心筋保護液スライド - 帝京大学 医学部心臓血管外科学講座 Teikyo-cvs

第1回帝京大学心臓外科セミナー
心筋保護液
帝京大学 心臓血管外科
真鍋 晋
“自在に心臓を停止、再拍動させることができ、大きな障害も残
らないとすれば、どれほど大きな貢献になるだろうか。”
Denis G. Melrose、1955
今日のお題
心筋保護液の
基本
多様化する
心筋保護液
当院における
心筋保護法
• 開発までの経緯
• 心筋保護の原理
• 優れた心筋保護に必要な6つの
要件
• 血液性と昌液性
• 投与方法 順行性か 逆行性か
• Hot Shot
• 酸素加晶液性心筋保護液
(SHA液)
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
1955
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
臨床使用 初めての成功
“Stone Heart”
初めてのAVR,MVR
心筋保護液を使用
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
1955
1.人工心肺の開発
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
心筋保護液を使用
臨床使用 初めての成功
“Stone Heart”
初めてのAVR,MVR
John H. Gibbon (1903-1973)
1930年マサチューセッツ総合病院で人工心肺装置の
開発を開始。
その後IBM社の協力を得て開発を進め、
1940年後半には、犬の実験で成功。
1949年15歳尐女のASDは死亡、
1953年18歳尐女のASDで生存、
しかし、その後の2例はいずれも死亡。
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
1955
2.人工心肺の成功
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
心筋保護液を使用
臨床使用 初めての成功
“Stone Heart”
初めてのAVR,MVR
John W. Kirklin (1917-2004)
1955年 メイヨークリニックのJohn Kirklinらは、
Gibbonらが開発した人工心肺装置を用いて、
8例の先天性心疾患(ファロー四徴、完全肺静脈還
流異常など)の児童に対する心臓手術を行い、4例で
成功。
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
1955
3.単純大動脈遮断法
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
心筋保護液を使用
臨床使用 初めての成功
“Stone Heart”
初めてのAVR,MVR
Denton A. Cooley(1920-)
1960年代に彼らは、単純大動脈遮断で心臓手術を
行い、平均遮断時間38分という驚異的なスピードで
手術を終えることにより、死亡率10%以下という当時
としては良好な成績を収めた。
単純大動脈遮断では18分を超え
たところで、不可逆な心筋障害が
始まり、許容時間は30-40分程度
でしかない。
心筋保護液の基本
尐数の症例においては、術中に原因不明の重度の心機能障害に
陥り、手術室で死亡することがある。彼らの心臓は収縮しないとい
うよりはむしろ、小さく拘縮していて、文字通り“収縮期に凍結して
しまった”ようだ。
心筋保護液の基本
後半な心筋障害の原因は、
手術中の心臓への血流の途絶による
虚血であると考えられた。
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
1955
4.持続冠潅流法
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
心筋保護液を使用
臨床使用 初めての成功
“Stone Heart”
初めてのAVR,MVR
Albert Starr (1926-)
1960年 オレゴン大学のAlbert Starrは世界発の僧
帽弁置換術を成功。
さらに翌1961年には大動脈弁置換術を成功させる。
心内操作の際は持続的に血液を
冠動脈に注入(持続冠還流法)し
ていたため、心拍動と血液の流入
で手術は煩雑なものであった。
心筋保護液の基本
これまでの変遷
1930
1940
1949
1957
1955
5.Cardioplegia法
1960
人工心肺装置を用いた
高濃度カリウムを用いた
心臓手術がヒトで初めて成功
心停止下に心臓手術
1972 1973
心筋保護液が初めて
臨床応用される
Dennis G. Melrose(1921-2007)
1955 高濃度カリウム(245mEq/L)を用いた心停止液を
開発
1957 Donald Efflerらにより臨床応用されるが、高度
の心筋障害となり、患者は死亡する。後に心機能障
害の原因は高濃度カリウムによるものと考えられた。
この後15年間は、心停止を目的
とした溶液が心臓手術で用いら
れることはなくなる。
心筋保護液の基本
“自在に心臓を停止、再拍動させることができ、
大きな障害も残らないとすれば、どれほど大きな
貢献になるだろうか。”
心筋保護液の基本
1930
1940
1949
1955
1960
人工心肺装置を用いた
心臓手術がヒトで初めて成功
1972 1973
心筋保護液が初めて
臨床応用される
心臓手術の際に、
特別な液体を心臓に投与することによって、
心筋の障害を起こさないように
心臓を止めたり動かしたり
できないだろうか?
心筋保護液の基本
疑問1.
どのようにすれば、
心筋の障害を予防できるのか?
心筋保護液の基本
心筋障害を軽減する2つの方法
心筋障害の原因は虚血である。
↓
虚血による障害を回避するには、心筋の酸素消費を軽減すればよい。
1. 心臓を冷却する。
心筋の酸素消費は
10度冷却するごとに半減する。
許容時間は70分。
1961 Hufnagelらが氷片で心臓を冷却しつつ、
冷たい生理食塩液を注入し手術を行った。
2. 心臓を停止させる。
心停止させた心筋の酸素消費は
拍動下時の10%に過ぎない。
初期の心停止液の許容時間は120分。
1957 D. Eflerが高濃度低カリウム液
(245mEq/L)を用いて心停止下に手術を行った。
心筋保護液の基本
どちらが効率が良いか?
低体温 VS. 心停止
心筋温度の冷却による心筋酸素需要の軽減
拍動または細動
2–3 ml/100mg/min
20℃で心停止
0.3 ml/100mg/min
10℃で心停止
0.15 ml/100mg/min
1/10
1/ 2
→心臓を止めることですでに90%の酸素需要が節約され、さらに20℃→10℃ま
で冷却しても5%程度の酸素需要の節約にしかならない。
→心臓を止めておくことがより重要!
心筋保護液の基本
疑問2.
どのようにすれば、
心臓を止めることができるのか?
心筋保護液の基本
心筋細胞の収縮のしくみ
心筋の収縮はナトリウムやカリウムといった、
イオンの流れによって起こっている。
特別な電解質組成の液体を注入すれば、
心臓を止めることができる!
心筋保護液の基本
速やかな心停止を得る2つの方法
心停止を得るには、電解質濃度を変化させればよい。
1. 高濃度のカリウムを注入する。
通常血中のカリウム濃度は4mEq/L
5-10 mEq/Lで不整脈が多発
10-20mEq/Lで心停止する。
細胞外液型心筋保護液
St. Thomas液 など
2. 低濃度のナトリウムを注入する。
心筋の内外で濃度勾配がなく
イオンの流れが生じないので、
収縮できない。
細胞内液型心筋保護液
Bretschneider液 など
心筋保護液の基本
心筋保護時代のはじまり
1930
1940
1949
人工心肺の開発
開発に着手
動物実験で成功
臨床使用
1955
1960
1972 1973
単純遮断、持続潅流
心筋保護液を使用
1973 Gayらが、Melroseの用いたものの
1/10のカリウム濃度の溶液を用いて
心臓手術に成功
心筋保護液の基本
効果的な心筋保護に必要な
6つの基本原則
Gerald D. Buckberg.
Strategies and logic of cardioplegic delivery to prevent, avoid, and
reverse ischemic and reperfusion damage.
J Thorac Cardiovasc Surg 1987;93:127-139
1.心停止
2.低温
3.エネルギー生成に必要な基質の供給
4.適切なpHコントロール
5.膜の安定化
6.心筋浮腫の予防
心筋保護液の基本
3.エネルギー生成に必要な器質の供給
乳酸
インスリン
酸素なし
アスパラギン酸
酸素あり
グルコース
オキサロ
ピルビン酸
酢酸
フマル酸
クエン酸
クエン酸回路
→インスリンの投与は心筋のグルコース
の利用を促進する。
→アスパラギン酸やグルタミン酸を供給
することで、エネルギー効率のよりよい
好気代謝となりやすい。
スクシニル
CoA
α ケトグル
タル酸
グルタミン酸
心筋保護液の基本
4.適切なPHをコントロールする
•ヘモグロビンには非常に強力な緩衝
作用がある。
•THAM、重炭酸、リン酸、ヒスチジンな
どを心筋保護液に添加する
心筋保護液の基本
5.膜の安定化
•細胞やミトコンドリアの膜様構造物はフリーラジカルにより障害される。
細胞が虚血状態に陥ると、ヒポキサンチンやキサンチンオキシダーゼが増加し、そ
の結果活性酸素であるスーパーオキシダーゼが産生される。
•フリーラジカルを取り除く物質(フリーラジカルスカベンジャー)を心筋
保護液に添加する。
•フリーラジカルスカベンジャーとして最も強力なのは血液であり、その
ほかにマンニトール、SOD(superoxide dismutase)、アロプリノールがあ
る。
•カルシウム阻害薬(ヘルベッサーなど)、ステロイド、プロカイン、トリプ
トファンを添加することでも膜用構造物を保護できる。
心筋保護液の基本
6.心筋浮腫の予防
•灌流圧に注意する。
導入時は80-100mmHgまで安全だが、再注入時には50mmHg以下の潅流圧にした
ほうが、心筋浮腫を抑制できる。
•膠質浸透圧を低下させない
血液は膠質浸透圧を保持させるたんぱく質に富んでいる。
心筋保護液の基本
心筋保護液の組成をみてみよう!
榊原記念病院
GIK + 血液
5%ブドウ糖
ジュータミン
マンニトール
KCl
インスリン
リンデロン
500ml
5ml
11 ml
12.5mEq
10 U
10 mg
緩衝液
エネルギー源を供給
膜を安定化、浮腫を予防
高カリウム溶液による心停止
膜を安定化
心筋保護液の基本
心筋保護液の組成をみてみよう!
K (mEq/l)
Na (mEq/l)
Mg (mEq/l)
HCO3 (mEq/l)
Glucose (%)
プロカイン (%)
リドカイン (%)
そのほか
Bretschneider
Roe
Sutter
Memorial
St.Thomas
7
12
4
0.2
マニトール
20
27
6
5
THAM
10-15
147
2.5
18
0.5
0.01
酢酸
16
110
16
10
0.27
-
今日のお題
心筋保護液の
基本
多様化する
心筋保護法
当院における
心筋保護法
• 開発までの経緯
• 心筋保護の原理
• 必要な6つの要件
• 血液と晶液性心筋保護液
• 投与方法 順行性か 逆行性か
• Hot Shot
• 酸素加晶液性心筋保護液
(SHA液)
多様化する心筋保護法
心筋保護液の変遷
Gerald D. Buckberg.
頻回投与法 (1976)
20分毎に心筋保護液を投与
血液心筋保護液 (1978)
血液に心筋保護液を付与
加温血液心筋保護液による再潅流 (1977)
Hot Shot
両方向(順行性+逆行性)投与法 (1989)
多様化する心筋保護法
多様化する心筋保護法
1.血液か?晶液か?
2.投与方法。順行性か?逆行性か?
3.Hot Shot
多様化する心筋保護法
1.血液か? 晶液か?
1. 心停止
2. 低温
3. エネルギー基質の供給
酸素供給能
血液
◎
ヘモグロビンによる十分な酸素供給が可能。
4. pHコントロール
緩衝液
◎
ヘモグロビンは血漿タンパクの6倍の緩衝能があり、こ
れはヘモグロビンが、38ものヒスチジンを有しているこ
とによる。
◎
5. 膜の安定化
フリーラジカルスカベンジャー
赤血球内にはカタラーゼ、スーパーオキシド ディスム
ターゼ、グルタチオンなどといったフリーラジカルスカ
ベンジャーが含まれている。
6. 心筋浮腫の予防
膠浸透圧
血漿中には多数のたんぱく質がある。
◎
理論的には血液を心筋保護液に含ませることは、極めて有用なはずだが、
初期の臨床研究では好気代謝が盛んになっていることは示されたものの、
心筋障害を抑制しているとの有意な結論は得られなかった。
最新の報告では??
多様化する心筋保護法
多様化する心筋保護法
1.血液か?晶液か?
2.投与方法。順行性か?逆行性か?
3.Hot Shot
多様化する心筋保護法
二通りの投与経路
順行性投与と逆行性投与
順行性投与
大動脈基部から
動脈を介して
心臓へ分布
逆行性投与
冠静脈洞から
静脈を介して
心臓へ分布
多様化する心筋保護法
解剖の勉強
心臓の静脈はどのように走行しているか?
多様化する心筋保護法
心臓の静脈系 1
2本の静脈が合流し、冠静脈洞となり
右房へと注ぐ。
大心臓静脈
冠静脈洞
Coronary sinus
中心臓静脈
多様化する心筋保護法
心臓の静脈系 2
冠静脈洞
Coronary sinus
多様化する心筋保護法
順行性投与
VS.
逆行性投与
順行性投与
逆行性投与
利点
急速な投与が可能
冠動脈内の塞栓や空気
をflash outできる
心臓を脱転したままでも投
与可能
欠点
空気塞栓
投与に時間を要する
冠動脈の狭窄病変
右室潅流が悪い
ARの存在
(脱転した際)
両方の投与方法を併用することにより、お互いの欠点が補完できる。
多様化する心筋保護法
逆行性潅流の欠点
カニューラの位置が深いと、右室は潅
流されない。
右室からの静脈
入口部付近に注ぐ
多様化する心筋保護法
多様化する心筋保護法
1.血液か?晶液か?
2.投与方法。順行性か?逆行性か?
3.Hot Shot
多様化する心筋保護法
Hot Shotとは?
Terminal Warm Blood Cardioplegia
終末期加温血液心筋保護液
•心内操作の最後(大動脈遮断解除の直前)に温かい血液心
筋保護液を注入すること。
•細胞内貯蔵エネルギーの枯渇している心内操作終了時に、す
ぐには心臓を拍動させず、まず心臓を止めたまま加温血液でエ
ネルギー充填を行う。
多様化する心筋保護法
Hot Shotの意義
通常の大動脈遮断解除
心筋保護液1
エネルギーレベル
心停止
心筋保護液2
大動脈遮断解除
心拍動
Hot Shot
心筋保護液1
エネルギーレベル
心停止
心筋保護液2
Hot Shot注入
大動脈遮断解除
心拍動
貯蔵エネルギーが枯渇したまま、
心臓は拍動を開始する。
心臓をすぐには動かさず、停止させた状態で、
貯蔵エネルギーを補填し、その後心臓を拍動
させる。
JOURNAL CLUB
文献 その1:血液と晶液心筋保護の比較
JOURNAL CLUB
文献 その2:白血球除去フィルターの効果
※このスライドは帝京大学で行っている CVS セミナーで使用しております。CVS セミナーは
心臓外科に関するレクチャーを毎月一回開催しています。心臓血管外科、麻酔科、循環器
内科を中心に、看護師、臨床工学技師、理学療法士など毎回 30 名前後のメンバーが参加
しています。下記のホームページより他のスライドもご覧いただけます。
帝京大学医学部心臓血管外科学講座ホームページ
http://www.teikyo-cvs.com/index.html