2.コミュニティビールで麦文化ルネサンス ―― コンセプト - 所沢市

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2.コミュニティビールで麦文化ルネサンス ―― コンセプト
所沢というジモトには、3 つのリソースがあることに、私たちは気づきました。
a. 郊外第 2 世代の高度な技能と人間関係を育ててきた所沢という「コミュニティ」
b. 長年手塩にかけて育ててきた所沢の肥よくな「農地」
c. 34 万人が暮らしている所沢の「ジモト市場」
この背景には郊外第 2 世代が、ジモトに定住し子どもたちを育て、時には自分たちの「老後」
の暮らしまで考え始める中で関心がたかまる「ジモト」があります。この関心はすでに、「新
しいトレンド」として現れています。それは、従来の「与えられた多様性」という都市型高度
消費社会の文化から「私たちが参加し創造する多様性」としてのジモトの文化への転換です。
これらのリソースをうまく結びつけることで、東京の経済に依存できなくなってきている所
沢が抱えるいくつかの問題の解決も展望できるでしょう。以下では、こうしたリソースとトレ
ンドの中で、それを活用する『野老ゴールデン』のコンセプト――私たちが考えるこれからの
地域づくり、あるいは私たちの企業ビジョンについて報告します。
■「ジモト」へのニーズ――「ふるさと」と「終の棲家」
「激動の 10 年」以後の急激な人口増加の中で所沢が生み出した「郊外第 2 世代」は、いわ
ば「ふるさと無き世代」でした。このため逆に、所沢に「ふるさと」としての価値を求める傾
向がこの世代には共通しています。最近では飲食店・商店の代替わりや新規開業等の新陳代謝
が進み、郊外第 2 世代は地域社会の中心を担いつつあるといえます。
今、
「ふるさと」に加えて、仕事や生活のフィールドとしての価値を求めるニーズは強まる
一方です。現在の未成年世代にとっても、ふるさとの必要性は言わずもがなです。
所沢商工会議所青年部の「若手ミュージシャン発掘支援プロジェクト」から育ったコーラス
グループ『JULEPS』17の成功や、謎のキャラクター『ラッキーパンダ』18の静かなブーム、
『shinpo』19や『tocotocomap』20などのグルメマップの誕生の背景にも、そうした郊外第 2
世代の「ジモト」への関心とニーズが表れています。加えて、郊外第 1 世代(流入第 1 世代)
にとっても、もはや所沢は「寝に帰る場所」だけではとうていありません。文字通り「骨を埋
める土地」になりました。郊外第 1 世代にもまた、所沢という「自分たちの住む街」の価値を
高めたいという独自のニーズがあります21。
こうした、さまざまな「ふるさと」の価値創造ニーズに応える提案が、私たちの「地産地消
(自作自飲)
」の「コミュニティビール」です。
2012 年 11 月 12 日以後活動休止。
現在はメンバーそれぞれがソロアーティストとして活動している。
http://www.juleps.jp/
「所沢名物 (^o^) ラッキーパンダ♪」http://blog.goo.ne.jp/luckypanda-club
19 新所沢飲食店倶楽部『shinpo』http://grapplenao.exblog.jp/11170118
20 所沢飲食店情報『TocoTocoMap』http://www.tocotocomap.com/
21 実際、所沢麦酒倶楽部の協力店にも、郊外第 1 世代が店主の店も参加していただき、
「オープンタップ・パーティ」
(収穫
した麦を使って最初に醸造した地ビールのおひろめパーティー)などにも、この世代が多く参加してくださっている。また、
『ゆめところ』はどちらかといえば「流入第 1 世代」のプロジェクトとも言えるが、『野老ゴールデン』は郊外第 2 世代だ
けの地ビールではなく、「所沢のコミュニティビール」だと考えている。
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(1)消費者参加の仕組みを作る――「地(自)のもの」ブランド
「地域で作られたもの」が地域で売れるのは、
・
「地のもの」であることがブランド力を持っている
ことにほかなりません。このブランド力はおそらく、
・ジモトの風土に対する住民の理解と愛着に応えている
・作った人との顔の見える関係(信頼関係)が作られている
ことを源泉とする「物語」によって支えられます。子育て世代にあたる郊外第 2 世代の「安全
な食品」への関心は特に高くなっているので、それが農産物や食品であれば、この「ブランド
力」は一層強くなります。
『野老ゴールデン』は大麦を原料とする「食品」にほかなりません
から、安全な畑で安全に栽培された原材料を使うことは、大きなブランド力につながります。
では、こうした「地のもの」のブランド力を実現する着実な方法として、具体的には何をす
ればよいでしょうか? さまざまなやり方がありますが、
『野老ゴールデン』の答は、
・住民(消費者)を畑に誘い出すこと
です。種まき・麦踏み・草取り・収穫など、所沢麦酒倶楽部のメンバーは毎年 6、7 回畑に出
かけ、農家の人たちとの交流も深めます。所沢では、住宅地のすぐ近くに農地が広がるので、
数 10 分あまりで「畑仕事」に行けるということも、住民(消費者)の「参加」を容易にして
います。自転車や車で出かけたら、ちょっと回り道をして「私たちの大麦の生育状況」を見に
行くことも気軽にできるというわけです。
生産現場への「参加」によって、消費者にとって単なる「地のもの」が、さらに一歩進んだ
「自のもの」へと捉えなおされていきます。
『野老ゴール
デン』の物語は単なる「ジモト産の地ビール」というだ
けではありません。
「自分で収穫した大麦」が原料に使わ
れ、畑仕事に参加した人たちや農家の人たちと出会い、
ともに汗を流し、バーベキューを囲んだことが、それぞ
れの住民(消費者)の「物語」に付け加えられ知り合い
たちに語られていくでしょう。こうした「参加」の中で、
地元の「食」への安心感が醸成され、地元農業への関心
や理解、ひいては風土や環境への愛着へとつながってい
きます。
生産現場への住民(消費者)の参加は、単にジモト産
品の商品価値を高めるだけではありません。さまざまな
出会いの機会、コミュニケーションの機会を通じて、私
たちが地域社会に関わっていく意味をもう一度編み直す
図 14 「地のもの」が「自のもの」になる
(2012 年 6 月 9 日)
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きっかけとなるはずです。その結果、私たち「郊外第 2 世代」の地域参加も新しい形を得て拡
大していきます。
(2)なぜ地ビールなのか?――所沢の「麦文化」
「ジモトの麦を使った地ビールが飲みたい」という思い付
きから始まった『野老ゴールデン』なので、当初は所沢市
の広報マスコット「ひばりちゃん」のことを忘れていまし
た。私たちが『野老ゴールデン』のコンセプト作りに本気
で取り組み始めたのは、実は「ひばりちゃんとの衝撃の再
会」後だったのかもしれません。
■所沢の「麦文化」――地ビールをもうひとつの所沢名物に
所沢の名物といえば、
「焼だんご」と「手打うどん」です。
所沢市が毎年行っている市民意識アンケート調査でも、「所
沢ブランド」として焼だんごが 6 位、手打うどんは 8 位にラ
図 15 市の鳥から生まれた所沢市
広報マスコット「ひばりちゃん」
ンクされています22。手打うどんも焼だんごも、昔から狭山丘陵一帯で日常的に食べられてい
たものでしたが、2010 年 3 月発行の「ところざわ 手打うどん焼だんご MAP」23によれば、
市内の手打うどん専門店は 23 店(現在の Web サイトでは 17 店)
、焼だんご専門店は 6 店(同
5 店)とのことです。
焼だんごはもともとは畑で育てる米、陸稲(おかぼ)で作られ、手打うどんは小麦から作りま
す24。ともに水に恵まれず、畑からしか穀類を得られなかった風土から生まれたものでした。
米の代わりに麦を作ってきた所沢で、麦を好むヒバリが市の鳥に選ばれたのも当然のことです。
麦は所沢の食文化に欠かせない作物でした25。
大麦を生産してくれる農家を探していてよく聞いた話ですが、実はつい数 10 年前まで、所
沢(所沢周辺の畑作地帯)ではビール麦26も作られていたのだそうです。所沢市農業協同組合
発行の『所沢市農村地域の文化史』27によれば、昭和 20 年代後半には「ビール麦が栽培され
ていた」と言います。
これも新鮮な発見でした。所沢には、「地ビール」をもうひとつの名物とする十分な歴史的
背景があるのです。
「地産地消」の名物として、畑で作る穀物の大麦、小麦そして陸稲も含め
22 「所沢市市民意識調査報告書」平成 24 年度版。複数回答によるランキングで、1 位から順に所沢航空公園、埼玉西武ラ
イオンズ、狭山茶、狭山湖、西武園、焼だんご(認知度 34.4%)、狭山丘陵、手打うどん(同 15.7%)。
23 所沢市観光協会発行 2010.3。http://www.tokoro-kankou.jp/blog/udon-map.html
24 農水省の Web サイト(http://www.machimura.maff.go.jp/machi/contents/11/208/details.html)によれば、所沢市内で
年間 6t の小麦が生産されています。同じ Web サイトによれば陸稲の市内生産は報告されていない。観光協会の Map では
「現在のだんごは陸稲に代わり、白米をひいた米粉が使用されている」としている。
25 手打うどん専門店だけでなく、関東一円に店舗展開する「山田うどん」をはじめいくつかの所沢地場の製麺関連企業が現
在もがんばっている。
26 ビール原料に適した大麦のこと。
27 『所沢市農村地域の文化史』所沢市農村地域の文化史編集委員会編
所沢市農業協同組合発行 2001.3。
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た「所沢麦文化の復活」という物語は、ジモトの価値を高めてくれます。
■麦作復活の利点――遊休農地対策、新規就農支援、連作障害対策
麦作の復活は、所沢という地域にさまざまな利点をもたらしてくれます。
まず、市・県・国の共通の関心である遊休農地対策や新規就農支援など、地域農業の活性化
に貢献できるでしょう。適切に管理されれば、それほど手間のかからない麦作は、遊休農地の
利活用に向いています。たとえば、新規就農希望者の農地借り入れのきっかけとして、遊休農
地の利活用を通じて地権者の信用を得ることは、とても有効なやり方でしょう28。
また、所沢地域では伝統的に麦を他の作物栽培の際の風よけとして植えてきた歴史がありま
した。あるいは、連作障害(同じ場所で同じ野菜を作り続けると起きる病気や成育悪化などの
問題)対策として麦(穀類)栽培の利点も指摘されています。こうしたやり方は、大規模な生
産のかたわらで柔軟に利用される農業技術の一種と考えることができます。
「地産地消」を意識した麦作は全国に出荷するような大規模生産ではないので、こうした小
回りをきかせるさまざまなやり方に適しているといえます29。そこからいろいろな利点を引き
出し、従来とは違ったビール麦栽培の可能性が開けるかもしれません。私たちは、『野老ゴー
ルデン』原料のコストを抑制する効果も期待しています。
■素人も参加しやすい麦作――経済的意味を超えた、地域内の循環
麦作は、ポイントとなる作業(種まきや麦踏み)が比較的簡単で、消費者参加型の生産に向
いています。所沢麦酒倶楽部では、毎年 6~7 回、
圃場整備・種まき・麦踏み・除草・中耕・収穫
など、集中した労働力を必要とする農作業を組み合わせて、会員が任意で大麦の生産に参加し
ています。しかし、その意味は、単に農作業をイベント化するというだけではありません。そ
うした住民(消費者)参加型の生産は、前述したブランドの創造や地域参加のきっかけづくり
だけでなく、
(生産者)機械化・大規模化なしにビール麦生産に農家が参入できる条件を整える
(住民)ビール原料のコスト削減につながる
という、生産者・消費者双方の具体的なメリットを形成することができるのです。つまり、住
民(消費者)は原料対価の一部を労働として支払うことで、求めやすい価格でビールを楽しむ
前出注 24 の農林水産省 Web サイトによれば、所沢市内の「耕作放棄地」は 182 ha。これは市内の耕地面積に対して 10%
を超えている。前出注 14 の『里山資本主義』は、「
『耕作放棄地』は希望の条件がすべてそろった理想的な環境」
、「耕作放
棄地の活用は楽しむことだ」(p.192-195)と指摘しているが、これは私たちの麦作への注目と共通する。
29 前注『里山資本主義』ではまた、
「里山資本主義は保険。安心を買う別原理である」として、次のように説明している。
「なににせよ、複雑で巨大な一つの体系に依存すればするほど内心高まっていくシステム崩壊への不安を、癒すことができ
るのは、別体系として存在する保険だけであり、そして里山資本主義はマネー資本主義の世界における究極の保険なのだ。」
(p.282)。私たちの提唱する「麦文化ルネッサンス」もまた、そのような「保険・別原理」の一種。既存の農業経済・農業
技術とただちに交代するものではなく、既存システムの不具合に対処できるよう並行して運用されるバックアップシステム
という位置づけになる。
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ことができ、加えて、その代価として「安心」や「体験」を農家から得ることがでます。そし
て農家は、安定したビール麦生産を行う条件が整うということです。
このように、農家と住民(消費者)がつながることが、経済的意味を超えた、地域内の循環
(新しいコミュニティ)を創り出していくポイントとなります。
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(3)麦文化ルネサンス――ひととひとを結ぶコミュニティビール事業
酒は常に人の間にあります。なかで
もビールは、特に日本においては一人
でチビリと飲むものではなく、仲間同
士のコミュニケーションを楽しみなが
ら飲むものです。
ここまで述べてきたように、この「麦
文化ルネサンス」が目指すものは、単
なる地域の特色を活かした地場産品の
開発ではありません。それは、いくつ
かある柱のひとつに過ぎません。
もっとも大きな柱は、さまざまな人
と人とのつながりを創ることです。当然、
2014 年 2 月 9 日 オープンタップ・パーティー
図 16
ひととひとを結ぶコミュニティビール
私たちや農家、飲食店・酒販店というビジネスの関係性から、新たな地域社会の信頼関係を築
いていくこともひとつですが、より大きな目的は、そのビジネスの関係によって生み出される
さまざまな商品が、住民にとって新たな人間関係をつくるツール――多様で豊かな麦文化ルネサ
ンスのツールとなることです。
自ら畑に出て作ったビールを、ともに働いた仲間同士で味わう。そこから会話が生まれ、人
と人との関係が生まれる。そうした場面を提供できたとき、そこには自ずと食べ物や協働を介
した信頼関係が生まれます。
さらに、その先に地域内経済循環が形成されて行くなら、ビールを真ん中に、多様な人々が生
活を支え合う強固な信頼関係が構築されていくはずです(図 17)
。ビールには、そうした地域の
つながりを創り出す力があります。
図 17 所沢コミュニティビールのコンセプト
地域を協働と共感の輪で結ぶ、人(ひと)つながりの輪を創り出す。
それがコミュニティビール事業です。