ライブラリィ:
http://tsunami.dbms.cs.gunma-u.ac.jp
2) 国土庁他:地域防災計画における津波対策強化の手引、
1998
3) 建設省河川局他:津波常襲地域総合防災対策指針(案)、
1978
165
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
5.2 臨海部における津波災害総合シミュレータの開発
東南海・南海地震などの巨大地震津波災害を想定し、沿岸
部自治体における津波防災対策強化に必要な「最新の研究
成果に基づく被害想定」、「津波予警報や避難勧告等の情報
戦略」、「避難計画」の課題を総合的に評価するシミュレーショ
ンシステムを開発しました1)。
シミュレーション表現要素
住民
シミュレーション
モデル
情報伝達
情報伝達
避難施設
避難行動
津波氾濫
要素間の
時間的・空間的
な影響分析
建物
【避難状況】
• 避難開始タイミング
• 避難行動状況
• 住民の分布状況
• 津波の氾濫状況
【被害状況】
• 道路の通行可否
• 人的被害発生状況
• 家屋被害発生状況
地形
道路
図 1 シミュレータの構成
0分後
10分後
地震発生!
災害情報を受け住民が避難を開始
16分後
津波が襲来
5.2.2 シミュレータの特徴
本シミュレータには、以下のような特徴的な機能があります。
(1) 住民の避難意思決定モデル
全ての住民が災害から避難するとは限りません。住民は、自
身の意識や経験などに基づいて避難を判断します。本モデ
ルは、震度や住民の意識や経験などに基づいて、住民の避
難の意思決定を予測し、現実的な避難行動を表現します。
(2) 時刻を考慮した住民分布再現モデル
津波による人的被害の規模は、津波襲来時における住民分
布に依存します。本モデルを利用することで、住民の日常的
な生活行動を再現することができ、任意の時刻に津波が襲来
した場合の被害を推計することができます。
(3) 道路閉塞・家屋倒壊モデル
本モデルは、家屋倒壊による犠牲者、瓦礫により避難困難と
なることによる犠牲者、道路閉塞により避難が遅れることによ
る犠牲者の発生状況を表現します。
(4) 災害教育ツールとしての機能
任意のシナリオによるシミュレーション結果を閲覧できるWeb
システムを公開しています(図3参照)。また、利用者の自宅や
避難先、避難経路を入力することで、個人の避難行動を評価
する先進的な災害教育ツールを開発しています。
• 伝達メディアの機能
• 住民の情報伝達状況
• 情報の取得状況
【津波氾濫状況】
災害現象
5.2.1 シミュレータの概要
本シミュレータは、防災行政無線やマスメディアなどにより災
害情報が住民に伝達される様子を表現する情報伝達シミュレ
ーションモデル、住民の避難行動を表現する避難行動シミュ
レーションモデル、そして津波の挙動を表現する津波氾濫シ
ミュレーションモデルから構成されており、災害時における一
連の地域状況を総合的に表現することができます(図1参照)。
また本システムは、地理情報システムを基本システムに採用
することで、これらの状況を時空間的に表現することが可能で
あり(図2参照)、避難者の分布状況と津波の氾濫状況から、詳
細な人的被害推計を行うことができます。
本シミュレータは、以上のような機能を持つことから、表1に
示す様々なシナリオを想定したシミュレーション結果から、現
状の防災計画の評価や各種防災対策の検討を人的被害規模
という単一の尺度を用いて具体的に検討する防災戦略ツー
ルとして活用できます。また、災害時の適切な対応行動をわ
かり易く説明する災害教育ツールとしても有用です。
表現内容
【情報伝達状況】
18分後
津波氾濫により甚大な被害が発生
図 2 シミュレータによる津波災害時のアニメーション表現
表 1 主なシナリオ項目
分類
シナリオ項目
地域
道路、建物、住民分布、地形
情報伝達
防災行政無線、広報車、マスメディア、住民間伝達
避難行動
避難場所、避難経路、住民の意思決定
災害
地震規模、発生タイミング、時系列ごとの氾濫域
図 3 動く津波ハザードマップ 2)
5.2.4 参考文献
1)片田敏孝,桑沢敬行:津波に関わる危機管理と防災教育の
ための津波災害総合シナリオ・シミュレータの開発,土木学
会論文集 D,Vol.62,No.3,pp.250-261,2006.
2)群馬大学災害社会工学研究室:尾鷲市動く津波ハザードマ
ップ,http://dsel.ce.gunma-u.ac.jp/simulator/owase/,2006.
5.2.3 謝辞
本研究の遂行に当たっては、三重県尾鷲市より多大なる御
協力を頂きました。ここに記して謝意を表します。
166
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
6.防災用人的シミュレーションシステムの研究開発
本研究の目的は、地震や津波襲来などの災害発生時に被
災者の救助、地域の復旧において重要な輸送路となる臨海
部に重点を置き、海経由の避難・広域連携法の研究開発、ま
た、荷役作業中の大型船舶や危険物船の避航方法の研究を
行うことです。
6.1 船舶による支援ネットワークの構築
阪神淡路大震災では、陸上交通網は多大な被害を受け、
船舶が被災者の搬送や医薬食料支援、宿泊施設などに活用
されました。これらの活動の多くが震災発生後 3 日以内に行
われており、これらの大半が非組織船で個人的な要請による
ものでした。この様な個別の活動に対して、対策本部等など
からの指示や情報がなく、また陸揚げ後の救援物資輸送手段
がないなど、効率的な支援が行えなかった事が問題点として
挙げられました。
東南海・南海地震とそれによる津波による被災地域は広範
囲にわたると予想されることから、被災者の救援活動に船舶を
利用することは有効であると考えられます。そこで、被災地に
迅速・的確・効率的な支援を行うため、海上経由の緊急支援
船ネットワークを構築することにしました。
6.1.1 ネットワークの概念
図 1 に、船舶による支援の概念と、その場合の検討点を示
します。左の被災側と右の支援側を船舶がつないでおり、支
援活動と検討項目が数字を追って時系列で進みます。すな
わち、船舶を使った支援においては、まず船舶との通信手段
を確立する必要があり、次に受け入れ母体が対策本部を設置
すると共に情報を収集します。その後、具体的な支援活動の
内容や方法の検討が行われます。
この様な包括的なネットワークは行政主導で構築される事
が望ましいのですが、官庁毎の管轄範囲や、官庁船では本
務との兼ね合いなど、行政上の制約が多いという問題があり
ます。そこで、民間で NGO を組織し、登録された民間船で救
援作業を行うボランティア船によるネットワークを考えました。
図 2 は、そのイメージです。各地域に NGO が組織され、仮に
NGO5 の所在地が被災した場合は、NGO5 が現場での情報
収集にあたり、別の NGO(例では NGO4)が支援側との連絡調
整を担当します。そして統括本部(HQ)となる NGO が両者から
の情報を統括すると共に、他の NGO に対して救援活動を指
示します。
6.1.2 具体例
津波により高知市が被災することを想定して、どのような支
援ネットワークを構築すればよいかを検討しました。図 3 にそ
の概念を示します。総括本部を神戸市に置き、瀬戸内海の大
阪、岡山、大分など、各地の NGO とネットワークします。数字
は、起点となる高知市からの距離(mile)です。これらの地域に
船籍を置く 20 トン以上の漁船・曳船・貨物船・フェリーを調査し、
船種毎に高知市からの距離と、高知市までの所要時間を求め
167
ました。6 時間以内では曳船や漁船などの小型船舶が活用可
能です。フェリーは 12 時間前後で 150~250mile を移動でき、
これは広島市や姫路市に相当します。また24時間以内に、貨
物船を利用した物資輸送が、瀬戸内海各地から可能です。
この様な支援ネットワーク構想に対して、大阪湾や九州東
岸を含む瀬戸内海の漁協にアンケート調査を実施したところ、
回答を寄せた 272 漁協の 53%の漁協が、実際に災害時支援
ネットワークが構築された場合に参加可能と回答し、20ton 以
下の船舶 745 隻が利用可能です。
6.2 津波来襲時の船舶避難
地震による津波が発生した場合、湾内に停泊している船舶
の多くは直ちに港外へ避難すると考えられます。この時、ほ
ぼ同時に多くの船舶が避難行動をとりますが、航行水域が限
られているため海上交通が輻輳し円滑に避難できないことも
考えられます。船舶の避難行動が遅れると、港の出口付近や
狭水路など、津波による水平流れが強くなる場所で、津波の
来襲に遭遇してしまう危険もあります。また、港外に避難、或
いは湾内で航行、錨泊している船舶が、湾内でどこに避難す
べきかは定められておらず、湾内での避難行動も混乱する可
能性があります。
そこで、南海トラフで発生する地震による津波が大阪湾に
来襲した場合を想定し、船舶が港内から錨地で錨泊するまで
の所要時間をシミュレーションで求めると共に、湾内での避難
場所を定めたハザードチャートを試作しました。
6.2.1 船舶避難シミュレーション
ここでは、AIS(船舶自動識別装置)で受信した大阪湾内の
航行・停泊船舶状況を元に、最寄りの指定錨地で錨泊を完了
するまでの所要時間を計算しました。船舶は、大阪港、神戸
港、堺泉北港、阪南港とその付近、及び大阪湾中央部に、合
計 30 隻いるとします。この内、神戸港付近の船舶は神戸港沖
の錨地に、それ以外の船舶は堺泉北港沖の錨地に避難する
としました。これらの船舶の平均船長は 130m、平均船速は
10knot とします。また、地震発生後、船舶に情報が伝わるまで
に 10 分かかり、その後 30 分で出港すると仮定しました。
避難所要時間の算出は待ち行列シミュレーションを用いま
した。図 4 に示すように、船舶が航行中に他船に侵入されな
い閉塞領域を平均船長の 10 倍とします。この領域を通過する
時間は平均船速から求められ、その時間だけ一隻の船は一
つの閉塞領域を占有し、その時間が経過すると船は次の閉塞
領域へと移動します。航路が交差する場合等で進行方向の
閉塞領域が他船によって占有されている場合はその場で止
まるものとします。この作業を繰り返すことによって全船避難
の所要時間を求めます。今回の計算では、閉塞領域は
1300m、通過時間は 4.2 分です。
図 5 に指定錨地で錨泊するまでの平均所要時間を示しま
す。津波第一波到達時間は、友ヶ島水道が 54 分、神戸港沖
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
錨地が 83 分、堺泉北港沖錨地が 116 分です。このことより、今
回の条件においては、湾外へ避難することは難しいが、錨地
での錨泊は津波第1波来襲前に終えることができます。
6.2.2 船舶津波ハザードチャートの試作
AIS データによると、大阪湾には常時 110 隻程度の商船が
停泊、航行、錨泊しています。商船一隻当たりの避泊に必要
な面積を 2,000m を一辺とする 4km²とすると、商船の避泊に必
要な総面積は大阪湾全体の約30%、水深10~20mの海域の
約 90%で、全ての商船が大阪湾内で避泊可能です。以下の
方針で図 6 に示す船舶津波ハザードチャートを作成しまし
た。
(1) 陸岸や海上構造物、航路、津波の水平流速が早い海域、
水深 10m 以下の海域など、避泊に不適切な場所から
2,000m 以内の海域を避泊禁止海域とする。
(2) 通常の航路に加え、航路から避泊海域に続く通り道を確
保するため、緊急時の航路を設定して避泊禁止とする。
(3) 危険物積載船や大型船は、出港に時間がかかることやタ
グボートを必要とすることなどから、港の近くに避泊海域を
設定する。
(4)小型船と商船とは分けて避泊海域を設定する。
陸岸沿いに避泊禁止海域を設け、船舶が混み合う大阪湾
東部海域に避泊地の海域分けを行い、大阪湾西部海域は全
ての船舶がドリフティングなどにより適宜避泊可能としました。
次に、危険物積載船や大型船の避泊海域を、通常の航路の
延長線上を避けて、港から近い海域に3カ所設定し、一般商
船の避泊海域は大きく1カ所に設定しました。さらに、これらの
避泊海域に通常の航路や各港からつながる緊急時の航路を
設定し、以上を避けて、小型船の避泊海域を 3 ヶ所設定しまし
た。
図 3 高知市が被災した場合のネットワーク
図 4 閉鎖領域
図 5 錨泊までの所要時間
Kobe
Osaka
Akashi
Harina-Nada
図 1 船舶による災害支援の概念
Sakai
/Senboku
Osaka Bay
Awaji Is.
Pacific Ocean↓
図 2 ボランティア船による支援ネットワークの概念
Track
Emergency track
Ban areas on refuge
General cargo ship
Small boat
Dangerous cargo & Large ships
Fishery's port
Marina
20m depth
図 6 船舶津波ハザードチャート
168
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
7.スーパー広域震災時の大都市間連携情報の高度化
この研究は、近い将来に発生が確実視されている東海・東
南海・南海地震津波の連続発生という条件下において、臨海
都市部と沿岸地域の津波被害軽減を図るとともに、沿岸部の
防災力を評価し、情報ネットワークを通した災害対応における
情報共有と広域連携を可能にするための要件を明らかにして
いくことで、対応準備のためのより効果的な対応計画に資す
る情報提供策を講じるものです。
最終成果として、広域津波被害予測情報と観測情報の共有
を実現できるシステムをネットワーク環境で稼働させるハード
面の整備およびソフト面の充実を図り、自治体の災害対応力
を向上させる津波情報提供の方策のプロトタイプを確立させ
ることに取り組みました。
7.1 災害時の活用に資する津波情報の課題
自治体の災害対応計画を見てみると、津波が発生した時に
行う活動は主に、「職員の動員」「津波情報の伝達」「被害状況
の把握」「避難対策」「防御対策」「緊急輸送路の確保・交通対
策」「船舶への周知」です。現状では、これらは気象庁の発表
する津波注意報・警報による自動発動と、津波の状況を見な
がらの判断発動によるしかありません。大規模な津波の場合、
いち早い活動の実施が必要なのですが、気象庁情報の精度
では限界がある部分も指摘されており、より詳しい津波情報の
活用方法を今から考えておく必要があります。
津波は地震発生から多少の時間的余裕がある災害でありま
す。また複数の自治体を時間差で襲う災害であり、必ず海か
ら来る災害でもあります。現在利用しうる科学技術を活用し津
波が到達する前により正確な予測を行うことが可能ですが、そ
れと同時に予測情報を複数自治体で活用する方策、いわば
情報の受け手側の準備をしておくことも必要です。
図 1 研究の全体像
7.2 広域津波情報共有システム(TRUST)
TRUST と は Tsunami-disaster Response with Unitive
Strategies の略称であり、本研究では、広域で津波被害予測
情報と観測情報の共有を実現するシステムの提案を行ってき
ました。
TRUST はすべてウェブブラウザ上での表示を前提に開発
を行い、すべてのユーザは特別な機器を導入することなく閲
覧できるものです。このシステムは、(1)防災気象情報(これ
は株式会社ウェザーニューズから提供を受けています)、(2)
潮位情報(潮位の状況がリアルタイムで監視できます)、(3)
簡易津波被害想定ツール(簡単な地震情報の入力により津波
の被害想定を行うことができます)(4)津波想定結果の参照
という4つの機能を有しています。この機能によって、複数の
自治体で同じ想定結果を共有できることや、小さな市町村レ
ベルでもインターネットさえつながれば津波被害想定の計算
が可能になります。
図 2 広域津波情報共有システムの全体像
図 3 TRUST スタート画面
169
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
7.3 リアルタイムシミュレーション
TRUST の機能の(3)については、独自の被害想定を行うこ
とができるという機能と、津波地震発生後に地震断層パラメー
タを入力することによって、到達までの時間、波高、流速のよ
り正確なシミュレーションを実行することができ、より具体的な
災害対応活動に生かすことができる情報となります。
本研究では、システムにおけるシミュレーション速度の向上
を目指してきました。ハードウェアとシステム内のソフトウェア
の改良により計算が終了するまで約3時間、その時点でイベ
ント感知後5時間後までの高精度の予測が可能であることが
示されました。また、海上の GPS 津波形を用いた予測手法の
開発や、計算機の CPU の高性能化によってますます速度が
上がることが期待できます。
津波情報の活用は、第一波からの避難や被害の回避といっ
た1時点のものだけでなく、繰り返す襲う津波の周期や、第二
波、第三波の影響時間や波高といった情報、さらに収束まで
の予測なども含まれます。特に東南海・南海地震といった巨
大地震津波の場合は、計算結果から半日から一日程度大き
な津波が繰り返す地域があることがわかりました。
図 4 大阪湾の第一波到達時間(東南海・南海地震)
7.4 想定地震津波計算結果の表示
このシステムによって表示される結果を見ると、図 4 のように
大阪湾内の第一波津波到達時間の全容がわかり、周辺自治
体との連携を可能にさせる情報となることがわかります。また、
図 5、6 のように同一県内でも、時間毎にどこの津波が高くなる
のかを共有することができ、事前の準備態勢や対応計画を作
成する際の貴重なデータとなります。
東南海・南海地震の想定結果からは、被害範囲が広範囲に
なり被害情報の収集には非常に困難を要すること、津波到達
時間が数分で5mを越える地点があり外部情報伝達では間に
合わない地域があること、海岸地形によっては第一波よりもそ
の後の波の方が高くなる地点が多く見られ長時間危険な状況
が続くこと、など自治体の災害対応を考える上で現状の計画
では不十分な点が多く指摘できます。特に現状では状況確認
は目視による判断が主体となっておりますが、実際に東南海・
南海地震規模の津波被害に立ち向かうときには、かなりの情
報をシミュレーション結果に頼ることが必要になってきます。ま
た自分の地域だけでなく周辺地域の被害の様相、さらに今後
の被害拡大の可能性といったことも目を向けて対策を打って
いくことが求められます。今回の研究成果からは、現状の各
自治体単位の津波対応策や津波情報処理では対応が十分
にできないことを示唆しています。
図 5 和歌山県の想定結果(東南海・南海地震、表示データを結合)
7.5 今後の可能性
津波情報を取り巻く環境は、科学技術の進歩とともに大幅に
改善されていくことが予想され、気象庁をはじめ国の関係機
関も研究を推進しています。しかしながら、これらの研究は活
用できる「情報」となった時点で初めて活動につながるわけで
すから、データの精度向上とともに活動する側の体制や組織、
計画の適応が同時に求められるわけです。今後に向けて自
治体内がこのような予測情報を扱った中での災害対応を可能
にする方法についてより追求していくことが重要です。
170
図 6 三重県の想定結果(東南海・南海地震、表示データを結合)
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
8.統合地震シミュレータに基づく災害対応戦略に関する参加型意思決定方法に関する研究
本研究の目的は、東海・東南海地震に代表されるような大地
震に事前に有効な対策を講じ、地域が適切に備えるために太
平洋岸の連担している大都市圏を対象として、参加型方式で
多様な当事者が意思決定をし、行動することが不可欠である
ことを明らかにすることです。
一口に参加型といっても、大都市圏レベルでの多様な行政
(機関・部局)やライフライン事業者などが中心となって総合的
な政策や対策を検討するやり方と、近隣コミュニティレベルで
住民の方々と一緒に、NGO や行政、その他専門家が加わっ
て行う参加型アプローチはかなり性格が異なります。そこで本
研究では、そのような2つの異なる参加型アプローチを取り上
げるとともに、地震が発生した状況を科学的にシミュレートす
る方法を開発し、それを用いて実際に行政の現場や地域で
様々な形で活用することを試みました。
けた行方向
張り間方向
1/10
大破・倒壊の
危険性有り
応答変形角(rad)
1/12
1/15
1/20
大破・倒壊の
危険性は少
ない
1/30
1/60
0
0
調査の各建物
図 1 京町家の極めて稀に発生する地震に対する耐震性能評価
8.1 コミュニティレベルの適応的マネジメントのための地震被
害シミュレータの開発
建築物、特に木造住宅の地震被害を低減することを目指し
て、地域の木造住宅の耐震調査・耐震診断法(耐震性能評価
法)と耐震補強・改修や維持管理による耐用年数の変化を反
映可能な地震被害シミュレータを開発するとともに地域の地
震被害シミュレーションを行い、地域コミュニティによる建物の
耐震化インセンティブ向上に繋げることを目的として、以下の
研究を行いました。
100
耐用年数
80
T0 = 25
60
T0 = 100
40
20
0
全壊確率 Pf(R) (%)
全壊確率 Pf(R) (%)
100
10年後
0
0.05
0.1
0.15
最大変形角 R (rad)
0.2
80
60
40
20
25年後
0
0
0.05
0.1
0.15
最大変形角 R (rad)
Earthquake
Earthquake
2020
2015
2005
0.2
2025
2030
図 2 耐用年数を考慮した木造住宅の地震による全壊率
8.1.1 地域特性を有する木造住宅の耐震性
我が国の木造住宅は、気候・風土・生活習慣等によって地
域の特色ある木造文化を形成し、構造形式においても地域特
有の構法が発展してきています。このような地域性のある木造
住宅の耐震性能を調べてみました。ここでは、京都市市街地
の典型的な都市型伝統構法木造住宅である京町家)につい
て構造を詳細に調査した結果を図 1 に示します。大地震(極
めて稀に発生する地震)では、多くの建物で大破・倒壊の危
険性があり、耐震補強を必要とすることが分かりました。
8.1.2 木造住宅の維持管理を考慮した地震被害予測
地震の発生時期は、建物の寿命に比べて長いので、建物
の耐震補強・改修を行っても維持管理が適切に行われなけれ
ば、地震被害を低減することはできません。大地震に対して
木造住宅の被害が維持管理状態によって、どのように変化す
るかをシミュレーションしました。京町家の耐震調査結果を参
考にして、耐震補強・改修を 2005 年に行ったとして、その後
の維持管理状態によって、建物の耐用年数が 25 年から 100
年と異なる場合について調べてみました。図 2 のように、10 年
後、25 年後に大地震が発生した時、耐用年数の違いによる建
物の被害率(全壊率)が大きく異なります。次に、京都市域で、
花折断層による地震の発生時期を 2030 年と想定した場合の
171
Damage Ratio (%)
Damage Ratio (% )
0 - 10
0 - 10
10 - 20
10 - 20
20 - 30
20 - 30
30 - 40
30 - 40
40 -
40 -
(a) 耐用年数 T0=25
(b) 耐用年数 T0=100
図 3 木造住宅の耐用年数を考慮した被害予測シミュレーション
1%
10%
5%
大きな被害
42%
13%
29%
4%
建物が倒れる
街並みにあう伝統的な
11%
27%
直せば生活できる
軽微な被害
全く被害はない
わからない
地震による建物被害想定の意識
58%
外観は伝統的にし、
内は現代的に
生活の変化に合わせて
現代的な建物
その他
町家の改修や建て替えに対する意識
図 4 密集市街地における建物の耐震改修に関する住民意識
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
シミュレーション結果を図 3 に示します。耐用年数 25 年に比
較して、耐用年数が 100 年と長くなれば被害が大きく低減され
ることが分かります。
8.1.3 木造住宅の耐震改修の促進
木造住宅の耐震性については、住民の関心が高まっていま
すが、耐震改修が進まない現状を踏まえて、京都市密集市街
地において地域住民の地震防災と建物の耐震改修等に関す
る意識調査を行いました。その結果、図 4 に見られるように、
建物の地震被害に対する危惧や町家などの良さを残しながら
も現代的な住まい方を要望していることなどが分かりました。
今後は、木造住宅の耐震性と経年劣化診断を加味した総合
的な診断手法とともに耐震補強と維持管理の実践的方法を開
発して、地域の技術者の耐震補強技術の向上と住民による建
物の耐震化向上に繋げたいと考えています。
図 5 想定東海・東南海地震同時発生シナリオの下での道路橋被害
土地
不在地主
都市圏市場
企業
土地
(財・労働 ・資本)
建物資本
収入の再分配
建物開発者
D
S
S
D
P
建物資本
家計
住宅サービス
都市圏
図 7 浜松都市圏に適用した応用都市モデルの概要
一人便益(円)
静岡 4
静岡 5
静岡 3
区
-1,500
静岡 2
区
静岡市
G
区
静岡 1
E
区
F
D
区
区
-1,000
C
-500
総便益(百万円)
B
0
区
172
図 6 浜松都市圏における地震発生時のリンク交通量の変化
A
8.2 広域都市基盤を対象とした災害対策代替案の設計・評価
技法とその社会的適応方策
太平洋沿岸の都市圏には高度に連担した都市圏が形成さ
れ、わが国における人口・産業の大部分がこの地域に集積し
ています。しかしながら、これらの地域は、東海・東南海地震
に代表されるようなプレート境界型地震や内陸性の都市直下
型地震の脅威にさらされています。この地域における巨大地
震の発生は、高い人口や産業の集積のために、莫大な損失
を地域経済にもたらすことが懸念されます。特に、太平洋岸
の地域にはわが国の動脈とも言える主要な道路・鉄道等の交
通施設が集中しているために、一度、大規模な地震が発生し、
これらの交通施設が被災すれば、被災地域はもとより、わが
国全体の旅客流動・物資流動に大きな影響を及ぼし、社会経
済的な被害が発生することが心配されます。
この様な可能性を考えて、本研究では東海・東南海地震が
発生した場合に想定されうる道路や鉄道等の交通ネットワー
クへの損傷が及ぼす社会経済的な影響を分析しました。具体
的には、被災地域の交通状況や経済活動に及ぼす影響、さ
らには全国への経済被害の波及状況等を分析しました。これ
らの分析には、GISや交通行動モデル、空間的応用一般均
衡モデル等の最新のモデルが用いられています。
(1) 道路網被災状況の推定
東海、東南海、東海+東南海を想定した地震動分布や、道
路データ、施設の脆弱性に関するデータ(フラジリティデー
タ)を用いて、道路ネットワークの被災シミュレーションモデル
をGISに構築しています。図 5 は想定東海・東南海地震の同
時生起シナリオに対応した道路橋梁の被災状況を示していま
す。浜名湖や天竜川周辺、磐田市等での被災の可能性が高
いことが読み取れます。
(2) 道路網の被災が交通状況に及ぼす影響
浜松市域の交通ネットワークを対象として、この様にして得ら
れた道路ネットワークの被災が交通状況に与える影響を分析
しました。その結果を図 6 に示します。図中の青で示したリン
クは通行が困難になるなどして交通量の減ったリンクを示して
います。赤色のリンクは逆に交通量の増加したリンクを表して
0
-100
-200
-2,000
-300
-2,500
-3,000
-400
-3,500
-4,000
-4,500
-5,000
-500
一人あたり便益
総便益
-600
図 8 浜松都市圏における経済被害額(交通所要時間 20%増加シ
ナリオ)
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
います。地震による道路ネットワークの損傷によって、渋滞等
が発生し地域内の道路に渋滞等が発生することが示されまし
た。
(3) 道路網の被災が地域経済に及ぼす影響
本研究では、道路網が寸断することが、地域経済に及ぼす
影響を応用都市モデル(図 7 参照)を用いて分析しています。
図 8 は道路網の寸断により地域内の各ゾーンの所要時間が
20%増加した場合の経済的な影響を示しています。浜松県域
はもとより、静岡エリアにも被害が波及することが分かります。
(4) 広域交通基盤の損傷が国民経済に及ぼす影響
本研究では、高速道路網や重要な国道、新幹線などの高速
鉄道などの広域交通ネットワークの損傷が国民経済に及ぼす
影響に関しても分析を行っています。この分析には、空間的
応用一般均衡モデルを用いました(図 9 参照)。
その結果、図 10 のように東名高速道路・中央自動車道と東
海道新幹線等が被災するような最悪のシナリオの下では、一
日あたり 284 億円もの被害が発生しうることが分かりました。ま
た、一人あたりの被害額でみると静岡県が最大ですが、東京、
大阪、愛知といった大都市にも大きな影響が生じることが分か
りました。
(5) 交通網の冗長化の効果
このように大きな影響をもたらす広域交通網の寸断の影響を
軽減するために現在計画されている交通ネットワークの整備
がどのような効果をもたらすかについても検討しています。整
備代替案として、鉄道については北陸新幹線(東京-高崎-
金沢間)が供用される場合を、道路に関しては、中央縦貫自
動車道(松本―高山―飛騨清見)が整備された場合を取り上
げています。図11にその結果を示します。この図には、シナリ
オI:東海道新幹線、東名高速道路と 1 号線の被災のみが生じ
るケース、シナリオ II:シナリオ I に加えて中央高速道路及び
中央本線が使用できないケース、シナリオ III:シナリオ II の状
況で北陸新幹線と中央縦貫高速道路が利用可能なケースの
3 ケースを比較しています。この図から、中央自動車道も利用
できないような場合には、北陸新幹線や中央縦貫自動車道等
の整備が経済被害を大幅に軽減しうることが分かりました。
(6) 社会的適応方策
国土レベル、都市圏レベルの分析を進めるに際して、行政
などの政策担当者とのミーティングを行い、モデルの開発段
階から政策の分析に役立つような研究を実施することを念頭
に研究を進めてきました。その結果、国土レベル、都市圏レ
ベルでの交通ネットワークの整備が東海・東南海・南海地震
等の大規模な地震によって発生する社会経済的な影響をい
かに軽減しうるかを定量的に分析しうる方法論が開発されたと
考えています。
浜松でのワークショップでは、「本研究チームと今後も連携
を取りながら、人口の高齢化等の情勢の中で今後コンパクトシ
ティー化等を目指した都市構造の誘導と安全・安心の実現を
図るような都市計画マスタープランや地域防災計画等を策定
していきたい」というご意見も承りました。都市将来の交通網が
与えられれば、本研究のアプローチを活用して、立地と交通
の相互作用が分析可能であり、地震シナリオに応じた地震動
の予測に基づく被災後の交通網の状況を想定できます。この
173
地域の代表都市ノード
その他のノード
地域の境界線
主要高速道路網
主要国道
現在は一般国道であるが将来自動車専用道路となる区間
C
D
B
大阪
名古屋
東京
静岡
A
図 9 広域 SCGE モデルにおける地域間道路ネットワーク
交通寸断に起因
する間接被害
(10億円/日)
36.4
40.0
31.8
35.0
30.0
25.0
23.3
23.2
18.5
20.0
12.8
15.0
鉄道寸断
シナリオ
8.1
9.9
10.0
東海道新幹線と
中央線が寸断
5.0
0.0
東名・中央の
1
2
双方が寸断 東名ルート
のみ寸断
0.0
3
寸断なし
東海道新幹線
のみが寸断
寸断なし
道路寸断シナリオ
図 10 被災シナリオに応じた経済的被害の規模
交通寸断に起因する
間接被害の帰着
(10億円/日)
12.0
10.0
8.0
6.0
4.0
I
II III
2.0
0.0
4 5. 静岡県
5
6
7
8
9
10 11.11
1.1北海道 2
3. 3
関東
7. 石川県
9. 愛知県
近畿 12 13.13
四国 14
2. 東北
4. 山梨県
6. 富山県
8. 岐阜県
10. 三重県
12. 中国
14. 九州・沖縄
被災シナリオ
I: 東海道新幹線及び東名高速道路の寸断
II: 道路・鉄道ともに東海道ルートと中央ルートの両方が寸断
整備代替案のシナリオ III: 道路・鉄道ともに迂回路が高速化整備された下で被災シナリオ II が発生
図 11 交通ネットワークの冗長化の効果
図 12 知識の創造過程
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
ように、本プロジェクトによって開発したモデルは地方自治体
のニーズに合致しており、今後、都市計画マスタープランや
地域防災計画の策定のための基礎的分析ツールとなりうるこ
とが確認できています。
8.3 コミュニティレベルの災害対応代替案の設計・評価技法と
その社会的適応方策に関する研究
本研究ではコミュニティレベルの地震リスクマネジメントにつ
いて有効な施策を見出すための実用的方法論を開発する目
的で、大きく分けて以下の 3 つの検討を行いました。
8.3.1 ワークショップ方式による参加型アプローチの定型化の
検討
地域の構成員である個々の住民と他の主体とが、情報や知
識をやり取りすることで地震災害への備えの能力を向上させ
るまでの知識共有過程の観察と記述を行い、地域診断型アン
ケートを実施し、その診断結果を研究成果として示しました。
また、この地域診断に基づくワークショップ、および参加型の
災害リスクコミュニケーションの考え方を知識の創造過程
(knowledge creation process)として定型化するとともに(図 12)、
コミュニティにおける実行可能な被害軽減方策、避難計画、復
興可能性等を地域住民とともに決定するアクションプラン(「地
域防災力診断シート」)を開発し、実際のコミュニティにおいて
導入しました(図 13)。また、地域防災力診断シートの「評価軸
(尺度構成)」に注目し、防災の実務者であるNPOが潜在的に
持つ尺度と住民が持つ尺度の違いを診断シート結果の統計
的分析より明らかにしました。
別の研究成果として、平成16年度に実施された紀伊半島南
東沖地震後の緊急調査の結果に基づき、災害の間接的経験
(直接被災しない程度の災害の遭遇、目撃経験)の活用という
見地から、参加型アプローチの防災の取り組みに関する戦略
もまとめています。
動を持続的にかつ発展的に行っていくために地域が必要と
する要件を整理しました。まず、伝統的な社会集団の類型と
現代の日本の地域社会の特性を整理し、地域において活動
を展開していく際に考慮すべき地域特有の事情を記述しまし
た。そして、有志によって結成される「防災活動を意図したア
ソシエーション」を地域が生み出し(図 15)、行政や準公的な
機関の役割を補完する形で活動を展開することを明らかにし
ました。さらにそのアソシエーションが知識創造を促進する要
件を備え、知識創造スパイラルに沿って技術知識創造を行え
ば、地域防災のイノベーションを巻き起こす可能性が高いこと
を示しました。
さらに、NPO や専門家の役割とコミュニティ防災組織の強化
戦略の提示のため、社会的ネットワークの観察と記述を行い、
それらの成果や日本の代表的な防災組織である自主防災組
織が参加型防災の中で果たす役割について検討しました。
Tacit knowledge to Explicit knowledge
Tacit
knowledge
Socialization
Externalization
experience without
language
metaphor
Internalization
Combination
action
meetings
from
Explicit
knowledge
愛知県阿久比町
蟹江町(全町)
家屋等の安全
10
家屋等の安全
10
8
8
連絡方法
備蓄
6
4.31
4.06
4.99
0
0
5.95
6.21
5.03
4
2
2
火災
備蓄
6
3.77
3.35
4
4.57
6.51
火災7.55
避難・避難所
名古屋市東山学区
5.16
5.67
避難・避難所
5.16
東山学区(全学区)
地域のつながり
地域のつながり
災害時要援護者
災害時要援護者
家屋等の安全
10
8
連絡方法
備蓄
6
3.45
4
4.95
4.74
2
0
5.20
5.94
火災
4.55
避難・避難所
5.14
地域のつながり
災害時要援護者
図 13 地域診断の様子
政策・対応変更のため
の場づくり
Action
都市診断
Plan
8.3.2 参加型方式を組み入れた適応型マネジメント論の枠組
みと方法論の提示
適応的マネジメント論に基づいた参加型災害リスクマネジメ
ント手法の最終的提示として、研究開始年度以来取り組んで
きた PDCA サイクルと知識創造プロセス(SECI モデル)による
概念モデルを用い現状観察・診断に重点を置いた地域診断
の方法と事前の災害対応方策の検討のアプローチの方法を
提案しました(図 14)。
また国際的視点をふまえた方法論の有効性の議論の機会と
して、平成 13 年から毎年 IIASA-DPRI フォーラムを開催しま
した。これは京都大学防災研究所がオーストリア・ウィーン近
郊にある国際応用システム分析研究所(IIASA)と共催する形
で総合的な災害のリスクマネジメント研究を推進しているもの
です。本研究プロジェクトの成果はこの国際的な場で公表さ
れまた学際的な観点から多くの示唆を得ることができました。
愛知県蟹江町
阿久比町(全町)
連絡方法
マネジメント
サイクル
Check
政策・対応変更のため
の計画(案)づくり
現状観察・診断
Do
政策・対応の(仮)導入
図1 PDCAサイクルと
してみた計画とマネジ
メント
図 14 PDCA サイクル
8.3.3 自律的コミュニティ防災組織論の提示
愛知県の西枇杷島地区(旧・西春日井郡西枇杷島町)におい
て観察・分析を行ってきた成功事例をもとに、地域において活
図 15 観察された人的ネットワークの例
174
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
9.新公共経営(New Public Management)の枠組みにもとづく地震災害対応シミュレーターによ
る災害対応力の向上
本研究では、顧客主義、成果主義、現場への権限委譲、そ
れから市場競争原理を導入して公的な行政を進める「新公共
経営」という考え方にもとづいて危機対応のあり方を考え、図1
に示すような標準的な危機対応のモデルに基づき地震災害
対応シミュレーターの構築を行いました。図 2 に地震災害対
応シミュレーターの概要を示します。
また、災害対応シミュレーターの開発に加え、以下の 5 つ
の項目に関する研究を実施しました。1)震災エスノグラフィー
の作成による災害対応に関する暗黙知の形式知化、2)災害
対応支援 GIS システムの構築、3)ICS に依拠する一元的な危
機対応体制構築手法の開発、4)災害対応シミュレーションゲ
ームの開発と普及、5)ステイクホルダー参画型戦略計画の策
定手法。
9.1 災害対応シミュレーターの開発
危機に直面して組織として適切な行動を選択するためには、
その場面での達成目標が明確になっている必要があり、さら
にその組織が危機に備えて事前から整備している危機管理
計画(事前に規定)に沿った形で設定される達成目標は「当
面の対応計画」として顕在化します。達成目標の明確化は危
機の発見を可能にしますが、危機を解決するためには、危機
が生まれた現実を迅速かつ的確に認識することが必要になり
ます。
危機を解決するための前提条件となる、現実の把握には、
直面する「状況」と、対応に動員する「資源」の把握の 2 側面が
あり、この 2 つをいかに迅速かつ正確に把握できるかも、危機
対応の質を決定する上で大きな役割を果たします。こうした活
動の結果、ひとつあるいは複数の行動選択肢のなかから最善
と思える選択肢を選んで、とるべき行動を決することが危機対
応の過程です。
さらに、長時間の対応が必要となる大規模な危機対応にお
いては、対応にあたるメンバーを交代させつつ、連続的な業
務対応を行うことが不可欠になります。そのための工夫として、
責任担当期間を定め、日誌と活動報告書の引継ぎが要求さ
れます。
こういった考え方を整理したものが、図1に示す標準的な危
機対応のモデルです。
図 1 に示す標準的な危機対応のモデルに従って、効果的
な危機対応を実現するためには状況認識、資源把握、当面
の対応計画の策定、日誌作成、活動報告書の作成が「ぬけ・
もれ・おち」なく実施されることが必要となります。こうした 4 つ
の活動を支援する仕組みとして開発されたのが、災害対応シ
ミュレーターです。この災害対応シミュレーターは実際の災害
対応の際の情報システムとして利用されると同時に、災害対
応訓練においても利用することを想定しています。
175
図1 標準的な危機対応モデル
図 2 災害対応シミュレーター1)
9.2 震災エスノグラフィーの作成による災害対応に関する暗
黙知の形式知化
震災エスノグラフィーの作成の目的は、量的調査では知り
得なかった災害対応現場の暗黙知の表出化と共有化にありま
す。災害エスノグラフィーとは暗黙知を共同化・共出化した資
料であり、災害エスノグフィーの作成により、①災害現場に居
合わせた人々自身の言葉で教えてもらう、②災害現場に居合
わせた人々の視点から災害像を描く、③災害現場の人々の
体験を体系化し,災害という異文化を明らかにする、④災害と
いう異文化を,その場に居合わせなかった人々が共有できる
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
形に翻訳する、⑤災害現場にある暗黙知(⇔形式知)を明らか
にする、⑥傍観者の視点を捨てる,無意識のうちに持つ災害
に関するステレオタイプを捨て,追体験する、が可能になりま
す。
神戸市危機管理室の協力のもと、神戸市職員震災バンク登
録者を中心とした震災体験職員へのインタビューを行い、阪
神・淡路大震災災害対応に関わる42ケースの災害エスノグラ
フィーの作成を行いました。図 3 は、作成した災害エスノグラ
フィーの内容を災害対応課題毎に時系列に整理したもので
す。
阪神・淡路大震災の災害エスノグラフィーに加え、2004 年
に発生した新潟県中越地震の災害対応従事者に対するイン
タビュー調査も実施し、災害エスノグラフィーの作成2)を行い
ました。
作成した災害エスノグラフィーを利用して、①災害対応シミ
ュレーター設計時における災害対応プロセスの同定、②災害
エスノグラフィーを活用した行政職員研修システムの開発、③
ビデオクリップの制作(図 4)、を実施しました。
②エスノグラフィーを活用した行政職員研修システムは、実
際に平成17、18年度の「内閣府防災担当職員合同研修」で利
用されました。具体的な研修プログラムは以下の通りです。
1)智恵の抽出:1 回 3 時間のインタビュー記録を A4 版 10 頁
に短縮したものを読む→2)智恵の整理:記録を読んで災害対
応の知恵だと思われる項目をカード化・整理する→3)智恵の
共有化・深化:整理した結果を発表すると同時に、自治体災害
対応経験を持つアドバイザーの話を聞く。
10Hrs
災害対応課題
失見当期
Disorientation
くらしの
再建・復興
Recovery
~1000Hrs
災害対策本部の立ち上げ
いのちを守る活動
Response
くらしを
維持する活動
Relief
~100Hrs
消火活動 救助活動
病院での救出活動 応急危険度判定調査
生活衛生
遺体への対応
トイレの対応
救護所
食料,救援物資
外国人対応
学校避難所運営
給水活動,水道の復旧
道路の震災対応 地下鉄の震災対応
下水道の震災対応
災害廃棄物対応
仮設住宅建設,募集 仮設住宅管理,運営
建物被害認定調査 震災と建築確認申請
震災における災害給付
生活再建本部
学校教育の再開
復興計画策定
市営住宅
子ども会の復活
高齢者対応 障害者対応
図 3 作成した災害エスノグラフィー
図 4 災害エスノグラフィー・ビデオクリップ
9.3 災害対応支援 GIS システムの構築
本研究では、①新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェク
トと②新潟県小千谷市でのり災証明発給支援を実施しまし
た。
新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクト3)では、様々な
機関が持つ被害、災害対応、復旧・復興に関わる情報を一元
的に GIS 上に集約し、インターネットを利用して、災害対応機
関、マスメディア、市民に配信する仕組みを構築しました。図
5 はプロジェクトで作成された Web GIS のデータです。
新潟県小千谷市でのり災証明発給支援4)5)6)7)では、業務遂
行にとって必要で、業務負担を減らすことができる情報を確実
に処理できるシステムの構築を行い、以下のような成果を得ま
した。①リ災証明用の建物被害調査方式を確立(建築構造・
画像解析・GIS・GPS)、②り災者台帳構築の方法論の確立(デ
ータベース・GIS・ネットワーク)、③リ災証明発行業務の標準
手続きの確立(空間設計・お客様対応・TOC・サービス・マネ
ージメント)図 6 に成果の概要を示します。
図 5 新潟県中越地震復旧・復興GISプロジェクト
(http://chuetsu-gis.nagaoka-id.ac.jp/)
9.4 ICS に依拠する一元的な危機対応体制構築手法の開発
ICS(Incident Command System)とは、もともと 1970 年代のアメ
リカの森林火災の現場から出発した標準的な危機対応システ
ムで、1980 年代には全米の森林火災関係者の間で利用され
る組織運営システムとなり、1990 年代にはさまざまな種類の災
害場面やイベント場面でも利用される危機対応に関する標準
的な組織運営システムにとなっています。
ICS の利点としては、1)危機対応の 5 つの機能(Five
Functions)(図 7)、2)状況に応じた組織編制(A Modular
Organization) 、 3 ) 標 準 化 さ れ た 概 念 ・ 呼 称 (Common
Terminology)、 4)空間利用の標準化(Designated Incident
Facilities)、5)Incident Commander 責任制(Unified Command
Structure)、6)一元的な指揮命令系統(Unity of command)、7)
176
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
直接指揮人数の制限(Span of Control)、8)責任担当期間
(Operational Period)、9)日誌の義務化(Unit Log)、10)業務計
画策定(Consolidated Incident Action Plan)という 10 のポイント
が上げられます。
ICSが危機対応を行う上で優れたシステムである事は明らか
なのですが、日本の組織へどのように導入していくのかが課
題となります。日本の組織への導入の仕組みを明らかにする
目的で、ICS の枠組みに基づき京都大学学生部の危機対応
計画の策定を行いました。
京都大学学生部の危機対応計画は、ステイクホルダー参画
型で計画が策定されました。また、計画には ICS の利点であ
る 1)危機対応の 5 つの機能、2)状況に応じた組織編制、3)空
間利用の標準化、4)一元的な指揮命令系統、5)業務計画策
定等が取り入れられました。
せる、5-4 県民の生活を支援する、5-5 古都奈良のイメージ
を守る)、6.復興を視野に入れる、という 10 本の施策の柱
(Objectives)、41 の施策項目(Policies)、94 のアクション目標
(Programs)、301 のアクション項目(Projects)から構成されて
います。
空間設計
標準的な調査手法
判定基準の可視化
判定ポイント,手順の標準化
判定根拠の数値化
GISデータベース
会場外
整理券発行
いち早く住所検索を行い、被災度判定結果
が表示できるよう、住所マスター(インデックス
された住所データ)を使用した住所検索用ダ
イアログを用意した。
会場内
申請用紙交付
申請用紙記入
業務フロー
①申請書提出
9.5 災害対応シミュレーション・ゲームの開発と普及
この成果は先ほどの災害エスノグラフィーの成果から出てき
たものの一つです。災害対応場面の中には葛藤や悩みが沢
山あります。災害対応シミュレーションの一つとして、そういっ
た葛藤や悩みを抽出して、シミュレーション・ゲームの考え方
を利用して「クロスロード」という名前のゲーム8)を作成しまし
た。
クロスロードは、ゲームではありますが、接する情報はきちっと
したクオリティ・コントロールされたものであります。
シミュレーション・ゲームの考え方を利用して、それ以外に
も以下のようなゲームを作成しました。「家族で防災 1 年間:防
災すごろく大ナマジン」の制作、実費頒布(京都大学生協)、災
害対応ゲーム(パソコンゲーム)’Search & Rescue’の作成。
被害結果の検索・記入
調査結果なし
or建物が見つからない
調査結果あり
確認ボタンを押すと
被災度判定結果等が別
ダイアログで表示される。
② 証明書(仮)交付窓口
調査結果
あり
④不明検索窓口
調査結果
なし
③窓口:
押印・連番
再調査
納得できない
納得できる
納得する
⑤相談
納得できない
りさい証明交付
2次調査日程交付
図 6 新潟県小千谷市でのり災証明発給支援業務の成果
危機対応に必要な5つの機能
指揮調整
指揮調整
指揮調整者
スタッフの補佐を受けて
現場対応にあたる実行部隊の
指揮調整を行う
COMMAND
9.6 ステイクホルダー参画型戦略計画の策定手法
新公共経営の特徴として「目的指向型の経営管理」があげら
れ、そのためには戦略計画を策定することが不可欠となりま
す。また、策定された計画が有効に機能するためには関係す
る全てのステイクホルダーが計画の策定プロセスに参画する
ことが不可欠です。ステイクホルダー参画型で計画を策定す
るために「ワークショップ」という手法を利用しました。「ワーク
ショップ」に基づく計画策定のプロセスは図 11 に示す通りで
す。ワークショップを利用して計画を策定する際に重要な点
は以下の通りです。①主なステイクホルダーが皆集まる、②
自分のアイデア、自分でまとめる、主体意識、③適切な情報
提供がある、④時間的なプレッシャーがある。
ステイクホルダー参画型戦略計画の手法を使って、奈良県
地震防災アクションプログラムの作成を行いました9)。3回の全
体ワークショップと 10 回の専門家ワークショップを経て計画の
策定が行われました(図 12)。
策定された計画は、「21世紀前半の地震活動期を生き抜く
ため、防災協働社会を実現し、安全・安心の奈良県づくりを目
指す」を基本理念に、1.地震に強い県土をつくる、2.地域の防
災力を向上させる、3.的確な防災情報処理を実施する、4.人
的資源を確保する、5.県民に対して5つのサービスを行う(5-1
いのちを守る、5-2 安全・安心を守る、5-3 生活基盤を安定さ
事案処理
事案処理
情報作戦
情報作戦
資源管理
資源管理
OPERATIONS
PLANNING
LOGISTICS
実行部隊
指揮調整の指令に
もとづいて
現場対応を行う
庶務財務
財務管理
FINANCE/
FINANCE
ADMIN
幕僚部隊
指揮調整を補佐して
スタッフ業務を行う
図 7 ICS が規定する危機対応に必要な 5 つの機能
図 8 京都大学学生部危機対応計画
177
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
9.7 謝辞
本研究の実施に際して、防災に関わる本当に数多くの方々
にお世話になりました。お世話になった全ての方々のお名前、
機関を上げる事はスペースの関係上できませんが、ここに感
謝の意を表します。
9.8 参考文献
1) 今井健二他、電気通信企業における危機管理対応業務
の ICS 適合度調査、地域安全学会論文集、No.8、pp.207-216、
2006
2) 田中聡他、エスノグラフィー調査に基づく建物被害認定調
査プロセスの実態と課題-小千谷市における事例の分析-、地
域安全学会論文集、No.8、pp.51-62、2006
3) 澤田雅浩他、震災発生時における関連情報集約とその提
供手法に関する研究-新潟県中越地震復旧・復興GISプロジ
ェクトの取り組みを通じて-、地域安全学会論文集、No.7、
pp.97-102、No.7、2005
4) 田中 聡他、新潟県中越地震小千谷市支援のプロジェク
トマネージメント-プロジェクトマネージメントの枠組みによる
評価-、地域安全学会論文集、pp.113-122、No.7、2005
5) 堀江 啓他、新潟県中越地震における被害認定調査・訓
練システムの実践的検証-小千谷市のり災証明書発行業務
への適用-、地域安全学会論文集、No.7、pp.123-132、2005
6) 高島 正典他、サービス・マネージメントの枠組みに基づ
く被災者支援における窓口業務の設計-小千谷市り災照明
発行窓口業務を事例として-、地域安全学会論文集、
pp.151-160、No.7、2005
7) 吉富望他、災害対応業務の効率化を目指したり災証明発
行支援システムの開発-新潟県中越地震災害を事例とした新
しい被災者データベース構築の提案-、地域安全学会論文集、
No.7、pp.141-150、2005
8) 矢守克也他、ゲームで学ぶリスク・コミュニケーション:「クロ
スロード」への招待、ナカニシヤ出版、2005
9)牧 紀男他、実効的かつ総合的な防災アクションプログラム
のあり方に関する検討-各都道府県における防災アクション
プログラムと計画マネージメント-、地域安全学会論文集、
No.8、pp.197-206、2006
「クロスロード」の実施風景
高知県、京都府、和歌山県、岐阜県、神戸市など
神戸・一般編9000部+市民編5000部
図 10 クロスロードの実施実績
思考過程としてのワークショップ
Start
アイディア
アイディア
生成
生成
カードを
追加する
Goal
整理に
納得する
合意形成
合意形成
アイディアを
カードに
書き出す
アイディア
アイディア
構造化
構造化
カードを
整理する
プロジェクトマネジメントと基本は同じ
図 11 ワークショップのプロセス
アクションプログラム素案作成までの流れ
アクションプログラム素案作成までの流れ
時期
3月 下旬
4月 上旬
部局
3/23
■地震対策推進調整会議
4/1午後
□地震対策推進会議
中旬
4/14午後 アクションプログラム策定研修会
下旬
4/21終日 ▼第1回アクションプログラム策定作業部会
5月 上旬
5/26終日 ▼第2回アクションプログラム策定作業部会
6月 上旬
◎重点課題検討会(10回)
中旬
7/ 7終日 ▼第3回アクションプログラム策定作業部会
中旬
7/21
下旬
対象者:作業部会員(59課73名)
内 容:①「施策の柱」と「施策項目」を検討
②重点課題の抽出
対象者:各回毎に関係作業部会員等を選定
内 容:「施策の柱」毎に「施策項目」「アクション目
標」「アクション項目」を検討
対象者:作業部会員
内 容:アクションプログラム素案の検討
下旬
7月 上旬
対象者:作業部会員(59課75名)
内 容:①全体フレームの検討
②「施策の柱」の検討
◎庁内公募、国・先進県等の施策調査
中旬
下旬
備考
対象者:アクションプログラム策定作業部会員等
総合防災監+作業部会員(59課79名)
内 容:地震防災対策アクションプログラムの必要性に
ついて共通認識を得る
その他:庁内職員から施策アイデアを募集、地域防災計
画の見直し、災害対応マニュアルの作成依頼
7/26
■地震対策推進調整会議
★第1回アクションプログラム策定検討委員会
対象者:庁内委員(総合防災監+関係課長)
内 容:アクションプログラム素案の庁内合意
対象者:専門家委員+庁内委員
内 容:アクションプログラム素案に対する助言等
図 12 奈良県地震防災アクションプログラム
図 9 クロスロードの一例
178
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
10.災害対策本部要員の応急対応訓練シミュレータの開発
10.1 災害対策本部要員の応急対応訓練シミュレータの制作
10.1.1 研究の目的
本研究は、地震災害発生時における震後 3日間程度におけ
る災害対策本部要員の応急対応訓練のためのロールプレーイ
ングゲームの開発を目的としたものであります。
10.1.2 研究の概要
災害対策本部要員にとって必要な資質とは、地震時に起こ
りうる種々の状況に対して臨機応変の的確な判断ができるこ
と、伝達される情報の不確実性と情報伝達の遅延に対し、被
害の全容を予測しつつ先を見ながら時々刻々の対応を考えな
ければならないこと、そして初動対応のみならず、本部の対
応が軌道に乗る3日目程度までの状況の変化に対処できるこ
と、等であります。図 1に示しますように、コンピューター
から算出される被災状況を、都道府県または市区の災害対策
本部要員として参加する研修生(プレヤー)に提示すること
により、彼らが関係部局と連絡・調整しながら「必要な」①
情報収集、②被災者支援、③復旧などの対応措置を「遅滞な
く」、時々刻々に投入していく疑似体験の場を創出するもの
で、プレヤーは対応の効果を体験的に自己評価できる構造と
なっています。
図 1 全体構造
既存モデルの研究
被害・被災者モデル開発
防災関係機関挙動の研究
防災機関モデルの開発
ユーザインターフェースの制作
ゲーム演出効果・マニュアル制作
巨大都市実証実験
10.1.3 研究の内容
図 2に示しますような手順で、ゲーミングモデルを開発し
ました。訓練ゲームは地震後 3日間程度を1日~1.5日で実施
するもので(表 1)、災害対策本部長、総務・財務関係、医
療・厚生関係、市民生活・福祉関係、土木・建設関係等 5~10
のプレヤーを対象としています。
各部局は各エージェント(警察、消防、自衛隊、地区災
害対応センター、医療機関、ライフライン等の防災機関)
から伝達された被害情報や現場活動情報に基づき、自衛隊
要請や医療班派遣、各種物資の調達などの対応行動を決定
し、その結果が次のステージの被害情報としてプレヤーに
反映され、ゲームが進行していきます。
本システムの特徴は、訓練ツールとしてみると、① 地
震発生から応急活動を行うのに重要な 3日間を対象とした
点、② 時刻・季節・曜日・震源地を変化させることで 90
通り以上のシナリオを作り出すことができる点(図 3)、
③巨大都市から、人口 40万人程度の中小都市まで幅広く
対応できる点、等です。また、シミュレータの新規性とし
ては、① 現場防災機関の活動をエージェント型モデルと
して記述した点、② 被災者の挙動を 3日間にわたって記
述した点、③ 情報の収集過程をモデル化したことにより
不完全情報下の意思決定状況を実現した点にあります。
本研究を進めるにあたり、資料提供、ヒアリング、実証実
験の実施等で、東京都・東京消防庁・藤沢市、他、多くの防
災関係機関のご協力をいただきました。
図2
表1
中核都市実証実験
研究の手順
ゲームの実施スケジュール
a)巨大都市のケース
b) 中小都市のケース
図 3 実証実験のケース
179
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
10.2 防災担当者の能力向上を目的とした図上訓練シミュレ
ーターの開発
阪神・淡路大震災以降、意志決定者及び防災担当者の能
力向上を図るため、より実効性が高い図上訓練の実施が求め
られています。本研究開発は、この実戦的な図上訓練を実施
する上で大きな課題となっている、「図上訓練」の事前準備
(状況設定)、訓練の運用管理、評価のノウハウを可能な限り
一般化・自動化し、地方自治体職員がより多くのケースについ
て図上訓練を実施できるようにすることを目的としています。
10.2.3 システムの開発及び更新
「図上訓練シミュレーター」は、以上の課題設定及び実証検
証の下に作成し、作成したシステムは、「状況設定システム」
「運用管理システム」「対応評価システム」より成っています。
「状況設定システム」では、訓練目的、想定被害規模、発災
時刻、訓練時間、季節、天候等を入力すると、図上訓練で使
用する「状況付与」票に、「状況付与先、状況付与時間(発災
からの経過時間)、具体的に付与する情報内容、情報源、伝
達手段」が出力されます。
具体的な状況付与は、「状況付与データベース」から入力
条件に適した内容のデータを抽出・加工するものとしていま
す。状況付与データベースは、災害対策に関連する応急対
策項目で分類しており、具体的には、災害対策本部設置・運
営(付与内容:庁舎被害、設備被害、人的被害等)、津波対応
(付与内容:津波警報、津波情報等)、火災対応(付与内容:出
火状況、延焼箇所、延焼状況、消火活動状況等)、救出活動
(状況付与:生き埋め箇所(建物、崖)、救出活動状況等)、避
難所運営(状況付与:避難所内の状況、避難者からの要望
等)、情報確認(状況付与:あいまい情報、誤情報等)で構成さ
れています。
10.2.1 災害事例及び訓練実施状況の分析
「仮想市シミュレーター」の基本となる訓練用シナリオに、災
害実態及び教訓を反映させるため、過去の地震災害を中心と
する被害・対応事例の収集と分析を行いました。また、近年各
地で多様な種類の図上訓練が急速に実施されてきている図
上訓練の実施事例を収集し、図上訓練実施にあたっての問
題点・課題の整理を行いました。この結果、図上訓練で実施
すべき重要な課題として、「地震災害のイメージ形成」、「収集
した情報の整理・分析方法、伝達・共有化、誤報の確認」、「情
報に基づく適切な対応、対策の実施」、「役割分担・体制の適
切性」等が抽出されました。また、全国の地方自治体が行う図
上訓練で使用することを念頭に、訓練対象とする項目を「地震
の発生場所や地域性による対応」、「発災時の条件による対
応」、「応急対策別の対応」別にとりまとめました。
10.2.2 津波災害を対象とした図上訓練実施による検証
本システムでは、当初より、津波被害、崖崩れ・火災等の災
害要因を網羅する汎用ケースとして、海に面する人口規模 10
数万人程度の中規模都市と5万人程度の小規模都市をモデ
ル市として設定し、都道府県職員研修等で活用しています。
さらに、平成17年度より新たに東海・東南海・南海地震にお
ける津波被災地自治体をモデルに、図上訓練のための具体
的な被害設定、シナリオ及び状況付与を作成しました。この
検証と修正のため、平成 19 年2月に、和歌山県沿岸のA市に
おいて、東南海・南海地震同時発生時の災害対策本部体制
の検証を目的とする図上訓練を実施しました。図上訓練は、
A市の地域特性、防災体制、地震被害想定の結果等を考慮し
て作成した状況設定に基づき、市長以下 53 名(8部門)のプ
レーヤーに対し、電話や状況付与票により状況を付与(コント
ローラー27 名)し、発災から翌日昼までのシミュレーションを
約7時間かけて行いました。この図上訓練を実施することによ
り、A市においては、迅速な情報のとりまとめ方法の検討、津
波避難指示のタイミング、災害対策本部内各部の連携上の課
題や情報共有の困難さと、それによって引き起こされる対策
実施の遅れや行政手続き方法等を体得することができました。
また、図上訓練シミュレーターへの反映として、状況付与数や
状況付与内容の適切性、訓練直前に行うコントローラーへの
指示事項、訓練評価・検証方法を確認することができました。
有意義な図上訓練が実施できましたことを、ご協力いただきま
した和歌山県職員、A市職員の方々に感謝致します。
180
図1 状況設定システムの画面例
「運用管理システム」は、メール機能を使用する図上訓練を
基本とするシステムを設定していますが、より実態に近い災害
対策本部の情報収集・伝達、運営に近い状況を再現するため、
紙ベースでの状況付与だけでなく、電話やファクシミリ、口頭
伝達などによる状況付与を行うなど、様々な図上訓練実施方
法に対応できるよう、時系列管理が行えるものとしています。
「対応評価システム」は、対象や種類の異なる図上訓練を
評価する際の評価項目(「評価方法フォーマット」)を、実際に
行った都道府県職員対象の図上シミュレーション研修、A市
図上訓練時の評価結果を参考にしつつ、作成しています。
本研究の成果は、地方自治体が図上訓練を実施する際に
活用可能なようとりまとめていますが、今後も、災害事例の教
訓、新たに図上訓練を実施した際の検証結果、新たな図上訓
練の実施方法等を取入れ、随時更新していく方針です。
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
11. 研究成果の共用プラットフォーム
11.1 巨大地震・津波による被害シミュレーション・プラットフォ
ームの開発
西日本一帯を激甚な災害に巻き込むだろうと言われている、
東南海・南海地震の発生の切迫性が危惧されています。本研
究グループでは、この広域的な地震災害を念頭において、巨
大地震・津波によるハザードの想定に関する現状の最先端の
研究が実施されました。この研究成果をアーカイブとして遺
すためのハザード・プラットフォームを構築しました。
表1 研究成果アーカイブの概要
a) 研究発表論文集
内 容
b) 研究成果集(ホームページへのリンクを含む)
c) 想定基礎データ
各資料に、タイトル、著者名、アブストラクトを含む
メタデータ XMLファイルを作成し、XML-DBへ登録。
表示・検索
11.1.1 研究成果アーカイブ
当該研究の過程で必要となるデータや情報、また共通に使
う情報を登録して、それらを活用する場としての「研究成果ア
ーカイブ」を作成しました。その内容は表 1 のように、 a) 研
究発表論文集、b) 研究成果集(ホームページへのリンクを含
む)、および c) 想定基礎データです。このうち想定基礎デー
タは表 2 のように、既存の公刊されている資料から、西日本全
域の行政区界、微地形、人口、建物、ライフライン施設(上下
水道、都市ガスの管路)の1km メッシュごとのデータを作成し
ました。
登録した資料は、検索のためのメタデータを付加し、XML
データとして整備しており、エンドユーザーが Web サーバー
を介して検索、ダウンロードができるようにしてあります。
メタデータの内容が表示される
(一部ダウンロード可能)。
メタデータに記載された単語をキーワードとして
検索が可能。
表 2 想定基礎データの内容
項 目
メッシュと
市区町村境界
内
容 〈出 典〉
(国土数値情報)
地形・増幅度・液状 1kmメッシュの微地形
化のための分類 (防災科研、中央防災会議)
11.1.2 被害予測シミュレータの開発
先進的、専門的な研究とともに、防災を担当する地方自治
体担当者や当該分野の研究者が災害対応を検討していくとき
に必要な、地震・津波被害についての広域的、簡易的な被害
想定結果(人、建物、ライフライン施設)を提供することを目的
とし、Web 上で条件の設定、計算、結果の表示とダウンロード
ができる被害予測シミュレータを開発しました。
想定地震については、中央防災会議が設定した東海地震
および東南海・南海地震の発生領域に想定される 6 つの巨大
地震に加えて、任意の位置に震源断層を設定することを可能
とし、その震源断層による地震動と主要な被害の分布が推定
できるものとしました。
任意に設定する震源断層は、矩形の断層面を持つものとし、
その位置は任意に設定できますが、その他のパラメータにつ
いては地震学などについての専門的な知識をとくに必要とせ
ず、少数の既定値から選択する方法にしてあります。図 1 に
被害予測シミュレータの条件設定画面の例を示しました。
想定地震による被害想定項目は次のとおりです。これらは、
1km メッシュ単位の図として、前に示した地形や人口の基礎
的な条件と一緒に見ることができます。
・震度、液状化
人口
1kmメッシュごとの人口(地域メッシュ統計)
建物
1kmメッシュごとの構造・年代別の建物数
(事業所統計、住宅統計など)
上水道管路
1kmメッシュごとの配管の延長(水道統計)
下水道管路
1kmメッシュごとの配管の延長(下水道統計)
都市ガス管路
1kmメッシュごとの配管の延長(ガス統計)
被害想定手法
中央防災会議及び自治体による手法
図 1 被害予測シミュレータの条件設定
181
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
・建物、火災、人的被害〈死傷者〉
・ ライフライン(水道、下水道、ガス管路)
被害予測の手法としては、現状使われているものの中から、
それぞれの被害想定項目の広域的な想定に見合ったものを
設定してあり、上記の震度の予測結果に基づいて予測を行う
ようにしています。
津波については、中央防災会議により想定されている、東
海地震、東南海地震、南海地震の震源域を波源とする 6 つの
ケースを対象としています。中央防災会議では、沿岸域を
50m メッシュに細分して、海岸に面するメッシュについて津波
の到達時間、津波高さを推定しています。このシミュレータで
は、中央防災会議の資料をもとにしていますが、人口、建物
などの社会的な条件を 1km メッシュごとに整備してあるので、
以下のような調整をしています。つまり、50m メッシュごとの津
波計算結果から 1km メッシュ内で最大の波高となるものを、
1km メッシュの津波高さとし、同様に 50m メッシュごとの津波
データから 1km メッシュ内で最も早い到達時間を、1km メッシ
ュの到達時間としています。
被害想定結果としては、対象とする市区町村名を入力する
ことによって、当該市区町村および当該市区町村を含む府県
の 1km メッシュ単位での想定項目ごとの分布図と、被害集計
表を出力することができます。これらの被害想定結果は、Web
上で見ることができるだけでなく、ダウンロードすることができ
ます。
図2 に整備した 1km メッシュ単位の建物データを示し、図3
に建物被害の想定結果(想定東南海・南海地震による)の 1 例
を示しました。
図 2 建物データ (1km メッシュ)
図 3 建物被害想定結果の一例
11.1.3 プラットフォームの構築
被害予測シミュレータと研究成果アーカイブに加え、研究
者グループ間での情報交換、交流を図ることを想定して、「フ
ォーラム」、「リンク」などを加えて、利用者に公開するプラット
フォームをインターネット上に構築しました。プラットフォーム
入り口の Web 画面を図 4 に示します。この中のメインメニュー
から、フォーラムやニュース、研究成果アーカイブ、被害シミ
ュレータを選択し、利用することができます。
本プラットフォームは、本研究の終了後、京都大学防災研
究所に設置するサーバーシステムに搭載し、外部からも利用
が可能となる予定になっています。
11.1.4 今後の課題
地震および津波による被害想定に関係する基礎データ、
想定手法を収集・整理しましたが、このようなデータは経年的
に変化しますし、手法は発展し進歩しますので、それにあわ
せてプラットフォームおよびアーカイブをどのように維持し、
更新していくのかがこれからの課題です。
11.1.5 参考文献
大都市大震災軽減化特別プロジェクト年次報告書参照
図 4 プラットフォーム入り口
182
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
11.2 巨大連担都市圏での災害対応シミュレーション・プラット
フォームの開発
災害発生時に災害対応にあたる自治体職員は、特に市町
村において他の業務との兼務者が多いことから、実際に災害
が発生した場合、初動体制の確立の遅れや情報の錯綜等、
被害拡大を引き起こす要因が数多く問題提起されています。
そこで、標準的な災害対応業務を繰り返し疑似体験すること
で、自治体職員の対応能力向上を目指した災害対応シミュレ
ーション・プラットフォームの開発に取り組みました。
<災害対応時の課題>
災害対応ができる経験者が不足しており、不慣れな
災害対応ができる経験者が不足しており、不慣れな
職員が対応にあたるため、ムリ・ムラ・ムダが多い。
⇒ 職員の災害対応力向上が必要
《理由》
・災害は滅多に起こらない
・人事異動がある
・防災担当職員が少ない
(市町村では兼任が多い)
<解決策>
戦闘ドクトリンとは?
→広く適応性がある最も効
率的な戦い方、得意技
仮想空間上の災害対応を経験することにより、自信
を
仮想空間上の災害対応を経験することにより、自信を
持って意思決定できるように
持って意思決定できるように危機対応ドクトリンを学ぶ
危機対応ドクトリンを学ぶ
11.2.1 研究の背景と目的
自治体職員の災害対応時の「災害対応できる経験者が不
足」という課題に対する解決策の一つとして、仮想空間上の災
害対応を経験し「危機対応ドクトリン」を学ぶことができるツー
ルを目指し、災害対応シミュレータを開発しました。(図 1)
危機管理の
研修サイクル
活用
災害対応
シミュレータ
まなぶ
Learn
ためす
Goal
11.2.2 研究の進め方
研究の進め方としては、まず、災害対応エクササイズとは何
なのかについて、米国の危機対応コンサルティング会社が発
行した Emergency Exercise Handbook(Tracy Knippenburg
Gillis 著)を研究しました。次に、先進的な災害対応とはどんな
ものなのかについて、事実上の国際標準である ICS(Incident
Command System)を研究しました。これらの研究成果を踏まえ
て災害対応シミュレータの基本概念を明らかにしました。
Start
災害対応に関する適
切な情報・知識・技能
を紹介する
ならう
Exercise
Drill
身についたかどうか
を確かめる
習熟度を上げるために
反復して練習する
図 1 研究の背景と目的
ミッション
標準的な危機対応を理解することによる防災対応力向上を
目指した災害対応シミュレータの開発
概 要
【開発するもの】
自治体職員が、災害発生時にその場で最適な意思決定を行
うことが出来るようになるための訓練シミュレータ
【開発のねらい】
災害発生という発生頻度の低い事象に対する対応力向上の
ために、仮想空間の中でのエクササイズを通じて理想と現実
のギャップを埋めていく意思決定能力を身につける
【ポイント】
意思決定の際に「ぬけ・もれ・おち」を防ぐための支援
ツールとして標準的な危機対応の仕組みを取り入れ、誰もが
責任担当期間内で自信をもった意思決定を行えるようする
11.2.3 シミュレータの基本概念
災害対応シミュレータのミッションは、図 2 に示すように、災
害発生時にその場で最適な意思決定を行うことが出来るよう
になるための訓練シミュレータです。特に、発生頻度の低い
ハザードに対する対応力向上のために、仮想空間でのエクサ
サイズを通じて意思決定能力を身につけることを開発のねら
いとしています。また、意思決定の際に「ぬけ・もれ・おち」を
防ぐための支援ツールとして標準的な危機対応の仕組みを
取り入れ、誰もが担当責任期間内で自信をもった意思決定を
行えるようすることがポイントとなります。
図 2 災害対応シミュレータの基本概念
11.2.4 開発ステップ
シミュレータの開発は図 3 の開発ステップで進めました。過
去に起こった事象や現行の業務遂行の仕組みである現実か
ら、標準的な危機対応が体験できるシミュレータをコンピュー
タ上に実現します。
まず、ステップ①として、標準的な危機対応を一般化するた
め、6 画面のヒューマンマシンインターフェースを採用しました。
これにより、図 4 に示した標準的な危機対応の流れにおける
重要な 6 つの要素(状況把握、資源把握、日誌、行動選択、
既存計画、活動計画)を集約して総覧できるようになり、効率
的かつ一元的な危機対応の訓練が可能となります。
続いて、図 4 のステップ②で、実際のライフライン企業にお
ける危機対応業務を調査・分析し、標準的な災害対応シナリ
オとしてシミュレータに実装しました。ライフライン企業を選定
した理由は、これまで多くの災害に対して日常的に危機対応
183
Practice
= As Is
暗黙知
現 実
①
現実評価
- Framework
- Template
・組織編成
・組織運営
標準的な
危機対応
6画面
形式知
現行業務遂行
の仕組み
②
データフロー
ダイヤグラム
◆一般化
・災害対応業務
(シナリオ)
◆多種多様な組織や危機
災害対応シミュレータ
図 3 開発ステップ
標準的な危機
対応「型」
= Should be
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
を行っており、参考とすべき経験やノウハウがあるからです。
実際の危機対応業務シナリオを可視化することは、より現実
味をもたせることができ、学習効果を高めるものと考えます。
以上のステップを踏まえて開発した災害対応シミュレータの画
面イメージを図 5 に示します。
11.2.5 災害対応シミュレーション・プラットフォームの特徴
これまで述べた災害対応シミュレータは、実際のライフライ
ン企業における危機管理対応業務を実装しており、その対応
業務の体験ができますが、このシミュレータの最大の特徴は、
さまざまな危機や災害、地域や対応組織など異なる状況に柔
軟に対応できる仕組みをもった全く新しいプラットフォームで
あるという点です。
図 6 に示すように、通常のアプリケーション開発の場合、対
象の業務毎に上流工程から下流工程へ設計情報を移行し、
開発する対象業務に応じて個別に開発することが一般的であ
ります。これに対し、今回のシステムではサイバーフレームワ
ーク(Cyber Framework)というフルオブジェクト指向のソフトウ
ェア開発環境を用いることで、実行系のシミュレータと業務フ
ローのシナリオ作成工程を分離し、様々な業務に柔軟に対応
することを可能としました。業務フローを作成する業務フロー
ビルダが実行系の災害対応シミュレータに XML (Extensible
Markup Language)等のデータで設計情報を引き継ぎます。こ
れにより、異なる災害対応業務フローや各種様式を柔軟に変
更・追加できる仕組みを実現しました。
システムアーキテクチャは図 7 に示すとおりであり、業務の
シナリオを業務フロービルダで作成することで、異なるハザー
ドである地震や台風、自治体毎に異なる地域防災計画にも対
応可能な、汎用性の高さを実現しています。つまり、一つのプ
ラットフォームを軸に、それぞれの自治体や企業の様々なハ
ザードに対するシミュレータを効率的に開発することが可能と
なりました。さらに、実際の災害対応記録等をアーカイブして
いくことも可能であることから、仮想空間を使った、より効果的
な災害対策本部での図上訓練が実現できるようになりました。
図 4 標準的な危機対応
状況把握
日 誌
既存計画
資源把握
行動選択
活動計画
図 5 災害対応シミュレータの画面イメージ
11.2.6 今後の課題
自治体職員の災害対応力をさらに向上していくためには、
今回開発した災害対応シミュレーション・プラットフォームの汎
用性・拡張性を活用し、さまざまな災害対応経験を取り込むこ
とで、より多くの災害対応が体験できるシミュレータを実現する
必要があります。また、平常時に利用する指揮官用訓練シミュ
レータから、今後は災害対応に関連する複数の組織をまたが
り同時進行できるマルチエージェント機能や、実際の災害発
生時において最適な判断を支援するナビゲーション機能の
検討が必要と考えます。
図 6 異なる状況に柔軟に対応できる仕組み
11.2.7 参考文献
大都市大震災軽減化特別プロジェクト年次報告書を参照の
こと。
図 7 プラットフォームのシステムアーキテクチャ
184
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
12.地域社会の防災力の向上を目指した自治体の防災プログラムの開発と普及
本事業の目的は、東海・東南海・南海地震という国
難を乗り切るために、30 年程度の長期的視野に基づき
社会全体として真に取り組むべきことがらを戦略計画と
して体系化することです。本事業では、近畿の7府県3
政令市(滋賀県・三重県・京都府・奈良県・和歌山県・
大阪府・兵庫県・京都市・大阪市・神戸市)の3政令市
の職員が主体的に加わり、個別自治体ではなかなか考
えられなかった広域的な課題についても検討しました。
若手の防災研究者の方々にも各分科会に多数ご参加
頂き、大大特Ⅲ-3の成果をはじめとする「専門知」を
計画に反映させる仕組みづくりも同時に行いました。以
下、分科会テーマ毎に主要な成果を報告します。
構造部材(柱等)
の損傷
非構造部材
(窓、扉等)の損傷
人的被害
屋上、屋外設備等
の落下
建物内ライフライン
の損傷、水損被害
「機能」全体の喪失
エレベータの損傷、
停止、閉込め
避難への支障
火災の発生
(特に高層階)
家具、収容物の
移動、散乱
図 1
12.1 やや長周期の強震動による社会資本の被害予
測と対策の確立
東南海・南海地震では、4~7 秒周期の地震波が卓
越し、それに固有周期が一致するような建築物が大きく
揺さぶられ、被害が発生することが懸念されています。
そこで、社会資本、高層建築物、石油タンクのそれぞ
れについては、人的被害や機能喪失や避難への支障
など、イベントツリー解析による被害シナリオを取りまと
めました。(図 1)。
周辺地区への障害
(避難、立入規制)
倒壊の可能性
免震、制震装置の
機能不全
共
振
に
よ
る
建
築
物
の
揺
れ
の
増
幅
救援、救出、消火
への支障
肉体的、心理的影響
高層建築物の被害シナリオ
住宅ストックの質を高める(住宅政策)
国の住生活
基本計画
モノとしての住
宅の安全性と質
の向上を図る
(短期戦略)
国の地震防災
10カ年戦略
●住宅の新築更新への誘導を行う
●土地利用計画を策定する
耐震性を高める
(ハード対策中心)
中古住宅の質的改善を図る ●
●耐震化への補助制度を改善する
●耐震化セーフティネットの充実化を図る
民間の耐震化市場 ●
を活性化する
●耐震化に関わる新しい技術を積極的に導入する
●耐震性能の情報公開を促進する
住宅を取り巻く
社会環境の改
善を図る
(長期戦略)
●耐震化への意識啓発を行う
●地域コミュニティーに働きかける
社会の防災力の向
上を図る
(基本戦略)
社会の災害への対応力を高める
(ソフト対策中心)
地域が抱える
課題
12.2 住宅の耐震化戦略の構築
内閣府の地震防災戦略では 10 年間で耐震化率を9
割にするという目標が掲げられていますが、その後に何
を目指すのかについては議論がありません。 そこで、
本戦略計画では①被害軽減のための耐震化を最優先
課題としたハード対策②10 年後の次のステップに向け
た戦略としての良質な住宅ストックの形成とその維持③
意識啓発対策を主体としたソフト対策(図2)を掲げ、最
終ゴールである住宅ストックの質の改善を図るための長
期ビジョンを達成するために、30 年を計画期間として短
期 戦 略 と長 期 戦 略 を併 せ持 つ構 造 として設 計 しまし
た。
図 2
演
耐震化戦略
演
習
習
被害状況と対応状況の概略
演
習
自衛隊の配備状況
(10月10日19時00分現在)
•
災害対策本部
滋賀県 第7報
平成18年10月10日 19時00分現在
•
上記地域で火災が延焼中である他、倒壊家屋が多く、
閉じ込められている被災者が多数ある模様
•
現在、消火活動、生き埋め者の捜索・救出活動、負
傷者の治療・後方搬送が行われているが、消火、救
出、医療部隊が不足
•
現場は停電、断水、通信が困難であり、道路寸断や
渋滞により、進入に支障をきたしている状況
•
避難者が多数ある模様
•
2006/10/10/19:00
TEL
077-528-3438
FAX
077-528-4994
E-mail cl0004@pref.shiga.lg.jp
対応力充足状況(10月10日19時00分現在)
12.3 広域災害を視野に入れた連携体制の構築・効
果的な危機対応を可能にする情報システムの開発
東海・東南海・南海地震が発生すれば、20 の府
県でおよそ 650 の市町村が災害対策本部を設置す
ることが予想され、これらの相互調整は我が国が全
く経験したことのない規模に及びます。これを少し
でも容易にするためには、当該地域の被害を把握し、
被害の予測をし、対策目標を掲げて、一定時間後に
見直すというマネジメントの発想が必要です。また
185
R
Y
G
■第3戦車大隊
主力部隊が、高島市にて活動中
■第3師団
福知山第7普通科連隊500名、
伊丹第36普通科連隊500名が、
出動しており、11日未明から大津市、
湖南地域(草津市、守山市)を中心に
救援活動を実施予定
一部、高島市へ増援
被害状況の全容把握に時間を要すると見られるため、
地震被害想定調査結果を元に対策を検討
■中部方面隊・・・支援準備態勢
2006/10/10/19:00
1
演
第3戦車大隊
震度7の大津市、高島市のほか、草津市、守山市を
中心とした滋賀県南部で大きな被害が出ている模様
習
3
演
14
習
今後の状況予測
(10月10日19時00分現在)
・死者数、負傷者数、倒壊家屋棟数等の被害増加
・被害情報収集を行うための要員が必要
・救助部隊の確保が必要
・早急な医療体制確立
0~50%
50~94%
95~100%
・避難所運営に対する課題
・必要な食糧、物資、資機材の早急な確保が必要。
・避難所での衛生環境悪化の恐れ。
・帰宅困難者等の増加に伴う避難所数が不足する可能性大
・対応項目ごとの詳細は次ページ
以降に掲載する。(サンプルとして、
消防隊、救助隊、給水の3項目)
・前回との比較が出来るよう工夫
する必要がある。
16
図 3
第3師団
演
救助隊充足状況
0~50%
50~94%
95~100%
R
Y
G
2006/10/10/19:00
2006/10/10/19:00
習
・2次災害に対する課題
・危険物施設への住民立入に伴う被害拡大の恐れ
・倒壊危険度の高い建物への立入に伴う被害拡大の恐れ
・土砂災害危険地域立入に伴う被害拡大の恐れ
2006/10/10/19:00
19
2006/10/10/19:00
新しい災害対策本部資料の提案
21
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
そのプロセスをすべての自治体で共通化するこ
とによって、全体の状況を適切に把握し、適切な
支援を効率的に行えるようになることが期待さ
れます。そこで、テキストベースの災害対策本部
資料から脱皮し、図 3 のように地図を使い、今後
の状況予測や対策目標も含めた本部資料のフォ
ーマットを提案しました。
12.4 要援護者の避難対策も含めた総合的な津波
避難対策の提案
津波避難は地域によって異なった戦略が必要で
す。東南海・南海地震の津波避難は場所により非常
に厳しく、 10 分以内に5メートル以上の津波が到達
する地域があります。こういった地域で要援護者が避
難することは困難であり、基本的には居住を制限す
ることを考えなければいけません。逆に大阪湾岸など
になってきますと、1時間以上の余裕があり、しかも津
波の高さは3メートル未満ですので、ハードによって
逃げなくても助かる対策を考えるべきです。そして、
その中間の地域は津波から逃げる対策を中心に考
えるべきです。(図4)
12.5 複数の震災が連続して発生する場合での最
適な復旧・復興の提案
2030 年代に起こるといわれる東南海・南海地
震は同時発生か時間差発生か、その時間差はどの
程度かは不明です。どちらの地震でも震度6強以
上になる地域があり、ここには7万人弱が居住し
ています(図 5)。むしろ深刻なのは、後発地震
と想定される南海地震の揺れが大きい地域です。
そこで、時間差発生の場合どこまで警戒体制をし
くのか、生じうる問題のシナリオを作成しました。
12.6 中山間地域・中小都市の再生を視野に入れ
た防災の在り方
図6は紀伊半島の震度分布に土砂災害危険区
域を重ねたものです。ここで生じる孤立は1~2
週間で解消されるレベルではなく、中小都市も同
時に孤立します。中山間集落は衣・食・住という
非常に基本的なニーズは満たされますから、1週
間ぐらいは孤立しても大丈夫ですが、2週間、1
か月となると医療、労働、学習(医・職・習)の
ニーズがあり、中小都市との交通・物流が回復す
る必要があります。より長期的には、娯楽(楽)
を求めて大都市とのリンクを回復する必要があ
ります。このように、孤立の解消は、中山間地の生
活ネットワークを見定めて戦略的に行うことが重
要であり、そのために必要な生活ニーズを地域ごと
に指標化することを試みました
紀伊水道
志摩
大阪湾
伊勢湾
・津波到達までに避難することができない
と人的被害が生じる
・津波は内陸へ氾濫し、被害をもたらす恐
れがある
・津波到達までに60分以上の時間があ
り、3m以下の津波により、漁業施設、船
舶、港湾、防潮施設外での被害
太平洋沿岸
被災シ
ナリオ
・津波到達が10分以内と早く避難が困
難
・5mを越える津波により甚大な被害
対策の
方針
危険な地域に住まない
津波から逃げる(避難による
逃げなくても助かる(被害
(津波リスクの排除)
人的被害の軽減)
軽減策による対策)
まちづ
くり
・危険地域からの移転
・要援護者の利用施設の移転
・土地利用規制、制度
・大規模なハード対策
・円滑な避難のための施設整備
・要援護者を考慮した避難場所の整
備
・被害軽減に向けたハード整備
・可能な被害抑止対策
ひとづ
くり
・危険性、対策への理解
・規制、制度への理解と協力
・危険性と避難に関する理解
・支援者の養成
・危険性、防災情報への理解
・災害対応への訓練
支援
力
・移転、規制に対する支援策
・要援護者への安全な住居への
配慮
・支援体制・計画の整備
・要援護者を考慮した避難訓練
・支援体制・計画の整備
・災害対応計画の作成
情報
共有
・関係者間での危険についての情
報共有
・対策に対する説明責任
・情報を活用した要援護者の把握と
支援体制
・情報を活用した要援護者の把握
と支援体制
戦
略
計
画
の
内
容
図 4
図 5
津波による被災シナリオと戦略の比較
東南海地震と南海地震による震度の組合せ
問題意識
(東海+東南海+南海地震)
土砂災害危険区域
震度6強以上
震度6弱以下
幹線道路
人口分布
人口分布(人)
1 - 100
100 - 500
500 - 1000
1000 -
0
15
図 6
30
60 km
中央防災会議 東海地震等に関する専門調査会資料
平成12年度 国勢調査メッシュ統計
国土交通省 国土数値情報
和歌山県 県内土砂災害危険箇所データ
三重県 県内土砂災害危険箇所データ より作成
紀伊半島の震度分布と土砂災害危険区域
12.7 謝辞
本事業は 60 名を超える自治体職員の方並びに 26
名に及ぶ若手防災研究者の方々と協働の成果であ
り、ここに記して感謝します。事業の参加者の氏名
は各年度の年次報告書を参照下さい。
186
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
研究実施体制
5.津波総合支援対策
5.1 津波対策検討支援と津波デジタル・ライブラリーの
開発
片田敏孝(群馬大学工学部建設工学科)
金森吉成(群馬大学工学部情報工学科)
首藤伸夫(日本大学大学院総合科学研究科)
天笠俊之(筑波大学大学院システム情報工学研究
科)
今井さやか(群馬大学工学部情報工学科)
研究代表者
河田惠昭(京都大学) (H16 年 4 月~19 年 3 月)
入倉孝次郎(京都大学)(H14 年 10 月~16 年 3 月)
1.巨大地震の強震動シミュレーションとその活用手法
の開発
澤田純男(京都大学防災研究所)
入倉孝次郎(愛知工業大学)
釜江克宏(京都大学原子炉実験所)
川辺秀憲(京都大学原子炉実験所)
増田 徹(応用地質株式会社技術本部)
吉田 望(東北学院大学工学部環境土木工学科)
福和伸夫(名古屋大学大学院環境学研究科)
飛田 潤(名古屋大学大学院環境学研究科)
5.2 臨海部における津波災害総合シミュレータの開発
片田敏孝(群馬大学工学部建設工学科)
桑沢敬行(群馬大学工学部建設工学科)
6.防災用人的シミュレーションシステムの研究開発
久保雅義(神戸大学海事科学部)
大辻友雄(神戸大学海事科学部)
石田憲治(神戸大学海事科学部)
小林英一(神戸大学海事科学部)
林 美鶴(神戸大学内海域環境教育研究センター)
長松 隆(神戸大学海事科学部)
2.大規模ライフライン網の地震災害評価シミュレーショ
ン手法と耐震性向上技術の開発
井合 進(京都大学防災研究所)
佐藤忠信(神戸学院大学学際教育機構)
八嶋 厚(岐阜大学工学部)
渦岡良介(東北大学大学院工学研究科)
安田 進(東京電機大学理工学部)
大津政康(熊本大学大学院 自然科学研究科 )
中野雅弘(大阪産業大学工学部)
高田至郎(神戸大学工学部)
7.スーパー広域震災時の大都市間連携情報の高度
化
河田惠昭(人と防災未来センター)
越村俊一(東北大学大学院工学研究科)
越山健治(人と防災未来センター)
原田健治(人と防災未来センター)
鈴木進吾(人と防災未来センター)
3.ライフラインの広域復旧戦略シミュレータの開発
永田 茂(鹿島建設株式会社技術研究所)
山本欣弥(攻玉社工科短期大学)
景山耕平(株式会社イー・アールエス リスクマネジメ
ント部)
大保直人(鹿島建設株式会社技術研究所)
高橋祐治(鹿島建設株式会社土木設計本部)
平山康典(鹿島建設株式会社ITソリューション部)
8.統合地震シミュレータに基づく災害対応戦略に関す
る参加型意思決定方法に関する研究
岡田憲夫(京都大学防災研究所)
鈴木祥之(京都大学防災研究所)
多々納裕一(京都大学防災研究所)
朝倉康夫(神戸大学大学院自然科学研究科)
上田孝行(東京大学大学院工学系研究科)
田中 聡(富士常葉大学環境防災研究科)
4.巨大地震津波による広域被害想定と防災戦略の開発
河田惠昭(京都大学防災研究所)
高橋智幸(秋田大学工学資源学部)
越村俊一(東北大学大学院工学研究科)
小池信昭(和歌山工業高等専門学校)
原田賢治(人と防災未来センター)
鈴木進吾(人と防災未来センター)
奥村与志弘(京都大学大学院情報学研究科)
9.新公共経営(New Public Management)の枠組みにもと
づく地震災害対応シミュレーターによる災害対応力の向
上
林 春男(京都大学防災研究所)
佐土原 聡(横浜国立大学大学院環境情報研究院)
重川希志依(富士常葉大学環境防災学部)
187
Ⅲ-3 巨大地震・津波による太平洋沿岸巨大連担都市圏の
総合的対応シミュレーションとその活用手法の開発
野田 隆(奈良女子大学人間文化研究科)
吉川肇子(慶應義塾大学商学部)
立木茂雄(同志社大学社会学部)
10.災害対策本部要員の応急対応訓練シミュレータの
開発
10.1 災害対策本部要員の応急対応訓練用ゲームの
制作
松村克己(株式会社システム科学研究所)
梶 秀樹(慶応義塾大学総合政策学部)
皆川泰典(株式会社システム科学研究所)
三平 洵(慶應義塾大学政策・メディア研究科)
10.2 防災担当者の能力向上を目的とした図上訓練シ
ミュレーターの開発
高梨成子(防災&情報研究所)
坂本朗一(防災&情報研究所)
11.研究成果の共用プラットフォーム
11.1 巨大地震・津波による被害シミュレーション・プラ
ットフォームの開発
菅井一嘉(応用地質株式会社関西支社)
野口良彦(応用地質株式会社関西支社)
長田正樹(応用地質株式会社東北支社)
斉藤洋文(応用地質株式会社札幌支社)
金子史夫(OYO インターナショナル株式会社)
瀬川秀恭(OYO インターナショナル株式会社)
11.2 巨大連担都市圏での災害対応シミュレーション・
プラットフォームの開発
今井健二(西日本電信電話株式会社ソリューション
営業本部)
田仲正明(西日本電信電話株式会社ソリューション
営業本部)
斉藤俊一(西日本電信電話株式会社サービスクリエ
ーション部)
12.地域社会の防災力の向上を目指した自治体の防災
プログラムの開発と普及
河田惠昭(人と防災未来センター)
大野 淳(人と防災未来センター)
永松伸吾(人と防災未来センター)
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