通訳・翻訳研究入門

神戸女学院大学大学院
文学研究科
翻訳実践特別講義
2010年7月30日, 8月3日
大学における字幕翻訳授業のための
指導モデル ~理論と実践の両面から~
Proposing a Teaching Model for a College Subtitle
Translation Class ― Theory and Practice
関西学院大学 外国語学部・外国語学研究科
染谷 泰正
[email protected]
※本講義の内容は、2009年9月5日(土) 金城学院大学
にて開催された日本通訳翻訳学会第10回大会 での発表
原稿に基づいています。
目次
1.
2.
3.
4.
5.
6.
7.
8.
9.
はじめに
問題点と課題
「字幕翻訳」授業の意義と指導目標
授業設計の理論モデル
理念コンポーネント
「字幕翻訳」クラスの基本デザイン
授業の流れと指導のポイント
翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
まとめ
参考文献
補足ノート
添付資料
資料1 公開シラバス(大学の「授業要覧」掲載用シラバス[一部変更して引用])
資料2 ゴーイングシラバス(オンライン版授業予定表[一部変更して引用] )
資料3 「字幕の基本ルール」 (授業用配布資料)
資料4 「字幕翻訳の方法論」 (授業用配布資料)
資料5 翻訳作業用 Excel ワークシート(抜粋)
Slide 2
1 はじめに
(1/2)
講師の勤務校1) では、かなり以前から字幕翻訳の授業があり、人気科
目のひとつとなっていた。ただし、授業はもっぱら紙と鉛筆によるアナロ
グな形態が中心であり、字幕翻訳の最も重要な要素である、「映像・音
声」情報と「文字」情報をトータルにとらえながら翻訳するというマルチ
モーダルな取り組みはほとんどなされていなかった。
このような状況の中で、2003年に全学的に最新のCALL設備が導入さ
れたことを契機に、字幕作成専用のソフトウェア2) を導入し、これによっ
て、実際の映像を見ながらコマごとにタイミングを計り、字幕を付けてい
くというダイナミックな授業が可能となった。その後の授業実践の中で、
「字幕翻訳」授業の教育的効果が再確認されてきたが(稲生2004, 2007)、
同時に、授業運営上のさまざまな問題点や、授業をより効果的に行って
いくための課題が明らかになってきた。
1) 前任校である青山学院大学を指す。
2) Subtitle Workshop (http://www.urusoft.net/) (Slide 29)。このほかの字幕編集用ソフトウェアについては染
谷 (2008d) 「字幕付き動画作成のためのSAMIファイルの作成・編集について~英語教員のためのDo-It-Yourself マ
ニュアル (4)」 参照。 [Online]
Slide 3
1 はじめに
(2/2)
これらの問題点・課題は大きく分けて以下の3点に集約することができる。
① 著作権法上の問題
② 技術的な問題
③ 指導法および具体的な指導内容に関する問題
このうち、③は(字幕)翻訳指導における理論的な枠組み(「翻訳」を体系
的に指導するための枠組み)をどうするかという課題を含む。これは、要
するに指導者が授業実践を通じて学生に「何を」教えようとするのかとい
う問題であり、大学での授業という観点からすれば、これが最も重要な
課題であることは言うまでもない。
本講義では、これら3点について順次カバーしながら、プロの字幕翻訳
家養成を直接の目的とするわけではない大学の授業において、どのよう
な指導目標を掲げ、これをどのように具体的なシラバスに組み上げてい
くかという問題について、理論的・実践的な「指導モデル」の提示という観
点から議論する。
Slide 4
2 問題点と課題
(1/2)
① 著作権法上の問題
ニュースやドキュメンタリー、あるいは映画などのテレビ録画の使用・複製は可能
か? 市販のビデオは?→著作権法第35条(教育目的の使用における著作権保護の
例外規定)に従って使用。ただし、グレーゾーンも多く判断が難かしい。 [第35条ガイドライン]
著作権処理のできている素材を使う → BBC, CNN などとの教材使用契約
著作権フリーの素材を使う → インターネット上の “Public Domain” 素材および1953
年以降の映画作品(2007年12月18日付の最高裁判決により「著作権切れ」が確定)
② 技術的な問題
学生に教えるべき基本的なスキル → [初級編=半期授業] 映像に字幕を載せるため
に最低限必要な知識とスキル=字幕ファイルの作成とメディアプレーヤの使い方
[中級編=通年授業] より高度なレベルでの作業=字幕編集ソフトの導入、リッピング、動画
編集、ハードサブの作成、ウェブページとの統合(オンライン化) 等
→ これらの技術は「翻訳」そのものとは直接の関係はないが、技術の習得は学生の「可能
性」を広げる契機として重要。 → ITスキルは “Translation Competence” の一部。
指導者が習得しておくべきスキル → 「(技術の)専門家ではない」というのは言い訳に
過ぎない。大学教員として恥ずかしくないレベルの「教育支援技術」の習得が必要。
→ 『字幕付き動画の作成とウェブページへの埋め込みに関するテクニカルノート』 (染谷2009) [ONLINE]
Slide 5
2 問題点と課題
(2/2)
③ 指導法および具体的な指導内容に関する問題
「何を教えるか?」「どう教えるか?」 (その前に、なぜ「字幕翻訳」か?)
What to teach: 授業の意義と指導目標 (Goals & Objectives)
How to teach: 「授業設計の理論モデル」に沿った授業設計
「理論」と「実践」の兼ね合いをどうするか? --------------------------------理論教育についての誤解: 「理論教育≠論文講読」
そもそも「理論」とは何か?
理論とは、実践のためのガイドラインであり、かつ実践を体系的に見直し、個々の事
象を解釈・説明し、必要に応じて修正するための概念的な枠組みである。
したがって、理論は実践に基づき、実践は理論によってサポートされる(実践⇄理論)
という相乗的な形が授業設計に組み込まれていることが望ましい。
重要なのは自己の体験を「理論化」する能力(体験を抽象化して一般原則を導き出
す能力)であり、既成の理論を「勉強」して「覚える」ことではない。
Slide 6
3 「字幕翻訳」授業の意義と指導目標
(1/2)
なぜ 「字幕翻訳」か?
① 厳しい制約下での翻訳→字数制限があるために、翻訳に当たっては原文の表層構造
から離れ、その意味するところを最も簡潔な形で再表現することを常に求められる。これは、字
幕翻訳が言語運用能力を鍛える知的訓練として最適であるばかりでなく、従来の「文法訳読(
翻訳?)」式授業に対する有効な代替授業モデルとなり得る可能性を示唆している。→
Widdowson (1983) 参照。
② 「通訳」授業との相乗性(セレスコビッチの「意味の解釈理論」(ただし Weak Version)
の極めて実践的な応用)
③ SLA &学習理論との実践的整合性(「授業設計の理論モデル」→「理念」参照)
④ Above all, it’s enjoyable!
「字幕翻訳」授業で何を教えるか
[授業の理念的目標] ① 異文化コミュニケーションの一形態としての「翻訳」について
具体的な演習課題を通して体験的理解を深めるとともに、② 原文の意図を正確に理
解し、これを簡潔かつ的確な日本語で再表現する訓練を通じて、教養ある社会人に
求められる高度な言語運用力(英語・日本語)を養成する。
具体的には…
Slide 7
3 「字幕翻訳」授業の意義と指導目標
(2/2)
達成目標:具体的には授業終了時点で以下のことを達成していることを目指す
(2009年度前期実施の授業の場合※)。
字幕作成に関する基本的な知識とスキルの習得(i.e. 字幕の約束事を理解する、
SAMI ファイルを作成することができる、メデイアプレーヤを使って映像に字幕を
載せることができる、「ハードサブ」の作成方法について理解する)。
字幕翻訳の特徴や制約、およびそれに応じた翻訳技法等に関する基礎的な知識
の習得 (i.e. 「字幕翻訳の技法」に関する講義内容を正確に理解し、必要に応じ
てこれを拡張することができる)。
原文(英文)の読解過程において、自分が調べた語彙・表現その他に関する学習
ノートを作成する。
自分なりの「翻訳論」(翻訳に対する基本的な考え方)を持ち、これを理論的かつ
具体的に説明できる。
コミュニケーションにおける言語表現のさまざまな可能性と限界について、(授業
履修前と比べて)より自覚的になっていること。
ひとつの作品をプロジェクトグループの一員として最後まで責任を持って完成させ
ること。
※「シラバス」(添付資料1)参照
Slide 8
4 授業設計の理論モデル
(図1)
対象授業の各
種前提事項
染谷 (2007) 「通訳訓練法をいかに英語教育に応用するか」 2007年7月27日 青山学院大学CALLワークショップにおける講演
Slide 9
5 理念コンポーネント(例)
図2 Some of the possible theoretical/philosophical components
of the Educational Action Model
Word List (W of Oz)
染谷 (2007) 「通訳訓練法をいかに英語教育に応用するか」 2007年7月27日 青山学院大学CALLワークショップにおける講演
Slide 10
6 「字幕翻訳」クラスの基本デザイン
0. 当該授業についての各種前提事項
1) カリキュラム上の実践的な前提事項
2) 指導者の教育観、期待や信念等にかかわる前提事項
1. 学習者観
1) 現状分析 – どういう学生が対象か
2) 目標設定 – どのような目標 (Goals and Objectives) を置くか
2. 指導観
1) 方法論(メソッド)
2) 教材論(マテリアル)
3) 教育理念との整合性(セオリー)
3. シラバスの策定と指導手順の確認
1) 公開シラバス (添付資料1)
2) ゴーイングシラバス (添付資料2)
3) 各ユニットごとの指導手順の確認
4.
評価とフィードバック
以下、具体的な指導の手順およびポイントを図式化して解説→ Go to Next Slide
Slide 11
7 授業の流れと指導のポイント
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
(1/8)
Class 1
1. 「シラバス」(添付資料1)および「授業計画
表」(添付資料2)に基づいて、本授業の授
業概要、達成目標、および授業計画につい
て解説。
2. 課題ビデオファイルを配布。第3回授業ま
でに見ておくように指示。この段階で、USB
メモリーおよび Media Player の使いや
CALL機器の扱いについても確認しておく。
3. 課題作品についてあらかじめ図書館、イン
ターネット等で事前調査しておくよう指示。
翻訳演習
技術編
中間レビュー
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 12
7 授業の流れと指導のポイント
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
(2/8)
Class 2
1. 配布資料(添付資料3)に基づいて、映画
字幕の基本ルールについて解説。
2. できるだけ多くの具体例を提示しながら解
説するのが好ましいが、ここはあまり時間
をかける必要はない(Class 6-12 の演習
セッションの中で実践的に習得させる)。
作品解釈
翻訳演習
技術編
中間レビュー
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 13
7 授業の流れと指導のポイント
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
翻訳演習
(3/8)
Class 2 (-3)
1. 配布資料(添付資料4)に基づいて、字幕翻訳の方法論
について解説。Class 2 だけで不十分な場合は Class
3 まで延長。翻訳の方法論解説に当たっては、できるだ
け多くの具体例を提示して解説する。
2. 「字幕翻訳の技法」については、とりあえず「直訳」「削除」
「言い換え」の3つのみ取り扱い、「中間レビュー」(Class
6-12) または「まとめ」 (Class 13) の中で、それまで
の翻訳実践に基づいて新しいルールを新たに(発見的
に)追加していくように指導するのが好ましい。同様に、
「言い換え」についてもタイプごとに細分化する試みを行
う。指導意図=「理論」学習から「理論化」学習への移行・
発展 (From “Theory Learning” to “Theorizing”)
技術編
中間レビュー
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 14
7 授業の流れと指導のポイント
(4/8)
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
翻訳演習
Class 3
1. 課題ビデオの作品解説(→可能な場合は
文学専門の先生をゲスト講師として招き、
作品の文学的解説をしていただく)。
2. キャラクター設定および翻訳の基本方針の
決定。
3. 予備翻訳課題:英文トランスクリプションの
先頭から200行程度(Wizard of Oz の
場合は172行まで)の翻訳を一斉課題とし
て出す(Excel 作業ファイルを配布→次回
のセッションで回収)。
技術編
中間レビュー
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 15
7 授業の流れと指導のポイント
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
(5/8)
Class 4: 課題翻訳の講評(Class 2 での講義
に基づいて 字幕翻訳のポイントを具体例に
基づいて解説)。
Class 5: Class 4 の続き。「字幕翻訳の技
法」 の拡張(→とくに「補足」について)、およ
び Text-based translation と Meaningbased translation について解説。議論に
当たって Introduction to Translation
Studies (Munday, 2001 [特に Chaps. 3,
4])を必要に応じて参照 。
作品解釈
Class 6-12: グループプロジェクト作業開始
(教室内でのグループ作業のほか、教室外の
自主作業についても指示)。
翻訳演習
技術編
中間レビュー
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 16
7 授業の流れと指導のポイント
(6/8)
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
翻訳演習
技術編
中間レビュー
Class 6-11: SAMI ファイルの作成、
メデイアプレーヤの設定、ハードサブ
の作成等に関する技術的な解説をテ
キストに言及しながら随時行う。毎回、
90分のうち、30分程度をこの解説に
当て、詳しくはテキストを使って自習さ
せる。
全体総括
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 17
7 授業の流れと指導のポイント
(7/8)
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
翻訳演習
技術編
中間レビュー
全体総括
Class 6-12: グループ作業および技
術解説の合間を見て、随時、翻訳作
業のレビューを行う。
Class 12: 作業用Excel ファイル回収
→ひとつのファイルに統合(統合版)
した上で SAMIファイルに変換(SAMI
ファイル)。
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 18
7 授業の流れと指導のポイント
(8/8)
導入
字幕のルール
翻訳の方法論
作品解釈
翻訳演習
技術編
中間レビュー
全体総括
Class 13:字幕翻訳の理論と方法について
総括(「達成目標」参照)。前期試験は主と
してここでの講義の内容に基づいて出題。
Class 14: 完成ビデオの公開試写会。
図 3 「シラバス」に沿った授業の流れ図
Slide 19
8 翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
L 原文
S
C
素訳
4 She isn't coming yet, 3.1 12 彼女はまだこないわ、
トト。彼女はお前に怪
Toto.<br>Did she
我をさせなかったかし
hurt you?
ら?
字幕用翻訳(第1稿)
(例1)
字幕用翻訳(最終稿)
C
まだこないわ トト<br>
ケガはない ?
この行の指導内容例(素訳と第1稿が出た状態での指導例):
1. まず「素訳」を確認し、原文の辞書的な意味が間違っていないかをチェック。
2. 第1稿では「まだこないわ」の部分と「ケガはない?」の訳出根拠および適用翻訳ルールを尋ねる。
(翻訳ルールはR1(削除)とR4(言い換え=構造的変換を含む)を使用)。
3. 検討の結果、この部分は「もう追ってこないわ」 (R4) と「ケガは?」 (R1) に変更(議論の要旨=
「まだこないわ」では期待して待っているかのようなニュアンスになる。この場面ではトトをいじめる
何者か(代名詞で表されていることの意味についても言及)から逃げてきているので、「まだこな
い」ではなく、「もう追ってこない」として、「(何者かに)追いかけられている」ことを明示的にする。
「ケガはない?」の「ない」の意味は疑問符でカバーされているため、削除することができる)。
4. 「もう追ってこないわ」と「ケガは?」に変更した場合の字数は14 で、2文字オーバー。さらに検討
を加える(通常、1文字のオーバーは許容)。
5. その結果…
Slide 20
8 翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
L 原文
S
C
素訳
4 She isn't coming yet, 3.1 12 彼女はまだこないわ、
トト。彼女はお前に怪
Toto.<br>Did she
我をさせなかったかし
hurt you?
ら?
(例1)
字幕用翻訳(第1稿)
字幕用翻訳(最終稿)
C
まだこないわ<br> トト
ケガはない ?
もう大丈夫<br> トト
ケガは?
10
この行の指導内容例(素訳と第1稿が出た状態での指導例):
1. まず「素訳」を確認し、原文の辞書的な意味が間違っていないかをチェック。
2. 第1稿では「まだこないわ」の部分と「ケガはない?」の訳出根拠および適用翻訳ルールを尋ねる。
(翻訳ルールはR1(削除)とR4(言い換え)を使用)。
3. 検討の結果、この部分は「もう追ってこないわ」 (R4) と「ケガは?」 (R1) に変更(議論の要旨=
「まだこないわ」では期待して待っているかのようなニュアンスになる。この場面ではトトをいじめる
何者か(代名詞で表されていることの意味についても言及)から逃げてきているので、「まだこな
い」ではなく、「もう追ってこない」として、「(何者かに)追いかけられている」ことを明示的にする。
「ケガはない?」の「ない」の意味は疑問符でカバーされているため、削除することができる)。
4. 「もう追ってこないわ」と「ケガは?」に変更した場合の字数は14 で、2文字オーバー。さらに検討
を加える(通常、1文字のオーバーは許容)。
5. その結果、最終稿では「もう大丈夫<br>トト ケガは? 」 と変更 (R4)。 「もう追ってこないわ」の意
図はそのまま「もう大丈夫」 に引き継がれている。最終的な文字数は10。
Slide 21
8 翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
L
原文
6 She tried to, didn't
she? Come
on.<br>We'll go tell
Uncle Henry and
Auntie Em.
S
C
素訳
字幕用翻訳(第1稿)
(例2)
字幕用翻訳(最終稿)
C
4.3 17 彼女は怪我させようと ひどい人ね<br>叔母さ
したわよね? おいで、 んたちに言いつけてや
ヘンリー叔父さんとエ るわ
ム叔母さんに言いつ
けてやるわ。
この行の指導内容例(素訳と第1稿が出た状態での指導):
1. まず「素訳」を確認し、原文の辞書的な意味が間違っていないかをチェック。
2. 第1稿では「ひどい人ね」の訳出根拠を尋ねる(訳出ルールはR4)。「ね」の機能についても確認。
「ヘンリー叔父さんとエム叔母さん」→「叔母さんたち」 (R2) は自明なのでとくに問題にならない。
3. 議論の要旨=この部分は(話題の相手が)「怪我させようとする」ほど「ひどい人」であるということ
であり、意味に基づく翻訳 (meaning-based translation) のひとつの例である。また、当該の
セリフの機能=ここでは話題の相手の性格付け=という観点からも説明することができる。
4. ただし、第1稿の字数は20 で、3文字オーバー。さらに検討を加える。
5. その結果…
Slide 22
8 翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
L
原文
6 She tried to, didn't
she? Come
on.<br>We'll go tell
Uncle Henry and
Auntie Em.
S
C
素訳
字幕用翻訳(第1稿)
4.3 17 彼女は怪我させようと ひどい人ね<br>叔母さ
したわよね? おいで、 んたちに言いつけてや
ヘンリー叔父さんとエ るわ
ム叔母さんに言いつ
けてやるわ。
(例2)
字幕用翻訳(最終稿)
C
ひどい人ね<br>言い
つけてやるわ
13
この行の指導内容例(素訳と第1稿が出た状態での指導):
1. まず「素訳」を確認し、原文の辞書的な意味が間違っていないかをチェック。
2. 第1稿では「ひどい人ね」の訳出根拠を尋ねる(訳出ルールはR4)。「ね」の機能についても確認。
「ヘンリー叔父さんとエム叔母さん」→「叔母さんたち」 (R2) は自明なのでとくに問題にならない。
3. 議論の要旨=この部分は(話題の相手が)「怪我させようとする」ほど「ひどい人」であるということ
であり、意味に基づく翻訳 (meaning-based translation) のひとつの例である。また、当該の
セリフの機能=ここでは話題の相手の性格付け=という観点からも説明することができる。
4. ただし、第1稿の字数は20 で、3文字オーバー。さらに検討を加える。
5. その結果、最終稿では「叔母さんたちに 」 を削除 (R1)。 なお、「ヘンリー叔父さんとエム叔母さ
ん」はこのあとに繰り返し出てくるので、ここでの削除による影響はほとんどないと考えてよい。最
終的な文字数は13。
Slide 23
8 翻訳例と指導内容(学生との共同推敲プロセス)
L
原文
20 Miss Gulch hit Toto
on the back<br>with
a rake just because
she says...
S
C
素訳
字幕用翻訳(第1稿)
(例3)
字幕用翻訳(最終稿)
C
3.5 14 ガルチさんがトトの背中 でも 熊手でトトを叩いた でも 熊手でトトを叩い 12
を熊手で叩いたの
の
たの
22 ...he gets in her
3.5 14 トトが庭に入って毎日
汚らしい猫を追いかけ
garden and
るからって
chases<br>her nasty
old cat every day!
庭に入って<br>猫を追
いまわすからって!
庭に入って<br>猫を
追い回すって!
13
この行の指導内容例(素訳と第1稿が出た状態での指導):
1. この訳例ではとくに Line 20 の「でも」について議論。これは「補足」 (complementation) で
あるが、この段階(=172行目までの予備翻訳課題 Slide 15)では、「直訳」「削除」「言い換え」
の3つしか解説していない (Slide 14) が、ここで4つ目のルールとして「補足」が必要なことを議
論する。(「補足」と「追加」の違いについても言及)。
2. さらに、「でも」を補足することの根拠についても確認しておく(→先行字幕との論理的な対応関係
に基づく補足=明示化)。 いずれも、学生の主体的な「理論化」作業を支援する方向で指導。
3. Line 21 原文後半部の “just because she says...” が Line 22で訳出されている点に注意を
喚起。→「前出・後出の字幕(直近字幕)との補完性」 (添付資料4「字幕翻訳の方法論」で言及)
Slide 24
9 まとめ
以上、講師の実践に基づいて、大学における「字幕翻訳」授業の「授業
モデル」について解説した。本講義で提案した授業モデルは半期15回
の授業を想定したものであるが、通年で授業を行える場合にはClass
6-12 の翻訳演習および周辺的スキル習得により多くの時間を割くこと
ができる。また、前期と後期で内容を変えるなど、さまざまな工夫が可能
になる。
いずれにせよ、本稿で示した授業モデルは、「翻訳」の教育上の意義、
とりわけ、その言語運用能力(L1 と L2 およびこれを支える共通基底
能力)を鍛える、きわめて実際的な知的訓練としての意義を認め、これ
を大学教育の中に適切に位置付けようとするひとつの試みである。
言い換えれば、われわれの考える「翻訳」とは、単なる記号変換作業、
あるいはそのための技術(翻訳スキル)の訓練を目的としたものではな
く、翻訳という知的作業を通じて、自己と他者をつなぐ「コトバの力」―
「感じる力」「伝える力」および「考える力」―を養おうとするものである。
この意味で、「翻訳」教育は現在の大学教育の中で、時代の要請に合っ
た大きな可能性を秘めていると言うことができる。
Slide 25
参考文献
[1]
[2]
[3]
[4]
Cintas & Remael (2007). Audiovisual Translation: Subtitling. St. Jerome Pub.
Linde & Kay (1999). The Semiotics of Subtitling. St. Jerome Pub.
Orero, P. (ed). Topics in Audiovisual Translation. Benjamins. Pub.
Chiaro, Heiss & Bucaria (eds) (2008). Between Text and Image: Updating research in
screen translation. Benjamins Pub.
[5] Karamitroglou (2000). Towards a Methodology for Investigation of Norms in Audiovisual
Translation: The Choice between Subtitling and Revoicing in Greece. Rodopi.
[6] Munday, Jeremy (2001) Introducing Translation Studies: Theory and Applications.
Routledge.
[7] 稲生衣代 (2004) 「 大学教育における『映像翻訳コース』の指導手法に関する研究」日本通訳学会発行
『通訳研究』 第4号 (pp. 83-101)
[8] --------- (2007) 「共同学習を導入した映像翻訳教育に関する考察」日本通訳学会発行『通訳研究』
第7号 (pp.147-165)
[9] 佐藤一公・岩本令・岡田壮平・菊地浩司・林完治 (他著) (2003) 『映画翻訳入門』(アルク翻訳レッスン・
シリーズ メディア翻訳) アルク
[10] 清水 俊二 (1988) 『映画字幕(スーパー) の作り方教えます』 文春文庫
[11] 戸田 奈津子(1997) 『字幕の中に人生』 白水社
[12] 長沼美香子 (2005) 「大学における「翻訳教育」の事例―翻訳理論を応用した試み」 『通訳研究』
第5号 (pp. 225-237) 日本通訳学会
[13] 成瀬武史 (1996) 『英日日英翻訳入門』 研究社出版
[14] バベル・プレス編 (1998) 『初めて学ぶ人のための映像翻訳超入門』 バベル・プレス
[15] 田中・長沼他(翻訳研究分科会 翻訳教育調査プロジェクト・チーム) (2008) 「わが国の大学・大学院に
おける翻訳教育の実態調査概要」 『通訳翻訳研究』第8号 日本通訳翻訳学会 (pp. 279-284)
Slide 26
参考文献
[16]
染谷泰正 (2009) 『字幕付き動画の作成とウェブページへの埋め込みに関するテクニカルノート』
[Online] http://www.someya-net.com/83-SubtitleVideo/PDF/
Slide 27
[補足ノート1] 字幕付き動画の出力
1. 字幕付き動画の出力に最低限必要なもの
2. 字幕ファイル(次ページ参照)と動画ファイルを同期させてパソコン上のメディ
アプレーヤに表示させる方法
Windows Media Player (WMP) の字幕表示機能を使う。
独自の字幕エンジンを搭載したGOM Player やViPlayのような
メディアプレーヤを使う。
DirectVobSub などの字幕表示用プラグインをインストールする。
簡易字幕作成=Windows 付属の MovieMaker を使う
染谷 (2008a) 「動画への字幕の挿入について」
染谷 (2009a) 「MovieMaker の使い方」 => (ONLINE)
Slide 28
[補足ノート2] 字幕ファイルについて
1. 字幕ファイルの種類
smi (SAMI), srt, ass, sub など50種類以上の規格があり、
それぞれ、時間データ、字幕データ、書式設定データからなる。
2. SAMI ファイル
> SAMI (Synchronized Accessible Media Interchange)
> マイクロソフト社の標準フォーマットで、 Windows Media Player
に標準装備。
> 拡張子 .smi のテキストファイルで、ウェブページ作成用の記述
言語 HTML に似た文法構造を持つ。 (sample)
3. SAMI ファイルの作成手順
専用の字幕エディタを使う方法と、字幕テンプレート+エディタ+
WMP を使った簡易入力法がある。詳細は染谷 (2008d) を参照。
後者の場合、基本的には所定のテンプレートをエディタで読み込ん
だ後、映像を見ながら時間データと文字データを入力(次ページ参照)。
Slide 29
[補足ノート3] 字幕ファイルの作成・編集(簡易版)
WMP で映像を表示
図1
映像を見ながらエディタで字幕データを入力・編集
字幕ファイルの作成・編集(簡易版)
(戻る)
染谷 (2008d) 「字幕付き動画作成のためのSAMIファイルの作成・編集について」
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[補足ノート4] 字幕エディタによる字幕ファイルの作成
図2
字幕エディタ Subtitle Workshop を使った字幕ファイルの作成・編集画面
(翻訳モードにして和文字幕と英文字幕を並べて表示)
染谷 (2008d) 「字幕付き動画作成のためのSAMIファイルの作成・編集について」
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[補足ノート5] 字幕エディタによる字幕ファイルの作成
図3
字幕エディタ ChronoSub を使った字幕ファイルの作成・編集画面
(音声波形と映像を同時に表示)
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染谷 (2008d) 「字幕付き動画作成のためのSAMIファイルの作成・編集について」
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[補足ノート6] 市販DVDビデオからのリッピング手順
図4 市販のDVD ビデオから動画ファイルと字幕データ(時間情報と文字情報)を取り込み、WMP
で字幕付きビデオを視聴できるようにするための手順概略図
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Anonymous (2009) 「DVDからの動画ファイルおよび字幕情報の取り出し」 (ONLINE)
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