日本ペンクラブ:電子文藝館 1/5 招待席 添田 啞蟬坊 そえだあぜんぼう 演歌師 本名は、平吉。1872 年~ 1944 年 神奈川県生まれ。 横須賀で見た壮士の街頭演歌に感動して、演歌壮士の団体から印刷物を取り寄せて、 ひとりで演歌を始めた。その後、作詞、作曲をするようになり、特に、日清戦争後は、 疑獄や世相を批判し、歌と演説で、社会改良に取り組むようになった。堺利彦の知 遇を得て、社会党の評議員になった。時世を鋭く、巧みについた演歌を多数残した。 掲載作は、1916(大正 5)年 5 月の日付けで、唖蝉坊を「現代の一人傑」と評した 堺利彦の序文のある「新流行歌集」から、2 作品を抄録。90 年後の、現代の社会状 況についても、通用する文言が目立つ。1965 年筑摩書房刊「明治文学全集 83 明 治社会主義文学集(一)」所収されている。一部、差別的な表現もあるが、歴史文書 なので、そのままにした。 新流行歌集(抄) ○あゝわからない ○あゝわからない\/。今の浮世はわからない。 うはべ 文明開化といふけれど。表面ばかりじやわからない。 ぐわす 瓦斯や電気は立派でも。蒸気の力は便利でも。 メツキ細工か天ぷらか。見かけ倒しの夏玉子。 人は不景気々々と。泣き言ばかり繰りかへし。 ゐ 年が年中火の車。廻して居るのがわからない。 ○あゝわからないわからない。義理も人情もわからない。 よ く まなこ 私欲に眼がくらんだか。どいつもこいつもわからない。 たにん なんぼお金の世じやとても。あかの他人にいふもさら。 親類縁者の間でも。金と一言聞くときは。 くまたかまなこ 忽ちエビスも鬼となり。 鵰 眼 をむき出して。 喧嘩口論訴訟沙汰。これが開化か文明か。 ○あゝわからないわからない。乞食に捨児に発狂者。 日本ペンクラブ:電子文藝館 2/5 さ ぎ しゆざい スリにマンビキカツパライ。強盗せつ盗詐偽取財。 むりしんじう 私通姦通無理情死。同盟罷工や失業者。 うへじにこゞへじに 自殺や餓死凍死。女房殺しや親殺し。 しゆ こ と 夫殺しや主殺し。目も当てられぬ事故ばかり。 むやみやたらに出来るのが。なぜに開化か文明か。 ○あゝわからないわからない。金持なんぞはわからない。 贅沢三昧仕放題。妾をかこふて酒呑んで。 を 毎日遊んで居りながら。金がだんだん増へるのに。 働く者はあくせくと。流す血の汗油汗。 夢中になつて働いて。貧乏するのがわからない。 貧乏人のふへるのが。なぜに開化か文明か。 ○あゝわからないわからない。賢い人がなんぼでも。 ある世の中に馬鹿者が。議員になるのがわからない。 議員といふのは名ばかりで。間ぬけでふぬけで腰ぬけで。 いつもぼんやり椅子の番。唖かつんぼかわからない。 ○あゝわからないわからない。当世紳士はわからない。 ほ ら もとで つら 法螺を資本に世を渡る。あきれ蛙の面の皮。 ほど あつかましいにも程がある。其の癖芸者に振られたり。 は な 弄花に負けたりする時は。青くなるのがわからない。 ○あゝわからないわからない。今の坊主はわからない。 つら 殊勝な面でごまかして。寝言念仏ねむくなる。 ほれんげきやう 女をみだぶつ法蓮華経。それもしらがのぢいさんや。 きんちやく ばあさん達が金着を。はたく心がわからない。 や そ ○あゝわからないわからない。耶蘇の坊主もわからない。 飯も食へない人達に。アーメンソーメンうんどんを。 食はせるなればよいけれど。聴かせるばかりで何になる。 何も食はずにお前等の。まづい説教がきかれよか。 ○あゝわからないわからない。威張る役人わからない。 ただ なぜにいばるかわからない。只ムチヤクチヤに威張のか。 こめつき 彼等がいばれば人民が。米搗バツタを見る様に。 ヘイ\/ハイ\/ピヨコ\/と。御辞儀するのがわからない。 日本ペンクラブ:電子文藝館 3/5 ○あゝわからないわからない。今のお医者はわからない。 仁術なんぞといふけれど。本職はおやめでたいこもち。 せんだいはぎ 千代萩ではあるまいし。竹に雀の気が知れん。 を 貧乏人を見殺しに。して居る心がわからない。 ○あゝわからないわからない。弁護士なんぞもわからない。 をだてゝ訴訟を起させて。原告被告のなれあいで。 何をするのかわからない。勝つも負けるも人の事。 むさぼ ぎきやう 報酬貪る事ばかり。何が義侠かわからない。 ○あゝわからないわからない。なぜにわれ\/人間は。 たがひ か あくせく 互に斯くまで齷齪と。朝から晩まで働いて。 で あ 苦しい目に遇ひ難渋の。事に出遇ふて死ぬよりも。 を 辛い我慢をしてまでも。命を続けて居るのやら。 めあて ながら どう考へてもわからない。何を目的に生存へて。 ゐ 居るのかさつぱりわからない。我身で我身がわからない。 いゝもわるい ○あゝわからない\/。善悪正邪もわからない。 やみぢ ます\/闇路に踏み迷ひ。もだへ苦しむ亡者殿。 お前はホントニわからない。権利も自由もわからない。 経済問題わからない。いつまで迷ふて御座るのか。 ○あゝわからないわからない。生存競争わからない。 鉄道電気じやあるまいし。針金細工の綱渡り。 あぶな こんな危険い事はない。こんな馬鹿げた事はない。 死んだが増しかもわからない。あゝわからない\/。 ○あゝ金の世(新俗体詩) ○あゝ金の世や金の世や。地獄の沙汰も金次第。 笑ふも金よ泣くも金。一も二も金三も金。 さ 親子の中を割くも金。夫婦の縁を切るも金。 そし 強欲非道と譏ろうが。我利々々亡者と譏らうが。 痛くも痒くもあるものか。金になりさへすればよい。 日本ペンクラブ:電子文藝館 4/5 ゐ 人の難儀や迷惑に。遠慮して居ちや身がたゝぬ。 ねがひ ○あゝ金の世や金の世や。希望は聖き労働の。 我に手足はありながら。見えぬくさりに繋れて。 朝から晩まで絶間なく。こきつかはれてつかれ果て。 ひ と 人生の味よむ暇もない。これが自由の動物か。 ○あゝ金の世や金の世や。牛馬に生れて来たならば。 あたら頭を下げずとも。いらぬお世辞を言はずとも。 く る ま ひき 済むであろうに人間と。生れた因果の人力車夫。 てふちん やぶれ提灯股にして。ふるひをのゝくいぢらしさ。 マ マ ○あゝ金の世や金の世や。蝋色ぬりの自働車に。 はたをり 乗るは妾か本妻か。何の因果ぞ機織は。 日本に生れて支那の米。綾や錦は織り出せど。 残らず彼等に奪はれて。ボロを着るさへまゝならぬ。 ○あゝ金の世や金の世や。毒煙燃ゆる工場の。 もと あやうき機械の下にたち。命を賭けて働いて。 むち かて しろ くやしや鬼に鞭うたれ。泣く泣く求むる糧の料。 あを 顔蒼ざめて目はくぼみ。手は皆たゞれ足腐り。 病むもなか\/休まれず。聞けよ人々一ふしを。 い ま ひい 現代の工女が女なら。下女やお三はお姫さま。 も の ○あゝ金の世や金の世や。物価は高くも月給は。 安い弁当腰に下げ。ボロの洋服破れ靴。 気のない顔でポク\/と。お役所通ひも苦しからう。 つまこ あご ひ 苦しからうがつらからうが。つとめにや妻子の腮が干る。 ひん ○あゝ金の世や金の世や。貧といふ字のあるかぎり。 浜の真砂と五右衛門は。尽きても尽きぬ泥棒を。 よ をさへる役目も貧ゆえと。思へばあはれ雪の夜も。 外套一重に身を包み。寒さに凍るサ-ベルの。 のきば つかのま眠る時もなく。軒端の犬を友の身の。 家には妻が独り寝る。煎餅蒲団も寒からう。 らうや ○あゝ金の世や金の世や。牢獄の中のとがにんは。 日本ペンクラブ:電子文藝館 5/5 からだ 食ふにも着るにも眠るにも。世話も苦労もない身体。 牛や豚さへ小屋がある。月に百両の手当をば。 受ける犬さへあるものを。 『サガツチヤコワイ』よ神の子が。 はきだめ たもと のき した 掃溜などをかきまわし。橋の袂や軒の下。 こも ゆ き だ ほ れ 石を枕に菰の夜具。餓えて凍えて行路病者。 このさむ ○あゝ金の世や金の世や。此寒ぞらに此の薄着。 すきばら こらへきれない空腹も。なまじ命のあるからと。 思ひ切つては見たものゝ。年取る親や病める妻。 しな 飢へて泣く児にすがられて。死ぬにも死れぬ切なさよ。 ○あゝ金の世や金の世や。神に仏に手を合はせ。 そら をみくじなんぞを当てにして。いつまで運の空頼み。 血の汗油を皆吸はれ。頭はられてドヤサレて。 これも不運と泣き寝入り。人のよいにも程がある。 あは ○あゝ金の世や金の世や。憐れな民を救ふべき。 をしへ わがまゝ 尊き教の田にさへも。我儘勝手の水を引く。 これも何ゆへお金ゆへ。あゝ浅ましき金の世や。 を を 長兵衛宗吾郎何処に居る。大塩マルクス何処に居る。 ちまなこさらまなこ ○あゝ金の世や金の世や。互に血眼皿眼。 と 食ひ合ひ奪りあひむしり合ひ。敗けりや乞食か泥棒か。 のたれて死ぬか土左衛門。鉄道往生首くゝり。 ほか 死ぬより外に道はない。あゝ金の世や金の世や。 Soeda Azenbou 日本ペンクラブ 電子文藝館編輯室 This page was created on
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