小細胞肺癌の放射線治療;予防的全脳照射を含む - Cancer Therapy.jp

7.
小細胞肺癌の放射線治療;予防的全脳照射を含む
北里大学医学部放射線科学(放射線腫瘍学)
早川 和重
Kazushige Hayakawa
用が推奨されている 1)2)。ただし,
しばしば行われる 2)3)。
放射線治療の目的・意義と
適応(表 1)
適応は放射線治療で耐容可能な単
また,初期治療で CR あるいは
一の照射野内に腫瘍の進展範囲が
これに近い奏効が得られた症例に
小細胞肺癌は,全身性疾患とし
安全に含まれる症例に限定される。
は 予 防 的 全 脳 照 射(prophylactic
ての性格が強く,抗癌剤に対する
一般に対側縦隔,同側鎖骨上窩リ
cranial irradiation;PCI)が脳転移
感受性がきわめて高いことから,
ンパ節転移は LD に分類されるが,
率を下げるのみならず生存率を向
全身化学療法が治療の主体となる。
対側鎖骨上窩リンパ節転移は議論
上させることが示され,PCI が標
しかし,化学療法のみでは肉眼的
のあるところであり,対側肺門リ
準治療として推奨されている 1)〜3)。
病巣への効果は不十分で,とくに
ンパ節転移例は適応外となる。
進展型小細胞肺癌(ED-SCLC)
限局型小細胞肺癌(LD-SCLC)で
放射線治療の方法
は,胸部放射線照射を併用するこ
の場合も,遠隔転移が化学療法で
とにより局所再発率が有意に低下
消失した場合には胸部照射が行わ
A.放射線治療計画(図 1,2)
し,生存率が向上することが示さ
れることがある。しかし,ED 例
放射線治療計画は CT 画像に基
れており,LD-SCLC に対しては化
に対する胸部照射の是非について
づく三次元治療計画が推奨され
学療法と胸部放射線照射との併用
は十分なコンセンサスは得られて
る。CT シミュレータでは標的体
療法が標準治療となっている
いない。なお,脳転移,骨転移,
積の呼吸性移動に十分注意し,必
また,胸部照射の施行時期につい
上大静脈症候群などの症状を有す
要なマージンを決めることが重要
ては,化学療法開始早期の同時併
る病変部には姑息・対症的照射が
である。X 線シミュレータで呼吸
。
1)〜3)
表 1 小細胞肺癌に対する放射線治療の適応
臨床病期分類
Ⅰ期
実地医療
外科切除+全身化学療法
同時化学放射線療法+ PCI *
探索的医療(臨床試験)
術前化学療法+切除
Ⅱ〜Ⅲ A 期
限局型
進展型
同時化学放射線療法+ PCI * 術前化学放射線療法+切除
対側縦隔,鎖骨上窩リ
(胸部 45Gy/30 回 /3 週)
(切除+術後化学放射線療法)
ⅢB期
ンパ節転移
同時化学放射線療法+ PCI *
順次化学放射線療法
(高齢者・PS 不良例)
(胸部 60Gy/30 回〜70Gy/35 回)
(胸部 54Gy/27 回 /5.5 週)
同側多発肺結節
ⅢB期
対側肺門リンパ節転移 全身化学療法± PCI *
全身化学療法+胸部照射#± PCI *
悪性胸水,胸膜播種
±対症的照射
Ⅳ期
遠隔転移#
〔文献 3)より引用・一部改変〕
PCI(予防的全脳照射):CR 例に適応
*
脳転移のみの症例は化学療法+胸部照射,脳照射の積極的治療の適応
#
30
コンセンサス癌治療 VOL.11 NO.1
GTV
Gross tumor volume
画像や触診で確認できる腫瘍体積
(肉眼的腫瘍体積)
CTV
GTV
CTV
ITV
PTV
TV
IV
IM
ICRU Report 62 には右記のような
標的体積が規定されており,これら
を念頭において照射野を設定する
Clinical target volume
GTV +顕微鏡的な腫瘍進展範囲
(臨床標的体積)
ITV
Internal target volume
CTV + IM
(体内標的体積)
PTV Planning target volume ITV + SM
(計画標的体積)
TV
Treated volume
PTV 内の最小線量と同じ等線量値
(治療体積)
で囲まれる体積
IV
Irradiated volume
正常組織の耐用にとって有意である
(照射体積)
と考えられる線量が照射される体積
IM(internal margin)
:呼吸性移動や消化管ガスの影響などによる体内
臓器移動マージン
SM(set up margin)
:毎日の治療における設定誤差
〔文献 3)より引用〕
図 1 放射線治療計画にかかわるターゲットの概念
上葉原発
下葉原発
(S⁶ 原発腫瘍)
(S⁶ 以外)
GTV
PTV
(呼吸性移動)
〔文献 3)より引用〕
図 2 小細胞肺癌の照射野
最近では CTV はほとんど GTV(原発巣・転移リンパ節)に合わせて設定する。上葉あるいは下葉 S6 原発例では,他部位の原発例とくら
べて比較的小さな照射野で縦隔の転移リンパ節を含めることができる。また,上葉原発例では,同側鎖骨上窩リンパ節まで照射野に含めて
も照射野は大きくならない。一方,下葉原発例では,腫瘍の呼吸性移動により,さらに照射野は大きくなる
線量 GTV:45Gy/30 回 /3 週,54Gy/27 回 /5.5 週,CTV:30Gy/20 回 /2 週〜36Gy/24 回 /2.5 週,40Gy/20 回 /4 週
性移動をよく確認するのもよい。
B.標的体積(図 1,2)
で。鎖骨上窩リンパ節転移がある
また,線量分布計算上,肺補正の
1)
GTV
場 合 は, 同 部 位 も CTV と す る。
有無は腫瘍と正常組織の線量分布
肺野条件の CT 像で認められる
対側肺門および転移のない鎖骨上
に大きな影響を与える。現在のと
原発巣,および腫大した肺門・縦
ころ肺補正に最適な計算アルゴリ
隔あるいは鎖骨上窩リンパ節が
3)PTV
ズムは示されていないものの,で
GTV となる。
症例ごとに呼吸性の体内臓器移
窩リンパ節は CTV には含まない。
きる限り実測値に近い計算アルゴ
2)CTV
動などによるIM(internal margin)
リズムを用いた不均質肺補正を行
GTV 周囲 1cm 程度までの領域
を確認し,CTVからITVを設定し,
い,三次元的な線量分布を常に検
と同側肺門,気管分岐部リンパ
さらに 0.5cm 程度のセットアップ
討することが望ましい 1)〜3)。
節,および上縦隔リンパ節領域ま
マージンをつける。
31
特集 ■ 小細胞肺癌の治療 2012〜2014
a:通常分割照射法 Standard fractionation, conventional fractionation(1 回 /day)
週5回
1.8∼2Gy/day
計 54∼60Gy
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
b:多分割照射法 Hyperfractionation(2 回以上 /day)
accelerated hyperfractionation 加速過分割照射法
週 10 回
1.5Gy×2 回 /day
計 45Gy
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
c:少分割照射法 Hypofractionation
脳転移・骨転移
週5回
2.5∼3Gy/day
計 30Gy 程度
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
月
火
水
木
金
土
日
月
火
水
木
金
PCI
週5回
2.52Gy/day
計 25Gy
〔文献 3)より引用・一部改変〕
図 3 小細胞肺癌に用いられている分割照射法
*バーの高さは 1 回線量の大小を示す
C.胸部放射線照射法
ため,CTV を十分に含めるべき
胸部放射線照射には 6〜10MV
照射法は多くの場合,前後対向
と考えられるが,化学療法の併用
X 線を用いる。線量分割法は非小
2 門 照 射 で 開 始 し,AHF 法 で は
による有害事象の増強を抑えるた
細 胞 肺 癌 と 同 様 に 1 日 1 回 1.8〜
30〜39Gy で,通常分割照射法では
めには,照射野は狭いほうが望ま
2Gy 週 5 回の通常分割照射で行わ
40Gy の時点で脊髄を照射野から外
しい。とくに化学療法開始と同時
れ,小細胞癌は放射線感受性が高
し,照射野を GTV に縮小する。な
に胸部照射を併用する場合には,
いことから,非小細胞癌に比しや
お,AHF 法では,脊髄の亜致死障
GTV のみの照射でも照射野が大
や少なめの線量が用いられている
害からの回復が 6 時間でも不完全
きくなるため,隣接部位への顕微
が,至適線量については未だ議論
なため,6時間以上は照射間隔をあ
鏡的転移巣への治療は化学療法に
のあるところである。また,小細
ける必要がある。脊髄線量を下げ
期待して,照射野を極力縮小して
胞肺癌は増殖が速いため,治療期
るために,かつて行われていた前
照射する方向にある。
間の延長は大いに不利になるとの
後対向 2 門照射のまま後方照射に
一方,早期の同時併用療法では
考えから,治療期間の短縮を目的
脊髄ブロックを用いる方法は,縦
照射範囲が広すぎる症例,あるい
として,1 回 1.5Gy で 1 日 2 回照射
隔リンパ節への線量が低くなるた
は高齢者や PS 不良例では,正常
する加速過分割照射(accelerated
め行ってはならない。また,無気
組織への影響を考慮すると,放射
hyperfractionation;AHF 法 ) が
肺など二次陰影を伴う場合には,
線同時併用療法の適応とはならな
標準的照射法の一つとなっている
身体所見にも注意し,胸部 X 線撮
い。このような場合には,治療に
影で腫瘍の部位,形状が変わった
よる毒性軽減の観点から,まず化
時点で,照射野を変更することも
学療法を先行させる順次(逐次)
重要である。
併用療法の適応となる 3)。順次照
(図 3)
。
1)〜3)
GTV に対する標準的な投与線量
としては,通常分割照射法では合
計 45〜54Gy/25〜30 回(5〜6 週)
,
AHF 法では 45Gy/30 回(3 週)が
32
推奨されている 1)〜3)。
ところで照射野の設定に際し,
局所制御をより確実なものとする
射となった場合には,照射野を化
学療法後の GTV に限局した照射
コンセンサス癌治療 VOL.11 NO.1
脊髄
肺
と相関すると報告されている 5)。
心臓は 40Gy 以上照射されると
線維症
照射
範囲
の割合(V20)が肺臓炎の重症度
組織学的な変化は認められるよう
になるが,部分的照射(心臓の 1/3
機能代償
を超えない範囲)であれば 60Gy
脊髄症
の照射でも臨床的に問題となるこ
とはまれである 5)。心毒性のある
化学療法が併用された場合にはと
くに注意を要する。
これに対し,直列臓器とは,臓
Parallel organ(並列臓器)
Serial organ(直列臓器)
器の一部が損傷してしまうと器官
としての機能が損なわれる臓器で,
〔文献 5)より引用〕
図 4 Parallel organ(並列臓器)と Serial organ(直列臓器)
Parallel organ では限局した小照射野であれば大線量照射が可能である
食道,脊髄,中枢気管支,血管な
どがこれに該当する。直列臓器の
有害事象の発症予防には耐容線量
(tolerance dose)の把握が重要とな
野で十分な線量を投与する方法が
推奨される。しかし,原発巣では
合併症対策
る。脊髄の耐容線量は 50Gy/25 回
未満である。
腫瘍が画像上消失しているように
胸部放射線照射を行う際の主な
みえても気管支周囲に残存してい
リスク臓器としては,脊髄,肺,
●文献
る可能性があり,化学療法前の画
心臓,食道,中枢気管支などがあ
1)
日本肺癌学会編:肺癌診療ガ
像所見を参考に照射野を設定すべ
げられる.放射線治療のリスク臓
きである 4)。これに対して,縦隔
器は,臓器機能の点から parallel
リンパ節転移巣は縦隔側に縮小す
organ
(並列臓器)
と serial organ
(直
るので縦隔外側の照射野辺縁には
列臓器)の分類が用いられている
十分な余裕がなくてもよい。
D.予防的全脳照射(prophylactic cranial irradiation;PCI)
PCI の線量分割は 25Gy/10 回が
(図 4)5)。並列臓器とは,多くの
イドライン 2010.
http://www.haigan.gr.jp/
mod-ules/guideline/index.
php?content_id=3
2)
西村恭昌:胸部・小細胞肺癌.
放射線治療計画ガイドライ
subunit で全体が構成されており,
ン・2008,日本放射線科専門
それぞれの subunit が平行して同
医会・医会,日本放射線腫瘍
じ機能を果たしている臓器を意味
し,肺,肝がこれに分類される。
学会,日本医学放射線学会編,
メディカル教育研究社,東京,
2008,pp130〜5.
推奨される 1)。PCI の施行時期に
並列臓器は一部の機能が損傷され
関しては,厳密な比較試験はない
ても,他の subunit が機能を代償
ものの,早期の PCI で脳転移抑制
するため全体の機能はあまり損な
編,肺がんの鑑別と治療の手
効果が高いことが示されており,
われない。したがって,並列臓器
引き,ヴァンメディカル,東
良好な初期治療効果が確認されし
に生じる有害事象の程度は,機能
だい,ただちに PCI を施行するほ
損傷に至る線量を照射された sub-
うが望ましい
。ただし,PCI を
unit の臓器全体に占める体積の割
化学療法と同時併用すると精神神
合に左右されるため,その対策に
経症状の増強をもたらす可能性が
は線量 - 体積ヒストグラム(dose-
あり,PCI の前後 1 週間は化学療
volume-histogram;DVH)解析が
5)
早川和重:肺がん治療における
法を控えるべきとされている。
有効である。肺の有害事象のリス
副作用対策の進歩;放射線療
1)2)
ク因子では,肺の平均線量や 20Gy
以上照射された正常肺組織の体積
3)
早川和重,他:放射線療法の
進め方とポイント.益田典幸
京,2006,pp144〜57.
4)
早川和重:肺癌の治療;放射
線療法(胸部照射,PCI)
.江
口研二編,肺癌診療マニュア
ル,中外医学社,東京,2006,
pp152〜9.
法の副作用(解説 / 特集)
.呼
吸器科 11:129〜34,2007.
33