肝臓 MR Elastographyについて ―MRIで硬さを測る―

Topics:肝臓領域における治療支援
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肝臓 MR Elastographyについて
―MRIで硬さを測る―
山梨大学医学部附属病院 放射線部
池長 聰
1995年にMayoクリニックのグループから発表され ,
1)
はじめに
その後開発に時間を要したため,臨床例の初期経験が
現在のところ,肝臓MRI検査の目的は腫瘍性病変の
発表されたのは2006年であった .これまでの報告によ
検出と鑑別が主であり,当施設においても肝臓MRIの
ると,MREでは評価者間における一致率が高く,肝線
多くがこの目的において施行されている.特に従来の
維化診断に対する信頼性も高いとされている
2)
.
3, 4)
ガドリニウム
(Gd)製剤とは異なる性質=正常肝細胞内
MREの原理
に造影 剤を取り込むガドキセト酸ナトリウム注射液
(EOB-プリモビスト注シリンジ:以下,EOB)
の臨床成
物質の硬さと波の伝搬速度には密接な関係がある.
績は,CTをはじめとする他のモダリティを上回る報告
すなわち硬い物質では波は早く伝わり,軟らかい物質
が数多くされており,肝臓MRIの有用性を示し,検査数
では波の速度はゆっくりとなる.これはコンニャクを想
を飛躍的に伸ばしている.また,パラレルイメージング
像すると納得されることと思う.物質中を伝搬する波
や拡散強調画像の有用性など,ハード,ソフト両面にお
は物質のずり弾性率
(剛性率)
(μ)
と密度
(ρ)
の速度
(v )
けるMRIの進歩も検査数を延ばす一因となっている.
を用いて次式で表すことができる.
当施設において肝臓のルーチン検査はEOBを用いた
V =μ/ρ
造影検査に加え,MR Elastography
(以下,MRE)
を行っ
生体の密度はほぼ1g/cm に近似できるため,伝搬波
ている.MREはMRIによる
“硬さ
(肝臓においては肝線
の速度を求めることで物質の弾性率を計算することが
2
3
維化の程度)
”
を評価する技術である.現在,MREは日
可能となる.ここで波の速度とは波長と振動数の積で
本においては薬事未承認であるが,米国Mayoクリニッ
あるため,体外から既知の振動数で肝臓を振動させた
クとの共同研究目的で当施設に導入された.肝臓領域
場合,肝内における伝搬波の波長を測定することで,
における治療支援において,この新しい技術である肝
ずり弾性率を求めることができる.ではMRIでどのよう
臓MREの概要と有用性について紹介する.
に波長を測定するのか?それを理解するためには位相
肝線維化診断とMRE
画像と傾斜磁場について理解する必要がある.
MRI検査において,プロトンから得られた信号は大
MREを説明するにあたり,まず現状の肝線維化診断
きさと位相の二つの情報をもつベクトル量として表され
について述べる.ウイルス性肝炎をはじめとした慢性
る.私たちが通常目にするMR画像は大きさの情報を使
肝疾患の症例において,肝線維化の程度を知ることは
った画像であり,強度画像と呼ばれる.もう一方の位
患者予後を予測する上で重要である.なぜなら肝の線
相情報を使った画像は位相画像と呼ばれる.臨床では
維化は肝がんの発がんと密接に関連しているからであ
phase-contrast MR angiography
(PC-MRA)
で用いられて
る.通常,肝線維化診断は肝生検によって得られた組
おり,流速測定などの特殊検査を行う環境にある方は
織片を病理医が半定量的に評価することで行われる.
位相画像を目にすることがあるかもしれない.
生検で得られる組織は微小であり,肝全体の線維化を
MREの原理に入る前に,傾斜磁場について簡単にふ
反映していないため,場合によっては腹腔鏡検査が行
れておく.傾斜磁場とは空間的な磁場強度の傾きのこ
われることもある.これらの検査は現在最も信頼され
とである.例えばある軸方向に傾斜磁場を与えると,
ている線維化診断法であり,臨床的意義も確立されて
負の方向に進むにしたがって磁場強度は次第に弱くな
いる.しかし侵襲的検査であり,経過観察時にくり返
り,正の方向に進むと次第に強くなる.プロトンの回転
し施行することはできない.
周波数は磁場強度に比例するので,傾斜磁場存在下で
(≒硬さの評価)
は,
従来MRIにおける肝線維化診断
はその軸の負の方向にあるプロトンほどゆっくり回転
肝表面の不整や凹凸化,肝右葉の委縮や左葉の腫大,
し,正の方向にあるプロトンほど速く回転することにな
脾腫や門脈の拡張など,画像における肝臓や周囲臓器
る.もし初期状態でこれらのプロトンの位相がそろって
の形態を主観的に診断していたが,MREはMRIで対象
いるとすると,傾斜磁場を与え続けることでプロトンの
物の硬さを定量的に診断する方法である.その原理は
回転位相は軸方向で次第にずれていく
(ここでは混同を
6
避けるため核スピンによるプロトンの位相を回転位相と
の 位 相 画 像 を 特 殊 な 計 算 ア ル ゴ リズ ム で 処 理 し,
呼ぶ)
.
elastogramと呼ばれる硬度マップを得る
(図 2)
.硬度マ
さて,波とはある方向に向かってある速度で進むも
ップ上の画素値はずり弾性率を表し,単位はパスカル
のであるが,その実体はエネルギーの伝搬であって物
(Pa)である.要するに,PC-MRAの手法を体外加振の
体を構成する分子が進むわけではない.分子はその場
周期に合わせて行っているわけである.
で振動し,分子の時間平均変位はゼロである.ここで
MRE検査方法
混同を避けるため,この振動によるプロトンの位相
(位
置)
を振動位相と呼ぶ.この分子の振動周期に同期させ
MREを行うには,MRI装置と連動して振動を発生さ
て,正負一対の傾斜磁場
(双極傾斜磁場)
を与えること
せる加振装置が必要となる.当施設に導入されている
でプロトンの回転位相を進める
(もしくは遅らせる)
こと
MREでは,スピーカの原理を用いて空気の振動を発生
ができる
(図 1)
.このとき,どの程度回転位相が進むか
させるアクティブドライバと呼ばれる加振装置を用い
はプロトンの振動位相の初期値によって決まる.波の
る.加振装置で発生した空気の振動は,プラスチック
進行方向にいくつかのプロトンが並んでいたと考えた
のシリンダを通じて被験者の胸壁まで誘導される.シリ
とき,これらのプロトンの振動位相は互いに異なる.こ
ンダの先端にはパッシブドライバと呼ばれる円形の振動
の振動位相の差が,双極傾斜磁場によって回転位相の
板がついており,空気の振動を胸壁へと伝える
(図 3)
.
差に変換される.この状態でMRIを撮像すれば,位相
胸壁の振動は肝臓へ伝わり,肝内に弾性波が発生す
画像において波の状態を可視化することができる.こ
る.パッシブドライバの振動をきちんと胸壁に伝えるた
めに,パッシブドライバはゴム
製のバンドでしっかりと固定す
る.受信コイルはこのゴムバン
体外からの加振により
プロトンは振動する
振動による位相
プロトン 1
時間
プロトン 2
傾斜磁場
ドの上に乗せる.これらの作業
は検査開始時のコイル装着と同
時に行い,MRE以外の撮像もパ
ッシブドライバが設置された状
態 で 行 って い る
(図 4)
.パッシ
ブドライバやシリンダが撮像範
囲に入るが,診断上は特に問題
となることはない.
回転位相
MRE撮像時には胸壁に置かれ
プロトン 1
た パ ッシ ブ ド ラ イ バ が 振 動 す
る.痛みを感じるほどの振動で
はないが,あらかじめ説明して
おかないと驚かれる患者もいる
ので注意が必要であり,検査前
プロトン 2
および撮像の直前に,振動が加
わる旨の説明を行っている.現
在まで約2,000例の検査でMREを
図 1 MR Elastographyの原理
行っているが,振動による疼痛
や不快感の訴えは経験していない.但し,パッシブド
ライバは直径約18cmでありゴムバンドで固定した際,
体格の小さい患者や痩せている患者では肋骨や胸骨と
の接触による不快感を訴える場合があるため,ポジシ
ョニングおよび固定の際に注意が必要である.
使用機器・撮像条件
MRI: Signa EXCITE HD 1.5T ver.12.0(GE Healthcare)
コイル: 8Channel body array coil
(Upper)
(GE Healthcare)
(a)
Phase image
図 2 位相画像と弾性率マップ
(b)
Elastogram color map
アクティブドライバ,パッシブドライバ: RESOUNDANT
(Mayo クリニックにて考案,作成)
MRI撮像条件:GRE法,TE 26.7ms,TR 100ms,FA 30°
,
7
間では100/16.67=6となり,6 サイクルの波が入ることに
BW 16kHz,NEX 1,Slice thickness 10mm,FOV 36cm,
Matrix 256×64
なる.MREではRFを打つタイミングと外部加振を同期
アクティブドライバ使用条件: Motion frequency
(加振周波
させる必要がある.
数)
60Hz,Driver amplitude
(振幅)
最大値の50%,duration
肝臓MREの有用性
6cycles
Durationとは1TR間に何周期の波を入れるか,という
前述したとおり現在において,肝線維化診断のゴー
ことであり,例えば上記の条件,加振周波数60Hzにお
ルドスタンダードは肝生検である.まず,肝生検による
いて波の周期は1000ms/60Hz=16.67ms/cycle,TR100ms
組織病理学的肝線維化診断の説明をする.肝生検では
MRI装置
コイルとパッシブドライバ
アクティブドライバ
パッシブドライバ
図 3 MR Elastographyシステム概要
(a)
図 4 MR Elastographyのポジショニング
(a)
パッシブドライバを肝臓の位置に設定
(b)
パッシブドライバをゴムバンドで固定
(c)
パッシブドライバの上から受信コイルを装着
8
(b)
(c)
Topics:肝臓領域における治療支援
一般的にMETAVIR Scoreと呼ばれる線維化の指標で評
り,セットアップに技師が慣れる必要がある.検査の安
価される
(表 1)
.F0∼F4の 5 段階で線維化の程度を分
定性については報告があるものの,セットアップの仕方
類し,臨床的にはF4の結果で肝硬変の診断がなされる.
や担当技師によって測定値にばらつきが出るのではない
当施設における約2000症例のMREによって測定した
かとの懸念もある.そこで,パッシブドライバの固定位
弾性率と肝生検による組織病理学的肝線維化診断の比
置を変化させた場合の測定値のばらつきと,検査施行技
較では高い相関を示した
(図 5,表 2)
.この結果はMRE
師を変えた場合の測定値のばらつきについて検討した.
の高い有用性を示していると考える.
基本のポジショニングは,剣上突起から右方に 3 横
指
(約5cm)
の位置にパッシブドライバの中心を設定し,
肝臓MREの再現性
撮像スライス位置は大きな脈管を避け,肝右葉,左葉
MREにおいては,RFパルスを打つタイミング
(TR)
と
が広く描出できる位置に設定している.
外部加振による振動波を同期させなければならない.外
対象は 8 名の健常ボランティアとした.まず,①同一
部加振装置は通常のMRI装置とは異なるシステムであ
被験者を 5 回撮像・測定し弾性率のばらつきを計測し
た.次に,②振動を伝えるパッシブドライバを基準位置
から上下左方向5cm変化させた場合の弾性率のばらつき
と,③ポジショニングを行う者を変えた場合
(3 名の技
表 1 METAVIR Score による肝繊維化指標
F0
繊維化なし
F1
門脈域の繊維化はあるが隔壁構造は認めない 繊維化軽度
F2
少数の隔壁構造がある
F3
多数の隔壁構造があるが肝硬変は認めない
F4
中程度
肝硬変
高度
肝硬変
師)
の弾性率のばらつきを測定した.結果は①,②,③
とも変動係数は0.1を大きく下回っていた
(図 6∼8)
.
一定のポジショニングを行えばMREは十分に安定した
弾性率測定が行えることが示された.
肝臓MREの問題点
MREはその特性により問題となる事項がある.まず
多量の腹水がある患者においては正しいelastogramが得
られないことがある.これは横波の弾性波が流体にお
いては伝播しないことに起因する.また慢性肝疾患の
MR Elastography(kPa)
患者においてしばしば見られる肝臓の鉄沈着が強い患
8
者でも,正しいelastogramが得られないことがある.こ
7
であることに起因する.肝臓の鉄沈着が強い患者
(T2 )
6
においてT2 画像は著しく信号低下を起こすことがあり
れは当施設におけるMREでは撮像シーケンスがGRE法
*
*
(SPIO造影剤を使用した際,強いT2短縮効果が得られる
5
のと同様の現象)
,画像を作成するのに十分な信号を得
られないとelastogramにおいて欠損像になることがある
4
(図 9)
.
3
また,当施設においては2012年 4 月より3T MRIが稼
働開始し,同年 6 月より同装置におけるMREを施行開
2
0
1
2
3
4
始した.まだ症例数が非常に少ないため確定的なことは
言えないが,1.5Tと比較して上記の問題はより顕著に出
Fibrosis stage
やすい傾向にある経験をしており,今後の課題である.
図 5 肝生検とMR Elastographyの比較
おわりに
表 2 MR Elastographyの感度,特異度,最適カットオフ値
MREによる肝線維化診断は,①非侵襲的に②定量的
に③安定した再現性で④繰り返し行うことが可能な新
感度
特異度
最適
カッ
トオフ値
しい検査である.また検査時間は延長するが撮像回数
≧F1
83.9%
100.0%
2.5kPa
を増やせば肝全体の弾性率測定も可能であり,肝生検
≧F2
84.5%
98.7%
3.0kPa
≧F3
70.9%
98.4%
3.9kPa
91.3%
90.7%
4.4kPa
F4
の問題点を克服することになる.MREによる
“硬さ”の
評価は,functional-MRIにおける脳機能評価,拡散強調
像における水分子の拡散情報などと同様に,形態診断
ではない新たな情報であり,MRIの強力なツールとし
て今後の更なる発展が期待される.
9
Topics:肝臓領域における治療支援
5
5
4
弾性率
[kPa]
弾性率
[kPa]
4
被検者 3
被検者 6
被検者 2
被検者 5
被検者8
被検者 1
被検者 4
被検者7
3
2
被検者 2
被検者 5
被検者8
被検者 3
被検者 6
3
2
1
1
0
被検者 1
被検者 4
被検者7
1
2
3
4
0
5
A
B
測定回
測定回
平均
C
平均値
[kPa]
標準偏差
変動係数
被検者
平均値
[kPa]
標準偏差
変動係数
2.04
0.08
0.04
平均
2.06
0.08
0.04
図 8 3名の操作者による弾性率のばらつき
図 6 同一被験者による弾性率のばらつき
5
弾性率
[kPa]
4
被験者 2
被験者 5
被験者8
被験者 1
被験者 4
被験者7
被験者 3
被験者 6
3
2
T2*WI
MRE元画像
1
0
Elastogram
Color map
図 9 肝臓鉄沈着によるMR Elastography失敗例
鉄沈着により信号強度が低下,弾性率画像では欠損像になってしまう
通常
5cm上方
5cm下方
5cm左方
測定位置
被検者
平均値
[kPa]
標準偏差
変動係数
平均
2.07
0.07
0.03
図 7 パッシブドライバ設置位置を変化させた場合の弾性率の
ばらつき
謝辞
今回の検討,執筆においてご協力,ご指導いただい
た山梨大学医学部放射線医学教室,本杉宇太郎先生,
荒木 力先生,山梨大学医学部附属病院放射線部,熊
谷博司技師はじめ同スタッフに深謝いたします.
参考文献
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reliability. Jpn J Radiol 2010; 28(8): 623-627.
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荒木 力.エラストグラフィ徹底解説 生体の硬さを画
像化する.学研メディカル秀潤社,2011.