コーポレート・ガバナンス コーポレートガバナンスの歴史 • 企業円卓会議(TheBusinessRoundtable=以後BRT)が,1990年に『企業 統治と米国の競争』を発表し,株主,CEO、取締役の関係を明確にした。 • その後1992年にはアメリカ法律協会(以後ALI)が10年の歳月をかけて完 成させたといわれる『コーポレートガバナンス原則:分析と勧告』(以後 『分析と勧告』と略す)を制定し,後述するCadbury,A.(1992), Greenbury,R・(1995),Hampel,R.(1998)の英国における3報告をはじ めとした世界的なコーポレートガバナンス論争を再燃させた。 コーポレートガバナンスの定義 コーポレートガバナンスの議論については国内外においてさま ざまな角度から研究されてきている。コーポレートガバナンスに 関する論点は: • 第1は企業存続の前提となる「適法性」であり, • 第2は企業不祥事の防止のみならず積極的な社会への貢 献を意味する「倫理性」, • 第3は経営の所有主体が株主,経営者,あるいは多様なス テークホルダーなのか,その「所有性」, • 第4は企業経営の諸問題に関する意思決定の「効率性」で ある。 コーポレートガバナンスの定義 これらの4つの視点をふまえ,コーポレートガバナンスの定義を以下のとお りとする。 コーポレートガバナンスとは「適法性と倫理性をふまえた企業が,その存続 と発展を前提として,顧客,従業員,経営者層,株主,取引先,広く市民社会 や環境主体も含めた多様なステークホルダーとの協働を通じて,創造する 付加価値の適正配分を行う制度的枠組み」である。 ここでステークホルダーとは「顧客,従業員,株主,投資家,供給企業,競争 企業,政府関係,NPO,地域社会,地球環境など企業を取り巻く内外の利害 関係者」と定義しておきたい。 このようなコーポレートガバナンスの定義のもと,コーポレートガバナンスの 根本となる「所有性」を中心にそのあり方を論じる。 コーポレートガバナンスにおける3つのモデル コーポレートガバナンスの所有性に関する議論は,企業が生み 出す価値を対象にすることから,ここでは次の3つのモデルに 区分して論じる。 ① 伝統的なモデルとしての株主価値の最大化を目指す「株主 価値最大化論」 ② 株主価値の最大化ではあるが,短期的な資本効率重視型で はなくステークホルダーとの関係性構築を前提にした長期的 視点からの「啓発的株主価値論」 ③ 株主はステークホルダーの一部であり,企業は株主所有で はなく,多様な価値にもとづくステークホルダー所有とする 「多元価値論」 米国におけるコーポレートガバナンスの取り組み • • • • • 1990年代における世界的なコーポレートガバナンス改革の先鞭は米国 であるが,そこでの考え方は主としての伝統的モデルとしての株主価値 の最大化を目指す「株主価値最大化論」である。 歴史的には1919年のミシガン最高裁におけるフォード・ダッジ訴訟に対 する,“企業は株主利益を最優先されるべきで取締役会の権限はこの目 的のために行使されなければならない”との旨の「株主利益最優先」判 決がその重要な契機となった。 それ以降,この考え方は企業所有に対する米国企業の中心概念になっ ており,1990年の前記BRTでの宣言に引き継がれている。 前記のALIは,『分析と勧告』第2編「会社の目的と行為」試案のなかで, “株式会社の目的は,会社の利潤と株主利益の増進にある”と記してい た。 しかし,その内容を1992年の本報告でも継承しながらも,以下のようにコ メントを加えており,考え方の変化をみることができる。すなわち,「ここで の営利目的とは長期的な利潤の追求をさし,従って,これまで利潤極大 化と主張してきた意味も長期的な利潤のことである」。 米国におけるコーポレートガバナンスの取り組み • • • さらに,「現在の企業は,従業員,取引先(顧客や供給業者),地域住民など様々 な集団と共存関係にあり,これらの利害関係者の期待に応え共存関係を維持す ることは,企業の長期的利益と株主利益に貢献することから,短期的利益に優先 させるのが適切である」。 米国のこの思想的変化は,重大な意味をもっており,ここでの「長期的利益が株 主価値の最大化に貢献するとする」立場は,②の「啓発的株主価値論」につなが るものである。 この背景には1989年の州法規定の改正により,取締役会が特定の利害関係者 に対する利益重視の必要性がないと判断されたことがある。すなわち,それまで 支配的であった取締役会の義務として,特定の利害関係者である株主に対する 「利益の最大化」の必要性がないとの解釈になったことである。 この解釈は最初に1989年のインディアナ,コネチカット,ペンシルバニアの3州か ら始まり,翌年の1990年には40州で採択が行われている。 米国におけるコーポレートガバナンスの取り組み • こうした考え方はその後の1997年のBRTにも引き継がれた。すなわち,企業経 営は「長期的株主利益の最大化に専念すべきである」という考え方と,「株主利 益のみならずステークホルダーの利益も同様に考慮すべきである」との考え方に 二分されたが,前者のためには後者が必要であるとの見解から双方を両立させ ることが重要であるとの見解を示した。 • なお,このときの解釈にも州法の考え方が引用され,「多くの州法では株主以外 のステークホルダーの利益も重要視することが望ましいとされている」とのコメント が付されている。 • このように,「株主価値最大化論」は米国型の代表とされてはいるが,実際には その前提にはステークホルダーとのバランスをとりながら,あるいはバランスを考 慮することで,長期的利益を碓保するという「啓発的株主価値論」に対する支持も 高まっているということができる。 日本におけるコーポレートガバナンス • • 日本においてコーポレートガバナンス問題がクローズアップされたのは,近年の 銀行・証券会社と総会屋との癒着,官民の贈答・接待の汚職問題などで企業の 不祥事が重なった1990年代である。特に不祥事の再発防止に対する監視体制 や,経営者のアカウンタビリティがテーマになりとりあげられた。 ちょうど,欧米各国でコーポレートガバナンス問題が進展する1990年代と時を同 じくしての時代である。関連する法改正も進み,1990年代以降で主要なものをあ げれば,1990年の最低資本金制度,1993年監査役制度と株主代表訴訟制度, 1994年自己株式取得に関する規制緩和(その後,97年,98年,99年),1997年反 社会的勢力団体への利益供与の禁止強化1997年ストック・オプション制度(その 後,98年,99年),1997年持ち株会社の解禁(その後,98年,99年,2000年)など である。 • こうした法改正とともに,企業の所有性についても議論が起こり,さまざまな組織 や経済団体から企業の所有性概念について提言がなされている。ここでは経済 団体連合会(以下,経団連)ほか日本の経済3団体など関連団体の取り組みに対 する考え方をみることとする。 • まず,経団連は環境問題の世界的な高まりや国内における企業不祥事に対応し て1991年に企業行動憲章を発表し,その後,1996年に新企業行動憲章として改 正,政財界をあげてコーポレートガバナンスへの本格的な取り組みが開始された。 日本におけるコーポレートガバナンス • • • • 1991年の経団連企業行動憲章では社員のゆとりと豊かさの実現,人間性の尊重, 社会貢献,地域社会へ福祉向上、消費者・生活者との対話など利害関係者との 関係性についての表現が掲げられ,1996年の改正版では序文で,企業は広く社 会にとって有用な存在であるとしてその関係性の強化を明記している。 経済同友会は,1998年4月の13回白書にてタイトルを『資本効率重視経営』としな がらも,内容には提言5の「よき企業市民たること」で,「環境問題に積極的に取り 組んだり,顧客に十分な配慮をしたり,良好な労使関係の維持・確立につとめた りすることは,企業が『よき企業市民』として社会に認知されるための不可欠の要 件である。…(中略)…『よき企業市民』たりえなくして『資本効率重視経営』は正当 化できない。企業経営者は常にステークホルダーズ(利害関係者)への配慮と資 本効率とのバランスに心掛けることが大切である。…」との見解を示している。 同自書が提言する,ステークホルダーとの関係性に積極的に,より強力に推進す べきであるという考え方から判断すれば,「啓発的株主価値論」というよりもむし ろ「多元価値論」の立場を支持したものと解釈すべきである。 その後も一貫して同じ立場を継続し,2000年11月末には「21世紀宣言」を発表し ている。そのなかでも「我々は,市場機能のさらなる強化とともに,市場そのもの を『経済性』のみならず『社会性』,『人間性』を含めて評価する市場へと進化させ るよう,企業として努力する必要がある。」としてその立場をより鮮明にしている。 日本におけるコーポレートガバナンス • さらに日本経営者団体連盟(以下,日経連)は,1998年8月, 日経連国際特別委員会「日本企業のコーポレートガバナン ス改革の方向」にて,株主重視の姿勢は表明しているものの, ステークホルダーとの関係性を否定するものではなく,むしろ 「企業の富の創造に加わった各ステークホルダーへの分配 は…(中略)…個々の企業の有する優先順位の反映ともなる。 自社の優先順位を明らかに提示した上で,その優先順位が 資金調達に効果的に働くかどうか,それは市場の判断に委 ねる」として,ステークホルダーとの協働の姿勢を打ち出し, 株主価値と従業員重視は決して矛盾しないと断言し,トレー ドオフになる関係ではないとの判断を示している。
© Copyright 2024 ExpyDoc