黄色ブドウ球菌性乳房炎への乾乳期治療効果と 血中 - 広島県獣医師会

短 報
黄色ブドウ球菌性乳房炎への乾乳期治療効果と
血中ビタミン濃度との関連
金子 宗平 1) 明見 高三 1) 大田 哲夫 2)
中谷 啓二 3) 秋田 真司 4) 河野 俊朗 1)
竹内 泰造 5) 篠塚 康典 6) 江口 佳菜 2)
(受付:平成 24 年2月 13 日)
Association between the effect of dry period therapy
on Staphylococcus aureus-induced mastitis and the blood vitamin level
SOUHEI KANEKO1), TAKAMI MYOUKEN1), TETUO OTA2),
KEIJI NAKATANI3), SHINJI AKITA4), TOSHIROU KOUNO1),
TAIZOU TAKEUTI5), YASUHIRO SHINOZUKA6) and KANA EGUTI2)
Shoubara Veterinary Clinical Center, Hiroshima P.F.A.M.A.A, 2-21-20
Nishihonmachi, Shoubara, Hiroshima 727-0013
SUMMARY
Considering that there is a relationship between the effect of dry period therapy on
Staphylococcus aureus-induced mastitis and the blood vitamin level, we collected data
aiming at the‘establishment of a dry period therapy method against Staphylococcus
aureus’in consideration of the blood vitamin level, and a strong correlation was
suggested. The prevention of vitamin A deficiency during dry period therapy may increase
the Staphylococcus aureus-induced mastitis healing rate. As a policy in the future, we
are planning to increase the number of cases, aiming at the concomitant administration
of vitamin A with dry period therapy to investigate the therapeutic effect.
1)NOSAI 広島 庄原家畜診療所(〒 727-0013 庄原市西本町 2 丁目 21-20)
2)NOSAI 広島(〒 732-0052 広島市東区光町 1 丁目 2-23)
3)NOSAI 広島 山県家畜診療所 廿日市支所(〒 738-0015 廿日市市本町 10-14)
4)NOSAI 広島 山県家畜診療所(〒 731-1531 山県郡北広島町春木 461-1)
5)NOSAI 広島 府中家畜診療所(〒 729-3421 府中市上下町深江 687-3)
6)NOSAI 広島 三次家畜診療所(〒 728-0013 三次市十日市東 3 丁目 6-36)
─7─
広島県獣医学会雑誌 № 27(2012)
要 約
黄色ブドウ球菌性乳房炎への乾乳期治療効果と血中ビタミン濃度との間には何かしら関係
があると考え,血中ビタミン濃度を考慮した,
「黄色ブドウ球菌に対する乾乳期治療法の確
立」を今回の目的とし,データ収集を行った.その結果,黄色ブドウ球菌性乳房炎の乾乳期
治療効果と血中ビタミン A 濃度との間には強い相関関係が存在する事が示唆された.乾乳期
治療時期のビタミン A 欠乏を防ぐ事で,黄色ブドウ球菌性乳房炎への乾乳期治癒の治療率の
増加の可能性がある.今後の方針として乾乳期治療時にビタミン A 同時投与を実施し,治療
効果への影響を調査することを視野に入れ,症例数を増やしていく予定である.
──キーワード 黄色ブドウ球菌性乳房炎,乾乳期治療,血中ビタミン濃度
はじめに
対する乾乳期治療法の確立を今回のテーマとし,症例
収集を実施したので報告する.
黄色ブドウ球菌性乳房炎は乳腺組織深くに微小な膿
瘍を形成し,泌乳中では早期の乾乳や盲乳や淘汰が勧
められる程,完治が困難な疾病である.現在,有効な
材料と方法
治療法として,組織浸透性の高いタイロシンを使用し
平成 22 年5月から平成 23 年2月に,臨床症状を
伴わない黄色ブドウ球菌性乳房炎と診断されたホルス
タイン種 11 頭へ乾乳期治療を実施した.
た乾乳期治療が行われており,他県の報告では高い治
癒率が報告1)されている.広島県内においては,農場
によって効果のバラつきがあり,感触として期待通り
乾乳期治療法として,乾乳時に乾乳軟膏(KP ドラ
イ)を1本注入後,分娩3週間前にタイロシン 35ml
を3日間筋肉内投与を行った.
の効果が得られていないのが現状である.
一方で,乳房炎と血中ビタミン濃度との関連につい
て,疾病に対する抵抗力を上げる作用を持つビタミン
A やビタミン E を投与する事で,慢性・潜在性乳房炎
の発生率や治癒率を改善させるという報告がある2).
広島県内での乳牛の血中ビタミン濃度の状況につい
て,過去の報告によると,約7割の牛でビタミン A
乾乳時もしくは分娩3週間前に採血を実施し,血中
ビタミン A・ビタミン E・β-カロテン濃度の測定を
行った.治癒判定は分娩7日から 10 日目に乳汁採取
し,PL テスト・細菌検査を実施.細菌検査にて黄色
ブドウ球菌が培養されたら無効,分離されなかったら
が低い状態であり,そのビタミン A や,β-カロテ
ンの欠乏の程度は農家間によってバラつきがあるとい
う調査報告がある3).
(図1)
治癒とした.
結 果
全 11 症例中,治癒群は8例,無効群は3例であっ
表1 試験における血中ビタミン濃度と治癒判定の結果
症例
VitA
VitE
β-car
治癒判定
乾乳前 乾乳中 乾乳前 乾乳中 乾乳前 乾乳中 PLtest 菌分離
図1 広島県内の乳牛の血中ビタミン A 濃度の割合
(前田ら,2009)
これらの,乾乳期治療効果やビタミン A の欠乏具
合が,双方ともに農家間でのバラつきがあるという背
景をふまえ,我々は乾乳期治療効果と血中ビタミン濃
104
ND
262
ND
768
ND
-
-
79
ND
378
ND
328
ND
-
-
8
95
95
245
257
176
263
-
-
治癒群 9
(n=8) 10
ND
110
ND
501
ND
699
-
-
ND
84
ND
255
ND
330
-
-
11
ND
97
ND
184
ND
335
-
-
5
99
ND
287
ND
207
ND
+
-
6
97
108
385
363
148
162
+
-
4
97
ND
155
ND
230
ND
ND
+
3
81
ND
98
ND
149
ND
+
+
7
66
51
273
267
243
278
+
+
無効群
(n=3)
度との間には何か因果関係があるのではないかと考
え,血中ビタミン濃度を考慮した,黄色ブドウ球菌に
1
2
ND:未実施
─8─
広島県獣医学会雑誌 № 27(2012)
引用文献
た.
(表1)治癒群と無効群の各種ビタミン濃度での
t 検定を実施し,比較を行った結果,ビタミン A 濃度
において無効群が治癒群より有意に低く,無効群のビ
タミン A 濃度の平均は基準値以下の値であった(図
2).β-カロテン・ビタミン E では有意な差は認め
られなかった.
血中ビタミン A 濃度(IU/dl)
a
unpaired t-test
1)三木 渉ら:家畜診療,49(1)
,19-23,(2002)
2)Nelson, W:乳房炎との戦いにうち勝つために,
Daily Japan,東京(2001)
3)前田陽平ら:管内の乳牛における血中のβカロテ
ン濃度およびビタミン A 濃度の調査,紅櫂,第
5号,1-3(2009)
4)吐山豊秋:家畜診療,316,15-22(1989)
5)瀬田俊志:獣畜新報,780,433-439(1986)
6)勝見 晟ら:家畜診療,273,11-17(1986)
7)全国家畜畜産物衛星指導協会:生産獣医療システ
ム乳牛編3,農文協(2001)
b
p
図2 治療効果と血中ビタミン濃度の比較
(黒のラインは乾乳時の基準値)
考 察
今回のデータから,黄色ブドウ球菌性乳房炎の乾乳
期治療の効果と乾乳時の血中ビタミン A 濃度との間
には強い相関関係が存在する可能性が示唆された.ビ
タミン A はムチン様物質を生成し粘膜を保護する作
用があり,乳房内で細菌の侵入や増殖を抑制するはた
らきを持つという報告がある4-6).今回のデータから
は乾乳期治療時のビタミン A の役割として,抗生物質
が届きにくい深部組織での感染防御を担っているので
はないかと考えられた.また,ビタミン E とβ-カ
ロテンについては現時点では相関関係は認められな
かったが,無効群が低めの傾向があり,今後症例数を
増やしていけば,何らかの関係が判明するかもしれな
いと考える.
ホルスタインの体内の脂溶性ビタミンは乾乳時,初
乳生成に消費され始める分娩前から急激に減少してい
くことが知られている7).これを踏まえて今回の結果
と照らし合わせると,このビタミン A が低下する時
期での欠乏状態を防ぐ事で,黄色ブドウ球菌性乳房炎
での乾乳期治療の効果を増強できる可能性が考えられ
た.
過去の報告で分娩2週間前に ESE と複合ビタミン
剤を 10ml ずつ投与したところ,投与前より乳房炎や
胎盤停滞の発生率が減少したとの報告があった7).今
後,我々の研究の方針として,上記の投与方法を参考
にし,乾乳期治療時のビタミン剤の併用による,乾乳
期治療効果への影響を調査することを視野に入れ,症
例数を増やしていく予定である.
─9─