指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発 - 日本看護研究学会

指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
−研究報告−
指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
−氷冷法の検証−
A New SMBG Method to Reduce Pain When A Fingertip is Punctured
− Verification of The Ice Mix Water Method −
大 西 み さ1) 足 立 はるゑ2) 中 村 小百合2)
Misa Ohnishi Harue Adachi Sayuri Nakamura
キーワード: 氷冷法,血糖自己測定,穿刺痛,冷却
the ice mix water method, self monitoring of blood glucose(SMBG), puncture pain, cooling
Amyotrophic lateral sclerosis, Illness experience, Uncertainty
Ⅰ.はじめに
糖尿病患者にとって血糖測定は血糖値を知る重要な手段
冷刺激を与える冷罨法,慢性の症状には温熱刺激を与え
であり,血糖コントロールに対する意識づけからも血糖自
る温罨法がよいとされている24)。手指の穿刺痛を軽減する
己 測 定(Self Monitoring of Blood Glucose, 以 下 SMBG と
先行研究はみられないが,手指以外の研究については,血
刺痛があり,自己測定時の採血の痛みや時間の拘束によ
温を26℃にする冷却アルコールガーゼを考案し,有効性
略す)が行なわれている。しかしながら,SMBG には穿
1)
液透析の穿刺痛を緩和するものがあり,山下ら25) が皮膚
り,患者は強い苦痛を強いられており ,QOL の向上を
が得られている。山下らの報告からも SMBG 穿刺痛には
SMBG に関する先行研究には,血糖測定器の性能に関
以外の痛みの研究には,抗癌剤による口内炎予防として氷
について多く報告
を含む使用時間を検討したもの26) や運動による筋疲労痛
され,SMBG 穿刺痛については,従来の指尖採血法に対
に対して15℃の冷水を15分以上使用する方法27),寒冷治療
2)
阻害する要因となっている 。
するもの
3)∼9)
10)∼13)
,SMBG の有用性
し,疼痛の少ない腹壁または上腕外側からの血糖測定法
14)∼16)
冷罨法がよいと考えられる。一方,冷罨法を用いた穿刺痛
に伴う前腕痛には空気冷却温度−10℃を30分間曝露する方
である無痛性血糖測定システムの開発により,腹壁
法28) が報告されている。しかしながら,氷の使用に際し
や上腕採血17)∼19) の有効性に関する報告がなされている。
ては,0℃以下の強い低温に皮膚を長くさらしていると凍
2001年には,自動で前腕,上腕の穿刺,測定を行うことの
傷の危険性があること29) が指摘され,冷水では,SMBG
20)∼22)
できる Sof-Tact(ダイナボット)
等が製品化され,新
穿刺痛に対し,プレテストにより手指の除痛効果が得られ
しい SMBG 機器による SMBG 穿刺痛の負担を軽減する動
ないことがわかっている。冷却方法に対しては,浸水時間
た病院での報告によると,指尖採血34%に対し指尖外採血
従って,これらの先行研究から,手指の穿刺痛に対して
法は66%であった。これに対し,指尖外採血法の問題点と
は,新たな方法として,家庭でも容易に継続できる面から
して「高価」「面倒」「紫斑が残る」「あとから痛みが残る」
も氷と水の両者を用いた氷水を使用する方法がよいと思わ
等の意見があがっている。当院においても,指尖外採血法
れる。
の紹介が行われ,使用されていたが,上記の理由から,従
そこで,筆者は,指尖採血希望者に対し,指尖の穿刺痛
来の手軽な指尖採血法が行われており,指尖採血の占める
を軽減することが,糖尿病患者の QOL 向上に貢献し得る
きが高まっている。鈴木ら
23)
の指尖外採血法を取り入れ
割合は大きい。しかしながら,指尖採血法において,穿刺
痛を軽減する研究はまだ手がかけられてなく,指尖採血支
と温度設定が重要であると思われる。
ものと考え,氷水に穿刺する指をつけてから SMBG を行
う指尖採血法(以下氷冷法と略す)を考案した。
持者に対しては,現在も穿刺による苦痛が問題となってい
本稿では,糖尿病患者のセルフケアを支援する実践的な
る。
看護の立場から,氷冷法の有効性を SMBG としての妥当
痛みの緩和方法には,罨法があり,急性の症状には寒
性及び痛み感覚の視点から検討する。
1)元旭労災病院 Former Asahi Rousai Hospital
2)藤田保健衛生大学衛生学部 Fujita Health University School of Nursing
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指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
Ⅱ.研究目的
いう。氷水の浸水時間については,プレテストで冷却耐性
氷冷法は,指尖の穿刺痛が軽減できる SMBG 方法であ
を確認し,決定した。以上を同一時間帯に従来法,氷冷法
ることを検証する。
の順に各1回行う。外来通院中の患者には,診察時に従来
法,診察後直ちに氷冷法を施行した。氷冷法実施に際して
Ⅲ.用語の定義
は,希望に応じて,15秒法,20秒法のいずれかを選択して
1.氷冷法
もらい,行った。尚,プレテストにおいて,血液量,血糖
氷冷法とは,SMBG の一方法で,氷水の中に穿刺する
値の誤差がないことを確認した。
指を一定時間つけたあとに行う指尖採血法をいう。
3.面接調査
2.痛み感覚
氷冷法に関する対象者の主観的反応を知るために,半構
SMBG における指尖採血時の穿刺によって感じる痛み
造的面接を各方法の施行直後に行い,50名から回答を得た
であり,ここでは Wong Baker Faces Pain Rating Scale の5
段階尺度で測定したものをいう。
(有効回答率は100%)。面接内容は,①氷冷法に対する意
見 ②冷却時間に対する意見とした。
さらに,指尖の穿刺痛に対する関連要因として,糖尿病
Ⅳ.実験方法
患者の年齢,性別,手術歴,SMBG 歴,睡眠薬常用の有
1.対象
室温は,25±2℃で,測定場所は病棟処置室及び外来診
対象者の選定は,A病院に入院・通院中の糖尿病患者
察室で行った。
で,SMBG の実施条件に該当(視力・末梢神経障害を除
4.データ収集期間
無を設定,カルテ等から情報を得た。
く)し,主治医の許可を得た後,研究の趣旨を文書と共に
1995年5月3日から2000年10月5日
説明し同意が得られた50名とした。SMBG の実施条件の基
準は,視力障害の判定には,眼科受診時に行われる Scott
Ⅴ.分析方法
ントロール状態と相関して低下する神経伝導速度(nerve
1.穿刺痛の評価には,対象者の年齢層を考慮し,答えや
類Ⅰ∼Ⅱ,神経伝導速度では上肢54∼63m/秒,下肢45∼
Pain Rating Scale を用い,0点:「痛みがまったくなくとて
分類,神経障害の判定には,糖尿病の罹病期間や血糖コ
conduction velocity ; NCV)を用いた。正常域は,Scott 分
すく観察しやすい痛みの表現方法である Wong Baker Faces
52m/秒の範囲とした。また,神経障害については,自覚
も幸せである」1点:「わずかに痛みがある」2点:「軽度
症状と他覚的検査異常では,関連を示さない
30)
ことから,
の痛みがあり少し辛い」3点:「中等度の痛みがあり辛い」
検査が正常域であっても神経障害の関与は否定できないと
4点:「かなりの痛みがありとても辛い」5点:「耐えられ
考え,氷冷法の結果の信頼性を得るために,健常人(医療
ない程強い痛みである」に至る5段階尺度で評価した。
スタッフ)20名を対象者とした。
2.氷冷法の有効性の評価には,糖尿病患者の従来法,15
2.実験の手順
秒法,20秒法の比較に対し,一元配置分散分析を行い,健
糖尿病患者については,従来法と氷冷15秒法(以下15秒
常人の従来法と15秒法の比較,及び穿刺痛に関する要因①
法)・氷冷20秒法(以下20秒法)を比較した。さらに,糖
年齢(65歳以上・未満)②性別(男・女)③睡眠薬(常用
尿病患者の冷却耐性の結果をふまえ,健常人には従来法と
の有無)④手術歴(有・無)⑤ SMBG 歴(継続者・中断,
15秒法を実施し比較した。従来法は,指先の消毒後,マイ
クロレットランセット25Gを用いて穿刺し,固定化酵素電
極法によるグルテストエース(三和化学)で測定する。血
未経験者)別の比較に対しては,t検定を行った。
3.SMBG 歴 中 断, 未 経 験 者 の 神 経 障 害 の 関 与 を 否 定
し,氷冷法の結果の信頼性を得るために,氷冷15秒法の
液量の確認には,必要量である2.5μLを目分量で統一可
SMBG 歴中断,未経験者と健常人を比較し,両者の母分
法に用いた。氷冷法による血糖測定法は,簡便性を考慮
4.血糖値の誤差の分析には,同一血液で繰り返し測定
し,冷蔵庫で保管した薬杯コップ水60ml の冷水に氷をい
し,血糖値の誤差を確認する方法である同時再現性を行
節まで15秒または20秒間つけ(浸水後も氷水の温度は2℃
断システムに関する専門委員会)の規格を用い,比較し
能な2×35㎜のモニタリングスティックを作成し,両方
れたもの(一定温度で2℃になる)に穿刺する指の第1関
になる),すばやくタオルで水を拭き取り,従来法と同様
の穿刺針を用いてすぐ穿刺し,測定する。以後,指尖を15
秒氷水につける方法を15秒法,20秒つける方法を20秒法と
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散が等しいか否かを検定するF検定を行った。
い,ISO(国際標準化機構)/TC212(臨床検査と体外診
た。統計数値は,平均値,SD,CV で表記し,ピアソンの
相関係数の検定を行った。
なお,統計解析には,エクセル統計 Statcel を用い,有意
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指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
水準を0.05とした。
に伴い SMBG を施行した者であった。いずれも糖尿病性
Ⅵ.倫理的配慮
い者であった。(表1)。健常人は,全員が病棟勤務の女性
入院中の患者に対しては,継続的に血糖変動を確認する
看護師であり,平均年齢は27.7±4.6歳であった(表2)。
網膜症からの視力障害や末梢神経障害によるしびれ等のな
目的から全員が SMBG を1日4回実施しており,さらに
同時再現性を用い,穿刺回数が多くなることから,氷冷法
表2 対象者(健常人)の背景
N=20
について説明し,氷冷法の実施希望者を確認した。氷冷法
要 因
の希望者には,主治医の許可を得た後,書面を用いて研究
年 齢
平均年齢
の趣旨を説明し,協力承諾の意思を確認,同意を得て氷冷
職 業
看護師
法の手順を説明し,実施した。また,対象者は今後の氷冷
性 別
法実施希望者でもあるため,特に高齢者に対しては,手順
人数(%)
女性
男性
27.7±4.6
20 (100)
20 (100)
0 ( 0)
についてわかりやすく説明し,氷水の浸水から穿刺までの
過程について希望があれば繰り返し練習した。入院患者に
2 従来法と氷冷法の痛み感覚の比較
おける氷冷法の希望者は100%であった。
1)糖尿病患者における従来法と氷冷法の比較
外来通院中の患者に対しては,主治医より書面を用いて
従来法の痛み得点は,平均2.0±0.8点で,ほとんどが「軽
研究の趣旨と共に診察時に従来法,診察後に氷冷法による
度の痛みがありとても辛い」を示す2点以上であった(図
採血を行うことが説明され,協力承諾の意思を確認,同意
1)2点以上の痛みを示した者を穿刺痛の要因別に痛み
を得た。さらに,同意を得た後にも研究の辞退は可能であ
得点をみると,SMBG 歴は中断,未経験者2.2±0.8点,年
り,辞退されてもその後の治療には影響ないことが説明さ
れ,心理的負担をかけないように配慮した。
齢では65歳未満と睡眠薬の非常用者2.1±0.8点,手術歴の
無い者2.1±0.9点,性別では男性2.0±0.8点の順であった。
「わずかな痛みがある」を示す1∼2点未満の者は,年齢
Ⅶ.結 果
65歳以上と女性1.9±0.8点,SMBG 歴継続者と手術歴のあ
1 対象者の背景
糖尿病患者の年齢は,65歳以上・未満ともに25名で,平
均年齢は61.8±13.6歳であった。性別は,男性30名,女性
20名,患者内訳は,入院患者29名,外来患者21名であった。
る者1.8±0.7点,睡眠薬常用者1.7±0.5点であった。各要因
では有意差はみられなかった(図2)。
15秒 法 は, 平 均0.7±0.4点,20秒 法 は 平 均0.6±0.4点 と
痛み得点は0∼1点未満に集中した。従来法と比較した
睡眠薬内服については,常用者12名,非常用者38名,手術
歴のある者は26名,無い者は24名であった。SMBG 歴は,
前回の教育入院から継続している者17名,中断,未経験者
は33名であり,中断者は教育入院中にインスリン強化療法
表 1 対象者(糖尿病患者)の背景
要 因
年 齢
平均年齢
65歳以上
65歳未満
性 別
男性
女性
患者内訳
入院患者
外来患者
睡眠薬
常用者
非常用者
手術歴
有り
無し
SMBG 歴
継続者
中断未,経験者
N=50
人数(%)
61.8±13.6
25 (50.0)
図1 糖尿病患者における従来法と冷却法の穿刺痛の比較
25 (50.0)
30(60.0)
20 (40.0)
29 (58.0)
21 (42.0)
12 (24.0)
38 (76.0)
26 (52.0)
24 (48.0)
17 (34.0)
33 (66.0)
図2 糖尿病患者の従来法における穿刺痛の要因別比較
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指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
結果,主効果があり有意差が認められた(F=63.5,p<
が認められた(F=0.75,p<0.05)(図5)。
氷冷法におけるすべての要因は0∼1点未満の範囲内を示
氷冷法の支持率は全体の92%であった。氷冷法が良いと
し,要因間において差異は生じなかった(図3)。
答えた者の理由は,「痛みがなかった」が84%と圧倒的に
2)健常人における従来法と氷冷15秒法の比較
多く,次いで,「感覚が多少鈍る」「血液がよくでる」が各
従来法の痛み得点は,平均2.7±0.7点であり,ほとんど
4%であった。否定的な意見は「冷たい」
「面倒」が各4%
が痛みを強く感じていた。
であった。冷却時間における苦痛に対する意見は「20秒が
15秒法は,平均0.6±0.5点であり, 0∼1点未満 に集
良い」60%,「15秒が良い」22%,「15秒以下が良い」18%
0.01)。
中し,従来法と有意な差が認められた(t=12.70,p<
3 氷冷法に対する糖尿病患者の面接調査結果
と感覚による個人差が生じた(表3)。
0.001)(図4)。
表3 氷冷法に対する意見
3)氷冷15秒法における SMBG 歴中断,未経験者と健常
人の比較
感 想
SMBG 歴中断,未経験者に対し,神経障害の影響をみ
痛みがなかった
るために,健常人と比較し氷冷法の有効性をさらに検証し
感覚が多少鈍る
た。その結果,氷冷15秒法における痛み得点は,SMBG
血液がよくでる
点であり,検定の結果から両者の母分散は等しく,有意差
面倒
歴中断,未経験者が平均0.7±0.4点,健常人は平均0.6±0.5
N=50
人数(%)
42 (84.0)
2 (4.0)
2 (4.0)
冷たい
冷却時間
20秒がよい
15秒がよい
15秒以下がよい
*感想は複数回答
2 (4.0)
2 (4.0)
30 (60.0)
11 (22.0)
9 (18.0)
4 SMBG としての氷冷法の妥当性
血糖値について,平均値は,従来法245.3±90.3mg/dl,
氷冷法244.1±90.3mg/dl であり,相対値として−1.29∼
図3 糖尿病患者の氷冷15秒法と氷冷20秒法における
穿刺痛の要因別比較 1.12%(絶対値として−5.0∼4.0mg/dl)に分布していた。
各対象者の CV の平均値は0.47%であった。両方法には,
回帰式y=0.99X −0.93(y:氷冷法x:従来法)と有意
な相関性(r=0.99)を認めた(図6)。
図4 健常人における従来法と氷冷15秒法の穿刺痛の比較
図6 血糖値における従来法と冷却法の比較
Ⅷ.考 察
1 氷冷法の有効性について
1)痛み感覚と氷冷法の関係
糖尿病患者の指尖における SMBG 穿刺痛を軽減する目
的で考案した氷冷法と従来法を比較した結果,氷冷法が従
図5 氷冷15秒法における SMBG 中断,
未経験者と健常人の穿刺痛の比較
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来法より穿刺痛を軽減できた。その理由は,氷冷法は局所
の冷却作用によって従来法よりも15秒,20秒共に痛み閾値
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指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
が上昇したためと考える。痛み閾値が上昇するメカニズム
であることが,より明らかになった。
は,患部に継続して10℃以下の寒冷刺激が加わると,皮膚
3)氷冷法の主観的評価について
にある冷受容器は,冷却の温度勾配に従って動的反応を示
氷冷法に対する質問紙調査結果で,「痛みがなかった」
30)
し,定常状態に移行する数秒以内の間
は,シナプスの
伝導が緩慢または遮断されるため知覚が麻痺する
31)
ので
という意見が多かったことについて考えてみると,関門制
御説39)では,痛覚や温度感覚は判別性の悪い感覚であり,
ある。つまり,本研究で設定した2℃の氷水による15秒か
閾値の約2倍の刺激で最大感覚に達し,その閾値は他の感
ら20秒の浸水が痛み閾値を上昇させ,その直後の穿刺であ
覚刺激や心理的暗示によってかなり変化するため,本研究
るため,浸水時間終了後もまだ定常状態に移行せず,痛み
の評価尺度では,関門制御説に影響されることは否定でき
を感じないことが推察できる。よって,氷冷法の痛み感覚
ない。しかし,上腕や腹壁の穿刺痛の評価に対して,Sof
への効果は,温度と使用時間の関連に基づく冷却効果であ
ると考えられる。この結果は,糖尿病患者より神経障害の
− Tact は10段階評定40) で得点化されており,本研究の評
価尺度について,検討の余地はあるものの現状の評価方法
関与等の痛み感覚に影響する要因がみられない健常人に有
としては,一応の有効性はあると考える。
意差が高くみられたことから,氷冷法が有効であることを
氷冷法の支持率が高かったのは,痛みを少なくした
示している。
いという患者のニードを示していると思われる。Eline・
また,氷冷法と気温の関係については,実験場所は病室
で室温が常時25±2℃に設定されており,錦織32) が示す
全ての SMBG 機器が誤差を生じない29℃以下,10℃以上
の範囲であり,本研究の結果と室温は影響ないと考えられ
Frank・Francois41) の,SMBG 恐怖質問紙(D − FISQ)調
査の結果では,多くの患者が SMBG に不安を感じており,
SMBG に恐怖を感じているグループは,インスリン使用
期間が短く自己報告,自己測定の回数が少ないことが報告
されている。また,Su Il Yum・Nina Peled42)は,指尖穿刺
る。
2)痛み感覚と関連要因について
に伴う痛みは,糖尿病患者にとって,大きな悩みであり,
先行研究における一般的な痛み閾値の報告では,年齢は
33)
高齢になるほど,性別では男性で
指示された測定回数があまり守られない原因となっている
痛み耐性が低い。睡
と述べている。これらの文献からも,穿刺痛は患者のスト
眠薬については,常用者は,感受性が高く痛み閾値が低
レッサーとなっており,SMBG 導入時よりみられている
34)
く ,手術歴では,初めて手術を受けた人が過去に手術経
ことが推察できる。氷冷法においては,日々継続していく
験のある人より強く痛みを訴えると言われている35)。本研
上で,冷蔵庫に常時,水を入れておき,毎測定時に氷を1
究での SMBG 穿刺痛における関連要因では,年齢と睡眠
個入れることで容易に2℃になる方法であり,簡便性の面
が痛み得点が高かった。また,各要因においても有意差は
冷法を導入し,穿刺痛の軽減を図ることが SMBG の継続
薬は,従来法では逆を示し,年齢が高く,睡眠薬の常用者
みられなかった。この結果により,SMBG 穿刺痛は局所
的な痛みであり,一般的な痛みである侵害受容性疼痛,神
経因性疼痛とは性質が違うことが推察できる。SMBG 歴
について,有意差はみられなかったが,中断,未経験者は,
継続者よりも痛み得点が高く,従来法で2点以上を示して
からも支持できる。そのため,SMBG 開始時期には,氷
性の支えになりうると考える。つまり,氷冷法は,セルフ
ケア行動を支える SMBG 方法であり,これがセルフケア
行動確立の手助けになれば,横山ら43) が推奨する患者の
主観的幸福感,QOL の向上に貢献できると思われる。
冷却時間における苦痛に対する意見では,氷水の浸水時
いるため,氷冷法の希望者が多くなることが予測され,氷
間が15秒と20秒支持者に大別し,冷却耐性の個人差が生じ
冷法の適用者となる可能性が示唆された。この点につい
ているため,氷冷法を実際に使用する場合は,事前に15か
ては更に検証を重ねる必要がある。SMBG 中断,未経験
ら20秒の範囲内で希望時間を確認し決定する必要がある。
者に比べ継続者の痛みが少ないことは,痛覚神経は刺激が
なくなるまでインパルスを発生し続ける
36)
が,SMBG 穿
刺痛に対しては,一般的な痛みと異なることから,一定時
間刺激が持続して与えられると順応作用が関与している
37)
と考えられる。この点についても,今後,検討を要する。
38)
また,氷冷法の信頼性を高めるために前報
で行った健
常人と SMBG 中断,未経験者の15秒法の比較は,両者の
母分散が等しく,差がほとんどみられなかったことから
4)SMBG としての氷冷法の妥当性
SMBG の 妥 当 性 に つ い て,ISO/TC212の 規 格 は,75
㎎/dl 未満において15㎎/dl 以内,75㎎/dl 以上は20%以
内44) を示し,±15%の範囲内であれば SMBG 機器自体に
問題がないと判断されている45)。本研究の結果,対象者全
員が75㎎/dl 以上で血糖値の誤差は0.47%であり,ISO/
TC212の規格範囲内であるため,問題はないと言える。さ
らに,両方法間に強い相関が得られていることから,氷冷
糖尿病による神経障害の関与を否定できると考えられる。
法は,血糖値の誤差が少なく毛細血管グルコースには影響
よって氷冷法が,指尖の穿刺痛を軽減できる SMBG 方法
しないことを示している。一般に,皮膚に寒冷刺激が加わ
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指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
ると局所の血管は収縮し血流が減少する46) ため,血液量
た。
の確保の問題が生じると考える傾向にある。しかし,毎測
1.氷冷法は,糖尿病患者及び健常人において,冷却作用
定時にはグルテストセンサーに必要な吸引量である2.5μ
により痛覚が消失し,指尖の穿刺痛が軽減できた。冷却時
Lが確認できており,面接調査により,「血液がよくでる」
間は,15∼20秒であった。
との意見があることから,冷却により痛みが少ないため,
2.SMBG 穿刺痛は,痛み閾値の要因である年齢・睡眠
従来法より存分に穿刺できたことも考えられる。よって,
氷冷法は新しい SMBG 方法として,妥当性があると考え
る。
2 今後の研究の課題
薬・手術歴・SMBG 歴の各要因との関連はみられなかっ
た。
3.SMBG 歴の中断,未経験者は,継続者に比べ氷冷法と
従来法の痛み得点の差が大きく,氷冷法適用の可能性が示
1)本研究で使用した SMBG 穿刺針は25Gであり,年々
唆された。
細くなる傾向にあるため,穿刺針の変化に応じて氷冷法を
4.氷冷法は,穿刺痛を少なくしたいという患者のニード
行い,穿刺時の痛みと血液量の確認をし,有効性をさらに
により,支持率が92%と高値を示した。
検証していく必要がある。
5.氷冷法は,一定の血液量が確保でき,血糖値の誤差が
2)氷冷法を行う上で困難な点は,旅行中の使用であり,
基準範囲内であることから,SMBG 方法としての妥当性
旅先で2℃の氷水を得る簡便な方法を検討する必要があ
る。 が得られた。
以上より,氷冷法の有効性が検証された。氷冷法は,指
尖採血を希望する患者に対して,セルフケア行動に貢献で
Ⅸ.結 論
本研究では,指尖採血を希望する患者に対し,指尖の
穿刺痛を軽減するために氷冷法を考案し,氷冷法の有効性
を SMBG としての信頼性と妥当性を痛み感覚の視点から,
きる新しい SMBG 方法であり,1日に何度も SMBG 測定
を行う毎に伴う穿刺痛による負担が軽減できることから,
糖尿病患者のセルフケ確立および QOL 向上に貢献できる
可能性が示唆された。
従来法と比較し検討した。その結果,以下の結論が得られ
要 旨
本研究の目的は,糖尿病患者の指尖の SMBG 穿刺痛を軽減する為に考案した氷冷法について,血糖自己測定
法(SMBG)としての有効性と妥当性を検討することである。氷冷法とは,冷蔵庫で保管した2℃氷水に指を
15又は20秒間浸して穿刺する指尖採血法である。対象は,A病院の糖尿病患者50名と健常人(医療スタッフ)20
名であり,従来法と氷冷法を比較し,以下の結果を得た。1)氷冷法は冷却作用から痛覚が消失し従来法よりも
糖尿病患者(p<0.01),健常人(p<0.001)共に痛み閾値が上昇した。2)氷冷法は一定の血液量が確保でき,
従来法と同様に血糖値の誤差がほとんどなく,SMBG の妥当性に問題はなかった。このことから,氷冷法は指
尖の穿刺痛が軽減できる新しい SMBG 方法であり,穿刺痛による負担を軽減できることから糖尿病患者の QOL
向上に貢献できる可能性が示唆された。
Abstract
The purpose of this research is to examine the effectiveness and validity of the ice mix water method for SMBG, which
has been discovered to reduce the self monitoring of blood glucose(SMBG)puncture pain in a fingertip. This method
involves dipping your finger into ice water for 15-20 seconds. We asked 50 diabetic patients and 20 healthy medical staff of a
hospital to try the previous method and the new method. We then compared the two methods and we got the results as follows.
1)As for the ice mix water method, the sense of pain was diminished by the cooling action and the value of the pain
threshold went up both with the patients(p<0.001)and the staff(p<0.01).
2)In the ice mix water method, we were able to acquire a regular amount of blood as much as with the conventional method and we could hardly see any error in the blood sugar level.
Therefore, from the above results, it can be concluded that the ice mix water method is a new SMBG method which can reduce puncture pain, leading to an improvement in QOL.
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日本看護研究学会雑誌 Vol. 27 No. 1 2004
指尖の穿刺痛が軽減できる血糖自己測定法の開発
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平成15年2月17日受 付
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日本看護研究学会雑誌 Vol. 27 No. 1 2004
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